「下・物語」
夥しい数の敵に立ち向かいながら、遂に残忍で冷酷な黒の女王(イブリス)との対面を果たす響子。
黒の女王の口から出た“真実”は誰にも想像できない衝撃的な内容だった。
一時の対峙の後、ソールベイシャス全土は最終決戦に向けての準備が行われる。
黒の女王とソールベイシャスの真実に触れた響子は放心し、葛藤するが、“犠牲の駒”としての役割を果たす事を決め、決戦に向かう――。
五大陸全土で熾烈な戦いが始まり、仲間が斃れていく。
残される者、逝く者が明確になり、響子は自分の役目を果たす為、心を決める。
独りで黒の女王と相見える響子と彼女に関わる全ての人が最後の総力戦に懸け、夜明けを待つ。
それぞれが激戦に身を投じ、終結を望む。
果たして戦いの行方は。
そして最後に明かされる数々の真実と秘密。
Episode11からEpisode15までを収録。
読み手の心を幾度となく震わす、喪失と再生の物語。第三弾。(全三巻)
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この本はタチヨミ版です。
□長い夜の終わり
□夜明けの訪れ
□護衛の秘密
□始まりはここから
あっという間にハーデュウス国内に侵入した魔軍は、まごつきながら城の周囲を固める仕官や護衛兵、避難民の命を狙って押し寄せて来た。突然の奇襲に息が詰まり、イオの鼓動が弾む。城の近くで起きている異常に気がついた騎士や他の部隊の兵士達が上の階から見下ろして、状況を判断して下へ降りようとしていた。
城内の騎士や兵、仕官達全員が動き出した時、スノーセンティッド城に一人の男が入ってきた。
身長が高く、聳え立つ山のような男だった。通常の兵士や人間より遥かに逞しく、鍛えられた肉体を持っている。装備品として腰につけられた太く長い剣、処刑刀のような巨大な剣は対する人間をゴミのように殺戮し、肉塊にするのに余りある武器だ。
その男の顔を見た途端、イオはふいに驚きの表情を浮かべた。
「――お前が首謀者か?」
小さな呟きを零し、イオは過去の陰鬱な記憶と体験からくる恐れと嫌悪感を必死に隠そうとする。城に現れたのは悪魔と契約し、既に人間ではなくなった男――ルキウスだった。
恐るべき力と権力、威力、残忍さを持って再生した大いなる天敵。その男がじっとイオを見据えて歩いてくる。
一歩、一歩距離を縮め、入り口を固めていた守備隊に寄り、鮮やかな身のこなしと殆ど見えないスピードで顔を殴った。殴られた守備隊は顔面に喰らった強烈な一撃に耐え切れず地面に斃れ、血を流して動かなくなった。残忍な暴力の欠片がイオの身を強張らせ、自然と警戒させる。
守備を固める周りの兵を難なく蹴り飛ばし、ルキウスは手に入れた力を発揮するようにして、武器の使用もなしに一度に多くの兵を再起不能にした。
「――この世界の終わりの時が来たぞ」
ルキウスは魔王の遣いのように毅然と言った。
「ふざけるな」
裏切り者の言葉を拒絶し、異様なほど見詰めてくる暴君に向かってイオは吐き捨てた。薄い雲の隙間から陽光が溢れて、光りがちらちらと揺れている。燦々と降り注ぐ光りを浴びながら、ルキウスとイオは睨み合う。黒の王は不敵に嗤った。
作り笑いを浮かべた胡散臭い偽善者より、真っ当な人間らしい勝機に満ちた笑み。底なしの欲望を満たし、自分の欲しいものを得る為ならどんな事でもやってのける、稀代の暴君。
そんな男と睨み合ったまま、緊迫した数十秒が過ぎた時、城の四方から増幅された声が響いた。
「――ルキウス王、そこを動くな」
イオははっとした。それは隣国の国境軍と連合軍の指揮官の声だった。拡声器を使用したような大声を聞いて、ルキウスが率いて来た魔軍が好奇の目で周囲を見回す。
ルキウスとその部隊を狙うように武器を向け、国境軍と連合軍の戦士達がエントランス周辺に集まっていた。まだ攻撃は始まらない。相手の出方を見るように、彼らは毅然とした態度で立っていた。
「はっ、随分と遅い出陣だな。それでは間に合わないぞ」
大勢の騎士や兵達に囲まれたルキウスは冷静さを失わずに言う。国境軍の総督や騎士達は慎重に敵の動きを探っている。
「ルキウス王。大人しく投降しろ。投降すれば貴様への処置は寛大にしてやる」
