シナリオ・センター大阪校
〒532-0011
大阪市淀川区西中島4-3-22
新大阪長谷ビル7F
06-6304-9524
http://scenario-center.com/
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○川崎家・外観
木造二階建て小さな庭付きの家。
敏江の声「ねぇ、お父さん聞いてる?」
○同・アトリエの部屋・中
十二畳の和室。水彩画が壁一面に飾っ
てある。野菜、果物の絵ばかり。
川崎敏江(63)が、正座をして話して
いる。
敏江の斜め前方に川崎雅男(62)が小
さな椅子に座り、パレットと筆を持ち
無言で数個の玉ねぎの絵を描いている。
敏江は川崎の背中に向って話している。
敏江「ほんの5、6秒やで。それを『カラス
が来るから早く網閉めて』ってワザと大き
な声で私に言うんやで。私かてそんなこと
分かってるやん。分別やからこっち開けあ
っち開けして捨てたらえぇんか知らんけど。
その度に網触りたないやん。あの網ものす
ごい汚いんやで。なぁ、聞いてる?」
川崎「……」
川崎の背中越しに玉ねぎが見える。
足元に絵の具と筆の入った水入れ。
敏江「今な、近所で変な人がいてな、その人
に抗議をしようてみんなで言うてんねん」
川崎は、筆を止める。
川崎「えっ!? 交尾?」
敏江「!? 交尾?」
川崎「言わんかったか? みんなで交尾とか」
敏江「交尾やなくて抗議!」
川崎「あ、あぁ、抗議な……」
川崎は、再び筆を動かし始める。
敏江「ほら、やっぱり聞いてへん!」
川崎「……」
敏江「……」
川崎は、筆をタクトのようにして振る。
敏江「何してんの?」
川崎「ん? しゃべる音頭とりや」
敏江「音頭とり!? ふざけんといて! あん
たの顔なんか金輪際見たない。この家出て
行ったるわ」
怒った顔をしてその場を立つ。
○同・二階一室
敏江は、トランクに衣類を詰めている。
川崎の声「(一階から)敏江」
敏江「(気にかけてくれたと思い)あっ、はぃ」
川崎の声「紅茶入れてくれへんか」
敏江は怒りを露にトランクを閉め頷く。
○真鍋家・外観
小さな一軒家。
○同・居間・中
トランクを横に置き、卓袱台を前にし
て座る敏江。対峙する真鍋キク(85)。
キク「それで、出てきたんかいな」
敏江「そうや。何年にも渡り妻の話は聞かへ
ん、相談にものらへん。これって離婚理由
に出来るってテレビで言っとったわ。つま
り扶助義務ちゅうやつの違反や」
キク「アハハ、そんな事、よー勉強したな」
敏江「法律は、弱い専業主婦の最後の砦や」
キク「さよか。あんだけ雅男さん大事にして
たのに、最後はそれかいな」
敏江「それは定年までの話や。仕事一筋で無
趣味。退職したら絶対にボケる思うてボケ
防止に水彩画勧めたんが間違いやったわ。
入選をいくつもして、今や画家気取り。個
展するんやて。私より玉ねぎの方が大切や
ねん。子供は自立したことやし、これから
は、おかあさんと暮らして親孝行するわ。
おっさんはどうでもええねん」
キク「雅男さんのお陰でこれまで幸せに暮ら
せてこれたやんないの。アホなこと言うて
んと、このお茶飲んだらサッサと帰り!」
キクは、敏江の前に茶を出す。
敏江「(ふくれて)ほんまに、腹の立つ」
○川崎家・外観(朝)
小鳥の鳴き声が聞こえる。
○川崎家・居間・中(朝)
敏江は、電話で話している。
敏江「え!? うちのお父さん頼りになるから
抗議に加わって欲しいって……近所のみな
さんが言うなら言うてみますけど……」
敏江は電話を切り、溜息をつく。
○同・アトリエの部屋・中(朝)
敏江が部屋に入ってくる。
敏江「ちょっとお父さん、相談やけど」
川崎が、イーゼルの前で両目を押さえ
苦しんでいる。
川崎「眼が痛い」
敏江「お父さん、どうしたん?」
敏江は、川崎の正面に回り手を眼から
離させる。川崎の両目が充血している。
敏江「!!」
○病院・診察室・中(朝)
敏江と川崎が、医者の前に座っている。
医者「急性緑内障です。今、眼は痛みますか?」
川崎「点眼が効いて痛みはましです。しかし、
両眼ともよく見えんのです」
医者「そうですか。二時に眼圧を測ります。
下がっていたらレーザー手術をします」
川崎「しますって、誰もまだするとは」
医者「失明しますよ、しないと」
川崎「失明?!」
医者「そうです。早ければ二十四時間以内」
敏江「そんな殺生な!何とか助けて下さい」
敏江は、深々と頭を下げる。
○同・廊下
敏江は、川崎の後ろを心配そうに歩く。
川崎は、壁に手をつきながら歩く。
長椅子の前を通り過ぎる。
敏江「お父さん、何処行くん? 椅子ここや
で」
川崎「おしっこや」
敏江「連れて行くやん」
川崎「男トイレにお前入られへんやろが」
両手で壁をつたいトイレの看板を、目
を何度も擦って確認して入る川崎。心
配そうに見ている敏江。
廊下の窓から山の景色が見える。
長椅子に座っている敏江と川崎。
敏江は、川崎の手が震えているのを見
て、その手に自分の手を重ねる。
川崎の震えが止まる。川崎は敏江を見
る。が、焦点は合ってない。
川崎「絵……描けへんようになるんかな」
敏江「絵なんかどうでもええやんか」
川崎「(肩を落として)そやな」
敏江「……ちょっとそっち向いて」
川崎は「うん」といって背を向ける。
敏江は、両手で川崎の目隠しをする。
川崎「……(ゆっくり息を吐く)お前の手、
温かいな。落ち着くわ」
敏江「(少し笑い)ちょっと元気なったやん」
