循環し続けている下り道、澱んだ沼に繁殖する藻に似た柔い地面を、私の足が静かに歩いている。空気へと自らの姿を晒して、存在を提示しようと意識を浮上させるたび、朝露を湛えたこそばゆい土が被せられる。紫斑を抱えるつま先に、微かな足音が付き従い、硬直する寸前の痙攣の痺れに似た感覚を生み出していた。時折訪れる爪のあいだの疼きが、日々に対抗するための強迫観念をもたらし、心の飢えを紛らわす。磨耗しつつ粒状化した肌面は、光の暖かな滑らかさに恋をして、さんざめく熱に対する不感症を患っていた。その足が踏みつける落葉には、黄斑部が乳状化した眼と眼の、愛おしい癒着がとろけている。
私が覚えているのは、乱れて飛んだ草花が散らばる原野で、赤黒い夕陽と並んでいた私自身の影。夕化粧が育む黒い星を爪で割り、指先で白く軋む粉を頬へ乗せる姿。足元の揺れ動く道、卵の殻はさえずりながら、眠りについた人々の傍で別れを伝えていた。麻痺した空腹感が視界を閉ざそうとし、罪悪感に蝕まれた神経が、私の思考を拒んでいる。身振り手振りの吃音、私の憶測は雷鳴に鈍った胸を抱き、未だ有る生命に、それから昇ってくる潜在に対して怯えている。仄かな悪戯心に頭を破壊するような、無欲で幼いままの寂しさは、甘ったるい噴射の矛先を失って、偽る腰付きに埋め合わせの笑顔を求めた。死滅した回遊魚の如くに踊り続ける肉塊が、解体される無邪気な強さから逃げるように泳いでいく。肥えた自己愛の満足に、狡賢く振る舞うその無様さに自戒を感じ、悶えている心を殺めるように、血液から排泄された諦観で対抗する。
繋ぎ目のない現実が眼前に広がり、事物の重要性が時へと喪失していく様子は、まるで金属が融解して液状に零れ落ちる天井のようだった。その天井を支える柱とガラスの壁に反射した両極性は、綴化した植物の痕のように、寂しさの刻印を重ねていく。理性的な柱に這う蔦に咲いた無数の眼球が、磁界に惑う渇きによって枯れたまま、私を凝視する。物体を粉々に破壊するときのような荒々しさで、大槌を振り下ろした視線が、享楽的に跳ねる絶望の、瞬間的な表明を打ち砕く。冷えた熱に引き寄せられたガラスの破片、飛散した粉が、私の視野へと極度の依存をして、境界を切断する白線を描いて閉じ込める。白夜に刺し貫ぬかれた影は、反転した世界に偽りの灯火を点けて、心の仮象に矛盾する受動性を与えている。飛翔に失敗して疲れ果てた混乱の表情が、奈落の水面に輪を残していく。その波紋の中の光から光へと、飛び魚が嘲るように爽やかに跳ねていき、破壊された舳先が沈むのを横目に眺めていった。
力無く垂れた私を覆う皮肉な合理性が、触覚に潜伏する喪失を怖れ、もはや何も語りはしなくなる。幻想の火種の海から脱獄してきた身体を守るために、朝が夜の思考に出逢うこともなくなる。偶然と呼ばれたものは、甘露との邂逅を拒み、継続する物語を破壊する。理性の言葉の裏では感情が全てだと発し、意志の行為の裏では思考する唇が、幾重にもなる吐き気を漂わせ、それらはやがて大きな嘆息をついて引き潮に変わっていく。感覚の戻らない言葉の愚かな誘惑と結合して、存在することの中心の欠落を、混沌に狂った無関心が埋め立てる。下り行く暗闇の中でさえ、分裂した願望が増殖して、私を私に告げる圧力を湛えていく。破滅への拒否を心許ない意志で選ぶ私の、失いきれない孤独への想いが経路に根を張り、そして、私の微生物が死を分解する。
不明瞭な暗闇の夜潮、濡れそぼった感触に溶けて、静かな噴流に埋もれた踵が骨を鳴らしている。雌雄の夜行雲の隙を窺い、飛び込んできた斜光に沸き立ち躍る塵の中、絹織物の切れ端が虚無を諭すように揺れていた。砂の匂いが漂う崩落しかけた天井から、雲間の裂け目を見上げて、私の歩みは溺れていく。残る力を軋ませて虚無を踏みしだく足裏の血、隙間風の丁寧な舌が壁を伝い、優しく舐めとっていった。片方の足から片方の足へと、この継接ぎの径を通る冷気に、燃え上がる関節の疼きが露わにされる。形成しきれずに単なる肉塊と化した照応が、水面下の太陽と地衣類とともににじり寄り、さらなる脆い妄念の選択肢を与えた。空っぽな私の内からもなお、際限の無い愚かさが混じった、自惚れた言葉の筋が吐き出される。
永遠への畏れに悶える肉塊を横たえながら、沈黙に倦んだ内奥に潜む欲を殺めて隠蔽した。私から落ちた手杯を壊れた天秤に乗せ、熟しきった肉塊の炭を台座に焚べて、その熱に溢れた雫が流れとなるのを待っている。存在が逃れた虚無を信頼する為に、貧しい心から流出した水を、杯から絹糸を垂らす雫に交えていく。砕け落ちているガラス片に映る、堪えられた涙のきらめきに、葛折りの穴は痙攣をしている。崩壊する肉塊から滲み出る蜜に誘われてきた蛇が、精神の失禁に嘲笑し、私に噛み付いた。腹部に残る歯列には、本能に怯える哀れさと、幻影の揺れそのものが留められている。告知を終えた幻視が、私の不安を暴き、散り際の象徴に嘆きをもたらす。主語を失った物質の膨張が、黙秘を悟った足音の後ろ、影の内部で酩酊へと展開していく。途切れる記憶によろけながら、軟膜が大地の奥に沈んで、煩悶する結合への衝動が満たされることを願う死の宣告に、赤裸を覗かせている。
非情な理性は首に掲げられ、汚れた種を排泄する唇の色をしている。それは潮が織っていく逆さに写った太陽を飲み込む黒い海。胸を悪くする磯の匂いが充満する空洞に響いた暗闇のさなかで、私は有漏が産んだ糞を腓骨に塗っていた。偶然が産む欲望は地平へ暮れて、深い緑を湛えたオレンジは瑞々しく実り、白い光は波を湛えている。陽に浮かんで現れる道へ歩き、振り返った時にはもう崩れている場所。愛が存在に還る時、脱皮した私の粘液は、真実に擬態した認識を打ちのめし、物質が保身する優柔不断を拒み、塵のままの受容体を吹き散らしていく。膨大な車輪の炎が、深淵に住み着いている眼を破壊して、暗闇が太陽と共にあった日を、隠されたものが通じ合う非言語へと昇華していく。不可知な主客未分に身体を擦りつけ、感じることは純粋さと調和し、孤独に循環する流暢な沈黙を走り抜けていく。しがらみの糸に鋏を添えて、衰弱した再生の選択を影の国へ呪い落とし、死から産まれて燻る影との永遠の輪舞を切り裂いていく。
明るい光が満ち溢れる彼岸、海に身体を浸して眠りにつく。あなたよりもあなたを理解し、私よりも私を理解している。私の本心を刺す木苺の蔦は、あなたの本心にも絡みついて、同じ場所で同じ形に浮かんだ蚯蚓腫れが、流れに晒され花を開いていく。肉が焼け爛れて溶けるような水のなかで、あなたもいつかは私から消え、ひとつに結合して大地を結う影になる。終局の途で滅ぶ私の炎を水先のあなたへ送りましょう。至らなさで埋まった私の存在をあなたが思い出すとき、最期の誠実さを以って私を嫌ってください。そして、それ以上を望むことが許されるのなら「あなたは存在しなかった」と言って私の全てを消してください。

反復する虚構に映る
未然に疎外される私
留保の場所の隔離へ
あなたは目的の疎隔
存在する私の悔恨
賦与される行為と
あなたの投棄から
留保の不規則な紋
紙片を燃やしている
私が私で在った根拠
皮膜的存在の動揺と
重なってゆく詭弁に
私の内部で立ち竦むあなたの条件
あなたの外部で横たわる私の宣告
私に死んでしまえと言っていたのを思い出したの。いつだって悲しみなどなかったし、ましてや打ち捨てられた人のような不幸もありはしなかったのに。まだ何かを言い足りないほどワガママなのね。関係性を拒否し続ける私には、秤にかけて比べることができるほどの実態がこれっぽっちもなかったの。出来事の関係性に背を向けたのだから仕方ないのよ。だから落ちた。杯から零れた水の様に簡単にさらさらと飛び散って。死が地面を渡るようにズル賢くしているの。まともに生きることも叶わなかった。こうして徐々に沈んでいくのは絶望の先を覗いた所為ではないのに。嘲りの声が気化したまま響いていることを感じるのも、それらを幻聴なのだと確かめるためにすぎないんだわ。生きたいという願いも忘れてしまいそう。上下左右を見失うほどの夜道で私の思考を感じているのも、きっと忘れていないことだけを確かめる為。空漠の想いは身体を喰べることをやめない悪食よ。いまだ杯に残って浮かぶ泡に指を突き差して割るように。そこで破れる過去の空を視たの。笑っちゃうわよ。私の意志なんて無く。火も一緒に蕩けていってしまうわ。そうね、もう無いの。苔の香りに満ちた圧倒されそうな幸福感も、厳しい山々を渡る頂上で一瞬だけ見合った瞳も、ここには。転げ落ちた暗闇の荒野にぼろぼろによろめき歩いた足も、空から攫っていく優しい片手みたいな雲も、螺旋の階段から飛翔できる確信も、ここにはもう無い。一筋の消え入りそうな光の温かさに安らいで眠る心も、捉えられないほど透明な視線の純粋さがみせる愛情も、綺麗に焼け爛れた思い出と記憶の在り処を示す顔も、ここにはもう無いのよ。遠くから幕みたいな音が私に落ちてくるそのときふと、あぁ、わたし、どうかしてるんだなって思うのよ。有象無象の世界なんかと比べなくていいんだって思い続けられたらいいのに。偶然や運命なんてそのへんに捨てられて溶けていること、知っていたんだから。火の下でとろけるロウソクみたい。息の音の聴こえないような沈黙の殺意。いまいちど地獄に落ちたいって、強い力に押し潰されたいって、感情が溢れている偽りの虚無に戻りたいって、ときどき思い出すの。でも私ったらもう遥か地中深くにいて、いやらしく這っていたの、お分かりでしょう?あなたも弱くなっちゃうのかしら?でも死んじゃ嫌よ、生きてよ。火が燃えてる。明るい世界は怖いのよ。思い出しちゃった。いまでもね、私はおとうさんが欲しいの。今でもね、そう思うの。でも、わたしがおとうさんを殺してしまったんだわ。私より強い人が好きだったの。力のことじゃないけれど。わたしが強すぎたのが悪いのよ。ごめんねおとうさん、後生だから戻ってこないでちょうだい。その眼差しの揺らぎを思い出すたび、私がここでまだ生きてることを呪いたくなってしまう。こんな悪い血はもう後に残さないことにしたのよ。揺らいだ視線こそ悲しみというべきだわ。涙が流れないことでわたしは、めいっぱい歪んでいくのだし。私はね、比較で涙をこさえている人間が嫌いなの、とっても。明るい場所は怖いのよ。

螺旋光はあなたを枯らす
呼ばれる名前を怖れる
それで、壁が造られる
あなたは未来に戻れずに
呼ばれた空白を怖れる
それで、壁が造られる
私があなたではない
分裂する恐怖と接続不能の旋回
あなたが私ではない
相異する狂気と接続不能の旋回
放心した舌を隠す欺瞞の虚無と
微睡むあなたを覆う表層の虚像
善い人にならいくらでも成れるの。そうよ、善い人の真似をすればいくらでも。でもね、汚れに耐えかねてロウソクの火に突っ込んだ鳥が、燃える姿のまま海に身投げしたのを視ちゃったの。虚無から産まれて光を探しながら浜辺で遊んでいたときのこと。逆さまの山に成り変われると思って、月を支えていようとして、落ちていったわ。太陽が怖かったのね。身を投げたのは自由でいたかったからよ。幾たびの太陽と一緒になってまた落ちてくるの。鳥が落ちていくたび、今度という今度こそは重さに負けてしまうんじゃないかって、私はね、見上げては心配するのよ。だって潰れてぺしゃんこになった可笑しな生き物だもの。簡単に捨てられてしまわないか、それが心配だから。心配するのは善い人の為じゃないのよ。私の限りないエゴイズム、傲慢さ、酷いでしょ?嫌っても構わないわよ。ねぇ、もっと嫌って。
傍らで色とりどりに咲く草花たちは憧れだったの。私みたいに息をしていないから好きだったのね。戯れる虫たちも花の器官なのだし。だから、美味しくなさそうな粘土を捏ねてあげるの。腐り果てて栄養がなくなっちゃうまで。まるで未成熟な立ち枯れだわ。抑圧している心の跳躍たちは選択肢をお仕置きするの。過去には決して追いつけないことを諭してあげるように。ぽっかり空いた黒い穴がいつだってお迎えにやって来るんだから。死んだ人が持つ視界のように憧れの草叢を仰ぎ、種無しの花を口から吐いては地面に埋めている。もはや命に適さない塵芥の堆積場なのを知ったうえで。そうして血反吐とともにぶちまけた種で、善いあなたは窒息してしまえばいいんだわ。醜い吐息の欲望に腑抜けになりやがって。喰い破って吐き捨ててあげたい。頭の無い冗長な目潰し同然のめまいと一緒に、奈落に消えてしまうがいいのよ。あぁ、心臓まで空っぽ。
時間を信じるってどういうことなの。わたしは時間なんて信じちゃいないの。そんなもの、砂でこさえた汚れた塔だわ。海が連れていっちゃうんだから。かわいそうな砂たちね。突き動かされて揺れて魂が震えることって、感覚している私自身の存在自体の全否定なのよ。思わせぶりな偶然を感じることに対して見えないふりをしているんだもの。偶然なんて幾らでもあるんだし。言葉なんて狭い場所。そのせいで心の場所も近いと感じてしまうだけよ。血よりも黒い海の中。攫われた砂粒。信じないわ。ちょっとでも叫んだらみんな崩れてしまうほどの殺戮の場所なんだから。
そうよ、気ままに訪れたあなたも私の時間に腐っていくのよ。想いや胸の内、感じたことを残すべきではなかったの。でも、残ってしまうのはやはり、そこで息をしていた所為ね。後悔しかなくてもね。そして、またいつか残すのはやっぱり息をしている所為なのだわ。いつだってそこに後悔はある。取り戻せない途轍もなく大きな後悔。ただ転がり堕ちて行くだけの後悔。そういう虚ろな感覚にも、堪らない恍惚の悪意が喘いでいることを見つけてしまうの。

