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イラスト:メイドスキー
この本は私が自分であったらいいなぁっと思う本として作りました。
疲れている時や、落ち込んでいるときに﹃アホな本作ったな』と笑えるような本を作りたくて作っただけなので、キャラが崩壊しているように感じる方もいらっしゃるかもしれません。
原作では考えられないようなモノを身に付けさせたりしているので、ご注意ください。
この本を読んで笑ったら負けだな。って思って読んでいただけたらと思います。
疲れた心に笑いが届けられるといいんじゃないかなぁとか想いながら作った本です。
いくつかpixivで掲載している作品を手直しや追記して再録しているものがあります。
見たことあるって作品もあるかもしれませんがほぼ追記などがあり、前と違う! となるかもしれませんがご容赦ください。
最後に親愛なるメイドスキー様へ
この度はお力添えありがとうございます。初めての個人誌ということで大変ご迷惑をお掛けしたと思います。お忙しい時間を割いていただき、素敵なイラストを描いていただけたこと感謝しています。本当にありがとうございました。素敵な本が出来たこと、嬉しく思います。
著 者 璃都
メッセージを受信したら早急にマスターにそれを伝えるのが私の役目だと思っている。
最近は制御システムにおいても、リアクターであるリリィが行うので基本的に私がすることはない。
今、マスターに対して私が行えることと言えばそれしかないのが現状だ。
だからこそと張り切って声を掛けるのにマスターはいつも迷惑そうに顔をしかめ、﹃空気を読め』などと命じてくる。
空気成分に異常が無いことを伝えればミシミシと私の書体が軋むほどに掴んでくる。
何が気に入らないのかが私にはわからない。
リリィもディバイダー996もよく使われているのに対し、私は基本トーマに使われることがない。
私はマスターにとって何のだろうか。私はマスターのデバイスであり、パートナーだと思っていた。けれど、それは私の一方的な思いなのだろうか。
通信もマスターとしては快く思っていない内容のメッセージばかりが届くからなのか。
私にどうにかできるわけではないけれど。もう少し私の事も見て欲しいと思う。
﹁だから、お前は急に出てくるなって言っただろ」
マスターが訓練の為今日もディバイダーを起動させる。私もいつでも使ってもらえるようにとお傍で待機しようと姿を見せるとタイミングが悪かったようだ。
﹁Yes、マスター。失礼しました」
だからと言って私にだって思うところはある。
少しでも役に立ちたい。そう思っていたが、マスターにとって私は邪魔でしかないのだろう。
ミシミシと軋む書体を掴む手が離れたのを確認して私はその場を離れる。
﹁まったく……」
私は私を必要としてくれる人の元に行くとしよう。
こんな……こんな魔導書生なんか送っていられるか!
マスターであったトーマの声を背に私は訓練場から離れ管理局施設の中を一人漂う。
いや、書なのだから一冊というべきか。とりあえず、誰か私を必要としてくれる人のモノになろう。
あんな私を必要としないマスターなんて知らない。私は今日から新しいマスター探しの旅に出てやる。泣いて戻って来いと言っても知らないからな。
﹁なんや、銀十字。一人でお散歩か? 奇遇やね。私もちょっとお散歩や」
施設の廊下を抜け中庭へと来たところで声を掛けられる。
声のした方へ向き直ればそこには部隊の隊長でもある八神司令が居られた。傍らには司令の融合機でもあるリイン殿。
﹁こんにちは、八神司令、リイン殿」
傍までいき、視線の高さで一度書体を傾けた。人の言うところ、お辞儀というやつだ。
私は横に書体を折りたたむことはできないので傾くだけではあるが、お二人には伝わったようで笑いかけて下さる。
﹁銀十字一人ですか? トーマはどうしたのです?」
不思議そうに問いかけられて少し返事に困ってしまう。どういえばいいのだろうか。
だが、お二人相手に誤魔化すことは許されない。ここは素直に伝えるべきであろう。そもそも私はトーマのデバイスとしてここに居るのだから。
﹁私はトーマのデバイスであることを辞めて新しいマスターを探しに行こうと思っていたところです。魔導書の主としてふさわしい方に私を遣ってもらおうかと」
﹁新しいマスター……ですか?」
﹁そうです。トーマには私は必要のないデバイス。なので、私を必要としてくださる方の元へいき、使っていただこうかと」
私の言葉に困惑した表情を浮かべるリイン殿に対し、どのように説明すればわかっていただけるのだろうか。
﹁うーん、とりあえず。銀十字は魔導書の主としてトーマは認められへんってことなんかな?」
八神司令の方へと向き直ればいつもと変わらぬ笑みを浮かべていらっしゃった。
その手にはいつの間にか一冊の本が握られていた。いや、気が付かなかっただけで元から持っていたのかもしれない。
茶色のその本は少しだけ古く感じられた。魔力は一切感じられないただの本なのだろう。
そこまで考えた時に気が付いた。この本は八神司令のデバイスでもある夜天の書に似てはいないだろうか? それならばこの本は魔導書のはずでは……私の考えを読んだのか解らないが、八神司令はゆっくりとその本を持ち上げてみせた。
﹁この本は夜天の書の初号機。まぁ、試作品みたいなものやね。この子は魔導書とちゃうよ。せやけど私にとっては大事な物や。なぁ、銀十字。行くところが決まって無いんやったらとりあえずうちにおいで。銀十字は特務六課に所属する魔導士のデバイスとして登録されている。簡単にはその記録も変更でけへんし」
そう言ってゆっくりと手を差し伸べて下さった。
八神司令の元へとお邪魔することは高町教導官を通してトーマへと伝えられた。
その連絡の時に通信ウィンドウの後ろが見えた。
﹃トーマ! しっかり走れ! 集中しろ!』
﹃すみません!』
いつも通りに訓練をしている姿がそこにあった。自分が傍に居なくても何も変わらない。そういう事なのだろう。
﹁ヴィータは厳しいみたいやね」
﹁にゃはは。でも、ちゃんと自分の身くらいは護れるようになってもらわないとだしね」
お二人が通信を終えられてほんの少しの間静かな時間が過ぎた。
﹁ほな、私はこれから書類仕事や。銀十字はのんびりしててくれて大丈夫やで」
優しいお言葉を貰ったけれど。折角お傍に居させてもらうのならば何かお役に立つべきだろう。そう思っているとリイン殿がお茶の用意を始めていた。
私が出来ること……お茶の支度を終えたリイン殿の傍に近づきそっと裏表紙を上にした。
﹁私が運びます。置いてください」
﹁えっ、銀十字がですか? でもお茶ですよ? こぼれたりしたら」
﹁問題ありません。こぼさずに運んでみせます。どうぞ」
じっと待つとゆっくりとお盆が乗せられた。
﹁そ、それじゃぁ、このままお願いするです」
﹁お任せください!」
ゆっくりと姿勢を保ったまま八神司令の元へ向かった。
だが、お茶が零れ無いようにと慎重に飛ぶとどうしても遅くなってしまう。姿勢を保ったまま飛ぶのがこんなにも難しいとは知らなかった。
そもそもこの姿勢では全く前が見えない。魔導書である自分に目が付いている訳ではないのだが、それでも目的地である八神司令のお姿は確認できないのが多少不安ではある。
