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「真様(まこと様)見える。あれが領地よ。真様の星なのよ。やっと着いたの。これから、楽しい日々が始まるわ」
「うん、目的の星に着いたねぇ」
「真様、綺麗な星ね」
「うんうん、綺麗な星だ。空気も食べ物も美味しそうな星だね。それに、良く穀物が育ちそうな星だね」
「うんうん、そうね。後で降りたら食べ物を探して食べましょう」
「うん、楽しみだね。なんか眠くなってきた少し眠るね。着いたら起こして、一番に降りるからね」
「そうよ。一番に降りないとね。真様の領地なのだから同然ね」
「うん」
「本当に一番に領地の地を踏んでよ。神様にも歴代の先祖様にも挨拶の儀式をして、領地の地に沢山の恵みを頂くのよ」
「うん、儀式をしないと・・・・ごめん、少し寝るね」
「真様、おやすみなさい」
寝台の周りには、七人の女性が立っていた。その中の一人が、恐らく、后だろう。話しをしていたが、挨拶だけは、七人の女性が同時に言葉を掛けていた。そして、部屋を暗くすると、七人の女性が部屋から出て行った。
洞窟の奥にある。歴代の墓の一番の奥の石に魂を封印された。始祖の真は、何度も、何度も同じ夢を見ていた。そして、同じ言葉を呟くのだ。
「体は何時になれば転生するのだ。日姫(にちひめ)。月姫(つきひめ)。火姫(ひひめ)。
水姫(みずひめ)。木姫(きひめ)。金姫(きんひめ)。土姫(つちひめ)の転生した体は、何度も見ていると言うのに、俺の体が転生しないは、何故なのだろう。先ほど、新しい転生した姫が挨拶に来たが、この世では、俺の体が転生するのだろうか、そして、七人の女性に会えるのだろうか?
水無月の季節に、それも、日の出の時間に合わせてだ。女性は井戸の水を汲むと頭の上から流していた。桶の水が無くなると、汲み直し何度も同じ様に浴びていた。白装束を着ているのだから儀式の前の清めをしている。そう思うだろう。だが、その女性の表情からは、そのようには感じられない。何故か、女性は笑みを浮かべているのだ。神との対話なのか、それとも神罰を避ける為の清めだとしたら、どんなに心の優しい神でも許せるような笑みではない。まるで、悪魔が邪な考えで神を討とうとしているような邪悪な笑みだ。大げさと思うだろう。だが、それでも、人としての欲望丸出しなのは確かだ。
「もう、いいわね。歳の数の倍を浴びろと言われたけど、三倍は浴びたわ」
この女性は、鏡家(かがみ家)の長女、今日子(きょうこ)と言い。父から普通の人なら歳の数だけ水を浴びれば良いが、お前では倍は浴びなければ駄目だ。それでも、清められるか分からないと言われていたのだった。それで、三倍も浴びれば、又、同じ事を繰り返してこい。と言われない為の用心だった。
「私は、十六歳の誕生日を待っていたのよ。これで、両思いだと、父に説得が出来るわ」
今日子は、今の呟きが誰かに聞えると思ったのだろうか、突然、辺りを見回した。だが、井戸がある中庭には、誰も居るはずもなく。勿論、周りの建物の母屋、社(やしろ)、その二つを繋ぐ廊下にも居ない。安心したのだろうか、そして、桶を手に持つと母屋の方に歩き出した。片付けようと考えたのだろう。その時、社の方から父の怒鳴り声が響いた。
「何時まで何をしている。早く来ないかぁ」
「もう、今から行く所よ」
八つ当たりのように桶を投げ、社に向かった。
女性の家は、永い時の流れで理由は忘れてしまったが、代々洞窟を守ってきた。何故、理由も分からないまま今まで続いたか不思議に思うだろうが、それには訳があったのだ。自分達は、他の人々とは違う種族と感じていたからだ。それは何故かと言うと、背中に蜉蝣(かげろう)の成虫のような羽を柔らかくした物があり。左手の小指に赤い感覚器官(あかいかんかくきかん)があるからだった。背中の羽は、生まれて直ぐに体から剥がし洞窟に十六歳になるまで保管して置くのが習わしだ。この羽の為に洞窟は、誰にも教えずに隠し続けていた。だが、子供の口を閉じさせる事など出来るはずも無く、羽と言わずに用心の為に羽衣(はごろも)と言い方を変えていた。今日子も幼い頃に両親の姿を見て友達などに話をしていたが、自分の身体に証拠の物が無く信じる人もいなかった。それでも、左手の小指の赤い感覚器官だけは、伝承なのか架空の物語と重なり信じると言うよりも信じてみたい気持ちで、他部族の者も運命の相手に会った場合に現れると思われていた。
「どうした。入ってきなさい。何も怖い事は無いぞ」
娘が、洞窟の入り口から入ろうとしない。普段は、男かと思うほど勇ましく騒がしいのだが、今の様子は怯えて震えているように感じた。そう思うと、幼い頃は、父の後を追いかけて笑みを浮かべる姿や花火を見に行ったが、帰りの夜道の静けさに恐怖を感じて震えながら手を握り締めてきた。そんな娘の思い出と重なったのだろう。優しく声を掛けた。
「怖くないわよ」
「そうだったなぁ。何かと言えば、今日の日の事を話題に上げていたなぁ」
先ほどから何度も娘の事を思い出していた。娘は、物心がつく頃までは、「お父さん。お父さん」と言い。何処にでも後を着いてきた。だが、娘が突然、ある男の話題を出してから何かと口喧嘩をするようになったのだ。自分以外の男性の名前を出したので、寂しさから娘の思っている答えを言わなかった。それまでは、うん。うん。そうだね。と、何でも頷き、娘の笑みを見るのが楽しかった。それは今でも、娘が可愛い。子供の時の満面な笑みは見せてくれないが、今の姿を見ると、まだ、子供なのだなぁ。と感じてしまう。
「お父さん。約束は憶えているでしょうね」
「ああ、憶えているぞ。晶(あきら)君だったなぁ」
「憶えているなら、いいわ」
「安心しなさい。晶くんが、赤い感覚器官が見えれば付き合う事を許そう」
「そう。なら、早く儀式を始めましょう」
(晶さんに、やっと、左の小指を見せる事が出来るわ。父は、晶さんでは、赤い感覚器官が見えるはずがない。そう言ったけど大丈夫よ。私の運命の人に間違いないもの。その確認が出来れば、直ぐにでも、愛の逃避行よ。ぐふふ)
思いを口に出す訳がないが、はっきりと顔の表情に表れていた。
「今日子、久しぶりに笑みを見たぞ。嬉しいのだなぁ。儀式が終われば、晶君の所に直ぐに会いに行くのかぁ?」
「直ぐに会いに行くわよ。ねね、何か変な物食べたでしょう。お父さん、何か変よ」
「変かぁ」
「うん。何か、喜びと言うより、泣いているみたいよ」
「泣きたくもあるなぁ。お前の表情は欲情丸出しだからだ。ご先祖様が許してくれるか、それが心配なのだよ」
「何よ。また、水を浴びろと言いたいの?」
「普段のお前だなぁ。まあ良いだろう。気持ちは落ち着いたようだから儀式を始めるぞ」
「何をするの?」
「先祖代々の墓をお参りするだけだ」
そう呟くと、洞窟の奥を指で指し示した。
「それだけでいいの?」
「だが、可なりの数があるぞ。一つ一つ丁寧に拝むのだぞ。そして、始祖様(しそさま)の墓の隣に籠(かご)が置いてある。その中に羽衣があるから、それを手に取るだけだぁ」
「簡単ね。なら取ってきます」
「ちょっと待て、線香を持たないかぁ」
「持ったわよ?」
父に、右手に持った線香の束を見せた。
「箱のまま持って行きなさい。そして、墓には一本置く毎に丁寧に拝むのだぞ」
「ええ、何個あるのよ」
と、父に視線を向けた。大きな溜息を吐くと、奥の洞窟に入ろうとした。
「ちょっと待てと言っているだろうがぁ」
「何よ?」
「男なら一人で行かせるが、女では怖いだろう。母さんと一緒に行きなさい」
「いいわよ。母さんが来るのを待つのも嫌だし、一緒だと小言を言うから時間が掛かるわ」
「時間が掛かるとはなんだぁ。丁寧に拝めと言っているだろがぁ」
「はい、はい。分かっています。最低でも一分は拝むことにします」
「馬鹿娘、一人で行きたいなら好きにしろ。さっさと行ってしまえ」
今日子は、しめ縄が張っている中を逃げるように入って行った。その後直ぐに母が洞窟に入ってきた。
「あらあら、一人で行ってしまったの」
「ふっー」
父は溜息を吐くことで、意味を伝えた。
「まあ先に、私が墓の清める時に蝋燭を灯してきた。その時、今日子が嫌いな蜘蛛の巣などを払ってきたから大丈夫だろう。それでも、私は、この場所を動く訳には行かない。今日子の後を追ってくれるかぁ」
「仕方が無いわね。あなた、お酒などは、祭壇に置いときましたわ」
「済まない」
「一人でなら何をするか分からないわね。でも、誰に似たのかしら?」
そう呟きながら娘の後を追った。手には大きな荷物を持っていた。形や重さを考えると弁当だろう。何故、弁当が要るのだろう。そう思うだろうが、先祖代々の墓の列は、片道二キロはあるからだ。恐らく、早くても初代の墓に着くのは昼になるはずだ。
(居たわ。あら真剣な顔ね。それほど、晶さんのことが好きなのねぇ)
闇に目が慣れる頃に、娘が真剣に拝んでいる姿を見つけた。
「お父さんも短気だけど、今日子も、そんな短気だと、晶さんに嫌われるわよ」
娘が拝み終わるまで待ち、立ち上がると話を掛けた。
「うん。でも・・・」
「早く会いたいのは分かるわ。でもね。短気だと、そうねぇ。今回の事で例えるなら、お参りは両側でなくて良いのよ」
「ええ、片側だけでよかったの。ちぇ。時間を無駄にしたわ」
「だからねぇ。そうでなくて、行きは右側、帰りは左側をお参りするの」
「ああ」
「意味が分かったでしょう。少しは短気を直しなさいね」
「うん」
「時間があるから始祖様の話をするけど、でもね。普通はお参りする前に聞かせる話しなの。誰の墓なのか分からないと意味ないでしょう。手を合わせれば良いのでないの。もう、過ぎた事だから言わないけど、お父さん、本当に怒っていたわ。後で謝るのよ」
「聞かなくて良かったかも、凄く長い話を聞かされそう。でも、始祖様だけの話は聞きたいわ」
「長い話になるから良かった。まぁ、何て事を言うの。墓の前で馬鹿ねぇ。お爺さんとお祖母ちゃんに謝りなさい」
「ごめんなさい。ねね、お母さん。文献など無いって聞いたわ。何で始祖様の事が分かるの?」
「それはね。口伝なの、始祖様の真様と七人の女性の話しなのよ。まあ、夢物語だと思うわ。月に乗って地球に来たって話しなの」
「ほう、面白そうね。ねね、早く聞かせて」
(はっあー。お参りしながら説教では死んだ方がましよ。助かったわ)
「でもね。月に乗ってきたって話は信じられないけど、たぶん、私達の一族だけと思うわ。羽衣と赤い感覚器官があるのはね。恐らく、私達の先祖は、宇宙人かもね」
「ほう、それで、それで」
「あのねぇ」
と、母は、嬉しそうに娘に話を始めた。
7500万年前の地球には衛星がなかった。今日子が居る地球とは違っていたのだ。一番の違いは、月が無い為に重力が今の十分の一しかなく遺跡などで発掘される巨大な生物の世界だった。だが、月は偶然に地球を見つけて衛星として選んだのではく、衛星として適しているか調査をされた。そして、月を永い宇宙の旅が出来るように作り変え、地球に向かったのだ。月は、ただの宇宙船ではなかった。聖書に書かれているようなノアの箱舟と同じような役目と地球を作り変える様々な用途の設備があった。それならば、月に乗っている人々は故郷が住めなくなった為に移住の目的だろう。そう思うだろうが、そうではなかった。だが、月の所有者は、旅立つと同時に、母星の国王であり、父が崩御されると、王位が欲しい為に内乱が発生する。そして、母星は住めなくなるのだが、それは、また、機会があれば話をしよう。その故郷の人々は、背中に蜉蝣が成虫したような柔らかい羽を持ち、左手の小指に赤い感覚器官があったのだ。だが、世の中には、生物にはだろうか、必ず不完全な者が存在する。障害者の事だ。それは、王族だろうが、普通の人々でも必ず生まれてしまうのだ。月を大掛かりな箱舟の様な設備に作り変えて、地球に向かう月の主(あるじ)は、勿論、王族だ。それも、一つの銀河を支配する王族の長兄として生まれたが、障害者(背中の羽と、左手の小指の赤い感覚器官が無かったが、その他は何の問題もない健康体だ。)だった為に誕生と同時に王位継承は剥奪された。それと同時に、国王は、地球に無人の調査船を送り出した。その星の科学技術で無人でも往復二十年は掛かる距離だ。国王は、その日を境に体の不調が始まった。何故だが分からないが、恐らく、世継ぎが障害者の為に、精神から来る病だろう。そして、十年の時が流れ、やっと待ちに待った。あの調査船の通信が届いたのだ。その内容は様々な不具合を知らせてきたが移住が可能だと言う結果だった。すると、長兄を、地球の領主と決めた。それだけでなく、当時、母星の衛星だった月を改造する為に、まだ幼い子を責任者と決め、完成するまで母星に降りる事を許さないと勅命を下されたのだった。それでも、まだ、救いがあった。近衛部隊の片翼の一族が補佐に付いてくれたのだ。その族長の娘とは誕生と同時の許婚だったが、何故か、障害者として誕生したのに、断るのでなく喜んで承諾したのだ。それから、月の事を、不要な者や謀反を企てる恐れのある一族の押し込め場所などと言われていた。それから、十年がまた経ち、月の主と、許婚の一族で母星に完成祝いで降りると、国王は、長兄に自分の領地に、地球に向かえと言い渡したのだった。ここまでの歴史は、今日子の一族には伝わっていない。いや、今の世では、誰も知る者はいない。だが、偽りの口伝が語り継がれていた。その話は、歴史でなく、二人の男女の話を、今日子の母は、娘に伝えようとしていたのだ。
「月の主様。いや、始祖様は、真様と言ってね。后の静(しずか)様。愛称では、日姫と言うの。それと、六人の側室がいたのよ」
「ほう」
「静様は、心底から真様を好きだったのだけど、一週間に一度しか会えなかったの。真様は、子孫を残すのがお役目なのでしょうね。1日後と、側室の部屋に行かなくてはならなかったの。清楚で可憐で心の優しい日姫様は、快く真様を送り出すのだけど、会えない苦しみから床に就くのが多かったらしいわ」
「会えない苦しみは分かるわ。そうよね。病気にでもなるわ」
「そうね。でも、真様も、障害の有る体だったから、地球に着く前には、床から起きられない状態になったらしいの。でも、地球の姿だけは見て亡くなったらしいわ」
「そう、なら良かった」
「でね。当時では、主の後を追って死ぬのが普通だけど、日姫様と六人の側室は、始祖様の転生を信じて、残りの将来を転生の儀式で人生を使ったらしいわ。勿論、自分達の転生の儀式も忘れるはずがなかったわ」
「そうよね。自分達も転生しないと意味がないわね」
今日子は、母の話に返事を返しているが、まったく感情が表れていない。恐らく、晶に赤い感覚器官を見せている場面を想像しているのだろう。
「私の話を聞いているの?」
「はい、はい。聞いていますよ」
「この話をしたのはね。これから始祖様のお墓をお参りするでしょう。その時、何か起きても驚かないでね。まだ、転生が出来なくて相手を探すのに悪戯するのよ」
「なっ、何が起きるの?」
「金縛りか、幻聴では無いわよ。始祖様の声のはずなの」
「お母さんも聞えたの?」
「聞えたわ。もう昔だから何を言われたか忘れたけどねぇ」
「そう、憶えていないなら怖がる事でないのねぇ。安心したわ」
「何を言っているの。もし体を乗っ取られたら如何するのよ」
「お母さんは如何して助かったの?」
「それはね。心の底から祈るの。楽園に住めるのも健康体として生まれたのも、始祖様のお蔭です。有難う御座います。そう言いながら何度も祈るの。声が聞こえなくなるまでね」
「はい」
母の話を嘘と思っているのだろうか、感情がまったく感じられない返事を返した。
「本当に分かっているの。心の底から祈るの」
「はい、はい」
「まあ、始祖様の墓は、まだまだ先だからいいけど、練習と思って他の御先祖様も同じように真剣にお参りしなさい。私が見ていてあげるからね」
「はい」
(げ。結局、説教を聞かされるのね。うっうう、泣きたくなるわ)
今日子には、片道二キロは永遠と思える距離に感じているだろう。時々、洞窟から悲鳴が響き渡る。それは、母と娘の楽しい家族愛の証拠だ。母に叱られている娘には地獄かもしれないが、その悲鳴を聞いている父には、二人が無事だと言う証だった。そして、何度目の悲鳴だろうか、娘は墓の前から動こうとはしなかった。
「お母さん。まだ着かないの。もうお腹が空いて動けない」
「何度か休憩したでしょう。もう少しよ。始祖様の墓の前で昼にしましょう」
「うぇええ、歩き続けて足も痛いけどぉ、それだけでないわ。お祈りするから屈んだり立ったりするでしょう。もう腰も痛いの。もう駄目」
「もう仕方が無いわね。なら菓子だけ食べたら直ぐに行くわよ」
「は~い」
「急に、元気が良くなったわね」
母は、大きな溜息を吐きながら娘に菓子を手渡した。そして、小言を言うつもりだったのだろうが、嬉しそうな笑みを見ると、まだ子供と思ったのだろう。何を言わずに娘の笑みを見続けた。
「お母さんは食べないの?」
「私はいいの。始祖様の前で食べるわ。でもね。ゆっくりしていると、晶さんに赤い感覚器官を見せる時間が無くなるわよ。今日、見せるのでしょう?」
「え?」
「昼まで、始祖様のお参りしないと、夕方までには洞窟から出られないわよ」
「え、何故?」
「何故って、帰りも同じように片側のお参りをするって、言ったでしょう。忘れたの?」
「なら、食べている暇などないわ。直ぐ行くわ」
「今日子・・・・」
「何?」
「あのねぇ」
「お母さん。次のお参りしたいから歩きながら聞くわ」
「正しいお参りなのだけど、ちょっとねぇ」
想い人に会えない。その気持ちからだろうか、先ほどまでの屈む度に腰に手を当てて嫌々な態度だったのが、今では心底からの正式なお参りをしている。だが、想い人に会いたい一心からなのは分かるが、拝む時間が短いと感じるのは、母親の思い違いではないはずだ。
「何か変?」
「何でも無いわ。私の考え過ぎみたい」
「そう?」
「昼前には着かないけど、昼過ぎ頃には着きそうね」
「そうなの。良かった」
母親の言う通りの時間に、始祖の墓に着いた。
「始祖様に挨拶だけはしなさい。その間に昼食を用意しておくわ」
「は~い」
十六歳の誕生日の日に、代々始祖の墓の前で食事をするのは変だと思うだろうが、始祖の願いではない。だが、お供え物だけを上げて帰るよりは喜ぶだろう。それもある。なら、何故、それは、后と側室の七人の女性の願いだったのは確かだ。だが、現代では理由は解るはずがないが、恐らく、始祖が地球で亡くなったのでない。それで、地球で転生する為に魂の気の補充と七人の女性の生まれ変わりを始祖に知らせる為だろう。
「今日子」
「何?」
「今日子がお供え物を上げなさい」
「は~い」
(始祖様。始祖様。晶に赤い感覚器官が見えるわよねぇ。私、今日の日を待っていたの。晶は、私の運命の人よね。お願いです。見えるって言って、いや、見えるようにしてください。始祖様、お願いです。お願いします)
今まで、今日子は、何度も拝んできた。だが、これが一生の最後と思うほど心底から願いをした。その気持ちが届いたのだろうか、母が言ったように金縛りになり、幻聴だろうか、男の囁きのような声が聞こえてきた。
(また、七人の姫が転生した。何故、なぜ、私の身体、私は転生をしないのだ。まさか、私は障害として生まれた。なら、転生しているのなら羽も感覚器官が無いのか、一族の者で無いのかも知れない。それなら、この場を離れて探してみるしかないなぁ。お嬢さん。洞窟の結界から出るには、身体が無いと出られない。洞窟から出るまで身体に入らせてもらうぞ。安心してくれ洞窟から出たら直ぐに身体から離れてやるからなぁ)
「今日子。真剣ねぇ。祈る気持ちは分かるけど、そろそろ食事にしない」
「・・・・」
「どうしたの。まさか、金縛りなの。始祖様の声が聞こえるのね?」
「・・・・」
今日子は、祈ったまま固まっていた。
(今回の転生した静(しずか)は大人しいなぁ。俺が知る静は、怒ると頭の血管が切れたように倒れていたからなぁ。これなら、体に入っても大人しくしてくれるだろう)
今日子は、一瞬だが、身体全体が痙攣した。それは、始祖が身体に入った証拠だった。
「今日子、大丈夫なの?」
「お母さん。何か身体が固まって、男の声を聞いたように感じたわ」
「そう、それよ。それが始祖様よ。始祖様の許しが出たの。早く籠を開けて羽衣を手に取りなさい。ん、如何したの?」
「痛いのかなって思って、その、お母さん。あの」
「大丈夫よ。痛くないわ」
「そう、うん、分かった」
今日子は、籠から羽衣を取り出した。と、同時に手から消えて背中に膨らみを現れた。だが、それも一瞬で消えた。身体の一部になり、皮膚と同化して使用を考えるまで模様(もよう)(刺青(いれずみ)に変わるのだ。
「痛くないでしょう」
「うん、でも、頭が痛いって言うか、首から肩まで重いような肩がこっているような変な感じがするの。何故だろう」
「もう昔の事だから憶えていないけど、そんな感じだったはずよ。それとも、始祖様が、体に入ったかもね」
「ええ、嫌、嘘、どうしたらいいの。始祖様って男性でしょう。なんか気持ち悪いわ。それに、身体を見られているようで嫌よ。出てってもらう事できないの?」
「嘘よ。そんな話し聞いた事ないわ。安心しなさい」
「本当?」
「安心しなさい。早く昼を食べて帰りましょう。本当に晶さんに会えなくなるわよ」
「うん、食べる。うん、帰りたい。うん、うん」
母と娘は、食事を食べ始めたが、母は、娘の様子が初潮の時と同じと思い。落ち着かせようと何度も話し掛け続けた。そして、落ち着きを取り戻すと、羽衣での飛び方、赤い感覚器官の使用方法を教えた。それは、気持ちを落ち着かせるだけだ。羽衣も赤い感覚器官も体の一部なのだから慣れるしかないからだ。
「そう、そうよ。それで良いの」
それでも続けたのは、自分の娘だから直ぐに普段のように笑みを浮かべてくれる。そう思っているからだろう。そして、満面の笑みを浮かべてくれた。でも、その笑みには晶の事しか考えてないと感じられた。
「帰りましょうかぁ」
(大人になったのねぇ。もしかして、私の母も、今と同じ気持ちになったのかなぁ)
「うん」
帰り道は、今日子が話し続けるのは、想像できるだろう。勿論、母の気持ちなど分かるはずもなく、晶に赤い感覚器官の見せ方などを聞き続けるだろう。
「今日子、お帰り」
「ただいま」
今日子は、日の出の頃に洞窟に入ったが、予定の通りに、日が沈む間際に洞窟を出る事になった。父親の想像の通りに、娘は満面の笑みを浮かべて現れた。それでも、一つだけは想像とは違う事があった。自分の連れ合いの明子(あきこ)が悲しい事でもあったのだろうか、泣きそうな表情だったのだ。もしかして母親は、自分の娘の身体の中に男性の意識がある事に気が付いたのだろうか、その様子を見て妻に話をかけた。
「明子。如何したのだ?」
「何でも無いわ」
返事を返すと同時に、今日子が、父に話をかけた。
「お父さん。今から出掛けていいわよね」
「駄目だと言っても会いに行くのだろう」
「・・・・」
父に視線を向けて返事を待った。
「行って来なさい。だが、遅くても十時までには戻るのだぞ。良いな」
「・・・・」
「良いな。その頃になれば食事の準備も終わっているはずだ。待っているからなぁ」
「はい。行ってきます」
今日子は、父に返事を返すと、洞窟の入り口に向かった。そして、出ると眩しい訳でもないのに、立ち眩みのように身体がふらついた。その様子は、始祖の真が身体から出た証拠だった。その事には、二親も娘も気が付いていなかった。
「久しぶりの外だぁ。だが、想像以上に変わってしまった。私が魂になって最後に見たのは、人工物など無い森林だったはずだ。どの位の年月が過ぎたのだろう」
真は、今は月と言われている箱舟で死んだ時の思い出と、魂になって洞窟に保存される最後の景色を思い出していた。
「うぉおおおお」
真は、自由になった喜びからだろう。叫びながら上空に上っていった。そして、驚くのだった。あまりにも想像と違う事に言葉を無くすのだ。
「えっ・・・・・」
辺りの景色を見回し、見た物が信じられないのだろう。更に上へ上へと上がり続ける。
「馬鹿なぁ。何という数の人工物だ。人口は何人だぁ。これでは探しようも無い」
真は、地球に向かう時の人数は一万にも満たなかったのだ。それで、増えたとしても十倍と考えたのだろう。それなら、一人、一人の男性の意識を読もうとしたのだ。だが、完全に無理だと判断した。
「あっ、静の生まれ変わり、今日子の赤い感覚器官を頼るしかない」
即、先ほどの洞窟に向かったが、今日子が居るはずがない。
「居るはずがないかぁ。晶とか言う男に赤い感覚器官を見せに行ったのだからなぁ。仕方が無い。二親の近くで待つしかないなぁ」
洞窟から離れ、母屋へ、二親の声が聞こえる方向に向っていった。だが、後、五分早ければ、今日子の声も聞こえただろう。
時間は少し戻る。今日子が洞窟から出て直ぐ、真が、今日子の身体から離れて直ぐの出来事だ。今日子が、何故、直ぐに出掛けなかったか、女性なら当然だ。愛する人に会いに行くのだからだ。軽くシャワーを浴び、身支度を整えていたのだ。勿論、勝負下着も忘れるはずもないだろう。急いで、今日子が玄関から出ると、口笛の音が響いた。それから、どこに隠れていたのか、それとも、今、着いたのだろうか、女性が声を上げながら駆けてきた。
「今日子、十六歳の誕生日おめでとう」
「明菜(あきな)、ありがとう。でも何故、この時間が分かったわねぇ。まさか、待っていたの?」
この女性は、櫛家(くしけ)の明菜、今日子と同族の幼馴染だ。そして、二人には分からないだろうが、始祖の転生に生涯を掛けた。側室の一人の転生した姿だ。
「私も十六歳になったのよ。想像が付くわよ」
「そうよね」
「今日子、あのね」
「ごめん。祝ってくれるのは嬉しいけど、私、直ぐにでも、晶に会いに行きたいの」
「分かっているわ。その事で来たのよ。今日子がしてくれたように、私達も、誓い(ちかい)の木を確保しておいたわ。誰も来ないから、ゆっくり二人だけの気分を味わいなさい」
「明菜、あ、ありがとう」
今日子が、何故、涙を流すほど喜びを感じているのは、一族の中では有名な木なのだ。元々は、男性が、と言うか大人の男性が、何かの誓いの為の儀式として使用されていたが、それは、かなり昔の事で、最近では、女性の間で有名になっていた。二人だけで、運命の人との誓いの場として利用されていたのだ。有名なら、常に人が居るだろう。そう思うはずだ。だが、もし、木の前に人が居れば邪魔をしない。そう暗黙の了解となっていた。
「今ね。木の前で、明日香(あすか)と晶が居るわ」
「え、まさか、明日香の想い人?」
「違うわ。今日子がしたように場所の確保をしているだけよ」
「えっ、男性と話す事も出来ない。あの明日香なの?」
「そうよ。話が出来ないから丁度いいでしょう。そろそろ、二時間になるわね。だから、晶さんが可哀想だわ。なるべく急いで行った方がいいわ。まあ、でも、急がなくても、瑠衣(るい)が合図の口笛を吹かない限り、明日香は、その場から動く事も話しもしないでしょうね」
「え、瑠衣も居るの?」
「そうよ。それだけでなくて、六人全てが居るわ」
「そうなの。皆が居るのね」
「そうよ」
「皆に悪いから、急ぐわ。ありがとうね。明日にでも結果を知らせるわ。またね」
「馬鹿ねぇ。皆でないでしょう。本心は、晶に悪いからでしょう」
「もう馬鹿、本当に急ぐわ。また明日ね」
急ぐと伝えたが、走り出す事はしなかった。だが、本心は走り出したいはず。なら、何故、と思うだろうが、女性らしい考えなのは様子を見たら分かる。恐らく、身支度が乱れてしまう。その姿を、晶に見せたくないのだろう。ゆっくりと歩いているが、表情からは心底から早く会いたい。でも、乱れた姿を見せたくない。その思案がはっきりと顔に表れていた。そして、時々、笑みを浮かべるのは、赤い感覚器官が見える。そう言われた。後の事を、思い描いているはずだ。
「ピュー」
今日子が、目的地に行く途中で口笛の声が響く。明菜に続いて二度目の響きだ。自宅を出て、自分達が通う高校に着くと響いたのだった。まだ、目的地の誓いの木にはまだある。歩きで十五分くらいだ。早歩きでもたいして変わらないだろう。三度目の響きは、今日子の予想の通り、学校の裏山の入り口だった。疲れたのだろうか、立ち止まり辺りを振り向きながら息を整えていた。整え終わると同時に、続けて四度の口笛が響いた。自分の場所を知らせると言うよりも、早く目的の場所に行きなさい。そのように感じる優しい響きだった。それを感じたのだろう。今日子は、口笛が聞える方向に手を振ると目的地に向った。森の中に入ると五度目の口笛が響いた。もう今日子は辺りに関心を振り向かない。森を抜けると巨木が一本だけある空き地に出られる。その開けた場所にだけに目線を向けていた。そして、空き地に出ると、六度目の長い口笛が響いた。それは、今日子にではなく、明日香に合図の響きと思えた。
「あきら・・・」
今日子は、言葉を無くした。それは、晶が、明日香の両肩に手を乗せて真剣な表情で言葉を掛けているように見えたからだ。だが、口笛の音が響くと、明日香は、何度も頭を下げて走りだした。恐らく、ごめんね。そう呟いたはずだ。そして、晶は、何度も頭を振りながら叫んでいた。恐らく、明日香に、何故なんだ。と何度も叫んでいるのだろう。
「あきら~」
今日子は叫びながら駆け出した。その声が聞こえたのだろう。晶が振り向いた。それも、怯えるように少しずつ後ずさりした。だが、ある程度、下がると、晶は両手を広げた。
「今日子、誕生日おめでとう」
だが、今日子は、晶が望んだように抱きついては来なかった。
「晶。今、何故、逃げようとしたの?」
「まさか、逃げてなどいないぞ」
「そう」
「会えるのを楽しみしていたぞ」
「なら、何故、家に来てくれなかったの?」
「それは、それは、当然だろう。誓いの木で会おう。そう言われるのを待ってかたからだ」
今、思い付いたように話を掛けた。
「そうなの?」
「当然だろう。今日子、早く赤い感覚器官を、俺に見せてくれ」
「うっうん」
今日子は、おそろおそろと、左手を晶の顔に向けた。
「ごめん。俺には見えない。でも、今日子、俺はまだ誕生日になってない。まだ、子供なのだろう。十六歳になれば見えるかもしれない。その時、俺に左手を見せてくれ、必ず今日子の赤い感覚器官が見えるよ。勿論、俺の赤い感覚器官も見えるはずだ」
晶は、大きな溜息を吐きながら左手を見た。その後、何故だろうか、一瞬、笑みを浮かべたように感じられたのは考え過ぎだろうか。
「うん、そうね。そうよねぇ」
「大丈夫か?」
「うん」
「今日は、早く帰って寝た方が良いぞ。明日は、学校で会おう。会えるよなぁ」
「うん」
「俺は、今日は帰るぞ。明日、学校で会おう。おやすみ」
「うん、お休みなさい」
「なら、明日なぁ」
「うん」
今日子は、晶が帰る姿を見続けた。見えなくなると、嗚咽を吐いた。
「今日子、大丈夫?」
明日香が、誓いの木に戻ってきた。そして、一人、二人と今日子の元に近寄ってきた。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「今日子、まさか」
「今日子?」
「そう、見えなかったのね?」
瑠衣の一言で、嗚咽だったのが、泣き叫ぶに変わった。
「瑠衣。うっうう、瑠衣、あのねぇ」
「何かの手違いよ。そうそう、まだ、晶は子供だから見えないのよ」
「晶にも、そう言われたわ」
「そうでしょう。晶の誕生日まで待ってみようね。だから、泣かないで」
「私達の、六人全員の想い人も見えなかったのよ。私達も、今日子と同じなの。相手の誕生日を待つのよ。その時は、見えるわ。だから泣かないで、ねえ、大丈夫だからねぇ」
明日香は、口下手だからだろう。その言葉には真実味があると感じて、今日子は、泣くのを止めた。普段の通りではないが、笑みを浮かべた。
「そうねぇ。子供では仕方ないわねぇ」
「そうよ」
「ねえ、皆で、私の家に来ない。お母さんが料理を作って待っているはずなの」
「そうねぇ。今日子のお母さんは、料理の名人だしね」
「ねぇ、行こうかぁ」
瑠衣の一声で、皆が同時に声を上げた。家に着くと珍しく父が出迎えてくれた。
「早かったなぁ。今日子の好きな料理だぁ。早く食べなさい」
今日子は、父の言い付けよりも早く家に帰ってきた。父は、驚きの表情をしていた。晶と一緒で無いからか、早く帰って来たからなのか、表情からは分からなかった。それでも、娘が落ち込んでいる。それが分かったからだろう。六人の友人に挨拶だけすると、社(やしろ)に向った。恐らく、朝になっても、妻が向いに来るまで社から出ない考えなのだろう。もしかすると、娘の連れ合いが直ぐに会えるように、と祈っているに違いない。
「あら、皆で来たのね。久しぶりね。どうぞ、上がって、上がって」
「久しぶり」
「わぉお、いいのですかぁ」
と、六人の女性は、交互に、それぞれの気持ちを言葉で表した。今日子は、その様子を見て、友達に喜んでもらう為に、母に問いかけたのだ。
「ねね、お母さん。今日の夕食は何かな?」
「決まっているでしょう。祝い事には、今日子の・・・・どうしたの?」
今日子は、母の話を嬉しそうに聞いていたが、何故だろう。頭痛を感じたような仕草をしたかと思えば、その場で倒れた。
「きょう~」
六人の女性は、今日子に駆け寄った。
「安心して、大丈夫よ。羽衣と赤い感覚器官が身体全体に繋がったからだと思うわ」
今日子の母は、そう伝えると娘を玄関から居間に運ぶのを手伝って欲しいと頼んだ。そして、五分くらいだろう。時間が経つと、何も無かった様に起き上がった。
「如何したの?」
今日子は、母と六人の友人が、自分を心配しているのは分かるのだが、何故か、笑みを浮かべている。その理由が分からなかった。
「今日子、今日の夕飯は、お赤飯にしましょうかね。直ぐ作れるから待っていてね」
「お母さん。そうですね。私もそう思いましたわ。作るのを手伝いますね」
「今日子も、大人になったのね。おめでとう。ふふ」
