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REcycleKiDs 7

ふくだりょうこ

チームB



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編集 野崎勝弘
表紙 波野發作
イラスト ahasoft2000 / 123RF 写真素材

REcycleKiDs 7

リサイクルキッズ7

愛憎のカタストロフ



「ありがとうございましたー」
 さわやかな青年の声が飛ぶ。
 朝のパン屋は大賑わいだ。ふんわりと鼻をくすぐる匂い。おなかがぐうっと鳴った。
「いらっしゃいませ」
 私の番が回ってきた。レジの青年がトレイを受け取り、手際よくパンを包んでいく。
「今日はいい天気でよかったですね」
 手を動かしながら、青年は私に笑顔を向けた。
「そうですね」
「新作のリンゴパンが出たのでよかったら召し上がってみてくださいね」
「リンゴパン? アップルパイじゃなくて?」
「はい、リンゴパンです!」
 元気よく言ったあと、パンが入った袋が差し出された。
「いってらっしゃい!」
 朝、家を出て、このパン屋でお昼を買ってから出勤する。それが最近の私の日課だ。
「いってきます」
 少し気恥しくなりながら、青年に返す。
 ここのパンはおいしい。でも、パンよりも目当ては彼のほうなのかもしれない。


     *****


「あー、和久さん、またおいしそうなパン食べてるー!」
 少し遅めの昼食を摂っていると、アキちゃんがむうっと頬を膨らませて言った。
「あなた、さっきおにぎり食べてたじゃない」
「食べてたけど、和久さんの見てたらまたおなか空いてきた……」
「……一口だけよ」
「やったぁ」
 パンをちぎって渡すと、アキちゃんは嬉しそうに頬張った。こういう笑顔は変わんないな、と笑顔が漏れる。
 ここは、地域にあるこども館。
 昼間は近隣に住む子どもたちが遊ぶ場所。
 夜は子どもの展示場になる。展示場って言ったら、浦沢さんには怒られたけど。
 虐待を受けた子どもたちがやり直すための場所がこのこども館。当時の痛みの記憶を消され、新しい両親を待つための場所だ。
 より良い両親に引き取ってもらうために、ここではさまざまな教育プログラムが組まれている。とは言っても、大半は四歳から五歳の間に引き取られるので、あまり機能していないと言えるのかもしれない。
 アキちゃんは、こども館に十八歳までいた。十八歳の誕生日にはこども館を出て、希望すれば、ここのスタッフとして働くことができる。
 とはいっても特定児童先進福祉法が制定されてから十八歳になるまで引き取り手が見つからなかったのはアキだけだ。
「そういえば、ユウキちゃん、またごはん食べていませんでした」
「……ああ」
 先日、別のこども館から移送されてきたユウキという女の子。今年十三歳になる。同じ施設の男児とこども館を抜け出そうとした。もちろん、そんなことは叶うはずもなく、すぐに連れ戻された。
「アキちゃんがいた施設の子よね、彼女」
「はい」
「向こうではどうだったの?」
「真面目でいい子でしたよ。勉強もよくできるし、下の子たちの面倒もよく見ているし」
「ただ言葉遣いが乱暴ね」
 指摘にアキは困ったように笑った。
「彼女は男の子になりたかったんですよ」
「性同一性障害?」
「違います。男の子になれば、好きな人と一緒にいられると思ったんです」
 抜け出そうとした男児と恋仲だった、ということか。ここにいる子どもたちはみな幼い。戯れにキスをすることもあるが、それはあの子たちにとっては大した問題ではない。
「恋ねえ……」
 ため息交じりに言うと、アキはクスッと笑みを漏らした。
「和久さん、まだ婚活してるんですか?」
「結婚するまでやるわよ、私は!」
「自分で言ってたじゃないですか、年とっちゃうともらい手がないって」
 笑顔のアキに対し、私は何も言えなくなる。
 ただの嫉妬だ。若いこの子への。傷つけるのを知っていて言った。その言葉は諸刃の剣だったけれど。
「アキちゃんは……」
 言いかけてやめた。好きな人はいないのか、と聞くのは酷だ。
「なんですか?」
「……好きなパンはなに? 今度買ってきてあげるよ」
 この子は、人を好きになったことがあるのだろうか。あるのだとしたら、相手はひとりしかいない。
 その人を奪ったのは、私だ――。


