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スタンド・バイ・ミー
うららうららの春の日に、遠く君を思えば

西脇秀之



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スタンド・バイ・ミー
 うららうららの春の日に
         遠く君を思えば






  登場人物


漫画家とその家族
漫画家  青山直美
妹    郁美
母    直子
伯母   静枝
編集者  


長谷家の家族と通夜
息子    長谷一夫
その妻   美知子
孫娘    さくら
お坊さん  
葬儀屋   

石の会
副会長   勝実
事務局長  石田
会員その1 本条
会員その2 飛田
会員その3 川瀬
会員その4 荒俣

作業員たち
主任   一ツ橋
新人   坂本
警備員  近藤

家出した女子高生と仲間たち
サトミ  
花子   
ナツコ  
カレン  
ハズキ  

ラブレターをもらった女の子とその姉弟
まい   
れん   
ゆい   

札幌市東区。
斜め通りから入ってすぐの小路。
変形のY字路の角に、かつてそば屋だった木造の一軒家がある。
店をたたんで、数年が経っている。
舞台下手のY字路には電柱と街灯。
舞台上手のそば屋の窓の外に電柱と街灯。
背景には町並みが見える。

そば屋は、舞台下手に入り口があり、土間となっている。
四人がけのテーブルと背もたれのない木製の椅子。
舞台奥にカウンター席と、同じく木製の椅子。
カウンター席の向こうには厨房。厨房の奥には、勝手口が一つあることとする。
カウンターには、レジスター代わりの小物入れが置いてある。
その横に、厨房の入り口。暖簾がかかっている。
店の上手側に、小上がり。四人がけの座卓と積み重ねられた座布団。
最も上手よりの壁に窓が一つあり、通りに面している。

舞台中央の奥に二階へ上がる階段が見える。
二階は居住スペースとして使われていたこととする。
 ◇ ◇ ◇
空があかね色に染まっている。
夕暮れか、あるいは明け方か。
街に、灯りがともる。

漫画家が、そば屋の小上がりで座布団に埋もれながら寝ている。
机の上には、マンガの原稿が散らばっている。
店中が、丸められた原稿やら資料やらで雑然としている。

店の前の道を、人々が行き交う。
まず電柱の陰から、どこか場所を探すように、サトミが顔を出す。
道の向こうから、喪服姿の石の会の会員がやってくる。

本条  (携帯に向かって)…だから、どこ。…いわれた通り歩いてますよ。…だから、そば屋なんかないですって。

サトミ、場所を探しながら去る。
作業員二人と警備員がやってくる。

新人   …そう考えるとですね、オバマが大統領になれたのも、テレビのおかげなんです。
警備員  なるほどね。深いね。
新人   深いでしょう。
主任   おい。くっちゃべってないで、仕事片づけろよ。
二人   ほいー。
本条  あの、すいません。この辺にそば屋があるの知りませんか。
主任   …いや、ちょっと。
本条  そうですか。どーも。(携帯に)もう、どこ歩いてるんですか。…。

本条(石の会)、去る。

警備員  次は、シーズン4だっけ。
新人   もう、シーズン7です。
警備員  そんなに。しぶといね、ジャックバウアー。
主任   だから、なんの話してんだ。
二人   24(トゥエンティ・フォー)。
主任   おまえたち今何時だと思ってんだ。
警備員  (時計を見て)どうしよう。また残業代が増えちゃう。
主任   口しか動かないお前に、残業代はない。
警備員  そんな。
新人   仕事はリアルタイムで進んでいる。
主任   当たり前だ。早く仕事しろ。

子供たちが駆けてくる。
先頭のまいの手には手紙がある。

まい   うるさいな。あっち行って。
ゆい   ねえ、見せて。
まい   ダメ。
れん   それラブレターだろう。見せろよ。
まい   いやだ。
主任   おお、あぶねーな。
子供たち ごめんなさーい。

作業員たち去る。

まい   だから、違うって言ってんでしょう。
れん   だったら、見せてくれたっていいだろう。

飛田(石の会)、携帯で電話しながらやってくる。

飛田   (携帯に)…いいから、あなたは動かないで。近くに何か見えるの?
れん・ゆい   見せて、見せて。
まい   やめてって。
飛田   (携帯に)…えっ、なに。…うるさくて聞こえない。
れん   おい、逃がすな。

子供たち、走り去る。

飛田   (携帯に)…JRタワー?そりゃ見えるでしょう。あんだけ高いんだから。もっと身近なもの。…電柱?身近過ぎるでしょう。いいから、あなたは動かないでって。

飛田(石の会)、携帯で話しながら去って行く。
入れ替わりに、サトミが戻ってくる。やはり、どこか家を探しているようで。
その後ろから、編集者、季節外れのスキーウエア姿でやってくる。
編集者、サトミを見つけて。

編集者  ごめんなさい。ちょっといいかしら。
サトミ  (振り返り、派手なスキーウエアに驚いて)うぁ…。
編集者  このファッショナブルなスキーウエアが、そんなに眩しい?
サトミ  …。(無視して歩き出す)
編集者  ちょっと待った。
サトミ  なんですか。
編集者  この辺りに、スープカレーの店ないかな。
サトミ  さあ。
編集者  札幌って、スープカレーの店ばかりだと思ってたんだけどね。…この辺の人。
サトミ  …いえ。
編集者  そう。どうも。探してみる。

編集者、去る。
本条(石の会)、戻ってくる。

本条  (携帯に)…だから、斜め通りをまっすぐ来て左ですよね。で、次を左にいって、また左にいったら、戻っちゃうでしょう。なんでって?東区は、時空が歪んでるんですか。普通そうなるでしょう。

本条(石の会)、話しながら去ってゆく。
サトミ、携帯を取り出し、電話する。

サトミ  (携帯に)…もしもーし。ねえ、そば屋って、どこ?…へへへ、それが、来ちゃったの。うん、近くだと思うんだけどさ。…。

サトミ、話しながら去る。
 ◇ ◇ ◇
妹が、そば屋の二階から携帯で話しながら降りてくる。
片方の手には、単行本「ガラスの仮面」を持っている。

妹    (携帯に)…はあ、近くって、どこにいるの。…そう、そうだよ。あってるよ。ねえ、何やってんの、っていうか、今、何時…6時、うっそ、やばいじゃん。ちょっとごめん。(姉に)おねーちゃん、おねーちゃん。
漫画家  …うーん。うーん。
妹    起きなよ。寝過ぎじゃない。
漫画家  うーん。
妹    知らないからね。(携帯に)ゴメン、それで…駆け落ち!あんたね、昨日恋に破れた女が何言ってんの。(一瞬携帯から耳を離し)うわ…もう泣かないでよ。別にそんなつもりで言ったわけじゃ…、もしもし、もしもし。(電話が切れてる)あああ、もう。どこにいるのよ。

妹、慌てて玄関から飛び出す。
玄関には、主任と警備員(チラシを持って)が立っている。

妹    うわあ。
主任   すいません。
妹    ごめんなさい。
主任   えーとですね。チラシでお知らせしていたと思うんですが。
妹    ごめんなさい。中にいますから。
主任   あ、はい。

妹、携帯をリダイアルしながら走り去る。

主任   すいませーん。…。ごめんくださーい。

漫画家、目を覚まし、携帯電話or時計を見る。
むくんだ顔に、ほぼパジャマといった格好で小上がりから下りてくる。

主任   どうも。
漫画家  …おはようございます。

主任、ちょっと漫画家から目をそらす。

主任   おやすみのところ、すいません。
漫画家  いやだ。ごめんなさい。

漫画家、二階に駆け上がる。

主任   あ、あの、すぐ済みますけど。

警備員、テーブルの上の原稿に目がとまる。
思わず、読んでしまう。
玄関に、お坊さんがやってくる。

お坊さん ごめんください。
主任   …あ。はい。
お坊さん おたずねしますが、こちらは長谷さんのお宅でしょうか。
主任   さあ…。
お坊さん どうも。失礼しました。

お坊さん、家を探しながら去る。
警備員、マンガを読みながら、目頭が熱くなる。
鼻をすする。
漫画家が着替えを済まして、二階から降りてくる。

漫画家  すいません。
主任   いえ、こちらこそ。
漫画家  なんでしょうか。
主任   チラシでお知らせしていたと思うのですが、これから電柱の工事を。
漫画家  あたし、最近越してきたもので。
主任   おい、チラシ。
警備員  あ、はい。(チラシを渡す)
主任   ご協力お願いします。
漫画家  こんな時間からですか。
警備員  すいません。ほかの現場の都合もありまして。
漫画家  大変ですね。
警備員  よろしくお願いします。失礼します。
漫画家  ご苦労さまです。

主任と警備員、去る。
 ◇ ◇ ◇
妹が戻ってくる。

妹    ああ、もう。何やってんだ、あいつは。やっと、起きたの。おはよう。
漫画家  おはよう。早かったわね。
妹    はあ。
漫画家  さっそくで、悪いけど。朝メシ、買ってきて。あたし、顔洗うわ。
妹    ねえ、おねーちゃん。

漫画家、厨房に入り、顔を洗う。

漫画家  (厨房から)お金、魔法の引き出しにあるから。うぁ、ひどい顔。一晩の徹夜で五つ年取った。

妹、カウンターの小物入れを開ける。

妹    ここからよくお小遣いもらったよね。おばさん元気なの。
漫画家  (厨房から)元気、元気。
妹    よく貸してくれたね、この家。
漫画家  母には内緒だからね。
妹    わかってるって。…なつかしぃー!アメ入ってるよ。ここから、なんでも出て来たよね。なんで、おばさん、そば屋やめちゃったのかな。おいしかったのに。
漫画家  (厨房から)あんたが好きだったのは、アメの方でしょう。早く買って来てよ。忙しいんだから。わかる?斜め通りに出たら、セイコマの看板見えるから。

子供たち、まいから手紙を奪い取り逃げてくる。

れん   よし。開けろ。
ゆい   いいの。
れん   読みたくないのかよ。

まい、駆けてくる。

まい   ちょっと、返しなさいよ。
れん・ゆい   やばい。
まい   返して。
れん   いたたたた。

れん、まいを振り切って。

れん   逃げろー!
まい   こらー!

