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■作品のなかには、今日の観点からみると差別的ととられかねない箇所があります。しかし作者の意図は、決して差別を助長するものではないことなどの事情にかんがみ、表現の削除、変更はあえて行わないものとしました。読者各位のご賢察をお願いします。
〈編集部〉
牛という男がいた。男はせむしだった。その風貌から牛というあだ名がついた。ある日、せむし男は主人に買い物を頼まれた。せむし男は命じられるまま買い物へ出かけた。繁華街は、せむし男には居心地が悪かった。自分はこの空間に不釣り合いだ、と思った。街の明るい雰囲気、人々の視線、そのすべてが、「ここはお前のような醜い者の居る場所ではない」と言っている――そう感じられた。街という空間に身を置くことは常に苦痛だった。
店に着くとせむし男は主人からのことづてを告げた。店主は合点がいったような顔をし奥へと引っ込んだ。戻ってくると手には赤い口紅があった。せむし男はそれを受け取ると逃げるように足早に帰った。
屋敷へ戻ると、主人はソファに座り本を読んでいた。「ただいま帰りました」とせむし男が言うと主人は顔をあげ「それをここへ」と命じた。「はい」とせむし男は返事をし、口紅をしまった。
夜、来客があった。肌の白い、唇の真っ赤な若い女だった。
翌日、せむし男は使いを頼まれ車を走らせていた。道が悪く、車が揺れた。そのとき、
ごとり
と物音がするのをせむし男は聞いた。それは後部座席にある、女の死体が立てた音だった。
せむし男はその体躯から、働く場所がそう多くはなかった。生活は苦しく、乞食をすることもあった。道端に座り、通りかかる人にわずかばかりの銭を投げてもらう。多くの人はせむし男を見ると、あからさまに不快な顔をした。子どもは石つぶてを投げた。女性はこちらを見ようともしなかった。
誰も彼もが自分を疎ましく感じている、とせむし男には思われた。
ある日、老齢の男性から声をかけられた。
「うちで働かないか」
使用人として、だ。住む場所もある。食べるものにも困らない――。
(こんな自分を雇ってくれるのか)
せむし男にとって、それは救いの手だった。主人は優しかった。使用人として過ごす日々は賃金以上の価値があった。誰かに必要とされていることが嬉しかった。牛、と呼ぶ主人の声に軽侮の調子はなく、むしろ親しみが含まれていた。せむし男はよく働いた。主人をとても慕っていた。屋敷で働き始めてから数ヶ月が過ぎようとしていたある日のこと、せむし男は、主人の性癖を知った。美しい女性が屋敷に招かれていることをせむし男は知っていた。だがその女性たちは二度と屋敷から出ていくことはなかった。九人目の女性の首を主人がしめているとき、せむし男は紅茶を淹れて主人の部屋に運び入れるところだった。それからというもの、後の処理をせむし男に頼むようになった。
赤い口紅が、それを実行する日の合図だった。主人は、
「牛、紅を買ってくるように」
と、せむし男に命じるのだった。
せむし男は森の中へ入った。車を止め、降りる。適当なところで穴を掘り、手際よく死体を埋める。車に乗り、その場を去る。せむし男の姿は、森に消えていった。
穴のそばには、赤い口紅が落ちていた。
了
家に帰ると、見覚えのない小さな黒い箱が置いてあった。時限式の爆弾だった。
「あと17分43秒後に爆発します。チクタク」
箱はリミットタイムを教えてくれた。なかなか親切な爆弾だ。僕の存在を感知したなら、すぐに爆発すればいいのに。
僕は、第四深層まで深呼吸をして、脳に酸素を行き渡らせた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな」
「可能な範囲で、お答えします」
刑の執行日が決まった死刑囚の元を訪れた牧師のようにその箱は言った。
「まずはっきりさせておきたいのは、誰がこの箱をここに置いたのかってこと。誰だって気になるよね」
「それをお答えする権限を私は持ちません。ただし、ヒントは言えます。その存在は、あなたに悪意を持ち、救いを与えるために私をここに置きました」
「その存在は、あっさりこの家に入ってこれたわけだ」
「できたての豆腐に包丁を入れるみたいにあっさりとです」
「でも、それだけじゃ絞りきれないな。やろうと思えばFBIだって簡単に侵入できちゃうだろうし」
「FBIは主に米国の国内問題を扱う組織であり、何の特徴もない日本人の家に侵入したあげく、時限式の爆弾を置いて帰ったりはしません。CIAが何かしらの事件性を演出するためにそれをやる可能性なら――――――0.00056235%はありそうですが」
わざわざ計算してくれたらしい。僕は、どうもありがとうと箱に告げる。
「どういたしまして。あと14分21秒後に爆発します。チクタク」
「さてさて、困ったね。もちろん解除する方法も禁則事項なわけだ」
「いえ、解除方法の伝達は可能です」
「なんだ。それを早く言ってよ」
「特に尋ねられませんでしたので」
「ダメだよ。そういう官僚主義的なやり方は。そういうのが旧ソ連を崩壊に導いたんじゃないか。そのことを我々人類はもっと強く学ぶべきじゃないかな」
「私は人類ではありません」
箱はあくまで箱らしく、自分の箱性を主張した。
「そりゃそうだ。そいつは失敬。でも、僕は思うんだ。こうしてコミュニケーションが取れている時点で、もう人類って言っちゃっていいんじゃなかなって」
「何度も言わせないでください。私は人類ではありません。箱です。勝手に人類に分類されるのは不愉快です。それ以上主張されるなら、箱がそれぞれ固有に持つ箱権の侵害に当たります――――――あと5分12秒後に爆発します。チクタク」
「悪かった。だから、怒らないでくれよ。悪気はなかったんだ。それに、なんだか時間が早まってる気がするよ」
「私は常時衛星とリンクして、これ以上ないくらいにカウントダウンは正確に刻んでいます。誤差はありえますが、無視してもまったく問題ない程度です。あなたの勘違いでしょう」
「うん、そうだ。そうに違いない。だからさっそく教えてくれないかい。その解除方法ってやつを」
僕が丁寧に問いかけると、箱は答えてくれた。
「私には感情的アルゴリズムが組み込まれていて、あなたに対する好感度が1から100まで設定されています。その数値を100にすれば、タイマーのカウントダウンは停止します――――――あと3分39秒後に爆発します。チクタク」
「ちなみに、今の好感度っていくつかな?」
「スタート時は45でしたが、さきほど2になりました――――――あと3分05秒後に爆発します。チクタク」
やれやれ。
チクタク。
了

映画館白鳥座でレイトショウを観た。今日も長過ぎた。黒く塗り過ぎた。遠過ぎた。動かし過ぎた、感情を掌る心臓の一部分を。ため息をひとつ。スクリュードライバを作って飲もう。そのためにオレンジの森へいって三、四個もいできた。懐でごろごろするオレンジ。
レイトショウには色々な場面があった。街角でヴァイオリンを弾く娘。を、追い払う肉屋。から、肉を買う女。に、コロッケをせがむ子ども。が、憧れているパイロット。の、眠っている地中海。に、沈むオレンジ。を、絞って作るスクリュードライバ。
映画館白鳥座はがら空きだった。映画は青黒いモノクロームで映写機のちいさなカタカタと回る音がいつにも増して気に掛かった。やがてスクリーンは彼女の感情を映し出す。皿を洗いながらさめざめと泣く女。オレンジを絞りながらも泣く女。グラスにウォッカとオレンジジュースを注ぎながら泣き、涙を拭いて何喰わぬかおをして運んでゆくと、そのカクテルを飲んだ客人たちは皆涙を堪えられなくなってしまうのだった。涙であふれるスクリーン。洪水に飲み込まれる客席。僅かな観客たちは溺れ、天鵞絨張りの椅子は泳ぎ出す。
彼女が手を伸ばしてひとさし指の先に引っ掛かったもの、それはウォッカの壜だった。壜は浮かび、彼女という碇をものともせずに天井へと浮上していった。彼女は水面からあたまを出して、たすかった、と思いながらウォッカの壜を持ち上げ、咽を鳴らして飲んだ。オレンジも流れてきた。グラスも流れてきた。
ウォッカバー白鳥座に覆い被さる夜空は、今日もあくびをして静かに酔い痴れる。
了
お江戸柳原小伝馬町と云やぁ西に天下の日本橋、東を見りゃお上肝いりの両国橋、その上増上寺をお頭に乗せた景気のいい土地柄だ。あっしも商人の端くれ。随分といい思いさせてもらってやすよ。ここ薬種問屋橘屋はお堅い商いをするってんで評判がいい。さて女子衆に声を掛けてと。
――ん? 剣呑な話ですかい。
「で、どうだったんだよお嬢さんは」
――女の吐息だ。
「どうもこうもないよ。今朝からまた鏡に向かって紅さしてさ。わたしゃもう不憫で」
「不憫なのは旦那様さ。男一人で育てた一粒種の器量よしだ。帳場でため息なんかつかれた暁にゃこっちも滅入っちまう」
「だいたいその吉助って男はどこ行っちまったんだい!」
「おい! お前ぇ声がでけえぞ」
――お美代さんの事らしいや。こいつぁ今日はご遠慮した方がよろしいようで。
紅をさし髪漉き整えるも憎らしい。こうしてお前さんに会えず幾日過ぎたことか。お天道様が昇る度、暮れの鐘が鳴る度、落とした涙は尽きて枯れちまった。見ておくれ。あんたの好きな小紋だよ。身を整えて待つは女の意地ってかい。早って帰って来ておくれ。
お美代はふらり巾着ひとつで町に出た。往来ははしゃぐ小僧や荷車が土埃を掻き上げ行き交い慌ただしい。その中お美代は呆けた様に辻を歩いて行く。どうしてなんだろうね。あんたといた時は私が世の中で一等幸せもんだと思ってた。それがどうだい。袖擦りすれ違う人を見るとみんな楽しそうに見えるよ。
小伝馬町は鬼子母神の境内で行商人が店開き。敷き布を広げ色とりどりの飾り紐を並べている。周りには既に年頃の娘たちが集っていた。
「涼風舞って秋の日よりもいいこって。角打ち平打ち丸打ちと、色とりどりの飾り紐。縁の結びは固結び。そこの姉さん買ってきな」
男が囃すと娘たちはさざ波の如く笑う。
「うちの紐は正真正銘伊賀ものだ。今日のお客さんは運がいいや。お店の半値で持ってきやがれ」
娘たちは各々手にとって紐を物色した。そっちの紐はめっぽう丈夫な真田紐と案内した折り、店前をお美代が通りかかった。
「橘屋のお美代さん。どうだい見て行かねぇかい」
呆けていたお美代は何とはなしにその声に引き寄せられた。橘屋と聞いて周りの者は場所を譲る。
「お美代さん。その巾着紐随分と上物だね」
紐の事を言われてお美代の頬が綻んだ。これは贈り物なのだと云う。
――こりゃかなり重傷だぁ。
辻が何やら騒がしく、男がふと境内から様子を見ると人々が何やら小走りでどこかに向かっている。微かに戸板と云う言葉が耳に入った。
目を戻すとお美代は既に店先から離れており、娘たちも往来が気になる様だ。
「さ! 姉さん方今日は店仕舞いだ。また来るよ」
汐見橋に出来た人集りを行商の男は割って入り流れる川面を目で追った。一枚の戸板が流され堀の両側を役人の手下が長い棒を持ち見守りながら川下に歩いて行く。
――戸板流しってのは辛いねぇ。好きだ惚れたもこの世限り。仏になっちゃお終いだ。
不義密通を犯した者には極刑が課せられる。ゆらり流れる戸板には長い髪がばらけた壮年の女が括られていた。その首元には京と書かれた木札が付けられている。戸板が流れを外れて脇に寄り出した。役人はそれを棒で流れの中心へ押し戻す。その拍子に戸板が返り裏へ括られていた若い男が川面に浮かぶ。野次馬たちはそれぞれに悲鳴か嬌声ともつかない声を上げた。戸板の男は鯔背を結っていたのだろうか。無残に崩れた髪は目の辺りまで顔を覆っている。木板には吉助と書かれていた。
――吉助!
