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和泉帖

狩野哲也



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和泉帖とは?

 和泉帖とは、大阪府和泉市が舞台のマチオモイ帖です。2017年度に和泉市役所で開講された「いずみ市民大学 まちづくり学部 テーマ学科」の講座に集まった二期のメンバーでつくりました。
 公共施設で手に入るようなステレオタイプの和泉市ではなく、和泉市で暮らすわたしたちが気に入っている場所、人、モノを取り上げています。
 この冊子をきっかけに、和泉市のまちの息づかいに触れるきっかけになればと思います。

目次

・見上げると、民家にヤギが。
・街を想う 澤田さん
・みんなでつくる福祉農園
・浦田町やんぱら と ねえ と
・地域と歩む1300年続く寺
・和泉の伝統技術を未来へ繋ぐ
・自然と子どもの未来を繋ぐ
・都会からのUターン 人とつながって気づいたこと
・ひととつながる、これからのまちづくり
・編集後記

見上げると、民家にヤギが。

 緑ヶ丘のタバコ屋さんを曲がり、久保惣美術館へ向かう道路沿いの高台にある民家の庭に、白いヤギ。車で通るたびに「何故ヤギが?!」と思いながら道を横切る毎日。ヤギのお家が気になる。民家で飼えるものなのか。大変じゃないのか?
 知り合いを辿り辿って、ついに、深沼さん宅に住む「ヤギのゆきちゃん」に出会えた。
 斜面になっている庭の草刈りがツラく、奥さんが2013年に和歌山で買ってきたそう。飼うに辺り、登録の書類を提出するらしい。真っ白で全然臭くない。1ヶ月に1度くらいシャワーで洗う。鳴き声も小さくほとんど鳴かない。爪切りは必要で、奥さん一人で植木バサミで行う。
毎日のエサは、庭の草やキャベツ、果物など。草が足りず、近所の空き地に行くことも。ツタ系の植物が好き。竹も食べる。ティッシュも大好きで、室内で暮らす仲良し犬が窓を開け、ゆきちゃんが部屋に入ってきてティッシュを食べていたことも。大変なのは力が強いこと。ツノと力技とで、何度か門を外して脱走した事もある。身体も重くなる。通路のために置いてある板も補修中だ。
 雨の日は小屋にいるが、晴れた日に下の道路から「ユキちゃーん」と呼ぶと側まで来てくれる事もあるとのこと。
 笑顔でユキちゃんをみつめる深沼さん。ジッと見つめ返すユキちゃん。言葉はなくとも絆を感じる。(及川美保、大内郁美、富田忍、岡崎豊)

街を想う 澤田さん

 出会いは3年ほど前。自治会の防犯委員に任命された私は、副会長の方から「小さい子どもがいてるなら知っておいた方がいい。地域の子ども達の為にいろいろな事をしてくれている澤田さんだよ」と紹介された。その時から街のあちこちで澤田さんの動きに気づくようになった。
 例えば街のあちこちで草刈り。小学校の裏にある広大な法面で立つだけでも大変な急斜面。夕暮れ時に草刈り機の音が響く。休み休み、黙々と。草を刈り、ホウキで集め、袋に詰める。美しい。職人業である。この姿、中学校のあたりでも、大通りの中央分離帯でも見かける。
 花を植え、お手入れ。小学校や中学校の花壇、町内の公園、防災会館前、そして和泉中央駅のロータリーまで!! キレイに土を耕し、ポイントを決め植えていく。花の間の雑草も丁寧に手で抜く。水やりはジョーロで。心がこもっている。
 子どもの見守り活動・パトロール。毎朝、小学校前の大きな交差点で笛を鳴らし、横断する子どもを誘導する。下校時は、可能な限り青いサイレンをまわして、町内を巡回。
 朝・夕、毎日のように、たくさんの時間をそれらの活動に費やしている。黙々とコツコツとていねいに。聞けば10数年続けているのだとか。「街がキレイだと犯罪は起こりにくいかなーと思って」。街を想ってくれてありがとうございます。
(木村規洋子、松尾陽子、山下紀子)

