───────────────────────
───────────────────────
この本はタチヨミ版です。
手錠は存外、軽かった。
あの日、ボクはビールを片手に、サーモンの刺身を食べていた……はずなんだけど。今、ボクの両手は手錠で繋がれ、目の前にいたはずの友人は知らない男性に代わっている。
あれ、ここはどこ……? 六畳ほどの殺風景な部屋。家具はパイプ椅子と汚れた机。
どこかで見たことがある気がする。……どこ、だっけ?
「意識は戻ったか」
目の前の見知らぬ男性がボクに問う。図太い声色だ。肩幅は広く、身体はガッチリしている。表情は険しいが、服装はどこか間が抜けしている。まるで釣り人のような格好だ。
彼は大きく息を吐いた後、ボクの目を真っ直ぐ見つめながら、「それでは今から取り調べを始めます」と、事務的なイントネーションで言葉を発した。
トリシラベ……ってなんだっけ。
「なんで、パトカーの中で暴れたんだ」
「居酒屋で何杯飲んだんだ。正直に言え」
「居酒屋で口論したことは覚えているのか」
絶え間なく質問が飛んでくる。
「ごめんなさい。分かりません」
ボクは素直に答える。しかし、質疑応答タイムは終わる気配を見せない。一時間が経ち、二時間が経過した。目の前にいる大柄の男性の顔は、相変わらず険しい。
彼は机の上に一枚の書面を放り投げるように置いた。
そこには罪状、
「公務執行妨害・暴行罪」
と書かれている。
パトカーの中で警察官に頭突きなどの危害を加えたため、二十三時十二分に現行犯逮捕……と書かれている。えーと……、どうやらボクは逮捕されたみたいだ。「ああ。だからさっきから頭が殴られたように痛いのか」。自身の体調不良の原因が、肌感覚で分かった気がした。人生の歯車が、ギシッギシッと狂い始めた音が、耳を澄まさなくても聞こえくる。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年2月5日 発行 初版
bb_B_00148606
bcck: http://bccks.jp/bcck/00148606/info
user: http://bccks.jp/user/121026
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
インディーズ出版を盛り上げよう! NPO法人日本独立作家同盟