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○共同信金・阿波営業所・体育館内
阿波踊りの選考会が行われている。大
勢の男女が見守る中、5名の若い女性
が審査委員の前で踊っている。
T・6月の日曜日
X X X
審査委員から発表がある。
審査委員「本年度の阿波踊りクイーンは安田
舞さんに決定しました」
どよめきが起こる。飛び上がって喜ぶ
安田舞(21)悔しそうに唇を噛む小林
里子(21)。
○ホスピス憩い 入口
ホスピスから舞が車いすを押してきて
中の安田美江(44)を自家用車に乗せ
換える。
舞「お母さん大変、一大ニュース」
美江「何さ、宝くじでも当たった」
舞「えへー、クイーンに選ばれました」
美江「何だそんな事。ニュースでも何でも無
いでしょう。とんでもない子だね」
舞「お母さんボケるの早いよ」
美江「ボケてません。良くやったね。悔しい
けどお前の努力を褒めます。良かった」
○岡崎海岸
松林の木陰に座る舞と美江。舞が弁当
を取り出し美江に渡す。美江はガウン
のポケットからワインを取り出し一口
飲み舞に渡す。
舞「こんなものどうして手に入れたの」
美江「隣室のおじさんからもらってきたの」
舞「病院でお酒って駄目でしょう」
美江「病院はホスピタル。私が行ってるのは
ホスピス。日本語で緩和療養所」
舞「嫌な母さん。あのねえ私好きな男性がい
るの聞いてくれる」
美江「姓名、年齢、学歴、勤め先、年収は」
舞「矢継ぎ早ねえ。和田弘和。23歳。高知
大。勤めは同じ共同信金。稼ぎは少ない」
美江「その子、阿波踊りやるのかい」
舞「いいえ、高知だからよさこいは踊るらし
いけど、趣味はもっぱら野球、阿波踊りは
そのうち私が教えるわ」
美江「なまじ阿波踊りやらない方が良いわ、
私の失敗をお前にしてもらいたくない」
舞「私のお父さん、阿波踊りやっていたの、
一度もお母さん話してくれないから」
美江はポケットから煙草を取り出し火
を点け、吸い始める。舞はあきれた顔
をする。
美江「中々言えないことよね、でも余命いく
ばくと分かった今は話さなきゃいけないよ
ね、お前のお父さんの事」
舞「言いにくい事はラップ調で言ったら、言
ったら良いよ、良いよ、ヨウ、ヨウ」
美江「あのさ、あのさ、母さんは頑張ったけ
どクイーンになれずにさ、それでもさ、一
生懸命踊ったのさ、ヨウ、ヨウ」
舞「それからどうなったのさ、ヨウ、ヨウ」
美江「彼氏が優しく、優しく慰めてくれてさ」
舞「母さん、危ない、危ない、ヨウ、ヨウ」
美江「二人は愛を確かめ合ったのさ、ヨウ、
ヨウ、でもさ気がつけば、その男悪い奴で
さクイーンと手を取り合って出て行っちゃ
た、ヨウ、ヨウ」
舞「なんと罪深い男、ヨウ、それがもしかし
て舞の父親なの、ヨウ、ヨウ」
美江は煙草を消し、目をつむる、目か
ら涙が流れ落ちる、そして嗚咽して舞
に何度も手を合わせ、許しを請う、そ
れを見た舞の目からも涙が溢れる。
海岸の向こうに瀬戸大橋が見え、明か
りが灯る。
○共同信金・阿波営業所・体育館内(朝)
阿波踊りの練習に熱心に励む男女。
5名5列の女性が中心で踊り、その両
脇を男性がややバラバラで踊る。
T・7月の第1日曜日
舞は女性の先頭の中心に、その横に里
子がいる。踊りを見ていた連の指導部
長から叱責が飛ぶ。
指導部長「里子さん、調子があってない。貴
方は一人で踊るのじゃないからクイーンの
舞さんに合わせなさい。他の人もですよ」
里子「舞さんが早いのじゃないですか」
指導部長「いや正確です。貴方の右手の動き
が癖があるので一拍遅れるのです」
里子、不満げな表情して返事する。
里子「分りました、仰せのようにします」
指導部長「女性は一糸乱れず、男性は活気を
出す大事なところですから。頑張って、も
う一度やりましょう」
二度目は里子は早すぎ、三度目にはや
はり遅くて場の雰囲気が悪くなる。
丁度そこに小林孝介(51)が入ってき
たところで指導部長は練習を終わりに
する。
○喫茶店内
小林がにがい顔をして里子の話を聞い
ている。
里子「今日みたいに馬鹿にされたの初めてだ
わ。10歳の時からバレーを習ってソロの発
表会にも出たのに調子がずれてるって」
小林「お前は良くやってるよ。ここに移って
1年で踊りを覚えて5名のうちに入ったの
だから。でも指導者が見るのだからね」
里子「指導者だってそんな資格あるのかしら?
こんな田舎で馬鹿にされるなんて耐えられ
ないわ。東京へ帰りましょうよ」
小林「馬鹿言うなよ、やっとのことで地方の
支店長の椅子を貰ったんだから」
里子「じゃ、その支店長の力でクイーン取っ
た舞さんを辞めさせて、あの人とは全くテ
ンポが合わないのだから」
小林「そりゃ無理さ。うちは阿波踊りのスポ
ンサーだけど踊りの運営には口出せないさ」
里子「じゃ私が辞めるわ。それで良いでしょ」
小林「そんなことすりゃ角が立つ。やりたく
ないが、お前のことを考えて何とかするか」
○海鮮料理店(夕)
和田弘和(23)と舞が楽しく食事を終
わり和田が切り出す。
和田「昨日、支店長に呼ばれた、本社に行く
気はないかとの質問だった」
舞「本社って東京、急な話ね」
和田「何でも支店長の元部下が野球のコーチ
で部員が少なくて困っているそうな」
舞「それで弘和さんは東京行に興味あるの」
和田「俺、君の事を支店長に話したのさ」
舞「そしたら」
和田「2人が将来のことを決めているなら、
当社は社内結婚を勧めているし、2人一緒
で行って良いよと言うんだ」
舞「なんか可笑しい話だわね」
和田「行くなら今月中ってさ」
舞「今月中って私、阿波踊り出られない」
和田「クイーンが出られないって、それなん
か裏があるよなあ。誰か舞ちゃんのクイー
ンを嫉妬してる人いるの」
舞「心当たりあるわ。見え見えねえ。でも東
京行けるチャンスだし弘和さんはどうなの」
和田「俺は此処が好きさ。もし行くにしても
仕事で認められて行きたいよ。舞ちゃんは
里子さんとの関係どうするの」
舞「私はお母さんのことに掛かりきりで余裕
がないけど、ライバルも必要だし里子ちゃ
んと何とか仲直りするように考えてみるわ」
和田「俺は支店長に東京行はきっぱり断るよ」
○共同信金・阿波営業所・体育館内(朝)
合同練習が行われている。
T・7月の第2日曜日
舞は踊りながら隣の里子に掛け声で。
舞「今日はテンポ中々合ってるよ、ア、ヤッ
トサー、ア、ヤット、ヤット」
里子「クイーンに褒めてもらうなんて嬉しい
わ、ア、ヤットサー、ヨイサー」
舞「私はアンタなんかに負けないよ、ア、ヤ
ットサー、ア、ヤット、ヤット」
里子「上等じゃない、もっと個性的な踊り見
せてやるよ、ア、ヤットサー、ヨイサー」
舞「阿波踊りはね、個性じゃなくて伝統だよ、
ア、ヤットサー、ア、ヤット、ヤット」
指導部長が首を傾げ注意する。
指導部長「舞さん、里子さん私語は止めなさ
い、皆一緒に、ア、ヤットサー、ア、ヤッ
ト、ヤット」
全員「えらいやっちゃ、ア、ヤットサー、ア、
ヤット、ヤット」
練習が終わって足を引きずる里子、下
駄の鼻緒が血で赤く染まっている、舞
がそれを見て自分の下駄を脱ぎ里子に
差し出す。
舞「これ進呈するよ。使って。滑りにくいよ
うに細工してあるの」
下駄の上に白いプラスチックのストッ
パーがあり、つま先にずれるのを防ぐ
し、一見すれば足袋と分からない。
里子「ああこんな便利なものあるの。有難う。
借りるわ。これなら本番で負けないわ」
舞は笑顔で頷く。