イオと他国の王達は苦渋に満ちた面持ちで視線を交わし、ルキウスがどう切り出すのか、この張り詰めた緊張感をどう破るのか、ひたすら待った。
今のルキウスは完全に異質であり、普通では無い存在だ。交渉も何もできない、駆け引きなどもっての外だ。包囲されたのにも関わらず、ルキウスは失望も怒りの素振りも見せず、小さくふっと嗤った。
「……馬鹿が」
一瞬妙な感じがして、イオは眉を顰めた。ルキウスが指を弾いた時、彼らの周りの音が消えた。直後、最大級の殺意と悪寒が人間たちを襲う。
ルキウスが率いる殺戮集団――反乱軍が意気揚々と武器を構え、連合軍や国境軍の兵士達を威嚇するように吼えていた。人外の軍はちっぽけな人間達を獲物同然に見ている。
「ルキウス、貴様……」
憎悪の篭ったイオの声。誰もが息を呑み、茫然としていた。連合軍と国境軍は誰一人動かない。獰猛な魔物の大軍の怒声に恐怖のあまり絶句していた。
「いい腹ごしらえが出来るぞ。筋肉質の人間の肉が五万とある。俺が合図したら一人残らず殺せ」
仲間と傍にいるとはいえ、圧倒的な悪を前に怯える戦士達を尻目に、ルキウスは反乱軍にそう告げる。イオは深く息を吸い、揺るぎない視線を同胞に向けた。
「諸君、戦え。我々を脅かす敵を殲滅しろ!」
イオが叫んだ。耳障りな咆哮をあげる不気味な魔物の群れを一瞥し、連合軍の同胞達は本能的に臨戦態勢を取る。味方が武器を構えた音という音、意を決するような表情を見てイオはすぐさま判断し、そして続けて指示した。
「――最高評議会の長として命令を下す!各部隊、ルキウスの反乱軍の撃退を開始せよ!」
残酷に光る大型の剣を顕現しながらイオは叫んだ。既に臨戦態勢を整えていた国境軍と連合軍は、城中に溢れかえった醜い敵軍に向き直り、不気味な集団へと突っ込む。絶えず怒号を上げ、双方の部隊が衝突するのを見たルキウスは何故かその場から消えた。冷ややかな笑みを残して。
戦闘本能のままに武器を扱い応戦する完全武装した騎士や兵の中で、イオは瞬きする。ルキウスは何処へ向かったのだろうか。忽然と消えた男。
妙だと思い、不吉な予感に血管が音を立て始めたが、叫び声や武器のかち合う甲高い音で意識が現実に戻った。
己が戦いの最中にいて常に危険な状況に置かれている事を思い出したイオは、仲間と共に敵の部隊に飛び込んで猛烈な攻撃を繰り出した。血に飢えた敵を斬り付け、薄汚れた血肉を飛び散らせた。
各々の名誉と生存を賭けた最大級の戦いが始まった。
民の救出と敵の迎撃を同時に開始した連合軍に混じり、イアとファイスは街で戦っていた。首脳議会の開催に合わせて派遣された正規部隊は戦闘を展開し、様々な形状の武器で反撃した。
ハーロンティエ各地の障壁が破られ、ハーデュウス国の国境に設けられた鉄製の柵が大きな音を立てて破壊されたのは数分前だ。そこから数万人規模の改造兵と生ける屍が転がるように入ってくると、無力な民や応戦に加わった傭兵や義勇兵達を手当り次第に斃し始めた。
兵士の形をした改造兵と生ける屍の正体はオルトアス国の騎士や兵、貧困に喘ぎ身内を差し出した下級の民、そしてアンダー・ヘルダストで殺害された囚人達の肉体を使った怪物だ。
「おいおい、嘘だろ」
イアの愕然とした口調と共に、緑や花で溢れる美しい国と城に無数の異形の軍が雪崩れ込む。
今や見る影もない怪物と化した元人間の反乱軍が駆け出して来た。黒の女王の手で生ける屍と魔物を同化させた兵器――レフォルマヌスと呼ばれる改造兵として放たれた大軍はおぞましい声で逃げ惑う人々を威嚇した。
人間の身体をベースに魔獣の固く盛り上がった筋肉や歯、尾や鉤爪を移植し、出鱈目に神経を繋いだ醜い姿を見た途端、イアとファイスは嫌悪感を露わにした。
歪んだ顔の先、背中や臀部で膨れ上がった複数の肉瘤を剥き出しにした改造兵が幼い子供に襲い掛かり、咄嗟に我が子を守ろうとして飛び出した中年夫婦の背に噛みつこうとしている。迷っている暇は無かった。
「ったく、初っ端から面倒な野郎の相手かよ」
けたたましい叫び声を上げて逃げる一般人に混じり、イアは敵を素手で撃退し始めた。至近距離で強烈なアッパーカットやフック、キックを繰り出し、頭蓋を揺らされた敵の動きが鈍った所を狙い、首を圧し折った。
銃撃を得意とするイアが突如、獰猛な肉弾戦を始めたので傍らで戦っていたファイスは口笛を吹いた。
「ガンスリンガーの割に意外とやるね」