     *****


 こども館にいる子どもたちはやがてここから出ていく。
 記憶を消されて、やってくる子どももいる。
 でも、別の施設から移送されてやってくるのは初めての珍しいケースだった。
「ユウキちゃん、また食事していないんだって?」
 部屋に行き、問いかけても彼女はこちらを向かなかった。
「どうして食べないの?」
「食べたくないから」
「どうして?」
「食べなかったらそのうち死ぬだろ」
「死ねないよ」
 私の回答に、ユウキはようやくこちらを向いた。憎しみの籠った視線。
「ここで死んだりしたら迷惑だから。どうしても食べないっていうなら、栄養を摂らせる方法はいくらでもある」
「…………」
 この子はそれぐらいきっと分かっているだろう。ただ、抵抗したいだけなのだ。自分を縛る何かに。
「死んだら、困る?」
「まあね。責任問われるから」
「あの人、殺してくれないかな」
「あの人?」
「俺をここに連れてきてくれた人」
 エージェントの浦沢さんのことだ、と分かる。ユウキがまた脱走を図るのではないかと上のほうが考えているようで、近頃はここに詰めていることが多い。
「殺さないよ。あの人の仕事は子どもを殺すことじゃない」
「どういう人が殺されるの?」
「約束を破ったり、秘密を話した人かな」
 秘密かあ、と考えるそぶりを見せながらユウキは呟いた。
 子どもたちがここにいること自体が大きな秘密。そのことにこの子は気がついているんだろうか。
「あんたは、この仕事が好きだからここで働いてるの?」
 とりあえず、言葉遣いを矯正しないと貰い手はないだろう。ため息が漏れる。
「話、聞いてる?」
「きちんとした話し方ができるようになったら答えてあげる。そんなんじゃあいつまで経ってもここから出られないよ」
 ユウキの反応は待たなかった。背を向け、部屋を出る。
 これだから、育った子は嫌だ。余計なことばっかり考えて面倒くさい。素直に言うことを聞いていればいいものを、と思う。アキもそうだった。小賢しい、と何度思ったことか。大人しくしていればいいものを……。
「和久さん」
 事務室へ戻る途中、フラリと姿を現したのは浦沢さんだった。
「どうしたんですか」
 つい声が上ずる。年々、陰気な空気をまとうようになった浦沢さんが、私は少し怖かった。
「裏口の防犯カメラが壊れているようです。修理、頼んでください」
「わ、分かりました」
 ただ、無駄口を叩かないところは好きだった。見た目もいいし、違う仕事をしている人だったら好きになったかもしれない。
 ふるふるって頭を振る。
「どうかしましたか?」
「ううん、ちょっと眩暈がしただけ」
「そうですか」
 それだけ言うと、浦沢さんはまたフラリと立ち去った。
 普通、眩暈が……とか言ったら大丈夫ですか? ぐらいはいうものだ。どこか機械的なものを感じる。
「人を殺してると、どっかに心っていうものをなくしちゃうのかねぇ」
 小さな声だったつもりなのに、妙に廊下に響いて、私は思わず体を震わせた。


     *****


 ユウキの態度は一向によくならなかった。
 自分を引き取ってくれるかもしれない人たちが見学に来ていても、態度は変わらない。
「ガラスケースの中に入ってるっていうのが嫌なんだよ。売り物になってる気分で」
 注意した私に向かって、ユウキは吐き捨てるにように言った。
「ああ、頭痛い……」
 ひとしきり口論したあとに戻った事務室で思わずぼやいた。
「ん? 風邪ですか?」
 書類を書いていたアキがこちらを見た。
「いや……そういうわけじゃないんだけど」
「痛み止め持ってますよ。飲みます?」
「うん……もらおうかな」
「どうぞ」
 差し出されたのはドラッグストアでよく見るパッケージだった。二錠取り出し、お茶で流し込む。
「何か悩み事でもあるんですか?」
「んー、ユウキのことがね。あれじゃあ、貰い手ないよ」
 突っ張っていたっていいことはない。彼女は何がしたいんだろう。
「反抗期みたいなものじゃないですか」
「アキちゃんはそういうの、なかったのにね」
 言ってからしまった、と口をつぐむ。なんとなく、アキちゃんがここにいたときの話は避けていた。触れてはいけないというルールがあるわけではないけれど、思い出したくないのでは、と思っていた。
「特に反抗する対象がなかったからじゃないですかね。自我が芽生えてなかったのかも」
「まあ、別に反抗期がなくったって大人にはなれるし」
「私の場合は……今、反抗期みたいなのがきてますね」
「へえ……」
 頷きながら、うーん、と伸びをした。
「なんか、眠くなってきた……」
「頭痛も疲れのせいじゃないですか?」
「んー……ちょっと寝てもいい?」
「どうぞ」
 アキの返事をもう半分眠りながら聞いた。
 ものすごく心地よく、眠りに落ちていく。久しぶりの感覚だった。
 でも眠るべきでは、なかった。