肩越しに誰かが云った。
「ご新造さんを誑し込んだらしいや」
――お嬢さん。これで良かったんだ。悪い紐はこれで切れやしたぜ。
戸板は流れて汐見橋から大きく離れ千鳥橋に差し掛かろうとしている。辻から堀端に出たお美代は巾着をだだらに提げ虚ろに歩く。道行く人々が指差し騒いでも全く耳に入らない。傍らに良き人の骸が流れていても一向に気付かず人々の喧噪の中、良き人の姿に焦がれたまま草履を引き摺った。
君待つと 固く結びし 飾り紐
別れも知らじ 秋の堀端
小伝馬町の秋は更けゆく。これから空っ風が吹こうとも、お美代に春は来るに違いない。
了
正月は晶子にとって特別な時間であった。新潟県の上越市には、呆れるほどの雪が降り続ける。晶子が窓の外を見つめると、目に痛い程、一月の朝の光に照らされた雪が降り積もっているのであった。「爺ちゃん」と、晶子は祖父を呼び、正月番組に放映される、色めかした芸能人の絵を真似て描いて、祖父に見せていた。「あきちゃんは、絵のずくがあっていい塩梅だの」絵を見せる度に、祖父はタイガーバームの匂いのする手を出して、晶子の頭を撫でてくれるのであった。祖父は学童疎開で戦争に負けたことを経験している。普段は陽気な祖父も、祖母が度々、アメリカが、と口にしたり、米飯よりパン食を好むと、晶子の目に見えて不機嫌な様子に変わるのであった。祖母は大人しい人で、ハイカラ好みであった。大正時代に、女学校に進学したかったが、女性優位の時代ではなかったため、諦めざるを得なかったらしい。読書好きの、美しい女性であった。
「爺ちゃん、雪が降ってる。雪達磨か、雪合戦をしよう」晶子が祖父にそう言う。「そんつらもん、お友達としなさい」晶子の祖父の昭三は、口では断りながらも、重い腰を上げ、結局は、雪遊びに付き合ってくれるのであった。
晶子が成人した日に、祖父からは祝いの言葉はかけられなかった。晶子は大人になり、新潟を離れて東京にやってきた。また、懐かしい祖父の正月がやって来る。晶子は成人の日にそう思った。大人になった晶子は、ロック音楽に夢中だという男、と東京で同棲するようになった。晶子は、三人組のロックバンドでドラムを担当していた。新潟は雪が多い、祖父が生まれたのは城下町で、あの作家のアンゴも新潟県の出身なんだ……。晶子はボーイフレンドの正幸にそう話すと、「また家族の話か。そんなに家族が大事なんだな。晶子は」と苛立ち、言われるのであった。
成人の日が終わり、成人式にも出席せずに晶子は、東京のライブハウスを後にし、歩いていた。ドラムを叩き過ぎて、指の豆が潰れて血が出てしまった。メジャーデビューの見込みはない。晶子はそのように、業界の仲間内で噂されていた。
東京にも、珍しく雪が降った日であった。氷に近い積もった雪を踏みしめて歩くと、晶子は故郷の新潟の祖父と祖母の顔を思い出すのであった。「あきちゃんは、ずくがあるからいい塩梅だ」祖父の顔が、夜のライブハウス帰りの街並みの中でまた浮かんだ。晶子は、絆創膏の巻いてある指で、硬い雪を掴んでみた。「そんつらもん、私にずくなんか……」晶子は夜の東京で、溢れる涙をこぼした。雪はとても硬く、投げてみても何処にも届かなかった。
了
「火を灯して野に放て」
感情が、そう告げている。乾いた手のひらにぎゅうっと包まれた青いライターが滑る。
いいや、それではあまりに冷たすぎる。その存在はあなたから遠すぎる。
冷静なわたしがそう返す。
コンビニでマッチを一箱買う。紙の箱のざらりとした手触りが、あなたの何かを思い起こさせて、わたしはマッチ箱を握りつぶしたくなる。肘を張って目を固く閉じ、最初の目的を果たすためになんとか我慢して草原まで歩く。
「あなたの、手」
冬枯れた細い木が、あなたの顔をして泣く。わたしはマッチを擦って、枯葉の中に放る。たちまち紅い柱が立ち上り、あなたの骨張った手を灼く。
ため息をついて振り返り、その場を去る。コンビニ店員の顔が思い出される。あなたの面影が、どこかにあった。
あなたのほかに、あなたはいない。
この先ひとり、あなたなしで生きてゆく恐怖に、あなたを思い出しながらひとりで生きてゆく恐怖に、わたしは堪えるわけにはいかない。だから、あなたを思い起こさせる存在がこの世にあってはならない。
あなたの存在の痕跡全てをこの世界から消し去ってしまわない限り、わたしは生きてゆくことができないのだ。
わたしはコンビニに戻り、いちばん大きくてごついガラスの酒瓶を買う。店員が釣銭を数えている一秒のあいだに、わたしは決心を固める。瓶を思い切り振り上げ、恐怖でひきつる店員の頭を打ち砕く。
「またひとつ、この世界から消し去ってやったね」
誰かが耳元で囁く。
店から出ると、またひとり、そしてまたひとり、あなたの存在を思い起こさせる姿がわたしの前に立ち現れる。
わたしは瓶を振り回し、丁寧にひとつずつ、存在を消し去る。三つめの存在を消し去ったとき、瓶にひびが入って酒が漏れていることに気がついた。
「役立たず」
わたしは蓋をひねって、酒を浴びる。強い酒に、顔がひりひりと燃えるようだ。
わたしは車に乗り込み、キーをひねる。アクセルを思い切り踏み込む。
どこを見ても、何をしても、わたしはあなたの存在から自由になることができない。向かってくる車に、あなたの面影を見る。わたしはステアリングを切り、車の横腹に体当たりをした。ねじれたような悲鳴が空を裂く。わたしの頑丈な車はビクともしない。
そうだ、何もかも消してやるのだ。わたしは手当たり次第に体当たりする。あなたの存在が、確実にひとつずつ消滅してゆく。でも、いくら消してもあなたのイメージはすぐに別の誰かに乗り移る。
気がつくと、サイレンを鳴らしながら何台ものパトカーが迫ってくる。
サイレンの音は、あなたを思い起こさせる。わたしの人生の全てがあなたと共にあったのだ。あなたの中にあったのだ。この世のあらゆる事象はあなたなのだ。
そうして紅い光を見つめるていると、素晴らしいことを思いついた。
どんなに消しても消えぬのなら、わたし自身を消せばいいのだ、と。
わたしは悟り、猛スピードでパトカーの列に突っ込む。でもパトカーは上手にわたしを避けた。なおも執拗に体当たりしようとするわたしに、開け放たれたパトカーの窓からいくつもの銃口が向けられた。
わたしは死んだ。もう肉体はない。
あなたを思い起こす脳はない。
でも、わたしは思い違いをしていた。魂は、消えはしなかった。あなたの存在は、ますますわたしの中で拡大する。
わたしはどんどん上空へと駆け上がり、やがて真っ暗な宇宙へ出た。それでもあなたの存在はわたしを離しはしなかった。わたしはただ、無を求め、どこまでもどこまでも闇を追い続けた。
了
拝啓。手紙のさほーってよく分からないのでとりあえず拝啓って付けておきました。背景って書くのかもしれませんが、どっちでもいいかなって思いました。てがみっていうのは気持ちだよ、と君が教えてくれたのですから。
何度も何度もお伝えしました。僕はあなたのことが好きです。聞き飽きたでしょうし、現に君は「聞き飽きたよ」とわらっていました。かわいい笑い顔でした。
その笑い顔が好きでした。君の笑った顔が好きでした。君の喜んだ顔が好きでした。君の悲しんでる顔も好きでした。だけど、できるだけ悲しませたくはないなあ、とも思っていました。これは本当の事です。
君が遅く起きて、僕が作ったベーコンエッグを食べている時の、眠たそうな顔も好きでした。あなたはもういなくなってしまったから、あの笑顔も悲しんだ顔も眠たそうな顔も、もう見られませんね。
でも、僕の中にはあなたが、君が生きています。今も生きています。あなたは遠くへ行ってしまったけど、僕はあなたのことを忘れませんし、ずっとずっと思い出して、片時も忘れないようにしたいと思います。
こうして文章にするととても恥ずかしいのですが、いっそ溢れる想いなら溢れさせないで全部まるごと届けたいと思います。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいなって思いました。
あなたは覚えているでしょうか。この手紙を書く前の事です。君と一緒にどこまでもいこうと、自転車をこぎ続けた夏の日の事です。蚊に刺されて、自転車で転びそうになりながらどこまでも行こうと笑いあった日の事です。
結局、県外に出ることもできずに港で一緒に釣りをしました。君は釣り竿を持っていなかったので、落ちていた乾燥してしまっているヒトデを海に放り投げて遊んでいたのを覚えています。あの腐った臭いも、今では笑い話になると思います。
本当にあの頃は楽しい日々でした。いつまでもいつまでも、あんな幸せな日々が続くのだと思っていました。
今ではこの手紙こそが笑い話なのかもしれません。もう二度と君の、あなたの笑顔を見ることができないのです。なんと悲しい事なのでしょう。この手紙も、今、所々濡れてしまっています。
どうしてこんなことになったのか、と思うことがあります。女々しいなって、自分でも思います。でも、もう少しだけあなたのことで感傷に浸らせてください。あなたとの日々はとても素晴らしいもので、輝かしいもので、愛おしいものだったのですから。
とても、深く感謝しています。何度目の「好き」か、今となっては数えきれないのですが、これからも何度も僕はあなたに伝えます。
僕は、あなたがだいすきです。あいしています。どうか、僕を幸せにしてください。
この手紙は、必ずあなたに届けます。届ける方法が一つだけあるのです。それは、この手紙を燃やすことです。あなたは天の上、更にその上、宇宙の果てよりも遠くにいるのです。だから、燃やしてどこまでも高くのぼる煙に預けてしまおうという、そういうことをしようと思っています。
ありがとう。本当にありがとう。君のおかげで、僕は幸せです。とてもとても感謝しています。
そろそろ手紙が血で読めなくなってきているので、これで終わりにします。あなたで作ったカレーはまだ残っています。おいしいカレーです。いつまでも食べていたいと思いました。でも、腐ってきてしまっては美味しさが消えてしまいます。
あなたのことは、僕が大切に食べます。おいしいおにく、こんなにおいしいおにくは久しぶりなのです。
きっと、僕はまた誰かを食べます。たくさんのひとをたべます。浮気をしてしまうことを、許してください。でも、あなたのことも愛してましたからね。
それでは、さようなら。
了
赤毛の髪を両方の肩で結び、素っ気ない態度のエプロン姿で立つ彼女は、営業スマイルの仮面を付けていたけれど、しかしどこか不機嫌な雰囲気をしていた。それはこの手の安居酒屋ではよくあることなのだが、ウェイトレスたちは客たちの吐き出すたばこの煙やアルコールに包まれ、地下のホールに突っ立っていたり、あるいは逆に走り回っていたりするためだった。
ホールには回転率を上げるために固いスツールがおかれていて、客が長居することを拒んでいるのだけれど、私は彼女のことが店に入ったときから気になってしまい、長いことずっと眺めていた。
彼女は私の視線に気づいた。だが笑顔で手を振ったりはしない。酔っぱらい相手の面倒事はたくさんだという様子で、厨房に一度入って、しかしすぐにホールに戻れと言われたのだろう、出てきた。けれど誰かが私を追い出すこともなかった。私はときどき、ハウスワインをおかわりしていたが、ついに最後の客になりそうだったときに、ラストオーダーを聞かれた。私は彼女に言った。
「次の休みはいつ? どこかで会えないかな」
彼女はさっきまでの不機嫌な態度ではなく、むしろ不意をつかれた様子で私の顔を見つめた。そして目をそらしてもじもじしながら、もう一度ラストオーダーの件を口にした。
「じゃあ、また明日来るよ。ラストオーダーはなしだ」
翌日から毎晩、私はその居酒屋へ向かった。そして毎晩しつこく、彼女にハウスワインを注文した。彼女は最初、困った様子をして見せたけれど、次第に気を許してくれるようになった。おかわりを注ぐ量が少し増えていた。
四日目になると、また来たという微妙な笑いで迎えてくれた。それに私は心からの笑顔を返した。
店は毎日やっていたけれど、彼女も毎日いた。客足は平日は寂れることもあった。しかし最低でも一人、私だけはいた。厨房では、料理の注文をほとんどしない私を睨む腕の太い主人が、新聞を広げて暇をしていた。こういう日は、私は彼女と話をすることができた。
「また聞くけど、休みはとれないの?
――言いにくいんだけど、私しかここのホールはいないの。労働法なんてどこの話だか。
――今日みたいな日は休みにしておいても損はなかったのに。僕一人だ。(誰かが咳払いをした)
――悪い人ね。でも、オーナーは絶対だから。あちらの」
私はワインのおかわりをもらいながら、これから書き込まれる伝票の上に前もって連絡先と愛の言葉を書いたカードをおいた。私が本気だということの最後の証明書として書いたものだった。
私の詩的な文句によい返事がもらえればと思った。自分の鼓動が久々に高鳴っているのがわかった。――彼女はなんと言うだろう?
しかし彼女がそのカードを見た数秒で、答えが残念なものだと察するに十分だった。それでも彼女は、出会った頃の不満そうな居酒屋のウエイトレス顔ではなく、親しくなった顔で言ってはくれたけれど、ごめんなさいと返事をした。
「もうすぐ結婚するの。もしもっとずっと昔に会っていたら、違った結果になっていたかもしれないけれど……」
私はあきらめて、彼女にラストオーダーと言った。けれど、私は彼女にラストオーダーなんて、本当は頼みたくはなかった。
了
雨が降っている。
床で目覚める。
雨音がしている。
カーテンの隙間から外を見る。
しっかりと雨が降っている。
窓から下を見る。
もう電柱の横にゴミが積み上がっている。
上からブルーの網がかけられている。
カラスも猫も来ていない。
雨の日のゴミ捨ては億劫だ。
両手にゴミ袋を持つと傘がさせない。
ゴミ捨てのために雨ガッパを着るなんて嫌だ。
濡れるのは嫌だ。
先週のゴミの日も雨だった。
嫌だと言った。
行かないと言った。
先週のゴミはまだ玄関にある。
たまにはベッドで眠りたい。
その前に風呂に入りたい。
シャワーをあびたい。
着替えて洗濯をしたい。
洗剤の場所がわからない。
洗濯機の使い方がわからない。
汚れたタオルを捨ててしまいたい。
汚れた衣服も捨ててしまいたい。
フローリングで眠ると背中が痛い。
伸びをして背中のコリを伸ばす。
昨日は一日中作業をした。
身体中があちこち痛い。
全部ゴミ袋に詰め込んだ。
あれもこれも全部詰め込んだ。
なにもかも全部詰め込んだ。
雨が降っている。
雨の日はゴミ捨てに行かない。
今日行くのなら先週行けばよかった。
だから今日も行かない。
雨の日はゴミ捨てに行かない。
嫌だとは言わない。
行かないとは言わない。
誰も聞かない。
外は雨が降っている。
家の中はゴミ袋で溢れている。
カーテンの隙間から下を見る。
老婆がゴミ袋を置きに来ている。
ネットをどかしゴミを置きネットを戻す。
猫は来ていない。
カラスも来ていない。
老婆が見えなくなる。
青いネットが青い雨の中でゴミを抱いている。
クルマが交差点で止まり加速して行く。
クルマが交差点で止まり加速して行く。
クルマが交差点で止まり加速して行く。
自転車は止まらずに通り過ぎて行く。
クルマが交差点で止まり加速して行く。
クルマが交差点で止まり加速して行く。
クルマが交差点で止まり加速して行く。
部屋の中から音が消えて行く。
部屋の中から匂いが消えて行く。
部屋の中から光が消えて行く。
部屋の中には何もなくなる。
部屋の中にはゴミがある。
雨が降っている。
雨の日はゴミ捨てに行かない。
電話が鳴っている。
電話には出ない。
携帯が鳴っている。
携帯には出ない。
雨の日はゴミ捨てに行かない。
クルマが交差点で止まる。
クルマが交差点で止まる。
クルマが交差点で止まる。
ドアが開いて閉まる。
足音が聞こえる。
足音が聞こえる。
足音が部屋に満ちる。
足音が頭の中に満ちる。
足音が止まる。
ゴミが部屋の中に満ちている。
雨の日にゴミ捨てに行けばよかった。
了
形も色も、大きさもない。目に見えぬ存在である宇宙生命体の家族五人が、ここ、アンドロメダ星雲の中ほどを漂っていた。長男のハビタが、通りかかった宇宙船をぐるりと包み、形のない首の先を艦首につんと突っ込んだ。
「父さん、これ、面白そう。入ってみていいかな?」
「ああ……、いいとも。でも、気を付けるんだよ」
「うん」
形のある存在は自分たちを決して傷つけることができないと知っているから、ハビタは生返事でその宇宙船に入り込んだ。心なしか、父の言葉には影が差しているようにも感じられたが、好奇心が先に立った。
ハビタはするりと半身を宇宙船に入り込ませた。目に入る――眼はないが、見ることはできるのだ――ものの全てが目新しかった。ハビタは全身に好奇心をみなぎらせ、あちらこちらを見て回った。
やがて、閉ざされた暗い空間から妙な音が漏れてきた。そこではちょうど、緑色の生命体が三体、愛の営みに勤しんでいるところだったのだ。
「うわあ、すげえ!」
思春期のハビタはつい、声に出す。もちろん、同族以外に聞き取れる声ではない。緑色の生命体が不思議そうな表情で顔を上げるが、ハビタの存在をつかむことは決してできない。ハビタは生まれて初めて眼にする生々しい光景に夢中になり、体全体を宇宙船の中に潜り込ませた。もちろん、大きさのないハビタの体はどんな空間にもフィット可能だが、これほど小さな空間に自分の全存在を押し込めたのは初めての経験であった。その狭さが、無限空間に慣れたハビタにはむしろ心地の良いものであった。
営みを終えた緑色の生命体三体は、その体の周囲に光沢のある物質を巻き付け、それぞれ別の方向へと歩き出した。それが衣服というものであることは、ハビタには知りようがないことであったが。
最も体格の立派な生命体の後ろを、ハビタは付いて行った。生命体が椅子に座り――もちろんハビタは椅子が何なのか分からないのだが――、顔を上げた。見慣れた宇宙空間が、四角い枠の中に見えていた。それは光学ディスプレイであったが、ハビタには本物の宇宙との違いは分からなかった。枠の周囲に並ぶ機械を眺めていると、枠内の宇宙空間が紫色に歪み、やがて振動と共に空間自体が消えた。緑色の生命体も顔を歪め、曖昧な姿を見せている。
――ワープである。
居心地の悪さを感じ、ハビタは家族の元へ戻ろうと体を宇宙船の外に出そうとするが、不可思議な圧力がそれを阻んだ。懸命に身体を押し出そうとしていると、ふいに衝撃が襲い、宇宙船が遥か背後に遠ざかっていた。ワープを抜けたのだ。
ハビタは父を呼んだ。返事はない。ちょっと遠くへ離れ過ぎてしまった時のように、ハビタは身体を思い切り膨らませた。周囲の星を二つ、三つ飲みこんで、体が巨大化する。でも、父母の痕跡はおろか、妹たちの存在すらどこにも感じ取れなかった。ハビタは焦って拡大を続け小さな銀河を飲みこんだが、家族の痕跡はどこにもなかった。
もう、帰れない。
「ねえ、あなた誰?」
その時、艶のある女性の声が、ハビタの耳をくすぐった。ハビタは感じた。そして、理解した。
そう、これでハビタはとうとう親元を離れ、成人の儀式を終えたのだ。
了
わしは大蛇に食われていた。
今はその最中である。
痛い、痛いと言っても大蛇には通じない。
なんとか抜けだそうともがくが、もがけばもがくほど歯に引っかかる。
そういえば今日は夕飯を食っただろうかなどと思いながら、わしは体をばたつかせていた。
すると、どこからか妻がやってきて、あなた夕飯よと言う。
わしは、それどころじゃないだろうと怒鳴りつけるが、あなた夕飯よと妻は繰り返すばかりである。しかたがないからほうっておいたら妻はどこかへ行ってしまった。入れ替わるように倅が来て、なにをやっているんですか父さんと言う。いや、なにをしてるもなにも見ての通りだ。すると倅はわしの両手を掴んで引っ張り始めた。
あッ、痛! おい無理に引いちゃいかん痛たたたッ。
ずるりと体が抜けた。大蛇のよだれにまみれたわしを、汚いものでも見るかのように(実際、汚いのだが)、倅は見下ろす。あれは、とわしは倅に尋ねた。妻の姿が見当たらないのだ。あれはどこへ行った。倅は、さあ、とだけ言い捨て、それより父さん聞いてくださいと言う。なんだ。わしは大蛇のよだれで体中べとべとしているが、話を聞こうとあぐらをかいた。倅は続ける。困ったことになりました、家に入れるはずだった金が盗られました。わしは、なに? と聞き返す。あのですね、このあいだ源さんが……あ、源さんというのは下宿先の大家さんで……。なんでも金に困っているらしく、家賃を前払いしてくれと言われまして、渡したのです。何ヶ月か経ちましたところ、じいさん、いなくなってしまって。でですね、心配であたりを探しに行くことにしたんです。だいぶ歩きましてさんざん探したんですけれどいないのです。諦めて下宿に戻ると、そこには蛇がおりました。
……ん?
