spine
jacket

───────────────────────



スタート~始まりはここから~

兼高 貴也

無色出版



───────────────────────




  この本はタチヨミ版です。

 目 次

3ライズ

小さな書斎から

旅立ち

旅立ち 続編

3ライズ

「アイ ラブ フューチャー! やっぱり最高でした! アズさん、ユキちゃんめっちゃ可愛かったし、テルくんもかっこよかった!」
 ライブが終わって、客席に人が少なくなったライブハウスで大きな声が響き渡る。
「ね! ね! みんなそうだよね!」
 閑散とした会場で、中には彼の声に少し引いている人も見受けられる。その中でも一際、目に留まった女性に彼は話しかけた。
「ね! 君なら分かるよね!」
「うん! やっぱり東京に出てきてよかったっちゃ!」
 彼女は一目で東京の人ではないのが分かった。しかし、端正で整った顔つきで、「フューチャー」 と呼ばれる人気アーティストのアズやユキに負けないくらいルックスはよかった。
「あれ? もしかして、上京したばかり? その方言といい、服装的に」
 彼女の服装は確かにどこか都会離れした遠い地方からやってきているようだった。そんな大声を上げてはしゃいでいた人の言葉に彼女も声をかけ、言葉を返す。
「都会から離れた田舎から最近、上京したっちゃね。アズさんやユキさんみたいにかっこいい女性になるために、専門学校でボイトレしとって……。って初対面の人にこんな話すのおかしいっちゃね」
「いやいや、いいよ。みんな帰ってしまったし。って俺が聞いてもいい話なら。なんだけど」
 とりあえず、挨拶がてら彼女は彼の言葉にそれとなく返事をする。
「私はみよっていうっちゃ。よろしくっちゃ」
「俺は純也! よろしくね! みよちゃん」
 そんな二人を傍観している人がもう一人いた。
「ねー! ねー! あなたはー?」
 純也は傍観している男性を見つけて声をかける。その男性は少し二人とは歳が離れていそうなライブ参戦者だった。少しタバコの煙を吹かしながら二人のもとへ寄って来る。
「確かにテルのドラムは上手い。しかし、いつかはオレもあのくらい腕になって……。っと、少し言葉が多すぎたか。すまねー、初対面でテルのドラムさばきを馬鹿にするようなこと言って。ただ、憧れではあるからな。オレは直樹。よろしくな」
 直樹はタバコを消して、その場を後にしようとする。
「あ! おいおい! ちょっと待てよ!」
 そんな直樹を見て純也が止めに走る。
「ん? なんだ? 用でもあるのか? もうライブも終わったし、オレの用事は済んだのだが」
「バンド作ろうよ!」
 二人の会話に割って入ったのはみよだった。
「え!?
「お前、正気か?」
 みよの言葉に二人は不思議そうな顔をする。直樹に至っては意味が分からないと顔で訴えていた。
「憧れのフューチャーのライブで、それも同じ時間まで残って雑談してるそんな三人がバンドを結成するんだっちゃ! なんか運命的でこれから私の人生を大きく変えそうな気がするっちゃね!」
 そんな彼女の言葉に直樹が返そうとする。
「お前なー。全くの初対面で何を変なこと……」
「いいね! その案! 賛成!」
 直樹の言葉を全部聞く前に純也が話を遮る。直樹は「おいおい!」と止めにかかるが、多対一では勝ち目もありはしない。
「俺はギターが少しは出来るし、直樹はさっきの話からいくと、ドラムが叩ける。みよっちは専門学校で鍛えたそのハイトーンボイスで勝負が出来る! 見ていろよ! フューチャー! いつか越えてやる! ね?」
「うんうん」
 みよは首を縦に振ってうなずく。
「やれやれ。お前らには負けたぜ。しかし、勝算なんてあるのか?」
「ん? 勝算? そんなもん、今、決まったんだからあるわけないよ。もちろん」
 直樹の現実的な言葉に純也は持ち前の天然さと素直さで満ちた言葉で返す。
「そうっちゃね。両方の意見を聞いたけど、どっちにしてもこれからだし、何も決められないっちゃ。でも、ここにバンドは結成したっちゃ! それだけは確かだっちゃ!」
 みよも純也に負けないくらい当たり前のように言葉を放つ。
「だよね! だよね! 直樹、俺らにはまだまだ未知なるパワーがあるんだよ! だから、本当にここから始まるんだよ!」
 純也はそれとなく直樹を説得しようとする。
「とりあえず、お前、オレに先ほどからタメ口で話しているし、呼び捨てはよくないぞ。にしても、関わったからにはオレも何もしないで傍観するのは好きじゃないのは事実だ。巻き込むぞ。お前ら」
 純也とみよはこの言葉の意味を今はまだ知る由もなかった。そんな言葉に首をかしげる二人だった。二人の表情を置き去りにして直樹は言葉を放つ。
「では、決定だな。で、バンド名はどうする?」
「バンド名?」
「バンド名ね! 確かにないと困るし、本当にこれから世に出て行く一歩だもんね!」
 みよの不思議そうな目と純也の意気に満ちた声の後、みよが大声で返してみせる。
「SUNRISE(サンライズ)! 三人で作るバンドで日の出のようにこれから上がっていけるように! どうかな?」
「いいんじゃない! 賛成!」
 純也はみよの意見に賛同する。直樹はというと。
「全く、二対一では勝ち目ないだろうが。まぁ、悪くはないがな。サンライズか。気に入ったぜ。ここが俺らのスタート地点だ」
 直樹は一言多いが、みよの言葉に賛成した。
 こうして、三人は憧れのバンドのライブが終わったライブハウスで自分たちのバンドを立ち上げ、意気を込めた。
*      *     *      *