子供たち、走り去る。
漫画家、顔を拭きながら厨房から出て来て。

漫画家  いいわね、ガキたちは。こんな朝っぱらから、元気で。ちょっと、朝メシ買って来てって。
妹    お姉ちゃん。もう夕方だよ。
漫画家  何言って…。(携帯を見る)ちょっと!何やってたのよ。
妹    上で、これ(マンガ)読んでた。
漫画家  おこしてって言ったじゃない。
妹    おこしたわよ。ぜんぜん起きないんだもん。
漫画家  こっちは徹夜してんのよ。こういう時は、水ぶっかけてもおこすもんでしょう。
妹    はいはい。(マンガを読み始める)
漫画家  (マンガを取り上げて)状況がわかってない。
妹    もうちょっとで、41巻終わるところだから。(マンガを再び読み始める)
漫画家  こういう時に、一番手を出してはいけないマンガでしょう。
妹    ねえ、結局、紅天女はどっちがやるの。
漫画家  知るか。岬さん来てないわよね。
妹    誰それ。
漫画家  担当の編集者。
妹    来るの。
漫画家  原稿取りにね。
妹    あたし、とりあえず、ご飯買ってくるね。
漫画家  メシ抜きよ。こっち来て。ここベタで塗りつぶして。いい、丁寧にやってよ。
妹    6時だよ。ご飯食べようよ。
漫画家  うるさい。手を動かす。やばい。…やばい、やばい。
 ◇ ◇ ◇
隣の長谷家から、一夫とさくらがやってくる。

さくら  お父さん、どこ?
一夫   えーと、ここにしようか。
さくら  いいの勝手につけて。
一夫   今日だけな。

電柱に看板「長谷家葬儀」をかける。

さくら  いっぱい来るといいね。
一夫   お店を開くわけじゃないんだから。
さくら  お坊さんは来るんでしょう。
一夫   そうだな。そろそろ来てもいい時間なんだけどな。

美知子が、やってくる。

美和子  パパ。祭壇の準備ができましたって。
一夫   そうか。
美和子  ねえ、大丈夫なの、あの葬儀屋さん。
一夫   お前が、あんなに値切るからだろう。
美和子  それにしたって。納棺も、なんだかてきとうで。
一夫   知らない土地で、葬式上げるんだ。少しくらい目をつむるしかないだろう。
さくら  …寒い。
一夫   そうだな。北海道は、まだ寒いな。

葬儀屋がやってくる。

葬儀屋  どうぞ。お線香を上げてください。
一夫   はい。
葬儀屋  ご主人。こちらパンフレットなんですけど。私どもニコニコ葬儀社の家族葬では、このようなオプションも取り揃えておりまして。
一夫   先に、家に入ってなさい。
さくら  一人じゃ、こわい。
美和子  戻りましょう。

さくらと美知子、去る。

葬儀屋  こちらなどいかがですか。棺桶を開けるとドライアイスがどっと吹き出てくるという演出でして。
一夫   ほんと身内だけですから。お経さえ上げてもらえれば、充分ですから。
葬儀屋  そうですか。もう少し派手にした方が、お父さんも喜ばれるのでは。

一夫と葬儀屋、去る。
 ◇ ◇ ◇
そば屋では、せっせと仕事をしている。

妹    あたしさ、読ませてもらったけど。いいの。
漫画家  何が。
妹    こんなんで。
漫画家  どこが。
妹    ねらいがワカンナイっていうか。少女マンガでしょう。恋愛ものでしょう。
漫画家  そうよ。
妹    あたしには、スポ根にしか思えないんですけど。
漫画家  あんたは、そんなこと考えなくて、いいのよ。
妹    無理なのよ、実体験もないのに、恋愛もの描こうなんて。
漫画家  あたしだって、恋の一つや二つ。
妹    それは、ハンカチ王子とハニカミ王子のこと。
漫画家  …。
妹    いーい。あの二人の王子は、おねーちゃんの前には決して現れないわよ。
漫画家  わかんないじゃない。
妹    お姉ちゃんさ、やっぱ彼氏作ったら。こんなんじゃお嫁に行けないよ。
漫画家  うるさいわね。手を動かす。

妹の携帯が鳴る。
サトミが道を歩いてくる。

妹    (携帯に)もしもし。どこにいるの。探したんだよ。
サトミ  (携帯に)その前に、さっきの親友への発言に関して、何か言うことはないの?
妹    (携帯に)あのさ…。
サトミ  (携帯に)謝んなさいよ。

漫画家、妹の携帯を取り上げ切る。

妹    ちょっと。
サトミ  …もしもし。ひどい!

サトミ、泣きながら走り去る。

漫画家  今は、面倒を持ち込まないで。
妹    家出したのよ。サトミ。
漫画家  また、あのトラブルメーカー。
妹    あたしの親友よ。
漫画家  幼なじみが、みんな親友とは限らない。
妹    ひどい。
漫画家  とにかく、仕事に集中して。

漫画家、携帯をテーブルに返す。
妹、携帯を手に取り、電話を掛ける。

漫画家  ちょっと。
妹    ほっとけないでしょう。
漫画家  あああ、もう。(机に戻る)
妹    …電源切りやがった。(電話を掛ける)もしもし、花子。そう。えっ、なに、みんなで探してるの。…だめ、彼氏のとこ行っても。
漫画家  うるさーい。
妹    (小声で)だから、コナン部長とは別れたの。…はあ、置き手紙。…あの子、駆け落ちの意味知らないのよ。だって、ふられたんだよ。
漫画家  お願い。何も浮かばない。
妹    それは、設定に無理があるからでしょう。
漫画家  なんですって。
妹    …違う、こっちの話。…うん。…うん。
漫画家  外の空気吸ってくる。
妹    いってらっしゃーい。

漫画家、外に出る。

妹    あのね、今こっちにいるのよ。違う。こっちって、親戚のおばさんちなんだけど。…。

漫画家、深呼吸。
と、道の向こうから、編集者が、やってくる。
漫画家、慌てて逃げる。

妹    (まだ電話中)…斜め通りわかる?地下鉄下りて…。そう、そう。

 ◇ ◇ ◇
編集者、玄関から入ってくる。

編集者  無駄足だったわ。
妹    …どーも。(携帯に)見つけたら、教えて。うん。お願い。(携帯切る)
編集者  スープカレー。
妹    はい?
編集者  この辺にない?
妹    お店ですか。
編集者  電車遅れて。食べそこなっちまった。
妹    ないですね。
編集者  くっそー。なんとかせねば。はるばる札幌まで来てスープカレーを食べずに帰れますかってね。先生は?
妹    先生?
編集者  たとえ、初めての連載でも。プロの漫画家だからね。先生ですよ。
妹    あ、今…トイレ、…お風呂、うーん。
編集者  妹さん。
妹    はい。
編集者  二階借りるわね。無理して、スキーウエアのまんま来るんじゃなかった。あつい。

編集者、荷物を手に二階へ。
漫画家が戻って来て、窓を叩く。
妹、それに気づき、窓を開ける。

妹    おねーちゃん。
漫画家  しぃー。いるの。
妹    いるわよ。どうするの。
漫画家  うまくごまかして。
妹    どうやって。

妹の電話が鳴る。

妹    (携帯を見て)お母さん。
漫画家  (内緒の合図)しぃー。
妹    (携帯に)もしもし…今…買い物。…そう、そう。…もうすぐ帰る。
漫画家  帰れるわけないでしょう。友だちの家に泊まりに行くって、言いなさい。
妹    えー、あたしそういうの嫌い。
漫画家  いいから。
妹    バレたら、あたしがおこられちゃう。
漫画家  早く。
妹    (携帯に)…あ、あのね。あたし、今日サトミの家に泊まるから。…ぅええええっ。…知らない。ホントだって。…どうしよう、バレちゃった。
漫画家  なんでよ。
妹    サトミのお母さん、うちに電話してきてたみたいで。
漫画家  どうして、家出娘の名前を出すのよ。ごまかして。
妹    もう、無理だよ。

編集者、階段を下りて来て。

編集者  ねえ、これ先生のトレーナー?
妹    はい?
漫画家  やばっ。
編集者  借りてもいいかな。
妹    いいと思いまーす。

隣の孫娘、座布団を借りに。

さくら  ごめんください。
漫画家  よろしく。
妹    ちょっと。

漫画家、静かに窓を閉める。

さくら  ごめんくださーい。
編集者  お客さんよ。
妹    はーい。(電話に)…もしもし。あのね。
さくら  すいません。隣の者ですけど。
妹    (電話に)…だから、今、取り込んでるの。
編集者  お隣さん?
さくら  座布団を貸してもらえませんか。
編集者  座布団…ああ、ご苦労さまです。ちょっと待ってね。
さくら  はい。

編集者、小上がりから座布団を運ぶ。

妹    …だって、おねーちゃんが帰してくんないんだもん。…あたしに、おこらないでよ。

サトミ、携帯を操作しながらやってくる。
妹に電話しているが、つながらない。

サトミ  どういうつもり、あたしの電話より、大切な電話があるっていうの。ゆるさない。待ってなさい。どこよ、そば屋は。

サトミ、漫画家と目が合う。

サトミ  姉、発見。
漫画家  うわっ、トラブルメーカー。

漫画家、逃げる。
サトミ、追いかける。
孫娘、座布団を受け取り。

さくら  お借りします。ありがとうございました。
編集者  どういたしまして。
妹    …うーん、どこって。…そう。そば屋のおばさんち。…(一瞬、電話から耳を離す)だから、あたしにおこらないでって。…貸してくれたみたいだよ。おばさん、昔っから、おねーちゃんのことかわいがってたじゃない。…もしもし、もしもし。(電話が切れてる)
編集者  ねえ、先生はどこ行ったの。
妹    あ、えーと、朝ご飯を買いに。
編集者  朝ご飯?
妹    いや、晩ご飯。
編集者  ふーん。原稿はできてるんでしょうね。
妹    それは、ねえ…。
 ◇ ◇ ◇
警備員が、人目を盗んでやってくる。

警備員  ごめんください。
妹    はーい、…さっきの。
警備員  こちらは、漫画家先生のお宅でしょうか。
妹    ええ。(編集者に振り返る)
編集者  何の用ですか。
警備員  ぶしつけなお願いで恐縮なのですが、サインを。
妹    サイン?
警備員  わかっております。あれ程の作品をお描きになる方が、こんなあばら屋で仕事をなさってるのは、訳があるのでしょう。決して口外はいたしません。
編集者  読んだの?
警備員  えっ。読んでません。
編集者  読んだのね?
警備員  読んでません。
編集者  まあ、いいわ。