冷めてしまう前に運ばなければとほんの少しペースを上げて、魔力を感じる方へと飛んだ。
魔力が強く感じられる頃に机の端が見えた。そう感じた瞬間、一瞬だけ書体が浮いてしまった。
﹁あっ!」
﹁ご苦労さんや、銀十字。ありがとうな?」
こぼしてしまう! そう感じた瞬間。裏表紙の上に乗っていたお盆と湯呑が八神司令の手によって回収された。
ゆっくりと起き上がってみるとお盆は机の端に置かれ、私が運んできたお茶を八神司令が一口飲んでいる所だった。
﹁うん、美味しい。リインもありがとうな」
﹁はいです」
ゆっくりと伸ばされた手が労うようにそっと背表紙を撫でて下さった。
こんな風にお礼を言われ、触られたことなんて今までの魔導書生の中でもなかった気がする。
褒められるということがこんなにもうれしく、喜んでもらえるだなんて。
私は何という幸せな魔導書なのだろう。今まで感じたことのない幸福感が私のページを震わせた。
この方の役にもっと立ちたい。けれど、お茶運び一つまともに出来ないようではそれも無理なことではないだろうか。
﹁八神司令……私はまだまだ未熟な魔導書の様です」
﹁急にどないしたん?」
書体を震わせて私は司令に向き直った。
﹁お茶をこぼしてしまいそうになりました。しかも司令のお傍で。幸いにもこぼしてしまう前にとっては頂けましたが、私は貴女に火傷を負わせてしまうところでした。そして、机の上にある書類をダメにしてしまいかねませんでした」
﹁いや、こぼさんかったんやし大丈夫やで? それよりお茶なんか運んでもろて。ほんまに堪忍な?」
気にした様子もなく笑いかけてくださるお心の広いこのお方に私は本当に甘えてしまってもいいのだろうか。
いや、そんなはずはない。私は……。
﹁トーマの所に戻ります。勝手なことを言って申し訳ありませんでした八神司令」
﹁んー。よくわからんけれど。帰る気になったんやね?」
﹁はい。今のままでは八神司令のお傍でお役に立つことができません。これから先、貴女の為に出来ることを増やすためにも。守るためにももっと強くなります。そして、部隊の役に立つためにも。トーマを鍛えてきます!」
私が出来ること。それはマスターであるトーマが私を使いこなし、強くなり部隊の戦力になることが大事なのではないのか。
そして、活躍することでこの方に喜んでもらえるのではないのだろうか。
まずは強くなること。それがこの方の傍に居るための、一番の近道なのかもしれない。
﹁ありがとうございました」
一礼をしてから部屋を後にする。
﹁気を付けるんやで」
﹁銀十字、リインが送っていくですー」
◇◆◇◆◇
﹁なんか、銀十字の様子がおかしいんだ」
﹁えっと……様子がおかしいってどんな風に?」
﹁俺が珈琲とか淹れてるとやたらと運びたがるし。お菓子とかも。今までそんなことなかったのに。どうしたんだろう」
﹁魔導書辞めてお盆になったとか?」
﹁えぇ!? それってすごく困るんじゃ……」
六課の新人たちの会話を困った様に少し離れた席で聞いていた八神司令が目撃されたのは数日後の事だった。
﹃なんでそんな物持っているの?』
頭の中で響く声はどこか呆れて居るような、困ったような。そして面白そうな声色だった。
そんな様子に場違いなことを思ってしまう。
なんだかこの場には居ない幼馴染の顔が脳裏をよぎった。最近少し似てきたんじゃないかな……はやてに。
上げる事の出来ない顔はずっと目の前のカーペットだけを見つめたまま、念話で話しかけてきたヴィヴィオにだけ聞こえるように念話で答えた。
﹃さっきはやてから預かったんだ。はやての方で追っている事件の犯人が持っていた物で私の追っている事件と関わりがあることが調べていて判明したんだ。それではやての方で押収したこの証拠品を私の方でも確認するってことで預かってたんだけど』
﹃あぁ……そうなんだ』
頭の中ではどこか納得したようなしていないような微妙な感じでヴィヴィオが相槌を打っていた。
そんな私とヴィヴィオのやり取りに気が付いていたのか少し離れた場所からため息が聞こえた。
﹁フェイトちゃん」
ゆっくりとなのはが私の名前を呼ぶ。
だけど、いつもは優しく呼ばれる私の名前は、感情が一切なく、冷たく静かに発せられた。かなり怒っている。
当たり前だ。今私は、なのはにはやてから預かった証拠品の存在がバレて説明を求められていたのに一切答えることが出来なかったのだ。
﹁はい」
﹁どうしてこんなものを大量に鞄に入れているのか説明は出来ないって事でいいのかな?」
﹁ち、違うんだなのは! それは今追っている事件の証拠品なんだよ。でも私には守秘義務が……」
﹁守秘義務は解かってるよ。でも、フェイトちゃんが追っている事件って確か凶悪殺人犯の事件じゃなかったのかな? この前それだけは教えてくれたよね。それがどうしてこんなものを押収することになるのかな? 私も詳しく知りたい訳じゃないんだよ。でもね? これは事件の証拠品だって言い張るには無理があるんじゃないかな」
そう言ってなのはは目の前にある大きめの紙袋の一つに手を伸ばした。
紙袋は四つあり、中にはDVDやいわゆる大人の玩具と呼ばれる物が詰め込まれている。
なのはがその中の一つを手に取り私の前に突き付ける様にして見せてくる。
パッケージには、顔を赤らめたヴィヴィオと同じ年頃の女の子を大人の男が数人で辱めている様子の写真が大きく乗せられている。
児童ポルノ作品。
他にも似たようなパッケージの物もあれば、乱れたナース服に身を包む女性の絵もあった。
﹁殺人犯とこれがどうすれば繋がるのかな? それとも犯人の趣味趣向を調査するための物としてって事なのかな?」
玩具の詰まった紙袋の方は流石に中身を改めようとはしない。
少し離れた場所で私となのはを見つめる娘の眼を気にしての事なんだろうけれど。
そんなパッケージのDVDを目に触れさせるのもあまり教育上良くないのではないだろうか。
﹃教育上良くないと思うのなら娘の前で普段からイチャつくのもどうかと思うよ? 別にママ達が仲良しなのは今更だから気にしないけど』
今度こそ呆れかえった娘の言葉が胸に突き刺さった。
﹁えっと、その……事件の事はまだ詳しくは話せないんです。ただ、本当にそれは押収品で……」
今回はやてが追いかけている事件はサイバーテロ組織集団に関するものだ。その組織は投稿動画で広告を流し成人向けのDVDなどを販売している。
動画サイトに上げられた広告にはサブリミナル効果が用いられており、数多くの顧客を確保できているらしい。
サブリミナル効果とは人に無意識の洗脳を行うためのものである。
特定の画像をコンマ数秒ごとに織り交ぜることにより人が視認することは出来ないが、一瞬だけ写り込むその画像が無意識のうちに脳へと記憶される。
それを見続けることによりゆっくりと洗脳されていくのだ。
今回使われた画像はショッキング映像。思わず何度もその動画を見たくなってしまう感覚に陥るように作られていた。
ショッキング映像の中には虐殺された人の写真などが多数用いられており、その中の数枚が今回の犯人による犯行と思われるものがあった。
中には犯人が写っている物も含まれていた為、確認用にと私の元にも回って来たのだが映像だけでなく他の証拠品もまとめて管理するため一緒にあずかることになったのだ。
はやての所で証拠品を預かったのはいいのだが、中の映像を確認する準備がまだ時間が掛かるとシャーリーから連絡があった。