○阿波文化会館内
選抜された10の連が劇場で上演される。
客席の和田が隣席の美江に声を掛ける。
和田「いよいよですね、舞ちゃんの晴れ舞台」
美江「色々邪魔があった様だけど、あんた達
頑張ったので晴れ舞台見せてもらえるわ。
有難う。冥土の土産になるわ」
舞台では共同信金連の踊りが始まる。
上手より5名5列の女性陣その最前列
の真ん中に舞がいる。隣の里子が話す。
里子「舞ちゃん、来年は私が取るよ。覚悟し
て。ア、ヤットサー、ア、ヤット、ヤット」
舞「母さんよく見てこれがクイーンの踊りよ、
ア、ヤットサー、ア、ヤット、ヤット」
〇研究所・地下1Fの研究室
散乱している室内。乱闘の跡のような
形跡。ベッドに眠っている鮎野蘭(32)
を、胸を押さえながら伺う横川学(46)
は、手に持っているスタンガンのよう
な装置のメモリに目を移し
横川「もうすぐ目覚めるはずだ」
横川、恨めしそうにドアを見る。ダイ
ヤルキーの番号を目で数えながら、
横川「何としても」
蘭、ベッドから起き上がる。
蘭「あの、ここはどこですか?」
横川、蘭を見て、
横川「目が覚めたようだね」
蘭、辺りを見渡す。
蘭「ところで、私は誰でしょうか?」
横川、口元を歪ませながら、
横川「君は……僕の診察所に通っている患者
でね」
蘭「患者?」
横川、立ち上がり、
横川「君は脳の病気で、記憶障害を起こして
いるのさ。早い話、健忘症でね」
蘭「健忘症?」
横川、手を後ろに組んで
横川「そのためか、記憶をなくしやすくなっ
てね。こうして定期的に検査を受けてもら
っているのだよ」
蘭「そうだったの、ですか」
横川、蘭の顔を見て、
横川「心配はいらない。一時的なものだ。す
ぐに回復する。そう小一時間すれば」
蘭、辺りを見ながら、
蘭「それにしても、かなり散らかってますね。
診察室というより、研究室みたいですが」
横川、床に散らばっている本を片付け
始める。
横川「……まあ、私は精神科医だし、それに
医者というより研究者肌なものだから」
蘭、横川の腕を見て、
蘭「あれ? 先生、その腕は」
横川、左の腕を見る。ナイフのような
切り傷がある。
蘭「怪我でもされたのですか?」
横川「そうですね。ちょっとどこかで引っ掛
けたのかな」
横川、軽く笑いながら本を棚に戻して
いく。蘭、立ち上がって、
蘭「先生!」
横川、肩が震える。
横川「どうしたのかね?」
蘭「何かお手伝いしましょうか?」
横川、首を振りながら、
横川「いいよ。君は横になっていたまえ」
蘭、本に手を伸ばす。
蘭「いいですよ。身体を動かせば何か思いだ
すかもしれませんから」
蘭、横川と一緒に本を片付ける。
蘭「それにしても、妙ですね」
横川「何だね?」
蘭、片付けている本を見ながら、
蘭「先生、精神科医でしたよね。でも、ここ
にある本、機械工学の本ばかり」
横川、胸に手を押さえながら、
横川「じ、実は、ここは僕の診察室じゃない
んだ。近くにあった友人の研究室を借りて
ね。君を運び込むために」
蘭、本を置いて、
蘭「そう……なんですか」
横川、息切れしながら、
横川「とりあえず、君はゆっくりしておいて
くれたまえ。落ち着いたら思い出すよ」
蘭「は、はい!」
横川、室内のトイレに入る。
〇同・トイレ
横川、懐からスタンガンのような機械
のメモリを確認する。
横川「4分経過、あと5分程すれば記憶が回
復してしまう。どうすれば!」
横川、恨めしそうな顔で機械のスイッ
チを押すも、
横川「記憶が戻ったら、あの人殺し女、何す
るか。でも、この装置で記憶障害を起こせ
るのは9分間だけ、しかも次に使うには充
電がいる。それに!」
横川、トイレのドアを少し開け、玄関
のダイヤルキーを見て、
横川「あいつ、この部屋に来た時、逃げられ
ないようにドアの暗証番号を変えたからな」
〇同・地下1Fの研究室
横川、トイレから出てくる。蘭、本を
片付けながら、
蘭「あら、御免なさい。勝手に整理して」
横川、息切れしながら、
横川「別にいいよ。ところで君……」
蘭、本の上にある新聞を見る
蘭「ひどいものですね。信号無視の事故は」
横川、新聞をとる。
蘭「あっ!」
横川、胸に手を当てながら、
横川「すまない。友人が無精者でね」
蘭、呆然と立ったままでいる。
横川「ちょっと聞きたいのだが、4桁の数字
で、何か思い浮かばないかい」
蘭「4桁の数字ですか?」
横川「記憶回復のコツでね。心に思いついた
数字を2、3個言ってみてくれないか」
蘭「はい、そうですね。0543」
横川、メモをとる。
蘭「あと、1123、それから2137」
横川、メモを閉じて、
横川「ありがとう。あとはゆっくりしてなさ
い。僕は少し確かめたいことがあるので」
蘭、数字を呟きながら
蘭「1123、2137?」
横川、ドアに向かう。ダイヤルキーに
番号を入力していく。
横川「0543と、どうだ?」
ダイヤルキーの画面に番号が違うと表
示される。
横川「違うのか? だったら、これは」
横川、1123と入力する。ダイヤル
キーの画面に番号が違うと表示される。
横川「また違うのか、だったら次は」
横川、2137と入力する。ダイヤル
キーの画面に番号が違うと表示される。
横川「ちくしょう、どうしたら」
蘭、横川の後ろに立っている。
横川、振り向く。
横川「君?」
蘭「どうしたんです? 先生。出られないの
ですか?」
横川、胸をさすりながら
横川「ま、まあね」
蘭「電話すればいいでしょうに」
横川「ここは圏外でね。内線もつながらない
みたいだから」
横川、息が荒くなり始める。
蘭「どうしたんです? 顔が真っ青。先生の
方がまるで患者さんのようで」
蘭、くすっと笑う
横川「よっ余計なお世話だ!」
蘭、笑うのを止めて、
蘭「あら、そんな言い方しなくても。もしか
して、あなた医者じゃないのでは」
横川、手が震えだす。
横川「そ、そんなこと……」
蘭、ゆっくり横川に近づき、
蘭「ねえ、先生の腕の傷の元、これでしょう」
蘭の手にナイフが握られている。
蘭「先生、さっき聞いたわね。4桁の番号。
あれで記憶が徐々に戻ってきたのよ」
横川、ドアに持たれる。
蘭「知っているはずね。1123、2137、
この数字、何の数字か?」
横川、涎を流しながら首を振る。
蘭「11月23日21時37分。主人と息子が、あん
たの車にはねられた時間よ!」
横川、身体が震えだす。
蘭「信号無視の事故。証拠もあったのにもみ
消されたわ。優秀な研究者であるあなたを
失くす訳にはいかないと、所属している企
業の差し金でね」
横川、目が虚ろになる。
蘭「許さないわ。あらゆる手段を使ってここ
まできた。穴蔵に隠れてのうのうと生きて
いるあんたを殺すために!」
蘭、ナイフを向ける。
横川「まっ待て!」
横川、懐からスタンガンのような機械
を向ける。スイッチを入れる。
蘭「無駄よ、それはね」
蘭、口元を歪ませる。
横川「あっああ!」
横川、胸を押さえこんで声を張り上げ
倒れこむ。手から装置が落ちる。蘭、
落ちた装置を拾い上げる。蘭、装置の
メモリを見ながら、
蘭「うまくいった。もう完璧だわ」
蘭、大声で笑い始める。
蘭「偽の記憶を埋め込む装置。これ程とはね。
あと少し臨床データが欲しいけど」
蘭、虫の息の横川を見上げ、
蘭「あんたもつくづく不運な男ね」
蘭、口元を歪め、
蘭「そりゃ、あれは不幸な事故だったのよ。
私も考え事してて信号見てなかったから。
でも、たかが二人の命のために、この研究
を潰す訳にはいかないの。それなのに復讐
なんて、しかも心臓に持病持ちの癖に」
