ある日かいじゅうは
携帯電話を拾いました。
森の中、
誰かの忘れ物。

電話口、やさしい声は言いました。
ママにもらった携帯電話、
私ピクニックで落としちゃったの。
かいじゅうは言いました。
それじゃあ僕が届けてあげる。
わかりやすいように、
汚いかいじゅうの着ぐるみを着ていくからね。

森のみんなは言いました。
町は危ないよ、人は僕らをきらいだ。

日がのぼるまえ、かいじゅうは旅に出ました。
こっそり森をぬけだして、忘れ物を届けるために。

はじめて森をぬけだしました。
大きな月が、とおくの森をあたためました。

はじめて電車の切符を買って、
新幹線に乗りました。
ながれる景色があざやかでした。

はじめて海を見つけました。
浜辺は黄色のじゅうたんで、
大きな船が揺られていました。

誰にもぶつからないように、
こっそり町を歩きます。
たくさん人がいきかって
誰かがしっぽを踏みました。
誰にもじゃまにならないように、
こらえて町を歩きます。
たくさん人がいきかって
誰かがしっぽを踏みました。
誰にもじゃまをしないように、
かいじゅうは町を歩きます。

けれども痛くてかいじゅうは、
大きな声でさけびました。

町の人たちはおどろいて
空き缶やゴミを投げ
おびえてカバンで叩き

かいじゅうは走りました。
あの子の待ってる、はらっぱへ。

あの子の待ってる、はらっぱへ。

あの子の待ってる…

君のおかげで見られた景色が
たくさんたくさんあったんだ。

誰もいないその場所に
くたくたのかいじゅうは着きました。
待ち合わせ場所のそのうしろ、
やさしい声が届きました。

なんだぜんぜん汚くないじゃない、
かわいいかいじゅうの着ぐるみ。

…ありがとう。

少年と宇宙人の話

はるかかなた日本という国に、
数学も理科も国語も
いねむりしながらだって
百点とれてしまうような
とてもかしこい少年が、
のんびりチョコレートなんか食べながら
暮らしていました。
まどから見える海がお気に入りでした。

本を読むことと
バスケットボールが大好きでした。
夏にはみんなでピクニックに行くことと
誕生日にみんなでバースデーケーキを食べることが
大好きでした。

ある日少年が宇宙の大きさやフシギについて
ボールペン片手にぐるぐる考えていると
キッチンでカレーを作っていたお母さんが
宇宙人になっていました。
少年は話しかけました。
けれども言葉が通じません。
おびえてかくれてしまうのです。

少年は、
わかりやすい身ぶり手ぶりや
大きな声が出るマシーンを発明しました。
けれども心は通じません。
少年は、
宇宙のコトバや思いが届くスピーカーを研究しました。
けれども心は通じません。
少年は、
音楽や絵で話す方法を考えました。
けれども心は通じません。
ふるえてかくれてしまうのです。
少年はこまりました。

ふとふりかえって
後ろを見ると
おねえちゃんも宇宙人でした。
お庭をのぞけば
おとうさんも宇宙人でした。

町を歩く人も
友達も
好きなあの子も
みんな、宇宙人でした。

ああちがう
わかったぞ

…ぼくがうちゅうじんだ


そう気付きました。
そうだと、気付いてしまいました。

何日もコンピューターのコトバを使っても
何か月も日本語を教えても
何年も道具の発明をしても
おこっても
さけんでも
やっぱり心はつたわりませんでした。

それからは
何度もひとりで
バースデーケーキを食べました。

そして、

ボロボロの古い小さな研究所で
もうしらがの
長いヒゲのはえた少年はある日
泣いて泣いて、だきつきました。

わあわあ。

ああ、

やっと心がつたわりました。