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この本はタチヨミ版です。
シーズン一
第一話 疑念
第二話 試行
第三話 決断
第四話 始動
第五話 奇妙
第六話 取材
第七話 氷解
第八話 来訪
第九話 温情
第十話 抜擢
第十一話 密告
第十二話 衝撃
第十三話 感佩
最終話 終焉
シーズン一 ー完ー
シーズン二
第一話 深沢編
第二話 川島編
第三話 河井編
第四話 高木編
第五話 感激編
第六話 その後
シーズン二 ー完ー
一人の女性が研究室にこもり、パソコンを触っている。部屋の中は薬品のビンやフラスコ、試験管といった理科室を思い出させるような器具であふれている。彼女の名前は新山愛。科学者であり、整形外科医としての資格も持っている。年は二十五歳。キーボードのエンターキーを二回リズムよく叩き、彼女は声を上げた。
「できた! やっぱり私って天才だわ」
声をあげると同時に立ち上がったので、着ていた白衣がひらひらと舞った。彼女は休む間もなく、試験管を持ち出し、紫色をした液体を試験管に注ぐ。そうして試験管立てに立てかけ、さらに試験管を用意する。今度は緑色の液体を注ぐ。初めの試験管にその液体を注ぎ、軽く振り始める。音を立てて爆発することもなく、穏やかに混ざっていく。彼女は納得の表情を見せながら、注射器を手に取ると、液体を吸引していく。適量採ると、試験管を立てかけて注射器を持って移動する。やってきた部屋は「実験室」と書かれていた。部屋の中には何十ものケージがあり、マウスが飼育されていた。その中の一匹を取り出して、注射器を当てる。マウスは鳴きながら彼女の手に掴まれている。彼女はマウスに濁った色の液体を注入し、足に印をつけた。
「うまくいってよ。理論上は完璧なんだから」
そう呟いて、マウスをケージに戻し、実験室を後にした。
* * * *
翌日、新山は実験室へやってきた。彼女は例の足に印がついたマウスを掴み、念入りに調べ始めた。マウスは鳴きもせず、静かだ。マウスの体中をじっくりと見てからこう言った。
「完璧! 理論通りだわ」
研究室へ戻り、液体にするために溶かした粉末をカプセルに混合する。試作段階として同様のカプセルを四錠作ることにした。数時間後、カプセルは完成した。新山は出来上がったカプセルをカプセルケースに入れ、机の上に置いて研究室を後にした。彼女が研究室を出て行ってから数時間後、ある男が研究室へ入ってきた。
* * * *
ここは都心の町の中、一人の男性が道を歩いている。
「あー、退屈だな」
彼の名前は川島健太。私立深川大学法学部二回生。年は二十歳。ある田舎から都会へ引っ越してきて一人暮らしをしている普通の大学生だ。今は大学の授業を終え、帰路につくところだった。彼はふと、今日は違う道で駅まで向かおうと思った。一つ変えただけの道は雰囲気が異なり、あらゆる店が新鮮に見えた。ふと、ある店が川島の目に入った。店の看板には『秘妙堂』と書かれていた。川島は自然とその店に足を踏み入れていた。商品を見渡す限り、雑貨店のようだった。商品には香水やアンティークな小物、奇妙な薬品などがあった。その中のあるものが川島の目に留まった。それは薬品の分類棚に置かれているたった一錠しかないカプセル剤だった。
「おい、おやじ。この薬は何なんだ?」
店主と見られる男性は高齢で白いひげを生やしていた。店主は彼の近くへやって来てその薬をケースごと持ち上げた。
「こいつはな、ついさっき入ったんじゃ。五十代くらいの白衣を着た男が一錠だけ置いていきよった」
「効力は何なんだ?」
「さぁて、なんと言ったかな。何やら体が男から女に女から男に変わると言っておったかの」
川島は性別が変わると聞いて疑わずにはいられなかった。男から女に変わると言えば、今は手術やおネエキャラになるくらいだろう。こんなカプセル一つで性別が変わるなんて、ありえないことだ。でも、もし本当ならすごいことだ。彼は好奇心から店主に聞いた。
「これ、いくらだ?」
「うちは、商品に値札はつけとらん。客が買いたい値段で売る。いくらで買うかの?」
川島は少し考えた。本当に性別が変化するなら、安い値段をつけるのは人が悪い気がする。無難な値段をつけるのに苦労した。そして、彼はこう言った。
「五千円」
「よし、売った。しかし、これは薬物じゃ。取り引きに手続きが必要じゃからこれを書いてくれ」
店主は彼に一枚の用紙を差し出した。その用紙には氏名、性別、年齢、職業などの項目があった。面倒だなと思いながら川島は項目を埋めていった。店主に用紙を提出し、カプセルケースを受け取った。
「本当にこんなもので性別が変わるのか? だいたい、体が変化するのかよ。怪しすぎるぜ」
