spine
jacket

───────────────────────



ウイング オブ ステージ

西脇秀之



───────────────────────

ウイング オブ ステージ


登場人物

●舞台監督
●アナウンサー
●劇団マッチ売りの少女
●きよし君の彼女
●お弁当屋さん

《劇団員たち》
●シンデレラ
●継母
●いじわるな姉(演出の妹)
●魔法使い
●ポニョ
●演出
●音響
●衣装
●メイク
●小道具
●大道具1
●大道具2
●大道具3

劇場がドラマチックな音楽で満たされる。
音楽の盛り上がりとともに観客の拍手。
そして、カーテンコールが始まる。
・・・・・
全国演劇コンクール、本番の舞台袖。
「舞台」から漏れる照明が、舞台袖にも差し込んでいる。
(※カッコ書きの《「舞台」》は、実際には見えない袖幕の向こうのステージのこと)

ストップウオッチを握りしめた舞台監督が、厳しい表情で袖幕の向こうの「舞台」を見ている。
アナウンサーが、マイクの前にスタンバイしている。

マッチ売り   (「舞台」から声だけが聞こえる)ありがとうございました! 

再び観客の拍手。

舞台監督    (インカムに向かって)緞帳、ダウンです。(手を振り下ろし)どうぞ。

「舞台」では、カーテンコールの拍手の中、緞帳が降りた。

舞台監督    (インカムに)はい。カーテンコール終了です。お疲れさまでした。

「舞台」から、前の劇団の役者が駆け込んでくる。
劇団マッチ売りの少女。花束を抱えている。

マッチ売り   すいません! もう一度、緞帳上げてください! 
舞台監督    (インカムに)次の劇団のスタンバイに入りますので、よろしくお願いします。
マッチ売り   すいません! 
舞台監督    お疲れさま。アナウンス、どうぞ。
マッチ売り   もう一度カーテンコールを! 
舞台監督    なに言ってるの。(ストップウォッチを見て)3分おしたよ。減点ね。
マッチ売り   まだ拍手が。
舞台監督    アナウンス。どうしたの。
アナウンサー  いいんですか。
マッチ売り   ダメです! 
舞台監督    どうぞ。
マッチ売り   ダメです! 
アナウンサー  (カフを上げて、マイクに向かい)「劇団マッチ売りの少女」による、「百万本のマッチをあなたに」でした。
舞台監督    (「舞台」に向かって)早くバラしてください。
マッチ売り   お客さんに挨拶させてください。
舞台監督    4分オーバー。さらに減点。5分おしたら失格だから。
アナウンサー  (マイクに)次の劇団の上演まで、しばらくお待ちください。
舞台監督    (楽屋に向かって)次の劇団の方、スタンバイ、どうぞ。

次の劇団が、楽屋からやってくる。
大道具チームは、セットを運んでくる。

演出      よろしくお願いします! 
シンデレラ   お願いします…。

マッチ売り、花束を置き、アナウンサーからマイクを奪い取る。

マッチ売り   (マイクに)劇団マッチ売りの少女でした! ありがとうございました! 審査員のみなさん、私を優勝させて…。
舞台監督    (マイクを切って)なにやってんだ。あんた、減点。減点、減点! 

「舞台」から、前の劇団のセットが運び出されてくる。
大道具チームとぶつかりそうになり。

大道具1    あぶない! 
大道具2    すいません、じゃまなんですけど。
舞台監督    終わったセットは、上手だって言ってるだろう! 
マッチ売り   お願い、あたしを優勝させて! 
舞台監督    こいつもはけて! お前たち、失格だ! 

舞台監督、マッチ売りを上手に突き飛ばす。

舞台監督    (ストップウォッチを見て)次の上演まで、あと5分。急いで。時間ないよ。

演出、スタッフ、忙しくスタンバイ。
シンデレラは、ぼーっと立っている。

音響      すいません。音響の者ですけど。
舞台監督    あぁ、(音響機材を指差し)これ使って。責任者の方は。
音響      (手招きして)演出。
演出      なに。
舞台監督    演出の方? 
演出      はい。
舞台監督    本番3分前に一ベル入りますから。スタンバイできたら、教えてください。
演出      わかりました。みんな、急いで。
舞台監督    あんた、スタッフ? そこに立ってると、じゃま。
シンデレラ   すいません。
演出      …なにやってんの。
シンデレラ   えっ。
演出      衣装! 着替えて! 
シンデレラ   うそ…なにが起きたの?! 
演出      知らないわよ。(楽屋に)ちょっと、衣装さーん。
衣装      (楽屋から声だけ)はーい。
舞台監督    役者? 
シンデレラ   だって、だって…。

衣装、シンデレラの衣装を抱えてきて、

衣装      探してたのよ! 
シンデレラ   あたし、何度も着替えたの。
衣装      何度も着替えて、もとに戻ってんじゃない! 

衣装、シンデレラを楽屋に連れてゆく。

舞台監督    大丈夫かよ…。
演出      いたい…胃がいたい。
音響      すいません。これ、どうやって使うんですか? 
舞台監督    おいおい、頼むぞ。
演出      いたたたたた…。

舞台監督は、音響に機材の説明。
大道具チーム、「舞台」から、セットを引き上げてきて、なにやら作業を始める。
小道具が、シンデレラのティアラを持って楽屋からやってくる。

大道具1    そこ持ってて。(セットを壊し始める)
小道具     (ティアラを椅子に置き)…あの、演出。
演出      (胃をおさえて)ちょっと待って…。
大道具1    そこ外して。
大道具2    ばらばらになっちゃいますよ。
大道具1    ばらばらにするんだよ。
小道具     お話があるんですけど…。
演出      待って、(大道具チームに)ねえ、なにやってんの。
大道具3    シンデレラの部屋の入り口が小さかったみたいで。
演出      は? 
大道具2    今、大きくしますから。
演出      …今。ねえ、今って言った。
小道具     あの、いいですか。
演出      ダメ、倒れそう…。
小道具     大丈夫ですか! 

小道具、ティアラの置いてある椅子を差し出す。
演出、その椅子にぐったり座る。

舞台監督    わかった? 
音響      たぶん。
舞台監督    これを上げたら、音が出るから。いいね。
音響      はい。
小道具     …私、あちこち探してみたんですけど。
舞台監督    (ストップウオッチを見て)本番3分前です。一ベル入ります。
演出      ぅう…ごめん、水持って来て。
小道具     あ、はい! 

小道具、楽屋に走る。
一ベル。

舞台監督    アナウンス、入ります。どうぞ。
アナウンサー  本日は、「輝け! 全日本青少年演劇大賞」にご来場いただきありがとうございます。まもなく、劇団…。

突然、音楽「きよしのズンドコ節」が流れる。

舞台監督    (音楽を切って)なにやってんだ! 
音響      えっと…チェックです。
舞台監督    なぜ、今、するんだよ! 

客席から、笑い声が聞こえる。

大道具3    …うけてるよ。
舞台監督    それに、どうしてズンドコ節なんだ! 
音響      いつも、稽古前にかけることに。
舞台監督    今は、もう稽古じゃない! 本番なの! 

大道具チーム、袖幕から客席をのぞき込み。

大道具2    すごい。うちら、上演する前からうけてる。
大道具1    これで、客はあったまったな。
演出      …いけるかも。
舞台監督    違う、違うぞ! 勘違いするな! 

衣装、メイク、シンデレラ、継母、いじわるな姉、魔法使い、楽屋からやってくる。

シンデレラ   よろしくお願いします。
継母      ねえ、化粧、濃くない。
メイク     ワイルドな感じにしろって、演出が。
継母      やるんなら、ところんやって。
シンデレラ   どうしよう…また緊張してきた。
衣装      いつも通りやれば、大丈夫。音響さん、いつもの曲かけて。
舞台監督    ダメ! 

