
本書は2017年8月1日に開催されたカンファレンスイベント、「Bigbeat LIVE」での講演内容を基に再構成したものです。
Bigbeat LIVEでは4名のご講演者の皆様に、次の内容でお話しいただきました。ご講演順にご紹介いたします。
サイボウズ株式会社 社長室フェローの野水克也さんには、国内シェアNo.1のグループウェア・メーカーとしてだけでなく、社員の働き方やユニークなコミュニケーション手法にも注目が集まるサイボウズさんの、創業から今に至るまでのマーケティング戦略についてお話いただきました。自らを「弱者」と定義し、「市場」ではなく「社会」の中でどう生き残っていくのか。紆余曲折の末に至った結論は「チームワークマーケティング」。本書では、主に第5章「サイボウズが名刺の数を数えない理由」でご紹介しています。
株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野吉記さんには、これまで2500社以上のコンサルティング経験に基づいた、「ブランド」の本質についてお話いただきました。「ブランディング」というと、ついつい外向きのコミュニケーションに着目してしまいがちです。本来ブランドはどこに生まれ、どこで培われ、どう伝播していくのか。成功する企業とそうでない企業はどこが違うのか。ブランドを支える一番大切なものはなにか。そしてBtoB企業こそ、ブランディングに力を入れるべきだとおっしゃいます。人事コンサルティングを生い立ちとするイマジナさんならではの、新鮮かつ納得感のあるブランド論を展開していただきました。本書では、主に第3章「ブランドは、体現すれば、にじみ出る」でご紹介しています。
PDCAソーシャル代表のニール・シェーファーさんには、現代のコミュニケーションには外せない、むしろ中心ともいえるデジタルコミュニケーションについてお話いただきました。なにかを検討する際に、インターネットでの検索から始める。これはBtoB、BtoCを問わず当たり前の光景になりました。そのような時代、企業の生命線はコンテンツであり、それを届ける手段としてのソーシャルメディアの重要性について、海外での先進事例を踏まえて流暢な日本語で語っていただきました。本書では、主に第4章「コミュニケーションはデジタルで加速する」でご紹介しています。
B2Bhack.com主宰の飯室淳史さんには、カンファレンスの総論として、なぜ日本はマーケティングで後れを取ったのか、アメリカの経営者にできてなぜ我々にできないのか、マーケティングで経営を変えるにはどこから始めなくてはならないのか、ご自身のご経験に基づいた、実務者だからこそ辿り着いたマーケティング論を、熱く語っていただきました。また、「Bigbeat LIVE控室」と題した20本以上にのぼる特設コンテンツを執筆いただき、カンファレンス前の予習から聴講後の復習まで、マーケティングについて考える場を複層的にご提供いただきました。飯室さんの講演およびBigbeat LIVE控室のコンテンツは、本書の第1章「マーケティングはなぜ必要なのか」、第2章「マーケティングには文化がいる」に凝縮してご紹介するとともに、本書の骨格として随所に盛り込ませていただきました。
当日の講演の詳細は、次ページのプログラムをご参照ください。
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A Day for Marketing
「マーケティングで経営を変える」とは?
株式会社ビッグビート 代表取締役 濱口 豊(筆者)
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サイボウズ式マーケティングは弱者の経営戦
会社をコンテンツにするにはマーケティングを経営そのものにするしかない
サイボウズ株式会社 社長室フェロー 野水 克也 さん
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ブランディングは未来への投資
BtoB企業に求められる「成長実感を生み出すブランディング」とは?
株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野 吉記 さん
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BtoBコミュニケーションはデジタルで加速する
事例から学ぶBtoBマーケティング最先端の現状
PDCAソーシャル 代表 ニール・シェーファー さん
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マーケティングで経営を変える
アメリカの経営者にできて、なぜ我々はできないのか?
B2Bhack.com 主宰 飯室 淳史さん
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広告業界で30年、一貫してBtoB畑を歩み、とりわけIT企業にはDOSの時代から長くかかわる。外資系クライアントとのお付き合いの中、マーケティングの強力なパワーを間近で感じ、日本企業がこの機能をうまく使いこなせば日本の将来に大きなインパクトを与えることができるはずだと考えるようになった。私たちの趣意にご賛同いただいた4名の講演者と、ご来場された皆様とで、「マーケティング」とは何か、どう味方にしていくのかを、一緒にひも解き、考えていく場をつくりたく、本イベントを開催しました。
創業直後、20人足らずのベンチャー企業だったサイボウズへ入社。広告宣伝を経て、営業部マネージャー、販売戦略担当、製品責任者、マーケティング部長を経て現在はフェロー。エバンジェリストとしてクラウドや働き方改革を啓蒙する他、地方創生やIoTについて総務省、内閣官房の委員を歴任。創業時から徹底したプル型営業で成長してきたサイボウズ。常にその中心にいたキーパーソンに、彼らのユニークなマーケティングポリシーをお話しいただきました。
株式会社イマジナ代表取締役社長。社団法人グローバルブランディング協会代表理事。London International School of Acting卒業後、イマジネコミュニカツオネに入社。多くのコマーシャル、映画製作を手がける。その後、投資部門出向、アジア統括マネージャーなどを歴任。日本企業の海外進出において、その多くが製品力だけに頼って失敗するケースを目の当たりにし、バックストーリーを伝える力の重要性を痛感する。現在、企業の文化や独自性を明文化、プログラムにして社内外へ伝えていくことで、企業価値の最大化を支援している。企業ブランドがBtoB企業にどのように寄与するかを語っていただきました。
キャリアのスタートは日本のBtoB企業。米国に帰国するまでの15年間、日本でセールス・マーケティングの経験と実績をつむという日本通。2010年に独立して以来、日本企業の英語圏におけるソーシャルメディア活用支援を行い、『Forbes』誌が選ぶ「Top 50 Social Media Power Influencers」にも選出されている。デジタルコミュニケーションの世界的な先駆者に、日本のBtoB企業がどうデジタルと向き合うべきかを指南していただきました。
GEヘルスケア・ライフサイエンス社で、営業とマーケティング両方のトップマネジメントから執行役員までを経験。マーケティングやセールスのデジタルツールを活用し、チーフデジタルマーケティング グローバルリーダー(digital-CMO)として、全世界における同社のデジタルマーケティング戦略を日本から統括する。2016年に独立、「B2Bハッカー」として、様々な企業にビジネスファシリテーション活動を行っている。「日本のB2B企業をマーケティング会社に変貌させる」を旨とする異例のマーケティング実務経験者に、マーケティングの本質について熱弁をふるっていただきました。
株式会社ビッグビート代表取締役 濱口 豊
サイボウズ株式会社社長室フェロー 野水 克也さん
株式会社イマジナ代表取締役社長 関野 吉記さん
PDCAソーシャル代表ニール・シェーファーさん
B2Bhack.com主宰 飯室 淳史さん
私達は働き方を変えなくてはいけない
Win-Winと三方よし
Bigbeat LIVE BOOTLEG
ラオックスに化粧品を置いているのは誰だ?
売れるから衰退した日本のマーケティング
反省すべきは広告代理店
自律分散型と中央集権型
HowよりWhy
パワーポイントでプレゼンは成功するか?
文化>戦略>ツール
顧客満足度を測ってはいけない
文化が生まれた瞬間
ロゴを変えたら、製品は伸びるのか
良いイメージは自分で言ってはいけない
企業ブランドは社員から生まれる
入社3年目が会社をやめる理由
ジョンソン・エンド・ジョンソンとクレドサーベイ
社員が体現していく
1995年 ウェブサイトは要らないという人達
BtoBの検討は81%が検索エンジンから入る
デジタルの生命線はコンテンツ
ソーシャルメディアと従業員アドボケイツ
SNSに載せていいかの問題ではない
弱者の経営戦略
増えた従業員と失われる一体感
チームワークだけをやる
自分達のチームワークから、変える
三方よし
大変でも、怖くても、面白い方を選んでしまう
未来が無いまま仕事をするのは不幸である
らしさで未来はグッとよくなる
「働き方改革」なんていう言葉、よく聞くようになりました。私共広告業界にいたっては、大変にショッキングな出来事もありました。2015年12月25日、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)の過労自殺、そしてそこから明らかにされる、1日20時間といったような過酷な労働環境は社会に大きな衝撃を与えました。そしてここに、単に電通一社の問題ではなく、広告業界、さらには日本全体の大きな課題として、働き方を変えなくてはいけない、という意識が強く芽生えました。
私自身も、働き方改革をしなくてはいけないと強く考えています。もちろん、同じ広告業界で仕事をする身としては、我がこととして突きつけられているという想いもあります。私は高知県出身ですが、土佐弁では「ヘンシモやらんと!」というような言い方をします。すぐに、取るものもとらず、急いで、何がなんでも、というような意味です。まさに、ヘンシモやらなきゃいけない状況です。でも、何のためにやるのか、目的をはき違えてはいけません。当たり前のことですが、働き方改革をするのは、より良い未来のためでしょう。当たり前すぎて言葉にするのも馬鹿々々しく聞こえますが、その馬鹿々々しいくらい当たり前のことをきちんと言葉にしなければ見失うものもあります。
働き方改革と言っても、実は働いている人の未来はちっとも良くならないという様な例は決して少なくありません。今まで10分で歩いていたところを、5分で走れと、いや、全力疾走して3分に縮めろ、それで働く時間を短くしろといったらどうでしょうか。働く時間は短くなるかもしれませんが、より良い未来が訪れることはないでしょう。同様に、今まで10時間かけてやっていた1日の仕事を、8時間でおしまいにしろ、残りの2時間分はやめてしまえ、というのも、やっぱり無理で、今度は仕事が破綻し、結局、より良い未来は訪れません。
ここにきて私達は本当の意味で働き方改革に直面します。単に、残業時間を減らせというだけではなく、本当に「働き方」を変えなければいけません。より良い未来の為の働き方です。しかし、働き方はどうやったら変わるのか。私は、マーケティングで変わると信じています。なぜマーケティングが働き方を変えられるか、それはマーケティングが経営の最高の機能であるからです。
少し、いや、大分唐突に聞こえますでしょうか。何故マーケティングで働き方が変わるのか、何故マーケティングが経営の最高の機能だと言えるのか、そもそも経営というのは何をすることなのか、私なりの見解をお話していきたいと思います。
ビジネスにおいて「Win-Winの関係を目指す」というのは、よく言われることです。多くの人が知る通り、Win-Winの関係というのは、経営について考える上で非常に重要な要素の1つであることは言うまでもありませんが、実は誤った理解がされている場合もあります。
Win-Winという言葉は、世界で最も影響力のあるコンサルタントともいわれたスティーブン・R・コヴィーの著書である『7つの習慣』で使われたことで世間に広く認知されました。『7つの習慣』は、数十の言語に翻訳され、世界各国で3000万部以上、日本でも200万部以上のベストセラーとなったビジネス書ですから、読んだことがあるという方も多いでしょう。しかし、『7つの習慣』の読者をこえて、さらに広い範囲の人々がWin-Winという言葉を使うようになると、スティーブン・R・コヴィーが『7つの習慣』の中で訴えた意味と、必ずしもピタリ一致した意味では使われないことが増えていきます。
ビジネスでWin-Winという言葉を使う時、多くの場合、売る側も、買う側も、お互いに得をする関係というようなイメージを持つ人が多いでしょう。しかし、スティーブン・R・コヴィーはWin-Winという言葉をもう少し踏み込んだ意味で使っていました。自分と、今目の前にいる相手が互いに得をする関係だけではなく、それが、あらゆる相互関係において行われることが重要だとしています。つまり、自分と相手はWin-Winだけれど、そのせいで自分と他の誰かはWin-Loseになるのでは意味がないということです。なぜ、そう考えるか。あらゆる相互関係においてWin-Winを目指すことは、関係者全員にとっての利益をみんなで考えることに繋がります。そしてそれは、長期的な視野に立ってみた場合、持続可能なビジネスの構築を意味するからです。Win-Winの関係でビジネスをするということは、目先の利益、瞬間的な儲けだけにとらわれずに、広い信頼関係を作っていくということでもあります。
さて、このWin-Winという言葉を広く社会に知らしめた『7つの習慣』の原著が発行されたのは1989年です。しかし、日本ではそれよりもずっとずっと前に、Win-Winと近い概念がありました。それが「三方よし」という考え方です。三方よしは江戸時代ごろに活躍した近江商人が持つ教訓とされています。近江国は今の滋賀県、当時は江戸日本橋から京都三条を南回りで繋げる東海道、同じ2つの地点を内陸コースで移動する中山道、北は越後国、現在の新潟県までのびる縦ラインの北国街道など、いくつもの主要な街道が通る物流の要衝でした。ここで商業が発展していったことを背景に、力のある商人が数多く誕生、近江国にとどまらず全国に広がって活躍しました。
近江商人の商売に対する姿勢は大変に興味深いもので、例えば「近江商人の商売十訓」と呼ばれる10の教訓では「売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる」「無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ」など、現在のビジネスシーンにおいても考えさせられる言葉がいくつもあります。そんな近江商人の理念の1つが三方よしです。
一.商売は世のため、人のための奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
一.店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何
一.売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる
一.資金の少なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし
一.無理に売るな、客の好むものも売るな、客のためになるものを売れ
一.良きものを売るは善なり、良き品を広告して多く売ることはさらに善なり
一.紙一枚でも景品はお客を喜ばせばる、
つけてあげるもののないとき笑顔を景品にせよ
一.正札を守れ、値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ
一.今日の損益を常に考えよ、
今日の損益を明らかにしないでは、寝につかぬ習慣にせよ
一.商売には好況、不況はない、いずれにしても儲けねばならぬ
三方よしのうち、2つは「売り手によし」と「買い手によし」です。まさにWin-Winの関係です。では、残り1つは何かご存知でしょうか。それは「世間によし」なのですね。近江商人は、自分だけが儲けて相手を損させる商いを戒め、それだけでなく、世間からみても、自分達の仕事が受け入れられ、認められ、喜ばれなければいけないと考えていました。そうやって自分と相手だけでなく、社会においても円満になるようにと考えた近江商人達は、商売を繁盛、そして繁栄させていきました。その最たる例は、伊藤忠商事かもしれません。実は、三方よしという言葉自体は、近江商人が使っていたものではなく、昭和に入ってから分かりやすく言語化されたものです。しかし、その元となる理念は、近江商人であり、伊藤忠商事を創業した初代伊藤忠兵衛の座右の銘として記されていたそうです。初代伊藤忠兵衛が起こした商いは、この三方よしの理念を受け継ぎ、時代を超えて繁栄し、現在の伊藤忠商事でもこの言葉を掲げ伝えています。
Win-Winという言葉は、自分と目の前の相手だけではなく、あらゆる相互関係において目指すべきもので、それによって関わる人達全ての利益を目指し、長期的な、持続可能なビジネスができる環境を作っていくという概念であることをご紹介しました。そして、日本の近江商人は江戸時代の頃既に、その考え方を獲得、実践し、時代を超える大きな商いを実現しています。それが、売り手によし、買い手によし、世間によしの、三方よし、というわけです。
この近江商人の考え方は、企業の経営について考える時に、大きなヒントをもたらします。経営とはなんなのか、いささか大きすぎるテーマです。この本を手にする方々の中に歴戦の経営者が多々いらっしゃることを考えれば、私ごときが経営のなんたるかを語るのははなはだ恐縮ではあります。しかし、経営者として考えることを避けて通れる道でもありません。経営という言葉の意味を調べると、「事業を成すために組織を効率的に運営する」というようなことが書いてあります。これはもちろん間違いではないです。組織を効率的に運営する、つまりマネージメントです。経営という言葉を英訳すると、これはマネージメントということになりますから、やっぱり間違いではないです。実際、日本の企業の社長さん、特に大きな企業になると自分の仕事をマネージメントだと思っている人は多いように思います。でもどうでしょう、経営者のみなさん、組織を運用することが、一番の仕事なのでしょうか? 私は、それも大きな仕事の1つだと考えています。でも、足りません。それだけでは十分ではないはずです。
ちょっと、視点を変えます。経営とは何かではなく、何のために会社を経営しているか、です。もちろん、お金を稼ぐためです。では効率よく組織を運営してお金さえ稼げればいいのか、それを目的として経営しているか、やっぱりどこか違うような気はしませんか?