編集者、サインをする。
主任が、警備員を探してやってくる。

主任   近藤ぉー。
警備員  はーい。ありがとうございました。

警備員、サインを手に玄関を出る。
お坊さんが、またやってくる。

妹    今のは、誰のサイン?
編集者  さあ。サインだったらなんだっていいのよ。あーいうのは。
主任   お前、現場ほっぽり出して何やってんだ。
警備員  ひひひ。
主任   なんだよ。それ。
お坊さん どうも。
主任   どうも。

飛田(石の会)、電話しながらやってくる。

飛田   (電話に)だから、あなたは動かないでって。ちょっと待て、お坊さんよ。(坊さんに)つかぬ事をお聞きしますが、長谷さんの葬儀に。
お坊さん そうです。それが道に迷ったようで。
飛田   よかった。(電話に)お坊さん見つけたわよ。こっちに来て。

本条(石の会)、電話しながらやってくる。

本条  (電話に)だから、こっちって、どっちですか。
飛田   (電話に)お坊さんが目印よ。
本条  あ、坊さんだ。
石の会二人   おおお。(二人駆け寄る)
お坊さん (電柱に看板を見つけて)あ、ありました。看板。

れんとゆいが駆けてくる。

れん・ゆい   逃げろー。

ゆい、転ぶ。手紙を落とす。
まいが追いかけてくる。

ゆい   いったい。
れん   なにやってんだよ。
まい   こら、まちなさい。
れん・ゆい   逃げろー。
まい   手紙を返せ。

子供たち、走り去る。
お坊さん、手紙を拾う。

お坊さん 手紙…。おい、待ちなさい。

お坊さん、子供たちを追いかける。

石の会二人   ちょっと、お坊さーん。

石の会、お坊さんを追いかけて、去る。
 ◇ ◇ ◇
孫娘、玄関を、ゆっくり開けて。

さくら  すいません。
妹    はーい。
編集者  あら、座布団足りなかった?
さくら  あの、湯のみをお借りできませんか。
妹    湯のみ?
編集者  他に、足りない物はないの?
さくら  たぶん。
編集者  遠慮なく言ってね。
妹    あの、どういうことですか。
編集者  お葬式でしょう。
妹    えっ。そうなの。
さくら  今日はお通夜です。
編集者  そう。ちょっと待ってね。
妹    すごい。よくわかりましたね。
編集者  あの服装で、座布団だ湯のみだって言ったら、不幸でしょう。
妹    でも、お隣って、普通の家ですよ。
編集者  北海道じゃ、普通の家では人は死なないの?
妹    いや、お葬式って、ほら、斎場とかでやるものじゃ。
編集者  そんなことより、湯のみはどこ。

編集者、厨房の中を物色する。

漫画家、窓の下に戻る。

漫画家  コンコン(窓を叩く)
妹    湯のみはどこかなあ。

妹、窓を開けて。

漫画家  どうなってる。
妹    湯のみ、どこ?
漫画家  はあ?
編集者  あったわ。さすが、そば屋だっただけあるわね。売るほどあるわよ。

編集者、お盆にのせて湯のみを持ってくる。

さくら  ありがとうございます。
漫画家  ちょっと出て来て。
妹    無理だよ。
漫画家  いいから。
編集者  持てる?
さくら  うん…。
妹    手伝いましょうか。

妹、お盆を受け取り、外へ出る。

編集者  大丈夫。あたしも、行こうか?
妹    大丈夫ですー。

妹、玄関を閉める。

さくら  ありがとうございます。
漫画家  こっち、こっち。
妹    ちょっと待って。お隣に行ってくるから。
漫画家  となり?
妹    さあ、行きましょう。
さくら  だれ?
妹    バカねーちゃん。
漫画家  ちょっと、あんた何やってんのよ。

編集者は、椅子に腰掛け、テーブルの原稿を読み始める。
 ◇ ◇ ◇
サトミ、道の反対側からやってくる。

サトミ  見つけた!
漫画家  やばい!
サトミ  薄情者の妹を差し出しなさい。
漫画家  よくお聞き。今日は、あんたに関わりたくないの。

花子が、駆けてくる。
手には、トランシーバー。

花子   いたー!
サトミ  やばい!かくまって。
漫画家  いやよ。
花子   (トランシーバーに)家出少女、発見。応援、よろしく。
漫画家  ほら、お迎えが来たわよ。
サトミ  ひどい、見殺しにする気ね。
花子   サトミ、帰るわよ。
サトミ  帰らない。あたしは駆け落ちするの。
花子   聞きなさい。駆け落ちって言うのは、二人でするものなのよ。
サトミ  うそ。
花子   あなたのは、ただの傷心一人旅。しかも札幌市内。それは、とっても恥ずかしいことなの。
サトミ  うわああああ。
漫画家  もう、よそでやってよ。

ナツコ、カレン、ハズキ、駆けてくる。

三人   サトミぃー。
サトミ  みんな。
漫画家  よかったね。それではみなさん、うるわしい友情をお土産に帰りましょう。
サトミ  みんな、あたしの気持ちなんかわかってないのよ!

サトミ、駆け出す。

花子   つかまえて!
サトミ  はなして。はなして。

女子高生たちは、だんご状態。
そこに妹が戻ってくる。

妹    おねーちゃん、いいかげん戻ってくんない…うわあ。最悪。
漫画家  あんた、なんとかしなさい。もう戻ってこなくていいから。

漫画家、玄関をすばやく開けて店に入る。

妹    ずるい。
漫画家  あんたたちにかまってる暇はないの!
サトミ  いたわね、この薄情者。
妹    開けて。

漫画家、戸を押さえている。

編集者  ずいぶん遅かったですね。先生。
漫画家  あ、どーも。

妹、戸を開けて入る。
サトミ、女子高生たちもなだれ込む。

漫画家  ちょっと、やめてよ。
妹    サトミ、落ち着いて。
サトミ  あたしは、ぜったい駆け落ちするんだから。

サトミ、二階に駆け上がる。

漫画家  ちょっと土足。

妹、仲間も駆け上がる。

編集者  先生。
漫画家  あ、はい。
編集者  なんだか、取り込んでいるようですけど、ちょっといいかしら。

編集者と漫画家、テーブルに座る。
 ◇ ◇ ◇
伯母がスーパーの買い物袋を提げてやってくる。
電柱の長谷家葬儀の看板を見つめる。
お坊さん、手紙を手に戻ってくる。

お坊さん おーい。どこ行った、あの子たちは。

お坊さん、伯母を見つけて。

お坊さん ちょっとおたずねしますが、子供を見かけませんでしたか。
伯母   子供?
お坊さん 男の子が一人と女の子が…。
ゆい   (声だけ)いたよー。こっち。
お坊さん そうそう、あのくらいの…。

子供たちが駆けてくる。

子供たち 待てー。手紙どろぼう!。
お坊さん なんだ、なんだ。
伯母   ちょっと。

お坊さん、逃げる。
子供たち追いかける。
伯母も追いかける。

漫画家  泥棒?(席を立つ)
編集者  座って。
漫画家  はい。

妹たち下りてくる。

妹    ねえ、二階の部屋のカギない?
漫画家  ないわよ。
妹    閉じこもっちゃったの。どうしよう。
ハズキ  あたしたちを誰だと思ってるの。
妹    学校のあぶれものの集まりミステリー研究会。
カレン  カギ穴の一つや二つ。
妹    開けられるの。
花子   ぶち破るのよ。
女子高生たち よし。
漫画家  何言ってんの!
妹    ダメ!
編集者  先生。
漫画家  はい。

伯母が勝手口からやってくる。

伯母   直ちゃん、いる?
漫画家  おばさん。
伯母   陣中見舞いよ。お腹へってるでしょう。
妹    うれしい。
伯母   あら、郁美ちゃん。元気だった。
妹    うん。
伯母   あら、他にも、たくさんいるわね。お店でも、始めたの。
妹    聞いて、大変なの。
伯母   わかった。直美ちゃんのファンクラブ。
漫画家  だったらいいんですけど。
伯母   あたしも今のうちにサインもらっとこうかしら。
漫画家  やだ、おばさん。まだそんなんじゃないですよ。
編集者  青山、座る。
妹    先生って、言わなくなった。
伯母   ファンクラブのみなさんにも、ごちそうしますね。
妹    おばさんのお蕎麦、とってもおいしいのよ。
花子   会員番号1番、花子です。
ナツコ  2番ナツコです。
カレン  3番カレンです。
ハズキ  4番ハズキです。
伯母   さあ、そちらに座って。

女子高生たち、小上がりに座る。
座卓の上の原稿を見る。

漫画家  あ、ちょっと、それに触らないでよ。
編集者  先週、ここでみっちり打合せしましたよね。
漫画家  はい。
編集者  あなたを信じてスキーに行った私が馬鹿だったのかしら。
漫画家  あ、どうでしたか、ニセコは。この季節に滑れるのは北海道だけですよ。
編集者  すっかり溶けてました。
漫画家  それは、残念。
ナツコ  ねえ、あの二人は何を話してるの。
妹    うーん。難しい問題だわ。
カレン  地球温暖化?
編集者  これじゃ、スポ根マンガでしょうって。
妹    やっぱり、そう思いますよね。
漫画家  あんたは黙ってなさい。それより、そいつらをなんとかしてよ。
女子高生たち そいつら…。
編集者  ストーリーも、キャラクターも、指示しましたよね。
漫画家  ええ。
編集者  場所は札幌、2人は幼なじみ。
漫画家  でも。
編集者  この、縦縞の服はなんですか?
漫画家  どこですか。
編集者  胸に虎の顔がありますね。
漫画家  そんなのありましたっけ?
女子高生たち (原稿を見ながら)あるあるあるある。
編集者  私には、タイガースのユニホームにしか見えないんですけど。
花子   この後ろに見えてるのは、通天閣?
漫画家  だから、大の阪神ファンだった二人が、別々の進路を選び、離ればなれになるんです。男は、一旗揚げようと東京へゆき、やがてジャイアンツファンに。少女は、札幌の大学へ進学、やがてファイターズファンに。死ぬまでタイガースファンだと誓った二人が、遠距離恋愛のすれ違いに、悩み、苦しみ、そして魔が差して違うチームを応援してしまうんです。やってきた日本シリーズ、札幌ドームで偶然巡り会う二人、変わってしまったユニホーム。あの頃の二人には、もう戻れない。そして、二つのチームの間を揺れ動く二岡。再び現れる山本モナ。
編集者  ふざけてるの。
漫画家  うそです。モナは登場しません。でも、今年の二岡は、キーマンかと。
編集者  描き直しぃ!
漫画家  いや、だって、そんな、締め切りが。
編集者  初の連載が、初回で打ち切られてもいいの。
漫画家  描きます。