蘭、横川を蹴る。
蘭「だが、おかげで装置の実験には役にたっ
たわ。被害者のあんたに加害者として装置
を使ったという偽の記憶を埋め込むことに
ね。宿敵も鋏も使いようとは」
横川、蠢きながら、
横川「き、きさま……ち……ちく……」
横川、瞳孔が開く。
〇喫茶店『胡桃』店内
山形八重乃(70)、新井順三(70)、
橋本由美(69)、中川正子(69)がい
る。
順三「今日は盛会やったですなあ」
正子「ほんと、20名も集まったんやもんな」
由美「みんな身につまされてるのと違うか」
正子「今年になって3人も逝ったやなんて」
順三「前回、5年前やった時は10人前後やっ
たんで、同窓会やめよういう事になって」
八重乃「そうらしいですねえ、私は、ずっと
不参加だったんですけど、今度は2ヶ月も
前に電話が掛かってきたので、つい」
正子「つい、何え」
八重乃「その日は空いてます言うてしもうて」
由美「ほんま、押しつけがましい話や」
八重乃「それから憂うつでなあ」
正子「何遍も断ろ思うたんか」
八重乃「そうや、色々理由考えてな」
由美「うちもや、着るもん考えるだけで気重
うなってきて……。そやけど断った後のご
たごたも嫌やしな」
順三「幹事としては盛会にしたいから、断っ
て来た奴の愚痴を言うでしょうからね」
由美「酒の肴にされるのかなんしなあ」
正子「出てみたら珍しい人に出会うたんや」
由美「ほんと、新井さんにも八重乃にも会え
た。何年振りやろ」
順三「僕は親父から継いだ工場を維持するの
に日曜祭日も無かった。やっと娘夫婦に引
き渡してやれやれと思った途端、女房が逝
ってしまいましてね」
正子「まあ、そうだったのですか」
順三「工場から少し手が離れて楽になった分、
今度は子育てですわ」
正子「中々休ませてくれないものですね」
順三「孫が三人になりましてね。保育所通い
なんですわ。それも二ヶ所なんです」
正子「保育所に入れてよかったけれども三人
の送り迎えは大変ですわね」
順三「或る意味、今度の幹事の強引さもよか
ったんと違いますか」
正子「長い間休んでいると出席しにくいです
ものね。電話に救われたのですね」
順三「出席の理由はもう一つありますんや。
これですわ」
順三、携帯電話を取り出す。
由美「あら、ガラケーですね」
順三「この頃では珍しいそうですね。そこに
こんな珍しいもんが載ったんです」
順三、蓋を開けてみんなに見せる。
由美「二次会が始ったので、又、今度にね。
八重乃やて、八重乃が送ったの」
八重乃「そんな筈ないでしょ。番号も知らな
いのにメールが届くわけないやん」
正子「番号なら前回配られた名簿に載ってい
たんやし、これ、SMSやから、№を携帯
に入れておけばメール送れるろ思うけど」
八重乃「メカオンチなのにそんな事できひん」
順三「間違いだと思いますよ。でも、珍しい
名前なので、ひょっとしてと思ったりもし
て、たまには出席しろとの暗示だとも思い
同窓会に出たんです」
由美「うち等四人で二次会て前もあったなあ」
正子「何十年も昔やけど、あったあった」
由美「先生の見舞いも偶然一緒になったり」
正子「な、この4人、気合うんと違うか」
由美「私もそう思う。前から気付いてたわ」
正子「な、4人で時々会わへんか」
由美「そら、ええなあ。八重乃はどう思う」
〇喫茶店『胡桃』店内
八重乃と純三が座っている。
T・3ヶ月後
順三「橋本さんも中川さんも欠席らしい」
八重乃「ええ、由美の所はご主人が入院され
たそうやし、正子はお孫さんがバトミント
ンで国体に出はる事になって応援に行かは
る事になったんですわ」
順三「出掛けようとしたら電話が掛かって来
て山形さんには連絡出来ひんかったから、
集合場所には行ってほしい言われましてね」
八重乃「私のとこにも出がけに掛かってきま
した」
順三「匂いますね」
八重乃「何を考えているのやら」
順三「中学生の頃、僕達噂になっていたの」
八重乃「いいえ、少しも」
順三「なら、何故こんな事するんだろ」
八重乃「二人とも一人になったからじゃあな
いかしら。物凄く不愉快やわ」
順三「物凄く不愉快ですか」
八重乃「新井さんが不愉快と言うのではない
んよ。むしろ、反対やわ」
順三「むしろ、反対とすると」
八重乃「やめましょ。遮二無二腹立つわ」
順三「ここ、出ましょうか」
〇公園
花壇や遊具やベンチがある。
ベンチに八重乃と順三が座っている。
順三「もう少し若いとぶらんこに乗れるかも
しれんけど、もう無理ですね」
八重乃「何処やったかしら、皆でぶらんこに
乗って遊んだことありましたね」
順三「近所の藤野神社の境内にあったぶらん
こです。山形さんはよく遊んでいました」
八重乃「私ね、運動神経零なんやけど、ぶら
んこは怖なかった。不思議やけど」
順三「先刻の話なんやが……」
八重乃「先刻の話して何の事」
順三「いっその事、橋本さんや中川さんの思
惑に乗ってみたらとおもったものだから」
八重乃「3年生の時の事やけど、教室の床を
油拭きした事ありましたね」
順三「あー、分かった。もういいですよ」
八重乃「何が分かったん、何にも言うてない
やないですか」
順三「油拭きの事はよく覚えています。生涯
に何度もある出来事ではないですから」
八重乃「ほんまに。七時半集合を守ったのは
二人だけやった。大半が八時頃登校してき
たんや。短い時間やったけど、無言で作業
したんや、机を運んで床の掃除して油拭き
や。眼も合わさんと口もきかんかったけど
すごい充実感やった。忘れられへんわ」
順三「……」
八重乃「同窓会で会うた時、ああ、ええ感じ
に歳とったなあ思うた」
順三「……」
八重乃「工場も家庭も懸命に守ってきたから
こその艶やんか。俗っぽいもんで潰さんで
もええやないですか」
順三「……」
八重乃「夫が逝ってしもた時私もしんでしま
いたかった。あんな思いは一遍でええ思い
ます。何度もやりとうないです」
〇正子の家のダイニングキッチン
正子、由美、八重乃が座っている。
八重乃「ご主人の具合は如何ですか」
由美「一進一退なんや。丈夫な人で病気知ら
ずやったんやけど、歳には勝てへんなあ」
正子「それはそうと、新井君に演説ぶったん
やてねえ」
八重乃「案外、しゃべりなんやな」
正子「見事にふられましたて苦笑いしたはっ
たわ。そんなに堅苦しい考えんでもええの
んと違うの」
由美「二人とも中学生の頃から空気感は一緒
やもん。この歳になっても同じやなあと感
じる。珍しい人達やわ」
八重乃「やっぱり企んでたんやな」
正子「ご主人の入院も孫の応援も急な話だっ
たので慌てて連絡したんや。何の意図も無
いんよ。勘違いされるなんて思ってもいな
かった。ほんとよ」
由美「一寸残念やな。勘違いの事もやけど、
ミニ同窓会が立ち消えになってしもうた」
八重乃「続けたらええと思うわ。別に四人で
なくとも五人になってもええやん」
正子「私、この頃一人で仏像観に行ったりす
るんやけど、同窓生と一緒やったら共感の
波みたいなもん強いんと違うやろか」
由美「ほんまや、4人と決めんでもええんや」
正子「連絡はメールでするわ」
由美「段々、輪が広がっていくんや。八重乃
もメカに弱いなんて言うてないで、毎晩携
帯電話チェックしてや」
〇ケーブルカー乗車駅、改札口
八重乃、由美、正子の三人がいる。
T・1ヶ月後
由美「お天気になってよかったなあ」
正子「向う側のケーブルで3人乗ってくるん
や。新井さんも来はるんよ」
由美「山の頂上で合流や。景色がようみえる
やろなあ。お昼はどうすんの」
