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午前第6号 自由律俳句集

久坂夕爾



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 目 次

棒が歩いている

千の手をのばして

さかなだったころ

夜のふくらむ舌

太陽のくさい汁

あとがき

棒が歩いている





口・胃・腸 貫く棒のごときヒト




棒が歩いている





ゴシック体に囲まれている




あたまのふたが生乾き





ベビーカーから声 チクショウ生まれる場所を間違えた




ただならぬ丸太国道を荒ぶる





缶詰に身の脂、あ、あ、あ、あふれて




まだ待ってる世界中の踏切が一本足





雑踏のあしうら




雑踏を白い足裏白いままで





学齢は遠く人体に水ほか雑音領域




木枯しも人も水の旅すがた





墓ひかる 理由までの長い道のり




骨にも質量





いないもの満ちている 森 巣箱は鳥を探す




仮の世に旗そよぐ静けさよ豚を焼く





貝歩けばことごとく他人の海




咳ひとつ、ふたつ、星間に無音のピンボール





悲鳴 月あかり 夜蝉の解体




時計から千匹の蛾の羽音





望まぬ朝のいつものザラザラ




ほら冬が追いつく真顔で腕をとる





やがて静脈にも雪の夜




残り米短夜の眠り夢も見ず





石屋の石朝まではじっと白




悪夢が三人耳を立てていた

千の手をのばして





空から産まれぬものにまみれて



そらは千の手がささえる青いみず





夕陽声を上げず



夕照におみなえしちょっと体温を上げ





鳥よこみあげる翼に棲むもう一羽の



茜いまたった一羽の裏切りの鳥を撃てよ





一本の樫、眠ろうかぼくらまた冬になるまで



樫は起っている 冬の耳





降る降る白い時間のあな



絵本の鳥逃げた 空は轟音の青一色





飛ぶ夢を見たかたとえば今倒れゆく醤油さし



廃村にすっぱだかの鳥が飛ぶ





花振り落してのちの垂直



蛹は昏い青空を飼っている





菜の花の天は開いたまま閉じぬまま



嫁菜おおぞらへ鈴を鳴らす





夕焼けの国の車輪がまわる



何度でもよみがえるのさ夕陽落下する死蝶の玉





いちめんのなのはな いちめんのなのはな 凄まじい天の罠



雲の裏鉛の魚がいる鉛吐いている





ちりぢりの太陽の影をくっつけている



白梅 いっしんに未完を背負う





なんにもない 花ためすひとのうしろがわ



手のひらを上に 違う空から落ちてくるもの

さかなだったころ





檻のけものは耳だけ応える




氷河来る猫の眼のひとすじの火





夢食べ飽きて猿にもらった首さげて




猿にもらった首で海を見ていた





フジツボは目だけでわらうカタカタわらう




鮭戻る両脇に火薬抱え





蟻撒き散らすあめつちの張り詰めた夢の底だ




山ふくらむせーので蟻の鼻息





塩撒け人間のにおいだ




六本足で生まれて来たんだ





明日は砲身のようでありたいとしまうまの誓い




三半規管を太った犬が駆けてくる





走れ波を刺す一直線の殺意




蛙はばたけ溶岩のように子を産め





コンビニへさかなだったころの夜遊び




釣り上げる海のおびただしい目





隠れて生きよ、と蟻の国王




象が海をブン投げてきた





猫と私と 真昼のなまぐさい腹がふたつ




どうぶつの肉を食うどうぶつのひざっこぞう





スーパーへ急ぐ虹鱒の目は開いている




鳥かごにサーカス鳥もいないサーカス





無限の湿地に卵産みつけている




巣箱の蜜蜂いつも迷子





全幅の青を下ろせよあめんぼう




火山 恐竜の尾骨の血が走る





雪まんまんけだものの佇つ版画展




銀河より蠅一匹飛来かつ黙秘

夜のふくらむ舌





流星の足首は自転車に乗って




鯨の背 海原をすべる 口ずさむ孤島





口あける、そののちの埴輪に長い休暇




美しいことあれ 地下鉄に土偶手を振る





地下鉄はその辻を曲がって埴輪の口へ




六月の埴輪の口が開いている





夜明けのしぐさ 水平線に魚一匹放している




稲光 総立ちのさかな映している





秋始まるひとつの窓にはひとつの顔




森へ白衣を忘れてきた





昼顔のはじめてのしぐさに夜が来る




祭りの灯を幽霊船が曳いていた





ふわり 氷のなか。水のなか。のはじめての輪。




水遊びするにんげんの子さかなの子ひかりの子





貝も脚だすつかのまの間氷期




藤はかなしい重さを集めて





ひかりを踏む 五月のあまい土の




泣く子つれてもどる





兄が石蹴る妹も蹴る




いずれ母捨てる日の沈丁花





木槿よりどんどんあふれくる悪い顔




叱られてその天使空のまんなかで芋を売る





二十かぞえたら樹が鬼を放つ




トンネルへ列車ひと飲み夜のふくらむ舌





子は冬へ 横断歩道の白だけ踏んで




むかしむかし巨きな指なぞれば水の湧く





沈丁花と沈丁花でないワタシ生き別れたまま目覚めて




おみなえし 眼を伏せおやゆび姫を待っている





深海のさかなの肩に雨




深海の野山を駈ける原初の実

太陽のくさい汁





人類に滲む太陽のくさい汁




原子炉に足突っ込んでいる草





バリケードの中踊る原子沸き立つ生態系




返せ、返せ、返せ、立ち上がる浪の腕が





地球の切り傷に酢を一滴




アダムとイブ七十億の落下傘





やけに歯並びの良い空だ火を塗る




みんな夕焼けのしもべとなっている





さんまの腹 光る空爆




山椒魚内閣山椒魚のことばかり





指五本太陽を塗りつぶして余る




記憶よ白紙ふりそそぐ森のけもの道を急げ





万緑、タクシーを積みあげ




ホームレスの脇をキャミソール





(がけ下に突き落としてみたい)誰の声?




嘘つき少女は階段を降りる 女神の首を刎ねながら





鉢のひまわり痩せている義眼はめている




鉄塔が叫ぶラジオ体操第一用意!





時間とはうつくしい暴力の花 枯紅葉




冥王星の捨て看板が新宿に!





曼珠沙華鉈は裁つ前に反る




木の匣に人間のちちはは無限と生まれ





戦争に行け 野生のくちびるは丸い大穴




原爆忌 目も鼻も口もない花が降る

あとがき

個人誌「午前」第6号ですが、作り始めてからここ5年ほどの自由律俳句集としました。

もっと短い表現で何かできないか、と思い作り始めた俳句。
ジオラマのように言葉を配置する感覚で作る自由詩と違い、
言葉の多面体の各々の面を検証していく作業に近い。
よりしつこく言葉に向き合う契機になったのは良いことなのでしょう。

これらが俳句かどうか、とか、うまい俳句を作ろうとか、はあまり考えていません。
もとより、俳句というごく短い形式でどこまでのことが出来るのかは私にも不明ですが、
騒がしく上っ面ばかりのこの世界の、
ひっそりと息づく本物の姿が、ほんの少しでも捉えられていれば、作者としては満足です。
少しだけ生意気を言えば、
自由律俳句が作者の心情表現ばかりになってしまっていることに反発があるのも確かです。



タイトルは「挿話」。つまり「エピソード」。
『本文』とは関係のないところで、
ときおり中空に浮いているような感覚を、いまだ拭えません。

                         2019年2月16日 久坂夕爾



午前第6号 自由律俳句集「挿話」

2019年2月17日 発行 初版

著  者:久坂夕爾
発  行:

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