シナリオセンター大阪校
〒532-0011
大阪市淀川区西中島4-3-22
新大阪長谷ビル7F
06-6304-9524
http://scenario-center.com/
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○小学校・教室
生徒達が授業を受けている。
黒板に「タイムカプセル製作」の文字。
先生の目を盗み、ひそひそ話をしてい
る西尾和人(12)と永松宏伸(12)。
永松「じゃ、誰? このクラスの女子か?」
真っ赤になり、領く西尾。
永松「俺の好きな子も教えるから、セーノで
指さそう。いいか、セーノ……」
同じ方向を指さす2人。
その先に座っている岩崎理沙(12)。
驚き、笑い合う西尾と永松。
永松、ふと机の原稿用紙を見る。
永松「そうだ! タイムカプセルに、あいつ
宛てのラブレター入れようぜ」
西尾「え?」
永松「あいつ、10年後に見たら驚くぜ!!」
にっこり笑う西尾。書き始める2人。
○葬儀場
葬儀が行われている。
飾られている永松の写真。
参列している、詰め襟姿の西尾(13)。
少し離れた所にセーラー服姿の理沙(13)。
西尾、理沙を見つめ、やがて出て行く。
○小学校・校庭
地面を堀り返している西尾。
やがて、中から箱を取り出し、続いて
一編の作文を取り出す。
○岩崎家・玄関
立っている西尾。中から出てくる理沙。
理沙「西尾君!!どこ行ってたの!?」
黙って作文を差し出す西尾。
表紙には『10年後の君へ 永松宏伸』。
受け取り、読み始める理沙。
西尾「あいつ、お前の事好きだった……今さ
ら伝えても、どうにもならないけど……せ
めて忘れないでやって欲しいと思って……」
読み終える理沙。西尾を見る。
理沙「あなたも、私の事好きなの?」
西尾「え?」
声に出して読み始める理沙。
理沙「10年後の理沙。君はきっと美人になっ
て男に不自由してないだろうが、すぐ側に
もいい男がいる事を忘れるな。その名前は
西尾。奴は一生お前を愛せる奇特な男で……」
西尾「あいつめ……」
理沙「今度、2人でお墓参り行かなきやね」
にっこり笑い、領く西尾。
○京都中央卸売市場水産棟・セリ場(早朝)
リンの音。そこここにたつセリ。その
一つを仕切っている新庄晴海(30)。
晴海「はい、サンマル、九七番!」
少し元気のない晴海の様子を気にしな
がら参加している三浦繁久(32)。
× × ×
セリ引けの後、三浦が晴海に近づく。
三浦「晴海。お前に話あんのやけど、ちょっ
といいか?」
晴海「待って、何か、気分悪い……」
晴海、口を押さえて座り込む。
三浦「晴海! おい、大丈夫か?」
○同・通路(早朝)
三浦が晴海を介抱している。
三浦「妊娠?」
晴海、小さく領く。
三浦「ほんで、父親は?」
晴海「亡くなってん。先月、事故で」
しばし、沈黙が流れる。
三浦「それで、お前、どうする気なん?」
晴海「どうするって、もちろん産むつもりや。
産んで、一人で育てる」
三浦「そんな、一人でって……」
晴海「そやかて、この子はあの人が生きてた
ゆうたった一つの証やもん」
晴海、きっぱりした顔。見つめる三浦。
○同・魚繁商店・中
三浦、座りこんで溜め息。懐から小
さなケースを取り出し、中の指輪を
見る。
○同・セリ場(早朝)
晴海がセリ台に上がって、リンを鳴
らす。仲買人達が集まる。
三浦が指輪を掲げて、駆け寄る。
三浦「晴海や! 晴海をまるごともらう!」
晴海、驚いて三浦の方を見る。
晴海「アホ。何ゆうてんの。あんた、知っ
てるやろ? 私のお腹には他の男の子供
がおんねんで」
三浦「子持ちの時が旬ゆう魚はなんばでも
おる。それ見極められんかったとあっち
ゃ、男魚繁、一生の不覚や!」
晴海「繁ちゃん……」
仲買人A「記帳係、晴海は魚繁って、しっ
かり書いとけ!」
周囲から一斉に暖かい笑いと柏手。
涙ぐむ晴海と照れる三浦。
○コロンビア大学記念ホール・中
舞台への階段を上がる高野慎二(35)
の背中。
○(回想)ホテル・ハノイのバー・中(夜)
思いつめた表情の高野がカウンター席
に座り、カウンター端に座っていた今
村渡(38)が近寄って来る。
今村「国際通信のエースがシケた顔だな」
高野、眩しそうに今村を見上げて、
高野「今村……、今回ばかりは俺の見当違い
か?……どうだ首都ハノイのこの平和ムー
ド……IP通信のあんたの同僚も浮かれて
たぜ」
今村 「中国国境軍の動きが気になるのか?」
高野、むすっとして正面を向く。
一方、今村は高野に体を向けて、
今村「どうやら、キナ臭さを嗅ぎ取ってるの
は俺たちだけだぜ、またしてもな……」
高野、グラスを飲み干し深く息を吐き、
高野「そうさ、他社の連中はアメリカとの通
商条約締結準備に来てるヤンキーの尻を追
い駆け回してるよ。国境ばかりに気が行く
俺は能ナシで、明後日には本国送還さ…」
今村、やれやれ、という顔。
今村「なあ、俺達はいつでも能ナシなのさ。
高野……、向こうの国境軍は明朝動く、条
約締結を背中から威嚇しようってんだ」
高野、驚いて今村の方へ向き直る。
今村「お前も冴えてるぜ! ピュリッツァー
賞は俺が先だ。そん時ゃシャンパンシャワ
ーを頼むぜ、特大のマグナムでな……」
○(回想)べトナム国境付近の野原(早朝)
平原に集結する部隊。
高野領いてカメラを抱え、屈んで進む。
赤い星を付けた狙撃兵、高野を狙う。
今村、狙撃兵に気付き、とっさに立ち
上がり、高野に向かって走る。
銃声何発か、振り返った高野、息をの
むが、すぐカメラを構える。
シャッターを切る音、倒れる今村の姿。
我に返った高野、今村に駆け寄る。
血に染まった今村、弱々しく笑って、
今村「撮ったか、俺を、それでいい……」
高野「だめだ! お前マグナムで、シャンパ
ン・シャワーをって! こんな所でだめだっ
ーー」
○元のコロンビア大学記念ホール・中
ライトを浴びたスーツ姿の高野、目頭
を押さえるが、すぐ毅然と頭を上げ、
高野「(英語で)今世紀最後のピユリッツァ
ー、記念すべき栄誉は、亡き今村渡と共に」
○紀夫のアパートの部屋・中(夜)
堤祥子(38)が鞄に洋服を詰めている。
茫然と見ている池上紀夫(35)。
紀夫「どういうことだ? 出てくって」
祥子「飽きたのよ、こんな退屈な生活」
紀夫、祥子の手から鞄を引ったくり、
紀夫「ウソだろ? そんな素振り、全然……」
紀夫、祥子の手から鞄を取り返して、
祥子「鈍感なのよ、あんた。私がどれだけ、
この生活に嫌気がさしてたか、わかんない
んだから」
紀夫「だって、昨日も二人で食事に……」
祥子「もう、うんざりなの! こんな退屈な
生活も、それ以上に退屈なあんたもね!」
紀夫、祥子の頬を叩く。
哀しそうな表情の紀夫、飛び出してい
く。入れ替わりに入ってくる飛田(55)。
祥子「お待たせしました」
両手を飛田に差し出す。
飛田、首を振り、
飛田「ええ。おまえが無駄な抵抗せんのは、
わかっとる。長いつき合いやからな」
祥子「感謝してます。時間くれて」
飛田、部屋の中を見回しながら、
飛田「それにしても、今回は手こずったわ。
まさか、おまえがこんなとこにおるとは、
思わんかった。金目のものがある部屋には
見えんけどな」
祥子、笑いながら、
祥子「ある訳ないじゃないですか。こんな部
屋に」
畳の上に水滴が落ちる。祥子の涙。
祥子「あんな不器用な人、初めて見ましたよ。
何するにも要領悪くて。お弁当買いに来ても
注文するのはいっつも最後。あれじゃ、お金
なんて貯まる訳ないですよ」
涙の止まらない祥子。
飛田「おまえ、もしかして……。よかったんか?
