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鳥の夢ばなし

戸田 鳥

翻車魚舎



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作者の夢の記録。もしくは夢という体験談。



 その屋敷は複雑な造りで小さな部屋がやたらとあり、自室に行くのに迷うような家だった。私は、母とおぼしき女性と、祖母とおぼしくない老女、そして私の兄とでその屋敷に住んでいた。私は兄のことを恋人のように慕っていた。
 屋敷の奥には、にじり口ひとつしかない小部屋があって、私たちは一人の女をその部屋に隠していた。彼女の姿を人目にさらすことを皆怖れていた。だが幽閉していたわけではない。拘束されているわけでも部屋に鍵がかかっているわけでもないのに、女はけっして自分から逃げようとはしなかった。ただ本心では外に出たがっていることを私は知っていた。

 ある日、女をのぞく四人で野外の催しへと出かけた。大きな公園の一部では植木市が開かれており、私と兄は苗木を選んでいた。しかしこれといって気に入るものがなく、飽きた私たちは面白半分に、道の脇に埋まっているまだ幼い木を掘り起こして持って帰ろうとした。そのとき、屋敷の小部屋にいるはずの彼女が現れた。彼女は全身の皮膚がただれており、動作は緩慢でぎこちなかった。彼女のからだをはっきりと目にしたのは初めてのことだった。
 女は私が求めていたような立派な苗木を手に入れていた。そして私には一瞥もくれず、兄に話しかけた。二人が言葉を交わす姿に私は苛立ち、女を責めた。無断で屋敷を抜け出したこと、醜いからだを晒していることが恥だと聞かされた女は、何も言い返さず無言のままで、持っていた苗木をその場に植えた。

 (日付なし。一九九〇年以前)



 大木の根元から地下へと続く階段がある。
 螺旋状にどこまでも続いている。下は薄暗い。人か動物かはわからないが、下りていくものがある。

 私が下りていくと、階段の突き当たりにドアがあった。開けると大きな樹洞(うろ)が部屋になっており、パン屋と洋服屋がある。うろの中は明るく、女性が二人店番をしていた。
 このドアの反対側にもドアがあり、その奥はまた螺旋階段が果てしなく続く。ずっと下り続けた先にも、またひとつドアがあり、恐る恐る中をのぞく。

 土色の肌と髪を持った太った老婆が、巨大な黒い鉄鍋を天井から吊るし火にかけている。
 枯れ木のような老婆は私に何かを話しかける。部屋の向こう側にまだドアがあることに気付くが、私は踵を返して逃げ出す。螺旋階段を必死で駆け上がる。洋服屋とパン屋も走り抜け、外界へ出ようとする。

 (日付なし。一九八八年以前)



 私は青年の姿かたちをしている。
 知り合いの家を訪ねていくと、古い掘っ立て小屋の前で、その家の子供等が遊んでいた。見慣れない小動物を手のひらにのせて水洗いし、毛を刈ってやっている。三匹ほどいるその生きものは、乾くと可愛いポンポンのようだ。私は子供等と二言三言話す。家の前の地面には小さな穴がたくさん掘られており、それぞれの穴には、玩具の残骸のような小さなガラクタが半ば埋まっていた。この下には何か大切なものが埋まっているのだろうと考えながら地面を見つめていると、子供等が「そこを掘っては駄目」と私の服を引っ張った。私は「掘ったりしない」と言って彼等を安心させた。

 野生の白い馬がその村を暴走していることを知る。子供等は大人に連れられて避難する。蹴られたら死ぬと知って私も村中を逃げまどう。暴れ馬の居場所を確認しながら、こっちの角、あっちの通りと逃げるうちに大きな寺らしき建物に入る。寄り合いでもしていたのかあるいは避難民なのか、大きな座敷は人であふれていた。暴れ馬がこちらに向かっているというので、皆慌てている。寺の息子らしい青年が、黄色いテニスのラケットを束にして持って、座敷の皆に配り始めた。武器のつもりらしい。逃げ続けてもきりがないし、他の村に被害が及ぶ前に人海戦術で食い止めようと言うのだ。気が楽になり、自信も湧いてきた私は青年に「ラケットを貸して」と言った。青年はにやっと笑うと、ラケットの柄のほうをぽいっと差し出した。

