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残業は丑の刻に 第七巻

北村恒太郎

北村恒太郎出版



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  この本はタチヨミ版です。

 目 次

第一章 会場で(前編)

第二章 会場で(中編)

第三章 会場で(後編)

第四章 山あいの道(前編)

第五章 山あいの道(後編)

第六章 報復(前編)

第七章 報復(中編)

第八章 報復(後編)

第九章 報復(完結編)

第十章 ロッカー室(前編)

第十一章 ロッカー室(後編)

第十二章 遅刻

第一章 会場で(前編)

パーティー会場はいつも
華やかで心躍る雰囲気にあふれている。
しかしもちろんその中には
そうでない気分の者もいる。


 「おや、これはまた…
  どうしたんですか?仕事が変わったんですか?!」

 当然かもしれない。
いち早く目にとまって、いち早く聞かれた。
できるだけ人と目をあわせないように、
背景の一部に見られるように、
ホテルマン然とふるまおうとしていたが、
できるわけがない。
ライバル局の部長はすぐに気づく。

 安前が山のようなワイングラスを乗せた盆を持って、
客をかき分け、広間のテーブルの一つへと
向かっていたときのことだ。
他局の部長はじめ管理職とは
会合でしばしば顔を合わせている。
同業者の顔見知りだ。
さらに別の局の部長にも見つかって、話のタネになり、
憶測の対象になるのだろう。

 「…いや、その、
  うちの社員全員参加のイベントなもんで、
  みんないろいろな役を振り当てられてまして…」
どうにか苦しいでまかせで、その場をごまかして、
そそくさと逃げ出す。
とっさのウソは通用しないだろう。

 ホテルの会場の仕事は
すべてホテル従業員の仕事にきまっている。
ビジネススーツ姿が
ホテルマンのまねごとをしていれば、
違和感があって人目につく。

 これは罰であり、見せしめなのだ。
大勢の同業者や礼装をした名士が集まる中で、
安前大一(やすまえ だいいち)はじめ、報道部の全員は、
ホスト側の立場なのに、部外者のごとく、
アルバイトの小僧がさせられるような仕事を命じられ、
さらしものにされていたのだ。

 さいはてテレビの、他の管理職や社員は、
誰もドアボーイやウエイターの見習いの
まねのようなことはしていない。
制作部長、営業部長、経理部長、総務部長…
管理職は全員ホスト然と胸をそらし、
優雅に招待客の相手をして談笑している。

 社長は地元政界の祝意を悠然と受け流し、
専務は財界のお偉方をもてなし、
常務は地元企業の指導者たちと話しこんでいる。
貫禄のある彼らほどでないにしろ、
他の管理職や社員たちも晴れやかな得意顔だ。
彼らはことさら、同じ会社の社員である安前たちを
無視していた。

 これは社長の発案なのだろうか…
この仕打ち、つまり安前たちへの罰は。
どうせ、安前も津木も、来たるべき定期異動では
確実に本社から飛ばされる。
それまですら待てないのだ。
それほど社長の不快感といらだちは大きいのだ。

 意を汲むように、
きっと、ゴマすりといばりちらすのがおもな仕事の専務と常務が、
目に見えるかたちでの罰を提案したのだろう。
大勢の来賓の前で、ひときわ華やかな中で、
とびきり気まずい思いをさせてやろう、と。

 このパーティーに参加している
さいはてテレビ局側の社員はすべて
レセプショ二ストやMCなどの主催者側の仕事が
割り当てられ、着飾った女子アナたちも
コンパニオンもどきに招待客の話し相手をしている。

 しかし安前たちをはじめとする報道部の記者たちは、
勤務中の何人かを除いて、ほぼ全員が、
プレスを誇示する腕章までつけられた、
いやがうえにも目立つスーツ姿のままで、
駐車場係や会場の雑用という
ホテル従業員の仕事を命じられていた。
来客の誰もが、なぜ報道記者が
パーティーの雑用をしているのか不思議に思い、
当の記者たちは、慣れない職務外の仕事に
情けなさを味わう。

 報道記者は、ローカルとはいえ、
局の花形だったはずではないか。
社長はじめ幹部たちは、
脂汗を浮かべて会場内の雑用に駆けずり回る
記者たちを冷笑しながら、悦に入っていた。