あんな別れ方して」
祥子「言える訳ないでしょう。結婚詐欺師だなん
て。男を騙して、お金を巻き上げて生きてきた
なんて」
祥子、泣き笑いの表情。見つめる飛田。
○酒屋・前(夜)
ビールや酒の自動販売機が並んでいる。
その前で酔いつぶれている紀夫。
通り過ぎていくパトカー。中に祥子と
飛田の姿。
○ビル崩壊現場
多くのレスキユー隊員たちが、怪我人
を運んだり、捜索したりしている。
その中に三浦隆(25)の姿がある。
レスキユー犬が瓦礫の山に登って吠え
ている。それに気づき、駆け寄る三浦。
三浦「(犬に)タロー、今度は本当だよな」
三浦、しっぽを振る犬を撫でる。
三浦「(瓦礫の中に向かって)お-い! 誰
かいませんか-返事してくださ-い-!」
三浦、耳をそばだてて返事を待つが、
返事はない。
三浦「いますか? 何か合図してくださ-い」
やはり返事がない。三浦、既に別の瓦
礫の上で吠えている犬を、ため息まじ
りに見つめて、歩き出そうとする。と、
コツコツと小さな音が聞こえ、振返る。
瓦礫の中から、再びコツコツと鳴る。
三浦「(慌てて瓦礫に近寄り) 大丈夫です
か?! すぐに助けますから、待ってて下さ
い」
三浦、人を呼びに行こうとした時、
西村桜(25)の声「……ここにいて。そのま
ま」
三浦、驚いてまた瓦礫に近づく。
桜の声「……このまま少し話していたいの、
たぶんこれが最後の会話になると思うから」
三浦「大丈夫ですよ。助かります、きっと……」
三浦、瓦礫を見回すが、桜がどの辺に
埋まっているのかわからず、唇を噛む。
桜の声「私は西村桜と言います。あなたは?」
三浦「三浦隆です。どこか痛むところは?」
桜の声「……全然……痛みも麻痺しているみ
たい」
三浦、瓦礫の隙間を見つけ、奥を見つ
める。そこに何か赤いものがある。
桜の声「……突然来るのね……死ぬ瞬間って」
三浦「まだわからない。サヨナラ逆転ホーム
ランって可能性もあります!」
桜の声「(一層か細く)……ありがと、三浦
さん」
三浦「(叫んで)西村さん?! 西
村桜さん!」
別のレスキユー隊員がその声に振返る。
桜の声「赤いエナメルの靴……お気に入りな
の」
三浦「……赤いエナメル? (と思案する)」
桜の声「遺体で発見された時の……私の……
目印」
三浦、はっとしてもう一度瓦礫の奥を
見ると、それは赤いエナメルであった。
レスキユー隊員たちが三浦の元へ来る。
三浦「(隊員に)ここに隙間がある。あの赤
い靴が目印だ! あそこに彼女がいる!」
レスキユー隊員たち「よし! まかせとけ!」
三浦「赤い靴、君が生きて履いている姿を見
たい。大丈夫。俺たちが助け出す。きっと!」
○曙屋・外観 (夜)
鴨川近くの小さなお茶屋。
一八六八年・冬・京都
○同・二階の一室・中 (夜)
上沢鏡吾(24)に寄り添って座る琴乃
(24)。鏡吾、格子窓の外の夜景をじ
っと寂しげに見つめている。
琴乃「……祇園の見おさめどすか?」
鏡吾「(驚き) おまん、何で……」
琴乃「お座敷で耳にしました。土佐を脱藩し
た若い人達が、薩摩、長州といっしょに、
幕府相手に戟をおこしはる、て」
鏡吾「坂本さん、中岡さんの志を引き継ぐん
じゃき。日本の夜明けのためぜよ。わしら
がこの国救うんじゃ!」
琴乃「目の前の女一人救うこともできんお人
が、何でこの国を救えんのんどす」
鏡吾「ベ、べこのかあ! ヘリクツ言うな!」
琴乃「うちはあんたを救えます!」
琴乃、鏡吾を押し倒す。
鏡吾「(驚き)な、何するきに!?」
琴乃「あんたに抱かれるんやおへん。今夜は
うちがあんたを抱くんどす」
琴乃、鏡吾の手を自分の胸元に導く。
鏡吾「琴乃……やめえ……決心が鈍るきに……
それがおまんの狙いかよ」
琴乃「違います。うちがなんぼくるおしゅう
抱いても、あんたは夜が開ける前に姿を消
してしまわはる。ほんならせめて、もう一
ペんうち を欲しゅうなって戻って来はる
ように、はしたないくらい強う抱くんどす。
うちの身体は死土産やあらしまへんえ!」
鏡吾「琴乃……」
琴乃「志ゆえの立派な死にかたも、うちから
見たらただの犬死にや。みっとものうても
ええ、どんな卑怯な手使わはってもええ、
惚れた男はんには生きとってほしいんや!」
涙があふれる琴乃、それを鏡吾に悟ら
れないよう立ち上がり、背を向ける。
琴乃「堪忍しとくれやす。言葉がすぎました
……ただ……(静かに)うちは日本の夜明
けの事はようわからん。そやけど、生きて
戻らはったあんたと、もう一ペんこの場所
で、祇園の夜明けを見たいんどす……」
寂しく微笑む琴乃の横顔、涙がつたう。
鏡吾、ゆっくりと立ち上がり、琴乃を
後ろからやさしく抱きしめる。
鏡吾「……おまんには、負けたぜよ……」
格子窓の外では満月が輝いている。
○関西チーターズ球場・グラウンド (夜)
ベンチから、バンザイしてマウンドに
駆け寄る選手達。
マウンド上では桜樹将(20)が、キャ
ッチャーに抱き上げられている。
スタンドは地鳴りのような大歓声。
将達が監督を胴上げする。
続いて将が胴上げされる。
将の目に映る満天の星空。
将の声「……追いついたぜ、親父……」
○同・客席(夜)
無人の客席に秋原隆(58)と、一枚の
写真を手にした私服の将が座っている。
写真では、チーターズ・ユニフォーム
姿の将の父が、2歳の将を抱いている。
隆「よくやってくれたぜ。お前の親父さんも
大投手だったけど……」
将「俺、親父の記憶って一つもないんですよ。
なんせ18年前の優勝の次の日、事故で死んで
るし。写真やプレゼントは一杯あるけど」
隆「お祝い好きの男でよ……、お前の生まれ
た日にノーヒットノーランしたんだぜ」
将「それ、テレビの特集で見ました」
将、星空を見上げる。
将「俺ね、ずっと親父の写真とかビデオとか
見て育ったんですよ。親父を目標にここま
で来れた。けど本当は、一度でいいから親
父にも、頑張った俺を見て欲しかったなあ」
隆「……」
将「(テレて)……なんて、いい年して甘っ
たれてますね」
隆、視線を足元に移す。
隆「……俺の娘に会ってくれねえか?」
将「は?」
隆「今、後ろにいるんだけどよ」
将、振り向く。
少し離れて秋原空(29)が立っている。
穏やかな表情の優しそうな女性。
空、将に頭を下げ、将の隣の席に来る。
空「空といいます。あの事故の後、将さんの
お父様に角膜を譲って頂きました」
将「えっ!?」
空「その時の約束なんです。『息子が20歳
になったら、この目でその晴れ姿を見に行
ってやってくれ。俺の息子だから立派にや
ってると思うが』って」
呆然と空の瞳を凝視する将。
空「この目はお父様の目です。将さんを見守
る為、ここに生きていらっしゃるのです」
見開かれた将の目から涙が溢れ出す。
○国道2号線尼崎付近(夜)
走る車は疎らである。
そこを一台のカローラが猛スピードで
駆け抜けている。
○車の中(夜)
岡田透(30)が脂汗を流し
車を運転している。
岡田はバックミラーをチラッと見て岡
田花(27)に話しかける。
岡田「おい花! 耐えられるか! 生まれん
のか!」
花は後部座席に座って悶えている。が、
小刻みに2回頷く。
岡田「もうすぐだから! な、花!」
岡田がアクセルを踏み込む。
交差点にさしかかり右方向から横断し
ようとする車が岡田の車の行く手を遮
ろうとしている。
岡田はそれに気づき、急ブレーキを踏
む。
岡田「うわぁーっ!」
○国道2号線尼崎付近交差点(夜)
衝突した2台の車が無残にも大破して
いる。その周りを救急車やパトカーが
囲み、救急隊員は救助を警察は無線で
やりとりや、交通整備に忙しく動いて
いる。
野次馬も騒いでいる。
救急隊員「白のセダンから男性一名、女性一
名、赤のスポーツカーから男性一名、以上
三名死亡確認しました」
救急隊員「了解。即刻尼崎市立病院へ直行」
救急隊員は頷く。
○救急車運転席(夜)
救急隊員はドアを開け運転席に乗り込
み無線機を取ろうとする。その時野次
馬の一人が叫ぶのが聞こえる。
野次馬「なんか車の下で動いてんぞー!」
救急隊員は驚き窓の外の車を見る。