 (一九八九年九月二日)



 窓辺にシマリスがいる。
 どこかのペットが逃げ出してきたのか。寒い時期なので、外へ追い出すかこのまま部屋に置いておくかと悩む。リスに手を差し出すと、ちょこんと掌に乗った。餌をやると食べる。食べている最中にちょっかいを出すと、鋭い歯で噛みつかれた。驚いてリスの頭を叩きやめさせようとするが、歯はなおさら深く食い込む。ただ私が叩いた頭には黒い毛髪があった。

 (一九九三年某月)



 二十歳前の学生の私。同級生や先生と一緒に、牧場の畜舎のような建物の前にいる。
 建物前の地面には巨大な穴が開いている。穴のへりから中を見ると、黒地に光るボタンが無数に並ぶ、昭和四〇年代風SF漫画的なコンピュータが内壁一面を埋めており、底のほうまで続いている。
 エレベーターの役目をする皿に乗って、私は穴の底へと降りる。途中の壁には横穴の道も何本か通っていた。ひっそりとして暗いが、不気味さは感じない。だが、そこは地獄なのだった。私は誰かと話をして、また皿で地上に戻る。

 (一九九一年頃)



 学生である私は、路上で何者かに腹部を刺される。血は流れたが死ぬほどの傷ではなかった。胃の上あたりに傷跡が残った。
 これより前に、私は殺人を目撃している。暗く古ぼけた駄菓子屋で、店の両脇にある開いたままの二つの出入り口から、それぞれ一体ずつ刺殺死体を発見していた。そこの店主と女性二人(家族か従業員)は以前から何者かに狙われていたらしいのに、一晩中鍵もかけずに過ごしていたのだ。

 腹部を刺されたあと、私は学校の職員室のような場所にいる。モスクのように天井が高い。そばには高校時代恋慕していた国語教師がいる。私を刺したのは学校関係者らしく、その国語教師ではないことはわかっているのだが、私は怒りをこめて彼を睨みつける。

 (一九九〇年四月一三日)



 講堂のように広い木造の美術室で、私は友人が風景画を描いているのを眺めている。
 あらかた書き上げた絵を、日比野克彦氏に見てもらう。彼がここの教師なのだ。
 日比野氏は友人に対し、ぼそぼそと指導を与える。友人は、大事な夕陽の部分が描けていないことに気付き、筆に夕陽色の絵の具をとると私に寄越した。私は、自分が夕陽を描かなければならないことを悟る。しかし上手く描ける自信がない。頭のなかにあるイメージ通り描くには、訓練をしないと無理だと思う。
 日比野氏と友人はじっと私を見ている。固まっている私に日比野氏が言い放った。
「この人じゃ駄目だ。出来上がるのに二〇日はかかる」

 (一九九〇年六月二日)



 神戸さんプラザらしきファッションビル。
 アクセサリー店にいた私は、知らない男が商品のひとつを盗んだところを目撃する。その男は、前に私とぶつかって鞄の中の物を盗ったスリだった。私は男に対して怒っていたはずなのに、盗みのことを告発もせず、男を祖父母の家まで連れて帰って一緒に食事をする。
 二人はお互い好き合うようになる。私は男に、自分のそばにいてくれと頼むが、男は出かけてしまう。男が盗みで捕まるのではないかと心配で、家から出て行ってほしくなかったのに。

 (一九九一年頃)



 お腹が痛いと思いながらも眠くてたまらない。食事をとっていないのでうとうとしながらもバナナを手に取り皮をむいたら、皮の下からはまた皮付きのバナナが現れた。面白いのでSNSにアップしようとカメラのレンズを覗くと、バナナの皮を敷いた山盛りのチャーハンが皿にのっているのだった。

 (二〇一三年四月一〇日)