「基礎だろ、こんなもん」
言いながらイアは鋭い歯を剥き出しにして唸る改造兵の顎をアッパーカットで砕いた。
大波のように押し寄せて来た敵相手に狙撃用のライフル銃は不利だった。ファイスが現在携帯しているものは戦闘用ナイフ二本と針型の暗器五本。心許ない装備だ。
ハンドガンタイプの銃か広範囲に掃射出来るマシンガン、連射性の優れた武器を形成しなくてはならない。もしくは剣や斧といった至近距離で効果を発揮する武器が必要だ。
二、三度呼吸を吐いて吸って整え、ファイスは長剣を形成した。普段は使わない剣を装備したファイスを見て、イアは一瞬目を丸くする。
驚いたのは僅かな間だけで、薄い笑みを浮かべて忙しなく飛び掛かって来る改造兵の相手をした。重装備をした長身の兵を鋼の如く重い拳のストレートの一撃で撃沈させる。
「そういうお前も何かやりそうだぜ?剣術、得意だったか?」
「基礎だよ、基礎」
爽やかに笑って見せ、ファイスは魔力を蓄積した剣で敵を仕留めた。早過ぎて殆ど見えない斬撃で改造兵の肉体を引き裂き、素早く体勢を直すと次の敵に刃を突き刺した。
圧倒的多数の敵を前に二人は勇敢に戦い、途中から愛用の武器を使って本格的な戦闘スタイルに移行する。
たとえ今日がソールベイシャスの破滅の日であっても、戦わずに無様に死ぬことは自分のプライドが許さない。やがては破綻するかもしれない人間の一員として最後まで戦い抜く。
悪臭を放ちながら襲い掛かる生ける屍に向けた二人の銃口から閃光が走り、銃声が轟いた。
イアとファイスだけでなく、大規模な殺戮を避ける為に大勢が武器を手にして戦っている。重大な任務を負っているヴァルバードやライル、イツキの姿はここには無いが、彼らも何処かで戦っていると二人は信じていた。
全てを斃すのにどれだけの時間と戦力が必要だろうか。仲間の士気を鼓舞する為に常に掛け声を上げるヴァグレットや他の王、隊長格の戦士の声を聞きながらファイスは引き金を引き続けた。
――そうだ。兄さんと伯父さんは?この混乱下で二人はどうしている?
家族の安否が気になったが、目の前の敵を斃す事を優先せねばならなかった。何体目か分からない、底なしの狂気を持って向かって来る敵を粉砕した時、ファイスとイアの耳に一通の通信が入った。酷い雑音交じりの通信に二人はぴたりと動きを止めた。
「誰だ?」呼び掛けるとすぐに応答があった。
『……森で……リヴィ……先生と……』
くぐもった声が聞こえ、二人は集中した。その声に聞き覚えがあった。マダム・サラスヴァティーの六人目の孫、レオンだ。彼の声と風の音、何かが燃える音がずっと流れて来る。火災だ、と二人は察した。
「どうしたんだ、レオン?兄さんは一緒じゃないのか?」
ファイスの問いに幼い声は不安げに答えた。彼の返事は二人が考えている以上に深刻で予想を裏切る結果だった。
『ブルーモーヴァンに魔軍が……キョウコおばちゃんとリヴィエル先生が……危ない……おねが……二人を助けて……』
助けて。途切れ途切れに聞こえてくるレオンの言葉に二人は弾けたように駆け出した。武器を握る手と頭は冷静だが、心の中は熱く荒ぶっていた。
激突する連合軍と魔軍の間をすり抜け、二人は森を目指す。燃えて死滅しつつある森で何が待ち受けているかを知らずに。
スノーセンティッド城で激しい戦いが始まった頃、隣接するガラス・パレスの一部が砕け散った。冷たく鋭利な硝子の破片が中と外に弾け飛び、繊細な欠片が陽光を浴びてきらきらと光った。
一体何が起きているのかリティアには見当がつかなかった。母親が眠る部屋に手を掛けた瞬間にこの上なく繊細な空間が破壊されたのだ。
震える瞳でリティアは砕けた硝子の残骸を見詰め、そして悲鳴を上げた。ガラス・パレスに自分と母親以外の何かがいたのだ。ぞっとするような闇の力を纏った何かが。
姫君の悲鳴の消えた通路に何者かが舞い降りた。黒い髪を靡かせて現れたのはオルトアス国の若き王――“呪われた漆黒”の異名を持つ男だった。ほんの少し前、イオと連合軍に戦いを仕掛けた反逆者がリティアを見下ろしている。
「――ルキウス王……?」
リティアの唇が僅かに戦慄き、衝撃でその目が見開かれる。その男はどう考えてもこの土地に、この場所にいてはいけない男だった。その時、リティアの悲鳴を聞きつけたセリスが自身の配下である黒豹と共に駆け付け、ルキウスに剣を向ける。