色々と合同捜査となると手続きがややこしく、手間がかかるのだ。そのおかげで少し余裕が出来たので着替えを取りに一度帰宅したのだけれど。
まさか証拠品をなのはに見つけられてしまうなんて思ってもみなかった。
見つかった時に何度も誤解だとなのはに訴えるも信じて貰えずこうして正座をすることになったのだけれど。
﹁……本当にフェイトちゃんの物じゃないの?」
﹁本当だよなのは! 何度も言うけど、これは断じて私のじゃないんだ!」
ようやく信じて貰えたことに安堵して顔をあげると、少し困った顔で笑うなのはがそこに居た。
﹁うーん、そっか。ごめんねフェイトちゃん、疑ったりして」
なぜなのはの機嫌が突然直ったのかは分からないけれど、とりあえず誤解は解けたようで本当によかった。
﹁良いんだ。私もごめん、なのは」
立ち上がってゆっくりと近づけば手を広げて迎えてくれた。
優しくなのはを抱きしめると、くすぐったそうに笑って抱きしめ返してくれる。
﹁にゃはは。フェイトちゃん今日はまた管理局にお泊まりなのかな?」
﹁うん……多分もう少し帰れそうにないかな。でも、今回の証拠品で一気に解決できると思うんだけど」
気が付けば傍に居たはずのヴィヴィオはいつの間にか居なくなっていた。
﹁フェイトちゃん……」
﹁なのは……」
先ほどヴィヴィオに言われた手前、控えなければいけないんだろうけど。
今はこの部屋には居ない。それなら大丈夫だろう。
そっとなのはとの距離を詰めれば、柔らかいなのはの唇に触れることが出来た。
﹁無理しちゃダメだよ?」
﹁分かってる。行ってくるね」
お説教でかなり時間が立っていたため急いで管理局に戻りシャーリーに確認する。
手続きは出来ていてすぐに映像を解析することになった。
はやてとの連携もあって、それから一週間ほどで犯人を確保することが出来た。
だけど、事件はまだ終わってはいなかった。
◇◆◇◆◇
予定通り一週間で家に戻れたのは嬉しい。お休みも貰えたからしばらくはゆっくり出来そうだ。
まだ犯人を逮捕しただけだからこれから更に取り調べなどで忙しくはなるのだけれど。
その前に休みを取って英気を養ってこいというシャーリーからの言いつけだった。
家族で久しぶりにゆっくり過ごせると思っていたのだけれど、家で待っていたのはなのは一人だけ。
私と同じように休みを言いつけられたはやても大人しく家に帰っているようで。丁度いいとヴィヴィオは八神家に泊まる事にしたらしい。
ヴィヴィオからはやてに本を見せてもらう為お泊りしてきますと通信が届いた。
なぜかはやてからは音声通信ではなくメールで一言だけ連絡がきていたのだが。
﹁頑張ってな」
何を頑張れというのだろうか。この現状で私はどうすればいいのかが解らなかった。
何が正解なんだろう。
ヴィヴィオが居ない寂しさと、久しぶりになのはと二人っきりで過ごすことへの期待感を膨らませていた所為なのだろうか。
何故かリビングには小さな姿のなのはがいた。小学校以来の懐かしいツインテールを揺らし、目の前でくるりと回って見せる。
﹁フェイトちゃんが喜ぶなら、ね?」
恥かしそうに笑うなのはに眩暈を覚えた。
か、可愛い……。
だ、ダメだ。こんな小さいなのはに……で、でも……。
なのはは懐かしい小学生の頃の制服で……。
初めてなのはにキスをしたのは確か……。
﹁フェイトちゃん……」
﹁な、なのは……」
必死に自分の中の理性と戦い、あの頃の記憶を必死に心の宝箱に押し込めようとあがいていたのに。
甘く囁いて上目使いで見つめてくるなんて卑怯だよなのは……。
その時頭の中で何かが切れる音を確かに私は聞いた。
あぁ、もうダメかもしれない。一瞬だけ意識がふわりと飛んでいく感覚に襲われる。
気が付いた時には小さな姿のなのはをソファに押し倒していた。
まだ外は明るく、カーテンは空いている。それでも、私は……。
﹁フェイトちゃん……」
少し高い幼い声が私の理性を削り取る……。
﹁はやてさん、質問というか心理テストっていうんですかね? ちょっとだけ付き合ってもらってもいいですか?」
突然訪ねてきたかと思えば突拍子もないことを言い出すのはいつもの事。
手に持っているのは無限書庫から借りてきた本だろうか?
﹁別にええんやけど、よく知ってるな? 心理テストなんて。なのはちゃんから聞いたんか?」
ミッドでは心理テストなんて遊びは流行っていなかったはずだ。
過去の時代で似たような遊びが流行ったのだろうか? それが記された本を見つけて興味を抱いたのか……。
まぁ、考えたって仕方がない。急ぎの仕事も終わり休憩を取ろうと思っていた矢先のこと。
どこで見張っていたのか誰かに連絡を貰ったのか。
ヴィヴィオは嬉しそうに笑い、休憩を取る私のためにとコーヒーを淹れるために地球から持ち込んだコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
◇◆◇◆◇
﹁えっとですね。まずは好きな色聞いてもいいですか?」
無限書庫から見つけ出してきたと思しき心理テストの本を私に隠すように広げている。答えでも載っていて見えないようにしているのだろうか?
そんなことをつらつらと考えながらも見ていたのは本の中身なんかではない。
見つめていたのは学校の制服をすでに脱いでしまっているヴィヴィオ本人だ。
ナカジマジムのジャージにすでに着替えているため、多分無限書庫を訪れるついでにランニングしてきたのだろう。練習熱心なのはとてもいいことだとは思う。けれど、それはあまりにも私にとっては悲しい事でもあった。
訪ねて来てくれるんは嬉しいけども。なんでそないな格好なんよ。可愛い格好で会いに来てくれてもええんやないかな?
以前は可愛らしい格好でよく会いに来てくれていたし、制服でだって来ていた。なのに最近はジャージである。
﹁はやてさん?」
恨みがましい事を考えていた所為でヴィヴィオの質問に答えるのを忘れてしまっていた。
﹁ん? あぁ、好きな色? せやなぁ……七色からは選べへんしなぁ」
﹁七色ですか?」
﹁まぁ……無難に白かな」
﹁白……なるほど」
言葉の奥に含めた意味を汲み取ることもなく素直にメモを取る様子に思わず苦笑が漏れる。
言葉にする勇気が無い自分に呆れてしまうが、察しがいつも無駄にいいくせにこんな時だけ察しが悪いこの少女をどこか愛おしく感じてしまう。けれど、恨みがましい眼で見ていたこともばれては困るのでこのくらいが丁度いいのだろうか。
﹁んー。レースとか好きですか? 装飾でこう、ひらひらしている感じの」
﹁レース? いや、あんまり派手な装飾は好きやないなぁ。でも、レース編みとかは観るのは好きやで」
﹁派手なのはだめなんですねー。そっか。フェイトママは好きですよね。ひらひらとか」
なんの心理テストされとるんやろ……まぁ、心理テストなんてよくわからん質問が多いのが普通なんやけど。
﹁確かに好きやね。なぁ、この心理テストの結果っていつわかるん?」
﹁へっ? 結果ですか?」
不思議そうな顔で小首をかしげるヴィヴィオに少しだけ違和感を覚える。
﹁心理テストなんよな?」
﹁まぁ、そんなものですよ?」
﹁ほな結果ってのがあるんやないん?」
﹁そうですねー……しいて言えばあと二年ほど先にわかるんじゃないでしょうか」
なんやそれ。二年先にわかるってそんな心理テストあるか?
