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この本はタチヨミ版です。
死の町 一一
柔らかい殻 一三
桑の実 一四
さるなし 一五
偶像バフォメット 一六
河馬の溺死 一八
百年の教室︱夢幻劇︱ 二〇
河女 二四
死神超伝導 二五
夢 二七
目移り商店街 二八
目障り商店街 二九
目抜き通り 三〇
隣りの隣り 三二
落しもの 三四
赤裸々 三六
偏愛フラクタル 三八
夏蜜柑 四〇
幸運差配者 四二
腹時計 四四
サマ化け 四六
磔 四八
日の出食堂 四九
臭学旅行 五一
﹁海底荘﹂ 五二
蟻人の雨 五四
義経異聞 五七
いちじく 五八
月の門 六〇
亜細亜の曙 六二
悪い噂 六四
姉の記憶 六七
マルクスのバナナ 六八
∪字溝路 七二
不埒な美女 七四
芭蕉に降る雨 七六
最後の巨人 七八
ある婦人への手紙 八二
漏斗状満月奇談 八四
ノスタルジア 八六
花の音 八八
ドリアン・グレイの最期 九〇
秋の恋 九一
野次馬を讃える 九二
マウス・グレイシー 九四
街路 九六
殺し屋たち 九八
ノイズレス 一〇二
這い回る蝶々 一〇四
砂の楼閣 一〇七
箱入り 一〇八
子飼い 一一一
夜夜半 一一三
災厄 一一四
涎を垂らした犬 一一六
養蚕王 一一八
天空サーカス 一二〇
蚊 一二二
海豹の駅 一二四
冷気 一二六
風雅の技法とは未完の塔を建てることだ。一瞬の後には崩れ去る危うい均衡こそがその要だ。それは鋼鉄の鍵盤を叩く繊細な指先が奏でる音楽。鍵盤の四囲は鋭い刃となっていて、一ミリでもずれたら指が切断されるからには、聞く者は血の匂いの予兆で噎せ返るしかない。
地獄めぐりの旅を終えて、男はふるさとに帰ってきた。駅前は荒れ果てていた。店を開けているのは一軒きり。挨拶を交わす人の姿もない。空の牛乳瓶に一頭の蝶がとまっていた。幻のように黒く大きな羽をゆっくりと閉じ、開く、不吉な姿に心が揺らいだ。タクシーに乗って集落へ向かった。運転手は無口だ。目を伏せたまま、咳払い一つしない。生家のほど近くには、かつて浦島太郎が漂着したと伝わる浜辺があった。港に堤防を造った時に潮流が変わり、砂が流されてしまったので、今はもう影も形もない。ただ潮が引くと、浦島太郎がそこで玉手匣を開けたという岩だけは、波のすぐ下に浮きあがる。生家はもうない。崖の下で、砂利道が踏み砕かれるばかり。立ち枯れた松が数本。その向うに、海が見える。引き波が泡立って、渦を巻く。黒々と濡れた岩の上に人の影がある。﹁やあ、おかえり﹂と男を迎えた浦島太郎は盗賊のように若く精悍な顔つきをしていた。岩の上に立って、波に足を浸している。浦島太郎は笑った。頭陀袋から何かを取り出した。玉手匣だ。もはや完全に水が引いた岩の上で、浦島太郎はひとしきり笑う。そして、玉手匣を開けると、黒光りする大きな羽をひろげて数知れぬ蝶の大群が飛び出した。煙のようにもくもくと渦を巻き、尽きることなく湧き出してくる。蝶が羽ばたくたびに羽の模様の紫紺の色が、稲光りのように閃き、瞬きながら暗雲を走った。
よく見れば、辺りには死体が累々だ。
蝶は死体の一つ一つに、それぞれの地獄の行き先を示す喪章となって張り付いた。三対の脚でしがみつき、口吻を刺し込んで生きていた頃の思い出を吸い出すと、生命の残り香をを嗅ぎながら、触覚で謎文字を記す。
死んだら誰もが地獄へ行く。時を越え、生死の境を超えて、ありとあらゆる世界を隈なくめぐりつくしたが、天国はどこにもなかった。在るのは地獄だけ。地獄は現世と変わりがない。恐るるに足る劫罰も種々多様な責め苦もない。ただ思い出は永遠に失われ、空白の日常がどこまでも続くのだ。
男はひたすらに佇むのみ。
その時、空が落ちてくる。
シャム双生児を盗んだのは僕だ。彼女の左の肛門から息を吹きこんだら、右の頭がゲップをした。
そう、盗んだんだ。
悪いことをしたとは思わない。
一週間ごとに送るラヴレターは直方体。サイコロのように体の上を転がって、どちらからも読める二人用。
僕は二十日ごとに脱皮する。二人は僕の抜け殻をかわりばんこに膨らます。
彼女らが僕を着たら、僕らは一人で三人だ。
息子が口のまわりを真っ赤にして帰ってきた。また裏の畑で遊んだのだろう。﹁妹は﹂と訊くと、﹁知らない﹂と真顔で答えた。
小さな青い実が鈴生りの蔓性低木。子猫がキウイキウイと鳴きながら身をすりよせる。一晩中。
月が沈んで、帰って来た青汁まみれの子猫の顔を、母猫が丹念に舐める。いつかまた旅にでる我が子の幸先が良いように、おまじないをしてやる。
鼻をくすぐるこの匂いは大麻に似ている。あるいは精霊の媚薬だな。
彼の守護天使は蔓を支持する棚の上にとまって考えていた。
タチヨミ版はここまでとなります。
2014年7月14日 発行 初版
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