「姫、ご無事ですか?」
自分の身体で背後にいる小さな主君――リティアを庇いながらセリスは黒髪の男から一時も目を離さなかった。スノーセンティッド城からは激しい戦いの音が響き、戦士達の怒号と轟音、魔軍のおぞましい雄叫びが聞こえて来た。
「貴様、何故ガラス・パレスに来た?」
怒りを抑えて冷淡に吐いたセリスの問いにルキウスは嘲笑を浮かべ、実に不快そうに答えた。
「――戦いの始まりだ。景気づけに美しい妃を葬ると同時にこの硝子の城を崩すのも一興かと思ってな。お前達も共に眠らせてやる。慕い合う者同士であの世に逝ける喜びを味わうがいい」
「口を慎め、反逆者め。貴様の犯した罪を必ず償わせて見せる」
淡々と告げるセリスの声には、普段の彼女らしい優しさも穏やかさも何も無かった。親密な挨拶を交わす仲でもない。どちらかというと敵意を持たなければならない相手だ。
ハーデュウス国の城で守備隊を惨たらしく始末し、そして人間との戦いを宣言した男。警戒すべきはこの場を一瞬で覆った彼の濃厚な魔力、殺気だ。目の前の黒髪の王はリティアとセリスを死に瀕するまで壊す気でいる。
つまり、彼の王は本気でガラス・パレスを破壊し、何も知らず眠っている王妃と自分達を抹殺する気だ。そう読んだ騎士は警戒を一層強くし、無意識に己が従える無敗の配下に呼び掛ける。
主人の命令を受けた黒炎の魔豹は小さく唸り、騎士と姫の傍で臨戦態勢を取った。黒豹が主人にだけ分かるように細い息吹きで応えると、空気が僅かに揺らいだ気がした。
だが、そんな緊迫した空気の中、オルトアス国の王が言った言葉は予想外のものだった。
「――そうだ、そうやって警戒し、足掻け。何をしても無駄だとは思うがな」
喋るルキウスの口元は緩められている。敵意を滾らせた視線を絡ませながら、セリスは黙っていた。今この瞬間に起こりうるあらゆる展開を想像しながら、攻撃のタイミングを計っている。
「――お前達がここで俺と話している間、ハーロンティエ各地でどれだけの人間の血が流れていると思う?今日こそが黒の女王が行った最も残虐で大規模な殺戮の再来だ。ハーロンティエだけでない。この中央大陸を滅ぼした後は残りの大陸の人間も滅ぼす。今日は全てを破壊する日だ。黒の女王に全てを捧げる日。あの方にこの世界を差し出す日なのだ」
くすくすと、まるで子供のような笑みを漏らして黒髪の王は言った。ルキウスの目は常識から逸脱し、狂気にひた走る殺人鬼さながらに細められている。
今のはどうしても聞き捨て難い言葉だった。憤りを感じたセリスは目配せも合図も何も無しに黒豹と共に無礼な王に強烈な斬撃を喰らわせる。
それは、たとえどれ程鍛えられた王であっても、騎士でもあっても躱す事も捌く事も出来ない決定的な一撃だった。放たれた二つの攻撃は見事に交わって一人の王の元へ向かう。
――だが。躱す事の出来ない一撃は瞬く間に無に消え失せ、派手に硝子が散る音と共に地上に何の影すら残さないで消滅する。
「――っ……!」
セリスの顔色が変わり、事態を把握するより先に落胆の吐息が唇から漏れる。跡形もなく粉砕する予定だったルキウスは人間の姿を捨て、絶対の勝利を導く“最凶悪の存在”へと変貌していた。
ごくり、とセリスは喉を鳴らした。勝ち目は皆無、どう考えても分が悪い。無敗の騎士はそこで初めて自分が負けるかもしれないというマイナスの感情を抱いた。本当に初めての体験、初めて敵に抱いた底なしの畏れだった。
黒の女王との契約でルキウスが得たのは魔獣としての肉体と強さだった。この世界でも五本指に入る幻獣と同等の力を持つ――それこそ神話クラスの大物で、桁外れの能力と狂気を備えた三頭獣。それが今のルキウスの姿だ。
何千年もの時を生き、古の契約で地上に現れた幻獣がルキウスと同化し、三つの頭を動かしながら凛々しい騎士と儚げな姫君を見据えている。その大きさは絶望的だった。通路の両側の壁を粉砕し、堂々とした佇まいで滑らかで優美な輝きを放つ床の上に立っている。
オルキデア城で対面した時は全く違う姿で対峙するルキウスに、セリスは半ば茫然とする。背後のリティアが怯えているのを感じ、何としてでも彼女を守らなければと思った。
――何だってこんな幻獣と同化を……。この男は自分の命の犠牲すら厭わないのか?