みんなでつくる福祉農園

 三林町の池田春日神社近くの福祉農園では、平成29年2月から障がい者のグループと地域住民やボランティアが一緒になって、じゃがいも、さつまいも、落花生、枝豆などを作っている。

「想い」を思い続けることで、偶然を必然に変える

 代表の芦田三雄さんは「友人の励まし、地域の方との交流、畑仕事に心の安らぎを得られた」という若年性認知症の方の話を聞いて「福祉農園を障がい者の就労の場所として、自立できる経営組織にしたい」と思った。実現に向けての第一歩は農業をしている平谷さんと出会ったこと。芦田さんが自分の想いを話すと平谷さんが農園の場所探しや農業の指導など協力してくれた。次にボランティアとして何ができるかを模索していた団体「モア21」と光明台南小学校区の地域活動団体から賛同と協力を得た。さらに地域の障がい者グループに参加者を募った。いろんな人たちの理解や助けがあって福祉農園の活動が始まっている。

「次何しよう」といつも思う

 収穫物で何かできないかと考え、フライドポテトをつくり、夏祭りに出店した。次は、大豆を使ったみそづくり体験を計画している。想いの実現に向かって、ひとつずつ活動を広げている。
(及川美保、大内郁美、富田忍、岡崎豊)

浦田町やんぱら と ねえ と

 和泉中央駅、マンション群の「都会」から15分も歩けば浦田町。のどかに広がる田園風景「田舎」へ。少し脇に入り込むと、目に飛び込む別世界。自然農の畑にコスモスやカボチャが顔をのぞかせる。ここが“やんぱら(山原の愛称)”里道のはじまり。キジやウグイスが遊びに訪れ、おしゃべりをする。畑を抜けると、竹のトンネルが冒険心をそそる。トンネルを抜け、更に進むとかじや峠。東に昔の街並み。西には新しい街が見渡せる。ここから大阪湾に沈む夕日の美しさは昔のまま。ねえのお気に入りでもある。
 ねえはやんぱらで生まれ育った奥村芳子さん(78歳)。「ここは私の故郷やから」そう話しながらも、草を引く手を止めない。「ふるさとは美しい方がええやろ?」と続ける。やんぱらを見守り、畑の手入れを初めて15年以上、嫁ぎ先から、スーパーカブを走らせる。「あんたも野菜育ててみ、面白いで」そんなねえの声にひかれて、いつしか“運動不足解消”“癒しの場”“しゃべり場”動機は様々だが、この地を愛する人が集い、畑メンバーができた。
 手つかずのように見えるこの自然の地はみんなの手で作り上げたやんぱらだ。里道を通う子ども達は今日も元気いっぱいに挨拶を返してくれる。そんな子ども達のためにもずっと残していたいふるさとである。
(大内清孝、清水明美、谷口美八子、星野利香)

地域と歩む1300年続く寺

 松尾寺の境内には山あり、池あり、桜・椎・楓・ぼたん・あじさい・椿・山桃など、四季を通じ自然豊かな泉州の名刹地です。最盛期は七千石もの寺領地があり、和泉市内には松尾寺を起点に名付けられた地名があります。松尾寺の入口門があった場所を寺門町、寺内で年貢米をつくる田があった場所を内田町、供花をつくる場所を納花町、農具や武具をつくる鍛冶屋があった場所を鍛冶屋町と名付け、地域とともに発展してきました。お寺は檀家寺・祈願寺・観光寺院とありますが、松尾寺はどなたでも訪ねて来られて生活に必要なことを祈祷する祈願寺として存在しています。
 高岡住職にお話を伺ったところ、松尾寺は訪れる人の心が清まるよう常に清潔にすることを心がけ、学生の合宿所として提供。児童遊園や児童館を地域に開放して幼稚園児が遠足に訪れることもあります。そして、参拝者が健やかな毎日を過ごせるようにと願い、千日快歩行を勧めておられます。本堂にはスタンプがあります。快歩行を継続することで健康促進だけでなく、挨拶や会話が生まれるのだそうです。
 4月第1日曜には見応えある稚児行列と採灯大護摩供があります。参拝者の願いを書いた護摩木を焚き上げる煙が天に届くことで、天は食をいただくことができ、代わりに人に福を与えるとされています。
(岡安幸一、駒澤重信、利倉康紀)

