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この本はタチヨミ版です。
きらきらと噴水の滴が輝く庭で、三人の皇女がテーブルを囲み、お茶とおしゃべりを楽しんでいた。
三人の美しく艶やかな髪には黄金の髪飾り。時折、薄いベールがゆらりと風になびく。
「スーレーお姉様、どうしているかしら」
「とても盛大な結婚式だったそうよ。きっと楽しくやっていらっしゃるわ」
「いいわねえ。お食事は毎日豪華で変わったお料理なんでしょうね」
「当たり前じゃない、スーレーお姉様は『アラブの穀倉地帯』と結婚したんだもの」
「ツガトス国はこの辺りで食料輸出ナンバーワンのお国だものねえ。うらやましい」
三人の内、二人は、でっぷりとした体を緩慢に動かし、テーブルの上の甘いお菓子を丸々とした指で次々と口に放り込み、モゴモゴと話す。
もう一人は二人よりもずっと細身で華奢な体つきをしていた。口を挟むことはないが、話を聞いてはうなずき、やさしく微笑んでいる。
「ねー、ネルミンお姉様は、どちらのお国の王子様と結婚したい?」
「そうねー」
ネルミン姫が二重顎を伸ばすようにして、遠くを見ながら答える。
「北のルザスタン国も海の幸が美味しいでしょうし、西のアガール国は肉料理が最高ですって。ケバブは捨てがたいわぁ」
「だめよおっ! アガールのグナン王子様は美食家なのよ、だから私ずーっと目をつけていたのよう! 上質の肉にグナン様の料理人がついてくるんだもの」
ベイザ姫がどたどたと足を踏み鳴らしながら高い声で叫ぶ。
それを見てネルミンがからかうように言った。
「あらあ、まるでもうアガールのケバブはベイザのものみたいじゃない。ねえ、アイラだってケバブ好きよね?」
アイラと呼ばれた大人しい姫は、少し困ったように顔を傾けた。
「ちょっとおぅ! アイラまで私のケバブ三昧グナン様の料理人つき人生を邪魔するの?!」
慌てて首を振り、アイラは手元にあった紙とペンを手にして字を書く。
――グナン様とベイザお姉様はお似合いだと思いますわ。それに私は、お魚の方が好きです。
それを見てベイザが嬉しそうな声を上げた。
「アイラ、ありがとう! 私ね、アイラが昔みたいに話せたらどんなに楽しいだろうって思うの」
「そうねえ、アイラの声を取り戻せるお医者様はいないのかしら」
アイラが首元のスカーフを直しながら、うつむくようにこっくりとうなずく。
「アイラはどんな方と結婚したい?」
アイラはペンを取る。
――考えたことありません。だって、声が出ないから……。
「関係ないわよう。私たち、アレイオス帝国の四大宝石姉妹なんだもの」
そう言われて、うんうん、とアイラは笑ってうなずく。その心は……。
姉たちよ、「四大宝石姉妹」とは、お前ら二人の前でしか使われない言葉だとそろそろ気づいてもいい頃だと思う。
本当は、みんな、嫁に行った一番上のスーレーお姉様と、この僕、四女アイラの二人を「二大宝石」と呼び、次女ネルミンと三女ベイザを「砂漠の二大ミートボールズ」って呼んでぶ。間違えた、呼んでる。
スーレーお姉様が売れてしまったので、このアレイオス帝国でこちらからの政略結婚交渉に利用できるのは、もう僕一人。このミートボールズの放出は王室のエンゲル係数を上げてでもアレイオスとつながりたいって場合か、相手が「ぽっちゃりを通り越した脂多め肉団子専門王子」の場合に限られる。
あー、気が重い。スーレーお姉様の結婚が決まってからずっと、気が重い日々が続いている。
「ねえお姉様、今日、私たちの新しい教育係が来るって知ってる?」
「あら、今日だったかしら」
「今日よ。だってムハンマー(中東料理。お米のデザート)が出る日だったはずよ」
「あら今日のデザート、ムハンマーなのね。私あれ好き」
なあ、ミートボール二号、行動スケジュールと献立スケジュール一緒に覚えるのやめような?
