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この本はタチヨミ版です。
Prologue
01 哲学者
02 果物
03 パイプ屋
04 宝石
05 商人
06 杭
07 事務員
08 石
09 歌うたい
10 丸太
11 農夫
12 道しるべ
13 詩人
14 草
15 伝令
16 炎
17 料理人
18 骨
19 軍人
20 渦
21 教師
22 時計
23 油売り
24 墓標
25 床屋
26 ポンコツ
27 量り人
28 古文書
29 洗濯女
30 コガネムシ
31 天文学者
32 ペン
33 お母さん
34 旗
35 占い師
36 爆弾
37 門番
38 煙
39 薬屋
40 立て札
41 船乗り
42 液体
43 大工
44 箱
45 刑吏
46 笛
47 歴史家
48 コイン
49 学生
50 鳥
51 漁師
52 心臓
53 物乞い
54 結び目
55 あの子
56 杖
57 材木屋
58 ボタン
59 政治家
60 こん棒
61 お兄さん
62 眼鏡
63 ランプ屋
64 肉
65 作家
66 物差し
67 大臣
68 豆
69 影法師
70 おふだ
71 穴堀り
72 干し首
73 壁屋
74 糸巻
75 魔物
76 瓶
77 きこり
78 ヤットコ
79 給仕
80 数字
81 分からず屋
82 雲
83 犬男
84 テープ
85 大男
86 紙挟み
87 技師
88 コブ
89 幻術師
90 カタマリ
91 待ち人
92 おもり
93 ふたり
94 袋
95 語り部
96 ダイヤル
97 花屋
98 灰
99 ヘンクツ
Epilogue
あとがき/併載「グルグルという名の町にて」
イルキー。
きみは、多くのものを、見るだろう。
イルキー。
きみは、多くのことを、聴くだろう。
イルキー。
きみは、いつもそこに、あるだろう。
イルキー。イルキー。
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの哲学者に会った。
「じつはね、時空はひとつなんだよ、イルキーくん。
きみは、時間と空間は別のものだと思っているだろう。
しかし、それは、きみの思い違いなんだ。
空間は、変化を続ける。それは、やむことがない。
きみは、その変化を見て、時間が流れたと感じるんだ。
空間がなければ、そもそも時間というものはない。
ある側面からみれば、それは、空間。
ある側面から見れば、それは、時間。
まさしく、時空はひとつなんだよ。
わかるかね、イルキーくん。」
「イー?」
哲学者は、言った。
「じつはね、時空はひとつなんだよ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの果物に会った。
「食べられてしまうことは、快感だと思うの、イルキー。
わたしたちは、いずれは食べられてしまうわけ。
それが、つらいって言う果物もあるけれど、
やつらは、ぜんぜんわかってないのよ。
イルキー。
わたしは、いつも、想像するの。
コナゴナに、かみ砕かれる、わたし。
どろどろに、溶かされる、わたし。
ああ、はやく、そのときが来てほしいわ。
ねぇ、イルキー。わたしを食べてみない?」
「イー?」
果物は、言った。
「食べられてしまうことは、快感だと思うの、イルキー。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりのパイプ屋に会った。
「イルキーくん。わたしは、もはや幸福ではないんだよ。
わたしは、もともと上着屋を営んでいた。
世界中のひとが、わたしの上着をはおっていた。
それが、ズボン屋には、シャクの種だったんだね。
ひどい裏切りにあって、
わたしは上着屋をやめざるを得なかった。
それで、こうしてパイプ屋になったというわけなんだ。
上着屋の頃は、幸福だった。ほんとうに、幸福だったんだよ。
ところで、イルキーくん。
ズボン屋の裏切りがどんなだったか、
聞きたくはないのかね。」
「イー?」
パイプ屋は、言った。
「イルキーくん。わたしは、もはや幸福ではないんだよ。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの宝石に会った。
「具体的な話をしましょうよ、イルキー。
わたしは、抽象的な話は苦手なのよ。
だって、世界は、具体的にできているはずでしょう。
わたしは宝石だし、あなたはイルキー。
ああ、ほんとに、具体的はすてきだわ。
あら、いいかんじの言い回し。
でも、ちょっと抽象的だったかしら。
うーん。まあ、いいわ。
それじゃあ、そろそろ、
具体的に、話をはじめましょうよ。」
「イー?」
宝石は、言った。
「具体的な話をしましょうよ、イルキー。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの商人に会った。
「世界は、ここだけじゃないんだよ、イルキーくん。
この世界を裏返すと、負の世界がある。
そこでわたしは、さまざまな商品を売りさばいてきた。
きみは、この世界だけしか、知らないんだね。
それは、つまらないことだ。まことに、つまらないことだよ。
そうだ、イルキーくん。きみさえよかったら、
この『負の世界ガイド』を売ってあげてもいいんだよ。
内容の確かさは、わたしが保証する。
なにせ、著者はわたしだからね。
とくべつにお安くしとくよ、イルキーくん。」
「イー?」
商人は、言った。
「世界は、ここだけじゃないんだよ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの杭に会った。