 白衣を着て、病院らしき建物の中に一人きりでいる。
 そこは実験動物たちを管理している部屋らしい。ウサギやラットの小さな檻がずらりと並んでいる。
 私は上司に命じられ、一匹のハムスターに注射を打ちに来た。だが目的の檻を確認すると、そのハムスターは私の想定外の物質を処方されており、私がこの注射を打てば死ぬとわかる。少しの間悩むが、動物実験とはつまりは殺すことだという考えに至り、指示書どおりに注射をする。針を抜くと、小さな赤い血の球が白い背中にひろがり、ハムスターは静かに息絶えた。苦い気持ちを味わうが、わかっていたことなのでショックは受けていない。
 私は他の動物たちへ餌を与え始める。

 (二〇〇〇年五月五日)



 白い洋館。赤毛のアンの世界。長いスカートの女の子ばかりでさざめいている。
 私は大皿のケーキを自分の皿に取り分けようとして落っことしてしまう。そこはテーブルもない玄関なので、落としたケーキはもう食べられない。落ちたケーキを拾うのに使ったフォークを洗おうと思ったが、洗い場の場所を知らないので、そばのガラス戸を叩くと若い女性が中に入れてくれた。中には他に中年の女性が二人いてお喋りをしている。部屋の隅に水道と机があり、そこでフォークを洗う。水道は書き物机に装備されているようで、水が排水溝へと流れず机や床が濡れるのが気になる。
 私は彼女らにお礼を言って外へ出る。その時、痩せた執事風の男がやって来て「ここを開けてはならない」と戸を閉め、その壁を檻で囲み、大きなかんぬきをかけた。閉じ込められたのは中にいる、白髪まじりの優しそうな女性だと悟った。

 (一九九三年七月二〇日)



 勤めている会社が改装された。
 出勤してみると、フロアは以前の数倍の広さで、コの字型の続き部屋に変わっている。一つめは売り場。二つめはがらんとした薄暗い部屋。三つめは図書室になっていた。図書室のドアを開けると、そこはかつてのビルではなく、OPA(オーパ。現・新神戸オリエンタルシティ)の中であった。
 ドアを閉めて二つめの部屋へ戻ると、野田秀樹氏が先頭に立って芝居の準備をしていた。OPA内の劇場で舞台があるのだ。一員である私もチョイ役をもらっていた。本番はもうすぐだ。私の台詞は二つか三つしかないのだが、台本はたった一度、だいぶ前に読んだきりで、自分の台詞どころかあらすじさえ全く覚えていない。内心ヒヤヒヤしているが、それを押し隠して野田氏の指示にしたがい舞台の準備にかかる。

 本番が始まる。幕はない。合唱で使う幅広の階段が舞台と反対向きに設置されている(階段の裏側が客席を向いている)。
 観客は舞台より上にいて、役者は下から客席を見上げて芝居をする。
 私は階段の一番下段の客席から見えない位置で、野田氏の隣に立っている。楽屋話のような内容の芝居だと考える。観客の男子高校生数人がやって来て、「(野田秀樹の)芝居に賭けるんだぞ」と言いながら、野田氏の手に、万札を握らせる。

 (一九九一年一一月三日)



 学校帰り。昔の路面電車に乗っているようだ。
 私は立ったままぼうっとそていて、一駅乗り過ごしたことに気付く。次の停留所で運転士に乗り越しを言うと、若い運転士は上司に電話をかけ、「それじゃ十円」と余分の料金をまけてくれた。

 市電を降りると広大な公園。棚田のような幅広の階段に噴水(あるいは池)が無数にあり、それぞれが細い水路でつながっている。どこかローマの公衆浴場を思わせる。
 どこも人でひしめいている。就学前の子供等が噴水のふちで遊んでいて、危ないと声をかけたその男の子と仲良くなる。

 水のある場所から離れて、私は大勢と低いテーブルを囲んでいる。大きすぎるテーブルの上にはご馳走がいっぱいに並んでいるが、ここのオーナーと思われる怪しげな中年男とその手下たちがそばにいて、その場を威圧している。皆が料理に手を出せないでいたところ、私の隣に座っていた男の子が無邪気さでその場の空気をこわし、食事にありつくことができた。

