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〇双葉ハイツ・前(夕)
3階建てマンション。最上階の一室か
ら煙が出て、消防車が止まっている。
野次馬の中で岡本幸助(28)が呆然と
煙を見ている。帰って来た桐島佳織
(27)が岡本に駆け寄り、
佳織「火事!? うちらの家が……」
岡本「今は消火を待つしかないらしい」
× × ×
窓から煙が消える。ほっとする佳織と
岡本。消防士がやってきて、
消防士「ぼやでした。通報が早くて良かった
ですね。今日は宿を探して休んで下さい」
佳織・岡本「ありがとうございます」
〇公園(夕)
ベンチに佳織、岡本座っている。
佳織「ねえ、今日最後に家出たの幸助やん」
岡本「うん……」
佳織「なんか心当たりある?」
岡本「いや、あの……心当たりがありすぎて」
佳織「ん? まさか」
佳織、岡本の背広の胸ポケットを探る。
胸ポケットからライターが出てくる。
佳織「何で出て来るかな」
岡本「ちゃうちゃう」
佳織「心当たりはタバコの不始末って事?!
私喘息持ってるから、タバコやめてってあ
んだけゆうたやん!」
岡本「だからちゃうって」
佳織「私の事ほんまに大切にする気あんの?
どうせ今日の事も覚えてないんでしょ!」
佳織、立ち上がり背を向ける。
佳織「とりあえず実家に戻る」
岡本、ため息をつく。
〇双葉ハイツ・佳織岡本の部屋・リビング
天井から紐が垂れている。すすで真っ
黒なストーブ。周辺は壁も真っ黒。佳
織、ストーブを見て、
佳織「ぼやの原因、ストーブやってんね。ご
めん。タバコ疑って」
岡本、天井から垂れている紐を見つめ
る。佳織紐に気づく。
佳織「何あれ?」
岡本「ほんまは、くす玉つっててん」
佳織「くす玉?」
岡本「付き合って3年記念やったから」
佳織「覚えてたんや……記念日」
岡本「くす玉落ちてん。消し忘れたストー
ブの上に。ごめん、やっぱ俺のせいや」
佳織、机の上の金の紙の残骸、ろうそ
くの残骸をみて、
佳織「この金の紙きれとか、ろうそくって」
岡本「クラッカーの残骸。キャンドルは雰囲
気だそうと。ばれない様にライターまで隠
し持って。うー情けない」
岡本うなだれる。
佳織、机の上を物色すると、すすけた
指輪が出てくる。指輪をハンカチで拭
くと、ダイヤモンドが輝いている。
佳織「情けなくないよ。鈍くさいとこも一生
懸命なとこも、私やっぱ好きやわ…幸助ず
っと一緒にいてもらえますか?」
佳織、指輪を岡本に渡す。
岡本「うわ、サプライズ全部持ってかれた!」
佳織吹き出す。岡本、佳織の手を取り、
指輪をはめる。
岡本「ずっと一緒にいよう」
佳織、岡本に抱つき、熱くキスをする。
○通学路
夏服姿の内村直人(16)、木下治(17)、
高田亮平(16)の三人が歩いている。
木下「直人、お前、最近沢田と仲良くね?」
高田「そう言えば楽しそうに話してるよな」
木下「恋に、落ちた?」
内村「まさか! 全然タイプじゃねえよ」
高田「あれ? 顔が赤いぞ、直人」
内村「バカ言え!」
○二年一組教室・中
昼休みを過ごしている生徒たち。
内村と木下と高田、教室に入ってくる。
教卓の真ん前の席に沢田亜紀(17)が
座り、鶴を折っている。
内村と木下と高田、亜紀を取り囲む。
木下、亜紀に、
木下「どうしたんだい、鶴なんか折って」
亜紀、鶴を折り続けながら、
亜紀「千羽鶴。友達が入院したの」
内村「この学校の子?」
亜紀「ううん。別の学校だけど、幼馴染の子」
高田「何で入院したんだい」
亜紀「自転車で車と衝突しちゃって。足の骨、
複雑骨折。全治九か月だって」
高田「(痛そうに)あちゃあ」
内村「その子、男? 女?」
亜紀「男の子」
内村、下を向く。
木下、内村の顔をチラッと見て、
木下「ま、ある意味、男でよかったかもな。
(高田に)おい、行こうか」
木下と高田、その場を離れる。
高田「(小声で)沢田、その男とできてンな」
木下、首を振って高田を黙らせる。
内村、亜紀の後ろの席に座りながら、
内村「なぁ、鶴折るの、手伝おうか」
亜紀、振り向いて、
亜紀「本当? 千羽まであと三百なんだけど、
どうしてもこの日曜日には届けたくて」
内村「その子、名前は?」
亜紀「山本義光。かっこいい名前でしょ」
内村、寂しそうに笑う。
○内村家・直人の部屋(夜)
内村、机に向かい、折紙の裏にひと言
メッセージを書いて鶴を折っている。
机の上にはすでに何十羽もの折鶴。
机の棚の時計が午前二時を回っている。
○二年一組教室・中(朝)
内村、鞄から袋を出すと、亜紀に、
内村「ほら、できたよ。百羽ある」
亜紀「もう? すごい! ありがとう!」
亜紀、袋を受け取り、中をのぞく。
○沢田家・亜紀の部屋(夜)
亜紀、机の上に内村の折鶴を広げるが、
鶴の中に何か書いてあることに気づく。
鶴を開くと「義光君が早く治りますよ
うに」というメッセージが現れる。
亜紀、ハッとして次々鶴を開いていく。
× × ×
机の上に散らばった百枚の折紙。
一枚だけ「君が好きだ」と書いてある。
○内村家・直人の部屋(夜)
内村、開いた本をお腹に伏せ、ベッド
に仰向になり一点を見つめている。本
の題名は『好きな彼女を射止める科白』。
〇レストラン・中
落ち着いた雰囲気。客は少ない。
黒いスーツ姿の茂弘(31)と太田結
(31)がテーブルを挟んで座っている。
結「もう5周忌になるのね」
茂「早いもんだな」
結「美香は茂さんにずっと思われて幸せだね」
茂、結の方を見て、
茂「本当に好きだったからね」
結、視線をそらし、コーヒーをスプー
ンでかき混ぜる。
茂「結ちゃんは結婚しないの」
結、右手薬指の指輪を見る。
結「実は、会社の後輩からプロポーズされて
いるの」
茂「いい話じゃないか」
結「……」
結、指輪を外す。
結「だから、この指輪あなたに返すね」
茂「俺が美香に縛られないように、美香が結
ちゃんに託した指輪……」
結「茂さんがそんなに思い続けているんだっ
たら、やっぱりペアで持っておくべきよ」
茂、指輪を受け取り、じっと見つめる。
〇結の自宅(朝)
新興住宅街にあるプレハブ住宅。
茂が、インターホンを鳴らす。
太田洋子(58)が戸を開けて顔を出す。
洋子「あら、茂さん、久しぶり」
茂「ご無沙汰です。結さんは?」
洋子「なんかデートがあるとか言って、さっ
き出かけたとこ。駅まで歩きだから走れば
まだ間に合うんじゃない」
茂「ありがとうございます」
〇駅改札前(朝)
茂は息を切らしながら改札をくぐる。
発車する電車の中。結とその隣で楽し
そう話している若い男が見える。
電車は茂の前を走り去る。
〇結の自宅前道路(夜)
結がほろ酔い加減で帰ってくる。
突然、木陰から茂が顔を出す。
驚く結。
結「どうしたの?」
茂、真っ直ぐに結を見て、
茂「2番目だ」
結「えっ」
茂「世界で2番目にお前のことが好きだ」
結「そんなプロポーズきいたことない」
結、涙ぐむ。
茂「結に嘘はつきたくないんだ。美香のこと
は忘れられない。でも、結のことを愛して
いる」
結、涙で顔がくしゃくしゃになる。
結「ずっと待ってた」
結、茂の胸に飛び込む。
茂「待たせてごめん」
結「あの指輪……」
茂「何?」
結「本当は私達を結びつけるようにって、美
香が私にくれたの」
茂「えっ、そうなのか」
結「うん」
茂、目に涙をためながら、指輪をポケ
ットから取り出し、結衣の左手薬指に
はめる。
結、涙顔で満面の笑みを作る。
○居酒屋・個室(夜)
4人掛けの席に横並びで座る新井圭(30)
と青山竜(33)。圭は髪が薄く太って
いる。
青山「お前、去年ウチに入社するまで芸人や
ってたらしいやん。マジなん?」
圭「あ、はい、一応……。落語ですけど」
青山、煙草を1本加えながら、
青山「才能なくて辞めた奴に言うのも酷やけ
ど、今日は死ぬ気で盛り上げろよ。俺のお
持ち帰りの為に」
圭、青山の煙草に火をつけながら、
圭「はい、先輩」
個室の扉が開き、藤林優奈(29)と中
島恵(29)が入って来る。
藤林「先輩方、遅れてすいません! こちら私
の大学の友達で、中島恵ちゃんでーす」
会釈し、挨拶をする恵。
青山「恵ちゃんかわいいね~。座って座って」
驚いた様子の圭とそれに気付かず歓談
を始める3人。圭、周囲に聞こえない
程の小声で、
圭「恵……」
○(回想)恵のアパート・中(夜)
暗い面持ちで座っている恵と圭。圭は
まだ髪があり痩せている。
圭「僕は、売れて恵みに良い暮らしをさせて
やりたかっただけなんや」
静かに泣き出す恵。
恵「良い暮らしがしたいなんて、私言った事
ある? 圭君は私から逃げてるだけやん」
何か言おうとするが言葉が出ない圭。
恵「昔はよく大喜利とか謎かけで楽しませて
くれたやん。私はそれで十分やったのに」
恵、中指の指輪を外し、圭に投げる。
床に転がる赤色の指輪。
○居酒屋・個室(夜)
机の上には複数枚の空いた皿。大きな
声で話す青山と藤林とそれを聞く恵。
恵、暗い表情の圭を心配して、
恵「あの、そう言えばまだお名前聞いてませ
んでしたよね?」
圭、顔を隠すように俯き、声を変えて、
圭「あ、僕の事はお構いなく……」
恵、首を傾げながら、
恵「あれ、どこかでお会いした事あります?」
青山、2人の様子に気付き、
青山「恵ちゃん、こいつ元落語家やねん。ほ
れ新井、とりあえず謎かけいってみよか」
とても驚いた様子の恵。