というか、しいて言えばってなんやの。
﹁なんで二年もかかるんよ? すぐわかるのが普通やないん?」
﹁さすがにすぐは無理ですね。せめてなのはママがお休みの日が来るまでは」
﹁なんでなのはちゃんが……ちょいまち。ヴィヴィオは何が知りたいん?」
なんだか嫌な予感がする。私の直感が危険だと警報を響かせる。
﹁なにって……はやてさんの下着の好みです」
﹁はぁ!? ちょいまち!」
ヴィヴィオが読んでいた本を思わず見る。
なにかを察したヴィヴィオが本を隠そうとするので強引に奪ってページを捲るとそこにはとんでもないことが書かれていた。
﹁あっ! ダメですよ!!」
﹁……なぁ、この相手を誘惑する魔法ってなんやの?」
﹁なんでしょうね?」
﹁すっとぼけんな! こんなアホな魔法実際あるわけないやろ。あったとしても危険すぎて使用を認められるわけない! 本は没収や!」
﹁横暴です! そんな魔法使いませんよ! ちょっと参考にしただけじゃないですか」
﹁どこの部分が参考になるんや! こんなの読んでいたって知ったらフェイトちゃんが泣くで」
後半なんてほぼ官能小説になっている。
どこのアホがこないな魔法の研究書のこしたんや。いや、その前にユーノくんや! こんな本閲覧可能にしているのは怠慢や。あとで文句言わんと。
というか、こんなん見過ごしてたらなのはちゃんにバレた時が怖いやろうに。いや、その時は私だけが危険なんか。あの二人が大事な愛娘に手を上げるわけないもんな。
親友の事も、もう少し大事にしてくれへんかなぁ……。
﹁べつにもう子供じゃないんだからいいじゃないですか」
﹁学校通うてるあいだはまだ子供や。まったくもう」
なんで私がずっと我慢していると思ってるんよ。子供のうちはなんにしてもあかんやろ。
﹁だからあと二年したら卒業してるんですし。問題がないかと」
﹁……二年後ってそういうことか。というか、その魔法使うつもりだった相手ってまさか」
そこで嫌な予感が脳裏によぎる。さっきヴィヴィオは何と言っていたのか。
私の好みがどうとか。
﹁はやてさんに決まっているじゃないですか」
当たり前のことを聞くなって顔で言ってのけるヴィヴィオに頭を抱えたくなる。
最近は強引なアプローチも減って大人しくなったと思っていたらそんなことを企んでいたのか。
自分の事を諦めてしまったのかと思ってはいたけれど。そうでなかったことが解って少しほっとする。
もし諦めていたとしたら今度は私が必死になって追いかけなければならなくなる。
一度手放してしまったこの娘の手をもう一度掴んで、振り向かせなければいけなくなる。
﹁あのな、ヴィヴィオ」
﹁わかっています。今はまだはやてさんが私を相手にしてくれないって。でも、それは子供だからなんですよね。だから、大人になるまでもう少しだけ待っていてください。いえ、待たせてみせますから。だから、大人になった時は覚悟しておいてくださいね」
不屈の心を受け継いだ私の心を奪った小さな女の子は、自分が思っているよりも早く大人になってしまっているのかもしれない。
それでも、もう少し子供のままでいて欲しい。私に親友に立ち向かう為の勇気が持てるまで待って欲しい。
このまま真っすぐに私の事だけを見続けてくれるかはわからへん。
ずっとヴィヴィオの気持ちに甘えているだけなのもわかってる。
それでも。流石に私とヴィヴィオの歳の差では世間的には犯罪だ。
なにより、なのはちゃんとフェイトちゃんに申し訳が立たなくなる。
以前、誓約をかわした以上は護らなければならない。
ヴィヴィオが十六歳の誕生日を迎えるまでは二人の親友である﹃はやてさん』で居るって約束したんや。
もう少しだけ……待っててな。
久しぶりの休みを翌日に控え、その事を親友二人に知らせてみると珍しく二人も明日が休みと言う。それなら泊まりに来てと誘われた。久しぶりに三人でお酒でも飲んでゆっくり話をしたいという提案を断る理由もなかった。
親友が引き取り大切に守り育てているヴィヴィオにも久しく会えていない。泊りがけで遊びに行けば会えるだろうか。
楽しみな予定が出来ればいつもは億劫に感じてしまう書類仕事もはかどるというもの。単純な自分に思わず笑ってしまうが順調に仕事を片付けていった。
何とか定時に仕事が上がりフェイトちゃんに連絡を入れると彼女も仕事が終わったところだという。そのまま迎えに来てくれて二人で高町家に向かうこととなった。
なのはちゃんは今日は昼で仕事が終わり、早く帰ってくるヴィヴィオを迎えるためにとすでに帰宅しているらしい。一人娘でもあるヴィヴィオの学校の予定にうまく合わせて生活をするなのはちゃんにはいつも感心してしまう。
昔、自分が寂しい思いをして過ごしていた所為なのかなのはちゃんはヴィヴィオにはそんな思いをさせないようにと日々努力をしている。
フェイトちゃんが仕事で家を空けることも多い為、尚更なのだろう。
それでもフェイトちゃんはこうして早く帰れる日は足早になのはちゃんとヴィヴィオが待つ家に帰る姿はどこか微笑ましい。離れて暮らすエリオやキャロに対してもきっと同じなのではないだろうか。
そんなことを考えていると、あっという間にフェイトが運転する車は高町家のガレージへと着いていた。
玄関を入ると親友の愛娘が出迎えてくれた。
﹁ヴィヴィオ、ただいま」
﹁フェイトママ! お帰りなさい」
フェイトにぎゅっと抱きしめられながらも嬉しそうに頬を摺り寄せる仕草は幼き頃から全く変わらない。
﹁はやてさんもいらっしゃい。ようこそ高町家へ」
はにかみながらも挨拶をしてくるヴィヴィオにフェイトちゃんと同じように腕を広げてみた。
﹁こんばんわ、ヴィヴィオ。はやてちゃんにはお出迎えのぎゅってしてくれへんの?」
﹁えぇ!? えと、その……」
顔を赤く染めてしまい視線が泳いだかと思うと、思い出したようにポケットから一通の手紙を取り出した。
﹁はやてさん、あの……読んでもらえますか?」
どないしよう……私、今日死ぬかもしれへん。
おずおずとヴィヴィオから差し出されたピンクの可愛らしい手紙はどう考えてもアレとしか思えない。そんな危険な物を……親バカである親友の前で……。
﹃はやて、ヴィヴィオの手紙を受け取ったら私の書斎で話をしようか』
すいません、死刑宣告を念話で受けるとか嫌なんですが……。
お出迎えをしてもらうために広げた両腕は今では行き場を無くし手紙を受け取るべきかどうかと迷いをそのままにいまだに広げたままとなっている。
そんな私の態度に文句を言うことなくヴィヴィオは少し俯きがちになりながらもじっと手紙を差し出したまま待ってくれている姿はどこか胸の奥が落ち着かない。
﹃えっと私、今お腹めっちゃ空いてるんよ。なのはちゃんのご飯とか早く食べたいなぁ……』
﹃何を言っているのかな? 確かになのはのご飯は美味しいけど、それより先に私とお話しが必要だと思うんだ』
﹃なんでや!? 私が悪いんか!?』
﹁はやてさん? あの……ダメですか?」
念話でフェイトちゃんと繰り広げていた舌戦に気づいてないヴィヴィオが不安げに見上げてきた。
流石に待たせ過ぎてしまっていたようだ。そんなヴィヴィオの問いかけについ反射的に手紙を受け取ってしまう。
﹁あ、ごめんな? ありがとう……な?」
親友の意味ありげな視線をじりじりと背中に感じながら受け取った手紙に視線を移すとそこには予想外の言葉が書かれていた。
思わずお礼を言う言葉が止まってしまいそのまま動けずにいた。
﹃はやて?』
フェイトからの念話で我に返るも上手く反応が出来ない。
﹁あ、えっと……」
肩ごしにフェイトが覗き込んできたためそっと手紙の表を見せた。
﹁ヴィヴィオ、悪いんやけどこれはどういう意味なんやろか?」
どうにもそこに書かれた言葉の意図が読めなかったため素直にヴィヴィオに尋ねてみる。
﹁えへへ、はやてさん。私絶対負けないですよ」
けれど私の期待した答えは受け取れることなく、はじけるような笑顔を一つ咲かせるとヴィヴィオはリビングへと走って行ってしまった。
﹁えっと、フェイトちゃん……これ、なんて読める?」
自分の目が信じられず思わず親友に聞いてしまった。
先ほどの自分と同じように肩越しから覗き込んでそのまま固まっていたフェイトちゃんはようやく我に返ったようで。
﹁は、果し状……かな。日本語で書いてあるね。ヴィヴィオ、日本語も頑張って勉強しているから」
やはり読み間違えてはいなかったようだ。
﹃はやてちゃん、フェイトちゃん? 玄関かからいい加減こっち来ないとご飯食べれないよ? もうすぐ出来るんだけど』
﹃あ、なのは。うん、直ぐ行くよ』
あまりにも長く玄関に居た所為かなのはちゃんからの念話が飛んできた。
そうだった。まだ玄関なのだ……。
﹁とりあえず行こうかはやて。これがラブレターだったらご飯は食べられなかったところだよ」
﹁いや、ちょぉ待って? 今さらっと怖いこと言うたやろ」
管理局の若手が一瞬で心を奪われるような微笑を浮かべてからリビングの方へと歩き出す親友を追いかけながらそっと手元の手紙に視線を落とす。
いったい何のつもりなんや……。
リビングに入ると美味しそうな夕食がテーブルに並んでいた。
とりあえず、助かった命や。なのはちゃんの手料理をご馳走になってから考えよう。
◇◆◇◆◇
この時はこれが最後の晩餐になるとは思わへんかったんや。
後で読んだ果し状にはこんなことが書かれていた。
﹃私が勝ったら結婚してくださいね、はやてさん』
勿論夜は親友二人に相談(もとい一人からは尋問、一人からは笑顔で娘をよろしくと言われました)
八神家でかくれんぼ中に見つけた少し大きめの箱。かくれんぼしていたことも忘れて押入れから飛び出してはやてさんの元へと一目散! とかやってたらたどり着く前にアギトに捕獲されました。
﹁つっかまえたー! って、何もってるのさ?」
押入れで見つけたそれをアギトに見せても首をかしげるだけでそれがどんな物なのかは知らないらしい。
箱にはゲームと書かれているから何かのゲームなのは間違いが無いはずなんだけど。どんなゲームなんだろう?