ふりかえって、当社、ビッグビートを何のために経営しているかと考えてみます。「濱口、お前は何のために経営しているんだ?」と問われれば、関わる人達からの支持を増やし続けたいといつも考えています。関わる人? まず1番は、お客様に「ハマちゃん、いいよね」と、「お宅の会社がなくなったら困るんだよ」、「またなにか手伝ってね」と言ってもらうことでしょう。次は、パートナーのみなさんです。「また次のイベントも一緒に作ろう」「今度のウェブサイトも一緒に作ろう」「もっともっと仕事を一緒にやろうよ」と言われる存在でなくてはいけません。そして最後は仲間達です。従業員のみんなが、もっとここで働きたいとか、もっといろんな仕事をしたいとか、一緒にやりたいんだって言ってくれる、その為の経営だと思っています。多くの支持がいただけている間は、きっと企業は存続し続けていくのだと思います。つまり、関わる人達、ひいては社会から支持をもらい続けて、成長し、長く存続していく。そのための仕事が経営ではないかと思います。
それってやっぱり、三方よし、ということなのですね。売り手によし、買い手によし、世間によし、そしてその三方よしを実現するには、効率的な組織運営は重要な課題の1つではありますが、それだけで十分というものではありません。では、何が必要なのか。もちろん必要なものはたくさんありますが、何が最も重要か、経営の最高の機能は何なのかと問われれば、冒頭で申し上げた通り、私はマーケティングではないかと考えます。
マーケティングにそんな大層な力があるのか、と思う方もいらっしゃるかもしれません。そういう意見の方の中には、もしかするとマーケティングというものをすごく狭い範囲で捉えている方がいるのではないでしょうか。
これは実際にあった話ですが、先日、私どものクライアントの社長さんと、一緒にゴルフをしていました。その方はいわゆる創業社長さんで、非常に立派な方で懇意にさせていただいております。そんな社長さんがゴルフ場で会話をしていた時に「ハマちゃんね、うちの製品はマーケティングなんかじゃ売れないんだよ」とおっしゃいました。「だから、本音を言うとね、広告をしたり展示会に出たりしても、お金の無駄だと思ってるんだよ」と。「まあいいか、ハマちゃんの所を儲けさせてやるからいいよね、それで」みたいなことをおっしゃるわけです。
私にしてみれば、少なからずショックでした。「えっ!?先方のマーケの方も俺らも一生懸命やってるのに、お金の無駄だと思われてる…」とはいえ、ゴルフ場で冗談交じりに話したことですから、そこで「社長、ちょっと待ってください。マーケティングは、経営の最高の機能でございまして、云々…」などというのを侃々諤々グリーンの上でやり合うのは無粋というものでしょう。そのときは、それはもう大きな笑顔で、「テヘ」と、苦笑いをするのが精一杯というところでした。
おそらくこの時イメージされたマーケティングというのは、売込みのための広告宣伝、あるいは販売促進を指しているのではないかと思います。この社長さんの企業が取り扱う商品は、数千万円もするソリューションで、大々的に宣伝して売り込んでいけば売れるという性格の商品ではありません。ですから「広告とか、展示会に出たりしても」売れるわけじゃないと言う意味では間違いではありません。しかし、それがイコールマーケティングかといえば、そうではありません。
もう1つ別の事例をお話したいと思います。予算2千万円ほどで展示会のブース設営から運営まで一式という案件でした。オリエンテーションでRFP(Request For Proposal)、提案依頼書をいただきますと、その展示会のゴールは「名刺を6000件取ること」だと書かれていました。展示会の評価に名刺の数を掲げるというのは決して珍しいことではないのですが、最近そのことに違和感を感じることがありまして、先方のマーケティング本部長さんとお話させていただきました。そもそも名刺を「取る」という表現も傲慢というものですが、名刺を集めることを「目的」にするというのは、どうなんだろうかと。その名刺は本当に意味があるんでしょうかと。これはもう、大変な議論になります。「いやいや、2千万円かけてやるんだからさ、一番分かりやすい投資の指標は、名刺の数でしょう」「もちろん指標は必要ですが、名刺の数は正しい指標なのでしょうか?」そのうち段々エキサイトすると、私も笑顔ではいましたが「名刺を集めるだけなら、立派なブースを作ったり、企画を立ててプレゼンテーションなんてしなくても、名刺1枚500円で買い取った方が安いですよ。それがあんまりえげつないのなら、たこ焼きでも焼いて、たこ焼きと名刺交換したら、お客さんもそのほうが喜んでくれますよ」というような話をしました。それは流石に少し叱られまして、残念ながらその仕事を失注してしまいました。
私も、熱くなって言いすぎてしまったと反省しているんですが、これには後日談があります。そこの会社の営業担当のトップで常務の方が、「濱口さんさ、うちのマーケが出ている展示会、あれいいんだけどさ、何千件も名刺データもらっても使えないんだよね。メールマガジンの配信部数が増えるのはいいかも知れないけど、あれ全部は追っかけきれないしさ、追っかけても無駄なデータも多いし、何とかしてよ」と言われたのです。
「何とかしてよは、こっちのセリフなんですけど…」とは、思っても言えませんでしたが、何とかしなければいけない問題であるのは間違いありません。これらの話に出てくる方々は、特別マーケティングについて偏った考え方の人ということではありません。というより、こんな話は「マーケティングあるある」ではないでしょうか。
たこ焼きでも焼いて名刺と交換で配ればいい、なんて言いすぎかもしれませんが、実際、展示会でプレゼントの当たる抽選券や飲み物と交換で名刺を集めるブースはあります。そうやって集めた名刺に意味があるのでしょうか? それは、商品を求める人の名刺ではなくて、抽選に参加したい人の名刺でしょう。何千万円もかけて展示会に出て、何千枚という名刺を集める。その後は人数と時間をかけて必死にその名刺を追いかけるわけですが、集め方がおかしければ当たりも少ないわけで、労力ばかりがかかって、結局追いきれなければ紙クズと変わりません。これがマーケティングかと言われれば、到底マーケティングとは言えません。
マーケティングというのは、むしろこういった状態を回避する為に必要な行為です。誰が自社の商品を必要としているか、欲しがっているか、喜んでくれるのか、顧客を探すこと。そして絵を描くこと。お客様が製品やサービスに触れた時に発する感動のシーンを描くのです。「このデザインツールがあれば、今までにない自動車が設計できる」というシーンを1枚の絵にする。そしてその絵の通りになるように道筋をつけていく、これがマーケティングではないでしょうか。その道筋の途中で、もしかしたら名刺を集める必要があるかもしれません。その時は名刺の集め方が変わっているでしょうし、名刺の多寡が単純に展示会に対する投資の指標にはならないかもしれません。
公益社団法人 日本マーケティング協会
マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。
フィリップ・コトラー
マーケティングとは、個人や集団が、製品および価値の創造と交換を通じて、そのニーズやウォンツを満たす社会的・管理的プロセスである。
本書での定義
マーケティングとは、自社の顧客たるべきは誰かを想定して、その人たちが自社の商品に触れた時の感動を創造すること。マーケターの仕事は、その姿を一枚の絵にすること。
もし、マーケティングが理想的に機能すれば、今挙げた事例でも、確実に働き方は変わるでしょう。とにかく数を集めて、それをしらみつぶしにあたっていたのでは時間がいくらあっても足りません。もし、自社の商品に本当に興味がある人、本当に必要としている人だけが集まることに注力すれば、その後の作業は劇的に効率的になるでしょう。6000枚の名刺をしらみつぶしに追いかける必要はなくなるのです。
さて、いよいよ話が見えてきたかと思います。マーケティングをするということは、自社の商品が欲しい人を探し、出会い、感動するシーンを描き、その道筋をつける作業にあります。それは実は、その企業が、社会の中で担っている役割を見つける、役割を発揮する、ということですし、商品やサービスを売る作業を最適化して、目的の無い無駄な仕事をなくしていくことでもあります。
すなわち、売り手によし、買い手によし、世間によしの三方よしの実現を可能とする道筋であり、事業を長期的に継続可能にするための目印となるものです。この目印に向かって、事業全体が邁進していくということを考えれば、マーケティングは経営の最高の機能であると言って相違ないと考えられるわけです。
さて、このマーケティングというものの重要性が理解されておらず、営業補佐の販売促進、宣伝広告ぐらいに捉えられている場面が多いということは前述した通りです。しかし、マーケティング的な思考が全く行われていないかというと、そんなこともありません。というより、この厳しいビジネスシーンを生き抜いている企業は、必ずマーケティングを行っているはずです。それはどこで行われているか。実は経営者の頭の中で行われているというケースがとても多いように思います。
特に、中小企業の創業社長というのは、自身の商品やサービスを誰が必要としているか、誰にどう喜んでもらえるか、そして自分達はどこに向かって進んでいくべきか、それを掴む嗅覚を持って事業を成功に導いているのではないでしょうか。逆に言えば、そういう嗅覚を持っている企業だけが、生き残っているのではないでしょうか。そう、なんのことはないのです。マーケティングが軽視されているように見えて、実は経営者の頭の中で、まさしく経営の最高の機能たる位置で采配をふるっていたのです。
しかし、経営者の頭の中にあるだけでは限界があります。事業の長期的な継続を考えた時に、その機能を次の世代に渡さなければいけないタイミングが必ず来ます。また、そのタイミングを待たずしても、組織が拡大していくにしたがって、経営者の頭の中にあるだけでは、従業員の隅々にまでは届かず、うまく機能しなくなっていくことが多々あります。そうすると、名刺を6000枚集めることを展示会の目標としながら、一方の部署では6000枚の名刺を持て余す、というような不整合が出てくるのです。このようにして、目的の無い無駄な仕事が積み重なっていくのです。
働き方改革をしなければいけません。それは、膨大な仕事を無理やり短時間に詰め込むのでもなければ、やらなければいけない仕事を放棄するのでもなく、最適化によって無理のない仕事に落とし込む必要があります。その為には経営を変える必要があります。より良い未来を創る為に、売り手によし、買い手によし、世間によしの三方よしで、事業が社会に受け入れられて長く円満に続く未来を創らなければいけません。その原動力、車でいえばエンジンにあたるのがマーケティングではないかと思います。
2016年の夏ごろから、このことをたくさんの方に会ってお話させていただいた所、多くのマーケターの方、経営者の方からご賛同をいただくことができました。これを弊社のウェブメディアである『西葛西駅前タイムズ』、縮めて『ニシタイ』や、あるいはメールマガジンに掲載するということをしてきました。しかし、弊社は広告会社、しかもイベントを数多く手掛けております。これをクライアントのみなさん、パートナーのみなさん、たくさんの関係者のみなさんに語り掛け、直接意見を伺う機会を設けてみたらどうかということで、「Bigbeat LIVE マーケティングで経営を変える。」と題しまして、2017年8月1日、赤坂見附の「紀尾井カンファレンス」にてカンファレンスイベントを開催しました。本書は、その際にご登壇いただきました、サイボウズ株式会社 社長室フェロー 野水克也さん、株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野吉記さん、PDCAソーシャル代表 ニール・シェーファーさん、B2Bhack.com主宰 飯室淳史さんの4名の講演内容を、私なりに解釈し、再編集して掲載するものです。本書に掲載される知見のほとんどは、Bigbeat LIVEに登壇いただいたみなさまからいただきましたことをお伝えするとともに、その多大なるご厚意に対し、心から御礼申し上げます。
もっとも、ご登壇いただいた内容そのままでなく、私の解釈が入っている部分があります。そのため本当に内容が消化できていて、100%でお伝えできているか、心もとないところもございます。その意味で、この本のタイトルは「BOOTLEG」とつけました。BOOTLEGは海賊版という意味です。音楽の世界では、非公式のライブ音源からつくられたレコードをBOOTLEGと呼びます。奇跡のライブだったのに、公式に録音されていなかったため後世に残らない。もちろんそれがライブの価値でもあるわけですが、そんな時にファンがどうしてもという想いで、非公式音源をレコードにするんです。しかしこれが、正規のライブアルバムよりも評価が高いことがあります。本書はBigbeat LIVEを書籍化したものなので、いわばライブアルバムです。自画自賛になってしまいますが、志を同じくし、しかも実践しているという頼もしい皆様にご登壇いただけたことで、素晴らしいライブができたと思っています。私もこれをどうしても残したいという想いで、独自に書籍化いたしました。ですからこれは、Bigbeat LIVEのBOOTLEGなのです。
より幸せで豊かな未来を実現するために、働き方を変えなければいけませんし、意味のある働き方改革をするには経営を変えなければいけません。経営を変えるのは、その最高の機能たるマーケティングの役割です。その具体的な考え方と、実際の事例について、これからたっぷり、たくさんのご協力の基に得た知見を、私なりに、お話させていただこうと思います。
この章は、以下を参考に編集しました。
ニール・シェーファーさんの講演
飯室淳史さんの講演
飯室淳史さんのB2Bhack.comの記事
ラオックスと言えば、なんのお店、何屋さんでしょう? 家電量販店、と答える人はどのくらいいますでしょうか? ラオックスは1930年に創業者の谷口正治氏が立ち上げた電気機器の行商が始まりであり、その後家電量販店として拡大を続けました。ですから、ちょっと前のイメージであれば、家電量販店と答える人がいても不思議ではありません。もしかしたら今は、化粧品販売店、と言う人がいるかもしれません、いやいや、時計屋さんだろう、あるいはドラッグストアかも? そんな意見があってもおかしくはありませんね。さらに言えば、何屋さんかと言われても、色んなものを売りすぎてて分からない、という方もいらっしゃることでしょう。そしておそらく、何のお店かと言われれば、免税店である、というのが現状の認識として1番正確ではないでしょうか。ラオックス株式会社のコーポレートサイトでは、ラオックスを「日本国内最大規模の総合免税店ネットワーク」と位置付けています。
創業以来、ラオックスは家電量販店として拡大し、大手家電量販店の1つに数えられていましたが、激化する大手家電量販店同士の競争の中、2001年度に赤字転落。以来赤字が続いていました。2009年に中国最大手家電量販店を営む蘇寧雲商の傘下になると共に、中国出身の実業家 羅怡文氏が社長就任、そして外国人観光客をターゲットとした免税ビジネスを柱として巻き返しに転じます。
免税店として巻き返しを図るラオックスが扱っているのは、どのような商品なのでしょうか。以下は、東京最大の免税店と謳われる「秋葉原ラオックス本店」のフロアガイドです。
1F 理美容家電・化粧雑貨・スーツケース
2F 化粧品 ジャパンコスメラウンジ
3F 海外向け家電製品・生活雑貨・デジタルカメラ・オーディオアクセサリ
4F 民芸品・食品・ホビー・ゲーム・キティグッズ
5F 時計・ジュエリー・ブランドバッグ
6F 薬・健康食品・ベビー用品・ステンレスボトル・スポーツ用品
7F プレミアムファッション・ブランドバッグ
いかがでしょうか、家電量販店という構成では全くないですよね。秋葉原と言えば、電気街であり、アニメやゲームなどのオタクの街としても有名ですが、1階に置いているのは、理美容家電、そして化粧雑貨にスーツケースです。品揃えだけでなく、多言語対応、自動外貨両替機の設置、さらには1つのレジで免税対応ができる独自システムを開発。日本政府観光局(JNTO)の外国人観光案内所にも認定されています。ツアーの外国人観光客が、時間をかけて街中を巡って買い物をしなくても、バスでラオックスにつければ、そこで概ねのものが買えてしまう、という品揃えと仕組みを用意しました。
そしてついに、2014年度に14年ぶりとなる黒字転換を成し遂げます。これを実行したのは誰だ、ということを少し考えていただきたいと思います。中国大手家電量販店の傘下に入り、中国出身の実業家を社長に迎え、中国人観光客を中心としてインバウンド需要を狙い撃った形ですが、内部からすると、誰もがあっさりとインバウンド需要を狙おうと考えられるものでしょうか?
きっとそう簡単ではないでしょう。非常に単純明快なところで言えば、元々ラオックスは家電量販店ですから、家電部門のバイヤーがいるわけです。彼らが化粧品をおきましょうと言えるか、ということですね。これは難しいでしょう、多くの場合は自らの首を絞めるような提案はなかなかできないものです。こういった社内の組織から独立して、需要分析をし、自社の商品やサービス、強みや存在意義をよく理解していて、どの方向に向かうべきかを指し示す、それがマーケティングであるべきです。もし、マーケティングチームが、販促部隊として家電部門の下部組織としてしか機能していなかったら、やはりこういった改革は難しいはずなのですね。
実を言えば、その後、円高であるとか、中国市場にブレーキがかかっていることなどが影響し、いわゆる「爆買い」はあまり期待できず、2016年度ふたたび赤字転落していますので、決して安泰となったわけではありません。2020年の東京オリンピックを考えれば、中国人観光客に限らず、インバウンド需要が今後もあることは予想できますが、その舵取りが難しくなったことは確かです。ラオックスの事例は、厳しい競争のもと10年以上も赤字で苦しんでいた経営を、外国人観光客に狙いをすまして徹底的に改革をして業績を伸ばすというマーケティングの重要性と共に、ビジネス環境が激しく変化していく中で、その波についていく難しさの両方を感じさせます。家電量販店だったラオックスは、化粧品を置いて赤字から脱出しました、しかし、常に変化が求められています。そこには、孤独な存在としてのマーケティング部門が必要なのです。
マーケティングがいかに重要で、いかに難しいか、ラオックスの事例からも多くのことが感じられると思います。しかし、日本はこのマーケティングの分野で圧倒的に遅れていると言わざるを得ない状況があります。GoogleやApple、そしてAmazonなどの世界中の誰もが知る巨大企業を輩出しているアメリカでは、マーケティングは非常に重要な部門として扱われていますし、多くの経営者がマーケティングをおろそかにしては経営できないと考えています。「はじめに」でマーケティングは経営の最高の機能であるとお話しましたが、欧米ではCMO(Chief Marketing Officerの略、最高マーケティング責任者)がそのまま社長となることは決して少なくない、むしろそういうケースは多いとすら言えます。
一方、日本におけるマーケティングというものの捉え方は、これまでお話した通り、広告宣伝か、あるいはカタログ作成、展示会などのイベント担当で、販促によって営業を補佐するという域を出ないものがほとんどです。単独でマーケティング部門がある企業は少なく、CMOが社長になるどころか、存在すらしない企業がほとんどです。
日本のマーケティングは欧米と比べて、なぜ衰退してしまったのでしょう。それは、マーケティングテクノロジーや、スキルの問題ではありません。日本と欧米の歴史的背景の違いこそが、大きな原因と考えられます。ある意味では、日本の発展が原因で、欧米のマーケティングが発展したと言ってもいいかもしれません。
高度経済成長、と言っても、もしかしたら今の社会人のみなさんからすると、実体験としては知らない人の方が多いかもしれません。いまさらですが、高度経済成長というのは、経済の規模が大きく成長する、しかも継続して成長していく期間を指し、定義としては実質経済成長率、物価の変動率を除いた国内総生産の成長率を指しますが、これが10%以上を示している期間を言います。そして日本における高度経済成長の期間は、1954年から1973年です。その後、円高不況を経て、バブル経済、そしてバブル崩壊、失われた10年へと続いていきます。
2016年度の実質経済成長率は1・3%で、2年続けて1%を超えて景気が改善している、と喜んでいるような状況です。それに比べると10%以上の状態が19年間続くということのすごさが、その時代を体感していない若いみなさまにもなんとなくお分かりいただけるかと思います。
高度経済成長の頃の日本は、作れば売れた時代で、製造業こそが中心の時代でした。当時を振り返れば、品質の高いものを作ることができさえすれば飛ぶように売れていき、売り手である営業も、人数を集めれば集めた分だけ、みんながどんどん売っていく、そんな時代でした。物質的にまだ充足していない時代ですから、みんなが物を欲しがりました。また、情報源も非常に少なく、自分だけが欲しい自分だけの物を探すというより、みんなが欲しがっているものをみんなが買うという時代です。1950年代後半は「白黒テレビ」「洗濯機」「冷蔵庫」が三種の神器と呼ばれ、とにかく誰もがこれを欲しがりました。その後、1964年の東京オリンピックでカラーテレビが爆発的に普及するのをきっかけに、「カラーテレビ」「クーラー」「自動車」の3つが新たな三種の神器とされて、Color television、Cooler、Carの頭文字から「3C」とも呼ばれました。今、三種の神器ってなんでしょうか? 思いつきますか? 思いつかないですよね、今はみんなが同じような3種類の商品に飛びつくという時代ではないのです。