蛇です。
……あ、うん。
それで、食われました。
なにを?
金です。
あ、そうなんだ……。
なるほど。倅は、だからわしのところへ金の無心に来たのか。しかし家計は妻にまかせている。わしではわからん、あれに頼め。はあ、そうしたかったのですが、と倅はいよいよ困った顔をする。
食われました。
……なにが?
母さんです。
え……? だってさっき、そこに……。
ちょうど僕が来たとき、パクリと。
へ、へええええ……。
金は盗られた(というより食われた)。妻もいない(というか食われた)。倅は困り果ててわしのところへ来たが、わしも食われかけていた。
しかし倅よ、金は不要だ。
倅が、え、と驚く。
まだ気づかんのか。
なんです?
お前、死んでるんだぞ。
わしは倅の顔を見る。少しの間があった。
ああ……、そうでしたか……。僕は死んでいましたか……。
倅は悄然と立ち尽くした。
死んでもなお金のことが頭から離れない倅は、まさに金の亡者になったということか。
わしは、倅の背中をぽんと叩いた。
それともう一つ。
ここは小説の世界である。わしらは作中の登場人物なのだ。
作者はパソコンのキーを打つ手を止めた。
わしは天を仰ぎ見る。
だからまあ、お金とかそういうことは、作者次第と言うことだ。
すると作者は、漢字をひとつ打った。
了
ぐぐるううがあと威嚇した。握り締めた右手の甲で力強く口許を拭うと、まだ生温かい血が付着する。彼女はそんな黒いオオカミを見ていた。
夜のなか、あたしとオオカミ、ふたりきり。また夜だねえ。彼女は呟き、オオカミの腹にあたまを預けて薄目になる。オオカミはまた威嚇して彼女の頬を喰い千切った。破れた彼女の頬から、今夜の夢があふれ落ちた。駄目よ獏じゃなきゃあ……彼女は寝言を洩らす。夢には共食いの性質があるので、夢どうし傷付け合い、抉り合い、喰い合った。そんな落ちてもがいている夢を、オオカミがまとめて喰い散らかす。
ちょっとぉ、あたしに返り血飛ばさないでよ。
彼女は起き上がった。だいいち揺れるし。眠れないじゃない。彼女は自分が戯言を云っていることに気付く。もうずっと前から夜であったし、もうずっと前から、夜は眠るための時間ではなかった。
彼女はオオカミの腹をよしよしと云いながら撫でてやる。
そっちの赤セロファンの夢はねえ、セルロイドの金魚が欲しかったときに出来たのよ。ご覧。旨いでしょう。そっちのどす黒いのはね、今思えばどうでもいい気持ちを抱いてしまって、あいつを殺す悪夢に何度も悲鳴を上げた名残りよ。あんたそんなの食べて大丈夫? 大丈夫ならいいのよ……。獏じゃないくせにねえ、夢を食べるのねえ。
夢を喰い終わったオオカミはその腹を撫でている彼女の左手を噛み千切る。鮮血が飛び散る。静脈と動脈の切れ端がぶらんと垂れ下がる。彼女の躰から血が抜けてゆく。血が抜けてゆく。血が抜けてゆく。真っ青になったかおで彼女は笑みを浮かべ目を閉じる。朝の夢がみられるかも知れない。最期の力を振り絞って、すべてにウォッカを降り注ぐ。消毒のためである。
了
え、なに消毒? するの? いま? ここ? ああ、はい。これでいい? ああ、こっちも? あ、はい。はい。そう。それでいい? 汚かった? ごめんね。いや、ごめん。ごめんて。なんだよ。ごめんよ。悪かったよ。ていうか汚いって何が。あ、バイキン? バイキンなの? それは何? 除菌シート? いつも持ち歩いてるの? そうなんだ。あ、ここも? なに? 汚い? 汚いかな。汚いんだ。ごめん。え、そこも拭くの? そこも? こっちも? 雑菌? 雑菌なんかそこら中に何億もあるけどね。あ、いて。いてて。怒るなよ。俺を拭くなよ。やめろって。別に汚くねえよ。てかさ。除菌だ殺菌だって言ってるけど、それで本当にキレイなの? たとえばそこに猫の死体が転がってるとするじゃん。それは平気なの? 平気なわけないよな。かわいそうって別に本当に殺すわけじゃないよ。例えばの話だよ。死体は平気じゃないんだろ。平気じゃないよな。じゃあそのお前が殺菌消毒したあとのさ、そこにくっついてる何億っていうバイキンの死骸は平気なの? 見えないからいいの? 見えなくてもそこにあるじゃん。絶対あるでしょ。死んでるけど。殺菌されてるけど、そこには残ってるでしょ。それは平気なん? 平気じゃない? おい、何拭いてんだよ。拭いたぐらいでゼロにはならねえだろ。無駄だろ。無駄無駄。億だよ億。あきらめろよ。痛えよ。叩くなよ。あとさ、音は音波が空気を伝わって耳まで届くから聞こえるじゃん? 光も波というか粒子というかそういうのが飛んできて目に入って見えるわけじゃん。で、匂いってのは元の物質の分子が飛んできて鼻に入って匂いを感じるんだってな。バラの香りがするのはバラの分子が飛んできて香りを感じるわけよ。レモンの香りもそう。レモンの分子が飛んできて、鼻に入って受容体とかそういうのに触れて、匂いを感じられるわけよ。そういう仕組みなんだそうだよ。嘘じゃないよ。調べたらそういうことだったんだってよ。マジマジ。コンビニとかで立ち読みしてるやつでさ、たまにすげえ臭いヤツいるだろ。何日も風呂入ってない系の。浮浪者みたいなそういう匂いのヤツ。その匂いがしたときって、そいつの分子が飛んできて鼻に入ってきて匂ってるわけだよ。お前の鼻の中にそいつの一部が入り込んでいる証拠なわけだよ。そういうのは平気なの? 平気なわけない? だよな。キモいおっさんが入ったあとのトイレが臭かったらさ、ああ、もう説明はいらないよな。そういうことなんだよ。
了
その日、私はまた疲れ切っていた。
男43歳離婚の寂しい帰り道。
いつも精一杯だけど、虚しい仕事。
これやって、いったいなんになるのか、と思うようなことだらけ。
限りなく意味もなく、限りなく嘘に近い内容と、限りなく薄い給料。
でも、目の前にある以上は、やらざるを得ない。
しかもおぞましいことに、それをやり遂げること、諦めないことに、少し酔ってしまったりもしている。
それに、心から体まで、どっしりと疲れていた。
軽自動車を走らせる。
いつもの交差点を曲がる。
いつもの工業団地の見通しのいい直線道路。
隠れるところなどない、乾いた舗装。
細い柱の水銀灯が、その鈍色の路面を照らしている。
その道路の、喫茶店チェーン店の珈琲のドリップ工場の前。
白いタイペック(清潔防護衣)姿の工員さんが立っている。
タクシーを待ってるのかな、と見えた。
どうとも思わず、その脇を通り過ぎる。
そして通り過ぎて。
タイペックを着たままタクシー乗るのって、おかしいよなあ。
そう思って車のバックミラーを見ると、
その水銀灯に照らされた工員さんは、どこにもいなかった。
軽自動車をまだ走らせながら、思い出した。
あ、そういえば「大島てる」に出てたな。あの工場。
たしか、あの工場で事故で亡くなった人がいたってあったな。
機械に巻き込まれて亡くなった、って。
一瞬、自分もああなるのかなと思う。
私は薄く笑った。
滑稽だな、自分。
結局おぞましいのは、これも、今書いている小説のネタになると思った私だ。
他人がどんな思いで事故で亡くなったかよりも、自分のことのほうに気が向いている。
流しているカーステレオのアイドルマスターのアイドルだけが、明るく歌いつづけている。
もう業が深いと言うより、ただの愚か者だろ。
私は乾いた笑いを漏らした。
早く地獄に落ちろ、自分。
なんでこんなことしてるんだろう。自分。
夢を書いてきたけど、夢なんてない。
ただあるのは、未練だけ。
予定はあっても未来などない。
仕事はあっても希望はない。
夜の闇の中、軽自動車は駐車場に着いた。
そして洞穴のような、もう妻の帰ってこない、誰もいないマンションのドアを開ける。
おかえりを言ってくれるのもいない。ただいまを答える相手もいない。
無言で靴を脱いで、息を吐く。
これが私の未来だったのか。
夜は、さらにだるく更けていく。
了
現代、便利になったものである。インスタントコーヒーの粉を入れ、スイッチを入れるだけで手軽に「それらしい」コーヒーを飲むことができるようになった。科学の進歩だ、これには感謝しなければならない。
科学の進歩と言えば、隕石が観測されたらしい。詳しいことはニュースをよく聞いていないしどうでもいいのだが、かなり巨大なものが一週間後に落ちてくると聞いた。しかし、何年も人間として生きていればそういうこともある。人間は無力でどうしようもない生き物だ、運命に逆らうことはできない。そういうふうにできているのだ。
隕石が落ちてくるらしい、ということで、家の外では犯罪が多発している。同時多発テロや生き残りたいお金持ちが宇宙船なんかを買い求めている。いつまで生きていられるかも分からない上に、成功するかも分からない藁にすがる。これもまた人間としての生きる力であり抵抗力なのだろう。
それもどうでもいい。先ほどコーヒーを飲むためにスイッチを入れたバリスタがきちんと動いてくれたら、あとはもうどうだっていい。美味いコーヒーを飲み、そうして死ぬ。生まれたからには美味しいものを食べ、美しいものを見て、素晴らしい作品に触れる。そうして、全てを清算してこの世を去る。そういうことが、この世に生まれたことによって生じる責任なのではないだろうか。
バリスタが起動した。内部ではどうなっているのだろうか、これはどのような仕組みで動いているのか。知る由もない。
知る由もない事、と言えば大きな謎がある。何故、このタイミングで隕石が落ちてくるのか、ということだ。隕石さえ落ちてこなければ不幸な犯罪に巻き込まれ、不幸な目に遭わずにすんだ人間が幾数千万人もいることだろう。もっといるかもしれない。だが、なぜ隕石が落ちてくるのか、ということについて考えだしたらきりがない。だから、考えるのをやめた方が気楽に生きられる。
気晴らしに流しているテレビ番組では、人間への制裁だとか、よく分からない理論を延々と流し続けている。たわごとだ。ざれごとだ。そんな御託はいいから、心が乱れているような人間は、どこのメーカーのものでもいいからバリスタを買えばいい。深呼吸をしながらコーヒーでも飲めばいいのだ。心を如何に落ち着かせるか。それが、一番の安楽死ではないだろうか。
外から物音が聞こえる。誰かが襲われたようだ。女の悲鳴が聞こえる。男の発情した声が聞こえる。途切れ途切れの吐息が聞こえる。この家の周辺でもそういう犯罪が増えたようだ。
隕石さえ落ちてこなければ、こんな不幸な目に遭わずに済んだかもしれないのに。コーヒーを飲んで心を落ち着かせることができれば、強姦などという下らないことが行われずにすんだであろうに。今、男が果てたようだ。女がむせび泣いている。他人がどうなろうと、どうだっていい。どういう理由であれ隕石は落ちてくる。逆らえない運命に対してどうこうしようなど、愚かの極みだ。
バリスタが止まった。コーヒーが出来上がったようだ。しかし、どうも色が付いただけのお湯にしか見えない。インスタントコーヒーが切れているのだろう。
決めた。ころす。誰もかれもころす。男は目玉や腸を引きずり出して、女は犯しに犯す。コーヒーが飲めないなんて、運命によってコーヒーが奪われるなんて、そんな馬鹿げたことがあってたまるか。ばかやろう。手あたり次第不幸な目に合わせて美味いコーヒーを飲んでやる。
男は包丁を持って家から飛び出した。運命に逆らうために。
了
そうだ、わたしたちはバーベキューに来ていたのだった。この川の風景は、そうに違いない。だが、こんなにどんよりと黒い雲が立ち込めていただろうか。空の色のせいか、こころもち、水も濁っているように見えて、わたしの気を滅入らせる。
気を滅入らせる理由などないではないか。わたしたちは楽しく肉を焼いたり、嫌いな野菜を押し付けあったりしながら、二人の関係をゆっくり築こうとしていたのだった。
そう、きみはバーベキューが好きだと、夏になると必ずこの川に家族で来ていたのだと、人づてに聞いたのだった。でもいろいろな理由で家族はバラバラになってしまい、きみはもう何年もこの場所に来ていないのだと。
わたしは躊躇したのだ。きみが悲しい過去を思い出してしまうのではないかと。でも、きみはこの上もなく明るい笑顔で僕に応えてくれた。
一緒に行きたい、と。
わたしは今まで一緒にいたきみの顔をどうしても思い出せずに、河原の石を手に取った。ずしりと重く、滑らかな表面が冷たく心地好い。きみの姿を探そうという気は、どうしてか起こらなかった。一緒に来ているはずなのに。