○国道2号線尼崎付近交差点事故現場(夜)
そこにいる全員が車の下を見つめ騒然
としている中、救急隊員が駆け寄りそ
の何かを抱き上げる。
血まみれの赤ん坊である。息も微かで
ある。そこにいる全員が静まり返って
救急隊員とその赤ん坊を見つめている。
突然救急隊員が赤ん坊の尻を叩き出す。
みんなそれを見て呆然としている。
その時、赤ん坊が生まれ立ての声で泣
き出し体を激しく動かし始める。
○救急救命センター・病室棟・廊下
横田康子(55)と白衣の男性が廊下を
歩いている。康子、深々とお辞儀して
男性と別れ、ある病室の前に来て、深
呼吸ひとつ、勢いよくドアを開ける。
○同・病室
暗い病室内。ベッドに横田健一(59)。
入って来るなり朗らかに喋りだす康子。
康子「ごっめーん、遅くなりました。やだ、
暗い部屋。ねね、これ、見事でしょ。角の
田中さんがお庭に咲いてたの切ってくれた
のよ、お父さんにって。あっ、今日は恵と
幸一も、後から顔出してくれますから」
畳みかけるように喋りながら、ブライ
ンドを上げたり、花を飾ったり、忙し
く手を動かす康子。
康子「そうそう、恵んとこの葵ちゃん、幼稚
園のクリスマス会で白雪姫役だって。葵、
可愛いから。隔世遺伝かしらね。見に行く…
…」
口をつぐむ康子。静かになった病室に
心電図の機械音だけが冷たく響く。多
数の管につながれて横たわる健一の姿。
康子「ね、久しぶりにアレ、スプーンしよ」
康子、静寂を振り払うように明るく言
うが早いか、健一のベッドに滑り込む。
康子「ふふ、言い出しっぺはどっちでしたっ
け。ふたつのお匙が重なるように、ぴった
り寄り添うから、スプーンって」
管に阻まれ、上手く寄り添えない康子。
康子「スプーンあっての私達よね。だって、
人の温もりって饒舌だから。でなきゃ、誰
がこんな口下手な人と30年も、ねえ」
なんとか健一の横に体を収める康子。
康子「窮屈だけど勘弁ね。管が邪魔で……怒っ
てる? 怒ってるわよね。お父さん、無意味
な延命治療は嫌だって、昔言ってたもの」
健一から伸びる管をじっと眺める康子。
康子「喜んでね…明日、管、抜きます」
康子、笑おうとするが、溢れる涙。
○同・廊下
ドアの隙間から病室内を覗く横田幸一
(29)、立川恵(31)が現れ、幸一に
声をかけようとするが、幸一、それを
制する。訝しげに病室を覗きハッとす
る恵。そっと場を離れる恵と幸一。
○同・病室
康子、健一に頬を寄せ、目をつむる。
康子「今夜はずっとこうしていましょうね。お
父さん、あったかい…」
康子と健一、穏やかな笑みを湛えてる。
○梅村家・台所(夜)
6畳間に続く古い小さな台所。すぐ横
の玄関脇に食べ残しの惣菜パックが詰
まったゴミ袋。流し台にも食べ残しの
惣菜と処方薬の袋。梅村辰子(66)が
大量の薬を一気に口に入れ飲み干す。
冷蔵庫にバツ印のついた7月のカレン
ダー。辰子、19日にバツをつける。21
日に丸がつき、入院と書いてある。
側にオードリー・ヘプバーンがベスパ
に乗り微笑むブロマイド。語りかける
辰子。
辰子「ローマにはとうとう行けなかったねぇ」
辰子、残った惣菜をゴミ袋に捨てる。
○後藤家・中(朝)
8畳の洋室に台所が付いた奇麗な部屋。
二宮俊(23)が目玉焼を3個焼いてい
る。
後藤理沙(23)が思い詰めた表情で、
トーストなどが乗った食卓に座っている。
理沙「俊ちゃん……やっぱり私、生みたい」
二宮「朝っぱらから何だよ。またその話かよ」
理沙「折角授かった命なんだよ」
二宮、3個の目玉焼きを見つめる。
二宮「俺、仕事も無いし……父親になる自信
なんかねえよ」
理沙「でもね、俊ちゃん……」
二宮「ああ、もう! 食う気なくした!」
二宮、部屋を飛び出していく。
理沙、寂しげに二宮が閉めた扉を見る。
固焼きになった目玉焼きが焦げている。
○クリーニング店・前(朝)
理沙が店のシャッターを開けている。
辰子がぼんやりと前を通りかかる。
理沙「あ、お早うございます、梅村さん。ク
リーニング、とっくに仕上がってますよ」
辰子「ああ、あれね。悪いけど処分しちゃっ
てくれる? もういらないから」
エッと驚く理沙を残して、辰子、去る。
○コンビニ・中(朝)
おにぎり売場の辰子、表の駐車場で二
宮が白いベスパから降りるのを目にす
る。手にしたおにぎりをギュ~ッと握
り締め、ベスパに釘付けになる辰子。
辰子、入って来た二宮をねめ回す。
二宮、怪訝な顔で首をかしげる。
○同・駐車場(朝)
辰子がベスパに見惚れている。
辰子「(呟く)やっと本物に会えたじゃないか」
硝子越しに二宮が就職情報誌を立読み
しているのが見える。
辰子「(ニンマリして)なるほど。プー太郎か」
二宮が出てきて、エンジンをかける。
辰子近づき、腹を押さえて蹲る。
辰子「あ、痛、痛、いたたたた……」
二宮、驚いて辰子を見る。他に誰かい
ないかとキョロキョロするが、駐車場
には辰子と二宮しかいない。
辰子「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!」
二宮、仕方なく辰子に歩み寄る。
二宮「どうしました? 大丈夫ですか?!」
辰子「(苦しげに)すまないけど、あんたのス
クーターで、病院まで直行しておくれよ」
二宮「えっ? これっすか? そんなの危な
いっすよ。今、救急車呼びますから」
辰子「いいから、いいから! それに乗せて!
病院の場所は分ってるから」
○路上(朝)
二宮と辰子、疾走するベスパに。
二宮「(大声で)ほんとに大丈夫ですか?
しっかり捕まっててくださいよ!」
辰子「(嬉しげに)はいはい」
○ゲームセンター・前 (朝)
二宮、辰子をベスパから降ろす。
二宮「本当にこの辺なんすか? 病院」
辰子「おかしいね。確かこの辺のはずだけど」
辰子、ゲームセンターの入口に歩み寄る。
顔が口を開けた機械がある。
辰子「あった、あった」
二宮「えっ?」
辰子「真実の口。何か後ろめたい事があると、
手が抜けなくなるやつさ」
二宮「あのね、おばあちゃん。今病院を……」
辰子「(遮って)ローマの休日。見た事ある?」
二宮「ええ、まあ。つーか、もう治ってるじ
ゃないですか。痛み、治まったんですね」
辰子「あんた、入れてみなさいよ」
二宮「はい?」
辰子「何もやましい事がなければ、入れられ
るはずだよ」
二宮、一瞬ギョッとなる。
二宮「つーか、これただの手相占いですよ。あ
の、もう治ったんなら、俺行きますから」
辰子「あ、痛! 痛た。また痛くなってきた」
二宮「もう、勘弁してくださいよ~」
○公園・中
噴水のそばで、笑顔の辰子とうんざり
顔の二宮がソフトクリームを食べてい
る。
辰子「誰かと一緒に食べると、美味しいねえ」
二宮「(憮然と)お腹痛どうなったんですか?」
辰子「これ食べ終わったら、また痛くなるよ」
二宮「あの俺、仕事ありますから。ご家族に
連絡して、迎えに来てもらいましょうよ」
辰子「そんなもん、いないよ」
二宮「どうしてそういう嘘つくかな~!」
辰子「嘘なもんかい。筋金入りの一人暮しさ。
若い頃はそれが気楽でよかったんだけどね。
プライドばっかし高くて、自分勝手で。で
も年とると堪えるよ。一人っていうのも」
二宮「……」
辰子「家族や友人はね、宝物なんだよ」
二宮「……」
○路上(夕)
海岸線を走るベスパ。
二宮「(大声で)畜生! 何でこうなるんだよ!」
辰子「(ニコニコと大声で)どうせ失業中だ
ろ! 付き合いなさい! (小声で深刻に)
あの世まで付き合えとは、言わないからさ」
○展望駐車場(夕)
海が見渡せる岸壁の誰もいない駐車場。
鍵のついたベスパを置いて、辰子と二
宮が並んで海を見ている。
辰子「ホスピスって知ってるかい?」
二宮「はい?」
辰子「死ぬのを待つ人が入る所。楽に死ねる
そうだよ…… 私ね、明日から入院するの」
二宮「またまたぁ、そんな事言っちゃって」
辰子「……な~んてね。何か、喉渇いたね」
二宮「もう、脅かさないで下さいよ。じゃ、
俺ちょっと買ってきます」
二宮、離れたところにある自販機で、
飲物を買っている。ベスパのエンジン