「どんな人かしら。筋トレしろとか言う教育係、私もう嫌よ」
ミートボール一号、お前か、前の教育係クビにしたのは。
「でもね、今度の先生、武人らしいのよね。厳しいのは私もイヤなんだけど」
……武人? 武人がなぜ僕ら皇女の教育係? 聞いてないぞおい。
「どんな方なの?」
「サヴァシュ・グイスカルドっていう人で。叔父様が言うには背が高くて、端正な顔立ちで、戦場に出れば一騎当千、おまけに学があるって。でも、そんな方が私たちの教育係って変じゃない?」
「何だか、お兄様たちの教育係と間違えてないこと?」
ミートボールズよ、珍しく同感だ。僕の知る限りサヴァシュ・グイスカルドが皇女の教育係になるなんて、ありえない。
アレイオス帝国軍で最も怖れられているのは重騎兵軍だ。弓矢や歩兵の槍などものともせず、その出現だけで敵は恐れおののき勝敗が決まると言われている。
サヴァシュ・グイスカルドはその重騎兵隊の隊長だ。武人の中の武人、ミートボールズの脂身を本気で絞るという目的以外ではありえない人選だ。第一そんな目的をミートボールズを愛して止まない父上が許すはずがない。
「でもでもぉ、その先生すっごい噂がたくさんあるんですって」
「すっごい噂?」
「何でも、恋人がたくさんいて、大変だとか……?」
「たくさん? 恋人がたくさんって個人でハレムを持ってるってこと?」
「出陣する先々で、誰もが自分から進んで虜囚になってしまうそうよ」
「まあっ、も、もしかしたら、私たち三人の愛人になるつもりかしらっ!」
「どうしましょうねえどうしましょうっ?」
ミートボールがたぷたぷくねくねきゃっきゃしてる。
えっと。
ミートボール一号、『私たち三人の』ってどういう意味だそれ。僕を含めて三人で愛人を共有するつもりか? まず、僕を含めるな。そして騎兵隊長にも選ぶ権利を与えてやりたいもんだ……と、思った時。
「ネルミン様、ベイザ様、アイラ様。サヴァシュ・グイスカルド様がお見えでございます」
侍女の声に、ミートボールズと僕は同時に振り返った。
けれど新しい教育係を一目見て、僕はゆっくり顔を伏せた。
なんか、やばい。やばい臭いがする……。
「お初にお目にかかります。サヴァシュ・グイスカルドです。本日よりネルミン様、ベイザ様、アイラ様の教育係を勤めます」
ミートボールズが色めいている。食べ物ではない人間の男にときめいてる。いつもの僕ならうすっぺらな微笑でその珍しい光景を目に焼きつけただろうが、今はそうできなかった。
「わ、わたくしがネルミンです」
「わ、わたくしはベイザです」
僕は顔を伏せ続けている。
「こちらは末の妹、アイラ」
ネルミンに紹介されて、ほんの少しうなずくようにする。でも、それだけだ。この男にはできる限り関わらない方がいいと、僕の本能が警告する。
「宝石に例えられる姫君の教育係を仰せつかり、光栄でございます」
僕をここまで警戒させたのは、この武人らしくない優雅な身のこなしと話し方だった。
「今、ちょうど貴方の話をしていましたのよ」
ミートボール一号の脂肪が揺れる。
「おや、どのようなお話でしょうか。悪い噂でなければよいのですが」
サヴァシュが高い背を少し屈めて、ネルミンの顔をのぞき込むようにする。ネルミンが顔を赤らめてうつむいた。
どっちがどっちをご馳走として見てるんだこれ。サイドディッシュに成り下がったミートボール二号がきいっと鳴いた。
「グイスカルドっぅ、ぁあなたは、武人なのでしょう? なぜなぜ、私たちの教育係に?」
サヴァシュは明らかに取り乱しているベイザに、ゆったり微笑みかける。
「戦場に飽きました。軍を退き各国を穏やかに巡る旅などをと思いましたが、姫君たちの教育係を仰せつかりましたので。身に余る光栄です」
やさしい金色の瞳に二号も即座に落ちた。