そんな、みんなが欲しがっているものをみんなが買うという時代の物の売り方は、マスメディア戦略です。とにかく物質的な豊かさが求められた時代、そしてみんなが欲しいものをみんなが欲しがった時代、テレビやラジオ、新聞などのマスメディアでコマーシャルによるマスマーケティングをし、「みんなこれを持っていますよ、あなたはまだ買っていないのですか」と煽れば売上が伸びていった時代です。洗濯機があれば、家事がとても楽になって、生活が豊かになる、そんなことをテレビで大々的に宣伝し「お隣は洗濯機を買ったのに、うちはまだなのですか」というようなムードを作っていました。1966年に放送された三洋電機の「サンヨーカラーテレビ」でエノケンの愛称で知られる当時の大人気コメディアン榎本健一さんが歌うCMソング「うちのテレビにゃ色がない となりのテレビにゃ色がある」は、まさにそんな時代を象徴しているかもしれません。
高度経済成長期を経た後も、テレビCMはサントリーをはじめとして、個人消費者向けのマスマーケティングによって世間をにぎわせ、糸井重里さんなどのコピーライターを輩出します。特に、糸井重里さんによる西武百貨店のキャッチコピーは時代を反映して大変に興味深く、例えば1982年の「おいしい生活。」は、それまでの物質的豊かさによる生活水準の向上という価値観から、文化的価値観への転換を見事に表現していますし、1988年の「ほしいものが、ほしいわ。」は、大衆が横並びで同じものを求めていた時代が、自分だけの本当の欲しいものを探すという時代の変化を捉えています。
こうして、日本のマーケティング分野は、広告宣伝であるというイメージが強く植え付けられていくことになります。結果的に、日本でマーケティングとしてやることと言えば、宣伝、広告、販促、カタログ作成、イベント、展示会、ウェブ制作、プレスリリースというものになってしまいました。これは時代背景や、日本という国がアメリカなどと比較した時に価値観が均質で、同じ情報をマスメディアで一気に流した時に同じ反応が得られることが多かったというような事情と照らし合わせると、当然のこととも言えます。
そんな高度経済成長による空前の好景気を日本が謳歌している頃、欧米はどうやって対抗するかということをずっと考えていました。日本が製造業で世界のシェアを牽引しているさなか、しかも、多様な価値観によって構成されているアメリカのような国は、ただみんな一緒に豊かになろうでは、売れません。その結果「とにかく大量に宣伝しよう」ではなく「誰に、どんな価値を、どうやって伝えて、製品を売ればいいのか」ということが徹底的に考えられ、研究、そして実践が繰り返されました。
日本では、マーケティングは宣伝広告だという認識が大半を占め、その進化が止まり、位置づけも営業の補佐というところに押し込められてしまいました。欧米では、経営者はマーケティングを研究し、マーケティングを駆使して商品を売る道筋をつけるのが当たり前になり、さらには、経営者がマーケティングを身につけるのは当然のこととなりました。結果的に、経営するということの大きな部分がマーケティングで占められ、マーケティングが経営の最高の機能になっているのです。
文化的背景、そして歴史的な経緯により、日本と欧米ではマーケティングに対する考え方や、経営における地位に大きな差がついていることをお話してきましたが、もう少し、現在において両者がどのように異なっているか、そして、なぜ多くの日本の企業はマーケティングができないかというところに踏み込んでお話したいと思います。
理由の1つとしては、私達がこれを言うのは大変に気が重いところではありますが、広告代理店の責任というのがあると思います。結局のところ、マーケティング、といいながら、広告宣伝や販促の類でしかないのですが、それを広告代理店に丸投げするというケースが少なくありません。そもそも、企業の中にマーケティング担当が1人しかおらず、その方がカタログや展示会といったことを代理店に丸投げして、それでマーケティング活動をしている、というケースです。しかし、代理店に広告宣伝のタスクを丸投げしても、社内のマーケティングに関する知見は中々蓄積されません。結果、うまくいかなければ広告代理店を変えろということになるわけですが、広告代理店を選ぶ工程にも問題が潜んでいます。
多くの企業が広告代理店を選ぶ時、まず考えるのはコンペです。実は、欧米と比較して日本企業は案件ごとのコンペを好む傾向にあるようです。これは、自社のマーケティングに基づいて信頼できるパートナーと長期の戦略を組むのが欧米のやり方だとすると、少数のマーケティング担当者がその都度広告代理店に丸投げしていて、その広告代理店を選ぶ方法としてコンペが行われているというのが日本のやり方になります。公平に優秀な業者を選択する方法としてもちろんコンペの有用性は否定できません。しかし、あまりに多いコンペは広告代理店を疲弊させます。その結果どういうことが起こるかというと、本来のマーケティング活動に注がれるべきリソースが、コンペによって失われていきます。コンペの為の提案は非常に大きな労力を要します。あらゆる企業があらゆる広告代理店にコンペを要求することで、全体のリソースが大きく失われ、競争力を失っていくことになります。広告代理店がこの状況を脱するには、自分達のするべき仕事を決め、勇気を出して、コンペを辞退する選択肢を持つ必要があります。
実際のところ、コンペを繰り返し、広告代理店をクルクル変えてみても、企業の中のマーケティングに対する姿勢が同じであれば、結果は大きく変わりません。冒頭お話したように、マーケティング担当者が営業の下部組織的な販促支援と考えられていて、展示会で何千枚の名刺を獲得するのがタスクであり、その多寡によって評価が決まるとなれば、営業の立場や役割、仕事に対する評価基準が変わらない限り大きな変化はないのです。
実はこれは私達の営業の間ではよくある話なのですが、RFPをもらって、プレゼンをして、コンペが通ってから、やっと本当のお話ができる、ということがあります。つまり、RFPには名刺何千枚と書かれていたとして、コンペを通る段においてはその為の施策は当然提案せざるを得ません。しかし、コンペが終わって、クライアントとパートナーシップが組めた時に、もちろん提案通りにして名刺を集める施策をすることは可能ですけれど、本当に名刺を何千枚も集めることで今後の御社の仕事がうまくいくのでしょうか、成果があがるのでしょうか、そこについて一緒に少しでも考えさせていただけませんか、というお話ができます。そこで初めてマーケティングができますが、もっと最初の時点から、パートナーとしてお互いに試行錯誤ができれば、もっともっと色んな提案ができて、やれることも増えていくはずなのです。しかし、実際にはなかなか難しい現実があります。これは、広告代理店が反省するべき点で課題でもあり、クライアントのみなさんと一緒に改善していきたいと思う点でもあります。
結局のところ、マーケティングというものの認識が広告宣伝であり、それが営業の下部組織として少数の担当者にまかせっきり。結果として、カタログ制作や展示会などの案件を広告代理店に丸投げするだけというケースが多く、それはマーケティングが弱いというよりは、マーケティングをしてないに等しい状況です。
もう1つの理由は、企業の構造にあります。広告代理店へ丸投げという話よりは、組織の体質の話で、改善がより難しいかもしれません。日本と欧米の企業構造を比較した時に、日本は自律分散型で、欧米は中央集権型と言えます。これは必ずしもどちらかがいいという話ではありません。どちらにもいいところと悪いところはあります。
日本の企業は自律分散型、つまり社長が逐一命令を下さなくても、それぞれが考えて動ける組織になっています。これはどうしてそういうことができるかというと、企業組織が縦割りになっていて、プロセスを重視して物事が流れていくからです。手順通りに仕事をすることが重要で、手順がしっかり決まっていれば、放っておいてもこなしていきます。マーケティング担当は、時期が来れば展示会に出展する為の準備をこなして、前年と比べて集めた名刺の数がどれくらい増えたかという評価を基準に仕事をしてくれるわけです。それぞれが与えられた役割通りに自律的に仕事をしてくれるというのは、決して悪いことではありません、それは欧米も真似したい部分があるはずです。
欧米の企業はどうかというと、中央集権型。まず中央に理念があります、その理念が強烈で全員が理念を共有しています。そのうえで、戦略とスピードが重要視されてものごとが動いていきます。それこそアメリカでは、様々な国の、色んな文化を背景に持った人間が集まって仕事をするということが前提ですから、全く考え方の違う人間が一緒に仕事をするために、企業の理念はしっかりと握りあっている、そういう世界です。
日本の自律分散型は、安定的に、まじめに仕事をするいい組織なのですが、環境の変化には弱い側面があります。プロセスを重要視するので、物事が大きく変化している時についていけません。変化が苦手な組織です。これはマーケティングに向いているとは言えません。マーケティング部隊が経営戦略を練って、そこで大きな道筋が見えたら、全体が一気にそこに向かって変化していく、という形態をとれないのです。
こういった違いはおそらく、ビジネスに限ったものではありません。例えば街並みを見ても両者の違いが感じられることがあります。日本の街並みというのは、もちろん京都などの例外はありますが、綺麗に区画整理された街というのは多くありません。最近ですと、スマートフォンの地図アプリが非常に便利で、街中で番地を確認しながら歩くということは少なくなりましたが、ちょっと前までは、営業の仕事で住所と地図を頼りに自分で目的地を探す、ということがしばしばありました。初めての土地で住所を確認しながら歩くと、1丁目、2丁目の隣に、急に5丁目がきて3丁目はどこに行ったんだ、なんてこと、ありますよね。日本の住所というのは、そこに何かができた順番にふられていくものなので、こっちに先にみんなが住んでいて、そのうちあっちの井戸から水がでたからそちらの方にも家が建って、その間のところが道になって…そんな具合で街ができていくと、住所があっちこっちにとんでいくようなことが起こります。街というのはそこで暮らす人達の生活のプロセスの中でできていき、そこに番地が振られていくのが日本です。自律分散型の街と言えそうですよね? 一方で欧米の街並みは、日本人が旅行で訪れると驚くほど整然と整頓されている街がとても多いです。碁盤の目であったり、あるいはパリのように放射状に道が通る街であったり。これは明らかに政治や宗教などの大きな意志の元に作られた街です。中央集権型の街と言えるでしょう。
日本と欧米のビジネスの違いは、その歴史や文化的背景と繋がっていて、意味のあるものでしょう。しかし、その違いは今日において、マーケティングのあり方、ひいてはビジネス戦略を持って時代の変化についていけるかという点において、大きな差を生み出しています。前述した通り、必ずしもどちらが良いというわけではなく、日本の自律分散型組織にも強みはあります。とすれば、私達日本人としては、日本の良さは残しつつも、欧米のような理念と戦略にもとづくスピーディーな展開をどう獲得するかということを考える必要があるでしょう。マーケティングが営業の下部組織において、広告宣伝や販促案件を広告代理店に丸投げしているだけでは決して構造は変わりません。なぜなら、企業の理念にもとづいて、誰に何をどうやって売ろうかという道筋をつけるのがマーケティングの役割だからです。マーケティングが経営の最高の機能として、時代の変化を掴んでいかなければ、中央集権型の変化に強い経営には近づかないのです。マーケティングを街のど真ん中において、意志のある街づくりをする必要があるのです。
この章は、以下を参考に編集しました。
飯室淳史さんの講演
飯室淳史さんのB2Bhack.comの記事
日本の企業には、もっとマーケティングが必要です。だとしたら、どうしたらいいのか、何をすればいいのか、そう聞きたくなりますよね。でも、あせってはいけません。ちょっと調べれば、マーケティング手法というのは山のように出てきます。そして、全てがそうだとは言いませんが、多くのマーケティングを紹介する文言には、これによって一気にビジネスが上手く転がり出すかのようなことが書いてありがちです。しかし、ビジネスがそんなに簡単なものではないことは、本書をご覧になっている方々なら身に染みて分かっているのではないでしょうか。「〇〇〇〇マーケティング」なんていうものに安易に飛びついて、労せずして結果が出たりなんてしません。そしてそういった経験がまた、マーケティングというものの信用を下げていくのです。
なぜこういった「〇〇〇〇マーケティング」というものが氾濫するのでしょうか。それは、多くの人がそれに興味を持つからです。ダイエットに例えてみると少し分かりやすいかもしれません。ダイエットをするのにまず考えるべきは、自分の生活全般に対する態度とその環境でしょう。食事の量やカロリー管理はもちろんのこと、規則正しい食事のタイミング、食事だけでなく、睡眠時間、そして適度な運動、生活習慣が全ての基盤になります。それらを実現させることを考えれば、仕事の仕方や家事のこなし方についても見直す必要があります。そして、ストレスをできるだけなくし、健康的で無理のない生活を毎日続けましょう、と言ってみたところで、そんな当たり前で気が遠くなるぐらい面倒な話に誰が興味をそそられるでしょうか。それよりは「キャベツだけを食べ続けて一気に何キロ痩せるキャベツダイエット!」と言う方がよっぽど食いつく人が多くなります。
しかし、考えてみてください。食生活も、生活習慣も、仕事のストレスや睡眠時間も、全部無視して、とりあえずキャベツだけ食べてみて痩せよう、ということがうまくいくでしょうか。瞬間的には効果があるかもしれませんね。でも、それで長期に渡って健康な体を維持できるとは思えません。キャベツをリンゴに変えたり、あるいは炭水化物を抜いてみたりしても、生活の基本ができていないのであれば、中々うまくはいかないでしょう。同じことがマーケティングについても言えます。
何かを改善しようとするとき、まず考えるのは「どうするのか」です。つまり、Howでしょう。この本を手にしている皆さんの中にも、Howが書いてあるに違いないと思われているかもしれません。ハウツー本ということですね。もちろん、Howも必要ではあります。しかしものごとには順番があります。自分の生活基盤を無視して極端なダイエットをしても長くは続かないように、いきなりHowを求めてもなかなかうまくはいきません。
How、つまり、どうするのかの前に、Whatがあるはずです。もう少しダイエットの例でお話しましょう。何を、どうするのか。ダイエットというのは、何をするんでしょうか。体重を減らすんでしょうか? そうとは限りません。というより、むしろ、体重を純粋に減らしたい人なんて、ボクサーや柔道など体重制限のあるスポーツをしている人ぐらいではないでしょうか。例えば、内臓脂肪やコレステロールを減らしたい人もいれば、スタイルを良くしたい人もいますよね。
さあ、もう1歩先にいきましょう。Whatでもまだ足りないのです。それより手前に、Whyがあるのです。なぜ、そうしたいのか。そう、目的です。1番大切なのは目的で、これを見失ったまま進もうとしてもうまくいかないのは当たり前です。しかし、恐ろしいことに、目的を見失ったままいきなりキャベツばかり食べだして、うまくいくのいかないのという話をしている人がとてもたくさんいるのです。健康で長生きをしたい、というのが目的で、内臓脂肪やコレステロールを減らしたいなら、どうやってダイエットするべきでしょうか。これはもう、絶対に極端な食事制限で短期間に痩せるダイエットなんてしちゃダメですよね。無意味どころか、逆効果です。毎日残業に次ぐ残業で、たまったストレスを夜な夜な飲み歩いて解消して太ってしまったから、キャベツダイエットで体重を減らそうなんて考えれば、命を削っているとしか考えられません。その働き方を真っ先に改めなければダイエットなんて何の意味もないでしょう。
「夏の間にどうしても着たい水着がある」が目的で、「スタイルを良くする」なら、瞬間的に痩せる為の強引なダイエットもありかもしれません。でも、同じスタイルを良くするのでも、目的が異性にもてたい、結婚したいだったら、そもそもスタイルが悪いから異性に好かれないのか考え直した方がいいかもしれません。その目的は、ダイエットによって達成されない可能性も十分にあります。
ダイエットに例えると、なんだか笑い話でマヌケに思えるかもしれませんが、ビジネスの現場でも、Whyがすっぽり抜け落ちたまま、Whatもなく、いきなりHowに飛びついている例はごまんとあります。そのとても身近な例は、ツールの導入かもしれません。
さて、本書は健康本ではありませんから、ビジネスの話に戻しましょう。Whyが抜け落ちてHowから始めてしまう、その非常に身近な例はツールの導入かもしれません。マーケティングツール、最近ではデジタルツールが山のようにあります。SFA、CRMにMA、DMP。アルファベットが並ぶと目がチカチカしてしまいます。ツールは便利で、うまく使えば効果的なものです。しかし、導入すればたちまち効果が表れるというものではありません。Whyが抜け落ちたまま、Whatもおぼつかなく、この最新のMAツールを入れればマーケティングと営業の連携が強化されて、キャンペーンが盛り上がって売上アップにつながるらしい、なんて、ビジネスはそんなに簡単ではありません。
話を分かりやすくするために、「Microsoft PowerPoint」を例にとってお話してみましょう。パワーポイント、使ったことの無い人、ほとんどいませんよね? 多くのビジネスマンが使う、基本中の基本と言えるツールです。さて、このパワーポイント、どんどんバージョンアップがされていて、機能が追加されています。コンペになかなか通らない人に、パワーポイントが古いから提案が通らないんじゃないか、と話をしてみます。
「最新バージョンのパワーポイントだったら、多彩なアニメーションに、効果音も簡単につけられ、動画やBGMの再生も容易にでき、デザインだってオプションから選ぶだけで見栄えの良いものが簡単にできあがりますよ。」なんて言ってみたらどうでしょうか。嘘はついていません、きっと新しいパワーポイントを使ったら、それはそれは多彩な機能がついていることでしょう。でもそれで、本当にプレゼンテーションは良くなるんでしょうか。もっと言えば、コンペに通るのでしょうか。さらに言えば、仕事を受注できたとして、クライアントは満足するのでしょうか。
今時パワーポイントにそこまでの幻想を抱いている人はいませんよね。おそらくこれを読んでいるみなさんもお気づきの通り、いくらパワーポイントを変えても、提案自体が変わらなければ結果は同じでしょう。高級一眼レフを買っても人を感動させる写真が撮れるわけではありませんし、高い楽器を買ってもコンサートに人が呼べるわけではありませんし、高いクラブを買ったからといってゴルフのスコアが良くなるわけではありません。練習するキッカケ、モチベーションにはなるかもしれませんが…
同様に、パワーポイントを新しくしたからと言って、提案の質が急激に変わるわけではありません。そんなことは誰でも分かっているわけですが、これが新しくて、機能もたくさんあるツールとなると、その判断が危うくなることがあります。最近でいえば、MAツールなどはそういった例があるようです。
MAツール、つまり「マーケティングオートメーション(Marketing Automation)」、メール配信やウェブ訪問の管理、リードスコアリング、リードナーチャリングといった分析、活動を一括管理するツールです。ウェブサイトやメール配信などでリードを獲得、それらが商談へと進む段階にあるかを評価し、効率よく商談へと進むリードを育て、営業に渡していくツールです。MAツールがあればリードを効率的に取得し、顧客の購入意欲を高め、商談機会を何倍にも増やしていく、なんていうのが売り文句だったりしますね。しかし、残念ながらパワーポイントと同様に、MAツールさえ入れればどんな現場でもたちまち商談が増える、なんていう代物ではありません。うまく活用できる企業がある一方で、MAが広がれば広がるほど、多彩な機能を使いこなせなかったり、ほとんど使わずに放置してしまう企業さえあります。どうしてこんなことが起こるのか。それはそもそも、目的を持たずに導入しているからでしょう。以下は、MAツールを導入する理由を挙げたものです。
・MAを使って成果があがった実績を提示されたから。
・MAを導入しないとデジタル時代に取り残されるから。
・他社が使っていることに焦りを感じるから。
・多彩な機能に魅力を感じるから。
・誰でも簡単にすぐ使えると言われたから。
・無償期間があるからとりあえず試してみたい。
いかがでしょうか、よく聞いたことのある文言じゃないでしょうか。MAを使ったことで商談の機会が増えますよ、成約率が伸びますよ、実際導入した企業の何%でこれだけの実績があります、というセールストークはとても多いと思います。こういったセールストークに説得力を感じて使い始めるものの…どうにも成果がでない、ややもすればうまくいかないからせっかく導入したのに買い替えを検討する、なんていう例もあります。なぜこんなことが起こるのでしょうか。今度は、MAツールを導入したものの、うまくいかない理由の例を、以下に挙げてみます。
・そもそもマーケティング専門部署がなく、時間を割いて積極的に使い方を覚える人間がいない。
・宣伝、広告、メルマガ担当のマーケティング部門はあるものの、マーケティング戦略を行う担当がいないので、高価なメルマガツールになってしまう。
・マーケティング部門はあるがITリテラシーがない。
・MAを活用するには、前提として優良なコンテンツが必要であると言うことを理解していない。
・リードの数はあるが、質が悪く、そもそもリードの活用がうまくいかない。