走る怖気、何も言えないまま喉を鳴らし、セリスは自分が見ているものが信じられないという顔をした。
燃えるような紅い瞳と黄金の身体が大地を揺るがす咆哮を上げる。その声一つでセリス達は一度死んだような気にすらなった。
二人して同じ末路を辿るような、結末がもう変えられない事をセリスは悟り、それでも諦めの色は顔に出さないでいた。無敗の騎士としての貫録と何よりプライドが許さなかったのだろう。
侵すべからずもの――不可侵の敵を前にして逃げ出すような考えは持ち合わせていない。
年若いが確かな器量と実力を持つハーデュウス国の騎士は、身の毛もよだつ恐ろしい三頭獣と化したルキウスを睨む。
「貴様なんぞに我が姫には手出しさせない……私が守る!」
セリスは覚悟を決めて剣を握った。セリスと彼女の魔豹、二つの影がほぼ同時のタイミングで磨き抜かれた硝子の床を駆けた時、彼らは初めて見た事のない一つの世界を視た。
――それは彼らがあらゆる戦場で執拗に拒み続けた、死に直結する世界だった。
凄まじい破壊の音。床や壁、天井が砕かれ、硝子が飛び、破片や埃が舞い上がる。そこに静寂が戻ったのは僅か数分後だった。
決着は、すぐに着いた。呆気なく、すぐに。黄金の獣の冷徹無比な六つの眼が、もう一片も余裕の無い騎士の姿を見詰めている。リティアの目尻から熱い涙が零れ、両手で抑えた口から小さな悲鳴が上がった。
「……くっ……」
五大幻獣として称えられる三つの頭の巨躯の獣――ケルベロスから数メートル離れたところで、二つの残骸は転がっていた。
セリスと黒い豹が砕けた床の上で微かな息を吐いている。力としては圧倒的な差があった。恐ろしく壊れやすく、魔術や能力の概念としてはおよそ希薄とも言える神話の断片は、無慈悲に騎士を壊した。
「――い、つから……」
自分も自らの配下の力も悉く粉砕され、再起不能状態にまで陥らされたセリスが呟く。身体は指一本動かせない。それでも辛うじて動く唇はオルトアス国の王に問う。「いつから、そんな怪物になったのか」と。
残忍なルキウスと倒れたセリスの間には暴力的な匂いがあり、濃厚な血の香りと肉片が燃えたようなひどい匂いが充満していた。
複雑骨折、腹部や腕を引き裂かれ動く事も出来ず、神経もどこもぼろぼろだった。血に染まった身体を回復させようと全魔力を駆動しているが、なかなか傷が塞がらない。
全身を激しく震わせながら、セリスは苦痛の声を漏らす。唇から微量の血が零れ、悲痛な面持ちでリティアが飛んで来た。
「セリス……!嫌……、嫌……」
無敗の記録を持つ騎士とその配下をあっという間に斃し、実に骨の無い戦いをしたと言わんばかりに三頭獣化したルキウスは次の行動をいつ起こすか考えていた。
その鋼の腕と牙で引き裂いた騎士の血肉の美味さに彼なりに期待を抱いているらしい。
その巨大な身体についた返り血を長い舌で舐め取りながら、手負いの騎士と姫のやり取りを監視している。歯茎は多量の血で赤く染まっていた。
「セリス……」
リティアは血塗れの騎士の手を掴み、泣くのを堪えながら彼女の名を呼んでいる。リティアの騎士を襲ったのはこの世界に溢れている何千、何万もの数の悲劇の中のひとつに過ぎず、他の誰かがいつかは必ず経験する類の悲しみだった。
そうだ、悲劇は何処にでも転がっている。幾度となく惨い死を目の当たりにしたルキウスは、瀕死のセリスに向かって吐き捨てた。
「いつから俺が寝返ったのか知りたいか?」
俯いていたセリスは血の味のする唇を噛み締め、ゆっくりと顔を上げた。三頭獣、いやルキウスの紅い瞳と目が合った。
「――女王との契約自体は最近のものだが、この計画……つまり首脳議会を狙って総力戦を仕掛ける計画を考えたのは、ずっと前からだ。オルトアスの先代クロードを……俺の父親を貴様ら連合軍が見捨てた時に俺の心は決まった。魔軍との戦いで父の部隊が劣勢を強いられた時、連合軍と評議会は増援が間に合わなかったと言った。だが、手を尽くせば助けられた筈だ。他国に比べ、俺の父は独裁者で暴君だったかもしれないが、家族想いの父親だった。――確かに俺の唯一の父親だった。それを……貴様ら連合軍は明らかなリスクを冒せないと現場に来ず、見捨てた。父がおぞましい異形共に八つ裂きにされるのをただ見ていた。その時から俺はイオ・ハーデュウスやライル・ヴェルデランドに復讐しようと決めたのだ。連合軍所属の騎士も兵も、奴らに協力する全ての者を消すと決めた。黒の女王は歪んでしまった俺の心を見抜き、すぐに同胞に加えて下さった。絶対の力を持つあの方が俺を救って下さった」