「あなた達、何を言っているのよ。お母さんも、何、冗談を言っているの。私は大人よ」
今日子は、母にも、友人にも、自分を出汁にして楽しんでいるのは面白くなかった。それでも、自分を心配してくれた気持ちは分かっていたが、素直に喜ぶ事が出来なかった。
「もう、本当に怒るわよ」
今日子は気が付いていないだろうが、母と友人の温かい心遣いで、晶の事を完全に忘れていた。その証拠に、普段の今日子のように笑みを浮かべていた。その様子を見て、母と友人も安心しただろうが、満面の笑みを浮かべるまで、今日子を玩具にするのを止めるはずがないだろう。
「今日子、明日も学校があるでしょう。それに、もう夜も遅いし、友達の御両親も心配するでしょう。そろそろ終わりにしなさい」
「お母さん・・・・・・・うん」
「お母さん。それは、大丈夫です。今日子の誕生日ですもの。そのまま泊まるって言ってきました。帰った方が良いのでしたら帰ります」
「私も」
「お母さん。大丈夫ですよ」
「うちの親、心配などしないから大丈夫、大丈夫です」
「親友の誕生日だから泊まるって言ってきました」
「私も言ってきました」
明菜の考えなのだろうか、代表のように言うと、他の五人も同じように頷いた。
「そう、それなら問題は無いわね。娘の為にありがとう。でも、私からも御両親に連絡はしておくわ。ゆっくり楽しんで行ってね」
(今日子、晶君の事は残念だったけど、良い友人を持ったわね)
と、明子は感じた。全てが嘘だと分かっているのだろう。恐らくだが、それとなく、両親に言い訳をする考えなのだろう。
それから、食事が始まると、益々、舌が滑らかになり笑い声が大きくなった。勿論、夜更けまで家の明かりは消える事はないだろう。そして、今日子の満面の笑みを確認した後は、明日からの楽しい計画の為に、睡眠を取る事を決めるはずだ。
台所から楽しい気分になる音が響いてくる。何かの音楽のようだ。このような音を出せるのは、本人も心底から嬉しいから出せるに違いない。その響きが止むと、今度は、足音に変わった。だが、注意深く聞かないと聞えない程だ。そして、その音は娘達が寝ている部屋で止まった。すると、忍び込むような音を響かないような感じで扉が開いた。
「ほらほら、早く起きなさい。今日くらいは、私の手伝いをするの」
と、娘に言っているが、後は、手伝いと言っても食器の準備しかないはずだ。
「ふぁああい」
「声を上げないの。友達が起きるでしょう」
「ふぁああい」
まだ、眠いのだろう。目を擦りながら声を上げていた。だが、母の返事を返したのではない。寝言と言うか欠伸に近いだろう。
「早く着替えなさい。そして、全ての準備が出来たら、今日子が友達を起こすの。早くしないと遅刻するわよ。分かっているわね。早く来るのよ」
そして、朝食の用意をして、自分の身支度が終わると、戦場の末端の兵士、いや、調理場の見習いのような急がしい状態を味わうのだ。男性では分からない。女性の身支度と言う戦場だった。今日子の父は、この状況を何度か味わった事があり、その為に社で、妻が起こしに来るのを待つ事を決めたのだろうか、その答えは正解だったと言うしかない。
「それでは、お父さんを起こしてくるわね。それから、一緒に食べましょうね」
「は~い」
と、七人の女性が声をあげた。先ほどの殺気を放つ表情でなく、穏やかな清楚のような表情だった。そして、娘達の返事を聞くと、自分の運命の相手を起こしに社に向った。
「あなた起きていますか、食事の用意が終わりましたわよ」
と、トントンと扉を叩き、扉越しから話をかけた。
「起きているぞ。今すぐに出る」
と、同じように扉ら越しから声を上げた。そして、数十秒後、扉が開いた。
「戦場は終わったのか?」
「戦場・・・・・・・・ああ、そうよ。娘達の身支度は終わったわ」
「そうかぁ。だが、数年前までは、お父さんと競争とか言いながら、身支度をしたのだが、最近では、変態を見るような表情を向けるからなぁ」
「そう言う年頃なの。早く行きましょう。そうでないと、今後は腹が空いた狼になるかも」
「それも、困るなぁ。急ごう」
娘達が聞いたら怒りを表すような事を呟きながら母屋に向った。
「お父さん。おはよう」
「おはよう御座います」
と、同時に、七人の女性達は、それぞれに、性格を現すような挨拶を返した。
「おはよう。遅れて済まない。さあ、食べようかぁ」
皆が、この家の主(あるじ)が、食事の挨拶をすると食べ始めた。主が無言で食べるからだろう。皆も同じように無言だったが、それでも、人が多い食卓だからか、それとも女性が多いからだろうか、明るい雰囲気なのは確かだった。
「あなた、お代わりは要らないのですか?」
「ああ」
「なら、お茶でも」
「清めの儀式が終わり、そして、お供え物を上げた後に、ゆっくり頂くよ」
「そう、分かりました。お父様、お母様に宜しくと言ってください」
「それは、大丈夫だ。お前の手料理を上げているのだ。喜んでいるだろう」
「そうなのですか?」
「そうだぞ。清めの儀式の後に取り来るから頼むぞ」
「はい」
「ゴッフン」
娘は、咳をした。このままでは、父と母の甘いやり取りは際限なく続く。それを止めようとした。
「まぁ」
「あっ、済まない。ゆっくり食事を楽しんで下くれ。だが、遅刻はしないようになぁ」
母は、頬を赤らめさせ、父親は恥ずかしさを隠そうと、呟きながら居間から出て行った。
そして、直ぐ、父が扉を閉めようとした時だ。
「痛い」
今日子が悲鳴を上げた。だが、左手の小指に針が刺さったような感じだった。
「今日子、どうした。大丈夫なのか?」
父親は、扉を閉めずに、娘の方を振り返った。母も、友人も問いを掛けた。
「あなた、安心して、まだ、赤い感覚器官が敏感なだけだと思うわ。ねね、今日子、大丈夫でしょう。もう痛みは消えたでしょう」
「うん、痛くない。なんでもなさそう、安心して大丈夫よ」
安心させようと、今日子は笑みを作ろうとした時だ。
「キャア~」
今日子と、六人の友人は同時に声を上げた。そして、同じように、その場に倒れた。
「今日子・・・・・・きょうこ~」
父が叫ぶと、母は、やっと正気を取り戻した。
「今日子、今日子、今日子」
二親は、娘の所に行き、容態を確かめようとした。そして、呼吸しているのを確認して安心した後、六人の友人の容態を確かめた。すると
「うっあっああ」
今日子が、そして、また、同じく、友人も呻き声のような悲鳴のような声を吐き出した。
「大丈夫?」
夢でも見ているに違いない。苦しそうには感じたのだが、病気などの痛みでは無いらしい。でも、娘達が早く目覚めるのを祈る事しか出来なかった。それと同時に、何故、倒れ、意識が無くなったのかと不審を思案する時間だけはあった。その思考だけが、二親の精神の安定を保つ事が出来た。そして、二親には数時間に感じているだろうが、数分後に娘達が、次々と意識を取り戻した。
「大丈夫?」
「うん、でも、何故だろう。頭がくらくらする。それに、左手の小指の赤い感覚器官がビクビクと何かに反応しているみたい」
娘と、六人の友人も娘と同じような事を話しだした。
「あああ、もしかして、それなら、私も経験があるわ」
「え」
「それって」
「もしかして」
「・・・・」
「大丈夫よ。命の危険とかではないわ。私の場合は、お父さんが喧嘩をしていたの。それで、殴られた時の身体の状態と同じ感覚を味わったのねぇ。心配しなくていいわよ」
「だが、変だ」
「え、お父さん。何故、どうしてなの?」
娘と、妻、友人は同じ言葉を吐き、視線を向けてきた。
「七人が同時に同じ感覚、いや、同時に倒れる。それは、変と感じないかぁ」
娘達は、思案しているのか、それとも、理由が分からないのだろう。妻だけが、理由が分からなくても、意味が伝わり問い掛けてみた。
「変よねぇ。それって、もしかして、七人の運命の人は同じって言いたいの?」
「えっええ、何故、そうなるの。そのような事ってありえるの?」
七人の若い女性が同時に驚きを表した。
「一人だけなら」
「それは、誰?」
「それは、始祖様しか考えらない」
「だって、亡くなった人でしょう。まさか今でも生きているの?」
「転生したのかも知れない」
「わははは、想像上の人物でしょう。在りえないわ」
「もう、お父様って、冗談が好きなのね」
「うんうん、雰囲気を和ましてくれたのね。ありがとう」
「・・・・・・・」
「むむむ」
「わははは、お腹が苦しい」
「ほう、うんうん」
一人だけ納得している。その明日香が、問い掛けた。
「お父様。確認って取れるの?」
「明日香、そんな冗談は信じないの」
「そうよ。普段は無口なのに、口を開いた方が驚きだわ」
「今日子、黙っていて」
と、その一言で笑い声が消え、明日香と、今日子の父の話しに耳を傾けた。
「もし、会えれば、その人物が左手の小指の赤い感覚器官が見える。それが、証拠だろう」
「その方法しかないのね?」
明日香は、大きな溜息を吐くと考え始めた。
「明日香、皆で、直ぐにでも運命の相手を探す旅に出よう」
「きょうこ~、何を言っている」
父は、娘に手を上げようとした。
「やめて、それしか方法が無いのでしょう」
明子は大声を上げて、連れ合いが、娘に手を上げようとしたのを止めた。
「確かに、その方法しかない。だが、今で無くても、まして、旅などしなくても、年に二度の一族集会がある。それで、探し出せるはずだ」
「まあ、旅と言っても、学校が終わって近所を探すだけだわ。今日子、そうでしょう?」
「う・・・・・・・・・うん」
父親より、腹を痛めて生んだだけはある。娘の考えが手に取るように分かるのだろう。今日子は、頭を下げるしかなかった。
「そうなのかぁ。なら許そう」
「一つだけ聞いていいですか?」
「明日香さんでしたなぁ。何です?」
「お母さんが、あっ今日子のお母さんが、喧嘩して殴られたら痛みを感じるって、でも、私達は失神したって、それは、重い病って可能性もありますよね。それなら・・・・」
「それは、大丈夫でしょう。七人の女性を運命の相手にする程の人なら健康のはずよ」
「・・・・・」
「大丈夫よ。七人が同じ運命の相手って可能性ってだけよ。安心しなさい。一人だけを愛してくれる運命の相手に違いないわ」
「・・・・・・」
明日香は、また、無言になった。不満のようでもあり安心したようにも思える。そして、今日子に視線を向けた。
「ん?」
今日子は、明日香の視線の意味が分からなかった。それを、明菜が感じ取った。
「学校に行こうかぁ」
明菜が腕時計を見て声を上げた。その時、また。
「痛い」
また、七人が同時に悲鳴を上げた。だが、失神はする事はなかった。
「また、同時なのね」
今日子の母が声を上げるのと、同時に明日香が声を上げた。
「北東の方向に感じます」
明日香が、今日子に視線を向けた。
「広い空き地。・・・・・・・でも公園で無いみたい」
「森の中を歩いているみたい。私と同じ・・・・年下かも・・男性よ」
「人力で行ける距離ね。・・・・・恐らく、二キロの範囲よ」
と、明日香の後に、美穂(みほ)。由美(ゆめ)。真由美(まゆみ)が皆に聞えるように大声をあげた。
今、声を上げた。四人の女性は、左手の小指の赤い感覚器官は円を書くように回り始めた。防御なのだろうか、それとも、場所を特定しようとしているのか、その両方に感じられた。そして、残りの三人は無為意識で、剣のように構える者、槍のように長めに伸びて構える者、鞭のように撓り続ける者。視線は、交互に、場所を示した四人に視線を向けた。
「あの・・・ねぇ」
今日子だけが、父と母に視線を向けた。
「言いたい事は分かるわ。行ってきなさい」
自分の連れ合いに視線を向けた。
「・・・・・・・」
「あなた・・・・同じ考えよね」
「皆で行って来なさい。学校には連絡しておく、それに、友達の両親にも伝えておくから安心しなさい。だが、夕方までには戻る。それだけは、約束して欲しい」
「私も同じ考えよ。夕方までには帰ってきなさい。皆の両親にも、そのように伝えるわ」
「うぅ・・・・・・・・」
今日子は、思案して気が付いていないが、六人の女性と二親に視線を向けられていた。二親は意見を変えないだろうが、六人の女性は、今日子が、言葉にした事を従う。そう決めているようだ。その上空と言うか、天井近くで浮遊している者がいる。何故か、驚きの表情を浮かべながら声を上げていた。それを、誰も気が付く者は居なかった。
「まさか、この七人の娘達は前世の記憶があるのか、それとも、感覚だけなのか、本人に会ったような殺気を感じたぞ。この娘達の感覚なら、私の転生した者が居るとしたら導いてくれるかもしれない。いや、七人が転生したのだ。私の身体も転生しているはずだ」
そう呟くと、自分の下に居る。女性八人と、男性一人を面白そうに見ていた。その者は、月の主であり、始祖様と言われていた。洞窟から出てきた真だった。その友人の視線を受けて、今日子は思案していたが、やっと答えが出たようだ。
「う・・・・・・ん。夕方でなく、昼には食事を食べに帰ってきます。だから、その時に、考えられる全てを教えてください。だって、さっきの、明日香(あすか)、美穂(みほ)、由美(ゆみ)、真由美(まゆみ)の様子が変だったわ。それだけでなく、私だけかもしれないけど、赤い感覚器官が話し掛けてきたみたいだった。剣として使うの。私の適正だって、もし、戦う相手が居たら勝手に動いてくれたかも、それも、何度も戦ったような感覚も味わったような気分だったわ」
「私も、何も考えて無かったわ。勝手に口が開いたって感じで方向を口にしていたの」
「私も同じだったわ」
と、美穂、由美、真由美も頷いていた。
「私も感じたわ。槍なんて使った事がないのに、使える感覚を味わったわ」
「私も、鞭を使えると感じたわ」
と、瑠衣(るい)。そして、明菜も同じだと声を上げた。
「分かった。昼までに出来る限りの事を調べておく」
父から返事を聞くと、今日子は、明日香に視線を向けた。
「明日香、方向は?」
「・・・・・・・・」
「はっー、また、無口に戻ったのね」
「広い空き地からは出てないみたい。たぶん、同じ方向よ」
「美穂、方向が分かるの?」
「分からない。けど、風景って感じた場所から何も変わらないから同じだと思う」
「なら、美穂を先頭にして行くわよ。何か変わったら教えてよ」
「ねえ、今日子」
「美穂、何?」
「何の準備とかしなくて良いの?」
「大丈夫でしょう。今の世の中で戦いなどあるはずも無いし。それに、何か変な事があれば、真っ先に明日香が反応すると思うわ」
「そうよね。普段は無口な明日香が声を上げたら、その時考えればいいかぁ」
「でしょう」
と、六人の女性が頷くと、今日子の両親に挨拶をして母屋から出た。勿論、魂だけの真もフワフワと浮きながら後を付いていった。
今日子の家は、代々の洞窟を守る家系だ。旧国道沿いに神社の社は在るが、母屋の陰で見えない。鳥居が無ければ離れの部屋か蔵と思うに違いない。その母屋から女性七人が笑いながら出てきた。その上空に魂だけの真が浮いていた。だが、下を見るのでなく珍しい物でも見るように辺りをキョロキョロ見回している。それも、そうだろう。先ほどは、無我夢中で転生した身体を捜す為に上空に上っただけだ。そして、地の果てまで建物が立ち並んでいると感じたのだ。その気持ちでは他の人工物など目に入るはずもなかった。
「凄い、何処を見ても人工物しかない。それに、想像が出来ない物まである。本当に凄い文明だぁ。どの位の月日が流れたのだろう。うぉおおおおお」
真は、辺りを見て感心していた。そして、男性だからだろうか、ある物を見て興奮を表した。恐らく、女性の裸体の絵だろう。映画の看板のはずだ。勿論、真の様子など分かるはずもなく、七人の女性は、目的の場所に歩き続けた。
「まあ、転生した七人の女性達は昼に帰って来るのだし、この文明の進歩した姿を見物でもしてみるかぁ。もし、子孫が間違った文化を進むのなら修正するように教えなければならない。それが、魂だけになったが始祖の役目に違いないはずだ。そして、転生した時の最初の仕事になるはずだからなぁ」
と、呟いた。まあ、視線はある場所に釘付けで、表情からは欲望しか表れてなかった。その呟きは、七人の女性が見えなくなるまで呟き続けた。もしかすると、自分と同じように姫達の魂が、七人の身体に存在していると思っているからだろうか。
「これは、文明の資料だ」
七人が視線から消えても呟くのだ。それほど、転生前の七人の女性が怖いのだろうか、それとも、女性が怖いのだろうか。まあ、それは良いとして、真は、欲望のまま映画館に入って行った。この状態では昼に、七人の女性と合流する事は出来るはずがない。母屋に帰らなければならないと気が付き、外に出て見ると夕方になっていた。そして、慌てて母屋に向ったが女性達は居なかった。
「仕方が無い。自分で探すしかないかぁ。歩きで行けると言っていた。確か、北東の方向と言っていたはずだ。向ってみるか、駄目な時は、その時に考えるしかない」
真は、急いで向かっているのだろう。だが、魂だけなのだ。ふわふわと幽霊のように飛んで行った。時々、興味を感じる物があると視線を向ける。誘惑に負ける時もあるが、それでも、目的の方向に向って行った。
「ん・・・・・?」
また、興味を感じた物でもあったのだろうか、突然に進むのを止めた。だが、辺りを見回していた。興味を感じたのでなく、何かが耳に入り探しているように思えた。
「ん・・・・・助けを求めているのかぁ。だが、聞き取り難い。方言か?」
ある一言だけが聞え悩んでいた。それでも、聞えて来た方向が北東の方向だった為に向う事に決めた。時間にして二〇分くらい過ぎた。距離は分からないが近づいて来たからだろうか、聞えて来る言葉が多くなってきたのだろう。進まずに耳を傾けるのが多くなってきた。だが、助けを求めるような人は居ない。それでも、進み続けた。その時・・・。
「小さい主様(ちいさいあるじさま)。助けに向います。もう少し待っていてください」
と、真の耳に確りと言葉として聞えてきた。その言葉以外も聞こうとして意識を集中した。そして、相手にも聞えるのかと、祈りながら大声を上げた。
「おお、わしの言葉が聞えるか?」
「聞えます。もしかして、貴方様は、私の上空に居る人ですか?」
「ん・・・・・・・下?」
下を向いたが、想像を描くような男性は存在しなかった。
「そうです。下です。貴方様は、幽霊なのですか、それとも、猫神様(ねこかみさま)ですか?」
「猫・・・・・・・猫神?」
「話をしている時間が無いのです。猫神様なら、お願いですから力を貸してください。私は、動けないのです。お願いですから小さい主様を助けてください。もし、力を貸してくれるなら動けるようにしてください。私が助けに向います。お願いします。お願いします」
「猫?」
真は、下を見た。草木に隠れ猫が苦しそうに横になっていた。外見からは分からないが、もしかすると、可なり歳を取った猫かもしれない。
「俺の下にいる。猫なのか?」
「私は猫です。お願いですから小さい主様を助けて下さい」
「俺には何も出来ない。それでも、もしかすると、お前の身体に入れば、前と同じように身体が動くかもしれない。だが、痛みがあるかも、そして、記憶が無くなる可能性もある。それでも、良いのか?」
「痛みなら常にある。もう歳だから身体が悲鳴を上げているのでしょう。別の所の痛みが増えても気にはしない。記憶が無くなるのは困りますが、小さい主様の為なら問題は無いので頼みます」
「そうかぁ」
「はい」
猫の必死の頼みに渋々だが答えようとした。
「もう一度、確かめる為に聞くぞ。もし、身体に入った同時に死んでも良いのだな」
「はい、構いません。このまま何もしないで死ぬよりましです」
真は、猫が承諾すると、ゆっくり、ゆっくりと下に向った。そして、猫の身体に少しずつ、猫の身体を労わるように融合していった。完全に融合すると、真の意識に、今まで生きて来た。猫の思い出が、走馬灯のように見えた。猫は二十年も生きて来た。小さい主の両親は子供が出来なかったので、猫を飼ったのだった。それでも、猫が三歳目の誕生日が過ぎた頃に待望の子供が生まれた。それが、小さい主様と叫んでいた者だ。その子を助けるのだろう。その子供は赤子の頃から何を見ても、些細な音でも怖がる子供だった。だが、何故か、猫の尻尾が好きで掴むと安心して寝る赤子だった。それだからだろう。小さい主の両親は、猫を信じて、赤子と猫だけで留守を任せる事が多かった。猫も自分の子供と思っていたのだろう。そのお蔭で、両親が留守でも赤子の鳴き声は家の外にも中にも響く事がなかった。赤子は、猫を、赤子の玩具のガラガラと思っていたのだろう。猫は、その気持ちに答えるように尻尾を左右に振り、掴めるなら掴んでごらんと、猫も遊び気分でしていたのだ。それでも、長い間、尻尾を掴む事が出来ないと泣くので、時々、故意に摑まえさせてやっていた。勿論、猫の痛みの感覚があるので悲鳴をあげていた。その様子が近所に人達に分かるはずもなく、何故、赤子が泣かずに猫の鳴き声だけが響くのかと、驚く人も居た程だった。
「それ程まで思っていたのか、なら力を貸そう。必ず助けよう」
「ありがとう御座います」
猫の二十年の思い出は、一瞬の間で真に伝わった。猫の心底からの思いを感じたからか、それとも、猫の体質に合ったからか、痛みは感じたが記憶と自我は残る事が出来た。猫は敏捷な動きで起き上がり、小さい主が居る場所に向った。
[小さい主様。今、助けに行きます」
と、泣き叫んだ。そして、小さい主の様子を見ると、真は不審と驚きを感じるのだ。
「命の危機でなかったのか?」
「小さい主様の危機です」
「口から泡を吹いているが怪我もないようだぞ?」
「小さい主様は潔癖症で、虫なども死ぬほど嫌いなのです。家に居る時も、外出する時も、私が先頭を歩き、蜘蛛の巣などを払うのが、私の役目なのです。それでも、最近は、小さい主様の運命の相手に出会い。私の役目を終わりと思い、自分の死を隠す為に旅に行こうとしていたのです。その時に、小さい主様の悲鳴が聞えたのですよ」
「そうか、なら如何するのだ?」
「何でしょうか?」
「思いは遂げたと感じたのだが?」
「猫神様の許しがあるのでしたら、命が有る限り、小さい主様の助けになりたいのです」
「そうか、良いぞ。だが、私の身体、いや、転生した身体を見つけるまでになるが、それでも、良いのか。恐らく、俺が身体から出ると命が尽きるかもしれないぞ」
「それまでの命でも構いません」
「そうか、分かった」
「ありがとう御座います」
と、思いを告げながら尻尾で、小さい主の顔や頭に付いている蜘蛛の巣を払っていた。そして、真の許しを貰えると、また、尻尾で服の汚れを落とし終わると、顔の汚れを舐めた。猫の舌はザラザラの舌だから痛いのだろう。男性は直ぐに目を覚ました。
「シロ、シロ。探したのだぞ」
気が付くと直ぐに猫を抱え、涙を浮かべながら喜びを表した。小さい主の言葉に答えるように猫はゴロゴロと喉を鳴らして、ちいさい主に思いを伝えた。
「シロと言うのか、シロよ。俺は、そろそろ、転生した身体を捜しに行かなければならない。それでだ、北東の方向に進みたいのだが、行動してくれるなぁ」
「う・・・・・でも、小さい主様を、この場に置いて行けない」
「自宅に帰したらどうだ」
「それしかないですね」
シロは、虚空を見て鳴いていた。シロは、真と話をしているのだが、人から見ると何もない方向を向いて鳴いているのだ。その姿を見て、猫の主人は恐怖を感じていた。
「シロ、シロ。如何した。何か居るのか?」
その言葉が分かったのだろう。振り向いて、一声だけ鳴くと歩き出した。
「シロ、シロ、家に帰るのだよね?」
シロは、主人が話し続けても家の方向に歩き続ける。それでも、声が聞こえ無くなると、後ろを振り向き、後に付いて来ているのかと確認していた。主人は、猫の名前を呼んでも自分に向って来ない。それが悲しいのか、それとも、夕方の暗い森が怖いのだろうか、猫の後を泣きながら歩き続けた。だが、森から出て住宅街に来ると、何故か泣き止んだ。恐怖を感じる不気味な森を出たからだろうか、人工物が密集して虫も居ないから安心したのだろうか、本当の理由は、極度の自尊心の固まりだった。突然に恥ずかしい気持ちが心を満たしていた。この男性は、幼いように見えるが、歳は、十五歳になっている。名前は、常磐(ときわ)新一(しんいち)と言う。一人の時、特に恐怖を感じる時は幼児に戻る。だが、人、得に女性の視線を感じると痩せ我慢をする性格だった。その性格が分かるから、猫も、運命の相手と結ばれるまで陰ながら手助けをする考えなのだ。この猫と男性の関係や今までの全てが、真の心の中に記憶された。そして、何事も無く、家の目の前まで着く事が出来た。
常磐新一とシロは、何故、森の中で倒れていたのか、それは、真が、七人の女性と別れたの頃に理由があった。時間は、朝の八時五分だ。新一は、普段のように家を出ようとしていた。
「新一さん、おはよう」
同級生の女の子が玄関の前で待っていた。
「げぇ。初音(はつね)ちゃん。何故、居るの?」
「えっ、学校行くでしょう。一緒に行こうかと思ったの」
「でも、突然、どうして」
「父が、警護人を増やしてくれて、歩いて登校を許してくれたからなの」
「ニャァ、ニャアァ」
シロも主人が玄関から出てくると、塀の上から鳴き声を上げた。おはよう。と呼んでいるのだろうか、遅刻するよ。早く行こう。と言っているようにも思えた。それは、幼稚園から小学生、中学、高校と、シロが登下校の見送りをしていたからだ。幼稚園の時なら頼もしかったと思うが、最近では、嬉しいような恥ずかしい気持ちを感じていた。
「シロちゃん。もう、見送りはしなくていいの。私がするからね」
意味が分からないのだろう。シロは、主人を見続けていた。
「ねえ、初音ちゃん。周りに居る人達も一緒に来るの?」
初音の周りには、三十人の強面の男が警護として来ていた。警護とは驚くだろう。裕福な家の子供と思うはずだ。それなら、何故、車で送り向かいしないのか。誰でも、そう思うはずだ。確かに、新一と出会う前は、車で登下校をしていた。新一との出会いの当時、猫の付き添いで学校に来るのは、昔でも今でも有名だった。まあ、新一と初音の出会いの話しは機会が合ったら話すとして、勿論、初音は、一緒に登下校したくて、新一を車に乗せようとしたのだ。だが、猫が引っ掻き騒ぐので車に乗せる事が出来なかった。それで、歩いて登下校したい。そう、両親に頼んだが許してもらえなかったが、何度も頼んで、やっと許して貰えたのだ。そして、初音は、朝、一緒に登校しようと嬉しそうに出迎えたのだ。
「父に、警護は要らないって言ったのよ。だけどね。それだけは許してくれなかったの」
と、話をしていると、シロが塀から下り、新一の足元に絡み付いた。時間だと教えているのだろう。その様子を見て、警護の一人が腕時計を見て声を上げた。
「お嬢様。そろそろ行かなければ、遅刻になります」
「そう分かったわ」
初音は、新一の手を取り歩こうとした。だが、シロは、初音に対してなのか、時間だと教えているのだろうか、一声の怒りの声を上げた。
「シロ。分かったよ。今行くから絡み付いたら歩けないよ」
シロには意味が分かったのだろう。道を教えるように先頭を歩き出した。家から、それ程に離れていなく、初めての曲がり角を曲がった時だ。シロは後ろを振り向いた。主人が後を着いてきているのかと、確かめようとしたのだろう。
「ニャ~」
「本当に頭が良い猫ねぇ」
「ねぇ、初音ちゃん。腕を組まなくても歩けるよ」
シロは、悲しそうに鳴き声を上げた。主人は直ぐに、初音と腕を組み現れたからだ。シロには、その様子が楽しそうに感じたのだろう。初音と会う前は、主人が名前を呼び、シロが逃げて困らせる。そのように遊びながら登下校していたのだ。まあ、新一に言わせれば、「猫の付き人が居ないと外も歩けないのねぇ」と近所の人に笑われたから捕まえて抱っこしようとしたのだ。それなら、新一が猫を守っていると子供心に思っての行動だった。それに、今の初音の場合も、無理に腕の組を外そうとしたら警護をする人が鋭い視線を向けられて嫌々だったのを猫が分かるはずもなかった。
「離れたら危ないわ。これからは、シロの代わりに私が守るって決めたの」
「えっええ、そんな事をしなくてもいいって」
「ニャ~」
シロは「遅いよ」とでも鳴いたのだろうが、新一にも初音にも聞えていない。新一が猫の鳴き声を無視するなど、今までには無かった事だ。それに、驚いたのだろうか、シロも今までに無い行動をした。主人が気づくまで、その場で待つと考えたのだろう。だが、シロに気が付かずに通り過ぎてしまった。その事で悲しかったのだろうか、人では嗚咽のような咳で苦しむ。そのような感じを表した。その息苦しさが聞えたのだろうか、それとも、前に居るはずのシロに助けも求めるつもりだったのだろう。だが、視線には居なかった。直ぐに後ろを振り向いた。そして、シロの容体を確かめに向った。
「フッゴウ。フッゴウ。フッゴウ」
「シロ大丈夫か、どこか痛いのか?」
と、シロの背中を苦しみが癒えるように何度も何度も撫でた。その気持ちが伝わり、痛みが治まったのだろう。呼吸が少しずつ整ってきた。
「シロ、大丈夫か?」
「ニ~ァニャ~」
「良かった。大丈夫なんだなぁ」
「ニャァ」
「新一さん。シロは、私の警護の者に任せて学校に行きましょう。遅刻しちゃうわ」
「でも、あの、でも」
初音は、一人の警護人を、その場に残る指示を与えると、新一の腕を掴みながら歩きだした。それでも、新一は抵抗するが、他の警護人から説得の声や殺意の視線を向けられ渋々と歩き出した。だが、心配になり警護人の人だかりの隙間から後ろを見た。すると、シロを托された者の手からシロが逃げるのを見た。
「シロ、どこに行く~ぅ」
新一は、シロの事だけを思ったからだろう。普段の時には考えらない力を出して、警護人、そして、初音の手から逃げて、シロを追った。
「シロ、シ~ロ~、おいで、シロ、病院に行こう。シロ、おいで、おいで」
シロは、主の声が聞こえているはず。それでも、足を止めようとしなかった。
「新一さん。どこ行くの。遅刻するわよ」
「初音様。これ以上、この場に居れば本当に遅刻します。もし、今の事を聞いてくれないのでしたら、抱えても学校に行って頂きます」
「でっでも」
「どうしても、時間までに学校に行って頂きます」
「むむむ、私に指示をするのですね。頭に来ました。私は、今日は休みます」
「許す事が出来ません」
「なら、学校に行って欲しいなら、シロを探すのを手伝いなさい。シロの容体が何でも無いと分かったら学校に行きます。それか、病院に連れて行くだけでも良いのです。安心すれば、新一も学校に行くはずだから、私も一緒に行きます」
「仕方がありません。無理やり学校に連れて行ったとしても、途中で抜け出して誘拐されては困ります。その、指示に従って猫を探しましょう。ですが、警護の者から離れないと約束だけは守って頂きますぞ」
これ程までの真剣な警護は、確かに、可なりの資産家なのだから誘拐を心配するのは分かる。だが、それだけでなかった。初音の父の代で莫大な資産を作った為に、勿論、怨みを感じる者いるだろう。だが、一番の恐れがあったのだ。父の代で解散はしたが、代々やくざの家系で、まだ、祖父が手打ち式や相談役としての力があり、その為に、一人の孫娘に組の再興を考えている。そう思われ、初音の命を狙う者が居たからだった。
「約束は守る。早く探しに行きなさい」
「必ず探し出します。お待ちください」
初音の言葉で、二十人の警護人が散り、残りの十人が初音を囲むように歩き出した。そして、一時間位の時間が過ぎると、探しに出た全ての者が帰ってきた。だが、何かを隠すような態度を表したのだが、「探し出す事が出来ませんでした」その言葉しか吐かないのだ。初音は、納得するはずもなく、何度も問うが同じ言葉を吐くだけだ。それで、再度、探しに行けと言うが、それも、拒否をされて怒りを爆発する時だった。
「シャー」
と、猫が威嚇する時の鳴き声が響いた。恐らく、シロが威嚇しているはずだ。何故だろう。近くに居るのなら新一と一緒のはずだ。シロに何か遭ったのか、それとも、新一に何か遭って、守る為に戦おうとしているのか、初音は、不審を感じて、その場に向おうとしたが、警護する者に止められた。
「お嬢様、行ってはなりません」
「如何してなのだ。何か隠しているのは分かる。それを、答えないのなら一人でも向うぞ」
初音は、怒りの為だろうか、それとも、猫と同じように男性のような言葉で威嚇を表しているのだろう。その怒りが伝わったのか、それとも、止めても止めなくても同じように怒りを感じるのなら見せた方が、初音の気持ちが落ちつくと感じたに違いない。
「んっ・・・・・・・?」
三十人の警護人は、ある方向に進ませるように囲いを解いた。そして、初音は、猫の鳴き声を辿るように歩きだした。それは、数十歩くらいだろう。
「し・ん。何をしているの?」
初音でなくても驚くはずだ。自分の命よりも大事な猫が、主人を助けるように威嚇をしているのに、新一は、七人の女性に囲まれ喜んでいるとしか思えないからだ。まあ、新一に言わせると、絶世の美女と思える七人に囲まれ膠着しているのだが、それを、初音に分かれとは無理だろう。勿論、分かるはずもなく、問いにも答えないのだから何も見なかったかのように元に居た場所に戻って行った。
「お嬢様?」
「荒井(あらい)、武器を用意しなさい」
「武器・・・・・・?」
「そう、武器を用意しなさい」
「新一様と会ったのでは、まさか、他の組みの者?」
「威嚇する程度の武器で構わない。直ぐに用意しなさい」
「それでしたら、弓で、矢尻に吸盤を付けてみては、どうでしょうか?」
「それを、直ぐに用意しなさい」
「畏まりました」
と、初音に礼を返すと、直ぐに部下に視線を向けた。
「辰(たつ)、直ぐに用意しろ」
「どの位の時間で用意が出来るの?」
「私の娘が弓道をしていますので、三十分もあれば、自宅から帰ってこられます」
「分かりました。この場で待ちます」
この時、時間は朝の八時三十五分だった。
時間を三十分遡る。時刻は朝八時。七人の女性と、真が、今日子の家から出る時だった。真は、七人の女性と離れ、興味を感じたまま行動した時だ。