上記のような状況を脱出する為には、どうしたらよいでしょうか。問題1つ1つと向き合って解決していくというのはいかがでしょう。時間を割いて使い方を覚える人間がいないなら、きちんとそこに人員を配置して覚えさせてみる、それはなかなかよさそうな考えに思えます。でも、あまりオススメしません。なぜならそれは、提案の中身が変わっていないのに、最新バージョンのパワーポイントを使いこなそうとアニメーションやら効果やらをいじくりまわしているのと同じだからです。さあ、最初の話に戻りましょう。何の目的意識もなくひたすらキャベツだけ食べても意味がないどころか、かえってマズイことになるんでしたよね。
MAツールの活用というのは、手段です、まさしくHowの部分です。最初からHowに飛びついてはいけないのです。手をかえ品をかえ、実は同じようなことを何度も何度も申しておりますが、これはそれだけ大切なことです。そして、大切なことなのに忘れがちで、いつもどこかの現場で順番がひっくり返ってしまうからなのです。Howよりも先に、何をするのか、Whatがあって、さらに言えば、Whatの前に、なぜするのか、Whyを考えなければいけないのです。Whyなくして一足飛びにMAツールを購入すれば、目的の無いまま、何をどうするのかも分からず、うまく使うには…と頭を悩ませることになり、ややもすれば現場から、なぜこんなものを使わなければいけないんだと反発にあうことさえあります。これは当たり前のことです。だって、Whyがあやふやなのですから、「なぜ」と聞かれるのは至極真っ当な話です。
いきなりHowから入ってもだめだ、Whyから考えなくては意味がないというのはお分かりいただけたかと思います。じゃあ、Whyというのは誰が考えるのでしょうか? どうやって決まるのでしょうか? 私達は何がしたくて、なぜそうしたいんだ、というのは抽象的で難しい問題です。しかし、多くの場合、企業は働く人間の間でこれをある程度共有しています。これは、はっきりと明文化されている場合もありますし、暗黙知として共有している場合もあります。企業文化と言えば分かりやすいでしょうか。理念や価値観と言い換えてもいいかもしれません。
人間だったら人生観です。ダイエットの話でいえば、健康の為に痩せたい人と、異性に好かれる為に痩せたい人と、体重別のスポーツで試合に出る人では、文化も価値観もまるで違うのです。文化が違うから目的も違いますし、自ずと戦略が異なり、手段が変わります。
企業だって同じです。企業には文化があって価値観を共有していて、そこと全く乖離して、いきなりツールを導入してもうまくいくわけがありません。ですから、営業が上手くいかない現状を変えようという時に、いきなりツールを変えたところで、なかなかうまくはいかないでしょう。それは、やみくもにダイエットの手法を変えては失敗するのと同じです。変えるべきは、文化なのです。
アクセプタンスという言葉があります。直訳すれば「受容」ということになりますが、要は受け入れ度合いというようなことです。ものごとの成果や結果というのは、クオリティ、つまり質と、アクセプタンスの掛け算で表現できるんじゃないかと思っています。掛け算、ここが大事です、足し算ではありません。クオリティが1でアクセプタンスも1なら1の結果がでます。妥当な結果です。MAツールの話だとしましょう、素晴らしい高性能で多機能なMAツールがあって、クオリティが2、いや、3あったら、結果も素晴らしいものが出そうなものです。しかし、これまでお話したような状況、文化がない、MAツールを使うべき目的が見えていない、むしろ「なぜMAツールなんて使わなきゃいけないの?」という状況は、アクセプタンスが0です。だったら、クオリティが2でも、3でも、10でも、成果は0です。逆に、クオリティが多少低くて0・8とか、0・7でも、アクセプタンスが1あればそれなりの結果はでます。これは、パワーポイントのバージョンが多少低くてもプレゼンがどうにかなるのと一緒です。文化や価値観と乖離して、アクセプタンスができていないところに、無理やり導入してはいけないのです。
さあ、企業の文化を創るのは、企業の文化を変えるのは、誰の仕事でしょうか。みなさんの会社には文化担当役員はいらっしゃいますでしょうか。いませんよね。企業の文化や価値観を創る、あるいは変える、これはやっぱり経営の仕事でしょうね。じゃあ、経営が何をもって文化や価値観を変えていくかと言えば、マーケティングになるわけです。企業の文化を変えていく為にマーケティングは何をしなければいけないでしょうか? ここで企業の文化がどのように変わっていくか、変わった結果何が起こるかという点について事例を交えてお話していきます。その前に顧客満足度調査とネットプロモータースコアについて少しお話ししましょう。
顧客満足度調査といえば、お客様への理解を深めるメジャーな方法です。顧客満足度調査によって自分達の顧客を知り、そこからやるべきことを見つけ出し、戦略を立て、そしてHowのところにおろしていく…と考えるとよさそうなのですが、実は顧客満足度調査自体が、文化と戦略の欠如によって無意味化するということが良くあります。むしろ顧客満足度調査なんてしない方がいい、ということすらあり得るのです。
顧客満足度調査をして、その後どうするかというと、報告書に載せるという場面が非常に多いかと思います。既に製品やサービスを使ってくださっているお客様の満足度です。「満足ですか」と聞いたら、7割、8割、「満足しています」と答えてくれて不思議はありません。逆に8割の人が「不満である」と答えたら、それは経営の危機かもしれませんが、危機を知らせてくれたという意味で顧客満足度調査は機能していると言えるでしょう。
顧客満足度調査は健康診断に例えられることが良くあります。健康診断で、病気や、具合の悪いところが見つかれば、治療することができますから、顧客満足度調査でお客様の不満が見つかれば、それを改善するアクションも起こせます。しかし、前述の通り、既に製品やサービスを利用しているお客様に満足度調査をして、それで7割、8割の人が満足しているという回答をもらって、それを報告書に掲載して事なきを得る。そういうことをしていて、結局なんのアクションも起こさないどころか、なんのアクションも起こさなくていいと思いこむ材料になっているとしたら、それはやらない方がいいとすら言えそうです。
そこで、顧客満足度に代わる指標として、ネットプロモータースコア(NPS)に注目してみたいと思います。NPSはロイヤリティマーケティングの権威であるフレッド・ライクヘルドが提唱した指標です。「顧客推奨度」や「正味推奨者比率」などと訳される場合もあります。簡単に言えば、ある企業、あるいは商品、あるいはサービスなどを、家族や友人、同僚に勧める可能性がどの程度ありますか、という質問を0点から10点で評価してもらい、点数に応じてグループ分けするという方法です。
推奨者 スコア10~9点。いわゆる、ファン。製品やサービスを実際に購入、愛用してくれるだけでなく、周りに利用者を増やそうとしてくれる人。
中立者 スコア8~7点。製品やサービスに満足はしているものの、特別には思っていない人達。何かのきっかけで他社に傾く可能性の高い人達。顧客満足度調査においては、彼らは満足していると答える場合が多いので、問題を顕在化できません。
批判者 スコア6~0点。製品やサービスに不満を持ち、周りにネガティブなコメントをする人達。
NPSは複数の顧客に対して行い、グループ分けした推奨者、中立者、批判者の割合を算出して、推奨者から批判者のパーセンテージを引いた数字をポイントとします。100人の顧客を調査し、推奨者が50%、批判者が10%であれば、ポイントは40となります。同様に、推奨者が60%、批判者が20%でも40ポイントです。
NPSが素晴らしいのは、何かしてくれるお客様を探し出す指標であるということです。顧客満足度調査では満足していると言いながらいつでも他の製品に流れてしまう危険性をもっているお客様を発見することができず、一方でNPSであれば、製品を周りに広めてくれるインフルエンサーを探し出すことができます。
大変おまたせしました、やっと事例についてお話することができます。Bigbeat LIVEでご登壇いただき、今ご説明しているNPSも含め、本書に多大なる知見をいただいているB2Bhack.com主宰の飯室淳史さんは、NPSによって顧客から宝の山がもたらされたと言います。これは、彼がGE Healthcareで活躍していたころの話です。
GEでは、2007年からグローバルの方針でNPSを経営の指標とする、と決められたそうです。実は当時、飯室さんはNPSをどのように活用するかということに注目しておらず、NPSを測ること自体が目的化し、子細なレポートには目を通さず、なかなかポイントがあがらないといったことを感じていたそうです。これはつまり、文化が備わってなく、アクセプタンスができてない状態だったということですね。文化がなく、アクセプタンスがなければ、NPSにしても顧客満足度調査にしても機能しないのは同じことです。
しかし、NPSを導入してから2年後のある日、飯室さんは何気なく、50人分のNPSのレポートすべてに目を通しました。そこで衝撃が走ります。そこには、わざわざ丁寧に答えてあげる義理もないはずのお客様からの「こうすればもっと良くなる」という真摯な提言、そして、深夜まで修理を続けるエンジニアの方々への感謝の言葉、対応が迅速で的確な営業の名前、そして、GEが提供している製品がどのくらい研究を助けているかという言葉が綴られていたのだそうです。もちろん、厳しい指摘もありましたが、それ以上に、涙なくして読めないほどの大きな大きな期待が、そのレポートからは感じ取れました。
飯室さんは、おそらく、このレポートを読んだことで、NPSに対するアクセプタンスが出来上がったのだと思います。文化が変わった瞬間ですね。彼は早速、営業本部長やマーケティング本部長、物流本部長にサービス本部長といった経営戦略のチームを招集。NPSのレポートを全員で読むことにしました。全員が1枚1枚を丁寧に読み込み、その中で気になったところをポストイットに書き出したところ、結果ポストイットは300枚以上にもなりました。これはまるで、宝の山です。
この300枚のポストイットを似たグループごとに分類していくと、感謝の声・叱責の声、製品の品質について、価格について、社員のスキルや経験、行動の品質について、そして製品開発スピードについてということで、5つのグループに分類できました。この5つにわけたグループをさらにマトリックスをもちいて、得られる成果と難易度の高低から4つのグループにわけていきました。
成果が高く、難易度が低い → すぐにやる
成果が低く、難易度が低い → すぐにやるの次の候補
成果が高く、難易度が高い → 長期的に重要
成果が低く、難易度が高い → やる価値がない
こうなれば、あとは「すぐにやる」から始めるだけです。しかし、経営戦略チームでNPSを読みこんだ結果、やろうと決めたことは少し違うことでした。これは、それぞれの責任者が言いだした、ということなのですが、まず真っ先にすることは社員200人全員がこのお客様の声を読むことだと決めたそうです。人日に換算すれば大変な工数を要する作業となりますが、遠回りのようでいて、それが1番の近道だと考えた、ということではないでしょうか。
各部署の責任者は、50人分のレポートのコピーを持ち帰り、それぞれの部署で抄読会を開き、徹底して全ての社員が全てのレポートを完全に目を通すという機会を作りました。それは最終的に2ヶ月の時間がかかったそうですが、結果、飯室さんが当初考えていたよりも遥かに大きい影響がありました。社員の間に感謝の気持ちや誇りが生まれ、同時に後悔と反省する機会を持ち、顧客満足度やNPSの数字だけを見て上がった下がったと一喜一憂することが無くなったそうです。
飯室さんが体験したモデルケースが非常に興味深いのは、NPSを単に計測して数字の上下を追っているだけではほとんど何も変わりませんでしたが、レポートを読んだことで、お客様の声に耳を傾けるべきだと気がついたことです。そうすると何が変わるのか、ゴールが変わります。お客様の声を聴いたことで、製品を売ることがゴールではなく、お客様の目標を達成する、お客様の成果を最大化することがゴールになりました。結果、お客様は製品やサービス、企業のファンになり、周りに勧めたくなる、NPSがあがるという循環ができあがります。これはまさに、文化が生まれ、価値観が変わった瞬間ではないでしょうか。
さらに興味深いのは、飯室さんがとった行動でしょう。レポートを分析することによって今何をするべきかは考えつつも、それよりも優先したことは、自分の中におきた価値変化を、各部署のトップに伝え、そしてそのトップが各部署へと伝えるという、文化の伝達の仕組みを作り上げていったことです。
マーケティングが弱い、マーケティングで経営が変わる、と言われると、じゃあどうすればいいんだと思いがちですが、文化の無い中でHowだけを変えても、ツールだけを求めても、大きな成果は望めません。なぜマーケティングで経営が変わるのかと言えば、ツールによって経営が変わるからではなく、そのもっと上流で、文化を変えるのがマーケティングであるからです。文化を作り、戦略を練って、そしてその先にやっとツールや手段が現れます。飯室さんのケースでも明らかだったように、もしかすると、今使っているツールだって、文化と戦略、そしてアクセプタンスがしっかりと整っていれば、全く違う結果をもたらす可能性があるのです。
ダイエットの目的もはっきりしないでキャベツだけ食べてもいいことはありません、コンペに勝てない理由をパワーポイントに求めても仕方がないのです。目的地も分からないまま航海に出てからでは遅いのと同じように、灯台を建て、地図を広げ、行くべき方向を見定めて、それからやっと、どうやってこの航海を安全に、迅速に、実りある豊かなものにしていけばいいのか、その方法を考えることができるのです。
この章は、以下を参考に編集しました。
関野吉記さんの講演
真っ赤なロゴが印象的な世界に名だたる日本発のアパレルブランド。カジュアルでシンプルで使いやすく、日本人だったら誰でも知っている、というぐらい有名なブランドです。でもその赤色、実は今と昔で微妙に色が違いました。以前はもう少しえんじがかった、赤というよりは、少し紅に寄った、あるいはワインレッドに近い色合いです。それが、2006年11月にニューヨークの旗艦店をオープンした際、著名なデザイナーによって新しいロゴが作られました。実はこの時、このアパレルブランドの海外進出挑戦は3度目でした。
このブランドの海外進出は2001年イギリスからスタートしましたが、2006年時点では、香港を除き、ほとんどが赤字でした。しかしこれが、2008年には黒字化、以降、グローバル化の一途をたどります。2006年のニューヨーク進出とそれに伴う新しいロゴは、デザインのパワーによるブランドイメージの刷新の成功例として称えられます。
このニューヨーク進出時におけるブランディングに携わっていたのは、Bigbeat LIVEでご登壇いただいた株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野吉記さんでした。関野さんにロゴマークを変えることで業績が伸びるか、と聞くと、きっぱり「全く関係ないです」と答えられます。関野さんは地方自治体のコンサルティングもされていて、その事例の中で、愛媛県にある日本最大のタオル生産地によるタオルブランドがあります。これは経済産業省が推進する「JAPANブランド育成支援事業」の一環で、地域の中小企業を支援し、海外マーケットで通用するジャパンブランドを立ち上げようという仕組みのモデルケースであり、地域再生の事例としてたびたび取り上げられています。このタオルの事例を見た自治体がやはり関野さんに「タオルのロゴマーク作ったら伸びますか」と聞きに来るそうですが、やはり、そんなことでは伸びないと答えてらっしゃるそうです。もちろん、関野さんは素晴らしい仕事をしてらっしゃると思うんですが、ご本人の弁によると、デザイナーやブランディングの仕事をしている人間がいいから伸びるなんてことはないと断言します。
自治体で何かしましょうという時に、様々な調整をする方が地域にいらっしゃって、その方が色んな人をまとめて、話をつけて、予算を引っ張ってきて、そしてみんなを説得して行動に移すというプロセスが重要で、それが出来るということが、伸びる基本であると言います。
冒頭ご紹介したアパレルブランドが海外進出に成功した時、それまで2度に渡って失敗し、3回目で花開くのですが、最初の2回とうまくいった3回目では何が違ったのでしょうか。関野さんは、現地で働く人が自分達が売る服の何がどう素晴らしいのか語れるようにする、その為の人事制度や基礎のCI(コーポレートアイデンティティ)に力を入れたそうです。この、商品の何が素晴らしいかというのを現地で働く人が語れるようにする、というのが、今回お話するブランディングにおいては、非常に重要なポイントになりますので、ぜひ覚えておいてください。
ブランディングって何をすることだろうか? と考えた時、自分達の製品はここが優れているとか、このサービスが伸びていくとか、ここに特徴があります、ということを喧伝することだと思っている企業さんがたくさんいらっしゃいます。それ自体、間違ったことではないのかもしれませんが、広告宣伝的に自分で言うと、聞く側にバイアスがかかってしまって、きちんと受け取ってもらえないということが少なくありません。
ある男性がいて、彼は格好つけたいと考えました、どうすればいいでしょう。そこで「僕って格好いいんです」と言ってもこれはダメですよね。全く格好よくありません。それどころか、ちょっと変な奴、むしろダサい。でも、企業が自分のブランディングをしようとすると、これをやってしまうことがままあります。実はこの点については、私にも大きな反省点があります。
というのも、過去に広告代理店が提案していたブランディング広告というのは、まさにこの自分で自分のことを格好いいというような手法でした。ビッグビート創業前の話ですが、1980年代後半から1990年代にかけて、CIだと言って、日経新聞にいかに立派な企業であるかみたいな広告を出す提案をたくさんしていました。それは言わば、中身よりも包装紙を立派にするようなものです。とにかく派手に飾り立てて、外側だけきれいに見せようとします。何重にもくるんで、リボンをかけて、でも、包装紙は包装紙です。中身の輝きにふさわしい包装紙であれば意味がありますが、過剰に飾り立てても中身の輝きが増すわけではありません。中身を伴わず、立派な包装紙にくるんで、どうです、立派でしょうと言ってまわってもダメなのです。中身が良ければ、周りが勝手に素晴らしいと褒めてくれるはずで、その言葉にこそ価値があります。
しかし、広告代理店は、過去にそうやって包装紙で立派にくるむような広告を出してもらいました。バブルが弾けた後、それらはほとんど何も残りませんでした。企業価値の向上に寄与できませんでした。当たり前です、中身の伴わないスカスカの包装紙ですから。バブルと一緒にはじけてしまうような虚飾は、ブランド投資として意味を成しません。その結果、今の50代、60代の社長さん達には、ブランディングと聞いたとたんに拒否反応があるかもしれないと、考えてしまいます。しかし、反省ばかりでもいけません。過去の反省から未来をどう変えていくか、それを考えていくことこそが大事です。
相手の方から格好いいと言われるにはどうしたらよいのか。1つの例として、センサリー・ブランディングというものがあります。アメリカのマクドナルドでは、ポテトのフライヤーのダクトをわざと通りに出しているんだそうです。これ、何をしているのかというと、アジアの文化を取り入れてこうなったんだといいます。なんだか分かりますか? なんのことはない、うなぎ屋さんが煙でお客をつるって、あれです。焼き鳥やさんだとか、焼肉屋さん、屋台なんかの匂いで人が集まってくるというのを見て閃いたということなのです。でも、お腹が空いた時にいい匂いが漂ってくる…次に浮かぶ言葉はなんでしょう「おいしそう!」ですよね。自分から言っているわけでなく、お客さんに言わせています。うまいですね。センサリー・ブランディングなんて横文字を見ると、難しそうに感じますが、意外と私達の身近にあるものなのです。
ハーレー・ダビッドソンはマフラーの音にこだわって統計をとって作っていると言いますし、メルセデス・ベンツがドアの閉まる音までこだわっているというのは有名な話です。あるいは、ザ・リッツ・カールトン ホテルは匂いにこだわっているんだそうです。リッツ・カールトンでは「五感すべてを幸福感で満たすサービスと施設」という命題を掲げ、世界各地に点在する各ホテルでオリジナルフレグランスを提供しています。例えば、リッツ・カールトン東京には日本の庭園が四季折々に見せる様々な表情をイメージした「グリーンシトラス」というフレグランスがありまして、これはグリーンティ、そしてローズ、レモン、アンバーといった香りが調合されているのだとか。
なぜリッツ・カールトンがここまで匂いにこだわって、しかもそれをプロモーションしているか、気になりませんか? 本来、建物のケアにおいて匂いというのは1番最後になるんだそうです。だから、どうしても客単価の低い施設ではなかなか匂いのケアにまで行き届きません。古くて安いホテルや、ネットカフェなんかが、いい匂いで満たされているということはまずないんですね。場合によっては、湿気臭かったり、かび臭かったりということもあるでしょう。匂いをごまかそうと安易に芳香剤を置くと、今度は芳香剤の香りとカビの臭いが混じってもっと酷いことに、なんてこともあります。そういった臭いがする施設ってどう感じますでしょうか? かび臭いところって清潔に思えますでしょうか? サービスが行き届いていそうでしょうか? そう思う人はまずいませんよね。少なくともクレンリネス(清潔感・衛生的な空間)にはちょっと疑問を持ちそうですし、クレンリネスに疑問を持つと、他のサービスにもあまり期待はしません。リッチで、おもてなしの心で溢れ、細かなところまで行き届いた…とはどうしても思えませんね。そんな状態で、うちのサービスは一流ですと立派な広告を出して意味があるでしょうか。これなのですね。立派な包装は施設に入った途端に臭いで破壊されて、ものの見事にボロボロと崩れ落ちることでしょう。そして今や、その地に落ちた評判はインターネットの力で拡散していきます。