 場所は変わって、ここはとあるライブバー。小さなライブバーで、三人はそこに集まっていた。
「それで、どうするつもりだ? 何かあるのだろう、純也」
 直樹はいきなり結成した自分たちのバンドについて語りかける。しかし、その場はシーンと静まり返った。
「やはりか。お前らのことだ、何も考えていないのはなんとなく分かっていたが……」
「そんなことないっちゃよ。私たちにだって考えぐらい……」
 直樹の言葉にみよは言い返すが、実際のところ全く考えなんてなかった。そんな中、一人ポジティブな考えを持っている純也が声を出す。
「とりあえず、サンライズの活動の場が欲しいかなぁ。でも、無名のしかも今さっき出来たバンドなんてどこもとりあってくれないよなぁ」
「だっちゃねー」
 二人の困惑する表情に対して、いつものように直樹はタバコを吹かしながら、話を聞いていた。そして、「やれやれ」と言わんばかりに煙を吐く。
「なんで、オレがここにお前らを連れてきたのかわかるか?」
「そりゃ、飲むためっしょ! フューチャーと我らサンライズの結成を祝しての乾杯だぜ!」
 みよもそんな純也の話にコクリとうなずく。
「そうやって計画も立てずに動くのはお前らの短所だな。何の考えもなく、ただただ趣味でやろうってなら、オレはバンドなんて作る気もねーし、仲良しごっこもごめんだ」
 直樹のクールな口調と今後のサンライズに対する思いを口に出す彼のこの新バンド「サンライズ」結成への情熱は二人にはひしひしと伝わってきていた。
「じゃ、じゃあ、どうするっちゃ?」
 二人には考えなんてそもそもなくて、ただただ憧れのバンドの演奏が終わったライブハウス、いわゆるハコで出会った三人でこれからのことなんて皆目見当がつかなかった。直樹はそんな二人の問いにまたしても動揺もせず、冷静に且つクールに話し始める。
「ここに呼んだのは、これからのオレらのバンドを具体的にどう動かすかを決めるためだ」
 直樹の言葉に二人は少しワクワクする。まぁ、作戦なんてないものだったから余計にだろう。そして、次の直樹の言葉を待った。
「まずは、練習場所からだ」
「そうだね。お金もないし、無名だし、使わせてもらえるかどうか……」
 直樹の言葉に純也が少ししょんぼりしながら答えて考える。
「頑張ってお金ためて有名になって……。なんて考えていたらむちゃくちゃな計画だ。そんなことしていちゃ、やっていけねーのが現実だ。しかし、オレらはそれを簡単にしかも、確実にやってのけることが出来る」
 二人はまたもや首をかしげる。そんな二人を横目に見ながら、直樹はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「おい! オヤジ! 二人にもういっぱいカクテル頼む。そうだなぁー。オススメでいいや」
「はいはい。かしこまりました。って親をなんだと思ってるんだ! 直樹、そんな子に育てた覚えはないぞ!」
 マスターとみられる店主は二人にカクテルを手渡しながら、直樹に少し反抗的な態度をとる。
「おや?」
 みよと純也は脳内にクエスチョンマークが飛び交う。そして、それはエクスクラメーションマークに変わる。
「まさかマスターと直樹が親子なの?」
 純也は声を裏返しながら尋ねる。
「なるほど! だから私たちをここに呼んだっちゃね」
 直樹はバーボンとタバコで一息入れていた。そんな姿勢で話し始める直樹に対して、あっけにとられている二人はとりあえず聞き耳だけは立てていた。
「実のところは、オレは孤児園で過ごしていたんだ。その里親としてオヤジがオレを育ててくれた。オヤジはよくしてくれたし、本当はドラムなんて高い楽器を買うことや、こんなバーも開くつもりなんてさらさら無かった。でも、オレのしてみたいことに一つも反対もせず、やりたいことだけをさせてくれたんだ。な、オヤジ」
 直樹の声に彼はカクテルを振りながら、言葉をかき消そうとする。
「おまえの親はオレだ。子供に尽くすのは当たり前だろう。まぁ、なんとも金のかかる子だけれどな」
「わりぃな。オヤジ。でも、オレのドラムがまさかこんな形で叩けるなんてそう無いぜ。まぁ、残り物に近いが、ようやく世間でドラムが叩ける。オヤジがスタジオ兼ライブバーを作ってくれたんだ、叩いていいだろう?」