「北に方向を変えました。あっ、いや、南に変わりました」
明日香が声を上げた。
「広い空き地の近くからは離れないわねぇ。何かを探しているの、逃げているのかな?」
「先ほどと同じ所で、同じ男性・・・そう感じるわ」
「二キロの範囲は変わらないわ。もしかすると、学校裏の森林公園かも知れないわね」
と、真由美が思案して結果を伝えた。
「真由美が言った通りかもね。森林公園に行ってみましょう」
七人の女性は、話題に上がった。その男性の話をしながら公園に向かった。もしかすると、七人の中の誰かの運命の相手かも知れない。誰が言ったのでないが、そう心に感じたに違いない。そして・・・・・・・・・。
「ねね、由美」
「なに?」
「由美は、男性と感じたのでしょう。どのような様子って言うか、容姿とか分かるの?」
「そこまで、分からないの。何て言うのかな・・・・」
「うんうん」
「それで、それで」
「幽霊のようにぼんやりと見えるの。男性だなぁって」
「それだけなの?」
「そうなの。私は、背が高い人なら妥協してもいいかなぁ」
「やっぱり顔でしょう」
「ええ、なんでぇ。性格が、一番でしょう」
と、七人の女性は、その容姿とか様々な事を笑いながら歩いていた。
「そろそろ、公園よね。何も感じないの?」
今日子が、周りを見回すと呟いた。そして、北へ、北へと向う。すると何かを呼ぶ声が聞こえてきた。七人を呼んでいるはずではないが、何故か、自分達を呼んでいるように思い向う。一歩、一歩と近づくと、正確に何て呼んでいるのか分かった。
「シロ、シロ、どこに居る。シロ、シロ、出て来てくれ」
新一の叫ぶ声が、はっきりと耳に入る所まで近寄ると、七人の女性の感覚器官に痛みを感じた。そして、七人が同時に、同じような言葉を一言だけ呟いた。
「あの男よ。間違いないわ」
七人が指を刺す方向には、複数の人が居た。だが、問いただす事をしなくても同じ人を刺しているはずだ。その方向に居た人々は、勿論、初音の警護人の一人も居た。女性の声だから振り向かなかったのか、そうでは無かった。学校が近く運動部などが柔軟体操などで使用している為に、大声や叫び声などでは不審を感じるはずもなかった。指差された。その男性はまだ。
「シロ、シロ」
叫び続けていた。それも、森林公園の中に入ろうか、それとも、住宅街の方に戻ろうかと考えているようだ。その様子を見て、今日子が近づいた。
「シロって犬なの猫なの?」
「えっ、猫です。でも・・・・・・何故?」
「猫を探しているのでしょう。一緒に探してあげる」
「でも、その制服を着ているなら学生だよね。学校は?」
新一と今日子が話しをしていると、六人の女性も集まってきた。それに、気が付かない振りをして、初音の警護人は、この場から逃げるように消えた。恐らく、警護頭の荒井に知らせに向ったのだろう。
「あらあら、八時三十分ね。今からでは遅刻だわぁ。急いでも仕方ないわね」
「でも・・・・・その・・・」
「あなたも遅刻ねぇ。早く学校に行きたいのでしょう。なら、一人で探すよりも八人で探しましょう。それの方が早いわ」
「その・・・・・あのぅ」
「私は、鏡家の今日子よ。宜しくねぇ]
「私は、櫛家(くしけ)の明菜よ」
「白家(はくけ)の明日香」
「粉家(こなけ)の瑠衣。宜しくねぇ」
「えへへ、筆家(ふでけ)の美穂よ」
「宜しく、琴家(ことけ)の由美よ」
「弦家(つるけ)の、真由美です」
新一は、七人の女性の人垣の隙間から初音を探した。一瞬だが、初音を見かけたのだが、初音は、何故か、近寄ろうともしなかった。そして、初音が、視線から消えたので学校にでも向ったと思ったのだろう。それで、安心したのでは無いだろうが、七人の女性に聞かれた事を話し出した。まあ、殆どが猫の話しだったが、それとなく、七人の女性は、左手の小指の赤い感覚器官を見せていた。恐らく、見えると言って欲しいのだろう。だが、初音は、新一が、七人に囲まれている姿だけを見て、怒りを感じたのだ。新一は気が付いていないが、そろそろ、初音が、荒井に武器の用意を告げた。八時三十五分は過ぎようとしていた。この時に、直ぐに八人でも、新一が一人でも猫の探しをしていれば、新一が森の中で倒れる事も、真がシロの体に入る事もなかったはずだ。その事は、新一が分かるはずもなく、まだ、話が続いていた。そして、やっと、八人の男女が、一人一人に別れて猫を探しに行こうと、その結果を出るまでには三十分も経っていた。時間では、九時を過ぎた頃、その時だ。
「守って」
と、何故だろうか、明日香が叫ぶと同時に、左手を体の真横に、新一を守るように上げた。
「ん?」
「ビューゥウウウウウウ」
と、七人の男女が不審を感じると同時に、風を切り裂く音が響いた。
「何だ?」
初音が、荒井に武器を用意しろと言った。その武器から放たれた弓矢の音だった。
「明日香、その左手の指・・・・」
明日香が声を上げると同時に、赤い感覚器官は一メートル位まで伸び扇風機のように回転した。そして、信じられない事が起きた。弓矢は銃弾より遅いとしても人を殺せる凶器なのだ。それを、赤い感覚器官で弾き返したのだった。今日子は、二重の驚きを感じたのだ。運命の人しか見えないはずの赤い感覚器官が見えたのだ。恐らくだが、武器として使う場合は見るに違いないと感じた。
「え、嘘、なぜ、弓矢が飛んで来るの?」
と、明菜が驚きの声を上げるが、今日子が怒りの声をあげた。
「まだ駄目よ。防御して」
その声を聞くと、六人は転生前の事が分かるとしか思えない行動をした。それは、美穂、由美、真由美が明日香と同じ仕草をした。それだけでなく、体を盾にするように新一の周りを囲んだ。そして、残りの三人は、威嚇から敵を探すように視線を動かした。それだけでなく、左手の小指の赤い感覚器官が敵を探すように動くと、敵を探し出したのか、又、変化した。今日子の赤い感覚器官は剣として構え、明菜の物は、鞭のように唸り、瑠衣のも槍のように伸びた。
「ん・・・・玩具?」
今日子が、再度の攻撃が無いと感じたのだろう。視線は周りを探すのを止め、放たれた矢に視線を向けた。そして、驚きの声を上げた。驚くのも当たり前だろう。矢尻が凶器でなく吸盤だったのだ。それを見て安堵しようとした時だ。
「七人の女達ぃ。新一は、私の物よ。直ぐに消えなさい」
「私達の事を言っているの?」
初音が叫び声を上げた。それも、四十メートルも離れているのに声が届くのだ。心底からの怒りで可能になったのだろう。だが、それだけでは収まるはずもなかった。
「もうぉおお、離れないのね。そう、分かったわ。荒井、矢尻を変えずに放ちなさい」
「えっ」
「放ちなさい」
「お嬢様?」
「放ちなさいと言っているのに聞えないの?」
鬼の形相のように変わっただけでなく、声までも殺気を放っていた。
「辰(たつ)、放て」
「誰に向って放つのでしょうか?」
「新一に決まっているでしょう」
「七人の女性でなく、新一様に向けて放つのですか?」
「新一が、女性に色目を使うから悪いのです。常に、私だけを好きと言っていれば今回のような事にならなかったはずです。だから、新一に矢を放つのです。これからは、私だけを愛さないと命が無い。それを分からせるのです。分かったのなら直ぐに放ちなさい」
「お嬢様の言う通りです。新一様が、女性から離れるまで放ち続けます」
「そうよ。やっと、私の気持ちが分かったようね」
「お嬢様。辰が放てと言う言葉を待っています。命令して下さい」
荒井は、人を殺したくない為に、初音の人間としての気持ちに縋った。だが、組の為、そして、お嬢様、その家族や仲間の為なら命を捨てても守るはずだろう。
「うんうん、放ちなさい」
だが、荒井の気持ちが分からないのだろう。満面の笑みを浮かべながら命令を下した。
「当たれぇ~」
と、辰は、先ほど、初音に言った事を実行するように真剣に狙いを定めて放った。
「え、何故、又、放つわよ」
初音が、あれ程の大声を上げたのだ。もし、隠れていたとしても場所は特定出来るだろう。だが、初音は、本心からの叫びだったのだろう。堂々と姿を現して、新一に指差していた。
「守って」
と、明日香は、殺気を感じて放たれる前から構えて待っていたはずだ。そうでなければ、放つと同時に叫ぶ事は出来なかっただろう。
「ん?」
七人の女性は、金属と金属がぶつかり合うような音を聞き、驚きを感じた。
「え、嘘、玩具ではないわよ」
跳ね返った。その矢を七人の女性が見詰めた。だが、直ぐに、今日子と明日香が叫んだ。
「まだよ」
「今日子、明菜、瑠衣、私達の後ろに隠れて」
明日香の言う通りに、二度目、三度目と、矢が新一に向って来る。そして、七度目の矢を弾き終わると、それ以上は放たれなかった。終わったと感じたが、その代わりに、初音の叫び声が響いた。
「何をしている。当たらないでは無いの」
「お嬢様、確実に当たるはずなのです。ですが、何故か、手前で弾き返るのです」
「そう・・・・・・なら威力が足りないのね。拳銃なら届くでしょう。拳銃を使いなさい」
「お嬢様、それでは、脅しでなく殺す事になりますが?」
と、荒井が問い掛けた。
「矢で駄目なら仕方ないわ。そう・・・なら足か手にでも狙って、なら死なないでしょう」
「はい、畏まりました。それなら、私自身が打ちましょう」
「早くしなさい」
初音の掛け声で拳銃の引き金を引いた。一発、二発と続けて撃ったが同じように跳ね返された。それが信じられないのだろう。呆然と立ち尽くした。
「何をしているの。早く当てなさい」
「それが・・・お嬢様・・」
「跳ね返るのね。なら皆で撃ちなさい。誰かは当たるでしょう」
「ですが・・・・」
「何をしているの。私の命令が聞けないの?」
と、初音は鬼のような形相で指示をした。警護人は、初音の姿を見て心底から恐怖を感じたのだろう。三十人の警護人は、隠し持っていた拳銃を取り出すと直ぐに、新一に銃口を向けると弾奏にある全ての弾を撃った。だが、又、全てが弾き返されたのだ。
「むむむむぅううう。何をしているの。私は当てろと言っているのよ」
「それが・・・・」
「むむむ、まだ、弾は有るわね。全て撃ち尽くしなさい」
初音の指示で、弾奏を取れ変えた。その様子をみて、新一は、恐怖を感じたのだろう。叫び声を上げながら公園の中へと逃げ出した。
「うぎゃぁああああ、殺される~ぅ」
「駄目、今、出てったら危険よ」
と、今日子は、新一に伝えるが、我を忘れているように走り続けた。その後を、今日子と友は、初音と警護人も追い掛けたかったのだろうが、殺気を放ちながら睨み合いが続き、動けなかった。その様子が分かるはずもなく、新一は走り続けた。それも、森の中へ、中へと、そして、自分の居場所も分からず、人の気配も感じられなくなると、心細くなった。すると、虫の鳴き声に怯え、蜘蛛の巣が顔に付くと泣き声を上げながら猫の名前を呼び続けた。
「シロ、シロ、出来て、シロ、怖いよ。シロ出てきてよ。シロ~」
そして、新一は、また、違う蜘蛛の巣が顔に付き、それが目に入ったのだろう。痛みと恐怖で目を瞑りながら歩き続けた。このような歩き方なら街中でも、森の中でも転ぶのが当然だろう。思った通りに、三歩も歩く事もなく転んだ。
「シロ、シロ。助けて、助けにきて」
だが、助けを呼んでも、シロは来てくれなかった。それよりも、新一には、これから死ぬ程の恐怖を体験するのだった。普通の人なら死ぬ程の恐怖ではない。ただ、顔の上を虫が歩き回ったのだ。
「ぎゃああああああ」
普通の人でも気分が悪くなるだけだろうが、新一のように失神するはずがないはずだ。
そして、悲鳴を上げた後、三時間後、シロの体に入った真と出会うのだった。
公園と名称だが、木々が九割を占める。元は、いや、今でも墓なのだが、公園と名称が付いたのは、この地の持ち主に理由があった。その者は、明治の有名な富豪だったが、天涯孤独で、自分が死ぬと、誰も墓に訪れる者は居ない。そう思ったのだろう。それで、生前に広大な墓の敷地の中に野外劇場を作り人が集まるようにしたのだ。まあ、野外劇場と言っても形だけで素人が発声練習をするような小さい物だ。席は、50人位あるだろう。それでも、考えていた用途としては使われていなかったが、持ち主の考えの通りに人が集まる公園としては利用されていた。その、公園の入り口で戦争のような騒ぎが起こしていたのが、新一を守る七人の女性と初音と三十人の警護人だった。
「新一が逃げたのよ。早く追いたいの。あの女達を早く片付けなさい」
新一が狂ったように叫びながら消えた後、睨み合いが続いていた。
「お嬢様。ですが・・・・・・」
「拳銃が駄目なら素手で戦いなさい。まさか、女に負けるはずがないでしょう」
「はっ・・・・い」
荒井の気持ちもわかる。拳銃の弾を弾き返したのだ。そのような者と戦っても勝てるはずもない。だが、その気持ちを伝える事が出来なかった。そのような事情で睨み合いが続いていたのだ。それでも、初音の言葉で、恐怖を感じながら少しずつ近寄って行った。
「今日子、どうする?」
明菜が、明日香たちの後ろから問うた。
「どうするも構えを解く訳には行かないでしょう。拳銃で撃ってきたのよ」
「そうよね」
「明日香、美穂、由美、真由美。あのヤクザ達が消えるまで守りをお願い」
「良いわよ。でも、ヤクザなのかな?」
「当たり前でしょう。拳銃よ。普通の人が持っているはずないでしょう」
「刑事とか特種の任務の人かもよ」
「あの男達の顔やあの女の言葉使いを聞いたら判断が出来るでしょう」
と、明日香以外は防御を崩し言い争いを始めた。その話は、初音にも届いていた。
「なっななっんなの。私達がヤクザだと言いたいの」
「おお嬢様、おおお待ちを・・・危険です」
今日子達が、自分達の事を言われていると感じて、怒りを表したまま近寄った。
「確かに、祖父の代はヤクザだったわよ。でも、この者達は、いや、他の者達も今では世界的に有名な警護校を卒業し正式な警護人なのよ。この者達が希望すれば首相でも大統領でも警護が出来る優秀な者達です。ヤクザではありません。訂正しなさい」
「そうだったのですかぁ。済みませんでした」
「もういいわ。許します」
「あっ、いいえ。済みませんでした」
と、明日香以外は、防御も攻撃の構えを解くと、意味が分からないまま謝っていた。
「許します。それで、荒井は、私に付いてきなさい。他の者は公園で新一を探すのです」
初音の自分だけが正しいと思う思考判断で、そく行動していた。その初音の雰囲気だろうか、それとも、真剣に自分が正しいと思う話し振りで雰囲気が変わっていた。先ほどまでの殺気の嵐からお嬢様と普通の子との価値観の違い。そんな口喧嘩に変わっていた。
「散れ。お嬢様、どこに行くのです?」
荒井は一言だけ呟くと他の者達は新一を探しに向った。そして、すたすたと歩く初音の後を追いかけ、追いつくと初音に問うた。
「決まっているでしょう。必ず戻る場所で待つのよ」
「おお、幼馴染だから隠れる場所が分かるのですかぁ」
「何を言っているのです。自宅に決まっているでしょう」
初音は、もう七人の女性には興味が無い。と言うよりも始から会っても居ないような感じで公園の外へと向った。そして、残された七人の女性は、不思議そうに初音が消えるまで呆然と立ち尽くしていた。
「明日香、もう大丈夫と思うわ」
明日香が一人で防御の構えをしていたので止めるように勧めた。
「・・・・・・・」
明日香は辺りを見回して殺気が消えたと感じたのだろう。赤い感覚器官の回転を止めた。
「先ほどの新一と言う人を探すの?」
「今日は諦めましょう。先ほどのヤクザ屋さんに会うと命の危険を感じそう」
怯えるように、由美と真由美が、今日子に視線を向けた。
「そうねぇ。もし、探していて、一人であの人達に会ったら命の危険を感じるのは確かね。探すのは止めましょう」
「今日子、でも、帰るには早いわよ。如何する?」
「そうねぇ。親公認だし、昼まで遊びましょう」
「うぉおお」
「この時間の平日ならケーキバイキングが良いと思うわ」
明日香が独り言のように呟いた。
「それが良いわね」
と、歓声の声を上げた。そして、皆は、昼食を忘れているようにケーキバイキングへと向った。勿論、昼に戻る事は出来るはずもなかった。その頃、初音は、荒井に車を呼ぶように指示を下し、新一の自宅の前に向った。勿論、初音の性格を熟知している荒井は、車内で寛げる車を指示と食事を忘れるはずがない。当然の事だが、新一が帰って来るまで車内から出るはずもなく夕方まで寝てしまっていた。そして、新一の自宅に居る母親も、近所の者も車に近づくはずも無く。それ程に迷惑と感じる車だったのだ。
「今日子、もう一時よ。昼に帰るって言っていたけど、今からでも大丈夫?」
「大丈夫でしょう。赤い感覚器官の導きのまま歩いて時間が経ったと言えばいいわよ。それよりも、問題なのは、母の料理を食べられるかって事なのよ」
「そうねぇ。もう何も食べられないわ」
「でも、帰った方がいいと思うわ」
「そうね。帰るわ。皆は、どうするの?」
「一緒に帰るわよ。私達、今日子の手助けをするって事で、学校を休んだのよ。両親にも連絡が行っているはずだしね」
「うっううう、ありがとう」
今日子は、皆の優しい心遣いを感じて涙を流した。だが、六人の女性の本心はそれぞれ違っていた。明日香の本心は分からないが自分の事だけを考えているはずだ。明菜は、親と大喧嘩して家に帰りたくないから当分の間は、今日子の家で過ごすと考えているはずだ。瑠衣と真由美は、明後日から始まる。好きな芸能人のコンサートを行く為に、今日子を利用する考えだろう。美穂は、念願の十六歳になり、バイクの免許を取りたいと親に言ったが断られ許してくれるまで家に帰るはずがない。由美は、今日子と同じように好きだった人が赤い感覚器官が見えない。そう言われ思いを忘れる為に、今日子達と馬鹿騒ぎしたかった。それでも、六人は、今日子を心配する気持ちは嘘ではなかった。それに、赤い感覚器官が不思議な反応をしていた。それだけでなく、始祖の復活の話を聞き全てを知りたいと言う気持ちがあったので、六人は最後まで今日子の側から離れるはずがなかった。
「今日子、時間に遅れたのだし、少しでも早く帰った方がいいと思うわ」
「うん、そうね。帰りましょう」
その後は、先ほどのケーキバイキングの話をしながら家に向かった。
「遅かったわね。でも、約束の通り帰ってきてくれて良かったわ」
「お父さんは?」
「あなた達が心配で、始祖様のお墓でお祈りをしているの。そろそろ帰って来ると思うわ」
「お父さんが・・・・・そう」
「そうよ。お父さんは、今日子は遅れて来る。二時頃だろうって。でも、今日子、もう何か食べてきたのでしょう。いいわよ。昼に来て食べたって言っておくわ」
「ごめんなさい」
「いいの。それで、今日子、又、出掛けるの?」
「う~むむ」
「今日子、ちょっと来なさい」
母は、一瞬、真剣な表情を表し、今日子だけを隣の部屋に来るように伝えた。そして、娘を座らせると話を始めた。
「気持ちは分かるわ。いいのよ。幼い時から晶君、晶君って言っていたものね。悲しいのは分かるわ。今日は、疲れるほど遊んできなさい」
「うっ」
「お小遣いが無いのでしょう。それは分かっているわ。お父さんも分かっているの。お父さんはね。自分から渡せないから、私から渡しって言われたわ。だから、前の様にとは無理なのは分かるけど、お父さんの前だけは笑みを見せてあげてね」
と、母は、自分と連れ合いの気持ちを伝えた。伝え終わると、今日子にお金を渡した。
「今日子?」
「怒られたの?」
「・・・」
「大丈夫?」
「一緒に謝ってあげようかぁ」
「言い訳してあげるよ?」
今日子が心配なのだろう。近寄って、それぞれの思いを伝えた。
「えへへ、大丈夫よ。ねね、軍資金が出来たの。遊びに行きましょう。どこでもいいわよ」
「えっ、今日子のおごりなの?」
六人の女性は、同時に興奮を表した。
「そうよ」
「きゃぁああああ」
叫び声を上げると、その響き声が消える前には家から居なくなっていた。何処かに遊びに行くのか、それは、考えなくても十六歳が思う場所に、資金が無くなるまで遊ぶ事だろう。早くても夕飯時までには戻れれば良い方だろう。そして、新一とシロ猫と真は、どうなったか、想像は出来るだろうが、新一の自宅の前に、初音が乗っていると分かる車種だ。初音が消えるまで、自宅の近くで隠れていた。勿論、初音の警護人は、公園で探し続けている。初音が自宅に帰ると当時に帰宅の命令が届くはずだ。そして、今日子達は・・・
「今日子、ありがとうね。奢ってくれて。今度、この礼は必ず返すわ」
「いいの。私の感覚器官のお蔭で付き合ってくれているだけで嬉しいし、晶の事も合ったでしょう。それで、帳消しよ。そうそう、夕飯も食べていってね」
と、美穂に言っているようだが、皆に、それぞれ、視線を向けていた。
「うんうん。楽しみしているわ。ご馳走に間違いないもの。食べるわよ」
「皆に、言っているのよ。ありがとうね。勿論、泊まっていってね」
「分かっているって、何のご馳走だろうね」
「最近、私、肉は食べてないしね」
六人の女性が、言葉で返事を返す者、肩を叩く者、笑み浮かべる者と居るが、本心から喜びを表していた。
「今日子、七時よ。大丈夫?」
「うん、大丈夫と思うけど、その為に皆に泊まってもらうのよ」
「そう」
「・・・・」
「もう、その代わりって変だけど、私を口実にしたらいいわ。瑠衣、真由美、明後日からコンサートに行く口実を考えていたのでしょう。それに、美穂は、バイクの免許を取るのでしょう。皆の企みは、私に任せておきなさい」
「今日子、そろそろ、家よ。堂々と玄関から入るの?」
最後のカラオケの店を出ると楽しみの余韻を楽しんでいたが、今日子の家に近づくにしたがい、今日子が話題を変え、それぞれの気持ちを確かめた。そして、玄関を開けると・・。
「おかえり」
と、心配して待っていたのだろう。今日子の父親が出迎えに出てきた。
「それらしい人には会ったわよ。でも、面倒な事になりそう」
今日子は、拳銃で撃たれた事は黙っていた。それは当然だろう。その話をしたら探索する事も家からも出してもらえない。そう考えたからだ。だが、赤い感覚器官が拳銃の弾を弾かなかったら父親に相談したはずだろう。
「面倒な事だとぉ」
「その男、凄い女性に好かれているみたいなの。でも、その男は好意を感じてないと思うの。その事なの、面倒な事ってね。心配しなくても大丈夫よ」
「そうなのか?」
「うん。それで、一週間くらい様子を見たいの。その間は学校を休んでいいよね」
「まあ、一週間は様子を見ようと考えていた。校長も、同族だし始祖様の事だからなぁ。許すだろう。明日の朝でも連絡をしてみる」
「お父さん。勿論、友達もよねぇ」
「う・・・まあ話してみる。校長よりも家族が心配するだろう」
「お願い、お父さんから承諾してくれるように連絡をして」
「でも・・・・友達にも用事があるだろう。一週間もお前の為に貴重な時間を使わせるのもなぁ。そう思うだろう」
「お父さん。私達は、大丈夫だからお願いします」
と、六人は同時に声を上げた。
「そう言うなら良いが、だが、朝と夜には、自分達で家に連絡だけは入れるのだぞ」
「は~い」
先程と同じように返事を返した。
「父さんは用事がある。後で食べるから早く皆で食事を食べなさい」
「母さんも、父さんに用事があるから話しをしてくるわね。あ、それと、客間の二部屋に床の用意をしておくわ。寝る時は、襖を外しなさい。友達と話しながら寝たいのでしょう。あっ、それと、夕食は直ぐ出なくていいわね。私が帰ってきたら一緒に食べましょう」
父は娘と言うよりも友人に気を使ったのだろう。それを感じて、母は、父に謝罪をしようとしたのだろう。二人で玄関から出て行った。社か洞窟に向ったのだろう。父は笑い声が聞えてきて、母が戻り食事をしている。そう感じたはずだ。そして、笑い声が消えると母屋に帰り食事を食べた。それは、七人の女性が、銃弾を弾く恐怖や初めて赤い感覚器官を使った為だろう。早く床に付き楽しい夢を見ている時間だった。そして、七人の女性は朝起きると驚きを感じるのだ。それは、七人が同時に同じ過去の夢を見たからだった。その夢を思い出し、自分達が転生した事実を受けとめ左手の小指の赤い感覚器官の導きを信じて行動するのだった。
七人の女性は同じ部屋で寝ていたからだろうか、それとも、左手の小指の赤い感覚器官の遺伝子の記憶だろうか、七人の女性は同じ夢、過去で起きた。転生する前の、自分の過去の事を夢で見るのだった。七人の女性は気が付くはずもないが、完全に熟睡した。それから、十二時を過ぎた頃から夢が始まった。その夢とは・・・・・・・・・・・。
現代の七人の女性が生活している時代よりも7500万年前の現在の月での生活だった。その月は、現代で分かりやすく言うのならノアの箱舟と思ってくれたら分かり安いだろう。勿論、月の主は、始祖の真だ。住人は、代々、近衛部隊の片翼を担っていた一族が住んでいた。その一族の女性で、真の后と側室だった。七人は愛称で呼ばれていた。今日子は、日姫と呼ばれていた。美穂は、月姫。由美は、火姫。瑠衣は、水姫。明菜は、木姫。明日香は、金姫。真由美は、土姫。だった。その名前が、自分達と分かるのは当然だろう。自分自身の過去を見ているのだからだ。それは、本名では無いが、一週間に一度だけ真と会えて、持て成すのが役目だった。その為に、決められた曜日の名前で呼ばれていたのだった。そして、月の中心に真と七人の姫の専用の建物は一族が守るように建てられていた。その建物の月曜の朝から夢が始まるのだった。それだけでなく時刻を知らせるように決まった時間に悲鳴のような声が響く事も思い出すのだ。
「うぁあああああ、もう時間が過ぎているわ」
と、それは、今日子であり。日姫の叫びだった。
「早く、真様の部屋に行き支度の準備をしなくてはならないわ。まあ、月姫だから何も言わないだろうけど、今度の月曜からは早く起きるわよ」
今日子は呟くが、今日子と真は、幼馴染で,
幼い頃から同じ建物で住んで居た頃から考えていたが、一度も守る事が出来なかった誓いだった。
「おお今起きたかぁ。また、同じ誓いかぁ」
と、真は、自室で身支度を整えて待っていたが、無理して待たずに次の曜日の姫の所に向かっても良いのだ。だが、姫の気使いとして共に次ぎの姫の所に行くのが普通だ。一人で行くと、その部屋の姫が不手際をしたと思われるからだ。それでも、時間だけは守るのが礼儀だったのだが、日姫は、一族の長であり、許婚であった。それで、他の姫とは特別の扱いだったのだが、限度はあるだろう。悲鳴が響いてから、呆れるくらいの時間が過ぎているのだ。一時間くらいだろうか、時刻では十時が過ぎていた。約束の時間から二時間も過ぎているのだ。
「お待たせしました。あっ、身支度は済んでしまったのですね」
「許婚だが、未成年ですし、私も恥ずかしいですよ。着替えは一人で出来ますよ」
「そうよね。それでは、月姫の所に行きましょうか?」
「そうですね」
真が頷くと、館から出た。この建物は変わった作りをしていた。建物の中心に寄り添うように二軒の部屋が作られ、別々に真と日姫が住んでいた。それを守るように周りに六軒の部屋で囲まれていたが、行き来をする為に廊下が作られていたのだ。その廊下を二人だけで歩き、月姫の部屋に向う。無言で歩いているのは、時間に遅れて月姫に済まない気持ちからだと思えた。そして、部屋の前で立ち止まり言葉を掛けた。
「月姫様、朝食の儀に、真様をお連れしました」
扉の前で待っていたのだろうが、直ぐに言葉が返ってきた。
「日姫様、お連れの儀、ありがとう御座います。後は、私にお任せ下さい」
扉越しに言葉が聞え、その言葉を聞き終わると、日姫は、真に会釈をすると自室に帰っていった。真は、日姫に頷くと扉を開けた。
「月姫、おはよう」
「ニャ~」
「真様、おはようございます」
何匹の猫の鳴き声と同時に、月姫の挨拶が聞えた。この姫は、別の愛称、猫姫とも言われていたのだった。部屋の中に、三十匹の猫と暮らしていた為だろう。
「今ねぇ。猫のご飯や掃除していたの。ごめんね。真様の専用の椅子に座って少し待っていて、直ぐに朝食の用意をしますからねぇ」
月姫が、そう呟くと、シートに覆われていた椅子を勧めた。真は頷き、自分でシートを退けて座った。何故、隠しているのかと疑問に思うだろうが、それは、真に対しての気遣いだった。猫の毛などで汚れないように被せていたのだった。勿論、それは、無駄に終わるのだが、椅子は毛が付いてなくても、猫が、真の膝の上に座りに来るし、足や手などに擦り寄ってくる。そうなれば、猫の毛が付いてしまうからだ。別に、真は猫が嫌いでないから気にはしないが、座る前から毛などで汚れているのを気にすると思い、月姫が考えたのだろう。
「真様、湯浴みの用意はしてあるけど、入ってきませんか、まだ、少々時間も掛かりますしね。ああ、変な意味で用意しているのではありませんよ。私、寝坊してしまって、湯浴みが済んでいなかったのです。もしよければ、先に入ってきませんか?」
真に視線を向けずに、愛しそうに猫のご飯や、水を変えながら問い掛けた。
「そうしようかなぁ」
真は、自分が、月姫の邪魔しているように思い。湯浴みをしようと考えた。その行動は偶然だったのだろうか、月姫の思惑だったのだろうか、猫が真に興味を感じたのか、遊んでくれると思ったのだろう。猫の殆どが真の後を付いてきて、浴室の扉のガラスを引掻いて遊んでと訴えていた。そのお蔭で、掃除などが遣り易くなったのは確かだった。
「月姫さん。良い湯加減でしたよ」
自分が着てきた物が無く、着替えを用意されていた。何時、来たのか気が付かなかったが、この準備をする気持ちがあるのだから変な思惑とは考え過ぎだろう.だが、真が変な思惑と考えているのは、普通の男性なら泣いて喜ぶのだが、真は、まだ、子供なのだろう。
「真様。それは、良かったです。無理に勧めて済まないと感じていたのですよ」
「私も、朝の湯浴みは好きですから、気にしないでくださいね」
「それでは、私も湯浴みをしてきますね。その後に朝食の用意をしますわね。自分の物や猫なら猫の毛など入っても気にしませんが、真様には食べさせられません。直ぐに上がってきますので、待っていてくださいね」
「そんなに、気にしなくてもいいのですよ」
「駄目です。真様が病気になっては大変ですからね」
「はい、楽しみして待っています」
それから、月姫が湯浴みから上がり、朝食の用意を初め、食べるのには十二時は過ぎる頃になった。日姫が、月姫なら何も言わないと考えたのは、このような状態を知っていたのだろうか、それとも、六人の中では付き合いが長いから許してくれると思ったのだろうか。
「それでは、ゆっくり食べてくださいね」
朝食は一般的な物だった。現代の日本で例えるのなら納豆と海苔と玉子焼きだった。勿論、味噌汁はあるが、手間が掛からない物だった。それと、当然だが、食事の間だけと思うが、全ての猫は別室に閉じ込めていた。猫の事が一番に考えると思ったのだが、先ほどの猫の毛の事は本当の気持ちのようだ。
「ありがとう」
「美味しいですかぁ?」
「うん、味噌汁が美味しいね」
「良かったわ。お替りもあるからねぇ」
「うんうん」
お替りはしなかったが、真は、お腹が一杯になったと、礼を返した。そして、月姫は、片付けが終わると、嬉しそうに隣の部屋を開けて猫を出して上げた。真は、月姫が嬉しそうに猫を抱え上げた姿を見て、問い掛けたい思いが膨らんだ。
「ねね、月姫さんは、何故、何十匹も猫を飼うのです?」
「飼う動機はね。他の六人の女性は一人で部屋に居るのか、どのような生活をしているか知らないけど、私は、一人だったのね。それで、寂しくて一匹のトラ猫を飼ったの」
「それで、私も、他の人の普段の事は聞かないねぇ。でも、皆、楽しんでいると思っていましたよ。月姫さんは、寂しかったのですか」
「この部屋に来て直ぐの時ねぇ。今は、忙しくて、そのような気持ちにはならないわ」
「そうかぁ。なら良かった」
「それでねぇ。トラ猫の臭いが体に付いてたのかしらねぇ。街に買い物を行くとね。野良猫がね。私の所によってくるの。お腹が空いているのかな、それとも、寂しいのかな、両方かもね。それで、何度か会っていると、抱っこしたくなって、ご飯も上げたわ。そうするとね。家まで着いてきてしまって、まさか、帰りなさいとも言えなくなってね。飼う事に決めたの。それの繰り返しね。それで、三十匹も飼う事になったわ。でも、家には居ないけど、ご飯だけ食べに来る猫も居るのよ」
「ご飯だけ、食べて帰るの?」
「そうよ。たぶん、その猫は、一度は飼われたのかもね。捨てられたと思うわ。もしかすると飼われたり捨てられたりを繰り返して、人とは暮らすのを諦めたのかしれないわ」
「そうか」
「私は、そう思っているから無理に触ろうとか、飼うとかは考えてないの。でも、何時でも部屋に入れるように隙間は開けているの。寒い時は、勝手に入って寝ているのよ。ご飯を上げたら直ぐ外に出て行くけどね。もしかして縄張りの見回りなのかもねぇ」
「猫って、そうなのか?」
「分からないわ。私の空想よ」
「なら、猫専用の建物でも作るように掛け合ってあげようかぁ」
「それは、無理よ。人の言葉が分かるはずもないし。空き家では住まないかもねぇ」
「そうか」
「そうねぇ。猫って気分屋な所もあるしねぇ」
「何となく分かるよ。楽しくないと住まないよ。そう言う理由でしょう」
「そうねぇ」
「ごめんね。変な事を聞いて」
「いいわよ。そうそう、猫の毛繕いをしてみる?」
「簡単なのかな?」
「簡単よ。猫専用の鉄の櫛で梳かすだけよ」
「ほう」
「見ていてね」
そう真に言うと、猫を抱っこして左手で頭を撫で、猫の気分をそらして、櫛で梳かす。それを何度か繰り返した。真様は、その姿を見て感心していた。恐らく自分でも出来ると思っているのだろう。
「やって見ますかぁ?」
「うんうん」
この一言で、今日から月姫の部屋での仕事となってしまうのだ、それは、まだ、気が付かないでいる。真であった。
「猫って温かくて柔らかくて気持ちがいいね」