「なぜ、わたしは、ここに打ちこまれているんだろう。
なぜ、ここは、こんなに荒れ果てているんだろう。
なぜ、花は咲かないんだろう。
なぜ、鳥は歌ってくれないんだろう。
なぜ、風は吹かないんだろう。
なぜ、月は輝かないんだろう。
なぜ、わたしだけが、ここにあるんだろう。
イルキー、イルキー。
知っているなら、教えてほしい。
これは、いったい、なぜなんだ。」
「イー?」
杭は、言った。
「なぜ、わたしは、ここに打ちこまれているんだろう。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの事務員に会った。
「美しい伝票の話がしたいんだ、イルキーくん。
四六時中、わたしは、伝票のことばかり考えているんだよ。
正確に計算することが、まず大切だ。
間違った値を書きつけるなんて、事務員失格だからね。
でも、それだけじゃ、ひとの心をうつことはできない。
数字のカタチ、間隔、インクの色とにじみぐあい、
と、まあ、ポイントは、いろいろとあるわけだ。
そうそう、この間、すてきに美しい伝票を
一枚、ものにしたんだけどね。
ぜひ、きみに見せてあげたいな、イルキーくん。」
「イー?」
事務員は、言った。
「美しい伝票の話がしたいんだ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの石に会った。
「わたしは石で、きみはイルキーだ。
しかし、わたしには、わたしときみの、違いがわからない。
わたしは、石だが、よく見ると原子の集まりだ。
きみは、イルキーだが、よく見ると原子の集まりだ。
そして、きみは、やがて死に、
バラバラの原子にもどるだろう。
わたしも、やがて朽ち、
バラバラの原子にもどるだろう。
どうだい、イルキー。
しょせん、石のわたしも、イルキーのきみも、同じものだ。
そうは思わないか、イルキー。」
「イー?」
石は、言った。
「わたしは石で、きみはイルキーだ。
しかし、わたしには、わたしときみの、違いがわからない。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの歌うたいに会った。
「わたしの歌が、つかまらないのよ、イルキーくん。
わたしは、うたう。高らかに、うたう。
そのとたん、歌はどこかへ逃げてしまう。
わたしから、逃げてしまう。
どの歌も、わたしの手もとには残らなかったの。
もちろん、いろんな人に、たずねてみたわ。
わたしの歌を、見ませんでしたかって。
でも、みんな首を横に振るばかり。
ねぇ、イルキーくん、あなたは知らない?
わたしの歌は、どこへ逃げていくのかしら。」
「イー?」
歌うたいは、言った。
「わたしの歌が、つかまらないのよ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの丸太に会った。
「イルキー、わたしは絶望しているんだ。
ネズミにかじられたり、キノコが巣くったり、
いやなことが多いけど、それはいいんだ。
わたしが丸太であること自体に、絶望しているんだよ。
ためしに、哲学者に相談してみたんだ。するとね、
……そんなこと気にすることはないよ丸太くん、
じつは、時空はひとつなんだからね……
という話だった。それはそうだろうけど、
いまひとつ、納得できないんだ。
わたしは、やっぱり永遠に丸太なのかな、イルキー。」
「イー?」
丸太は、言った。
「イルキー、わたしは絶望しているんだ。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの農夫に会った。
「また、太陽がのぼったねぇ、イルキーくん。
きのうも、太陽は、のぼっとった。
うちのお爺の言うことには、
お爺のこどものときも、のぼっとったそうだ。
お爺のお爺も、のぼっとった、と言ってたそうだ。
お爺のお爺のお爺も、のぼっとった、と言ってたそうだ。
お爺のお爺のお爺のお爺も、のぼっとった、
と言ってたそうだ。
お爺のお爺のお爺のお爺のお爺の話は、
聞いたことがないんだが、
どうだろうねぇ、イルキーくん、
やっぱり、太陽はのぼっとったんだろうかねぇ。」
「イー?」
農夫は、言った。
「また、太陽がのぼったねぇ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの道しるべに会った。
「イルキーというのは、ひとつのシステムだよ。
わたしには、わかるんだ。
道しるべだからね。
きみのことは、なんでもわかる。
世界を動かしているシステムと、きみとは、
まったくもって、イコールなんだよ。
すこし、むずかしいかな。
でも、わたしは道しるべだからね。
言っておかなければならないんだよ、
イルキー。」
「イー?」
道しるべは、言った。
「イルキーというのは、ひとつのシステムだよ。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの詩人に会った。
「わたしは、きみになりたいのだ、イルキーくん。
あるときは、草になりたい、
爆弾になりたい、コインになりたい、
宝石になりたい、炎になりたい、
道しるべになりたい、渦になりたい、
剣になりたい、墓標になりたい、
農具になりたい、石になりたいのだ。
さて、イルキーくん。
いま言ったことは、詩でも比喩でもないんだよ。」
「イー?」
詩人は、言った。
「わたしは、きみになりたいのだ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの草に会った。
「わたしのために、泣いてくれないこと、イルキー。
あなた、
乾いた草のきもちになったことがある?
