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この本はタチヨミ版です。
ハリアー・バトルフリート
Junichi YONETA 米田淳一
時間 続いていく一秒 闇の彼方から産まれ 光へと満ちる
光 はね回る衝動 晴れ上がる空に 輝き内に秘めて
壊れかけた街 行き交う人々は それぞれ 思い秘めて 彼方へと歩む
遙か彼方 灰色の要塞に 天使たちは 望み奪われ尽き果てていく
はじめての言葉は 何だったか思い出せないけれど
それでも覚えている 優しい笑顔が戻る あどけない言葉
言葉は受け継がれ 今 世界を紡ぐ 水平線の向こうにまで
失われたものは多くあるけれど
あなたを失いたくない そう思う気持ちが
一歩一歩歩んでいく 力をくれる
なにがあっても 望みだけは失わない
私たちは それを抱いてここに来たのだから
シファとミスフィ。人間型人間サイズの量子力戦艦にして、膨大な処理能力を持つ。
もともとシファとミスフィは世界最強クラスのエンジニア(アトラクター)近江秀美(おうみ・ひでみ)の、クドルチュデスはラッティの作り出した夢の生命だった
そのシファとミスフィの属するアジア共同体行政システム・SAISがネットワーク生命・クドルチュデスに強烈な攻撃を受けつつある。
しかし、シファとミスフィはシステムのアップデート作業中のために対応できず、建部敦(たけべ・あつし)と服部涼子(はっとり・りょうこ)を始めとする警視庁情報犯罪課が立ち向かっていた。
3人は、アジア共同体を動かすメインシステム『SAIS』を巡っての戦いをはじめる。
そして、建部は、近江とドクター・ラッティと呼ばれるテロリストアトラクターの秘密へ近づきつつある。
全ては、遙か昔から用意されていた。
時間と生命の始まりから。
また携帯端末の電子音の呼び出しがかかった。
「またか」
近江と内閣調査庁局長・早瀬が携帯端末のスイッチを操作して呼び出し音を切る。
しかし、まだ鳴っている。
「俺か?」
伊良湖が気付いたのに、
「こんどは3人同時か」
と宮山一郎(みややま・いちろう)が、驚きを込める。宮山はシファたちの所属する第99任務群の司令官である。
「みんな同じ用件だろう」
「SAIS」
3人が同時に答えた。
「警察と検察庁の犯歴管理システムに影響が生じているらしい」
特捜検事・伊良湖克秀(いらこ・かつひで)が電話を取って言う。
「とうとうアイランドが出現した。
総務省とグリッドアライアンスの特別班が状況を分析している。首相官邸に 事務次官級の官僚が集まって、対策を考えているらしいんだが。
SAIS全体に影響が出て、いま新淡路の10区界隈(官公庁区域)は対応に大騒ぎだ。
様々な秘密情報が不可視属性を解除されて漏洩し始めているらしい。
電子新聞、ニュースライン各社もスクープの集中で大混乱に陥っている。
それに各省の広報官がオフレコの記者会見の準備を始めた」
近江がプレートを見ながら状況を皆に報告した。
「マスコミ対策か」
と、伊良湖は露骨に嫌な顔をしている。
「ああ。もう隠し通せないのさ。SAISの全能力の7パーセントが喪失している」
近江も、あきらめ気味だ。
「酷いな。で、近江はここにいて良いのか?」
宮山は携帯端末をしまいながら聞いた。
「ああ。SAIS管理委員会にも切り札がある。クドルチュデスの為すがままにはさせないだろう」
近江は即座に答えた。
「大丈夫か?」
伊良湖はSAISという、事の大きさが気になって近江に訪ねた。
「わからない。ただ、ベストは尽くしている」
近江は頭を掻いた。
SAISの管理情報を司る聖域の中枢、聖域大空洞。ここでは大勢のアトラクターが、出撃していく天使たちの整備に当たっていた。
その空洞の上。天使庁の塔の会議室。
「天使の未帰還数が増えています」
AIである天使長がそう報告する。
「アイランドの上空で一分隊の天使が撃墜されました」
「アイランドの制圧は『ペタ』と『テラ』などの大型コンピュータに任せるべきだ」
「いや、『ペタ』は現在、損傷修復のために電子作戦群のドックに入って修理を受けている」
「一気に状況が悪くなったな」
「問題はクドルチュデスだ。アイランドの一部をクドルチュデスはフリーエリアとして使用し、方々のセキュリティシステムを破壊してまわっている」