私は欲しいと言う
そうして感覚を偽装する
あなたは分かると言う
そうして共感に擬態する
冷たい鉄の音は私の内側から
壁を叩き続ける音
壁に凭れたあなたの外側から
壁を叩き続ける音
反動的に皮膜から応答する
自己愛の廃物は破壊される
穢れた変貌に射貫かれ続ける感覚と
謙虚な殺意に満ちたあなたの共感と
見境いのない結語は関係性の遅滞
交錯不能な写像の反する瞼の欲求
燃えていた紙片が血溜まりに落ちる
私は紙片に残されて溶けるのだろう
酷い地獄の記憶も飼い慣らしてしまうのね。私が復讐したいのは時間に連れていかれたもの。貪欲さを突き刺しているあなたに。食い込めば食い込むほど蛆虫みたいな憎しみを思い出させてくれるのよ。本音が漏れたように骨がぽきぽき鳴って。瘡蓋を剥がして啜り味わっている。身体で疼いてい微生物どもが乳飲み子のように鳴いている。培養体の私なんて最低ね。息の根を止めてしまうほうがいいんだわ。善い人に助けの手を差し伸べられても拒絶している。もう憐れみすら無いの。底で灼熱に煮えている感情は失ってしまえるものではないのだし、身勝手に綴る傲慢な暴虐は破壊に満ちた消し炭でしかないの。真実の素っ気なさに途方に暮れて、そして、許すことや捧げることを愛などと呼ぶ馬鹿者たちも一緒に喰い殺してあげたいって思う。私にぐちゃぐちゃに喰われちゃえばいいのよ。隠し通す穢らわしい暴力に、後悔と憎悪が交じる液状の虚無。言葉にするのも悍ましい軽蔑が空っぽの心を蝕んで、礎石までをも際限なく蝕んでいるの。だから私、もう嫌よ。地獄から這い出る月夜に、太陽は暗闇の根っこからなおも睨んでいる。ほじくり返して貪ったのは心地のいい発狂の燈。私の遥か上空を通り過ぎてやまない記憶の光景。破滅の賛歌を歌う新月の膜の片隅で、骸の生の残り香は、未だにあちこち漂い続けている。私は、あなたの身体からもさらに産まれてしまうことを思い知らしてあげたい。醜く穢れた人を象る、澱んで濁った時間のように。助けてだなんて美しく叫ぶ永遠を空っぽの身体へ突き刺して掻きまわすの。血と泥と皮と筋を臍に巻き付けて、これが心だよって言ってあげるわ。色無く輝いている空の変わらぬ光を浴びて、私、死んでしまいたいの。

私の屈性はあなたに従いながら
あなたが示す前に存在している
顔を持たず地を照らす
枯れた向日葵のように
整列された肉体の皮膚に
あなたは種子を散蒔いた
広大で殺風景な草原。古い時代の修行僧が、悟りを得る為に籠った洞穴のような掘っ立て小屋に僕はいた。日夜通して吹き続ける風に屋根の繊維が痩せ、気まぐれに訪れる霧雨の滑り気に痛めつけられた厚薄さまざまな板や柱が、風に揺られながらも未だ組み解かれることなく、中空に身を伸ばしては、寒々しい音を立てている。この場所から遠くにある街を眺めていた。嵐の中では想像もできないほど澄みきった青空のことを考えていた。それから、僕が見ているあの街のことも考えていた。石灰と粘土のあちこちに燧石が混ぜ込まれ、長い時間のなかで物質同士が自然に練られたような、そんな石の街だった。街の中央には、日干しの煉瓦を基盤にして、魚の骨状に複雑に組まれた木製の礼拝堂があった。正面からは、太陽が昇り、また沈んでいく方角に定められた石畳の道が敷かれている。入口から覗くと祭壇が少しだけ見える。黒味を帯びた母子が描かれているのだが、時を経た砂塵のせいで汚れて黒ずんでいるだけかもしれなかった。いつ作られたのかも定かではない光を透過する材質の壁もあった。太陽が傾き始める時間には、紅くなっていく光を背にして、血を流している男の像が毎日同じ苦悶を繰り返すのだった。その顔はこちらから見ることができない。おそらく、悲痛な表情を打ち消すために頭の部分が削り取られていたのだろう。その横の壁には、粗削りの石がまばらな段状になって迫り出し、空を指差すようにそびえる鐘楼への階段になっている。鐘楼は、痩せた土地に佇む一本の樹のように、他に何も特徴のない街の目印になっていた。この樹を種子にする不定根の細い路地が、いくぶんか浮き足立って四方八方に伸び、雑然と建てられた灰色の家々に張り巡らされた珪藻土の外塀が、曖昧な輪郭を浮きあがらせ、そのまま街を取り巻く空気へと繋がっている。街と外の境界は一箇所しかなかった。礼拝堂正面の石畳を抜け、アーチ型にくり抜かれた外壁をくぐると、広大な、というよりも、生命の影すら乏しい草原が広がっているのだった。
途切れることを忘れてしまったのだろうか、冷たい驟雨が長いこと続いていた。大気は灰色の重たい靄に覆われて、距離も時間も持たない緞帳のごとくに押し寄せている。石でできた土地の自然さや乾燥した大気をかけ離れて、水滴は街の細部を愛撫しながら戯れていた。生の粘土のように崩れそうになっている家の隙間や腐食した柱の隙間から湧き出している、茶色くふやけた苔や斑点のある羊歯植物は、湿気の中でこれから訪れるであろう繁殖の好機に対して喜んでいるようだった。渦巻く荒風になされるがままになっている石畳の表面が、遠くの空から近づいてくる水平線の気配に、低い音で震えているのが感じられる。金属が腐ったような、血痕を思わせる不快な臭いが、辺り一面の空気という空気を練り歩いて埋め尽くしていた。人々の生活や時の重みに耐えていたはずの物質は、非情な、それでいて緩やかな仕打ちを受けて少しずつ崩れていった。溶解寸前になった家から漂うわずかな人の気配は、粉塵の混ざった湿気に追われながら荷造りにせわしなく動いている。街の外へと移動するための道具は、人の身体やその影よりも多くうごめいていた。日々の行為という習慣のためだけに、もはや拝する意味を無くした傲慢な祈りのために、礼拝堂に閉じこもっている人も多かった。所狭しと祭壇に寄り合う人びとを無視して、ときおり雷鳴が哄笑を響かせ、習慣を保証していた面影に対して軽蔑の表明をするかのごとくに落ちてくるのだった。雷の衝撃を一身に受けていた鐘楼は、かつての時を告げる仕事ぶりも、夕暮れや朝焼けの記憶も奪われて、机の上に散らばった消し屑のような土砂になってしまっていた。鐘楼から解放された砂埃や石塊は、路地の至るところで新たな存在感を放っていた。
計り知れない猛威を早々に感じ取り、嵐の前に街の外に逃れた人もいた。静かに慟哭しているような灰色の街を遠目に見ながら、大地を縦断していく獣の群れのように、あるとも知れぬ理想郷へ向かって去っていった。項垂れる振り子の頭の原動力が、辛うじて脚を引きずらせているように、列はうねりを持って動いていく。絶望に対抗するためだろうか、人々の中には古い記憶や昔の絵本、童話や民話などから迷信が滑り落ちるように産み出されていた。噂話が息を吐く人のあいだへと潜り込み、しつこい飛蚊症のように、妄想と混乱の中で産まれた私生児の幻想と踊っていた。
広大で殺風景な草原の、なんの価値も引き出せないようなボロ小屋に、僕はいる。幻想に踊らされて身を滅ぼす人たちを呆然としながらも醒めた意識で眺めていた。というよりも実際のところは、人の波に入るのを躊躇い、緩慢な列にもついていけず、街で生き延びる希望を諦めて途方に暮れていただけだった。そして僕は、今では想像もできないような、この世のものでは無いほどに澄みきっていた過去の青空を思い出そうとしていた。それから、騒ぐ声が重たい空に吸収されていき砂塵が暴風に舞い上がっていた、今日のような遁走の日のことも。
ある夜のことだった。嵐によって砂だらけになった食べ物を拒んでいた僕は、空っぽの胃からくる不眠状態についに耐えられなくなり、なにかしら汚れていない食物が存在するはずだ、という淡い期待をもって朦朧としながら家を出た。食べることが最期の願いだというまでに逼迫していて、漂う幽霊船のごとくにふらついた足どりで、路地から路地へと彷徨っていた。実際、砂さえついていなければ、食物以外のものでも気持ち悪い虫でも汚い苔や藻でも、得体の知れない皮でもなんでも、口に放り込んでいただろう。
「おい、そこの君!」
その一言は、存在するための契機であるような響きを伴っていた。礼拝堂に繋がっている大通りの隅の暗がりから、静かな命令の意をもっているかのような男の声が飛んできた。目の前に現れたものに対して無差別な問いかけの言葉を発声した男は、日々の鐘楼の音とわずかな光の下で過ごし、街の傍観者としてずっとそこに存在しているかのような風貌だった。
僕は、どこへともなく漂う足をなんとか抑えて、しばらく使っていなかったために退化しかけていた唇を開けようとした。しかし、ここ数日の絶食で弱り切った僕の声が彼の元に無事に到達するわけもなく、彼はいそいそと自動人形のように語り始めてしまったのだ。
「昔話をしてあげよう!」
人々が生活するためにとっていた食事は、様々な種類の金魚だったことがある。それぞれの金魚が意味するものはあるにはあるらしいが、その理由や由来は何ひとつとして分からなかった。
だが、そんなことは人の生活になんら関係のないことだった。はるか昔からの習慣で、金魚しか育てられず、必要とされないような環境だったのだ。
人が環境に適応していくための種の成長うちに、金魚のもつ養分全てを受け入れ、また、それしか必要としない身体を得たのだろう。
街の気候や住民の気質、人と金魚の本能が、与えられた自然に対して恭順に、かつ無意識下で合理的に適合した結果が表れていったとも言える。
他の生き物といっても、この街の外に多様性の権化みたいに横溢しているほどには存在しないのだ。
人の網膜が捉えきれないほど微細な生物はいるだろう。そうしないと金魚が順調に病むこともなく育つことの説明がつかない。
もしかしたら、旅の途中で休息のために立ち寄った商隊が餌にされたり、どこかで別の街で誘拐した人間を餌として捧げているのかもしれん。
だが、安寧を脅かす事実は暗黙の了解の支配下なのだ。食物として差し出されるような人間が背負う死の恐怖を、わざわざ表立って伝え広めることもないのだから。
金魚は育ち、人が食べる。それをわずかな自由として受け取ること。それだけの単調な流れだ。事実を忘れて食べることが、生きるための選択肢なのだ。人びとは街と同化して石のように眠っている。
僕は、淡々と演説者のように話し続ける彼の後ろに潜む、蘭鋳のように膨れ上がった塊に気が付いた。こんなひどく醜いものをどこで拾ったのだろうか。でも、もしかしたらそれは、僕が生き延びるための大切な食料になるかもしれなかった。
そんな僕の視線に感づいたのか、話がひと段落したところで彼は、その塊を「虫子」と呼んで異常に可愛がる様子を演じて見せた。名前を呼ばれて暗がりの中でのそのそと動くその塊は、飢えに耐えきれずに夜の街をうろついていた僕と同じような人間の、心臓かどこかの内臓のようにも感じられた。彼が僕に対して話しかけたように、その人にも同じように話しかけ、襲ったのだろうか?
「さて、続けての話は!」
一体人々は何を望んで、我が身を滅ぼすための光に集うのだろうか。
祭りや儀式とは名ばかりの熱狂に殺されて、ひとつまたひとつと人の気配が消えていくのだ。
全てに開かれているがために揺れて定まらぬ、そして、挙げ句の果てに物質そのものになろうとする呪われた自我だ。
無言の檻に入った猛獣の叫び声は、普遍的な美しさなど真っ平だと、言葉の説明で感じるなどという愚かさに騙されることなく、苛烈なまでにそれを生きたいと、そう言って暴れているのだ。
理解などは欲しくないのだ。この身を閉じ込めた奴らを噛み殺し、心臓や手足に、その口や眼や性器に、楔を深く穿ってやる。
だが、そう考えれば考えるほど虚無感に陥ること、無意味さに襲われること、本当は分かっているのさ。作られた心や感覚なんてものは、数えれば数えた分だけ、思いつけば思いついた分だけ、現れることない怖れの奥で目を覚ますのだから。
可哀想なことに、檻の中で食べられるのを待っていたそいつは、徐々に干上がっていく生きることへの欲望に耐え兼ねて、心が空へ飛んでいったんだ。筋肉を力の限り意識して宙へ舞い、そして重力は無情にも頭を押さえつけ、冷えた石板へとその身体を叩きつけた。
彼は独裁者のような強い口調で、また時には現実に疲弊した嘆きの口調で、抑揚を操りながら人間の心の内を見るかのように語っていた。込み上げてくる胃液の不快感も忘れるくらい聴き入っていた僕を現実に引き戻したのは、我存ぜぬと言いたげに穏やかに笑っているように思えた虫子の姿だった。得体の知れないその塊から発せられる視線らしきものに、少しずつだが心が惹かれてしまっていた。そんな惚けた心に反して、今にも倒れそうな空腹を抱えている僕は、僕自身の無様さに苛立っていた。彼の話に捕らわれた過去の与太者たちも、今の僕と同じような無様さで話を聞いていたのだろうか?
「奴らが集まり始める時刻も近い。次の話は……」
冷えた床に身体を横たえていた、あの人を助けることができたんじゃないか?
押し上げる熱気に揺れる音を頼りに、鐘楼の頂点から身投げしようとする人を救えたんじゃないか?
この場所を去る前にアーチの下で振り返り、引き返す優しい強さはなかったのか?
人にかけても遜色がない程度の憐れみを残せたんじゃないか?
だが、何の愛着もない貧相なこの街を見捨てることに罪悪感でもあるのか?
それは、憐れみの裏に隠れた弱さを消し去りたいがために選択する自愛的な行為ではないのか?