恵「え、え、新井って……」
恵の声を掻き消すように青山、
青山「ほなお題は……、『青山』で作ろか」
圭、逡巡しているとラインが来る。机
の下で確認すると青山から、『持ち上
げろ、ミスったら左遷』の文字。
青山、藤林で新井コールが始まる。
心配そうな顔の恵。
圭、青山をチラと見る。一瞬の逡巡の
後、顔を上げて発表しようとすると、
恵の手に赤の指輪を発見する。圭、心
配そうな恵の顔を見る。
机の下の強く握り直された圭の拳。
圭「先輩と掛けまして別れた彼女と解きます」
青山、圭に肩を組みながら、
青山「その心は?」
圭、恵の目を見ながら、
圭「もう話したくないんです」
首を傾げる青山と、静かに涙を流す恵。
○スーパー 店内(夕)
松永琴音(9)と北原真結(9)が製
菓材料コーナーへやってくる。
真結、アラザンをカゴに入れる。
琴音「何? それ。銀色のビーズみたい」
真結「アラザン。クリスマスケーキの飾り付けに
するんだ」
琴音「ふうん」
真結「ママと一緒に世界に一つだけのケーキ、
手作りするの。琴ちゃんも食べに来る?」
琴音「いいよ。うちも作るから」
琴音も、アラザンをカゴに入れる。
真結「あ、見て見て、おばさんサンタがいる」
ケラケラと笑い出す真結。
松永千里(33)がサンタの格好をして
クリスマスケーキを客に勧めている。
琴音「お母さん……」
○松永家 居間 中(夜)
一人、テレビを見ている琴音。
千里「ただいま。クリスマスケーキ買ってきたよ」
千里、ケーキの箱をテーブルに置く。
半額シールが貼ってある。
琴音「いらない。そんな、どこにでもあるケ
ーキの売れ残りなんて」
千里「そんな言い方しないの。さ、食べよ」
琴音「いらないってば」
琴音、テーブルからケーキを落とす。
琴音「真結ちゃんちなんか、世界に一つだけ
のケーキ、お母さんと手作りすんだよ」
泣き出す琴音。
千里「わかった」
千里、ケーキの箱を開け、崩れたケー
キを、さらにフォークで崩す。
琴音「えっ」
千里、それをカップにぎゅっと詰め、
カパッとケーキ皿にひっくり返す。と、
ショートケーキのようになっている。
琴音「えー! 何、これ」
千里「世界に一つだけの手作りケーキ」
琴音「もう、おかあさんったら」
琴音は泣き笑い。千里泣きそうになる。
琴音「あ、そうだ!」
琴音、アラザンを手提げ袋から出して
きて、ケーキの上に散らす。
千里「あ、そうだ!」
千里、ストールを電気の傘にかぶせて
ケーキに光を集める。アラザンが光っ
て、ケーキが暗闇に浮かび上がる。
琴音、笑顔で食べ始める。
○西中島南方遊園地・ワクワク広場(夕)
設置された舞台でヒーローショーが行
われており、着ぐるみを着たサンライ
トマンと、悪人メイクの地獄男爵役、
安藤豪(33)が闘っている。
パイプ椅子の並べられた観客席では子
供達がサンライトマンの絵の描かれた
た懐中電灯でサンライトマンを照らし、
サンライトマンに声援を送っている。
舞台上の豪は、サンライトマンからの
連続攻撃を受け無様にのたうっている
観客席の一番前には、安藤桃(30)と、
怒りに肩を震わせながら、体を固くし
て俯く安藤勝平(7)が座っている。
勝平「やっぱ、見に来るんじゃなかった……。
悪役の父ちゃんなんて最悪だ……」
桃「そんなこと言わないの。父ちゃんは勝平
や母ちゃんの為に頑張ってくれてるんだよ」
勝平「あんなカッコ悪い父ちゃん見てるくら
いなら、頑張らなくていいっ! さっさと
やられて引っ込めばいいんだ!」
勝平は唇を引き結ぶとパイプ椅子の上
に立ち上がり、サンライトマンを懐中
電灯で照らしながら大声を出し始める。
勝平「サンライトマン、ヒーローライトだ!
地獄男爵なんて滅茶苦茶にやっつけろー!」
勝平の声に気づいた豪は、舞台上から、
傷ついた表情で勝平を見る。
豪と目が合った勝平は、一歩後ずさる。
その拍子にパイプ椅子が揺らぎ、勝平は
頭から転落しそうになる。
それを見た豪が、迅速な動きで舞台か
ら駆け下り転落する勝平を抱き止める。
勝平「何すんだよっ! あっち行けよ! 僕、
地獄男爵なんて大嫌いなんだからなー!」
豪に抱かれ豪の胸を殴り大泣きする勝
平を、豪は無言で強く強く抱きしめる。
○西中島南方遊園地・外周(夜)
勝平と豪、桃が並んで歩いている。
豪「『地獄男爵が子供を助けるなんてどうい
う事だ』って、こってりしぼられちまった
な」
桃に向かい笑う豪に、勝平は躊躇いな
がら手に持つ懐中電灯の光を当てる。
豪は首を傾げ、俯く勝平を見る。
勝平「ヒーローだけが浴びられるライトだよ
……。今日の父ちゃんはすごくカッコ悪い
けどカッコイイ、僕のヒーローだったから」
勝平が遠慮がちに差し出した手を、豪
は強く握り、勝平は豪の胸に飛び込む。
◯日本橋界隈・俯瞰
T・正徳四年十二月
◯森田座・舞台
N「大石内蔵助以下、旧赤穂藩士四十七人が、
主君・浅野内匠頭に代わって怨敵吉良上野
介を討ち取った吉良邸討ち入りから十二年」
碁盤太平記の討ち入り場面を取り入れ
た芝居が上演されている。
師直屋敷内に、白小袖・黒羽織、縹色
の脚絆姿の大星由良之介役と義士役一
同。
力弥役、縁上へ駆け上がり、
力弥役「塩冶判官高貞が家臣、大星由良之助
良国、同じく力弥良道、此外忠義の武士四
十五騎、亡君の仇を報ぜん為、攻め寄せ候!」
と、一文字に切り入る。
平土間の客達が、わっと沸き立つ。
(*近松門左衛門作「碁盤太平記」)
◯同・表通り
木挽町森田座前の賑わい。
N「浅野家も既に再興を遂げ、亡君の遺恨を
晴らして花と散った家臣達は義士と呼ばれ、
日増しにその人気を高めていた」
長谷川兵馬(15)と、山野新一郎(15)
が、稽古着を肩に、人混みの中をやっ
て来る。
兵馬「さすがに今日は、凄い人出だな」
新一郎「ああ、十四日だからな」
と、森田座を見上げる。
森田座の入り口には、塩冶判官と高師
直の絵看板が掛けられ、雁木模様の幟
がはためいている。
新一郎「大したもんだな。十年以上経っても
忘れ去られるどころか、この人気だ」
兵馬「当然だ。己の命も顧みず、切腹覚悟で
殿様の無念を晴らし、将軍家に抗議したん
だ。武士の鑑さ」
新一郎「大石内蔵助かぁ。一度会ってみたか
ったよな」
と、憧れの眼差しで絵看板を眺める。
兵馬「そうだ、折角だから泉岳寺まで行って
みないか」
新一郎「泉岳寺?」
兵馬「俺たちも、後世に名を遺す立派な武士
になれるよう、せめて墓になりと手を合わ
せて来よう」
新一郎「よし、行こう!」
頷き合い、意気揚々と駆け出す兵馬と
新一郎。
◯泉岳寺・墓所
浅野家主従の墓石が並ぶ墓所で、遺族
達による法要が行われている。
兵馬と新一郎が物見の人垣に割り込ん
で来る。
その視線の先では、紋付姿の大石大三郎(12)
が、大石内蔵助の墓前に線香を手向け
ている。
新一郎「あれは?」
兵馬「右二つ巴は大石家の家紋だ。内蔵助殿
のご子息ではないか? 確か大赦で赦され、
昨年芸州浅野家に千五百石でお召し抱えに
なったと聞いたが」
新一郎「千五百⁈」
兵馬「そりゃあ、何と言っても大石殿は浅野
家再興の第一功労者だからな」
新一郎「なるほどな」
感心して見入る新一郎。
兵馬、墓群に向かって手を合わせ、人
垣から出る。
新一郎も慌てて手を合わせ付いて行く。
兵馬「折角来たが、この人だかりじゃ、ゆっ
くり参拝も出来ないな」
新一郎「しょうがない、出直そう」
諦めて歩き出す兵馬と新一郎。
と、兵馬が新一郎の肩を掴んで立ち止
まる。
兵馬「あれ、お前のお父上じゃないか?」
怪訝に兵馬の視線を追う新一郎。
一隅の木陰に、身を隠す様に、山野又
四郎(36)が平伏している。
新一郎「父上?」
思いがけず立ち尽くす兵馬と新一郎。
その視線を遮り、年配の町人夫婦が又
四郎を嘲り通り過ぎて行く。
町人男「どうせ殿様の仇討ちに行く根性もね
ぇ不義士だろう。同じ侍でも偉ぇ違いだぜ」
町人女「ほんとだよ、みっともないったら。
おお、やだやだ」
N「不義士とは、討ち入りに加わらなかった
脱盟者、即ち不忠臣と言う意味である」
新一郎「待て!」
掴み掛ろうとする新一郎。
兵馬「新一郎!」
驚き、怪訝に立ち去る町人夫婦。
新一郎「不義士だと? 父上が……そんな筈が
あるものか……そんな……」
又四郎を呆然と見詰める兵馬と新一郎。
◯長屋・又四郎の家(夜)
傘貼りの内職が積まれた部屋で、まさ
(31)が床に臥せっている。
台所で粥を焚いている新一郎、その脳
裏に町人男の声が甦る。
町人男の声「どうせ殿様の仇討ちに行く根性
もない不義士だろう」
考え込む新一郎。
その様子を怪訝に見る、まさ。
まさ「新一郎、何かあったのですか?」
はっと我に返る新一郎、頭を振り、
新一郎「いえ、何でもありません」
と、笑って答え、粥を椀に装って、
新一郎「さあ、沢山召し上がって下さい。母
上には早く良くなって頂かないと」
と、まさに勧める。
受け取り、粥を口に運ぶまさを、ほっ
と見守る新一郎。
新一郎M「違う。父上に限って、そんなこと
は有り得ない。いや、しかし、ならば昼間
見たあれは何だったのか」
新一郎が自問自答しながらまさを見て
いると、まさが箸を置く。
新一郎「もう良いのですか? もう一口だけ
でも」
首を振り、食べかけの器を差し出すま
さに、仕方なく受け取る新一郎。
まさ「すまないね」
新一郎「息子に遠慮は無用です。母上にはもっ
としっかり滋養をつけて頂かねば」