匂いのケアというのは非常に大変だそうです。だから、どうしても後回しになります。しかし、リッツ・カールトンはそれを徹底的にやっています。クレンリネスが完璧であることはもちろん、単にいい匂いがするというだけでなく、ホテルごとにオリジナルで匂いが違う、ラウンジとお部屋でも違う香りがする。もちろんそれがいい匂いで、なんとかこの匂いを持ち帰れないのかという人までいるのがリッツ・カールトンです。事実、オリジナルフレグランスを販売したり、プレゼントしたりもしています。インターネットで「リッツカールトン グリーンシトラス」を検索してみてください、大量の記事やお客様の声がずらりと並びます。そうすると今度はさっきの逆で、匂いにここまでこだわって、あらゆる匂いをコントロールしていたら、お部屋だとか、寝具だとか、料理、サービス、どれもが一流だろうとお客様が想像するんですね。この、お客様自身が想像するというところが本当に大事で、自分から「私はここが素晴らしい」と言っても誰も聞いてくれないのが、お客様が想像したことというのは、本当に強い気持ちで信じてもらえます。さて、これを実現する方法の1つとしてセンサリー・ブランディングをご紹介しましたが、何も方法はそれだけではありません。
ブランディングの上手い企業の最高峰と言えば、ルイ・ヴィトンかもしれません。ヴィトンの財布やバッグと言えば、高級ブランドの代名詞です。でも、みなさん、ヴィトンの製品って何でできているかご存知でしょうか。やっぱり高級ブランドと言えば本革でしょうか? もちろん、本革の商品もありますし、本革の「部分」もあります。しかし、ヴィトンと聞いてみんなが思い浮かべるルイ・ヴィトンのイニシャルであるLとVの組み合わせに星と光のマークを配した「モノグラム・ライン」や、チェス盤のように2色を配した「ダミエ・ライン」は、その大部分がPVC加工でできています。正確に言うと、上質なエジプト綿をPVC加工したもの。PVCはPolyvinyl Chlorideの略で、日本語訳すると塩化ビニール樹脂、つまり「塩ビ」です。
ヴィトンのバッグが塩ビなんて嘘だ! と思うかもしれませんが、PVC加工は防水性や耐薬品性に優れ、軽くて丈夫で長持ち。グッチなど他のブランドにも広く使われている素材です。弱点は熱に弱いこと。やる人がいるとは思いませんが、塩ビですからね、火であぶってはいけません。とはいえ、お客さんの多くは、塩ビは軽くて丈夫で長持ちだからヴィトンにしましょ、と思って買ってはいないでしょう。しかも、モノグラム・ラインや、ダミエ・ラインは誰もが知っているヴィトンを象徴するデザインです。
これらの商品のブランドが保たれている理由の1つには、ヴィトン自身が、安物の商品として扱っていないということが言えます。お客様に最高の商品を提供していますと、確信して売っています。ですから、確信して売れる人しか店員にはなれません。ヴィトンが世界中に持つ店舗で働く販売員はクライアントアドバイザーと呼ばれ、ただ商品を売るだけでなく、ブランドの魅力や、高い価値を伝える意識で接客をしています。この、社員1人1人がそのブランドを体現しているということが非常に重要です。企業のトップが、自分の企業とその価値、存在意義について演説できるのは当たり前ですよね。でも、入社2年目、3年目の社員が社長と同じ熱量で自社のブランドについて語れたら、それは大変なことです。実際、ルイ・ヴィトンはその大変なことを実践していて、お客様は販売員の熱量にあてられ、目の前のバッグが塩ビであるかどうかということよりも、素晴らしいブランドのバッグだと理解して買っていくわけです。今度はそういう体験をして購入したお客様が、使いこんで、丈夫で長持ちで満足すると、ファンになりますから、実は塩ビでできてますよ、なんて言われてもびくともしなくなります。むしろ、PVC加工は軽くて丈夫で長持ちで色んなブランドに使われているんですよ、と納得するようになります。自分の体験というのは本当に強靭なのです。
こういった例は決してヴィトンだけに限りません。例えばスターバックス コーヒーを頻繁に使う人であれば、あのカフェの価値がコーヒーの味だけで支えられているとは決して考えないでしょう。どんなに混雑していても、自然な笑顔を絶やさない接客は、スターバックスの居心地の良さを象徴しています。アップルストアの例は、さらに面白いかもしれません。日本におけるアップルストアの接客には賛否両論があります。というのも、彼らは、必ずしも製品を売り込もうとはしません。また、お客様を1人の人間と見て接客をしています。アップルストアの理念は製品を売ることではないそうです。顧客の問題解決のサポートする、これを掲げています。ですから、アップルストアにいくと「今日はどうされましたか?」と聞かれます。このセリフはまるでお医者さんですよね。その時に「iPhoneを落として画面が割れてしまって…」と言えば、彼らは「それは大変でしたね、お怪我はありませんでしたか?」と返してくることでしょう。彼らがセールスマンでなければ、それは普通の言葉です。その普通の言葉が出てくることが、アップルストアらしさとも言えます。日本的なうやうやしさこそなく、それが批判にさらされることもありますが、間違いなくアップルという企業のブランドを表現しています。
そう考えると、社員教育とブランディングは非常に近いところにあることが分かります。社員全員が自分達を知り、それをあらゆる現場で発揮するというのは、ブランディングの基盤ともいえます。その為には「企業コンセプトの明文化」「カルチャーの明確化」が必要になります。企業の持つ歴史背景や、社会における存在意義、そういったことを会社の外の人達に「いいね!」と言ってもらう為にはどうしたらいいのか、市場調査も含めて考えます。これを社内の評価制度、報酬、福利厚生などと結びつけることをインナーブランディングと呼び、外にPRするのがアウターブランディング、ということになります。
関野さんが日々されているコンサルティングの経験からすると、退職理由で最も多いのは「先輩のようになりたくない」だそうです。頑張って働いて、課長になって、しかし権限はなく、仕事は大変で、プレッシャーもかかる、ああはなりたく無くて辞める、という方が最も多かったといいます。入社して、自分の担当役員を見て働く人や、経営陣を見て働く人はあまりいません。自分の直近である2年先輩、3年先輩を見て、魅力的か、生き生き働いてるかどうかというのがとても重要です。3年前に入った先輩が、辛そうに仕事をしていて、大して成長もなく、これが自分の3年目の姿だとしたら、やっぱりやる気はでません。
ああはなりたくないと言って人が辞めていく現場で、社員教育をして、企業コンセプトや文化を明確化して共有しよう、と宣言し、うまくいくでしょうか。きっと難しいでしょうね。アクセプタンスができているとはとても言えません。ブランディングして、CI作って、外にPRして、社内にもしっかり落とし込んでいこうと経営戦略室やブランド推進室が考えても、中間管理職が、「そんなことやっても意味ないよ」と言った瞬間に、その下の部下のモチベーションは瓦解します。
彼らが生き生きと働くために何が必要でしょうか。1つの答えは成長ではないでしょうか。仕事に限らず、趣味でも、スポーツでも、勉強でも、ゴルフ、釣り、ジョギング、前の章でお話したダイエットでもいいですが、成長を実感している時、何であろうとそれをやめる人はあまりいません。やめる時はどんな時でしょうか、ほとんどの人は伸び悩んでいる時に、他の道を選ぼうかなと思うはずです。そう考えると、成長というのは非常に重要なファクターのはずです。ですから、企業は成長を実感できる仕組みを持たなくてはいけません。それが評価です。しかし、日本は評価において、海外企業よりもかなり遅れていると関野さんは言います。10年から、15年、もしかしたら20年遅れているかもしれないと言われました。なぜでしょう。
日本の企業は、ほとんどの場合、給料を支払う為に評価をします。つまり、査定の機能だと思っているということです。評価によって社員を育成しよう、と真剣に考えているところは多くありません。しかし、実際には成長の実感が無くなると、社員のモチベーションは一気に下がります。中間管理職のモチベーションが下がると、その下の社員の離職率も高まり、悪循環に陥ります。ですから、毎日細かくフィードバックしてあげることが大事になります。京都のお坊さんが言った言葉だそうですが「しんどい時は、坂道を登っている時だ」と、つまり成長している時は大変なのですね。楽している時と言うのは、平坦な道を歩いているか、下り坂を降りているわけです。成長している時、頑張れている時は、苦しいんです。本人はいっぱいいっぱいかもしれません。当然悩みますし、迷いますし、苦しいから逃げたくもなります。せっかく成長しているのに、苦しくて、悩んで、評価も伴わなければ、辞めたくなります。しかしその時に、きちんと成長をフィードバックしてあげたり、立ち戻れる企業理念があると、大きく変わります。いま坂を登っているんだ、きついけれど1歩1歩進んでいるんだ、進んだ先には未来があるんだと思えば、人は頑張れるものでしょう。
なんのために仕事をするのか。仕事はよりよい未来、つまりより豊かで自由な未来のためにやるものです。
ジョンソン・エンド・ジョンソンという企業はみなさんご存知ですよね。世界60か国に250以上のグループ会社を持ち、総従業員12万7000人という世界最大級のヘルスケアカンパニーです。このジョンソン・エンド・ジョンソンは、クレドサーベイという社員の意識調査を定期的に行っています。クレドはCredoと書き、信条、約束、志といった意味を持つラテン語です。サーベイは調査ですから、信条がどれほど行き届いているか調査する、というのがクレドサーベイということになります。
ジョンソン・エンド・ジョンソンのクレドサーベイは徹底的で、「我が信条(Our Credo)」と呼ばれるジョンソン・エンド・ジョンソンの理念に則ってグループ会社が運営されているかということを確認する為、オンラインを通じて、全世界の全ての社員に同時に行われるそうです。12万7000人にです。
クレドサーベイを行った時に、企業理念の浸透度が低い部署であったり支社であったりというのは、コンプライアンス違反が多いそうです。ですから、金融機関などは、クレドサーベイを非常に重要視しています。特にアメリカでは、多種多様な国籍、民族、文化、様々な背景を持つ人達が集まる社会です。そういった中で理念が共有できていない人が混じっているということが非常に危険だと感じるんですね。日本のように、文化基盤がある程度一定な社会だと、中々そのことに気がつくことができません。マーケティングが中々進まなかった理由と同じですね。みんななんとなく同じ感覚を持っていると思ってやってきているのです。しかしそのせいで、進んでいない部分があります。
例えば、消費者金融で、昔はいい加減なところがたくさんありました。収入の欄なんて適当に書いておけば通しておきますよ、といったような。かつてはそんなことで会社が回っていて、とにかく数字を出そうとして、借りる人にはがんばって働いて返せばいいじゃないかと、何か前向きに聞こえることを言ってやっていました。今そんなことをしたらコンプライアンス違反で大変なことになります。でも、数字はとりなさい、コンプライアンスは守りなさいといって板挟みにすると、どんどんモチベーションが下がります。そこで、中間管理職がやる気を失って、その部下が辞めていくという構図がまたでてきます。しかし企業理念を共有するとその部分が変わります。そもそも評価がとにかく数字だけをあげろということにはなり得ませんし、何のために仕事をしているか、何を目指しているかがはっきりしますから、コンプライアンス違反をして売上だけを追いかけようという発想がでなくなるわけです。
しかしこれは、骨が折れる作業です。すぐさま業績に反映できるような話でもありません。しかも多くの場合、これは社内だけではやれません。やれませんと言いますか、社内だけでやると、透明化が難しくなります。やはり、立場や利害がある中でやってしまうと、風通しが悪くなります。ジョンソン・エンド・ジョンソンには件の「我が信条(Our Credo)」の中に「社員の提案、苦情が自由にできる環境でなければならない」という一節がありまして、クレドサーベイに基づいた組織健全化活動がなされるそうです。これはもう、徹底しています。しかし、それぐらいやらなければいけないということです。理念ブックであるとか、カルチャーブックのようなものを作ったとして、それはもちろん重要なのですが、その時点では種を撒く様なものです。撒いた種から勝手に芽が出て大きな木に育ち、果実を実らせる、なんていう都合のいいことはありませんから、外部チームを作って透明性の高い状態で育てていくということがどうしても大事になります。
ここで、冒頭ご紹介したアパレルブランドの話に戻ります。かのアパレルブランドは3度目の海外進出の際に、著名なデザイナーにお願いして、新しいロゴを作り、成功しました。その印象を外から見れば、デザイナーに立派で格好いい、世界で通用するロゴを作ってもらって、海外進出がうまくいったように感じられます。しかし、その裏でやっていたことは、現地で働く人が商品の素晴らしさを説明できるようにする、というプロジェクトでした。
その為には、押しつけの教育ではうまくいきません。成長を実感させる評価制度の中、アクセプタンスができている状態で、理念の共有、そして浸透度の調査を繰り返す必要があります。このアパレルブランドの理念は、ベーシックであり、そして、着る人の個性を表現できるような時代や文化によって揺るがない魅力がある、というような内容でした。これが共有されて初めて、非常にシンプルであるこのアパレルブランドの服は、おしゃれに見えるのですね。その時には、新しくしたロゴも魅力的に見えることでしょう。逆に言えば、この理念を抜きにして、ただロゴを新しくしても、伝わるものは何もないのです。そして、それを伝えるのは、社員であり、そして社員からパートナー、お客様へと広がっていくことでしょう。
やはり、Howより前にWhy、ツールより前に文化なのです。ロゴはあくまでツールであって、そこに理念や文化あって初めて力を持ちます。でも、文化を共有するって簡単ではないですよね。言うのは簡単ですが、やるのは本当に大変です。そして、やらない理由は山ほどあり、今すぐ始めなければいけない理由は中々見つかりません。特にBtoBのブランディングというと、あまり必要が無いという人は多いです。ですが、実は採用にしても、パートナーさんにしても、もちろんお客様に関しても、あらゆる場面で社員が接触し、そこからその企業の文化や理念、そして存在意義が表現され、あるいはされず、選ばれたり、選ばれなかったりしているということを忘れてはいけません。
日本の企業の多くはリクルーティングメディアに大変なお金をかけながら、自社のブランディングをすることはせず、結果優秀な人材を逃しているという例が多々あります。BtoCの企業であれば、商品やサービスを通して少なからず自社の理念を世の中に広げているかもしれませんが、BtoBの企業こそ、優秀な人材が欲しければ、パートナーが必要なら、ブランディングをしなければ集まるはずはありません。理念を共有しない人材を社内に入れて、教育も十分でなく、成長を実感ができなければ、その企業の未来は明るいか、ということです。
手前味噌ではありますが、ビッグビートでは、4月1日から8月31日まで毎朝、新入社員研修をしています。何をしているかと言いますと、毎朝40分、私と、つまり社長と話をしよう、というのをやっています。無駄話かもしれませんが、無駄話でもしにきなさいとやっています。
毎朝お互いに、8時半に来て9時半の始業までの間、9時20分か25分ぐらいまで、10時まではみ出してしまうこともありますが、その新入社員達と私とで話をします。小さい会社は経営と近いということが大きなメリットだと思うので、私が何をどう考えて経営しているのか、このおっさんは何者なのか、話をしようよと。弊社には「DNAブック」という、企業理念であるとか基本的なことが書いてある本があるので、これを元に、私の漫談のようなものを聞いてもらったり、ときには新入社員の恋話がでたりすることもあります。
昔、会議中にクライアントの社長に広告を掲載した雑誌を投げつけられた話なんてすると、ビックリしますよね。本当に投げつけられました。「こんなので売れるか―っ」って大変な剣幕でした。この社長さんは私がすごく尊敬している方で、もう70代ですが、今でもお付き合いいただいて、お話を聞かせていただいています。
逆に、新入社員のことも聞かせてもらいます。私は20代の頃に、上司に「前の晩に何を食ったかまで俺に教えてくれ」と言われました。お前のことが知りたいからだと言います。当時はこのおっさん何言ってんだと思いましたが、30年経ってようやく意味がわかりました。話さないと、入ってきたばかりの新入社員が、何が楽しいのか、何が辛いのか、分からないですよね。そこのところで文化が共有できていないと、Bigbeat LIVEってイベントをやって、マーケティングについて話をしようと思う、そしてそれを本にして配るんだ、なんて言ってもポカーンですよね。でも、若手の営業なんかは、多分いつも言ってることと変わらないな、という感じだと思います。私達のやっていることが、本当にお手本のようにうまくいっているのかと問われれば、そんなに胸を張って言えるわけではありません。しかし、とても大切なことだと考えていますし、もっともっとうまくやっていきたいと思います。
関野さんは、Bigbeat LIVEの講演の中で、BtoBの中小企業はブランディングをしていないところが圧倒的に多いが、やっていない今こそがチャンスだとおっしゃっていました。やらなければ現状維持か、下降線です。下り坂は楽なのでしたね。楽な時は下がっています。上り坂は大変ですね、しかし、大変な思いをしなければ成長はなさそうです。誰もが現状維持か、緩やかな下り坂で満足しているのであれば、大変な思いをして成長すれば大きなチャンスが訪れるに違いありません。私はそう思って新入社員と話をしているつもりです。それだけでなく、これをお客様や、パートナーさんと一緒になって、大変な上り坂でも登っていきたいなと、そう思っています。
この章は、以下を参考に編集しました。
ニール・シェーファーさんの講演
野水克也さんの講演
飯室淳史さんの講演
飯室淳史さんのB2Bhack.comの記事
2017年7月10日、ニューヨーク・タイムズやウォールストリートジャーナルなど、大手メディアから地方報道紙まで、約2000にも及ぶ団体が所属しているメディア組織、ニュースメディア連合は、オンラインニュースがGoogleとFacebookの2社に寡占されていることを非難する声明を発表しました。彼らの主張をまとめると、自社のコンテンツのほとんどは、GoogleとFacebookに譲り渡し、ニュースの優先度を決めるのも、どんなニュースを表示するかという決定権も、そして収益化の構造も、全て寡占している2社に委ねられてしまっている、ということです。この背景には、旧来メディアである紙の新聞が衰退していくなかで、代替となるネットメディアに移行するも、既にGoogleとFacebookに抑えられてしまっているという苦しい実情があります。時を同じくして、GoogleとFacebookの広告収入が、全世界の雑誌、新聞、ラジオの広告収入を上回っているというニュースもあります。GoogleとFacebookの寡占に対する是非はともかくとして、メディアの中心地が確実に移動しているということは誰の目にも明らかです。コミュニケーションは、基本的にお客様のいるところでしなければいけません。電車に乗っているから、中吊り広告がありますし、車で移動する人が多いから、高速道路に看板があります。では、今どこにお客様はいるんだろう、ということですね。
しかし、新しいものは常に抵抗勢力にあいます。Fax、携帯電話、インターネット、グループウェア、新しいコミュニケーション手段が増えるたび、あらゆる国で、どんな文化圏でも、保守的な人達というのはいて、抵抗しようとします。
電話というものが初めて登場した時、どんな議論が起きたか、皆さんご存知でしょうか。会って話すことに価値があるのであって、電話で話す意味が分からない。あるいは、証拠が残らないので、電話はビジネスにおいて電信には遠く及ばない、というようなことが言われていたんです。今からは考えられません。ビックリしますよね。でも、新しいものが登場する時というのは、案外そんなものなのかもしれません。
ある有名なコンシューマーブランドで、1995年に起きた話です。社長と、副社長が1時間もの議論をしました。何の議論をしていたかと言えば、ウェブサイトがいるかどうか、という議論です。結論は、ウェブサイトは絶対に要らないということになったそうです。いかがでしょう、1995年に皆さんの周りでウェブサイトの重要性を説かれた人はどのくらいいらっしゃったでしょうか? ウェブサイトなんてマニアックな人しか使わないとか、ECなんてものが生まれるとは考えもしなかった方、いらっしゃったんじゃないでしょうか。