音が響く。振返ると、辰子がベスパで
海の方に突進していく。
二宮「?!」
二宮、追いつき、ベスパから辰子を引
き降ろす。倒れる辰子と二宮とベスパ。
二宮「(荒い息で)こ、こんなシーン、ロー
マの休日には、なかったっすよ!」
辰子「(荒い息で)死ぬの待つくらいなら、
自分で死んだ方がましだよ!」
二宮「何言ってんすか! 折角授かった命、
自分で消すなんてダメですよ!」
二宮、オロオロと泣き出す辰子の肩を
優しく抱き寄せる。
○梅村家・台所(夜)
パスタを作っている二宮を、辰子が奥
の卓袱台で嬉しそうに見ている。
二宮「ったく、腹が減ってるから、ロクな事
考えないんすよ」
辰子「手作り料理なんて何年ぶりだろうねぇ」
二宮、ふと冷蔵庫のカレンダーを見て、
二宮「本当に入院するんすか? そんな所に」
辰子「自分のいるべき所くらい、分ってるよ」
玄関でノックの音。二宮、火を止めて
扉を開けると理沙がクリーニングを手
に立っている。アッと驚く二宮と理沙。
○同・6畳間(夜)
辰子、二宮、理沙が食卓を囲んでいる。
理沙「もう、クリーニングいらないなんて変
な事言うから、心配したんですよ」
辰子「悪かったねぇ。でもお陰で、こんなに
賑やかに晩ごはん頂けて、最高だよ」
○同・台所(夜)
二宮と理沙が並んで食器を洗っている。
ギクシャクとした雰囲気。二人、小声で、
二宮「俺、まじで仕事探すよ」
理沙「えっ?」
二宮「だから、生んでくれよ」
理沙「俊ちゃん……」
二宮「折角授かった命だもんな」
○梅村家のアパート・前(朝)
タクシーが待っている。
小型かばんを持った辰子が出てきて、
不安げにアパートを仰ぎ見る。意を決
してタクシーに乗ろうとする辰子、ベ
スパのエンジンの音に顔を上げる。
二宮がベスパでやって来る。
辰子「あんた、何で……」
二宮「送って行きますよ。じゃなきゃ、見舞
いにも行けないじゃないっすか」
辰子、驚くが、パッと笑顔になる。
二宮「そんでもって(ベスパを叩き)こいつ
でまたここに戻って来るんすよ、王女さま」
辰子「(プッと噴出し)はいはい」
○路上(朝)
二宮と辰子を乗せたベスパが颯爽と走る。
○山本食堂・前(夜)
小さな町の古い食堂。店頭に『当店は
12月31日で閉店致します』の張り紙。
客を送り出している山本博信(55)。
山本「ありがとうございました。よいお年を」
暖簾を下げ、じっとみつめる山本。
山本「(ため息まじりに)終わった……」
聡子の声「白髪、増えたね。お父さん」
山本、振向くと山本聡子(25)と山本
武(5)。しばし沈黙する山本と聡子。
○同・中(夜)
山本に続き、聡子、武中に入って来る。
山本、紅白歌合戦のテレビを消す。
聡子「(明るく)座って……いい?」
山本「……もう、閉店やねんけどな」
聡子「武です。もう、5歳になりました」
武、恥ずかしそうに聡子の影に隠れる。
山本「年越そばしかないんやけど。お客さん」
聡子「お父さん……!」
山本、厨房に行きそばを作り始める。
山本「ぼうず、これ食うたらお帰り……」
武、座ってそばを食べ始める。
聡子「お父さん、どうして店閉めるの?ね、
何かあったの?体?一人で大丈夫なの?」
山本「ヤイヤイ言うな! 店の金に手ぇつけ
て、男と出て行ったあほんだらが!」
聡子「(絶句)!ごめん……私、アホやった!
あの男とは……二年前に……別れました」
聡子、涙で言葉がつまる。山本、座っ
て煙草に火をつけようとするが、手が
震え火がつけられない。
武「ママぁ、大丈夫? おいしいよ。これ」
武、聡子にそばを差し出す。
武「これ、ママのおそばと同じ味がする」
聡子が武を抱きしめる手、荒れている。
聡子「ママのおそばが、この味と同じなの」
山本、武と聡子をじっと見つめる。
聡子「会わせる顔ないのに…ごめん」
山本、聡子の前に震える手を出す。
山本「……パーキンソン病や。手が震えてう
まく使われへん。一人やと無理なんや。食堂」
聡子「お父さん……」
山本「けど……二人やったら……、なんとか
なるかもしれんな。食堂……」
聡子「お父さん!」
山本「(ボソッと)やってみるか……もう一度」
遠くで新年を告げる鐘の音が聞こえる。
○宮田家・リビング
仏壇に手をあわせている喪服姿の宮田
結子(36)と本村正子(57)。
宮田彰(35)の遺影。
正子「彰さんが亡くなって1年経つのね……」
結子「……」
正子「あんた、また痩せたんじゃない? も
うそろそろ、ふっ切らないと」
結子「(さえぎり)ほっといてよ」
正子「……あんたの笑った顔、随分見てない
わ」
結子「そんな気に、なれる訳ないじゃない……」
目を伏せる結子。
○同・台所(夜)
洗い物をしている結子。しんどそうに
自分の肩を揉む。
食べ終えた食器を運んで来た宮田舞
(12)、それを見て、
舞「ママ! ちゃんと舞のチケット使ってよ」
結子「チケット? ……ああ、母の日にくれた」
舞「そう、肩叩きチケット!」
○同・リビング(夜)
結子の肩を叩いている舞。
傍らの菓子箱、手製の肩叩きチケット
が山のように入っている。
舞「ママ……今日が何の日か知ってる?」
結子、カレンダーを見て、
結子「今日? クリスマスはまだだし……あっ」
舞「舞の誕生日」
結子「ゴメン……ママったら。明日、お祝いし
よう。プレゼント、何欲しい?」
舞「実は、もう用意してあるの」
結子「え?」
舞、仏壇の下から菓子箱を出して
舞「ママは、これを舞にプレゼントして」
結子「またチケット? 一体何させられるかし
ら……」
結子、箱の蓋を開けてみる。中には、
”スマイル”と書かれたチケットの山。
舞「スマイルチケット。それを使ったら、マ
マは笑顔になるのよ」
結子「舞……」
舞、チケットを一枚取出すと結子に渡
し、
舞「はい、ママ」
手製チケットのスマイルマーク。受け
取り、泣き出してしまう結子。
舞「(おろおろして)ママ、どうして泣くの」
結子「ゴメン、舞。笑顔だね、笑顔……」
泣き笑いする結子。
○浜田家・リビング(夜)
クリスマスの飾りつけがされた室内。
部屋の隅に浜田正也の遺影。
チキンやケーキなどを食べた後の皿を浜田瞳
(32)が片付けている。テレビを見て
いる浜田実(8)。
瞳「実、早く寝ないとサンタさん来ないよ」
実「早く寝てもサンタは来ないよ」
実、正也の遺影を見ながら
実「みんな言ってる。サンタはお父さんだっ
て。だから家には来ない。絶対に」
寂しく俯く実。実を見つめる瞳。
玄関チャイムの音。
○同・玄関(夜)
覗き穴を見ると、小さく微笑み頷く
瞳。
実「誰?」
瞳、微笑んだままドアを開ける。
サンタの格好の浜田正也(35)が入る。
実「(驚いて)お父さん!?」
正也「メリークリスマス!」
正也、実に大きなプレゼントを渡す。
実「何で? 病気で死んだはずなのに……」
正也「ああ。でもな、父さんどうしても実に
会いたくて。だから神様にお願いしたんだ。
そしたら、見ろよこの格好。これで会いに
行けるだろって」
満面の笑みの正也。瞳も笑顔。
実、正也を見て寂しそうに俯く。
実「……そっか。ありがと、おじさん」
正也「え?」
実「真也おじさんでしょ。だってパパと双子
だもん。パパのふりなんて簡単だよね」
正也「(実に手を伸ばしながら)……実」
実「帰って!!」
実、プレゼントを壁に投げつけ、部屋
に行こうとする。実の手を掴む瞳。
瞳「待って、実。ごめん、母さんが軽はずみ
だった。真也さんも本当にごめんなさい」
携帯音。着信は真也。不思議そうな表
情を浮かべながら電話に出る瞳。
真也の声「ごめん、義姉さん。道が混んでて、
後1時間位かかりそうなんだ」
瞳「何言ってるの? あなたは今ここに……」
正也を見る瞳と実。正也の体が徐々に
透けていく。驚く瞳と実。
瞳「……正也……さん!?」
正也「(微笑んで)瞳、実、メリークリスマ
ス」
完全に消える正也。プレゼントのリボン
が小さく揺れている。
○ヘアサロン・ヴィータ外観(夜)
ガラス張りの店、照明が点り人影が見
えるが、扉に“close”の札。
○同・店内(夜)
投げやりな表情で床にモップをかけな