小道具が、演出に水を持ってくる。

魔法使い    ねえ。口紅、ピンクにしていい。
メイク     どうぞ。
いじわるな姉  あたしも。
メイク     ダメ。
いじわるな姉  どうして、かわいいのに。
メイク     あなたはいじわるキャラでしょう。
演出      (水を飲み)力が、湧いて来たわ。よし。円陣組むわよ。
劇団員たち   はい! 

劇団員たち、円になる。
継母、いじわるな姉は、不満そうに円陣の外にいる。

舞台監督    その前に、スタンバイしろよ。
アナウンサー  その前に、アナウンス、終わってないんですけど…。
舞台監督    …、入れて! 
継母      ねえ、眉毛つなげたら、どうかな。
メイク     ねらいが、わからない。
演出      (継母たちに)集まって。
アナウンサー  まもなく、「劇団○○○(お好きな劇団名で)」による「崖の上のシンデレラ」を上演いたします。ロビーのお客様は、客席にお入りください。
演出      ここまで、みんな頑張ってくれました。悔いのないよう、精一杯、落ち着いて、一生懸命、リラックスしていきましょう! 
魔法使い    どっちなの? 
シンデレラ   ぁああ、わからなくなってきた! 
継母      いつでも代わってあげるわよ。
演出      ダメ! 
継母      そもそも演技力から言って、主役は私のはずでしょう。
演出      それは、何度も説明したじゃない。
舞台監督    本番1分前でーす。
演出      とにかく。みんな、心を一つにして、がんばりましょう! 
劇団員たち   おう! ズン、ズン、ズン、ズンドコ、きよし! 
舞台監督    君たちは、わからん。
劇団員たち   ……。

劇団員たち、お互いを見合う。

舞台監督    なに、顔見合わせてぼけっとしてるんだ。幕あくぞ! 
シンデレラ   …王子様は? 
劇団員たち   きよしくーん。
演出      楽屋を探してきて! 

衣装とポニョ、楽屋に走る。

舞台監督    どうした? スタンバイしろよ。
大道具1    おい。セット、持ってくぞ。
大道具2    まだ、できてませんよ。
大道具1    もういい。ここで切っちゃえ。
大道具3    もっと、小さくなっちゃいますよ。

大道具、セットを強引に組み立てる。
メイク、音響、小道具も、最終チェック。

舞台監督    役者は、板ついて。
シンデレラ   でも。
舞台監督    音響さん、OK? 
音響      たぶん。
演出      あんたは、舞台に行って。
シンデレラ   王子がいないと…。
魔法使い    王子は、まだ出ないから、大丈夫。
シンデレラ   無理! できない! 
継母      それじゃ、私が。

と、継母が「舞台」に出てゆく。

演出      (継母をつかんで)あんたじゃない! そこ、継母をつかまえてて。

いじわるな姉、継母をつかまえる。

演出      あんたが出ないと、芝居が始まらないの! 

演出、シンデレラを「舞台」に押し出す。

舞台監督    本ベル入りまーす。(インカムに)本ベル後、音楽と同時に緞帳アップです。照明さんよろしく。
大道具1    よし! できた! 
大道具2    すごい小さい入り口なんですけど…。

本ベルが鳴る。

大道具1    行くぞ! 

大道具チーム、「舞台」に走る。
音響の操作で、音楽が鳴り響く。
舞台監督、手を振り下ろし。

舞台監督    緞帳アップ、どうぞ。

「舞台」の幕が開く。
舞台袖にも、照明が差し込む。
客席から拍手が聞こえる。
大道具1、2が、戻ってくる。

演出      なんとか、幕が開いたわね。

大道具3が、遅れて戻ってくる。

大道具1    ギリギリセーフだな。
大道具3    拍手って、うれしいもんですね。
魔法使い    お客さんに見えたんじゃ…。
大道具3    大丈夫。ちょっとお客さんと目が合っただけ。
大道具2    あの扉、やっぱり小さすぎませんか。
大道具1    シンデレラが、ガリバーに見えるな。
小道具     演出、いいですか。
演出      (「舞台」をのぞきながら)どう。あの子、意外と堂々としてるじゃない。
小道具     あの。
演出      なに。
小道具     私、いろいろ探してみたんですけど…靴がないんです。
演出      靴? 履いてるじゃない。
小道具     いや、ガラスの靴がないんです。
演出      えっ…。

衣装が走り込んでくる。

衣装      王子様が、逃げました! 
劇団員たち   えっ! 
ポニョ     置き手紙がありました! 
継母      かして。(手紙を読んで)「本当のシンデレラを探しにいきます。ガラスの靴を借りていきます。みんな、がんばって。芝居の成功を祈ってます」…。
劇団員たち   ……。
継母      …きよし君。おもしろすぎる。
アナウンサー  ずいぶん静かな芝居ね。
音響      っていうか、まだ最初のセリフを言ってないんですけど。
アナウンサー  なにやってるの。
音響      さあ…。

劇団員たち、「舞台」をのぞき込む。

メイク     …セリフは? 
魔法使い    「お母さん、どうして私を残して逝ってしまったの」。
継母      あの子、手をばたばたさせて、何やってんの。
大道具1    あいつなりに、もがいてるんだな。
メイク     待って、…同じ動きを繰り返してる。
衣装      何かの、合図じゃ。
大道具3    手旗信号? 
舞台監督    どうした! なにが言いたい! 
演出      なにって、セリフを言ってよ。
メイク     ほら、やっぱり繰り返してる。

全員、「舞台」のシンデレラの動きを目で追いながら数える。

全員      …1、2、3、4、…5、6、7、8。…1、2…。
ポニョ     ラジオ体操だ! 
大道具1    緊張をほぐしてるんだ。
演出      舞台の上で。もうダメ…誰かプロンプして。
衣装      プロンプ? 
いじわるな姉  お客さんには聞こえないように、こっそりセリフを教えるの。
衣装      なるほど。
演出      早く! 
小道具     待って。時間が稼げるかも。
衣装      どういうこと。
大道具1    そうか。シンデレラがラジオ体操してる間に。
小道具     そう。
大道具1    よし、作ろう! 
小道具     作る? どうやって? 
大道具1    なせばなる。おい、材料を探せ! 
大道具チーム  はい! 

大道具チーム、材料を探しに走り去る。

舞台監督    この後の場面は? 

舞台監督、音響から台本を取り上げる。

音響      継母たちがやって来て、さんざんいじめられて、その夜魔法使いが現れて、変身。
小道具     そこで、ガラスの靴を使います。
舞台監督    時間がないぞ。
継母      (「舞台」のシンデレラを見て)見てらんないわ。あたし出るわよ。
魔法使い    ラジオ体操していただけの娘を、いきなりいたぶっても、意味わかんないでしょう。
継母      私の演技力でカバーするわ。

と、継母が「舞台」に出てゆく。

演出      待って。誰か止めて! 

劇団員たち、継母を止める。
大道具チーム、木材を抱えて戻ってくる。

大道具2    こんなんでいいですか? 
大道具1    よし。彫るぞ。
メイク     彫るの。
小道具     無理よ。あたし、買ってくる。
メイク     これから。
いじわるな姉  間に合わないよ。これじゃ、だめ?(自分の靴をぬいでみせる)

小道具、走って出てゆく。

衣装      それより、王子様はどうするの。
音響      変身してすぐ、崖の上のお城の場面で、そこで王子様と出会います。
大道具1    わかった。作ろう! 