正子「チーコが弁当屋さんでおにぎり作って
もろうてな。男性2人が担いでくるんや」
由美「大袈裟やなあ、私ら、もうそんなに食
べられへんよ」
正子「そう言う人が一番ようけ食べるんえ」
〇美術館の前
八重乃が立っている。
T・3ヶ月後
手を振りながら正子がやって来る。
正子「相変わらず、早いなあ」
八重乃「正子さんこそ。連絡大変やろうに」
正子「何の何の、メールでちょこちょこや、
今日は2人や、ゆっくり廻ろうか」
〇松韻寺山門の前
八重乃、由美、正子、純三の他数名の
クラスメイトの姿がある。
T・3ヶ月後
由美「今日は盛会でよかったなあ」
〇八重乃の部屋
八重乃が一人携帯電話を弄っている。
携帯電話の字面の『二次会が始ったの
で、又、今度にね。八重乃』が画面に
出る。
○富田家・全景(夜)
窓の灯りに雪が降っている。
〇同家・炊事場(夜)
ガスの炎。グラグラ煮え立つ鍋。
富田はな(30)が鍋を両手にかかえる。
○同家・茶の間(夜)
畳の間の中央にテーブル。その上に夕
食が並んでいる。入り口近くで、すや
すや寝ている富田みき(2)。傍で座
って酒を飲んでいる富田隆三(32)。
はなが鍋を持って入ってくる。はなの
足元にみきのおもちゃ。はなが踏んづ
けそうになってバランスを崩す。
はな「あっ! しまった」
はなが鍋を傾け、湯気の出た汁がみき
の胸元にこぼれる。
みき「ギャー」
はな「みき!」
隆三、血相を変えて、
隆三「早く水を!」
はな、鍋を置き炊事場に走る。
× × ×
みきの泣き叫ぶ声。はながミキの身体
を強く抱きしめる。
はな「みき、許しておくれ」
救急車のサイレンの音。
○高田家・庭先
無心で遊ぶみき(6)。
T・4年後
縁側でみきを見ている隆三(36)とは
な(34)。
○同家・寝室(夜)
隆三とはなの間にみきが寝ている。
はな「大きくなるにつれみきが不憫で」
涙ぐむはな。
隆三「そう自分を責めるな」
はな「でも、みきが結婚するまで私は救われ
ないわ。みきのおっぱいを見ると辛くて」
隆三「……気にするな」
はなに背を向ける隆三。その目に涙。
○建築現場(夕)
仕事を終えて片付けている隆三(56)。
T・20年後
垣田博 がやってくる。
垣田「隆三、今夜、一杯やらねぇか」
隆三「すまねぇ、今夜は駄目だ。娘の誕生日
だ」
垣田「そうか、お前の娘はいくつになっても
子供なんだ」
隆三「すまねぇ」
○ケーキ屋・前(夕)
ケーキの箱を大事にかかえて出て来る
隆三。
○富田家・茶の間(夜)
ケーキを食べているはな(54)とみき(26)。
傍で酒を飲んでいる隆三。
みき「母さん、今度の日曜日、会社の広田さ
んを呼んでいい?」
はな「お前のいい人かい」
みき「そうね、ボーイフレンドかな? 彼ね、
一人暮らしでいつも外食ばかりしているの。
たまには家庭料理が食べたいって」
はな「そうかい。それなら呼んでおやり。あ
んた、いいでしょう?」
隆三「……」
○高田家・茶の間
テーブルにご馳走と数本のビール瓶。
隆三とはなに向かい合って座るみきと
背広姿の広田健(30)。
みき「お父さん、お母さん、広田さんよ」
広田「広田です、始めまして」
広田、頭を下げて、隆三に名刺を出す。
はな「まあまあ、固い挨拶はよして、さぁ、
広田さん召し上がって」
広田「(笑顔で)戴きます」
× × ×
はな「そろそろお茶を入れてきますわ」
立って出て行くはな。
みき「お父さん、広田さんは口数少ないけど
根は優しくてとてもいい人よ」
隆三「……」
はながお茶を持ってくる。
はな「広田さんみたいな方がみきの婿になっ
てくれたら、母さんどんなに嬉しいか」
涙ぐむはな。
隆三「泣くな! 人前でみっともない。みき
は売り物じゃない」
グラスのビールを飲み干す隆三。
隆三「食事がすんだらとっと帰ってくれ」
みき「お父さん! そんな……」
はな「あんた、なんてことを」
隆三「うるせぇ!」
広田「分かりました」
広田、立ち上がり頭を下げて出て行く。
みき「待って、広田さん」
広田の後を追うみき。
○会社・事務室・中
働く社員の中に広田がいる。広田の
机の電話が鳴り、受話器を取る広田。
広田「はい営業の? えっ、あぁ~みきさん
のお父さん……分かりました。駅前ですね。
今夜、お伺いします」
○居酒屋(夜)
狭いカウンターに隆三と広田。
隆三「呼び出してすまねぇ」
広田「いいえ」
隆三「この前はすまなかった」
広田「いいえ、僕は気にしていません」
隆三「そうか……呼んだのはあんたに聞きた
いことがあってな」
広田「はい!」
広田に酒をつぐ隆三。
隆三「あんた、みきが好きか」
広田「は、はい」
隆三「……みきを抱いたか?」
広田「いえ、まだ……」
隆三「そうか、やっぱり……」
広田「?」
隆三「実はなあ……」
広田「はい!」
隆三「みきには古傷がある」
広田「えっ?」
隆三「右乳にみにくいあざがある」
広田「!」
隆三「ニ歳の時だ。女房がどじをやって火傷
をさせてしまった」
広田「……」
酒を一気に飲む隆三。
隆三「今まで何人もの男がみきを求めた。だ
がな、そのあざで……」
広田「……」
隆三「お前もその一人だ。分かったらみきと
別れろ。早いうちがいい。みきの心の傷が
浅いうちに……」
隆三の目に涙。
広田「……」
隆三「話はすんだ。勘定は俺が払う。親爺、
帰るぞ!」
隆三、伝票を手にして出て行く。
隆三の後姿を見送る広田。
広田「……」
○会社・通路
みきと広田がいる。
広田「みきさん、昨日お父さんに会ったよ」
みき「えっ?」
広田「君の昔のこと、聞いたよ」
みき「そんな!」
みき、慌てて、
みき「失礼します」
広田「みきさん!」
○建築現場
働いている隆三に携帯が鳴る。携帯を
開く隆三。
みきの声「父さん! 余計なことしないで。
私は自分で話すつもりだったのに……」
隆三「あいつが何か言ったか」
みきの声「何も……でも、もう駄目」
隆三「気にするな。父さんはお前のためを思
って」
みきの声「(涙声で)それが余計なのよ。しら
ない」
電話が切れる。
隆三「……」
○同家・茶の間(夜)
隆三とはなが座って食事を摂っている。
茶箪笥の上の固定電話が鳴る。立って
受話器を取るはな。
はな「はいはい、あら、広田さん」
隆三、どきっとした表情。
はな「いいえ……今、代わります。あなた、
広田さんからよ」
立ち上がって受話器を取る隆三。
隆三「何の用だ! 何? 今なんて言った」
広田の声「ですから、お父さん、みきさんを
く、ください。お願いします」
隆三「!」
隆三、受話器を落としてへたり込む。
はな「父さん、どうしたの、しっかりして」
隆三「みきをくれ、いや、水をくれ!」
はな、慌てて炊事場へ。
隆三「母さん、大変なことになった。やっと
本物が現れたよ。本物が……」
コップを手にはなが戻ってくる。
はな「あんた、水!」
隆三「おい、それより早くみきに知らせなく
ちゃ」
はな「は、はい、なんだかしらないが幸せの
予感が……」
右に左に動き回る隆三とはな。
○古びた家の縁側(夕)
縁側に出した分厚い将棋盤で、信三(70)
と晴夏(6)が将棋を指している。
信三「ここに金を打つと終わりだぞ~」
晴夏「あ~、お爺ちゃん、そこ、ダメ~」
信三「じゃあ、最初からやり直しだ」
晴夏「うん、今のは引き分けだよ」
信三「引き分けか。よしよし」
奥の台所から、よく聞こえる声で、
葉子の声「お父さん、あんまり晴夏を甘やか
さないでねえ。負けは負けで教えて下さい」
信三「将棋のイロハも分からんのに口を出す
