「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆など青空文庫
に置かれているものを「文字文学」としてまとめました。
坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説や推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。(Wikipediaより)
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いろは加留多には「ン」がない。多分ンで始まる言葉がないからだらう。ところが、四五年前、ンで始まる金言を発見したから、ついでに「いろは加留多」を作らうかと思つた。そのうちに忘れてしまつたけれども、又、正月が近づいたから、思ひだした。ンの金言を発見した次第は、次のやうなものである。
北原武夫が都新聞の文芸記者をやつてゐたときの話である。都の匿名欄には僕も時々書いてゐたが、題と匿名は編輯者に委せて、僕がこしらへたことはなかつた。
匿名も同じものを続けてゐると、忽ち看破られる。そのうへ知らない読者には、匿名だけが一本立で歩くやうになり、書いてる本人は、ねざめのいゝ話ではない。それで、ひところ、編輯者の方で、しよつちう匿名を変へてゐたこともある。
ところで、話は「アリマセン」の「ン」であるが、アリマセンなら何でもないが、ンだけ一つ切離して言つてごらんと言はれると、降参する。腹に力をいれて「ン」と言つてみると三分の二ぐらゐ風になつて洩れたやうで、甚だたよりない。つまり一語分の資格に欠けてゐるのである。だから、これを真正直に発音した方で、拍子が抜けて、「ン」の奴に馬鹿にされたやうな、間の抜けた感じなのだ。
ふと、このことに気がついたから、然らば、ひとつ、天下のインテリ共を「ン」の字でもつて飜弄し、みんなに「ン」の字を発音させて、厭世感を深めさせてくれたら、さだめし面白からうと考へた。雑作もないことだ。都新聞に「ン」の匿名で書けばよい。翌朝、僕がまだ寝てゐるうちに、厭世者が続出してゐることになる。そこで、原稿を拵へて、意気揚々、都新聞社へでかけた。
「ねえ、君」と、僕は得意になつて北原に言つた。「この匿名を読んでごらん。拍子抜けがするだらう。一人前の字ぢやないんだね。張合がなくて、甜められたやうな、なさけない気持にならないかね。だから、君、読者をみんな悩ましてやるのさ」
北原は原稿を睨んでゐたが、暫く黙然、怪訝な顔をしてゐる。
「これはウンといふ字だね?」
「え?」
「ウンといふ字ぢやないのか?」
北原は自分が間違つたのぢやないかと赧らみながら言つたが、僕はピストルでやられてゐた。ンをウンと読む奴があらうとは! なるほど、ウンなら一人前だ。をかしくもなんともない。僕は意気消沈したが、世の中は北原ばかりぢやない。慌て者もゐることだから、と、しみつたれた根性で、一回だけこの匿名を使つてしまつた。いろは加留多の条件を覆す大金言を発見したのは、まさしく、この時のことなのである。
「ンをウンと読む利巧者」
底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「現代文学 第四巻第一〇号」大観堂
1941(昭和16)年11月30日発行
初出:「現代文学 第四巻第一〇号」大観堂
1941(昭和16)年11月30日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2008年9月16日作成
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2017年2月25日 発行 初版
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