漫画家、テーブルにかじりつき、マンガを描き始める。

伯母   やっぱり、プロの世界は厳しいねえ。
 ◇ ◇ ◇
作業員たちやってくる。
舞台上手で作業を開始。

主任   よし。ここで、最後だぞ。
新人   そのサイン、どうしたんですか。
警備員  そこに有名な漫画家が住んでてね。
新人   なんて読むんですか。
警備員  わからん。でも、泣けるいい話なんだ。
主任   だから、おまえたち、仕事をしろよ。

新人は、電柱にハシゴをかけ、上ってゆく。
警備員、道路を通行止めにする。
お坊さんから手紙を奪ったれんとゆいが、駆けてくる。
舞台下手の街灯の下で。

れん   ねーちゃんは?
ゆい   まいた。
れん   よし。坊さんは?
ゆい   チーン。
二人   (手を合わせて)なんまいだー。
れん   よし、読むぞ。
ゆい   早く開けて。

れん、手紙を開ける。
石の会の二人がやってくる。

飛田   もう、お坊さんどこ行ったの。
本条  (携帯に)…駐車場ですか。ねえ、この辺に駐車場あった?
飛田   見なかったわよ。
本条  (携帯に)…事務局長。近くにはないですよ。

舞台上手、電柱の作業員たちは。

主任   間違えるなよ。
新人   赤いケーブルですよね。
主任   そうだ。
警備員  爆弾処理で、こういう場面よくあるよね。
新人   ありますね。
主任   爆弾落とされたくなかったら、早く仕事を片付けろ。
警備員  犯人は赤いケーブルだと言うんだけど。
新人   刑事は自分の勘を信じて青いケーブルを切るんです。
主任   いいから、やれよ。
新人   警部、犯人は、ほんとに赤と言っているんですか。
主任   おまえ、このまま電柱ごと倒すぞ。
新人   冗談ですよ。
本条   (携帯に)…そば屋の隣って、だから、そのそば屋がないんですって。…えっ、どこですか?

お坊さんが息を切らしてやってくる。

警備員  通行止めです。
お坊さん 困りました。私は、お経を上げに。ほら、あそこに看板が。
警備員  通行止めです。

警備員、お坊さんを追い払う。
まいが、駆けてくる。

まい   お坊さん。手紙は。
お坊さん それが、取られてしまって。
まい   くっそー。
れん   (手紙を広げて)まいちゃんへ。
ゆい   まいちゃんだって。
れん・ゆい   ひゅー、ひゅー。
まい   いた。返せー。
警備員  こら、通行止めだ。

まい、通行止めをくぐり抜ける。

お坊さん 私も、先を急ぐので。
警備員  だめだ。
飛田   お坊さん、いたわよ。
本条  (携帯に)目印って言われても、近くにお坊さんがいるんですけど。そうそう。手を振ってって…、あ、あの車ですか?こっちです。

石の会、お坊さんの方へ歩き出す。

新人   はい、じゃあ、切りまーす。
警備員  危ないですって。

警備員とお坊さん、もみ合いながら作業中の電柱の方へ。
そして、停電。
 ◇ ◇ ◇

街灯も消え、街中が停電。

女子高生たち いやー!
漫画家  なに!
新人   うそ、なんで。くそ…罠だったか。
主任   さかもとぉー!

車が衝突。ガッシャーン。

新人   あーあーああああああ。

新人、電柱から落ちる。

妹    おねーちゃん。停電。
漫画家  わかってるわよ。おばさん、懐中電灯。
伯母   はい、はい、ちょっと待って。

伯母、厨房の中を手探りで探す。
まい、手紙を取り戻して、逃げる。

れん   どこ行った。
ゆい   わかんない。
れん   探せ。
ゆい   こわいよ。

れんとゆい、追いかける。

主任   ライト!ライトを出せ。

警備員、ライトを取り出し、明かりをつける。

主任   よし。

警備員、そば屋へ走る。

主任   おい、どこ行く。

警備員、玄関から走り込んで。

警備員  失礼します。工事の者ですが。
漫画家  なに。今、忙しいの。
警備員  こちら、停電になってませんか。
漫画家  見りゃ、わかるでしょう。
警備員  やはり。
漫画家  えっ。なに。あんたの工事のせいなの。
警備員  ちょっと手違いが。
漫画家  なんとかして。仕事になんないわよ。
警備員  締め切りですか。
漫画家  そうよ。…ん、なんで知ってるの。
編集者  だれ。
警備員  どうも。
編集者  また、あんた。
警備員  あの、先生のお名前を聞いてもよろしいでしょうか。
編集者  まだ駆け出しで、先生と呼ばれるほどのものでは。
警備員  いや、あなたはいずれ有名になる。
漫画家  あ、ありがとう。
警備員  感動しました。

警備員、編集者の手を握る。

主任   近藤ぉー。
警備員  とにかく至急、復旧いたします。たとえ世界が闇に包まれても、この家だけは、灯りを絶やしてはなりません。
編集者  いいから、早くなんとかしてちょうだい。
警備員  はい。失礼します。
漫画家  今のは。
編集者  気にしない気にしない。

伯母、厨房の奥からロウソクをつけてやってくる。

伯母   ロウソクがあったわよ。

気づけば、サトミが階段まで下りて来ている。
なぜかスキーウエアを着ている。
その姿が、ロウソクの炎に照らされて。

みんな  キャー!
花子   サトミ!
編集者  あたしのウエア。なに勝手に着てるのよ。
サトミ  みんな、かまってくれないから!
妹    理由になってないわよ。
カレン  帰るわよ。
サトミ  いやだー。

サトミ駆け出し、玄関から逃げる。
妹、女子高生たちも追いかける。

女子高生たち サトミ!待ちなさいよ。
漫画家  郁美ぃ。あんたは、行っちゃダメ。もう、無理。ねえ、岬さん。締め切りのびないですか。
編集者  初の連載で、いきなり原稿落とすつもり。さあ、描いて。
漫画家  このローソクで。無理ですよ。
編集者  でなきゃ、あんたを使った私の首が飛ぶのよ。
漫画家  描きます。

伯母、ロウソクを机に近づける。
 ◇ ◇ ◇
石の会、灯りのない道を長谷家目指して移動。

石田   隣に、そば屋があったはずなんです。
本条   だから、ないんですって。
石田   こっちですね。

漫画家、筆をすすめ、原稿を渡す。

編集者  どうして、動かないの。この最後のページ、突っ立ったまんまでしょう。前のページまで、あんなにビシバシ動いていたじゃない。なんで、肝心のツーショットになったら、棒立ちなの。
漫画家  でも、このあと、しっかり抱き合って。
伯母   これは、四つ相撲かい?
編集者  いいのよ、ここまで力こぶを描き込まなくても。
漫画家  主人公の思いの強さが、この上腕二頭筋に現れていて。
編集者  いらないわよ。描き直し。

長谷家一家が、やってくる。

美和子  ごめんください。隣の者ですが。
漫画家  もう、なんですか。
美和子  ちょっと、この辺で休ませて頂けると。
漫画家  意味が分からないんですけど。
美和子  娘が、怖がってしまって。
編集者  あんたは、仕事して。

漫画家、テーブル席から小上がりに移動。

編集者  あの、今、立て込んでまして。
美和子  すいません。何せ、死体…青ざめた顔の人が何も言わず横たわっているわけじゃないですか。
さくら  いやだ、こわい。
編集者  言い直した方が、恐くなってますよ。
一夫   しかも、ロウソクが1本ゆらゆら。
編集者  もっとつければいいじゃないですか。お通夜ですよね。ロウソクたくさんあるでしょう。
一夫   ほら、お前が、ケチるから。
美和子  だって、火を絶やしちゃいけないでしょう。すぐなくなっちゃうじゃない。
一夫   それは、お線香じゃないのか。
美和子  火がなくちゃ、お線香もつけられないでしょう。
一夫   ライターがあるだろう。
美和子  ばちあたるわよ。
一夫   そうか。でも、マッチもあるぞ。
編集者  あの、家に帰ってやってもらえますか。

主任、駆けこんできて。

主任   どなたか、男性の方はいらっしゃいませんか。
一夫   …はい。
主任   手を貸してもらえませんか。ちょっとした事故がありまして。お坊さんが電柱と車の間にはさまれまして。
一夫   それ。きっと、うちのお坊さんです。
主任   そうですか。さっきから、この辺りをうろうろうろうろしてたんです。
一夫   大丈夫なんですか。
主任   幸い車はひらりとかわしたのですが、身につけていた袈裟がはさまれまして。

電柱では。

警備員  ああ、もうこの袈裟切っちゃいましょう。
お坊さん ダメです。
警備員  じゃ、どうするんです。

一夫   袈裟。
主任   ええ。(クス)
一夫   今、笑いました?
主任   いいえ。
さくら  笑った。
美和子  車を動かせばいいじゃないですか。
主任   それが、やたら重い車でして。中に巨大な石を積んでおりまして。
一夫   巨大な石?また、どうして。
漫画家  あああ。
編集者  ほんと、外でやってもらえますか。

編集者、追い出す。

主任   どうにも動かないんです。
一夫   とにかくいきましょう。

主任について長谷も走っていく。
 ◇ ◇ ◇
そば屋だけと街灯だけ、灯りがともる

漫画家  あっ。
さくら  ついた。
編集者  よかった。

電柱では。
新人が、はしごを下りてきて。

新人   どうですか。
警備員  ちょっと待って。
主任   おい、近藤ー。どこ行く。

警備員が、駆けてくる。

警備員  いかがですか!
編集者  つきました。
警備員  よかった。この家だけ、配線を直結しましたので、ご安心を。
編集者  ほかの家は。
警備員  復旧の目処は立っていません。いいんです。今晩くらい、少し静かに過ごせばいいんです。先生も仕事に集中できるでしょう。
さくら  ずるい。
美和子  どうして、ここだけ。
警備員  なんだ、君たちは。
編集者  あなた、ここの警備してもらえません?
警備員  先生の仕事の邪魔しちゃだめだぞ。
さくら  ズルい。
警備員  ズルくない。
さくら  ズルい。
美和子  ちょっと、失礼します。