 やはり「残り物」と一言多いのは直樹の特徴だが、内容を聞いて直樹のお父さんであるマスターも喜んでいるように見えた。きっと、養子として受け入れた自分の子供が立派に「やりたいことを成し遂げてやる!」と言ったのに一人前になったな、と思ったようだった。
「うっし! では少しスタジオ借りるぜ。オレらの実力をオヤジはちゃんと確認してくれ。良い面、悪い面含めてな」
 そう言って直樹はドラマーの席に座る。みよと純也は直樹とマスターとの掛け合いを見るのに必死で何が何だか訳がわからなくなっていた。
「何してんだ! とっとと、指定の位置につけよ、お前ら」
 直樹の言葉がよく分からないままギターのある方の席に純也が、マイクのある位置には、みよが立った。そして、直樹はオヤジさんにオッケーの合図を送る。
「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー」
 直樹のスティックの合図で、純也のギターが自然と入る、そこでさらにたたみかけるようにして、みよのボーカルが入っていく。曲は三人が出会ったライブハウスで聴いたフューチャーの『特別な日』という曲だった。それを聞き入るマスターはというと、リズムを取りながら三人の技術をなんとなく掴んでいる感じだった。そして、直樹のスティックがシンバルを叩くと同時に演奏は終わった。三人は少し緊張感もあった上、まだ結成して間もないバンドがスタジオを使って合わせるなんて都合が良すぎやしないかと思わざるを得なかった。しかし、今の演奏を聴いてどうだったのかを確認したくてオヤジさんと三人は目を合わす。そして、スタジオを出てきたマスターは言葉を発し始める。
「直樹は少し乱暴にドラムを叩きすぎている。かっこよく見せたいのは分かるが……」
「待て、オレはかっこよく見せたいんじゃない! かっこいいんだ!」
 そんな直樹の言葉にオヤジさんも含めてその場にいた三人は揃って思っていた。
「直樹って結構痛いキャラ?」
 一旦、仕切り直して純也が自分のギターはどうだったか聞きたくてうずうずしていた。ずっと自室の防音室でギターの練習をしてきた成果が今日ここで出せたのではないか? とワクワクしながらマスターの声を待つ。
「純也のギターは確かにいい音色を奏でているが、音色がきれいすぎて、逆に聞き手を置いてけぼりさせてしまう一面があるような気がする。観客は一体感を求めるものだ。今の演奏のまま曲を聴かされても何も伝わってこない。せっかくの腕前があだになる。もっと柔らかく表現する必要がありそうだな」
 完璧なのにダメ。純也は少ししょんぼりしていた。そして、みよはというと。
「みよはハイトーンボイスを使いすぎて単調になっているように聞こえた。もう少しボイスに抑揚をつけてあげれば少しは良くなるだろう。まぁ、ボイトレの効果はあるような気がする。ただ、気だけだ。一般の観客が聴いた場合、もしくはお前らの憧れるフューチャーのファンが聴いた場合、物足りなさを感じるのは目に見えているな」
 マスターの的確なアドバイスは三人の心に響いた。そして、そんな助言をしてくれた方から三人に最後のアドバイスが出される。
「最後に一つ。全体通してのアドバイスだ。お前ら自身が歌で伝えられる、伝えたい! と思う気持ちが少なすぎる。事実、直樹のリズムに乗せて知っている曲を歌っているにも関わらず、一体感がない。それぞれの思いが一つになっていないのは観客から見れば一目瞭然で分かるし、伝わるものも伝わらないというジレンマに陥るのがオチだ。そこからだな。曲を作るのは。いや、演奏するのは」
 そう、三人はまだ結成してあまり経っていない上、今回が初めてのセッションだったため、マスターのありとあらゆるアドバイスが身にしみていった。
「大丈夫! ここからがスタートだ。自信もって歌えるようになるまでこの場所はいつでも空けておくからな。直樹のことだ。それなりの覚悟は出来ているだろうし、バンドというものになるまでの時間は何も焦る必要は無い。あと、今は歌いやすい曲を選びながら共同作業をしていくことだ。そうすればチームワークも生まれてサンライズがより良くなるだろう。かっこよくもなるだろうし、自然とファンもついてきてくれるはずだ。頑張れよ」
 マスターの放った「かっこいい」というその言葉だけに直樹は反応する。
「かっこよくなるのは二人だな。オレは既にかっこいい!」
 声高々に直樹は「うんうん」とうなずいた。三人は「呆れたもんだな」と苦笑していた。
*      *     *      *