大道具チーム、作業開始。

いじわるな姉  王子様をどうやって作るのよ! みんな、少し冷静になったら。
アナウンサー  崖の上のシンデレラというより、崖っぷちのシンデレラね。
舞台監督    とにかく、芝居を進めるんだ。
演出      ガラスの靴がなくちゃ、進まない。
舞台監督    このままじゃ、時間切れで、ラストまで上演できない。失格だ。
演出      いやぁあああ! 
舞台監督    しっかりしろ。演出だろう。
演出      …。
舞台監督    なんとか、変身の場面まで進めるんだ。その間に、ガラスの靴と、王子様を用意する。いいか。
劇団員たち   …はい。
舞台監督    …なんで、オレが、一生懸命になってんだよ。
メイク     プロンプして。

魔法使い、「舞台」に向けてささやく。

魔法使い    (ささやき声で)お母さん、どうして私を残して逝ってしまったの。
メイク     聞こえていない。
衣装      頭が真っ白になってるのよ。
演出      もう少し大きく。
魔法使い    お母さん、どうして私を残して逝ってしまったの。
シンデレラ   …。
劇団員たち   お母さん、どうして私を残して逝ってしまったの。
シンデレラ   …。
劇団員たち   (大きく)お母さん、どうして私を残して逝ってしまったの! 
いじわるな姉  ねえ、お客さんに聞こえてるよ。
衣装      切なくて、泣けてきちゃった。
演出      わかる。いいセリフでしょう。
衣装      はい! 
アナウンサー  セリフじゃなくて。この状況が切ないんじゃない。
演出      感性の鈍い人は困るわ。
アナウンサー  悪かったわね。
演出      シンデレラが、セリフさえ言ってくれれば、観客の心をわしづかみなのに。
衣装      演出。きっと私たち優勝できます! 
演出      当たり前でしょう。そして、優勝すれば、プロへの道もひらけるわ。

いじわるな姉  ああ、あほくさ。お姉ちゃん、あたし帰る。
演出      はぁ? 
いじわるな姉  じゃあね。

いじわるな姉、楽屋へ向かう。

演出      待ちなさい! 
いじわるな姉  離してよ。
演出      あんた、これから出番なのよ。
いじわるな姉  もう勝手にやってよ。
演出      なに無責任なこと言ってんのよ。
いじわるな姉  お姉ちゃん、うそばっかりじゃない! 

姉妹で、もみ合う。

舞台監督    おい。なにやってんだ。
魔法使い    姉妹げんか。いつものことです。
いじわるな姉  これで、最後にするってお父さんに約束してたじゃない。
演出      だから、これで優勝したら、パパもわかってくれるって。
いじわるな姉  はじめっから、芝居やめる気なんかなかったんでしょう。学生時代の最後の思い出とか言って。あたしまで引っぱりだしてさ。
演出      あんたも、楽しく稽古してたじゃない。
いじわるな姉  本当に最後だって言うから、協力したんでしょう。これじゃ、あたしまで共犯になっちゃう。さようなら。
演出      待ちなさいって。

いじわるな姉、出てゆく。

舞台監督    ダメだ。始まって、すでに5分。まったく芝居が進んでいない。
演出      ああ、もう!(「舞台」をのぞいて)あの子は、まだラジオ体操? 
メイク     今は第二をやってます。
舞台監督    仕方がない、幕を下ろそう。
継母      ダメよ! あたし、まだ出てないじゃない。
演出      絶対、幕は下ろさないわ。
舞台監督    それじゃ、どうするんだよ。
演出      …。
舞台監督    (インカムをつける)照明さん。幕を下ろします。
演出      ナレーションよ! 
舞台監督    はあ? 
演出      お願い! 
アナウンサー  えっ。
演出      ナレーションで、話を進めて。
アナウンサー  無理。
演出      できるわ、あなたなら。
アナウンサー  あたしのなにを知ってるのよ! 
舞台監督    無理だ。役者じゃないんだから。
アナウンサー  そうよ。原稿がなければ、話せないのよ。
衣装      話は知ってるでしょう。シンデレラよ。
アナウンサー  崖の上のシンデレラなんでしょう。
音響      お城が崖の上というだけです。
アナウンサー  そこに、ポニョがいるじゃない。
ポニョ     ポニョ、そうすけ大好き! 
演出      カットする。
ポニョ     うそ! 
舞台監督    (インカムに)照明さん、もう少し様子みます。
アナウンサー  それにしたって、どうしてシンデレラが言葉を話さないのか、説明つかないでしょ。
音響      それは…。
継母      わかった。あたしが、サリバン先生として登場するわ。
音響      その手があったか! 
舞台監督    どんな手だ。
継母      そして、主役は私のものに。よし、ヘレン・ケラーにプレゼントがいるわね。この花束がいいわ。

継母、置いてあった花束を抱える。

演出      シンデレラはどうなるのよ。
継母      最後に、ウォーター! って叫べばいいんじゃない。
演出      ダメ! あたしは、シンデレラで勝負するの。シンデレラじゃなきゃ、意味がないの。

いじわるな姉が、戻ってきている。

いじわるな姉  こういうのは。

劇団員たち、いじわるな姉を振り返る。

いじわるな姉  シンデレラは、自分のあまりに不幸な境遇に、言葉をなくしてしまった。
衣装      精神的ショックね。
演出      戻ってきてくれたの! 
いじわるな姉  化粧道具、取りにきただけ。
衣装      貧しい生活。
メイク     母子家庭。
大道具3    突然の母の死。
演出      そうよ! 言葉をなくさない方がおかしいわ。わかるでしょう! 
アナウンサー  わからないわよ。
演出      さあ。
アナウンサー  無理だって。
演出      お願い! 
アナウンサー  無理だって。
舞台監督    ナレーションを入れろ! 
アナウンサー  えっ。
舞台監督    舞台では、舞台監督の指示は絶対だ。

舞台監督、カフを上げる。
全員、アナウンサーを見つめる。

アナウンサー  (マイクに)…「お母さん、どうして私を残して逝ってしまったの」…シンデレラは、心の中で何度も叫んでいた。
演出      うまい! 
舞台監督    静かに。
アナウンサー  シンデレラの涙にぬれた瞳には、崖の上にそびえ立つお城が映っていた。
演出      その調子。
メイク     見て。シンデレラが、ナレーションに合わせて動いてる。
舞台監督    いいぞ! 
アナウンサー  シンデレラは、お城を見上げる貧しい漁村に生まれた。
演出      …漁村? 
アナウンサー  父は、シンデレラが生まれる前に、漁に出たまま帰らぬ人となった。母は、女手一つで娘を育てたが、過労と冷たい海風のために肺を患い、十四の娘を残して、天国の夫のもとへ逝ってしまった。娘は、悲しみのあまり、声をなくした。そして、若くして借金を背負ったシンデレラが、身売り同然で連れていかれたのは、村の金貸しババアの家だった! 

舞台監督    出番だ! 
継母      あたし、村の金貸しババアなの。
演出      出て。
継母      いやだ。
魔法使い    今しかない。
継母      そんな設定じゃ、できない。
メイク     見て、シンデレラが慣れない手つきで網をひいてる。
衣装      漁村だ! 
演出      即興で演じてるんだわ。えらいわ、あの子。
継母      えらくない! 金貸しの家なんでしょう。
演出      わかってるじゃない、芝居を進めて。
継母      いや、いや、いや、いや。
いじわるな姉  あああ、もう! 

いじわるな姉、スタスタと「舞台」へ。

劇団員たち   えっ…。
いじわるな姉  (「舞台」からセリフが聞こえる)あなたが、シンデレラ。なんてきたない娘なの。
劇団員たち   そーれ! 

劇団員たち、継母を「舞台」に押し出す。

継母      (声だけ)さあ、ぐずぐずしないで、働きな! あんたには、一生かかっても返せないほどの借金があるんだからね! 