 (一九九〇年七月七日)



 高級住宅街の一角に、私の住む家もある。お屋敷街なのに、砂ばかりで庭木もろくにない殺風景な家ばかりである。門扉だけが立派だ。
 ここでは、よその家のドアチャイムを鳴らして誰も出てこないと、その庭をうろうろ歩きまわっている間に死ねる。昨日、自宅の庭で誰かがそのように死んでいるのを見つけたので、私もやってみることにする。
 向かいの家のチャイムを鳴らし、自転車に跨がったままでその庭をゆっくりと歩き始めたところ、「はーい」とその家の奥さんがドアを開けたので、自殺は失敗に終わった。

 (一九九八年八月一九日)




 寝台列車に乗っている。
 古い簡易宿泊所のような粗末なベッドで、寝るために服を脱ごうとする。すると、膝小僧のそばに大きなかさぶたができていた。肌色の苔のようなものでびっしりと覆われている。かさぶたの端を怖々持ち上げると、するりとほどけるように肌から取れた。かさぶたの感触は耳たぶと似ていて気持ちが悪い。
 その後、かさぶたは日ごと場所を変えながら増える。ある時、腕にあらわれたそれを見て花形のクッキーを連想し、ひどく醜く感じる。

 (二〇〇九年四月二七日)



 広く明るい喫茶店。店の一角にアクセサリー店があり、そこで中学の時に好きだったY君に再会する。歯科医になったというY君とお互いに懐かしく話していると、Y君が「口開けてみ(開けてみろ)」と言う。私は嫌がって口を固く閉じる。
 そのあと、ふたり並んで町中を歩いている。小学生の頃住んでいた下町のバス通りのようである。私たちの後ろを、Y君の部下だか友人だかいう男性が付いてくるのを「お邪魔虫」と疎ましく思う。小さな店の前でウインドウの向こう側に猫がいたので、私は奥に入って猫と遊ぶ。お邪魔虫はそれを見て悔しがり泣きべそをかく。猫をかまうのは彼の日課であったのだ。

 (一九九〇年七月一〇日)



 明るく綺麗な校舎。中は広くて閑散としている。むかし同級だった女子が、クラスメートから村八分にされている。私はいじめに荷担する気も、彼女をかばう気もなく、ホールのような休憩室にひとりぽつんと座っている。

 雪の山道を歩きながら、どこかへ向かう私と何人かの女子。
 たどり着いた先は板の間のアトリエ。私は幼なじみのTと並んで、カンバスに絵を描いている。生徒たちが男性講師を円く囲み、黙々と絵に向かっている。先生は私とTの才能を認めているようで、何かとアドバイスを与えにやってくる。
 先生は私に、もっと描けるはずだと力説し、椅子に掛けていた私を立たせて、なぜかダンスを教え始める。
「ここをこうして、こう」と膝を叩くなどしながら、先生と私はアトリエの中央で踊り続ける。ダンスは次第に速く激しくなり、息を切らしながら、気持ちが高ぶったところでどちらからともなく唇を合わせる。キスと同時にやっとダンスが止まる。
 私は自分の席に戻り、アドバイス(踊りのこと)をもらったのだから頑張ってより良いものを描こうと考える。いじめられていた女子のことを思い、「実っている果実に気付かずに、枝の下を通り過ぎていく女性」を描こうとした。しかし描き上げてみると、枯れかけた老木に猿や鳥たちが思い思いに陣取っている絵に変わっていて、枝の下には女性ではなく一頭の牛がこちらを向いて立っていた。

 私と先生は一緒に暮らすことを決めたようで、新居となるアパートの部屋を訪れる。最近まで住人ががいたのか散らかり放題で、台所の床は水浸し。濡れた床の上で、小さな金魚が死んでいた。
 私は買い物に出て、本を何冊か買って帰る。先生は、どんな本があるのかと紙袋の中を探る。どれもあなたの気に入る本はないだろうと言うと、先生は最後に『じゃりン子チエ』の漫画本を取り出した。ああそれは好きなんでしょうと言った私に、先生はにっこりと笑った。