川崎「カラ元気や。そないせな死んでまう」
敏江「おおげさやな。なぁ、おとうさん。怖
いと思うけど頑張ろう。私、祈っとくし。
手術中、私の手がのっかってると思ったら
落ち着くやろ。この感覚覚えとくんやで」
川崎「あぁ。もうちょっとそのまま」
敏江は、頷く。
○同・手術室
手術台に横たわる川崎。
医者「それでは、川崎さん、始めますよ」
川崎は、ごくっと唾を飲み込む。
○同・待合室・中
敏江は両手を握り目を瞑り祈っている。
敏江「成功しますように。成功しますように」
何人かの患者。全員、敏江を見ている。
医者の声「手術は四十分で終わります。四時
に、ここへきて下さい」
敏江は、目を開け時計を見る。四時。
○同・手術室・中
川崎は、窓際の椅子に、両目に包帯を
巻いて座っている。敏江が近づく。
川崎「敏江か? 手術成功や、目も痛ない」
敏江「良かったやん」
川崎「包帯取ってくれへんか」
敏江「なんも自分で、でけへんねんから」
敏江は、ゆっくり包帯を取る。川崎は
目を開け、パチパチさせる。
川崎「見える。お前の皺もよう見えるわ」
敏江「(笑顔で)そんなもん見んでええ」
○川崎家・アトリエの部屋・内(夜)
敏江と川崎が入ってきて電気をつける。
玉ねぎや筆、絵など描きかけのまま。
川崎は、イーゼルの前の椅子に座り、
数個の玉ねぎを見る。背後で見る敏江。
川崎「よし!」
川崎は、パレットに絵の具を落とす。
筆を取り、水入れに筆を入れ濡らす。
玉ねぎをじっと見て、筆で絵の具を混
ぜ、絵の具をつけ、絵を描き始める。
敏江「……」
川崎は筆を止め、振向き敏江を見る。
川崎「お前を描いたったことないな」
敏江「何を言うねんな、急に」
川崎は、イーゼルに白い画用紙をセッ
トして敏江のデッサンを始める。
敏江「え。ちょ、ちょっと(と戸惑う)」
川崎「どないしたんや。表情かたいな。いつ
もの陽気なおしゃべりの顔をしてくれ」
川崎は、筆をタクトのように振る。
敏江「またそんなことして」
川崎「ちゃうがな。お前のしゃべりがあると
筆の運びがええんや。そのお陰でいくつも
賞を獲ったんやで。これからもお前のお陰
で絵が描ける。そのお前の絵を個展で飾ら
せてもらうからな。感謝してるで。敏江」
敏江「ほんま上手いこと言うて。個展の費用
は自分で出してや。ほな、描かしたるわ」
敏江は、満面の笑顔で姿勢をただす。
○神戸市・遠景(夜)
○同・長田辺りの雀荘(夜)
麻雀に熱中している村山雅夫(30)。
○同・長田荘・全景(夜)
住宅密集地の一角。静が歌う「ねむの
木の子守歌」が重なる。
○同・村山家・寝室(夜)
村山海(5)を寝かしつけている村山
静(25)。
海「(たどたどしく歌う)ねんねのねむの木
ねむりの……(詰まって)うーん、お母ち
ゃん歌とて」
静「(微笑んで歌う)ねんねのねむの木ねむ
りの木/そっとゆすったその枝に/遠い昔
の夜の調べ/ねんねのねむの木子守歌」
眠りに落ちていく海。
○雀荘(早朝)
だらしなく眠っている村山。
カレンダー付時計、1月17日5時46分。
轟音と共に激しい揺れが襲う。飛び起
き外に出ていく村山。崩れた建物の向
こうに火の手を見つける村山。
村山「静……海……!」
駆け出していく村山。
○アパート周辺(朝)
凄まじい火の手。逃げていく人々に逆
らい、火の方へ進んでいく村山。
崩れ落ちた「長田荘」の看板。瓦礫に
なったアパートが燃えさかっている。
村山「どこだ! 静! 海!」
海の泣き声。村山、瓦礫を素手で取り
払う。海の小さな手。さらに瓦礫を取
り除き、海を引っ張り出す村山。村山、
泣きじゃくる海を抱きしめ、
村山「お母ちゃんは、中か」
頷く海。降りしきる火の粉。村山、海
を抱えると雑踏の女を捕まえ、
村山「この子を、頼む」
女「あんたは」
村山「妻が、中に……!」
女「いったらアカン!」
女を振りほどき、火の手に向かう村山。
海を抱え、火事場から逃げる女。
海「お父ちゃん! お父ちゃん! お父ちゃん!」
泣き叫ぶ海。
○神戸市・総合病院・全景
T・16年後。
○同・大部屋
大岩タツ(70)が、TVを見ている。
東日本大震災のニュース。津波に襲わ
れ、瓦礫になった町の風景。注射針を
持った海(25)が震えている。
タツ「(不審そうに)……」
○同・給湯室
うずくまり、震えている海。
白衣を着た小川直己(25)が、慌ててやって
くる。
小川「……海!」
小川、海を抱きしめる。
海「こんなところ……見られたら」
小川「ええんや。平気か……海」
海「TV見てたら、急に息が詰まって……」
小川「PTSDや……外傷後ストレス障害。
ハウスで教えてもろたやろ」
海「まさか、こんな風になるやなんて……」
小川「今日は、俺の家に来たらええ」
海に、鍵を渡す小川。
○マンション・小川の部屋・玄関~居間(夜)
一人、TVのニュースを見ている海。
東日本大震災の報道。小川が帰って来
る。
小川、TVの電源を消し、
小川「あかんやないか、また……」
海「ごめん、直己もつらいのに……」
小川「俺は大丈夫や。外科医の卵やで」
海「私は、看護師失格……」
小川「休んだらどうや、しばらく……」
海「うん。そないしよと、思てる」
小川「なんやったら、このままやめて、永久
就職でもええんやで」
海「やさしいな……直己は」
小川「お互い天涯孤独の身や。俺も、海が支
えてくれへんかったら、どないなってたか……」
写真立てを手にとる海。「あしなが育
英会ハウス」の前に並ぶ子供たちの集
合写真。写真を胸に抱く海。