真は、猫を抱えるまでは良いが、その後の櫛で梳かすのに、自分の血を流す事になるのだ。当然だろう。猫は櫛で梳かされるのが嫌いだし、長い間触られるのも嫌なのだからだ。でも、時々体を触って欲しいと気まぐれな気持ちもあるのだが、それは、まだ、今は気が付いていない。
「痛い、痛い、噛まないでくれよ」
「それは、仕方ないの。適当にしたら止めて、他の猫の毛を梳かすの」
「そうか」
「何匹もしていると、猫の方で遊んで欲しくて近寄って来るから又、梳かしてみてねぇ」
「うんうん、そうしてみるよ」
あっと言う間に三時が過ぎ、おやつと、昼食にしようと言われたが、まだ、二匹しか梳かしていなかった。捕まえようとするから猫は、遊んでくれていると思い逃げ回っていたからだった。
「いいわよ。食事を食べてから又、お願いしても良いかしら?」
「うんうん、いいよ」
「真様、湯浴みの用意が出来ているからどうぞ。猫の毛が付いて気持ち悪いでしょう」
「いいよ。手だけを洗って、服の毛は外で払ってくるよ。もし私の考え過ぎなら良いけど、私の為に無理に、月姫も湯浴みするのなら気にしなくていいからね」
「そう、なら、私も真様と同じようにしますね」
「うんうん、それで、いいよ」
真は、食事が出来るまで少しでも猫の毛を梳かしていた。そして、月姫は、真に一週間前に言われた事を思い出し、中華そばを作り、猫の話題をしながら楽しい昼食を済ました。二人が食べ終わると、真に猫の毛を梳かす事をお願いすると、今度は、猫の食事と猫のトイレの掃除を始めたのだった。真の表情からは疲れと嫌気を感じているように思えたが、真は、何も言わずに続けた。その様子を、笑みを浮かべながら月姫は見ていた。月姫は、手伝う事はしなかったが、猫を撫でて気持ちを穏やかにして手助けをしていたのか、ただ、可愛がっていたのかは判断が出来なかった。真が全ての猫の毛を梳かし終わったのは、夜の七時になっていた。
「大変だったでしょう。手の噛み傷や引っかき傷に薬を塗って上げますわ。手を出してください。少し沁みると思いますが我慢してくださいね」
「ありがとう」
「もう、嫌になったでしょう。お疲れ様ね」
「いいえ、楽しかったよ」
「なら、また、来週もお願いしようかしら」
「うんうん、いいよ」
「それでは、夕飯を食べましょうかぁ。今日は鍋よ」
「おおお、そうかぁ。楽しみですね」
「私は、鍋の用意と猫を部屋に入れてきますから、湯浴みをしてきて下さい」
「うん、そうするよ」
「湯浴みの後は、また、薬を塗ってあげますね」
真は、猫との格闘で疲れたのだろう。月姫に、夕食が出来たと呼ばれるまで湯に使っていた。自分では気が付かなかったが寝ていたのだろう。そして、謝りながら上がってきた。そのような理由があったからだろう。食事が済むと直ぐに横になり寝てしまった。それでも、月姫は、熟睡するはずがないと思い。そのまま寝かせていた。月姫の考えていた通りに起きだし、床で寝るように勧めた。そして、火姫の部屋に向う為のぎりぎりの時間までを起こさないように決めた。勿論、その朝は又、真が起きないように注意をして、朝の猫の御飯を上げて居たのだった。
「真様。火姫様が待っていると思いますよ。遅れると可哀想です。出来たら、私も一緒に、火姫様の所に行きたいので起きてください」
七人の姫達は、出来るなら真一人だけでは部屋に行って欲しくなかったのだ。自分の落ち度が合ったと思われる考えもあるが、他の姫と会えるのはお連れする時だけ、まあ、買い物とかで出会う時もあるが、一日の始まりの挨拶だけでもしたいし、元気なのかと顔が見たいと思う気持ちがあるからだ。
「ああ、もう時間になりましたか、起きますよ。それで、もし出来れば、コーヒーが飲みたいのです。火姫さんの所ではお茶しか飲めないと思いますので、飲ませてくれませんか」
「いいわよ。でも、急いで支度をしてくださいね」
「それは、大丈夫ですよ」
真が、着替えをしている間に、月姫は、コーヒーを作ってくれていた。寛いで飲める時間は無かったが、それでも、気持ちの良い気分を味わう事はできた。
「それでは、行きましょうかぁ」
月姫は、先に扉を開けて、真が部屋から出て来るのを待っていた。そして、案内をするように、先を歩きだした。案内するほど遠くにあるのではない。隣の部屋に行くのだ。まあ、それでも、普通なら隣の家に行く程は離れている。
「火姫様、真様をお連れしました」
「・・・・・・・・・」
月姫が扉を叩き、声を上げるが返事は無かった。それで、仕方がなく。月姫は、真を一人残して帰って行った。規則として他の姫の部屋には入れない事になっていたのだ。
「姫、おはよう」
真は、火姫だけには、姫と言っていた。ひひめ。と言い辛いのもあるが、火姫の性格にも理由がある。それは、極端の人見知りなのだ。それと、火姫の部屋の様子を見たら分かるだろう。
「真様。お待ちしておりました。中にお入り下さい」
扉を開けて中を見れば、大抵の人は驚くだろう。部屋の四隅には本棚が置かれている。と言うか本棚しかないのだった。その中心には、小さい卓袱台と部屋の様子から考えて見れば、不釣合いな本格的な茶道の道具が置かれていた。それと、座布団が二つ、それだけだった。
「ありがとう」
真は、会釈すると中に入り座布団に座った。
「まず、白湯を飲んで待っていてください。飲み終わる前には、朝食を用意します」
真には、その後に何が出てきて、何をするか何年も同じだった為に分かる。それでも、楽しそうに待っていた。
「今日のフリカケは山葵の味がするのですよ」
と、茶碗に、ご飯を装うと、フリカケをかけて手渡した。
「ありがとう」
そして、火姫は、本格的の茶道のようにお茶を立て、茶碗に注いだ。
「頂きましょう」
自分も同じ物を用意していたので、お茶を注ぐと食べ始めた。
「美味しいでしょう?」
「そうだね。美味しいね」
真は、余ほど空腹だったのだろう。一気に食べるとお替りをお願いした。二杯目を食べ終わる頃、火姫も食べ終え、そして、又、お茶を立て始めたのだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
真と火姫は、無言で同じように五度もお茶を飲み。六度目のお茶を立てようとした時だ。真は、無言に堪えられなくなり言葉を掛けた。
「姫さん。今日は何の本を読むのかなぁ。楽しみです」
火姫が満面の笑みを浮かべると、本棚から本を取りだすと声を上げて読み始めた。それは、本当嬉しそうだ。面白い物語を伝えたいからでは無いだろう。真と同じ趣味と思い。そして、真と二人だけの会話が出来るからに違いない。まあ、真も今読んでいる本だけを読んでくれて、その感想などの会話から二人が頬を赤める会話に発展してくれたら嬉しいだろうが、それは無理だった。火姫は、一冊が読み終わると感想の話しになり。また、そして、また、と深夜まで本を読み続けた。途中で休憩したが、それは食事を食べる二度だけだ。三時と、八時だった。その食事もお茶漬けだ。時間を無駄にしたくないからなのか、その判断は分からないが、美味しそうに食べる。そんな、火姫の表情を見ると好物なのかもしれない。流石に次の日を過ぎた時間になると疲れたのか、湯浴みの用意をすると言って立ち上がった。
「姫さんは、本当に本が好きなんだなぁ」
と、真が呟くが、このような状態では好きと言う言葉で表す事は出来ないだろう。そして、
「真様。湯浴みの用意が出来ました」
火姫は、大声を上げるが少し恥ずかしそうな声色だった。
「ありがとう」
と、返事を返し、火姫の声がする風呂場に向った。
「真様が好きな湯加減の四十度に合わせました。もし、調整して欲しい時は言ってくださいね。ああ、それと背中は流しますので、その時は教えてくださいね」
火姫は、水着姿で恥ずかしそうに話をかけた。
「ありがとう。でも、いいよ。身体くらい一人でも洗えるからね」
「でも、一族の補佐役であり、真様の私生活を取り仕切る侍従長に、私が叱られます」
「大丈夫だと思うよ。まあ、義理の父みたいな人だしね」
「でも、でも」
「姫さんが、そうしたいならお願いしようかなぁ」
「それでは、背中を洗わして頂きます」
真は、自分の背中に気持ちを集中していた。そして、正面の鏡から火姫が真剣に洗ってくれる姿を見ていた。時々、「痒い所はありませんか?」と話をかけてくる。「無いです」と返事を返す。本当に無かったのだ。丁寧で、全ての場所を綺麗に洗う。その心底からの気持ちが伝わってくるのだ。
「ありがとう。後は、自分で洗うからいいよ。姫が入る準備でもしてきなさい。その頃には風呂から上がっていると思うからね」
「はい、着替えとタオルの用意をしてきます。真様の着替えは二種類の服を用意してありますので好きな物を着て下さい」
二種類と驚くだろうが、帰りの服装と寝巻きだった。泊まって行くか帰るか、真が決めて欲しいからだった。
「ありがとう」
と、湯船から答えるが、帰る気持ちが無い。皆は、月の主と思っているだろうが、自分だけが別の一族の者だ。分かり安く言うのなら婿養子に来たと思ってくれれば分かってくれるだろう。真が風呂場から出ると入り口の前で、火姫が着替えを持って待っていた。
「上がったよ。なら寝るね。おやすみ」
「はい、お休みなさいませ・・・・・・・・」
火姫は、決められた言葉だけの会話のようだ。その後は、真が寝室に入るまで見続け、それから、風呂場に入った。そして、出る頃には、真は寝ているだろう。まあ、熟睡しているか分からないが、火姫も、真の寝室に入るはずもなく自分の床に入った。
「真様。おはよう御座います。支度の用意が出来ました」
火姫は、小声で伝えるが起きてくれなくて、真のオデコを軽く叩いた。
「ん、あっおはよう」
火姫は、朝六時に真を起こしに来た。
「八時まで、水姫の所に向わなくてはなりません」
「そうだったね」
「真様、早く着替えましょう」
火姫は丁寧なのだが遅い。でも、自分で着替えると言えずに任せていた。着替えが終わると、湯浴みの用意がしてあると言われたが断り、洗面だけで良いと伝えた。
「それでは、朝食の用意をしてきます」
「いいよ。直ぐに行くね」
直ぐに向ったのだが、また、正座で無言のまま、長い時間を待つ事になるのだった。確かに、茶碗にご飯が装ってあるが、それだけだ。火姫は、真剣に茶の用意をしていた。
「今日の朝食は鮭の茶漬けにしましたよ。鮭の場合はお茶をかけた後に振り掛けるのが美味しいのですよ。楽しみしていてね」
そう言うと、嬉しそうに茶碗にお茶を注ぎ入れた。
「そうなんだ」
「鮭の旨味がお茶に溶けてしまうのです」
「ほうほう」
まあ、3食もお茶漬けを食べる。と言うか毎週火曜日はお茶漬けの日だった。
「うんうん。味が違うかも美味しいよ」
「・・・・・・・・」
また、無言で見詰められた。食べているから無言と言うのではないだろう。予定外の返事だった為に、何て言うか考えているのだろう。恐らく、火姫は味が違うのは当然で「美味しい」その一言か、好意を感じる言葉でも聞ける。そう感じているようだった。そして、また、水姫の部屋に向う時間まで、無言でお茶を飲み続ける事になるのだった。
「水姫様。真様をお連れしました」
と、火姫は、朝の十時になると水姫の部屋に向い。そして、用件だけを伝えた。
「まま真様。お待ちしていました」
と、水姫は、火姫に礼儀も返礼も返さず。扉を開けると真の手を取り部屋の中に招き入れた。そして、思い出したように、火姫に頭を下げた。
「火姫さん。ありがとうね」
火姫は、水姫の言葉を聞き、無言で丁寧に礼儀を返すと、自室に向った。その向う途中に、部屋の中居るはずの水姫の大声が響き渡っていた。
「真様。私、一週間も待って居たの。早くぅ。早くゲームをしましょう」
部屋の中では、水姫が真にすがる様に、壁に書いてあるダーツの的のような物に指を指していた。疲れたように真は頷いていた。恐らく真にとっては嫌な事でも始まるのだろう。
「又、週一回だけのゲームを始めましょう。ねね、やってくれますわよね」
「は、い」
真は、疲れたように頷いた。よほど、嫌なのだろう。
「ねね、それで勝った人は、勿論、勝つ度に言う事を一つ聞くのでいいわよね」
「は・・・い」
「それでは、まず一回目、負けた方が昼食を作る。それでいいわよね」
「は・・・い」
「ダーツの的に赤い感覚器官で三回刺して、点数が多い方が勝ちよ。真様は、ダーツの矢ね。それでは、先に、私から先に行くわよ」
と、水姫は、左手の小指の赤い感覚器官を手の平と水平に伸ばした。そして、手の平をダーツの中心に合わせた。
「当たれ」
と、声を上げると同時に、赤い感覚器官が水平にダーツの的の中心に刺さった。
「やったわ。十点よ」
それは当然だろう。赤い感覚器官は身体の一部だ。伸びる長さは決まっているが、手で物を掴む様な感じだ。それだから狙いは百パーセントだ。
「次は、真様よ。がんばれぇ」
「そうだね。当たるといいなぁ」
「大丈夫よ。しっかり狙えば当たるわよ」
水姫は、簡単の様に言うが、自分と違い、真は、ダーツに付いている専用の矢だ。当たる確立は百パーセント勘と考えていいだろう。中心に当たる訳が無いのは分かるはずだ。それでも、笑みを浮かべて声援しているのは勝利の女神のつもりだろうか、いや、そうでは無いだろう。勝ちが決まっているからの余裕の笑みに間違いないはず。そして、真は、何度も中心に当たるように狙い。ダーツを投げた。勿論だが、外れた。
「あらら、残念ねぇ。八点だったわ。でも、三回の勝負だから次は当たるわよ」
「そうだね。次は当てるぞ」
「そうよ。そうよ。どうする。今度は、真様から投げますか?」
「そうだなぁ。先に投げてみるよ」
真は又、真剣に狙い中心を狙い。二度目を投げた。だが・・・・・・。
「おおおお、凄いわね。又、八点だわ。今度、私が六点以下なら負けるわ。怖いわ。どうしましょう。怖くて手が震えてきたわ」
「がんばれ、大丈夫だって深呼吸して落ち着いてから投げた方がいいよ」
真は、本心なのだろうか、赤い感覚器官は手が震えようがまったく逆の方向を向いて伸ばしても頭で思った狙いの場所に曲がって当たるのだ。それは、分かっているのだろうか、いや、感覚器官が無い為に判らないだろう。震える手を見て真剣に祈ってあげていた。だが、水姫は、曲がった性格なのだろうか、真の練習の為なのだろうか、同点が何度も続いた。その回数は、二人は分からないだろう。それでも、一時間も同点の争いが続き。食事の用意をするぎりぎりの時間。十一時に決着が付いた。勿論、水姫が勝ったのだ。
「うぁわああああ。中心に当たりましたわ。やったわ。私の勝ちですねぇ」
(真様。ごめんね。私は、というか女性はね。男性で全ての人生は決まってしまうの。運も、力も無ければ駄目なのよ。それに、優しいだけでも駄目なの。家事も何でも出来ないと駄目だと思うの。だから、私は、試しながら遊んでいるのよ。ゲームでも戦いの役に立つはずだし練習にもなるわ。だから、ごめんね。私が勝ってしまったわ。ああ、でも、私が楽をしたいからでは無いの。だって、真様は、赤い感覚器官が無いし、何かの武器の練習をしないと駄目だと思うわ。自分を守る事も戦う事も出来る。それで、私も真剣に相手をしているの。がんばってくださいね)
「負けたね。それで、水姫さんは、何が食べたいのかな?」
「オムライスが食べたいわ。綺麗な半熟にして下さいね」
「先週は失敗したね。大丈夫だよ。今度は半熟にするからね」
「うわぁ。楽しみですわ。でも、真様。私、先に、サラダから食べたいわ。それから、スープねぇ。それで、出来上がるまでニ品を食べながら待っているわ」
水姫は、注文を言った。真が困った顔が見えないのだろうか、満面の笑みを浮かべた。
「そうかぁ。いいですよ」
「ありがとう」
水姫は、真が汗を流しながら作っていると言うのに、「サラダを早く頂戴」「スープはまだなの?」など注文を付ける。やっとメインのオムライスが出来上がると、食後の紅茶が欲しいと駄々をこめる。仕方なく自分の食事を中断して用意すると、今度は「早く食べて終えてゲームをしましょう」と言い出すのだった。
「早く、早く」
「はい、うん、直ぐ食べ終わるからね」
真は、サラダも、スープもなく、オムライスを紅茶で流し込むように食べ終えた。そして、真が片付けるのを見ながら次の勝負の約束事を口に出して考えていた。
「そうだぁ。今度、負けた人は、部屋の掃除をするって事にしませんか?」
「水姫さんが、それを希望するなら・・・・・」
「なら、決まりね」
水姫は、真が悩んでいる姿など構わないで勝手に決めてしまった。勿論、また、真が負けて掃除をする事になり、次の勝負は、洗濯、肩を揉むなど様々な事を勝負する。そして、負けたからと言う理由でやらせた。それが、夕方が過ぎても続くのだ。勿論、夕食の食事も湯浴みの用意から寝室の寝具の用意まで忘れるはずもなく。極めつけは、明日の朝食と七時に起床するから起こしてくれと言い放ったのだった。そして、真は用件をすませ湯浴みから床に入る時は、朝の三時になっていた。直ぐに熟睡できたが、朝食の用意の為に仮眠のような睡眠を取り、約束の朝食を用意してから起こしに向った。
「水姫さん。時間だよ。起きてくださいね」
と、扉越しから言うが、それで起きるようなら起こしてくれなど言うはずもなかった。ドキドキしながら扉を開けて中に入ってきた。ドキとするような寝相の悪さに驚きと言うか微かな喜びを感じながら、水姫のオデコを叩いた。
「ううっう、もう朝なの?」
「七時は過ぎたよ」
「着替えて直ぐ行く。真様の用意は出来ているの?」
「用意?」
「エプロン姿のままでしょう。早く着替えて」
「えっ」
「木姫から言われているのを忘れていたわ。必ず七時半には部屋に連れてきてって言われているのよ」
「えっ」
「だがら、早くしてね。私が着替え終わる前には、部屋から出られる用意をしてよ」
真は、下着の乱れなど忘れる程に急いで着替えた。それと同時に部屋から水姫が出てきて一言だけ呟いた。
「納豆にはネギが入ってないのね。来週はちゃんと入れてね」
「えっ」
「それでは、また、来週の勝負を楽しみしているわ」
「あっ」
信じられない事を言うと、急いでも木姫の部屋に向うのだった。
「木姫様。朝食の儀にお連れしました」
水姫は扉を叩くと同時に声を上げた。勿論と言うべきだろう。約束の七時半丁度だった。
「水姫様、ありがとう御座います」
「間に合ったでしょう?」
「ぎりぎりです。何故、余裕って時間が無いのです。仕方がありません。この時間の証明書の代わりに写真を撮らせてもらいます」
今にも泣き出しそうに、真と水姫を扉の前に立たせて写真を撮った。
「それでは、真様。履物は用意してありますので、お入りください」
「ありがとう」
「そして、奥の部屋にソファーを用意しておりますので寛いでくださいませ」
木姫は、下級階級の育ちの為に何も分からずに建物に住み。真様に尽くすように言われていたのだった。水姫の対応など知るはずもなく、もし知っていれば心臓が止まるほどに驚くだろう。だが、分かっているのは、一族でも有名な日姫の真の想いは知っていた。それで、自分と真が浮気をしている。まあ、側室だから浮気にはならないだろうが、もしそのような行為らしき話が日姫の耳に入れば命が無い。それだけなら良いが、家族の命も危ないと考える人だったのだ。それで、一時間毎に証明書を作る事を考えたのだ。そうすれば分かってもらえるはず。それが一時間後に写真を撮る考えだった。日姫の事を考えると、真が、一メートル以上近寄ると悲鳴を上げてしまう。「日姫様に殺されます。私は、ご友人でも恐れ多いのに、姫になってしまったのです。それだけでも恐ろしいのに、日姫様に、真様に一メートル以上近づいた。子供を成したと陰で言われるのでないか、それを考えると怖いのです。どうか近づかないで下さい」と、泣き叫ぶのだった。さて、今日も今までと同じ状況になるのだろうか?
「木姫さん」
「なななんでしょうかぁ」
「挨拶していませんでしたね。木姫さん。おはよう」
「真様。おはよう御座います。今日も宜しく御願い致します」
「ありがとう」
「きゃあああああ、何故、動くのですかぁ。動かないで下さい」
「えっ」
真が微かに動くと、木姫が悲鳴を上げた。真はテープルの上にあるポットから紅茶を注ごうとして飲もうとしただけだったのだが、何故か、今にでも死にそうな声を上げたのだ。
「動かないで下さい。な何をしようとしたのですか?」
「いや、その・・・・あのねぇ」
「言葉だけで伝えて下さい。用件は全て、私が致します」
「紅茶を飲もうとしただけですよ」
「はぁあああ、そんな事ですかぁ。私が致します。本当に、心臓が止まるかと思いました」
二人は同じ溜息を吐いたが、まったく別の意味だった。そして、木姫は、固定に設置されたカメラを自動で撮れるように設定すると、真の前に行き、ポットを取りカップに注ぐ場面を撮った。そして、また、先ほどの正面の椅子に座った。だが、別のカメラを抱え。何時でも、真が動けば直ぐに写真を撮る考えでカメラを覗いていた。
「ありがとう。美味しそうだね。頂きます」
真が紅茶を飲む姿をコマ送りでも観られるように撮りだした。
「数分間の時間が遅れましたが、朝食の用意が出来ております。隣の部屋に来てください」
「楽しみにしていましたよ。木姫さんの料理は、七人の女性では一番の料理上手ですからね。今日の朝食は、何かな、わくわくします」
真は、たしかに、料理は楽しみしている気持ちは嘘ではなかった。だが・・・・・。
「どうぞ、好きな物を食べてください」
「又ですかぁ。はぁあああ」
直径三メートルの円形のテーブルの上には料理が置かれていたが量が多く、現代で言う所のパンがメインの朝食とご飯のメインの両方の料理が置かれていたのだ。それで、驚いたのでない。四隅と天井にカメラが置かれて自動で撮影していた。
「御替りはありますので、言って下さいね」
「大丈夫ですよ。テーブルの上にある物で足ります」
真は、普通なら片方だけでも残る量なのだが、無理をして両方の朝食を食べた。
「うっ、うぅう」
やっと食べた後、又、先ほどのソファーに案内されて人形のように動けない時間を過ごさなければならなかった。
「はぁああ」
部屋に入って九度目の溜息を吐き終わる寸前に、悲鳴と地震でも起きたような響きが聞えて来た。その悲鳴を、木姫が聞くと体を震わせ顔色が死にそうに青ざめた。それだけでなく、真から命の生気でも取ろうとしているように、又、写真を撮り続けるのだった。
「日姫様。私は、一メートル以内に近づいていません。お怒りを静めてください」
その悲鳴は、日姫だった。それだけでなく、地震のような振動は、欲求不満を解消でもしているのか、それとも、精神の安定の為に家具などを投げ、蹴り上げて壊しているとしか思えない。だが、何故、と思うだろうが、日姫の気持ちも分かるかもしれない。心の底から想っている人と四日も会えず話も出来ないのだ。それだけでなく、真は、女性と二人で部屋に居るのだ。それでは、気持ちが落ち着くはずもないだろうが、それでも、大げさな気持ちの発散には間違いないだろう。そのような様々な理由が重なり、日姫は思いを爆発させる。誰も、日姫の気持ちが分かるはずはない。いや、木姫だけは、六人の女性の中では一番に分かっているからこそ、その場で土下座でもするように祈り続けるのだろう。
「はぁああ。日姫さんは、又なのかなぁ」
「日姫様。何処、何処に居る。どこで見ているの?」
真の、一言で、狂ったように部屋を見回した。
「大丈夫だよ。木姫さん、安心して。日姫さんは部屋には居ないから、勿論、部屋も覗いて居ないからね。大丈夫だから落ち着いてよ」
真は、近寄って落ち着かせようとしたいのだが、動く事が禁じられている。その為に言葉だけで必死に落ち着かせようとした。
「そそそうなの?」
「部屋には居ないでしょう。それに、外から部屋が見られるはずがないでしょう」
「そそうね。そうよね。あっうわぁあ」
突然、驚きの声を上げた。真の話で納得したのだろうか、だが、そうでは無かった。決められた時間が訪れたのだ。それは、写真を撮る時間だ。そして、先ほどの撮影から二度の撮影を終えると、丁度、十二時になった。だが、何故だろう。木姫が謝るのだった。
「真様。済みません。と謝罪しなければなりません。昼食事は出来ているのですが、朝食の用意の時に用意した物ですので、冷めているのです。ああ、ですが、味の頻度が落ちている事はありません。ですが、温かい物がお好きだろうと思いましたので、一言だけでも心の底からの謝罪をしたいと感じたのです。本当に済みませんでした」
真と、七人の女性とは長い付き合いだし、部屋での生活も長いのだ。それ位は判断できる。だが、なら何故、今、謝罪するのかと疑問に思うだろう。朝食と同じ部屋で食べるのだから、見たら分かるだろう。だが、そうではなかったのだ。部屋の半分がカーテンで仕切られて半分の部屋の様子が分からなかったのだ。
「はぁああ」
又、真は、大きな溜息を吐くが、普通の人なら部屋から逃げ出すか、食事を断るだろう。それ程の料理なのだ。まるで、中華、和風、洋食、と好きな物を選んでくれと思う程だ。それは、バイキングと判断してくれたら分かる凄い料理が並べられていだ。それでも、真は、木姫の気持ちを思って席に着いた。
「どうぞ」
と、真の給し役のように接待するが、それは、給し役と言うよりも拷問の監督のように感じられる。全ての料理を食べるまで勧めるはずだからだ。
「うん、食べるよ。美味しいからね。でも、木姫も朝から何も食べていないでしょう。一緒に食べましょうよ。その方が美味しく感じるからね」
「うっううう。でも・・・・・・」
「私からのお願いでも駄目かな?」
「分かりました。それでしたら、私も昼食を食べさせて頂きます」
木姫は、向かいの席に座り、部屋にあるカメラが起動しているのかと試してから、安心したのだろう。紅茶をカップに注いだ。それから、ソァーが置かれてある部屋に向かい皿に盛られた沢山のおにぎりを持ってきた。恐らく、何時でも食べられるようにと戸棚にでも用意していたのだろう。その理由は、勿論、真を監視する。いや、真から目を離さないようにする為に準備していた物だろう。
「美味しくないかな?」
「はい、美味しいです」
「なら、味わって食べた方が美味しいと思うよ」
「安心してください。食事よりも真様と、一緒に食べられる事の方が嬉しいのです」
「そうかぁ。それなら、良かった」
真は、嬉しくなり近づこうとしたのだった。
「うぁあああ。でも、近づかないで下さい」
木姫は、手を振りながら悲鳴を上げた。
「はっああ、はい、はい」
又、真は大きい溜息を吐いた。心底から疲れるのだろう。それは、当然と思えた。
「真様。食事が終わったのならソファーのある部屋に戻ってくれませんか」
何度目の溜息だろうか、真は、溜息を吐くと、指示された部屋に移った。勿論、その間の撮影も、ソファーに座るまで写真を撮り続ける事は忘れるはずもなかった。そして、三時まで、真の溜息と一時間後との写真を撮る音だけが部屋に響いた。
「真様、三時ですね。私が作った菓子があります。食べてみませんか?」
「それは、楽しみです」
真は、手伝うと考えるのが癖なのだろう。
「きゃああ、動かないで、そのまま座って居てください。お願いします」
「はい」
真は、視線を木姫に向け続け、テーブルに菓子を用意されると、そのまま見詰め続けた。あるで、犬が、主が持って来るご飯を待ち続け、お預けされている感じだ。
「それでは、撮影をしますので、撮り終えたら食べてみてください」
昨日は、心底から疲れを感じるように動いていたが、まったく動けないのも疲れると感じているだろう。少しでも動きたい為に、ゆっくりと味わって手作りの菓子を食べた。それでも、十五分しか時間を掛ける事が出来ず。また、人形のように動けない時間を過ごす事になるのだ。その時間は二時間だった。勿論、その間は、撮影する音だけが響くのだ。
「それでは、五時になりました。夕食の準備をしますので、その間、湯浴みをしてきて下さいませんか、今度は作りたての温かい料理ですから楽しみしていて下さいね」
「おお、それは、楽しみですね」
やっと動ける喜びだろうか、それとも、本当に食事が楽しみなのか、それとも風呂か、その両方と思う。そして、嬉しそうに着替えとタオルを手に持ち風呂場に向った。その間は、勿論、動く後との撮影は忘れるはずもなかった。
「ふぁあああ、こんなにも風呂が気持ち良いと思うのは久しぶりだぁ」
風呂と、言っても広い豪勢な浴槽ではない。七人の女性の部屋に備え付いている小さい風呂だ。二人の大人が入れば窮屈を感じるだろう。だが、今回は、木姫が背中を流しにくるはずもなく、一人で自由を満喫していた。
「そろそろ、上がってきてくださいね」
木姫の声が聞こえてきた。正確な時間は分からないだろうが、二時間くらいは入っていたのだろう。よく、ふやけないのか、そう思うだろうが、人形のように動けなかったのだ。身体が、それだけ疲れていたからに違いない。そう思うしか判断が出来なかったのだ。
「は~い、今上がりますよ」
ソファーの部屋に戻ってみると、まだ、エプロン姿をしていた。今、作り終えて隣の部屋に料理を用意していたのだろう。
「今、作り終えたのですよ。美味しいですから楽しみして下さいね」
勿論、風呂から上がった。と記載する為の撮影を忘れるはずもない。今回の撮影は、自分と真が離れている為に証拠写真は自動で撮影されていた。
「ほう、凄い料理ですね」
隣の部屋を覗くと、満開全席と思える料理が並べられていた。
「座って待っていて下さい。私は、日姫様の所に用事がありますので、もし、日姫様に用事がなければ、一緒に食事が取れるか声を掛けてきます。楽しみしていて下さいね」
木姫は、真が風呂に入っている間に、食事の用意は当然だが、その後に、日姫に手渡す。
(真様の、木姫との部屋の様子)と題名を書いた日記と言うか記録集を手渡しに行くのだった。そして、大抵は、日姫は、木姫の部屋に向う。木姫の真剣な目と、困り顔も理由の一つだが、一番の理由は、真と四日も会っていない禁断症状と食事の用意が出来ないからだった。それも、当然だろう。部屋の中は、日姫の欲求不満の解消で戦場の跡のような状態だからだ。
「そろそろ、木姫が来るわ。身だしなみだけでも何とかしないと、また、失神されては大変だわ。それに、真様にも会うのだしね」
日姫の言葉の通りに、一度、木姫は気絶したのだ。それは、当然と思える。初めて、真が部屋に泊める時だ。日姫に、相談をする為に、日姫の部屋に訪れたのだ。だが、その時、日姫は理由を忘れているだろうが、今日と同じように欲求不満の解消をしていたのだ。それで、そのままの姿で対面した為に、木姫は驚き、自分の部屋に泊める事で鬼のような姿になったと思ったのだ。その時、死ぬほどの恐怖を感じたのだろう。その後遺症で、真と自分の部屋での記録を作り始めたのだった。今までと同じ、日姫の予想の通りの時間に、扉が叩く音が聞えてきた。
「日姫様。私です。木姫と言います。お渡ししたい物があります」
「今、出ますわ。待っていて」
(はっぁあああ)
木姫は、日姫の姿を見て安堵の声を心の中で吐き出した。普段の(木姫の考えではだが)穏やかな姿で現れた。
「日姫様。おはようございます。これが一日の証明写真です」
「まあ、また、真様の写真を撮ってくれたのですね。ありがとう。後でゆっくり見させて頂きますわ。本当にありがとうね」
「それと、私、料理を作りまして、日姫様にも食べて欲しいと考えましたのです。もし、良ければ一緒に食べてくれませんでしょうか?」
「勿論、木姫さんの料理を食べさせて頂くわ。七人の女性の中では一番の料理の腕前がるのは、有名ですからね。誘いが来るのを楽しみしていたのですよ」
「まあ、それは、ありがとうございます」
「なら行きましょうか、真様も食事を食べずに待っているのでしょう?」
「はい、そうだと思います。私は、今直ぐに、真様に知らせに行きますわね。日姫様は、支度があるのでしょう。そう伝えてきますわね」
「いいえ。大丈夫です。一緒に行きましょう」
書類の袋のような物を下駄箱の上に置き返事を返した。
「そうなのですか、それなら、どうぞ、私の前を歩き下さい」
木姫は、日姫の前では、緊張して目を合わせる事ができず。頭を下げ続けていた。そして、自分の部屋の寸前で、早歩きをして、日姫の為に部屋の扉を開けた。
「真様。真様。日姫です。一緒に食事を食べるのを楽しみに参りました」
「早く追いで」
「履物をどうぞ」
真と木姫は、同時に声を上げた。日姫は、木姫には頷きだけで、視線は真が居る方向に向けたまま、部屋の中に入り食事が用意されているだろう。部屋に向った。
「まあ、凄い料理ね」
日姫は、驚きの声を上げた。
「そうでしょう。美味しそうですよ。早く席に着いて一緒に食べましょう」
真は、一人で料理の前で待たなければならなかった。その開放の為だろうか、それとも、一緒に食べられる嬉しい気持ちなのか、それは、嬉しそうに声を掛けていた。
「あっ、それでは、私が料理を装いますから好きな物を言ってください」
「気にしないで、勝手に自分で装って食べるから、木姫も一緒に座って食べましょう」
日姫は、嬉しそうに、隣の椅子を叩きながら勧めた。
「えっ、ありがとうございます」
木姫は、嬉しいのか、それとも、恐怖を感じているのか、泣きながら椅子に座った。
「なぜ、泣いているの?」
「木姫さん。どうしたの?」
「日姫様。私は、一緒に食べられるのは嬉しいのです。でも、今日と言うか、今までも真様と二人の時は、一緒に食事を食べませんし、一メートル以内には近寄ってはいませんから安心してくださいね」
「木姫さん。気にしないでいいのよ。もし、子供が出来たとしても喜んで祝福しますわ」
「あの、その、いや」
「ねね、早く食事にしましょう。木姫さん、何がお勧めかな?」
真は、二人の会話から殺気を感じて、話題を変えようとした。
「あっ、真様。それなら、アヒルの漢方蒸しスープがお勧めですよ」
真が話を逸らしたからだろう。殺気が消えて見た目には楽しい食事が始まった。そして、料理の話題から変わる事が無く、何事もなく食事が終わった。
「そろそろ私は部屋に帰るわ。後は、木姫さん。真様をよろしくねぇ」
