熱帯植物街
街は熱帯の森に埋もれ
大人たちは消え去り
そこに子どもたちだけが残された
彼らは森の人と呼ばれ
野性と理性は相克し
滅びの世界を生き延びるため
森と生きることを選択した
大人たちはどこへ行ったんだ?
きみはしきりに口にした
一緒に来いよ
ぼくはきみに手をさしのべた
森に溶け込め
森と生きれば楽になれる
だけど溺れた者に
その手を握る力は残されていない
大人たちは消え去り
そこに子どもたちだけが残された
森に埋もれた廃墟の街に
世界の黄昏に鐘は鳴る
世界の黄昏に鐘は鳴る
螺旋のゲノムに低く押し留められた
神々の黄昏
草花のオト
夜空にはためくオーロラ
街へやってきた渡り蝶
の群れ
時代は白み始め
もはやどこからも悲鳴は聞こえてこない
鐘は鳴る
いま一度 鐘は鳴る
世界の黄昏に
終幕
そのとき天空はひび割れ
空と雲の破片が炎となって
地上に降りしきる
燃えるインパラの群れは
焼けたサバンナを疾走し
智慧の実を口にしたオウムは
頭の羽飾りをゆらしながら
けたたましく哄笑する
人びとは確かに聞いた
世界の終りを刻む時計の音を
降りしきるのは
空と雲の破片
はなれ去った遊戯
ネジ巻きドール
センターシティーの
廃棄物処理場に
ぼくらは集められていた
ぼくらはネジ巻きドール
人に良く似た
人でない何か
ぼくらに心が芽生えたことを
人は知らない
理想郷を創造するために
ぼくらは逃走を開始した
センターシティーの
超高層ビル街を抜けて
廃墟の旧市街を
8気筒エアバイクで疾走する
飛び散る火花
追っ手が迫る
ぼくらはネジ巻きドール
理想郷めざして疾走する
神々の遊戯
角笛の合図が響き
太陽は眩しく輝き
熱帯の森に埋もれた廃墟の街で
子どもたちは
いっせいに行動を開始した
理性は打ち捨てられ
野生は漆黒に目覚め
今日の午後
封印を解かれた子どもたちに
大人たちは狩られるのだ
神託はくだった
飢えた子どもたちに容赦はない
はじける柘榴のように
肉を切り裂き
大地を血で清めるのだ
仮面を脱ぎ捨て
うちに潜む蠍を解き放つのだ
これまで血を流してきた
心の声は叫ぶ
悲鳴をあげて逃げまどう男たち
そして女たち
夕暮に立ち並ぶ墓標のまえで
子どもたちは神々となる
森に埋もれた廃墟の街で
奈落詣り
遠雷が鳴っていた。微かに雨の匂いもする。河豚のような小さな鰭のある空魚達が西の空へと飛んでいった。大人達は何処へ行ったんだ…。ケンイチは呟いた。嘗て自分は大人と呼ばれる存在と暮しを共にしていた気がする。
鬼車草の群生する湿地帯を抜けるとケンイチ達の棲家があるダイオウシダの樹海は目前だ。樹海を五0メルデ程わけ入って進むとケンイチ達が迷殻舟と呼ぶ紡錘形の遺跡が姿を現した。ケンイチ達は此処を棲家としていた。鈍色の外壁はハネトビカズラの蔦を這わせていたがどんな鋭い矢も歯が立たなかった。この様な遺跡が樹海には点在している。中は迷路のように入り組んでいてケンイチ達もその全ての構造を理解している訳ではない。ケンイチ達は外界に比較的近いこの遺跡を根城にしていたが樹海のもっと奥には別の遺跡を棲家とする又別の種族も存在した。彼等は樹海の生活に完全に適応しており翼のような飛行具を使いダイオウシダの木から木へと滑空した。
迷殻舟に潜り込んだケンイチをアヤノが出迎えた。疲れたでしょう。お帰りなさい…。ケンイチはいつも優しいアヤノが好きだった。ユウシンもたった今戻ってきたらしく仕留めた暴牙猫を肩に背負っていた。暴牙猫の肉は頗る美味いが性格は極めて荒く迂闊に手を出すと手足を喰い千切られる恐れもあった。ユウシンが暴牙猫を放り出すとそのしなやかな黒い身体が床にのさっと横たわった。ケンイチもトビハネカズラの蔦で編んだ籠を床におろした。籠には数十匹のヌタイモリが白い腹を見せていた。ヌタイモリは湿地帯に潜む小型生物である。樹海を棲家とするケンイチたちにとってそれは貴重な蛋白源となっていた。