海「……私、行こうと思うの」
小川「どこへ」
海「東北」
小川「……どういうことや」
海「落ちこぼれでも、一応看護師や。きっと
役に立つ……それに」
小川「……行方不明の、お父ちゃんか」
海「……テレビ、見てて思った。奇跡的に助
かった生存者……100%のうちの、1%」
小川「……どんだけ訪ねた。探して探して探
しまくって、それでも見つかれへんかった
やないか。これ以上続けても、海の傷を抉
るだけやで」
海「……お父ちゃんとお母ちゃんの故郷も、
瓦礫と火の海になっとう。お父ちゃん……
生きてたら、きっと助けにいってるはずや」
小川「万に一つやないか、そんな空しい希望…
…。俺は、海を守りたいんや」
海「ごめん直己、でも……」
小川「(海を抱きしめ)俺はな、自分の大切
なもンを、もう絶対壊されとうないんや……」
海「直己……」
○同・寝室(深夜)
小川の眠るベッドを抜け出す海。
枕元にメモ。「必ず戻ります。海」
○岩手県・合歓の木町・小学校・校庭
高台から、瓦礫と化した海辺の町を見
下ろしている村山雅夫(46)。
大木実(46)がやってくる。
大木「悔しいのう、あの大津波が船も家も命
も、何もかも浚ろぅて行きくさった」
村山「いや、まだ生きとる……。(一本の木
を指さし)ねむの木や」
大木「一本だけに、なってしもたのう。夏に
は、赤い花をざーっと町中に咲かせよった。
あの夏は、戻ってくるかのう」
村山「ああ、取り戻したる。それが、阪神大
震災で女房も娘も守れンかった俺の、せめ
てもの償いや」
村人の声「村さん、手伝ってくれや」
村山「今行く」
声のほうへ走っていく村山。
すっくと立っているねむの木。
○同・体育館(避難所)
医師団の引継ぎミーティングに参加し
ている海。
医師「感染性腸炎が増加傾向です。また、イ
ンフルエンザの患者がいたら、流行を防ぐ
ため、速やかに教室に隔離するように」
看護師たち「はい」
○同・教室
「インフルエンザ患者室」の張り紙。
子供たちばかり、布団に寝ている。
患者に薬を飲ませていく海。
ハルカ(4)、海の袖をつかんで、
ハルカ「行かないで……」
海「お母さんは?」
ハルカの目に、みるみる涙が溢れ出す。
海、ハッとして、
海「(ハルカを抱きしめ)……ごめんなさい」
ハルカ「……お歌、うたって……」
海「う……歌?」
○同・校庭
懸命に物資を運んでいる村山。
海が歌う「ねむの木の子守歌」が聞こ
えてくる。驚き、声へ視線を送る村山。
○同・廊下~教室
足早に来る村山、廊下の窓から教室を
覗く。子供達の中心で海が歌っている。
海の歌「故里の夜のねむの木は……今日も歌っ
ているでしょか……」
同じ歌詞を口ずさむ村山。
村山に気付き、廊下に出てくる海。
海「(不審そうに)何か……」
村山「いや……。昔、連れあいが、娘にこの
歌を聞かせてたこと、思い出して……」
目を伏せ、目頭を拭う村山。
海「(覗き込むように)……昔、娘さんに?」
村山「はい、幼い娘によく歌ってました。そ
れが阪神の大震災で……。神戸の長田やっ
たもんで、火の海の中、別れたきり……生
きていてくれればとそればっかり……」
海「神戸の……長田!」
うなずく村山。
海「私の両親も長田で……父は、村山雅夫。
母は静。どこかで聞いたことありませんか」
村山「……海……? あなたの名前は、村山…
…」
うなずく海。
村山「……(呟くように)海」
海「(静かに)お父、ちゃん?」
村山「海なんか?」
大きくうなずく海。
村山「(叫び)海!」
海「お父ちゃん!」
大きく手を広げる村山の胸に飛び込む
海。その、涙でぐちゃぐちゃの笑顔。
ストップモーション―
静の、ねむの木の歌声、かぶって―
× × ×
花盛りのねむの木、陽光で輝いている。
○高瀬家・居間(朝)
庭に続く硝子戸脇のテレビから情報番
組が流れ、真中にベビーベッドがある。
高瀬由理(15)、高瀬彰宏(42)のか
ける掃除機の音を煩そうに入ってきて、
由理「朝早くから、何なの」
高瀬「由理、おはよう。今日、祥子らが退院
してくるから、念入りに掃除しとかないと」
答えない由理、ベビーベッドを見て、
由理「あ、ベッドの中にゴキブリ」
高瀬、大慌てでベッドに向う。
由理「ウソだよ」
高瀬「(腹に据えかねて)由理!」
由理、居間から続く食堂に向う。
○同・食堂(朝)
由理、グラスのジュースを飲み干す。
高瀬、やってきて、
高瀬「今日は、学校も昼までだろ? 祥子た
ちも退院してくるし、早く帰ってこいよ」
由理「普通、赤ちゃん産んだら、実家に帰る
んじゃないの? 受験生だよ、わたし」
シンクに向かう由理、蛇口を捻る。勢
いよく流れ出す水。
由理「泣いて、煩くて、試験に落ちたら、お
父さんたちのせいだからね!」
由理、グラスを洗い水切りに伏せる。
高瀬「落ちるのは、自分の責任だろ。それに
何も全寮制の秀栄館高校でなくてもいいじ
ゃないか。どうして秀栄館なんだ?」
由理「いちいち理由がいる? 行きたいとこ
ろに行かせてくれればいいじゃないっ!」
高瀬「(ムッと)とにかく、早く帰ってこい
よ」
由理「わけ、ワカンナイ!!」
由理、部屋から出ていく。
玄関の扉が、強く閉まる音が響く。
○夕陽丘中学校・体育館
壁際に立つ由理、榊慶介(15)が、バ
スケットゴール板に向って、ドリブル、シュ
ートを繰り返すのを見ている。
榊「超難関の秀栄館、受けるってマジ? 何
も全寮制のところに行かなくっても……」
由理、転がってくるボールを拾って、
由理「合格すれば、家を出れるじゃない」