和泉の伝統技術を未来へ繋ぐ

和泉市には、歴史ある街道や土地、技術が数多く存在します。その中でも、南横山という土地で古くから伝承されてきた“横山炭”。時代とともに、産業としての炭焼きは途絶え、貴重な技術を知るものはご高齢の三名となっていました。炭焼き技術そのものが途絶える危機に直面していた五年前。“このままではいけない”と技術を未来へ伝承すべく立ち上がった方が、今回、お話を伺った寺下彰人さんです。「横山炭の炭焼き技術を習う事になるなんて思ってもいなかった」と話す寺下さん。横山炭と出会い、そして、その魅力に触れ、なぜ技術の伝承へと関わることになったのか。横山炭に対する想いを取材しました。

炭焼きを始めようと思ったきっかけ

横山炭に出会ったのは、子どもが通う南横山小学校でした。ここには炭焼き窯があり、学校行事として炭焼き体験があります。最初は、炭焼きを子どもと共に見ているだけでしたが、横山炭の歴史や現状を知っていくうちに“技術を絶やしてはいけない”と思うようになりました。それは、今までの経験で、自然と炭に触れる機会が多かったからかもしれません。今は、炭焼きに関わって5年になります。

横山炭の歴史とこれから

横山炭の特性は白炭で長時間燃え続けること。古くは奈良時代に遡り、「一晩中、燃え続ける炭がある」との評判から京の人々が買い求めたとも言われています。その特性から寒い冬、暖をとるために熊野詣へ行く人々が泊まる宿場町へと多く出荷されてきました。

炭焼きは大気が最も冷え、木が乾燥する冬に行われます。横山炭は昼間に着火してから翌日の昼頃まで焼き、真っ赤に燃えた宝石のような炭を外に掻き出して、灰をかけて消火します。その間に次の原木を投入していくため連続して生産が可能なことが特徴です。黒炭と比べても生産性が非常に高いのです。

南横山小学校では今でも古い文化を知る目的として炭焼き体験があります。体験で作られた横山炭は、近くの直売所で子ども達自身が値段を考えて販売しています。唯一、横山炭が買える機会となっています。

昔は一山全てを伐採し、炭にしていました。伐採した環境には日の光が入り、また新たな自然が根付き、8~10年の周期を経て山が再生し、元気に生まれ変わります。しかし時代とともに炭の需要が減っているのも事実。和泉の恵まれた山の中で大切に守られてきた伝統技術を、これからも次の世代へと絶やすことなく繋いで欲しいと願います。
(糸瀬友子、田仲亜希恵、田原友梨、寺下彰人)

自然と子どもの未来を繋ぐ

~いずみの国の自然館クラブ 三輪健一郎先生~

 森の公園で中華鍋から生み出される料理に大人達も、子ども達も興味津々。今日は何が出るのだろう?
 森の中から集められた旬の食材がこの先生の手でおいしく調理される。冬の七草粥。春のつくし、ノビルの炒め物。そして秋のいなご、どんぐり、むかご。
 今年のイナゴは甘露煮より唐揚げが好評だった。「ほんまや、ムチャうまい!ママも食べてみ!」と、勧められ顔をゆがめる親達も周りに笑いを誘う。
 「どんぐりごはん初めて食べたけど、結構いける!」そんな子どもたちの反応に、今度は何を食べさそう?と研究に余念がない。次はコオロギ、セミ、カナブンか?みんなの驚きと笑顔がやりがいにつながる。
 和泉市近郊にある学校の進路指導部に勤務する彼は大阪府の暴力発生件数が全国一である事に心を痛めていた。子ども達がなぜ暴力に走るのか? それは自然とのふれあいの中で培われる情操教育が足りないのでは?
 広大な山に囲まれている和泉市には他市にあるような自然館がない。
 自然豊かなこの街に“いずみの国の自然館クラブ”を立ち上げるきっかけとなった。
 活動は多岐に渡る。毎月実施される自然観察会。和泉市内の自然を巡り、草花や昆虫を観察するだけではない。木登りや笹、低木の密生する藪(やぶ)をかき分けて進む藪(やぶ)漕ぎ、川遊びなど、子供達を飽きさせることがない。
「ほれ、ここに乗せてみんかい」と先生にはやされ、蝶やナナフシなどを顔にのせ得意気になる子ども達。
 自然の勉強会では『苔テラリウム』、『ちりめんモンスターを探せ』、『標本を作ろう』、『知らない虫を知ろう』、『ほんまもんの椿オイルづくり』などタイトルだけですでに楽しい。
 自然館クラブの基地“南松尾幼稚園跡地”では国蝶であるオオムラサキの飼育に励み、夏のオオムラサキ祭りにて放蝶し、保護に努めている。今では住宅地近くの公園にまで、オオムラサキが訪れるようになった。また、隣を流れる松尾川では安全に蛍の観察ができるよう、川筋を整備し、オオムラサキと蛍の久井町アドブトリバーの認証も和泉市より得た。
 絶滅危惧種の多く生息する湿地、谷山池にガルテン(ドイツ語、庭/畑の意味)を作り、コウノトリの訪れる池を望む渕に木のブランコ、畑等、芋ほりやお花見など、様々なイベントも開催。今は、ツリーハウスを作成中である。
 目指す最終目標は大和川以南“和泉国”の自然環境団体で、子どもから老人まで自然保護のボランティアを楽しみながら、参加してもらうことだ。その眼は少年の様に輝き、未来に残すべきものをしっかりと見据えている。
(大内清孝、清水明美、谷口美八子、星野利香)