箱に描かれている絵は二人の人が変わった姿勢で這いつくばっていた。なにか色のついた丸に手や足を乗せている。傍にはルーレットが描かれている。このルーレットに従うのかな?
アギトと二人でどんなゲームなのか推理していると隠れていたはずのリインが出てきた。
﹁もう、二人揃って何してるです? 探しに来てくれないとかくれんぼにならないじゃないですか」
﹁ごめんごめん。リインならこのゲームが何か知ってるんじゃないか?」
﹁そっか。あのね? これを押入れで見つけたんだけど解る?」
持っていた箱を見せた瞬間リインがどこか遠くを見つめるように視線を横に流した。
あれ? どうしたんだろう。思わずアギトと顔を見合わせて首を捻っていると、遠くに行っていたリインが意識をこの場に戻してくれた。
﹁そうですね……はやてちゃんに聞いてみるといいのです」
どこか他人事のようにその言葉だけを残してリインはどこかに行ってしまう。
﹁なんだ? どうしたんだあいつ」
﹁さぁ……嫌な思い出でもあったのかな?」
リインにも言われたので最初の目的通りはやてさんの書斎へとアギトと一緒に行くとはやてさんも遠くを見つめてしまった。
二人してこの反応ってことは絶対何かあったんだろう。このゲームにはいったいどんな秘密があるのか気になってくる。
絶対に後悔することになるんだってことは今までの経験から解っては居るのだけれど、好奇心の方が優ってしまった。
﹁えっと、これで遊んでもいいですか? それとも何か危険なモノとか……」
﹁んー、別になんも危険な事なんかないよ。大丈夫や。普通に遊べばいたってふ……ゲフンッ。あぁ……高度な頭脳戦が求められるゲームやけど、危険はそんなにないよ。折角やからみんなを巻き込んで一緒に遊ぼうか」
言葉をかなり慎重に選んでいるようで。それでも危険のないゲームだとはやてさんは言うのだけれど。巻き込んで遊ぶという言葉に少しだけ不安を覚える。
はやてさんの招集を受け、なのはママとフェイトママもやって来た。二人とも今日はどこかに出掛けるって言ってなかったっけ? だから私ははやてさんの所に遊びに誘われたはずなんだけど……。まぁ、いいか。
﹁なのはママとフェイトママはこのゲームで遊んだことってあるの? 頭脳戦だって聞いたんだけど」
二人にもこのゲームがどんなのかを聞いてみると初めて違う反応が見られた。
なぜかフェイトママは真っ赤になって、なのはママは困った様に笑う。でも、右手にはレイジングハートがスタンバイ……あ、はやてさんが逃げた。
﹁はやては何処に行くのかな? これからみんなでゲームをするんだよね?」
いつの間に立ち直ったのかフェイトママが回り込んでいた。
﹁ちょっ!? いやぁ、あはは。バルディッシュをしまってくれるか?」
フェイトママまでバルディッシュを構えている。二人ともどうしちゃったんだろう?
﹁ママ達どうしちゃったの? えっと、一緒に遊ぶのが嫌だったかな?」
はやてさんもなんだか微妙な反応だったし、ママ達もこのゲーム好きじゃないのなら無理に遊ぶのは違う気がする。そう思って聞いたんだけどフェイトママもなのはママもゲームは嫌いじゃないって言ってくれた。
それならなぜ皆このゲームを見て微妙な反応を示すのだろう。
ツイスターゲーム。いったいどんなゲームなんだろうか……。
◇◆◇◆◇
﹁はやてちゃん、準備できたけど……本当にやるの?」
失礼だとは思ったが、つい視線ははやてちゃんの足に向いてしまう。
そんな私にもちろん気が付いたはやてちゃんはにこっと笑ってルーレットを掲げてみせる。
﹁私はまだちゃんと足にまだそんなに力入れられんし、こっち担当しようと思うてるよ。プレイヤーはなのはちゃんとフェイトちゃんでやればええやん。ヴィータ達もあとで帰ってくるしな」
﹁楽しみですー。リインも大きくなれる時間が長かったら参加したかったですぅ」
リインがはやてちゃんの肩のあたりをくるくると楽しそうに回る。
はやてちゃんが皆で遊べる新しいゲームを買ったというので今日はフェイトちゃんと遊びに来たのだけれど。
そのゲームはツイスターゲームというもので、ルーレットを回して指定された色を手足を使って触るというバランスゲームだった。
リハビリは順調とはいえ、やっぱりまだ手と足だけで身体を支えるのははやてちゃんには厳しいみたいでルーレットを回して指示を出す係りを担当するって言うんだけど。
はやてちゃん……自分が遊ぶのに条件付きのゲームをなんでわざわざ選んだの?
どうしても何かを企んでるようにしか思えない。けれど、皆で楽しく遊ぼうって意味ではこのゲームは向いているのかも。
﹁ねぇ、はやて。このゲームってなにか罰ゲームとかないんだよね?」
フェイトちゃんも疑っているのかはやてちゃんに聞いてるけど……はやてちゃんが用意してないわけがないと思うの。なんて思ってたら予想外の答えが返ってきた。
﹁ひどいなぁフェイトちゃん。罰ゲームも何も用意してないよ。というか、このゲームがどんなゲームなのかもよく知らへんし。この前うちの子らとおもちゃ屋さんで見かけてつい買ってしまったんよ。せやから、今日一通り遊んでみて面白そうなら今度アリサちゃん達とも遊べたらなぁとは思うてるよー」
なんて、今度こそ何かを企むような笑顔を見せる。うぅ……アリサちゃんごめんね。
﹁そっか。はやても知らないんだね。じゃぁ、安心かな? 今日はだけど」
﹁フェイトちゃん、そういう問題じゃない気がするの」
もう一度ルールを一通り確認し合いゲームがスタートした。
﹁ほな、いくよー。うーんと、青色を左手で触ってくれるかぁ?」
はやてちゃんからの指示に従って左手を青色のマスに触れる。
手足の裏以外が床に付いたら駄目ってルールの他に、フェイトちゃんと同じマスに触れてはいけないとのことなので、この一回目のルーレットでどこを触るのかを慎重に選んでいかないと後から姿勢が辛くなってしまうかもしれない。
ただしゃがむだけならすぐ手前の青色を触れればいいのだけれど。既に両足を開いて立っているのであえて一つ向こうの青色を選んだ。フェイトちゃんは素直に一番手前のマスを選んでいたけど……。
﹁んじゃ次―。今度は左手を緑やね。二人とも緑触ってくれるか?」
﹁左手で……緑」
今度は一個開けてフェイトちゃんは緑を触っている。フェイトちゃんバランス感覚に自信があるのかな?