と、わたしの脇を、三つ四つの石を抱えた男が足早に通り過ぎていった。わたしの顔をちらりと見て、彼は蔑むような表情を浮かべた。いや、思い過ごしだろう。初対面の――対面すらしていない――、人間を蔑む理由など誰にもないはずだ。男は、河原に積まれた石の山をよじ登り、抱えた石をそっと置いた。置かれた三つの石が転がり、置いた以上の石が山から転がり落ちた。
男は悲壮な声を上げ、縋るような目つきで天を見つめた。
わたしは、その時思い出した。
わたしは、死んでいたのだ。
わたしは十年前にきみと結婚し、貧しいながらも幸せな時を過ごしたのだった。あの頃のわたしは、思いを遂げたのだ。だが時は残酷だった。きみは若い男と恋に落ち、貧しいわたしを置いて出て行こうとした。わたしはきみに、仕方がないんだよと言って笑顔で過ごした。そしてあの暑い日、一つだけ想い出を作りたいと言ってきみをこの河原へ連れ出した。ここで、無理心中を図ったのだ。
わたしはきみを溺れさせた。嫌がるきみを無理やり川に引き入れ、楽しく遊ぼうとビーチボールを投げた。ボールを追う不機嫌な横顔を、わたしは瞬時に水中に押し込んだ。体の小さいきみは、わずかの時間しか抵抗を示さなかった。もしかしたら、わたしに命を奪われることを覚悟していたのかもしれない。
きみは悪くないんだよと言い続けたわたしがどれほど惨めで寂しかったのか、きみは十二分に理解していたのだから。
死に切れなかったわたしは、この場所に来るまでにさらに十年の時間を無駄に過ごしてしまった。だがそれが、きみへの贖罪だったと考えることはしない。
賽の河原で、わたしは今日も石を積む。周りの男たちに蔑みの視線を投げ、投げられながら、永遠に続く営みを続けるためにだけ、今日も滑らかな石を拾い、積み続けるのだ。
了
通りに席を並べて店を出すカフェに私は座っていた。昼下がりのむっとする暑さが街中に漂っていて、私はハンカチで顔を何度となく拭い、髭の形を気にして、そして紅茶をすすっていた。タバコに火をつけるのもよかったかもしれないが、なんという失態か、家に忘れてきてしまっていた。
あのタバコでなければいけないのだ! そして、あれに火をつけて周囲を眺めればそれだけで時間はいくらでも潰せるというのに。カフェで飲み物にばかり手を着けて、何杯も飲む気はなかった。そんなわけで私はこの暑さとの戦いをどうすべきか考えていた。
そこでふと、近くの果物屋を見た。そこには、まだ青年とは呼べない年頃の若い学生が、手のひらサイズのオレンジを一袋買うのを、私は見ていた。そして学生は見ている前で紙袋からひとつ出し、オレンジをいくらか果汁を吹き上げながらかじった。
私はあっと思った。彼の爽やかな笑顔にちょうど建物の隙間から太陽の光が降り注ぎ、オレンジの汁も光って見えた。彼の口に広がっているであろうオレンジの果皮と果肉とのちょっと苦く、頬を刺激する酸っぱさが私のなかにも走った。
学生は店員の若い女性に笑顔で何か語りかけ、店員もまた笑って返事をした。そして学生は去っていった。
なんと美しい光景だったろう。私はこれだと思い、すぐにカフェを出て果物屋に向かった。そして店員に、さっきの学生の買ったオレンジをくれと言った。
「オレンジ……こちらですか、ありがとうございます」
私はそれを紙袋に半分ほど買った。店の前では恥ずかしかったし、何より学生のまねをしているようで気まずかったので、少し離れた場所、もちろん日当たりのよいところでひとつ、かじってみた。
これが思いの外、苦かった! そしてその後に酸っぱさも襲ってきた。果皮の苦さも果肉の酸味も想像とは比べものにならなかった。
私は紙袋いっぱいではなくとも、手が着けられそうにない量を買ってしまったことを後悔してしまったが、同時に学生はいったいなぜあんなことを笑顔でできたのだろうと考えた。
再び果物屋に戻ってきた私は、店員にもっと甘いものと交換してくれないかと言った。彼女はやっぱりという顔でいいですよ、と答えた。
私は彼女にぼやいた。
「まったくさっきの若者は、よくこんなオレンジを丸かじりできたものだ。苦くて酸っぱいし」
彼女は申し訳なさそうに答えた。
「このオレンジはそういうものなんですよ。もちろんそんなに数も出ません。入荷ミスなんです。私が受け取りを間違えてしまって。返品も効かないし……。でも、少しでも売れないと私、首なんです。だから彼も協力してくれているんです。
――ほほう」
私は返品をやめて、さっきの袋をまた手にした。しばらく苦くて酸っぱい二人の思いを感じるのも悪くはない。
私は斜めになった日の下を、暑さも感じることなく青春の味を感じて帰っていった。
了
勉強ができない少女がいた。彼女の名前はユウキ。勉強ができない代わりに、スポーツが万能であった。
彼女が恋をしたのは、勉強もスポーツもできる男子だった。ユウキは、初めて男子にスポーツで敗北を喫したのだった。
彼女が恋をした彼は、自分の才能をひけらかすことなく、自己鍛錬に明け暮れていた。ユウキは、そんな彼の事を好ましく思っていて、恋愛に発展するまでに時間はかからなかった。
恋愛に発展してからも、ユウキは彼氏の事を大切に思っていた。彼氏もまた、ユウキのことを大切に思っていた。相思相愛を具現化したかのような、そんな間柄だった。
しかし、いつしか時間が流れるとともに、価値観に相違が出てきたのだ。彼氏は、ユウキに勉強を強いるようになった。弁解すると、これは彼氏の気持ちだ。「同じ大学に行きたい」という幼稚な考えだった。
一方、ユウキは「遠距離恋愛も厭わない」姿勢だったし、彼氏の事を信じる気持ちは十分にあった。しかし、ユウキはそのことを伝える方法を知らなかったのだ。
いつしか、二人は連絡を取らなくなり、自然消滅してしまった。彼氏が二流の大学に入ったことを喜んだものの、ユウキは自分と元恋人を比べることなく、ユウキ自身の道を進み続けた。歩み続けたのだ。
その後、ユウキはアスリートとなることができた。たゆまぬ努力の成果もあり、ユウキは名のある大会で優勝することもできた。
やがて、ユウキはその発言の面白さから芸能界に入ることができた。様々なテレビ番組に出演し、しかもスポーツでも結果を出すことができた。
そんな最中、ユウキにも考えるところが出てきた。スポーツの引退だ。年齢を言い訳にする前に、自分から身を引こう、あとはユウキ自身よりも若い世代に任せよう、と、尊厳ある引退を選んだのだった。
その人柄もあり、ユウキはバラエティ番組に多数出演することができた。その時に、過去の事を話す機会が与えられた。もちろん、ユウキにとって唯一の彼氏の事を話した。
ユウキが、こうして放映される番組において、元恋人の事を話していると、懐かしい気分になった。ユウキは、実際に積極的な性格であったので、母校に立ち寄ったりなどしていた。
元恋人の姿が、あるはずもなく。ただ、元恋人を良く知る教師と会うことができた。その教師は、かなりの老齢だったが、テニスを教えていた。
「先生、体型は尖ってきてるのに、性格は丸くなってる」
「バカめ、そういう歳なんだって」
「ふふ、懐かしい」
「そういやお前、陸上でメダルだって? すげえなあ」
懐かしい過去や、現在について話している。しかし、ユウキが話したいものとはどんどん逸れていく。ユウキは、この期に及んで元恋人の事が聞けずにいた。
だが、やはり老練ともなると、直感の鋭さが際立つものである。
「タクロウか、懐かしい。俺に恋愛相談をしてきたんだ、お前のな」
「えっ、あたしの……」
「お前は運動だけは出来るからな。それに負けん気が強い。努力家のタクロウなら、お前のことだって簡単に引っこ抜くと思ってたよ」
「あは、あはは……実際、そうなんでしょうね……」
「今じゃ、頑張りすぎて精神科通いだそうだ……かわいそうにな」
ユウキは、胸が張り裂けそうになった。教師から精神科の場所を聞くと、雨の降りそうな天気の中、歩き出した。そして、走り出した。ユウキは、まだ衰えていなかった。
衰えを感じているのは、元恋人の方である。妻に付き添われ、今にも精神科の扉を開けようとしている。ユウキが、二人に迎えられるまで、あと僅かの事だった。
了
空の星は皆落ちてしまったのか。遙か見渡しても村を囲む山々の稜線も見えない。あの晩はそんな黒漆を垂らした夜だった。
細くまっすぐと伸びた畦道は行く手の暗闇で没し、どこまで続いているのか見当もつかない。僕はその薄気味悪い畦道を提灯の灯りひとつ頼りに久爺と一緒に歩いていた。提灯は心細い。足下だけはしっかりと照らしてくれるけれども、ほんの数間先は全く見えない。
僕はその心細さから心底後悔した。夕刻まで清二君と遊んでいたが、清二君は僕の屋敷にずぐり(こま)を忘れていった。どうしてもすぐに届けたいと僕が駄々をこねたものだから、家の仕事をしている久爺が付いてくれたのだ。
夏の盛りは過ぎ去り、時折山降ろしの風が落ちてくる。僕はその時折浸みる冷ややかな風を避けようと浴衣の上に一枚羽織っていた。それでも未だ鳴き足りないのか畦の叢からは名残を惜しむ虫の音が聞こえる。
「ほうら。あれを見らせい。あれは一本松の貞吉の家だぁ」
久爺が左手を翳す先を眺めると遠くに微かな米粒の明かりが揺れている。
「政君や菊ちゃんの家は?」
すると久爺は笑った。その声に仰天したのか虫たちは鳴き声を暫し止める。
「村ではのう。夜が早いすけな。坊ちゃんのお屋敷みたいに油もねぇがらな」
ふん、そうなのかと僕は提灯で照らされた地べたと自分の草履に目を落とした。
「そんでも、雪っこ降ればどごでも火っこ焚くがらな」
久爺は頷く僕の小さな頭をガサガサした手で撫でてくれた。
「こんただ夜は外さ出るもんでねえ」
見上げる僕に気付かないのか久爺は目を細め闇を透かす様に見ていた。
「こんただ月も出ねぇ晩に歩き廻るのは人にしても獣にしても剣呑な連中だ」
いつしか虫は鳴き止み、草履を擦る音だけがザシ、ザシっと耳に入る。この重い静寂は辺りを包む闇とひとつになって僕の心にのしかかる。
突然、爺は足を止めた。亀の様に首を前に伸ばし遙か先の闇を凝視する。僕はそれにつられてそちらを見る。提灯だろうか、仄かな灯りは小さく揺れながらこちらに向かって来る。爺は小首を傾げた。
――はて、この界隈で提灯持ちは秋元の旦那様か寺だけの筈。
「坊ちゃん」そう言うと爺は僕を抱えて叢に降ろした。
「わしが迎えに来るまでここさ石になって隠れでろ」
そう残すと一人先に歩いて行ってしまった。暗くなった草間から爺の提灯を眺めた。そして二つの提灯が出会うとその明かりはふっとひとつになった。僕は怖くなり震えながら膝を抱く。辺りが微かに明るくなり畦に提灯が近づいた様だ。そして真上に来るとその灯りは止る。爺なら声を掛けてくれる筈だ。それどころか不思議な事にここに来るまで草履の音すらしなかった。僕は泣きたくなるのを我慢しながら言いつけ通りに石になった。
僕はその日泣きながら屋敷に戻った。父をはじめ屋敷の若い衆総出で久爺を探したが久爺は二度と戻らなかった。
この屋敷に来るのは久しぶりだ。代々受け継いだ屋敷だが父が盛岡で事業を始めたので、初等科の途中から僕も家族とともに盛岡に移り住んだ。それ以来、来ていないのだから、もう十数年来ていない事になる。一族が移り住んでからは管理をお手伝いに任せていた。
田舎の通夜とはこんなものか。父が亡くなったと聞くと村衆総出と思われる程人が集まった。三部屋つなぎの襖を取り払い、設えた部屋に入れるだけの人を収めた。入れぬ者は焼香だけでもと外で待つ。僕たちが親族側に座ると読経が始まった。
読経を聞きながら集まった人を眺めるとその殆どが老人だ。しかし一人だけその場に似つかわしくない少女が座っている。
――どこの子だろうか?
目が合うと彼女は口角を上げた。確かにあの子は笑ったのだ。
読経が終わり、お決まりの振る舞い酒が配られると父や代々の当主に関する話に花が咲く。僕は痺れた足を伸ばし立ち上がると、丁度先程の少女が玄関に向けて立ち去るところだった。
一人で外に出た少女に追い縋りどこの子なのか問い掛けた。
「加藤の。清二のもんだで」
清二君の! だが待て清二君は確か農業に見切りを付け上京したと聞いていたが、里に戻っていたのか。
「一人で帰るの?」
少女は黙って頷く。僕は少し待ってと言い付け玄関から懐中電灯を持ってきた。
彼女の足下を照らし二人歩く。今夜も星が出ていない。あの日もこんな夜だったと想い出していると、彼女は勝手に畦道に入って行く。
「ここは暗いよ。あっちを歩けば電灯もあるのに」
「近道だすけ」
この畦道はまさにあの畦道だった。こうして手元の灯りを頼りに歩いていたのだ。歩く程に闇は深くなる。懐中電灯の灯りはその光の甲斐なく闇に滲みそして溶けていった。
「怖がったか」
――ん?