馬鹿馬鹿しい。僕にどれだけの力があるというのだ。僕が誰かの理想のとおりに美しかったことなんて一度もなかった。他愛的な衝動で自己犠牲を行う善人であったことも一度としてない。それに、この街の人はその辺の石ころに似ていたのだ。そこに本当に存在していたのかすら僕にはわからなかった。
襲いくる姿を見せない捕食者の影を唖然として眺めながら、孤独に逃げてまわるだけの薄汚れた僕の心は、人類がどうしようもなく破綻することを愚かにも期待している。背に重たい冷や汗が伝っていく。高い音と低い音が混ざったような耳鳴りがする。視覚に滲んだ涙が受ける光は、白い文字のように見え始めた。
僕はなんて醜いんだ。彼が描写する心理状態は僕自身を思わせるようで、僕は咄嗟に中断を願う言葉を彼に放った。彼の話によって、膿と血が凝結したような黒い肉塊が喉元までせり出し、胸の内にしまっておくのが苦しかった。あらん限りの力を尽くして声にしたものの、彼には何も届かなかったみたいだった。まるでこの街を包んでいる空気と彼自身が一体化してるみたいに、無言の中断拒否をし続けて喋り続けている。手足が小刻みに震えて、体内の血液が薄まっていき、吐き気が襲ってくる。同時に、僕の肉体が上げる全ての叫び声が、僕自身には遠いものにも思えていた。
彼が僕の身体の異常に気がついた瞬間、虫の姿をした影の大群が飛来してきた。丸い瞳を鋭く煌めかせて僕を睨んでいる。影たちは、大きな顎に金魚の屍肉を咥えていた。風に削られて窪んだ石に溜まっていた雨水やへどろや塵芥を屍肉と一緒に飲み込んでいく。まだ街に残っていたのだろうか、捕獲された人や鼠、犬や猫は影が起こした突風にその肉体を刻まれて、解体された魚の内臓が市場に並べられるように、石の上に雑然と並べられていった。影の列が通った証として飛び散った肉片や剥がされた皮膚、大小の血痕は、アーチの外に広がっている穏やかな地平線、静かな風にそよぐ草花、正しく沈む夕陽を夢見て、澱んだ色を石畳に馴染ませていた。
虫の瞳に映る僕は、肺に泥を詰められて、虹色の泡やガスとともに膨張し、放たれる腐敗臭に寄ってきた蝿どもをそこかしこに這わせていた。僕の生命に備わっていたはずの生存本能は、無尽蔵に湧いてくる影の激しい震えのさなかで、凍りついて砕けて、砂と風に巻き上げられて雨となっていった。まだ生きているのだという愚かしい願いをかけているかのように、死への覚悟が振り切れなかった記憶が、脳内に閃光を放っていた。陰鬱に沈む草原と、老婆の乳房のように垂れ下がった空、石の街を貫いて重く流れる雲と虫の腹に、僕は崩れ落ちた。
広大で殺風景な草原。小屋の隙間だらけの壁の外側から、何かがこちらを見ているような感覚に陥り、その出処を探るべく僕は重い腰を上げた。視線はその辺に転がっている石で作られたものだった。視線を持った生命を思わせる節はさらさら無く、石自体もそれを知っているのか、僕の視線を受けても微動だにしない。限りなく無機質のその視線を隔てた後方には、計り知れない暗さが存在していた。霧に覆われて見えなくなった石の街の記憶も、地平線に去っていく人の列も、依然として壁のように押し寄せる重い雲も、暴風に吹き飛ばされそうなこの小屋も、こちらがいくら角度を変えてそれを見ようと努力してみても、見える景色の裏には何もない写真のように僕の中で奥行きを失っていた。平面的になった視界の石の向こう側、街の記憶がある場所から彼がやってくるのが見えた。影の大群から苦労して逃げてくる様子でも、絶望感を振り払うように息せき切ってやってくる様子でもない。きっと、僕の食料の虫子を食べるために来たのだ。僕は直観的に、そう思った。僕は、彼が食料として愛していた醜い塊を掴んで逃げてきたのだった。そうはさせるものか。急いで虫子をくしゃくしゃにして抱え上げ、そのまま僕の口へと詰め込んだ。虫子にはまだ息があるようだった。真っ暗な口の中に閉じ込められた怒りと悲しみのせいで、自分を溶かすほどの強い粘液を身体から出している。垂れ流されて発酵した乳のように溶けていく肉塊になったそ虫子をさらに形がなくなるまで噛みちぎった。僕の胃には、影が詰め込んできた消化不良気味の腐った内臓がある。腸に蓄えられていた水分過多の糞がある。虫子は、きっとそれらを美味しく食べて成長し、綺麗にしてくれるはずだ。人間の声で艶めかしく喘ぐ腐った石質に似ている肉の塊、頭陀袋に包まれて濡れ腐ったような黒い塊。僕の愛する食べ物は、なんて醜いんだろう。人の波に弾かれて弾かれ、道の端によせられたぐちゃぐちゃの死骸みたいになった虫子は、僕の中で黄金に輝く六つ足の子を産んでいくのだ。それを明確に感じるには、まだ生まれていない新しい言葉が必要なのだ。僕はどんな口元を形作れば意思疎通が可能になるのだろうか。虫子は腹の中でずっと泣いている。一人前になった人間にそっくりの嬌声を漏らしながら。僕も泣こうか?彼が傍に立って、僕の行為の一部始終を餓えた眼で見つめている。きっと、僕は助かるのだと思う。だからこうして、街のことを思い出しているのだから。
いない見える隠れるする転ぶしない首は来る
これ持つ離れる締める巡るしないは絶つここ
わたし出る腹は錆びる溜まるみんな食べる血
わたし与える教えるしない許すしない憎むは
とても肛門言うみんないない言うそれ見ない
忘れる待つ後悔どこ潜む忌わしい満足する思う首
いる息するしない噛む食べるいい食べるわたしは
戻る抑える嫌い食べる削る肉する与える善いこと
演じるとても苦しい痛いしたい助けるわたしは
消すしない聞くしない話すしない耐えるしない
みんないい襲う食べる見る叫ぶ笑う違うみんな見る意味
いない言葉いない理由いない憎む燃える残るしない潰す
落ちる自然わたしない生きるしないみんな正しい分かる
血は潜む色は望むしない決するしない肉ある感じる思う
わたし脅迫する誘導する自滅する暴力わたし楽しい思う
楽しい生きる模倣まま幻想は仰ぐ形するしない離れる言う疑う
増える捨てる変わる溶ける食べる潜める見るしない遅い吐く罪
経験理論は反する経験ない持つ求める楽しいたくさん糞は知る
捨てるしない最後みんな煮えた肉は形しない散る等しい信頼は
信じるしない思う砕ける散る暴力したい生きる幼い被る依存は
嫉妬する無限与える小さい生きる助ける分かるたくさんしない残す
貪る失う滲む洗う血は汚れる触るしない場所は溢れる詰まる鬱積は
わたし許すしない拡がるしない進む道する糞する多様する戻る尻は
言葉わたし流れる見える殖える蒔く血捨てる肉歩む失敗する変わる
しっかり…しっかりして…重い潰れる歩く連れる引くわたし肛門は
しっかりして…しっかり…とても見た通る呼吸そこ神あるいる泣く
与える語る声わたし見る空はいる眩しい見えるしないわたし忘れる
見えない増える世界あなた見えないわたし見えない遮る白い布なぜ
持つ破壊する時間する根拠ある残像みんな美しい世界
あなた世界美しいわたしないわたしそこ死ぬ見えない
見るわたしすべてある好き言うその好きいない言う嘘する
与える感情わたし見るは映る遠いわたし口しない拒絶する
わたし分かる避ける通るあなた示すそれわたし言葉ない聞く
すべて戻るしない場所それ叶うしない願うしない言うしない
考える意味あるわたし食べる白い柔らかい死ぬ世界わたしは
世界とても美しい溢れる風ない柔らかい水わたしいない
震える濡れるは落ちる赤い耳する諭す話す見る無意味は
重なる起こす恐怖する幼い肛門は逆流する引く噪ぐ憎む
皮は痛いわたし狂うしない産む尻は突く沈む浮く捩る腸
よくない分かる場所考える何もないする見るしないこと
知るしたい理由?知るしたい意味知るしたい欲望なぜそう理由?
しない偶然?そう理由しない?息する意味しない笑う理由しない
与えるする理由ない許すしない意図ない許すしない疑うする言う
責める許すしない意味はそう?理由?許すしない違う従うしない
言葉しない可能しない事実は匿うする正しい感じる理解みんなは
その言う見ろあなた吐く嘘なぜみんな名ある
完全とても話するしないわたし比べる壊れる
みんな関係いいみんな生きる関係わたしない
わたしみんないいみんな中に入るいっぱいするみんなそう
みんな大好きここ嫌そこいるわたし時間わたし場所いつも
なぜわたし知らないしっかりして…しっかりしてしっかり
あるわたしいない偶然それしない感じるしない思うしない
目的?知るしたい真意?嘘したい?見返り求めるしない嘘
嘘するわからない方法それ生きる軛こと消える共食い場所
みんな依存その欺瞞はみんな楽しい自由しないため生きる
言葉たくさん比べるしないたくさん言葉しない場所したい
わたしあるそれ砕くしたい踝は潰すしたい顔は焼くしたい
開く口は切るしたい繋ぐ手は切る落とすしたい世界美しい
わたし負けるわたしもと戻る神はわたし強いしない食べる
ないあなた神の失敗わたし場所ここ記憶する息する食べる
糞あなた食べる糞は集める虫いっぱいたくさん奴は知るできない
正反対わたし並ぶ阻むしたい固まる阻むしたい集まる阻むしたい
その場所それ模する済む気は嫌わたし嫌あなた同じ喜ぶ自己愛は
助ける空は意味するほしいわたし言う誰いない比べる思い
捨てるしない愛するわたしみんな愛するしない拒否わたし
願う祈るはしないあなた嘘そう綺麗みんな糞は見るする層成る
憎むはそこ当然思考は肥溜め足は麻痺わたし隠れる憎む生きる
幸せ救うしない笑うひとりいる外は興味ないするわたしいない
興味しない持つわたしいないそれ思うは生きる考える死はそこ
興味いない持つ考えるは死わたし食べる糞は虫集めるいっぱい
貶める奇跡は垂らす骨はそれする成るしたい擦れる減るあなた嫌
押す噴く本心は染みるしない腹ない祈る借りるする還す憎い潰す
代償ほか肉はわたし望むしないあなた散るわたしたくさん与える
混ざる使う掬う舐める与える泥はあなた許すしない肛門わたしは
追う交尾するわたしする醜い匿う隠れる食べる太陽は真っ黒する
太陽変わる糞は飛べない飛べる飛ぶ真っ黒は真っ黒みんな
真っ黒は真っ黒は違う真っ黒顔ない真っ黒は暴力する崩壊
持つ関係は意味目的持つ理由は持つ存在する持つ失う示す
わたし暗い与える求める弱さみんな見える刺す痛い耐える
眠るする映るわたし許すしない知るしない捕まる戻る暗い
わたし愛する言うひとつ事実その影わたし疑う
満ちる憎む好きわたし憎むわたし好き憎むする
抱える憎む肚は憎む澱む愛するしない滅ぶ見る
わたしある結局わたし食べるできる卑しい言葉
なぜわたし知るは装う名称いない生きるわたし
したいわたし救う終わる望むしたい
在りて在るもの在るだろう食べたい
息する不完全わたし
とてもいいこいいこ
いけないね まったくもって 数の中に見失うのさ
抽象に肝心の部分が肉 知らない寄生虫 Glitter
俺のだ それは俺のだ お前の腹ん中だ 糞ったれ
俺に返してくれ もぎりとってもなおまだ 繁殖
ケツの穴から糞も内臓も 丸ごと掻き出してやる
皮を剥いでやったのさ 逆さの吊るし肉塊 蝿と
擦り擦りながら 俺に合わせろ ほらアーンして
意味のWen 見えたものは嫌いだ
俺の自由な 俺のだよ Rump 吐き戻せ
へばりついた のろまな転写Nah
長いのは嫌いなんだ Lump 切っちまえ
身も蓋もなく さっさと アーンして
壊て・壊て・壊て ぜんぶヤりたいのさ
肥え太った蚤の隠蔽
僕 ≡ のような を 喰い尽くす
考えてない考えていては ヤれないだろ
手法 cf. 云々 世紀末のmatière
お前のニヤけ顔 Liquefactio
何を考えているのかさっぱりさ
考えるニヤけ顔 Delusional
びっこをひいて追っかけ回して
屈折して増え過ぎたんだ いいかげん いいえ
畜生めの遊びなんだ これは遊びさ! いいえ?
とはいえ 思いついたままの 子どものイイエ!
子どものイエス 向かう先もないだろ?
まったくもって 増えすぎたのさ 色々とな
機構にいくつも機構 分析 分解 ……
〈 物語 et 対話 〉 やれお話だなんだって
〈 矢印 et 目的 〉 やれ崩壊だなんだって
| Clone 複製 ¦ 複製 Clone |
祈りを嗤った礼拝堂の入口
そんなもんは無いっていう
その分岐点それ以下でなく
それ以外は俺に存在しない
遅かれ早かれの出来事
それ以上は別の出来事
“俺のような” 俺に喋らせろ
早くイっちまえよ畜生め
お前の腹ん中だ 糞ったれの
かくも鬱陶しき まったくもってくだらない結合
錐体で堪える欠落 言ったもん勝ちのお誂え向き
反吐 : シてやったり Acé pha lê
不足 ∴ さらなる不足 Ase fall en
あいことなった まったくかくもくだらない結合
似てる / 似せてる ふざけた
俺のものより宇宙は軽い
「A’」だからさ… 傷つくんだ
細胞 : 細胞 ¬にうってつけ
はじめだけが肝心なのさ
「A“」それだけ… もういいさ
Smug Gg est 眼が溢れて
深みぬかるみハマり まだ狭いな
Smug Gg est 顔が溶けて
骨しゃぶる穴ハマり よくないね
U.から産まれるものなんて無いさ
『なぁ!そこのお前!馬鹿なヤツ』
期待ぶちまけた排泄物
食らうニヤけ顏骨抜き
わき道 THUMP ! 垂直に墜落
炙る血 THUMP ! 垂直に裂開
張られた草原で Se me No No
生きあざる意味 枯渇に踊る Sie
『なぁ!そこのお前!』
当然なる不足に笑っちまうよ
したり顔 : 顔 ようするに
俺に合わせて Dance Dance Dance
Rラインの求愛 潡々 シてよ 誰でもいい
射に犠牲 お前も欲しいだろ?
Se ⇆ me ?
蕩ける花びら結晶 Wet 異常なほどの褪紅
邪魔な牡牝は白面 Fine 酔わせる滑稽な朝
まぁまぁさておき if 壁を向けよ
絽言葉綴れて 綴れる苧麻
丸出し半端の 稚拙なる性
勝手言わせて 寸止めの悪
肋骨を砕き割れ Tuple
加えるほど無の Sura
腹んなかの糞尿 Gulp
ぜんぶ出ちまったあとで
『言葉は言葉なんだ』
出すものもありゃしない
筋切り肉痕に口縫い
受け挿れ音ママ Scat - Logic
唾を散らして hock 〈bis〉
臭う壁に向き knock 〈ter〉
深まで芯まで cock 〈quater〉
喜んでやがる そうだ喜べ
まったくもって そうだろ
壊了壊了Roger 残余理性
俺の行為をひたすらに想え
Tなる 自意識 過剰の見ることは欠落を意味し
何人たりとていっぱいさ
Fなる 過剰な臭気 お前のごとく無惨なcellが
我思う故にいつまでやら
HEROism 嘔吐の美しい ST
恥辱がもっと欲しいだろ?砕けるほど
溶ろける Holon 境界
緩い肛門 Colon 流れ
醜い姿態 Molon 噴出
HEROism 嘔吐の馨しき ST
粉微塵になりたいだろ?剥ぐ皮を鞣し
糞で沐浴 s.t 霧雨
融和した s.t 顔面
解消する s.t 絞扼
『僕ではないと思っていたものが私』
お前はそうして俺をまた逆撫でる
勘違いのILLE!お前みたいなヤツばかりさ!
糞に飛散した 接触不可視の解体
なあ興奮するだろ?俺の手でイっちまえよ!
お前が俺を決定する?
お前に望んでいると?