Bigbeat LIVEでご登壇いただいたPDCAソーシャル代表 ニール・シェーファーさんは、半導体メーカー大手のロームに1990年に外国人の正社員として初めて入社します。そこで、ロームの中国営業を立ち上げ、上海、北京、大連、次々と営業所を作り、たくさんの展示会を作り上げるということを90年代にされてきました。その経験の中で、ロームは素晴らしい会社と語りつつ、しかし、ウェブサイトはどうだったかと伺うと、PDFカタログに過ぎなかったとおっしゃいます。つまり、紙に印刷するカタログを、そのままウェブに載せただけだったのです。本来は、メディアによって求めるユーザー体験というものは違うはずです。紙に求めるもの、ウェブに求めるもの、LINEに求めるもの、Twitterに求めるもの全て違います。ウェブサイトなんて要らないといった意見があったり、せっかく作っても紙をただPDFにして載せただけ、というのが90年代でした。そして今、GoogleとFacebookが広告収入を独占しつつあります。これが時代の流れです。
かつてBtoBの営業というのは、電話が中心でした。電話から入って、会いに行って、カタログを見せてビジネスが始まる。最近は、BtoCはデジタルコミュニケーションが盛んになってデジタル広告が多くなっています。しかし、BtoBは今でも変わらない、ということを言う方もいます。
お恥ずかしながら、ビッグビートの営業というのも、デジタルにシフトできているかと言えば、まだまだできていない実情があります。例えば展示会の場に行って、飛び込みで営業をすることがあります。何十社かいけば、必ず「じゃあ遊びにおいでよ」と言っていただけるところがあります。そこで、コンペに参加して、仕事を受注します。コンペの勝率は大体3割。実はいろいろな競合他社でお話をうかがっても、不思議と3割だったりします。5割にもならないんですが、1割に落ちることもありません。つまり、ジャンケンなのですね。グーチョキパーで、グーとチョキとパーのどれが優れているということはないですが、ジャンケンしてみれば勝ち負けが決まって、勝率3割です。
予算も日程もフィックスされているという展示会というビジネスは、私達の入り口としてベターな手段というのが現状です。ジャンケンコンペで勝った後で、とにかく営業をします。カタログはどうですか、ウェブ展開をしませんか、ブランディングの必要はないですか。このまままで良いかというと、当然良いとは思っていません。この本を書くにあたって、色々な方々から知見をいただいて、それを私達が自分の口で語ろうとすると、じゃあ、お前のところはどうなんだ、できているのかと、当然ご指摘いただくことになると思っています。しかし、それをご指摘いただきながら、ぜひ一緒に変えていきたいと思っています。
弊社の話をもう少ししますと、営業の場をデジタルに移動するということを海外に向けてやるというチャレンジをしています。ようやく今年ベトナムでの展示会の実績が2つできました。ベトナムやバンコクで展示会に出展する日本企業を足で探そうというと、これは大変なことになります。しかし、海外の展示会に出展するのに、信頼して任せられるきちんとした業者を探したいという企業はあるはずです。彼らがどこを見て探すか、ということですよね。
これはアメリカのデータですが、BtoBの検討を始める時に、何から始めるのか。81%が検索から始めるそうです。自分達のことを振り返ってみてもそうじゃないでしょうか。何か新しい検討をする時に、一切検索しないということがありますでしょうか。元々どこかから提案をもらって始める、ということであれば当てはまらないかもしれませんが、それが残りの19%の中にあって、ほとんどの場合は検索エンジンを使って一通り見てみると思います。そして、購入意思決定の57%は実際に連絡する前に決まっている、ということなのですね。ニールさんによればこの57%というのはアメリカでは良く使われている数字なのだそうです。コミュニケーションはお客様のいるところでやらなければいけないというところでいうと、インターネット上で既に半分以上の意思決定がなされていて、そこで展開していなければ、何もアプローチできないことになります。
さて、この購入意思決定の57%は実際に連絡をする前に決まっているというデータは大変に興味深いものです。ちょっと昔は、こんなことはあり得ませんでした。そもそも、情報というのはお客様が勝手に手に入れられるものではなかったのです。
「第1章 マーケティングはなぜ必要か」でお話しましたが、日本は売れるからマーケティングが必要なかった時代があります。高い品質で安いものを作り、マスでアピールすれば売れた時代です。その頃の情報源はほとんどがマスメディアに限られていました。ですから、マスメディアに載るか、載らないか、これが大変に重要でした。テレビCMはもちろん、新聞や雑誌の広告も、今と比較して何倍も、何十倍も効果がありました。買い手は与えられる情報からしか、物事を検討することが許されなかった時代です。売り手が情報を支配していた時代です。一方で、お客様に情報が無いからこそ、営業が足で稼いで仕事をとってくる、製品を売ってくるということも大いに盛んでした。しかし、これは今とは全く状況が違います。
PCが置いていない企業はほとんど存在せず、誰もがスマートフォンを持ち、24時間いつでもオンラインで繋がっていることが当たり前の時代です。95年に、ウェブサイトが必要なのかという議論があったというお話をしましたが、流石にその時点で、スマートフォンが当たり前の時代が目前に迫っていると想像する人はほとんどいないでしょう。「ユビキタス社会」なんていう言葉もあります。ユビキタスはラテン語で偏在、つまりどこにでもいますよという意味の"ubique"に由来する言葉で、元々は宗教的な意味合いで、神様が偏在している、というような使われ方をしていました。これが1991年にアメリカの複写機大手XEROX社が開設したパロアルト研究所の技術主任であるマーク・ワイザー氏が、PCに代わって、日常のあらゆる物に埋め込まれたコンピューターという概念として提唱します。いつか実現する夢のような社会としてイメージされていたユビキタス社会ですが、今はまさにユビキタス社会なのです。
企業が情報を握っていた時代は完全に終わりをつげ、コミュニケーションの民主化がなされました。そうなるとお客様は何をしたか。製品やサービスの情報、提供する企業の情報を調べることはもちろんのこと、その評価に至るまで、お互いが情報提供者となって、情報をシェアし始めたのです。これは、BtoCに限った話をしているわけではありません。お客様はあらゆる情報を学習し、市場の平均価格を調べ、ほぼほぼ意志を決定してから、連絡を取ってくるのです。すでにインターネットの情報で57%が意思決定をしているというのはそういうことを表しているのではないでしょうか。それらの情報収集が済んでしまっているにもかかわらず、営業マンが当社の製品は…と始めたところで、もうやるべき仕事はありません。そこに居るお客様は大体の意思決定が済んでいますし、そこに居ないお客様は、既に他に行っているということになります。これでは構造的に、いつも手遅れです。
では、手遅れにならないために、お客様とインターネットの世界でどうやってコミットすればいいんでしょうか。何かの検討をする時に81%の人が検索エンジンから入るのであれば、SEO対策をすればいいんじゃないか、と考えるかもしれません。しかし、それはあまり正しくありません。SEO対策が必要な場面もあるかもしれませんが、SEO対策から入るのは正しくないのです。繰り返し言っていますが、目的を見失ったままHowを探してもうまくはいきません。お客様の興味があるコンテンツが掲載されていないのに、インターネットのテクニックを駆使して、うまいこと誘導しても、それは質の悪いアクセスをかき集めるだけです。
実は、インターネット広告の世界では、このアクセスの質についての議論が非常に盛んになっています。ネイティブ広告という言葉をお聞きになったことがありますでしょうか。ネイティブは原住の、天然の、といった意味があります。広告を元にある記事と異質な形で見せるのではなく、自然な形で配置する広告、というような意味合いで、メディアの記事やコンテンツと同様のフォーマットで読ませる広告形式を言います。従来の広告枠に情報を掲載しても、ユーザーは広告というだけでクリックしてくれない、という環境を打破する為に、他のコンテンツに溶け込ませる形で広告を配置したものですが、場合によっては、後から読まされたものが広告だったことを知って、メディアや、掲載された製品の印象が悪くなることもあります。NPSでいうところの批判者を生んでしまうということですね。
ネイティブ広告の是非については様々な議論がありますし、簡単に断ずることはできませんが、ここで訴えたいことは、質の悪いアクセスを無理やり集めても意味がないということです。結局のところ、そこに有益な情報が無いと思えばすぐに踵を返して立ち去ってしまいますし、さらには批判者になり、ネガティブな情報を拡散させるきっかけにならないとも限りません。必要なのは、お客様の意志で見つけてもらうことです。検討にあたってほとんどの人が検索を利用しているということは、有益な情報は探してもらえるということでもあります。ですから、やるべきはお客様が欲しいコンテンツを用意すること、これに尽きるのです。
その為には、自社の製品に詳しいだけでは足りません。わが社の製品やサービスの特徴はこうで、こんなに素晴らしい、顧客満足度もナンバーワンだ、という自分のアピールはお客様が欲しい情報でしょうか。「第3章 ブランドは、体現すれば、にじみ出る」のところでお話しましたね。自分で格好いいと言ってみても、受けとる側にバイアスがかかってきちんと受けとってもらえないことが多いです。お客様の方から、これは素晴らしい、と言ってもらう必要があります。その為には、お客様について知っている必要があります。お客様は何に困っているのか、お客様のゴールは何で、何が障害になっているのか、その為にはどんな情報が必要なのか、これではないでしょうか。
BtoB企業のコンテンツマーケティングにおける成功例と言えば、サイボウズ株式会社が運営する「サイボウズ式」というメディアを外すことはできません。(https://cybozushiki.cybozu.co.jp/)サイボウズ式はサイボウズの製品やサービスを一切宣伝することのないサイトです。では何を掲載しているかと言いますと『「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト』と銘打っています。サイボウズに関してはBigbeat LIVEでご登壇いただいた社長室フェロー 野水 克也さんのお話を、本書の総括となる事例ということで、次の章でたっぷりご紹介しますが、その中で「サイボウズはチームワークだけをやる」という一節があります。経緯は後述しますが、サイボウズはある時、企業のチームワークを良くしていくことだけをやり、それ以外のことは全てやめる、という決断をします。サイボウズは、サービスや製品、ソリューションの販売をゴールとせず、チームワークを良くすることに全力を注ぐという理念を掲げ、徹底していきます。
ここでもう一度、サイボウズ式がやろうとしていることを振り返れば『「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト』ということで、まさにサイボウズという企業がやろうとしていることをウェブサイトにしているだけなのですね。そして、どうやったら自分の企業のチームワークは良くなるのか、新しい価値を生み出すのか、これは多くのビジネスマンに刺さる情報です。サイボウズ式を読んでみると、興味深い記事の目白押しです。以下に、サイボウズ式のコンテンツをタイトルだけ、いくつか引用してみます。『サイボウズで働いて「複業には4種類ある」と痛感し、やっぱり複業はいっしょくたには語れないよねと思った話』『「仕事デキない人を採用しちゃったな」と思われる恐怖、ひとりぼっちの中途社員が自信を取り戻すまで』『働き方改革は「休み方改革」だ。労働時間を減らすより、個人が休みを実感できる方が大事──星野佳路×青野慶久』いかがでしょうか、どれもこれも読んでみたいタイトルばかりではないでしょうか。
重要なのは、サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」を理念に掲げ、チームワークのエキスパートとしてコンテンツを提供しているということです。ここまで本書を読んでいただいている皆さんには、サイボウズ式というサイトがどうやってできてるか、ある程度想像がつくのではないでしょうか。まずHowよりも前にWhy、ツールより先に文化があります。チームワークあふれる社会を創るという理念があり、その理念を社員が共有、そしてデジタルコンテンツにすることで外部へと発信し、コミュニケーションは加速していくという、まさに理想的な流れなのです。
ここまでデジタルコミュニケーションについてお話してきましたが、最後にもう1つしなければいけないのは、ソーシャルメディアです。ソーシャルメディアのパワーは非常に大きいものになっています。これはまさに、人のパワーです。
人のパワーを活用する方法として、アンバサダー・マーケティングという言葉を最近よく聞くようになりました。ただ、日本で広がっているこのアンバサダー・マーケティングという言葉は、ちょっと解釈がややこしいんです。というのも、ロブ・フュジェッタ氏による「アンバサダー・マーケティング」という書籍がありまして、これがアンバサダー・マーケティングの手法について詳しく書かれているのですが、これの原題は「 Brand Advocates: Turning Enthusiastic Customers into a Powerful Marketing Force」といいまして、どこにもアンバサダーとは書いてありません。アンバサダーと翻訳されているのはAdvocatesで、これはアドボケイツと読み、支持する人、推奨する人、主張する人、というような意味があります。これはNPSでいうところの推奨者を指します。アンバサダーというと大使と訳される言葉で、アンバサダー・マーケティングを、影響力のある人、いわゆるインフルエンサーに報酬を与えて大使をやってもらうことだと勘違いされるケースがありますが、それでは大きく意味が違います。
何が大きく違うのか、報酬を与えて1回こっきり宣伝をしてもらうのであれば、人をメディアに見立てて広告を打っているのと変わりません。しかしソーシャルメディアのパワーを利用するには、もっと有機的な繋がりが必要なのです。だからこそ、アドボケイツになってもらう必要があります。つまりファンに、NPSで言うところの推奨者になってもらって、自分の意志で積極的に広めてもらうということです。
その為にやることと言えば、まずファンをフォローするということ、そして彼らが持つコンテンツをキュレーションする、つまりこちらが取り上げるんです。そこからファンと企業との有機的な人間関係が作られます。さらに、インフルエンサーではないアドボケイツをインフルエンサーに育てるという考え方もあります。自社商品の積極的なファンを、自社メディアでインタビューして、彼らのコンテンツを共有するのです。コンテンツはどうしても数が必要ですが、簡単にはできません。ですからコンテンツキュレーションという考え方が必要になります。
アドボケイツと有機的なつながりを作りつつ、コンテンツを作り、インフルエンサーに育てるという動きができれば大変に理想的です。これは、1回こっきりで有名人にお金を払って、製品を使ってもらったという記事を投稿してもらうのとは意味が違います。より長期に、企業の理念を共有する形でお客様と繋がり、その人的パワーをソーシャルに生かすマーケティングです。
この、アドボケイツと繋がる、インフルエンサーを創るマーケティングですが、実は従業員にも近いことが言えます。つまり、従業員アドボケイツです。アメリカには「LinkedIn」というビジネスに特化したSNSがメジャーになっていまして、そこでビジネス用のプロフィールを書いて繋がっていくということが一般的に行われています。日本だと、SNSにビジネスの情報を書くことは抵抗がある人もいるかもしれませんし、また、企業側もそれを推奨しない場合があるかもしれません。
従業員がSNSに所属企業の情報を登録し、そこに変な写真や変な行動を載せれば、企業の信用が落ちるかもしれない、そう考えますよね? ということは、その逆もあるわけです。彼らに企業理念が徹底されていて、実現すべき目標と社会に対する自分達の存在意義が伝わっていれば、従業員のSNSはその全てが会社をブランディングするものになり得ます。情報は既に企業が集中的にコントロールするものではなくなっています。その中で、多くの人が信じる情報と言うのは、自分が信頼できる人間がもたらす情報だということです。その意味でSNSのつながりがビジネスにもたらす恩恵は非常に大きく、ブランディングに繋がります。しかしそれをするには、SNSを利用する従業員1人1人が企業理念を、文化を共有している必要があるのです。「第3章 ブランドは、体現すれば、にじみ出る」で、クレドサーベイをして、企業理念の浸透度が低い部署や、低い視点はコンプライアンス違反が多いというお話をしました。そういった組織でSNSを活用するのは確かに危険かもしれません。しかし、しっかりとお互いが理念を共有できていれば、従業員こそ、ブランディングの要であり、SNSはそれを加速させるツールとなるでしょう。
私達の会社に、Facebookでちょっとした珍事がありました。私はマヌケな気質がありまして、ときおり会社でパーティーをやってお酒を飲んでいます。今年入った新入社員に私の55歳の誕生日を祝ってもらったことがありました。その時、よせばいいのに自分のお祝いパーティーで新入社員とバンドを組んだりして。私自身も酔っ払ってエレキギターを弾いて、気分よく演奏しだしてしまったのですね。そうしたら、ものの3分で警備室から「ここではギターを弾いてはいけませんよ」と叱られました。その模様を私がFacebookにUPしました。そうすると、うちの若い社員が「社長、こんな様子をFacebookにあげていいんですか」と聞いてきます。私は「そうだな」と答えます。しかし続けてこういうわけです。「ただな、これはFacebookにあげていいかどうかの問題じゃないんだ。こんなことを社内でやっていいのかという問題なんだ」そして、「うちはやってもいいんだ(ただし人様に迷惑をかけない範囲で)」と答えました。
本当にマヌケな話でお恥ずかしい限りですが、しかし結局のところ、実は、自分達が普段やっていることや、共有している価値観を発信する以外になく、ビッグビートを綺麗な包装紙にくるんで、おしゃれでかっこいいスマートな企業だと発信しても意味はないんですね。マヌケなところがある三枚目だけど、楽しい企業として発信していくしかありません。
ニールさんに色々お話をうかがって、ここでも偉そうなことを書いておりますが、私自身、これを書き始める時点でTwitterアカウントを持っていませんでした。何度も申し上げています通り、この本はBigbeat LIVEでご登壇いただいたみなさまから知見を拝借して書いていますので、私達がその全てを体現できているかと問われると、大変恐縮ながら胸を張ってできているとは言えません。しかし、この本をきっかけに、自分達も始めていきたいし、パートナーのみなさん、クライアントのみなさんとも一緒にやっていきたいと思っています。ですから、実は、私濱口のTwitterアカウントも開設したんですね。これをきっかけとして、本書を読まれた方は、ぜひ検索していただいて、フォローしていただければと思うわけです。
正直なところ、ちょっと前までは企業でSNSを活用するのは難しいと私も思っていました。実際、炎上だとか、リスクの方ばかりが伝わってきて、日本だと活用できている企業はまだまだ少ないんじゃないかと思います。しかし、ニールさんのお話を聞くと、だからこそ、やる価値があるということが分かります。まだまだ活用されていないからこそ、やれば、その分伸びていきます。そして、SNSで情報が拡散されていく現実は疑いようもないものです。日本ではまだまだSNSの活用は遅れていて、先進国と東南アジアの中では接触時間が1番少ないんだそうです。相当、SNSを使っている人は多いと思いますが、それでもです。逆に1番使っているのはどこかというと、フィリピンだそうです。アメリカよりもフィリピン、東南アジア圏の国々の方がSNSの接触時間が長く、ニュースもSNSからとる傾向があるそうです。今後東南アジアでビジネスをしたい、という企業は少なくないと思いますが、そうなった場合に、SNSの活用は必須だと言えます。その時、自分達が普段から使っていなければ、うまく使える道理はありません。コンプライアンスの問題、何を発信してよいのか、何を発信してはいけないのか、社長が誕生日パーティーで酒を飲んでギターを弾いている話を載せていいのか、いけないのか、いやそれは発信していいかどうかの問題ではなく、やっていいのかという問題である、そして「うちはいいんだ」と、これが共有できていることが必要なんじゃないかと思う次第です。
この章は、以下を参考に編集しました。
野水克也さんの講演
サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久氏 著
『チームのことだけ、考えた。』
ここまで、たくさんのお話をしてきました。Bigbeat LIVEにご講演いただいた方から様々な知見をいただき、私達なりに解釈してまとめたものです。何度か申し上げていますが、「じゃあ、お前達のところはできているのか」といわれると、お恥ずかしい限りで、とても胸を張ってできているとは言えません。それでも、今まさに、私達も未来を考え舵を切るべき時だと、自分達に対しても言い聞かせるつもりでこの本は制作しています。しかし、それではあまりに説得力が無く、机上の空論であると思われる方もいらっしゃるかもしれません。そこで、ビッグビートではありませんが、この本に書かれているような理想を体現している企業の事例をご紹介したいと思います。それがサイボウズです。
Bigbeat LIVEではサイボウズ株式会社 社長室フェロー 野水克也さんにご登壇いただき、サイボウズという会社がどのようにして成長してきたか、お話をいただきました。そこには、理念と文化の共有、社員評価とブランディング、デジタルコミュニケーションによる加速、そして近江商人が教えてくれた三方よしの概念、そういったことが詰まっています。しかもそれは、サイボウズが最初から答えを知っていてやったことではなく、激流の時代を生き抜き、七転八倒する中で、苦しんで、悩んで、獲得したものでした。