と、がたんと戸が開き、泥酔した又四郎
が徳利を下げて入って来る。
まさ「お帰りなさいませ」
答えず、上がり框に倒れ込む又四郎の
醜態を、冷ややかに見下ろす新一郎。
新一郎「飲んでいるのですか」
又四郎「なんだ、その目は? 酒を飲んで何
が悪い? それが父に対する目か!」
新一郎「みっともない」
又四郎「何?」
新一郎「何の酒なんですか? 今日一日、何
処にいらしたんです? 泉岳寺で何をして
いらしたんです?」
又四郎の体がぴくりと動きを止める。
まさ「新一郎!」
又四郎「見ていたのか」
新一郎「父上が元、仕えておられたのは、龍
野藩ではなかったのですか」
新一郎をじろりと見上げ、冷ややかな
笑みを浮かべる又四郎。
又四郎「何が言いたい」
新一郎「何も仰ることは無いのですか? 何
も言い訳しては下さらないのですか!」
じっと聞いている又四郎。
新一郎「まさか、父上が不義士だったなんて」
悔し涙を堪え、刀を取って出て行く新
一郎。
まさ「新一郎!」
徳利を呷り、土間に叩き付ける又四郎、
その顔には既に酒気は無い。
◯道(夜)
新一郎が行く。
時折すれ違う酔った人々の笑い声が耳
につく。
顔を伏せ、やり過ごす新一郎の耳に、
泉岳寺で聞いた町人女の声がこだます
る。
町人女の声「みっともないったら。おお、や
だやだ」
耳を塞ぎ駆け出す新一郎。
◯神田川土手(夜)
息を切らせて駆けて来た新一郎、刀を
抜き、
新一郎「わーっ!」
と、叫びながら、力一杯振り下ろす。
何度も何度も、やり場のない怒りをぶ
つけるように、空を切り続ける新一郎。
その肩に、冷たい雨がぽつぽつと落ち
てくる。
◯柳森稲荷(夜)
降りしきる雨。
社の軒下で、涙を堪え、膝を抱えて夜
を明かす新一郎。
◯森田座・表
入口に掛かった由良之介の絵看板。
見物客の声「よっ! 由良之介!」
顔を伏せ、逃げるように足早に行く新
一郎、肩を掴まれ振り返ると、兵馬が
立っている。
◯同・裏通り
兵馬に背を向けている新一郎。
新一郎「笑えよ。傑作じゃないか。不義士の
子が内蔵助に憧れてたんだ。身の程知らず
も良いところだ」
兵馬「そんな言い方をするな。きっと父上に
も何か事情があるのだ」
新一郎「綺麗事を言うな。旗本の倅に俺の気
持ちが分かるか! たとえ浪人暮らしをし
ていても、父上は立派な武士だと信じてい
たんだ。それが、不義士だと?」
新一郎の声に行き交う町人たちが振り
返り、ひそひそと話しながら通り過ぎ
て行く。
兵馬「来い!」
新一郎の腕を掴み、憤然と歩き出す兵
馬。
◯長屋・又四郎の家・表
兵馬が新一郎を引っ張って来る。
兵馬「母上を困らせるな。昨夜から寝ずに待
っておられる」
戸が開き、まさが出て来る。
まさ「新一郎」
俯く新一郎。
◯同・中
座って話している、新一郎とまさ。
兵馬も上がり框に腰を下ろして聞いて
いる。
まさ「二度と父上にあのような口を利いては
なりません」
新一郎「本当のことを言って何が悪いんです」
言葉に詰まる、まさ。
新一郎「父上は卑怯者です」
まさ、思わず新一郎の頬を打つ。
打った、まさの手が震えている。
まさ「父上は、不義士等ではありません」
そっぽを向く新一郎。
まさ「あの時、父上は、同志の方々と共に討
ち入りを果たし、命を捨てる覚悟をしてお
いででした。父上を脱盟させてしまったの
は、私達なのです」
怪訝にまさを見る新一郎と兵馬。
まさ「父上は、私達を置いて討ち入りに加わ
ろうとした新八様の代わりに、私たちの元
に残って下さったのです」
新一郎「……新八?」
まさ「父上は……又四郎様はお前の本当の父
上ではないのです」
新一郎「何を仰っているのです? 母上は一
体何を」
まさ「又四郎様に汚名を着せてしまったのは、
私達なのです」
兵馬が心配そうに新一郎を見る。
呆然としている新一郎。
◯道
履物屋や傘屋の並ぶ通り。
又四郎を探す新一郎と、追う兵馬。
◯傘問屋・店内
又四郎が内職の傘を届けに来ている。
店の者が傘を改め、手間賃を渡す。
店の者「では、これで」
又四郎「確かに」
と、金子を受け取り、出て行く。
◯同・表
又四郎が出て来ると、息を切らせて新
一郎が立っている。
◯堀端
新一郎、又四郎に向き直り、
新一郎「答えて下さい。新八と言うのは誰な
んです? 本当なんですか……本当に父上
は……」
兵馬が二人を見つけて駆けつける。
又四郎、新一郎の眼差しに覚悟を決め、
又四郎「あぁ。お前の父は前島新八だ」
新一郎「前島……そんな名の義士は……」
又四郎「あぁ、居ない。……俺が斬ったから
な」
新一郎・兵馬「!」
又四郎「俺達は、同じ赤穂藩士の子として、
幼い頃から共に遊び、学んだ親友だった」
◯(回想)浜辺
木刀で打ち合っている又四郎(19)と
新八(19)。
双方負けず劣らず、互角の好勝負。
鍔迫り合いから、勢い余って、水の中
に尻餅をつく新八、負け惜しみに、又
四郎に水をかける。
又四郎「やったな!」
木刀を捨て、水の中で組み合ってはし
ゃぐ、新八と又四郎。
◯(回想)前島家・表
びしょ濡れの又四郎(19)と新八(19)
が、木刀を手に帰って来る。
又四郎の声「十九の頃、新八の母上の取り成
しで、前島家に身寄りのない遠縁の娘が、
行儀見習いにやって来た」
前方から、前島千勢(55)が、まさ(14)
を連れてやって来る。
立ち止まり、まさを見る新八と又四郎。
千勢「今日からうちで世話することになった、
まさです。仲良くしてあげて」
僅かばかりの持ち物の入った、小さな
風呂敷包みを抱え、頭を下げるまさ。
顔を見合わせ、照れ臭そうに会釈する
新八と又四郎。
◯(回想)浜辺
釣りをしている又四郎(19)と新八(19)
の傍で、まさ(14)が着物の裾をた
くし上げ、裸足で貝殻を拾っている。
新八「お、来たぞ! 今日は俺の勝ちだ」
竿に引っ張られて移動する新八に、つ
られてついて行く、又四郎とまさ。
と、まさが小さく声をあげ、その場に
しゃがみ込む。足を切ったらしい。
又四郎「大丈夫か?」
と、引き返し、傷を見ると、海水で洗
って、口で吸い、手拭を割いて手当て
する。
又四郎「放っておくと化膿するからな」
まさ「すみません」
どぎまぎと頬を赤らめ立ち上がるまさ。
新八の声「又四郎―!」
又四郎が振り返ると、新八が自慢気に
獲物の魚を見せびらかしている。
顔を見合わせて笑い、歩き出す又四郎
とまさ。
まさ「又四郎様」
と、呼び止め、拾った桜貝を渡す。
又四郎、照れ臭そうに受け取ると、手
拭に挟んで懐へ仕舞い、駆けて行く。
夏の日差しを反射させ、小さな波が退
いては寄せ、寄せては退く穏やかな海。
◯(回想)山野家・縁側
新八(21)と又四郎(21)が饅頭を食
べながら話している。
新八「又四郎、俺は嫁を貰おうと思う」
又四郎「嫁⁈ 相手は?」
新八「又四郎、お前、まさのことをどう思う?」
又四郎「どうって……お前、まさか、まさと?」
照れ隠しに饅頭を齧り、頷く新八。
又四郎「まさには? もう話したのか?」
新八「それが、どう切り出したものかと」
又四郎「なんだ、まだなのか?」
呆れて笑う又四郎に、真顔で向き直り、
新八「又四郎、お前、話してくれないか」
又四郎「俺が? まさに、か?」
戸惑う又四郎。
新八、がばっと跪き、頭を下げる。
新八「頼む! 俺の一生の頼みだ」
困惑する又四郎、躊躇するが、思い直
し、
又四郎「分かった。話してやるよ」
と、笑って引き受ける。
新八「かたじけない! 恩に着る」
手放しで喜ぶ新八に作り笑顔の又四郎。
◯(回想)八幡宮・境内
又四郎とまさ(16)が歩いて来る。
まさ「あの、大事な話って……」
又四郎「……新八の事を、どう思う?」
まさ「え?」
又四郎「新八がお前を嫁に欲しいと言ったら、
どうする?」
困惑するまさ。
又四郎「新八の事が、嫌いか?」
大きく首を横に振るまさ。
又四郎「では、好きか?」
戸惑うまさ。
まさ「又四郎様は、どう思われますか?」
又四郎「俺は……良い話だと思う」
まさ「……」
又四郎「新八は良い奴だ。新八の、嫁になっ
てやってくれないか」
長い沈黙の後、小さく頷く、まさ。
言葉に詰まり、俯く又四郎。
◯(回想)前島家(夜)
新八とまさの婚礼。
三々九度を上げる白無垢姿のまさ。
◯(回想)海辺(早朝)
海を見ている又四郎、掌の桜貝を見詰
めて思案し、海へ返す。
◯元の堀端
又四郎の話を聞いている新一郎と兵馬。
又四郎「やがて、二人には子も出来、俺たち
は赤穂で穏やかな日々を送っていた。……
事件が起きたのはそんな時だった」
浅野内匠頭の声「己、吉良上野介――!」
◯江戸城・松の廊下
吉良上野介(59)を斬りつける浅野内
匠頭(33)。
咄嗟に組み付く梶川与惣兵衛(54)。
梶川「殿中! 殿中でござりまするぞ、浅野
殿!」
内匠頭「お放し下され、梶川殿! 遺恨がご
ざる! 遺恨が――!」
又四郎の声「殿が江戸城松の廊下で刃傷に及
ばれ」
◯田村家・庭
又四郎の声「即日切腹のお沙汰を賜ったのだ」
庭先に設えられた座に就き、白装束の
肩衣を外す内匠頭。
◯堀端
又四郎の話を聞く新一郎と兵馬。
又四郎「御家は断絶、城も明け渡し、同志の
誓いの神文を交わして殿の無念を晴らす日
を待ったが、その機会も得られぬまま、浪
人暮らしも困窮していたある日――」
◯(回想)前島家・座敷
又四郎の声「貝賀さんと大高さんがやって来
た」
対座し、新八(24)に神文を差し出す