 目が覚めると、私はガラスケースの中にいた。
 子どもたちがいつも入っているアレだ。
 ガラス越しに、パンを頬張るアキの姿が見えた。
「アキちゃん……っ?」
「あ、おはようございまーす」
 ひらひらと手を振るアキの様子はなんだかとても滑稽だった。
「なんで私がこんなところに……っ」
「あ、鍵がかかってるので、出ようとしたって無駄ですよ」
「っ……」
 見学者がいるときに、子どもたちが突然飛び出したりしないようにつけられている鍵だった。思っていたよりもガラスケースの中は狭く、息苦しかった。
「あー、おいし。ここのパン、おいしいですねぇ」
 アキの足元に落ちているビニール袋には、通っているパン屋のロゴが入っていた。
「私の、勝手に食べたの?」
「いつも幸せそうに和久さんが食べてるんで気になってたんですよね」
「……おいしいパンなのよ」
「そりゃあ、好きな人が作るパンはおいしいでしょうね」
「…………」
 アキがペロリと舌なめずりをした。今日、買ってきたのは……イチゴのジャムパン。
「健気ですよね。好きな人が勤め先の近くにわざわざ引っ越して」
「なんのこと?」
「とぼけなくてもいいですよ。シュウヘイさんが働いてるんですよね、そのパン屋」
 きゅっと唇を噛みしめ、アキを見据える。一体、何を言い出すのか。
「シュウヘイさんはここの仕事をクビになったあと、これまでの記憶を消された。国も親切ですね、ちゃんと新しい戸籍と仕事を用意してあげて」
「…………」
「でも、機密事項はザルすぎません? 新しい職場突き止めるなんて」
 ため息をつく。アキは笑顔だったけど、目はちっとも笑ってない。何を考えているのか、全く想像がつかなかった。
「……気になったのよ。どんなふうに生活しているか」
「それだけ? もしかしたら、また付き合えるかも、って思ったんじゃないですか?」
「……いつから知ってたの?」
「こども館で働き始めてからです。狭い世界ですからね。そういう色恋沙汰には敏感みたいで」
 ここで働いていたシュウヘイくんと、男女の関係だった。一目惚れで、どうしても、彼が欲しかった。年も離れているし、相手にされないかもしれない。それでもよかった。好きだと伝えた。彼は少し驚いた表情を見せたけど、すぐに微笑み、「嬉しいです」と言ってくれた。天にも上るような心地……とはよくいったものだ。私は舞い上がったし、浮かれもした。でも……。
「シュウヘイくんは別に私のことを好きだったわけじゃない。あなたを手に入れるために、私が必要だっただけよ」
「書類の改ざんですよね」
「そう。頼まれた。あなたを救いたいからって、ベッドの中で私を抱きしめながら言った。すっごく陳腐で笑ったけどね」
「シュウヘイさん、自己愛が強い人なんですよね。自分に酔うタイプっていうか」
「あなたに何が分かるのっ? あなたが知ってるシュウヘイくんなんてごく一部なのに」
 こんなに大きな声を久しぶりに出した。喉がひりつく。
「それはあなたも一緒でしょう?」
 アキが低い声で行った。
 ガラスケースの中は妙に乾燥していた。でも、必死になればなるほど、アキは楽しそうに笑う。
「あなたのヒーローになりたかったのよ、彼は」
「ヒーロー! そういうこと言っちゃうあたりが、年齢感じますねぇ、和久さん」
「バカにしないで」
「しますよ。だってバカだもん」
 心底呆れた、という様子で笑う彼女に、私は背中がなぜか冷たくなった。
「言うことを聞いてあげれば、きっとシュウヘイさんだってあなたのこと大事にしたと思いますよ。義理に厚い人だから、それこそ一生」
「そんなのいらない。私は彼の隣にいたかっただけ。それにあなたなんて助けなくったって別によかったのよ」
「へえ」
「あなたが十八歳になったら、こども館で働くことは決まっていた」
「だって、こども館創立者ですもんね、私の父親」
 そこまで知っていたのか、と息が漏れた。
「海野成昭。妻の亜由美が虐待を受けた経験があったことから、こども館の設立には並々ならぬ情熱を注いでいた、ですよね」
「…………」
「でも、設立直後に夫婦は交通事故に遭って亡くなった。幼い女の子を残して。彼女は母親の妹に引き取られることになったが、不幸にもそこでひどい虐待に遭い、こども館にやってきた」
 その事実を知っているのは、文部科学省の上層部と、私、それからシュウヘイくんだけだった。そのはずだった。
「政府は、海野成昭の子どもが虐待に遭っていたことを憐みながらも、喜んでいたんですよね。そうだ、この子をアイコンにしようって」
「私は反対した。悲劇のヒロインに仕立て上げて、国の思い通りにさせようだなんて……」