邪悪な笑みを浮かべながらルキウスは言った。その表情といい、眼中には個人の復讐の事しかない様子といい、目の中に読みとれる殺気の度合いといい、王冠を授けられた一国の王らしさとはかけ離れたものがあった。
ルキウスは何年も前に人間に絶望し、己自身が人間でいる事にも絶望していた。それ故に彼が望む理想的な対象――黒の女王を強く崇拝し、その支配者の手足として動く為なら、最大の禁忌だろうが何だろうが、自分を投げ出して三頭獣と同化したのだ。
父親を見捨てた連合軍やイオへの復讐。残虐な報復行為。彼の凶行の理由が分かったセリスにはあらゆる事が理解出来た。
ルキウスの中に刻まれた誰にも癒せない、救えない傷が広まり、悪化し、彼は別の道を選んだのだ。一国の王として在るべき姿ではなく、悪の下僕になる道を選んだ。
「ル……キ…ウス……」
両脚を潰され、肋骨も腕も肩も折れて碌に動けないセリスは、穢れた野心に塗れた男にどう挑むか考えた。自分が駄目でもリティアがまだ生きている。彼女だけは守らなければ、生きていて欲しいとセリスは気力を掻き集める。
「忠誠心に厚く、勇ましい女は嫌いじゃない。だが、貴様も憎き連合軍の騎士。その愛らしい主人の前で滅びろ。姫の方はそうだな――気晴らしに気が飛ぶほど愛でてやってから殺しても良い。貴様の亡骸の前で最も残酷な殺し方をしてやろう。それがイオ・ハーデュウスへの復讐にもなる」
その、あまりにも身勝手な発言、黒い欲望を含んだ言い回しを聞いた途端、セリスの双眸に憤怒が映った。リティアを脅かす、大いなる悪に対しての怒りが絶頂になった。
「愛で……るだと?ふざ……けるな……」
血に塗れた唇を出来るだけ大きく開き、セリスは罵倒の言葉を吐くが、床に転がった状態では何の気迫もない。
イオとリティアに忠実な騎士はどうせ助からない。何の気にも留める事なく、ルキウスはいずれ到達するであろう人生最良の瞬間を想い浮かべながら、翼の折れた鳥の始末をしようとした。
「負け犬の遠吠えというやつか。威勢の良さは認めよう。だがな、死に体の雑魚を葬るのは一瞬だ。ほんの一瞬で貴様は終わる」
忌まわしきものの姿――ケルベロスの姿をしたルキウスは騎士の終焉を予測して、リティアに向かって告げた。
「お前の騎士はここで死ぬ。その瞬間を目に焼き付けろ、リティア・ハーデュウス」
三頭獣は愚劣な死の囁きを呟くように、ひたひたと音を立てて騎士の傍に向かった。
「――さて。人間にしては実に良い魔力を備えていたが、最早無用だな。魔力ごと喰い尽してやろう。頭だけ残しておけば貴様の主君も分かるだろう?」
目の前のルキウスの瞳にはセリスの失われた未来、魂の悲鳴、現存する恐怖と諦め、後悔が映っている。或いは深い死の深淵に沈められまいとする、彼女の最後の抗いも。
「――そう、一瞬だ。一瞬で貴様らはあの世に向かう。何ともつまらん死だ」
破滅的な台詞を吐いた後、ルキウスは沈黙を守るボロボロの騎士が過去の栄光を失いながら、その残照の輝きに包まれながら死の瞬間を待つ。
セリスには手も出せない破滅の幻獣は既に堕ちた騎士の魔力を破壊し、吸収して支配するかのように最後の一撃を放った。
内に秘めていた残虐な性分を露わにしたルキウスは、この場にリティアしか観客が居ない事を少しばかり残念に思いながら、セリスの身体を極限状態にまで壊そうとした。
止めの一撃。リティアは負傷したセリスを庇おうと両手を広げ、自分が盾になろうと前に出た。
――姫。
切れた唇でセリスが呟いた僅かな時間に、倒れていた黒炎の魔豹が最後の力を振り絞り、ルキウス目掛けて猛烈な勢いで炎を吐いた。
三頭獣の視界を一瞬遮った後、敏捷な動きでセリスとリティアを連れてガラス・パレスの最下層へと飛び降りる。
力任せに着地し、ルキウスの元から主人と姫を離した黒豹は二人を降ろした後、消えていなくなってしまった。
セリスと二人きりになった途端、リティアは騎士の怪我の具合を探ろうと手を伸ばした。横ばいに倒れたセリスを仰向けにすると、彼女の傷の酷さが分かってリティアは深い悲しみをたたえた目をした。
騎士は傷だらけで、裂けた場所から血が溢れて流れている。リティアは自らのドレスを裂き、傷口を縛ったり、ガーゼの代わりに使った。
応急処置程度にしかならないが、治癒の呪文を幾つか唱え、出来る限り傷口を塞ぐ。虫の息を繰り返すセリスの顔を見ながら、リティアは懸命に治療を続けた。頬に流れる涙が零れ、気が狂うような激しい痛みと闘っている騎士に語り続ける。
「セリス、大丈夫。大丈夫ですから……お願い、生きて。生きて」
悲痛な声を上げながら、リティアは小さな手で騎士の傷に触れ、赤く染まる両手から治癒の力を流し込んだ。