貝賀弥左衛門(53)と大高源吾(31)。
新八「今になって、神文を返すとはどう言う
ことです!」
貝賀「今なればこそじゃ。城明け渡しから、
早、一年五か月。当時とは、各々事情も違
うておろう」
大高「御舎弟大学様によるお家再興も潰えた。
何時になるやも知れぬ仇討ちを待つか、否
か、各々の判断に委ねるとのことだ」
新八「考えるまでもありません」
神文を突き返す新八。
又四郎の声「それは、大石様からの最後の意
思確認で、受け取りを拒んだ者だけに、仇
討ち決定が告げられた」
◯(回想)同・隣室
やつれた様子のまさ(19)が、新一郎
(2)と、千勢(60)の世話をしなが
ら、不安気に隣室の様子を伺っている。
◯(回想)浜辺
新八(24)と、又四郎(24)が言い争
っている。
又四郎「今からでも遅くない。思い直せ」
新八「それは出来ん」
又四郎「何故だ」
新八「主君の恨みを晴らすのは家臣の務め。
武士がひと度血判した誓紙を、どうして受
け取れる」
又四郎「あの時と今では事情が違う。御内儀
を見ろ。苦しい浪人暮らしで産後の肥立ち
もままならず、すっかり病がちだ。お前が
行ったら御内儀はどうする」
新八「俺を卑怯者にしたいのか」
又四郎「あの体で、老いた母上と新一郎を見
るのは無理だと言ってるんだ」
新八「だったら、お前が残れ」
又四郎「何?」
新八「気づいていないと思ったか。まさが可
哀想だと、はっきり言ったらどうだ」
又四郎「どう言う」
新八「お前が何と言おうと俺は行く。止めた
ければ腕ずくで止めろ」
刀を抜く新八。
又四郎「馬鹿な真似は止せ」
新八「俺は本気だ」
斬りかかる新八。
避ける又四郎。
右へ、左へ、追う新八の切っ先が又四
郎の頬を掠める。
又四郎「止せ、新八!」
本気で斬りかかる新八。
咄嗟に抜いた又四郎の刀が新八を斬る。
又四郎「新八!」
駆け寄り、新八を抱き抱える又四郎。
又四郎「何故だ、新八? 何故!」
閉じた新八の目から、一筋の涙。
新八「まさ……」
と、又四郎の腕の中で絶命する。
又四郎「新八」
新八の亡骸を抱え、咽び泣く又四郎。
◯元の堀端
又四郎の話に、愕然と立ち尽くしてい
る新一郎と兵馬。
又四郎「結局、俺は赤穂に残り、新八の母上
が亡くなると、お前たちを連れて江戸へ出
た」
新一郎「父上……もしや、父上はずっと母上
を……」
又四郎「父ではない。俺はお前の父の仇だ」
又四郎、腰の大刀を、新一郎に差し出
す。
又四郎「私を斬れ」
新一郎「!」
又四郎「主君の仇を討つのが武士の務めなら、
父の仇を討つのは子の務めだ。斬ってくれ」
たじろぐ新一郎。
又四郎「あれから十二年、今日まで恥を忍ん
で来たが、お前も十五になった。もう偽り
の父は必要ない」
新一郎「……」
又四郎「父の仇を討て。その為に剣を教えて
来た」
新一郎の胸に刀を押し付ける又四郎。
気迫に押され、刀に手を掛ける新一郎。
兵馬「新一郎!」
その声に、びくりと刀を落とす新一郎、
新一郎、ガチャリと落ちた刀の重い音
に我に返り、その場に崩れる。
跪き、咽び泣く新一郎と、共に涙する
兵馬。
静かに立ち去る又四郎。
◯長屋・又四郎の家(夕)
新一郎と兵馬が帰って来ると、まさが
短刀を喉に自害しようとしている。
新一郎「母上!」
咄嗟に短刀を取り上げる新一郎と兵馬。
新一郎「何をするんです!」
まさ「私が悪いのです。何もかも私が」
新一郎「母上……」
まさ「新八様が死んだのも、又四郎様がずっ
と苦しんで来たのも、何もかも」
泣き伏すまさに、困惑する新一郎。
と、兵馬が台所の脇に財布を見つけ、
手に取る。
兵馬「新一郎、これ……」
新一郎、財布を見て、
新一郎「父上の……父上が戻られたんですか?」
泣きながら頷く、まさ。
新一郎「それで父上は? 父上は何か」
まさ「……ただ、すまなかったと……きっと
もう、此処には戻らないつもりなのです」
はっと兵馬を見る新一郎。
× × ×
〈フラッシュ〉
又四郎「もう偽りの父は必要ない」
× × ×
顔を見合わす兵馬と新一郎。
兵馬「泉岳寺だ」
頷く新一郎。
新一郎「母上を頼む」
飛び出す新一郎。
◯同・道(夕)
既に日は落ちかけている。
走る新一郎。
◯道(夕)
歩いて行く又四郎。
◯道(夜)
必死で走る新一郎。
× × ×
〈フラッシュ〉
又四郎「父の仇を討て。その為に剣を教えて
来た」
新一郎の胸に刀を押し付ける又四郎。
× × ×
新一郎M「私は今迄父上の何を見ていたのだ」
走る新一郎。
新一郎M「父上!」
◯泉岳寺・門前(夜)
山門を見上げ、決意の面持ちで入って
行く又四郎。
◯道(夜)
走る新一郎。
◯泉岳寺・墓所(夜)
浅野家主従の墓前。
脇差を抜いて前に置き、平伏す又四郎。
又四郎「殿。御一同。一度は血判までしてお
きながら、今日まで長々と生き恥を晒して
来た某も、これで漸く御一同の元へ参るこ
とが出来ます。この上は、泉下にて如何様
なお叱りも辱めも受ける所存にござります
れば」
と、その背後に現れ、跪く新一郎。
振り返る又四郎。
又四郎「新一郎」
新一郎「いいえ、御一同様。この父の翻意は
総て、この倅の為。父が腹を切るならこの
倅も共に切ってお詫び致します故、どうぞ
父の罪をお許し下さい」
と自分の腰の刀を抜く。
又四郎「何をする!」
新一郎「今日まで父上のお心も知らず、お詫
びせねばならぬのは、私の方です」
又四郎「何を言う。お前に罪などあるものか。
さあ、寄越せ」
又四郎、新一郎の刀を取ろうとするが、
新一郎はその手を離さない。
新一郎「父上を一人では逝かせません。父上
一人に責めを負わせて生き続けることなど
出来ません」
又四郎「新一郎」
新一郎「生きて下さい」
又四郎「……」
新一郎「父上の罪は私も一緒に背負って行き
ます。生涯共に背負って生きて参りますか
ら」
又四郎、感極まって、頷き、新一郎の
手から刀を奪うと、膝の上に握り締め
て咽び泣く。
その手を握る新一郎。
二人の影を師走の月が照らしている。
○藤島神社・全景(夕)
住宅地にある古びた小さな神社。
柵を隔てて幼稚園が併設されている。
○同・境内(夕)
短い参道の先に本殿。右手に手水舎、
左手に古い社務所。右手奥には稲荷神
社の赤い鳥居。いずれもボロボロ。
白の作務衣姿の藤島時秀(28)、箒を
手に幼稚園の園庭を眺めている。
○藤島幼稚園・園庭(夕)
小ぶりの藤棚。剪定済みである。
○藤島神社・境内(夕)
時秀、藤棚をうっとりと眺めながら、
時秀「今年の藤は凄かったなあ」
八重の声「それに比べて、あなたは!」
びくっとして振り返る時秀。
藤島八重(55)が仁王立ち。
時秀「か、母さん」
八重「あなたがここの宮司になって四年。な
のに祝詞の出来は今一つ。氏子総代会では
意見を言えない。社殿補修の寄付金の集ま
りも悪い。七五三の予約も過去最低。幼稚
園も理事長とは名ばかり。しっかりしても
らわないと困ります!」
時秀「すみません……」
八重「あなたがやるべきことは藤の研究やな
しに、死んだお父さんの跡をきちんと」
かすかに電話のベルの音。
時秀「あ、母さん、電話。電話ですよ!」
八重、小走りに社務所に戻る。
時秀、藤棚に目を向け、
時秀「でも、今年はほんまうまくいったなぁ」
葉音の声「それにくらべて、あなたは!」
ぎょっとする時秀。藤棚の下に野村葉
音(5)が仁王立ち。
葉音「(八重の声真似で)ここのぐうじにな
ってよねん、なのにのり、のり……?」
時秀「(笑って)祝詞やで、葉音ちゃん」
時秀、境の柵のカギを外し、園庭へ。
○藤島幼稚園・園庭(夕)
葉音に近づく時秀。
時秀「今日はママのお迎えは?」
葉音「まだ。お仕事忙しいみたい」
時秀「ママは頑張り屋さんやもんな」
葉音「でも、一人で無理してばっかりや。ト
キちゃんがパパになってくれたらええのに」
時秀「(赤くなり)葉音ちゃん……人をから
かったらあかんって……」
時秀、赤くなった顔を手で擦る。
○道(夕)
ママチャリをこぐ野村絵美(30)。
○藤島幼稚園・園庭(夕)
しりとりをしている時秀と葉音。
葉音「きく」
時秀「く。くじゃく」
葉音「く……くりすます! ねぇ、トキちゃ
ん、サンタさんに何頼む?」
時秀「(笑って)まだ9月やで。気ぃ早いな
ぁ。……うちは神社やから来はれへんかも
なぁ。葉音ちゃんのおうちには来るやろ?」
葉音「うん。でも、ママには来ぇへん」
時秀「へ?」
葉音「恋人がサンタさんっていう歌あるやん」
時秀「(笑って)松任谷由実ね」
葉音「トキちゃん、サンタさんでもええよ?」
時秀「(慌てて)いや、そんな簡単には」
葉音「(後ろに)あ、ママ、お帰り!」
振り返る時秀。絵美が立っている。
絵美「ただいま。こんにちは、宮司さん」
時秀「(真っ赤な顔で)え、絵美さん」
絵美、藤棚を見上げ、
絵美「剪定したらサッパリしましたね」
時秀「はい。また来年咲いてもらうために」
絵美「今年の藤、見事でしたもんね」
葉音、時秀の腰を肘で突く。
時秀「(咳払い)あの、絵美さん、今度の日
曜、御祈祷の予約が入っていないので――」
バキッと大きな音。
時秀・絵美「?!」
時秀、柵ごしに神社を振り返る。
○藤島神社・境内(夕)
賽銭箱の前で、木の段を踏み抜いてい
る福井駿(42)。福井、大きなリュッ
クを担ぎ、手にはスケッチブック。
駆け寄る時秀。
時秀「大丈夫ですか!」
福井「(情けない顔で)神社の方ですよね?