野水さんは元々はテレビカメラマンで、その後、ご実家の建設業の経営をされたそうです。サイボウズに入社した理由は、「職歴がテレビカメラマンと零細建設業の社長という人間を入れてくれるIT企業は、当時20人くらいしか社員がいなく、猫の手も借りたかったサイボウズぐらいしかなかったから」と語ります。実際、その時期のサイボウズは大変な人手不足でした。サイボウズは、現社長の青野慶久氏と初代社長の高須賀宣氏、今もサイボウズのプログラマーである畑慎也氏の3人が1997年に創業します。大阪での創業が希望でしたが、家賃が高くてあきらめ、高須賀氏の故郷、愛媛県松山市にある2DKのマンションで創業しました。家賃は7万円、インターネットの常時接続が当たり前になるんだから、会社がどこにあっても同じだ、という発想だったそうです。1995年にウェブサイトが必要なのか議論した企業もあったというお話をしましたね。最初から見えていたものが違っていたのかもしれません。実際、四国にあってもサイボウズの商品は売れました。
創業したのが1997年8月、最初の商品である「サイボウズ Office」の発売が10月、そして12月には単月で黒字化、ものすごいスピード感です。当時のグループウェア市場というのは、マイクロソフトや富士通、NECなどなど、大手ソフトベンダーがひしめき合って、普通に考えればベンチャー企業が入る隙間などありません。しかし、サイボウズはその中で入る隙間を見つけていました。隙間の1つは、従来のグループウェアは大企業しか導入できないものだったこと、そしてもう1つは全てのクライアントPCにインストールが必要だったことです。
創業前、現社長の青野氏は松下電工(当時)で情報システムを管理していました。その時、1部門で100台のPCがあり、その100台のPCでグループウェアを使いたいということで全部インストールしていたそうです。インストールした次の日に、バグがあったと言ってパッチがでると、それをまた100台にあてて…、もう大変な作業です。「僕はこんなことをする為に会社に入ったんじゃないと」言って自分でグループウェアを作り始めた、そういう方でした。そういった背景で始めた会社ですから、全てのクライアントPCにインストールをしないで済む方法を考えていたんですね。サイボウズはおそらく本格的なものとしては初めて、ウェブを使ったグループウェアを発売します。
当時のサイボウズのマーケティング戦略は、ランチェスターの弱者の戦略と呼ばれるものでした。もちろん当時はこれを狙ってやっていたわけではありませんが、後から振り返ると、バッチリと当てはまったそうです。ランチェスターの法則はご存知の方も多いかと思いますが、元はイギリスの自動車工学や航空工学のエンジニアであるフレデリック・ランチェスターが、1914年に勃発した第一次世界大戦に際して発表した、軍事的法則です。日本では、軍事的法則としてではなく、経営戦略として有名です。弱者が強者に対して、広い場所で総力戦をしたら勝ち目がありません。ですから、局地勝負に出ます。ニッチな市場で、その市場においては相手の性能を上回る特殊性のある商品で、各個撃破を試みます。そこで、選択と集中を重視してマーケティングをします。
当時の商品をマーケティングの4Pで表現すると、まずProductはウェブを使ったグループウェア。システム管理者がいなくても使えるということで、情報管理部をターゲットとしていません。Priceは当時、ソフトウェアを資産計上せず、経費で処理できる金額ということで20万円以下の19万8千円。情報管理部に上申せず、部門管理者の決済で買えてしまう金額をイメージしています。Placeはインターネット直販。愛媛を拠点としていましたから、インターネット直販以外の選択肢がほとんどありませんでした。最後にPromotionはオタク心の分かるガンダム世代を狙ったユニークな宣伝でした。大企業の保守的な情報システム部は完全に捨てて、「ボウズマン」なんていうキャラクターまで作って、今で言えばゆるキャラでしょうか、常識を破るということを期待している人にだけ届けばいいと思っていました。部門管理者ばかりを狙い撃ちして、局地戦での勝負を続けて、大手IT企業で、サイボウズのグループウェアが100部門に採用されていた、なんてこともあったそうです。会社としての公式グループウェアは別にきちんとあって、正面から、公式のグループウェアにしてくださいと営業しても勝てませんが、サブマリンで部門ごとに各個撃破していった結果です。
しかしそうなると、売り上げは上がるものの、人手が足りなくなります。注文がくればライセンス証書や請求書の発行業務が増えます、問い合わせも雪だるま式です、働いても働いても対応できなくなります。しかし、正社員を募集しても愛媛では人が集まらなかったんですね。当時はほとんどの人が聞いたこともないITベンチャー、誰も働きたがりません。そこで、サイボウズは大阪に本拠地を移します。
大阪に移動したサイボウズは人を増やし、さらに事業規模を拡大させていきます。まだ未成熟だったソフトウェア業界は、先にスタンダードになった企業が圧倒的有利になり、成長していきます。どうにかして、先行しなければいけません。この頃、野水さんは合流するわけですね。野水さんは合流した時、広告宣伝で入ったんですが、渡された名刺には広報と書かれていたそうです。そこで、広報に関する本を買って勉強していたところ、現社長の青野さんが広報と広告の意味を取り違えていたと。そのくらい、マーケティングだなんだということが分からない状態で、突っ走っているという時代でした。
サイボウズがどのくらい選択と集中をしていたかが分かるエピソードがあります。野水さんがサイボウズに入って2年目ぐらいの頃「野水さん、来年は12億円使ってこれぐらいの売り上げをあげてください」というようなことを言われたそうです。12億円という数字が当時のサイボウズにとってどういう数字かと言いますと、売上高の約4割、人件費の5倍を広告につぎ込んでいたんだそうです。野水さんはそれを少し自分の給料に回してくれ、と何度も思ったそうですが、それが当時のサイボウズの選択と集中でした。2000年のインターネット白書を見ると、日本のインターネット広告の市場規模は400億円、そのうち約10億円がサイボウズだったということになります。しかも、400億円の中にはBtoCとBtoBの両方がありますから、BtoB広告が5回も表示されたら、そのうち1回ぐらいはサイボウズが登場する、というような投下量です。大変な選択と集中で、認知度を獲得していきます。
こういった広告戦略の中で、ウェブサイトへ誘導すると、サイボウズは、当時企業向けではあまりやるところの無かった試用版を配布しました。60日間無償で試用できるお試し版です。これが非常に効果的で、試用版をインストールした人の10%が41日で購入する、というデータが出たそうです。そしてその数字は、どれだけやってもあまり変わらなかったといいます。そこで、とにかく大量かつユニークな広告を投入し、キャンペーンをうち、試用版の配布に全力投球して、そこから販売につなげるという形を繰り返し、認知度が上がっていきました。2000年にはサイボウズは拠点を東京に移し、2002年には従業員が70人を超え、2003年にグループウェアのシェア2位まで上り詰めます。その後まもなく、シェア1位を獲得すると、現在までその地位を守り抜きます。
しかしこの頃から、それまで猛烈な勢いで回っていたサイボウズの歯車が、狂い始めることになります。大きな要因は従業員が増えたことでした。サイボウズは大変な勢いで成長した企業です。創業してから2ヶ月で最初の商品を出し、4ヶ月で単月黒字、そしてわずか3年で東証マザーズ上場。そして勝者が先行利益で一気に大きくなるというソフトウェア業界の中、どんどん従業員を増やしながら規模を拡大していくと、3人で始めたベンチャー企業は、組織のマネージメントができなくなっていきます。
人が増えたことで、急激に社内の一体感は失われました。誰かの悪い噂や、他の部門への愚痴、製品への不満、ネガティブな言葉が社内に増え始めました。状況を打破すべく、様々な手を打ちますが、人事制度がさらに状況を悪化させます。サイボウズは年功序列を良くないものとし、人事制度に成果主義を取り入れていました。社員は目標を立て、その目標がどの程度達成できたかを点数化します。その点数を社員同士で比較し、点数の高い上位は給与があがり、残りは給与が上がらず、特に点数の悪い社員は改善を求めます。これで社員同士の競争を促す狙いでした。ボーナスに関しても成果主義を求め、部署ごとに売上成績の良い部署にはボーナスがより多く分配されるようにしました。
この人事制度の結果はボロボロでした。給与を上げたい社員は、目標をできるだけ低く設定することで点数を高くしようとしました。また、他の社員の点数を上げない為に、仕事を手伝わなくなりました。競争意識を促すつもりで用意したルールは、社内のチームワークを悪くする方へ機能しました。売れ筋の既存商品を扱っている部署は高額のボーナスが支給されますが、意欲的な新商品の開発を進めている部署はボーナスがもらえなくなります。高い目標を立て、これまでにない製品の開発に取り組み、一生懸命やる社員は給与が上がらずボーナスももらえません。この仕組みに納得のいかない社員は辞めていき、離職率は25%以上にも高まったといいます。
さらに、問題を大きくしたのは、この時期から始まったM&Aでした。現社長の青野氏が社長になる2006年のことです。2005年1月期の売上約29億円を、3年で倍の60億円にする目標を掲げ、既に市場が飽和状態にあると考えられていたグループウェアだけでなく、広い市場開拓をスピーディーに進めるため、M&A戦略をしていきました。しかし、M&A戦略を進めると、離職率はさらに高まります。社員数は一気に増え、連結で一時期は1200人以上にも膨れ上がりますが、離職率が非常に高いので、入っては辞めるの繰り返しになります。社内の雰囲気は悪くなります。毎週金曜日の18時を過ぎると、その日に辞める社員が他の社員からプレゼントを受け取り、辞める挨拶をします。それが毎週繰り返され、時には同じ日に2人の社員が辞めることもありました。人がどんどん辞めて、それを補うようにどんどん採用する会社、中にいる人はこれを居心地よいとも、未来があるとも、きっと思わないのではないでしょうか。さらに、M&Aで傘下に収めたグループ会社業績が悪化、サイボウズグループ全体への利益に悪影響を及ぼします。その頃、野水さんは主力商品であるサイボウズOfficeの製品責任者をしていました。新バージョンとなるサイボウズoffice7の発売前でしたが、当時を振り返ると、進歩させなければいけない部分と、安定を求める保守的な意見の間で、コンセプトもぐらつき、どこに向かっているのかも分からない状態だったといいます。そんな中、思わぬところから、転機が訪れます。
青天の霹靂とはこのことをいうのでしょう。ある日突然、ゲームのルールが変わってしまいました。Googleがグループウェアをリリースしたのです。検索エンジンの会社だと思っていたIT界の巨人が、突如グループウェアに参入したのです。しかもそれは、業界の常識を完全に覆す代物でした。これまでは、自社のサーバーの中にインストールして、セットアップして使っていたグループウェアが、インストールも何もなく、ブラウザでインターネットに接続したら、使えるようになってしまったのです。当時はASP、Application Service Providerというような言葉で説明されていた方法ですが、今でいうクラウドです。
それまで、メールはメール受信ソフトを用意して、PCにインストールして、メールを受信して読んでいたものが、Gmailになったら、ソフトのインストールなんて何の必要もなく、ウェブブラウザで特定のURLに接続すれば使えてしまう、これと同じことがグループウェアに起きたのです。そもそも、Googleの代名詞である検索エンジンというのは、クラウドサービスであると言うことができます。PCに何もインストールする必要なく、ブラウザからサービスを使うことができます。
ここで、サイボウズは岐路に立たされます。サイボウズはどこに向かっていくんだろう、という分かれ道です。クラウドに手を付けるのか、従来のサーバーにインストールして使うオンプレミスのグループウェアで戦うのか、様々な方向性が考えられます。その時、青野氏が出した結論はクラウドをやるとか、既存商品がどうとか、そういう次元のものではありませんでした。
青野氏が決めたことは「チームワークだけをやる」でした。サイボウズは「世界で一番使われる、グループウェア・メーカーになる」と掲げ、さらには、それすら目的ではなく手段であり、最終的なミッションを「チームワークあふれる社会を創る」と定めたのです。当時青野氏が全社に対して送ったメッセージには「グループあるところにサイボウズあり。サイボウズあるところにチームワークあり。」と書かれていました。社員の評価制度はどうするのか、M&A戦略は、クラウドなのか、オンプレミスなのか、サイボウズは何をするのかという議論をしていた時に、チームワークだけをやる、と決めたんです。あまりにふわっとしていて、首を傾げた人もいたかもしれません。しかしこれはまさに、文化、戦略、ツールの、文化でしょう。サイボウズは自分が社会に対して何をして貢献するのかということを決めました。
自分達のやるべきことを決めたサイボウズが何を始めたのか。まず、M&Aで手に入れた企業を全て手放しました。サイボウズは1年半で9社を買収しましたが、その株式を4年かけて売却、その過程で10億円強の損を出しました。また、2010年から、クラウドへ集中投資をすると決め、開発リソースのほとんどを注ぎだしました。既存の商品はバージョンアップのサイクルが緩くなり、営業の現場では非常に苦しい状況が続きます。しかし、サイボウズはこの時も徹底的な選択と集中を行います。ただ、クラウドでグループウェアをやるのではなく、世界に通用する日本の企業クラウドを作り、チームワークの基盤となるものにしたいと考えたからです。なにしろ「世界で一番使われる、グループウェア・メーカー」になって、「チームワークあふれる社会を創る」のがミッションです。ただ、クラウドに参入すればいいのではなく、それによって、お客様のビジネスが変わり、チームワークあふれる社会に貢献しなくてはいけません。
プラットフォームをイチから作る道を選びました。ネットワーク回線やデータセンターを借り、必要な機器をそろえ、管理ツールから何からできうる限り自前で作っていきます。当然初期コストも、開発期間も莫大になります。当時売り上げが50億円程度であったのに、ここに100億円を突っ込みます。
これを推進していくには、当然周囲の理解が必要です。企業内のサーバーにインストールして使うオンプレミスは、初期費用で稼ぐビジネスモデルです。導入時に売り上げがあがります。しかし、クラウドは月額課金モデルなので、毎月安定的に売上げがあがりますが、初期はどうしても儲かりません。これはサイボウズだけでなく、サイボウズの商品を売るパートナー企業も同様です。そのオンプレミスの商品の開発を緩めて、クラウドに一気にリソースを割けば、サイボウズはもちろん、パートナーの企業も困ります。野水さんは、当時そういったパートナー企業に毎日頭を下げ「未来のためにはこれが必要なのです、一緒に頑張りましょう」と説得して回っていたそうです。
しかし結果として、サイボウズの売上は下がりませんでした、むしろ上がりました。なぜそうなったかというと、サーバー付きのオンプレミスを求めているお客様と、クラウドを求めているお客様が違う層だったからです。情報システム部では初期費用に大きな予算を組んでオンプレミスを購入しましたが、部門管理者レベルではクラウドで簡単に導入できる仕組みが魅力的でした。つまり、クラウド分野におけるサイボウズの挑戦は、ランチェスターの弱者の戦略で戦った初期のサイボウズと結果的に同じことをしたことになります。ただし、かつてのサイボウズと、クラウドにシフトした時のサイボウズでは葛藤の量が全く違ったと言います。何もないところからできるところで勝負をしていた時代と、既に持っているものを自分で壊して進むのとでは、大違いです。音楽がデジタルへシフトした時、音楽業界は自分で自分達を壊すと言うことが中々できませんでした。それをしたのはいかなるレコード会社でもなく、Appleです。AppleはiPodを使って、既存の業界を壊しながら、人々と音楽の関わりに、その生活に、大きな変化をもたらしました。サイボウズは、自分達で築いてきたものを壊しながら、世の中に新しいチームワーク、新しい働き方を提案することを目指しました。
クラウドのグループウェアが広がって、活用されたら、働き方はどう変わるのか。サイボウズは自分達の仕事環境を変えて、それを体現しようと考えました。チームワークを良くしようと息巻いている会社の離職率が非常に高いのでは、やはりとてもマズイでしょう。そこでサイボウズは様々な社内改革に乗り出します。
例えば、働き方を自分で選べるようにしました。一般的には、総合職と一般職で分けて採用して、その後の待遇や責任の範囲、転勤のあるなしなどの条件が決まりますが、サイボウズではそれを働く時間が長く残業もある「ワーク重視」か、残業が無く、時短も選択できる「ライフ重視」かを変更できる仕組みをとりました。これはその後進化して、今では、時間の長さ3通りと、働く場所もオフィスなのか、あるいは自宅なのか、といった具合に3通りのコースを用意して、3×3で9種類の中から自分で選択できるようになっています。そしてそれを月ごとに変更することができます。
子育て世帯における共働きの割合は半数を超えています。そうした世帯では、母親にそのしわ寄せが来ることが多いのが現状です。そこでクローズアップされるのが「小1の壁」です。保育園では延長保育も含めてある程度遅い時間まで子どもを預かってくれていたのが、小学校に入学すると、昼過ぎ、15時くらいまでで授業が終わってしまいます。その後は学童に預けるしかないということになりますが、保育園と同じで、共働きが増えた結果、学童が足りなくなっています。運よく学童に入れても、保育園よりも預かってくれる時間が短いところが多いのです。これが「小1の壁」です。ここで母親が仕事と育児の両立に行き詰まり、会社を辞めてしまうというケースが少なくありません。働きたくても働けないのです。サイボウズの仕組みであれば、時間を短くするのか、自宅で働くようにするのか、あるいはその両方か、状況にあわせて選ぶことができます。さらに、サイボウズでは「ウルトラワーク」という仕組みがあり、短期的に働く時間と場所を変更することもできるといいます。旅行にあわせて旅行先の営業所で仕事をしたり、台風の時には、無理をしてオフィスに集まる社員は非常に少なく、多くの人が自宅で仕事をするそうです。これらを実現する為には障害もあります。例えば、情報漏えいリスクを減らす為に自宅で使用するPCを審査しているそうです。コミュニケーションをどうするのかと言えば、それこそグループウェアの出番です。こんな時の為にグループウェアを作ってきたはずでしょう。
非常に興味深い出来事があります。2011年3月11日の東日本大震災が起きた時、日本中が大混乱し、東京の交通機関も大きく乱れるなか、在宅ワークに取り組んできたサイボウズはほとんどの業務を在宅のままこなすことができました。大手企業が次々に決算発表を延期する中で、サイボウズは3月16日に予定通り発表を行いました。働き方の多様性が、不測の事態に対する柔軟性と繋がっていたのです。会社で働けなければ家で働けばいい、それが実現できる環境を作っていたのです。
サイボウズの改革はまだまだあります。役職を全て単なる役割としました。マネージャーは昇進ではなく、マネージメントの役割を与えられたに過ぎず、役職手当もありません。給与はスキルによって決定され、管理職だから偉くて給与も高い、ということがありません。結果、多様な働き方が認められます。
副業も自由です。多くの企業は、副業をすると会社の労働力が足らなくなることを恐れますが、サイボウズでは会社の売上が下がったとしても、その分人件費が落ちれば帳尻はあうと割り切ることにしました。そしてさらには、他社の正社員が、サイボウズで副業をしたいという希望があり、これを受け入れることにしました。自分のところで副業を許しているのだから、自分のところを副業にするのも許さなければ辻褄があわない、と言えば確かにそうですが、実際は中々できることではありません。また、ママインターン制度も作りました。子育てをしているお母さんが、復職するきっかけとなるインターン制度です。前述の働き方の多様性とあわせて、こういった取り組みをしていった結果、何が起こったでしょうか。副業のせいで労働力が足りなくなる? 全く逆のことが起こりました。多様な働き方を認めたことで、労働時間などの問題で他の企業には入れないが能力は高いという人が集まるようになりました。第一線でバリバリ働いていた女性が、8時間フルタイムで働けないという理由だけで、自分のビジネススキルとは何の関係もないパートをしています。そういう方々がママインターンを通じて、サイボウズに入社するようになるのです。
福利厚生も変わっていきます。会社のイベントに行きたがらない若者が増えている、というような話、よく聞きますよね。会社で温泉旅行を企画したとしても、誰も来たがりませんでした。しかしこれを、会社のみんなで温泉に行くなら、会社が補助金を出しますよ、というようにすると、温泉旅行に行く人が出てきます。不思議ですね。勉強会をいくら企画しても集まらなかったのが、勉強会をしたらそれに掛かる費用は出しますとした途端に、自分達で勉強会を催すようになります。