ガラス・パレスの最下層は罅割れた床に散らばる硝子の破片が粉々になり、光の粒子のように煌めいていた。
身体に触れるリティアの手の温かさを感じながら、全身に走る激痛で身悶えするセリスの意識が途切れ、やがて彼女は気を失ってしまった。
ハーロンティエ全土への突然の侵攻、出陣した魔軍の数は圧倒的だった。首脳議会の為に配置された連合軍やその他諸々の兵士や傭兵、義勇兵の総合数を見ても劣勢だった。
数は劣っていても力ではどうだろうか。連合軍には戦闘能力の高い戦士が大勢いる。敵の猛攻を防ぎ、勇敢に戦う彼らの腕は言うまでもない。
混乱状態に陥ったハーロンティエから逃げおおせた連合軍の戦士は一人もいなかった。ただの一人も。ヴァグレット・アズライトもその一人だった。
ハーデュウス国の城から飛び出した彼は四方から迫る異形の襲撃部隊と出くわした。ヴァグレットは全く怯まず、豪華な衣装の中に仕込んだ四本のナイフを両手の指の間に挟み、一気に放った。純銀製の柄のナイフは武装したオーク四体に見事に命中し、彼らの動きを止めた。
襲撃部隊の先頭の足を止めたヴァグレットは逃げ惑う大勢の民に避難を呼びかけ、自身は瓦礫の下敷きになった若者を救い出した。バルバロイの破壊によってハーデュウス国内の建物が倒壊し、折れた排水管や煉瓦、硝子、柱の破片などが散らばっていた。
「力ある者は戦え!戦う術を持たぬ者は私の元へ来い!」
年齢は重ねたものの、ヴァグレットは戦う能力を失っていなかった。自分の元に集って来た民を後ろに付かせ、武器を顕現させた。彼の愛用の武器は漆黒と銀で出来た巨大な戦斧だった。
過去に戦争の英雄として讃えられた男は皺の寄った両手に戦斧を構え、突進してくる敵という敵を薙ぎ払った。攻撃力を高める呪文を幾つか唱え、ヴァグレットは向かってくるバルバロイ数体を一度に切り裂いた。
二本の戦斧を振り回し、年齢とは思えぬ程の機敏な動きで敵の群れを蹴散らし、時には自らの配下――大地の賢人と呼ばれる古き樹の精であるエントが竜に形を変えたもの――を呼び出し、民達の周囲に敵が寄り付かぬよう完璧なガードをした。
「私の前で一人も死なせるものか!」
慧眼の士でもあるヴァグレットはさっと辺りを見渡し、民を安全地帯に逃がす為の最善のルートを導き出し、近くで応戦していた義勇兵数名に命じた。
「この者達をラスティングフォーリア城方面に誘導し、逃がしてくれ!ここは私が食い止める!」
漆黒のライフル銃でバルバロイの頭部を撃って破壊していた兵が「承知しました」と叫び、ヴァグレットの背後で身を寄せ合って震えていた人々を率いてその場を離れた。義勇兵三名が民間人の誘導につき、去り際に古き英雄に言葉を残した。
「どうか、ご武運を」
ヴァグレットはにやりと不敵に笑って見せ、「そなた達もな。武運を」と返し、再び敵に向かって攻撃を繰り出した。
義勇兵と避難民を見届けた後、ヴァグレットは群を成して向かって来るバルバロイを睨みつける。見るからに大群がヴァグレット一人を喰い殺そうと一斉に飛び掛かって来た。
「私は逃げんぞ。見送って来た多くの者達の為にも、私は逃げん」
ヴァグレットは戦斧を握る拳に力を籠め、奇声を上げながら押し寄せて来る異形の大群を見据えた。
燃えた家屋の炎で明々と照らされた異形のおぞましい集団の姿がヴァグレットの身体を突き破ろうとした瞬間、
「「不死の幻影隊」」
凛とした女性の声が重なり、亀裂の生じた地面から無数の手が出てきて複数のバルバロイの身体を掴んだ。暗い影の手は数千本に及び、動きを封じられて憤怒の声を上げるバルバロイを奈落の底へと引き摺り込んだ。
窮地を救われたヴァグレットは配下を召還した孫娘達の方へ顔を向ける。そこには確かに女神がいた。
「御祖父様、お待たせしました」
長い髪を靡かせたエメラインが優雅に微笑みながら近づいて来た。豪奢なドレスではなく、ダークブルーの戦闘装束に身を包み、黒いブーツをかつかつと鳴らしている。両手に銃と剣、背には十字の形をした大型の銃を装備していた。
「これより先は我々もご一緒します、御祖父様」
右手に長剣だけを装備したアストリットが凛々しい顔で言った。漆黒の軍服、胸元にはエメラインとお揃いの装飾ピンとアズライト国の紋章を模ったブローチを付けており、腕や太腿に短剣や銃を装備したベルトを着けている。
アストリットもエメラインも完璧に武装していた。ヴァグレットは二秒か三秒、孫娘達の凛々しい姿を眺めていた。
「お前達と共闘するのも久しいな。――背中を預けて大丈夫か?」
エメラインは力強く頷き、悠然と答えた。「ええ、勿論ですわ」
二人の傍でアストリットが意気揚々と武器を構える音がした。相変わらず意志の強そうな顔だった。