すみません、壊してしまいました」
時秀、福井を手伝い、足を抜く。ジ―
ンズがめくれ、流血している。
時秀「血が! 手当せんと!」
時秀、福井に肩を貸し、社務所へ。
○藤島神社・社務所(夜)
福井の傷の手当てをしている時秀。お
茶を持ってくる八重。
八重「ボロ神社でごめんなさいね」
福井「いえ、よそ見していた僕が悪いんです。
ところで……ここのご祭神は?」
時秀「大国主命です」
福井「大国主命……(考え込み)こちらに伝
説的なものってあります? 実は私、マン
ガ家で、創作のヒントを探していて……」
八重「伝説ならありますよ。昔々、本殿の裏
にキツネが住みついていたそうです」
福井「(目が光る)へぇ、キツネが……」
八重「ある時、ご本殿に手紙が置いてあった
んです。シッポで書いたような筆跡でねぇ。
土地を離れることになった、御恩は忘れま
せんって。おキツネさんの置手紙伝説です」
福井「置手紙は今もこちらに?」
八重「ええ。ただ、一般の方には御開帳しな
いので……これで我慢してくださいな」
八重、お守りの棚からストラップを取
る。小さなキツネと『藤島神社』と書
かれた絵馬がぶら下がっている。
福井「お、かわいいじゃないですか」
八重「(胸を張り)私がデザインしたんです。
どうぞお持ちください」
福井「(喜び)ありがとうございます! 明
日お宮をスケッチして回っていいですか」
八重「どうぞ、どうぞ」
時秀「(残念そうに)どうせなら、藤の花が
満開の時に来てもらいたかったなぁ」
福井「藤の花?」
時秀、スマホを開き、画像を見せる。
藤の下でピースをしている絵美と葉音。
福井「(じっと見つめ)藤も見事だけど、美し
い奥さんと可愛らしいお嬢さんですねぇ」
時秀「え! いえ、違います、この人たちは」
福井「ちょっと待って!」
目を瞑る福井。怪訝そうな時秀と八重。
福井「来た――来ました! (大声で)神さ
まが下りてきたぁ~!」
時秀と八重、呆然と福井を見る。
○第一コーポ・全景(夜)
古いアパート。
○同・野村家・内(夜)
キッチンと一間だけの室内。
『恋人はサンタクロース』を鼻歌で歌
いながら、料理をしている絵美。
葉音、お皿を並べながら、
葉音「ママ。葉音はトキちゃんがサンタやっ
たら、ええよ」
絵美「何言ぅてんの。宮司さんがかわいそう
でしょ。ママは年上やし、バツイチやし」
葉音「(泣きそうな顔で)コブつきやし?」
絵美、羽音を抱きしめる。
絵美「葉音はコブやないよ! ママの宝物」
葉音、泣きそうな顔で小さく頷く。
○藤島神社・前
リュックを背負った福井、時秀と八重
に頭を下げている。
福井「おかげさまでいいものが描けそうです」
福井、スケッチブックを一枚外す。
福井「これ、お礼です!」
受け取る時秀。覗き込む八重。
萌え系のイラストで、露出度の高い衣
装の巫女が四人、本殿や屋根の上でセ
クシーポーズ。全員に狐のしっぽが生
えている。うち二人は絵美と葉音に似
ている。本殿前では愛嬌のある太った
男性が白い大きな袋を背負っている。
頭には三白眼の兎がのっている。
時秀・八重「――」
福井「新作の『お狐さま、参る!』です!」
時秀「えーっと……この男性は?」
福井「大国主命のオマージュです! もちろ
ん、因幡の白兎がセットで!」
時秀「……よくご存知で……」
福井「宮司とお母さんのおかげです。では!」
手を振って元気よく出て行く福井。
時秀「折角やから拝殿に飾りますか?」
八重「そんな下品な絵を見たら、氏子総代さ
んたち卒倒するわよ。しまっときなさい!」
時秀、慌てて絵を筒状に丸める。
と、黒塗りの車が神社前に停まる。
下りてくる円城寺隼人(34)。
時秀「(ハッとして)あなたは……」
円城寺「(にこやかに)やぁ、また来ました」
八重、険しい表情。
○同・社務所・内
古いソファーセットに向かい合って座
る時秀と円城寺。お茶を出す八重。
時秀「ですから、隣の土地は売りません。幼
稚園があるんですから!」
円城寺「神社も幼稚園も老朽化が著しい。少
子化で園児も減少。氏子は高齢化が進み、
お賽銭、御祈祷は減る一方」
時秀・八重「(悔しそうに)……」
円城寺「幼稚園の土地を売れば解決でしょ?」
時秀「でも、幼稚園が」
円城寺「(微笑み)ここの土地を欲しがって
いる人が、園児や保護者受けのいい、幼稚
園を建てたい、と言っています」
時秀と八重、顔を見合わせる。
円城寺「WIN・WINでしょ?」
八重「……今と同じ神道系の幼稚園を?」
円城寺「(ゆったりと微笑み)もちろんです」
時秀「園庭の藤棚は残してほしいんですが」
円城寺「藤棚? ああ……残しますよ」
時秀「……じゃあ、前向きに検討します」
頭を下げながら、ニヤリと笑う円城寺。
○同・前(夕)
出てくる円城寺と時秀。
幼稚園前の駐輪場にいる絵美と葉音。
葉音「あ、トキちゃんや!」
絵美「葉音、ダメよ、お客さま」
円城寺、絵美を見て、おっという顔。
絵美、葉音を自転車の後ろに乗せた途
端、自転車ごとバランスが崩れる。
絵美「あ!」
時秀・円城寺「!」
葉音、ぎゅっと目を閉じる。
横倒しになる自転車。円城寺、倒れそ
うになった絵美を支える。
時秀、葉音を抱きとめている。
葉音「(泣きそうな顔で)トキちゃん……」
時秀「(笑って)セーフ!」
絵美「(ホッとして)葉音……」
円城寺「大丈夫ですか?」
絵美「(ハッとして)ありがとうございます」
円城寺、名刺を絵美に渡しながら、
円城寺「円城寺と申します。よろしければお
茶かドライブでも?」
絵美「(戸惑い)え?」
ハラハラしながら見ている時秀。
葉音「(大声で)ママー! お腹空いたー!」
絵美「あ、うん、そうよね。(二人に)あり
がとうございました、失礼します」
絵美、葉音を乗せ、走り去る。
円城寺「美人やなぁ……」
時秀、円城寺を不安げに見つめる。
○同・境内
石造りの狛犬、ヒビが入っている。防
護ネットを張っている時秀。
駆けこんでくる手塚(78)。
手塚「おい、時秀くん! どういうことや!
神社を売るって!」
時秀「総代さん……お、落ち着いてください、
売るのは幼稚園の土地で」
手塚「あそこも神さんの土地や! 明日の氏
子総会の議題は土地問題に変更するで!」
手塚、怒りながら出て行く。
茫然と立ち尽くす時秀。
○藤島幼稚園・お遊戯室(夜)
小さな椅子に座っている、時秀とエプロ
ン姿の中田道子(41)。
道子「そうですか、結局売らないことに……」
時秀「総代さんたちも寄進はしてくださるそう
ですが、焼け石に水で……」
道子、外を見て、
道子「あら? 葉音ちゃんのママ」
時秀「え!」
窓の外、絵美が慌てて頭を下げる。
○同・園庭(夜)
藤棚の下に立っている時秀と絵美。
絵美「立ち聞きするつもりやなかったんです。
園に提出する書類を忘れてて……」
時秀「いやぁ、お恥ずかしい。心配しないで
ください、と言いたいところですが……」
時秀、俯く。
絵美、藤棚を見上げる。
絵美「この辺りの藤、戦争で焼けて、一度は
絶滅したんですよね?」
時秀「ええ。地元の人たちが地道に復活させ
てココまで立派になりました」
絵美「人生も藤の花と一緒だ、と思います。
諦めずに頑張れば、いつか花が咲く」
時秀「諦めずに頑張れば……」
絵美「(微笑み)ええ」
藤棚を見上げる時秀と絵美。
○藤島神社・社務所内(深夜)
寄進のお願いの文章をパソコンに入力
している時秀。手元には分厚い名簿や
束になった藤島神社の名入り封筒。
○同・社務所前廊下(早朝)
社務所の襖の前に来る八重。
八重「時秀さん、そろそろ門を開けないと」
八重、襖を開ける。
○同・社務所内(早朝)
閉じたパソコンに突っ伏して眠る時秀。
○同・社務所前廊下(早朝)
八重「(小声で)お疲れさま……」
襖の向こうの八重、そっと襖を閉める。
○藤島神社・前
黒塗りの車が停まっている。
神社から出てくる時秀と円城寺。
円城寺「もう気ぃ変わらんのですか?」
時秀「はい。自分たちで頑張ってみます」
猛スピードで自転車をこいでくる絵美。
時秀「絵美さん?」
絵美、荒い息で自転車を停め、
絵美「すみません、急いでるので!」
絵美、門のロックを外し、駆け込む。
時秀「……葉音ちゃんに何かあったのかな」
園の様子を窺う時秀と円城寺。
絵美、葉音を抱いて急ぎ足で出てくる。
時秀「葉音ちゃん、発熱ですか?」
絵美「ええ、病院に連れて行かないと」