がら、携帯電話で話す祐(27)。
祐「ここで認められるんが夢やったけんども、
年明け実家帰りよったら…そのまま向うで」
祐、扉を開けた純江(73)に気付く。
祐「あっ、すまん……また後でかけるけん」
祐、純江に向かい事務的に頭を下げる。
祐「申し訳ありません、もう閉店なんで」
純江「え? でも電気が、ああ」
片付けられた店内を見て納得する純江。
祐「明日以降のご予約でしたら、承りますが」
純江「寂しげに)いえ、いいわ」
扉を閉める純江、雪が降り始める。祐、
仕方ないという表情で扉を開ける。
祐「あの、もしカットだけでもよかったら」
純江、パッと明るい笑顔で振り向く。
× × ×
鏡に向かう純江の、白髪の目立つ癖毛を、
顎の下辺りでカットする祐。
祐「(鏡の純江に)いかがですか?」
純江「(ハニカミながら)もっと上です」
少し戸惑いながらも、純江のうなじ辺
りに鋏を入れる祐。
× × ×
純江が被るケープに髪束が落ちてゆく。
純江「あの……もうちょっと上」
祐「え? でも」
純江「思いきって雑誌の切り抜きを出し)
この髪型に!……一回やってみたかったの」
祐「ローマの休日、オードリーヘップバーン」
純江「十七の時、映画見てから……おかしい?」
祐「(慌てて首を振り)似合うと思います」
純江「(喜び)お世辞でも嬉しい! ……こ
れで思い残すことなしに、明日入院できる
わ」
祐「(鋏の手が止まる)え?」
純江「簡単な検査、でも……一人で支度して
たら、居ても立ってもいられなくなって……
こんな時間に、ここだけ電気が灯ってたか
ら」
祐「髪、黒くしましょう! お体辛くなければ」
純江「体は全然、でも……これ以上のご無理」
祐「その代わり、退院されたら、必ずまた来
てください、で、僕を指名してください」
純江「頷き)じゃあ、年明け、退院したら」
祐「はい、年明け、お待ちしております!」
元気に、純江のケープを掛け代える祐。
○鹿沼家・ダイニング・キッチン
久美(30)が紅茶を噴き出し澄子(57)
に、
久美「母さんが離婚! 誰と!」
澄子「バカね。お父さんと決まってるでしょ」
久美「何で? どうしてよ、急に?」
澄子「お父さんは来月で定年よ。私に無関心
な人とこれから先、死ぬまで一緒に暮らす
なんて耐えられないからね」
○私鉄駅・構内の喫茶店・中
助役姿の雄一(60)が珈琲を噴き出し
て、
雄一「そんな……俺が何をした!」
久美「定年離婚って多いんだよ……今度文楽
を一緒に見に行った時、父さんが髪型が変
わったのに気づくかどうか。それが母さん
からの最後のテストなんだって」
雄一「そんなバカな……」
久美「離婚されたくなかったら、『その髪型
いいね』って必ず母さんに言うんだよ」
○国立劇場・小劇場・中
舞台を観る久美を隣の雄一が見つめる。
久美「(囁いて)何よ?」
雄一が慌てて左右に首を振る
○住宅地・道(夜)
澄子が立ち止まって雄一に、
澄子「家に帰る前に私に何か言う事ないの?」
雄一「何かって……いや……」
澄子「そう……何もないならいいけど」
澄子が歩き出す
雄一「(慌てて)ま、待ってくれ」
澄子「何? 言いたい事があるなら早く言っ
て」
雄一「言えないんだよ! どうしても! ず
っとお前を見てきたはずなのに、今日の髪
型がいつもと違うなんて俺には思えないん
だ」
澄子「それが本心?」
雄一「ああ。今、ここで嘘を言ってごまかし
ても、この先、上手くいくわけないだろ」
澄子「ピンポーン! 正解です」
雄一「へっ?」
澄子「私は髪型を変えていませんでした。久
美の事だから必ずあなたに話すと思った」
雄一「どういう事だよ?」
澄子「私はほめて欲しかったんじゃない。本
当はあなたが私をちゃんと見てくれてるの
か、それを確かめたかったの」
雄一「俺はテストに受かったのか?」
澄子「うん……帰ろう」
澄子が雄一と腕を組んで歩き出す。
◯オープンカフェ・外
地味な見た目の三谷誠(24)と派手な
服装の川口結衣(23)が座っている。
誠「……もしも、もしもだけど鼻毛とかが出
てたらちゃんと言って欲しい?」
結衣「え、何、急に。嫌だよ絶対」
誠「でも、もし本当にそういうことが」
結衣「もし、そうなら。女性に鼻毛が出てま
すよ。なんて言う男は最低。絶対に無理。
何でそんな話すんの? 鼻毛でてる?」
誠「違う。全然出てないよ」
結衣は手鏡で自分の顔を見る。
結衣「それとなくさとすのが男の役目だよ」
誠「それとなく、か……」
結衣「それとなく臭いセリフとか言われたい」
誠「臭い?」
◯大谷歯科・診察室
誠と大谷正志(45)が対面で座ってい
る。
大谷「それははっきり言った方が良いですね」
誠「無理ですよ。そんな」
大谷「そんなに臭いですか、その人の口は」
誠「はい。ドブのにおいがします。……でも
それ以外は完璧なんです。僕なんか到底及
ばない雲の上の存在で」
大谷「とりあえずこれで計ってみてください」
大谷は誠に小さい口臭計測器を渡す。
大谷「数値が1000を超える場合は治療し
た方が良いです……相手のためですから」
誠は計測器を見つめている。
◯アパート・誠の部屋(夜)
6畳ひと間の部屋。机とベッドがあり
誠が口臭計測器の説明書を読んでいる。
インターホンが鳴り、計測器を隠す誠。
× × ×
結衣がベッドでくつろいでいる。
誠はフリスクを取り出して一つ食べる。
誠「フリスクいる?」
結衣「私はいいよ」
誠「そう……」
誠はマウススプレーを出して自分の口
の中にかけて、結衣をチラッと見る。
結衣「わかりやす」
誠「え? 何が?」
結衣は目を閉じ、顔を前に出す。
誠「えっと、あの、ちょっと、深呼吸して」
結衣は目を閉じたまま深呼吸をする。
誠は計測器を出し結衣の口に近づける。
計測器の数値表示は『3450』
誠は驚いた顔で計測器を隠す。
誠「……ごめん」
結衣は目を開けてうつむく。
誠「あのさ、聞いて……結衣はすごく綺麗で
かわいくて僕にはもったいないぐらいで」
結衣「うん」
誠「いやあの、だから思うんだけど、なんて
いうか結衣の口がさあ、最近だよ。ほんと
最近なんだけど。ちょっとなーと思って」
結衣「口?」
誠「うん。結衣の口が……臭いんだ。すごく」
誠は言い切ってうつむく。
結衣「え?」
誠「装置があって。1000以上がアウトな
んだって。でも今計ったら3450だって、ち
ょっと高すぎない? 生ゴミと同じだって」
誠は笑って計測器を結衣に見せる。
結衣「……計ったの?」
誠「うん。いや違う。病気かもしれないから。
それとなくなんて無理だし、でもこのまま
だったら結衣のためにもならないし」
結衣「……わかった。ありがと」
結衣は鞄を持って玄関に向かう。
誠「待って。やっぱ僕の鼻がおかしいんだよ。
鼻の骨折るから。やっぱ結衣は完璧だよ」
出て行く結衣を追って誠は靴を履く。
◯道(夜)
早歩きの結衣の横に誠が追いつく。
誠「じゃあどうすればよかった? 何が正解
だった? 黙っとけば良かった?」
結衣「だからありがとうって言ったじゃん。
しつこいよ。あんたもう要らないの」
誠「僕は結衣が必要なんだ」
結衣はイラついて立ち止まる。
結衣「私、自分でもそこそこの女だってわか
ってんの。でも昔から何でか、ずっとフラ
れてきて、今やっとその理由がわかった。
私、口臭かったんだよずっと。親には言わ
れたことあったけど、あんたみたいなの相
手してんのも、全部そのせいだったんだわ」
誠「……じゃあずっと」
結衣「どいて!」
結衣は誠を押しのけ、早足で歩き出す。
誠は泣きそうになりながら振り返る。
誠「……確かに、臭いよ。確かに臭いけど、
臭いけど愛してる! 僕は臭いけど結衣を
愛してるんだ!! わあああああ!!」
結衣は驚いて、余計に早足になる。
誠は泣き叫び、地面に崩れ落ちる。
○金田家・居間(夕)
金田藤子(65)が洗濯物を畳んでいる。
ポケットから紙くずが出てくる。
藤子「何かしら。哲平の字だわ」
つなぎ合わせ、何かに気付く。
○金田家・玄関(昼)
金田哲平(33)が出かける準備をして
いる哲平の背中越しに
藤子「彼女、いるなら紹介してよ。あんたも