榊「家を出るために、受験するのか?」
由理「悪い? 新しい家族の中で、わたしの
居場所なんかあるワケないじゃない!」
榊「それって、逃げてるんじゃないか?」
由理「逃げてなんかいないわよ」
榊「オレみたくインハイ目指すとか、こう純
粋でポジティブな動機じゃなくてさ、志望
の動機が反抗心って、不純じゃねぇ?」
由理「……」
榊「それにさ、居場所をなくさせてるのは、
案外、高瀬自身じゃないのか?」
由理、ボールを強く榊に投げつけ、
由理「わかったような口、きかないで!」
扉に向かって走る由理の鞄で、二匹の
イルカのマスコットが激しく揺れる。
○墓地
花と水桶を手に歩いてくる高瀬と、高瀬咲希
(0)を抱いて歩く高瀬祥子(28)。
高瀬「何も退院の日に来なくてもいいのに」
祥子「家に帰る前に、久美子さんに由理ちゃ
んの妹を紹介しておきたかったの……」
○走る電車・中
扉に凭れて立つ由理、通学鞄のマスコ
ットに目をやる。
○(由理の回想)高瀬家・居間
T・十年前。
ランドセルに握り拳大のフエルト地の
イルカをつけている高瀬久美子(27)
を見つめている由理(5)。
由理「おかあさん、それ、なあに?」
久美子「春から小学生になる由理が、事故と
かに遭わないためのお守り。ほら、できた」
二匹のイルカを揺らしてみせる久美子。
(回想 終わり)
○元の走る電車・中
由理、マスコットを握り締めて呟く。
由理「で、お母さんが事故に遭うなんて……」
由理、コツンと額を車窓にあてる。
○墓地
住職、竹箒の手を止めて、
住職「お母さんのお参りですね」
花の入った水桶を手に歩いてくる由理、
住職に会釈して、歩いていく。
会釈を返す住職、竹箒を動かし始める。
由理の足が、止る。
由理「そこで、何、してるのよ!」
由理の視線の先で、墓に手を合わせて
いた高瀬と祥子、驚いて由理を見る。
高瀬「咲希を久美子に紹介していたんだ」
由理「お母さんには、関係ないじゃない!」
高瀬「関係ないことない! 家族じゃないか」
由理「死んだお母さんは、違うじゃない」
高瀬「何が違うんだ? お前も久美子も」
由理「(遮って)お父さんは、祥子さんとそ
の子と、新しい家族を築いたら、いいじゃ
ない! わたしのことは、放っておいて!」
高瀬「放っておけるか!」
由理「……」
高瀬「どうして、お前を放っておける……?」
由理「……」
高瀬「お前は、知らんことだが……」
祥子「彰宏さん、それは(言わないで)」
高瀬「いや、言うよ。祥子は、ここでいつも…
…、お前のことを久美子に話してる」
由理「……。どうせ、悪口でしょ」
高瀬「久美子にお前の悪口を言ってどうする!
久美子が心配するだけじゃないか」
由理、通学鞄のマスコットを見る。
高瀬「小さい子を残して逝った久美子は、心
を残しているだろうから、久美子が見るこ
とのできないお前のことを話してるんだ」
由理「そんなことして貰わなくても、お母さ
んは、わたしをいつも見てくれてるのっ!」
高瀬「なあ由理……、素直になって、新しい
家族を受け入れる気持ちを持ってくれよ」
由理「うるさい、うるさい! うるさいっ!!」
水桶を手離す由理、踵を返し走り去る。
倒れた水桶から、散らばる花。
○菩提寺境内
大欅の下で竹箒を手にする住職、走っ
てくる由理を呼びとめる。
立ち止る由理の鞄で揺れるマスコット。
住職「二人のお母さんに見守られている由理
ちゃんは、幸せなことなんですよ……」
由理「え……」
一陣の風が吹き、木々が大きく揺れる。
由理の髪を乱して、風が吹き抜ける。
○高瀬家・玄関・前
車から咲希を抱いた祥子が降りてくる。
高瀬、郵便受から、郵便物を取出して、
高瀬「まだ、帰ってないのか……」
歩いてくる靴音に、祥子、振り返って、
祥子「由理ちゃん!」
由理、祥子に抱かれた咲希に目をやり、
由理「……あんた、最悪だね」
高瀬「(怒って)由理!」
由理、鍵を開けて中に入って行く。
○同・由理の部屋・中
階下から咲希の泣き声が聞こえてくる。
苛立たしそうに問題集を解く手を止め
る由理、通学鞄のマスコットを見る。
× × ×
(フラッシュ)
住職「二人のお母さんに見守られている由理
ちゃんは、幸せなことなんですよ……」
× × ×
由理、マスコットを手に取る。
× × ×
(フラッシュ)
榊「それにさ、居場所をなくさせてるのは、
案外、高瀬自身じゃないのか?」
× × ×
なお大きく聞こえてくる咲希の泣き声。
由理、バンッと机を叩いて立ちあがる。
○同・居間(夕)
テレビが夕方の情報番組を映している。
ベッドの中、激しく咲希が泣いている。
入って来る由理、ベッドを覗き込む。
由理「見事にお父さんに似て、最悪だね……。
祥子さんに似たら、可愛かったのに……」
由理、咲希の枕元に金具を外したイル
カのマスコットを一つ、そっと置く。
咲希が、泣き止む。
由理「……。あんたにも二人のお母さんじゃ
ないと、フェアじゃないから……。テレビ
の音、うるさいね、消そうか」
テレビに向う由理の足が止まる。
そこに洗濯物をとりこんだ高瀬と祥子
が、立っている。
由理「何、してんのよ!」
高瀬「洗濯物をだな、とりこんで……」
由理「見れば、分るわよ! 咲希があんなに
泣いてたのに、放ったらかしてどうするの」
祥子と高瀬、顔を見合わせ嬉しい顔。
由理「何よ、何がおかしいのよ!」
咲希に向かう祥子、ベッドから咲希を
抱き上げると、由理の側に立つ。
たじろぐ由理、一歩下がる。
洗濯物の入ったカゴを持ったままやっ