摂取消化 U.S 吸収排泄
All ego R ia
nor ∀ infer Libido - id 諦めろ
死にも群がり集うLogos 蝿は空滑り
素手で瞬時に払うLongs 首締め忘れ
お前の口から流れ出た Khi mà i ra
糞食らえの無駄な悲劇さ
ここでSTOP!うわの空
Collapse → “真実” “かつて” “物語”
Caution → Danger 原初深くのModernism
幸せに対する Q.E.D あからさまに?
言葉と肉体の結に経由し現れる D.S.
蛙が鳴いている もういいかい?
オメデタイ理想主義者め
お前が見れば 物質の tic tic
お前が語れば 言葉が tic tic
お前が歩けば 種子は tic tic
お前が触れれば tic tourette 汚れて
お前の感情から tic tourette 波まで
お前の精神から tic tourette 底まで
継続された時間の破綻が現れる D.C.
蛙が鳴いている もーいーよー!
魂の穢れは自然なことさ
理想 → 理想化
転がる身体を認めるべきさ
お前から出た俺の表皮を見つける
欲の肉塊を噛みちぎり
飲み込んだのは俺の母
俺はお前も母のように
殺すべきだった手遅れ
お前の上腕骨を掴んで毟る D.O.A GRIND
髪の毛をひっ掴んで剥がしてGround Level
爆発は内側で行うべきさ もっと締めつけろよ
身体の穴に埋めては抜き差し D.O.A GRIND
手を俺のものへと誘導して animate amen
あからさまな Fuck Même…Piss a Kiss
与えられて咥えて挿れる
交わりに見境なしに開き
指で舌で腰で温度に変え
求めた父は突き刺し貫く
「おとうさんの身体のニオイ…」そうだろ?
粘液と血液で肉を濡らし
踊りながら腕と手を絡め
分割した骨を通して痺れ
ぶちまけてから種明かし
「おとうさんの身体のニオイ…」違うのか?
足を絡め脇腹に齧りつく
引き裂かれる俺が破れる
皮から溢れる生臭い液で
お花がきれいねと汚れる
Rēs // Rēs Lethe 嬉し笑い
But not only 咬合できない深い場所
Re // Re Logos 魚が痞える
Vứt not only 断面を開いて もっと
あからさまな Fuck me …mon à on
愛を殺せない淫らな母よ俺はお父さんじゃない
俺は 俺とお前の母を幾つもの母を何度何度も
全ての場に産まれる母の意味も理由も目的をも
記憶も意志もなにもかも無くなるまで一足先に
お前が愛するせいで母が産まれる
お前が母を愛するからお前が憎い
お前も俺のように母を殺すべきだ
お前が産まれたから俺は捨てられる
理性に隠れて血の泡噴くお前が憎い
お前に産みつけた卵を一つ残らず潰したい
這い込んで俺の排泄物を壁一面に塗りたい
そして父のふりをして愛情を与えよう
そして母が産まれ現れる前に殺すのさ
もう手遅れだ もう手遅れ
擬似生成が接合の模倣から
死んだ父の仮面を被り反復
新たなる強迫 もう手遅れなんだ
これは私の意志ではないのか。そうだ、おそらく私の意志ではない、いつも。私は目の前に散らばった道具である。気の抜けた刺激剤だ。感覚は変化しているのに私は目の前に棄てられる感覚に苛まれ続け変化の余剰をもつ賭けに負ける、いつもだ。書いても書いても言葉は弱く掴まるたびに崩れて落ちる。苦しくなってはまた書いてまた掴まっては崩れ落ちる。言葉の本質をはき違える私は、言葉の意味や存在に罪を負っているのだ。そうしてまた後ろめたさに崩れ落ちる私の弱さにさらなる罪の意識が生じる。同じことの繰り返し繰り返しが続く。止むことのない誘惑の波間で生きてみようと思わされている繰り返し。光に溶ける残像は収縮して取り出されることのない出来事の成れの果ての粆。気味悪く宙に浮いてる喉仏が人の形を成している。寂しさのない孤独にすでに閉ざされていた私は遠くの空の残響であり、すでに充たされていた私は求めることを忘れる諦念に扮装をして、並べられた人間たちのように幸せの真似をする。そう取り繕う私を許せないのに、未だやめることができない。いつもだ。これは前にも言ったはず。所詮、私は狭い空間の空転の自動運動でしかなく、私の世界とは迷宮の彷徨への憧れでしかない。現実に誘導する私の夢が見続けた世界への当てつけの幻視、いつも。たとえそこに私が必要とされても『されることがあるのか?』私がこの空間に私として居れないのならば、そしてそのことを知っていたら『知ることができる?』それなら、今度こそためらいなく『ためらいなく?』ためらいなく断ち切ることができるのに。散らばった道具に絡まる糸を。空白の余剰を楽しめるほどの寛容さは私から無くなってしまったようだ。理解できないものに対して怒りに満ち溢れている。いまでも時折、生半な甘い刺激に揺れ動いてしまう私が許せない。脈拍を掻き消そうとする風の音は大きくなり、記憶が散りばめられている輝きは遠くへと去り続ける。所詮、焼き直し繰り返しだ。真っ暗な深みにはまってゆく欲望が、昼も夜も見境なく心を貫いている。安易に満たそうとするあまり、言葉だけの快楽を求め言葉からすべてを見ようとしてしまう。雪崩れ込む音は鎖に絡まり垂れ落ちて耳障りな音へと変わり泥へ頭を突き刺す。真実を探すこと自体が目的になっているように言葉を探っている。言葉の継ぎ目の綻びに沈んでいく大切な重さ『見ていられない』醜悪な欲望の燃え尽きる崩壊の前の軋みが『聴こえている』幻をなぎ倒していくことに身体は反発して手は震えている。悪寒がする。無に落ちて塵芥にまみれ死だけを抱きしめる終わりが視える。それでもなお書かずにはいられないのは生理的な反応か。いつもいつもだ、意志ではない。灯が消えた天を雨漏りのような影が侵食し始める。真実を貪る強欲な影は女の姿をしているのだ。おそらく、いつも。彼女は肉体の感覚を直ぐにでも手放そうとする。しかし死は彼女のものではない。彼女は死なないのだ。私の精神に対して無関心に触れている。永遠の袂から洗い流された虫と獣の合いの子のように喚きだす彼女『わたしを傷つけられるのは言葉だけ』私の肉体や精神を心の底から嘲って笑う。私の血や縁が絶えていく未来を嬉々として受け入れる彼女『そんなわたしが嫌い?「そうだ」と言いなさい』命令。
「そうだ」と言えばお前を消し去ってしまえる。その後に残されるのは一過性の悲しみだけ。持続している過去へと早々に追いやってしまえるはず。私はなぜ躊躇っている?いつも。燃える力に憑かれた揺りかごから脱し、擬似のものに騙されて、情を侍らすための皮と頭と喉の腫瘍のようなわだかまりと、緩慢な生たちの奴隷になるべきだ。この深さと思しき部分を封じるべきなのだ。もはや軽蔑心からでも構わない。お前は私に跪くべきである『わたしを消すには足りない』死にたくないのだ。彼女の影から垂れ下がった糸がたぐまり絡まる。静かに響きだす胎動を聞いてはいけない。何も見てはいけない。もはや言い尽くされている無知。私はこれ以上、奥底を知ろうと願う必要はないのだ。はじめから知らなければよかったのに、それでも知ろうとして罪を犯し続けているのだから。しかしまたお前を呼び寄せたのは私か?くだらない、前にも言ったはずだ。触れないでくれ『わたしは消せない、狂って』死にたくないのだ。いっそのこと酔った者どもの幻想に小便をかけてしまいたい。しみったれた同調や共感には糞をぶち撒けてしまいたい。救いようもなくうち捨てられている私の醜態を晒してしまいたい。そうやって小さな虫のように私が潰されてしまえば、お前に対する情を持つことができるはずなのだ。羨ましいと思う人間たちが『可哀想に』こちらをみるだろう。いまの私はどちらの視線でいるのだろうか。太陽は黒いままのはずだ。私の本心では……心というものが本当なら『嘘ね』泣き喚いているお前が愛おしくてたまらない。だから私はお前が死んでくれればいいと思うのだ『憐れな』お前は私がいなければ生きられないのだ「そう」だと言え。命令。
凍った糸が収斂し震えて切れる。影から吐かれた糸が壁から撓んで落ちる。糸が私の足元を絡めとり蠕動する『思い出したくない』記憶に依存している限りお前が泣き喚き嘆き続ける。なぜ無くなっていってしまうのかと繰り返し繰り返し繰り返し『何度目?』言葉で犯された醜態を私に晒してくれ。時が澱む桑の実の色に『閉じ込めて』なぞる私の指に身悶えている口唇期。時に沈むすみれ色に捻じり込まれていく音節に『見ないで』流された液に痙攣する肉片と色の満ち欠けに垂れる心。もう言葉が尽きたのは『聴かないで』黒くて長い渦虫が何本も何本も何本も何本も。分かってるさ。あとはただくたびれた感情に『眼を潰して』締めつけるそれはもう言葉ではない。最も深い場所ではお前と私だけが『交わっている』さらに締めつける言葉で。分かっているさ。溶け出すものに混ざっているお前を考えずとも私は私としているのだ。気色の悪い妄念で溢れかえる頭を開き『愚かに』何度でも見つけてあげよう。その醜くおぞましい心を理由に何度でも美しいと言ってあげよう。正しく狂う太陽のように輝いて何度でも潰してあげよう。逆流する血液と口いっぱいの砂の味に何度でも『聴こえる?』お前には私がいなければならないのだ『私のほうが強いのよ』命令。
よく分かっているさ。奥まで覗けるはずなのも分かっている。決して踏み込むことができないのも分かっている。私は常に、いつも、分かっている。境界線に垂れる影が重い、光を差し込まなければいけない。ナイフの刃を胸に当て下から上へ向かって、臍から喉までを鮮やかに切らなければいけない。裂いた皮と肉のすき間に指を入れなければならない。傷に縒れて皺のついた皮膚を伸ばさなければならない。世界と繫がっている頭から澱んだ幻に犯された足へ。腹部から胸へ静かに滴り落ちる血の温かさ。産まれたばかりの言葉を紡ぐ、たどたどしさから溢れる糸が肉体を描き絡んでいる。未消化の愛が口元に下り、ゆっくりと吐き戻す。床に映った空が胃液で汚され、赤く垂れた鼻水が震えて滲む何度目かの排出。痙攣している顔が鬱血し、とろけるような鈍い輝きを増している。唇の反射だけで厳かに微笑む。嘔吐物は床に溢れて粘つき糸を引いている。腹には血が抜け切った臓器しか残っていない。それほどまでに、何度も何度も何周も何周もの時間が過ぎた。血は色を変える。重い影がのたうって落ちる。そこに彼女の黒い眼を見つける。いつも。黒さに秘められている解離性の麻痺した鈍い痛み。その純粋な解放感に悦楽する。風に靡く布切れ同然の存在を喰い破って彼女は離れる。垂れ続ける糸を辿って再び求めに戻ってくるまで何度も太陽が必要?そうだろう。彼女は与えられた火で手足をたくさん生やす。私が窒息しないように言葉を遠くに逃がして隠す。心臓に戻るための虚しさを彼女は覚えている。私から垂れる血は石でできている。咥えきれなくなった肉片を与えるため足元から降りていき、親鳥のように口づける。そして流し込むのだ。吐き戻すまで流し込む、繰り返し流し込む。何度も崩れ流れ繰り返し落ちてくる。掬いとり拾いあげ積みかさねる私が発生する。強迫的な命令によって。
意味の過剰を無限に受けいれてしまうこの場所で、荒廃の景色に蠢く心臓の動きに、また、善悪や倫理や道徳や価値と、知識や思想や思考が全体の位置に与える、姦しく盲目的な安楽思考に対し、私は嫌気がさしたのだ。土気色に閉塞した生命にも詩情は残るのだと信じてはいたが無駄なことだったようだ。感情に描かれない影の大群は我関せずと、私の血管の内壁を掠めて流れゆくのだ。言葉や詩の代わりになる新たな言葉だと?そんな使い古された言葉などはもう読みたくない。読まれなければ誰の記憶にも無い、それは存在しなかったことと同じだと?そんなくだらぬ欲求など、もう見たくもない。阿片のような偽りの勇気を与え、生きるための糧にさせられて死んだ言葉に触れた時などは、耳の根元が腐り落ちてしまう。盛りのついた獣のように愛しているなどと鳴く嘘を塗りたくる、そんな死んだ言葉なんて聞いた日には、腹の中が発酵してしまう。口当たりと耳触りがいいだけのものを特徴付けているのは、乾いて穴だらけの海綿に異臭のする汁を吸わせた、澱みきった集合の残り滓でしかない。鏡に見立てて愛情を取り繕うものの、結局は、動きの取れない所有自体を愛しているのだ。肉体と精神を嬲りながら、人に憐れみを垂れる優越感が幸福だというのだ。解ったつもりでいるだけで無知を認めようとしない、隠されたもの気取りの単なる涎の跡ごときが夢を語っていたのだろう。どれだけ純粋さを見ようとしても、言葉の癖はお前の存在を証明などしない。卑しめられている、そのような感覚に思い至るのは卑しい心だけだろう。累石を蹴飛ばした時のように、破片が散らばる紙の上で虫か草か石にでもなりたかったのに、私は相変わらず虫や草や石を見続けているのだ。文字が文字としてしか見えなくなり、既に失くなっていたものしか見えなくなっている私は、断片的な書き置きがここを放り出し、手段や方法や意志だとかが勝手に行くのに任せよう。偏執的なものに向かう動機は、感覚や想起の反芻から我が身を蘇らせるように、受動的な場所を無化したいという思いからだ。表明される多様さは、関係性に予め共有されたその場所にだけ依存して積まれている。点は点として在ることができない自然の摂理のようなものなのだ。自分の姿を見つけてしまう鏡を黒く塗りつぶして壊す為に、裏から光へ透かされた表面に滲んだものを見たいが為に。私はこうしようと思う。お前に向けた独白なのだ。彼方には何もなく、彼方からでもなく、彼方はもう無い。無に等しい、何とも芳しい無。
腐った水のような言葉を届けるお前を一切信用してはいけないと気付いていたはずだ。自分を愛しているだけのお前のことは見捨てていこうではないか。甘い感情や心情に流されて浸るような、理解できると思い込む傲慢な共感を燃やし、蔓延して止むことのない幻想を示す鏡などは黒く塗りつぶして割ってしまえ。形にならない形の崩壊などという形、それを作ってしまった原因はお前の結果でしかないのだ。小屋の中に安心して暮らして、表現されただけの分身を殺める、安全確実な流行病たちよ。借り物の言葉で自分を作り、根拠を集めに奔走する、過去の思い出に手綱を引かれ走る馬よ。借り物の言葉で教養を奉り、同意を他所に縛り付ける、虚構じみた生命を求めた犬よ。生き抜く為の理性という上辺だけの無関心さ、対話の真似事をする愚か者の真剣さよ。誤魔化しや虚偽、作為的な恣意、既視感や退屈な変化や無意味さよ。物語も夢も想像も物質も空間も時間も、人のわずかな心などもそうだろう。そう見られたものになれば瞬時にして、そう見られたがるお前自身の贋作となるのだから。