舞台監督    よし。話が進んだ。

劇団マッチ売りの少女が、楽屋から戻ってくる。

マッチ売り   すいません。
大道具2    今、取り込んでるから。
マッチ売り   あの、ここに、花束ありませんでしたか? 
大道具3    知らないよ。
マッチ売り   すいません。
大道具1    マッチはいらないよ。
マッチ売り   そうじゃなくて。
大道具1    よし、できた。ガラスの靴だ、持ってけ! 
大道具2    どう見ても、下駄ですけどね。

大道具3、下駄を持って、演出のもとへ。

マッチ売り   あっ、舞台監督さん。
舞台監督    ダメだよ、終わった劇団は、控え室で審査結果を待っててくれなきゃ。
マッチ売り   花束を忘れてしまって。
舞台監督    花束? 
マッチ売り   カーテンコールの時、預けたじゃないですか。
舞台監督    もらってないよ。
マッチ売り   返してください。あたしの花束。
魔法使い    花束…。あ、さっき継母が。

魔法使い、「舞台」を振り返る。

マッチ売り   えっ。

演出、下駄を手に取り。

演出      …なにこれ。
大道具3    ガラスの靴。
演出      冗談でしょう。シンデレラなのよ。
大道具1    わかった、戻ってこい。

マッチ売り、視線の先に花束を見つける。

マッチ売り   あたしの!(「舞台」に駆け出す)
魔法使い    待った! 本番中! 
マッチ売り   だって、あたしの。
衣装      もうすぐ戻ってきますから。
マッチ売り   役者として初めてもらった花束なんです! 一生の記念なんです! 
魔法使い    わかった。せっかく、芝居が進んだところだから。お願い! 

大道具1、下駄をじっくりながめて。

大道具1    …色の問題だ。

大道具チーム、下駄に色を塗りはじめる。

継母      (声だけ)…シンデレラ。あんたは、なんて、憎らしい子なの。こうしてやる。バシッ、バシッ…。

「舞台」から、何かを強く打つ音が聞こえる。

舞台監督    迫真の演技だな。
アナウンサー  めった打ちだ。
演出      誰、あの花束を用意したの。花びらが散って、すごく効果的だわ。
マッチ売り   いやー。あれは、私の花束! 
衣装      ダメ! 今、出て行っちゃ。
演出      なに、あんた? 
マッチ売り   あたしの花束! 

マッチ売り、「舞台」に出ようとする。

演出      やめて。これ以上、あたしの芝居をめちゃくちゃにしないで! シンデレラに、マッチを売りつけないで! 

継母が、花びらの散った花束を持って、帰ってくる。

劇団員たち   …。
継母      あー、スッキリした。
演出      なに勝手に戻ってきてるの! 
継母      もう、いいわ。満足。
マッチ売り   ぁああ…あたしの…。

マッチ売り、花束を手に取ろうとする。

継母      だれ?。
マッチ売り   返して! 
継母      ちょっと、やめてよ。
マッチ売り   あたしの花束を返して! 
演出      こんなもの、いいから。舞台に戻って。

演出、継母から花束を奪い、床に捨てる。

マッチ売り   ひどい! 
音響      また、芝居が止まってます。
演出      えっ。
継母      (マッチ売りに)ねえ、あんた、だれ? 
マッチ売り   うわぁあああ。(継母の胸で泣く)
アナウンサー  今度は、シンデレラだけじゃない。いじわる姉さんまで、凍ってる。
大道具2    よほど、恐ろしかったんだな。
舞台監督    どうする? ナレーション用意! 
アナウンサー  この状況でなにを言えばいいのよ。
演出      いいわ。暗転にして。
大道具3    シンデレラがめった打ちになって、暗転…。
演出      暗転があけたら、夜の場面よ。魔法使い、スタンバイして。
魔法使い    うそっ。
舞台監督    (インカムに)照明さん。暗転です。…いいから、暗転! 

音響、機転をきかせて音楽を入れる。
「舞台」、暗転になる。

舞台監督    音響さん(グッドのサイン)。誰か、姉を連れ戻してきて。

衣装、「舞台」へ走る。

舞台監督    (インカムに)照明さん、音楽がフェイドアウトしたら夜の場面です。
演出      (魔法使いに)シンデレラは、泣きつかれてベッドで寝ている。そこに現れるのよ。
魔法使い    でも、あの子、しゃべらないんでしょう。
演出      その時は、魔法をかけちゃって。
魔法使い    有無を言わさず…。
音響      音楽まもなく終わります。
舞台監督    (インカムに)照明、どうぞ。

明転。
「舞台」は、夜の場面。
衣装は、いじわるな姉を連れ戻してきている。
なぜか、シンデレラも舞台袖に戻ってきている。
しかし、誰も気づいていない。
継母は、マッチ売りの少女を慰めている。

衣装      お疲れさま。
いじわるな姉  もう、むちゃくちゃじゃない。
衣装      よく頑張ったわ。休んで。
演出      魔法使い登場。音楽。

音響の操作で、魔法のような音楽が流れる。

演出      がんばって! 

演出、魔法使いを送り出す。

魔法使い    (声だけ)シンデレラ、目を覚ましなさい。シンデレラ…目を覚ましなさい…。
演出      (手を組んで祈りながら)お願い、シンデレラ。しゃべらなくていいから、目を覚まして。
継母      目覚めの悪いシンデレラね。
マッチ売り   あんたが、あんなにブツからよ。
継母      気を失ってたりして。
継母とマッチ  ゲラゲラゲラゲラ(なぜか、仲良くなってる)
劇団員たち   うるさい! 
メイク     …ねえ、ベッドに誰もいない。
劇団員たち   ……。
シンデレラ   シンデレラは、もう二度と目覚めないわ。

劇団員たち、ゆっくりシンデレラに振り返る。

魔法使い    (声だけ)シンデレラ、目を覚まして! 
演出      …どうして、あんたがここにいるのよ! 
シンデレラ   お疲れさまでした。

演出、楽屋に引っ込もうとするシンデレラをつかまえる。

シンデレラ   離して。
演出      わかった。あなたは、よくやった。
シンデレラ   戻らない。
演出      戻るのよ。ここで、逃げちゃダメ。
シンデレラ   ものすごい数の目があたしを見てるのよ。
演出      そうね。みんな見てるわね。お芝居だもの。
シンデレラ   戻らない! 
演出      戻るのよ。
シンデレラ   戻らない! 
演出      お願い。そんな子供みたいなこと言わないで。
シンデレラ   だから、はじめっから無理だって言ったじゃない。あたしには、無理だって。あたしになんか、できっこないって。
演出      できるわよ。
シンデレラ   どうして。稽古でも、一度も上手くできたことないのに。
演出      稽古ではできなくても、今はできるのよ。本番だから。全て上手くいくのが本番だから。
シンデレラ   ちっとも上手くいってないじゃない! 
演出      いつまで、ぐじぐじ言ってるの! あなた、シンデレラでしょう。魔法で変身するシンデレラでしょう。あんたが変わらなくて、シンデレラなんか演じられるわけないでしょう。
シンデレラ   …。
魔法使い    (声だけ)シンデレラ、出てらっしゃい。こわくないわよ…ルールールールー…。
舞台監督    おい。呼んでるぞ。
シンデレラ   今さら、出て行けない。
継母      しょうがないな。あたしの出番ね。
マッチ売り   きつねの着ぐるみ着ていけば。
継母      あんたも行く? 
マッチ売り   悪いわね。