な。晴夏はオレに似てか筋がいいんだ。い
ずれ名人になるぞ」
葉子(36)台所からトーンを落として、
葉子の声「将棋は何度でもやり直しがきいて、
いいわね」
信三「何を言うか。町会のトーナメント戦な
ら、一回負けたらそれまでだ。何も分から
んのに口出しするな」
○同、キッチン(夕)
葉子「げ、地獄耳」
とつぶやいてから、
葉子「は~い。ごめんなさ~い」
と信三に言い、キッチンテーブルの向
かいに座る咲江(66)に向き直る。
咲江「あんたこそどうするの? やり直すの」
葉子「う~ん。もう、ダメなんだけどね」
咲江「何よ、晴夏と同じこと言って。今更、
逃げないでよ」
葉子「こんなことなら、成田離婚でもしてり
ゃ良かったわ」
咲江「よく言うわね、新婚旅行から帰って来
た頃なんて、ベタベタくっつきまくって見
てられなかったけど」
葉子「あら、そうかしら。遠慮してたつもり
だけど」
咲江「家の表でキスしたでしょ」
葉子「してない、してない」
咲江「うそ~。昔、ご近所に嫌味言われたん
だから」
葉子「それって、結婚前じゃない。結婚して
からは無いわよ」
咲江「何よ、やっぱりしてるじゃない」
○同、実家の居間(夜)
居間に信三が入って来る。葉子と咲江
がちゃぶ台の上に写真を広げている。
信三「晴夏は寝たのか?」
咲江「今日はお爺ちゃんと寝るんだって。あ
なたの布団に寝かしてあります」
信三「おお、そうかそうか。いい子だ」
咲江「そんな事より、これ見て下さいな。葉
子が興信所からもらって来た写真」
信三「うん? ラブホテルか?」
咲江「あら、良くお分かりですね。私は最初、
どこだか分かりませんでしたけど」
信三「え、そうかあ。お前と昔行っただろ?」
咲江「行ってません!」
信三「そうだっけ?」
咲江「どなたかほかの方と、お行きになった
んじゃありませんの」
信三「馬鹿もん! 儂が誰と行ったと言うん
じゃ。お前の記憶違いだ」
咲江「無いものは無いです」
葉子「夫婦喧嘩なら他でやってよね」
信三「おお、葉子の言う通りだ」
信三、これ幸いにと写真を手に取る。
信三「うん、こっちの人物は陽介君か? ほ
う、さすがプロだ。良く撮れてる」
咲江「あなた、何呑気な事おっしゃってるの」
信三「いや、良く撮れてるから、証拠として
は充分だと言いたかったのじゃ。その横の
女性は誰じゃ。なかなかの美形じゃの」
咲江「あなた! いい加減にしてください!」
葉子、目に涙をためる。
葉子「何が美形よ。こんな年増と出来てたな
んて、あたし悔しい」
広げた写真に涙が落ちる。
咲江「葉子の方がずっと若くて、キレイよ。
こんなのちょっと化粧が濃いだけよ」
葉子「私より、ずっと若いのかと思ってた。
前から若い子に色目使うの知ってたから。
なのに何よ、この女」
ぶわ~ん、と大声を上げて泣き出す。
咲江「晴夏が起きるわよ。ちょっと」
葉子「もう、どうでもいい」
咲江「お父さん。何とかして下さい」
信三「散歩に行こう」
咲江「え、こんな夜中にですか」
信三「葉子と儂のコート取ってくれ。夜風に
当たろう」
葉子の肩を抱いて、居間から玄関へ行
く信三。慌てて二人のコートを持って
玄関を飛び出す咲江。信三と洋子に表
でコート渡す。咲江、心配そうに門の
外で夜道に消えて行く父子を見送る。
○同、家の中(夜)
家の中に戻る咲江。晴夏がキッチンに
居る。目元をパジャマの袖でこすって
いる。
咲江「あら、晴夏」
晴夏「ママ、おしっこ」
咲江「おしっこね。よく言えたわね。はい、
おしっこはこっちだからね。よしよし」
晴夏の背中を押してトイレに行く。
○近所の児童公園(夜)
道に街灯はあるが、公園内は薄暗い。
葉子と信三が乗ったブランコだけが、
キーキーと揺れている。
信三「この公園、古いよなあ」
葉子「うん」
うつむいたまま答える。
信三「お前と昔、ここで遊んだの覚えてるか?」
葉子「何となくだけど。父さんとブランコ乗
ってたら母さんが『ごはんよ』って、呼び
に来て」
信三「そうだっけ。そんな事もあったか」
葉子「うん」
信三「今日、晴夏とも、このブランコに乗っ
たぞ」
葉子「そう」
信三「二人ぐらい家族が増えても、うちは大
丈夫だからな。お前の思う通りにしろ」
葉子「バツイチコブ付きだよ」
信三「晴夏の事を、自分からコブだなんて言
っちゃだめだ」
葉子「ハイ。でも、年金だけで大丈夫?」
信三「そこは、それ。母さんがごっそりへそ
くりしてるから」
葉子「エッ、母さんのへそくり頼りなの?」
信三「ん、わしも働くさ。ちょっと、会社の
会計を見て欲しいと言われてるんだよ」
葉子「パソコンとかさわれるの?」
信三「教えるだけなら大丈夫だろう」
葉子「そう言う訳にはいかないわよ、きっと」
信三「そうかなあ。まあ、とにかく、母さん
に訊いてみるか」
葉子「何を」
信三「へそくりの額。きっとがっぽりためて
るぞ」
葉子「何よそれ」
信三「寒いから帰ろうか」
葉子「うん」
○公民館前
入口に『少年少女将棋大会』と書かれ
た紙が貼ってある。
玄関の戸が開き、どやどやと大人と子
供が出て来る。
葉子、人ごみの輪の外から晴夏を探す。
一人、トロフィーを高く持ち上げ「優
勝~」と叫んでいる子がいる。ほとん
ど人が出尽くした頃、晴夏と信三が出
て来る。晴夏、泣いている。葉子、信
三と目が合う。洋子、手を上げて、晴
夏が近づくのを待つ。晴夏、涙で前が
良く見えない。葉子のすぐ前に来て、
葉子に気付く。
葉子「何泣いてるの。泣き虫なんだから」
ハンカチを取出して涙を拭きながら、
葉子「一回ぐらい勝ったの?」
信三「何を言う。初級の部、三位じゃ」
と、小さなトロフィーを見せる。
葉子「すご~い! そんなに強いって、ママ
知らなかった」
信三「だから筋が良いといつも言ってるだろ」
葉子「そうだけど。じゃ泣く事無いじゃない」
信三「男心のつらさは、女には分からんのじ
ゃ。のう晴夏」
晴夏、うんとうなずく。
葉子「何よ、男同士で結託して~」
○同、家のキッチン(朝)
信三、咲江、葉子、晴夏、朝食終わる。
葉子「さ、今日からバイト、頑張るぞ」
伸びをする。
信三「お爺ちゃんも、パソコン教室頑張るぞ」
グーで片手伸ばす。
葉子「あれ、パソコンなの?」
信三「パソコンたって、ワードじゃないぞ。
会計ソフトの勉強だ」
葉子「へえ~。晴夏を昼から将棋教室に連れ
てくの忘れないでね。晴夏も頑張るぞ」
葉子、両手を低めに上げて、晴夏とハ
イタッチ。お爺ちゃんともハイタッチ。
葉子「バーバにも、ハイタッチ」
信三「母さん、わしにもハイタッチ」
咲江、信三を無視して
咲江「晴夏、ハイタッチ。ほら、出来たあ。
じゃあ葉子、いい男見つけなさいよ」
葉子「仕事に行くのよ」
咲江「バイトなんだから、男、男」
葉子「バイト首になってもいいの」
咲江「いい男居なかったら次変わりなさい」
葉子「じゃあまあ、私の色香で男どもを骨抜
きにしてくるか。行ってきま~す」
○スナック「薔薇」店内(夜)
富永秀和(58)が水割りを飲んでいる。
足利喜代(45)店内へ入って来る。
喜代「今晩は、お待たせ、私も水割りね」
注文して富永の横に座る喜代。
富永「遅かったじゃないか」
喜代「出掛けに友達から電話が有ったのよ。
それより結婚する事娘さんに話してくれた」
富永「此の頃娘がなかなか家に来なくてまだ
なんだが次の時には話すから。そうそうこ
れ使ってくれよ。君好きだろう」
小さなリボンのついた紙袋を渡す。
喜代「あら、嬉しい、今日は何かしらん、
まあシャネルの香水ね、有難う。早速使う