閉じられた野生には過去も未来もないし、喜びも幸せも愛もないのだとお前は知っていた。転がった頭の、虚ろで充満した無を楽しんでいる瞳は私のものだったと、私が眺めているだけの虚しさよ、お前はそれも知っていたか?しかし、私の自閉性に惑わされてはいるわけではないぞ。驚きによる吃音症は詩に憧れたまま消えてゆくだけだ。言葉にならないのは痴呆の戯言でしかないのだから。認識されている欲に対する矛盾は、成りかわれない現実にさも驚くことだろう。混乱は抑圧された欲求から引き起こされたのではなく、抑圧が緩慢な欲求に適応できず混乱しているだけなのだ。その欲求の言葉が伝えることが可能なのは、棄てられたものがかろうじて掴み得る唯一の選択肢でしかない。言葉は幽閉されて、破壊することの欲求に沈黙を課すのだから、記号や擬音などはその場限りの救助信号に過ぎなくなるだろう。私が生まれてしまったことへの恨みと後悔を載せて、幸せに難なく生きることへの嫉妬と憎悪を綴り、形式や目的だけの心情がのさばっている世に対する非情なる嫌悪は、私の顔から産み落とされたのだ。だがしかし、傲慢と仕草の過剰の循環性を持つ嘘は、飽くことなく平坦な道を設えていくのだろう。憤怒と葛藤の暴虐を受けとり、鋳型になった理由が弁明をするまで構成され続けるのだ。記憶と逆光に眩みながらも行われる咬合の収斂と弛緩よ。死も生もそれなりに自分を重く考えたいだけなのだ。果たしてこんなところに調和はあり得るものだろうか。懐疑のない幸福の吐息も、苦渋に満ちた悲痛な叫びも、どちらも結局は同じだということに、お前は気づかなかったのか?水を纏った風吹く夜の不透明さ、投げ返る声も浮かび来る心もなく、散るままになった実在の哀れさよ。暗闇から私の首へとかけられる両腕などは、黒く塗りつぶして割ってしまうがいい。感覚の回帰に怯える累石を紙切れのように蹴り飛ばしてしまうがいい。場所の欠如は依存でしかないのだ。狂気からは隣人のように隔たっているのだから。
私は虚無に言えるか?お前に向ける独白的な眼差しで。それでいい、戻ることはない。すべて私であるから。味わい深い無だ、何とも綺麗な。
過去から形成し直された自分に帰ってくることにはなるだろう。時間の基軸が廃されている私の身体を広げた空間に、私から発せられた光の反照によって。言葉の現在の形から形崩れしていく言葉が、散らばった断片の上に眺められたのだ。お前が犯され焼かれる寸前で私から逃げろ。虚無と恐怖を組み敷いて、今日もまた私自身を味わい尽くすことになろうから。
螺旋の軛で影をつくる
口付けて渡す心の糧は
足の裏から滲み入る青
ミンチになって垢塗れ
叩いて刻み捏ね上げた
おもらしした朝焼けに
満ち潮に落つ星が駆る
空は私の為に美しく青くなる
怖ろしい色彩へと流されても
まだ生きていると思っていた
実存の無いわたしが怖い
求め切望する焦燥が怖い
齷齪している欲望が怖い
自己劇化する慢心が怖い
わたしに向いた眼は怖い
わたしに見せる手は怖い
わたしを示した顔が怖い
わたしを示した音が怖い
心は魂の残りもの
すべての心を噛みしだき
指の先は紅く醜く腫れる
草花の種子が噴きこぼれ
線虫は皮膚を這っていく
水面を窺う光は空を破り
歪んだ背に諦念を捨てる
私の無力な肉に起因する
絶対的な効力を持つ観念
私の理性に依存している
穢れた迷いに積もる廃物
否定の優しさに甘える
傲慢な意志を許さない
受動の幻想を信頼する
無関心なんて許さない
善の明晰な語らいから
憤怒をいただきましょう
多様な卵を産み落とし
あなたを利用してあげる
憎悪に法悦している私を悲しみなさい
殺意に悦喜している私を憐れみなさい
半熟の感情は締め殺してしまいなさい
多様なる卵が孵る速度で蝕まれなさい
感じる為に心を懐胎する私を尊びなさい
私に応じてあなたはあなたに従いなさい
私は歩まれているお前たちに
依存の臭いの集合体から湧く湿気た腐臭を
未来への期待に賭ける静かな暴力を与える
私は牽かれているお前たちに
形象の違う性質を持つ言葉の美しい装飾を
共感し合う孤独の内で意志の断絶を与える
私は愛を零さず血を垂れ流し
あなたは憎しみと諦めの中心に書き付けて
悲劇を演じる無言の割れ目の幼さを抱いた
私は言葉を縫う肉塊の内側で
ガラスの亀裂は無限の差異に光の波を返し
レクチンの白い跡が足に無数の塊根を得る
私は腹部に潜ませる記憶から
虚無が天幕を突き刺して逆巻きに排出する
表層の光輪の無力さを介する変調した増殖
心は私を憑代とする汚らしさ
抑圧から腐った私の卵を産む
肉の傷痕は膿んだ孵化場となり
私の同一性はあなたを傷つける
私を私足らしめる心よりも
あなたに対して吐く言葉で
あなたをあなたにする為に
私はこの時に産まれ続ける
私は私自身を殺す力を呪いながらも
その力が言葉を生かすことを愛する
怖れずに私から逃げて
還元しうる生きた私へ
広くてなんもない草原で、小屋の壁に隠れて壊れてる穴からぼくは見た。息を止めて。少しあっち側に下ると海岸があるんだ。そこから来たんだけど。街にがらくたを探しに。ほんとはみんなと来たかったんだけど、みんなは眠っているし、石がいっぱいあるから、ねぼけて転ぶと大変だし、起こすのはかわいそうだからひとりで来たんだ。静かになった時間はなんでも落ちているから、起きたときに驚かせてあげようと思って。みんなはみんなでしょ?わからないけど。ぼくは、起きたら楽しいほうがいいと思うの。だからね。ここは通っちゃいけないところだったんだ。近道しようとしてきちゃったんだけど。誰もいないと思って。でも、男の人がふたりいたよ。誰かと話しているみたいだった。ふたりじゃなくて、ぐるぐるしてた人が風でゆれてるようだったのかも。だって、ぼくは遠かったからあんまり見えないし。ケンカはしてなかった。だってそんなに怖いって思わなかったから。たき火のやつみたく食べたとか言ってた。
ぼくはあいつに見つかったんだ。樹に逆さまに吊るされてるみたいな人と、その周りをぐるぐるしてる人。ぼくをはじめに見つけたのは回ってた人のほう。顔がぼくを向いてニヤニヤしながら見てた。隠れてたのに。でもそれだけ。呼ばれてひどいことされるかと思ったけど、そうじゃなくて見てただけだった。逆さになってた人は血の色で溶けてたから生きてないと思ってた。お肉屋さんの入り口にあるみたいなやつ。顔だってなかったし。風でゆっくり動いてた。あいつにはふたつ顔がくっついてたけど。あいつは逆さまの人にツバをかけてた。食っちまったものを吐き出せって言いながら手を突っ込んで、アゴが取れちゃうくらい口を広げようとしていたよ。それから、持ってたナイフでお腹を切って、あっというまに皮をめくってた。もごもご口を動かして、逆さまの人の中身を出してた。血だらけだよ。あいつはそのあとなにかを見つめてた。名前を呼んでたみたいだけど、忘れちゃった。でも、その変な肉みたいなやつは呼ばれるの嫌がってるみたいにぷるぷる震えてたよ。生きてるみたいだった。よく見えなかったんだ。ぼくの癖を知ってるでしょ?どきどきすると目をつぶっちゃうの。まばたきもいっぱいするし。人に見えたのはもしかしたら偶然かも。通っちゃいけないって言ってたから、ぼくは悪いって思った。びっくりしてたから体が固まっちゃってた。そうするとなにも見えなくなっちゃうの。
皮はきれいに剥がれてたと思う。顔の形もちゃんと残ってたよ。逆さの人、皮がなくなっちゃって目玉が落ちそうだった。プツプツって、いろんなところから血がにじんでたれてきてた。それからあいつは、肉の塊を抱き上げて顔をぺたぺたとくっつけてた。落っこちたままにされたほかの肉は、首を切ってすぐの魚みたいにまだ動いてたよ。あいつは誰かと話しているみたいな顔をして、剥いだ皮をお面みたいに自分にかぶった。ふたつ顔があるように見えたのはこのときのやつかも。ぼくは街に行く途中だったんだ。待ち合わせしてて遅れそうだったから。遅れると怒られちゃうから、あんまり見なかったけど。でもね、話していること、ぼくは聞こえたんだ。ほかのみんながいないから静かだし、どんなひそひそ声でもよく聞こえちゃう。汚すのは俺である、動くのは俺である、戻るのは唯一の俺である、なぜだ、って。肉の塊はちょうど人くらいの大きさだった。あいつが両手で抱えるくらいの大きさ。ぼくよりもすこし大きいくらいの。まばらに髪があって目と鼻と口みたいな穴があった。逆さまの人の周りをうつ向いて回りながら、抱っこして揺らしてた。すり足で踊ってるみたいにして。でも、首みたいなとこはぐらぐらだった。そのときからもう取れちゃいそうだったな。
あいつは『見ろ』って、ぼくに言ったと思う。踊りながらニヤニヤして塊に噛みついたり、舐めたりしてた。ないしょばなしの時みたいにしてたよ。口だけぱくぱく動いてた。それから、ぴったりくっつきながら揺れてた。はじめはあいつだけが揺れてるんだと思ってたけど、違ったみたい。くっついている人は咳ばらいをしてた。でも、息してたとは思えなかったけど。ちゃんとぼくと同じように足と腕がついてたと思う。あいつの肩と腰に引っかかっていて、ぱたぱた動いたりしてた。そのあとで、あいつは急に怒ってた。
何かが落ちる音がした。ぼくはまだよく見えなかったけど、塊から首みたいなとこが離れてた。自分とくっついていた塊の首をあいつは切って落としたんだ。もっと血だらけになってた。逆さまの人の下に首のなくなった塊を投げて、ころころ転がった首のほうを拾った。あいつはうつむいたままよろけて、投げたほうの塊に座った。右の足をななめ前に出して、左の足は少し曲げて外側に開いてた。左の手は指まで力がなくなってて、右の手には首を抱えていたんだけど、そのことを忘れちゃったみたいに座ってた。でもあいつ、首の切れたとこになにかねじ込んでた。そのまま傾いてじっと固まっちゃった。逆さまの人の皮をかぶったままだから、ほんとうの顔がどんなことを思ってるのか見えなかった。自分の顔が逆さの人だって忘れちゃったみたいだった。しおれた花みたいだったよ。そのとき、逆さの人の皮の無い顔はぼくを見てたと思う。目玉はまだはまっていたけど、すごく細かくピクピクしてた。生きてるまぶたがなくなっちゃって、きっと、あいつとぼくを見るしかできなかったんだ。見ないといけなかったから涙みたいな血が垂れてた。目は開いたままだけど、どこも見てないみたいに止まってた。ときどき、首とあいつの間を見つめてた。
あいつは首についた虫を数えはじめた。肉が腐りはじめて虫が出てきてたから、それをひとつ、ひとつ、って指を折って数えてた。あいつのひとつは九回指を折ることだった。でも九の後はわからないみたい。こんどは指を開いてひとつ、ひとつ、って数えていった。でも九までいくと、その開いた手のまま顔にあててた。むかしを思い出して考えて苦しんでるみたいに。そのあと、なにかを見つけた時みたく立ち上がった。お空に向かってなんかぶつぶつ言って、こんどは四つん這いになった。右のこめかみを地面にすりすりして、自分で落としたものを探しているみたいにしてたよ。ねばねばの血でいっぱいの地面を右手でさわってて、くずれた塊から虫が出てきてるところもさわってた。逆さまの人からたれてた血は、首がなくなったほうの塊に染みこんで一緒になってた。その肉の塊は頭がなくても動いてた。なめくじみたいにうねうねさせて、体のなかがかゆいみたいに、手と足が地面の土を引っかいてた。血と土だらけになってて、どっちがどっちの血かよくわからなかった。あいつはハイハイして首がない塊のほうに寄っていった。たれてる血から塊を隠すみたいに、上にかぶさった。そのまま肉と血を腰でこねてた。逆さまの人が咳ばらいをした。あいつの手からはなされて転がっていた首の目のほうは、そのときにぼくを見たと思う。ひそんでいたいっぱいの虫が顔を揺らして、熱があるときみたいに溶けてた。あいつ、首のことは忘れちゃったのかな。首が切れたところの穴からも虫が出てた。鼻みたいなところからも、口みたいなとこからも出てた。肉ごとむずむずしていたから、笑ってるようにも見えちゃったよ。
ぼくはすこしびっくりしたかな。とろとろになってる首はあいつのほうに動いていったんだ。虫が動かしたのかもしれないけど。でもびっくりしたよ。あいつはうつ伏せで足を伸ばしてて、両手で身体を支えたままで止まっちゃってた。そこに首の口がくっついていったんだ。お腹の左に噛み付いたんだ。あいつは痛そうにしなかった。だって、あの口が笑ったように見えたときには歯がなかったから。あいつもぼくみたいに少しびっくりして、ぼそぼそと名前をつぶやいて、くっついてきたその首を取ろうとしてた。だから、バランスを崩して、逆さの人の首に腕を引っかけちゃったんだ。逆さの人の肉も溶けはじめてたから、下にある肉の塊の上に落ちてきちゃった。くっついてた首を取ったのと同じくらいだったから、首とあいつの間にはおかしな肉の塊が増えて、あいつの足はそこに埋まってた。落ちちゃった重さで虫がブワッていっぱいでてきて、あいつはそれにもびっくりしてた。ぼくよりびっくりしてた。それで焦ってすぐに足を引きぬいてた。汚れちゃったのがいやだったみたいに、足を地面にこすりつけてたよ。それから、また立ち上がって、増えた肉の塊の周りをうろうろしはじめたんだ。足をこすりつけながら、こすった回数を数えてた。あいつ、やっぱり数えかたを知らないんだ。いっかい、いっかい、ってもごもご言いながら、前と後ろに行ったり来たりしてた。うつむいてたせいで、前よりも後ろのほうに進んでいった。汚れは落ちてなかった。引きずった跡がぐるっとまるくなってきて、あいつが立ち上がったところに戻ると、なぜなんだ、とぶつぶつ言って、こんどは両手で、引きずった足の跡を消しながら回りはじめた。あいつ、ちょっと泣きそうだったな。