葉音を自転車の後ろに乗せる絵美。葉
音の体が傾く。慌てて支える時秀。
円城寺「無理やろ。車で送る。行くで!」
絵美「は、はい!」
葉音を抱いた絵美、車に駆け寄り、後
部座席に乗り込む。
円城寺、運転席に乗り込む。
走り去る車を心配そうに見送る時秀。
○同・社務所
地鎮祭の祝詞を書いている時秀。
時秀「(呟く)忌竹に神縄引き回し神籬刺し」
神籬を神箱と書き間違える。
時秀「あ! また……! 箱ちゃうって」
時秀、紙をよける。
時秀「……葉音ちゃん、大丈夫かな……絵美
さん真っ青やったし……」
床に落ちている、大量の書き損じ。
時秀「(ハッとして)あかん、仕事仕事!」
時秀、背筋を伸ばして奉書紙に向かう。
○佐々木小児科・前
黒塗りの車が停まっている。
○同・ホール
ソファに座っている円城寺と熱さまし
シートを額に貼った葉音。
会計コーナーにいる絵美。
円城寺「ママって付き合ってる人おる?」
葉音「……おらん。でも、好きな人はおる!」
円城寺「ふぅん。まぁ、絶対俺の事好きにな
るで。金持っててオトコマエやからな」
円城寺、葉音にウインク。
葉音、顔をしかめ、円城寺を睨む。
円城寺、ラックからマンガ雑誌を取り、
円城寺「お、福井駿の新連載か……」
円城寺、ページをめくり、『お狐さま参る!』
を読む。主人公とセクシーな巫女たちがサメ型
の怪人と戦っている。
葉音「(呟く)トキちゃんに似てる……」
葉音、マンガをじっと見つめる。
○空地・内
四隅に立てた竹に縄が張られている。
狩衣姿の時秀、地鎮祭を行っている。
時秀「忌竹に神縄引き回し神籬刺し立て……」
神妙に頭を垂れる施工主や大工たち。
○空地・前(夕)
男たちがワゴンに地鎮祭で使った台な
どが積み込んでいる。
○道(夕)
羽織袴姿の時秀、杓が飛び出している
紙袋と、果物の籠を手に歩いている。
時秀「葉音ちゃんのお見舞い、着替えてから
のほうがよかったかなぁ……ん?」
時秀、立ち止まる。
時秀「あれは……!」
○第一コーポ前(夕)
黒塗りの車が停まっている。その傍らで
抱き合う絵美と円城寺。
○道(夕)
時秀「!」
時秀、慌てて背を向け走り出す。
○第一コーポ前(夕)
円城寺を押しのける絵美。
絵美「何するんですか!」
円城寺「俺、頼りになるでしょ。金も持って
るし、アンタのこと支えてあげられる」
絵美「結構です」
絵美、コーポに戻ろうとする。
円城寺「葉音ちゃんにはピアノでもなんでも
やらせてあげられる。アンタは働かんでえ
えから、もっと娘と過ごす時間が取れる」
足が止まる絵美。
円城寺「よう考えて?」
円城寺、車に乗り込み、エンジンをかける。
絵美、遠ざかる車を唇を噛んで見送る。
○藤島神社・境内(朝)
落ち葉を掃いている時秀、顔を上げる。
園庭にいる絵美と目が合う。
絵美「(思いつめた様子で)あの、お話が」
時秀「葉音ちゃん、どうですか?」
絵美「あ、はい、今日から幼稚園に……」
時秀「(素っ気なく)それはよかった」
絵美に背を向ける時秀。辛そうな表情。
寂しそうに時秀の背中を見つめる絵美。
○ブックセカンド・内
雑誌コーナーにずらりと並ぶ週刊少年
ホップ。
表紙は福井の『お狐さま』。
嬉しそうに手に取る男子A、B。
男子A「『お狐さま』の舞台、地元らしいで」
男子B「え、まじで? 今度行ってみよ」
次々と手に取られる少年ホップ。
○藤島神社・境内
十代から四十代の男女三十人がいる。
「お狐さま」コスプレをしている者も。
茫然と立ち尽くす時秀と八重。
八重「(嬉しそうに)参拝の人がこんなに!」
時秀「でも……いったいどうして?」
時秀、近くの女子Aに近づき、
時秀「あの、皆さんはなんでうちに?」
女子A「お狐さま、知らないんですかぁ?」
女子A、少年ホップの『お狐さま』の
ページを開く。
時秀「! その絵……」
八重「時秀! 例の絵を取ってきなさい!」
時秀、大急ぎで社務所へ向かう。
○同・社務所前(夕)
時秀が両手で持つ福井の絵に、手を合
わせるファンたち。ひれ伏す者も。
時秀「母さん……怪しい宗教になってる気が」
八重「ええのええの。さ、境内案内を始めま
す。参拝の作法は手水、(大声で)お賽銭、
二礼二拍手ですよぉ」
ファンたち「はーい!」
ぞろぞろと手水舎に向かうファンたち。
やってくる絵美と葉音。
絵美「宮司さん。すごいじゃないですか!」
時秀「(頭を掻き)マンガの効果らしいです」
絵美「神社と藤棚を知ってもらういい機会ですね」
時秀「他力本願ですが、絵美さんが言った通
り、諦めて投げ出さなくてよかった。あの
……絵美さんは幸せになって、くださいね」
絵美「え……? 私は今でも別に」
絵美のスマホが鳴る。
絵美「(出て)はい、野村です。あ、課長」
絵美、頭を下げて足早に門に向かう。
時秀の袖を引く葉音。
葉音「トキちゃんやっぱりサンタになって」
時秀「葉音ちゃん……でも、ママのサンタは」
葉音「葉音は、トキちゃんがいい」
時秀「……」
絵美の声「葉音。電話終わった~帰るわよ」
葉音、泣きそうな顔で時秀から離れる。
時秀、絵美と葉音の後ろ姿を見ながら、
時秀「よぉーし! サンタ、やってみるか!」
時秀、ぐっと拳を握る。
○同・拝殿(夜)
額に入れた福井の絵、壁に飾られてい
る。その下に、八重が『おキツネさん
ストラップ、手ぬぐいなど社務所にて
授与中!』のボードを立てかけている。
サンタの格好をした時秀が入ってくる。
八重「(ぎょっとして)……と、時秀?」
時秀「どうです、本物っぽく見えません?
幼稚園でクリスマス会を、と思って」
八重「(顔しかめ)脱ぎなさい」
時秀「でも、幼稚園の経営も僕の仕事で……」
八重「アホ! ボケ! カス! うちは神道
ですよ! クリスマス会なんてダメ!」
時秀「わかりま……」
時秀、八重の後ろの絵を見て、
時秀「……そうや!」
時秀、バタバタと駆け出していく。
ため息をつく八重。
○藤島幼稚園・遊戯室
葉音たち園児たちの前に立つ道子。
道子「今日はクリスマスですが、サンタさん
は忙しくて神社には来れないそうです」
園児たち「(不満そうに)ええー!」
道子「でも、この人たちが来てくれました!」
入ってくる時秀。体には白いシーツを
巻き、頭には白い枕カバー。大きな白
い袋を担いでいる。ウサギの着ぐるみ
を着た八重、園児の前に飛び出て、
道子「大国主命さまと因幡の白兎ちゃんよぉ」
園児たち「(唖然)……」
葉音「(嬉しそうに)トキちゃん……!」
時秀「いい子にはプレゼントがあるぞー!」
時秀、袋から絵本やぬいぐるみを出す。
園児たち、歓声を上げる。
○同・園庭(夕)
時秀、大国主命の扮装のまま、ソワソ
ワと門の外を見ている。葉音、来て、
葉音「トキちゃん……」
時秀「葉音ちゃん、ママ、今日も残業かな?」
葉音「……今日はえんじょーじとデート」
時秀「え!」
葉音「葉音は今日、おばあちゃんちに行くの。
(涙を浮かべ)ママとクリスマスパーティ
したかったのに……」
時秀「……そっか」
葉音「ごめんね、トキちゃん……せっかくサ
ンタさんになってくれたのに」
時秀「謝らんでもええ。誰も悪ないんやから」
時秀、門に背を向け、戻りかける。
藤棚が目に入る。
○回想・同・園庭(夜)
藤棚の下、微笑む絵美。
絵美「生も藤の花と一緒だ、と思います。諦
めずに頑張れば、いつか花が咲く」
(回想終わり)
○元の園庭(夕)
時秀、ぐっと拳を握る。
時秀「まだや。まだ諦めたらあかん」
時秀、葉音の前に屈み、
時秀「ママ、どこ行ったか知ってる?」
葉音「野田阪神の駅前に六時半だって……」
時秀、時計を見る。六時十五分である。
時秀「走ったら20分、いや、15分で行ける!
葉音ちゃんも行くで!」
葉音「(目を見開き)え?」
時秀、葉音をおんぶして走り出す。
○野田阪神駅・前(夕)
黒い車がロータリーに停まる。降り立
つ円城寺。赤いスーツを着ている。
駅前の時計、六時二十分である。
○道(夕)
サンタの格好をしたピザの配達員が、
バイクで信号待ち。
国道沿いの歩道を疾走している時秀。
背中で歓声を上げている葉音。
配達員、唖然と時秀たちを見送る。
○野田阪神駅前(夕)
改札から絵美が出てくる。固い表情。
駅前の時計、六時二十六分である。
○道(夕)
息が荒い時秀、足も止まりがちである。
葉音「トキちゃん、私、下りるよ……?」
時秀「クリスマス、ママとしたいんやろ?