 (一九九一年一月二六日)



 大正モダンの時代、といった雰囲気。
 私はどうやらタイムスリップでもしてそこに来たらしい。私の隣には女の子型のアンドロイドがついて、何かと不慣れな私に教えてくれる。外見も話し方も生身の人間にしか見えない。

 何棟も細長い建物が並んでいる。どうやら学校と寮らしい。私もここの一室をもらっているようだ。
 アンドロイドが「絵の教室へ行こう」というのでついていく。校舎の二階から、中庭にある花畑に面したバルコニーに出る。アンドロイドはなぜか靴を脱ぐと、そこから中庭へ飛び下りた。私は彼女の靴を拾って、バルコニーから下へと続くなだらかな螺旋階段を歩いて下りた。アンドロイドは下で待っていて、また「絵の教室へ行こう」と私を案内する。夕暮れで、ほかに歩いている人もいない。
 アンドロイドは道々、教室や寮のことについて私に語ってくれるが、私が何かの拍子に彼女に触れると、ぷつんと言葉が途絶えた。どうしたのかと訊くと、質問には答えられるのか、「喋ろうとしたのだけどスイッチが切れたから」と言って、愛らしい笑顔を見せた。

 絵の教室は古い木造の平屋で、細い机がいくつも並び女の子ばかりが正座していた。書道教室のようだ。前のほうには石坂浩二似の男が座っていた。
 入り口の横にある押し入れが開けっ放しだったので、私は気を利かせて閉めようとした。すると襖の向こうから二十歳前くらいの男が現れ、「勉強してたのに」と私に文句を言う。閉めた襖をもう一度そっと開けると、男は暗がりに蛍光灯を灯して机に向かっていた。

 絵の授業に取りかかる前に、誰かが私に関する情報を持ってくる。私がフランスから東京までを飛んできたというのだ。これを聞くまで私はただ時間を遡っただけだと思いこんでいたので、空間まで飛びこえていた事実を知り、怖ろしくなって悲鳴をあげる。

 (一九九〇年四月二二日)



 私はバイオリンを習っている。
 まだ始めて間もないというのに、オーケストラの一員に抜擢された。
 練習では何とかうまくやれた。オーケストラとの一体感と音楽への陶酔でうっとりしながら、交響曲の第三楽章まではスムーズに進んだ。突然、指揮者が私を指して、第四楽章から一人で弾いてみろと言う。私は弾き始めるが、緊張のせいでそれまでのように弾けない。弦楽器なのに、弓を使いながら、バイオリンを口で吹いて音を出している。弓は動かせても吹く息が続かなないので、バイオリンはか細い音しか出ない。しかも、それまでは読めていた楽譜が急に読めなくなる。オロオロする私に指揮者は呆れて、遠回しな嫌味を言う。

 場面変わって、母親の葬式の場にいる。私は部屋に置いたままのバイオリンが心配で気もそぞろである。
 霊柩車に積まれた棺の蓋は透明で、母はいつもの服装のまま、うつ伏せに寝かされていた。見送りの時になって、母の体がわずかに動いたような気がする。出発しようとする霊柩車を止めるとやはり母は生きていて、棺を破って、のそのそと外へ出て来た。

 (一九九一年八月三〇日)



 早朝、まだ暗いうちに、自転車で家を出た。
 東、神戸の方角に向かう。自転車はすいすいと楽にこげる。海沿いの道の北側はなぜか原っぱばかりで、建物は見当たらない。祖父母の墓がある墓地が山の上に見えた。やがて街に着く。
土手のような場所から見下ろすと、土手を下りたところに踏切があって、数人の子供たちが線路の上でゴロゴロしている。遊び場のようである。
 自転車を抱えて階段を降りようとしたところへ警官があらわれて、踏切に行くならそっちの坂を下りろと言う。ひどく傾斜の急な坂だ。「〇△さんでも下りるのが大変な坂だ」などと脅かされるが、意外にたやすく下りられた。
 踏切の前に立つと、電柱にここらの地名が記されているのを見つけた。(芦屋市牟田)と書かれている。私はその街が気に入ってしまい、こんなところで暮らしたいと考える。
 いつの間にか日が落ちていて、踏切にももう誰もいない。帰ろうとしていると、通りすがりの男が自分の家に泊まれと誘ってくれた。ついていくと、男の妻と幼い娘が、狭いダイニングキッチンでご飯を食べていた。タオルや下着を貸してやりなさいと男が妻に言う。この町から帰らなきゃと私は考える。
  (注・芦屋市牟田という地名はたぶん存在しない)