都会からのUターン 人とつながって気づいたこと

堀田ともこさんは、和泉市の新興住宅地で育ち、大学卒業後の就職を機会に大阪市内へ。その後、2017年の春にUターンで和泉市に戻ってきた彼女にお話をお伺いしてきました。

地元に良いところなんてあるわけない

中途半端に田舎で不便で、良いところなんてあるわけないと思ってたから、和泉市の良い所に気づいていなかったの。だから就職先も大阪市内に決めていました。ケラケラっと笑いながら話してくれた堀田さん。

仕方なく戻ってきた

軽快な話しぶりからキャリアウーマンだったと伺い知れる堀田さんですが、販促の仕事で売上や数字を追いかける毎日から心に不調をきたしてしまい、地元に戻ることに。仕方なく和泉市の実家に戻ってきたんです。戻ってきた最初の頃は本当に不満ばかりでした。大阪市内で楽しかったことを、地元にも求めていたんでしょうね。

無くして得られたもの

でも心はとても弱っていたので、本当の豊かさって何だろう?と思い始めたんです。そんな時に、里山資本主義や自給自足の生活といったものに目が止まって。それまで、仕事はどこかに就職して働くのが当たり前と思っていたのが、自分の分は自分で作ってみたい、それでお金をもらって生活してみたいという思いが湧いてきたんです。それからは色々な集まりにとにかく顔を出して、自分の思いを口に出していったら、同じような考えの人達が繋がってきて。(堀田さんは「みんなで作る福祉農園」の芦田さんとも知り合いになり、農園のお手伝いに行っていました)

地域で生きることを考えるようになった

少しずつ繋がりがふくらんでくると、どんどん地域がおもしろくなってきて。地元の良いところが見えてなかったのは、人との繋がりや地域との関わりが薄かったからでしょうね。

今は畑を借りて自分で作物を作ったり、地域貢献をしながら仕事をしていきたいと話す堀田さん。
コミュニティや人と繋がること。その大切さを頭ではなく実感として分かってきたそうです。

また、地元では販促やデザインをできる人が少ないため、新しく繋がった人達から、イベントのチラシやポスターの制作を頼まれるようになり、前職の経験も活かせる関係が出来つつあるようです。

ただ、、、今はお米や野菜などの作物支給で制作を受けているので、ちゃんとお金をいただけるようになりたいです!と笑いながらインタビューを締めくくりました。

都会で心が疲れてしまい、地元に戻ってきた堀田さんですが、地域の人達との繋がりや畑仕事の体験などから、本当の豊かさを見つけ始めたように見えました。そんな堀田さんの名刺は「デザイン/地域でつながる仕事」と入っていました。
(及川美保、大内郁美、富田忍、岡崎豊)