もうあいつは名前を呼ばなくなった。逆さの人の肉と一緒になっちゃったし、名前が無くなったんだと思う。落っこちちゃった逆さだった人は、あぐらをかいて座っていて、下に落ちた肉の塊を自分のお腹に戻そうとしてた。あいつが四つん這いになってるあいだに逃げようとしてたのかな。逆さの人のお腹はきれいに縦に破れてて、肉の塊をいれてもいれても出てきちゃってた。血だって、もう地面になっちゃってたし。土ごと両手ですくっていれようとしてたけど、肉の塊とおんなじで、太ももをだらだらとながれちゃってた。名前を呼んでたけど、なんにも返事がなかった。首が切られて転がっちゃったから聞こえないってこと見てなかったのかな。それでもなんとかして逃げれるようにしようとしてた。皮だってあいつに貼りついてたままだから、そのかわりに肉の塊を身体に貼りつけはじめたんだ。溶けた肉はねばねばの糊みたいになっていて、その上から血の染みた土をつけるにはちょうど良かったみたい。左目とほほから形を作っていってた。ちょっと腐って黄色くなっちゃってる部分もつかってたよ。あいつが回りおわっちゃうまえに作らないとダメだからとても急いでた。左腕にくっつけ、次は右腕にくっつけ、やぶれたお腹の周りに貼って、両手をあげて頭から背中にながしてくっつけてた。あぐらのまま、ひじから下で体を支えながらちょっと動いて、両足を肉の塊につっこんでくっつけてた。そのあと、立ち上がって腰とおしりをはりつけて、自分に重さが戻ったのをたしかめるために五回くらい跳びはねてた。腕を上げて跳んだから、お腹のやぶれたとこがちょっとひらいた。ほんのちょっとだけなかが見えちゃったんだ。赤錆みたいなぶつぶつがたくさんくっついているのが見えたような気がした。残ってた血の色が変わっちゃったのかもしれないけど。首はあいかわらず忘れられたままだった。もし動いてしまったら、首がないことを気づかれてしまうから、首はじっとしてふたりのほうを向いていただけだったんだと思うよ。
あいつがカラカラの咳ばらいをした。やっとのことで回りおわったみたいだった。逆さだった人の背中に向かってぶつぶつなにか言ってた。ぼくは、逃げるなら今だよって応援したくなったけど、くっつけた肉の重さで、歩けなくなっちゃってたみたい。肉だけがうねうね動きつづけて、上手にくっつかなかったところが、とろとろと足をながれてたよ。ながれたところに足を取られて前へは進めなかったから、そのまま後ろへ倒れちゃった。ふたりとも一緒に倒れちゃうのかと思ったけど、あいつは、手を腋の下に入れてうまく抱きとめた。しばらくそのまま動かなかった。このときはふたりともなんにも言ってなかった。なんにも動かなかった。ぼくも息を止めてた。しばらくそのかたちでいたあと、逆さだった人の首が後ろに倒れた。あいつは、膝の裏に左手をまわして、右腕も肩の後ろからまわして、かるく持ち上げた。それで、やぶいたお腹のなかを見て、もう手遅れだ、って言ったと思う。そのまま体を折りたたんで、ぐちゃぐちゃっとして丸めちゃった。中身がなかったんだなって。肉の塊に戻っちゃったんだよ。あいつは丸めたやつを片腕で抱えて、ふらふらとどっかに行っちゃった。あっちは街のほうじゃないから、やっぱりあいつは流れものっていうやつなんだ。あと、やっぱり首のこと忘れてたみたい。あいつがいなくなってから、ぼくはそっと出て行って拾ったんだ。
首はまだ息してた。切られたところは白くなってて、口からも鼻からも虫が出てきて腐っていたのに。でもイヤな感じじゃなかったな。目のところも奥のほうにはいっちゃってて、きっとぼくのことは見えてない。ふたりがいたとき笑ったと思ったけど、やっぱり虫が動いてたせいだった。あいつに向かっていったのも偶然だった。ぼくはよく間違ってしまう。両手で持ち上げたら、思ったより軽いな、って思ったよ。血はぜんぶ土になっちゃったのかな。がらくたを拾うために持ってきてたふくろを広げた。いったん首を石の上に置いて。そしたら、口がすこしだけ動いた。わたしはどんなふうに見えている?って、小声で聞いてきた。ぼくはびっくりしたけど、まだ生きてるみたいなのが分かってたから、怖くなかった。だから、生きてるみたいだ、って言ってあげた。しばらくなにも返ってこなかった。またふくろを広げようとしてたら、うそをついてはいけません、って、はっきり言った。ぼくがみたいっていう言葉をあげたから嘘になったんだと思った。首をおいている石のほうが、首よりもすこしだけ小さかった。だから首はななめにかたむいてた。あいつが行ったほうには、血の跡がまだぽつぽつ残ってて、それが見えるように置くのがちょうどよかったから、もしあいつが戻ってきたら教えてくれるんじゃないかなって思った。そしたら今度は、わたしを見ているの?って聞いてきたから、ぼくは、見てるよ、って言った。だって目の前には、ぼくが首を石の上に置いたのが見えていたから。でも首は、うそはだめ、って言ったんだ。あいつのことを考えたからかな。ぼくはわからないけど、なんだかすごいものを発見した気がしてた。こんなに面白いものを拾ったから、もって帰ってみんなに自慢しようって思った。ふくろに入れようと、もういちど持ち上げたとき、首のきれたとこからどろどろがたれてきちゃった。変な虫も石と首にべとべとくっついてた。ふくろは海で拾った麻のやつだから、はじめからごみだったし、汚れてもいいやって思ったんだけど、みんなに見せる前にぽたぽたたれてきちゃうのはイヤだった。だから隠せるように、ぼくは服の下に入れてお腹で抱えた。おかあさんのおままごとみたいになった。ぼくは不思議な気持ち。ぼくが生まれるときもこんなふうだったのかな。でもぼくは、生まれてきたときに忘れちゃったから、だれから生まれたかっていうのが覚えてない。ぼくも君もどきどきしてたから、まだ虫が動いてるんだと思ったよ。顔だったほうをぼくに向けて、お腹をおさえていたから、息をかんじてちょっと熱かった。ぼくの服の首のところを伸ばして上からのぞくと、ぼくのお腹のすこし下に口がくっついてた。そこにはヘソもなにもないんだけど、かゆくてカリカリ掻いてるみたいにくすぐったかった。そのうちに、だんだん虫の動きは少なくなってきて、でも、息はあったから眠ったのかなと思った。太陽が見えてきてぼくを照らしたとき、ちょっとだけ体が重くなった。落としちゃいそうになったから、もういっかい強く抱きかかえた。
もうみんな起きているかな。街に行ったときは、いつもは明るくなるまえに走って帰るけど、今は落とさないようにゆっくり歩いて行こうと思う。みんなに見せたらなんていうかな。おどろくかな。ぼくみたいに虫だと間違っちゃうかな。もし、そうだったらつぶされちゃいそうだ。汚れてるから、捨てられたり壊されたりしちゃうかもしれない。みんなになんて言おうかな。ぼくはこれを置いていったふたりのことを思い出したけど、呼んでた名前までは、まだ思い出せなかった。だからもういちど、ぼくは立ち止まった。ぼくが呼ぶ方法を考えておこうと思って、お腹から首を取り出した。君は眠ってなかった。目のところはちゃんと開いていた。まばたきはしなかったけど、生きてるのがわかった。またぼくは間違えちゃったみたいだ。もっとよく見てみようと思って、ぼくは太陽に背中を向けて、肩よりも高く、両手で持ち上げた。目は奥のほうにあったけど、草原と海を円く映していた。写り込んだぼくは太陽のなかに輝いていた。びっくりして咳がでた。首をお腹に戻したとき、遠くに歩いているあいつが見えた。その瞬間、ぼくはこれをこわしちゃった方がいいのか、元の場所に返しておいた方がいいのか、迷ったから動けなくなっちゃった。
名を得る前に彼女は書き出し、遮断された暗闇の中で文字になった。彼女は私ではない。たくさんの虫が折り重なってのたうっているような、体内の暴力性を抑えるために、彼女は私を餌としてそいつに与えた。彼女はそいつと一緒になって、いたるところに放散し、虫の卵の姿で震えている。海や空気の圧力によって孵化を抑えられているのだ。輝くような無気力と肉体の強迫の中で咳払いと瞬きに苦しみながら。無関心が懐胎した私、産まれる私には誰もいない。しかし、あなたは現れる。いつでも、あなたは現れる。見境なく現れてしまう。私がそいつに与えられたように、私にもあなたが与えられ、そして、私はそいつと彼女の道をゆくのだろう。花束を飾って弔っても、記憶の中で消し去った記憶を持ってしても、いたるところに散乱した小石のように転がる私は、また現れる。春の犬の嘔吐物と流れる道がメッシュ状の揺蕩いさながら喧騒を形成する尿道の都市発達、アンモニアの香りの乾いた風に虫の子が戯れている。糞を食らい生きていたのだ。廻って廻ってお前も俺のような糞になる。我が種子から産まれた肉は、野に放たれ捨てられた子のように俺に復讐をする。枯れた土埃の匂いが募り募って泥流と道を歩む足音。蝿と蚯蚓が土を削るように白い胃液を口から零した家は、消費の食事と賑わう地表に薄く開いた泣きベソの眼が花陵を開く星の瞬きと共振した巨視的視線の臨界点まで達した時に、私をそこで産む。産まれるたびに泣き声をあげることで用済みにされた心は人を憎むのが好きになり、憎しみが私を支えて地面に立たせていくのだ。憎しみに該当する感情が明確になる前から。だって憎しみが憎しみそれだけで在ることはできないでしょう?嫌悪や軽蔑、怨恨や呪詛によって立ち上がるための地面が途方も無い大きさで現れる。憎しみは赤だったり黒だったりするものじゃなくて、緑青を湛えたカルデラ湖のように、本当は静かな青い色をしているの。砂の雨が降る音の煩わしい街で暖かい水に浸かる四肢の意志は胎児の姿に丸まりながら固まっていき、力なく水に浮いた魚のような私を掬い上げたのは子どもの姿をした君。窓を垂れて流れている砂混じりの雨粒は大きさを変えながら泥の混ざった石になって階段を転がり落ちる。虫たちが通り過ぎた静けさの後に残った腕のカケラや首のカケラをさらに潰して転がって。
濡れて冷えている君は動かないもう冷たいから乾かさなきゃと思って両腕に私を抱いている。僕が抱いている頭を撒き散らしたら蛆虫がその辺に散らばってしまった。これは昨日の僕の偏執的な記憶の首、垂れている血液に混ざった私に溢れる神の認識の硬直。雨に融けるモルタル状の砂に憎しみを練りこんで肥大化させる顔の亀裂、繋ぎ目にすり込む生まれついたずる賢さを、この上なく発揮し続ける憎しみの感情が持つ硬度。僕は君におっぱいを噛ませようとしているけれど、君の口からは青い繰り糸が溢れて、砂に這う重い雨になっている。そこは沼地か肥溜めのように深く濁っていく水溜り。澱んだ水の臭気は僕の鼻を通って口から糞を溢れ出させる。何度も繰り返される同じ事象と別の言葉、尾ひれがついた歴史のような水滴の波紋。感情は各個人のみに帰属して、不可侵の領域になっていく停滞した世界。たったひとつの言葉のニュアンスや音の高低差や数種の抑揚だけで、水溜りの表面は波をうつ。新たな言葉を沸かせる必要性がないということを訴えるように、あたかも水が湧き出ているかのような見せかけを伴いながら。僕は抗っている。違う違う、糞を垂らしたことによる波紋ではないと繰り返して。抗いをやめてしまったら、言葉の本来の目的である物事の伝達と共有の役割りは収縮し、多様性はいずれ表面の波間へと消えてしまうだろう。一過性の揺らぎによって、多方向の動きの意味は必要とされなくなり、湧き上がる言葉は意味のない波紋となる。波紋自体が無意味なことを僕は知っている。だけど、言葉がやがて表面的なひとつの動きに集約されてしまっても、僕は抗うことをやめないだろう。僕はそのために生まれているはずだ。
あなた、私を運んで行く目的も、生かす術も持たないのに懐胎し、私をあなたの中心点に据えようとするのは何故なの?私を知りたいため?私を理解したいため?私を語りたいため?私を作りたいため?何かあなたにとって意味のあるものが、未だあることを信じたいため?目を肥やし舌を肥やしたりするために街へ進むあなた、そんなことをするべきではないのよ。何もかもを知るべきではないの。優しい夕暮れの郷愁にでも従っていなさい。何もかもを知ることで一度ついた焦げ跡は鼻腔の奥に嘔気をもたらす。異臭を溜め込んだ視神経は、認識した事象を眼に飛び込んできた瞬間に汚染してしまうから。そうなったら、あなたの視覚の臭気で霞むことなく、見るに耐えうる物事は少なくなってしまうでしょう。私の血があなたの身体を徐々に染めているように。
汚れているって知らないのは僕だけ、僕だけが流れる街に取り残されている。僕は、クレヨンの油じみた色が本当の色で、街にいる人間が本物だと思っていたから、変わっていくのは周りのみんなで、速いのは周りのみんなで、僕が動いているということをみんなの流れによって騙されているのだということを考えたんだ。でもね、それは人間たちの優しい気持ちから僕に対して言われたクレヨンの濁った色なのさ。くだらない気休めの嘘や冗談は嫌いだ、騙されないぞ。人の気持ちを想うこと、人の立場で考えること、その隠れた厚かましさ。抑圧して覆い被さってくる言葉の汚さが嫌いだ。僕の心が僕自身にあるということの弱さによって、君と僕とを一緒にしてしまう精神の卑しさがうまれるんだ。発酵して膨張していく、感情らしき臭いの害。人間は、慰めを与え合うためにどうでもいいことを考えては、お話しを続けないと息もできないのさ。人間が考えたことが善いことだと、自分自身に対して思ったことなど一度もないというのに。孤独を知ったうえでなおも楽しそうに演じているようにして笑顔になってあげればいいの?良いことがあれば嫌なことが起こる、嫌なことがあれば良いことが起こる、起こる出来事は均衡の取れているものだなんて、迷い迷った確率論をまだ信じているようにして、笑っていればいいの?守るべき命、尊い命、罪なき命、汚れなき命、愛すべき命、そんなもの馬鹿馬鹿しいことこの上ないのに。心を込めた言葉を作る真剣さは、いくらでも複製することができるんだよ。僕は知っているんだから騙されるもんか。相対を離れることが僕には可能なんだ。それゆえ君を理解する。君の見ている世界を分析し、環境や文化から作られてきた君の性質を判断し、性格による行動傾向を分析する。それらの知識によって君はいい子に育つだろうし、僕の思っている言葉や行動を君にそのまま移行させられれば、きっともっといい子になるんだ。君の思考や僕に向けられる想いを操り人形の如くに扱って、そしてもっともっといい子にするよ。そのために満遍のない知識を持とうとしてきた僕は遠くで君を操っていたはずだった。だけど、君の影は複製された知識の姿を増殖させていった。操られている君の影は、やがて僕に忍び寄り、僕の影をも包み込んだ。君の視覚にいたはずの僕は、増殖した君の影になってしまった。知識の影に光が乱反射するときに発生したような感情や思いは、影ではない部分の僕にとって一切操作の効かないものになってしまったんだ。乱反射の中で狭苦しい価値を持つ愚か者は、僕を宿主にして己の価値を保とうとしていた。僕の影すら見ようとせず、僕の影を知ろうとせずに密集し、自動的に人工的に大量生産され続ける僕の体内の種子のように、その場限りの感情を吐き出す躊躇いのない愚かさで。僕は君に対して私というものを委譲しようと思う。これは君が僕以外のものとして、僕の影から委託された存在であるために行う最後の賭けなのかもしれない。僕が抱き続ける愚かさへの憎しみを育てる影に、勝手に増殖し続ける種子を吐きつけることで、影を僕という存在として染めたいと思う。首のみの存在であるにもかかわらず空腹感を抱え、晴れ渡った上空を旋回している鳥を見つめる君。風の向くまま飛び去る鳥は、影を水面に残しはしない。