ダイバーシティという言葉を、最近よく耳にします。多くは女性活用という文脈でもちいられることが多いのですが、日本語訳すれば多様性というようなことで、男性ばかりの社会では多様性が無いので、もっと女性が活躍できるようにしましょう、というような形で使われます。そこで、従業員における女性の割合を増やしましょうとか、多様な国籍の人を雇いましょう、という話になります。しかし、サイボウズが考える多様性というのはちょっと違いました。元々、多様性というのは既に自分達の中にあって、それぞれの違いを認めることで、多様性が発揮されると考えました。結果的に、サイボウズの女性従業員の割合は増えるんですが、それは女性従業員を積極的に採用したのではなく、どんな人でも働きやすい環境を目指した結果、色んな人が働くようになったということです。
サイボウズは、理念が社員に浸透し、1人ひとりがその体現者となっていきます。そしてそれは企業に新しい力をもたらします。「第3章 ブランドは、体現すれば、にじみ出る」のところで、企業ブランドは社員から生まれるというお話をしました。アパレルブランドが海外進出に成功した時にやっていたことは、現地で働く人達がブランドの何が素晴らしいかを言えるようにした、ということでした。そして「第4章 コミュニケーションはデジタルで加速する」でご紹介した「サイボウズ式」に繋がっていきます。サイボウズ式は月に20本のペースで記事を公開し、多い時では月間40万ページビューを記録することもあります。
サイボウズはある時、「大丈夫」と題した動画をYouTubeに公開します。これはグループウェアの動画ではありません。頑張って子育てと仕事を両立させようとする母親を描いたムービーです。仕事をこなしていると保育園から連絡が来て、熱が出ているので早めに迎えにきて欲しいと言われます。夫に相談するも迎えにはいけないということで母親が迎えにいきます。夕方でもう病院の受付は終了、翌朝いかなければいけません。熱が下がらなければ保育園には行けませんから、おじいちゃん、おばあちゃんにお願いしなければいけないかもしれません。仕事は山積み、今日も寝る時間を削らなければ間に合わないでしょう。そんな時、抱っこした息子が囁くような声で「大丈夫?」と聞いてきます。私は大丈夫なのだろうか。この動画は30代女性から特に支持を集めて日本で150万回再生されます。そして台湾で字幕がつけられ、台湾でもさらに150万回再生されます。ウェブで非常に人気が出ましたので、このムービーは後からテレビCMにもしましたが、当初公開し100万PVにいくまでは、広告費、正確にはメディア費を1円も使っていませんでした。かつてサイボウズは売り上げの4割を使って広告を出していたわけですが、メディアにお金を出して拡大する作戦から大きく変貌を遂げ、代わりにコンテンツにお金をつぎ込むようになりました。1億円近いお金を使ってコンテンツを作ります。作る中身は、チームワークを良くするというメッセージです。
こうなると、離職率は一気に下がり、人材募集には応募者が5千人を超えます。2005年に離職率は28パーセント、実に3人に1人近くが辞めるという状況から、2013年には4%を切ります。離職率が下がったおかげで、採用コストと教育コストが大きく下がります。
サイボウズは、成長の踊り場を脱し、クラウドとオンプレミスの売上は同等のところまできました。しかし、たゆまない売上の拡大をサイボウズは望みません。これは実は「世界で一番使われる、グループウェア・メーカーになる」と言う時点で語っていることです。分かりますでしょうか。彼らは、世界で一番儲かる、というようには言っていないんですね。グループウェアをうまく売ってサイボウズががっぽり儲けるという世界観を彼らは持っていません。世界で一番使われる、と宣言しています。できるだけたくさんの人が、サイボウズっていいね、サイボウズがあるおかげで自分らしく仕事ができる、チームワークよく仕事ができる、そう言ってもらえ、チームワークあふれる社会を目指しているのです。そうすれば、その社会の支持がある限り、サイボウズは長く繁栄するでしょう。まさに、売り手によし、買い手によし、世間によしの三方よしの精神そのものではないでしょうか。
サイボウズは今、大変に注目されている企業です。それは、売り上げや利益ではなく、企業のあり方が注目されています。徹底した理念の浸透、従業員によるブランドの体現、そしてそれらがデジタルコミュニケーションで大きな広がりを見せます。これらすべての有機的な構造を組みたてていくことこそ本当の意味でのマーケティングであり、それは、経営の最高の機能と言えるのではないでしょうか。
サイボウズは展示会でも、リードをとることをやめました。なぜやめることができているかというと、リードを何件集めたということが評価基準になっていないからです。かつてはそういうことをしていました。何千万円もかけて展示会に出展し、何千枚もリストを集め、そこに1社1社電話をかけて、売上が黒字になるのか、という評価をするんですが、決して黒字にはなりませんでした。そういう目標があるばっかりに、一生懸命作ったブースのまわりで、ビラを配って「今だったらお菓子を差し上げます」みたいなことを言って、気がつくとブースの中に人が入っていません。いつのまにか、まるでバリケードでも作っていたかのようです。しかし今のサイボウズはやるべきことがはっきりしています。チームワークの良い社会を創るのに、そんなバリケードは不要だとはっきり分かっているのです。
Bigbeat LIVEを開催したのは、8月1日でした。当社は8月決算で、Bigbeat LIVEの準備期間は追い込みの時期です。そんな時に、Bigbeat LIVEというのをやるぞ、と言いだしました。しかも当社にとってはかなり大きな予算です。それは売上いくらになるんだと聞かれても、一切売上にはならないし、そこで何かの宣伝をするわけでもありません。それじゃあその予算があればこっちの案件でできることがあるのに…と思った社員もいるかもしれません。なんならその予算を全員で割ってボーナスで頂戴よ、と思うかもしれません。20代の若い頃なら、私自身、きっとそう思ったでしょう。
そういった声を押しのけて、社長の私が、これは未来への投資だから、と言ってやるわけです。でも私自身は、イベント開始直前になると、実はとてもビビっていて、逃げたくなります。実際、イベント開始前に30分ぐらい、みんなの前から消えて1人になっていました。すごく緊張しますし、1人でもう一度流れを組み立てて確認もしておきたいという理由もあります。周りはあせって探しますよね、大変な迷惑です。逃げたいぐらい怖いことを、わざわざ周りが全員賛成というわけでもなさそうなのに、押し切ってやっているんです。
これはどうも昔から変わらない性分のようです。高校生の頃、体育祭で鳩を捕まえた時も同じような気持ちだったと思い出します。私が通っていた高校は、それなりに有名な進学校ではあったんですが、一方で体育祭などの名物行事にもかなり力を入れていました。中でも、体育祭では応援やぐらというものがありまして、6チームに分かれて10メートル近くもある高さのやぐらを組むんです。これを作れるのは3年生と決まっているんですが、私が3年生の時に、このやぐらで1つやらかしてやろうということで、開会式で鳩を飛ばすことを画策します。オリンピックみたいに、大量の鳩が一斉に飛び立ったら壮観じゃないですか。でも、そこは高校生ですから、そんなにたくさんの鳩をどうやって手に入れたらいいか分かりません。もちろん、購入できる場所も分かりませんし、そんなお金もありません。当時はまだインターネットだってない時代です。しかし、私達には1つあてがありました。
というのも、高知市内に高知中央公園という、東京でいえば日比谷公園のような大きな公園があるんですが、40年前当時、公園内の大きなトイレの屋上が鳩小屋になっていて、何百羽という鳩がそこにいたんです。なぜそんなに大量の鳩がそこに居たのかは良く分かりませんが、私達はこれを拝借しようと考えました。近所の電気屋さんで冷蔵庫かテレビが入っていた大きな段ボールをもらってきまして、早朝4時のみんなが眠っているような薄暗い時間に公園に出かけました。さあ、捕まえようと鳩小屋に入るんですが、ちょっと想像してみてください、そこにはものすごい数の鳩がいて、いきなり高校生がバタンと入って捕まえようとします、そうしたらもう大変な騒ぎになりますよね。ドタバタになって、ワーワーギャーギャー大騒ぎしながら、なんとか箱に押し込めたところで目の前にお巡りさんがいまして、なにやってるんだお前ら、とこうなりました。
これはもう、犯罪ギリギリですけど、お巡りさんに体育祭があって、そこのやぐらから鳩を出してわーっと飛び立たせたいんだということを一生懸命説明したら、お巡りさんは、ああそうか頑張りよって許してくれました。当時の高知は何とおおらかだったことでしょうか。とにもかくにも鳩を捕まえた私達は、体育祭の開会式で校長先生のお話が終わって、いよいよ開催ですというタイミングで、さあ今だとやぐらの上から段ボールに入れていた鳩を放つんです。ところが、段ボールの中が真っ暗だったせいか鳩達はみんな寝ていて飛び立ちません。後ろから急き立てると、気がついた鳩がポツリポツリ動き出し、やぐらから落ちる途中で慌てて羽ばたくという…これを見た全校生徒が大爆笑というか、冷笑ですよね。これは、学校の周年記念のタイミングで記念誌にも載せていただきました。「体育祭鳩事件」。
なんでもかんでも向う見ずにやるというよりは、実はむしろビビりで、怖がりなのですが、なぜか、面白い方と、そうでもない方があると、面白い方を選んでしまいます。ですからBigbeat LIVEをやった時も、この本を作った時も、同じようなことがありました。Bigbeat LIVEを本にしようと決めて、社内でどんな本にするべきかということを話した時も、本来はBigbeat LIVEの内容をそのまま踏襲し、それぞれの登壇者のみなさんにそれぞれの内容を書いていただく、というのが無難だという話がありました。しかしそれを、私が自分で解釈して、自分の言葉で書くことで、全ての話を1本の流れに再編集することができるんじゃないかと思いついてしまいます。
そうすると途端に、本当に登壇者のみなさんが語っていたことが消化できているのか、自分達がそれらを全て体現できているとはとても言えないのに棚に上げて話してよいのか、様々な懸念がよぎります。周りの社員にももちろん言われます。でも、やっぱり、面白い方とそうでもない方があると、ビビりながら面白い方をとってしまうようです。
旅に行けば、パッケージ旅行よりも、宿も決めずにレンタカーを借りて自由気ままにする方が怖いですけど、楽しいですよね。行く前に怖い怖い、なんなら行きたくないと思いながら、でも、面白い方をどうしても選んでしまいます。先日も海外旅行で予約したはずのホテルの部屋がとれていないことがありまして、間の悪いことにスマートフォンの電池がもうほとんど残っていません。土砂降りの中、これはもう車中泊しかないかと覚悟した時に、4階に1部屋あまってるぞ、エレベーターがないから自分で4階まで荷物を運ぶなら使っていいと言われるんですね。行ってみると、これがペントハウスのようになっていて、スイートルームみたいな広い部屋なのです。すごいじゃんって、楽しいじゃんって、結局のところそういうことが楽しいと思っているんです。きっとそれが、鳩を捕まえていた高校生の頃から変わらない、私らしさなんだと思います。
面白い方を選んでしまうという言い方はしましたが、Bigbeat LIVEも、この本も、面白半分に作っているわけではありません。2017年の2月に、Varkey Foundationという教育慈善団体が世界20か国の15~21歳の若者2万人を対象にした調査のニュースがありました。調査の中で「自分は幸せである」と答えた人は、日本の若者で45%であり、これは20か国で最も低かったそうです。実は2014年に行われた内閣府調査でも、日本の若者の幸福度が低いという結果がでています。
言うまでもありませんが、昔と比べれば物質的には圧倒的に豊かになっています。給料がなかなか上がらないとはいいますが、それでもみんなスマートフォンを持っていて、家にはクーラー、大きなテレビ、ご飯を食べすぎて肥満に困ることはあっても、ひもじい思いをすることはありません。しかしこれで、今の若者は贅沢だ、私の若い頃は…と言い始めてはいけませんね。
なぜ、幸福を感じないのでしょうか。なぜ昔は今よりもずっと貧しくても幸福だったのでしょうか。それはやっぱり未来を信じていたかどうかじゃないかと思います。今よりも未来が明るくなる実感があって、頑張ったら頑張った分報われると思っていれば、きっと幸せですよね。目指すべき未来がないまま、毎日毎日とにかくこなさなきゃいけない仕事だけがあったら、それは幸せにはなれないと思います。じゃあ、私が経営者として、今ビッグビートで働くみんなが、お金を出してくださるお客様が、支えてくれるパートナーのみなさんが、より良い未来を目指して仕事ができるようにするには、何が必要だろうか、ということを考えなくてはいけません。それはつまり、ビッグビートは何をするのか、ということです。それはやっぱり、マーケティングだろうと思いました。展示会で名刺を集めるのも、それ自体を全て否定することは決してありませんが、何のために集めているのか分からなければ辛い仕事です。たくさん集めてもとても営業が追いきれない、1つ1つ営業をかけても全く成果につながらない、それが分かっていながらやる仕事は辛いものです。
サイボウズはチームワークをやると決めました。すごい腹の決め方です。あそこまでの腹の決め方は正直真似できません。でも、私なりに、ビッグビートなりに、腹を決めることは必要です。ビビりながら、それでも、面白い方とそうでもない方であれば、面白い方を選択することはできるような気がします。私達は、マーケティングによって、お客様がより良い未来を選択できる仕事ができるようにお手伝いするべきじゃないかと思います。お客様だけでなく、一緒に仕事を支えてくれているパートナーのみなさんも、そして何より自分達も、マーケティングによって経営を変えて、より良い未来を選択する、その為の仕事にしていかなければいけません。
仕事のやり方として、自分達が分かることと、分からないこと、お客様が分かることと、分からないこと、という2×2のマトリックスで考えることがあります。自分達が分からず、お客様が分かること、これは仕事になりません。自分達が分かって、お客様が分からないこと、昔はこういうケースがあって、売り手に好都合でした。何しろ買い手が分かっていないんですから、ブランディングしましょう、広告出しましょう、広告費はいくらいくらですと言って、買い手がさっぱりわかってない中でどんどん広告を出してもらう。でも今はこういうことはありえません。自分達も分かっていて、お客様も分かっている、私達でいえば一緒に展示会を作りましょうと言った時、ほとんどがこのケースです。お客様も展示会を何度もやった経験があり、こちらはもちろん分かっていて、そこで作り上げる。普通の仕事の仕方です。
しかし、この本で語っている、理念を作り上げて、文化を浸透させて、デジタルで加速させてというのは、お客様も分かっていませんし、それは1つ1つの企業ごとに違う話ですから、私達も解答を知っているわけではありません。何度も言っていることですが、打ち出の小づちのように振れば必ずうまくいくというHowは存在してなく、Whyから考えていかなければいけません。それぞれの企業に、それぞれ事情があって、らしさがあって、根本のところにもどって考えていかなければいけませんから、とても大変です。お客様も分からない、私達も分からない、「分からない、分からない」の仕事です。でも、私達はできればその困難な仕事を一緒にやりたいと考えています。そして、コミットしていきたいんです。広告出しましょうといって、有名なメディアに立派な広告がでたら後は知らないよ、ではなくて、困難なところから始めて、良くするために腹を決めてやっていく、そういうお付き合いをしていきたいと考えています。
その為にすることは何か、まず自分達がとにかく体現することでしょう。今できていないからと躊躇するよりも、これからやるんだと踏み出すことが大事だと考えました。そこで、考えに共感していただいた方々のご協力を得て開催したのがBigbeat LIVEです。それだけでは飽き足らず、これを本にして残そうと考えたのが、本書なのです。
Bigbeat LIVE、そしてこの本を制作する過程は、実はこの本に書いてあることと全く同じ過程でした。Howではなく、ツールではなく、理念と文化を作り、浸透させていく作業です。タイトル1つとっても、表紙1つとっても、それはビッグビートらしさを考える作業であり、誰に、何を伝えたいのか、そのメッセージを考える作業に他なりません。ビッグビートは何をして、お客様に、パートナーの皆さんに、自分達の社員に、そして広い社会に、ビッグビートがあってよかった、ビッグビートと仕事がしたい、ビッグビートと一緒により良い未来を目指したいと、思ってもらえるか、支持し続けてもらえるのか、考える作業です。私達は何がしたいのか、何をするべきなのか。
Bigbeat LIVEの時も同じキャッチコピーがあったんですが、本書にも「らしさで未来はグッとよくなる」というメッセージをつけました。キャッチコピーとしては弱くないか、という意見もありました。そうかもしれません。しかし、これこそが伝えるべき、共有するべきメッセージであると考え、変えませんでした。なぜこれが伝えるべきメッセージであるかは、もう説明しつくしたと思います。らしさが理念となり、文化となり、社員に伝わり、パートナーに、お客様に、社会に広がって、そしてより良い未来を目指した仕事になるのです。
私は、いつもヘラヘラしているところがあるので、そうはなかなか思われないかもしれませんが、すぐに心配になって、怖くなって、逃げ出したくなることがあります。しかし、それでも、面白い方と、そうでない方があれば、必ず面白い方をとります。鳩を捕まえて、宿も決めずに旅をして、決算が迫っているのに一銭にもならないイベントをするんです。そしてビッグビートのこれからも、ビビりながら、怖がりながら、それでも、面白い方とそうでない方なら、面白い方を選んでいくんだと思います。
もしかしたら、お客様の言うことを聞いて今と同じことを続けていく方が、普通の広告代理店のあり方なのかもしれませんが、未来を共有してマーケティングをする方が断然面白いと思います。だから、困難なことも分かっていますし、大変なことも分かっていますし、ビビります、怖いです、それでもこっちを選択します。私達はそんな広告会社になりたいと思います。幸いにして仲間がいます。私が暴走しそうになっても、脇をガッチリ固めてくれる仲間に恵まれて、ここまでやってこられています。きっと今から目指すミッションも、一緒にやっていけると、楽観的かもしれませんが、思っています。
未来に向かう仕事がしたい、そんな想いを抱いて、本書を、BOOTLEGを制作しました。これが実現できたのはひとえに、Bigbeat LIVEにご登壇いだいた、サイボウズ株式会社 社長室フェロー 野水克也さん、株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野吉記さん、PDCAソーシャル代表 ニール・シェーファーさん、B2Bhack.com主宰 飯室淳史さんの4名の寛大なるご厚意によるものです。最後に改めて、深く、御礼申し上げたいと思います。本書の知見のほとんどは、この4名の方々からもたらされたものですが、それを解釈し、編集しておりますので、文責は全て私、濱口豊にございますことも、最後に申し上げておきます。
ここまで読んでくださって、共感してくださったお客様、パートナーのみなさん、そして社員のみんなと、もっともっと楽しく、面白く、仕事をしていきたいと思います。らしさで未来はグッとよくなる。そう信じて。
本書は、2017年8月1日に紀尾井カンファレンスにて開催された「Bigbeat LIVE」での講演内容を、私、濱口豊の文責としてまとめたものです。
ご講演くださいましたサイボウズ株式会社 社長室フェロー 野水克也様、株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野吉記様、PDCAソーシャル代表 ニール・シェーファー様、B2Bhack.com主宰 飯室淳史様(講演順)には厚く御礼申し上げます。
本書は皆様の知見なくしては成り立ちませんでした。本来であれば本書は皆様との共著とすべきところですが、責任の明確化という意味で私の名前を表記しております。
万一、事実に対する誤認や誤解、皆様の意図と異なる解釈がありましたら、それはひとえに私の至らなさによるものです。皆様には私の非力をお詫びするとともに、ご厚意に深く感謝いたします。
2017年中秋
株式会社ビッグビート 代表取締役
濱口 豊
1962年高知県室戸市に生まれる。
広告代理店の営業として約10年の間勤務。多くの創業社長とのビジネスを経験し、ビジネスにおける熱意やユニークさに大きな影響を受ける。『いつかは自分もこのステージで!』との思いを募らせ、1995年 株式会社ビッグビートを創業。『一番変化の大きいところにビジネスチャンスがある』という広告営業の原則通りIT、インターネット関係のクライアントとのビジネスにフォーカスする。
創業の地は当時居住していた西葛西。これは単に電車通勤を極度に嫌ったためでその他の意味はない。現在は紀尾井町にオフィスを移転しているが、自社のWEBメディアのタイトル『ニシタイ(西葛西駅前タイムズ)』にその時代の名残を残す。https://www.bigbeat.co.jp/times/
Bigbeatの社名の由来は、濱口のロック好きから。オフィス内では天井に釣られたスピーカーより、クラシカルなロックが流れる。
好きな言葉は、『考えると腹が減る、悩むと食えない』(自作)。
趣味は、ロック、ゴルフ、飲食、旅行、妻。
2017年12月1日 発行 初版
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