てくる高瀬、由理の肩に手を添える。
バツが悪い由理、咲希の頬に指を当て
る。
笑う咲希に、由理の顔が綻ぶ。
由理、高瀬、祥子と咲希を、差し込む
夕日が包む中、テレビからの気象予報
士の声が、被って―。
気象予報士「今日は、全国各地で春一番が観
測され、春の訪れを告げました」
○吉原・仲之町通り(夕)
T・一七〇二年元禄十五年・浅草吉原。
品定めをする客を手招く遊女たち。
○同・『竹の井』・葵のお座敷(夕)
禿(10)が入室。提燈に火を灯す。朱
色に金刺繍の布団が一組敷いてある。
化粧台の前、小指で紅を引く葵(18)。
禿、葵の横で化粧台の引き出しの使用
済み蝋燭を無言で新品に差し替える。
二つの枕をふと鏡越しに見つめる葵。
葵「主さん……」
× × ×
(フラッシュ)
狂おしく愛し合う清次(26)と葵の姿。
× × ×
鏡越しに二つの枕を見つめたままの葵。
○浅草伝法院通り・『玉櫛』・玄関前(夕)
『玉櫛』の看板。籠に乗り込む清次。
○料亭・『千代』・お座敷(夕)
芸者と相撲を取る佐吉(24)。
上座で芸者衆と愉快に見ている清次。
転がされた佐吉が、清次の隣に座る。
佐吉「例の縁談、またわざと嫌われたか」
清次「いいや。他に好きな人が出来たとさ」
佐吉「何を。でなきゃ玉櫛屋三代目の男前若
旦那この清次様に女がつかない訳がねぇ」
清次にしなだれる芸者を顎で指す佐吉。
清次「お前さんだって三代目だろうが。成田
屋ごひいき扇屋鈴代の、佐吉の旦那」
鼻毛を抜いて芸者に飛ばす佐吉。
清次「これでも早く大旦那と女将さんを安心
させたい、その一念は忘れちゃいないぜ」
佐吉「お前の赤子時分の話になると女将さん
は決まって涙を――あ、すまねぇ、つい」
薄く微笑み、首を横に振る清次。
年配の芸者に誘われ佐吉は再び中央へ。
佐吉と芸者の息の合ったひょっとこの
舞に、涙を流して笑う芸者衆。
清次「相撲や踊りは吉原でやるもんだ」
奇麗所に注がれた酒を静かに飲む清次。
清次「女なんかみんな一緒さ。玉櫛の三代目
と言やぁすぐ脱ぎやがる」
○吉原・『竹の井』・葵のお座敷(夜)
ガラッと開いた障子。葵が立っている。
葵「主さん!」
煙管で待つ清次の胸に、飛び込む葵。
黙って桐の小箱を差し出す清次。頷く
清次にうながされ、小箱を開ける葵。
葵「まぁ!可愛らしい!」
小箱には柘植の小さな櫛。
清次「古いだろ。うちで一番の年季もんだ」
葵、気にせず、髪に挿し嬉しそうに、
葵「町娘の様でありんしょう」
清次「あぁ。さすがは華のある遊女だ」
葵「……(哀しそうな表情)」
清次「女にくれてやるのは初めてさ」
葵「嘘でも嬉しい――」
重なった途端夢中で愛し合う清次と葵。
× × ×
提燈から蝋燭の火を灯す白粉の手。裸
の清次が布団に横たわっている。手足
は縛られ、目隠しをされている。
清次「まだだよ、葵。もっとしておくれ」
腰巻姿の葵の手には燃える蝋燭。清次
の背中は固まったろうがべったりと付
いている。更にろうを垂らす葵。
清次のうめき声。肌襦袢に袖を通す葵。
清次「衣擦れの音。もう、お終いかい……。
こんなキチガイに愛想が尽きたかい」
込み上がる笑いをかみ殺す葵。
清次「葵。どこだい? お前だけさ、真の私
を見せられる女は。行かないでおくれ」
葵「葵と高井様の仲を勘ぐった罰」
馬乗りで腰帯を清次の首に巻く葵
清次「毎夜毎夜、こうして私はお前の中で死
んでいるのに、それより恐ろしいのさ。お
前がいなくなったらと考えると」
清次の首に巻いた帯に力を込める葵。
葵「主さん、このまま死んでくんなまし」
清次「葵なら本望さ……」
葵「(強く締め上げ)主さんはこの葵だけの
もの――(我に返り)主さん、主さん!」
慌てて清次の首のヒモを解き、目隠し
を外す葵。激しくむせ返る清次。
清次の胸に強く顔を埋め、号泣する葵。
葵を宥め至福の表情で瞳を閉じる清次。
清次「葵。私がどうしてお前の前でここまで
出来るか、分かるかい?」
涙をぬぐい、微笑む葵。清次の身体の
ろうを剥がしながら、
葵「葵は主さんの真の姿を引き出せる女。葵
の夢は吉原希代の名太夫になる事」
身体を起こし、枕元の文を渡す葵。
○同・大門(朝)
大門を出た清次が文を広げる。
葵の声「さるお方が五百両で葵を身請けする
と申されたでありんす。葵の事など忘れて、
立派な玉櫛の跡取りをお努めくんなまし」
清次「(震え出し)私を捨てるのかい!?」
○『玉櫛』・居間(夜)
大旦那(54)が売上金を数えている。
清次は隣で帳簿をつけている。
清次「大旦那。もし私が品川や吉原の女郎と
夫婦になりたいと言ったらどうします?」
大旦那「まさか、清次や。女郎だなどと照れ
隠しをしてお前、やっとその気に? そり
ゃあ、願ってもない話だよ」
清次「けれど心の臓が弱いおっかさんにこん
な事言えやしませんよ。第一、金も無い」
下を向いたまま帳簿に語りかける清次。
大旦那「それで、どこの娘さんなんだい?」
清次「(呟いて)いや……それはまだ……」
○同・廊下(夜)
忍び行く足。そっと障子を開ける。
○同・居間(夜)
暗がりの中金庫の前で呆然と立つ清次。
清次「鬼畜とは、子を捨てる親の事。私は、
いつかは大旦那様のようなお人に……!」
金庫を開け麻袋に小判を詰め込む清次。
清次「おっかさん。私は所詮、鬼畜の子だっ
たのですか――」
涙で肩を震わせるも手を止めない清次。
清次「読み書きを習い、そろばんを習い」
大きな柱に何本も刻まれた柱の傷。
清次「芸者遊びが嗜みの老舗の跡取り息子!?