美知子、さくらを連れてお隣に走る。
妹と花子、戻ってくる。

妹    結局さ、あの子は、かまってほしいだけなのよ。もう、ほっとこうよ。
花子   あたしたちは、ミステリー研究会の仲間として、そうはいかないわ。
妹    あれ。灯りついてる。
警備員  ちょっと、待った。
編集者  あ、妹は通してあげて。
妹    妹。
警備員  通ってよし。
花子   ご苦労。(敬礼する)
警備員  はっ。(敬礼)

花子、すんなり通って、テーブル席に座る。

妹    あの人なにやってるの。
編集者  役に立たないわね。
漫画家  ちょっと、手伝って。
編集者  お願い。
妹    はーい。
花子   (トランシーバーに)こちら、花子。状況を報告せよ。

電柱では。
一夫、作業員たち、女子高生たちが車を動かそうとしている。

主任   せーの。
みんな  よいしょ。よいしょ。
ハズキ  (トランシーバーに)今、お坊さんを救出してるところです。
新人   ダメだ。やはり、切っちゃいましょう。
お坊さん バチが当たるぞ。
みんな  よいしょ。よいしょ。
主任   坂本。切れ。
新人   警部、赤ですか、青ですか。
主任   お前、まだ懲りてないのか。
花子   (トランシーバーに)ねえ、なにやってんの。
ハズキ  (トランシーバーに)非常に難しい状況で。
カレン  あたし、もうダメ。
ナツコ  なんでこんなに重いのよ。
ハズキ  それより、乗ってた人たちは、どこ行ったのよ。
ナツコ  あの黒装束のあやしい人たちね。
ハズキ  ただの喪服でしょう。
一夫   喪服…。もしかして。

一夫、そば屋へ走る。
 ◇ ◇ ◇
妻が、線香立てを持ってやってくる。
さくらは、おリンを持っている。

警備員  ちょっと、何持ってきてるんですか。
美和子  お線香を絶やすわけには、いきませんでしょう。

一夫、戻ってきて。

一夫   どうなってる。
美和子  それは、もうこころよく。
一夫   困った時は、お隣さんだな。
編集者  そこ、がんばって。
警備員  下がって、下がって。

石の会のメンバーがやってくる。

本条   ごめんください。
編集者  今度は誰。
本条   あの、張り紙を見たんですけど。
美和子  どうぞ。御用の方は、お隣へと張り紙してきたんです。
一夫   それはいい。
編集者  よくない。
飛田   よかった。(外の会員に声をかける)やっぱり、こちらです。
警備員  どうしましょう。
編集者  がんばれ。
川瀬   ごめんください。
飛田   こちら、長谷会長の。
一夫   ああ、息子です。
川瀬   この度は、御愁傷様でした。
一夫   ご丁寧に、どうも。
美和子  奥へどうぞ、散らかってますけど。

石の会、ゾロゾロと店の中に。
花子は、小上がりに移動。

花子   ここ借りるわよ。
漫画家  お願い、集中させて!
編集者  これ以上、小上がりには誰も近づけないで。
警備員  はい。
勝美   失礼ですが、息子さんですか。
一夫   はい。
勝美   札幌石会の副会長をしております。勝実と申します。
編集者  札幌医師会!
勝美   ええ。長谷会長には生前、本当にお世話になりまして。
美和子  せまいところですけど、お座りになってください。
編集者  ちょっと、ちょっと。
一夫   なんですか。
編集者  冗談じゃないわよ。医師会の会長だって。
一夫   私も、よく知らないんですけど。
編集者  わんさか人がやってくるじゃない。どっかお寺でも斎場でも借りなさいよ。

葬儀屋は、焼香台を持って来る。

葬儀屋  失礼します。いやー、助かりました。
美和子  さあ、こちらです。
葬儀屋  ここ、祭壇にピッタリじゃないですか。

葬儀屋、焼香台をカウンターにおいて。

美和子  あら、ほんと。
葬儀屋  ご焼香をどうぞ。
編集者  そこ、止めて!ファイト!

葬儀屋、おリンを鳴らして、拝む。チーン。

警備員  ちょっと何してるんですか。
葬儀屋  非常事態ですので、今晩はこちらでお通夜を。
編集者  困ります。
警備員  困るんです。
葬儀屋  ご心配なく。仏さんは、こちらで運びますので。
編集者  ダメー!ぜったいダメー!

美知子、おリンを鳴らして、拝む。チーン。
伯母、厨房から出てきて。

伯母   いい加減にしてください。どうしてあの人の通夜をここで上げなくちゃならないんですか。
葬儀屋  ここはお隣さんのよしみでなんとか。
伯母   お断りします。
葬儀屋  そこをなんとか。
伯母   やっつけでお葬式を上げて、亡くなった方は、どう思うのかしら。
葬儀屋  はあ。
伯母   何かとお困りでしょうから、お客さんに、ここで休んでもらうのはかまいません。しかし、お通夜はお断りします。
一夫   すいません。
伯母   さあ、お座りください。ロウソク出しますね。
美和子  ありがとうございます。

石の会、カウンター席に座る。
 ◇ ◇ ◇
新人がやってくる。

新人   失礼します。いた。
警備員  こっち、こっち。
一夫   お坊さんは。
新人   袈裟を取替えに戻りました。
さくら  お父さん、まだかかるの。
一夫   しばらくかかりそうだ。
編集者  ねえ、これ読んでくれない?
さくら  はい?
漫画家  ちょっと、まだ出来てないのに。
編集者  いいの。モニターになってもらうの。
花子   拝見。
警備員  まあ、休んで。
一夫   休んでる場合ですか。
新人   手の施しようが。
一夫   いつまでかかるんですか。
新人   すでに、応援を呼びましたので。今は待つことしか。
警備員  いよいよFBIのお出ましだ。

小上がりには、漫画家、妹、花子、さくら、警備員、新人。

葬儀屋  ご主人、ちょっと。こちらの方々は。
一夫   それが、ご焼香にいらっしゃったみたいで。
葬儀屋  だから、言ったでしょう。どんな方がいらっしゃるかわかりませんから、あまりケチらない方がよろしいですよと。
一夫   すいません。
荒俣   あの、会員総出でお手伝いさせて頂きますので、なんでも言ってください。
葬儀屋  会員?
荒俣   はい。会長には、ほんとにお世話になりましたので。
葬儀屋  ちょっと、息子さん。
一夫   はい。
葬儀屋  会長って。
一夫   えーと。札幌医師会とかなんとか。
葬儀屋  そういうことは、教えて頂かないと。
一夫   私も、さっき知ったところで。
葬儀屋  身内だけでなんて言ってる場合ではないです。さっそく手配します。
一夫   でも、そんなお金は。
葬儀屋  医師会ですよ。みんな、香典だって、このくらいは。(手でかくしながら、指を折ってみせる)
一夫   そんなにですか!
本条   あの、いしかいと言いましても、正確には、札幌石の会でして。
編集者  医師の会。
飛田   アクセントが。石の会。ストーン。
編集者  …石の会。
飛田   そうです。会と言いましても、これで全会員なんですが。
勝美   サークルみたいなもんです。
花子   ストーンサークルですか。
勝美   うまい!
編集者  まぎらわしいんですよ!
花子   (トランシーバーに)こちら、花子。そば屋へ集合。ストーンサークルの情報をつかんだ。家出少女は、ほっとけ。
一夫   おかしいと思ったんですよ。父は教師をやってましたから。
編集者  気づけよ。
一夫   それが、変わり者でして。ふらっと、医者にでもなったのかと。
編集者  普通、ふらっと医者にはなれないでしょう。
一夫   そうですね。
荒俣   それで、息子さんに、ご相談なのですが。
一夫   はい。
荒俣   思い出の品を棺に入れて頂ければと。
一夫   かまいませんけど。実は、父とはずいぶんと会ってなかったんです。勘当されたようなもので。いざこんなことになっても、写真一つ探せなくて。
荒俣   そうでしたか。
一夫   みなさんの方が、父のことをよく知っていらっしゃると思いますから。
荒俣   といっても、これなんですけど。

石を取り出す。

一夫   ああ、やっぱり石ですか。
荒俣   会長が引退なさる時に、私たちにわけてくださったんです。
葬儀屋  素人には、ただの石にしか見えませんけど、貴重なものなんですか。
本条   ええ。これは会長がJRタワーの工事現場から採取した石でして。
葬儀屋  はあ。
川瀬   私のは、東豊線の工事の時のものなんですが。これが、東区役所前駅のでして。
飛田   これが、元町駅のでして。
一夫   あの、こんなにですか。

石の会、取り出した石を、線香の前に供える。
伯母が、ロウソクを持ってくる。

石田   私のはジャスコの工事現場のものでして。それが重くて。みなさんで車から運んでもらえませんか。
一夫   どれだけですか。
石田   そうですね。(両手を広げてみせる)
一夫   そんなの、入れられませんよ。
石田   墓石にしてもらっても結構です。
一夫   そんなに大きいんですか。
石田  あんまり重くて、そこでついにパンクしちゃいました。

石の会、おリンを鳴らして、拝む。チーン

一夫   おもての、あれですか。

主任、作業中の電柱に現れて。

主任   あれ、あいつら、どこ行った?坂本ぉー。近藤ぉー。
新人   よんでる?
警備員  よんでない。

主任、名前を呼びつつ、去る。
 ◇ ◇ ◇
さくら  ねえ、この続きは。
漫画家  ああ、これ。
さくら  ふーん。
漫画家  マンガ好き。
さくら  そうね。
漫画家  どう。
さくら  最後の別れの場面が、なんか、つまんない。
花子   どれ。
漫画家  そう。子供には、わかんないかな、この情緒。
花子   なんで、こんなしんみりしてるの。
編集者  ここ時計台のはずでしょう。この重厚な建物は、なに?
妹    私にも。
新人   あ、お寺。
漫画家  この線香くさいのがダメなのよ。
編集者  あんた、行き当たりばったりで描いてない。描き直し!
妹    ええ、またー。
漫画家  あたし、もうわかんない。
警備員  ここはあきらめて、アシスタントの君じゃなくて、先生に描いてもらった方がいいんじゃないかな。
漫画家  はあ。あたしの作品よ。
警備員  だって、先生は。(編集者を指さす)
漫画家  担当の編集者。
警備員  おっと、ここでどんでん返しか。