継母、マッチ売り立ち上がる。
劇団員たちが、二人をかこむ。

継母とマッチ  冗談よ。
魔法使い    (声だけ)かくれてないで、出ておいで。ルールールールー…。
舞台監督    行くんだ。魔法使いが、待っている。

シンデレラ、ゆっくり「舞台」に向かう。
劇団員たち、それを見守る。

シンデレラ   あたし…変われるかな。

シンデレラ、「舞台」へ。

シンデレラ   (声だけ)そこにいるのは、だれ? 
魔法使い    (声だけ)シンデレラ、どこに行ってたんだい。
シンデレラ   (声だけ)この家の人たち、ほんとにケチなんですもの。ろくにご飯も食べさせてくれないから、こっそり冷蔵庫を開けちゃった。うふっ。
魔法使い    (声だけ)…そう。夜食は、太るから気をつけなさい。
シンデレラ   (声だけ)そうね。ご忠告ありがとう。
音響      とりあえず、話は進んでますね。
舞台監督    あたし、変われるかなって、変わり過ぎじゃないか。
演出      いい。それでもいい。
アナウンサー  でも、言葉が話せなかったんじゃなかったっけ。
全員      あっ…。
演出      それでもいい! 
衣装      お客さんも、そんなこと気づかないよ。
全員      そうだ、そうだ。
魔法使い    (声だけ)シンデレラ、お前いつの間に、声が。
演出      どうして、言っちゃうのよ。
シンデレラ   (声だけ)…そうね。不思議だわ、いつの間に…。
演出      もういい。深入りするな。

楽屋から、お弁当屋さんが現れる。

お弁当屋さん  お弁当をお届けにまいりました。
大道具チーム  しぃー。
お弁当屋さん  まいど。クマさん弁当です。
大道具3    はい? 
お弁当屋さん  シャケカラ弁当12人前、お持ちしました。
大道具2    今、立て込んでるんだ。
お弁当屋さん  でも、お支払いを。
大道具2    会計って、誰だっけ? 
大道具3    魔法使い。
大道具2    今、舞台に出てるから。
お弁当屋さん  ああ、はい。
大道具2    そういうことだから。

お弁当屋さん、みんなと同じように、「舞台」をながめる。
お弁当屋さん、魔法使いを指差し、身振りでメイクさんにたずねる。
メイク、その意味を理解し、うなずく。
お弁当屋さん、「了解」とOKサインを出す。

シンデレラ   (声だけ)あたし、話せるのね! 信じられないわ、魔法みたい。もしかして、あなたは…。
舞台監督    上手いぞ。
魔法使い    (声だけ)うふふふ。驚くのも無理ないわ。よくお聞き、私は、…。
お弁当屋さん  (声だけ)まいど、クマさん弁当でーす。

いつのまにか、お弁当屋さんが「舞台」に出ている。

シンデレラ   (声だけ)…えっ。
お弁当屋さん  (声だけ)えっ。
劇団員たち   …えええええ! 
演出      だれ。だれなのよ! 
大道具2    説明したのに。
シンデレラ   (声だけ)誰よ、あなた! 
お弁当屋さん  (声だけ)あ、いや、まさか…。
衣装      がんばれ! 
シンデレラ   (声だけ)ぁあああ! 
大道具1    ダメだ、完璧にパニックにおちいった。
シンデレラ   (声だけ)私には、もう、なにがなんだかわからないわ。誰なのよ! 
お弁当屋さん  (声だけ)…あの。
舞台監督    もう、言うな。
お弁当屋さん  (声だけ)…クマさん弁当です。
大道具3    (声だけ)言っちゃった。2回も言っちゃった。
魔法使い    (声だけ)クゥマァーサーン、ベントォオオオオー! 
劇団員たち   ……。
魔法使い    (声だけ)クゥマァーサーン、ベントォオオオオー! 
衣装      なに、言ってるの…。
継母とマッチ  やけ起こしてる。
魔法使い    (声だけ)クゥマァーサーン、ベントォオオオオー! 
いじわるな姉  もしかして、呪文? 
魔法使い    (声だけ)驚いた、シンデレラ。これは、呪文なの。
シンデレラ   (声だけ)やっぱり、あなた、魔法使いなのね! 
演出      魔法の効果音を用意して。
音響      はい。
魔法使い    (声だけ)そうよ。そして、ここにいるは……妖精。
お弁当屋さん  (声だけ)…妖精? 
魔法使い    (声だけ)さあ、次は妖精を消す魔法よ。妖精さん、準備はいい。
お弁当屋さん  (声だけ)…は、はい。
魔法使い    (声だけ)クゥマァーサーン、ベントォオオオオー! 
演出      音、出して! 
お弁当屋さん  (声だけ)シュルシュルシュルシュル…。

魔法の効果音。
お弁当屋さん、舞台袖にはけてくる。

お弁当屋さん  あははははは…。

劇団員たち、お弁当屋さんを羽交い締め。
お弁当屋さん、継母とマッチ売りの隣に座らされる。
要注意人物が三人。

きよし君の彼女と小道具がやってくる。
入口で、もみ合う。

小道具     だから、話を聞いて! 
彼女      通しなさいよ! 

それを、大道具チームが気づいて。

大道具3    ちょっと。
大道具2    なんだよ。
大道具3    うしろ。
大道具1    うぁ、最悪。
大道具2    えっ。なに。
大道具3    うしろ。
大道具2    だれ。
大道具3    (耳打ちして)…。

要注意人物たち。

お弁当屋さん  …おれのせいなのか。
マッチ売り   まあ、事故だと思って。
お弁当屋さん  金もらって、店に帰らなきゃ。
継母      待ちなさいって。このてん末を見ずに帰るつもり。ほら。

継母、マッチ売りとお弁当屋さんに、彼女について耳打ち。

大道具3    (耳打ち)王子の元カノ。
大道具2    あれが。
大道具1    演出が芝居のために無理矢理シンデレラとくっつけたんだ。

小道具、なんとか彼女を押し返す。

魔法使い    (声だけ)さあ、次はシンデレラ、あなたに魔法をかける番ですよ。
シンデレラ   (声だけ)私に? 
魔法使い    (声だけ)舞踏会が、あなたを待ってるわ。
演出      魔法の効果音、スタンバイ。
音響      はい。

彼女、やってくる。

大道具3    きちゃったよ。
彼女      ここに、灰野さんっている? 

継母、ウキウキしながら出迎える。

継母      どーも、お待ちしていました。
彼女      あんた、灰野。
継母      灰野さんは、あちらに。

小道具、駆け込んでくる。

小道具     あれ、灰野さん、いなーいなー。
継母      いやいや、ほらあそこ。
小道具     今日はお休みみたいねー。
彼女      いるの! いないの! 
小道具     うーん。
継母      すぐ、きますよ。
彼女      待たせてもらうわ。
小道具     あたし、ちょっと…。
彼女      動かない! 誰も、ここから出てゆくことは、許さないわ! 

彼女は、楽屋口に仁王立ちになる。

継母      椅子をどうぞ。

彼女、差し出された椅子に座る。

お弁当屋さん  あの人、ここの劇団の人ですよね? 
マッチ売り   もう出番がないから、暇なのよ。
お弁当屋さん  役者って、そういうものなんですか。

継母、ウキウキしたまま二人のもとへ戻ってきて。

継母      おもしろくなってきたわ。

魔法使い    (声だけ)変身! 

魔法の効果音。
シンデレラが、「舞台」から戻ってくる。

シンデレラ   もうダメ…これ以上何かあったら気を失う。
演出      よくやったわ。着替えて。
シンデレラ   吐きそう。
演出      楽屋行って。
衣装      シンデレラ、こっち。
シンデレラ   はい。
大道具1    シンデレラ、ガラスの靴だ!(下駄を渡す)
シンデレラ   ありがとう…。
演出      大道具は、カボチャの馬車を出して。
大道具チーム  …カボチャの馬車? 
大道具1    そんなもん、作ってないぞ。
演出      シンデレラなのよ! カボチャの馬車はいるでしょう! 
舞台監督    変身にいつまでかかってるんだよ。着替えてるのがバレバレだぞ。
演出      早く! 

衣装は、シンデレラを連れて楽屋に行きたいが、彼女がいて通れない。
大道具チーム、あたりを見渡て。

大道具1    よし、作るぞ! 