私は一体何者なのだ!(咽び泣く)」
○(清次の夢)同・表玄関前(早朝)
玄関先で眠る赤子。朝霧を小走りで去る女。
赤子は柘植の櫛で遊んでいる。
○吉原・『竹の井』・葵のお座敷
三つ指で深く頭を垂れる葵。正面の高
井(50)、腕を組み、目を閉じている。
葵と高井の間には五百両が積んである。
葵「どうか、その五百両でこの葵を太夫に」
高井「理由は本当にそれだけか?」
障子が開く。血の気のない清次が立つ。
葵「主さん!?」
高井「来たか――」
畳に麻袋から小判を撒き散らし、驚く
葵の前でガックリと膝をつく清次。
高井「無礼者!」
刀を抜き、高井が大きく振りかぶる。
硬く目を瞑る清次。咄嗟に盾になる葵。
高井「――その目わしに向けて欲しかった」
雄叫びを上げて障子を切り込む高井。
高井、真っ二つの障子をまたぎ、去る。
清次と葵が強く抱きしめ合う。滴る涙。
葵が懐から清次に差し出す。柘植の櫛。
葵「大事な母様の形見なのでありんしょう」
清次、櫛ごと葵の手を固く握り、
清次「町で暮らそう、葵。夫婦になろう」
葵「主さんと町で――。夢の様でありんす」
清次「本気なんだ、葵! お前を誰にも渡した
くない! 私達は二人で一人なのさ!」
葵「葵とて主さんと結ばれたらどんなに幸せ
か……想っただけで壊れそうでありんす」
清次「葵。この金で、二人で江戸を出よう」
清次の撒いた小判をかき集めながら、
葵「葵は、他の誰でもない。(小判を返し)
死ぬまでこの吉原の太夫でありんす」
男衆が乗り込み、清次を羽交い絞めに。
葵、男衆に追い出すよう目配せする。
清次「私がどんな想いでここへ来たと思って
いる!? 葵!? 放せ! 放せ、葵!!」
葵、背を向けると化粧台に映る自分。
鏡の中の自分の涙を拭いてやる葵。
○『玉櫛』・居間
柱の傷に泣き伏せるさち(50)。やつ
れた大旦那、空の金庫の扉を閉める。
○吉原・仲之町通り(夕)
男衆の金棒の音。通りに大勢の見物人。
紛れる清次。紫の頭巾を被りこけた頬。
禿、新造、男衆を連れた艶やかな葵。
毅然に三枚歯下駄を外八文字にさばく。
見物人「いよっ、葵太夫! 粋だねぇ」
華麗な伊達兵庫の結い髪で流し目の葵。
紫の頭巾から細く遠く、葵を見る清次。
羨望の中を優雅に、妖艶に通り行く葵。
○同・細い裏通り(夜)
紫の頭巾を握り、泥酔した清次が行く。
女郎宿から出て来たヤクザとぶつかる。
怒鳴るヤクザを無視する清次。ヤクザ、
ドスで清次を背後から一突きし、去る。
背中から血塗れの清次。地面に倒れる。
雨が降り出し、みるみる大雨になる。
地を這う清次が懐から出す柘植の櫛。
清次「葵……」
雨で跳ね上がる泥にまみれながら
意識が遠のく清次。金棒の音―。
◯テレビ局・収録スタジオ
報道番組が収録され、小塚咲子(31)
と評論家、解説員が座る。咲子は美人
でスーツ姿が非常に色っぽい。
大きなモニターに、小塚恵一(33)が
砂漠地帯で地雷撤去活動を支援してい
る様子が映し出される。
解説員「小塚代議士の地雷撤去活動が元で、
ワグリア公国との関係を深めた訳ですね」
評論家「ええ。日本へのメタンハイドレート
支援の大きな一因でしょうね。小塚ご夫妻
の出会いも、学生時代のこの活動がきっか
けでしたか?」
解説員が咳払いをする。
解説員「エネルギー問題解決に大きな一歩を
記した小塚恵一氏。今後の活躍がますます
楽しみですね」
咲子「以上特集でした。次はスポーツです」
咲子が微笑む。
◯小塚の家・リビング(夜)
棚には写真が多数飾られ、学生時代の
咲子と恵一が海外でボランティアをし、
現地の子供達と仲良く写る写真がある。
テレビでは咲子の報道番組が映されて
いる。
恵一と咲子が並び座り、対面に加藤尊
(47)と加藤美奈(29)が座る。
尊は浅黒く日に焼け、脂ぎった顔で下
品に咲子をジロジロ見る。咲子は目を
合わせない。
尊「さて、そろそろ答えを出していただきま
しょうか?」
恵一「先程も申しましたように、どちらのお
話も…。加藤社長、示談という訳には…」
尊が恵一をじっと見つめる。
尊「そりゃ駄目だ。儂はあんたより金持って
る。何でもかんでも、金で解決なんて小塚
君、都合が良すぎるんやないか?」
恵一が気まずい表情で尊を見る。
尊「儂もあんたの政党には、色々と政策で優
遇して貰った身や。前途有望な政治家のゴ
シップは握り潰してしまいたい」
恵一「で、では!」
尊がニヤリと笑う。
尊「でもな、それ以上に妻を愛してるんや。
妻をな」
恵一が気まずい表情で美奈を見る。
尊が美奈の尻をまさぐる。
尊「悔しいんや。儂の妻が小塚君に抱かれた
なんてね! それも一晩、随分いい様に遊
んでくれたそうやないか」
恵一「何もしてないんです! それに、美奈
さんが加藤先生の奥さんだなんて…」
尊「本当に。本当に何もしてないって言い切
れるんか? この写真が有ってもか!」
尊がデジカメの液晶画面を見せる。寝
ている恵一と全裸の美奈が写っている。
恵一が唇を噛み締め、深く頭を下げる。
恵一「ほ、本当に記憶にないんです…」
尊「政治家としての模範解答やな」
咲子が尊を睨む。
尊「まあ、男の甲斐性といえばそれまでやな。
でも、そろそろ決めてもらいまひょか?