家に帰り、ベッドに横になるとカプセルケースを睨んでいた。数分後、腰を上げ、夕食の準備をして食事を済ませた。そして、半信半疑ながらも薬を飲むことを決意した。薬を手に取り、グラスに水を注ぐ。じっと薬を見つめた後、口に薬と水を同時に含み飲み干した。変化が見られないうちに川島は眠ることにした。
* * * *
翌日、新山は研究室へやって来た。なんのためらいもなくデスクに座ると、彼女はふとあることに気付く。
「え!?」
昨日、確かにデスクに置いて帰ったはずのカプセルケースが見当たらない。
「確かに昨日ここに……」
デスク周辺を見渡す。様々な書類を押しのけ、埋まっていないか確かめる。ゴミ箱の中を覗き込んだりもした。しかし、どこを探しても見当たらないのだ。
「うそ? どこへやったのよ。あの薬はまだ試作品。あんなのが出回ったりしたら。いや、それより……」
研究室の戸締まりをしたかどうかを思い返した。確かに戸の鍵は閉めた。じゃあ何者かが侵入するとすればどこからだろうか。
「実験室!」
彼女は実験室へと向かった。何の変哲もなくがらんとした実験室。相変わらずマウスたちが騒いでいる。窓の方へ向かうと、驚いたことに鍵が開き、窓は全開だった。窓の大きさは無理をすれば人が一人入れる程度だった。彼女は実験室のドアの鍵を強く握りしめていた。
彼女は研究室を後にし、町へとくり出した。あの後、薬のデータもごっそり盗まれていたこともわかった。そこで聞き込み調査をしようと思ったのだ。もちろん手掛かりなんてものは全くなかった。
* * * *
川島は目を覚ますと、寝ぼけ眼で鏡を見た。
「何だよ。何にも変わってねーじゃねえか」
体に変化はなかった。女性の顔になることもなく、胸が大きくなることもなかった。
「騙されたか」
顔を洗い、大学へ行く準備をする。今日は民法と刑法の二限だけ。レンタルビデオ屋のバイトも入っていなく、一日ゆっくり出来る日だった。大学へ着くと、友人の拓馬と共に民法と刑法を受けた。難なく二つの授業を受け、帰路につくことにした。帰り道、秘妙堂へ文句をつけに行こうと思い、昨日と同じ道で帰ることにした。気がついてみると、その道は路地裏で人気がなかった。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの?」
ふと、女性の声がして彼は後ろを振り向いた。しかし、人気のない道には人っ子一人見当たらない。空耳だと思い、また秘妙堂の方に向かって歩き出す。
「ちょっと聞いてるの?」
再び声がする。彼はまた辺りを見回す。案の定、誰もいない。鮮明に残る声。そこで冷静になって考えるとこの声の聞こえる場所が耳ではなく脳内であることに気付いた。
「誰だ!」
彼は叫んだ。
「あたしが質問してるんだから、先にあなたが答えるべきじゃない。先に答えなさいよ」
声の主である女が返答する。川島は何が何だかわからなくなり、声の主の言う通りにした。
「川島健太」
「ふーん。見た感じ大学生っぽいわね」
女はどういうわけか姿、形は見えない。
「お前は何者なんだ? どこにいる」
再び質問してみる。女は一呼吸おいてから話し始めた。
「あたしは木村真衣。年は二十歳。居場所は強いて言うならあなたの中かな」
川島は冷静さを少し取り戻し、「同い年なのか」などと思いながら声を出す。
「はぁ? 俺の中? どういう意味だ!」
彼の口調はさらに強くなる。
「あたしにもよくわからないのよね。急に感情が出て来たと思ったら、あなたの体の中だし。あなた何か思い当たる節ない?」
川島はこの彼女の言葉に戸惑いながらもここ数日の出来事を冷静に振り返ってみた。
「あ!」
彼はまた大声をあげる。そう、秘妙堂で買ったあの薬。その影響かもしれなかった。彼は走って、秘妙堂へと向かった。
「ちょっとどこへ行くの?」
木村は急に走り始めた自分の体に聞いた。
「心当たりがあんだよ」
そう言ってひたすら秘妙堂へと走った。秘妙堂に着く頃には彼の息は相当上がっていた。
「いらっしゃい」
例のひげを生やしたおじいさん店主が言う。川島は店のカウンターまで行き、身を乗り出して店主に言葉をかける。
「おい! どうなってるんだ! 昨日ここで買った薬、意味の分からない効力が出ているぞ!」
店主は不思議そうな目で彼を見て、一言言った。
「お前さん、名前は?」
「川島健太。今日これ言うの二回目だぜ」
彼は皮肉混じりで言った。店主は何やら書類を調べ始める。それは昨日、川島が書いた物と同様の書類の束のようだった。
「お、あった。あった。昨日じゃな」
「ああ、昨日ここで買ったんだよ」
彼はまだ落ち着かない。
「一錠しかなかったやつじゃの。効力は確か性別が変化するとか言ったかの」
店主は記憶を呼び起こしながら話す。
「そうだよ。あの薬、性別が変わるどころか妙な女が出てきたんだよ」
川島のこの言葉に店主は怪訝そうな顔をする。そして、彼に尋ねた。
「妙な女? どこにおるんじゃ?」
川島は頭を指差して二、三度叩いた。
「ここだよ。ここ」
店主は唖然としていた。それもそのはずだ。あまりにも意味の分からないことが起こっている。