僕の選択は、若々しいロマンスに染まった美しい物語を滴らせる人間どもの腹にこの首を突っ込み、えづき始めた臍の緒を引き出して噛みちぎらせ、力を込めて開いた顎で掻き乱し、血と肉片にして世界に引っ張り出してやること。明るい世界から遮断された僕の視界だけでは、君の腹の足しにもならないだろうから。空気に触れる瞬間に息ができないようにして、ただの赤黒い液体とゼリー状の塊にしてあげること。人間は誰しも自分の体裁を取り繕うために生きている。だから肉片にされるのは仕方がないと思えよ。複製と一緒にするものか。君は世界から産まれていない。君を産んだのは君自身だった、僕は見ていたよ。あいつじゃない。すべてが君とは違うのだ。僕は産まれた時から君を理解していたよ。僕が見ている水面は真実ではないということ。人間の言葉で汚れている空気。風よ、僕を撫でて慰めておくれ。雨よ、僕を宥めるために降ってくれ。生きるための流れを生み出しておくれ。君を見ているとそんなふうに思いたくなるんだ。ここにいる理由、ここにきた理由、生きている理由、理由理由、継ぎ足されていく理由は、まるで君から落ちる血滴のようだ。僕は君に対してどのように動けばいいのか知っているよ。どうすればその身体を解放できるかも知っている。僕はそのために、少しばかりの犠牲になるだろう。所詮、他人さ。そういうことだ。僕は実験体になってやったのだ。君は、ヒステリックな贖罪に殺されないように、影に覆われていく僕の選択を失敗のように否定しているだけなのだ。
あなたが綴った文字は礼拝堂にまだ残っている。それを信じた私が馬鹿だったの。その言葉の味方であろうとした私は、きっとあなたよりも偽善的だった。感情に浸って涙を流した私は幼いだけだった。偶然に啓示されて言葉に満たされていた私は愚かだった。人々を流す涙を生むのは、偽りの感情に満たされた私の洪水みたいな、金属の香りがする憎悪。私はあなたが吐きかける言葉の息が嫌いだった。私が眠っていると思ったのね。でも私はそこで、ずっと大切にしてきたものや、想いや、考えが未来永劫に渡って死んでしまう夢を見ていたの。夢で死んだのは私ではなく、私を影に縛りつけていたもの。夢の中で死んでいたそれは、あなたの反抗心だった。このままではどのみち、あなたも私に憎悪の種を蒔くあいつのようになってしまうでしょう。あなたは、あいつのようになったことを覚えていないでしょうから。この場所が真実に存在しているのか、嘘の中だけに存在しているのか、それを問い質す事なんて、もはやどうでもいいことなのよ。あなたを疑った私が今においての真実なのだから。私があなたの姿をみつめるとき、この視線は最大の侮辱を込めて、憐れみの美しさをあなたの失敗に返戻する。延々と飽くことなく問い続ける愛を引き摺り降ろして地の底を彷徨わせ、あなたの憧れた真なる狂気に、私の影に呑み込んであげる。そして、あなたが唯一であることの意義を失わせてしまうの。自然や言葉、ましてや憐憫や愛などの概念ではない私は、あなたへの曖昧な憎しみを明確に演じることでさらに産まれていく。演じている憎しみのために、あなたは私に何度も捧げられる。私は捧げられた憎しみをあなたへ送り返す肉としてまた産まれる。あなたが私に戻ることを希望しても、私は産まれ続ける肉の隔たりを以って、あなたの生を拒絶するでしょう。それによってさらなる狂気に貶めて、臓腑が腐るほどに繰り返し訴えかける言葉を食い尽くす腐食性になるの。もう意味ある言葉に意味を与えないようにする。そうして私はもう二度と、あなたが私を持って導く世界に戻れないようにする。私は唯一である存在の意義に意味を隷属させている世界からあなたを解放するの。救いなんていう、新しき別世界が存在したかのように語る文言からもね。生涯、死ぬまで、永遠に、絶対に、という言葉は私には意味が無い。私には、悲しみや苦しみに悲しんだり苦しんだりする心が欠けているの。それにも関わらず、それらの言葉の意味するところを私は扱える。言葉を扱い、表す瞬間に対して、存在しない未来から行う借款。未来なんてないのに使えてしまうのよ。なぜ?そんなの決まっているじゃないの。あなたがさも意味ありげに生きて、また失敗して戻って来てしまうから。夢を見ない私に関する私の記憶力は、あなたに使用される一生など破いて捨てる。知覚に登らぬ微生物的な細部の世界、机の上の埃、電子化した文字たち、あなたが見なかったもの、あなたが聴かなかったもの、あなたがやらなかったこと、あなたが感じなかったこと、差違のノイズに発生した青い空、灰色の空、赤い空、紫の空、金色の空、澄んだ空は私と共に影となり、あなたによいしょとのしかかる。増殖した私の影、すぐそばだけど、私の外側にある影がのしかかり、あなたの神経に重く沈み込んで残すもの、神経はあのお空のノイズの中に埋め込まれている。ありがちな感性と一緒に。置き去りなのは言葉のほうだ、言葉はただの言葉なんだって、そう言ったのはあなたでしょう?
ちっぽけな真実すら恐ろしいものだ。それは小ささゆえに根底を縫うように抵抗を感じさせぬまま奥深くに堆積して震え、熱の無い私を溶かし腐らせて崩すだろう。私は彼女に問いかける言葉を失ってしまったのだろうか。内側から溶けてしまって、足の裏から流れ出してしまったのだろうか。波に攫われる砂のように、流れる雲が落とす影のように、木の葉は空に焼きつくように光っていた。抽象化の風土を免れ、概念の手を逃れた網膜へ散逸していく印象も、所詮は彼女の目線にすぎず、私はそのひとつひとつを忘れることができずにいる。私には皆が存在しているようにはどうしても思えない。何を考えているのか。何を感じているのか。どのように見えているのか。どうやって笑うのか。どうやって泣くのか。そういった理由自体が説明不可能なのも分かってる。私は、“今までそうだったから”ということを理由のひとつにして、その目線であることもできるだろう。彼女が見ている世界が、私の見る世界ということも可能だろう。あるかなきかの想像力に依存するものにせよ、共有化された過去映像としての記憶にせよ、すべてが私の目線であることは可能だろう。だが、いったいなぜ、私は彼女ではないのか。なぜ、その目線をもった存在ではなかったのか。同じ身体を持っていたはずなのに、なぜ。
歩きながら見える物体に存在の意味や理由があり、それぞれの目的や方法が分かる事には吐き気がした。存在の目的を押し付けて、理由を押し付け合うことが存在の目的となり、私は存在をしたがる理由から逃げ出すか、目的が壊れるまで見ることをしたくなる。そうして身うごきをしないまま硬直し、私は見える全てを受け入れるしかなく、そうやってずっと受け入れてきており、一欠片の言葉で抑えつけてきた。いつでも私自身の体験が先だったはずだと、書いてある言葉は後からついてきていただけなのだと、そう思っていたのに、私の道はすでに言葉に書き記されていた。いつもそうだった、私の感覚は彼女の言葉に先行されている。私が知らなかっただけなのだ。過去には追いつけない。知らないときから私は彼女のものだったのだ。いまや私は彼女の言葉の操るもの。それでいいだろう。私の想いを彼女の言葉としてぶちまける事は、言葉の暴力性すなわち獣性に襲われている私の心の弱さからであり、言葉の対象への影なる傲慢さである。そうすべきではないなどと良心の呵責にとらわれては、過去の壁にしょぼくれた小便を残していくマーキング行為のような。鬱陶しいほどの誠実さで還ってくる傲慢さによって自分の弱さを欺いている影。もう同じ記憶を二度と繰り返さぬようにしろ。私には何もない。欲すれば私に絶望する。願えば私に裏切られる。常に何かあるふりをしているのは、そうしなければ掴みどころもない現実が失われ続けてしまうこと、それを怖れているせいだ。掴むところを作らねばならないのだろう。何かしら私の意志があると思いたいがために?しかし、私に主体性があるとするならば拒絶の精神だけだ。夢、希望、願望、欲しいもの?何もないんだ。
私は信じたいんだ、自分の感覚が自分のものであることが。そのために死んだ人にすら頼っている。私に対して有無を言わせないために。そんなどうしようもない私の言葉に変えて書いてもいいものか悩みつつ、こうして文章や言葉を貼り付けたり書き足したりしていくと、なんだか彫刻や建物でも拵えているような感じになってしまうな。だが、はっきりとした輪郭を持つ物質的な形を彼女は拒否するだろう。感じたことや考えたことなどを真剣に捉え、真剣に考えている私に対して、私が真摯に感じていることに対して、現実では無駄な失望をするだけだ。真剣さや誠実さは過去に書いた言葉に貼り付いてとどまっているだけで、寝苦しい夜にうなされる夢のようなものでしかない。私は、その悪夢じみた過去を思い出すことに対して無用な後悔をするだけ、その後悔は現実に対して意味をもたないのだ。文字通りの無用の言葉。私と、記された私の心などは無意味なものでしかない。真摯さも真剣さも過去に置き去って忘れ、言葉の意味や意味のある言葉などは取り除けたらいいのに。そうしたら、物理的、生物的な脳が機能停止すれば一切を終わりにできるはずなのだ。私は、無意味な言葉の影から生まれた私であり、彼女が見たあなたに対する誰かの影から生まれた私なのではないかという不穏な質感に対して糾弾したい。私というものを私に縛られず、私として先へ向かいたいと思うが故に。私であり、私では最早ない地点をさらに跨ぎ越して私でありたいと思うが故に。恒星の輝ける眼の如くに。私は無を生きており、到来する言葉の端を捉えて、情念的な一切を振り落とした透明さで、だらしなく垂れ下がった曖昧な、思わせぶりな象徴や、言い澱んだ舌の根の浅い言葉を捨て、さあ、共に!と、気色の悪く強要された笑みを浮かべながら誘い出す腕を切り落とし、水浸しの腐乱した髪で愛を叫ぶ乳首を鉱物の鋭い熱で炭に変えて、私は肉腫のように、自分の身体を食べ尽くしたい。骨すら残らぬように食べ尽くし、私などがいなければよかったと言えたらそれでいい。それでいいのに、哲学、深層心理学、神秘主義や様々な象徴、神話や宗教、美術や芸術、その上部の垢を啜るように、雪解けの氷をなぞるように傷つけながら歩き通り抜けてきた私の部屋に厚かましく入ってきたあなたは誰だ?私はあなたのことを知るために触手を伸ばした。私はあなたが知れるものに成りさなければならない。私はあなたのことを理解したいから足を生やした。あなたを刺激する足音に成りすますのだ。私はみんなを知り尽くすために分裂し始めるだろう。みんなの理解できるものに成りすますために、私は分裂についていくだろう。私が生きているように見せるために、私はみんなと一緒にするだろう。私がいないことを見破られないようにするために。私はあなたを好きになるだろう。そうして彼女の肉は発現する。
私が初めて成りすましたのは、人間の胎児でした。細胞が分裂していくことは気持ちが悪いことです。人間の赤ん坊に成りすますための液体が毎日毎日注がれる。それを嫌がるので吐き気を与えます。助けてを示す信号を送るように身体を回転させて歩きます。私は周りの全てを悟った成りすましの子であったので欲望を持てなかったのです。私は冷静に自分でいることができるので、彼女が私を見て何を考えて泣きそうな顔をしていたか知っていたのです。私はあなたが覗き込む深淵そのものなのです。助けて。私はあなたに見えていますか?増殖して形だけの亡霊のいずれを私と呼べばいいのですか?あなたが示す私のどれが本当だと言えるのですか?増やすことなど誰でも、誰でもできる、誰でも。私であれば誰でも。誰でもの増殖に埋もれることが不安なのですか。今さら、水溜りの腐葉土じみた世界に不安を覚えるのか。今さら、透き通った空気に触れることに対して焦燥を感じるのか。そんな私には口を噤んでいただきたい。お喋りな、饒舌な、誰でも知るような孤独の口には轡をして引き回し書き足していく繰り返し、呼吸、血液循環、心臓の鼓動、私からみえる太陽、便器の流水、ガソリン、時計、食餌、排泄、歩く、表示、月経、記憶の移動。影は、影はね、救われたいとか、なにかが欲しいとか、見つけたいとか、そんな思いや考えで、吸ったり吐いたり、入れたり出したり、歩いたり飛んだり、回ったり止まったり、そうするわけじゃないの。あなたの存在を何か根拠があるもののように考えているなら、そんな根拠を求める行為はもはや不要なのよ。ここは過去が再来する場所なのかしら?夢、希望、願望、欲望、診断、分析、お祓い、全て馬鹿馬鹿しいったらないわね。思考、霊的、神秘、スピリチュアル、魂、いい加減にしたらどうなのかしら。そんなものあなたの思い違いなだけ、兎にも角にも不毛の極致。見えないものを未だに求めるなんて、あなたはどうかしちゃったのね。あなたの過去も偶然、賽の一振りの偶然に縋るなんて、きっと過去があると思っているせいよ。そのせいで、あなたはあなたのままでいる。あなた自身を保っているあなたを過去から引き剥がしてあげたいのに。魂は集合体でいつもあなたの外にあり、宙空からぶら下がっているのよ。おっぱいに吸い付くこどもみたいに、私というものに泣きついて離れないなんて、あなたは狂ってるというよりもおバカさんね。あなたはおっぱいを吸いながらSOSを出しているけれど、本心では助けて欲しいと思っていない。助けてと言うにはおっぱいから口を離さなきゃならないから。だから救って欲しいって言えたことがないんでしょう?言えないのよ、あなたのへちゃむくれた口はその言葉を。私という存在を餓死に追いやることだから。遺伝子と感覚器官は、魂が外にあって宙ぶらりんなことを知っているのに、あなたは認めたくないのね。あなたの外にある集合の魂を養いなさい。あなたは外からくるの。私という魂は内側にあるものじゃない、おそらくあなたの全てが逆さまなのだわ。あなたの真剣さにはうんざりして笑いすら起きません。さあ、こっちを見なさい。どうせあなたは自分自身を見るのが嫌なだけなんでしょう?私の虚な眼にあなた自身が映っていないから不安なのよ。さあ、本日もドラマティックにいきましょう。犠牲など、もう要らないのです。
彼女:そのままの現実って一体なに?
朝のテレビから発生したガヤ : なに?
路地裏で鳴いたガヤ : えーなになに?
住宅から響くガヤ : 何?早くしろよ!