「日姫様が、良ければですが、一緒に泊まりませんか?」
「それは、無理と言うしかないわね。今日は、木姫さんの日なのですよ。真様と楽しい日を過ごしなさい。でも、木姫さんが、真様を嫌いと言うなら別だけどねぇ」
「それは・・・・・・・・・・その」
簡単な事だ。木姫は、館で暮らす事を決められた最低期間が終わった。真が嫌いなら家族の所に帰れば良いのだ。そうすれば、日姫に怯える事も無い。それが、木姫の全ての問題の解決になるのだが、真が好きな為に悩んでいるのだった。
「木姫さん、ごめんなさいね。今言った事は冗談よ。気にしないで、私も用事があるのよ」
「そう、そうなのですかぁ。残念です」
「真様、日曜を楽しみしていますわね。それでは、真様、木姫さん、お休みなさい」
日姫は、表情では笑みを浮かべているが、目だけは悲しみを浮かべていた。恐らく、今まで思っていたが、木姫に、今まで言わなかった事を言ってしまったのだ。その事よりも、木姫の気持ちが分かったからだろう。二人から視線を外すと、悲しそうに帰って行った。
その後は、日姫に渡した計画書の通り過ごし過ごした後、真を部屋に寝かせると、木姫は、御経を大声で読み上げ、朝まで祈りをしていた。その祈りは、真との想いを思うのでなく、日姫の怒りを静める為に違いない。
「真様、おはようございます」
「ああ、おはよう。今何時かなぁ」
真は、御経の声で、朝方近くまで眠れずに、やっと眠れたと思った時に起こされたのだ。
「朝の七時になりました」
「ええ、もう、七時になったの?」
「そうですよ。そろそろ支度しなくては、八時半までに、金姫の部屋に間に合いませんよ」
木姫は、真に近寄って支度の手伝いはしないが、声を上げて急かすのだった。そして、ぎりぎりの時間で、金姫の扉を叩く事が出来た。
「木姫と言います。真様を、朝食の儀にお連れしました」
「は~い、今出ますわ」
眠そうな色っぽい声を上げながら扉を開けた。
「真様、おはようございます」
「金姫さん。おはよう」
真も、金姫と同じように眠そうな声だが、本当に眠いのだろう。
「木姫。お連れ頂ありがとう御座います。後は、私にお任せくださいませ」
「はい、失礼します」
と、木姫は、そう答え自室に向った。そして、直ぐに床に入り昼近くまで寝るのだろうが、真は、眠気を我慢しながら部屋に入り、金姫の朝食を食べる事になる。
「真様、何時もの様に眠いのですね。木姫の部屋では疲れる程に遊んできたのかしら」
そう真に呟きながら真の隣に座り、金姫の手で、真に食事を食べさせていた。隣と不思議に思うだろうが、眠気で隣に居ると気が付いていないし、金姫の部屋だけが和風のように畳敷きだった為に、真を支えるように食べさせていたのだった。
「えっ、何か言いましたかぁ」
「はっあぁ、私の料理の味を聞いたのですよ」
真は、瞼をつぶると眠り、そして、寝てしまったと思うと起きる。それを繰り返していた。そのような状態では、話など耳に入るはずもなく、それでも、口の中に入る物を体の中に入れていた。勿論だが、味など分かるはずも無かった。
「美味しいですよ」
と、呟くと、また、一瞬だが寝てしまうのだ。
「ふっ~」
「うわぁ」
真を起こそうとしたのだろう。真の耳に息を吹きかけた。
「真様って面白い人ねぇ」
「そうかなぁ、ぐ~ぅ」
「また、眠ってしまうのねぇ。朝食だけは食べて下さい。食べて下されば、何時ものように膝枕をしてあげますわよ」
「あっ食事は、美味しいよ」
もう、真は、眠りたいとしか考えられないのだろう。金姫と真の会話はかみ合わなかった。それでも、金姫は、真の体を心配して無理やりのように全てを食べさせた。
「良い子ですね。朝食は全て食べてくれましたわ。それでは、もう寝てもいいわよ」
そう真に話を掛けると、真の頭を、自分の膝の上に乗せて頭を撫でていた。毎週同じ状態なので、金姫は、勿論、真が来る前に朝食は済ませていた。
「どのような夢なのでしょうねぇ。少しは、私の夢も見ているのかぁ」
独り言を呟きながら寝顔を愛しそうに見つめていた。そして、何時ものように二時過ぎまで眠るのだった。もう習慣みたいな感じで、金姫は、膝枕をしていても疲れる事はなかった。そして、真は、気が付くと驚きの声を上げて目を覚ますのだった。
「うぁあああ、ごめんなさい」
「気にしなくてもいいのに、毎週同じようにして寝るのに、起きると恥ずかしがるのね」
「いや・・・・・その・・・」
「真様は、寝ている時は、スカートの中に手を入れたわ。それだけでなくて、顔を入れようとするのに、あっ、それと、女性の象徴を触ろうともしたわねぇ」
「嘘だぁああああ」
「えっ、いいのよ。私達七人は、真様の子を生む為に居るのよ」
「その・・・・あ・・・の」
顔中を真っ赤にして言葉を詰まらした。
「まさかエッチが嫌いと言う事は無いわよね」
「その・・・・・あっ、金姫さん、疲れたでしょう。もう膝枕はいいよ。ありがとうねぇ」
「何時もの事ですもの大丈夫ですわよ」
「今度来る時は寝ないからね」
「はいはい。それも、何時も言う言葉ねぇ」
「う・・・・・むぅ」
「それよりも、お腹は空かないの?」
「少し、空いたかな」
「そうでしょう。何が食べたい物のある?」
「なら、紅茶とパンが食べたいです」
「それも、何時もと同じねぇ。私も、木姫さん見たいに作れないけど、それでも、料理には少しは自信あるのよ。言ってくれたら何でも作ってあげるわ」
「でも、紅茶がいい。それに、牛乳パンだったけぇ。牛乳をたっぷりパンに吸い込まして焼くの。あれ、美味しいよ」
「まあ、好きなら良いけどね。作ってあげましょう」
「ありがとう」
「食べた後は、何時ものを飲むのよね」
「だから、来るたびに言っているでしょう。酒は駄目だって、私達は未成年だよ」
「真様、子供が生める体なら大人なのよ。だからいいの」
「むむむ」
「真様、でも、来るたびに飲むでしょう」
「それは、知らない間に酔っているからだよ。たぶん、金姫さんが飲むお酒の臭いでだよ。酔うのはね。だから、今日は、飲まないでくださいよ」
「はい、はい」
(真様、紅茶と、パンが好きで食べるって事はね。お酒が好きって意味なのよ。度数の高いお酒が入っているからねぇ。だから、また、一緒に飲みましょうね)
「笑ってごまかす気持ちでしょう」
金姫は、笑み浮かべて内心の気持ちを隠して、何時ものように酒を入れるのだろう。
「美味しいのを作ってあげるわ。待っていてね」
「うん」
真は、十分、いや、十五分くらいだろうか、待っていると、金姫が料理を持って、真が待っている部屋に来た。
「出来たわよ」
酒がたっぷりと入った。紅茶と牛乳パンを持ってきた。
「金姫の、紅茶は得に美味しいよ。濃くのある良い味だね」
「そうなの、ありがとう」
(それは、酒が好きって意味よ。真様)
「美味しい、うんうん、本当に美味しい」
真は、一口食べる毎に、顔を赤くなり呂律が回らなくなってきた。全てを食べ終えると、目が潤み、夢を見ているように感じられた。
「真様、お酒を飲みますかぁ」
「うん」
「そう、なら一緒に飲みましょう。何にしようかなぁ」
「まずは、ビールだろう」
真は別人とまでは変わっていないが、普段の表情とは違っていた。それは、完全に酔っていると誰もがわかる様子だった。
「それを、待っていたの。さ~乾杯しましょう」
「乾杯」
「美味しいわねぇ」
「うめぇ」
「今日も、睡眠不足だったの?」
「昨日は、深夜から朝まで御経を大声で読んでいて眠れなかったよ。水曜は、一日働かされたしなぁ。火曜は、何か気持ちが疲れたし、月曜は、噛み付かれるし引っかかれるし、日曜は・・」
「あっ、それは、言わなくていいわよ。私も、あまり聞きたくないしね」
金姫は、誰が聞いているか分からないと判断したのか、それとも、想像が付くのだろうか、いや、愚痴が聞きたくなかったのかもしれない。全ての曜日を言われたら自分も言われていると思うのが嫌だったのだろう。確かに、愚痴を言われて喜ぶ人は居ないはずだ。そして、また、酔いつぶれ膝枕で寝てしまった。今度は、朝まで起きないだろう。それも、嫌な顔をするのでなく、愛しそうに寝顔を見ていた。何時間が過ぎただろうか、金姫も寝てしまうのだった。それから、足が痺れを通り越し、痛みを感じて起きてみると・・・・。
「うぁああ、真様。起きてください。朝の七時になっています。支度をして直ぐに部屋を出ないと間に合いませんよ」
土姫の部屋には、八時に向う事になっていたのだ。恐らく、ぎりぎりの時間だろう。それでも、一番慌てているのは、金姫だった。化粧などの身だしなみで、真よりも時間が掛かるからだろう。そして、身だしなみを整え終わって、真に視線を向けると、青白い顔をして座っていたのだ。勿論、寝起きのままで何もしていなかった。
「真様、何をしているのです。時間が無いのですよ」
そう声を上げると、真を着せ替え人形のように身だしなみを整えて部屋を出た。
「土姫様。真様を朝食の儀にお連れしました。
「金姫様。おはようございます。朝食の儀にお連れ頂ありがとうございます。後は、私が引き継ぎします。安心してお帰りください」
「・・・・・・・・・」
真は挨拶も出来ない程に苦しい気持ちを感じていた。それなのに、同じように酒を飲んだはずなのに、金姫は、何事なかったように清清しい笑みを浮かべているのだった。
「真様。それでは、部屋に入りましょう」
「うっ・・・・・・・・・・・・」
「吐きそうなの?」
「うっ・・・・・・」
何度も首を上下に動かしていた。声を出すと、苦い物が出そうな状況なのだろう。
「そうなのねぇ。何時もの通りに床の用意は出来てありますわ」
「・・・・・・・・」
そして、真は、土姫の肩を借りて部屋に入った。すると、居間のはずなのだが床の用意がされているのに気が付き、その床にだけに興味を感じているように視線を向けていた。
「寛いでくださいね。朝食は体が落ち着いてからでも、一緒に食べましょうね」
「・・・・・」
「いいの、返事をしようと思わなくてもね。何時もの事ですもの」
子供が病気になった時のように優しく床に寝かせ、真の体に布団をかけた。そして、真は、体から酒を抜け出るのを待つかのように死んだように眠った。
「はっぁあ、このような状態になるって分かっているのに、何故、お酒を飲むのでしょうね。私も一度だけ飲んだ事ありますけど美味しいと思わないのに、気持ちが分からないわ」
そう呟くと、土姫は、不思議そうに真の顔を見つめた。
「あっ、忘れていたわ」
真の苦しい表情を見て、吐き気を感じてからでは遅いと思ったのだろう。洗面器を用意しようと立ち上がり、枕の近くに置いた。そして、暫く真の顔を見ていたが、何かを思い出したかのように立ち上がった。すると、真に関係ないはずなのだが、反物を手に持ち現れた。そして、真の床の隣に座り、反物や型紙を広げた。それは、真に着させる物を作るのかと思ったが違っていた。どう見ても女性の物としか思えなかったからだ。
「うっうううう」
真は吐き気を催した。その姿を見ると直ぐに、土姫は、真の体を起こすと、洗面器に顔を近づけた。想像した通りに洗面器に吐き出した。もし、真が起きていたのなら済まないと一言だけでも謝罪しただろうが、酒の成分が体中に浸透している為だろう。呻き声しか口から出る事はなかった。そして、また、何事もなかったように反物に興味を向けたのだ。
「日姫様の着物を先に作った方がいいわねぇ。そして、真様が、日姫様の所に持って行けば少しは気持ちが和らぐでしょうしねぇ」
土姫が着物を作る事に不思議に思うだろう。館では好きな事だけをして生活が出来るはずなのに、何故、職人のようにするのかと、それは、別に仕事でしているのではない。土姫は、着物などを作るのが好きだった。それで、一度だけ、真から日姫の誕生日のプレゼントにしたいから作って欲しいと言われて、作って上げたのが始まりだった。その着物がよほど嬉しかったのだろう。五人の姫にも見せて心底から土姫を褒めたのだ。それから、六人の姫の全ての着物を作るのではないが、市販していない物だから作って欲しいと頼まれるのだった。それでも、一人で作るのだし時間は掛かる。それでも良いからと頼まれれば嬉しい。土姫は嫌いでないので、暇があれば、真と話しながらでも、今のように看病しながらでも、何時でも、真の側で何かを作っているのだ。
「うっうう、気持ちが悪い」
「おお真様。もう起きても大丈夫なの?」
真が起きたのは、昼の十二時を過ぎた頃だった。勿論だが、土姫は、朝食を食べてはいない。一緒に真と食べたいと思っていたからだ。
「まだ、少し頭が痛いし、気持ちが悪いけど大丈夫だよ」
「そう、なら、まだ食事はいらないわねぇ」
「そうだね。今食べると戻しそうだしね」
「そうなの」
「あっ、土姫様。私に気を使わずに昼食なら食べてください」
真は、土姫が空腹を我慢していると思った。
「良いの。私もまだ食べたくないわ。真様が寝ている間に少し食べたの。だから、真様が、お腹が空いたら言ってくださいね。その時は、一緒に食べましょうね」
土姫は、偽りを言っていた。
「そうだね。一緒に食べよう。楽しみだよ」
「まだ、気持ち悪いの。なら薬でも持ってきましょうか?」
「うん。ありがとう。飲んでみるよ」
土姫が持ってきてくれた薬を飲んだ後だ。半日も寝ていた為に、また、寝る気持ちがあるはずも無く。隣で、楽しそうな姿で着物を作る。土姫の姿を見ていた。
「本当に好きなのだね」
「えっ、なんですのぉ?」
「着物を作るのが楽しいのだね。と聞いたのですよ」
「ああ、楽しいわよ。でも、着ている姿を見るのが、一番嬉しいわね」
「そうかぁ。そうだよね。そう思うよ」
「分かるの?」
「分かる。分かる」
「そうだわ。真様にも、何か作ってあげますわ」
「男性の物でも作れるのですか?」
「うんうん、作れますわよ」
「楽しみしているね」
そして、二人は、思い出や冗談などでの会話で盛り上がり、土姫の腹の虫が鳴るのを聞いた後は、笑いながら食事を始めた。
「そうそう、湯浴みの用意をしてきますわ。今日こそ、真様の背中を流してあげますわ」
冗談なのか本気なのか分からないが、笑いながら問い掛けた。
「ええ、いいよ。一人で洗えるよ」
「はっぁ、そうですのぉ」
心底から落胆したように呟いた。真には伝わらないが、それでも、土姫以外の者も真に気に入られるように自分の思いを、嫌、普段は隠す自分の殻の中の思いを全て出して、思いを遂げようとしているのだった。まあ、真も、七人の女性も複雑な歳なのだ。子供と言えば子供だろうし、大人と言えば大人だ。後、数年もすれば自然と結ばれるだろうが、だが、そうなる前に、地球に着くと同時に、真は亡くなってしまうのだ。それは、まだ先の話しだ。今までの部屋での生活と同じように湯浴みを済ました後は、土姫が着物を作る姿を見ながら楽しい会話で盛り上がった。そして、土姫は不思議そうに、真に視線を向けながら、別々の部屋に向かい睡眠を取るのだった。
「真様、朝ですよ。早く支度してください。日姫の所に行くのでしょう」
「もう、そんな時間ですか」
「そうなのですよ。それと、行く時は、日姫様の着物が出来上がっていますから持って行ってくださいね。喜ぶと思いますよ」
「ありがとう。来週は酒を飲んできませんので、楽しい日にしましょうね」
「はい、楽しみしています」
毎週、同じ事を言ってお別れをするのだが、それは、それで、楽しみで一週間を待つのだった。土姫は、真のお供も、お連れする事もしなかった。内心ではしたいのかも知れないが、日姫の気持ちを考えて、真、一人で日姫の所に行かせるのだった。
「ただいま」
「真様、お帰りなさいませ」
「土姫さんに頼んでいた物が出来上がりましたよ」
「うぁわあああ、早く見たいです」
日姫は満面の笑みを浮かべた。着物が嬉しいのか、真と一週間ぶりに会えた喜びか判断が出来ないが、恐らく、着物よりも真と会えた喜びと思えた。
「綺麗ねぇ」
真は、包みを、日姫に手渡した。
「そうだね」
「ねえ、真様。着た姿を見てみたい?」
「うん、見てみたい」
「そう、そうなの、なら見せてあげるわ」
着物を抱え、自分の部屋に向った。そして、嬉しいのか恥ずかしいのか複雑な笑みを浮かべて現れた。それでも、俯いているのだから恥ずかしいのだろう。その様子のまま、真の言葉を待っていた。
「綺麗だ。日姫さん、本当に良く似合います。綺麗ですよ」
「そう、えへへ、今日一日着ていようかな」
「うんうん」
「ねね」
「日姫さん、なんです?」
「朝食は何が食べたい?」
「ご飯は炊けている?」
「まだ」
「そう」
「なら、パンはある?」
「無いと思う。買いに行ってないし」
「そう」
「ねね」
「何?」
「買い物に行こうかぁ。この着物で外を歩きたいし」
「そう、日姫はパンが食べたいの?」
「好きな物を買っていいよ」
「そう、なら買い物に行こうかぁ」
「行こう、行こう、私はねぇ。着物にあう履物も買おうかなぁ」
「そう、それがいいねぇ」
「でしょう」
「うん、行こう。あっ、そうだぁ。ご飯を炊いてから行こうか」
「うん、そうねぇ。帰って直ぐ食べたいと思うかもねぇ」
「なら、少し待っていて」
「うんうん」
そして、二人は館から出て、街に向った。まあ、どのような街の作りか分からないだろうが、江戸時代の街並みと考えてくれたら分かり安いだろう。それでも、違う点があるが、真が住む館を中心に商店などがあり、それを囲むように農地がある。そして、住宅と警察と同じ役割の者。一番外側には軍組織隊が構えていた。勿論、館には、七人の女性と真だけではない。近衛隊が居るが、大勢の人々と街並みではこのような感じだ。警備の体制は甘いと思うだろうが、そうではない。外側に行けば行くほどに、監視が厳しくなるのだ。それは当然だろう。宇宙を飛ぶ船、いや、箱舟なのだ。精密機械や生命維持装置などがあるのだから変人などが、普通では考えらない思考で装置を狂わそうと考える者を近づけないように人々の配置を考えたのだ。
「日姫さん。先に履物を買いましょうかぁ」
「うん」
真と日姫は、館から出てきた。七人の姫が館から出る時は、監視塔や監視部屋から顔を出して人物を確認する程度なのだが、真が出る場合は最低の安全を確かめ、簡単な礼をするのが普通だった。まあ、礼をするという事は安全だと意思表示でもある。その様子を真と日姫は視線を向けるだけで、普通に会話をしながら館から出て街に入って行った。
「ねね、この靴なんて可愛いわね」
「でも、着物なのだし和風が良いと思うよ」
「そうよね」
街の人々は、真や日姫に気を使う事はない。幼い頃からの知り合いなのだ。友人のように話し掛ける人も居れば、無視すると言うのも変だが興味が無い人もいるのだ。中には、気が付かないと言うか、真と七人の姫を知らない人もいる。その光景は普通の人と同じだ。
「なら、着物と同じような模様の履物にするわ」
「それが良いかもね」
「うん、今度は、朝食の買い物ね」
「日姫さん。朝だけでなくて、昼も夕食のご飯の分も買って行こうか」
「そうねぇ。そうしましょう」
「なら、大型のスーパーにでも行こう」
「うん、うん」
と、常に言うが、二人は、まだ、一度も大型店に行った事はない。日姫が、向う間に違う店屋で興味を感じて買ってしまうからだ。今回も同じようになりそうな雰囲気だった。
「真様、あれ、美味しそうねぇ」
「そうだね。買おうか」
「うん、うん」
やはり同じになってしまった。大型店に向う間に両手で抱える程の買い物をしてしまったのだ。もしかすると、普通の人々も同じような事になるのだろうか、そのような考えで郊外に大型店があるのだろうか、まあ、歩きでなければ直ぐにでも大型店に行くだろうが、この箱舟には無い。運搬車などは、農地の近辺しかないのだ。商店などが並ぶ街は歩行しか許されていないのだった。このような訳だから意外と、真と日姫と同じような買い物の仕方なのかもしれない。そして、二人は楽しそうに館に帰るのだが、勿論、荷物を持つのは真の役目だ。
「可なりの量の食料を買ったね。一日では食べられないよ」
「いいわよ。一週間分でも、一ヶ月分でも、大丈夫よ。今日は、好きな物だけ食べましょう。残ったら残った時に考えればいいの」
「日姫さんが、そう言うなら好きな物だけ食べようか」
真は、口では言うが、内心では、簡単に食べられるのは残すしかない。そう思っていた。
日姫が料理の腕が上手くない為に、簡単に食べられる物なら自分で調理すると思うからだ。その考えの通りにしないと、一週間後に部屋に戻って見たら全てが腐っているだろう。勿論だが、掃除をするのは真のはずだ。腐った物を見るのも触るのも嫌なのは、誰でも思うはずだ。それを回避しようと考えるのも普通なら誰でも考える事だ。さてさて、どのようにして好きな順位を、真が食べて欲しい順位にする事が出来るのだろうか。
「ねね、刺身を食べようか」
「え、朝から刺身を食べるの?」
「嫌なら焼いてステーキにして食べようか」
「生で食べる物を焼いても美味しいの?」
「生で食べるよりも美味しいよ」
「なら食べてみる」
「はい、マグロのステーキに決めるよ」
真は、箱舟の主人と言うよりも、まるで、人質、いや、人質ならまだ、雑用などしなくても良いはず。婿養子だろうか、それでも、まだ良い方だ。使用人と思う方が的確だろう。それは、館の中での反応だが、一般人の間では、様々な事が言われているのだ。七人の姫にちやほやされて生活している。それならまだ良い。好き放題に我侭に暮らしている。とか、七人の姫と楽しい夜を過ごしているのに、子供が出来ないと言う事は種無しだろう。とまで言う人がいるのだ。まあ、誰でも、私生活と外では違うのだ。知らないのは当然だが、それを、買い物などで外に出た時に、真の耳に入っても、まだ、意味が分からないだろう。それでも、五年、いや、三年もしたら意味が分かるに違いないが、その時の真の気持ちを考えると可哀そうに思う。七人の女性も同じように様々の事を憶えるのだ。そして、女性らしく、真に優しく接するようになるのだろうか、そう思ってあげるしか真の救いはない。今、頭の中で考えを巡らせているのは、どのようにして食材を片付けるか、それだけだろう。その気持ちは、日姫には分かるはずがない。それを証明する様な一言を上げた。
「真様の料理を楽しみしていますね。私も、真様が驚く料理を作ってあげるわ。買い物をしているとね。店の主人が、特別の料理の方法と食材を教えてくれたの。だから、楽しみしていてね。美味しいらしいわよ」
確かに、違う意味で、真は、驚きの声を上げそうになった。
「食材って、テーブルの上にある以外にも、まだ有るのですか?」
「そうよ。楽しみしていてね」
「お願いです。今見せて下さい」
真の頭の中では、腐った食材、蛆などが這い回る様子が見えていた。それ程に恐怖を感じているのだった。
「もう、そんなに真剣な顔をして、楽しみを後に取っておく事が出来ないのね」
と、日姫は、笑い声を上げた。
「その食材は、どこにあるのですか、お願いですから見せて下さい」
「もう、仕方がないわねぇ」
「どこです?」
「私が買った。菓子と一緒の袋の中よ」
「えっ」
真っ青な顔で袋を見つめた。日姫は、生の物でも氷を入れるように店の主人に頼むはずもないだろう。それなら、今でも食べられる状態なのか心配していた。そして、日姫は、袋をテーブルの上に載せると中の物を出した。
「シーフードスパゲティーを作ってあげるわ」
「えっ、嘘だろう」
(生の物だぁ。それも、スパゲティーだけでは、絶対に材料が余る。どうすれば良いのだ)
「嘘では無いわ。本当に作ってあげる」
「楽しみ・・・・・・・・ですね」
「でしょ」
「う・・・・・ん」
真は、一週間後の事を考えると思案するしかなかった。大量の生の物の処分をだぁ。
「店の主人がね。美味しいから、好きな人に作ってみなさい。だって、もう、キャー」
「ああ、ねね、それよりも、シーフードバーベキューしない?」
真は、思案していたが、何かの答えを考えだしたようだった。
「シーフードバーベキュー?」
「そうだよ。美味しいぞ」
「それって何?」
「友達や家族などで、外で様々な物を焼いて食べるらしいよ。本に書いてあったねぇ。まあ、二人でも美味しいと思うよ」
「そうだぁ。真様、六人の姫も呼ぼうかぁ」
「今日は、日姫様の日ですよ。良いのですか?」
「いいの、いいの。皆で食べると美味しいのでしょう?」
「美味しいはずだよ」
「なら、直ぐにでも呼びましょう」
そう言うと、固定の電話機で六人の姫に簡単に伝えた。
「あのう・・・・」
真は、電話での会話を聞いていた。だが、日姫の言葉では伝わるはずが無いように感じた。そして、代わりに電話に出ようとしたのだったが、遅かった。
「真様、皆は来るって、その時に何か持って来るそうよ」
「そう、楽しみですね」
(でも、何を持ってくるのだろう。想像も出来ない。不安だ)
真は、口から出る声と、頭の中で考える思考とは別の事を言っていた。
「ねね、お腹が空いたわ。まだ、食べないの?」
「ああ、忘れていました。もう、出来ていますよ。食べましょうか」
「うんうん」
二人は、隣の部屋にある。食卓に向った。そして、楽しい会話をしながら食事を食べていたが、その時、扉を叩く音が聞えてきた。日姫は、顔の表情からもはっきりと分かる嫌気を表して無視をしていたのだが、真は、その気持ちを感じ取って席を立った。
「真様。無視をしていいのよ。朝食の時に来るなんて失礼よ」
「でも、誰も、今の時間に朝食を食べているなんて分かるはず無いよ」
「それは、そうだけど・・・・・でも無視して食べましょう」
その扉を叩く者は木姫だった。五回扉を叩いたが、出てきてくれず。仕方なく扉の前で立ち尽くしていた。だが、帰る事は出来るはずもなかった。そして、十分後に又、扉を叩こうと考えているのは、日姫からの恐怖の為だろう。直立不動のまま立ち尽くしていた。
「後、三分・・・二分五十秒・・・二分四十秒・・・・・」
木姫は、懐中時計を取り出し、真剣に扉を叩く時間を見ていた。その間、日姫と真の声が聞こえていたが、内容が分かる程ではなかった。それでも、失礼だと感じても、恐怖で動けない事もあるが、会話が途切れれば扉の叩く音が聞える。そう考えたからだった。
「ご馳走さま」
「お替りはあるよ。いいのかな?」
「うん、要らないわ。あっ、でも、食後の紅茶は欲しいわね」
その時、扉を叩く音が響いた。
「又だわ。誰なのかしら?」
「電話したからだよ。六人の一人に間違いないと思うなぁ」
「そうかしらね」
「早く出た方が良いと思うよ」
真には、誰かと想像が出来た。日姫を心底から恐れている。木姫だろう。昼からと言われて昼に来る人ではない。電話を切って直ぐに来たのだろう。そう言う人だ。
「誰なの?」
真と二人の楽しい時を邪魔されて、少しだが険悪な表情を表しながら扉を開けた。
「あ、木姫です。バーベキューにお招きありがとう御座います」
木姫は、真っ先に部屋に訪れるから険悪な表情を見る。それに、気が付いていないのだ。手伝いをする気持ちは分かるが早過ぎだ。それに、一人目と言うのは、招待者の私生活も見えてしまうのだ。それが分かれば、今の日姫の表情の気持ちも分かるはずだろう。
「え、それは何?」
日姫は、挨拶よりも、木姫が両手に持つ物だけでなく、背中に背負う物を見て、驚きの声を上げてしまった。
「え、あっ、これはですね。食材や道具です」
「そう、ありがとうねぇ。でも、食材、道具?」
「足りないと困ると思いまして、持参してきました」
「そうなの。ありがとうねぇ」
日姫は、意味が分からなかったが、挨拶だけは嬉しそうに答えた。
「その、準備は終わってしまったのでしょうか?」
二人の女性は、まったく噛み合ってない会話をしていた。その様子を見かねて、真が立ち上がった。そして、大きな溜息を吐きながら玄関に向った。
「まだ、何も準備はしていませんよ。安心してくださいね。それにしても、昼からなのに、準備の為に早くきてくれたのですね。ありがとう」
「あっ、済みません。出直します」
木姫が早く来た為に日姫の機嫌が悪い。それを、真は、遠まわしに言葉だけで伝えようとした。木姫も、その気持ちが伝わり、自室に戻ろうとしたのだが、日姫が、木姫の荷物に興味を感じてしまい。それは無理だった。
「木姫さん。いいのよ。入って下さい」
日姫は、興奮を隠そうともしないで、荷物に視線を向け続けた。
「あっ、はい。お邪魔します」
木姫は、部屋に入ると直ぐに、日姫の視線に気が付き、荷物をテーブルと床に広げた。
「何、これ?」
日姫は、床に置かれた物に指を指した。
「それは、足りないと困ると思いまして、バーベキューコンロと七輪ですよ」
「そう、面白そうね」
日姫は、使用の用途は分かっていないのだろう。それでも、楽しみを感じているようだ。
「シーフードだけでは寂しいかと思いましたから、肉も持ってきました」
「ありがとう」
真は、泣きそうな気持ちを隠しながら礼を返した。その気持ちは分かるだろう。何故、バーベキューを考えたのか、それなのに、大量の肉を見て残り物の後を考えていたのだ。
「お礼なんって気にしないで下さい。あっ、大丈夫ですよ。肉の切り分けは、実家でやっていましたので安心して下さい」
真の困り顔を見て、思い違いをしていた。
「木姫さん。プロの様ですね。凄いですよ」
「真様。良いのです。私が全ての用意をしますので、日姫と寛いで下さい。何時、お客様が来るか分からないでしょう。汚れていては出迎えるには失礼だと思います」
「なら、お願いしようかしらねぁ。ねえ、真様、そうしましょうかぁ」
「そうだね。木姫さん、お願いします」
二人は、木姫が居ないような雰囲気と言うよりも、使用人のような扱いで寛いでいた。それでも、木姫は喜んで接していたのだ。その時、扉が叩かれた。扉の叩き方で、誰か想像が出来る音だ。強弱のあるいい加減な叩き方だった。まるで、酔って家の扉を叩くようだった。日姫は、不審な顔をしていたが、真は、誰が訪れたか分かったような顔色だった。
「開けてよ」
その声は、金姫だった。真は無言で立ち上がった。それと同時に・・・・・・。
「は~い」
と、日姫が声を上げながら、真の手を掴んだ。真は驚きの顔で振り向き、日姫が首を振っているのを見ると椅子に腰を下ろした。日姫が客の迎えに出ると分かったからだ。
「えへへ、来たわよ。それにこれ、お酒が無いと思って持ってきたわ」
真っ赤な顔をして現れた。何が楽しいのか分からないが、笑みを浮かべていた。恐らくだが、お酒が飲めれば幸せと言う分類の人と思える。
「どうぞ、まだ、準備の途中ですが、部屋に入って寛いでください」
日姫は無理に笑顔を作ろうとしていた。それも当然だろう。玄関を開けたら酒臭いと感じたのだ。臭いと言わないだけでも驚きの事だ。
「えへへ、お邪魔しますね」
何故、頭を下げながら入るのかと、日姫は不思議そうに見ていたが、持参した物をテーブルに載せると、好奇心で品物に視線を向けた。その視線に気が付いたからではないだろうが、金姫は、様々な酒を勧めた。そして、一つの缶を開けると・・・・・・。
「美味しいわよ。日姫も飲んでみる?」
一番小さい缶の飲み物を取り上げた。
「美味しいの?」
日姫は、珍しそうに缶を手に持った。
「うんうん。私も、美味しいから飲んでいるわよ」
「そうなの」
「駄目ですよ。日姫さんは、六人の姫を招待したのですよ。その人達の接客があるのですから飲んでは駄目です」
「そうねぇ。息が臭いのは困るわね」
「えっ・・・・」
真は、真っ青な顔で、日姫を説得していた。真の気持ちも分かるような気がする。あの、毎週木曜日に起こる騒ぎだ。あれを知っていれば、酒乱と考えるのは当然だろう。
「そうだよ。飲まない方がいいよ」
そう言いながら手に持っている缶を取り上げようとした。
「飲まないよね。それなら、その缶は要らないね」
真は、日姫から缶を取り上げようとした時、また、扉が叩く音が聞えてきた。
「は~い」
日姫は、真から逃げるように缶を手に持ちながら玄関に向った。それ程、酒が飲みたかったのか、それとも、ただ、慌てていただけなのだろう。
「お招きありがとう」
残りの四人の女性が玄関の前に立っていた。扉を叩き挨拶したのは、土姫だ。恐らくだが、土姫が、残っていた姫を誘って現れたと思える態度だった。だが、楽しい雰囲気だったのだが、一人の悲鳴で壊れてしまった。
「キャー」
水姫が悲鳴を上げた。
「水姫さん。どうしたの?」
土姫は悲鳴に驚き、後ろを振り返った。
「日姫様が、さ、さ、酒を持っているわ」
水姫は、いや、殆どの姫は、日姫が酒乱と思っているはずだ。
「えっ?」
土姫には、意味が分からなかったのだ。酒を持っているだけで、何故、悲鳴を上げるのかと、他の姫も不審な表情で、水姫を見つめた。その時だ。悲鳴が聞えたからだろう。真が、駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ。部屋にお入りください」
真は、下手な役者のような挨拶で、この場の雰囲気を変えようとした。だが、成功はしなかったが、日姫の関心を引く事に成功し、肝心な悲鳴の原因を取り上げる事が出来た。
「真様。日姫様は、酒を飲んでいるのですか?」
水姫は、この場の雰囲気を利用して、真に近寄り耳元で囁いた。
「まだ、飲んでいませんよ」
「ハァー、良かった。もし、飲んでいたら帰ろうかと考えましたわ」
「まあ、それは、それで、不味いと思うぞ」
真は、独り言を囁いた。
「えっ、何か言いましたか?」
無言のような囁きで耳に届くはずがない。それでも、聞えたのなら、日姫が殺気を放つと感じて、感覚が鋭くなっているのか、それとも、心底から怖いに違いない。
「何でも無いですよ」
「何を話しているの。私にも教えてよ。何なに?」
日姫は、真と四人の姫が玄関から入らずに、寄り添っているので会話をしていると感じたのだ。確かに、会話をしていたが、内容を知らせる事が出来るはずが無かった。
「あっ、日姫さん。何でも無いですよ。姫達が、手土産が無いから失礼かと思われるって、言われただけですよ」
「そうなの、気にしなくていいのよ。どうぞ、入ってくださいなぁ」
四人の姫は、日姫の笑みを見ると、心底から安心した表情を浮かべながら部屋の中に入った。そして、土姫が、代表のように真っ先に深々と礼を返した。