そろそろいい歳なんだから。お話好きで一
緒にこの店手伝ってくれる娘だといいわぁ」
哲平「あぁ……まぁそのうち……。いってき
ます」
振り返らず出ていく。首を傾げる藤子。
○レストラン
テーブル席に哲平と里中美月(27)が
食事をしている。楽しげにメモを書い
て読み合っている。
二人の様子を奥のカウンターからじっ
と隠れながら藤子が見ている。
藤子「はーんあの子ね。哲平にしては良い娘
捕まえたじゃない。でも何してるのかしら」
哲平が席を立つ。
待っている間美月はメモを見て嬉しそ
うに微笑んでいる。
食器の割れる音がする。
美月の後ろの席でグラスが割れ赤ワイ
ンが床に広がっている。
店員が駆け付け周りが騒然としている
が美月はメモを見たまま何も気付いて
いない。店員が話しかけても応じない
藤子「そういうことか…。だから紙に…」
セロテープで繋ぎ合わせた紙くずを広
げる。結婚しようと書いてある。
○金田家・居間(夜)
哲平「ただいま」
藤子「おかえり。プロポーズ出来た?」
哲平「あ、あのさ。実はそのことで話したい
ことが」
○金田家・居間
二人、改まった様子で正座している。
哲平「会話出来ないんだ、彼女。実は耳が」
藤子「聞こえなくてもお話してじゃない」
哲平「え…?」
藤子「こうやってメモ書いてお話してたでしょ」
藤子は机の上にお菓子の入っていた箱
を出す。蓋を開けると沢山の手紙。
藤子「お父さんはね、無口で寡黙な人だった
けどこうやって大事なことは手紙にしてく
れたのよ」
哲平「こんなに…」
藤子「プロポーズも手紙でね。金田文具店で
一番可愛い便せん使って、こーんな大きな
花束と一緒に」
哲平「あの親父が?」
藤子「すごく嬉しかったし幸せだった。今で
もたまに読み返してドキドキしたりして」
二人、仏壇に視線を送る。
藤子「あの娘のことが大事なんでしょ?」
哲平「(力強く)うん」
藤子「わかった。だったらちゃんとウチにお
嫁に来てくださいって書きなさい。あん
な汚い紙切れなんかじゃなくて」
ピンクの花柄のカードを出す。
藤子、にっと笑い
藤子「当店イチオシです」
哲平「ありがとう。え、でもなんで? なん
で知ってるの?」
困惑する哲平を見て大笑いする藤子。
○駅前(昼)
美月が歩いてくる。哲平の姿を見つ
けると笑顔で手を振る。
哲平も笑顔で片手を挙げて応える。
背中にピンクの花柄のカードが入った
大きな花束を隠している。
○病院・病室内(朝)
入口に「506号室・原田元哉」のプ
レート。
心拍チェッカーの音が響く一人部屋。
窓の外は空が白みかけている。
ベッドに様々なチューブや呼吸補助の
マスクが着けられた原田元哉(58)が
横たわり、生命維持の為の機器類が取
り囲む。
ベッド脇に原田剛志(36)
が元哉を見つめて立っている。
扉が開き、原田さつき(26)が息を切
らせて入口に立つ。
さつき「お父さん……」
言ってベッドに走り寄るさつき。
さつきの肩に手を乗せる剛志。
剛志「今、眠ったところだ」
さつき「お兄ちゃん、お父さん大丈夫なの?」
目を逸らしてから目を瞑る剛志。
さつき、泣きそうな顔になり
さつき「こんな時に深雪姉ちゃん何してるの?」
元哉の手を握るさつき。
剛志のスーツの胸ポケで携帯が鳴る。
入口に向かいながら剛志が画面を確認
すると「深雪」の文字。
剛志、受信して耳に当てて
剛志「(大きくない声で)深雪? 今どこだ?
……え? 鹿児島?」
◯出水高雄野・ツル展望センター前
何もない雪原に三階建ての低い展望台。
駐車場に数台の車が並び、屋根に雪が
積もり、近くには三脚に望遠カメラを
構えたカメラマン達が雪原に並んでい
る。
深雪、カメラを構えたまま、携帯を手
に
深雪「もうすぐなの。テレビ電話にするから」
スマホを操作する深雪。
◯病院・病室内(朝)
剛志の持つ携帯に深雪の顔が映る。
深雪の声「お父さんにこれを見せてあげて!」
画面には、雪原に立つ一万五千羽の鶴
が時折声を上げる映像。
深雪の声「お父さんが大好きだったふるさと
の出水の鶴だよ!」
剛志「親父!」
言って元哉の傍に駆け寄り携帯画面を
見せて元哉を揺さぶる剛志。
元哉がゆっくりと薄目を開けると、鶴
がひと際大きな声を上げて朝日の注ぐ
雪原に一斉に飛び立っていく。
元哉の目尻から涙が流れる。
◯名東医大付属病院・廊下
クリスマスグッズに飾られた廊下。行
き交う患者や看護師たち。
ニット帽を被った車椅子の男、椚榮一
(38)がやってきて、看護師A(女)
の尻を軽く触る。
看護師A、小さな悲鳴を上げ、椚に
看護師A「もー椚さんったら!怒りますよー」
椚、笑いながら後方の看護師Aにピー
スサインを送る。
凛花の声「(怒り声で)何してるんですか?」
椚、前を見ると、童顔小柄の女、横岡
凛花(25)がムッとした表情
で立っている。
椚「……よ! 横綱せーんせい」
凛花「横綱じゃありません。横岡です」
◯同・屋上
ベンチに凛花、凛花横に車椅子に乗っ
た椚。凛花と椚の吐く息が白い。
凛花「……痩せましたね」
椚「だろ? 惚れ直したか?」
凛花「はぁ? 何言ってるんですか?」
椚「別に照れなくてもいいだろ?」
凛花「照れてません。貴方があまりにも非現
実的な事を言ったので、呆れただけですー」
椚「ふーん。素直じゃないねー」
凛花、ムッとして
凛花「何で貴方はいつもそうなんですか?」
椚「?」
凛花「大事なことは全てはぐらかして、自分
の弱みを一切見せない……」
ゆっくりと俯く椚。
凛花「あれですか? 人に心配をかけない俺
カッコいいとでも思ってんですか?うわっ
だっさー。ひっくー。言っときますけどそ
んなの流行りませんからね、今時」
椚「……ごめん、悪かった!」
と深々と頭を下げる椚。
凛花「あ、謝られても困りますから」
椚「なーんて言うと思ったか横綱!」
凛花「はぁ~? はぁ~!? 最悪! マジ最
悪!!」
椚を叩き出す凛花。
椚「痛って! お前、病人に張り手とか相撲
取り失格だぞー」
凛花「うっさいバカ! ふざけんな!! もう!
……ホンット嫌い!」
涙目の凛花。
椚「(困り気味に)なんだよ、そんな事言う
ためにここ来たのか?」
凛花「そうよ文句ある? 私は彼方の事が嫌
いなんです! そのふてぶてしい顔も!
人を馬鹿にしたような態度も!見てるだけ
で頭に来るんです!」
椚「へいへい、そうですか」
凛花「……あなた、言いましたよね、私に嫌
がらせすんのが生きがいだって。だったら
ずっと私の側にいなさいよ! こんなとこ
ろで死ぬんじゃないわよ!!」
と椚の膝で泣き崩れる凛花。
椚、微笑み、凛花の頭を優しく撫でる。
椚「ありがとな……」
◯国立体育館・前
蝉の鳴き声。大相撲七月場所の旗。腕
を組み待つ凛花の元に椚がやってくる。
凛花「遅い!もう何してたの?」
椚「ごめんごめん、天気予報観ててさ」
凛花「天気予報って5分も掛からないじゃな
い! もう何でそんな見え透いた嘘付くか
な」
不意に椚に口付けをされ照れる凛花。
椚「行こっか」
手を繋ぎ歩いて行く凛花と椚の姿。
◯大阪・戎橋(夜)
戎橋の上には多くの人々がたむろし、
ビルに設置された街頭モニターを見つ
めている。
モニターは野球を中継している。
モニター音声「西岡守備妨害! 阪神敗れる!
福岡ソフトバンク日本一!」
多くの人々がざわめき、罵声やため息
が聞こえる。
男の声「何が守備妨害やねん!」
女の声「審判、金もろてるんちゃうか?」
戎橋の中央欄干付近、モニターに背を
向け話し込む、柳原優也(22)と島
本ますみ(20)。
ますみは左目の周りに青黒いアザを作
っている。
ますみに語気を荒らげる柳原。
柳原「またどつかれたんか!?」
ますみ、左目を押さえ、うつむく。
欄干を背にするますみに「壁ドン」す
る柳原。血走った眼。
柳原「なんであんなDV男と別れへんねん! お
前が不幸になるだけやろ!?」
うつむいているますみ、小声で
ますみ「だってあの人、時々は働いてくれる
し、時々は優しいし……」
更にもう一方の手で「壁ドン」する柳
原。
柳原「そんなもんはホンマの愛とちゃう!