大道具チーム、台車を持ってきて大急ぎで飾り立てる。

衣装      …あの、そこを通してもらえますか。急いでるんです。
彼女      灰野さんは、どちら。
シンデレラ   あなた…だれ。
彼女      あんたが、灰野。気分が悪いの? 悪いものでも食べたんじゃない? 人のものをつまみ食いするのが好きらしいから。ダメよ、意地汚いのは。
要注意人物たち こわぁー。
演出      シンデレラ、なにやってんのよ。
彼女      きよし君を、返してよ! 
演出      あんた、まさか…
彼女      返しなさいよ! 

彼女、シンデレラにつかみかかる。

シンデレラ   あたしが何したっていうのよ。
演出      あんたは、何も知らなくていいの。
彼女      しらばっくれるんじゃないわよ! 
演出      ちょっと、待ちなさいって。話せば、わかる。

彼女とシンデレラ、その間に演出が入って、だんご状態に。

大道具2    でも、誰が馬車を引くんですか。
大道具1    誰って、そうだな…。

大道具チーム、あたりを見渡す。

大道具チーム  ポニョ! 
ポニョ     えっ、あたし。
大道具1    出番が、きたぞ。

大道具チーム、ポニョもいっしょに飾り立てる。
入口では、小道具、メイク、衣装も加わってだんご状態がつづいている。

演出      勘違いだって。
彼女      あんたが灰野でしょう! 
演出      灰野は…ほら、あそこで椅子で休んでる人よ。
彼女      えっ…。

彼女、ゆっくりアナウンサーに歩み寄る。
演出、そのあとを追いかけてゆき。

アナウンサー  なに、なに。
演出      無理しちゃダメよ。灰野さん! 
アナウンサー  はあ? 
劇団員たち   無理しちゃダメよ。灰野さん! 
演出      ダメよ立ち上がってはそんな体で! 
アナウンサー  この人、だれ? 
演出      まだ無理だったのね連れてきた私が悪かったわ灰野さん! 
劇団員たち   灰野さん! 
彼女      あんたなの、灰野って。
アナウンサー  ちが…。
演出      (アナウンサーの口をおさえる)しゃべっちゃダメ! 体力を消耗するわ! 
アナウンサー  …モグモグ。
演出      もういいのよ。わかってるわ。あなたはよくやった。さあ、みんな、灰野さんを、楽屋へ。
劇団員たち   は、はい。

メイク、アナウンサーの口をふさぎながら、楽屋へ。

彼女      ちょっと、待ちなさいよ! 
演出      あなたも、声をかけてあげて。でも…本当のことは言ってはダメ。お願い、苦しめないで! 
彼女      …あの人の身になにが…。
演出      それは…。
劇団員たち   …うっ。(顔を覆い隠す)
演出      あたし、もう耐えられない。さあ! 

演出、彼女を楽屋へ押し出す。
衣装、彼女を導き去る。

演出      …よしっ! 
継母      あんた、役者の方が向いてるんじゃないの。
演出      舞台は、どうなってる。
音響      魔法使いが、杖をふり続けています。
シンデレラ   あたし、どうすればいいの。
いじわるな姉  楽屋に行くのは、もう無理だわ。
シンデレラ   変身は、どうするの。
演出      (椅子の上に見つけて)このティアラをつけて。
シンデレラ   (手に取り)つぶれてるじゃない! 
大道具1    できた! 

飾り付けられた台車に、ポニョがつながれている。

演出      さあ、乗って! 

シンデレラが、台車に乗せられ。

小道具     シンデレラ。ごめんなさい。靴、見つからなかったの。
シンデレラ   えっ…これちがうの。
小道具     なに、その下駄…。
シンデレラ   下駄…そうよね、これ下駄よね…。
いじわるな姉  考えちゃダメ! 
大道具チーム  行け。ポニョ! 
ポニョ     ポニョ。馬になる! 

ポニョ、シンデレラを台車に乗せて、押してゆく。

演出      とにかく、変身したわ。
音響      次は、いよいよお城で舞踏会です。
舞台監督    王子様は? 
劇団員たち   ……。
舞台監督    どうするんだよ! 

継母、推理をはじめる。

継母      本当のシンデレラを探しに行くって、書いてたわね。
いじわるな姉  あの彼女のことかな。
マッチ売り   いや、取り返しにきたくらいだから、女のところには戻ってない。
継母      実家は。
小道具     電話したけどダメでした。
継母      ほかに、心当たりは。
劇団員たち   うーん。
大道具チーム  よしっ。

大道具チーム、また何か作りはじめる。

大道具1    おい。お前も、手伝え。
お弁当屋さん  おれ? 
いじわるな姉  でも、楽屋に服が脱ぎ捨ててあったのよね。
マッチ売り   王子の衣装のままいなくなったの? 
舞台監督    目立つだろう。
継母      所持金もないはずだ。
マッチ売り   これは、遠くには行ってないな…。
継母      よし、このホールの中を、しらみつぶしにあたれ。いいな。
小道具     はい! 

小道具、走り去る。

大道具3    (筆を持ち)ああ、うまく書けない。ねえ、習字とくいだったよね。
いじわるな姉  あたし? 

いじわるな姉、筆を渡され大道具を手伝う。

演出      (継母の手を取って)ありがとう! 
継母      あきらめちゃダメよ。
演出      ごめん。少し誤解してた。
継母      あたしだって、劇団員よ。
演出      よし。力が湧いてきた! 
マッチ売り   修羅場が見たいだけじゃない。
継母      わかる? 
音響      魔法使いが戻ってきます。
魔法使い    (声だけ)さあ、ポニョ、崖の上のお城まで走るのよ。ピシッ。
ポニョ     (声だけ)ポニョ。シンデレラ、大好き! 

馬車が走る音。

舞台監督    転換だ! 
演出      ああ、ダメだ! 間に合わない! 
舞台監督    大道具、お城の場面! 
大道具1    カーペットだ! 
大道具2    手が離せない。お前、行って。
お弁当屋さん  おれ? 
大道具チーム  早く! 
お弁当屋さん  どれ。

お弁当屋さん、レッドカーペットを見つけ、抱える。
魔法使い、ポニョが戻ってくる。
ポニョはしっかり、パッカパッカと馬の芝居をしてる。

お弁当屋さん  あっ、魔法使い。
魔法使い    王子様は? 
演出      ダメ。
魔法使い    どうするの! 
お弁当屋さん  (魔法使いに)あの、お支払いを。
大道具1    できた! 

大道具チームが作った王子様はカカシ状態。
ゴミ袋の頭に、学ランの胴体、軍手の両手。

魔法使い    こんなの王子様じゃない! 
大道具1    ならば。
お弁当屋さん  (魔法使いに)あの、お支払いを。

大道具1、掃除用具からモップを持ってきて頭に被せる。
シンデレラが、走って戻ってくる。

シンデレラ   王子様は? 
劇団員たち   …(カカシの王子様を指差す)
大道具3    できた! 大丈夫、これで、だれが見たって王子だとわかる。

大道具3、カカシの王子様にタスキをかける。
タスキには、「玉子」と書かれてある。

シンデレラ   玉子になってる。
いじわるな姉  墨がはねちゃって。
音響      いつまで、馬車走り続けるんですか! 
演出      舞踏会の音楽! 
お弁当屋さん  (魔法使いに)あの…。
大道具1    おい、カーペットは。
お弁当屋さん  えっと、今出ました! 

お弁当屋さん、急いでカーペットを敷きに行く。
音響、馬車の音から舞踏会の音楽に変える。
「舞台」は明転。

演出      踊って! 
いじわるな姉  えっ、あたし。
演出      役者は、みんな出て。
いじわるな姉  王子様とシンデレラの場面でしょう。
演出      いいから、とにかく、つないでちょうだい。
いじわるな姉  ダンスなんて練習してないよ。
演出      いいのよ。二人で腕を組めば、それらしく見えるわ。

演出、いじわるな姉とポニョのペアを組ませる。

ポニョ     今、戻ってきたばかりなんですけど…。
演出      ほら、お似合いのカップルよ。

演出、二人を「舞台」へ押し出そうとする。

いじわるな姉  むり、むり、むり! 
継母      いくわよ。マッチ売りの少女。
マッチ売り   おう! 
継母とマッチ  ハイホー、ハイホー…。

継母とマッチ売りの少女、腕を組み歌いながら「舞台」へ。

いじわるな姉  それは、白雪姫でしょう! 

