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「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆など青空文庫
に置かれているものを「文字文学」としてまとめました。

薄田 泣菫(すすきだ きゅうきん、1877年(明治10年)5月19日 - 1945年(昭和20年)10月9日)は、日本の詩人・随筆家。本名、淳介(じゅんすけ)。『暮笛集』『白羊宮』などで島崎藤村、土井晩翠の後を継ぐ浪漫派詩人として登場。また、象徴派詩人として蒲原有明と併称された。大正以後は詩作を離れ、『茶話』『艸木虫魚』などの随筆集を書いた。(Wikipediaより)

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楽書

『茶話 大正五(一九一六)年』より

薄田泣菫



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楽書らくがき

9・13(夕)




 京都といふ土地は妙な習慣のあるところで、少し文字をつた男が四五人集まると、屹度きつと画箋紙ぐわせんし画絹ゑきぬをのべて寄書よせがきをする。亡くなつた上田敏博士は、そんな時にはきまつたやうに、ヘラクリトスの、
「万法流転」
といふことばを書きつけたが、それが少し堅過ぎると思はれる場合には、『松の葉』のなかから、気の利いた小唄を拾つて来てそれをさら/\と書きつけた。
 博士は詩歌もうまかつたし、警句にも富んでゐたから、自分の頭から出たそんな物を書きつけたらよかりさうなものだのに、うしたものか、何時でも「万法流転」と『松の葉』の小唄を借用してゐた。
 むかし王羲之わうぎし蕺山しふざんといふところに住んでゐた頃、近所に団扇売うちはうりばあさんがゐた。六角の団扇で一寸洒落た恰好をしてゐた。ある時王羲之のうちへも売りに来たが、こゝの主人は、唯の一本も買はないで、加之おまけにその団扇へべた/\楽書をした。(どこの国でも文学者や画家ゑかきなどいふてあひは、滅多に物をはないで、直ぐ楽書をしたがるものなのだ。)
 それを見ると、ばあさんは火のやうにおこつて、折角の売物を代なしにした、是非引取つて貰はうと懸合つたが、王羲之は黙つて財布をつてみせた。財布には散銭ばらせん一つ鳴つてゐなかつた。
「何そんなに怒るがものは無いさ、わしの楽書だと言つたら、誰でもが手を出すよ。」
 王羲之は落着き払つてこんな事を言つた。
 ばあさんはぶつくさぼやきながらも出て往つたが、町へ持つて出ると、色々な人がたかつて来た。
「なに王羲之の楽書だつて。」
と言つて、めい/\ふんだくり合ひをして、高い値段で引取つて往つた。
 姥さんはにこ/\もので帰つて来た。そして六角団扇をしこたま抱へ込んで、また王羲之のもとへやつて来た。
「さ、遠慮なしに、も一度楽書をして呉れさつしやれ。その代りには気に入つたのを一本お前さんに進ぜるからの。」
と言つたが、今度は王羲之の方が相手にならなかつた。
 王羲之がどんな文句をなすつたか、私はその団扇を買はなかつたから、そこ迄は知らない。

底本:「完本 茶話 上」」冨山房百科文庫、冨山房
   1983(昭和58)年1125日第1刷発行
   1984(昭和59)年1115日第8刷発行
底本の親本:「大阪毎日新聞」
   1916(大正5)年4月12日〜1222
初出:「大阪毎日新聞」
   1916(大正5)年4月12日〜1222
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「6月30日」、「7月28日」に「(夕)」がないのは、底本通りです。
※〔〕内の編集者による注記は省略しました。
※底本凡例に、「内容は別個で題を同じくする作品は題名の直下に*印を付し、*印の数の違いによって弁別することとした」とあります。
入力:kompass
校正:仙酔ゑびす
2013年5月7日作成
2014年6月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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楽書(『茶話』より)

2017年2月25日 発行 初版

著  者:薄田泣菫
発  行:type.center出版

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