わね、この香り大好きよ」
富永「それは良かった。この間のバッグは気
に入らなかったの?今日も持ってないから
喜代「そんな事ないわ、昼のお出かけ向きな
のよ。実は今素敵なスーツを見つけてある
の、又おねだりして良いかしらん」
富永「勿論だよ明日にも買いに行こう。それ
と神戸のホテル予約したからね」
富永、喜代は肩を寄せ合い話し続ける。
○富永家・居間
富永が山口千恵(30)と話している。
富永「という訳でその彼女と結婚しようと思
っているのだが、了承しておいてくれよ」
千恵「お父さん騙されているのじゃないの、
お母さんが脳出血で急に亡くなって淋しい
のは判るけどスナックで出会ったのも怪し
いし。もっと冷静になって身元調べたの」
富永「喜代は明るくてよく話を聞いてくれる
しね、料理も上手いんだよ。店のマスター
に聞いても請け合いって言ってくれるしね」
千恵「そんなマスターなんか、お客様の事を
悪く言わないわよ」
富永「兎に角一度合ってくれよ。千恵だって
僕が結婚した方が安心するんじゃないの」
千恵「私は心配なのよ、何となく」
○同・居間
富永、喜代、千恵が話している。
T・一週間後
喜代「初めましてよく貴方の事は聞い
てます」
千恵「初めまして、足利さん、父の事
本当に理解してくれてますか。気難しいで
すよ」
喜代「あらそうなんですか、私には優
しいですよ。私も夫に先立たれて本当に淋
しかったので良く秀和さんの気持ち判るの
よ、こ れは経験したものでないと、ねえ」
喜代は言い乍富永のお茶を入れ替える」
喜代「安心してください、お父さんの事は私
がしっかりお世話させて貰いますから」
千恵「結婚となるとお互いもっと身元をしっ
かり調べた方が良いと私は思うのですが」
富永「おい、千恵、失礼な! 我々二人の間
で話す事だよそんなことは」
喜代「いえその通りですわ。私の経歴書を書
きますわ、親族はあのスナックのマスター
が兄なんですが両親は亡くなってるので」
千恵「まあマスターが兄さんなんですか。お
父さん知ってたの」
富永「ああ、まあ」
喜代「あら最初に話しましたよ。ですから良
くあの店に行ってたので知り会えたのです」
千恵、疑いの目で喜代を見ている。
○スナック「薔薇」店内(深夜)
喜代が樋口満(50)と親しげに話している。
喜代「あの娘の千恵がしっかり者だわ。私の
事を疑っているのよ、負けられないわ」
樋口「お前の色気にあの親父すっかりはまっ
ているから娘が何を言おうが大丈夫だよ。
ベットではサービス満点にしているよな」
喜代「勿論よ、私を抱くと青春に戻った様に
なるんだって。もう興奮しっぱなしよ。演
技するのも疲れる位よ」
樋口「結構楽しんでる癖に。まあそれよりも
資産とかは良く調べろよ。保険ももっと大
きいのに変更した方が良いしね」
喜代「まかせておいて。今景気が良いから帯
の問屋も好調だって言ってるしね。趣味の
合わないプレゼント攻撃には辟易だけど」
樋口「その娘に偽兄として俺も会っておこう
か。元役者として腕ふるうぜ、」
喜代、樋口グラスを合わせビールを飲
み干す。
○神戸 山手のDホテル全景(夜)
○同ホテル一室(夜)
富永と喜代が部屋のベランダから港の
夜景をワインを飲み乍見ている。
富永「昔から100万ドルの夜景と言ったけど本
当に奇麗だね」
喜代「本当。神戸牛のステーキも最高だった
し幸せよ私」
喜代、富永の肩にしなだれかかる。
富永「明日帰宅したら早速入籍しよう。僕の
後半の人生を君と生きていきたいんだよ」
○富永家・居間(夜)
富永が風呂から上がってきてソファに
坐る。喜代すぐ冷えたビールを持って
きてグラスに注いで富永に渡す。
富永「有難う。君も一杯どう」
喜代「では一杯だけ。ああ美味しい」
富永「入籍もすませたし一緒に暮らしていて
も堂々とできるね。あれこの香り良いね」
喜代「あらいやだ、秀和さんに貰ったあのシ
ャネルよ。少し刺激的過ぎるのじゃない」
富永「いや、この刺激的な香りが良いのじゃ
ないか。今夜も楽しみだよ」
喜代、富永に抱きよせられる。
喜代「この間から話してた保険の件なんだけ
ど兄の店のお客様から頼まれてたのが今月
中と言ってきてるのだけど、どうかしらん」
富永「小さいけど今迄の保険が有るのだけど、
やはりお兄さんの顔立てた方がいいかなあ」
喜代「お願いします。是非とも」
○富永家・居間(夕)
富永と喜代が帰宅。
T・二週間後。
富永「内輪の食事会で両方が顔合わせ出来て
ほっとしたよ。これで喜代は立派な我が家
の奥さんだからね。ご近所には先に挨拶ま
わってあるから」
喜代「有難う御座います。本当に嬉しいです。
これからも宜しくお願いします」
富永「そんな改まって、君の兄さんからこの
保険のお礼と一緒に君の事頼まれたよ」
喜代「兄も保険の件は無理言ったのではと気
にしてましたから。でも保険屋さんが店の
お得意さんなもので喜んでましたの」
風呂の用意をしに行く喜代。富永の携
帯の呼び出し音が鳴る。
富永「ああ千恵か、今日はご苦労様、山口君
にも宜しく言っておいてくれたまえ」
千恵の声「お父さん疲れてない? 私は今で
も喜代さんの事信用してないから充分気を
つけてね。昼にチラっと聞いた保険の話も
う手続き済ませたのよね。死亡で一億って
おかしいわ、現役時代じゃないのに」
富永「又その話か、大丈夫。僕もまだしっか
りしているつもりだからもう切るよ」
○オーストラリア、シドニーの街
観光バスで街を回る富永と喜代。
○Kホテル室内・浴室(夜)
富永がシャワーを浴びている。少し疲
れ気味の様子。
富永独り言「さすが現地に着いてすぐ観光は
疲れたなあ。付き合うのも大変だよ」
富永早々にシャワー室を出る。
○同・室内廊下(夜)
富永ベットルームに行きかけ喜代が電
話で話しているのに聞き耳をたてる。
喜代「ああ疲れた! ねえ満、判ってくれる」
樋口の声「こんな電話してヤバイじゃないか」
喜代「良い嫁演じるの何時までよ。夜もしつ
こいしさあうんざりよ。早く方つけて終わ
らせたいものよ」
樋口の声「何言ってるのだ、今始まったばか
りだからさもっと信用さしてボチボチだよ」
喜代「でもあの人元気でさ、どこも悪い処な
いんだよ、死ぬかなあ」
樋口の声「兎に角一生かかっても稼げない金
が入ってくるから、失敗のないよう慎重に。
日本に帰って来たら可愛がってやるから」
廊下の富永は愕然とする。
○同・部屋(夜)
富永が顔面蒼白で入ってきて喜代の頬
に平手打ちをする。
喜代「何するのよ」
富永「今の電話聞いたよ。なんて事だ喜代の
事を信用してたのに。なんて事だ。今一遍
に目が覚めた思いだ自分のバカさ加減がい
やになる。千恵の心配が当たってたのだ」
喜代「秀和さん誤解よ、勘違いよ」
シャネルの香りをさせた喜代、富永に
むしゃぶりつく。
富永「もう喜代だめだよ。日本に帰ろう、一
刻も君とはいられない、君に殺されてはた
まらないから。別の部屋をとるよ」
○富永家・中
富永が千恵と家の中を見回っている。
T・1ヶ月後
千恵「大丈夫? これで良かったのよ」
富永「そうだね、一時の楽しい夢を見た様な
ものだと思って心機一転くらすよ」
千恵「あのマスターが兄だなんて大嘘ついて
二人は昔からの深い仲だったなんて。棚の
奥にこの香水ビンが出てきたけど捨てるよ」
富永そのシャネルのビンをやにわに掴
むと縁先から庭石に向かって思いきり
投げつける。飛び散るビンのかけら。
○猫田家、玄関内と外(夜)
戸締りをするために猫田晴美(56)玄関