私も同じように一個開けて触る。まだ姿勢としてはしんどくはないけれど。
順調にそのままゲームは進んでいく。特にバランスを崩すこともなくフェイトちゃんとマスの取り合いになることもなくゲームとしては面白い事はないままに進んでいく。
﹁うーん、なんかゲームとしてこれって面白くない?」
﹁えーと、体幹を鍛えるにはいいんじゃないかなぁ……」
かなりすごいバランス感覚でフェイトちゃんが言うのを見てうっかり姿勢を直そうとしてしまった。そんな私にはやてちゃんが警告してくる。
﹁あ、なのはちゃん私の指示なく動いたらあかんよー。一応もう少しやってみよか?」
﹁え? ダメなんだ……まぁ、続けるのはいいんだけど」
少しだけこの体勢はしんどいかなぁと思ったんだけど。指示が来るなら少しはマシになるかもしれない。
そんな考えが甘かったのかもしれない。
﹁ええかー? 今度は右足を赤やーがんばりー」
﹁あ、赤……なのは、ちょっとごめんね」
﹁ふぇぇ……フェイトちゃんまって、そこだめ……」
フェイトちゃんが私の足の間に右足を差し込んでくる。そんなに隙間もなかったせいでフェイトちゃんの足がすれてなんだかくすぐったい。
﹁あっ、ご、ごめんねなのは。でも、赤色触れるところそこだけだったから……えっと、はやて。次の指示まだかな?」
﹁うーんと、右手を黄色やー」
﹁きいろ……」
﹁ひゃっ!?」
﹁ふぇぇっ!? あ、その……ごめんねフェイトちゃん」
フェイトちゃんの首筋をかすめてしまったようで変な声がフェイトちゃんから洩れる。
なんか恥ずかしいよこれ……。
その後もお互いに何度か変な声を出してしまって途中でゲームを続けられなくなってしまった。
◇◆◇◆◇
﹁なんてこともあったなぁ……」
遠い所を見つめるなのはママに思わず懇願する。
﹁はやく……なのはママ、はやく!!」
﹁ヴィヴィオやめっ、ちょっ、まっ……」
プレイマットの上で複雑に絡まってしまっているはやてさんが私の下で震えている。
かなりしんどそうだ。ちょっと涙目になっているけれど、ある意味関節がきまってしまった状態なら仕方がないだろう。
ゲームの性質上手足が長い方がいいと思って大人モードになったのが逆に良くなかったのかもしれない。ごめんなさいはやてさん。
ママ達の出身世界ではこの時期、皆で集まり桜と呼ばれる木の下でご飯を食べたりお酒を飲んだりと花を見上げながら楽しむのが習わしらしい。
その催し物はお花見と呼ばれ、なぜか桜の花が咲く時期にしか行われないらしい。丁度春の過ごしやすい季節だからなのかはわからないけれど、確かに桜の花は格別に綺麗なのかもしれない。
いつだったか幼い頃にその桜をなのはママが咲かせてくれたことがある。あれはまだ私が機動六課の隊舎で過ごしていたころ。
スバルさん達フォワードの皆さんとのお別れが近づいたあの日、訓練場のフィールドになのはママが桜の木をホログラムで再現していた。ピンク色の小さな花びらがひらひらと舞い散る中で行われた最後の卒業訓練。日本の風習で記念となる卒業は桜の季節に行われるためなんだろう。桜の季節は催し物が沢山あって楽しそうだななんてこのころは無邪気に思っていたりした。だけど、桜に良いイメージを抱いていられたのはこの時までだった。
あの惨劇は今でも私の記憶に焼き付いている。とてもひどいものだった、トラウマとでもいうのか……幼い頃の新たな恐怖体験となった。
卒業訓練自体は滞りなく終わり、その後に行われたフォワード陣のための祝勝会。
誰がどう間違えた知識を持ち込んだのかわからないけれど、なのはママや部隊長の出身世界のお花見をみんなでやろう! と声高に誰かが宣言したかと思うと機動六課のスタッフの大半が料理やお酒をもってなだれ込んできた。
初めのうちは飲めや歌えやの大騒ぎだったはずなのに、いつの間にか宴会場は地獄絵図となってしまっていた。
何が発端だったのかはわからないけれど、なのはママ、フェイトママ、部隊長に副隊長たち相手にスタッフのみんなが模擬戦を挑んだのだ。
負けたものはその場で服を脱ぎ、頭からお酒を浴びるというよくわからないルール。
今ならそのゲームの意図はなんとなくわかるけれど、そんな目論見など上手くいくはずもなく、現実は地面に倒れ伏す屍、もといスタッフの皆さん。そんな皆さんの頭にお酒をかけて回るママ達。容赦など一切行われなかった。
お酒を飲めば飲むほど強くなるなんて武術があるとどこかで噂になっていたのを聞いたことがある。
でも、ママ達を見ていると本当にそんな武術があるのかもしれない。理性という名のリミッターが解除されたエースたちを誰も止めることはできなかったのだから。
﹁なんや? もう終わりか? 始まったばっかりやでー」
﹁にゃはは。こんなものじゃないよね? 機動六課精鋭のスタッフだもん」
﹁みんな止まっているのかな? ちゃんと避けないとあぶないんだよ? ほら、お酒はまだ沢山あるんだし……やろうか?」
上半身のバリアジャケットが見事に引きちぎられたスタッフの皆さんにお酒をかけては次の人を吹き飛ばす。
そんな地獄のような光景を私は桜を見るたびに思い出すのだ。
◇◆◇◆◇
﹁妙な記憶を捏造するん辞めてくれるかぁ? ヴィヴィオー」
﹁そうだよ! 確かにあの時は皆酔っぱらっていて羽目を外しすぎて結局乱闘になったけど……そんな地獄絵図ありえないから」
﹁まぁ、気絶させて収束させたのは間違いないんだけどね……。私たちはお酒飲んでなかったし誤解だよヴィヴィオ。全力全開でお話したらみんな分かってくれたってだけだよ」
三人のエースは反論しながらも用意して持ってきていた料理をしっかりと口に運ぶ。
ここは海鳴のとある公園。桜の見ごろにはまだ少しだけ早いせいか、人の姿はまばらだ。それでもなぜかこの木だけは桜の花が綺麗に咲いている。満開のお花を楽しむためにお邪魔させてもらい私たちは美しいその姿を見上げる。
﹁私の眼にはそんな風に映ってたんですー」
同じように料理に箸を伸ばし無くならないうちにといくつか紙皿に取る。そんな私にお茶を手渡してくれたはやてさんが困った顔で聞いてきた。
﹁そーはいうても、あれ以来こうしてみんなでお花見することもなかったやろ?」
﹁そーだよ。うちでお花見に行こうって誘ってもヴィヴィオは遠慮しますって言うし」
﹁それに、クロノに禁止にされちゃったしね。管理局に勤めている以上、揉め事を起こさないようにって」
残念そうにフェイトママが項垂れてしまったけど。それは仕方がないんじゃないかな。あんな事件起こせば誰だって禁止するのが当然だろう。というか、参加したいとはだれも思わないような。
思っても言葉に出してはいけないこともあるってちゃんと教えられているので言わなかったけれど、どうやらなのはママには伝わってしまっているらしい。
やんわりと視線だけで注意されてしまった。
﹁禁止されたんは管理局で行うことだけやろ? こうして家族や友達とお花見するくらいはええと思うんやけどなぁ。なんでクロノ君たちは今日参加辞退するなんて言い方したんよ」
﹁危険だからじゃないかな?」
思わず漏れた本音に今度こそはやてさんにチョップされてしまった。
今日に関していえばだが、平和につつがなく八神家と高町家のお花見は行われている。
この場に居ない八神家の皆さんは足りなくなってしまったお酒や食べ物の追加を買い出しに出ている。でも、それは建前でもしかしたら逃げたんじゃないのだろうかと思わず疑ってしまう程度には戻ってこない。
エリオ君とキャロちゃんがこなかったのは絶対あの日の事がトラウマになってるんじゃないかなぁ……。
あの日暴走していたのは今私の目の前に居る三人だけ。