主任、戻ってきて。

主任   どこで、油うってんだ、あいつら。

ハズキ、そば屋に帰ってくる。

主任   すいません。この辺で、作業服の男と警備員を見ませんでしたか。
ハズキ  (トランシーバーに)こちら、ハズキ。誰か、作業服の男と警備員を見かけた?
花子   (トランシーバーに)ここにいるわよ。
新人   やはり内通者がいたか。
警備員  信じられるのは、自分だけだ。
漫画家  うるさーい。
新人・警備員  行こう。
伯母   あんたたち、上で仕事をしてきたら。
編集者  そうしましょう。
漫画家  ああ、もう。行くよ。

漫画家、妹、、編集者、二階へ上がる。

新人   ここに、裏口はありますか。
伯母   そこから出られるわよ。
警備員  助かります。

新人と警備員、厨房の奥へ。
ハズキ、主任を連れて、そば屋に入る。

主任   あの、こちらに。

店に入る全員、厨房を指さす。

主任   ありがとう。

主任、厨房の奥へ走る。
 ◇ ◇ ◇

ミステリ研究会、集合する。

ナツコ  どこ、ストーンサークルは。
伯母   なかなか人数が減らないわね。
花子   そちらがご存じよ。(石の会を指さす)
本条   そんな泡喰って聞き来る話じゃないですよ。
女子高生たち 教えてください。
飛田   一口に石といってもいろいろあるわけです。
ハズキ  パワーストーンのことですね。
一夫   墓石とか、漬物石とか。
川瀬   それは用途です。黒曜石とか、玄武岩とか。聞いたことありませんか。
女子高生たち はあ。
本条   ちなみに漬物石には、花崗岩がいいです。重いんですね。
ハズキ  そうですか。
本条   花崗岩は、密度が高く、重く美しい。一般の岩石に比べて鉄分も多く、これが漬け物をおいしくしてくれます。ちなみに、石材として、お墓、神社、仏閣などに利用されるときは御影石と呼ばれたりします。
ハズキ  なるほど。
飛田   我々は、どの石がどの地点でどの地層から採取されたのか正確に記録するわけです。
ハズキ  何のために。
飛田   その土地の軌跡が読み取れるわけです。この辺りも、マンションだ、スーパーだと工事があれば、会長は、よく出掛けていきました。掘り返しますから。
ハズキ  なるほど。
荒俣   石はどうやって運ばれてくるかわかりますか。
ハズキ  業者。
カレン  土方。
ナツコ  人足。
一夫   川ですか。
荒俣   そうです。札幌という町は、それこそ無数といっていいほどの川が流れていました。今の豊平川は一本の川になっていますが、昔は、札幌一帯が扇状地だったわけです。
一夫   それで、石を調べれば、その川が流れていた跡がわかると。
荒俣   そういうことです。
女子高生たち なるほど。
飛田   わかって頂けましたか。
女子高生たち それで、そのどこが楽しいんですか。
飛田   やっぱり。
石田   ちなみにこれが、会長が作った地図なんですが。

テーブルの上に、地図を広げる。

女子高生たち おう。
石田   棺に入れて頂こうと思いまして。
飛田   燃えちゃうじゃない。
石田   それは困るわ。
美和子  何しに持ってきたんですか。

みんなで、地図をかこむ。

石田   この地図も、今はだいぶ変わってしまったようですが。
勝美   まだJRタワーがないですね。
葬儀屋  ここ、今はホーマックですね。
飛田   ここにゼビオがあって。
荒俣   ここジェームス。
本条   ここがユニクロですね。
川瀬   ユニクロは、もうないですよ。アリオが出来て。
みんな  アリオがない!

伯母、湯のみを線香の前に置く。

一夫   すいません。…これ。
さくら  くさい。
一夫   今日は、酒はやめておきます。
伯母   あんたじゃないよ。お父さんに。
一夫   それは、どうも。でも、親父は下戸でして。
伯母   これだけは、飲んでたわ。いつも、一杯だけ。
一夫   父がお世話に…。
伯母   いつ帰っていらっしゃったの。
一夫   あ、一週間ほど前に。
伯母   話はできたんですか。
一夫   あ、病院に運ばれて。
伯母   話はできたんですか。
一夫   いや、あの。
伯母   意地を張るのもいいけど、残された者の方が寂しい思いをするんですよ。
 ◇ ◇ ◇
母がやってくる。

母    姉さん、どういうこと。
伯母   ちょうどいいところに来たわ。お茶出すの手伝って。
母    また店始めたの。
伯母   いいから、手伝って。
母    直美は。
伯母   今、ちょっと出てるわ。
母    姉さん、どういうつもりなの。直美にこんな店かして。
伯母   こんな店で悪かったわね。
母    まだ二十歳なのよ。
伯母   もう二十歳でしょう。私も二十歳の時には、働いてたわ。
母    まともに働くならいいわよ。漫画家なんて、食べていけるわけないじゃない。
伯母   なんとかっていう賞もらったんでしょう。大したものじゃない。
母    そうやって、おだてるから、その気になるのよ。大学まで勝手にやめて。
伯母   やりたいこと見つかったんだから、いいじゃない。
母    ここで間違ったら、あの子の人生取り返しがつかないでしょう。
伯母   いくら女手一つで育てたからって、自分の人生みたいにいわないの。
母    姉さんは、子供育てたことないからそんなこと言うのよ。
伯母   あら一生独り者でゴメンなさいね。
母    そういう意味じゃないけど。
伯母   あんた、死んだ母さんとそっくりになって来たわね。ちょっと来て。

伯母と母、厨房へ。
編集者が下りてくる。

さくら  お父さん。札幌って、たくさん川が流れていたんだね。
飛田   そうなのよ。
一夫   そういえば、子供の頃、たしか小学校の近くに川があったと…。
本条   埋め立てられました。
飛田   おじいちゃんの家は、この辺りよ。
本条   いや、ここでしょう。
飛田   どうして。斜め通りを左に入って、左に行って、左に行くんだから…戻るわね。
編集者  いつの間にか、盛り上がってますね。
一夫   これは、なんですか。道路でもないようですし。
勝美   大友堀ですね。
一夫   はあ。
女子高生たち 大友亀太郎!
一夫   誰だっけ、それ。
花子   小学校で、習いました。今の創成川もそうですよね。
勝美   若い人の方が、わかってる。
花子   へえ。区役所の真下を通ってる。
カレン  ホーマックを通って。
葬儀屋  ここ、お寺さんです。
カレン  こんなところを流れていたんだ。
葬儀屋  そういえば、お坊さんまだかしら。
美和子  見てきてください。
葬儀屋  そうですね。

葬儀屋、去る。
母、厨房から出てきて。

本条   会長は口ぐせのように言ってました。石を見ているだけで川の音が聞こえてくると。
編集者  ロマンチストだったんですね。
本条   こうも言ってました。この街は、川と一緒に自分の足までも埋めてしまったようだと。川を埋め立て、道を造り、車を走らせる。そのくせどこへ向かうべきかわからず、カカシのように足を埋め立ちすくんでいる。
編集者  今度は、哲学者だ。
一夫   ただの偏屈親父ですよ。
編集者  魅力的なキャラクターって、まわりから理解されないものなんです。どんな方だったんですか、お父さん。
母    岬さんて、言いましたかしら。
編集者  あ、お母さん。いついらっしゃったんですか。
母    はっきりお断りしましたよね。
編集者  そう、でしたか。
母    娘は漫画家になりませんと。
編集者  でも、本人の意思も尊重してあげた方が。
母    あの子にはそんな才能はありません。どこにいるんですか。娘を返してください。
伯母   いいから、みなさんに、お茶出して。

伯母、母にお茶ののったお盆を渡す。

母    お座りください。

母、テーブルに、お茶を出す。
編集者、着席。
石の会は地図を持って、小上がりに移動。
まわりの者も、ぞろぞろと移動。
 ◇ ◇ ◇
漫画家、下りてくる。

漫画家  岬さん。
編集者  今来ちゃ、ダメ。
漫画家  いいアイディアが浮かんだんです。二人は岩の会のメンバーって言うのは。
編集者  あんた、まわりに影響され過ぎ。
母    直美!
漫画家  やばい。
編集者  お母さん。冷静に。あんたは、逃げて。
漫画家  原稿置いてきます。

石の会、原稿を受け取る。
漫画家、二階へ逃げる。

母    待ちなさい。
伯母   落ち着いて。

伯母、母を椅子に座らせる。
石の会、女子高生も原稿を読む。

伯母   あんた、一度でもあの子の作品を読んだのかい。
母    そんなの見なくてもわかるわよ。
伯母   そんなんじゃ、話にならないじゃない。
荒俣   あったわね、こういう時が。
石田   あんたには、ないでしょう。
飛田   青春ね。10代っていいわね。
カレン  何年前ですか。
飛田   10代って、いやらしいわね。
川瀬   でも、最後の別れの場面が、とってつけたというか。
飛田   たしかに。

編集者、原稿に目を落とす。
漫画家、こっそり階段を下りてきている。

編集者  ちょっといいですか。
一夫   はい?
編集者  ちょっと、こっちに来てみて。
二人   えっ。
編集者  いいから。

長谷夫婦、立ち上がる。

編集者  向かい合って。見つめ合う。
二人   ぷっ。
編集者  見つめ合う!このとおりやってみて。
二人   えっ。
編集者  このとおりやってみて。

二人、原稿を見ながら、芝居してみる。
二人、向かい合い。

一夫   サヤ。ボクを信じて。
美和子  うん。あたし、手紙書くね。
一夫   すぐだよ。
美和子  すぐだよね。

二人、ぎこちなく手を取り、見つめ合う。

本条   何かしっくりこないわね。
ナツコ  セリフがぎこちない。
勝美   そもそも、ご夫婦の関係がしっくり来てないんじゃ。
一夫   ほっといてくださいよ。
編集者  もう一回。
一夫   いやですよ。
美和子  パパ、しっかりあたしを見て。
一夫   ああ。
さくら  お父さん、がんばって!
編集者  セリフ。