「無駄ですよ、ここでいい人ぶったって。シュウヘイさんがやったことを政府に報告しちゃったんですから。私を助けようとはしなかった」
 自分のものにならないなら、いらない。そう思った。よくある話だ。ただ、私はとんでもない武器を持っていた。シュウヘイくんから、記憶も想いも奪う、という武器を。
「私は……っ」
 私の声を遮るように、警報ベルが鳴った。
「これは……」
「あー、脱走できたみたいですね。窓でも割ったかな」
「ユウキ!?」
「どこまで逃げられるかなあ、浦沢さんがついてるから大丈夫かな」
 アキの大きな独り言に目を見張る。そんな私を見てアキは楽しそうに笑った。
「浦沢さん、もう仕事をやめたいんですって。そうぼやいてたから、アドバイスしてあげたんです。自分が殺した恋人が勤めていた出版社に駆けこんだらどうですか、って」
 非常ベルがうるさい。なのに、妙にはっきりとアキの声が聞こえた。
「証人となるユウキもいれば、バッチリですよね。そうそう、浦沢さん、国の人が調査に入る前に恋人のおうちに行ってこども館の資料を全部持ち出したらしいんですよ。なかなか情熱的な人ですよね」
 ケラケラと笑い声が響く。そんなことをしたって何にもならない。きっと、政府が報道を止める。どうにだって、するはずだ。警報ベルが鳴ったら本部にだって連絡がいく。
「こんなことしたって、事実が公になるわけがない、って思ってるでしょう?」
「…………」
「ミワちゃん」
 アキが口にした名前にドキリとする。この前まで、ここにいた子。
 アキの前任……登坂が両親に会わせたせいで、記憶を取り戻してしまった。
「どうして、彼女が両親に会うことができたと思いますか?」
 登坂の言葉が蘇る。
『……ある人に、面会をさせてもらえるように頼みました』
『あの人の『夢』に共感したからです。夢を叶える手伝いをしたかった』
『言えません。あの人と約束したから……』
 登坂が言っていたあの人とは……。
「あなたが、ミワと両親が会えるようにしたの?」
「違いますよ」
 あっさり否定されて拍子抜けしてしまう。
「私は会わせてほしいな、って偉い人に言っただけです」
「は……?」
「ここの施設に反対している偉い人はたくさんいますから」
「そんな……」
 呆然とアキを見つめる。この子をアイコンにしたいと思っていたのは、こども館の推進派だけじゃない。反対派にとっても彼女の存在はきっと好都合なのだ。
 混乱している私を見て、アキは大げさにため息をついて見せた。
「でも、本当は和久さんだってここのこと公にしたかったんでしょ?」
「そんなことしても何も得しないじゃない」
「あ、じゃあ、単純に妬いてただけ? 浦沢さんの恋人に情報提供したの、和久さんですよね」
 更に、警報ベルの音が大きくなった気がした。アキが立ち上がり、大きく伸びをした。
「さてと、私はそろそろ行きますね」
「どこに!?」
「シュウヘイさんに」
 サアッと血の毛が引いた。力いっぱい、拳でガラスケースを叩く。
 記憶を消しても、思い出すトリガーになる人がひとりいる。本来なら、自分に危害を加えた人がそうだ。シュウヘイくんの場合は……アキだ。二度と同じ過ちを犯さないよう、彼が選ぶ道は……。
「そのうち本部の人が来ますから。そんなに心配しなくったっていいですよ」
「会わないで! シュウヘイくんに……会わないで!!」
 必死な私に対し、アキは笑顔を崩さない。
「かわいそう。もうあの笑顔も見られなくなるんですね。二度と」
 颯爽と部屋を出ていく彼女の後ろ姿は、美しかった。
 
 虐待を受けた子どもたちがどうなろうと、私には関係ない。ただ幸せになりたかった。
でも、それはアキだって一緒だ。ユウキも。
 大人の手で、子どもたちの幸せを決めようとした。
 子どもたちの罪を作ったのは……大人だ。
 幸せになれなかった子どもたちは、幸せな大人に、なれるのだろうか。
 それとも……。
 また誰かを不幸にするのだろうか。私みたいに。


〈了〉

REcycleKiDs 7

2018年4月2日 発行 初版

著  者:ふくだりょうこ
発  行:チームB

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ふくだりょうこ

大阪府出身。東海大学文芸創作学科卒。大学卒業後、2006年よりライターとして活動を始める。女性向けゲームシナリオのほか、エッセイなどを執筆。焼き鳥とハイボールと小説、好きなアイドルのライブに行くのが楽しみ。 近著に『低体温症ガール』『REcycleKiDs』がある。

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