ないでしょ。
いいのよ、気にしないで。
だれだって、乾いた草のきもちなんてわからないものよ。
わたしは、ほんとうに乾いている。
もう、何年も、乾きつづけているの。
あなたの涙を、わたしにそそいでほしいわ。
少しでいいの。お願いできるかしら、イルキー。」
「イー?」
草は、言った。
「わたしのために、泣いてくれないこと、イルキー。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの伝令に会った。
「この便りを、きみに見せてはいけないんだ、イルキーくん。
見せてはいけないんだが、見たいだろう。
見たいはずだ、見たいにきまってる。
それは、わかっているんだ。
できるなら、わたしも見せてあげたいんだよ。
しかし。
見せるわけにはいかないんだなぁ、これが。
きまりだからね、しかたがないよ。
ま、なにごとも、
あきらめがかんじんだよ、イルキーくん。」
「イー?」
伝令は、言った。
「この便りを、きみに見せてはいけないんだ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの炎に会った。
「わたしは、あるのか、ないのか。それが知りたいんだ。
ときどき思うんだよ、イルキー。
世界には、焼かれるものが、あるだけだ、とね。
焼かれるものが変化した姿、それがわたしなんじゃないか。
しかし、わたしは、焼かれるものを移っていくことができる。
それを考えると、わたしはやはり、あるのかもしれない。
何が言いたいか、わかるかい、イルキー。
わたしは、わたしが燃え尽きてしまうまえに、
どうしても、答えを出したいんだ。
イルキー。いっしょに考えてはくれないか。」
「イー?」
炎は、言った。
「わたしは、あるのか、ないのか。それが知りたいんだ。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの料理人に会った。
「イルキーくん。醍醐味をためしてみんかね。
まぁ、醍醐味をさばける料理人は、
自慢じゃないけど、わたしぐらいなもんだ。
それが、ちかごろは、
醍醐味の質も落ちてしまってねぇ。
今日は、ひさしぶりに、
とっておきのやつが手に入ったんだよ。
どうかね、ひとつ、つまんでみんかね。
もう、これほどの醍醐味には、お目にかかれないよ。
食べない手はないと思うがね。」
「イー?」
料理人は、言った。
「イルキーくん。醍醐味をためしてみんかね。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの骨に会った。
「骨のたのしみは、なんといっても音楽だよ、イルキー。
もう絵を見ることもできないし、
おもしろい本があっても読むことができないからね。
どこからか音楽がただよってきて、
わたしを、おもうさま震わせてくれる。
その瞬間が、たまらないわけだ。
鼓膜がないぶん、音楽を純粋にたのしめる。
ちかごろは、そんなふうに思うんだよ。
そうだ、イルキー。
きみも、はやく骨になるといいよ。」
「イー?」
骨は、言った。
「骨のたのしみは、なんといっても音楽だよ、イルキー。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとりの軍人に会った。
「いざ、ゆけ。戦うのだ、イルキーくん。
さしあたって戦う理由がなければ、
まず、敵を、選択することだ。
その気になれば、敵など、
そのへんに、いくらでもころがっておる。
選択せよ、敵を。
さぁ、ここに爆弾もあるぞ、イルキーくん。
世界を焼き尽くすパワーを秘めた、最新型だ。
機は熟したり。
もはや、突撃あるのみだ。」
「イー?」
軍人は、言った。
「いざ、ゆけ。戦うのだ、イルキーくん。」
イルキーは、世界を愛している。
イルキーは、ひとつの渦に会った。
「おいで、イルキー。おやすみ、イルキー。
わたしが、入口だ。わたしが、出口だ。
きみが入っていきたい世界に、
連れていってあげよう。
きみが逃げたい世界から、連れだしてあげよう。
やすらぎは、わたしの向こうにあるんだよ。
渦に、まかれるがいい。
渦に、のまれるがいい。
心配することはないんだ。
イルキー。みんな、きみが好きなんだよ。」
「イー?」
渦は、言った。
「おいで、イルキー。おやすみ、イルキー。」
イルキーは、世界を愛している。
タチヨミ版はここまでとなります。
2016年12月31日 発行 初版
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小説・幻想譚・児童文学などを創作しています。まだ誰にも名付けられていない存在や想いについて書いていければ、と思っています。
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