夕餉はヌタイモリをすり潰した肉団子と暴牙猫の肉とハネトビカズラの実を煮込んだ雑炊だった。ケンイチ達は鍋を囲んで座った。嘗て数十人いた仲間は、今では十人を数えるばかりに減っていた。樹海には棲む者は皆ある時期が来ると湿地帯の向こうへと彷徨い出しそれきり戻って来なかった。ケンイチ達は此れを奈落詣りと呼んでいたが奈落が何を意味するのかはわからない。ケンイチ達は黙って食事を続けた。暴牙猫の肉を噛み締めると甘ったるいどこか懐かしい味がする。 静かな夕餉が済むとケンイチ達は身を寄せ合い丸くなって眠った。
ケンイチが目覚めると他の仲間達の姿はなかった。皆それぞれ狩に出掛けたのだろうか。ケンイチは湿地帯へ出掛ける事にした。ヌタイモリを捕らえに行くつもりだった。仲間達の為に少しでも食糧を確保しておかなければならない。頭部を一突きすればヌタイモリはぐったりと大人しくなってしまう。ヌタイモリを矢で突いていると頭が空っぽになってやがて冷たい熱狂が訪れる。気分が高揚して、いかに効率良く突くか。それだけに集中する。ケンイチは日没までヌタイモリを突き続けた。
夕餉にアヤノとユウシンの姿はなかった。僕の奈落詣りが近いんだ。ユウシンは言っていた。私の奈落詣りが近いの。アヤノもそう言っていた。きっと二人は奈落詣りへ赴いたのだ。二人が手を組み合わせて湿地帯を歩いていく姿を想像してケンイチの心は揺れた。哀しさと羨ましさの入り混じった感情だった。翌日タツジが姿を消した。仲間達は一人減り二人減り最後にケンイチだけが残された。ケンイチは毎日一人でヌタイモリを突きに出掛けた。食糧はもう自分が食べる分だけ有れば良かったのだが何かせずにはおれなかったのだ。ある日ヌタイモリを突いているとケンイチの心にこれまでにない感情が湧いた。湿地帯の向こうに何か素晴らしい場所が有ってそこへ赴きたいと言う強い思いだった。ケンイチは目をつむると立ち尽くしてその感情が通り過ぎるのを待った。ケンイチは迷殻舟に戻ることにした。だった一人のささやかな夕餉を済ますと丸くなって眠った。
湿地帯の向こうへ赴きたいと言う誘惑は日増しに強くなった。自分の奈落詣りが近いことをケンイチは知った。湿地帯の向こうに自分の帰るべき場所はあるのだ。そこにはユウシンもアヤノもいるはずだった。帰ろう。仲間の元へ。ケンイチは湿地帯へと一歩を踏み出した。歩を進める毎にケンイチは幸福感に包まれていった。途方もない幸福感だった。空魚達が煌きながら雲間を泳いでいた。目に映る物全てが輝いていた。ケンイチは殆ど恍惚となって湿地帯を進んだ。湿地帯の果て。そこには理想郷が有り仲間達が待っている。
2017年1月15日 発行 初版
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著書「台風ヤンマ」(新風舎刊) http://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00393590 著書「チョコレート虫の飼い方」(国土社刊「ぼうしにのる魔女」所収) https://ndlopac.ndl.go.jp/F/?func=find-acc&acc_sequence=034771111 詩「熱帯植物街」(22世紀アート編集部「花物語と夢の音」収録) https://romancer.voyager.co.jp/?p=10164&post_type=epmbooks 小説「シャングリラ」(22世紀アート編集部「花物語と夢の音」収録) https://romancer.voyager.co.jp/?p=10473&post_type=epmbooks 詩「時の庭」「ネジ巻きドール」(「金澤詩人」6号) https://m.facebook.com/gutoku/photos 詩「気晴らし遊戯」「ジプシー」「テロリストの恋人」(「金澤詩人」7号) https://m.facebook.com/gutoku/photos 小説「進水式」が、第2回クリエイティブメディア出版、えほん•児童書コンテ ストで、ほほえみ賞を受賞しました。 http://www.creatorsworld.net/award_ehon/