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この本はタチヨミ版です。
僕は、今日も空を見上げていた。果てしなく続く青い空は、僕の心そのものを鏡のように映し出しているようだった。今日は朝からすごく清々しい気分で、その気分をそっくりそのまま表すように雲一つ無い大空に向かって、僕は「うーん」と拳を握った両腕を大きく伸ばす。
「さて、今日も書くぞ!」
僕は、デスクに向かって朝一番の仕事にかかる。僕の職業は作家の端くれだ。自分の書きたい作品を作るのが目標だが、そんな簡単にお金が手に入るシステムはこの世の中に存在しない。つまり、世の中が欲しているものを書くのだ。実はこれが一苦労させるものなのだが、仕事だから仕方が無い。しかし、そんな僕の気持ちも毎日の空模様によって変わってくる。今日のようなカラッとした天気だと、僕は何故だか執筆意欲がわくのだ。これではまるで、キレイに衣がついた天ぷらか唐揚げになった気分だ。でも、揚げすぎるとよくない。あまり美味しくなくなるのだ。それは、作品がマズくなると言うことだ。
具体的には天気の変容一つで僕は万年筆を動かす力が変わるのだ。不思議なものだが、僕と空の色合いは一致していく。そんなことを考えながら次のストーリーを絞り出す。ギュッと残りの少なくなった絵の具のチューブを押し出すように。今日の絵の具の色は、もちろん水色。空の色が映し出される。少し出てきた水色の絵の具を元に僕は作品を書き下ろしていく。キレイな色と調和してサラサラと万年筆が動く。そして、少し空に雲が見え始め灰色の雲が増え始めると同時に僕は筆を置いた。
「ここまでかな。今日は。あとは少し陰りを入れるか」
美味しくなくならない程度に僕の心と作品を油から上げる。ここからは曇りの空のコントラストに合わせて少しずつ手を入れていく。水色の絵の具を出したパレットに灰色の絵の具を少し出す。そして、それを水色と混ぜていく。「空」そのものをパレットに映し出す。それは作品を更にキレイにしていくように見えるが、実はそうではない。あえて、濁った色を選ぶのは、作品に一捻り入れるためだ。読者はキレイすぎる作品を求めているわけではない。「続きが読みたい」と思わせないと作家の負けだ。「勝ち負けが全てではない」と言う意見もあるだろう。確かにその通りでもある。空がずっと快晴だったら、喜ぶ人も多いだろう。しかし、どうだろう。雨が降ってくれないと困ることもある。つまり、キレイすぎる作品もどこかで不都合いや、場合によっては都合の良いときに濁りを入れる必要があるのだ。
そんなことを考えながら僕は、ケトルで沸かしたお湯でコーヒーを作る。これも透明な液体を茶色に変える不思議な化学反応だなと思いながら、口元へ運ぶ。猫舌なのをいつも忘れるため、コーヒーの化学反応が起こるのと同じで僕が火傷をするのも当然のことだ。パレットの上で混ざりあう絵の具ように不思議な化学反応を起こしたコーヒーは少し苦味を残した。
ふと空を見上げる。大きな黒い雲が窓の外に覆い被さっていた。そして、とうとう空は泣き出してしまった。何をそんなに悲しんでいるのか分からないが、僕の心も呼応してなんだかセンチメンタルになる。数年前に母を亡くしてから空の涙が落ちるときは必ず仏壇の前に座り、「作家になる」などとワガママを言ってしまった自分を悔やみ、親孝行が出来なくてごめんと謝ってばかりいる。母は僕のワガママをいつでも聞いてくれて作家になることも決して反対しなかった。こんな親不孝者をずっと温かい微笑みで見ていてくれた。そんなことを空が泣く日は、いつも考えてしまう。仏壇の前に座って私も涙を流すと、また自室に戻る。すると、窓の外には少し晴れ間がのぞいていた。
「今日の空は落ち着かないな。まぁ、それは僕も同じか」
そう考えると僕の表情は少しやわらいだ。そして、また万年筆を手に取り、原稿に文字を入れていく。空模様と同じように今回の作品は紆余曲折を経て完結に至りそうだった。
これはきっと「空」の移り変わりが、魔法の天気図を生み出し、僕と読者を繋ぐ作品をも創り出していくのだろうと思わずにはいられなかった。
―完―
僕は色のついたものが大好きだ。絵の具や色鉛筆、マジック、付箋、果てはチョークまで。本当に「色」というものに目がない。さて、ここで僕はふと疑問を持ってしまった。いつからこの「色」というものを認識し、好きになっていったのか。僕は、その謎を解明すべく、母に聞いてみた。
「ねぇ、お母さん。どうして僕は色を好きになったのだろう。心当たりある?」
そんな言葉に炊事場でトントンと緑色をした野菜を切り続けている。それもすごい速さで。いわゆる、千切りというやつみたいだ。僕は幼いながらもそんなどうでもいい知識だけは知っていた。慌ただしそうにしている母は答える事も無く、料理を作っていた。それを見た僕は少し寂しくなったけど、お母さんの忙しそうなのは嫌でも、見て取れたのでその場をそっと後にした。
自室に戻るとランドセルを開ける。そこにはたくさんの手紙が入っていた。もちろん、奴らのせいだ。僕をいじめの対象にするのは考えてみれば、簡単なことだった。体が小さい事や勉強が出来ないこと、最後の決め手は「色」についてやたらと詳しくて、周りの女子たちが僕を見つけては色鉛筆や絵の具を借りに来ることに嫉妬しているのだ。
何とも皮肉な表現だが、色の事を色々と知っているが故に色々な面でハンデを負い、メリットとして女子が集まっていることだ。待てよ、このメリットは逆に僕にとってデメリットではないか? そう思うと「色」を好きになった自分を憎らしくも思えた。今の僕の心の中の「色」はブルーを通り越してブラックにたどり着いていた。すべてが白黒で物が見えたらこんな思いをしないで済んだのに。僕の心境は、どす黒い心の奥底へと沈んでいった。まるでブラックホールに吸い込まれているような感覚を覚えたのだった。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年12月4日 発行 初版
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