にいる。門扉の戸締りの確認に外に出
る。満月である。猫田家と向いのマン
ションの駐車場まで出る。猫田家飼猫
のニャン太郎(10)がいる。晴美近づ
く。
晴美「あー、ニャン太郎」
駐車場で円陣を組み十数匹の猫達が座
っている。真円の形で等間隔である。
晴美「ああー、これが猫の会議か。ニャン太
郎、遅いからお家に入ろう」
猫田家の飼猫ニャン太郎が晴美の方へ
顔を少し向けるがすぐに前の姿勢に戻
る。もう一匹の飼猫、黒(9)もいる。
晴美「黒もいたの、黒」
晴美が呼びかけるが黒猫は微動だにせ
ずにいる。
○駐車場猫の円陣(夜)
晴美が去る。ニャンA~Pは対角線上
に目を合わしている。
ニャンA「アメリカという国でドナルド・ト
ランプとか言うアヒルが大統領になったら
しいなあ」
ニャンB「そいつはドナルド・ダックの親戚
か?」
ニャンA「きっとそうだろう」
ニャンC「ディズニーランドという国ではミ
ッキーとかいうネズミが王様らしいぞ、来
る客をニコニコして迎えているらしいぞ」
ニャンD「まあ外交は大事だからなー」
ニャンE「そろそろ俺達ニャン族の共和国を
建国する日が近づいたなあ」
ニャン一同「そうだ。そうだ」
全員お招きをする。
ニャンA「それでは次の満月にここで」
全員一斉に散会する。
猫田家の飼猫のニャン太郎と黒も家に
戻る。
○猫田家、玄関外(夜)
ニャン太郎と黒、玄関のタイルにチョ
コンと座りニャーニャーと鳴いている。
晴美が内側からドアを開ける。家の中
に入っていくニャン太郎と黒。
○同、寝室(夜)
晴美の寝床に入ってきて丸くなって眠
るニャン太郎と黒。
○猫田家ダイニング(朝)
晴美が淹れたてのコーヒーを猫田一郎
(57)に出しながら、
晴美「昨晩、ウチの猫達が向いの駐車場にい
たんだけど私が声をかけても知らんぷりな
の。見かけた事も無い猫達と一緒だったわ」
一郎「夢でも見たんじゃないか?」
晴美「猫の会議よ、あれは」
一郎、うわの空で晴美の話を聞き、急
いで朝食をとる。
猫田家のニャン太郎と黒も二人の会話
が聞こえていないかのごとく朝食のキ
ャットフードを食べている。
○駐車場(夜)
満月。いつものメンバーが集まってき
ている。早めに来た猫も定位置で中央
を向いて座っている。ニャンA~Oが
揃う。
ニャンA「それでは本日の会議を始めます。
ところでニャンPは?」
ニャンD「ニャンPは家の住人が旅行とかで
家にとじ込められているらしい」
ニャンA「それじゃ仕方ないので本日はニャ
ンPの為に全員ニャンテレパシーで行いま
す。全員周波数を合わせて下さい」
円陣の猫全員でニャンPのために周波
数を合わせ会議を始める。
ニャンE「我等ニャン族の御先祖様がこの地
球に住むようになったのは、我等の故郷の
星『ケプラー452b』を離れ、宇宙空間
のゆがみを旅している途中、太陽系に入り
込んでしまい、エジプトに不時着したのが
始まりだった」
ニャンD「そうだ。空から突如現われた御先
祖様を見て神とあがめてくれたんだ」
ニャンB「人間の歴史でいう中世では受難の
時期もあったが、今では世界中に我等ニャ
ン族がいる」
(そうだ、そうだ)と全員で首を左右
に振る。
ニャンA「それではニャン族の共和国樹立に
向けて、今の我等のおかれているこの状況
に対してどのように対応していくべきか?
何か意見のあるニャンは述べて下さい」
ニャンJ「家にとじ込められて散歩に出る時
もリードをつけられている犬族と違い、我
等は自由に暮している。この身軽さが大事
だ」
ニャンD「そうだ。自分が飼い主だと思って
いる同居人も、こちらが知らんぷりをして
いると向こうからすり寄ってくる」
ニャン太郎「そうだ。用があって遠出をした
時など近所を捜し回って自分をみつけたと
抱いてくれる。同居人がうっとおしくてち
ょっと出かけた時でもそうだ」
ニャンG「とすると我等ニャン族にとって同
居人の人間は仲間と見ていいのか?」
ニャンEが待ったとお尻をアスファル
ト面につけたまま総立ちして言う。
ニャンE「いやそれはまずいな」
ニャンGも同じように立ち上がり、
ニャンG「どうしてまずいのか? 人間とは
この六千年もの間友好にやって来たじゃな
いか」
ニャンE「確かに。エジプトでは守護神とあ
がめられたが、そのエジプトを陥落させた
ペルシャ軍は我等ニャン族を盾に縛り付け
て猫が可愛そうと思ったエジプト軍は敗け
たといううわさがある」
ニャンG驚く。
ニャンE「人間にも色々な種族があるってこ
とだ」
ニャン一同「そうだなあー」
ニャン一同、両耳をピーンと立てる。
ニャンA「おっ、ニャンPからのテレパシー
通信が入ったぞ」
ニャンPの同居人の声「ただいまー。ニャン
ちゃん待った? 遅くなってゴメンネ」
ニャンP、喉をゴロゴロ鳴らしている。
ニャンB「同居人のご帰還か」
ニャンC「ニャンP、随分甘えているなあー」
ニャンD「そうだなー。まあー幸せってこと
だろう」
ニャンA「ニャン族にもそれぞれの生き方が
あるって事で今夜はお開きにしましょう」
ニャンB「さあー、そろそろ眠るとするか」
ニャンD「そうだなー。同居人の所へ戻ろう」
ニャン一同、駐車場を後にする。
〇猫田家玄関(夜)
会議を終え、ニャン太郎と黒が玄関に
座っている。月夜のため、二匹の影が
うっすらと写っている。ニャン太郎、
遠くの白鳥座の先の故郷の星を探して
いる。
ニャン太郎「遠くに目をやっても故郷の星は
見えやしないのに馬鹿なことをしているな
あー」
黒「ああーそうだ。ご先祖様もずいぶん遠い
星にたどりついたものだ」
ニャン太郎と黒、ふっとため息をつく。
今夜のニャン会議の疲れからか、二匹
大きなアクビをする。二匹大きな声で
ニャーニャーと鳴く。
〇猫田家・寝室(夜)
寝ていた晴美、目を覚まし玄関に出る。
晴美「ハイハイ、今開けますよ。随分遅くま
で会議してたのね」
玄関の扉が開くと二匹、すかさず寝室
に入る。
〇猫田家リビング(朝)
晴美が猫達に朝ごはんのキャットフー
ドを器にいれている。
晴美「ニャン太郎、アナタ達昨晩どこにいた
の? 満月の夜になると何をしているの?」
ニャン太郎、ドキッとしながら、隣の
黒にニャンテレパシーを送る。
ニャン太郎「おい黒君、気―つけろ。同居人
は何か気づいているかもしれないぞ」
黒、ニャンテレパシーで、
黒「あーわかった。食後二人でペットポーズ
をしよう。いつものゴロニャンで同居人を
だましておこう」
ニャン太郎「あーそうしよう」
ニャン太郎と黒は人間の言葉がわから
な振りをしながら、キャットフードを
食べている。
〇猫田家ベランダ(昼)
天気も良く、ニャン太郎と黒、日射し
をあびながら二匹気持ちよく青空を見
ている。傍らで晴美が洗濯物を干して
いる。
ニャン太郎「こんな天気のいい日には脳が溶
けてしまうのか、ニャン族としての誇りと
か、そんなものどうでもいいなあーと思う
んだ。黒君はどうー?」
黒「あーそうだね。こんなにのどかな時には
ここにずっと住みつづけ、今のままで幸せ
だと思うね」
ニャン太郎「あーそうだね」
二匹、互いに体を寄せ丸くなって、い
つの間にかまどろみ出す。
〇再び満月の夜の駐車場(夜)
ニャンPも参加し今回は猫A~P全員
がそろう。いつものように円陣をくみ、
全員静かに座っている。
ニャンA「グァーグァーグァーとうるさいア
ヒルが大統領になり、何故我等ニャン族は
現状のままなのか?」
ニャンJ「我等ニャン族は、人間とともに暮
すことによって自立することを放棄してし