「銀行協会のセキュリティも破壊された。全国の銀行と証券会社は午後からの取引を中止している」
「通信社が世界中に『SAISダウンか?』という速報を出した。官房長官はそれを否定するコメントを出したがっているが……」
「無理だ。SAISの一部はすでにダウンしているんだ」
「先にマスコミに見解を発表し、先手を打って混乱が生じるのを避けるほうが得策ではないか」
「そうだな」
「一般の銀行口座が破壊されかかっているなんていう情報が流れたりしたら大変だ」
高位天使とアトラクター、SAIS管理委員会の面々が不利になってきている状況を打開しようと、情報が飛び交っている。
しかし、それもデマとは言い切れない危うさがあった。
SAISの財務省ディレクトリには徴税管理を簡易にするための電子複合口座という情報構造があり、アジア共同体に所属する総ての国民の銀行口座や納税記録、保険の記録を統合管理しているのだ。
もし、クドルチュデスがそこに現れたら……。
全員は慄然とした。
世界を、太陽系経済を震撼させかねない大金融恐慌が起きる。
「世界中の決裁認証局のデータにも飛び火していて、局によってはSAIS決裁の認証証明書の取り扱い中止を行っています」
会議は続く。
「戦艦に匹敵する主天使隊、空母機動群に匹敵する母天使隊、そして聖域要塞の要塞主砲と高射群、3勢力が一丸となってクドルチュデス撃滅にあたります。
説明を終わります」
天使長直属の幕僚天使が説明を終えた。
「しかし、それでここまでのクドルチュデスに対抗できるのか?」
天使長は切り出した。
「必ず倒せるはずです」
一人が自信を見せた。
「でも、対抗し得るものがあるのか?
今のクドルチュデスはこれまでのどの脅威よりも深刻だぞ」
そのとき、委員会の一人が目配せした。
「ああ。君たちに周知させていなかったものがある」
ざわめきがおきた。
「FPEP(戦闘能力拡張プログラム)エカテリンブルグ147という、重戦闘論理ロボットだ。
強力なIPP戦闘システムを搭載し、対IPP戦闘に特化している。
これまでの論理ロボットとは一線を画する火力を持つ。
クドルチュデスをこの聖域に引きつけ、そのエカテリンブルグを使って撃滅する」
「エカテリンブルグ……」
天使長たちは口々につぶやいていた。
「それは、大丈夫なのか?」
「こちらのIPP戦闘のエキスパートをそれに乗り込ませ、戦闘に投入する」
IPPとは人間や生命が論理世界を体験するために使われる論理的に模擬された身体である。
髪の毛一本、肌の痛点一つは言うに及ばず、脳を模擬するところでは脳のセロトニン代謝までを模擬する。
かつてはそのあまりの精巧さに端末が対応しきれなかったが、IPPアクセラレーターや、睡眠夢に介入するジェネレーターと呼ばれる装置で少しずつ実用化していった。
22世紀現代ではかつてのメッセンジャーソフトのクライアントのようでもあり、ブラウザのようでもあり、またアバターであるように便利に使われている。
それをFPEPはさらにIPP同士の戦闘のためにIPPを拡張するのだ。
「出来るか?」
いぶかしむSAIS管理委員会に、警備担当官が力をこめて言った。
「やるしかない。エカテリンブルグはSAIS管理委員会が設計した世界最強のFPEPだ」
「問題はクドルチュデスの行動原理が分からないことだ」
「クドルチュデスの現在位置情報は」
「まだアイランドの拡張作業に忙しいようです」
捜査していたアトラクターが言った。
「それが終了したら奴は何を狙うだろうか?」
「ううむ…」
SAIS管理委員会はSAISの構成を思い浮かばべながら思案している。
「彼女の立場になって考えれば……」
「いや、クドルチュデスの考えなど、把握しようとする方が無理だ。
SAISの中には彼女にとって破壊しがいのある情報が幾つもある。
彼女にはSAISは宝の山。どれも魅力的だ。あれこれといじったり、破壊しようとするだろう。それに期待している火事場泥棒な不穏分子もいくらでもいる」
管理委員会の一人がさじをなげるように言った。
「とにかく、現時点で手が付けられることを洗い出し、逐次処理しよう」
あるアトラクターが告げた。
「この混乱を利用して諸外国の情報機関がわが国の秘密情報を入手しようとしている。
まず、それに対する対策を内閣調査庁に要請する。
それから財務省には構内ネットワークのSAISへのリンク解除を実施するように要請する。