ひととつながる、これからのまちづくり

いずみ市民大学まちづくり学部
トータルコーデイネーター 宝楽陸寛(NPO法人SEIN)

これまでの社会の前提は成長でした。人口減少・少子高齢化が進み、大きな災害を迎えた今の日本では、特に地域では「つながり」が資産として注目されています。まちづくりの専門家の間でも、「交流人口」や「社会関係性資本」という言葉はよく登場します。「その街に暮らす人の数よりも、まちで活動し、事業を営み、交流している数がまちの本当の活力では?」という提案とも言えます。

本学部のコーデイネーターとして、賢くなる「知識」よりも、あの人が得意なのは○○と言えるお互いの得意や強みを活かす「知恵」を学ぶことを重視しています。この「和泉帖」が良い例です。

私の日常は、誰かの非日常です。この非日常に出会うには、いろんな人と話し、アンテナを張っていないと出会えません。ですが、本学部にくれば解決できます。経験や立場や世代が違うさまざまな和泉市に関わる「住民」が集まっているからです。その魅力や様子をお伝えできればと思い、おわりにの代わりにお届けします。

1.いずみ市民大学まちづくり学部とは?

元気な和泉市の実現とまちづくり活動を担う人材の育成を目的として学んだことを地域に活かすために、2016年に生まれました。和泉市の10代から人生の大先輩までが集いテーマに基いて話し合い、学び合い、高め合う実践的なまちの人材育成を行う講座です。学校教育法上の大学ではなく、和泉市が行う生涯学習推進事業の名称です。

2.いずみ市民大学まちづくり学部の2つのコース

(ア)エリア学科の目的
・・・地域活動人材の育成・発掘

地域、暮らし、福祉などの観点から現在の地域課題を知り、解決策を考え、地域活動の中で実践的に活躍できる人材を育みます。

(イ)テーマ学科の目的
・・・地域情報発信・コーデイネーターの育成・発掘

情報発信の方法やコミュニティビジネスなどについて学び、世代間交流を通して、自らコミュニティの情報発信や新たなコミュニティの創造ができる人材を育みます。

3.和泉帖ができるまで

本帖は、まちづくり学部テーマ学科の仲間が知識と経験をもちより作成しています。誕生までの流れを追いたいと思います。

(ア)マイプロジェクトからはじまる和泉のまちづくり
“自分ごと”からはじめるソーシャルデザイン


Webマガジン「greenz.jp」元編集長で、京都精華大学 人文学部 総合人文学科、勉強家の兼松佳宏さんから「ソーシャルデザイン」の大切な視点を学びました。ひとことで言えば、社会の課題を自分たちで楽しく解決していくこと。そんな「ソーシャルデザイン」という考え方がここ数年、とても注目を集めています。

特に、DOとしての肩書き、BEとしての肩書きです。「BEとしての肩書き」とは何か? それは、自分が貢献できる価値の源となる働きのこと。普段はDOとして「サラリーマン」をやっている人は、もしかしたらBEの部分は「お父さん」かもしれない。「お父さんとしてのサラリーマン」と「詩人としてサラリーマン」では、仕事の姿勢も違ったものになるかもしれません。多様なBEとしての肩書きを持った和泉市のコーデイネーターがうまれはじめています。

(イ)コミュニティ・デザインを実践的に学ぶ

①まわしよみ新聞のすゝめ
社会実験者の陸奥賢さんから、「ひさしぶりに、なんとなく新聞を読んでみたら面白かった!」そんな体験は実はコミュニティデザインでは欠かせない視点です。実は、新聞は「見出しの大きさや幅」「記事の文字量や序列、配列」などによって「社会的なニュース価値」を察知することが可能です。新聞を読むことによって、自分がまったく興味、関心のなかった分野の情報にも触れ、自然と世間を広くすることが可能かも知れない。

今回は、受講生のみなさんに「和泉市」をテーマに地域の新聞、コミュニティニュース、NPOの新聞などを持ち寄り、新しい新聞が生まれました。

②サードプレイスのつくりかた「和泉市の私の味を持ち寄る」
「サードプレイス」という言葉をご存知ですか? いつもとちょっと違う「場」として、場のひらき方と、使い方、いつもとちょっと違うコミュニケーションと出会いが始まる場。学ぶ前にとりあえず、やってみよう!として「和泉市の私の味」としてお家の味から私にとっての和泉市の味を持ち寄りました。