 (一九九二年一月二九日)



 修学旅行で大きなホテルに来ている。
 修学旅行ではあるが、宿泊は自由だから帰りたければ帰宅していいと聞いたので、私はひとりホテルを出る。が、もしかすると聞き間違いではないかと心配になり引き返す。
 ホテルのエレベーターが見つからないので、階段を上る。すると、やがて薄暗い階にたどり着く。やけに天井が高い。廊下の両側には、石で造られた遺跡のような入口がいくつも並んでいる。入口の上には、それぞれ「英国闖入者(ちんにゅうしゃ)」「〇△国闖入者」などといういうプレートが貼られている。さらに進むと、ピラミッドを思わせる下り階段の入口があり、(ここは刑務所のような場所なのだ)と悟った私は怖くなる。
 廊下の突きあたりを曲がると、従業員らしき男女が立っていた。女性は私を見て飛び上がり、「お待ちください」と私に背を向けて、そこにあったドアを開ける。金属のドアがゆっくりと閉まるとそこは元通りのホテルの内部。背後から「こんなところに迷い込むなんて信じられない」という会話が聞こえてきた。

 (二〇〇〇年六月二六日)



 かつての勤め先の後輩と、私の故郷であるらしき海辺に行った。海の青が濃い。
 どこか河川敷のようなどこか運河のような、かなり人工的な「入り江」で、小さなクジラが四頭、浅瀬にばたばたと尾を叩きつけながら、それでも水に浮いている。
 三頭は入り江の外へ戻って行ったが一頭が出ていかないので、私の叔父(だという男)がクジラを縛りつけた紐を腰に結わえて、入江の出口のほうまで連れていってやった。

 (二〇一六年四月下旬)



 自宅の庭の片隅。足もとで地面がもぞもぞと動いたのを見る。犬の横顔のようなかたち。掘り出してみると、それは掌に乗るほど小さなカバの赤ちゃんだった。話しかけてみると、カバはにこにこ笑って、あぁん、と欠伸をした。可愛い。
 そういえば、と私は思い出した。いつか自分が埋めたのだった。殺すでも隠すでもなく、守るために。それがこの子だったのだ。
 思い出したこととカバの笑顔で、幸福な気持ちになる。

 (一九九四年一二月七日)



 電車を降りて駅構内を歩いていると、いつしかそこはモルタルのアパートに変化していた。私は(ここには以前来たことがある)と気がつく。アパートの一室に、青年とその父親が住んでいる。背の高いその青年と会うのは二度目で、再会できてとても嬉しい。彼の父親は、私を送っていくように息子に言いつけたので、田畑に沿った広い道を、ふたり並んで歩く。この前は黙りこくったままだったが、今回は少しは言葉を交わすことができた。天気の話程度だが。

 場面変わって、私は表彰式に出席するため東京に来ている。東京のはずだが大阪の地下街のような駅構内をうろつく。
 ビルの最上階にある、ホテル(かマンション)の一室にいる。
 夜中、学生時代の友人たち五人と、寝そべりながらお菓子を食べたりテレビを見たりしながらお喋りする。うるさいと文句を言いに来た階下の住人は母に似ていた。一晩中だらだらとお喋りは続いたが、その内容は興味のないようなことばかりで、私は正直うんざりしていた。
 朝になり部屋を片付けていると、親友のYが、「これこれこういうことを書いていては駄目だよ」と、強い口調で私の作品をすべてけなした。