副隊長の皆さんは早々に勝負事から離脱していたのだ。
陽射しも高く突き抜けるような蒼天。
イベント日和とはこんな日の事を言うのだろう。
会場となるホテルアルピーノのトレーニング場を借りての一大イベントが催されていた。
﹁元機動六課を始めとした関係者の皆様だけに限らず、たくさんの友人たちが集まってくれて感謝しています。遠きとこからは私の出身地でもある管理外世界の地球からも幼馴染の二人が駆けつけてくれました。今日は本当にありがとう。みんなこのイベントを心から楽しんでもらえればと思います」
スピーカーからは八神司令の開催のあいさつが流れている。
スピーカーから聞こえる八神司令のあいさつは、私の目の前で演説をしている八神司令が間違いなく話している言葉なのだろう。
とてもそうは見えないのだが。高性能なマイクと変換器を使ったスピーチの為、皆が聴きやすい言葉に変換されて流れているのだろう。
目の前の特別ステージに立つ八神司令は堂々としていた。
管理局の制服ではなく、騎士甲冑に身を包み今日のイベントに向けた意気込みはビシビシと伝わってきていた。
今日行われるイベントはとても単純なことがきっかけで開催が決定したと聞く。
﹁せっかくの連休なんや。面白いことがしたい」
﹁そうだね。みんなで久しぶりに思いっきり遊びたいよね。子供に戻って騒ぐのは楽しそうだ」
﹁アリサちゃん達も来れるみたいだし、私達もヴィヴィオ達みたいに遊んでもいいよね」
そんな八神司令達の会話がきっかけらしい。
だからってどうしてこうなったのだろう。
目の前で実際に起きているこの現実が私は受け入れられないでいた。
﹃パンスト相撲』
大きな弾幕に書かれた文字が風に吹かれて大きく揺れていた。
きっと最後の夜天の騎士もこの場に来ているのかもしれない。
﹁こんな主の姿を見て大丈夫なのかしら……寧ろ止めてくれないかしら」
﹃ティア? どうしたの?』
隣に立つスバルが不思議そうにこちらを見ていた。多分……そんな表情をしているんだと思う。けれど……私にはスバルが正確にはどんな表情をしているのかが解らないのだ。
﹁なんで……なんであんたまで……」
思わず拳を握りしめて顔の高さまで持ち上げてしまったが何とかそれを振り下ろす前に自分を止めることができた。
目の前にいるスバルはパンストを頭からすっぽりと被っていた。
しかもご丁寧なことに頭頂部で一度括られていてパンストの余った部分がまるでポニーテールのように揺れている。
顔はパンストの生地に引っ張られる様に下にたれていて、目が開いているのかどうかも怪しい。
上手く喋ることができないのか、念話で話しかけてくるくらいならそれを取ればいいんじゃないだろうか。
﹃えっと? どうしたの?』
﹁あんたね……それ取りなさいよ!」
スバルのパンストを鷲掴んで思いっきり引っ張ったのがよくなかった。
﹃い、いたいたたった! ちょっとまってティアナ』
﹁ぐふぁっ」
目の前で変形したスバルの顔に思わず吹き出してしまった。
なにこの破壊力。ダメ……私耐えられない。
スバルの頭からパンストを剥ぎ取る事を諦めて呼吸を落ち着かせるために大きく息を吐いた。
﹃ひどいよもぉ』
視線をステージに戻せばそこにもパンストを被った八神司令。そしてその後ろでイチャつくなのはさんとフェイトさん。勿論パンストを被っている。
きっと【その姿も可愛いね、なのは】【恥ずかしいよフェイトちゃん】とかやっているのだろう。そんな感じがする。
そしてそんな両親を無視してキラキラとした眼差しを一身に八神司令に向けているヴィヴィオとアインハルトがステージ下に居た。
どうして好きな人があんな格好でもそんな眼差しで見つめることができるのか一時間くらいじっくりと聞いてみたいような聞きたくないような。アインハルトに至ってはパンストを手に真似しようと必死になっている。どういうことなのだろうか。
真似したいの!? アインハルトはパンストを被りたいの!? ねぇ、ノーヴェは大切な教え子が道を踏み外そうとしているけどそれでいいの?
少し離れたところではノーヴェやインターミドルで活躍する選手の子供たちが何やら盛り上がっている。
そこでもパンストを被っては楽しそうにしている子供たちの姿を見る限りこのイベントは大成功なのだろう。
大成功なんだろうけど……私の後ろでルー子に抵抗してパンストから逃れようとしているキャロとかを見ると少し安心する。
そうよね。嫌よね普通は。だって、パンスト被ったら問答無用でスバルみたいな変な顔になるのよ! そして、あのステージで今まさに映し出されている大スクリーンに大写しされるのよ。
あぁ……シグナムさんのあの悲壮感漂う姿が……笑いを誘う。辞めて欲しい。いくら休みの日で、プライべートな時間として立場を忘れ無礼講で楽しもうと言われていても。元上官のそんな姿を見せつけられて笑うなという方が無理です。
ダメですシャマル先生。シグナムさんに更にパンストをかぶせてはいけません。お願いですからリインさんとアギトは既に引っ張り相撲を始めないで欲しい。
誰か夜天の守護騎士の暴走を止めて! ザフィーラさん笑いを堪えて震えてないで止めてください!! 後生です!! 既に姿をくらませているヴィータさんを呪ってしまう。
守護騎士の暴走はもうどうにもならないのだろうけれど。
仕掛け人であるあの三人をどうにかできるとしたらそれは向こうで腹筋が崩壊していて使い物にならないクロノ提督やその介抱に回ったスクライア司書長ではなく、幼馴染でツッコみ役だと名高いアリサさんしかいないのではないか。最後の頼みとばかりに地球からのお客様の姿を探す。
ステージの上には姿が見えず、周辺を探してみることにする。
開催のあいさつもおわり、パンスト相撲のルール説明が流れる中ようやくアリサさんとすずかさんの姿をみつけることができた。
お二人が居たのはメガーヌさん用意した料理や飲み物が山となったテーブルの傍だった。
どうやら手伝いをしていたらしい。
﹁ごめんなさいね、お客様に手伝わせちゃって」
﹁構いませんよ。私達からしたら知り合いも少ないですし、今更ルールを聞いたところでって感じだったから。そもそも参加するつもりは無いし」
﹁そうだね。なのはちゃんもフェイトちゃんもステージだし、はやてちゃんの思い付きのイベントだしね。裏方のお手伝いする方が安全だってことは間違いないかな」
流石は幼馴染のお二人。八神司令への評価が厳しい。
だけど、今の会話から察するに、止めるつもりもないようだ。どうしよう。
﹁あら? せっかくのイベントなんだし、童心に返って楽しむべきじゃないかしら?」
メガーヌさんは意外なことにノリノリなんですね。
﹁どうせはやての事だからあとで巻き込まれるんです。それならその時になってからでいいわ」
﹁あはは。なんだかんだで巻き込まれて一番楽しむのはアリサちゃんだよね」
﹁ちょっとすずか! そんなことないんだからね」
﹁でも、久しぶりになのはちゃん達と遊べるって楽しみにしてたよね?」
﹁うっ……確かにそうだけど」
﹁あとで一緒に巻き込まれに行こうね」
結局巻き込まれに行くんだ……。というか、童心に返ってかぁ……。
止めて貰えそうにない事だけは解かったんだけれど。どうしても抵抗があるのよねぇ。
﹃ティアナー! そろそろ私達の番だよー!!』
絶望のお知らせが私の頭の中にスバルの声で響いた。
寒くなってきた十月下旬。流石に首回りが少し寒く感じるようになってきた。
そんな今日、主が私達に防寒着を手渡してくださった。
﹁本当は手編みとか考えたんやけど、ちょぉ難しそうでな。間に合わんって思って今年は買うことにしたんよ。みんなどんな?」