「挨拶が遅くなりましたが、お招きありがとう御座います」
「土姫さん。良いのですよ。気にしないで寛いでくださいね。皆さんも、どうぞ、どうぞ」
「はい。ですが、手土産もですが、私達は、昼前に来たのは、何か手伝いが必要かと思ったからです」
「手伝い?」
「はい、シーフードバーベキューをするのですよね」
「そうみたいねぇ」
日姫は、何をするのか分からなかった。それで、返事に困ったのだ。確かに、大勢と食事も、パーティもした事があるが、自分で用意した事も、その様子を見たこともなかった。
「魚、肉、野菜などの切り分けとか、まだ、なのでしょう?」
「ああ、土姫さん。私が、考えたのですよ。日姫を驚かそうかとね。それで、今、木姫さんが、用意をしていますので、出来たら手助けしてくれませんか?」
「そうなの。なら、木姫さんに、指示を聞きますわね」
「そうしてくれたら嬉しいです。フゥ」
姫達にも、真、本人も気が付いていないが、深く大きな溜息を吐いてしまった。
(人が増えても、女性なら多く食べるはずがない。残り物は全て、私が食べて処分しないと駄目だろうなぁ。日姫の買い過ぎた分、木姫が持ってきた分。ハッァー、考えると頭が痛くなる。これなら、腐った物を捨てる方が楽だったかもなぁ)
真は、箱舟の主人だ。何故、そこまで考えるのか、そう思うのは当然だろう。だが、人工の船であり。農地も限られているのだ。ゴミの処分は特に厳しく決められている。その中でも食料の処分に付いては、特別に厳しい規則があった。それでも、箱舟の主人なのだから咎める者がいるはずもないのだ。それでも、真は、人々の模範になろうと考えているのか、それは、分からないが、末端の人々に行くほど、ゴミが無いのは当たり前だった。それが、分かっているからゴミを出したくないのだろうか、それとも、性格なのかもしれない。
「木姫さん。手伝いますわ」
「私達は、何をしたら良いの?」
土姫と、一緒に来た。三人の姫は、木姫に問い掛けた。
「それなら、野菜と魚を捌いてくれますか」
「はい」
四人の姫は頷いた。
「あっ、真様は、後は、全て私に任せて、日姫様の所で一緒に休んで下さい」
「そう、そう言うならお任せします」
台所からの楽しい会話が聞え、日姫は興奮を表した。金姫は、真と日姫と楽しい会話、と、思っているのは、金姫だけだと思う。まあ、それも当然だろう。酒を飲んでいる人の話を、飲んで無い人と楽しい会話になるはずがないからだ。その事に、金姫は気が付いていないが、それでも、日姫が突然に立ち上がれば驚きもするだろう。自分が何かしたのか、それでなくても、自分が、何もしないで酒を飲んでいては、不味いと感じる自覚が、まだ、残っているようだった。
「日姫様、どちらに?」
「えっ、台所よ。何か楽しそうよ」
「そうみたいですね。行くのですか?」
金姫は、部屋に来てから初めて、手から缶を離しテーブルに置くと、日姫を引き止めた。
「日姫さん。手伝いに行かなくて良いですよ。それとも、何か用事があるのなら」
真は、木姫に言われ、日姫が居る部屋に帰ってきたのだが、二人の様子が変だと感じた。
「如何して、二人は、そんなに止めるの?」
真の話しを遮った。
「皆、私と日姫さん・・・いや、日姫さんに喜んで欲しいからだよ」
「そう、それなら待っていますわね」
「そうよ。それがいいわよ」
金姫は、笑みを浮かべた。それも、邪な考えが表情で感じられた。恐らく、考えは、金曜日のように、真を使用人のように使えない。その代わりに、木姫だったのだ。日姫が手伝うと、自分もゆっくり酒が飲めない。それで、又、ゆっくり飲める。そう読み取れた。
「真様、日姫様、バイキングの用意が出来ました。外庭ですか、中庭ですかぁ」
「早かったねぇ。まだ、少し早いから休憩にしたら」
真は、席を勧めた。その席は、長い長方形のテーブルで、両横に五席ずつの十席があり、縦に二席ずつの四席がある。その縦の二席に真と、日姫が座っていたのだ。そして、十席の中の一つを、木姫に勧めた。
「はい」
そう、木姫が答えるが、皆が、日姫が居る部屋に入り座ると・・・。
「飲み物を作ってきますわね。紅茶でいいのかしら?」
日姫は、木姫が好きだった。少し変で使用人のような態度だが、それでも、良く話しを掛けてくれる。それに、日姫が誘わなくても、頻繁に部屋に来てくれるのは、木姫だけだった。そのような理由により気を使わずに話しが出来たのだ。木姫から紅茶の用意が出来て、皆に渡り、シーフードバーベキューの話題で会話が弾んだように思えたが、違っていた。まるで会議だったのだ。そして、飲み終わったから、と言うよりも、シーフードバーベキューの行事の担当が決まったからだろう。皆は立ち上がり、外庭に向った。
そして、シーフードバーベキューが始まった。木姫が、様々物を焼き、手渡していたが、何故か、金姫が近寄ってきた。先ほどまでは、酒を飲む事にしか興味を示さなかったのだが、突然、金姫が焼き方の講師を始めたのだ。その二人の様子を見て、真が止めに入ろうとしたのだが・・・・・・・。
「うぁわああ、金姫さんって、焼き方が上手いわね」
「そうでしょう。焼肉って言えば酒、酒のつまみと言えば焼肉でしょう。ウァハハ」
「それで、焼き方もプロ級なのですね」
「うっ、まあ、酒を美味しく飲む為に自然と身に付いたのよ。ウァハハ」
「それなら、真様と、日姫様に美味しいく食べさせる事が出来ますわね」
「そうね。私が焼いた物は、誰もが上手いと言うはずね。ウァハハ」
「まあ、それなら焼き方はお任せしますわね」
「えっ、でも、私・・・・」
二人の会話に入れなかった事もあるが、木姫の人の扱いが上手いのだろう。いや違う。真と日姫に美味しい物を食べさせる。それだけを考えているに違いない。まあ、理由は良いとして、真が考えるような心配は無かった。そして、皆は、様々な物を焼き、食べては、飲んで騒いでいた。その姿を見たからだろうか、それとも、酒が切れたのか、金姫は、焼き方を途中で止めて、酒を浴びるように飲み始めた。だが、楽しい時間は長くは続かなかった。皆の楽しい会話や笑い声の為だろうか、それとも、様々な食べ物の匂いの為だろうか、もしかすると、警護人の数が多すぎたのか、それで、高貴な者が居る。箱舟の主人が居ると思ったのだろう。民間の人が一人、二人と集まり始めた。見物だけだったのだが、親しいとまでは行かないが、それでも、名前を知る程度、まあ、殆どが、様々な物を売る主人なのだが、手見上げを持参して来たのだ。自分が売る商品と思う。始の内は断っていたのだが、面倒でもあり。それにだ。肩を落とし本当に残念そうに帰る姿を見たのだった。それで、可愛そうに感じてしまい。一人を許してからは、際限が無いほどに参加する人が増えて行った。そうなると、手見上げなど無い者まで参加するようになり。会話も出来ない状態になった。殆ど、災害の救済のようになったが、それでも、真と、日姫は、喜んでいた為に、警護人も、六人の姫達も一緒に楽しんでいたのだ。その時、信じられない事が起きてしまった。警護する者達が、真、日姫の警護よりも、人々の誘導や、振る舞い物を渡す方に関心が行ってしまった。その隙を突いて、ある者が、銃器を懐から取り出すのに気が付かなかった。それでも、普段は側室として生活しているが、警護人でもある七人の姫は、殺気を感じた。
「防御(ぼうぎょ)」
真っ先に声を上げたのは、真の隣にいる日姫だったが、戦士の特性しか無い。左の小指の赤い感覚器官だった為に、自分の身体で真の盾になる考えしか出来なかった。だが、殺気と日姫の声を聞き、殆ど同時に、六人の女性が駆け寄りながら叫んだ。
「防御」
「真様」
「日姫様」
「お願い、間に合って」
七人の姫は、同じ言葉を口にした。女性でも、戦士の頂点を極めた者達だ。直ぐに攻撃の構えを取る者、そして、一番肝心の防御系の左手の小指の赤い感覚器官の四人が、感覚器官で四辺の防御の壁を作った。それは、感覚器官を長く伸ばし上下に動かして鞭のようにして危険物を弾くのだ。普通の者なら赤い色なのだが、最高の頂点を極めた者のでは、虹色に見える物だった。銃器からの攻撃は完全に防いだ。だが・・・・・・・・。
「真様~」
真は、何故か、倒れた。拳銃を持っていた人物は囮だった。四辺の防御した中に、民間人も居たのだ。その中の誰か、それは、分からないが、吹矢のような物が放たれて、真の腕に刺さっていた。
「キャー」
七人の姫、そして、その場に居る全ての人々が悲鳴を上げた。
今日子の母は、娘の寝相が悪いのが分かっている為、風邪を引いては困ると様子を見に来たのだ。そして、驚く事になる。娘だけかと思ったのだろう。七人の全てが布団から転がり出ていたのだ。仕方なく、布団を掛けてやり部屋を出ようとした時だった。
「キャー」
七人の女性が悲鳴を上げた。
「如何したの?」
娘も、他の六人の女性も悲鳴を上げ、驚き振り返った。
「えっ」
七人の女性は驚きの声を上げた。まるで、自分が何処に居るのか迷っているようだ。
「ここは何処?」
また、同じように七人の女性が呟いた。
「今日子、如何したの?」
娘に駆け寄った。
「誰?」
母の事が分からないようだ。
「本当に大丈夫?」
「あっ、お母さん」
今日子は、母から頬を叩かれると、夢から覚めたような態度を示した。そして、今日子の言葉で、六人の女性も周りを見回し、夢と現実の違いを感じ取り、やっと現実の記憶を取り戻し始めた。
「ねぇ、何が合ったの。皆が同時の悲鳴を上げたのよ。痴漢でも居たの。まさか、幽霊?」
今日子の母は、娘の無事を確認すると、余裕が出来たのか、いや、友人が居た事に気が付いたような態度を表し、そして、友人の無事を確認すると、皆に問い掛けた。
「いや、痴漢でも、幽霊でもないの。その」
七人の女性は、夢の話しをするのが恥ずかしいのだろう。それでも、今日子の母が真剣に心配する視線を向けるのだ。それだけなら良いのだが、理由を話さないと部屋から出ない。そんな視線を向けられ、娘達は、誰が話しをするのかと視線を投げかけていた。そして、皆は、明菜に視線を向けた。明菜は暫く、今日子の家に厄介になる事情を知っていたからだ。明菜は、その視線に負けて話し出した。
「私、夢の中で、始祖様が死ぬかもしれない場面を見てしまったの」
「えっ、嘘」
六人の女性は、明菜が何を言うかと興味を向けていたが、話しを聞くと、表情を変えた。と同時に驚きの声を上げたのだ。
「如何したの、まさか、また、今度は、七人が同じ夢を見たの?」
「はい」
娘達は、同時に頷いた。
「そうなのねぇ。なら、本当に、始祖様が転生したかもしれないわね」
娘達は何も言えなかった。それでも、母は納得したのだろう。
「まだ、早いから寝ていなさい」
そう伝えると、部屋から出て行った。部屋に七人の女性だけになると、好奇心からだろう。今日子が、明菜に問い掛けた。
「ねえ、明菜。もしかして、あなたは、金姫なの?」
「えっ」
「私が、金姫です」
瑠衣は、笑いながら答えた。
「えっ、まさか」
皆は、驚きの声を上げた。だが、金姫が酒を飲んでいない素面の状態だと、今の瑠衣と同じになる可能性があるはずだ。元は、同じ魂なのだからだ。
「なら、明菜は、誰なの?」
「その、あのう、言わないと駄目?」
「内緒にしても後で分かる事なのよ」
「むむむ、私、木姫なの」
「えっええ、嘘ぉおお」
同じ魂で、現代と過去の違いは想像が出来るはずだ。過去では、何の情報の無く、身分制度があり、明菜は最低の身分でもあったからだろう。それで、少し、卑屈になっていたに違いない。
「まったくの別人でしょう」
「そう言われても、木姫なのよ。夢の中って言うか、当時ね。世間を知らなかったの。末端の普通の人だったし、それに、強い女性になりたかったの。好きでも会話も出来ない性格も嫌だったのよ。それで、転生したら性格が変ったのかもしれないわ」
「そうだったの」
皆は頷き、そして、明菜の話しを聞き終わった。その後、皆は転生の話しになり、驚きを感じる事になるのだ。
「ねぇ。明日香は誰なの?」
今日子が、問い掛けると、皆が明日香に視線を向けた。そして、興味がなさそうに、たった一言だけ呟いた。
「私、水姫です」
そして、明菜、明日香の二人が何故、嘘と思案しあったが、他の者は、転生しても変わらなかった。そして、真の話しになったのだ。
「情けないって言うか、軟弱と言うか、面白い人よね」
「そうね。何か、主人と言うよりも、使用人のような感じの人でしたわね」
「そうよね。私、自分の曜日が来るのを楽しみでしていたわよ。その時だけ退屈しなかったわね。本当に楽しみでしたわ」
「うんうん、私もよぉ」
「私も、何でも言えば、言う事をしてくれたしね。楽しかったわ」
七人の女性は、自分の曜日の事を自慢のように話し始めた。そして、頷く者、笑う者と思い出の会話が続くのだ。だが、真の話しで盛り上がり話しが進めば進むほど、夢で見た真の安否を気にするのだ。そして、希望のように聞くのだ。真は天寿をまっとうしたの。最後を看取った人はいるの。と聞くが、誰も分からないと首を振るだけだ。七人全てが首を振ると、眠気を感じてきたのか、それとも、先ほどの夢の続きが見られると思っているのだろう。誰が始めに言ったのか分からないが、お休み。と言って床に戻ったのだった。それから時間が過ぎる。二時間くらいだろうか。そろそろ、九時が過ぎようとしていた。
「今日子、あなたは何をしたの?」
母は、娘が寝ていようが起きていようが関係なかった。それ程まで怒り、それでも、娘を心配していたのだ。
「何のこと?」
「ヤクザみたいな人が、あなたに会いたい。そう言われたの。それも脅すような口調でね」
「ああ、あの人達だわ」
「キャー」
真由美は、今日子の一言で、昨日の拳銃で撃たれた事を思い出し、その、恐怖の為に悲鳴を上げた。
「大丈夫よ。真由美、私も皆もいるから安心していいわ」
真由美の悲鳴で、六人の女性も起きてしまった。それでも、明菜は、真由美が心配になり、抱きしめたのだった。
「そうよ。何しにきたのかしらね」
「今日子。会いたくないなら、お父さんにお願いしてみる?」
「大丈夫よ」
「そうね。あの時のように皆がいれば大丈夫ね」
明菜が、力説した。
「そうね」
「そうよ」
「今日子、行こう」
と、皆が立ち上がった。
「今日子、本当に大丈夫なの?」
「お母さん、大丈夫ですよ。昨日は拳銃の弾も跳ね返したからね。あんな人、怖くないわ」
明菜が慌てて、瑠衣の口を押さえたが遅く、全ての事を話し終えた後だった。
「え。今日子、拳銃の弾、何の事なの?」
「お母さん、何でもないわ。まだ、寝ぼけているのよ」
「そう、危険は無いのよね」
「大丈夫、大丈夫だから安心して、ねぇ、お母さん、勘違いされているだけよ。たぶんね」
「そう、なら会うと言っていいのね?」
「え、大人しく待っているの?」
今日子は、不審を感じた。
「そうなのよ。なら会うと言うわ」
母親だからだろう。娘を心配で二度も、三度も同じ事を言い。そして、娘が首を立てに振るのを確かめると、部屋から出て行った。
「むむ、フッ、行くわよ」
戦にでも行くかのように気合を入れた。そして、昨日のような陣形を作り部屋を出た。恐らく、この陣形のまま、招かざる客に会うはずだ。
「何しに来たのよ」
今日子は、皆が居るからだろうか、強気で客間の扉を開いた。だが・・・・・・・・」
「えっ」
驚きを感じたのだ。六人の男は正座で大人しくお茶を飲んで居たのだ。
「昨日は、済みませんでした」
荒井が、深々と頭を下げた。
「えっ」
「憶えていないでしょうか?」
「えっ」
今日子達は、礼儀正しく話しを掛けられた為に驚いていた。
「おら、憶えてないはずが無いだろう」
兄貴分が頭を下げている為なのか、それとも、無視していると感じたのか、舎弟みたいな男が怒りを表した。それも、掴み掛かるような勢いだ。
「辰、止めないかぁ」
「へい」
兄貴分の言葉で、頭を下げると、また、正座をした。
「私は、荒井と言う者です。昨日、男を庇っていた事を憶えていますか?」
「はっ、はい」
「ハッー、はっきり言うと、昨夜の男を匿っていのなら出してくれませんか」
「えっ、用件って、そんな事なの?」
「それ以外に、この家に来る用事があるはずがないだろうがぁー」
「辰、いい加減にしろ」
脅しの為だろうか、それとも、辰が言う事を聞かないからだろうか、握り拳で殴った。
「兄貴、済みません」
「辰、他の者も外で待っていろ」
「へい」
辰と、四人の男は、七人の女性を睨むと、指示されたように部屋から出て行った。恐らく玄関で待つ考えなのだろう。
「変な所を見せて済まない。私達は真剣に男を探しているのだ。頼むから引き渡してくれないだろうか、お願いだ」
先ほどよりも、深々と畳に付くような頭の下げ方だ。
「その」
「私の家には、私の連れ合い以外の男性は居ません」
明子が、娘の代わりに答えた。
「済みませんが、私は、娘さん達に聞いているのですよ」
「頭を下げられても、母の言う通り居ないのです。家に帰って居ないのですか?」
「本当のようですね。お騒がせて済みませんでした。今回の件は改めて謝罪しに伺います」
「気にしていませんので、二度と来ないで下さい」
「そうですか、分かりました」
荒井は再度、頭を下げると部屋から出て行った。出て行くと、直ぐに、叫ぶ者がいた。
「、何をしたの。あなた達も何をしたの。そこに座りなさい」
「本当に何もしていないわ」
今日子は言い訳が出来ないと感じて話し始めた。だが、弓や拳銃で撃たれた事だけは隠し、それ以外の全てを話した。
「そうなの。男の子と話しをしただけなの。変ね。それで、その人が始祖様の可能性があるのね。何か複雑ね。でも、また、その男の人に係わると、ヤクザ見たいな人と会うことになるわね。如何したらいいのかしらねぇ」
「そうなのよ」
「その事は後で考えるとして、起きるのを待っていたのよ。朝食を食べましょう」
ある部屋では朝日が昇り、鳥達も朝の挨拶が終わり、鳥目の鳥達もはっきりと見え、食事を探し始める頃の時間なのに、カーテンが閉じられていた。朝日の光が怖いのだろうか、そうではなかった。それならば、引きこもりなのかと思うとそうでもなかった。それは、時々カーテンの隅から外を覗いているのだった。そして、何故か、直ぐに時計を見ると恐怖を感じて布団の中に隠れ泣き騒ぐのだ。その姿を、部屋の扉を開けて見ている者が居るのに気が付いていないのだ。見ている本人も何があったのかと心配していた。
「新一。ねえ、何があったの?」
そう声を掛ける者は、新一の母だった。
「怖い、今度こそ、殺される」
母の声が聞こえないようだ。そして、何度も同じ事を呟き、また、外を見るのだ。まるで、戦場の一平卒が、恐怖で死にそうなのに、無理やり敵の様子を探れと指示されているような状態に思えた。
「ねぇ、如何したの。夜遅に帰ってきたと思ったら、食事も食べない。直ぐに部屋にこもったと思ったら、朝になっても出て来ないで、ねえ、新一、聞いているの?」
その時、新一が、目覚ましのセットをするはずもないが、突然鳴り出した。恐らく、毎朝の起きる時間なのだろう。そして、突然、死にそうな表情を表しながら飛び起きたと思ったら、部屋を出るように走り足した。当然、母が何度も声を掛けているのだから居るのが分かるはず。だが、気が付いていないようだ。そのままの速度で、母に衝突した。
「新一。如何したの?」
やっと母が居るのが分かったのだろう。
「お母さん。殺される。お願いだから助けて、助けて」
その場で、泣き崩れた。
「お願いだから落ち着いて、助けるからねぇ。だから、落ち着いて」
「初音に殺される。お願い助けて、助けて」
「初音ちゃんと喧嘩したのね。確かに少し変わった人だし、複雑の家庭の事情もあるわね」
母親も、初音と聞くだけで、何故か、納得するのだ。何度もこのような状態を見て、育ててきたに違いない。
「初音に殺される。死にたくない」
「そう、理由は分からないけど、今日は学校を休みなさい。後で、詳しく理由を話すのよ」
「でも、家に居るのが分かれば、家ごと爆発させるよぉおおお」
「まあ、そこまでしないと思うけど、安心しなさい。初音ちゃんには、昨夜から帰って来ないって言うから安心しなさい」
「納得しないよ。居ると思って玄関を壊して入ってくるよ」
「大丈夫だから安心しなさい。お母さんが、初音ちゃんに分かるように話しをするからね」
「う~ん。お母さんを信じるよ」
「だから、安心して少しでも寝なさい。昨夜から寝ていないでしょう。でも、起きたら全て理由を話すのよ」
「うん。分かった」
新一は安心したのだろう。その場で眠ってしまった。
「馬鹿ねぇ。そんなに気を張り詰めていたの」
母は、息子を寝具に寝かせ。部屋から出ようとした時だ。
「如何した?」
「お父さん。また、初音ちゃんと喧嘩したみたいなのよ」
「そうかぁ。本当に、大変な子に惚れられたなぁ」
「だから、初音ちゃんにあったら昨夜から帰って来なかった事にしてよね」
「分かった」
夫婦は、初音を納得出来るような会話をしているが、本当に出来るのだろうか。それから一時間後、初音が、七時半に玄関の呼び鈴を押すのだった。
「新一さん。向かいに来たよ」
「初音ちゃん、おはよう。新一は、まだ、昨日の朝から出掛けてから帰ってないのよ」
扉を開けると、初音は、満面の笑みを浮かべていた。それ程、新一が好きなのだろう。
「え、本当、またなのね」
「本当に、新一は駄目ね。シロが一緒でないと森も歩けないのだからね」
「お母さん、分かりました。私、昨日、新一と分かれた公園を知っているから森の中で気絶しているのかも、探してみます」
「ごめんね。でも、私が後で探すから、初音ちゃんは学校行くのよ」
「はい、学校に行きます」
初音は、頭を下げるが、勿論、学校に行くはずもなく新一を探すはずだ。そして、玄関の扉が閉まるのを確認すると・・・・・・・。
「荒井、直ぐに新一を探すのです。そして、昨日の公園と七人の女性の家を探しなさい。女性の家に居るかもしれません。良いですね」
「はい、分かりました。ですが、今日は、学校に行って頂きます」
「なら、急いで探しなさい」
「先に学校です。結果報告は学校で聞いて頂きます」
「私に命令をするの?」
「学校に行かせる。それは、組長の指示です」
「組長と言ったわね」
「あっ、初音様のお祖父様の指示です」
「もう遅いわ。祖父に、今の言葉を伝えます。そうなると、どうなるかしらね。楽しみだわ」
初音の家は、解散したがヤクザの家系だ。孫娘にはヤクザとは無縁と思って欲しく、部下には徹底していたのだ。だが、初音の行動などでは普通の人だと思われるはずもなかった。それを、祖父は知らないのだ。それでも、部下が、荒井のような言葉を使うだけでも、心底から怒りを爆発させるのだ。
「今の言葉を忘れてあげるから、早く新一を探しなさい。探し出せば、大人しく学校に行ってあげるわ」
「うっ」
荒井は、言葉に詰まった。
「ふっふふ」
初音は、荒井の顔を見て、笑ってしまった。荒井は、顔面神経痛のようにぴくぴくと痙攣していたのだ。
「仕方が無いわね。遅刻しないように学校に行くわ。それと、祖父にも内緒にしてあげるから安心しなさい」
初音は、荒井が、蛇に睨まれた蛙のように固まっているので妥協してあげた。このように優しい気持ちもあるのだ。それだから、祖父から続く部下も、初音の無茶な指示でも叶えてあげたくなるのだ。
「初音・・・・・・様」
「何故何も言わないの、私の気持ちが変わるわよ。それでも、昼までに、新一を探し出せない場合は、私も、考えがあるわよ」
「承知しました」
「なら、学校に行くわ。車を用意しなさい」
荒井は心底から安心したのだろう。それは、深々と頭を下げた事で態度に表れていた。そして、初音の気持ちが変わっては困ると、直ぐに携帯電話を掛けた。たった、五分の待ち時間があると伝えたが、初音は、何か言うような態度を表したが、予定時間より早く車が着き、無言のまま車に乗ってくれた。その気持ちに応えようと、荒井は、携帯電話から新一の捜索の指示を部下に伝えていた。
「初音様」
数十分後に部下から連絡が来たようだ。
「何?」
「昨夜の、女性の家が分かりました」
「誰の?」
「恐らく、七人の女性の長の家かと、思います」
「それなら、直ぐに・・・・あっ、学校に行くのだったわね」
「ありがとう御座います」
「いいわ。約束は守るわ」
「十二時には探し出すのよ。そして、迎えに来なさい。いいわね」
「初音様」
「私は、学校に行くと言いましたが、終わりまで居るとは、言わなかったはずよ。まあ、十二時まで連れて来たのなら終わりまで居てもいいわよ」
「むむ」
「返事は、十二時に期待しているわ。荒井も直ぐに、女性の家に向いなさい」
荒井は、返事に困っていた。新一を連れて来たとしても、学校に居ると言うはずがないからだ。だが、探し出せない場合は、考えるのも嫌な事になるはずだ。その姿を見たからだろうか、それとも、久しぶりの学校が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべ、荒井が乗る車を見送るのだ。それでも、荒井は、初音の笑みを見て安心と言うよりも嬉しかった。苛めもなく、楽しい学校生活をしていると思ったからだ。そして、今日子の家に向った。
その頃、新一の家では・・・・・・・・・。
「初音ちゃんは、学校に行ったようね」
新一の母は、連れ合いを仕事に送り出した後、息子の朝食の用意が終わると、玄関を開けて、初音が居るか確かめた。そして、息子の部屋に向うのだ。
「新一、そろそろ起きなさい。初音ちゃんは学校に行ったわよ」
新一は、初音が学校に行った。その言葉で突然に起き出した。
「うぉおおお、初音が居なくなった」
「そうよ。食事が出来ているから食べましょう」
「それから、何が合ったか話しをしてね」
「あれ、シロは、シロは何処?」
新一は、母の言葉が聞えないだろうか、猫の名前を何度も声に出した。
「新一と、一緒に帰って来たけど、直ぐ外に出て行ったわよ。シロなら後で探しに行くから食事を食べなさい。それから、何が合ったか話しをする約束でしょう」
「シロ?」
「だから、シロちゃんは外よ。寝ぼけているの?」
「んっ、あ、お母さん」
息子が心配になり、体を揺すった。それが、体の機能。いや、頭だろう。揺すった事で神経が繋がったのか、正気を取り戻した。
「起きたようね。シロちゃんは、外よ」
新一が部屋の中を見回しているのに気が付き、猫の事を伝えた。そして、カーテンの隅から外を覗こうとした。
「初音ちゃんは、学校に行ったわ」
母から伝えられた言葉を聞くと、心の底から安心したのだろう。安堵の声を漏らした。
「お母さん。お腹が空いた」
「先ほどから何度も言っているのよ。フッ、いいわ。用意が出来ているから食べましょう」
明子は、疲れたように溜息を吐いた。
「うん」
そして、朝食を食べながら昨日の話しをする。だが、母は笑いながら頷くだけだ。新一は、母に分かって欲しくて、何度も、心底から恐怖を感じたと話しをするのだ。
「そう、鉄砲も撃ったの」
「そうだよ。初音は、私を殺す気持ちだよ」
「初音ちゃんの気持ちが分かるわ」
「えっ、何で人殺しだよ」
「新一。恋をするって、そのくらい激しいのよ」
「如何したら止めてくれるかな」
「それは、無理ね」
「何で?」
「なら、新一は、初音ちゃんが嫌い?」
「嫌いではない。でも、好きでもないかも。だって、恐怖しか感じないし」
「そうね。嫌いと言ったら一緒に死んで、そう言いそう。それほど気持ちが激しいわね」
「お母さん。怖い事を言わないでよ」
「でも、初音ちゃん。美人だから嫌いでは無いでしょう?」
「お母さん、何を言っているのだよ。怖いから嫌いだよ。ちょっと、シロを探してくる」
「シロちゃんが本当に好きね。そんなにシロ、シロって言っていると、人間に化けて結婚して言われるかもよ。初音ちゃんと、どっちが怖いかしらね。ワッハハハ」
新一は、母の冗談も笑い声も無視するように玄関の扉を開けて外に出た。恐らく、近所を回って居なければ、向う先は公園のはずと考えた。だが・・・・・・・・。
住宅街に住む人々は、新一を不審そうに見つめていた。それは、当然だろう。まだ、学生のはずなのに学校に行かずに歩き回っているからだ。それだけなら不審に思わないだろう。病気で帰宅の途中か、今から学校に行くのだろう。と判断するはずだ。だが、新一は、何かを探すように下を見たと思えば上を向くのだ。それだけでなく左右も見回すのだから、誰が見ても不審な人物と考えるのが普通のはずだ。
「シロ、出ておいで」
それでも、猫の名前を大声で叫んでいたら違う反応を示しただろう。それなら、なぜ大声で叫ばないのかと言うと、恥ずかしかったのだ。友人の間でも、近所でもシロが保護者と思われているのが分かっているからだ。
それでも、新一は小声で呼んでいた。
「シロ?」
新一は不審を感じた。シロが自分を確かに見たはずなのだ。だが、他人を見るように無視して歩き去るのだ。確かに、出てきた店が風営法の店だ。何故、猫が出て来たのか、それも、悩む問題なのだが、まるで、人の様な、恥ずかしい気持ちを隠すような態度で無視するのだ。それが分からず、その場で立ち尽くした。
「シロ。シロ、家に帰ろう」
再度、大声を上げて呼んだ。だが、振り向いてもくれなかった。新一には分かるはずも無いが、猫の言葉、いや、幽霊の言葉が分かれば理由が分かったはずだろう。次のように話をしていたのだ。
「この世の中は凄いぞ」
真は驚きを感じていた。前回は映画、今回は男性客の前で、女性が裸体で踊り、客を楽しませる所だった。真は驚いているが、真が生活していた世界でもあったのだ。シロが真の生活していた当時の状況を分かれば、「何を言っているの。あなたの世界にもあったでしょう。それだけでなく、大勢の側室と暮らしていたのでしょうに、それの方が羨ましいと思いますけどね」と返事を返すだろう。それが分からず問い掛けた。
「何が凄いのです?」
「そうだろう。考えられる全ての男の夢があるのだぞ。一番の驚きは好きな時に女性の裸体が見られるとは信じられない世界だな」
「そうなのですか、私は女ですし、猫ですから常に裸ですね。何を興奮しているのか意味が分かりませんが、そろそろ体の自由を返してくれませんか、小さい主様が心配なのです。半泣き状態なのですよ」
「済まない。どうやら興奮すると、体を自由に使えるようだ。もう少し待ってくれ公園にでも行って木や花などを見ていれば気持ちが落ち着くはずだ」
「仕方が無いですね」
と、新一には分かるはずもない。だが、シロが、新一を無視した理由だったのだ。そして、新一は、シロの後を泣きながら着いて行くのだった。
「シロ・・・・・・」
新一は希望を込めて、また、名前を呼ぶが、自分の所に来てくれるはずもなく、振り向いてくれる事もなかった。そして、ぶつぶつと呟きながら後を着いて行く。恐らく、シロと一緒に遊んだ事を思い出しているのだろう。その後を、尾行している者に、シロも、新一も、真も気が付いていなかったが、二人の男性のようだ。そして、突然に、一人の男性が立ち止まり、真剣な表情を浮かべながら懐に手を入れた。そして、携帯を出した。
「初音様。シロと新一様を探し出しました」
連れの男性が、振り向いた。それも、そうだろう。尾行しているのに大声を上げて、名前を上げたのだからだ。だが、携帯で話をしているのは、荒井だが、連れに手を振り、尾行を続けろと合図を送った。
「そう、早かったわね。何処にいたの。まさか?」
「新一様も、シロを探していたらしいです。ですが・・・」
「何があったの?」
「シロが、主の、新一様を無視しているのです。その後を新一様が泣きながら歩いていまして、何かが合ったと思うのですが・・・・」
「シロが、新一を無視するの。それは、信じられないわ。新一が心配だわ。親代わり、兄弟、親友、いや、自分の分身と思っているのよ。そのシロが無視するなんて、死を考える恐れがあります。荒井、直ぐに車を寄越しなさい。新一と会うわ」
「むむむむ」
荒井は、返事に困った。新一を探し出したとしたら大人しくしていると思ったのだ。
「荒井、緊急なのよ。直ぐに来なさい」
「分かりました」
大きな溜息を吐いた後は、承諾の返事をした。そして、携帯を切ると直ぐに電話を掛けた。恐らく、先ほどまで一緒にいた者だろう。
「今何処にいる?」
「何故か、例の女性の家に向う可能性があります」
「何だと、公園ではないのか?」
「可能性の問題です。まあ、猫の事ですから何も考えて無いはずです」
「そうだな、だが、見失うなよ。初音様が直ぐに向う」、
「はい、承知しました。あっ」
「どうした?」
「猫が走り出したのです。切ります」
「分かった」
荒井の部下の安部は、電話を切るとシロを見失わないように駆け出した。
シロは走り出したのは本当だが、気まぐれではなく理由があった。だが、それは、シロでなく真の理由なのだった。
「真さん。何処に行くのです。公園で気持ちを解すのではないのですか、また、資料としての偽りの楽しみは程々にしてください。小さい主様の事もですが、何時なれば食事が食べられるのですか、本当に腹が空いて死にそうなのですよ」
「分かっている。だが、大事な知人なのだ」
真は、興味を感じる事が多い事もあったが、それだけでなく物を食べる行為を忘れていたのだ。それだから、宿っている猫が空腹を感じる事も忘れていたのだ。
「まさか、七人の女性の事ではないですよね」
「知人なのか?」
「あの女性達と係わって、小さい主様は死の恐怖を感じたのですよ」
「えっ、まさか、それまで、いや、するかも」
「えっ」
シロは驚き言葉を無くした。
「それで、何が合ったのだ?」
「ハッァ~」
大きな溜息を吐いた。恐らく、思い出したくもないのだろう。だが、全てを話した。
「七人の女性が悪くは無いだろう。だが、拳銃の弾丸を弾いたのか」
「そうですよ。あのような女性と係わっていたら小さい主様の命が心配なのです」
「そうだなぁ。なら間違いないなぁ。やっと会えたぞ」
真は、予想していたが、シロの話しを聞いて確信した。
「えっ、なんです?」
「何でもない。弾丸を弾いたと聞いて感心しただけだ」
「それでも、行くのですか?」