この話をマスコミに流して政治家辞めるか」
尊が小声で恵一につぶやく。
尊「小塚咲子を一晩、儂に貸すか」
尊が下卑た笑い声を上げ、ホテルグラ
ンリード1203号室と書かれている
メモを置く。
× × ×
テーブルには酒の空き瓶が転がる。
恵一がメモを握り締めたまま、テーブ
ルに突っ伏して寝っている。
咲子が部屋に入ってくる。恵一に毛布
を掛け、棚に飾っている恵一と咲子の
写真をじっと見つめる。
恵一が寝言を言う。
恵一「本当に何もやってない…」
咲子が恵一を見ると、目元は泣いてい
た様にぐしゃぐしゃになっている。
咲子「大丈夫よ。私は信じているわ。それに
あなたの夢は、私の夢よ」
咲子が恵一の手からメモを取り、決意
した表情で部屋を出る。
◯ホテルグランリード・1203号室(夜)
豪華な一室。ベッド脇のテーブルには
ワインとグラスが並び、横にデジカメ
が置かれている。
咲子が部屋に入る。バスローブ姿の尊
がニヤニヤと笑い出迎え、咲子の腰に
手を回しベッドに座らせ尊は横に立つ。
尊「必ず来ると思ってたで」
咲子が尊から目を背ける。
尊はニヤりと笑い、咲子の手を取り、自分の
股間を触らせようとする。
咲子「い、いや!」
咲子が手を振りほどく。
尊「これから一晩あんたの相棒となるんやで」
咲子が表情をこわばらせる。
尊「覚悟はできてるんやろ? 時間はいくら
でもある。少しリラックスしたらええ」
尊がデジカメを見せ、ニヤリと笑う。
尊がテーブルにあるワインをグラスに
注ぎ咲子に渡す。咲子が飲む。一瞬考
えた後、咲子がテーブルのワインをグ
ラスに注ぎ一気飲みしようとする。
尊が止める。
尊「あかんあかん。ワインはじっくり香りを
味わってから飲まなあかんで」
尊がニヤリと笑い全裸になる。
尊「では儂も、味見させてもらおか」
尊が咲子に近寄る。咲子、尊を睨む。
◯大崎の家・リビング(深夜)
電気の消えたリビング。恵一が目を覚
まし、テーブルにメモを見つける。
『心配しないで』と書かれている。
恵一「!」
恵一、部屋を飛び出す。
◯ホテルグランゾート・1203号室(深夜)
尊が咲子のブラウスを丁寧に脱がして
いく。咲子が尊を睨む。
尊「そんな怖い顔しなはんな。旦那の事は聞
いてるで。バッタの交尾並らしいな」
咲子が悔しそうな表情をする。
尊「一晩の事と割り切ったらええ。旦那公認
や。何よりこれで全部丸く治まるんやで」
咲子が半裸にされ、諦めた表情になる。
ドアが激しく叩かれ、恵一の声がする。
恵一の声「咲子大丈夫か! 早くここから出
るんだ!」
咲子「あ、あなた!」
咲子の表情がぱっと明るくなり、尊を
振りほどきドアを開ける。チェーンが
掛かっており、隙間から恵一が見える。
咲子「あなた!」
咲子が慌ててチェーンを外そうとする。
尊がテレビをつける。恵一の地雷撤去
活動の映像が流れる。
テレビの声「地雷撤去活動で、国内外の評判
を上げた小塚恵一氏。若手グループの……」
咲子「!」
咲子の手が止まる。尊がゆっくり歩み
寄り、咲子の真後ろに立ち、呟く。
尊「出て行っても、ええんやで。あんたが本
当にそれでええんならな」
咲子のドアノブを握る力が弛くなる。
恵一「咲子! いいから早く!」
咲子がドアに額を付け、目を強く閉じ
る。程なく大きく深呼吸し目を開く。
咲子「いいの…。あなたは夢を追いかけて」
咲子がドアを締めロックが掛かる。
尊がにやにや見つめる。
尊「さて御涙頂戴の茶番は終わったか? さ
て、どうしたいんかはっきり言うんや。帰
りたいんか? それとも……」
咲子が小声で尊に話す。
咲子「…下さい」
尊「何や? よく聞こえへんな」
咲子が尊を睨み、声を荒げる。
咲子「私を抱いて下さい!」
尊がにやにやと咲子を見つめる。
尊「そうかそうか。そこまで言うんやったら
しょうがないな。本当の男って物を教えて
やるさかいな」
尊がその場で咲子に覆いかぶさる。
恵一の声「咲子! 咲子!」
恵一がドアを叩き叫ぶ声が聞こえる。
テレビからは恵一の報道番組が流れる。
咲子、唇を噛み締める。
◯小塚の家・外観(早朝)
◯小塚の家・リビング(早朝)
咲子が疲れた様子で帰ってくる。恵一
が出迎えるが、少しヨソヨソしい。
恵一「今、風呂沸かしてるけど、朝飯とどっ
ちがいい?」
咲子「う、うん。じゃあ、お風呂かな」
恵一「うん。ちょっと待ってて」
恵一がリビングを出ていく。
咲子が少し切なそうに見送る。
咲子「大丈夫…。これからはもう、大丈夫だ
から。あの人は騙されただけ。そう。無実
なんだから」
咲子が無理やり笑顔を作る。
咲子が鞄からデジカメを出し再生する。
液晶画面には、寝ている恵一と全裸の
美奈の写真が何枚もあり、次々消去す
る。最後の一枚には、恵一が素面で美
奈とセックスしている写真がある。
咲子、凝視し、つぶやく。
咲子「ど、どういう事……」
恵一がリビングに戻る。咲子が慌てて
デジカメを後ろ手に隠す。
恵一「準備できたよ」
咲子「あなた……。う、ううん。ありがとう」
咲子がデジカメをぎゅっと握り締める。
〇セレモニー会館・駐車場
10台ほどのスペースの駐車場。
真ん中に喪服姿で遺骨を両手に抱えた
和田聡子(29)の姿。
晴れ渡る空を見上げている。
聡子、疲れた様子で鼻で笑い、
聡子「(力なく)めっちゃ晴れてるやん。綺
麗な空」
雄ちゃんおじさん(58)の声「さっちゃん!」
聡子が声のする方を向く。
〇バス・車内(朝)
席は満席。立っている人も少しいる車
内。
聡子が後方の入り口ドア付近に座って
いる。手にはタオルハンカチ。
バスが停車し、ドアが開くとおばあさ
んが入ってくるが席がない。
聡子が声をかける。
聡子「(立ち上がりながら)あの、良かった
らここどうぞ?」
席を譲り、立ってつり革を持ちながら
タオルハンカチで顔を仰ぐ聡子。
バスから外の町並みが見える。
道々にちょっとずつ提灯が吊るされて
いる。
〇新緑会いずみ病院・入口前の道路(朝)
アスファルトの少し坂になった道。
汗をふきながら聡子が歩いてくる。
古びた白い建物を見上げ、メモと比べ
る。
聡子「ここ? ……ここか……」
〇同・入口看板(朝)
「精神科・心療内科・リハビリテーシ
ョン科 医療法人新緑会いずみ病院」
〇同・精神科病棟・廊下(朝)
部屋にかけられた札を見ながら進んで
いく聡子。
すれ違う看護師(23)が笑顔で声をか
けてくる。
看護師「(明るく)こんにちはー」
聡子は背筋を伸ばし、軽く会釈をしな
がら微笑んで答える。
聡子「(戸惑い明るく)こんにちはー」
看護師が去った後で真顔に戻り、入っ
ていた肩の力を抜く。
振り返り札を見る。札には「305」
の文字と4人の患者の名前。
その一つに「磯貝敏江」の名前。
聡子「あ……」
部屋の入り口に目をやる聡子。
〇同・病室(朝)
入口側から一人一人、ゆっくりと患者の顔を
確認する聡子。
聡子「違う……違う、よなぁ」
ゆっくり歩みを進める。窓際の患者を見て息
を呑む。
そこには磯貝敏江(91)が口を開け、気持ち
よさそうに眠っている。
聡子が恐る恐るベッドに近づき、「磯
貝敏江」と書かれた札を確認する。
聡子「おばあちゃん……」
敏江を見る聡子。敏江は眠ったまま。
こみ上げる涙を唇を噛みしめ堪える。
聡子「……昔の面影ないやん」
目線を逸らす。敏江がうっすらと目を
開け、聡子を見つける。
敏江「う、うぅ……雄ちゃんか?」
ハッと驚き顔をあげる聡子。
敏江「ちゃうか~、誰かいな」
聡子が身を少し乗り出す。
聡子「おばあちゃん。聡子やで。わかる?