二人、向かい合う。
漫画家は、よく見えるように、小上がりまで出てくる。

一夫   サヤ。ボクを信じて。
美和子  うん。あたし、手紙書くね。
一夫   すぐだよ。
美和子  すぐだよね。
一夫   美知子!
美和子  一夫さん!
編集者  もういいですよ。
二人   はい…。
編集者  ダメだ。よけいイメージがわかなくなった。
一夫   やらせておいて、それはないでしょう。

編集者、原稿をテーブルに置く。

川瀬   もっと、切ないものですよね。別れって。
ナツコ  手紙って言うのが、弱いのかな。

母、原稿を手に取る。
 ◇ ◇ ◇
まい、逃げてくる。
そば屋の窓の前で、街灯をたよりに手紙を取り出す。
まわりを確認して、手紙を開ける。

まい   (手紙に目を落とし)…。

れんとゆい、まいに忍び寄る。
手紙を取り上げる。
まいは、無抵抗。

れん   よっしゃー、読め読め。
編集者  何の騒ぎ。
伯母   近所にね、元気な三人兄弟がいるのよ。
れん   (手紙を開き)…まいちゃんへ。
ゆい   まいちゃんだって。
二人   ひゅーひゅー。
まい   …。
れん   おい、読んじゃうぞ。
ゆい   早く、続き読んで。

漫画家は、窓越しに、手紙を読むのを聞いている。

れん   まいちゃんへ。いつも、塾で勉強を教えてくれてありがとう。
ゆい   ありがとうだって。
二人   ひゅーひゅー。
れん   まいちゃんは、英語が得意なんですね。ぼくも、英語を知ってます。レフト、センター、ライト、ホームベース。
ゆい   野球ばっかりじゃん。
れん   バカだ、こいつ。(手紙にもどって)突然ですが、ぼくはゴールデンウイークに名古屋に引っ越すことになりました…。
まい   …。

漫画家、窓を開け、手紙を取り上げる。

れん   おい、なにすんだよ。ばばあ。
漫画家  最後まで、ちゃんと読みなさいよ。(手紙を読み)突然ですが、ぼくはゴールデンウイークに名古屋に引っ越すことになりました。まいちゃんも、これから勉強をがんばってください。今まで、本当にありがとう。さようなら。

まいが、駆けこんでくる。

まい   返して。

まい、漫画家から手紙を取り返す。
れんとゆい、玄関から店の中をのぞく。

伯母   まいちゃん。
まい   ごめんなさい。
伯母   いいのよ。また会えてうれしいわ。
まい   おばさん、戻ってきたの。
伯母   今日だけね。
ゆい   おねーちゃん、帰ろう。

サトミ、駆けこんでくる。

サトミ  じゃま。
れん   いて、なんだよ。
サトミ  どうして、誰も探してくれないの。
母    あら、サトミちゃん。ちょっとお母さんが心配してるわよ。
サトミ  あたし、この恋だけは、絶対はなさない。

サトミ、二階に駆け上がる。

編集者  だめよ、二階は!
まい   …。

まい、二階に上がる。

れん・ゆい   おねーちゃん!
飛田   騒がしい家ですね。
本条   こんな落ち着かない場所じゃ、会長も浮かばれない。
伯母   大丈夫よ。さあ、先に帰ってらっしゃい。おねーちゃんは、もう少ししたら帰るから。そば屋のおばちゃんが言ってたって、お母さんに、伝えて。

れんとゆい、去る。
 ◇ ◇ ◇
妹、下りてくる。

妹    もう、なんなのよ。
漫画家  原稿は、大丈夫。
妹    持ってきたわよ。
母    直美。ちょっと、座りなさい。
漫画家  あたしは、ぜったい漫画家になりますから。
母    読ませてもらったわ。
漫画家  えっ。
母    直美。あんた、やっぱり漫画家はあきらめなさい。
漫画家  どうしてよ。
母    こんなもので、お金をいただくなんて、恥ずかしくないの。
漫画家  お母さんに、わかるわけないでしょう。
母    ええ、こんな話のどこが面白いのか、私にはさっぱりわからないわ。読んでいる人をバカにしているようにしか思えない。
漫画家  だから。
編集者  あたしも、これではダメだと思うわ。
漫画家  えっ。
母    空っぽじゃない。直美。あんた、本当に恋の話を書きたいんだったら、ちゃんと恋をしてから書きなさい。会えなくなることが、どれほど辛いことかわかった上で書きなさい。
漫画家  それじゃ、母さんは、本当に人を好きなったことがあるの。お父さんを本当に好きだったことはあるの。
妹    お姉ちゃん。
編集者  待って。
漫画家  あたしにはわかんないよ。だって、あたしはお母さんしか知らないから。お父さんのことは絶対口にしないお母さんのことしか知らないから。人を好きになるって、どういうことか教えてよ。
母    …。
伯母   はい、特製そば茶。ルチンが、血圧を下げてくれるわよ。

伯母、母と漫画家の前にお茶を置く。
葬儀屋が、やってくる。

葬儀屋  お坊さん、いらっしゃいました。
一夫   あ、はい。行くぞ。
美和子  ちょっと待って。
一夫   なんだよ。
美和子  あの、もう一度やらせてもらっていいかしら。
編集者  はあ?
美和子  パパ、来て。
葬儀屋  なにやってんですか。

美知子、一夫を引っぱって、向き合う。

美和子  セリフ。
一夫   はあ。
美和子  さっきのセリフよ。
一夫   サヤ、ぼくを信じて。
美和子  美知子で、お願いします。
一夫   坊さん待ってるんだから。
美和子  いいから、早く。

二人向き合って。

一夫   美知子、ぼくを信じて。
美和子  うん。あたし、手紙書くね。
一夫   すぐだよ。
美和子  ねえ、何がすぐなの?
一夫   オレにきかれても。
美和子  ねえ、何がすぐなの?
みんな  …。
編集者  だから、すぐ会えるという。
美和子  だって、これから遠距離恋愛になってしまうのよね。
ナツコ  次は、いつ会えるかわからない。
美和子  そう。なのに、すぐ会えるって言われてもね。
編集者  そのやきもきさせるところが、少女マンガの売りなのよ。
石田   私、はじめから、どうも彼の言葉には心がないなと思っていたんですよ。
カレン  よく見ると、軽薄そうだしね。
ハズキ  どうして、もっと彼女が信じられるような言葉を言ってあげないの。
一夫   まあ、そうですね。
飛田   この手の男は、せいぜいひもになるくらいのかい性しかないのよ。
荒俣   ようは、はんかくさいのよ。
みんな  はんかくさい。
一夫   私に言うのやめてもらえません。
荒俣   (美知子に)あんた、考えた方がいいよ。
編集者  はんかくさい?
妹    北海道弁です。(頭を指さし)考えが甘いというか、ここが足りないというか。
編集者  はあ。
葬儀屋  思い切って北海道弁にしてみたらどうですか。
みんな  いいですね。
編集者  それは…。
みんな  よーい、はい!

一夫と美知子演じてみる。

一夫   サヤ。ぼくを信じて。
美和子  あたい、手紙書く。ほんとだ。
一夫   すぐだべ。
美和子  んだ、すぐだ。

二人、手を取り合う。

編集者  ただの田舎っぺになってる。
勝美   あんたら、北海道をバカにしてるだろう。
美和子  あたし、知らないんですもの。
花子   だいたい、時計台の前で別れるっていうのもさ。
ハズキ  芸がないわよね。
花子   観光客じゃないんだから。
カレン  無理に、ロマンティックな場所にしてるっていうか。
編集者  そこは、少女マンガですから。わかるでしょう。
カレン  いまどき、そんなの喜ばないよ。
川瀬   もっと自然に、誰でも共感できそうな場所の方がね。
ハズキ  そうそう。二人がいつもデートしていた場所とか。
川瀬   公園とかね。
編集者  ねえ!ポプラ並木は。
漫画家  ああ、落ち葉がひらひら舞い落ちていて。
編集者  そう!
ナツコ  これ、春ですよね。
漫画家  いいのよ。マンガなんだから。
ナツコ  ダメよ。希望に満ちた春なのに、離ればなれになる二人。そこが切ないんじゃない。
編集者  このコマ。二人は川辺を歩いているのよ。
漫画家  えっ。…こうですか。

漫画家、さっと川を描き込む。

編集者  ちがうちがう。もっと、こう蛇行して。
漫画家  そんな川ないですよ、札幌には。
編集者  …待って。

編集者、唐突に石の会の地図を開く。

石田   丁寧に扱ってください。
編集者  この川はどこ?
石田   昔の伏古川です。
妹    このそば屋は、この辺りよね。
葬儀屋  ここですね。ここにセイコーマートがあって。
カレン  ここがホーマックね。
石の会  ここが、ゼビオで。
みんな  ここアリオ。
妹    あ、はい。
漫画家  こんな近くに川があったんだ。
本条   その昔は、豊平川じゃなくて、この伏古川が本流だったんです。
漫画家  ずいぶんとよろよろ流れてますけどね。
本条   それが川の本来の姿なんです。
編集者  この川にしましょう。二人がこれから歩んでゆく人生のように曲がりくねっているの。
漫画家  でも、今はもうないんですよ。
編集者  いいのよ。
みんな  マンガなんだから。
漫画家  ほんとに。
編集者  さあ、描いて。

漫画家、首を傾げつつ描き始める。
 ◇ ◇ ◇
電柱では。
主任が、新人の襟首をつかんで引きずってくる。

新人   いたたたた。
主任   のぼれ。
警備員  あの、FBIは。
主任   そんなもん、来るか。
警備員  仕方がない。我々でやるしかないですね。
主任   当たり前だ!ケーブル切り間違っただけだろう。行け!