「どぅぅっどのような、ことを教えていただけるの?」
一号が負けじとサヴァシュの視線を取り返す。
「戦のついでではありますが、多くの土地を巡ってきましたのでお伝えできることも多いかと……」
サヴァシュは低音が響く声で和やかに話す。ミートボールズは両方ともうっとりして話なんか聞いてない。
僕がやばいと感じたのは、優雅さだけじゃない。この男の隙のなさだ。
体を鍛え上げている証拠に、くっきりとした筋が艶のある褐色の肌に影を作る。背が高く肩幅が広く、腹が立つほどに体格がいい。それなのに無骨な感じが一切ない。宮廷楽師のようににこやかで、話す言葉は詩人のような繊細さすら匂わせている。
ミートボールズを捕まえた金色の瞳は、子供っぽく無邪気に輝き警戒心を忘れさせる。
要するに、人物像が一つに絞れないのだ。
誰がどんな角度からどんな話しかけ方をしたとしても、この男は自分の望む印象を相手に植えつけることができる。
それを、重装備で戦場を駆ける重騎兵隊長がやっているのだ。
そんなの危ない奴に決まってるだろ。
残念だけど、今の王家にはこういう奴に対応できる者はいない。飲まれてしまう者しかいないのだ。
そして僕は、こういう奴との接触を避けたい事情を抱えていた。
「……私の話は、あまり面白くないのでしょうか? アイラ姫様」
うわー。こっちみーるーなー。
しかし目を合わさないようにずっとうつむいていたので、ミートボールズと差が出てしまったようだ。
僕はネルミンに少し体を寄せて、助けを求めるように姉を見た。
ネルミンはサヴァシュの目をベイザから奪う手段を得たとばかりに、ひどく楽しげな声で言った。
「面白くないなんて思っていないわ、ねえ。アイラは一番大人しいのです。十二歳の時に病気をして声が出なくなってしまったので、余計に人見知りをしてしまうのよね」
「そうでしたか、これは失礼致しました。でもどうか、私のことを怖がったりなさらないでください」
微笑んだ金色の瞳に囚われない様に、僕はまたそっと顔を伏せた。
「無作法な私を、お許しいただけますか?」
顔をのぞき込まれる。しつこいなお前。
けれど相手は僕の思惑などまるで関係なしに手を差し伸べてきた。
くっそ。仕方ない。
僕は大きな手の上に自分の手をそっと乗せた。
「ありがとうございます。アイラ姫」
手の甲にそっと、唇が当てられる。
うつむいた顔に、銀色がかった前髪がふわりと落ちて陰を作る。その前髪の間から、金色の光が僕を刺すように向けられていた。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年7月17日 発行 第2版
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共幻あかつき文庫・共幻令嬢文庫 編集長
著作
「転生の幼な妃 ~龍王、蜜欲の寵愛~」(共幻令嬢文庫)
「公爵家、愛欲の選考会」(フレジェロマンス文庫)
「隠され姫君と運命の騎士 ~甘密の契り~ 」(フレジェロマンス文庫)
「媚薬なスイーツに乱されて~大富豪の甘い罠~」(アンジェラ文庫)
9歳から小説を書き始めたが、まさか恋愛小説家になるとは思ってもいなかったらしい。
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アパレル系イラストを中心にイラストレーター活動を始める。
現在はアプリゲームや電子書籍などのキャラクターイラストを中心に活動中。
2015年 株式会社インターリンク主催「猫耳女子キャラオーディション」二次元部門グランプリ受賞 七代目にゃこ式部キャラクターデザイン
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