おふくろの味、いつも仕事帰りにほっとするときに買っているおかず、子どものころから食べているコロッケ、一風変わったところでは昆虫食まで、いろんな味が集まりました。

ここから食を通じたサードプレイスの活動として、みんなで新しい和泉市の味弁当を作りました。

③サードプレイスのつくりかた②「和泉市の私のサードプレイスを発見する」
「サードプレイス」を開くには観察する力や感じる力が欠かせません。今回のお題は、「私のサードプレイス」を写真で語りました。

次に、グループに別れ、和泉市の魅力を伝える巨大壁新聞づくりに取り組みました。受講生の中には、知らない魅力がまだまだある、友人に知らせたいなど情報発信の機運が高まりました。

(ウ)和泉帖誕生まで
いよいよ本学科の狙いである、コミュニティの情報発信としてマチオモイ帖「和泉帖」を作成します。

①受講生みんなで大切にしたこと
1)まちの息づかい、まちの人がどんな暮らしをしているのかを知ること
2)自分のことや和泉市のことを知らない人に向けて伝えてみること

②1回目の編集会議
編集会議前に宿題が出ました。テーマは「和泉市のことを知らない人に向けて伝えたい人や場所」。編集会議の最初に全員で共有しました。伝統的な寺社仏閣から「ヤンパラ」という聞いたことが無い場所の名前までたくさん集まりました。

全員で共有した後は、似たテーマごとにチームに別れ取材準備とテーマを決定しました。中には、その場で電話して取材交渉を行う方も。和泉市の魅力は人材だなと感じるシーンに変化。

③2回目の編集会議
2週間後には取材を行い、記事を書き上げるという強行スケジュールのなか4つの記事が集まりました。

まずは、記事の内容を共有し、質問やポイントを共有しました。知らない和泉市。暮らしているから気づくこと、いつも何気なく気にも留めないことが実はまちのたからものであることに気づいたマチオモイ帖の編集会議。どんな記事になったでしょう?

4.おわりに

 和泉市の魅力は和泉市の日常です。私の日常は、誰かの非日常です。この本を機に、ぜひみなさん和泉のまちに一歩踏み出してください。この本を制作した仲間は、すでにいろんな活動で動き出しています。合言葉は「いずみ市民大学まちづくり学部」です。

編集後記

まちに住む人たちの声や活動を知り、
まちの息づかいを知ってもらいたい。

 まちの声を聞くということが、狩野が受け持った「いずみ市民大学まちづくり学部テーマ学科」の講座の中で実現したかったことです。
 参加メンバーはすでに何度かの講座を受講し、ファシリテーターの宝楽さんのご尽力もあってすでに仲良くなりつつある状況だったので、なるべく講座と講座の間に、気になる人や場所を取材してきてもらうよう呼びかけました。
 なんとなく気になっていたけど話したことがないという方に取材するチャレンジをしてみたり、記事を書いてみたり、誰かが書いた記事に別の誰かが見出しをつけてみたりといった試行錯誤を重ねながらカタチができあがってきました。
 カタチができるともっと良い写真に差し替えたいとか、記事を書き直したいとか、いろいろな要望が生まれてきました。講座が終わってからもさまざまな世代のメンバーが喫茶店に集まり、これから和泉市でやりたいことなど話し合われるようになってきました。
 この本はこれでひとまず完成ですが、この本をもとに参加メンバーの方が別の誰かとまちのことを話すきっかけが生まれるといいなあと思っています。(狩野哲也)

撮影、執筆担当/
糸瀬友子
及川美保
大内郁美
大内清孝
岡崎豊
岡安幸一
木村規洋子
駒澤重信
清水明美
田仲亜希恵
谷口美八子
田原友梨
寺下彰人
利倉康紀
富田忍
星野利香
松尾陽子
山下紀子

編集担当/狩野哲也
トータルコーデイネーター/宝楽陸寛(NPO法人SEIN)

和泉帖

2018年1月 発行 初版

著者:狩野哲也

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狩野哲也

編集者 ライター 作戦係
http://kanotetsuya.com/

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