「とりあえず、解毒剤はないのかよ?」
彼は状況が把握出来ていない店主に聞いた。解毒剤さえ手に入れば元に戻れるかもしれない。
「残念じゃが、解毒剤はないのう」
店主は申し訳なさそうに言った。
「なんてこった」
彼は途方に暮れる。そこで店主が声をかけてくる。
「もう少し様子を見てみたらどうじゃ? もしかしたら明日には治っとるかもしれんしの。気のせいということもあるかもしれん」
川島もこの言葉に渋々納得したような表情になる。確かに様子を見るのも一つの手だ。この木村とかいう女の声は幻聴かもしれない。
「そうだな。じゃあ一度様子を見てみるよ。邪魔して悪かったな」
彼は店主にこう言い残して店を出た。
* * * *
「あそこで薬を買ったんだ。それでその薬が原因であたしと真也が生まれたんだ」
木村は少し納得しつつ言う。この言葉に川島は動きを止めた。
「真也?」
聞き覚えのない名前に川島は驚きながら聞き返した。
「あれ? 真也まだ挨拶してなかったの? ちゃんと挨拶しなきゃだめだよ」
「挨拶?」
彼はまだ状況が把握出来ずにいたが、脳裏に嫌な予感がよぎる。
「深沢真也です。よろしく」
川島の嫌な予感は的中した。自分の脳内に木村とは違う得体の知れないものがもう一人いたのだ。頭はもうパンク寸前だった。冷静になるためすぐ家に帰ることにした。その帰り道でも、木村の声は絶えず聞こえてきた。ブティックやアクセサリー店の横を通り過ぎる度に、可愛いだの欲しいだのと言っている。川島はそんな彼女の発言を聞き流しながら、ようやく家に到着した。
「へぇー、ここが健太の家なんだ」
木村が言う。川島はこの発言に違和感を覚えた。
「健太?」
「いいじゃない。これからはこの体で一緒に過ごすんだから。ねっ! 真也」
彼女がそう促すと、深沢も「あぁ」と言葉を返した。なんとも言えない不思議な状態だった。一人の人間の体に三人の違った人格が存在するのだから。川島は今日一日で起こった出来事をベッドで横になりながら、思い返していた。大学の帰り道で急に現れた木村のこと、秘妙堂に解毒剤がなかったこと、秘妙堂から家への帰り道で深沢が突然現れたこと。
「一体これから俺の体はどうなるんだ」
そんなことを心配しながら、眠りについた。
* * * *
翌日、この日は土曜日で大学が休みだった。目が覚めたのは昼過ぎで、顔を洗うために洗面所へと向かった。そして、鏡を見た木村は大声を上げた。
「うわ! なにこれ?」
自分の体を触る。胸がある。声も高い。女性の顔。それもきれいに整った顔だち。髪の毛は肩より少し長いロングヘアー。服は川島が着ていた服だったため、少しだぼっとしていた。
「何これ? もしかしてあたしの体」
彼女の声は喜びに満ちていた。そこに川島の声がする。
「おいおい。どうなっちまったんだよ。俺の体は」
今の彼に体はない。昨日、木村や深沢がなっていた状態に陥っているのだ。川島はもう訳が分からなくなっていた。
「とりあえず今日はあたしが自由にこの体使っていいってことよね?」
そう言って木村は出かけるための準備をし始める。とは言っても、家に化粧品などがあるわけもなく、顔を洗って少しサイズの大きい川島の服を着てジーンズをはき、町にくり出した。昨日の帰り道で気に入っていたブティックに行き、アクセサリー店を転々として女性ものの服やアクセサリーを買いあさった。その後はデパートへ行き、化粧品など女性には欠かせない物を買った。そんな彼女を見て、川島は財布の心配をしていた。家に帰ると、彼女は試してみた化粧を落としてゆっくりくつろごうとした。その時、急に体に異変が起こった。見る見るうちに体は男性のものへと変わり、川島の体へと戻っていった。一体何が起こったのか分からなかったが、彼の体へと戻ったことは事実だった。自分の体に戻るなり、財布の中を確認した。案の定、財布の中身は空っぽに近かった。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年12月3日 発行 初版
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関西外国語大学スペイン語学科を卒業。大学一年時、著書である長編小説『突然変異~mutation~』を執筆。同時期において精神疾患である「双極性障害Ⅱ型」を発病。大学卒業後、自宅療養の傍ら作品を数多く執筆。インターネットを介して作品を公表し続け、連載時には小説サイトのランキング上位を獲得するなどの経歴を持つ。その他、小説のみならずボイスドラマの脚本・監督・マンガ原案の作成・ボーカロイド曲の作詞など様々な分野でマルチに活動。闘病生活を送りながら、執筆をし続けることで同じように苦しむ読者に「勇気」と「希望」を与えることを目標にしながら、「出来ないことはない」と語り続けることが最大の夢である。