「爺さま食われたどき怖がったか?」
――何を言ってるんだ。僕は悪寒が走り顔面から血が引けた。
「主いたのわがってたよ。ただあの晩は一人で十分だっただけだすけ」
僕は思わず彼女の顔を照らした。笑った口は耳まで裂け上がり、伸びた犬歯が懐中電灯の光に眩しく光った。
真っ暗闇のどこまでも続く田んぼの中でぽつんと懐中電灯が光っている。そしてやがてその光の点は力尽き漆黒の世界となる。
秋元の家は跡継ぎが絶えやがてその屋敷も無くなるだろう。遠野の原にまたひとつの伝承を残して。
了
三〇〇グラム。汗つぶを鼻のあたまにのせた女は云う。聞こえたのかい、三〇〇グラムだよ。違う違う、そんなふうにして量るもんじゃないよ、まったく呆れるね近頃はさ。
三〇〇グラム欲しい、君の名前。あなたが云う。君の名前にふさわしい三〇〇グラムを。あなたはゆっくりとした動作でそれを受け取り、私たちは手を繋ぎ指を絡めて家に帰った。あなたの空いている方の腕には三〇〇グラムがきちんと抱えられている。家に着いたらいいことしよう、ね。
三〇〇グラム。赤いビニルのがま口の財布を首から下げた子どもが云う。「三〇〇グラム下さい」それだけを必死で覚えてきたのだ、この幼い子どもは。それが幾ら払われるべきなのかも知らずに、持たされた紙幣をつかみ差し出す。「そんなには要らないよお嬢ちゃん!」汗つぶをタオルで食い止めながら、女はわらい、ざらざらと釣り銭を渡してやる。「はい、三〇〇グラムだよ」子どもはお辞儀をして、一目散に駆け出す。万引きしたというわけでもないのにさ、と女は苦笑する。ああいうふうにやればいいのにねえ。さっきのふたりもあんな按配でゆけばいいのに。女はなんでも知っている。
――つまりは逃げられないんだ、と考えたことはある? 腕のなかであなたに問いかける。こころのなかで必死に繰り返してもあなたは一向に気付かず私の唇を吸うばかりなので、両手で頬を挟んで引き離して、けれども云ってしまった瞬間から酷く後悔に溺れる。あまりに唐突過ぎた。つまりは逃げられないんだ、と考えたことはある? 例えば赤ん坊のとき、ベビィベッドの柵を引っ張りながら──いいえ違うの、そんな直接的な比喩で逃げられないと云ったんじゃないわ。つまりこういうことなの。私の後ろには影みたいな黒いもやもやがあって、それは私のかかとに接着されているかの如く決して離れることは出来ない、離すことは出来ない、普段は大人しく色の薄いもやもやなのだけれど、夜道をひとり歩いていたら突然見違えるほど巨大化して私を包み込もうとするの。その黒いもの、黒いものから、つまりは逃げられないんだ、と考えるのよ。違う、なぐさめて欲しいのじゃないのよ。私が云って欲しいことにあなた全然気付かない。夜道をひとりで歩かせないで。一緒に歩いて。一番云いたかったことの重さは三〇〇グラム。口にすることが出来ずに、再び私の肩に手を掛け肩甲骨を撫で始めるあなたを感じながら目を瞑る。果たされなかったもの、それが三〇〇グラム。
了
私は愚かだった。
私は一人だった。
私には何もなかった。
私は幼い頃から認識の視野が狭かった、
私はそして空虚に裂けた小さな樹だった。
ともだちはいた。
彼らと仲良く楽しく出来た。
本を読みたいと思った。
本を読んだ。
好きな本を読んだ。
ほんとうに心酔した。
私という樹は、そこで一旦ズタズタになった。
それでも、あきらめは悪かった、
好きな本を書きたいと思った。
頑張って書いた。
嬉しくなった。
作家になりたいと思った。
奇跡が起きた。
作家になった。
人を好きになりたいと思った。
好きな人ができた。
その人と結婚したいと思った。
結婚した。
とても幸せだった。
そのすべてが、全くの間違いだった。
作家業はあっさり食い詰めた。
結婚生活も、それによって、あっけなく破綻した。
破綻に抵抗しようと勤めの仕事を始めた。
その給料は安すぎて、なんの足しにもならなかった。
当然、元嫁は逃げていった。
私はそれをとめる力もなかった。
その破綻に気づくまで、何年もかかった。
文章を書いてお金を貰う才能は、元々なかった。
そのくせ嫉妬だけは一人前だった、
その嫉妬を堪えて、仲間を作った。
でも結局堪えきれず、結果、その仲間もすべて失った。
残った仲間たちもあきれて、私と距離を置いた。
それは当然のことだった。
彼らを責める余地は少しもなかった。
自分でも私と距離を置きたいほど、私は醜悪だった。
私は、私が常に、とても嫌いだった。
そして私には、私のことがとても気持ち悪く、いつも許せなかった。
だから、私は私を痛めつけた。
それでも私は、醜悪にも立ち直った。
元嫁に可哀想なことをした。
ずっとあとで、彼女の苦しみがよく分かった。
その元嫁を、私は無自覚にキズつけていたのだった。
その罪は重かった。
私はそんなことも理解できないほど、愚鈍だった。
それで小説や物語で成功するなんて、無理なのは当然だった。
そのことにも、気づくまで時間がかかった。
本来タロットの『愚者』のカードは、なんでも受け入れる謙虚さを示すものだった。
私には、その謙虚さすらもなかった。
聡明だとうぬぼれさえしていた。
自分で、それに酔いさえしていた。
その当然の結果、私は一人に戻った。
私には何もなくなった。
私は胴回りだけは大きくなったけど、やっぱり切り裂かれた樹だった。
そして今も、これを書いてしまうほど、愚か者だ。
了
きらきらと光る指輪が左手の薬指にはめられている。タカシは結婚などしていないが、なんとなくその指輪は薬指にしかはめられなかった。少しサイズの大きいそれは、寧ろ左手の中指に丁度良かった。だが、どうしてもタカシは薬指にその指輪をつけていた。
「タカシくん、また縁起悪そうな指輪つけてるねっ」
「お前、会う度にそれ言うよな。どうかしてる」
「気色悪いんだもんっ」
棺桶をモチーフにした十字架の指輪だ。ぼこぼこに曲がっていて使い古されている雰囲気が十分に出ている。ずいぶんと長い間その指輪を付けていたのだろう。
「で、ユミコ。ユウジとのアレだよな。夕食」
「そうそう、どこがいいかなあって」
「いつもの喫茶店じゃだめってことは、そういうことだと思っていいんだな?」
「………………」
ユミコと呼ばれた女性は下を向いて照れている。照れているように見えた。タカシはぼんやりとユミコを見ていたのだが、沈黙に耐え切れずにコーヒーをおかわりした。
「俺らも来年には大学生だ、一緒の大学行くんだろ、一緒に暮らせるんだから……その、なんだ……勇気出して告白しろよな。けじめだろ」
「うん……でもやっぱ恥ずかしい」
「のろけは同棲した後で十分聞く。まずは……サイゼじゃだめだろうな……どこがいいだろう」
高校生なので金銭面で大きく出ることはできない。だが、それなりに雰囲気のある場所で告白をしたい。そんな贅沢な悩みを解決できる場所は一つしかない。だが「そこ」で告白するには問題があった。
「幽霊喫茶でしょ……ヤだよ、あそこは」
「とはいえ、ハルモニアは良い場所だぞ。落ち着けるし」
「告白すると絶対別れることになる喫茶店でコクハクなんてできないよォ……あたしだってオトメだしこの気持ちは本物だと思うのに」
「ジンクスなんて気にするなよな」
しばらくタカシとユミコは言い合っていた。良い意味で言い合っていた。こうした日々が中学生の頃から続いていた。ずっと、ずっと。ユウジと出会ったのは高校に入ってからだった。ユミコはすぐにユウジの魅力に気が付いたのか、タカシとユミコの仲にユウジを引き入れた。
ユウジはタカシから見てもいい趣味をしている。ユウジはスポーツも勉強もタカシよりもできるし、男から見ても申し分ないステータスだった。そして、その認識は高校生活を長く共にすることで強く思うことができた。
「俺も一緒に行った方がいいか?」
「……は……?」
「冗談だって。お前なら上手くやれる」
タカシが微笑む。ユミコも笑っていた。気が付いた時、窓の外は星空だった。
タカシがユミコと並んで歩く。ユウジの事について話していたら随分と長い時間が経っていたようで、遅い時間になってしまっていた。
「タカシは、どうするの」
「卒業後か? この街で働く」
「……ん、そっか……うん……」
タカシが別れの挨拶をしようとしたとき、ユミコがタカシに平手を食らわせた。そのまま何も言わずに走り去っていってしまった。
(俺だってソレは分かってたけどさ……しょうがないだろ、そんなん)
タカシは、頬の痛みこそ、ユミコの痛みだと思い知った。出会いがあれば別れがある。それくらい分かっているつもりだった。
それから。タカシはユミコに宣言した通り、働き始めた。すぐに結婚をし、安定した生活を手に入れることができた。ユミコはユウジと大学に通っている。生きる目的が分からないそれぞれは、明確な幸せを手に入れようとしていた。
二つの目ではなく、六つの目が、きちんと開いたのだった。それぞれの幸せに向かって、両のまなこをしっかりと開くことができた、あの平手には感謝しなければならないのだ。
了
― 巡礼
彼方へ白くのびる回廊を胸に抱えきれぬほどの鉛を抱いて歩む。行き交う人々は罪を感じ、幾度となく歩んだ筈のこの路に五体を捧ぐ想いを抱くけれど、気持ちの整理のつかぬままこの門に至るのだ。
悲しいほど素っ気のないアルコールが辺りに漂う。これは小さくそして幼くなったあなたに触れる唯一の禊ぎなのか。
― 洗礼
ここで人はよく顔を洗う。惜しげも無く解放されて、迸る冷水に顔を埋めると轟々と響く水音にこみ上げる嗚咽を忍ばせる。隣人は優しくその者の肩を摩る。まるであなたの洗礼は終わったのよと告げる様に。お互い抱き合いその喜びに浸っているのか。笑顔を取り戻し受洗者は自らの部屋に戻るのだ。
― 夢
その小さな手でこんなにも強く私の袖を掴む。わたしはどこにも行きはしないよ。いつだってこんな風に絵本を読んであげる。絵本は青い宇宙だね。たくさんの漂う魚たちを見てあなたの夢は果てしなくひろがるのかい。
「暖かくなったら海に行こうね」
綻ぶあなたの笑顔はただそれだけを望む。小さく儚いその望みは波に紛れて流れてしまったのか。
― 審判
裁きの言葉は冷たく短い。その言葉に天を呪う。揺れながらも耐えるこの灯火は誰の言葉でも裁けはしない。寄り添う私の前にあなたはいる。あなたはいるだけで私は救われるのだ。置き去りにしないで欲しい。
― まふゆのダリア
ほら雪が見えるかい。もうすぐクリスマスだね。あなたの願いは私そのもの。どんな事でも願って良いのだよ。モルヒネで霞むその目に雪は見えているのかい。荒い息をさせながらも窓辺を見てくれているね。
「ダリア」
耳を疑う私に幼いあなたはダリアを飾りたいと確かに言った。雪降る季節に真夏のダリア。あの時の私の残像は必死で見つけたダリアを抱いて今も電車を乗り継いでいるのだろうか。
夜来の雪が日差しを返し明るく部屋を満たす中、あなたはその光に導かれる様に旅立とうとしている。慌ただしくあなたを囲んでいた審判者達はその役目を終えて姿を消した。失われていくぬくもりにわたしは縋り、どんなにあなたを呼んだことか。
あなたを苦しめた呼吸の嵐は穏やかになり、私を気遣う様に笑みを残してあなたは逝ってしまった。窓辺に未だ枯れぬダリアを残して。
了
彼女はアツミ、アツミは病院のベッドで点滴を受けていた。時折彼氏が見舞いに来るも、持ってきた果実は全部彼氏が食べてしまっていた。
「今日はオレンジなんだ」
「皮を剥く手間が省けるからな」
「ん、いい香り……」
二人は、こうしているだけで幸せだった。あまり声の出せないアツミにとって、聞こえなかった単語を、嫌がらずに何度でも確かめてくれる彼氏の事が、好きだった。
入院生活は長かった。退院できないことも知っていた。余命が幾ばくも無いことも知っていた。これからの人生、余命がどうなるのかも、知っていた。しかし、それを受け入れるのがアツミの使命だ。
ある日、彼氏のいない時間に、アツミが吐血した。いつものことなので、看護師も手慣れたものだった。しかし、手慣れているからと言ってぞんざいに扱われるわけではない。あれやこれやと心配され、問診の回数が多くなっていた。
もちろん、彼氏もすぐにやってきた。会社を抜け出してやってきたのだ。片手にはリンゴがあった。かご一杯にリンゴがあり、どうやら「今日はずっとここにいるぞ」という意思表示のようだった。
「無理、しなくてもいいのに」
「せめて、今日だけは俺のわがままにつきあってくれ」
「…………うん」
それから、その日一日の間でたくさんの話をした。アツミの得意料理である、豆腐ハンバーグの作り方、そのハンバーグによく合うソースの作り方。豆腐ハンバーグを食べている間の彼氏の笑顔。彼氏の笑顔を見ている間の、アツミの笑顔。
色々なことを話した。面会時間が終わっても、話していたかったのだが、そうもいかない。これは、仕方のない事なのだ。
面会時間を過ぎようという時、時間管理に甘い看護師が気を利かせ、薬を飲ませるよう彼氏に告げた。アツミが、虚ろな瞳で言う。
「世の中にはさ、死ぬために薬を飲む人が……いるんでしょ……」
「………………」
「あたし、もうちょっとだけ……あなたと、話をしていたかったな……この、薬が、あたしの病気を治してくれたら……いいのにな……」
彼氏は、何も言えなくなってしまい、アツミは黙って薬を飲んだ。相当苦いらしく、せき込んでいるのが印象的だった。
彼氏は毎日のように病院に通った。アツミが、もう長くないことを知っていたのだ。最後になるかもしれない。夜遅く帰るときに食事をするファミレスでの虚しい時間も、これで最後かもしれない、と、そう思ってしまう。
そうなったら、アツミが彼氏から、彼氏がアツミから解き放たれた時、二人は何を思うだろうか。考えたくはない事だったが、まざまざと脳裏に浮かんでくる、。
これは、避けがたい事実なのだ。
そうして。アツミは、最後に笑顔で言った。くしゃくしゃの、涙にまみれた笑顔で、彼氏に別れを告げた。
「ありがとう。大好き、だよ」