「何処に行くか、それを調べないと行けないのだ」
「うっ」
シロは諦めたようだ。それは当然だろう。体の自由が利かないのだからだ。そして、七人の女性の足元に着いたのだが、当然だろう。真とも昨日の猫とも気がついてくれなかった。それでも、シロの後ろを歩く、新一には気が付いた。
「今日子、あの男よね」
明菜が驚きの声を上げた。それも、そのはずだ。当ても無く探していたのだからだ。
「えっ、嘘?」
七人の女性は、街角で立ち止まり、公園に向うか、町を探すかと話し合っていたのだ。それなのに、突然に、探していた男性が目の前に居れば驚くのは当然だろう。
「本当ね。あの人よ」
七人の女性は、自分の目で確かめると、新一の所に近づいた。
「えっ?」
女性に囲まれ、不審を感じた。
「ねえ、昨日の人よね?」
「えっ」
新一は、今日子達と会った時は、錯乱していた為に記憶になかった。
「憶えていないの?」
「えっ」
「昨日、弓矢とか拳銃の弾丸を跳ね返して守ってあげたでしょう」
「うぁあああ」
新一は、昨日の恐怖を思い出した。それで、忘れたい。逃げたい。係わりたくない。と様々な思いから逃げるように、公園の方向に走り出した。
「ちょっと、待って」
新一の後を、七人の女性とシロは追いかけた。当然だが、荒井の部下も後を追った。
「待てって言っているでしょう」
今日子が、新一の腕を掴んだ。捕まえた場所は、昨日と同じ所だった。そして、七人の女性が、昨日と同じように男を囲んだ。その様子を、荒井の部下の安部が様子を見ると、直ぐに懐に手を入れ携帯を取り出した。
「代行、七人の女性と、シロと新一が、昨日と同じように公園に居ます。はやり、七人の女性の話は嘘だったようです。本当は公園で待ち合わせをしていたのでしょう」
「なに、あの七人の女と待ち合わせだと?」
「そうです。うっ」
安部は、叫び声が聞こえ、携帯を耳元から離した。だが、携帯を切る事ができず。騒音としか思えない言葉を聴き続けなければならなかった。その叫び声は・・・・・・・。
「新一が、女と一緒なの?」
叫びの声は、初音だった。
「初音様。お待ちを」
「早く携帯を私に寄越しなさい。私が直接に聞くわ」
「お嬢様、危ないです。座ってください」
「荒井、私の言う事が聞こえないの?」
阿部は、電話の向こう側が想像できた。恐らく、いや、確実に、初音は、車の後部席から助手席に手を伸ばし、荒井から携帯を取ろうとしているのだろう。初音が強引に取ろうとしている為に、運転している者が悲鳴を上げているのだろう。それで、初音は、取り上げる事ができず。大声で叫んでいるはずだ。
「私の声が聞こえているわね。誰か知らないけど、今から言う事を実行しなさい」
「お嬢様、落ち着いてください。運転が出来ません」
「今直ぐに拳銃で、新一と七人の女を撃ちなさい」
安部は、初音の言葉が聞こえ恐怖を感じた。このままでは、指示の通りに一人で七人の女性に向って拳銃を撃たないと行けないと感じたのだ。昨日は複数で撃ったから近寄って来られなかったのだ。一人撃てば、確実に自分に向って来る。そうなれば確実に死ぬだろう。救いを求めるように荒井の言葉を待った。それか、携帯の電波が切れる事を願った。
「安部、直ぐに向う。移動するようだったら後を追え、見失うなよ」
荒井は、詳しく指示を伝えるはずだったのだが、初音を落ち着かせる為に簡単に伝えた。
「わかりました」
安部は、携帯の電波が切れると、安堵の表情を浮かべ、携帯を懐に入れた。そして、七人の女性に視線を向けた。その七人の女性たちは、何をしているいかと言うと・・・・・・・。
「シロ?」
新一が、満面の笑みを浮かべていた。先ほどまで、新一を無視していたシロが、右足に擦り寄って甘えてきたのだ。それが心底から嬉しかったのだろう。
「可愛いわね。私も猫を飼おうかしらね」
今日子は、いや、七人の女性は、交互にシロの体を撫でた。それでも一番の関心は、新一だ。何度も、問い掛けたいと思う視線を何度も向けていたのだ。その思いは七人の女性も同じだったのだ。元々、昨日に会った理由も、今日、再び会う理由も同じなのだ。それは、何かと言うと、始祖の真を探すのもだが、左手の小指にある赤い感覚器官が見える者を探すのが目的だった。それは、物語などで使われる。運命の相手、赤い糸が繋がっている相手なのだった。それで、どのようにして問いただすか考えていたのだ。
「可愛いわね。シロちゃんって何歳なの?」
「お婆ちゃんだよ。二十歳になる。子供が授からなくて飼ったのだって、それでも、私が生まれても、勿論、飼い続けてね。私の子守もしたらしいよ。何かある度にね。お前は、シロの尻尾が好きでね。右に左に動くのを見ると泣き止んで寝てくれたと話してくれたよ。でね。シロには迷惑だって言われるのだよ。私が時々尻尾を掴むのだって、するとシロが悲鳴を上げるのが楽しくて何度もしたらしいよ。記憶はないけどね」
「頭が良い、猫ちゃんなのね」
「君も何か飼っているの?」
「飼ってないわ。飼いたいけど、家は、神社なの。それで邪気が集まるからって飼えないのよ。一人暮らしが出来たら直ぐにでも飼うわ」
「何を飼うの?」
「そうね。猫もいいわね」
「うんうん、その時は見せてね」
「あっ、でも、何時になるか分からないから」
その時、明菜と真由美が話しに入ってきた。そして、明菜が、今日子の耳元で囁いた。
(馬鹿ね。それでは話が終わってしまうでしょう)
「あっ」
「私の家では、猫を飼っているのよ」
今日子が何の為に話を掛けたのかと気付いた。そして、真由美が話しを引き継ぐように新一に話しを掛けた。
「そうなのかぁ。何猫なの?」
「家の猫はトラ猫なの。可愛いけど、抱っこしようとしたら逃げるの。シロちゃんは、い
いわね。シロちゃんのような猫が良かったわ」
「たぶんね。それは、遊んでくれていると思って逃げるのだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「でも、今の新一のように猫を抱っこしたいわね。だって、猫って温かくて毛並みを撫でると気持ち良いでしょう。飽きないわ。それに、触っていると心も落ち着くわよね」
「そうだね。なら、抱っこしたい時はね。抱っこしたいぞ。と、大げさに身振りで見せるか、興味無いように無視して、ある程度、自分の所に近寄って来るのを待って、がばって捕まえるのが良いかもよ」
新一は、猫の話しだからか、それとも、女性と話しをするのが楽しいからだろう。大げさに身振り手振りで教えるように話していた。
「ねね、このまま立ち話でなくて、皆で座って話しできる所に行かない。それに、昨日のように怖いおじさんが来そうな気がするわ。ねっね、行きましょうよ」
ある森林公園に向う一本道の道路を、自殺志願のように速度を出して走る車があった。
そろそろ昼を過ぎる時間で、人も車も走っているのにクラクションを鳴らし苦情を訴える者も居ない。それは、自分の命や車が大事な為に逃げるのに必死なのだろう。そう思うだろうが、それなら、何故、通行人の悲鳴も、苦情を訴えるような視線も向けないのだろう。そう思うはずだ。それは、当然と思える。誰が見ても、その車は、一般人が乗るような車ではなかったのだ。前面の窓以外を真っ黒で車内が見えず、車の色も黒なのだ。それでも、交通違反をしない速度で走っているのなら、まだ、資産家の車と思うだろう。その為に、このような人と係わりたく無い為に無視をしていたのだ。まあ、それでも、何故、公園に向うのかと不審な表情を浮かべてはいたのだ。黒色の車の運転手は、このような事を、人々が考えているとは想像もしていないだろう。それが証拠のように、自分の前にある全てが邪魔と感じてクラクションを鳴らし続けていたのだ。その音が聞こえるからだろう。歩く人々は、公園に向わずに帰る人が殆どだった。他の車を運転する人は直ぐに帰る事ができず、即座に車を止め、黒色の車に道を譲っていたのだ。そして、クラクションの音が聞こえなくなったのは、森林公園の駐車場に着いたと考えて良いだろう。それでも、信じられない事は、駐車場に同じ車が五台も止まっていた事と、音が消えると同時に、五台の車から何十人の者が、車から降りて並んで待っているのだ。想像の通り、並んでいる人達は、黒いスーツを着て、派手なネクタイをしていた。
「初音お嬢様、お待ちしていました。言われた通りの準備を用意してあります」
「そう、それで、新一は、何処、何をしているの?」
「安部の話しでは、昨夜の七人の女性と楽しそうに会話をしているらしいです」
「許せない。私の新一を、私の新一を、奪い取る考えなのね」
「うっ・・・・・・・・・・・・」
誰も返事を返す者が居なかった。恐らく、一言でも呟くと、自分に全ての災厄が降りかかると感じての恐怖から声が出ないのだろう。初音には、そのような思いに気付いていない。その証拠のように大声を上げたのだ。
「私が言った通りの準備をして、新一の所に行くわ。早く案内をしなさい」
「はい」
と、一言だけを吐くと、何十人の人が同時に歩き出した。駐車場から出て直ぐ、公園の入り口に、トイレや噴水などがある為に、広場があるのだ。その公園の入り口に、七人の女性と男と猫が居たのだ。何故か、昨日を同じ場所で楽しそうに会話をしていたのだった。
「何なの信じられない。新一が笑っているわ。最近では、私と居る時は、笑った顔なんて見せないのに、何故なの?」
新一は、確かに笑っていた。それだけでなく、女性の話で何度も頷いていたのだ。初音には聞こえるはずもないが、新一は、真由美の提案に嬉しそうに承諾しますと、返事を返していたのだ。その姿を見て、初音は怒りを感じたのだ。
「皆で、新一も一緒に、七人の女性に向って拳銃で撃ちなさい」
「糸よ。守って」
明日香が叫び声を上げた。初音の声が聞こえるはずもないが、男達の殺気を感じた。それは、拳銃の引き金を引く、一瞬前の事だった。
「又よ。構えて」
明日香、美穂、由美、真由美が、声を上げた。
「はい」
と、今日子、明菜、瑠衣が返事を返した。そして、直ぐに悲鳴のような声が響いた。
「新一とシロを守って」
今日子が、返事を返した後、助けを求める声と同時に、拳銃の弾丸を弾く音が響いた。
「又なのね。あの女性達は何なの。また、弾丸を弾いたわ」
初音は驚くが、回りに居た。普通の人々は心底から恐怖を感じて逃げだした。勿論だが、警察に電話をする者など一人も居なかった。それも当然だろう。通報して逆恨みで命を狙われたくないからだ。その為に公園に居るのは、初音と部下、新一と今日子の友だけが居たのだ。それが分かっているのだろうか、好き勝手に撃ち続けていた」
「あの女性達の一メートル以内には拳銃の弾丸が入りません。何かがあるようですが、分からないのです。まるで、漫画などの話しに出てくるバリアー見たいです。それとも、超能力の力で弾き返しているのか、まったく想像も出来ません」
荒井だけでなく、誰にも分かるはずがないだろう。弾丸を弾いているのは、左手の小指にある赤い感覚器官なのだからだ。それが見える者は、運命の相手だけだ。だが、武器として形状した場合は、命を預けてもいい。と思える程信じた者の場合は見える事もある。それでも、見える者が居たとしても、このように高速で動いているのを見える者も居ないはずだ。
「なら弾数で決めるしかないわ。私が言った物を用意したのでしょうね。確か、連発銃とか言う物よ。それで、撃ち続けなさい」
「はい、初音様。その指示に従います」
「早く撃ちなさい」
「連発銃の用意をしろ」
荒井は、正式な名称を言わなかった。知らなかったのか分からないが、知っていたとしても、初音の気持ちを考え、初音に分かるように大声で指示を上げたのだ。
「キャー、嘘?」
「私達を本当に殺す気持ちなの?」
何十人の者が、拳銃から機関銃に変えて撃ち続けた。先ほどまでの弾丸の数が倍以上増えたのだ。拳銃の弾丸でも死ぬ気で弾いていたが、機関銃の弾数では全てを弾き返す事は無理だった。一発、二発と、すり抜ける。それでも、体には当たってはいないが、衣服に穴を開ける。そして、時間が経つ程に衣類がボロボロになるのだった。今回は防御系の四人だけでは無理と分かり、攻撃系の今日子、明菜、瑠衣も弾丸を弾くのを手伝うしかなかった。
「やはり、神懸りのような不思議な力では無かったのね。恐らく、何かの武器ね。昨夜よりも七人は真剣よ。会話が無いみたいに思えるわ。そのまま撃ち続けなさい」
「はい」
荒井だけが返事を返した。他の者達は、初音の言葉が聞こえないに違いない。それも、そうだろう。機関銃で打ち続けるのに当たらないのだ。もし、撃つのを止めたら、七人の女性が、自分に向っている。そうなれば、命が無くなると思っているはずだ。
「もう駄目だわ」
美穂が悲鳴を上げた。
「なら、このまま少しずつ下がって公衆トイレの建物に逃げ込みましょう」
「無理よ。話しているだけでも精一杯なの。体を動かすのなんて無理よ」
「ニャー」
シロが鳴いた。真の声なのか、シロの鳴き声なのか分からない。それでも、同じ事を考えていたのだろう。このままでは、誰かの命が消えないと納まらない。そう思ったのだろう。それで、シロは、自分は小さいから初音の所まで無事に行ける。自分を抱きしめてくれたら、この騒ぎは収まる。そう考えたのだろう。真の考えは、初音の所まで行くのは同じ考えだろうが、初音と部下を、自分の爪で引っ掻く事が出来れば混乱するはずだ。そうなれば、七人の女性が逃げる時間が稼げると考えたのだ。また「ニャー」と鳴いた。恐らく、「大丈夫、何とかするからね」とでも、猫語で呟いたはずだ」
「シャー」
と、また、威嚇のような、気持ちを奮い立たせようとするような声を上げた。すると、新一の足元に居た。そのシロが、初音が居る方向に駆け出したのだ。その様子を見て、初音が撃つのを止めろと叫ぶ。だが、銃弾の音で聞こえないのか、それとも、機関銃の弾を弾くのを見て、人間ではないと考えたのだろうか、恐怖を抑えるためだろう。男達は撃ち続けた。その時だ。シロを助ける為に、新一が、七人の囲いから出た。
「キャー」
七人の女性と初音の悲鳴が響いた。咄嗟に、今日子だけが一歩だけ踏み出す事が出来た。そして、自分の赤い感覚器官を新一に向けたのだ。そのお陰で弾を弾く事は出来たのだが、自分自身の防御が出来なかった。それでも、今日子の仲間が助けるが・・・・・・・。
「キャー」
「きょうこ~」
今日子が、その場に倒れた。その為に、新一の防御が出来ず。弾丸の一発が、新一の顔をかすめ、新一は極限の恐怖を感じた。その同時に、シロも真も同じように極限の恐怖を感じていたのだ。その為に、真と新一の心が同調した。
「いい加減にしないかぁ。命を何だと思っているのだ」
新一の体に入ったのだろう。真が叫び声を上げた。その言葉は、人の言葉なのだが、それと同時に頭に直接響くような不思議な言葉だった。それは、真の力なのか分からないが、心底からの怒りの声を上げられる者がいたら、同じ事になるかも知れない。それでも、その一言を吐き出した後、新一は、その場に倒れてしまった。
「うっううう」
この場にいる全ての者が、頭を抱えうずくまった。それ程の痛みの為に騒ぎは収まった。
「真様?」
「真様なの?」
七人の女性は、頭痛の痛みを堪えながら視線を向けた。その視線は、好意的であり、不思議な者を見るような視線だった。初音も、真の声が新一と思い。心底から惚れ直したのだ。それほど、男らしかった。そして、生死が心配になり、新一の元に駆け寄った。
「新一。大丈夫なの。怪我は無い?」
初音が、新一の安否を確認していると、七人の女性は、初音と違って、惚ける度合いの時間が長かったのだろう。行動するまでの時間は掛かったが、初音と同じように、新一の元に駆け寄った。
「真様なのね?」
と、七人の女性は叫び続けた。初音ほど心底からの心配は感じられない。真の転生なら死ぬはずが無い。そう思っているに違いない。
「新一、怪我は無いの?」
「初音ちゃん、大丈夫だよ。でも、死ぬかと感じたよ。本当に殺す気持ちだったのかな?」
「真様なのね?」
「まさか、軽い冗談よ」
「真様なのね?」
新一は、初音の答えに安堵したが、不思議な名前の意味が分からず。七人の女性に視線だけを向けた。
「真様なのね?」
七人の女性は、同じように何度も問い掛ける。それには、理由があったのだ。新一に確
かめたい事がある。それが、分かれば、新一にも、初音にも近寄らない。その方が心休まるはずだ。そうなれば、命の危険も無いのだからだ。その確認とは、自分達の、左手の小指にある赤い感覚器官が見えるかだ。新一が、転生した真だとしても、見えないようなら、他の人が運命の人だと考え、他の相手を探すからだ。
「貴女達、何を言っているの?」
「真様よね?」
「貴女達、真では無いわ。新一よ。もしかして、人違いで、新一にちょっかいを出していたの。なら、もう、新一と分かったでしょう。これ以上、新一に近づかないでね」
「そうよね。ならハッキリ言うわ」
「なによ」
「ねえ、新一さん。私の左手の小指を見て」
「うん」
「何か見える?」
「うん」
「どのような物が見える?」
「そうだね。小指の指輪、とも違うね。手の甲から小指に掛けて綺麗な細工品だね。男だから詳しい名前は分からないけど、白い手に真っ赤な細工品は綺麗だね」
「やっぱり真様よ。そのような名前などいいわ。私の赤い糸の人よ」
今日子は、嬉しいからだろう。涙を流し続けながら頷いていた。
「うぁあああん。本当に見えるのね」
「新一さん。もっと詳しく言って、お願い」
「う~む、手の甲の細工品は花の模様に見えるよ。何の花か分からないけど」
ただの感覚器官なのに、それぞれに、違いがあるのかと思うだろうが、あるのだ。子供などが遊ぶ、糸で遊ぶ、あやとりの様に、自分の思い通りに曲げ、重ねて好きな模様にするのだ。
「うんうん、ありがとう。私の好きな薔薇の模様なの」
「今日子は、もう良いでしょう。私達の見てもらうの」
このような状態になると、今日子の事など忘れて、今日子より前に出ようとした。
「なら、私の左手は見える?」
「私のも見えるのでしょう」
「私のも」
他の六人の女性は、歓声の声を上げ、恥ずかしそうに左手を見せるのだった。
「うんうん、七人全ての赤い細工品が見えるよ。それが、どうしたの?」
「あっ・・・・・」
初音は、七人の女性と新一の騒ぐ意味が分からず見ていた。そして、今日子の満面笑みと、ある一言で、何かに気が付いた。そんな表情を浮かべると、自分の左手と新一とを交互に見ていた。新一は理由が分からず問い掛けている。そんな楽しいそうな姿を見ていると、涙を浮かべている事に気が付いた。女性だからだろうか、嫌な考えが浮かんだのだ。
(まさか、運命の赤い糸の事なの?)
「なら、私も、あの、新一」
初音は、普段と違う気持ちに気付いた。普段のように声が出ないのだ。顔も火照り、涙が零れ落ちるのを感じたのだ。そして、何度も、何度も同じ言葉を吐くが、新一の耳には届いてくれなかった。仕方なく、新一に近寄り、肩を叩いた。
「初音ちゃん?」
「あの、私も、あの」
「如何したの、初音ちゃん。泣いているの?」
新一は驚いた。何時もの初音の態度でなかったからだ。それもあるが、初音の涙を見たのが一番の驚きだった。七人の女性も、浮かれ騒いでいたが、初音の涙を見て何があったのかと、心配しているのだろうか、無言で初音の言葉を待った。
「もしかして、怪我でもしたの。まさか、拳銃の弾丸が当たったのでないよね」
「大丈夫。怪我は無いわ。違うの」
「如何したの、何時もの初音ちゃんでないよ」
「お願い。ねえ、話しを聞いて、私の左手の小指にも見えるかな」
「左手?」
「うん」
「あっ、初音ちゃんの小指の・・・・・・・・。あっ、棘のような小さい赤いのが見え」
新一は、初音の問い掛けに最後まで伝える事が出来なかった。それは、何故・・・・・・。
「小さい主様、何か眠い。お腹が空いたからかな、立って居られないほど眠いよ」
森林公園の入り口には男女含めて何十人も居るのだが、誰一人、シロの猫の言葉が分かるはずもなかった。それでも、シロの一声だけは耳に届いたようだ。
「ニャー」
新一は、シロが鳴いたので、初音から視線を逸らした。それだけなら、又、初音に視線を向けて、問いの答えを言えるのだが、シロが足をすりすりと甘えるのを止めて、倒れてしまったのだ。
「シロ。大丈夫か、大丈夫かシロ?」
「シロちゃん?」
初音も、シロの様子を見て、それ以上は問い掛けるのを止めて、荒井に視線を向けた。
「荒井。直ぐに医者を呼べ、シロの様子が変なのだ」
「シロ、シロ、シロ」
新一は、シロを何度も、何度も撫でた。息はしているのだが、鳴く事も体を動かす事もしてくれないのだ。
「大丈夫よ。シロは大丈夫だからね」
初音が、新一の頭を撫でて安心させようとした。
「そうよ。大丈夫よ。私も携帯で知り合いの医者を呼んだわ。先生が様子を見たら、お腹が空いているか、疲れて寝ているって言うわよ。大丈夫だから泣かないで」
今日子も、新一を安心させようと言葉を掛けた。その時、新一と、同調している。その真が、呟いたが、誰の耳には入らなかった。だが、シロには届いたようだ。
「シロ。ごめん。空腹だと何度も言っていたなぁ。今からお前の体に戻るよ。そして、新一と一緒に帰ろう。新一から美味しいご飯を頂けるぞ」
「眠い。寝てから食べるよ」
「待て、寝るなぁ。今から体に戻る」
(やはり、わしが猫の体から離れると、寿命が尽きるらしい)
真は思考した。その思いは、誰にも伝わらなかった。そして、少しずつ、新一の体から透明の物が、シロの体に移動していた。勿論だが、それを、誰も見る事は出来なかった。
それでも、新一だけは、何かが変だと感じたのだ。
「えっ」
新一は、自分の目が変だと感じた。何故か、見える物がぶれるのだ。それで、元の状態に戻ると思い、目を擦った。
「大丈夫よ。泣かないで、ねえ、新一」
「そうよ。泣かないで、直ぐに先生が来るからね」
初音と、今日子は、新一を安心させようとして、初音は、新一の右手を握り、今日子は、左手を握った。その二人の手の温もりに驚いたのだろう。両腕に視線を向けた。
「えっ」
また、驚きの声を上げた。今度は、先ほどまで見えていた。今日子の赤い細工品が、段々と透けて見えるのだ。そして、初音の小さい棘のような物も見えなくなった。不思議に思い、もう一度、今日子の左手の甲を見るが、細工品は消えていた。不思議に思い。六人の女性の左手を見たが、誰一人、細工品がある者がいなかった。それでも、小指に小さい糸のような物が見えていた。その時、何故か、立ち眩みを感じた。それから、もう一度、七人の女性と初音を見たが、誰一人として、左手の小指には何も無かった。その時・・・。
「ニャー」
シロが起き上がりながら鳴いた。それは、完全に、新一の体からシロへ、真が移動したのだ。
「シロ。心配したぞ」
シロは、また、新一の足にすりすりと、甘えだしたのだ。
「良かったわね」
「うん、ありがとう。ねね、初音ちゃん。さっきね。一瞬だけど、小さい棘のような物が見えたよ。でも、今は、見えなくなった。それにね。今日子さんも、皆のも消えて見えなくなったのだけど、ねね、あれは、何だったのかな?」
「えっ、嘘」
「えっ、何故なのよ。さっきは見えるって言ったわよね」
初音と今日子は驚きの声を上げた。
「本当に、さっきは見えたのだよ」
「そうよね。花の模様まで言ったのだから嘘ではないはず。でも、何故なのかしら?」
「あっ、もしかして、そうかも」
「何々、明菜、何か分かったの?」
今日子は、不思議そうに悩んでいたが、明菜の一言で笑みを浮かべた。
「今日子、歳かもしれないわ。ねね、新一さん、何歳なの?」
「十五歳です」
「やはり、それでよ。さっきは、極限の恐怖を感じて、感覚が鋭くなり見えただけなのよ」
「まさか、又、見えるようにする為に、極限の恐怖を感じろ。何て言わないよね」
明菜の考えは違っていたが、七人の女性は納得したようだ。そして、新一は、不安そうに七人の女性と、初音に視線を向けた。
「言わないわよ。先ほど、確かに見えたのだし、それだけで、十分よ」
「さっきから、左手の小指の赤い細工品って話しをしているけど、もしかして、赤い糸の話しなの。運命の人だけに見えるって、その事なの?」
「そうよ」
「そう」
初音は、ガックリとうな垂れ、荒井の方に歩きだした。
(新一の馬鹿、直ぐ分かる嘘をついて、私の糸は、小さい棘ですって、馬鹿)
新一は、初音の様子が変だと感じて視線を向けたが、七人の質問攻めされて、何も言う事は出来なかった。
「ねね、何か不思議な夢を見るとか、白昼夢とか見た事はない?」
「無いなぁ」
「ねね、転生って信じる?」
「転生?」
「生まれ変わりよ」
「ああっ、信じてないかな」
「そうなの」
由美は、新一が考えていた事と違う事を言われ、興味が無くなったのだろうか、初音の方に関心が行った。それで、今日子に話し掛けようとしたのだが、難しそうな顔で悩んでいたのだ。恐らく、新一が真なのか、それで何て言えば良いのかと、そのような事を悩んでいたのだろう。由美は、仕方なく、明菜に問い掛けてみた。
「ねぇ、明菜」
「何?」
「あのお嬢さん、泣いているわよ。また、変な勘違いされて、拳銃で撃たれるかも」
「その可能性はあるわね。でも、私達が声を掛けたら気分を壊すと思うわ」
「そうよね」
「そうよ。神経を集中しないと行けないでしょう。もう、くたくたなの。また、撃たれたら、もう、防げないわよ」
「そうよね。どうしましょう」
「ごめん。話しは後で聞くね。初音ちゃんが心配だから様子を見てくるよ」
「そう、初音さんが心配なのね」
新一は、明菜、今日子と話を聞いていたが、の話が耳に入り不安を感じたのだ。だが、もう、その時には・・・・・・・・・・・・。
「初音さま~ぁ」
荒井が、大声を上げながら、初音の元に駆け寄って行く所だった。
「荒井。私・・・・」
「聞こえていました。赤い糸ですか、懐かしい響きです」
「荒井、あなたも?」
「荒井も、人の子です。想い人は居ましたよ。まあ、荒井の事は良いのです」
「私と同じように辛い事が会ったのね」
「初音様。安心してください。本当に赤い糸があったとしても、七人の女性にだけ見えるのは変です。本当の運命の相手を判断できるのなら、それは、一人のはずです。だから、初音様、諦める必要はないのです。見えなくて当然と考えられます。普段のような元気な初音様に戻ってください」
「そうよね」
「そうです。初音様」
荒井の話を聞き、話しが聞こえる距離を少し駆け寄り。
「そこに居る七人の女、今日は大人しく帰るけど、今度また、新一に、ちょっかいを出したら許さないからね。分かったわね。なら帰るわ」
初音は思いをぶちまけると、荒井の元に向った。
「何を言っているの。私と、真様。いや、新一さんとは赤い糸が繋がっているのよ」
「そうよ。と言うか、今日子、私達でしょう」
「そうだったわね。そうでなくて、初音とやら、それは私が言う言葉よ」
初音は、荒井が居る方だけを見て歩いているのだ。今日子の言葉が耳に届いていないようだ。それとも、言いたい事を言ったから振り向かないだけなのか、いや、新一の顔を見たくないだけなのかもしれない。振り返り見たら涙が溢れ出るからだろう。
「それでは、初音様。家に帰るのですね?」
「そうよ。まさか、学校に行けなど言わないわよね」
「勿論ですよ」
「なら、帰るわよ」
荒井を先頭に、部下は、初音を守るようにしながら駐車場に向った。そして、初音は車に乗ると、嗚咽を漏らした。新一を心底から好きなのだろう。
「何なの、あの女」
初音が泣いているとは知るはずもない。もし、それが分かるのならば、今日子達は、初音の話題を上げなかっただろう。
「そろそろ、帰るね。シロが心配だし、昨日からご飯を食べていないと思うからね」
新一は、恐怖を感じていたのだ。明日の朝は必ず向かいに来るのだろうし、そろそろ、シロの理由で学校を休むのも限界だからだ。そして、このまま居れば、初音の耳に入る。そうなれば何が起きるか。それを考えると、初音と会うのが怖いのだ。
「えっ、帰るの?」
「うん、帰る」
「あっ、ねね、新一さん」
「何?」
「ねぇ、学校は、何処なの?」
「なんで?」
「何でもないわ。知りたくなったの。ねぇ、教えてよ」
「第二森林高校だけど」
「えっ、第二森林高校なの」
「そうだけど、何で驚くの?」
「だって、入学する人が少なくて閉鎖するって噂の学校でしょう。そして、併合するのが、真道高校(しんどうこうこう)よね」
「併合は無いと思うよ。生徒会が中心で抗議活動をしているしね」
「そうなの。でも、何故なの?」
「変な噂で有名でしょう」
「私は知らないわよ。明菜達は知っているの?」
「知らないわ」
新一は、不審を感じていた。それも当然だろう。今日子以外はクスクスと笑っているからだ。それでも、今日子が真剣に問い掛けるので、答えていたのだ。
「どのような噂なの?」
「知らない人もいるのだね」
「だから教えてって言っているでしょう」
少しだが怒りを表した。本当に知らないに違いない。それは、新一も感じた。
「あの学校は、聞いた事のない宗教を主体で教えるらしいよ。それだけでなく、日本で、真道町内だけが、違う教科書があるらしい、何か歴史の教科書では、始祖と言う人が人類を造ったとかって教えるらしいし、現代社会や地理の教科書にも、日本の中に独立国など無いのに、学校を中心にして真道町内が、自分達の国だと言っているらしい。そのような変わった所だから併合は無いと思うよ。その噂で、生徒の殆どが嫌だと言っているよ。それで、遠いけど、第一森林高校の転入試験が受かれば、真道高校には行かないだろうね。そうなると廃校になるって噂だよ」
「そう言われているの?」
「そうだよ」
「私、と言うか、私達はね。真道高校なの」
「えっ、嘘」
「本当よ。でね、今の話が本当か嘘かよりも、新一さんは、どうするの?」
「うっむむむ」
「転入試験は受けるのでしょう。でも、全校生徒の全てを受け入れるはずないよね」
「うん」
「そうなると、生徒がいろいろと、考えても経営者の考えは併合すると思うわ」
「うっむむむ」
「私達の方ではね。私達が行っている高校は、中学以下が学び、森林高校で高校生が学ぶ事になるって話しよ。名称まで知らないけどね」
「えっ」
「驚くのは、それだけではないわ。新一さん、明日は学校に行くのでしょう?」
「そうだね」
「なら、又、明日ね」
「えっ?」
新一は、意味が分からず驚いた。その様子が楽しいのだろうか、七人の女性は楽しそうに笑いながら公園から消えた。そして、その後を追うように、シロも公園の外に歩き出したのだ。新一の足音が聞こえなかったからか、シロは振り向き一声だけ鳴いた。新一には、「如何したの。早く帰ろう」と、聞こえたのだろう。シロの後を歩き出した。
「ただいま」
新一は、心底から疲れた声を上げて、家に帰った事を母に知らせた。
「おかえり」
新一の母は、息子よりも、シロを嬉しそうに出迎えた。猫が玄関を開けて、それとも、チャイムを鳴らすのかと思うだろうが、そうではなかった。家に誰かが居る時は、庭のガラス戸か玄関を少し開けておく、そこから入ってくるのだ。
「新一の子守をしてくれてありがとうね。お腹が空いたでしょう。直ぐに、ご飯をあげるからね。新一の事は気にしないで、ゆっくりと味わって食べていいわよ」
「ただいま」
新一は、母が台所に居て気が付いてないと思い、再度、同じ挨拶をした。
「おかえり。さっきね、初音ちゃんが来たわよ。何か、落ち込んでいたわ。もう、学校の送り向かいはしないからって、泣いていたわ。何があったの?」
「いろいろな事が会ったけど、初音ちゃんが泣くって理由は分からないよ」
「でも、赤い糸が、どうのこうのって泣いていたわ」
「あっ」
「何か会ったのね。そうだと思ったわ。だからね。赤い糸なんて、ただの物語の中だけだわ。心配しなくていいの。好きなら好きって言って、好きな人を抱きしめなさい。それで駄目だったのなら、その時に泣いたらいいわ」
「えっ」
「新一。女の子を泣かしたら駄目よ。でもね。今のように元気付けたら満面の笑みを浮かべてくれたの。それで、何時もの通り、新一を宜しくねって伝えておいたわ。良かったのでしょう」
「うぁあああ、今度こそ殺される」
と、泣き騒ぎながら自分の部屋に逃げ込んだ。
「あらら、大げさな人ね。お父さんとそっくりだわ」
そして、新一は、母が心配して上がって来るまで泣き続けた。それでも、シロは空腹が満たされると、主が心配なのだろう。鳴きながら部屋に入ってきた。「泣く程嫌いなら、
今日子、いや、今日子達の誰かに決めた方がいいぞ」その鳴き声は、シロでなく、真だった。慰めようとしているようだが、新一には分かるはずがなかった。その頃、七人の女性は何をしているかと言うと、今日子の自宅に帰っていた。
「お父さん。お母さん。真様を探し出したよ」
「本当かぁ」
今日子は、叫びながら玄関の扉を開けた。六人の女性も後から入ろうとしたのだが、父親の真剣な言葉を聞き、親子だけにしようと気を使ったのだ。そして、十分位経っただろう。今日子が玄関に現れた。
「ごめんね。入って、入って」
そして、興奮して話しを後にする事が出来なかったのだろう。歩きながら話しだした。
「お父さんがね。真様が転生したと言うのは内緒にした方がいいって、まだ、記憶があるのなら正式な儀式でお迎えしないと行けないみたいだけど、記憶が無いのなら内緒にした方がいいって、一族の中で混乱する可能性もあるし、その子の人生を狂わす事になるだろう。だって、でも、記憶を思い出した場合は、正式にお迎えするって、でね。その可能性があるから、出来る限り側で監視をするように言われたの。それだけでなくて、一人暮らししていいって、言われたのよ」
「キャ~。それは、いいわね」
「人事の様に、何を言っているのよ。私達の事なのよ。お父さんが、皆の親に、一緒に住めるように言ってくれるって言ったのよ」
「えっ。嘘」
「本当よ。でも、私一人では怖いって言ったの。そしたら、友達の承諾があれば、親を説得してもいいぞ。そう言ったのよ」
「そうなの」