 純也はこの日も一人で防音室にこもり、ギターの練習をしていた。「ここの音が出せないな」なんてことも考えながら演奏してみる。一方、残りの二人はというと。みよは専門学校でしっかりした発声練習を行って、自分の才能と努力で前に進んでいった。直樹に関してはドラムがいつでも叩ける状態にあって、好きな時間を見つけては練習する感じだった。
 場所は変わってマスターが運営するライブバーに集まって二回目のセッションをしようとしていた。そんな三人が定位置に座ったところでみよが質問を投げかける。
「ねーねー! 気になってたんだけど、私に嘘はついてないっちゃよね?」
 不意にタバコをくわえて、お得意のバーボンを飲んで直樹は少し不思議そうな顔をする。純也も「うそ?」ととぼけてみせる。
「そう! それはまさしく年齢詐称だっちゃ!」
 確かに二人の年齢は見る限りでは二十代前半から二十代後半の好青年のように思えた。ところが、次の言葉に絶句することになる。
「詐称も何もそもそも聞いてなかっただろう。ちなみにオレは三十五歳だ」
 直樹の言葉に二人は固まってしまった。兄貴分に見えないことはないが、さすがに実年齢を聞くとあたふたする。ここで気を取り直して、純也に話し始めた。
「俺は二十五歳だぜ! まさかの直樹の年齢にびっくりしたから、敬語使わないといけないね」



  タチヨミ版はここまでとなります。


スタート~始まりはここから~

2017年12月17日 発行 初版

著  者:兼高 貴也
発  行:無色出版
公式ウェブサイト:
https://takaya-kanetaka-novels.jimdofree.com/

bb_B_00152791
bcck: http://bccks.jp/bcck/00152791/info
user: http://bccks.jp/user/141249
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

兼高 貴也

1988年12月14日大阪府門真市生まれ。高校時代にケータイ小説ブームの中、執筆活動を開始。
関西外国語大学スペイン語学科を卒業。大学一年時、著書である長編小説『突然変異~mutation~』を執筆。同時期において精神疾患である「双極性障害Ⅱ型」を発病。大学卒業後、自宅療養の傍ら作品を数多く執筆。インターネットを介して作品を公表し続け、連載時には小説サイトのランキング上位を獲得するなどの経歴を持つ。その他、小説のみならずボイスドラマの脚本・監督・マンガ原案の作成・ボーカロイド曲の作詞など様々な分野でマルチに活動。闘病生活を送りながら、執筆をし続けることで同じように苦しむ読者に「勇気」と「希望」を与えることを目標にしながら、「出来ないことはない」と語り続けることが最大の夢である。

jacket