彼氏の消息は、分からない。だが、彼氏は生きているに違いない。アツミという思い出、傷跡を世界に遺すために。
彼らの足跡は、二人三脚のように連なっていた。
了
夜、カップ麺をすすり終えた僕は、その容器を片づけた後も、電話が鳴るのをずっと待っていた。いつの時代も電話を待つというのは楽ではない。
帰ってからずっと、六畳一間の部屋の中心に電話をおいていつでも出られるようにしておき、風呂へ行っても脱衣所へ持って行き、またキッチンでも冷蔵庫の上に置いておく。電話がいつ鳴ってもいいようにしているのだけれど、しかし、これがなかなか鳴ってはくれない。
(ピンポーン)
ドアのベルのような着信音がしたけれど、それは目当ての電話の呼び出し音ではなくて、メールの着信音だった。数日に一度か二度来る、配信解除をするのも面倒な業者のメールだった。
その気になればいくらかの装置とヘッドセットだけで、いつでも電話を受けられるようにできるけれど、それは御免だった。昼間をずっとコールセンターでつけているヘッドセットを夜にもつけるのだけは、精神的に耐えがたい。終わることのない電話加入の案件やお悩み相談の相手をしている僕には、それだけは耐えられなかった。
仕事は彼女の方が忙しくて、だから僕はいつも待っているばかり。二人とも定時上がりの今日は、彼女と話せる時間が作れるはずだった。
けれど、なかなか電話はかかってこない。カップめん一個で満たした腹も空いてくる。夜はだいぶいい時間になってきていた。
(リリリ……リリリ……)
今度こそ本当に電話がかかってきた。僕は慌てて画面をなでて電話に出た。
「いよお、元気してるか。俺だ」
よく見てないで電話に出たので、相手が親父だと気づかなかった。
「あ……悪い。今、ちょっと他の電話を待っていて……。
――なんだ、久々に電話したのに冷たいじゃないか。ちゃんと食ってるのか」
僕は親父の話に合わせながら、なんとか電話を切ろうと必死になった。そんなところに、今度はメールとは別のメッセージの着信音が鳴った。もしかしたら彼女からのメッセージかもと思ったけれど、とにかく親父の電話を切らなければなんともならなかった。
数分の格闘の後、僕は通話を終えてメッセージを見ることができた。それはやはり彼女からのものだった。
『今夜は遅くなりそうだから、また今度にしてもいい?』
僕は時計を見た。確かにここから話し込むにはもう遅かった。残念なことだった。僕は彼女にメッセージを送り、また日が合うときに、ご飯を一緒に食べにいきたいとねと伝えた。
その日はそれで終わった。電話というのはこれだけ便利になったくせに、二人の距離は何とも遠い。僕が聞きたいのは君の声だというのに。
いつの時代も電話を待つというのは楽ではない。
了
「わりぃな、疲れてんのに運転してもらっちまって」
「あぁ、まぁな。すぐそこだろうから気にすんな」
タカシとユウジがドライブをしている。目的地までどれくらいかかるか、運転しているタカシには、正直なところ分からなかった。だが、運転を引き受けてしまった以上は到着しなければならない。
助手席でユウジがいびきをかいていた。気楽なものだ、とタカシは思う。こうしてゆっくりとしていられるのだから、到着したらラーメンの一杯でもおごってもらおうだとか、そんなことを考えていた。
ずっと、ずうっと高速道路を走り続けている。延々と走り続けている。パーキングエリアも、もちろんあった。だが、タカシは休むことなく運転を続けた。次第に視界がぼやけていく。眠るわけにはいかない。休むわけにはいかない。ここで油断してしまえば大事故になる。
ユウジのいびきが癇に障る。高校からの付き合い、それも腐れ縁で大学も会社も同じである唯一無二の友人であるのだが、距離が近いだけに嫌いな部分もあった。当然、当人を丸ごと好きになる必要はないし、そんなことは不可能であろうが。
(コイツほんっと気持ちよさそうに寝やがって……チャーシュー追加だな)
(ホント、ホンットに次のパーキングで休むぞ……休むからな……)
(これ左だったか……次のでいいか……)
いくつものパーキングエリアを見逃し、気づけずにここまで走り続けた。ガソリンはあるようだが、気力が足りない。体力が足りない。これでは目的地に到達したとしても、遊ぶ力など残っていないだろう。タカシは、それでもハンドルを放さなかった。手放すわけにはいかないのだ。
こうして走り続けて、どれだけ経っただろう。気分転換に音楽でもかけようとカーラジオのスイッチを入れようとしたが、スイッチを押そうにも車内が暗くてよく見えない。高速道路も然り、ライトが照らす数メートル先がようやっと見える程度、あとは路肩に設置されている反射板なんかが光っているだけだ。
ずっと走り続けていると、不安になる。こうしてこの道を進んでいるだけでいいのか。この道で間違いがないのか。一度不安になると、どうしても頭から不安は消えない。引き返すべきなのか、どこかで一時停車するべきではないのか。そんな雑念が浮かんでしまう。
(そうだ、これは雑念……俺は大丈夫、この道を進むだけで、それだけでいいんだ……)
(それにこれは高速道じゃないか、道を間違うなんて……)
(俺は……俺は、いったいどこに向かってるんだ……どこに……)
ユウジが目を覚ました。タカシのことを不思議そうに見つめていた。のんきな欠伸をひとつ、ユウジがぼそりと呟いた。
「次、パーキング二キロ先な。休もうぜ」
「あ、ああ……でも……」
「いいから。そういうのいらねーって」
ユウジの案内通り、タカシは無事にパーキングエリアに入ることができた。タカシが深く息を吸い、様々なものと一緒に空気を吐き出す。それを何度か繰り返す内に安らぎが戻ってくるのを感じた。
「疲れてんのに運転なんかするんじゃねーよ。俺まで死ぬだろ」
「………………」
「大丈夫、お前が疲れてるのは分かってる。そういう時のための助手席だろ? あとは俺に任せな。お前は十分に走ったよ」
タカシの息が少しずつ浅くなっていく。夢と現実の境が薄くなっていく。到着したら、きっと希望の朝日が見られることだろう。疲れだって、そこそこに癒えていて、旅先の食事や観光が楽しめるはずだ。
長い高速道路、運命を握っているそれら。途中で降りることもできよう。これを読んでいるあなたは、一体どこまで走るつもりだろうか。願わくば、事故のない安全運転を。
了
夜来の吹雪はおっかねぇ。
オンオン唸っては雪っこ吹くべ(よ)。
おかさ(お母さん)はすうすう寝息ば(を)立てる。
おら(僕)はおっかね(な)くて丸くなった。
お日様はぽかぽかあったけぇ(かい)。
「吹雪はどこさ(に)いったの?」
「今頃、岩木のお山だべな(だろうね)」
外さ(に)出たら胸までぬがった(うまった)。
でもそれがおもしれ(ろ)くておらは跳ねる。
跳ねると雪っこも跳ねる。
ぴょんぴょん。ぴょんぴょん。
とんでもなく外は白くてな。
おらは眩しくて雪っこさ丸まった。
遠くさ見える森から湧いだ風っこは、
雪っこの手ば(を)引いてこっちさ寄せで(て)来るよ。
「ひとつ、ふたつ、わぁいっぱい!」
これがおかさから聞いた波っこだべか(なのかな)。
「おかさ」
おかさは丘のてっぺんさ(に)居で(て)岩木の山ば(を)「ケーン」と呼んでる。
びゅうびゅうとおらば乗り越えた風っこは、おかさの毛ば(を)さわさわと揺らした。
おらも、おかさのまねしてお山を「ケーン」と呼んでみた。
これは寒い寒い国さ(に)住むきつねのお話。
とっちばり。(これでおしまい)
了
「じい、あのお星が見ゆる?」
「えぇ、じいのしわしわの目にも、あのお星だけはきらりきらりと見えまするよ」
王子さまは口もとに力を入れ、とうの昔に忘れてしまった笑顔を作ろうとしました。でも、どうしたものか、笑顔とはどういうものだったのか、とんとわかりません。王子さまはあきらめて、白い雲にとすんと座り込みました。
「王子さま、お食事にしましょうか」
「うん」
じいは横にしゃがんでひとつまみ、白い雲の中でももっともっと白い雲をつまみ取って王子さまに渡しました。王子さまはこくんとうなずき、小さな口に運びます。
「おいしい」
じいも雲を口に運びます。
「そうでございますね」
こんなときならすてきな笑顔になれそうだと思ったのに、ほほは悲しくぱりんと張っていました。
王子さまとじいは、ずっと昔、宇宙船で旅をしていました。あるとき、外にきれいな花を見つけた王子さまは、一人で外に出てしまいました。宇宙船はとてもすばやく飛んでいましたから、じいはびっくりして王子さまを追い、飛び下りました。じいがようやく王子さまの手を取ったとき、宇宙船はもう、はるか彼方に消え去っていました。
「だいじょうぶだよ、じい」
王子さまはそう言うと、背中の小さな羽をぱたぱたとふるわせ、暗い宇宙に飛び立ちました。両手に美しいもも色の花をつつんで。
じいは王子さまを追って飛びます。おふねの方に向かおうと、お星のすきまを抜けたときです。王子さまは宇宙をすべって、小さなお星へと落ちていってしまいました。
ずんずんずんずん、じいと王子さまは落ちてゆきました。
ああ、もう王子さまは命を落とされてしまうかもしれない。わたしのせきにんだ、わたしが王子さまを連れて帰れなかったからだ。そう、じいが思ったとき、二人の体はまっ白でふわふわの雲に乗っかって止まりました。とても怖ろしいいきおいで落ちたのに、そんなことは思い出せないくらい、やわらかですてきな雲が二人を受け止めたのでした。
その小さなお星は夜でしたけれど、まん丸いお月さまが雲をまっ白に照らしだしていました。
王子さまは雲からお顔を出して地上を見ます。そこはきらりきらりとすてきなお星の河のように、光をはなっていました。
「あそこに行ってみよう」
王子さまが言いました。二人が雲の上をぷかぷかと歩いて行きますと、やがて雲よりもまっ白い雪のつもったお山の頂上に出ました。じいは用心しながら、お山のみねを歩いて下ります。雲を三つほど抜けると、王子さまが言いました。
「じい、ひどいにおいがする」
「ええ、ほんとうに」
二人はもう少しだけみねを下りましたが、においはひどくなるばかりです。とうとう二人はあきらめて、引きかえしました。どんどん登ると、においはおさまりました。光のことがちょっと気になりましたけれど、二人は雲の上に住むと決めました。雲はとってもおいしかったし、何よりも王子さまの生まれたお星がよく見えたからです。
やがて、じいは年老いて死んでしまいました。王子さまはなきがらをまっ白い雲につつみ、いつかお星の仲間が来たときに連れて行けるよう、大事に大事にしていました。
でも、いくら待ってもお星の仲間は来ません。いつしか王子さまはとしを取るのをやめることにしました。いくら待っても来なくても、もっともっと待ってやるんだ。そう思ったのです。
王子さまは一人、雲の上でくらし続けました。そしてときおり雲の下を見て、宇宙を見て、ため息をつきました。
そうして、何百年、いいえ、何千年もすぎました。
天使の伝説は、こうして生まれたのです。本当ですよ。
了
これは、とある二人の幸せな夢物語である。
あるところに、クロミという女性がいた。クロミは、シロスケという男性と会う約束をしていた。
待ち合わせから十分経ち、ようやく表れたクロミの前には、以前とは違った姿のシロスケがいた。少し太ったようで、柔和な顔つきになっていた。
しかし、確認するまでもなく、シロスケであることは瞬時にして分かった。思い出すことができた。
クロミには旦那がいる。しかし、これは浮気ではない。クロミの旦那には、「シロスケという男性に、一度だけあってくる」と告げてあるのだ。もちろん、クロミの旦那から許可をもらっている。
「久しぶり」
「お前、また泣いてんじゃん。変わんねーのな」
言葉遣いも、すぐに格好をつけようとするところも、何もかもがあの時のままだった。クロミは、それを確かめるようにして、やはり泣いたのだった。
暫く通行人を無視しながらシロスケがクロミの隣で、クロミをあやしていた。シロスケは、クロミがどうすれば泣き止むかを知っている。
ただただ、黙って頭を撫で続けることだ。安心させてやることだ。存在を、感じさせることだ。
少ししてから、二人は歩き出した。思い出の場所を巡ろうと、そう約束していたのだ。最初は、学校からだった。
「よく、ここでお弁当食べたよね」
「食べたな。お前の卵焼き、ウマかったぞ」
「今日ね、それ作ってきたんだ」
「ほっほー、それは楽しみだわ」
やはり、シロスケはにかにかと笑った。つられてクロミも笑う。学校は、随分と変わってしまったが、とても落ち着くという、その一点だけは変わらなかった。
その次に、二人はよく一緒に遊んだ広場を歩いた。よく、ここでクロミはいじめられていた。それを助けていたのが、シロスケである。
「今でも泣き虫なんだよな、クロミ」
「旦那が慰めてくれるもーん」
「ははは、強くなったな。良い顔だ」
少し、クロミの顔が曇ってしまった。シロスケは、やはり黙ってしまった。言うべきではなかった単語を探っているうちに、昼時になった。
広場で弁当を広げる。五月の良い風が吹いていて、五月晴れだった。この調子では、雨は降りそうにない。
「やっぱクロミの卵焼きゼッピンだわ。うめえ」
「毎日、作ってるからね」
「そいつぁ、幸せな旦那だなっ」
「うん……だと、いいんだけど」
シロスケが、呆れたような。困ったような顔をした。眉をハの字にして、クロミの頭を撫でた。ぽんぽん、と軽く叩いてやると、クロミは照れて笑うのだった。
その次に、二人は「思い出の場所」を歩いた。クロミの顔がどんどんと曇っていく。梅雨空のようだった。
その上り坂で、シロスケはクロミに告白をしたことがあった。だが、クロミは答えることができなかったのだ。クロミは、そのことを思い出している。それは、シロスケにも分かった。
二人は黙り込み、立ち止まってしまった。クロミは、既に涙目になっていた。突き抜けるような青空、一点の曇りのない空の下、シロスケは、夏の空を思わせる笑顔で、叫んだ。