「そうよ。それだけで無いの。私の考えが分かったのかな、私、森林高校に直ぐにでも行きたい。そう言うつもりだったの。でも、言う前に、父が監視の為に、明日にでも、森林高校に行って欲しい。そう言われたわ」
「キャー」
「そしてね。学校行きながらでも好きな部屋を探しなさい。そう言われたのよ」
「でも、七人で一つの部屋では狭そうね」
七人は、興奮しながら明日からの話しをしていたが、一人だけ、由美だけが、残念そうにつぶやいた。
「嬉しいけど、私には無理だわ。部屋代から全てのお金を出して、そんな事は言えないわ。でも、森林高校は一緒に行くわよ」
「大丈夫よ。お父さんが必要なお金は出すわ」
「嘘」
「えっ」
「何故、そこまで?」
「・・・・」
「何故?」
「凄いわね。今回のお父さんは変ね。優し過ぎって言うか、何か裏があるかもよ」
「それでも、私はいいわよ。面白そうだしね」
「楽しそうだから、私も付き合うけど、でも、新一さんが、夢で見たような真様なら、心底から惚れるわよ。でもね。何でも出来た。真様を見た後で、あれではねぇ」
「え、真様は、軟弱だったわよ。私の部屋に来ても、二日酔いだぁ。気持ち悪い、気持ちが悪いって、寝てばっかりだったし、何もしれくれなかったわよ」
「嘘よ。真様は、何でもしてくれたわよ。勝負に弱くてね。負ける度に、何でも言う事を聞いてくれた。洗濯から食事まで、何でもしれくれたわよ」
「そうよね。前世と同じ人なら、惚れるけど、現世の新一さんではね」
「でも、分からないかもよ。それを、監視して調べればいいのよ」
「嘘、何を考えていたの。真様に尽くすのが仕事でしょう。それを、それを、洗濯をさせたって、何を考えていたのよ」
は、六人の前世の話を聞き、怒りを感じてしまった。
「だって、Hな事してくれないから、怒らせればするかもって、思っていたらしいわぁ。正確に前世の記憶があるわけでないけど、そのような考えだったはずよ」
「私も、そうだった。私に女性としての色気が無いのかと、怒りを感じていたはずよ」
「そうそう、ある意味、侮辱よね」
「そうだったの」
今日子は、頷いた。だが、それは、自分も同じだった。と言う事なのか、それは、分からない。様々な話を聞いて驚きの返事にも思えたからだ。皆は浮かれ騒いでいたのだが、突然に由美から問い掛けられた。
「ねね、今日子、そこまでする理由を、お父さんから聞かなくていいの?」
「大丈夫よ。自分の娘に、危険な事をさせるはずがないわよ」
「・・・・・。なら一度、家に帰らないと駄目ね。今日子の父から、私の父に話が行っているはず。その知らせを聞いてから決めた方がいいわ」
「えっ、何故、由美は帰るの?」
今日子と、由美以外は、驚きの声を上げた。
先ほどから、由美だけが、問い掛けていた。他の五人は、それぞれの思惑があるのだろう。明日からの事を考え、そして、実行する考えを話し合っているのだろう。それで、二人の話をまったく話を聞いていなかった。
「明日から学校に行くわ。森林高校にね」
「突然に何なの?」
「私の話をまったく聞いていなかったのね」
今日子は、仕方なく、同じ話を繰り返した。
「それで、由美が帰るって言い出したのね」
「なら、制服などを持って来ないと駄目ってことね」
「そうよ。一緒に学校に行けるのなら、明日、七時三十分まで、私の家に来てよ」
今日子は、最後の言葉は、皆の記憶に残るように大声を上げた。
「うん」
「分かったわ」
「今日は、もう、家に帰るわ。何かいろいろと言われそうだしね。早めに帰って父の小言をさっさと終わらして寝るわ」
「そうね。明日の朝は来てね。待っているからね」
今日子も一人、二人が言うのなら、もう少し引きとめたのだが、六人に言われたのでは、それ以上は言う事は出来なかった。そして、友を玄関まで見送りに行った。その後、父に会うと何か言われるような気がしたのだろう。早めに食事を食べ終えると、風呂に入り自室に向った。数日の楽しい日々だったのだろうが、いろいろな事が起こり、疲れていたのだろう。そのまま寝てしまったようだ。そして、時間が過ぎ、約束よりも早い時間に玄関の扉を叩く者が居た。
「今日子は、起きていますか?」
「おはよう。早いわね。今日子はねぇ」
玄関に現れた。今日子の母に問い掛けた。
六人の女性は、今日子の生活態度が分かっていたのだろう。言われた時間よりも三十分も早く来ていた。そして、驚く事になるのだった。
「早かったわね。まだ、七時よ」
母親の後ろから今日子が現れたのだ。
「起きていたの。嘘みたい」
六人は、同時に驚きの声を上げた。
「まだ早いわ。紅茶でも出すから上がって」
「驚きだわ。てっきり、興奮して寝られなくて、まだ、寝ていると思ったのに、如何したのよ。起こすのを楽しみしていたのに、残念だわ」
「そうよ。それで早く来たのに、馬鹿みたいだわ」
明菜と、真由美は、本当に残念そうにガックリと肩をすくめた。
「もう、いいでしょう。それより、部屋の希望って考えていたの?」
頬を膨らませて、話題を変えようとした。
「これ、見て、印を付けたわ」
明日香が、鞄を開けて、一冊の雑誌を取り出した。そして、他人事のように、今日子に手渡した。
「明日香には興味が無いと思っていたわ。それで、印って、明日香の希望なのね」
「はい」
本当に、感情が感じられない。たった、一言で済ました。
「あっ、でも、何十個もあるわよ」
今日子が始めに見ると、次々と手渡され、そして、最後に瑠衣に手渡された。
「今日子。凄いわ、明日香は、私達の好みで色分けしているみたいよ」
瑠衣は、感心したのだろう。今日子に思いを伝えた。
「まだ、学校に行かなくていいの?」
明菜が、問い掛けた。
「そうね。そろそろ、行くかぁ」
今日子が立ち上がった。
「後は、片付けておくからいいわよ」
明子は、娘に手で合図を送った。
「お母さん、行ってくるね」
「それと、部屋を見付けたのなら、電話で知らせるのよ。お父さんに伝えるからね」
「うん、うん」
そして、七人の女性は、家を後にした。そして、家からの一番近いバスの停留所からバスに乗り、一時間後、森林高校の校門の前に着いた。時間は、八時四十分だった。「これから、この学校に通うのね」
七人の女性以外の生徒は、教室の中に居る時間だった。それでも、遅刻では無いのだ。この学校の校長から九時までに来てくれと言われていたからだ。
「そうそう、言い忘れていたけど、私達は、高校一年生よ。二年では無いからね。それでは、校長室に行きましょう」
「おはようございます」
今日子が、校長室の扉を叩いた。
「お嬢様方、お待ちしていましたよ」
校長は、自分で扉を開けながら、返事を返したのだ。だが、何故か、腰が低い態度だ。
「これから、この学校にお世話になります」
「その様な挨拶は宜しいですよ。お父様方からの学校の調査にいらしたのでしょう」
「えっ?」
「分かっていますので、歳を誤魔化して学校に来るのは、この学校の査定の件なのは分かっています。遠慮なさらず、隅々まで査定してください。全て、許可しますよ」
「あっ、そうです。本当に、そこまでして頂いてありがとうございます」
(お父様、それで、気前がよかったのね)
六人の女性は驚き、今日子の顔を見たが、驚きの表情を見て何も言えなかった。
「あっ、それと、皆が一緒の教室が良いでしょう」
「えっ、出来るの?」
「大丈夫ですよ。生徒の数も減っていますから出来ます。それに、一年生の授業を、もう一度受けたくもないでしょう。なら、居ても、居なくても同じですよ。ですよね?」
「そうねぇ。一度、受けたのだし・・・・・大丈夫だと思うわ」
「それでは、そろそろ、教室に行きましょう」
校長は言いたい事を言うと、直ぐにでも部屋を出ようとした。教室で、担任の教師が待っているからだろうか、だが、まるで、何かを隠すような、おどおどとした態度だった。
「教室は、一階の一年三組です。クラスの生徒数は、十五人です」
「少ないわね」
「一年の全校生徒でも、六十人ですからね。年々と減ってきています」
「まあ、それで、学校を売ると考えたのね」
「まあ、それは、良いとして・・・・。このクラスです」
ある家の玄関の前で、女性が呼び鈴を鳴らすかと悩んでいた。そして、その女性は、五度目の溜息を吐いた時だ。呼び鈴を押していないのに、玄関の扉が開いたのだ。そして、猫が出てきて、驚きの表情を浮かべた。まさか、猫が開けたのかと考えたのだろう。
「あら、初音ちゃん。おはよう。どうしたの?」
猫の後から、新一の母が現れた。そして、初音に気が付いた。だが、普段の自信のある表情では無いのだ。何故だが、上目遣いで、何かを伝えたい事があるような様子だった。
「あの」
「あら、荒井さんが居ないわね。まさか一人で来たの?」
初音は、言われた事の答えだろう。数歩離れた先を指差した。
「あら、居たわ。まさか、まだ、気にしているの?」
「おはようございます。新一さんは、まだ、居ますか?」
やっと、言葉が出たようだ。昨日の事で、初音が来る時間をずらして、先に行っていると思ったのだろう。それで、呼び鈴を押す事が出来なかったようだった。
「いるわよ。私の息子は駄目ね。初音ちゃんに殺されるから、明日は早く起きて学校に行くって言っていたのに、先ほど起きたのよ」
「うっ」
初音は、話しを聞くと、体をびくびくと振るわせた。心の底からの恐怖を感じたようだ。
「初音ちゃん。気にしなくていいのよ。機会があれば、私と、パパの恋愛の話をするけど、私も、パパと結婚するまで、いろいろな計画を練ったのよ。男ってね。異性の思いって長く続かないし、追うと逃げるのよ。でも、諦めたら駄目、それで、終わってしまうからね。初音ちゃんも分かると思うけど、女性って、好きな人の思いって一生でしょう。だから、自分の物になるまで追い続けるの。だから笑って、分かったでしょう?」
「でも、シロちゃんにも嫌われたみたい。だって、足にすりすりもしてくれないし。鳴いてもくれないもの。何か他人を見るような視線に感じるわ」
「えっ、そうなの?」
二人の女性は、シロに視線を向けた。そのシロだが、何故か、問い掛けるような視線だった。それは、当然かもしれない、今の、シロは寝ていて、真だったからだ。
「ニャー」
シロが、初音を見て鳴いた。
(初音とは何者なのだ。誰の転生なのだ?)
真は分かっていなかった。体が転生され、時の流れが違う流れになっている事に。それを、心だけ生き続けて、そして、転生された時間の流れと、過去のままの時の流れに、だが、心だけで存在するのなら問題がなかったのだ。それを、無理やり現代の時の流れに入るだけでなく、死ぬ運命だった命を生き返らせて、まったく違う時の流れに変えてしまったのだ。時の流れを変えなければ、シロが亡くなり、泣きじゃくる新一を、初音が慰めて、結ばれる運命。それが、この世の時の流れだったのだ。それでも、過去の流れに繋がっている。心までの転生では無いが、新一と同じ姿。羽衣も赤い感覚器官が無い。真が想像もしていない時の流れだ。遺伝子的にも、いや、七人の女性の性格が集まった人物だろう。それが、初音だった。狂わす前の時の流れでは、結ばれた後に、今日子達が、新一を探しだすが、軟弱で、呆れる者、そして、両思いの二人を見て諦める者と、まったく違う時の流れだったのだ。変だと思うだろう。過去から引き続いている。その赤い糸が、何故、初音なのかと、それは当然だろう。過去なら一夫多妻でも、現代では、一人だけを選ばないと駄目なのだからだ。それにだ、七人の女性は羽衣も赤い感覚器官もあったのだ。遺伝子的にだけ考えるのなら同じように有る者を選ぶのが正しい時の流れだろう。
「鳴いているわよ。何時もの通りのシロちゃんね。落ち込んでいるから心配していたのね」
「うん」
満面の笑みで返事を返した。
「もう少し待っていてね。今、食事を食べているからね」
「うん」
初音は、嬉しそうに頷く。そして、玄関の扉から微かな声が聞こえてくる。
「お母さん。何で、居るって言ったの。病気か、学校に言ったって、誤魔化してって言ったのに、本当に、今度は殺されるよ。お母さんの馬鹿~ぁ」
「あらあら、本当にお父さんの子供の時と同じ、フッ、本当に軟弱ね」
「うっううう、今日は、学校を休む」
「駄目よ。行きなさい。女性の求愛から逃げる為に休むなんて許しません。行きなさい」
昨日の優しさがない。新一は、そう感じたが、明子は、初音の涙を見て、母親の気持ちから、女性の気持ちが膨らみ、初音を助けたいと感じたのだ。その気持ちが、新一に分かるはずも無かった。
「うっううう、行くよ。行くよ」
新一は、母の凄みで、仕方なく支度を始めた。そして、玄関の扉を開けたのだった。
「新一さん。おはよう」
「うっうう、おはよう」
「学校に行こう」
「うっうう、うん」
「荒井、行くわよ」
「はい、お供をしますとも、安心してください」
新一は、初音の言葉を聞く度に、泣き声を上げていた。そして、普段の通りに、シロが歩きだすと、その後を歩き出した。何故、真なのに、と思うだろう。それは、シロの行動が分かっていたが、それだけでなく、他に目的があるからだった。それは、文明の資料の調査と言う。遊びだったのだ。
「荒井、嬉しそうね」
「はい、嬉しいです。初音様が、学校に行ってくれるだけで嬉しいのです」
新一の家から学校まで、歩きで三十分だ。その半分の道程を過ぎた頃、初音が、荒井に問い掛けたのだ。車の方は、先に学校の校門で待っている。
「そう」
「初音様も、嬉しそうですね」
「そうね。久しぶりに感じるは、新一と歩いて学校に行くの。だから、嬉しいの」
「良い事ですね」
「新一さんも、嬉しいわよね」
「うん、嬉しいよ」
一瞬、新一の返事が遅いので、初音は、新一の腕を掴んでいたが、少し力を入れた。それで、仕方ないような、恥ずかしそうな表情で返事を返したのだ。
「そろそろ、学校に着きますね。何事も無い事を祈っています」
「安心しなさい。それと、迎えは四時にお願いね。今日は、日直だし、掃除もあるの。そのくらいの時間になるわ」
「はい、分かりました。我々は、三時半には来て待つ考えです。周囲の警護の確認などありますので、心配しないでください」
「そう、構わないわ」
「初音ちゃん。腕にしがみ付くのはいいけど、少し痛いよ」
「だって、学校の中では出来ないでしょう」
「そうだね。でも、何で学校では、誰とも話しをしようとしないの?」
「だって、新一の勉強の邪魔になるでしょう」
と、初音は言うが、そうでは無かった。祖父と暮らすために、この学校に転校して来たのだ。転校生だった事もあるが、祖父が有名なヤクザだった。まあ、それだけでも、人から冷たい視線を受けるが、父が一代で莫大の財を築いた。誰もが知る有名人だったために、嫉妬、僻みなどで、友達が誰も居なかったのだ。勿論とは変だが、先生方も、一歩引いたような態度で、学校では浮いていたのだ。それでも、別の意味で浮いていた新一と話しをするようになったのだ。そのきっかけが、シロだった。特別の事を、シロがしていたのでなく、初音が、学校で一言も話しをする機会もなく、涙を我慢していた毎日だった。それが、普段は、新一の下校時に現われ、新一が来るまで、塀で寝て待って居るだが、突然、シロが、足元にすりより可愛く鳴いた為に、初音は嬉しかったのだろう。泣いてしまったのだ。新一が、その姿を見て、一言だけだが話しをしたのが始まりだった。
「初音様、何事もなく学校に着きました。勉学に励んでください」
「ありがとう」
「それでは、また、先ほどの時間に迎えにきます」
「はい」
と、校門で別れたのが、十五分前だった。今は、新一、初音は教室に入り、八時半に先生が来るのを、自分の席に座り大人しく待っていた。
学校の教室とは、廊下の歩く音が良く響いて聞こえる。それは、この学校だけだろうか、それとも、欠陥がある建物なのだろうか、それとも、ただ古いだけなのか、そのような事は、生徒以外は関係ない。だが、その教室で学ぶ者にとっては大事な事であった。それも、そうだろう。担任の教師の気分が悪くなると、その教師は、自分が教える教科の時、騒いでいた者を、必ず指名して答えさせるのだ。それが、嫌で、足音がすると騒ぐ者が居なくなるのだ。そして、扉が開かれると同時に・・・・・・・・・・。
「起立、礼」
そして、頷きながら女性の教師は教室に入る。そして、教卓の上に出席簿を置くと、
「おはよう」
と、満面の笑みを浮かべて挨拶するのだ。そして、出席を取るのだが、今日は違っていた。
「今日は、皆に知らせる事があります。今日から新しい友達が、隣の学区から七人の女の子が転校してきます」
普通なら驚きの声が響くはず。だが、この担任の場合だからだろうか、それとも、七個の椅子と机があるので、不思議に思わなかったのだろう。教室は静かだった。
「そろそろ、来ると思いますが、先に出席を取ります」
そして、全ての出席を確認すると、廊下から足音が聞こえて来た。足音が聞こえなくなると、扉を叩く音が響く、女性の教師は、扉を開けた。
「校長先生、お待ちしていまいした」
「加藤先生。転校生をお連れしました。後は、宜しくお願いしますね」
七人の女性を教室に入れ、それだけを伝えると教室から出て行った。生徒達は、校長よりも、七人の女性に不思議そうに視線を向けていた。それが、分かったのだろう。教師は、七人の簡単な紹介をしてから、七人の女性に簡単な挨拶をするように指示をした。そして、簡単に挨拶が終わると、後ろの空いている椅子を勧めた。それでも、普通なら黒板が見えるかと問い掛けると思うのだが、眼鏡を掛けて無かったからだろう。何も聞く事はしなかった。
「七人の事が気になると思うけど、それは、休み時間にでも聞いてください。先生が居ると話しづらい人もいるでしょう。それでは、授業を始めます」
生徒にとっては、今日の授業は長く感じたことだろう。そして、授業が終わると、殆どの生徒は、七人の女性の所に集まり、質問攻めをしたのだ。だが、七人の女性は、窓の外を見続ける初音に興味を感じていた。
「その服って、真道高校だよね」
「そうよ。あっ、ごめんなさいね」
質問攻めに飽きたのか、それとも、自分が通っていた。学校の話しをしたくなかったのか、突然に立ち上がり、七人の女性は、新一が座る席を囲んだ。
「新一さんって変わっているわ。外では、初音さんから逃げるのに、学校では愛しそうに見るのね。その視線って、初音さんには分かっていないみたいよ」
「愛しそうになんか見てないよ」
「あっ」
新一の話は耳には伝わらなかった。廊下を歩く音が聞こえ、皆が席に着いたからだ。
「えっ」
初音が、驚きの声を上げると同時に立ち上がったのだ。そして、皆の驚きの表情など気にするはずもなく、教室から出て行ってしまった。
「初音さん。どこに行くの?」
教師が教室に入るとした時だ。教室から出るのを見て声を掛けたのだが、聞こえてないのだろう。駆け足で廊下を走り、階段を降りて行くのだ。教師は仕方なさそうに頭を振ると教室に入ったのだが、何故だか、挨拶が聞こえて来ない。不思議に思い教室を見回すと、生徒は、新一を見ていたのだ。新一は席から離れ、窓から外を見ているのだ。
「何をしているのですか、授業を始めますよ」
新一には、聞こえていないようだ。
「シロ?」
正門に繋がるコンクリートの塀の上で寝ていたはずのシロ姿が見えず。その近くを見回すと、知らない女性の腕の中で騒いでいる姿が見えた。連れ去られると思ったのだろう。新一は、教室から駆け出した。流石に、今日子達も出ようとしたが、初日から教師に目を付けられては困る。それもあるが、二人の後に、七人が消えれば必死に止められると考えたのだ。そして、まさか、初音と新一が同じ理由で出たとは考えてもいなかった。
「シャー、シャー」
(何をするのだ。直ぐに下ろせ。どこに連れて行く?)
真が必死に騒ぐ。そして、女性は、何を考えているのか。
「飼い主に捨てられて、野良の生活で、人が怖くなったのねえ。もう安心して、私の家なら空腹も寒さも感じなくていいのよ」
「ニャー?」
(何故、日姫の心を感じるのだ?)
女性は誤解していた。シロに語り掛ける内容では、シロは捨てられたが、主の子供を忘れる事が出来ず。正門で待っていれば、主が出てきてくれる。そして、抱っこしてくれる。また、一緒に住める。そのように勝手に思っていたのだ。
「シロ?」
初音は、正門に来たのだが、シロも女性も居なかった。そして、辺りを見回している時、新一が、現れたのだ。
「初音ちゃんも、シロを心配してくれたの?」
「そうよ。確か、女性は、正門から左の方向に歩いて行ったはずだわ」
「本当?」
「行きましょう」
二人は駆け出した。すると直ぐに女性の後ろ姿が見えた。その女性だと思い、声を掛けようとした時だった。女性は手を上げると、直ぐにタクシーが来て乗ってしまった。
「嘘。何の、あの女は?」
「シロが・・・」
新一が錯乱すると感じたのだろう。肩を叩き落ち着かせようとした。
「大丈夫よ。タクシーのナンバープレートの番号が分かるから探せるわ。今直ぐにでも荒井に連絡を取って探させるわ。だから、落ち着いてね。本当に大丈夫だからね」
「うん。大丈夫だよ」
新一が落ち着いたのが分かると、上着のポケットから携帯を取りだした。
「荒井、シロが、女に誘拐されたわ。森林タクシーに乗って消えたの。車の番号を言うから探すのです。そして、聞き出して、シロを探しなさい」
用件だけ言うとポケットに閉まった。それだけでも、緊急だと伝わったはずだ。直ぐにでも探しだすだろう。だが、連絡が来るまで待っていられるはずがない。そして、直ぐに、自分達も探そうと、新一に問い掛けた。
「ありがとう」
「いいの」
だが、探しても見つからず、昼が過ぎようとしていた。何故か、荒井からも連絡がない。そして、新一は、狂う程にシロの名前を呼び続けるのだ。その姿を見て、心配になり、食事を勧めた。だが、聞こえていないのか、叫び続けるのだ。それで、仕方なく・・・・。
「ねぇ、新一。歩き続けても駄目だわ。一度、学校に戻ってみようか、女性から逃げて、また、塀の上で寝ているかもしれないわ。それにねぇ。その前に何かを食べましょう」
「そうだね。寝ているかもしれないね。うんうん、いいよ」
初音の言葉で安心したのだろう。初音の後を歩き、近くの喫茶店に入って行った。
「遅いわね。何をしているのかしら?」
今日子達は、食堂で食べながら不満を心の中に収めていられず声に出していた。
「そうね。昼だしね。ねね、明日香、新一さんが何をしているかって分かる?」
「う~ん」
「分かるはず無いわね」
「何かを探しているみたい」
「わかるの?」
「興奮して、歩き回っているみたい」
「興奮しているの。むむ、まさか、初音と一緒なのかも」
「なに、初音と一緒の可能性がある。こんな事をしていられないわ。行くわよ」
今日子が怒りを表し立ち上がった。
「何所に?」
「明日香が感じる所よ」
「はい」
と、明日香が答えると、今日子は食事が残っているが、即座に立ち上がり歩きだした。他の者も食べていたのだが、不満を感じていたが、後に着いて行った。授業中なら止める者や不審を感じる者もいるだろうか、昼休みだ。学校を抜け出して近くの商店などで食べる者もいるからだろう。何事もなく正門を出る事が出来た。何十分くらい歩いただろうか、明日香が突然に立ち止まり、指差し何かを教えていた。
「えっ?」
「あああ、何よ。楽しそうに食事なんて食べて」
今日子が真っ先に、明日香の指差しで二人を見つけると、駆け出した。勿論、六人の女性も同じ行動をした。店の前に来ると、そのまま入る。店員が挨拶や人数を聞くが、無視をして、二人が座るテーブルに歩き出した。そして、声を掛ける前に、右手でテーブルを叩いた。その音が合図のように、六人の女性は、会話の邪魔をされないように、テーブルを囲んだ。
「初音さん。授業を抜け出したと思ったら、私達を無視してデートですか、汚いわね」
店員の悲鳴のような声が聞こえているはずだが、まったく気にしないで話しだした。
「何しに来たの。私は、あなた方に用はないわよ。勿論、新一さんもね」
「初音さんは、黙っていて、新一さん。何かを探していたのでしょう。私達にも教えて、必ず探し出してあげるわ。信じられないと思うけど、新一さんが、何かを探していたと感じて、この店を探し出したのよ。頼りになるわよ。でも、初音さんを探しいていたと、言うのなら、私達は帰るわ。だから、教えて」
「シロを探していたよ」
と、話しだし、朝からの全てを教えた。その話しを聞くと、初音を除く六人の女性は、明日香に視線を向けた。明日香は、話しを聞いていたのか分からないが、目をつぶっていた。
「むむむ、変ねぇ」
「何が?」
「新一さんが、この場にいるのに微かだけど、他の場所で新一さんを感じるわ」
「それこそ、シロよ。新一の親の代わり、いや、分身みたいな猫ですもの、感じて当然よ」
それは、不思議ではなかった。当然だろう。真の心がシロにあり、新一は、真の転生した体なのだからだ。
「それよ。新一さんの思いが伝わっているし、保護者みたいな感じだしね」
今日子と同じ事を明菜も呟いた。
「それは、何所、教えて直ぐに行きたい」
新一は立ち上がり、明日香の肩を揺すった。その時、初音の携帯が鳴った。
「何をしていたの。もう昼よ」
初音が、怒りを感じるのは当然だろう。だが、電話に集中していた為に、新一と七人の女性は、カフェから消えていた。途中で気が付いたが電話を切る事が出来るはずも無かった。何所に行ったのかも分からない。頼みの綱は、荒井の話しだけだったのだ。その内容は、七割は言い分けだったが、怒りを押させて聞いていた。我慢も限界と感じた時に、聞きたい内容を話しだした。それは、会社に連絡して、場所だけを聞いたが分かるはずもなく、問題の運転手の仕事が終わるまで待ち、強制的に連れ出し案内をさせたのだ。降ろした場所の猫神社(ねこじんじゃ)だと分かっていたが、それ以上は分からなかったのだ。そして、その場所で考えさせた。恐怖を感じたからだろう。舌が滑らかなっていき、思いつく限りの事を話しだし、女性が家に入る姿を思い出してくれた。神社の境内入り、直ぐに脇の道に入った。それが、自宅だろう。と答えたのだ。直ぐに迎いの車を寄越せと言う寸前に・・・。
「初音様。今、カフェの前に着きました」
と、携帯から言葉が聞こえたのだ。当然、新一と自分の料金を払って出ようとしたが、七人の女性が急いで店に入ってきた為に、カップを壊したと言われて、弁償する事になったのだ。
「あの女達、倍の値段を請求してやる」
と、呟きながら店を出た。その時には、荒井が車から降り、扉を開けて待っていた。そして、カフェから出てくる。初音の表情を見て、不機嫌の原因は、自分達だと思い。猫神社に着くまで車内は無言だった。初音は、着くと同時に車内から飛び出し、境内に入った。
「新一、神社にいたのね。それに、七人の女カップの弁償代を払いなさいよ」
今日子達は、弁償代を払いたくないからか、それとも、シロが境内に居るはずと思い。初音よりも、先にシロを探し出そうと考えたのだろう。沢山の野良猫をシロかと確認に向った。変に思いだろうが、明日香の赤い感覚器官も新一とシロの距離が近すぎて、シロを感じる事は出来なかったのだ。新一だけが残ると、初音は、荒井に言われた事を教えた。そして、二人で、目的の家に向った。家人に分からないように垣根の隙間から見ると、猫が何匹か居て、シロがいるのかと探していたが、信じられない物を見たのだ。何度も目を凝らして見るが、まるで、女性は、シロを人間の赤子のようにあやしていたのだ。
「シロよね」
「間違いないよ」
「でも、珍しいわね。新一以外の膝の上で寝るのって始めてみたわ」
「誰?」
女性に見付かったからもあるが、シロの様子が気になり出てきたのだろう。
「膝の上で寝ている猫の飼い主です」
「あっ飼い猫だったの。私、猫が元の飼い主に会う為で待っていると思ったの、ごめんね」
「シロ?」
女性が膝から下ろしても、新一が呼んでも起き上がる様子がなかった。
「大丈夫よ。神社にも、私の庭にもマタタビの木があるのよ。それで、酔っているのね」
「それで、猫が多いのね」
「理由は、他にもあるわ。神社には御神体が無いの。何代か前のご先祖が、御神体を守る為に、普通の家の者に託したの。それが、私の家系なのよ。それでね。何故か、御神体に猫が集まるのよ。でも、直ぐ飽きるのだけど、シロちゃんには、心が休まるのね」
「そうね。気持ちよさそうに寝ているわ」
新一と初音は、女性と同じように縁側に座った。初音は、女性と話しをしていたが、新一は、自分の膝の上に乗せ、頭や体を撫でていた。シロの方も気持ちが良いのだろう。ゴロゴロと喉を鳴らしていた。だが、理由は、それだけでは無かった。真が、シロの体から出ていたのだ。それでも、生命活動に支障ない程度には心を残していた。それほどの、興味が、この家にあるのか、と思うだろうが、猫の形をした御神体にあったのだ。真は、御神体と話しをしていたのだ。その会話は、この場に居る猫や人達には聞こえ無かった。
「今までの思い出を聞いて感じたよ。間違いない。本当に、日姫に間違いない。それにしても、私と同じように心の保管をしているとは思わなかったよ」
「もう一度、会いたかったからよ」
「そうそう、日姫の体も、私の体も転生していたぞ。直ぐにでも、転生した体に入ろう。まあ、二つの心があるから、時々しか自由にならないが、それでも、楽しいぞ」
「その事なのだけど、真様は、洞窟の中だったから分からないけど、私は常に世の中を見ていたの。それで、真様に会ったら話したい事があったの。本当は、私だけでなく、七体の猫の像があったの。一人、二人と、自分の転生した体を見てね。体に入る事を止めて、心も体も完全の転生を考えたのよ」
「死を選んだのだな」
「そうよ。だから、真様も、私と一緒に完全の転生をしましょう。直ぐとは言わないわ。でもね。そうしないと、同じ遺伝子の赤い感覚器官を持つ者が何人も出来てしまうの、それだけでなく、赤い感覚器官を持つ者が不幸になる可能性があるのよ。まだ、今は子供だから人としてのしがらみが少ないけど、大人になるにしたがい増えるの。そうなると大変な事になるわ」
「なら、今からする事を見て、日姫が選んでくれ」
真が、日姫に問い掛けると同時に、シロの体から真の心が離れ、日姫が居る像に移動した。それと同時に、シロの心臓が止まった。そして、当然だが、新一の悲鳴が辺りに響いた。その悲鳴を聞き、今日子達も、猫の捜索を止めて悲鳴を頼りに、新一が居る場所に来た。今日子達は、新一がシロを抱えながら初音の膝の上で泣き、初音が新一の頭を撫でているのを見て、それ以上近づく事が出来なかった。もしかすると、新一は、初音が好きなのかと思ったのだろうか、七人は体が固まってしまったのだ。
「あっ、この水を飲ませてみて、マタタビの葉に残る雫は猫には万病に効くはずなの」
女性は、葉っぱを千切り、新一は、我を忘れているので、初音に手渡した。そして、頷くと、シロの口の中に垂らした。この行為が効かないのは、二人の男女だけは分かっていた。それは、心だけの真と日姫だ。
「如何したらいいかな、俺が出るとシロは死ぬ、俺が居ても五年が限度で死ぬはずだ」
「その時、私も一緒に行ってあげるわ。それとね。私達の一族の子孫でなくても、左手の小指に赤い感覚器官はあるのよ。武器にもならないし見えないけど、小さくて細いのがね。初音さんにもあるのが分からない?」
初音の赤い感覚器官が見えて当然だろう。微かだが、日姫の転生した一部なのだからだ。勿論、真が見えるのは当然だ。日姫は運命の相手なのだからだ。
「そうだな。棘のような物だな。シロの体を借りて又来るよ。もう体に戻るぞ」
真が話し終わると、シロの心臓が動き、呼吸を始めた。
「新一。シロちゃんが生き返ったわ」
「え、うゎああ、良かったよ。シロ良かった。シロ、シロ」
真の何も考えない行動で、シロの体に入った為に、違う時の流れに変わってしまった。だが、新一は、成熟した男ではない。それと、同時に、八人の女性も成熟していない。後、五年もすれば、新一は、色香に落ちるのか、夢を叶える為や、共に人生を生きる人を選ぶか、真が狂わした時の流れの人と共に生きるか、それは、まだ、分からないが、当分の間は、八人の女性との、馬鹿馬鹿しい騒ぎが続くだろう。そして、もしかすると、シロに気に入られたら新一に気に入られる。その考えに行き着け、七人の女性の一人一人が、シロの争奪戦を考え、新一を膝の上で泣かしたいと考えるかもしれない。
「今日子さん。いや、私や六人の血族であり、私達の転生には分が悪そうね」
日姫の考えは当たっているかもしれない。新一は、何故か、学校の教室では、初音に視線が行ってしまう。大人しくしていれば、美人なのだ。だが、外では、何故か、今日子達に視線が向くのだ。それも、仕方がないだろう。初音が、七人の女性を排除しようと攻撃を掛けてくるのだ。守ってもらう為に視線が向くのか、それは分からない。それでも、誰か分からないが、最後に結ばれる為の、きっかけは、シロが原因になるのは、確かだった。その寿命も、五年が限度のはずだ。恐らくだが、時の流れは、柔軟には出来ているとは思えない。誰か、一人だけを選ぶ事になるはずだ。
「シロ、シロ、生き返ってよかった」
シロは、新一の膝の上から主を見た。涙を流して心底から嬉しい表情だった。
(小さい主様、心配してくれてありがとう。でも、この状態では死ねない。早く、小さい主様の連れ合いを探さなくては駄目だ)
二十年も生きた。老猫は、主が一人でも生きて行けるようにしなければならない。自分の役目の引き継ぎを探さなければならない。そう感じた。それも後、数年の間に。いや、もっと短いかもしれない。そのように思った。その思案からだろうか、初音と、七人の女性に視線を向けた。
(やっぱり初音か・・・・・な)
と、呟くと、主が頭や体を撫でてくれたからだろう。気持ちが良かったのだろう。膝の上で寝てしまった。
2018年7月31日 発行 初版
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羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。