新人、電柱に上っていく。

さくら  これ、なに?
漫画家  堤防の土手に、まるで誰かの忘れ物のように、桜が一本咲いてるの。
さくら  いいね。
漫画家  ほんと?
本条   春の日差しの下、風がやさしく川面を揺らしている。
ハズキ  二人は、いつもこの川岸を歩いていたのよ。
荒俣   きっと、いろんな話をしたんでしょうね。
編集者  二人は、しばらく川の流れを見ている。
ナツコ  いつもとかわらぬ景色を見つめて、女の子はこれまでの時間を思い出している。
石田   彼は、川の流れてゆく先を見つめている。
勝美   ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
みんな  せつないわー。
編集者  彼は口を開く。ぼくを信じて。
一夫   サヤ、ぼくを信じて。
妹    あたし、手紙、描くね。
一夫   すぐだよ。
妹    うん。すぐだよね。
一夫   自然だな。すっと、セリフが出てきた。
美和子  相手が若いコだといいわけ。
一夫   いや。
美和子  あたしのどこがダメなのかしら。

電柱では。

新人   はい。ではつなぎまーす。

街一帯の停電が復旧する。
 ◇ ◇ ◇
漫画家  できた!
編集者  どれどれ。
みんな  どれどれ。
編集者  ちょっと。
みんな  モニターだから。

みんな、いっしょに原稿をのぞき込む。

主任   工事完了。撤収。
新人と警備員  イエッサー。
荒俣   せつないね。
みんな  せつないわぁ。

お坊さんが、やってきて。

お坊さん お通夜するんですか。しないんですか。
葬儀屋  あ、忘れてた。
一夫   やります。やります。
葬儀屋  みなさん、葬儀の準備が整いましたので、移動してください。

長谷家と石の会、お隣に向かう。

勝美   おじゃましました。
荒俣   ごちそうさまでした。
伯母   なんのおかまいもしませんで。

さくら、玄関から声をかける。

さくら  ねえ、灯りついてる。
美和子  ほんと。札幌の街って、ずいぶん明るいのね。
川瀬   たくさんの人が暮らしてますからね。
さくら  おじいちゃん待ってるよ。
美和子  はいはい。

作業員たちが、ハシゴを担いで帰ってゆく。

主任   どうも。
新人   お騒がせしました。
主任   そうだ、車。
石田   記念に、置いてきます。
主任   ダメですよ。お願いしますよ。
石田   はい。

警備員、サインを取り出し、玄関から漫画家に声をかける。

警備員  必ず、有名になってくださいね。
主任   行くぞ。

作業員たち、去る。

一夫   いろいろご迷惑をおかけしました。
伯母   困った時は、お互い様よ。
一夫   失礼します。
伯母   ちょっと、忘れないで。

伯母、お酒を渡す。

一夫   ありがとうございます。
伯母   これも、持って行って。

伯母、一升瓶を差し出す。

一夫   こいつで充分です。
伯母   これは、あんたの分。今夜はたくさん話をしてあげて。お父さん、一緒に飲みたがっていたわよ。 

一夫、一升瓶を受け取り、礼をして、去る。
 ◇ ◇ ◇
母    直美、ちょっと座りなさい。
漫画家  あたしは、漫画家になりますから。

母、原稿を指さし。

母    ここ。
漫画家  なに。
母    涙見せない方がいいんじゃない。
漫画家  わかりもしないのに口出さないでって。
編集者  たしかに。
漫画家  どうして。彼女のこらえてきた思いがここで、ワァッと溢れ出るのよ。
母    見送る後ろ姿で充分じゃない。
編集者・女子高生 それ、せつないわ。
編集者  このコマなくして、札幌の街を遠くまで描き込んで。

漫画家、描き直す。

母    見送ることしか、できない時もあるのよ。
漫画家  こういうこと。
母    そうね。少しは、見られるものになったんじゃない。
編集者  よし、これでいこう。さあ、ペン入れて。
漫画家  よっしゃ!
編集者  朝までには仕上げるのよ。
女子高生たち あたしたちも、手伝いまーす。
漫画家  ちょっと、ご飯買ってきて。
妹    わかった。
母    いいから、手伝いなさい。おにぎりでいいの。
漫画家・妹 母上。
女子高生たち 母上。

漫画家、妹、編集者、女子高生、母の手を握る。

伯母   待って。あたし、カレーライスのつもりで来たのよ。
母    あら、久しぶりにここのカレーもいいわね。
妹    わあ!食べたーい!
編集者  そうだ、この辺にスープカレーの店、知らない?
妹    そば屋のカレーは、おダシが入ってるのよ。
伯母   和風スープカレーね。
編集者  いただきます。
伯母   ファンクラブのみなさん、手伝って。
女子高生たち はーい。
母    ねえ、私たちも、お線香あげにいきましょうか。これも何かの縁ですし。
伯母   そうね。それがいいわね。
女子高生・妹    はーい。
妹    ねえ、焼香ってどうやってするの?
伯母   しめやかにするのよ。

編集者、妹、女子高生たち、お隣へ向かう。
 ◇ ◇ ◇
伯母と漫画家が残る。

漫画家  行かないの。
伯母   私は、遠慮するわ。
漫画家  おばさん。本当は、お通夜に来たんでしょう。
伯母   なにいってるの。
漫画家  お線香あげて来なよ。お別れして来なよ。
伯母   ほら、あんたは、仕事しなきゃ。

漫画家、カウンターの小物入れから、封筒を出す。

漫画家  あたし、伯母さんの忘れ物だと思ってたから、そのまま入れておいたの。ねえ、亡くなった長谷さんって、ここのカギ持ってた?
伯母   持ってるわけないでしょう。
漫画家  手紙。名前もなくて、忘れてたけど。これ、そうだと思うよ。
伯母   だから、そんなこと…。
漫画家  あたし、読んじゃったの。
伯母   そんな手紙、ほんとに知らないわよ。
漫画家  おばさん。どうして、この家出ちゃったの。
伯母   あたしと、石ころと、どっちを選ぶってね。
漫画家  やるね。
伯母   それで、石ころを選んじゃったのよ。石の会じゃないわよ。あの人は、石頭の会会長よ。
漫画家  読んだ方がいいよ。
伯母   勘弁して。
漫画家  読んだ方がいいって。
伯母   お願い。

漫画家、手紙をひらく。

漫画家  読むよ。今まで集めた石は、全部捨てました。これからは、この石だけを、大事にしてゆきたいと思います。いっしょに指輪が入ってる。小さな石がついてるよ。

漫画家、手紙と指輪を封筒に戻し、伯母に手渡す。
伯母、お隣へ向かう。
 ◇ ◇ ◇
サトミが、下りてくる。

サトミ  ねえ。私のこと、忘れてない。
漫画家  忘れてないわよ。
サトミ  みんなは?
漫画家  お隣で、お通夜。
サトミ  見てくる。
漫画家  あんたは行っちゃダメ。
サトミ  どうして。
漫画家  これ以上問題おこさないで。

まいが、下りてくる。

まい   あの、この手紙読んでもらってもいいですか。
漫画家  返事書いたの。
まい   うん。
サトミ  大丈夫よ。あたしが、恋の手ほどきをしたんだから。
漫画家  心配だわ。かして。

まい、手紙を見せる。

まい   おかしなところない。
漫画家  読んでもいいの。
まい   だれにも見せちゃダメだよ。

漫画家、手紙を読む。

漫画家  そうだ、交換。このマンガ読んでみて。
まい   いいよ。

まいとサトミ、マンガをよむ。

漫画家  ふーん、野球やってるんだ。
まい   いいから、おかしなところない。
漫画家  自分の名前くらい漢字で書いたら。
まい   やっぱり。
漫画家  でも、いい手紙だよ。
まい   ホント。
漫画家  あたしがこんな手紙をもらったら、やっぱりうれしいな。
まい   ホント。ホント。
漫画家  ホントだって。
サトミ  先生がいいからね。
漫画家  マンガは、どう?
サトミ  そうね。
漫画家  あんたにはきいてない。
まい   ちょっと、あまいんじゃない?
漫画家  えっ。
まい   なにを言っても、違う気がするもんなんだよ。
サトミ  わかるぅ!
漫画家  どういうこと。
まい   ほんとの恋っていうのはさ。
漫画家  ほんとの恋っていうのは…?
まい   まず、このセリフ、いらないな。
漫画家  ぁああ!

まい、原稿を消しゴムで消す。


   幕

《作者から》

 のんきな話を。
 ここ何年か、たまに立ち寄るタバコ屋さんがあります。店に入るとカーテンの向こうの居間から、おばちゃんが出てきます。僕の吸ってるタバコは、今どき珍しく290円なのですが、100円玉を3枚出しても大抵おつりは返ってきません。しばしの沈黙のあと、僕が「290円です」と自己申告すると、「ごめんなさいね」と言って10円玉を返してくれます。
 このやり取りが好きで、なるべくその店でタバコを買おうと行ってみるのですが、2回に1回はシャッターが閉まってたりします。ええ、それでいいんです。

 ここからは、ちょっとまじめな話を。
 なので、のほほーんと芝居をご覧になりたい方は、どうぞ読みとばして下さい。
 僕が車でよく通る国道に、いつも花が供えてある交差点があります。といっても、それが誰かに手向けられたものなのかどうか、実のところは全く知りません。もしかしたら「供える」という意味でもないのかもしれません。道路脇のガードレールの花かごに気づいて、もう何年にもなりますが、今年の冬も花が絶えることはありませんでした。
 当たり前ですが道路脇の花は、ガードレールのような安全を守る力はなく、道路標識のようにルールを教えるわけでもありません。ですが、その前を車で通るたびに、僕は車のスピードを少し緩めます。そして、次はどんな物語を作ろうかと考えます。
 おそらく、これからの私たちの暮らしは、道路だけでなくあらゆる場面で、今よりもっとガードレールを張り巡らせ、標識を立て、信号機を備えてゆくことになるのだろうと思います。その時、舞台の上の作り物の物語は、道路脇の花のように無力だけれども、そこに人がいるんだと示すことだけはできるはずです。

 ふたたび、のんきな話を。
 やまびこ座に市民劇団ができました。ここは東区ですからオニオン座と言います。のんきないい名前です。僕は、この劇団がのんきに育っていけばいいなと勝手に願っています。のんきに自分たちの「まち」を見つめ、のんきに人と人との関わりを楽しみ、新しい物語を作っていけばいいと。「まち」には、幸せに暮らす物語が必ずあるはずですから。

   西脇秀之     2009年3月 上演パンフレットのご挨拶より





おまけ

たまじぃ

スタンド・バイ・ミー

2018年3月12日 発行 初版

著  者:西脇秀之
発  行:西脇秀之

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