 (一九九〇年五月十七日)



 薄暗く、だだっ広い本屋にいる。私はそこで働いているようだ。ひと気がなく陰気な感じのする本屋は、一軒のレストランと繋がっている。本屋とは対象的に、白く明るく清潔なレストランだ。
 店に本の忘れ物があり、四、五人の見知らぬ男たちにそれを届けに行く。しばらくして本屋にその男たちが現れ、これは自分たちのものではないとか返品だったとか、理屈はよくわからないが、どうやら私をゆすろうとしているらしい。オドオドした態度でいるとつけあがると思い、私は手近にあった丸椅子を掲げて相手を威嚇した。舐めるな、とかそんなふうな強い言葉で男たちを怒鳴りつけた。すると彼らはたじたじとなって店から去っていった。
 そのあと私はレストランの厨房で、料理人に「よくやった」と褒められる。
 あまり激しく怒ったので、ひどく頭痛がしていた。

 (一九九一年九月五日)



 両親と列車で旅行している。私は赤い大きなバッグを持っていたが、父が運んでくれているので安心していた。ショルダーバッグひとつで両親の後を少し離れてついていく。
 ある角を曲がると、予想では階段があるはずだったが、そこはどう見てもどこかの倉庫かバックルームで、大きなダンボール箱がうず高く積まれている。いつの間にか両親も他の乗客も消えて、私はたったひとりでそこにいる。人影は遠くに見えるけれど、気づかれると恥ずかしいのでひとりで出口を探す。だが見つからない。コンクリートの床が途中で途切れた崖のような場所で、私は疲れと眠気で倒れこんでしまう。そこからは下の階が覗けて人の姿も見えるのに、助けの声をあげる力もない。

 (二〇一六年五月某日)



 デパートと学校を足したような巨大な建物で殺人事件が起こる(具体的な内容はわからない)。幼馴染のUと私は、事件の一部に関わっていて、二人で調べようとする。
 事件の関係者の後をつけ、だだっ広い地下道を歩き回るうちに、その人物が壁にある大きな隠し扉を通るところを目撃する。
 私たちは、事件の核心に触れる事実を知るひとりの男性に接触しようとする。その男性は顔の下半分が異様に曲がっていて、前から見ると輪郭がアルファベットのJみたいに見える。だが直接話を聞くより前に、男性は忽然と姿を消してしまう。私たちは彼が「消された」のだと確信する。恐ろしくなって地下道から逃げようと走るが。迷路のような地下道に迷いそうになる。やがて見覚えのある壁に行き当たったので、その壁を押すと回転扉になっており、私たちは壁の向こうへ逃れる。扉のあちら側には双子らしき二人の女性が隠し扉を見張っていた。彼女らは私たちの登場に驚いたものの、すぐに通してくれた。

 数日後、私は用があってデパートの近くまで外出する。怖くてデパートに近寄る気はなかったが、Uが複数の人間に囲まれてデパートへ入るのを見かけ、仕方なくその後をつける。私たちが事件を調べていることを知られたくないので、Uが疑われているなら私一人で探らなくてはと考える。

 (一九八九年九月一三日)



 信号機のある四つ辻。
 信号機には信号の下に鳥の巣に似たポケットがついており、白い冊子が数冊入っている。自転車から伸び上がって冊子を取ろうとしていると、通りがかった老婦人が「私もそれを取りに来た」と言う。老婦人のほかには警官が立っていて、不思議そうに見物している。私は冊子に手が届かなかったので、そばにいた誰かに取ってもらった。自分の冊子を手に、自転車で帰る。
 自転車に乗りながら、片手で冊子をめくる。児童文学の同人誌のようで、私の書いた作品がいくつも載っている。それぞれの作品に今江祥智氏が批評してくれていた。そのひとつには、主人公を少年ではなく作者本来の姿である(少)女で語るべきだと書かれていた。その脇には、私の顔の特徴をとらえた点描画のいたずら書きがあった。

 (一九九三年四月一四日)