そういうんは我慢せんでええんやで?!」
葉音「(泣き笑いで)トキちゃん……」
時秀、笑顔で再び走り始める。
○野田阪神駅前(夕)
円城寺にゆっくり近づく絵美。
円城寺、助手席のドアを恭しく開ける。
葉音の声「ママ!」
絵美と円城寺、振り返る。
葉音をおんぶした時秀が立っている。
絵美「宮司さん……!」
円城寺「な、なんですか、その格好!」
葉音「神社のサンタさんや!」
時秀「(荒い息で)え、絵美さん、あの」
円城寺「(噴き出し)サンタ! これが?」
絵美「(円城寺を睨み)ちょっと黙って!」
円城寺「あ……ハイ」
時秀「うちはお金はないし、僕も頼りない。
でも、絵美さんと葉音ちゃんを支えたい気
持ちだけは誰にも負けないつもりです」
絵美「!」
円城寺「(鼻で笑い)そんなものが何の役に」
絵美、時秀に抱きつく。
時秀・円城寺「え?」
絵美「今も……あの時も嬉しかったんです」
時秀「あの時……?」
絵美「自転車を倒した時、私より葉音を助け
てくれた。私は、そういう人がいいんです」
時秀「絵美さん……でも、円城寺さんと」
絵美「今日は正式にお断りに来たんです」
絵美、円城寺に頭を下げる。
絵美「ごめんなさい、お話お受けできません」
通行人が、じろじろと三人を見ている。
円城寺「(悔し気に)こっちからお断りですよ」
円城寺、車に乗り込み、発車させる。
時秀、絵美と葉音に手を差し伸べる。
時秀「じゃあ、クリスマスパーティしますか」
絵美「はい!」
葉音を中央に、時秀と絵美が歩き出す。
◯焼鳥屋『一心』・外観(夜)
『一心』と書かれた暖簾と、灯りの点
いた提灯。
◯同・店内(夜)
カウンター8席に小さなテーブル席が
1つあるだけの狭い店内。
満席で賑わっている。
焼き場で焼鳥を焼く岡崎一鉄(59)。
カウンターに座る客Aと客B。
客A「ぼんじりとネック、2つずつ」
岡崎「あいよ!」
客B「鉄ちゃんの焼く鳥はホンマに旨いのう」
岡崎「(得意げに)じゃろう?」
客からのオーダーを聞きつつも、焼け
た焼鳥を手際良く客に振舞う岡崎。
隣では根本アツシ(21)が野菜を切っ
ている。
店内にあるTVでは広島対巨人の野球
の試合が流れている。
TVの横に置かれた写真立てには、店
内で撮られた若かりし頃の岡崎と北別
府学のツーショット写真。
客B「(TVを見ながら)またゴロかいや。
こがぁなんで優勝出来るんかのお?」
岡崎「そろそろ優勝して貰わんにゃあ。黒田
が帰って来たし、今年こそ、じゃろう」
客A「鉄ちゃん、この丸なんなん?」
と、壁にかかったカレンダーを指さす。
カレンダーには18日の所が丸で囲まれ
ている。
岡崎「(嫌な顔で)あぁ、何でもねぇよ」
根本「大将も、今年こそ、なんスよ」
岡崎、嬉しそうに笑う根本を睨む。
◯広島ロイヤルホテル・パーティー会場
『恋工房 お見合いパーティー』と書
かれた立て看板。
受付で名札を受け取る岡崎と根本。
岡崎、名札を嫌々付ける。
ふと名札に書かれた59歳という文字を
見る。
岡崎「……」
根本「さ、行きましょ」
岡崎「……ワシ、やっぱりエエわ」
出て行こうとする岡崎を根本、止めて、
根本「ここまで来て、何を言うとるんですか」
岡崎「ワシは女なんか要らん。結婚もせん!」
根本「またそがぁな事言うて」
岡崎「親が死んでから、ずっと一人で生きて
来たんじゃ。これからも一人で生きて行く
んじゃ!」
根本「店はどうするんスか?」
岡崎「店ぇ?」
根本「俺もいつまでも店で働けないんで、店
の経営を支えてくれる人が必要っしょ?」
岡崎「何じゃ、お前辞めるんか?」
根本「夢、あるんで」
根本、ギターを弾く真似をする。
岡崎「まだ諦めとらんのか」
根本「大将も諦めちゃ駄目ですよ」
根本、岡崎の背を押して、中へ入って
行く。
× × ×
一つのテーブルに男女が一組ずつ座っ
て談笑している。
岡崎の前には若作りをした女(36)。
女、手元の資料を見ながら、
女 「焼鳥屋さん、されとるんですね」
岡崎「はい。親父の店を継ぎまして。毎日焼
鳥を焼いとります」
女 「(言いにくそうに)未婚…なんですね」
岡崎「タイミングを逃したと言いますか、気
が付いたらこの歳で…ハハハ」
岡崎も手元の資料に目を落とす。
岡崎「(遠慮なく)バツイチなんじゃのお。
何でまた?」
女、不快な顔をする。
岡崎「(気付いて)…あ、すみません」
二人の間に流れる沈黙。
岡崎「えっと…あの、ご趣味は?」
女 「野球を見るのが好きですね」
岡崎「お、野球ですか! ワシもです。今年
は優勝じゃもんのお」
女 「はい。是非4連覇して欲しくて、毎日
G+の中継見て応援しとるんです」
岡崎「4連覇? ……もしかして巨人ファン?」
女 「はい! 坂本選手が大好きで……」
岡崎、テーブルをドンと叩き、立ち上
がる。
岡崎「おんどりゃあ広島人のくせに読売なん
ぞ応援しよって、なめとるんか!」
女に掴みかかろうとする岡崎。
悲鳴を上げる女。
駆けて来た根本、岡崎を取り押さえる。
根本「大将、何やっとるんですか!」
騒然とする会場内。
◯マツダスタジアム・正面入口(夜)
入口前のゴミ箱に岡崎の名札がグシャ
グシャに丸めて捨ててある。
◯同・パフォ―マンス席(夜)
広島対巨人の試合を観戦する大勢の広
島ファン。応援団の鳴り物に合わせて
スクワットしながら応援している。
菊池や堂林と書かれたユニフォームの
中に、北別府と書かれた薄汚れたユニ
フォームを着る岡崎。
広島の選手がヒットを打ち、盛り上が
るパフォ―マンス席。
岡崎「やっぱりこれじゃ、これじゃ!」
応援グッズを手に、満面の笑みの岡崎。
ふと横を見ると、着物姿の進藤文乃(56)
が静かに座っている。
岡崎「(小声で)なんじゃあ、応援もせんの
に、パフォ席に座りよってからに……」
岡崎、文乃を横目で睨む。
すると、文乃の目から涙が流れている
のが目に入る。
岡崎「!!」
泣いている文乃をじっと見る岡崎。何
故か目が離せない。
岡崎「……」
席を立つ文乃。応援団員に頭を下げ、
去って行く。
応援団員らも文乃に頭を下げる。
文乃の姿を目で追っている岡崎。
岡崎「……」
◯焼鳥屋『一心』・店内(夜)
T・翌日
満席の店内。
焼き場で焼鳥を焼く岡崎。
岡崎「……」
× × ×
フラッシュ。
泣いている文乃の綺麗な横顔。
× × ×
岡崎、ふとTVの野球中継を見ると、
パフォ―マンス席が映っている。
手を止めTVを凝視し、文乃の姿を探
す岡崎。
その間に焦げていく焼鳥。
隣に居る根本、焦げている事に気付き、
根本「大将、焦げとる焦げとる!」
岡崎、慌てて焼鳥を裏返すが丸焦げ。
◯マツダスタジアム・パフォ―マンス席
広島対阪神のデーゲームを観戦する大
勢の広島ファン。
その中に北別府のユニフォームを着た
岡崎。
キョロキョロと辺りを見回し、文乃の
姿を探す。が、見つからない。
岡崎「……」
◯同・コンコース(夕)
勝ち鯉ビールやジュースを手に満面の
笑みで行き交う広島ファン。
その中を浮かない顔で歩く岡崎。溜息
をつく。
岡崎「そう簡単には会えんか…」
岡崎、ふと顔を上げると、目の前を着
物姿の女が歩いているのが目に入る。
岡崎「!」
思わず女の顔を確認しに走る岡崎。
見ると、女はやはり文乃。
岡崎「あっ……」
文乃「(岡崎を見て)?」
文乃の顔を見たまま固まる岡崎。
文乃、首を傾げながら歩いて行ってし
まう。
どんどん遠くなる文乃の後ろ姿。
拳を握りしめる岡崎。
岡崎「……」
文乃の元へ駆けて行く岡崎、文乃の前
に立つ。
文乃「(驚く)」
岡崎「あの……」
文乃のスマホが鳴る。
文乃が鞄からスマホを取り出すと、ス
マホに北別府のキーホルダーが付いて
いるのが目に入る。
岡崎「あっ!」
文乃「?」
岡崎、自分のユニフォームを指さし、
岡崎「き、北別府、好きですか!?」
◯焼鳥屋『一心』・外観(夜)
『本日貸切』と手書きで書かれた貼紙。
◯同・裏口(夜)
岡崎と、呆れた顔の根本が立っている。
根本「で、結局ナンパっすか?」
岡崎「うるさいわい」
岡崎、シッシッと根本を追い出す。
扉を閉め、一つ深呼吸をする岡崎。中
へ入って行く。
カウンターでは若かりし頃の岡崎と北
別府が写る写真を見ている文乃。
文乃「コレ、いつですか?」
岡崎「北別府が引退する前じゃから、20年前
かのお。彼がウチの店に来た時に撮って貰
おたんです。ワシの宝物です」
岡崎、焼鳥を焼き始める。
岡崎「親父が死んで、丁度この店を継いだ時
でね。カープ一筋だった北別府のように、
ワシも焼鳥一筋で頑張ろう思うたんですよ」
文乃「(笑顔で)へぇー。素敵ですね」
文乃の笑顔にドキッとする岡崎。
× × ×
岡崎が出した焼鳥を食べる文乃。
文乃「美味しい!」
岡崎「(嬉しそうに)でしょう? ワシの焼
鳥は広島イチじゃけぇのお」
文乃「お店は一人でやられてるんですか?」
岡崎「バイトの男が一人居まして、そいつと」
文乃「奥様は一緒にやられてないんですか?」
岡崎「(気まずそうに)あ…ワシ、独身でし
て……」
文乃「すみません。私、失礼な事を……」
岡崎「いえ……あの、文乃さんはいつからカー
プがお好きで?」
文乃「応援してもう30年になりますかね」
岡崎「きっかけは?」
文乃「私、生まれが東京なんですけど、主人
が広島の人で大のカープファンで。一緒に
球場に足を運ぶうちに自然と…」
寂しげな表情をする文乃。
岡崎「ご主人おられるんですか……ですよね……」
岡崎、残念そうな顔をする。
◯同・外観(夜)
戸が開き、岡崎と文乃が出て来る。
文乃「ご馳走様でした。美味しかったです」
岡崎「いえ、突然声を掛けてしもぉて、すみ
ません」
文乃「大丈夫ですよ。カープファンに悪い人
は居ませんから」
文乃、名刺を取り出し、岡崎に渡す。
文乃「私、横川で着物の着付け教室をやって
ますの。良かったら是非。岡崎さん、着物
も似合いますよ」
岡崎「(照れて)ほうかな」
文乃「では、失礼します」
岡崎「ありがとうございました。カープファ
ンのご主人に宜しゅうお伝えつかぁさい」
文乃「伝えておきます。もう死んじゃって居
ないですけどね」
岡崎「えっ?」
去って行く文乃。
岡崎、名刺を見ると、文乃の名前と電
話番号に携帯のアドレスも載っている。
岡崎「……」
◯携帯ショップ・店内
受付で書類整理をしている木下マミ(21)。
岡崎が入って来る。
マミ「(気付いて)大将! どうしたん?」
岡崎「いや、あの……携帯くれや」
マミ「ついに携帯持つ気になったん!? どう
してまた急に?」
岡崎「(恥ずかしそうに)メ、メールしたい
人がおってな」
マミ「誰? 女?」
