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この本はタチヨミ版です。
はらはらと花びらが舞う。
天軌の国の王城、その後宮である「春の宮」。
庭園では満開の桜の花がふうわりと、明るい薄紅色の空をつくりだしている。
ここの桜は、散れども散れども、永遠に満開を終えることがない。
散った花の後は、またすぐに花芽がふくらみ、翌日には咲き綻ぶ。
――人もまた、同じであればいいのに。もし今日死んでしまっても、明日また、今日と同じ姿で生まれることができたら……。
楼蘭は一人、庭園の中でこぼれ落ちて来る花を見上げていた。
神々に気に入られると、命を奪われ魂を食われてしまうと子供の頃に聞いたことがある。
しかし神々とて、好いた魂は食ってしまわずに、永く側に置きたいと願うのではないか。
――だから、この王城に住まう人は皆、長命なのかしら?
そうであれば、自分は一体どれほどの永さの生を過ごすのだろうか。
「また花見か」
不意に声をかけられた。
男の声に、楼蘭は慌てて振り返る。
「お越しでしたか。気づかずに」
天軌の国の皇帝、龍亮が、すぐ側で笑って立っていた。
「気づかぬように来たのだ」
侍女たちも知らせに来なかったが、龍亮が従者が気づかぬように行動するのはいつものことだった。
「そんなにここが好きか」
「はい……でも」
龍亮が怪訝そうに楼蘭を見る。
「私が亡き後も、龍亮様のお近くで咲き続けるのだと思うと、ちょっぴり妬けます」
楼蘭は冗談めかして笑った。
「それを言うな」
龍亮は、楼蘭がさっきまでくつろいでいた赤い敷物の上に座り込み、脇息を手元に寄せる。
「酒肴をご用意いたしましょう」
侍女を呼ぼうとするが、龍亮は首を振った。
「いや、いい」
「まあ珍しい。どこかでもう出来上がっていらっしゃいましたか? それでしたら酔い覚ましのお茶はいかがでしょう」
薄淡い緑の茶を注ごうと少し体を屈めると、龍亮が手を伸ばして楼蘭のまとめられた髪に刺さっているかんざしを、するりと一本だけ引き抜いた。
「あ……」
艶やかな薄紅色の柔らかな髪が、大きくゆるんと解けた。長い髪が肩を覆う。
楼蘭が少女のようにふくれっ面をする。
「また昼間から悪戯されたと、侍女に笑われてしまいます」
「俺は、お前の間違えて野に咲いてしまったような姿がよいのだ」
龍亮は笑いながら楼蘭をからかう。
「何やらそれでは、褒めていただいているのか違うのか、よくわかりません」
ぷいっとそっぽを向いてみせるが、龍亮は笑みを崩さずに楼蘭の手を取って、近くに引き寄せた。
天軌の国では先の王の時代から、周辺の国々との戦乱が長く続いた。
それを武力でもって収め、鎮圧した国々を属国とした後、千五百年にわたり支配し続けている天軌の国の皇帝が、この男、龍亮である。
千五百年生きているこの男、実は、龍神の化身である。だが真の姿を見た人間はいない。
伝説によると……。
体は鋼鉄の鱗に覆われ、触れるもの全てを焼き尽くし、炎に包まれた目に留まった者は地獄の扉を開くことになる。鋭い爪が切り裂けない物はこの世にはなく、咆哮を耳にすれば闇の深淵に落ちる。
と、言われている。
だが今は、緋色の瞳に猛々しさはなく、悪戯な少年のようにきらきらと輝いていた。
風が楼蘭の解かれた髪をたなびかせるので、せめて軽く束ねようとしたが、龍亮は大きな手で白く細い手首をつかまえて邪魔をする。
髪を下ろした楼蘭の姿は、あどけないようでありながらも、日頃は明るみに晒すことのない色めきを放つ。
龍亮の、武人の太く無骨な指が、楼蘭のぷっくりとした柔らかい唇に触れた。
触れられていることを感じながら、指に唇を寄せるようにして、楼蘭は話す。
「今度生まれ変わった時、私が本当に間違えて野に咲く花に生まれてしまったらどうするおつもりです?」
「どこに間違えて生まれ変わろうと、必ず探し出す」
唇に触れている熱を持った指先から、深い想いと一緒に悲しみが伝わってきた。
「……また、身分違いな私に生まれてしまっても? もしかしたら、もっと間違えて、鳥や獣、虫や小魚に生まれ変わってしまうかもしれませんよ?」
指から伝わってきた悲しみがひどく切なくて、楼蘭はわざとふざけるように聞いた。
「どこで何に生まれ変わろうと必ずだ。誓う」
無骨な指がそっと、柔らかい頬を撫でる。
自分の生は、目の前にいる人の姿をした龍神にとってみればほんの一瞬のことであり、ひとひらの桜が地に落ちるまでの出来事なのかもしれない。
そして生まれ変わった時は、この龍神とは遠く離れた場所で縁のない生を送るのかもしれない。
それでもいいと思った。
最初から、身分違いの恋だった。
今この時、これだけの深い愛を注がれているのなら、死んで自分の魂が消え失せて忘れ去られたとしても、幸せだと思う。
熱を持った大きな手を、頬と自分の手で包む。
