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この本はタチヨミ版です。
「遅れてすいません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
とある出版社の一室。
いわゆる打ち合わせスペースに、ライトノベル作家と編集者の姿があった。
遅れてきたわりに息を乱していないあたり、まだ一作しか出版していない新人のクセに大物である。
「じゃあさっそく本題に入りましょうか」
「あ、はい。新作の原稿、どうでしたか?」
しかも二作目の原稿戻しのタイミングでの遅刻らしい。
大物というよりただのバカである。
「坂東さん、これおもしろいですよ!」
「ですよね、自信あったんです」
この男、二作目にしてこの発言である。
バカも行き過ぎて大物なのかもしれない。
ちなみにワナビとは、『Want to be〜』の略であり、小説家を目指すものに使われる略語である。時にネガティブな意味も含んでいるらしい。
「一作目よりぜんぜんいいです。いやあ、なんというか殻を破った感じがしますね!」
「ありがとうございます」
編集者の褒め言葉にニヤつくライトノベル作家。もとい、坂東太郎。
単純な男である。
褒め言葉から入った後はきっちりダメ出しされるのに。
とはいえ一作目の怒濤のダメ出しと比べると、その内容は軽いものであった。
褒め言葉は社交辞令ではなかったようだ。
ダメ出しが少ない分打ち合わせはスムーズに終わり、交遊を深めるという意味での雑談タイムに入る。
本題の打ち合わせより雑談タイムの方が長いのはいつものことである。
「そういえば坂東さんが打ち合わせに遅れるって珍しいですね。何かあったんですか?」
「あ、それ聞いちゃいますか? 話せば長くなるんですけど……」
いかにも聞かれるのを待っていました、とばかりに話しはじめる坂東太郎。
というか仕事のアポイントで遅刻したら、理由を言うのは当然だろう。
聞かなければ言わないつもりだったのか。
さすが大物……ではなく元ニートである。
ともあれ、坂東太郎は語りはじめる。
遅刻した理由を。
殻を破った理由を。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「太郎、荷物が届いてたよ。重かったから玄関に置きっぱなしにしたけど」
「ああ、ありがとう。おお、これは!」
コンビニから帰ってきた俺は、母親の言葉で玄関の段ボール箱に飛びつく。
宛先は間違いなく坂東太郎。
そして差出人は、この冬、俺が何度もやり取りした出版社。
中身を察した俺は急いでガムテープをはがす。
焦りすぎて送り状が破れたのはご愛嬌だろう。たぶん。
中に入っていたのは俺の予想通りの物だった。
著者献本。
俺の、ワナビだった俺の、最初の、本。
「おお、おおおおおおお!」
文庫本を抱いて奇声を発する俺を、笑えるワナビはいないだろう。
俺が書いた、俺の本。
初めての打ち合わせは半信半疑で、その場で出版契約書を交わしてもらったのにそれでも信じられなくて、表紙が上がってもイラストを見ても、原稿をチェックしても、校了しても、『残念、ウソでした!』といつか言われるんじゃないかと思っていた。
俺の本。
いや待てまだ本屋に並んでるのを見た訳じゃない、なんて心の声は聞こえない。
いつまで出し続けられるのかね、なんて声も聞こえない。
俺の気持ちがわかるのは、自分が書いた本を手にした者だけだろう。
抱きしめていた文庫本を体から離して表紙を撫でる。
ちなみに表紙は女の子のイラストだ。
俺の頭の中にしかいなかった女の子を、イラストレーターさんがカタチにしてくれたものだ。
女の子を撫でる俺の指は創造の喜びで、決して性的なアレじゃない。
断じて違う。キモくもない。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年2月5日 発行 初版
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