岡崎「別にええじゃろう、誰でもよ」
マミ「女か。女だな」
岡崎の顔が赤くなる。
× × ×
受付でスマホの使い方を岡崎に教える
マミ。
なかなか上手く使えず、苛々する岡崎。
岡崎「ああ、何で勝手に文字が大きゅうなる
んじゃ!」
マミ「(呆れて)スマホ諦めてガラケーにし
たら?」
岡崎「文乃さんはスマホじゃけぇ、ワシがガ
ラケーじゃと、カッコ悪いじゃろう」
マミ「大将、かわええ♪」
岡崎「うるさいわい」
◯岡崎の部屋・中
カープグッズが所狭しと並ぶ室内。
ちゃぶ台の前に座りスマホを操作する
岡崎。
一文字ずつゆっくりとメールを作成し
ていく。
『先日はありがとうございました。ま
た文乃さんとお話がしたいなと思うの
ですが、お会いする事は出来ますでし
ょうか?』と打ち終わり、文面を確認
する岡崎。
岡崎「うーん、堅苦し過ぎるか?」
岡崎、訂正しようとするが、誤ってメ
ールを送信してしまう。
岡崎「ああっ! ……送ってしもぉた……」
◯焼鳥屋『一心』・店内(夜)
焼き場で焼き鳥を焼く岡崎。
隣には接客をしている根本。
岡崎のポケットの中のスマホが鳴る。
岡崎「!」
岡崎、スマホを見ると、メールが届い
ている。
岡崎「アツシ、ちょっと焼き場頼むわ」
慌てて裏口へと向かう岡崎。恐る恐る
メールを開く。
『先日はご馳走様でした。是非、また
岡崎さんのカープのお話聞きたいです』
と書かれたメール。
岡崎、ガッツポーズをする。
◯カフェ・テラス席
珈琲を飲んでいる岡崎と根本とマミ。
テーブルの上には『広島ウォーカー』。
マミ「デートなんて凄いやん! やるやん!」
根本「大将、いつの間に……」
岡崎「デートたぁ違う、会うだけじゃ。で、
何処で会うたらエエと思う?」
根本「ズムスタで野球見たらエエんじゃない
スか?」
マミ「ダメよ、同じ所なんて。刺激が無いわ」
岡崎「シゲキ?」
根本「んじゃ、喫茶店とかで良いんじゃね?」
マミ「じゃけぇ、ダメだって。最初のデート
はインパクトが大事なんよ」
岡崎「だから、デートじゃのぉて……」
マミ、『広島ウォーカー』をペラペラ
とめくって見る。
マミ「ココなんてどう?」
マミ、『宮島水族館』を指さす。
根本「シゲキもインパクトも無くね?」
マミ「無くてもええの!」
根本「どっちだよ」
岡崎、『宮島水族館』のページを見て、
岡崎「……ほう」
◯岡崎の部屋・中(夜)
TVでスポーツニュースを見る岡崎。
スマホが鳴り、見る。
『分かりました。明日の11時に宮島口
駅前で』との文乃からのメール。
岡崎、笑顔でスマホをギュッと握りし
める。
× × ×
電気が消えた部屋で布団に横になる岡
崎。終始ニヤニヤしている。
× × ×
窓から朝日が差し込んでいる。
枕元の時計は7時、目覚ましが鳴る。
目がパッチリ開いたままの岡崎。
岡崎「どうしょぉで……一睡も出来んかった……」
× × ×
タンスをあさり、服を選ぶ岡崎。
服を出しては鏡の前に立ち、体に当て
てみる。
楽しそうな岡崎。
◯宮島口駅・改札前
スーツ姿で立っている岡崎。ソワソワ
と落ち着かない。
着物姿の文乃が来る。
岡崎、ぎこちなく手を振る。
◯宮島水族館・中
カップルや家族連れで賑わっている。
その中に岡崎と文乃。
岡崎「(緊張気味に)ふ、文乃さんはこがぁ
な所、よう来られますか?」
文乃「いえ、あんまり」
岡崎「実はワシもです」
笑いあう岡崎と文乃。
その二人の後をつける様に歩くカップ
ルが一組。根本とマミ。
マミ「あの人が文乃さんか。着物美人ね」
根本「お前、楽しんどらんか?」
マミ、ニヤリと笑って岡崎らの後をつ
ける。
× × ×
巨大な水槽を見上げる岡崎と文乃。
水槽の中には様々な種類の魚たち。
文乃「綺麗ですね」
岡崎「鯉は居らんのんですね」
思わず吹き出す文乃。
岡崎「えっ?」
文乃「あ、すみません。主人も同じ事言って
たもんだから、つい」
岡崎「ご主人、ホンマにカープがお好きなん
ですね」
文乃「応援団の会長をやってたんです、主人」
岡崎「会長?」
マミの声「(わざとらしく)あ、大将やん!」
マミと根本が駆け寄って来る。
岡崎「何じゃ、お前ら」
マミ「(文乃を見て)大将、この方が噂の文
乃さん?」
文乃「えっ?」
マミ「大将から聞いとったんですよ、綺麗な
人が居るって」
岡崎「お前、なんちゅう事を……!」
マミ「ウチの大将、熱くてカッコイイ人なん
で、文乃さんにピッタリじゃ思いますよ!」
岡崎、恥ずかしそうに俯く。
文乃「ハハ。熱い方、素敵ですよね」
岡崎「……」
◯図書館・中
広島のタウン誌のバックナンバーを読
む岡崎。
進藤昭雄(62)が載っているページを
見つける。
『広島東洋カープ私設応援団連盟会長。
ファン歴は50年以上、今までに二千試
合以上をスタンドから誰よりも熱く応
援。全国に26ある団体をまとめながら、
妻・文乃さんと二人三脚でカープ中心
の生活を送っている』と書かれている。
× × ×
フラッシュ
文乃に頭を下げる応援団員たち。
× × ×
フラッシュ
文乃「熱い方、素敵ですよね」
× × ×
岡崎、図書館を走って出て行く。
岡崎「……」
◯マツダスタジアム・パフォーマンス席
『鯉跳会』と書かれた法被を着た応援
団員に頭を下げる岡崎。
岡崎「鯉跳会に入れてつかぁさい! もう歳
じゃけぇ、何も役に立たんかもしれんけど、
カープを熱く応援したいんじゃ!」
応援団員「(あっさりと)良いっスよー」
岡崎「えっ、エエの?」
× × ×
岡崎、応援団旗を振る練習をしている。
旗とポールの重さに四苦八苦し、全く
上手く振れない。
側には指導をする若い応援団員。
団員「もっと腕を伸ばして! 肩じゃなく腰
で振れ!」
応援団員の激が次々と飛ぶ。
岡崎、歯を食いしばり、旗を振り続け
る。
× × ×
疲れ切って座り込んでいる岡崎。
若い応援団員がジュースを持って来て、
岡崎に渡す。
団員「おっちゃん、いくつ?」
岡崎「59じゃ」
団員「進藤会長と同じぐらいか」
岡崎「……進藤会長って、どんな人なんじゃ?」
団員「ズバリ男の中の男! そらもう熱っつ
い人でよお。誰よりもカープを愛しとった」
応援団員、目をキラキラさせて話す。
岡崎「……」
◯同・グラウンド(夜)
T・数日後
広島対中日の試合が行われている。
◯同・パフォーマンス席(夜)
沢山の広島ファンで賑わっている。
文乃がやって来る。
応援団員に挨拶した時、岡崎が法被姿
で旗を振っているのが目に入る。
ふらつきながらも必死に旗を振る岡崎、
文乃が見ている事に気付く。
岡崎「よしっ」
より力を入れて旗を振る岡崎。
文乃、その岡崎の姿が進藤の姿とダブ
って見える。
文乃「……」
文乃の目から涙が溢れてくる。
文乃、その場から走り去る。
岡崎「(気付いて)?」
◯同・コンコース(夜)
涙を拭いながら歩く文乃。
岡崎の声「文乃さん!」
文乃、振り返ると、岡崎が走って来る。
岡崎「あの……すみませんでした」
文乃「いえ、岡崎さんは何も悪くないですよ。
ここに来るといつもこうなんです」
岡崎「?」
文乃「今年こそ優勝するカープを主人の代わ
りに見届けよう。そう思って球場に来るん
ですけど、結局主人の事を思い出しちゃっ
て……」
岡崎「……」
文乃「それに岡崎さん、主人に似てるから余
計に……」
岡崎「……」
◯携帯ショップ・店内
受付で資料の整理をしているマミ。
浮かない顔の岡崎が入って来る。
マミ「(気付いて)あ、大将。どうしたん?」
岡崎、テーブルにスマホを置いて、
岡崎「コレ、もうええわ」
マミ「え? 何で?」
岡崎「もうメールせんでようなったけぇ」
マミ「……文乃さんと何かあったん?」
岡崎「応援団入って、ワシの方が死んだ旦那
より熱っつい男じゃって所を見せて、惚れ
させたかったんじゃが、無理じゃった」
マミ「……」
岡崎「勝てる訳ないわ。相手は死んどるんじ
ゃけぇ、きっと一生越えらりゃあせん。入
り込む隙間すら無いわ」
マミ「……戦う場所が違うやん」
岡崎「?」
マミ「大将は応援団じゃなかろ? 焼鳥屋の
店主じゃろ? 同じ所で戦っても意味無い
やん」
岡崎「……」
マミ「大将が胸張れるもんで勝負せんにゃあ、
文乃さんの心も動かんよ?」
岡崎「そがな難しい事言われてものぉ……」
岡崎、出て行く。
◯焼鳥屋『一心』・外観
『本日定休日』の札が下がっている。
◯同・店内
がらんとした店内。
焼き場に岡崎が立っている。
岡崎「……」
× × ×
フラッシュ
岡崎「カープ一筋だった北別府のように、ワ
シも焼鳥一筋で頑張ろう思うたんですよ」
文乃「(笑顔で)へぇー。素敵ですね」
× × ×
フラッシュ
岡崎が出した焼鳥を食べる文乃。
文乃「美味しい!」
岡崎「(嬉しそうに)でしょう? ワシの焼
鳥は広島イチじゃけぇのぉ」
× × ×
炭窯に火を付ける岡崎。
岡崎「アホじゃのぉ。ワシにゃあこれしか無
いじゃろうが…」
岡崎、鶏肉を串に刺し、一心不乱に焼
鳥を焼いていく。
岡崎「……」
◯マツダスタジアム・グラウンド(夜)
広島対中日の試合が行われている。
中日1点リードの9回裏、広島の攻撃
中。2アウト、ランナー無し。
◯同・コンコース(夜)
涙を拭いながら歩く文乃。
ふと見ると、岡崎が立っているのが目
に入る。
岡崎の手には焼鳥の入った袋。
岡崎「こんばんは」
文乃「旗、振りに来たんですか?」
岡崎「いえ、応援団はもう辞めました」
文乃「えっ?」
岡崎「応援団入って、ご主人の凄さがよう分
かりました。団員は皆尊敬しとるし、口を
揃えて熱い人じゃったって言うてました」
文乃、目頭を押さえる。
岡崎「そがな凄い人、きっと死ぬまで旗を振
り続けても敵いませんわ」
文乃「?」
岡崎「けど……ワシは大勢の応援団員をまと
めらりゃあせんけど、旨い焼鳥なら作れま
すけぇ」
岡崎、袋を文乃に差し出す。
岡崎「広島イチ旨い焼鳥じゃけぇ。自信持っ
て、そう言えます」
文乃「……」
岡崎「ワシ、文乃さんが好きじゃ。もう60じ
ゃけぇ、あと何年続けられるか分からんけ
ど、一緒に焼鳥屋やらんかの?」
文乃、岡崎の目を見る。
真っすぐに文乃を見つめる岡崎の目。
その時、快音がスタジアムに響く。
岡崎と文乃の頭上をホームランボール
が飛んでいく。
スタジアム中に湧き起こる歓声。
岡崎「ワシもまだまだ終わりとぉない」
文乃、岡崎から袋を受け取り、顔を近
付ける。
文乃「いい匂い」
文乃が笑う。
それを見て、岡崎も笑う。
2018年1月12日 発行 初版
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