今から俺がホンマの愛を見せたる!」
上着を脱ぎ始める柳原。
目を見開き、オロオロするますみ。
柳原「大阪湾は、女の涙が流れ着く場所や」
上半身裸になる柳原、ジーンズのベル
トに手をかける。
柳原「今までお前が流してきた涙、俺が全部
拾い集めてきたる」
ジーンズも靴も靴下も脱ぐ柳原、パン
ツ一枚になる。
柳原とますみの周りの人々がザワザワ
と騒ぎ始める。
ますみの肩をポンと叩く柳原、戎橋の
欄干をよじ登り始める。
柳原を見上げるますみ、震える声で
ますみ「何をするのん、優也……」
欄干の上に立つ柳原、ますみを見下ろ
しながら叫ぶ。
柳原「阪神は負けたけど、お前はお前の人生
に負けるな!お前は俺にとって日本一の女
や!」
戎橋の欄干から道頓堀川へダイブする
柳原、着水後、猛スピードで大阪湾の
方向へ泳ぎ始める。
多くの人々が、道頓堀川を泳ぐ柳原を
見つめている。
男の声「阪神負けたのに、何を飛び込んどる
ねん、あいつ……」
女の声「ソフトバンクファンちゃうの?」
戎橋から、遠くなってゆく柳原を見つ
めるますみ、慌てて柳原の衣類をかき
集め、それを懐へ抱きかかえる。
ますみ「優也のアホ……」
◯同・道頓堀川の川岸(夜)
戎橋からスロープを下り、道頓堀川の
川岸へ降りるますみ、猛スピードで泳
ぎ続ける柳原を走って追いかける。
ますみ「優也のアホ!」
髪を振り乱し走るますみ、涙を流しな
がら、表情は微笑みに変わる。
○大阪駅・ホーム(朝)
乗客が並んでいる。
大阪環状線のオレンジ色の電車が線路
に入って来て停まる。
N「私は大阪環状線を走る電車103系」
扉が開き、コートを着た中年の会社員
やOLが車内から押し出されるように
ホームに降りて来る。
N「今日が最後のルーティンワーク」
○走る103系の車内(朝)
吊り革を持つ若くてイケメンの会社員
がスマホで英字新聞を読んでいる。
N「仮に人間の姿で私を表すとしたら、彼が
最も近いだろう」
窓ガラス越しに大阪城が見える。
大阪城のN「あほゆうな! こっちや、こっ
ち」
口を開けて寝ているOL。
N「私は仕事中に居眠りなど絶対にしない!!」
大阪城のN「はっはっはっ! すまんすまん!
今日で最後やろ? 今までご苦労さん」
N「お前はいいよなー。古くなったらリニュ
ーアルされて。俺はお払い箱だよ……」
○鶴橋駅・線路(朝)
側面にローマ字で「OSAKA POWER
ROOP」の文字。大阪環状線の沿線風
景や、名所祭事などが書かれた電車が
停まっている。
反対車線に103系が入って来て停ま
る。
N「毎日毎日、停まっては走っての繰り返し。
私の人生は一体何だったのか……」
スーツを着た中年の男性会社員が、1
03系の先頭に向かって深々と頭を下
げる。
N「何だ? おっさんどうした?」
男性会社員、携帯電話で103系の写
真を撮る。
N「えー!! あっちじゃなくて私を撮るのか?
それとも、あっちはもう撮ったから、つい
でに私も撮ろうって魂胆か!」
男性会社員「2014年12月25日、本日をも
って私は会社を定年退職します。35年間お
世話になりました。有難うございました」
N「……おっさん、あんたは私の誇りだ。役
に立てて嬉しいよ。メリークリスマス」
男性会社員、103系に一礼して改札
へ歩いて行く。
103系、汽笛を鳴らして発進する。
◯大阪駅・全景
建造物に囲まれた巨大な駅の全景。
◯同・三番線ホーム
屋根から下げられた「大阪」の駅名看
板。
隣のホームで流れる「やっぱ好きやね
ん」の発車メロディが聞こえる。
人気のないホーム端の駅員詰所前で、
しゃがみ込んで俯いている西島央太
(30)と、園市左武(24)。
園市、不安そうな顔を西島に向ける。
園市「じゃ、兄さんは津奈美姉さんの出した
離婚届に、判子押してもたんですか?」
西島「……うん」
園市「それで、コンビも解散?」
西島「……うん」
園市「ピンでやってけるんですか? 兄さん」
西島「やってける訳ないやろ!」
西島、顔を歪める。
西島「俺は私生活でも舞台の上でも、津奈美
がおってナンボなんや……でも、どないも
ならへん。どないしてええか、分からん」
苦しそうな顔で、うなだれる西島。
津奈美の声「何しょうもない事、言うとんや」
西島、ギョッとした顔を上げる。
西島の目の前で、仁王立ちしている淀
川奈津美(29)。ニコリと
笑っている。
津奈美を見上げ、青ざめる西島。
西島「……何で、津奈美がここにおんねん」
園市「あ、僕が電話で呼んだんですわ。話す
るか思て……・言い忘れてましたけど」
西島、目を見開き、園市を見る。
西島「そういう大事な事は、早よ言えよ!」
津奈美、西島の胸倉を掴み、立たせる。
津奈美の笑顔から、目を逸らす西島。
津奈美「うちに何や、話あるんやて?」
西島「いや……あの……その……別に、何も」
津奈美「芸人やろ! ちゃんとしゃべれや!」
津奈美、怒りの形相に変わり、西島の
胸倉を掴んだまま体を急反転させる。
西島、反動で空中に投げ飛ばされ、綺
麗な放物線を描き、地面に激突する。
園市「姉さん!暴力はあきまへん!」
立ち上がる園市を、睨みつける津奈美。
園市「は、はい! すんませんでした!」
園市、直立不動の姿勢で硬直する。
地面を這って、逃げようとする西島。
津奈美「ホンマ、あんたイライラするわ!」
津奈美、西島の背中にドスンと腰を下
ろし、右腕で西島の首を締め上げる。
えび反りになり、目を白黒させる西島。
津奈美「いつもうちの欲しい言葉は、何一つ
言うてくれん!いらんボケばっかりや!」
西島、目を見開く。ゴキッと音が響く。
右腕を解き、立ち上がる津奈美。
津奈美「ホンマ、あんたとはやっとれんわ」
津奈美、西島に背を向け、目尻を拭く。
咳き込みながら、仰向けになる西島。
西島「……ホンマ、お前の、言う通りやな、
津奈美……何か、俺、目ぇ覚めたわ……」
西島、痛みに顔を歪めて、苦笑いする。
西島「今更やけど、俺について来いよ……」
背を向けたまま、顔を上げる津奈美。
津奈美「……アホ。顔、見せられへんやんか」
津奈美、そのまま歩き去る。
園市「わぁぁ兄さん! 生きてまっか!」
泣きながら西島に駆け寄る園市。
仰向けのまま、顔を歪めて笑う西島。
「やっぱ好きやねん」の発車メロディ
が聞こえる。
○高麗橋通(夜)
大店が建ち並ぶ中に『河越屋』の看
板。
T「元禄十七年(西暦1704年)大
坂・高麗橋通」
○河越屋・母屋・縁側 (夜)
女中、走り回りながら、
女中「お夏様! お夏様!」
河越屋希兵衛(21)、来て、
希兵衛「どないした」
女中「お夏様が、居りませんのです」
希兵衛、夏の部屋の障子を開ける。掛
けられた花嫁衣装が、夜風に揺れる。
希兵衛「……」
家の人々が「何の騒ぎや」「どないし
た」と集まって来る。希兵衛、そっと
去る。
○河辺の土手 (夜)
月明りに煌めく水面。梅の花弁が舞う。
希兵衛、来て、斜面に人影を見付け、
そっと近付く。人影は河越屋夏(17)。
夏「もうすぐ、渡って行くんや」
水際に鴨の群れ。
夏「やけど、鳥は迷わんと、又戻って来る」
希兵衛「……」
夏「待ってた。兄さまは、ここに探しに来る
筈やから」
希兵衛、夏の肩に手を掛け振り向かせ、
希兵衛「ええ加減にせえ」
と、頬を叩く。夏、睨み返す。
希兵衛「最初は好きになれんでも、過ごす内
に情が湧く。夫婦とはそういうもんなんや」
夏「嫌や」
希兵衛「甘えんな」
と、腕を掴む。夏、振り解こうとして、
躓きよろめく。希兵衛、抱き抱える。
夏「好いとる人と一緒になりたい」
希兵衛「やからそれは」
と、両手で夏の肩を押えて引き離す。
夏「何で。何で、兄さんを好いたらあかん」
希兵衛「道理や。鳥も道理に従い迷わず戻る」
夏、身を翻し、背を向け、
夏「しゃあないんか」
希兵衛「しゃあない」
夏「来世」
希兵衛「来世?」
夏「来世では、兄、妹にはならんやろ。探す。
兄さんの生まれ変わりを」
「お夏様」「お夏」と捜索の声。希兵衛、声
の方を見る。提灯の灯が揺れている。
希兵衛「ほな、今生では道理に従うて、嫁に行く
んやな」
夏「嫌や」
希兵衛「!」
夏「さき行って待ってる」
と、土手を下り、河へ入ろうとする。
希兵衛「あほ」
と、跳びつく。抱き合って転がる二人。
鴨の群れが飛び立つ。
「誰かおるぞ」の声と共に、提灯の灯
が向かって来る。