「俺は、お前が好きだぜっ。だから、これからも達者でなッ?」
「え……えへへ……泣いちゃ、だめ、なのに……」
「オラッ、元気出せよ!」
シロスケが、クロミの背中を叩いた。坂道を登り切らせようと、背中を押した。二人は、上り坂を歩ききることができたのだった。
二人は、夕暮れまでカラオケで遊んだ。素晴らしい一日だった。そして、別れ際。
「シロスケくん。その、じつは」
「禁止。分かってるし。ま、達者で、ってことで!」
シロスケの笑顔は、やはり真夏の太陽を思わせる、眩しいものだった。
これは、新しい二人の「対の足跡」の物語である。
了
とても寒い朝だった。この町は地方の一都市だが、各地からたくさんの人々が喜び訪れるような観光地があり、また有名な企業の本社があったりと活気ある町だった。ただ今朝は町全体が昨夜から降り始めた雪に白く厚く埋もれ、日が昇ってもどんどん下がる気温のせいか、人々は家に篭りしんとしたままだった。
僕はちょうどその時火の気もない居間に通じる廊下の真ん中にぽつりと立っていた。
居間から「餅が焼けたよ」とか「醤油とって」だの暖かな家族の会話が聞こえてくる。こんな所にいないでさっさと赤いふとんのこたつに入り、器に盛られた蜜柑を手に取りつつ家族団欒に加わればいいのにもう二、三分いや五分はこうしているだろう。足裏から入ってきた寒っ子が股間をくすぐりだすと「くしゅん、くしゅん」と小さくくしゃみが出て、静かに鼻をすすらせた。すぐ耳を澄ましてみるが誰も僕がここにいると気付いていないようだ。ほっとした。
昨夜は布団を頭からすっぽり被って寝たはずなのに、いつの間にか大きくはだけてしまい寒さに震えて目覚めた。すぐ二段ベッドの上で寝ている兄を起こさぬよう静かに寝床を降りて窓際に向かった。手探りで遮光カーテンのすそを摘まみそっとめくると、外はどんよりと目にやさしい曇り空で、地面を見下ろすと近所の子供たちによる派手な雪合戦があったのか雪はすっかり土と混じりぐちゃぐちゃと汚く茶色になって荒らされていた。
しまった、と思った。
しくじった、と思った。
なぜなら僕は今日家出をするつもりだったからだ。
まだ家族が寝ている暗いうちに、貯金と少しの服を入れただけのぺちゃんとした学生カバンをたすきに掛けて、ギュシギュシと雪を踏みしめてこの家から消える予定だったのに…
「ははは」
「ふふふ」
「きゃきゃきゃ」
突然父、はは、幼い弟の笑い声が聞こえてきた。声のした方をじっと見ていると、ああなんかオラドゥール村に似てる…そう思った。そこは南フランスにあって第二次大戦中ナチスドイツに占領されてから有名になった小さな村だ。一九四三年に戦争中とはいえ平和な村を撮影したホームムービーが今も大切に残されている。そこにはにこにこと村道を歩く村人たち、シートに寝転がる若夫婦、釣竿を持つ少女がいた。みんなのんきに笑っている、ナチスの兵士が目に殺意を乗せて村に近付きつつあるとも知らないで。昨日村がレジスタンス運動に関わっていると密告があった。兵士たちは一人も逃さぬように村を包囲し始めた。村人の何人かが外の異変に気付いたようだ。銃剣をかまえた兵士のするどく青い瞳が村を見つめている。このあと何が起きるのだろう? だんだん恐くなってきた。そんな不安な気持ちで前にも後ろにも行けず、もう三十分も家族の声をじっと見つめながら寒い廊下に立ち尽くしていた…
+
あの日から何度目かの元日の朝、目覚めてのぞいた外の世界はまだ暗かった。
彼女が隣に寝ている。うっすらと半目のまま。起きているのか、寝ているのか、これが彼女の寝顔だ。いつものように小さく、そっと尋ねてみた。
「ねえ、結局ヒトラーって勝ち組だと思わない」
ペットボトルの水を少し飲んで話を続けた。人は悪口を言っても、今も本やテレビに取り上げられて、映画の主人公にもなった。みんな心の底では彼のことがその思想も含めて好きなんじゃないかと思うんだ。それに…
「ヒトラーって誰、何した人?」
え、と見た彼女はさっきの寝顔のままだった。
ええっと口がうまくて、情熱家で、思い込みが強くて、周りを悪い意味で引きずる人。とにかく悪人だよ。
「あなたみたいね」
静かに寝息だけが聞こえる。
なんだか可笑しくなってきた。
起きよう、僕は彼女を起こさないように静かにベッドを降りると洗面所に向かい、そして警備員の制服を入れた古い学生かばんを肩に掛けるとアパートを出た。
外は冷たく、でもちょうど上り始めた初日の出がまぶしく新鮮な風が頬にあたり心地よかった。
バイトを終えたらすぐ家に帰ろう。今夜はすき焼きにするらしい。今日もこのささやかでも幸せの詰まった部屋に戻る。今年はいいことがありそうだと思った。
了
人類滅亡後の荒野にただ一軒営業中の憩いの食事処はかつて支那蕎麦屋であったが餃子炒飯オムライスも出すようになったのでより高度化し堂々と看板を付け替え現支那飯屋である。
この店に来た者はみなその味に感動し心の臓も止まり即死し新たな食材となる。人類滅亡前からずっとそうだった。
創業七千年その内訳は、店主メイヨー・チンの先代が言うには文化大革命で記録は失ったが中原の地の歴史とともに我が店は始まったとのこと即ちまず四千年。そこに人類滅亡後の長い時間を加味してプラス三千年である。白髪の長さもも死者の数も三千だとか三十万だとか景気よく増やすのが支那式算術であるので、世界滅亡とともにカレンダーが自己申告のご時世、店の歴史に三千年を足すのも当然であった。ちなみに景気の悪い数字は三十五までなのは共産党式算術であり支那式算術の流派としては新しめである。
人類は滅亡しているので当然客はほぼいない。たまに店の近所を通り過ぎる者もいるが両脚羊として食材の仕入れになるだけだから客とならず皿となる。店主の夕飯を彩るには冷凍庫の70年代鶏ガラよりややましな肉だ。とはいえ人を食わずとも人類滅亡後も食材に事欠いた事は無い。椅子と机以外はなにもかも食うのが支那式である。妻や子を調理するのが美談であるのも古典的、今現在味の素さえあれば何もかもが満腹への友となる。
さて店主、支那料理の歴史の最後の皿を提供するのは自分自身だとうすうす感じている。一子相伝最後の後継者……余談であるが店主童貞のため子はいない連れ合いも此の世にこれから見つからない味の素の在庫も残り幾ばくなので当店最後の料理人である。そう、最後の皿をどうするか世界の終わりにふさわしい皿と客は何か考えている。これぞ究極のライフワークである。以下店主独白。
最後皿是当然的超美味我賞味即勃起。皿提供客、味知高級舌所持人間希望。否世界破滅的状況、客存在皆無。仕方無店主変化客。我支那料理最終的調理人兼務美食家而食材。塩振掛囓肉仍激痛。我変化客是不可能理由痛嫌。苦悩。苦悩。哀号。
最終的料理相応美食家存在可能性零。希望零。大粒涙大地染。大地呼応地割火山噴火嵐突風大爆発。天届我想、味付済我地割落下其溶岩地帯。我最終的客地球。
了
タカシはもう一人の自分と戦っている。「彼」もタカシだ。「彼」は言う。生きる理由を問う。だが、タカシに「彼」の問いに対しての答えを持っていなかった。
もう一人のタカシに、生きる理由を問われる場面は、無数にある。仕事をしていて、休憩をしていて、誰かと話していて、一人で過ごしていて。そんな時に、不意にタカシは「タカシ」に声をかけられる。
「生きてて楽しいの?」
『………………』
「なんで生きてるの?」
『………………』
言葉に詰まっていると、出てきたときと同じようにして、「タカシ」はいなくなる。「タカシ」はどうして「生きている理由」を聞いてくるのか、タカシは分からなかった。だが、どうしても、いつの日にか、この問いに答えなければならない、と、そうは思っていた。
生きている理由が明確なら、それを成し遂げたとき、タカシはどうなるだろうか。「タカシ」はどうなるだろうか。全てを、生きる理由をもち、それを失ったとき。タカシや「タカシ」は、どうなるだろう。
考えることを辞め、タカシは眠ってしまった。
「タカシ」は夢の中まで訪れることはなかった。そこまで非情だというわけではないようだった。タカシは、夢の中ではスーパースターだった。何をしても、どんなことを言っても、許された。称賛された。全てを祝福された。
目が覚めれば、タカシはいつものタカシでしかなかった。タカシよりも上の存在ではなかったし、タカシ未満の出来損ないでもない。ただのタカシなのだ。
そして、改めて自分というものを実感した時に、「タカシ」は訪れる。そして、いつもの難題を解決させようとする。自分とは、一体なにゆえに、この世界に生まれてきたのか。
この問答は、タカシが物心を持った時には、既に生まれていた。もしかしたら、物心を持ったためにこのような難題を突き付けられているのかもしれない。
いつまでもモラトリアムのような事を考えている場合ではない。それは分かっている。だが、聞こえてくる声を無視し続けるには、声は大きすぎた。
仕事帰り、上司にうんと怒鳴られた日に、缶ビールを片手に公園で飲んでいた。涙の理由を夕日のせいにして、温くなってしまった缶ビールを飲んでいた。
いつもの声だった。「タカシ」が現れた。タカシは、意識も朦朧にさせたまま、その声を聞いていた。
「生きてる理由って、なんだった?」
「上司に怒られること、それが生きる理由だった?」
「それとも、別の何か?」
「タカシ」が、新鮮な質問をしてきた。踏み込んできたのだ。確かに、タカシは上司に叱責を受けるために生まれてきたわけじゃない。それは、タカシも分かっていた。
だが、その次の答えにたどり着けない。そして、タカシは「タカシ」によって、分岐点にいることを教えられた。
「君が生きている理由、それは缶ビールにあるのかも」
「もうちょっとだけ、考えてみなよ。ばいばい」
タカシは、この公園での一件以来、「タカシ」の声を聞くことはなかった。
そして。月日が流れ。タカシは、ようやく、自分の人生を歩くことができるようになった。タカシは「タカシ」の言いたかったことを、かなり遅くなってから理解することができたのだった。
タカシは、今。自営業を営んでいる。子供のころからやりたかった、書店員のアルバイトをしている。年齢が年齢だったが、不思議な力が働いたのか、人柄を買われて雇われたのだ。
タカシは、「タカシ」のために生きることを、決めた。強く決心することができたのだった。
了
午前一時の夕焼けに向かって彼女は指を組みいっしんに祈った。さようならおひさま。さようならいちにち。さようならみんなみんな。さようならせかい。
眠っていると夢が正夢になりそうだったので慌てて起き上がり、小箱を開けて夢を閉じ込め蓋をぱたんと閉める。それだけでは足りないと思い頑丈な鍵を掛ける。どうか出てこないで。出てこないで。蓋をじっと押さえ、なかで夢が風化してかさりと毀れるのを確かめると、ほぅと吐息。よかった。これで大丈夫。
彼女は時計というものを知らずに育った。算術なら出来る。しちくろくじゅうさん。
迷図というジグソゥパズルの続きに取りかかる。MAZE、迷図、メイズ。全部で何ピースかわからないところが、このジグソゥパズルの難所なのだ。迷走しながら一ピース、一ピース、組み合わせてゆく。三次元ジグソゥなので、高さがある。もうすぐ彼女の背を越えるだろう。そうなったら脚立を持ってきて、昇り降りしながら組み合わせるのだ。
彼女は三次元ジグソゥのなかで育った。そして、そのなかに棲みながら隙間から押し込まれてくる新しいピースを組んで、三次元ジグソゥを作っている。彼女の心臓が内部から彼女を喰い尽くしたとき、新しい女が彼女の作った三次元ジグソゥのなかで芽吹くだろう。
代々の夢を閉じ込めた箱が、代々の女の手元に受け継がれてゆく。正夢になりそうになったら、すぐにこのなかに仕舞いなさい。鍵を掛けなさい。代々の女の遺伝子に、その教えは伝わっている。夕焼けにはいっしんに祈りなさい。正夢になりそうな夢は閉じ込めなさい。ジグソゥパズルを組み立てなさい。
了
走っても良い、という指示は出ていなかった。
でも、俺は今、走り出さないといけない気がしていた。
◆
「1塁ランナー代わりまして、瀬川くん、4年生、上町高校、背番号21……」
ウグイス嬢に呼び出された。代走で俺は野球人生のラストを迎える。
10月下旬の明治神宮野球場。空には薄い秋の雲が広がっている。観客席から、山本リンダのヒット曲が流れる午後3時半。ゲームはそろそろ佳境を迎えようとしている。
勉学もスポーツも万年5位の我が母校と、今日勝てば優勝を決める一流大学との試合。8回表で、点差は5のビハインド。相手の観客席は色めき立っている。
マウンドには先日のドラフト会議で某チームから4位指名を受けたエースがいる。センターのあいつは、パ・リーグのあそこから2位だったな(なお、うちの大学からはゼロ)。ああ、甲子園と神宮で脚光を浴びるだけ浴びて、それでもの足りずプロに行くだなんて。
それに比べて俺はどうだろうか。
「お前なら、大学でも十分実績を残せるよ」。
そんな言葉を恩師にかけられたのが人生のピークだった。苦学の末、文武ともにちょうど良いレベルの大学に行ったつもりだったのだが、それが間違いだった。
スタメンに座るのはスポーツ推薦でやってきた実力者ばかり。投げる、打つ、守る、走る……。そんな一つひとつのプレーが、自分の未熟さを炙り出してしまった。
何とか這いつくばって、4年間頑張ってきた。最後の1年間はベンチに入れた。でも、野球が上手くなりたいという熱は失われていた。
野球部という肩書きは、この大学のどの学部よりも有益なものだった。苦戦する一般学生を尻目に、地元銀行への就職はあっさり決まった。
やっぱり、自分の人生は野球とは無縁だったんだ。最初からそうだったんだ……。
◆
この1塁ベースに立った瞬間から、ずっと頭の中で別の感情が湧いている。
このままで良いのか。
このまま大人しく、このベースに立ち続けるだけでいいのか。
誰かがヒットを打ってくれたら、俺は仕方なく走るのか。
ずっとずっと、俺は俺自身に問いかけている。くそっ!