誠二の子供の聡子やで」
敏江「あぁ~! さっちゃんか。久しぶりや
な。誠二はどないしたん?」
聡子「おばあちゃん、お父さんはとっくの昔
におらんやんか……」
敏江「ほぉ……」
聡子、乗り出していた身を戻す。
聡子「(ため息)覚えてないんか……」
敏江、天井を見ながら口をもごもご。
聡子はベッドガードを握り敏江にまた
話しかける。
聡子「ここな、雄ちゃんおじさんに教えても
らって来てん。……あんな、この前、あっ
さりあの人死んだんやわ。ウチの母親」
敏江「ほぉー」
聡子「ひどいもんやろ? 好き勝手酒飲んで、
暴れて。挙句の果てに、ごめんも言わずに
さっさと死んで……ビックリするやろ」
敏江「誠二はどーしてんねん」
聡子「お父さんがあの世で怒ってくれてたら
ええなー。お前どんだけ聡子に迷惑かけん
ねん! ゆーて。そのせいでおばあちゃん
ともこんななるまで会われへんかったやん」
聡子、そっと敏江の腕を触る。
聡子「でもな、おばあちゃん。ウチな、どっ
かでホッとしてんねん。ようやくあの人か
ら解放されたんやで?」
敏江「……(明るく)さっちゃんやんか!
来てたんか? いつ来たんや? 全然気づ
かんかったわ~」
敏江に微笑む聡子。
聡子「これからは、いっぱい来れるで?」
敏江「ご飯でも食べていきーや。おかあちゃ
んなんか作るやん。あげさんこーてやなぁ」
聡子「(笑って)そやな! おばあちゃんの厚
揚げ炊いたん、めっちゃ好きやったわ」
聡子が嬉しそうに笑っている。
〇和田家・居間(夜)
押入れを開け服の整理をしている聡子。
聡子「服なんか……全部いらんやろ」
服を取り出し更に押入れの中を漁る。
聡子「あ……」
袋に入ったレースのスカーフを出す。
聡子「これ……あの時の」
聡子、辛そうにスカーフをみつめる。
〇(回想)和田家・居間(夜)
TVを見ている聡子(17)。酔っぱら
った和田登美子(48)が帰ってくる。
登美子「さっちゃん! まだ起きてたん?」
無視する聡子。
登美子「まだ怒ってるん? マグカップ割っ
たん。そりゃ、修学旅行の記念で大事にし
てたんもわかるけど、わざとじゃないやん」
聡子「……」
登美子、思い出したように鞄を漁る。
登美子「あ! そやそや、お詫びにお母さん
これ編んだんよ! じゃーん!」
登美子が手編みのスカーフを広げる。
登美子「店暇な時に編んだんよ。つけてみて」
登美子は聡子にスカーフを巻こうとす
るが、聡子は引っ張り投げ捨てる。
聡子「こんなんいらんわ! 怒ってんのはマ
グカップの事だけやない! いっつもいっ
つも酔っぱらって……もう沢山や。こんな
母親もう沢山や! そっちかてそやろ!」
驚き悲しそうな登美子。
聡子は立ち上がり部屋を出る。
〇元の和田家・居間(夜)
スカーフを手にして唇を噛む聡子。
〇バス・車内
立っている聡子が手で顔を仰いでいる。
中を見ずに鞄に手を突っ込み手編みの
スカーフを取り出す。
聡子「あ……なんで、間違おてこんなん……」
困ったようにしかめっ面になる聡子。
〇新緑会いずみ病院・病室
ベッドのそばで椅子に腰かけ、聡子が
敏江に話しかけている。
聡子「あれから更に仲悪なってな。もうほと
んど喋らんくなって……。おばあちゃん、
なんなんやろな、親子って」
敏江「……雄ちゃん、ご飯はまだか~?」
聡子「今日はおっちゃんと区別もつかんか」
聡子が立ち上がり、敏江の服を直して
いると祭りの音が聞こえてくる。
窓の外を見る聡子。
聡子「あっ! 今日祭りなんか……そや!」
〇国道(夕)
町は祭りの真っ最中。神輿が担がれて
いく。
少し離れた所でその様子を見る車いす
の敏江と後ろに立つ聡子。
聡子「よかったなぁー外出OKもらえて」
敏江「べ~らべ~らべらしょっしょい!」
聡子、驚いて敏江を見る。
聡子「え?」
敏江「あ~あ、どした!」
敏江を見つめる聡子。
敏江「さっちゃんが小さい頃よ。あんたのお
母さんとおばぁちゃんと三人で、太鼓見に
行ったなー。あんた上乗りたいゆーて」
聡子「……」
敏江「あそこは無理や~ゆーたけど、さっち
ゃん駄々こねて。お母さん、あんた抱っこ
して、高い高い~てしてくれたんよぉー」
聡子「あ……」
× × ×
フラッシュ。
登美子(36)に抱き上げられ嬉しそう
な聡子(5)。
× × ×
聡子、険しい顔で涙を堪える。
敏江「お母さんは子どもの願いやったら何で
も叶えてくれるもんやさかいなぁー。はよ
仲直りして。一緒に来よなぁ」
聡子「……おばぁちゃん」
聡子は鞄から手編みのスカーフを取り
出し、強く握りしめる。
聡子「もう、仲直りなんかできひんやん……」
敏江に目をやる聡子。
聡子「お母さんの、アホ……」
敏江「べーらべーらべらしょっしょい!」
涙の滲む聡子、敏江の肩を抱く。
2017年2月25日 発行 初版
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