 「あれ?今日はデスクじゃないんですか?
  いつの間にホテルに転職したんですか?」
またまた別な局の報道部長に冗談めかして
声をかけられてしまった。

 「…ええ…まあ、その…」
忙しそうなふりをしてごまかそうとしたとき、
 「おい、安前君!
  さっさと鏡割り用の樽を運んできたまえ!」
と、あたりに聞こえよがしな大声で怒鳴られた。

 「は、はい…ただいま…」
安前は反射的にかしこまると、
怒鳴った本人の常務は、
 「まちがいのないように、君が自分で運ぶんだぞ!
  十分注意してな。
  ひっくり返したりしたら、またまた笑いものだ」
と、さらに小ばかにしたように怒鳴る。
 「なにせわが社の失敗王だからな。
  だが、さすがにこれ以上失敗したら、
  もう明日から会社にこなくてもいいがな」
近くにいた専務が合いの手を入れるように、
これまた聞こえよがしにせせら笑う。

 安前は顔を赤くして、
 「岸谷君、津木君、一緒に来てくれ、運ぼう」
と、小声で部下の二人の記者にうながし、
会場の隅へ向かった。
管理職のはずの自分が、同業者の前で
使用人のように怒鳴りつけられる。
屈辱だった。
これに社長はにんまりする。
嫌がらせも極まった感がある。
専務得意のゴマすり術の一環だ。
上役の不興を買うと、報復が待っている。
会社という組織ではありがちなことだ。

 この屈辱、もとはといえば、
そもそもすべてこいつのせいだ。
こいつの大ポカのおかげで、報道部全体が、
前近代的な、いかにも地方の小企業めいた、
社内イジメにあっている。
真実を伝えるのが役目の報道が、関係ないところから、
しかも身内から、危機にさらされている。

 安前は、目の前で、青ざめて脂汗を浮かべ、
安前や岸谷とともに、大きくて重い、
酒でいっぱいの薦(こも)かぶりの酒樽を
持ち上げようとしている津木をにらみつけた。
こいつ一人のおかげでこのザマだ。
こいつのおかげで
俺は報道部長の座から滑り落ちることが確約され、
おまけに開局五十周年記念パーティーの会場で
赤恥をかかされるというオプションまでつけられた。
この、社長のごきげんとりの座興を思いついた
常務や専務も憎いが、何よりも、
すべての原因となったこいつが一番憎い。

 社長はあの一件をしつこく根に持っていた。
言い訳や申し開きは一切聞こうとせず、
即座に津木を記者からはずすという申し出にも
耳を貸さず、押し黙って、適当な仕返しの機会を
狙っていたのだ。

 安前は、津木 進(つき すすむ)が新人記者として
報道部に配属されたときから、気に入らなかった。
大学出たての津木は、やたらと正義感とやる気に
満ちていたからだ。
一段高いところから仕事を見つめ、
同僚や上役の意見よりも
自分の信念を優先させるところがあった。
安前は従順な部下が好きだった。
会社員たるもの、
理想よりも縦社会の原理を優先させるべきだ。
過剰なやる気は危険だ。
安前は、独断で仕事を進めたがる津木をいさめ、
お前ひとりが報道を背負っているわけじゃない、
チームの一員として働けと、事あるごとに叱責した。
津木の報道記者としての鋭い感覚に嫉妬し、
いくぶん恐れていたためでもある。
記者として育てるより、報道部から追い出したほうが、
将来的に(自分の)ためになるのではないかと
思い始めたその矢先、まさにあの一件が起こった。

第二章 会場で(中編)

ひとりの部下のミスのため
報道部長・安前は、
パーティー会場で社内イジメにあう。
そのミスとは…



  タチヨミ版はここまでとなります。


残業は丑の刻に 第七巻

2018年3月15日 発行 初版

著  者:北村恒太郎
発  行:北村恒太郎出版

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北村恒太郎

屋根裏文士です。青森県を舞台にしたホラー、アクション、コメディー、ファンタジーなどを中心に娯楽ものをいろいろ書いてます。◇青火温泉第一巻~第四巻◇天誅団平成チャンバラアクション第一巻~第四巻◇姫様天下大変上巻・下巻◇無敵のダメダメオヤジ第一巻~第三巻
◇ブログ「残業は丑の刻に」

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