大道具2、カカシの王子様を踊らせてみる。

大道具2    (声色で)ボク、踊れるよ。
魔法使い    わぁあああ! 
お弁当屋さん  あー、お支払いを! 

魔法使いはやけになり、タスキを破り捨て、カカシを抱えて「舞台」に駆けてゆく。
魔法使いの勢いに、カカシの頭のモップは床に落ちる。
ポニョ、いじわるな姉に手を差し出す。

いじわるな姉  もう、なんでもいいわ。シンデレラ、早く王子様を連れてきてよ。

いじわるな姉とポニョ、手を取り合って「舞台」へ。

シンデレラ   連れてきてよって…ねえ、どうするの? 
演出      …。
舞台監督    もう、アナウンサーもいないぞ。
演出      代役。
音響      役者は…もう、だれも。
舞台監督    そうだな。こうなったら、演出自ら出てゆくしかないな。
演出      演出が、舞台に出たらおしまいよ。

演出、残った劇団員を見渡す。

大道具1    無理だ。
大道具2    むり、むり。
大道具3    えー、困ったな。
演出      王子様は、男じゃなきゃ。

演出、カカシの頭からモップを取り、お弁当屋さんに被せる。

お弁当屋さん  なにやってんだ。
演出      あなたしかいない! 
お弁当屋さん  いるだろう、劇団員が! 
演出      舞台経験のないスタッフには無理だわ。
お弁当屋さん  おれだってやったことないよ。
演出      あなたは、もう舞台に立った。セリフも言った。
お弁当屋さん  …くまさんべんとう。
シンデレラ   でも、妖精だったんじゃ。
演出      カツラを被れば、わからない。
お弁当屋さん  これは、モップだろう! 

役者たちが、「舞台」から戻ってくる。

いじわるな姉  ちょっと、いつまで踊ればいいの。
継母      あきちゃった。曲変えてくれない。
ポニョ     ポニョの曲ある? 
音響      ちょっと待って。
演出      そんなものはない! 舞台に戻って! 
継母      わかったわよ。はい、みんな戻って。
役者たち    (不平を言い合い)あんたが先に行って。/あんたが先よ。/あんたが行きなさいよ。

役者たち、互いに背中を押し合う。ジェンカの体勢みたいに。
演出、その役者たちを「舞台」に押し出す。

演出      いいから、行って! 
役者たち    うわあああ! 
音響      踊りが、ジェンカになってる。
役者たち    (声だけ)ポーニョ、ポーニョ、ポニョ…。
音響      ポニョの曲歌ってる。
役者たち    (声だけ)…ポニョポ、ポニョポ、ポニョポポポポポ…。
大道具チーム  うろ覚えじゃん。
舞台監督    お前。腹をくくれ。
お弁当屋さん  無茶だ。
演出      お願い。助けて。
お弁当屋さん  踊れるわけないだろう! 
演出      大丈夫。シンデレラがリードしてくれる。
シンデレラ   まかせて。
お弁当屋さん  まかせられない。
演出      踊り終わったら、ひと言「お名前を」とたずねてくれればいい。
音響      そこで12時の鐘が鳴ります。
演出      名前を告げず、シンデレラは逃げるように去ってゆく。
シンデレラ   (演じてみせる)さようなら、王子さまぁ。
演出      あなたはただそれを見送ればいいの。
舞台監督    わかったか。
お弁当屋さん  へっ…。

役者たち、ジェンカのステップで帰ってくる。

役者たち    (ヘトヘトになって)…ポーニョポーニョポニョニョニョニョニョ…。。
マッチ売り   もう無理。
魔法使い    足くじいちゃった。
舞台監督    まだ、帰ってきちゃダメだ。舞台が空になる! 
継母      大丈夫。カカシが立ってるから。
いじわるな姉  王子様は? 
大道具1    決まった。
お弁当屋さん  決まってない。
役者たち    おめでとう!(拍手)
大道具1    あとは、やつの人間性の問題だ。
お弁当屋さん  お前たちの人間性の方が問題だ。
シンデレラ   あたし、行くわ。
大道具チーム  王子様。出番です! 

シンデレラ、「舞台」に飛び出そうとして立ち止まり。

シンデレラ   王子様。お待ちしてます。

シンデレラ、「舞台」へ。

お弁当屋さん  お待ちしてます、って…。
舞台監督    そこまで言われて、行かないか。
お弁当屋さん  いや、だって。
舞台監督    男だろう! 
お弁当屋さん  そういう問題か。
マッチ売り   ご覧なさい。シンデレラが一人で踊ってる。あなたは、何も感じないの。
お弁当屋さん  おれ、劇団員じゃないし。
マッチ売り   あたしだって、劇団員じゃないわ。でも、踊ってきたのよ! 
お弁当屋さん  間違ってる。なにもかも間違ってるぞ! 
魔法使い    そうだ。これ、お弁当の代金が入ってるの。
お弁当屋さん  それをよこせ! おれは、金さえもらえれば、こんなところに用はないんだ。

お弁当屋さん、代金袋を追いかける。
劇団員たち、代金袋をキャッチボール。
お弁当屋さん、それを必死に追いかける。
代金袋が、継母にわたって。

お弁当屋さん  よこせ! よこせ! 
継母      (「舞台」のシンデレラに)シンデレラ、受け取って! 

魔法使い、代金袋をシンデレラに投げる。
お弁当屋さん、それを追いかけて「舞台」へ走る。

お弁当屋さん  待てー! 
劇団員たち   (「舞台」のシンデレラを見て)ナイスキャッチ! 
いじわるな姉  えらい! シンデレラは、まだステップを踏んでいるわ。
魔法使い    王子が、シンデレラの手を取ろうとしているように見えなくもない。
マッチ売り   その手には、茶封筒があるけれど。
シンデレラ   (声だけ)王子様、踊っていただき、ありがとうございました。
演出      12時の鐘。

音響、鐘の音を流す。

シンデレラ   ああ、なんてこと。王子さまぁ、さようなら。
演出      王子、セリフ。
お弁当屋さん  (声だけ)お、お、…。
演出      お・な・ま・え・を…。
お弁当屋さん  (声だけ)お支払いを。
シンデレラ   (声だけ)えっ。
お弁当屋さん  (声だけ)金をよこせ! 
シンデレラ   (声だけ)あなたは、王子様じゃなかったの。
お弁当屋さん  (声だけ)うるさい! おれは、金さえ払ってもらえればいいんだ。
シンデレラ   (声だけ)ああ、こんなところまで、借金取りが来るなんて。
お弁当屋さん  (声だけ)よこせ! 
シンデレラ   (声だけ)来月には、必ず。
劇団員たち   ……。

衣装が、駆けこんできて。

衣装      どうしよう。バレちゃった。
劇団員たち   えっ。

メイクとアナウンサー、彼女の怒りを鎮めながらやってくる。

彼女      ふざけたまねしてくれるじゃない。
アナウンサー  あたし、やるだけのことはやったわよ。
演出      …。お願い! 今日だけ。今日だけ、王子様をかして! 
彼女      今さらなに言ってるの。
演出      教えて、王子の行きそうなところ。
彼女      知らないわよ。知ってたら、こんなところに来るもんですか! 