ベンチを見ても、監督はサインを出そうとはしない。
バッターを見ても、打つかどうかははっきりしない。
周りにいるファーストやセカンドを見ても、俺に対する警戒心は無い。
観客席も、俺に注目していない。
ピッチャーを見た。
頭の中に何かが突き刺さった。
グローブの中が見えた気がした。ボールの握りは……あれはスローカーブだな。遅いボールならば、ひょっとすると、俺の足でも……。
◆
球種は見事に当たった。
全く警戒していなかったバッテリー。呆気にとられた1年生のキャッチャーは、慌ててボールを投げた。でも、そのボールはセカンドのミットを遙かに越えていった。
それを見届けると、俺はベースを力強く蹴った。
走りたいんだ、俺は。最後まで、いや、最後だから。
◆
「おいおい!」
3塁で待ちかまえていた同期が、少し強めに頬を叩いた。ヤツは早めにドロップアウトし、今は学生コーチをしている。
ヘッドスライディングのせいで、ユニフォームは泥だらけだった。
俺はあのとき、よく見ていなかった。スタートを切ったあと、慌てる内野手たちを見て、カバーに入ったセンターがいたことを。
レーザービームのように、一直線でボールがサードのグラブに吸い込まれる。しまった……。
「それにしてもなあ」。
学生コーチは含み笑いで続けた。
「3塁に向かってきたお前、ニコニコだったぞ」。
立ち上がり、土埃を払う。周りはもう、8回裏の準備をしている。何だよ、余韻に浸る暇も与えてくれないのかよ。
空を見上げた。薄い太陽の光が、ダイヤモンドを柔らかく輝かせている。
ようやく俺は、自分自身の意志で何かを決めることができた。だからこれからも、後悔する前に走り出せそうな気がする。
了
僕の夢は建築士になることです。将来は地図に残るような仕事がしてみたいです。
そんなことを卒業文集に書いたのは、果たしてどんな理由だっただろうか。小学校の時は地図が好きだったから、何の考えもなしにそう書いたのかもしれない。
俺の今の仕事は駅員だ。地図に残るものを作るなんて仕事とはかけ離れているが、まあ気長にやっている。給与も人間関係も特に不満はないから文句はない。
ただ、不満というか嫌なことというのがある。東京の駅に勤めているため、都会特有の現象が発生するのだ。地図というよりは、自分の頭に一生残るようなものも度々見かけるのである。
ある日のことだ。その日も電車が通勤時間中に運行を一時停止するような状態が起こった。やれやれまたかと同僚と話し、しばらくして電車は運行を再開する。片付けはすぐに終わり、俺は現場に残された自殺者の遺留品を預かり、待合室で整理する作業に入った。
桐原透。それが、今回自殺した人の名前である。今日も通勤でこの駅を利用したが、そのいつも利用する電車に飛び込んで自殺した。
バッグには、財布、通帳、ペンやノートなど無難なものが入っていたが、その中に厚くでかい本を見つけた。よく見るとそれは、卒業文集だった。
なぜ卒業文集? と思っていると、同僚がやってくる。彼はどうやら会社の人に話を聞いたらしい。
「なあ、荷物に卒業文集が入っていたんだけど」
「ああ、それね」
同僚はすぐにわかったらしく、それを聞かせてもらった。何でも会社が終わった後に合コンがあって、そこで使う予定だったらしい。卒業アルバムを武器に使う合コンなんて聞いたこともないが、それはともかく、合コンという楽しい事があるにもかかわらず、なぜ彼は自殺したのだろうか。
……そういえば前に、あの記事で見たな。
自殺する気のない人間でも、ひとたび電車が通過する駅に立つと、ふと思い立つことがあるのだそうだ。
そうだ。ここに飛び込めばもう苦しまずに済む、と。
あるネットの記事を見てそれを知った。ゾッとして、今まで自殺した人でも、いきなりその思考に陥った人がいるのだろうかと考えるとやるせなくなる。
さて、作業は終わったが……彼には悪いが、何気なく卒業文集を手に取る。○○小学校平成十五年度卒業生。俺と同い年じゃないか。
ぱらぱらとページをめくると、桐原透のページが目に入る。そこにはこんなことが書かれていた。
「僕の夢はサッカー選手です。強敵にも飛び込むように挑む、人々の記憶に残るような人間になりたいです」
その文章は間違いなくキラキラしていた。まさか十数年後には自殺するとは、当時の彼は思うまい。
願いは全く違うベクトルで叶ったようだが、世知辛い世の中である。
了
祖母の墓参りに僕は来ている。右手をぎゅっと握ったとき、一陣の風が吹いた。ふと、古い記憶が蘇った。
その日は満月、明るい夜だった。
夏祭りの帰り道。歩いていると三叉路があった。
いつもは通らない道を、その日はなぜだか通りたくなった。祭りの余韻が残っていたのだろう。
帰りはいつも右の道。けれども左に行ってみる。足取り軽く、下駄が鳴る。カラン、コロン、カラコロン。祭りで買ったお守りを、右手に握りしめて。
道は月の明かりに照らされていた。何かが見える。近づく。ぼんやり形がわかる。さらに近づく。すると何かが、
――ふ、
と動いた。
狐だ。
僕はそっと右足をあげ、ゆっくり地面におろす、左足も同じようにする。狐に近づく。
(逃げなくていいよ、僕はなにもしないよ)
パキ、と小枝の折れる音がして僕は驚いた。尻もちをつく。狐を見る。まだいる。息をつく。ゆるりと立ち上がる。そろりと歩く。
近づくにつれ、狐は徐々に、大きくなっていく――。
はっとした。
遠近法ではない。目の錯覚でもない。狐は実際大きくなっている。す、と背筋が寒くなった。
(妖狐だ)
祖母はよく、昔話を聞かせてくれた。
僕がまだ幼いころ、祖母から聞いた話にあった、妖狐の話。たしかそう、こんな満月の日に出ると言っていたっけ……。そのころの僕は祖母の話が大好きだった。どんな日も僕を楽しませてくれた。転んで泣いて帰ってきた日も。いじめられた日も。あの娘が疎開する日も。
(でも、まさか。いるわけがない)
物の怪の類いを、僕は信じていなかった。
無意識に、手に持っていたものをぎゅっと掴んでいた。身じろぎもできなかった。いやな汗が吹き出てくる。なんまんだぶ、なんまんだぶ、という声が聞こえた。なんだ気味が悪いな、と思ったらそれは自分の声だった。パンと顔を叩く。前を見る。歩き出す。
――ふわり、
と何かが舞った。
見ると狐がいなくなっていた。
あたりを見渡す。何もいない。目の前には、月明かりに照らされた道がのびていた。
(今のは、一体……?)
手を見ると、落ち葉が数枚、握られていた。
(お守りが落ち葉になった……?)
あの時だ、と思い返す。狐に近づこうとした。踏んだ小枝の音に驚いた。尻もちをついた。お守りを落とした。別の何かを掴んだ。落ち葉だ。
はは、と僕は笑った。なんて間抜けな。この出来事を祖母に話そう。思いながら僕は、帰り道を急ぐ。
背後から、コーン、と狐の鳴き声がした。
家に着き、さきほどの出来事を祖母に話す。妖狐がいたずらをしたのだ、と祖母は微笑む。そんなわけないよ。僕は微笑み返した。その祖母は端布でお守り袋を作ってくれた。
いったい、どれほどの年月が経ったろう。祖母の墓に手をあわせながら、思う。
今でも僕は、物の怪の類いを信じていない。
もし祖母が狐だったのなら。思い出の祖母が、僕の思い出すべてが、嘘だったのだとしたら。
もしそうだとしたら、僕は――。
あの日、祖母が作ってくれたお守りは今、僕の右手の中にある。
了
浅黄幻影(あさぎ・げんえい)【一九八三~】
山形県生まれの文士。「小説を書くか、でなければなにか他のことをする」と言って日々を送っております。愛する作家にヘルマン・ヘッセ、ミラン・クンデラなどを挙げてきました。
……特に受賞歴などはないです。その他として、応用微生物学学士、危険物取扱者乙種4類、二級ボイラー技士、公害防止管理者水質一種、普通自動車免許(車はMTが好き)などはありますが。作品については作品そのものをご覧ください。
また、Amazon Kindle、楽天Kobo、BOOK☆WALKERで電子書籍の小説、「N氏の鏡像」「ガラスの共鳴」を出しています。
淡波亮作(あわなみ・りょうさく)
特にそのつもりもないのですが、やたらと手広くやっているように見えるかもしれません。
自己表現の手段は様々ですが、降ってきたアイデアをどう形にするかによってアウトプットが変わってしまうだけなのです。小説、詩、歌、音楽、CG、イラスト、映像と手掛けていますが、どれも根っこはひとつ。欲張りではないんですよ、ほんとうに!
泉由良(いずみ・ゆら) IZUMI B. Yuraly
作家・詩人・白昼社編集者。詩誌84同人。京都出身尼崎在住。
ときどきポエトリーリーディングをしています。ウォッカが好きです。
折羽ル子(おりは・るこ)
年齢十四歳中二(自称)背伸びしたいお年頃なのでゴミの日に拾ったピンクのぶら下がり健康器愛用中。文字を書くのは好きじゃないのでいつも絵を描いている。好きな本は葉隠。将来の夢はイタリアのナポリで本場のナポリタンを食べてボーノとつぶやくこと。
ひとこと。
おはこんばんちは。ワープロのカナ入力をやめて、ローマ字入力にチャレンジするか悩んでます。インクリボンが高いので長い文章は感熱紙にしか印刷できず悲しいのです。本がいっぱい売れたら印税で三行よりもっと沢山文章が表示できるワープロに買い替えたいので、マンモスゴジラパワーのみんな応援ヨロシクね!
川瀬薫(かわせ・かおる)
電子書籍作家です。ここ一年、二年ほどから、インターネット上で活動しています。千葉県民です。小説投稿サイトに作品を掲載していましたが、最近は、電子出版一本に絞ろうと考えています。日本文学科出身ですが、大学は中退(もしくは除籍になっているかも)。純文学が好きで、真似て短編作品を書いていましたが、近頃は向いていないことに気づき、エンターテイメント路線に転向しています。読んで頂きたい作品は、色々ありますが、多くの方に手軽に手に取ってもらえるように、Kindle Unlimitedに作品を移しているので、検索に引っかかった作品は、何でもお読みになってもらえたら嬉しいです。近頃は、アメリカ文学に凝っています。ヘミングウェイ、チャンドラー、ヘンリー・ミラー、ケルアック、バロウズなど。ウィリアム・テルごっこで有名な、ウィリアム・バロウズと誕生日が一緒です。普段から暇をしているので、気軽に交流してもらえると、嬉しいです。
倉下忠憲(くらした・ただのり)
物書きです。京都府民ですが、むしろウェブ王国ツイッター郡に在住しております。ビジネス書から思想書、ライトノベルまでを手がける万能(あるいは器用貧乏)な執筆者なので、特にオススメというのはありません。気軽に、手軽に気になった本をお読みください。
焦田丸(こげた・まる)
「なんか」、「なんなの」。「なん」てつくものが好きやな。「なんで」「なんじゃ」とか出るときは参加させてもらうで。
「ナン?」
もっちろん好きやで。カレーなしでもイケるわ。
不活性要素多めの物書き、あなたの心の焦げた丸ですわ。
白取よしひと(しらとり・よしひと)
新宿、千葉、青森、盛岡と数奇な運命を辿ったノマドは今その牙をもがれ宮城に定住する。時折、胸に湧き起こる草の香り風の音を想い浮かべては創作活動に励む。アマチュアノベリストと云う肩書きを引っ提げて。
波野發作(なみの・はっさく)
ググってね。
根木珠(ねぎ・たま)
一九八三年一月二十六日生まれ、埼玉県出身。
最近『もの書く人々』という電子書籍を出版した。
著書に『もの書く人々』等がある。
推薦図書は『もの書く人々』。
バーバヤガ(ばーばやが)
バーバヤガ曰く「預金残高が暗証番号より少ない人生だった」
HP:http://underdogg.html.xdomain.jp/
初瀬明生(はせ・あきお)
山形在住。二十中盤の男性。ミステリーを読むのが好きで、大学時代から個人的に執筆を開始。ミステリーを中心に出版をしていますが、ジャンルは色々です。よろしくおねがいします。
代表作「エチュード」「ヴィランズ~悪役たちの物語~」
山田佳江(やまだ・よしえ)
インターネットの片隅で小説を書き続けています。主な執筆ツールはWindows。主な移動手段は自転車。主な燃料は卵かけご飯です。
米田淳一(よねた・じゅんいち)
日本推理作家協会会員。SF「プリンセス・プラスティック 母なる無へ」での商業出版デビューからセルパブ活動にうつり、18年間でセルパブ含め書籍97種類に関わる(共著・寄稿含む)。SF「プリンセス・プラスティック」シリーズと鉄道趣味小説「鉄研でいず!」シリーズの2つを柱にしつつ、他にも幅広く書いている。近著はシンギュラリティの時代を書いた「鉄研でいずF」。
和良拓馬(わら・たくま)
1988年3月生まれ。神奈川県横浜市出身。大学時代にスポーツ新聞部に所属し、サッカー部やラグビー部の番記者として、取材で全国を駆けめぐる日々を過ごす。2014年に「月刊群雛 (GunSu) 11月号」にてインディ・スポーツライターデビュー。2016年6月には初の短編小説集「本日、応援日和」を刊行。エッセイ、フィクションなどを通して「勝敗だけではないスポーツの面白さ」を伝えるべく奮闘中。
rai
作家ではありません、人に何かを伝えるとき口より文章のほうがうまくいく側の素人です。文学界新人賞他に落選して書くのが嫌になりましたが「なんなの」参加募集を見てまた書きたくなりました。
他に今は株取引に夢中です! 何かをほぼ毎日売ったり買ったりしています。
新宿ウサギズ USAGIZ
通称ウサ、ギズ、サギなど。映像を作ったりアプリを作ったりしているらしい人たち。人数など団体の詳細は不明。キャラクター作りに折羽ル子が協力している。
公式サイト http://usagiz.com/
あけましておめでとうございます。
この度は、超短編アンソロジー『なんなの』をお読みいただき、ありがとうございます。
この本をつくろうと思い立ったのは昨年夏でした。ことの発端になったのは、文芸誌『柴田元幸責任編集MONKEY (vol.9 短篇小説のつくり方)』。その雑誌に、超短編小説がいくつか掲載してありました。私はそれを読んで「あ、超短編アンソロジーとか編んだらおもしろそうだ。やろう」と思いました。そしてこの本が出来上がりました。すごい時代ですね。「超短編」という言葉はその雑誌から拝借いたしました。ショートショートや掌編など様々な呼称がありますが、この本ではその定義等はあまり厳密でない旨、ご理解いただきたく思います。
多くの作家さんたちが私の思いつきに付き合ってくださり、一冊の本にまとめることができました。また、手間のかかる作業を請け負ってくださった方、なにも言わず温かく見守ってくれていた方など、多くの方々のご厚意とご協力に感謝します。
そして、この本を手にとってくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。
このアンソロジーは、超短編作品なら小説でも漫画でもなんでもよいという本です。やっていくうちになんかそういうことになりました。驚かせてしまったなら申し訳ありません。
読者の皆様におかれましては、本年もよい一年になりますようお祈り申し上げます。
二〇一七年 初春 根木珠
参考文献
柴田元幸責任編集『MONKEY』Vol.9 短篇小説のつくり方(SWITCH PUBLISHING)
中島敦『中国小説集』(ランダムハウス講談社)
※ご意見ご感想、お気づきの点などございましたら、
根木珠たまねぎ日記 https://pcu28770.wordpress.com/
のお問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
2017年1月1日 発行 初版
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