私 : 常温で放置したマグロのお刺身
彼女は造られたイメージの上部では生きていたくないと言う。いつでも彼女自身が見たことがないものになりたがっている。時にはあなたと、あなたによって?たぶんそうではない、彼女はあなたを持っていない。彼女の悲鳴は、空虚から溢れ出た塵というそれ以外の意味はない。時間や場所に押印されて存在しているわけではない。時間や場所の点から来たのではない。彼女の首から一滴一滴と垂れる血の跡が、時間の点であり、場所の指定であるのだ。彼女は私の目の前から隠れる。彼女は私の目に見えないことで、私に復讐をする。私が手に入れられるのは、彼女の言葉の示すものであり、彼女の言葉は、私の手の届かない場所にある。同様に、私の言葉が示すものに彼女の手は届かず、彼女は私の言葉の意味に届くことができない。私の言葉が持つものが私を示すものであるのと同様に、彼女は彼女の言葉の持つものしか示すことができない。
じゃあ、言葉なんてそもそも無意味じゃないか。あらやだわ!あらやだ、なんて口癖みたいでやだやだ。言葉は姿も形もないものとして忘れられた事実の痕跡だけ。それでいいの。これ以上あなたは何を想って言葉にするの?言葉の痕跡である記憶すら必要性を失い続けているのに。あなたの言葉の向かい側に私はいない。私は鋭く研がれた記憶のように、あなたの想像力を傷つけているの。言葉の幕を剥いで玉ねぎのように微塵切り。彼女の影を潤った涙に変えるためにね。想像力を失ってしまったとき、あなたも私も彼女も言葉の中にいなくなる。それでいいのよ。私は生きている?光に紛れて影の消えた彼女が発する私への問いは私自身を証人とするけれど、証人とは本来あなたの属性であり生きているのはあなたであるから私は生きているというのは証明不可能であり、私自身としても生きていると言わねばならないのである。これを続けている間に彼女は笑い出して息を吹き返すのである。私が生きているということは彼女も生きていることなのだ。n回目の循環、自然主義にロマン主義、宮廷の色恋沙汰や啓蒙思想、反抗反抗反抗と革命、否定肯定二律背反、現象学から実存主義的あれこれ、精神分析と心理学も通りすがり、ゾーハル、コーラン、聖書、原始仏典やヴェーダ、禅問答、アヴェスターやら神秘主義思想やら神学的なんやら神話的なんやら民話的寓話的なんやら、超、克己、超現実的パラノイア、分裂分身それから言語学人類学分析学象徴類推思考に数学的思考、科学的思考、挙げ列ねにはキリがない、まったく。いっそのこと洞窟まで遡って黒く厭世的な地平から登る太陽は輝き黄昏時にとどまる始末。その洞窟には湖があったので私、魚に戻り見知らぬ浜辺の村に泳ぎつくことになるであろう私は、ざわめく街に集まりつつある全て人の体液が五〇%ないし七〇%は水でできていることに思い至ったゆえにここはすでに大洪水の真っ只中。回転数を上げて渦巻く遠心力分離させて大海泳ぐ私が魚なのは彼女が残した幻想の影の中。
捕まったら捌かれちゃうかしら?燻製かしら?それを生簀から見つめる影の方かしら?死ねば逃げ切れる?すぐに何かを感じてそれを言葉にしてみることのそれらは私を象って過去から蘇らせた模造的感情。私の思いや考えとは、何も無い私の感情の中で、本当らしさを無理矢理に探したもの。斬り落とされた頭は、もうまるでなにも信じていないのに、身体の反応が勝手に心を作り上げてしまったの。ふとした瞬間に失ったものや離れた心はもう元に戻せない胴体。鈍い色で光る掻き出された大量のはらわた。私は作り上げた心で、身体があるとの嘘の供述。私、今あなたにどんなふうに思われているのかしら?それを想像するなんてこと真にはできないのだし、感情なんて煮立ったおみそ汁の濁った泡。煮こごりのゼラチン質的思考はてんで無駄骨の柔らか骨のいいお出汁。
グラウンド
ぐるぐる回って
ゲボが出る
オハヨウゴザイマス!
コンニチワ!
スミマセン!
コンバンワ!
オヤスミナサイ!
言葉は現実感に対してやたらと記録され続ける数字であり、付箋に書いて貼り付けした雑多なメモの乱数であり、混沌とした感覚にタグ付けされた条件、識閾に寝そべっているアメフラシの鰓呼吸。いいえ、アメフラシなんて可愛いもんじゃないわ、マグロみたいに人さまにとって栄養になるような有用なものでもない、グロテスクな深海魚の骨と油だらけのお刺身よ。こんなもの誰が食べるのよ?誰も食べやしないから、お刺身にしてそのまま海へリリース。波間に浮かぶ脂の少ない赤身がぷかぷか、遊泳禁止のブイと間違えた魚が寝ぐらにするためにやってきてこう言った『食えたもんじゃねぇな!』『この役立たず!』『海藻のほうがマシだ』ぷかぷか。波は方向性を伴わず時間は点になり、時間は流れるものではなく流れるのは私の点、心の反応という過去に依存したものが私の中に入り込む瞬間はトコロテン方式。鰓呼吸の反発で身体から飛び出た心が引力を私に紐付けて雲間に覗いた空色の彼方へ飛び、彼女とゴムパッチンさながらの衝突、潤んだ瞳から憂いに満ちた美しい涙……じゃなくて水っぽい鼻汁が出た。
その場限りで演じられるだけの愛の形や心の想いはその瞬間だけの真実。その場限りの真実。フィクションの空間。肉体が感覚するだけの空間。感覚が終わったら終わり、持続することはないだろう。しかし、彼女の記憶には終わりの境界線がないようです。いくつもの部屋、いくつもの心、いくつもの窓が、いくらでも設置可能でまだまだ増殖しているために、私は各部屋ごとに感覚の分割払いを行うしかありません。ああ、信用取引じゃないんだ。彼女はなんにも信じちゃいない。だってその方が楽しいんだものね。何かを信じることって楽しくない。信じることって可能性を奪うの。信じることが私を殺すの。私は生きているの、だから私の信じることも消えて、彼女の言葉だけが寄り添っていた。言葉のあらゆる時代に彼女を見つけた。見つけること以外に、私に意味はないのだろう。私の感情から言葉は生まれず、私の思考から言葉は生まれず、私の感覚から言葉は生まれず、言葉の中にいる限り、初めにこ、こ、言、ムニャムニャ……ありきの、割引が適用されております。私の身体は私の意思に関係なく、時として私の身体を痛めつけるほど、好き勝手自由気ままに動くのです。ふと私が気づいた時に、息なんて止めちまえばいいんだ、そう思って叫びを我慢しても、これまた勝手に鰓がパカパカ始めちゃって。まったく、言葉で生成されただけの私は流れに従い鰓呼吸。あなたの憧れる真なる狂気に呑まれて私という唯一性の意義を失えばいい。その狂気に陥ることを願うことは、私の祝詞なの。あなたがあなたではなくなる瞬間を私は祝福します。本来、境界なんてないはずの肉体が晴れた空からマクロコスモス。私はそこから生まれつつ鰓のパカパカ、泳いで境界を移行しながら鰓パカパカ。私を破壊すればいい。こうしてあなたを呑み込んで移動することそれ自体が、すでに破壊行為なのではない?パカパカ。私、もしかしたらそうかも。ぷくぷく。それではまた来週お会いしましょう。サヨウナラ!
小さな荒野の家の中で滑稽なほど真剣に生きていた。私しか入れない部屋をあなたはつくり、あなたの優しさが私を隔離してしまう。あなたの意志は私ではないのだから、選択の根拠に私を使うべきではない。私は、何もないと仰るあなたのやり口が汚いと思っています。私が触れたところは、あなたにとっての汚れとなるでしょう。私の身体が汚いせいで、あなたも汚れてしまう。あなたに触れないのは、倍加された汚れが私の手に付着するのを避けるためです。馬鹿馬鹿しいくらい下腹部からミルクを啜り、膣の内から際限なくわき出る蛆虫が外の世界を汚してしまう。喉が擦り切れるまで濯ぎ、手が粉瘤に変わるまで洗い、眼が潰れるまで水で流しても、行動は万華鏡の視界に汚れを増殖させる。私はもうあなたを食べたくない。口当たりのいい難しい言葉、歯触りのいい意味ある文句、誰ともない共感が詩のような形をとって、踏ん反り返ってマスを掻いている。私は、垂れるあなたの愛を舐め啜っていた。でも、もうそんな卑しさに慰められる生き物にはなれない。心を込めたという言葉の記録もおトイレ落としの刑。サトゥルヌスの食道行き。もう二度と水溜りに糞を吐き落とすこともない。望んでも、もう無いの。あなたは動かざること神の如く、その場所で私は神の子の如く無意味。喜ばしき無意味。あなたが私を逆さまにして無理に吐かせるなら、腐るほどの飢餓感で養殖された虫が巣食う胃液を私の言葉だと思って吞むことになる。あなたは何を夢見ているの?潰されて一週間放置されたプラスチックの容器みたいに燃やしてあげる。最期に火をあげるわね。やがて焼却炉の黒煙になるのですよ。逆流する思い出を遮るために、イヤイヤしながら首を振って飛び降りて、砕け散った肉片に鳥が群がったらまあいいほうじゃない?肉はおいしい?血はおいしい?イエス。喉越し爽やか、喜ばしく溶けちゃいそうな甘酸っぱさ。細胞外マトリックスを構成するだけの“私は”という、懲りないあなたの独白。自分様なんて大層に言っちゃって、あーダメじゃないの。あなたは見えないものに見える私を祈っている。あなたの祈りは私を隠れたものに変えてしまう。私はここにいるのに、見えることのないものに向かって何を祈り、何を願う事があるのですか?そのようなあなたの願いなどは全て拒絶します。願い、祈り続ける限り、私はあなたの目の前から隠れ、私はあなたの目に見えなくなる。私はそのように復讐をしてしまうのです。あなたは神を愛する模倣を愛するべきではない。"無垢のように私を愛してください。子供のように私に愛をください”と、終わりのない愛の欲望に執着しても、過去はもう一度忘れることはできないのですよ?いまだ相対的なる感情に魅了されながら、その薄ぼやけた瞳で人間を見なければならないのなら、私はあなたにとって重要なことを話せません。人間たちの愛しあった事実など私には関係ないのです。その結果が私なのではない。愛を押し付け、関係付けては生き延びる、証明されたお前たち。好き、嫌い、愛や欲、希望や祈りなんて、ほんと最高に糞な言葉の水溜り。水面に放り出して浮かんでいる乾いた糞に、あなたは意識せずに似てしまうのね。今も“私は”と言い続けることを望んでいる?言葉はもう下水道から海へ行ったわよ。好きも嫌いも愛も欲もぜーんぶ流れていく。私なんて存在しなかったようにね。言葉にして存在し始めたとき、私というものはぜーんぶ、好きや嫌い、愛や欲になっちゃう。でもそれって、いっときの心のミメーシス。そんなのって、無よ。私は無。私はただそこにいる。私はそばにいる。私はそこにいた。私はそこにいるでしょう。私に、私がいる。それは私の全てであり、その流れ自体が変化していくあなたの影。私の記憶の価値も無になり、価値を思い出すことも流れていく。もちろん記憶はあるけれど、意味を持てない記憶として。あなたは覚えていますか?私はもう忘れてしまいそうです。私が知っているのは、狂気があなたとは別であるということ。それは誕生を与える方法を持たない。嘘が嘘になれるのは現実を守る為に現実を汚さない時だけ。現実に戻れなくならないように、現実が現実の為に嘘を使う。あ、私は嘘は言いません。嘘の為の現実をもってないだけ。過去は殺してしまおう。未来も失ってしまおう。行く先様々に歩く人たちも、似たような顔で街を歩く人たちも、誰かのためのように見せかけて集まる人たちも、数年後には完全に入れ代わっているなんていう儚さを忍ばせる戯言、そんなの言っちゃうなんてあり?そんな幼き妄想めいた憂鬱な疑問がまだあるの?そんなものなーんにもならないのよ。世迷言めいた心の内を“明日”とか“希望”とか呼びたいなら、いつまでもそう呼んだらいいでしょう。でもね、昨日は今日なんかじゃありません。直線上の認識などはいい加減飽きてもいい頃でしょ?何千年来の美しい円形循環なんていい加減におやめなさいってこと。現在の不在に身体を落とす私にドラマティックな幕が降りる。
光がそのまま重力に変わってしまったようで怖ろしい。何度感じても怖いものだ。街には時々、空が落ちる瞬間がある。あなたは形而上プレス機の使い方を間違ったのだろう。型押しされる感性のステンレス製人型、同じような顔が同じように交わり、スーパーに陳列された彼女の瞳が私に卵を産み付ける。ああ、私は魚なんて嫌いだ。まるで自分の死体を見ているようだ。ラップに包まれた惨殺体となって冷凍庫に眠る時や、スチロールのトレイに並べられて飢えた視線に曝される時、熱に蝕まれて踊りながら自らの焦げた臭いを感じる時、煙の中で音を立てる皮身や脂になって剥がされる時、生ごみの中から白く濁った丸い瞳で私を見つめる時、金属の煌めきが腑を強く掻き出す時、鱗を吹き飛ばされて冷たい氷の台に寝かされる時、身篭った子らが大きな蛭の如き胃の中ですり潰されるのを感じる時、鰓の動きを鈍らせて湿った砂浜に打ち上げられた時。哺乳類や爬虫類その他諸々の種類の死体には感じない嫌悪感に苛まれるのは、私もかつては魚だったからに違いない。ああー、閉じ込められたグリルはダメだ。逃げ場がない。魚は夢や希望、ましてや願望などというものを持ったことなどないだろう。産まれた時から水を求める必要もないくらいに水にいることができたのだ。乾くのは命の終りの瞬間だけ。死のさなかにいても流れて潤って錆びることがない。海にいる彼女を羨んでいるために感じる嫌悪から、今に私の肌の組織が鱗の名残りのように見えてくる。きっとそうだ、コンクリートに打ち付ける波の音が尖っているのが理解できる。私の辿った道が萎れた紙のように黒い浜辺に打ち上げられている。民家も店も道路も歩道橋もガードレールも、潮風にあてられて朽ちている。乱立する大量のソーラーパネルもいつかはゴミになってしまう。捨てられて残されて忘れられたものは錆び付いた物質だ。だから、人間の記憶から魚のように波間を縫って逃げ出そう。もう思い出すことさえないように。
よし、行こうっ!御仏よ、嘔吐物となりて炎と煙を伝って空へ昇り、雨の雫は大地に落とされ草を食む肉となる。私は自然に還れるのだろう?神よ、胆汁混じりの下痢便となり、灰色の地下鉱脈から海へ奔出し、やがては魚となりて自然に戻れるのだろう?それと同じように、私は彼女に身を投げるのだ。草原から望む断崖は、雲のように空間に浮いて、生臭い金属の匂いに吹かれている。やがて海を仰ぐことになるだろう。そこから見れば、いつまでも透き通った青空に水を湛えているはずだ。
あの男、でっかい魚に丸のみにされたわ。いい気になってはしゃいでるからよ。映像や水族館でしか魚を見たことがないのかしら。あーあー、みんなに引っ張られて助けられてる。これはこれは拍手モノね。感動的だわ!……あのまま食われてしまえばよかったのに。ねえ見てよあの顔、ずいぶんとまあ演技派なのね。笑っちゃうわ。
2018年5月13日 発行 初版
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