「エメラインと御祖父様は私が必ず守ります。敵に指一本触れさせません」
素晴らしい意気込みだ、とヴァグレットは笑った。豊かな声で笑い、孫娘達と一緒に敵に挑んだ。武器を振り回し迫って来る改造兵達を素早く仕留めると、その残骸を乱暴に踏みつけて彼らは先に突き進み、永遠のような恐ろしい時間を共有する。
醜い敵に猛攻撃を仕掛け、おぞましい血と肉片を蹴散らす。ハーデュウス国の至る所で戦闘が繰り広げられ、情け容赦ない命の駆け引きが始まっていた。
エメラインとアストリットは勇ましく戦い続け、祖父と共に多くの民を救い、敵を薙ぎ払った。
大多数の悪しき敵と戦うには年を取り過ぎていたが、最後の最後には二人の孫娘の盾くらいにはなれるだろう。自分より先に孫娘達は絶対に逝かせない。誰よりも固い決意を胸に、ヴァグレットは大切な親族と力尽きるまで戦い抜こうと思った。
「お前達と共に戦場を駆ける事が出来る嬉しさよ。これが最後の戦いである事を私は望む。――では、参るぞ。我が女神達よ」
午後の陽射しは強く、いつもよりずっと青空が美しいものだから何も起きていないようだった。しかし、確実に世界は灰色の残骸へと変貌しようとしていた。流れている空気の匂いを嗅げば一目瞭然だった。
今まで幾度となく世界に流れた殺戮の空気だ。野蛮で残虐な連中に支配されかけ、絶望の淵に沈もうとするハーロンティエは多くの悲鳴やあらゆる音で溢れていた。
「……急がなくては」
心身共に力を漲らせた男は、厳重警戒体制の敷かれたラスティングフォーリア城の螺旋階段を我武者羅に駆けあがっていた。
上位階級らしい豪奢な戦闘装束に身を包んだヴァルバードが城に入ったのは、ほんの数分前。
彼もまた、ハーデュウス国の首脳議会に参加していたが、魔軍の襲撃直後に独断でラスティングフォーリア城に移動した。敵の呪術や妨害の魔術を跳ね返し、独自に展開させた移動の魔術を駆使し、一瞬で到着した。
ライルとイツキ、グレイゼルがそれぞれ飛び出したのと同時にヴァルバードも自分が成すべきことを見出していた。
押し寄せて来た魔軍との戦いで明らかな不利を察し、ハーロンティエ全域の障壁を再構築し、強度を最大レベルまでに上げるよう各地に勧告した後、ヴァルバードは城の最上階を目指した。
多方面から出現し、侵略を始めた魔軍の多部隊は夜明け前には、既にラスティングフォーリア城近くまでに攻め込んでいた。異形の部隊に加え、ルキウスが放った人外の反乱軍が燃え盛る街を行進している様子がしっかりと誰の目にも見て取れた。
海辺の街では眩く光る太陽の下、激しく打ち寄せる波の泡が無惨な無数の死体を優しく砂上まで運んでいる。海に戦死者の血が混じって一部が変色していた。
あまりにも突然始まった大規模な戦いに人々は恐怖し、かつてないほど混乱した。危機的な状況だったが、非戦闘員である民達は互いに助け合い、各部隊の指揮官に従い、避難や戦闘準備を始めたのだった。
敵は中央大陸ハーロンティエの要ともいえる、ラスティングフォーリア城にまで踏み込もうとしている。麗しの領域と呼ばれる美しい城に残っていた騎士や兵、士官達は城の敷地への攻囲網をぎりぎりの人数で攻防しながら、連合軍や精鋭部隊に連絡を送っていた。
ハーロンティエ各地の多数の避難民が集まった避難地が数か所やられ、命辛々で逃げてきた人々が「この戦いに勝ち目は無い」と恐怖に青ざめて証言すると、勝利を確信していた民や軍の顔色が変わった。
指揮官や騎士、兵士達は状況がよく飲み込めないまま、高い建物の上から国全体の様子を隈なく観察した。すると全土に渡り、それこそ悪夢の様な光景が広がっているのを嫌でも知る事となったのだ。
白き要塞の建つ広大な土地を守る為に、死を賭して戦った勇敢な戦士や民の無惨な死骸が、炎と共にあちらこちらに放置してあった。埃と汗と血で塗れた戦闘装束の戦士の首が転がる大地を、魔軍は悠々と進む。
ヴァルバードは休む暇も無く階段を駆け上り、ラスティングフォーリア城の最上階――ハーロンティエを一望できる屋上に出て、第一級警戒態勢を報せる警報を鳴らした。
最初の仕事を終えた後、右手の印章付きの指輪を弄り、そっと外した。危機が眼前に迫っているのは分かっていた。この白き要塞を陥落させるつもりは無いが、万が一に備えて自分の形見を彼女に――ノヴァーリスに遺すつもりだった。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年3月30日 発行 初版
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