剣を持てば右に出る者はいないと言われる手であるが、楼蘭に対しては限りなくやさしく、あたたかい手であった。
そして反対側の自分の手を龍亮に向かって伸ばし、誘うように男の唇に触れた。
緋色の瞳は悪戯な光を男としての艶に変える。千五百年近く、人の男の姿で生きる龍神が雄としての本能をもたげる。
抱き寄せられて、唇が重なる。ゆっくりとした口づけが深まり、食まれるように舌が絡み合う。
「ん……――」
着物の袷に太い指が、そして手の平が滑り込み、柔らかなふくらみを覆った。
「あ……」
熱をはらんだ甘い予感に体が反応する。男はそれを見逃さず、袷をぐいっと左右に広げて、女の細い肩を露わにする。
冷たい春の空気がひやりと素肌に当たった。
「龍亮様……このような場所で、誰か来たら……」
袷を戻そうとするが、男はそれを許さない。
「我等の邪魔する者は斬る」
「そんな……」
「馬鹿、冗談だ」
男は片手で女の細い肩を抱き、片手で着物の袷を更に下げる。さらけ出された白い丸みの頂きが、桜の蕾のように色づき硬くなる。
男がそれを口に含み、吸い上げた。
「いあぁ……んんっぁっ……――」
強く駈け巡る愉悦に、女の背中が反る。
帯が解かれ、朱色の敷物に組み伏せられた時には、両胸が開けていた。
片側は吸い上げられ、片側は大きな手で翻弄される。
苦しいほどの甘さに腰が跳ねると、女の白い脚が艶めかしく揺れて着物が乱れた。
乱れた場所から男の手が入り、脚の内側を撫でつけてから秘部へと上がってくる。
「あ、……だめ、このような……外では……」
「外では? なぜだめだ」
聞き分けのない手は躊躇いなく女の花弁をかき分ける。
甘さに溶けた体は、花壺を愛蜜でたっぷりと満たしていた。指が入り口でうごめくと、とろとろと蜜が溢れ出る。
「いやあ、ああぁ……ん、んんっ……ぁ」
「俺を迎える準備はできているようだ」
大きな体が覆い被さり、脚の間に男の熱い滾りが押し当てられた。そしてぐいっと、雄雄しい硬さが女の体に入り込む。
「んぁああっ! ……ぁあ……っん――」
もう何度も体を重ねているというのに、最初はいつも隘路を押し広げられる圧迫感に体が震える。
男もそれをわかっていて、ゆっくりと押し入りながら女の体をいたわるようにやさしく抱き締める。
「はぁ、……あ……ぁあ――龍亮様……」
唇を吸われると、圧迫感は徐々に快楽へと変わっていった。
ゆるゆると動き出す逞しい龍神の体に揺さぶられながら、その肩越しに、吹きすさぶ桜の花びらを眺めた。
最奥まで突かれると、どうしようもない悦楽が、より多くの花びらを散らしているように感じる。
「楼蘭、愛している……俺にはお前しかいない」
「……龍亮様、私も……龍亮様しか……」
互いに、お互いしかいない。この愛が永遠のものであると信じて二人は揺れ続けた。
それが、今生最後の逢瀬になると知らずに。
冬場の夕日が落ちるのはあっという間で、酒場はすぐに混み始めた。
「楼蘭、ぐずぐずしてるんじゃないよ! あちらのお客にかん酒を二つ、早くおし!」
「はい!」
「それが済んだら、こっちの卓に肴!」
「はいっ!」
女将の指示で粗末な肴を運ぶのは、楼蘭という十歳の少女である。
この地方の冷え込みは厳しく、人々は安酒と、金で買えるあたたかさで気を紛らわせる。
店の卓には貧しい男の客ばかり。頼りない懐から確実に金をまき上げるのは酌をする女たちの仕事だった。
上手く行けば、女たちは客を酒場の奥の宿に連れ混み、体で男たちの財布を更に開かせる。
楼蘭は卓の間を縫って手早く酒や料理を運んでいる。
小さな手にあかぎれがいっぱいできていても、やせ細った枝のような腕が料理を運んでいても、気にとめる者はいない。
貧困層の子供がこのような場所で大人と同じように夜遅くまで働くのは、この花街では当たり前のことだった。
ゆらり、と大きな体躯の見慣れぬ男が一人、店に入ってきた。
着ている服は高級とは言い難いが、他の客よりはずっと上等である。腰には長剣を携えていた。長い髪を束ね、三十路手前に見える顔は貧しい花街にそぐわない精悍さである。
女将は、見慣れぬ客の身なりを見て、楼蘭をやらずに自分がその男の卓へ向かった。
「いらっしゃいませ。何にします?」
「酒を」
「お食事は? どんな子がお好みです?」
「いや、酒だけでいい。あの小さいのに」
と、男は厨房に入っていく楼蘭を指す。
「持ってこさせてくれ」
「あら、小さいのがお好きなんですねえ。もちろんようござんすよ」
女将は小声で続けた。
「まだお客は取らせていない……てことに、なっていますけどね、上のお座敷も空いてることですし、もし旦那が御希望なら特別に……」
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年7月18日 発行 第3版
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