他の省庁のネットワークも同様にリンク解除を行う」
アトラクターの面々は力押しで解決しようと気合いを入れようとした。
「無意味ではないか。クドルチュデスは閉鎖されたネットワークにさえ強制アクセスできるコード、『マスターキー』を手に入れかねないんだぞ」
天使長は戒めるように言った。
「しかし、まずは時間稼ぎだ。仕方がないが、時間は一番有効な武器にもなる」
全員がため息を付いた。
「ラッティについての続報は」
天使長が訪ねる。
「無い。完全に足跡を消して雲隠れした」
「でも、どこかでこの状況をモニターしていると思えるが」
アトラクター達は口々にそう言った。
「何とかそれを逆探知できないだろうか」
SAIS管理委員会はすがる。
「それも望みは無いな。ラッティは、我々がアイランドと奴の関係を逆探知すると、ラッティとはなんの関係もない別のユーザーがアイランドに対して命令しているように見せかける、発信源秘匿・経由ルート遮断機能をアイランドに付加させて利用している。
そして今、そのアイランドはラッティの目と耳のようなものにもなっている。手の打ちようがない」
アトラクターの一人はそう言うしかなかった。
「それでは、アイランドの構造分析は」
SAIS管理委員会は焦っている。
「内閣調査庁を筆頭にしたラッティ対策プロジェクトが不眠不休で行っている。
アイランドのサンプリングに成功し、現在その分析を警視庁情報犯罪課と科学捜査研究所が合同で行っている」
「まずはその結果待ちだな」
アトラクター達はそう報告する。
「その間にクドルチュデスが動き出したら」
「天使隊の集中砲火で、この聖域に誘導しよう。
ここはアイランドの射程外だろうし、この聖域要塞の要塞砲を利用できる。
上手く行けばクドルチュデスのバックアップシステムを圧倒できるかも知れない」
「その可能性はあります」
高位天使たちはそう示し合わせている。
「よし。では、作業開始」
22世紀、警視庁は旧首都・東京の警視庁と、淡路島沖に作られた立体都市の新首都、新淡路警視庁の2つが存在し、東京警視庁を旧本庁、新淡路警視庁を新本庁と呼んでいる。
その地下の食堂で、建部たちはかき込むように昼食を取っていた。
「アイランド.NWSのサンプリング成功は大きかったですね」
「しかし、クドルチュデスをまた探すのは厄介だな」
ごった返す食堂の喧噪の中で、そんな言葉が交わされている。
しかし、美祢六実(みね・むつみ)は食事をとらず、代わりにダイエット用の栄養ドリンクだけを飲もうとする。
「美祢、食べないでそんなモノで代用するのはよくないよ」
建部は飯を頬張ったまま言う。
「でも、医学的には問題ないんじゃないですか。疲れすぎちゃって、ものが喉通らないし」
「そういえばそうなんだけど……」
建部は箸を置いた。
「何です?」
美祢は栄養ドリンクを置いて建部の話に興味を持っている。
「いや、近江先輩の事を思い出してね」
「近江先輩?」
「近江秀美。東京大学先端科学・哲学科研究員にして希代の大アトラクター。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年12月19日 発行 初版
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YONEDENこと米田淳一(よねた・じゅんいち)です。 SF小説「プリンセス・プラスティック」シリーズで商業デビューしましたが、自ら力量不足を感じ商業ベースを離れ、シリーズ(全十四巻)を完結させパブーで発表中。他にも長編短編いろいろとパブーで発表しています。セルパブでもがんばっていこうと思いつつ、現在事務屋さんも某所でやっております。でも未だに日本推理作家協会にはいます。 ちなみに「プリンセス・プラスティック」がどんなSFかというと、女性型女性サイズの戦艦シファとミスフィが要人警護の旅をしたり、高機動戦艦として飛び回る話です。艦船擬人化の「艦これ」が流行ってるなか、昔書いたこの話を持ち出す人がときどきいますが、もともと違うものだし、私も「艦これ」は、やらないけど好きです。 でも私はこのシファとミスフィを無事に笑顔で帰港させるまで「艦これ」はやらないと決めてます。(影響されてるなあ……) あと鉄道ファンでもあるので、「鉄研でいず」という女の子だらけの鉄道研究部のシリーズも書いています。よろしくです。