夏「何度連れ戻されてもおんなじや」
希兵衛「……」
夏「ごめん」
希兵衛「……」
夏「何で。何で私、こんなんやろ。何で私一
人だけ、道理に従えん迷い鳥なんや」
希兵衛「……」
夏「幸せになりたかった」
希兵衛「……」
希兵衛、夏を抱きしめる。近づく提灯。
希兵衛、立って夏の手を引き走り去る。
○十三駅東口・前
人はまばらである。
高崎冨美(70)が高崎重信(74)と腕
を組み、よろよろと歩いている。
冨美、重信立ち止まり、十三駅を見上
げながら
冨美「ここで最後やで」
重信、いぶかし気に
重信「なんやここは?」
冨美、微笑み
冨美「十三駅。よぉここでデートの待ち合わ
せしたんやで。懐かしいわぁ」
重信、眉間に皺を寄せ辺りを見回す。
冨美、懐かしそうな表情で
冨美「あんた、十三駅の事をよぉとみ駅ゆう
てな。プロポーズも酔った勢いでこんなと
こで……ほんまアホやで」
重信、怒りながら冨美の手を振り払う。
重信「(大声で)お前誰や! なんで俺と腕
組んでんねん!」
周りの人々が重信をいぶかし気に見て
通り過ぎる。
冨美、小さくため息をつき
冨美「重さん……やっぱり思い出されへんか」
重信、辺りを見回しながら
重信「(大声で)ここはどこや! どこ連れ
て来てん!」
冨美「ごめんな、重さん。うちに帰ろう」
冨美、重信の肩を抱こうとする。
重信、冨美の手を振り払って
重信「やめろ! 俺に触るな!」
冨美、よろめいて地面に倒れる。
重信、ふと十三駅を見て動きを止める。
重信「とみ駅……」
冨美、立ち上がり、心配そうに重信の
元へ駆け寄る。
冨美「重さん、大丈夫かいな。そんな動いて」
重信、茫然と十三駅を見つめて
重信「(小さな声で)とみ……」
冨美、はっとして重信を見つめる。
重信、穏やかに十三駅を見つめながら
重信「懐かしいなぁ。よぉここでうちの女房
と待ち合わせしたんや」
重信、悲しそうに冨美に微笑む。
重信「もう、顔も思い出されへん……」
冨美、目を赤くしながら重信を見つめ
る。
重信、冨美を見て微笑む。
重信「あんたによう似たべっぴんさんや」
冨美、真っ赤な目で微笑む。
○荒れ果てた郊外の村(夕)
片桐義勝(26)が、古い木造住宅の入
り口で、田辺松蔵(57)から赤い紙を
手渡されている。
田辺「召集令状のお届けです」
田辺から手渡された召集令状を、片桐
は目を伏せじっと見つめる。
片桐「とうとう、僕にも……」
田辺「義勝君も遂に出征か。そう言やぁ、君
は嫁取りも控えておったね。こうなっては、
祝言を急がなければならんなぁ」
片桐は辛そうな表情で、口角だけを上
げ曖昧な笑みを見せる。
○同・畦道(夜)
畦道の周囲には、荒れた田畑が広がっ
ており、右手には、小川が流れている。
数匹の螢が飛び交う中、片桐と、その
少し後ろに浅沼千鶴(22)が歩いてい
る。
千鶴「急なお話とは何でしょう」
片桐「実は、今日赤紙を受け取りました」
千鶴は息をのみ、片桐を見つめる。
片桐「なので、単刀直入に申します。婚約は、
無かった事にして頂きたい」
千鶴「お帰りを……お待ち致しております」
片桐「いや、連日の空襲に配給の停滞。誰が
見ても戦況が思わしくないのは明らかです」
片桐は、険しい表情で千鶴を見つめる。
片桐「この状況での出征。僕には、帰る約束
が出来ない」
千鶴「それでも私は」
片桐は強い語調で、千鶴の言葉を遮る。
片桐「夫婦になってしまえば、君は僕の帰り
を待つでしょう。戦地から帰らぬ僕の帰り
を待ち続けるのでしょう」
片桐は、光の軌道を描いて飛んでいる
一匹の螢を指差しながら、千鶴を見る。
片桐「この螢を御覧なさい。この儚い光を。
命の火を燃やせるのは、ほんの束の間。君
も、その時間を無駄にしてはいけません」
千鶴「私を……私を螢にお例えなら……どう
してこれが儚い光に見えるのでしょう」
千鶴は螢を捕まえ、両手の中に閉じ込
める。千鶴は片桐に近づき、片桐の目
の前で両手を開く。
螢は、千鶴の掌の上で何度も光を点滅
させる。
千鶴「これは、あなたを想って身を焼く炎。
消そうと思っても、消せはしません」
螢が光を点滅させながら、飛び去る。
千鶴は、片桐を縋るように見つめる。
千鶴「我が身を焦がす螢を哀れと思われるな
ら、どうか、あなたを待つ事お許し下さい」
片桐は苦しげに、千鶴から目を背ける。
片桐「君はどうあっても、ここで僕を待ち続
けると言うのか」
千鶴「いいえ。いいえ! いつまでもお待ちは
致しません。お帰りにならないその時は」
片桐「その時は?」
千鶴「私があなたの元へ参ります。身の内で
燃え盛るこの火に焼かれ、焦がれ死にして、
きっと、きっとお側へ参ります」
片桐の表情が歪み、堪え切れない様に、
一歩、千鶴に向かって踏み出す。
その足元から光を放つ螢が一斉に飛び
立つ。
片桐「君には、幸せになってもらいたかった。
なのに、突き離せない僕を許してくれるか」
千鶴「既に、覚悟は決まっております」
螢の光に照らされながら、千鶴は片桐
を見つめ淡く微笑む。
片桐は、そんな千鶴の目から溢れる涙
を優しく拭う。
○国見児童公園・中(夜)
ひと気の無い公園で、無精髭を生やし
た青谷風馬(35)が俯き、月明かりに
照らされたブランコに座っている。
近づいて来た足音が青谷の前で止まる。
青谷が顔を上げると、目の前に、ショ
ルダーバックを持ち、スニーカーを履
いた糸川桜(30)が立っている。
桜「随分と捜したの。一か月もどこに居たの」
青谷「行く所なんてどこにも無いさ……。桜
も俺の会社の事、聞いてんだろ? 信頼し
てた社員に、得意先もエンジニアもごっそ
り持って行かれて潰しちまったって」
青谷は鼻で笑い、隣のブランコを指す。
青谷「折角来たんだ。まあ座れよ。生憎、も
う、こんな椅子しか用意できないけど……。
それでも思いっきり漕げばスッキリするぜ」
桜「(口ごもって)今は……、乗りたくない」
青谷「そうか……。そうだよな。これが今の
俺に用意できる精一杯の物だけど、こんな
椅子じゃあ、それが普通の反応だよな」
桜「そうじゃない! ねぇ一緒にやりなおそう」
青谷はブランコに立ち、勢い良く漕ぐ。
青谷「他人事なら、簡単に言えるよな」
青谷はブランコから飛び降り、桜の前
に立ち、歪んだ笑顔を見せる。
青谷「やり直すってさ、一体どうやって?
もう俺は何も持って無いのに。なのに俺の
代わりなら掃いて捨てるほど居るってのに!」
桜「そんな言い方しないで! 風馬以外、代
わりの無いモノだって有る!」
青谷は縋りつく桜の手を払う。
青谷「そんなモノ、どこに有るんだよ!」
青谷は桜を突き飛ばす。桜は尻もちを
つき、哀し気な目で青谷を見上げる。
桜「(沈んだ口調で)もういい。そうやって
いつまでも自分を憐れんでたらいい……。
そんな風馬と一緒に居たら……、私まで大
切なモノを無くしちゃう……」
桜は立ち上がり持っていたバッグを青
谷めがけて投げつけ、青谷に背を向け
歩き出す。
青谷は飛んで来たバックを躱す。バッ
クはブランコに当たり中身が散乱する。
青谷は、キコキコと音を立てて激しく揺
れるブランコを見つめる。
ブランコの周囲に散乱する小物の中に、
ピンク色の小熊の柄の手帳が有る。
青谷は、手帳の表紙に、『母子手帳 母・糸
川桜』と書かれているのを目にする。
青谷は、驚きに目を見開いたまま立ち竦み、
その後、手加減の無い力で自分の頬を二度殴
りつける。
青谷は、手帳を鷲掴みにし、桜の背中を追い
かける。
○国見児童公園・出口(夜)
青谷は桜に追いつくと腕を引き、振り
向かせる。
振り向いた桜は唇を噛み、目を赤くし
て滂沱の涙を流している。
青谷「やっぱ俺以外、代わりの無いモノなん
て簡単には見つからない。けど俺が俺以外
の誰にも譲りたく無いモノなら見つかった」
青谷は桜に、母子手帳を差し出す。
青谷「桜と子供は誰にも譲りたくない。譲れ
ない。だから俺の家族になってくれないか」
桜は涙を流したまま、青谷を見つめる。
桜「(涙声で)じゃ次、ここに来るときは、
今日乗れなかったブランコ、家族三人で乗
れるね。その為にも、パパは頑張らなきゃ
あね」
青谷は、真っ直ぐに桜を見つめ大きく
頷く。桜の涙が、母子手帳を濡らす。
2017年2月23日 発行 初版
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