まったのじゃないだろうか?」
ニャンE「自立か?」
ニャンD「そういやー昔はこの辺りをかけま
わってバッタやカエルを捕り、身を潜ませ
鳥を捕まえたりしていたなー」
ニャンA「最近の若い連中は同居人とばかり
生活し、この会議に参加もしていないなあ」
ニャンG「このままではニャン族としてもア
イディンティティーを失ってしまうのだろ
うか?」
ニャン一同、星空を見上げる。
○梅田にある高層ビル・全景(夜)
○ビルの中のダンスホール(夜)
数組のペアがダンスを踊っている。流
れている曲はタンゴ。森雅樹(21)と
白鳥雪(21)がペアとなって踊ってい
る。
雪「森君。そうそう。右と左の力は均等に。
手の位置が変わっても、右と左の均等は崩
さない」
森は胸をそり、手の位置を気にしなが
ら踊る。雪が、踊りを止める。
雪「森君、タンゴの鉄則は,肩は踵とコネク
トする。つまり、肩のまあ下にある踵を持
つような気持でね」
雪「それでは、スロー、スロー、クイック、
クイック、スロー、クイック、スロー」
雪と森の踊りを見ている山本健一(20)
が和泉幸子(19)に
山本「白鳥先輩えらい力が入ってるね」
幸子「白鳥先輩は、今年で最後の大会だから、
力が入っているのよ」
山本「それにしても、森先輩黙ってしごかれ
ているね。感心するわ」
幸子「しかたがないわ。キャリアが違うもの。
白鳥先輩の踊りは、曲に合わせてというよ
り、曲と一体化したようで、回ったり、足
を上げたりする動きが、何かを訴えるよう
に感じるわ」
森と雪の練習は続く。
雪「森君、内腿と脇の軸がずれると、ターン
したとき、少しずつずれる。戻そうとして
ターンが遅れるからね」
森「こうか」
雪「そうそう」
森と雪は踊り続ける。
○リーガロイヤルホテル・全景(夜)
2階宴会場のの入り口に、第25回学
生社交ダンス選手権会場の看板が、た
てかけてある。会場の隣に控室の看板
が立っている
○同・控室(夜)
参加する選手が控えている中に、森、
雪がいる。森は紺色のタキシード。雪
は薄いピンクのドレス。そして赤い靴
雪「森君。ここまで来たら、何も考えずに、
踊りを楽しみましょ。あれだけ練習したか
ら大丈夫。あとは、笑顔を忘れずに」
幸子「森先輩、笑顔、笑顔」
森「緊張するな」
森は、両手でほほの肉を上下に動かす。
ドアーが開いて、会場のスタッフが
スタッフ「大会に参加される選手の方々は、
会場に、お入りください」
○同・会場
会場にタキシードの背に5番のゼッケ
ンが取りつけられた森と雪が立って
いる。参加者6組の紹介が始まる。
雪「森君。笑顔ね」
森は笑顔で、雪を見る
雪「いいわ、その笑顔」
司会者「5番、阪和大学ダンス部森雅樹君、
白鳥雪君」
二人は、周りに笑顔で頭を下げる。タ
ンゴの音楽が鳴る。森は、大きく左へ
ステップする。
○同・会場(夜)
会場に参加者全員が集まっている。会
場の端に用意された台の上の司会者が、
マイクを取る。
司会者「ただ今より、タンゴ部門の成績を発
表をいたします。優勝は阪和大学ダンス部
に決まりました」
森と雪は、顔を見合わせ、ハイタッチ
を行う。
森・雪「やった」
○リーガロイヤルホテル・全景(夜)
T・35年後
○同・36階のレストラン(夜)
窓から大阪の夜景が見える。レストラ
ンの真ん中にステージがあり、それを
囲むようにテーブルが置かれている。
その一つのテーブルに、森と中川真理
(27)、中川隆(28)が座っている。
真理「お父さん、誕生日おめでとう」
真理はシャンパンの入ったグラスを、
高く上げる。
森「ありがとう」
真理「お父さん、今日の白川雪枝はフラメン
コダンスでは、スペインではものすごく人
気あるそうよ」
中川「お義父さん。フラメンコダンスは見た
ことはあるんですか」
森「ない。トルコに行った時に、べリーダン
スは見たが、フラメンコは初めてやな」
真理「このスペイン料理美味しいね」
森「そうやな」
真理「お父さん、お母さんが亡くなって1年
になるわ。そろそろ、お父さんの新しい人
生を考えたら」
森「こんな年寄りを好きになる、もの好きは
いないよ」
真理「まだまだ先はながいよ」
森「考えなくてはいけないかな」
○同・ステージ(夜)
レストランの照明は暗くなり、ステー
ジにスポットライトが当たる。左端の
マイクに男性が立ち、その後ろにギタ
ーをもった男性が椅子に座っている。
司会者「それでは、お待ちかねの白川雪枝の
フラメンコダンスをお楽しみください」
椅子に座った男性がギターを弾き始め
ると右手の方から、雪枝が現われ、踊
りが始まる。
○同・レストラン(夜)
踊りの終わった雪枝がテーブルを回っ
ている。森らのテーブルにやって来る。
真理は嬉しそうに雪枝と握手をする。
そして、雪枝が森を見る。ほんの数秒
二人の動きが止まる。雪枝は隣のテー
ブルに移る。
真理「お父さん。白川さんを見てボーとして
いる」
森「お父さんの知っている人だ。日本に帰っ
ていたんだ」
○同・ステージ(夜)
司会者がマイクを取る
司会者「今日は特別に白川よりサプライズが
あります。お客さんと一緒にタンゴを踊り
たいと、言っています。お客さんの中で、
白川とタンゴを踊っていただける方はいら
っしゃいませんか」
観客席は『ドー』とわいたが、手を挙
げる人いない。
司会者「いらっしゃらないようですので、こ
ちらからご指名させていただきます。そこ
のテーブル。三人の家族連れのご主人いか
がですか」
スポットライトが森に当たる。森は自
分を指さす。
司会者「そうです。ご主人です」
森はうなづく。
真理「お父さん、大丈夫」
森「何とかなるさ」
森はステージの真ん中に進む。そこに、
薄いピンクのドレスと赤い靴に着替え
た雪がいる。森は雪の両手を取る。
森「(小さな声で)雪、久しぶり」
雪「(小さな声で)本当に」
森はうなずく。そしてタンゴの音楽が
鳴ると、森の左足は左へ大きくステッ
プする。三歩ステップするとターンを
する。観客席から『オー』と歓声が上
がる。
x x x
森は大きな歓声の中自分の席に戻る。
森の手に、小さなメモが握られている
真理「お父さん。すごい。踊れるの」
森「白川雪枝さんは、大学の時同じダンス同
好会で、全国学生社交ダンス選手権のタン
ゴの部門でペアーとして出場し優勝をした
んだ」
真理「しらなかった。どうして結ばれなかっ
たの」
森「結ばれたら、お前が生まれていない」
真理「そらそうだけど」
森「結婚しようとしたけど、両家の親に反対
されてな」
真理「両家に反対されて、あきらめるなんて、
お父さんらしくないね」
森「その時点では、両家の親が反対するの押
し切るだけの勇気がなかった」
真理「もし、今のお父さんだったらどうする」
森「うーん。そうだな。彼女がスペインに行
くのを止めただろうな。それとも、一緒に
行ったかもしれんな」
田中「お義父さん、白鳥雪さん独身ですよ。
アタックしたら」
森「(軽く笑いながら)それもいいな」
真理「冗談ではなく、私はいいよ」
森「考えておく。隆司君、今日は私のため楽
しい誕生日をありがとう」
○同・1505号室
森は、雪に渡されたメモを見る。メモ
に1505号室と書かれている。森は、
ドアをノックする。ドアが開き雪が現
れる。
雪「待った」
森「ほんの35年」
雪「入って」
2018年8月25日 発行 初版
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