彼女の携帯電話がなる。
着メロはディズニーの「エレクトリカル・パレード」

舞台監督    おい、携帯。

彼女、携帯を出して、電話に出る。

彼女      もしもし…。
舞台監督    本番中だぞ。

舞台監督、彼女を押し出す。

舞台監督    ったく。
メイク     (「舞台」を見ている)ねえ、シンデレラが、倒れそう。
衣装      お弁当屋さんも、倒れそう。

小道具が、走って戻ってくる。

小道具     …はぁ、はぁ…王子様、いません! 
いじわるな姉  お姉ちゃん。もう終わりにしよう。
劇団員たち   …。
いじわるな姉  ここまでやれば、いいじゃない。
演出      …。

彼女、電話しながら戻ってくる。
なんだか、うれしそう。

彼女      …うん…うん。…わかった、すぐ行くね。じゃあね。(電話を切って、愛想よく)おジャマしましたぁ。
演出      ちょっと、待った! どこ行くの。
彼女      いや、帰ろうかっなって。
演出      …きよし君。
彼女      えっ…ううん。
演出      そうなんでしょう。
彼女      ちがうって。
演出      王子様だったんでしょう! 
彼女      …きよし君は、ここには戻ってこないって。
演出      どこ、どこにいるの。
彼女      今、ディズニーランドに向かってるって。
劇団員たち   ディズニーランド…。
彼女      シンデレラ城で待ってるって。うふっ。
アナウンサー  そっちのシンデレラ。
劇団員たち   …。
メイク     (「舞台」を見ている)あっ、シンデレラが、倒れた! 

劇団員たち、駆け寄る。

魔法使い    こら! 弁当屋! 金だけ持ってくな! 
衣装      ひどい、シンデレラを置き去りにして。
彼女      それじゃね。みなさんがんばって。

彼女、駆け足で去る。

演出      待ちなさいよ! 
舞台監督    あきらめろ。もう王子様は来ない。

お弁当屋さんが代金袋を手にして、ヘトヘトになって戻ってくる。

お弁当屋さん  はあ、はあ…毎度、ありがとうございました! 
継母      最低だな、お前。
お弁当屋さん  な、なんだよ。

劇団員たち、お弁当屋さんを懲らしめる

演出      幕を、下ろしてください…。
舞台監督    だれが芝居をあきらめろと言った。
演出      えっ。
舞台監督    役者が、まだ舞台にいるんだぞ。
アナウンサー  (「舞台」を見て)ちょっと、シンデレラ、立ち上がったわよ。
舞台監督    王子がやってこない、芝居のラストを作るんだ。
演出      なに言ってるの。そんなの今からできるわけないじゃない。
アナウンサー  できるんじゃない。お客さん待ってるわよ。
劇団員たち   えっ。

劇団員たち、舞台袖から客席をのぞく。

メイク     お客さん、じっとシンデレラを見てる。
マッチ売り   これだけ、めちゃくちゃになっているのに。
小道具     観客が、ひいていない。
継母      むしろ、息を飲んで、芝居の結末を待っている。
衣装      演出! 台本を書き換えましょう。
演出      無理よ。
衣装      できます! 
演出      王子が出てこないで、どうしてハッピーエンドになるのよ。
衣装      …。
演出      ガラスの靴はどうしたのよ。下駄履いてなにやってんのよ! こんなのシンデレラじゃないわよ! 
ポニョ     それでも、シンデレラだと思います。
演出      どこが。魔法はどうしたのよ。ちっとも変わってないじゃない。
いじわるな姉  変わりたかったのは、シンデレラじゃなくて、お姉ちゃんでしょう。
演出      …えっ。
継母      いいんじゃない。変身しないシンデレラも。
マッチ売り   人間、そんな簡単に変われるもんじゃないしね。
大道具3    そうよね、林家木久蔵も、いつまでたってもバカだもんね。
演出      シンデレラと木久蔵といっしょにしないで。
大道具1    木久蔵って、名前変わったんじゃなかったか? 
大道具2    そういえば…。
劇団員たち   変わってない。変わってない。
お弁当屋さん  あの…。
魔法使い    あんた、まだいたの。
お弁当屋さん  帰りそびれちゃって。
魔法使い    いいわよ。もう帰って。
お弁当屋さん  いや、うちの弁当屋。バイト代安いんですけど。ここんとこどんどん忙しくなって。でも、給料変わらないのに、それでも、みんな働いてますよ。
演出      なによ…みんなして。あたしの芝居なのよ。あたしが台本書いて! あたしが演出して! あたしが…。
舞台監督    もう、あんただけの芝居じゃないだろう。
演出      ……。みんながいなけりゃ、ここまでできなかったわ。もう、悲惨な結末になっても知らないからね。
全員      (無言のまま、OKを確認し合う)
いじわるな姉  あたしたちだけの芝居でもないけどね。芝居は、お客さんのものでもあるのよ。
演出      偉そうなこと言うんじゃないよ。
いじわるな姉  いいから、書いてよ。ほら。

いじわるな姉、音響の台本の上に、鉛筆を置く。
音響、席を演出にゆずる。
全員、演出を見る。
演出、台本に向かう。

アナウンサー  (「舞台」を見て)シンデレラが、下駄をぬいだ。
メイク     どこ行くの。
衣装      客席に向かって歩いてく。
舞台監督    (インカムに)照明さん。シンデレラにピンスポット。

「舞台」では、シンデレラだけが照らされている。

演出      みんなで、プロンプして。

演出、台本をいじわるな姉に渡す。
劇団員たち、「舞台」に向かい、やさしくささやきながらプロンプする。

劇団員たち   私には、帰る家がない。
シンデレラ   (声だけ)…私には、帰る家がない。
劇団員たち   ガラスの靴もなければ、カボチャの馬車もない。
シンデレラ   (声だけ)…ガラスの靴もなければ、カボチャの馬車もない。
劇団員たち   それでも、私は、魔法を信じてる。
シンデレラ   (声だけ)それでも、私は、魔法を信じてる。
劇団員たち   長雨のあとの朝のように。
        新しいノートをひらいた時のように。
        私は、私に小さな魔法をかけ続ける。
        まるででたらめな呪文だけれど。
        できそこないの今日の日を。
        でこぼこだらけの毎日を。
        私は、私を変える呪文をとなえて。
シンデレラ   (声だけ)私は、私を変える呪文をとなえて。
劇団員たち   裸足のまま、歩いてゆく。
シンデレラ   (声だけ)裸足のまま、歩いてゆく。

客席から、拍手が聞こえる。

舞台監督    (インカムに)緞帳ダウンです。どうぞ。

「舞台」では、緞帳が下りた。
シンデレラが、駆けてくる。

舞台監督    カーテンコール、いきます。
シンデレラ   あたし、今、なにを言ってたの。
演出      げっそりした顔なんかやめて。(劇団員たちに)みんな、いい顔でね。
衣装      あたしたちも、いいの。
演出      スタッフも、みんな行って。
スタッフたち  やった! 
マッチ売り   やった! 
舞台監督    おい、お前は違うだろう。
マッチ売り   やっぱりダメ…。
演出      いいよ。花束もらって来て。
マッチ売り   ありがとう! 
シンデレラ   借金取り。いくわよ! 
お弁当屋さん  おれも? なんで? 

役者、スタッフ、劇団員じゃない人もみんな「舞台」へ。

舞台監督    さあ、並んで。準備は、いい。
アナウンサー  演出は、行かないんですか? 
演出      演出が、舞台に出たらおしまいよ。
舞台監督    緞帳、上がります。どうぞ。

舞台監督、手を振り下ろす。
緞帳とともに照明がフルまで上がってゆく。
「舞台」から漏れる照明が、舞台袖にも差し込んでいる。


   幕

ウイング オブ ステージ

2017年5月18日 発行 初版

著  者:西脇秀之
発  行:西脇秀之

bb_B_00150143
bcck: http://bccks.jp/bcck/00150143/info
user: http://bccks.jp/user/140766
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

jacket