まふらーと呼ばれる暖かい布を首に巻いてくださった。
外へ出るときは必ず巻くようにと言われていたが。なるほど。これはとても暖かい。
シャマルやヴィータには手袋。ザフィーラには大型犬用のコートを用意してくださっていた。
少し前に頂いたコートもそうだが、防寒着というものは身体だけでなく心まで温めてくれる物なのかもしれない。
そのことを主に伝えれば嬉しそうに微笑まれた。
﹁それはちょぉ違う気もするけど。そんな風に思ってくれたんなら嬉しいわ」
この小さな主の為に出来ること。この先もずっと微笑んでもらえたなら私達はどんなに幸せなのだろうか。
主の心が少しでも温まってくれればいいと、その手をそっと握った。
﹁どないしたん? シグナム」
﹁いえ、別に」
温かな手を放し、ゆっくりと立ち上がれば……不可思議な動きを見せる闇の書の姿が目に留まった。
﹁どうした? 何かあったのか?」
﹁闇の書?」
右に左にとフラフラと飛んでいたかと思うと急に主のお傍へとやってくる。
ぐるぐると主の周りをかなりのスピードで飛び始める。
訳が分らず主が助けを求めるように視線を向けてこられた。
﹁おい、落ち着け。いったい何があったんだ!?」
思わず闇の書を掴もうと手を伸ばしたその時。顎に衝撃が走った。
﹁シグナム!?」
闇の書の角が私の顎を捕らえていたのだ。
﹁ぐふぅっ!」
一瞬遠のきそうになる意識を何とか鷲掴み体制を整える。
﹁おまっ!? 何をする!」
ヴィータに捕獲された闇の書はそれでも書体を震わせ逃れようとしていた。
﹁どうしちゃったのかしら? 珍しいわね」
﹁シグナムが何かしたんじゃねーの?」
ヴィータからもザフィーラからも疑問の視線を送られる。
なにもした覚えはないんだが。
ヴィータの手から逃れた闇の書は、リビングの窓を開け庭に飛び出しそのまま木の葉の中に隠れてしまった。
﹁どないしたんやろ闇の書……もしかして嫌になって出て行ってしもうたんやろか……」
不安そうに木の葉の中の闇の書を見つめる主を、シャマルがそっと抱きしめて優しく声を 掛けるのを私は見つめることしか出来なかった。
夕方になっても闇の書は家の中に入ることが無かった。
﹁なぁ、何が気に入らないんだ? いくら本の姿とはいえ、そんなところに居たら主が心配する。中に戻ってはどうだ?」
何度か声を掛けてみるも、ガサガサと葉が揺れるだけで降りてこようとはしない。
あれから主も部屋へと籠ってしまいどうする事も出来なかった。
昼間でも冷え込み始めた今の季節、夜だと当然のように吐く息が白い。
これ以上外に居るのも流石に堪える。仕方がないと大きく息を吐き、闇の書が居る木の幹に手を掛けた。
﹁なにしてんだ? そんなところで」
闇の書と謎の攻防を繰り広げているとアイスを咥えたヴィータが声を掛けてきた。
﹁この寒い中よくアイスなんて食べられるな。それより丁度良かった。少し助けてくれ」
木の上に潜む闇の書を捕まえようとすると、高所を活かしてやたらと襲撃してくる。
そんなに捕まりたくないのだろうか。
﹁こら、闇の書大人しくしろ」
﹁いい加減にしろよお前」
ヴィータを巻き込んでなんとか闇の書を捕まえることに成功はしたが。
﹁いたた……」
木の上から落ちて腰を痛めてしまった。
﹁たくっ、情けねーなあたしらの将のくせに」
﹁そういう。闇の書はどうした?」
腰にシップを貼ってもらいながら部屋の中を探すと、ザフィーラの腹の下に潜り込んだ闇の書が見えた。
﹁……」
複雑な表情で座るザフィーラの腹の下でもぞもぞと動いているが、今は大人しくしているようだ。
﹁あいつは何が気に入らないんだ。魔導書なのに家出なんて」
﹁家出だったのかあれ」
シップを貼り終わる頃にシャマルに連れられた主がリビングに入ってこられた。
﹁シグナム大丈夫か? 木から落ちたって聞いたんやけど」
﹁は……その。申し訳ございません」
﹁謝らんでもええよ。怪我が無くてよかったわ」
腰を打ち付けはしたが、それは主には伝えていない。私にも主に秘密にしたいことがあったりするのだ。
﹁そうや、闇の書―? ちょぉきて欲しいんやけど。どこにおるん?」
主の呼びかけに答えるようにもぞもぞとザフィーラの腹の下から這い出してきた様子を見て主が何かを確認するように頷かれた。
﹁やっぱり。闇の書も寒かったんやね。ザフィーラのお腹もふもふであったかいもんなぁ」
なにがやっぱりなのだろうか。というか、本なのに寒いとは。
豊かな発想力ではあるがいくら何でも本が寒さを感じるとは思えない。
長い付き合いではあるが、闇の書が寒さで震えている所なんて一度も見たことが無かった。
﹁主、それは流石に違うのではないでしょうか」
﹁そうやろか? でも、闇の書の為にブックカバー作ったんよ。これがあれば汚れたりもせぇへんし。ちょぉつけようか。おいで」
心なしか嬉しそうに近づくので、もしかしたら一人主から何も貰えなかったのが寂しかったのかもしれない。
私達には服やまふらーなどたくさんの物を与えてくださったが、闇の書だけは当たり前だが服の類などは貰っていない。
それが少しだけ寂しくて、爆発してしまったのかもしれないな。
そう結論付けたところで闇の書がカバーを付けてもらえたようだ。
くるくると部屋の中を楽し気に飛び回る。
﹁よかった。喜んでくれたみたいやね」
﹁本当に。よく似合っているわ。よかったわね、闇の書」
薄い黄色の生地に仔たぬきがプリントされたブックカバーが飛ぶのは中々シュールな光景だな。
翌日の昼下がり、リビングに新聞を持って入ると机の上に闇の書が乗っていた。
差し込んだ太陽の光に照らされてじっとしている。眠っているのだろうか。
コーヒーを自分で淹れて机に近づくとブックカバーの端が少しめくれていた。
外れてしまっているのだろうか。直してやろう。
﹁……っ!? な、なんだこれは」
めくれてしまったブックカバーを一度外してから付け直そうと外すと、そこには真っ赤な レースの……下着が現れた。
闇の書が下着を身に付けている。その現実が理解できず、しげしげと何度も見てしまう。
そっと表紙を捲ると表紙の角に引っ掛けるように掛けられている。
どうやら下着をつけた状態でも本は開けるようだ。
裏表紙の方を見ても表紙から見てもきちんと下着を身に付けているように見える。
主こだわりの一品であるようだ。
﹁私は何も見なかった」
闇の書に手早くカバーを付けてからリビングを後にする。
﹁私は何も見ていない」
自分に言い聞かせるように何度もそう繰り返した。
だが、私の自己暗示も無駄になる事態がこの後起こるなんて思ってもみなかった。
夕食前に主が闇の書に見せていた物。それは決して私の見間違えではないと事実から目をそらすことを許してはくれなかったのだ。
﹁あんな? 下着はちゃんと毎日替えなあかんから自分で選ぶんやで? 替えの下着は、こっちが鎖編みの黒のレース。こっちは白の紐や。ちょっと他のに比べてシンプルやけどな。かわええやろ? ピンクも用意したからなぁ」
数枚の替えの下着とブックカバーを見せ、一つ一つ丁寧に闇の書に対し私達が初めて服などの贈り物を頂いた時と同じように説明していた。
主は分け隔てなく私達に優しい。だがしかし……だがしかし主……そこは少し違うのではないでしょうか?
ブックカバーだけでよろしかったのでは……いや、主には何か深いお考えがあるのかもしれない。
﹁闇の書もおしゃれせんとな。見えへんところも可愛くするのが大事なんやで」
そういうものなのだろうか……いや、深く考えてはいけない。
2017年1月23日 発行 初版
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