 私には二歳年下の恋人がいて、ふたりで電車に乗っている。
 同じ車両に女友達が三人乗り込んできて、私と恋人は彼女らの目を避けて最後尾の車両へと移動する。駅で降りたつもりが、そこは古いビルの屋上のような崖っぷちで、私達は抱擁を交わしているところを三人に見つかりそうになり、私と恋人は分かれて隠れることにする。

 (一九八九年一〇月中旬)



 誰かの赤ん坊がむずかっている。赤ん坊のくせに一人前に文句を言うので、その子を抱き上げ、寝かせるところを探してやっていると、タクシーを乗り過ごしてしまったとか何とか言いながらその子の母親が登場する。タオルを折って枕にし、毛布をかけてやると赤ん坊はすやすや眠り始めたので私は安心する。

 (二〇〇〇年六月二三日)



 何かの売り場の隅で、私は同僚と会話しながら壊れた玩具をくっつけ直そうとしている。その時、赤い模様のついた厚紙の切れ端に触れる。
 自分の体に違和感を感じて確かめると、胸がしぼみ、ペニスが生えていた。
 急に男になってしまったことを隠さなくてはと、わたしは「女装」する。窓の外に知り合いの男性が二人いたので見られてはまずいと窓の下にしゃがみこむ。
 変身の原因は赤い紙で、お札であるその紙を見つければもとに戻るとわかっていた。
 部屋から出て外出するが、体の変化がばれないかとハラハラしている。ペニスに慣れていないので、どんなものかとトイレで弄ってみると大きくなり、くすぐったさを感じた。

 私は男性の体のまま、母親と山口のどこかへ行く。誰かの故郷であるらしかった。

 部屋に戻り枕元を調べると、赤い紙(お札)があり、驚くとともに胸をなで下ろす。お札を額に貼って眠り、目覚めると女に戻っていた。今度はお札は消えずに残っていたので、私はそれを持って誰かと神社へ向かう。神社で顔見知りの男性に会い、「実はお札のせいで一日男になった」と話し、男性にお札を貸してやる。男性が使ったら元に戻れなくなるかもしれないと思い、私は去り際に「無くしちゃ駄目よ」と声をかけた。

 (一九八九年九月三日)



 神戸・三宮の特徴を集結させたかのようなビル。高層ビルのデパート(そごうらしい)の地下売場の真ん中にJR三宮駅の改札が直結している。そのビルのやたらと長いエスカレーターを昇りきり、なおも階段を上がると、ビルの屋上ではなく岩山の上であった。
 小さい頃の弟が、何日もそこに居ついている。弟は小銭を取り出して昼食代の計算を始めるが、計算がひどくあやふやで、百円かそこらで食べられるかどうかも理解できないでいる。それほど幼いのだ。
 ここで何をするのだと聞いても、弟ははっきり答えられない。
「考えるの?」と尋ねると、そうだと言った。

 (一九九二年七月二七日)


あとがき

 この本は、作者が若い頃から時おりつけていた印象的な夢の記録です。
 創作とは呼べませんが、作品世界と繋がるところもあり面白がってくださる方がいるので一冊にまとめてみました。
 記録ノートには自己分析めいたメモも残っているのだけど、それは他人には興味ないことだし、うざい自分語りでしかないので、夢の中で見たこと感じたことを極力シンプルに整理しています。
 一九九〇年の前後二、三年がよく見ていた時期ですが、もちろん内容はバラバラなので、日付は不規則に並べています。
 夢ならではのもやもやした部分や作者にしかわからない人物などは出来る限り整理して読みやすくしました。実在する固有名詞はそのまま残してあります。

  (初出/note 二〇一六年三月一九日~二〇一七年六月二〇日)

  戸田鳥


著者・戸田鳥(とだ・とり)

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鳥の夢ばなし

2017年6月20日 発行 初版

著  者:戸田 鳥
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戸田 鳥

神戸生まれ。学生時代より児童文学を学ぶ。長い休みを挟みつつ創作を続け、2014年より、Webサイト「note」を中心に作品を公開。

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