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type.center編「文字文学Ⅲ」にも収録されている小川未明「左ぎっちょの正ちゃん」。はしを持つにも、まりを投げるのにも左手の正ちゃん。しかし、学校のお習字ではどうしても右手でなくてはならず、妙な手つきで筆を持つことに。そんな手が不器用といわれる正ちゃんの物語。

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左ぎっちょの正ちゃん

小川未明



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 正まさちゃんは、左ひだりぎっちょで、はしを持もつにも左手ひだりてです。まりを投なげるのにも、右手みぎてでなくて左手ひだりてです。
「正まさちゃんは、左ひだりピッチャーだね。」と、みんなにいわれました。
 けれど、学校がっこうのお習字しゅうじは、どうしても右手みぎてでなくてはいけませんので、お習字しゅうじのときは妙みょうな手てつきをして、筆ふでを持もちました。最初さいしょ、鉛筆えんぴつも左手ひだりてでしたが、字じの形かたちが変へんになってしまうので、これも右手みぎてに持もつ癖くせをつけたのです。
 お母かあさんは、困こまってしまいました。
「はやく、右手みぎてで持もつ癖くせをつけなければ。」と、ご飯はんのときに、とりわけやかましくいわれました。すると、お父とうさんが、
「左ひだりききを無理むりに右みぎききに直なおすと、盲めくらになるとか、頭あたまが悪わるくなるとか、新聞しんぶんに書かいてあったよ。だから、しぜんのままにしておいたほうがいいのじゃないか。」と、おっしゃいました。
 こう、話はなしが二つにわかれると、正まさちゃんは、いったいどうしたらいいのでしょうか。それで、つまり、学校がっこうで字じを書かくときには、鉛筆えんぴつや、筆ふでを右手みぎてに持もち、またお弁当べんとうをたべたり、お家うちでみんなといっしょに、お膳ぜんに向むかってご飯はんをたべるときは、はしを左手ひだりてで持もってもやかましくいわぬということになったのです。そして、もとより、原はらっぱで、まりを投なげるときは、左ひだりピッチャーで、威張いばってよかったのでした。
 なんにしても、正まさちゃんは、指ゆびさきですることは、不器用ぶきようでありました。鉛筆えんぴつもひとりでうまく削けずれません。女中じょちゅうのきよに削けずってもらいます。きよは、お勝手かってのほうちょうで削けずってくれます。
「じょうずに、けずっておくれよ。」と、正まさちゃんは、自分じぶんがけずれないくせに、こういいます。
「はい。」と、きよは、やりかけている仕事しごとをやめて、ぬれた手てで、丁寧ていねいに、けずってくれました。しかし、そんなときには「ありがとう。」というのを、正まさちゃんはけっして忘わすれませんでした。
 もう一つ、手ての不器用ぶきようなことの、例れいをあげてみましょうか。それは、鼻はなをかむときでした。
「正まさちゃん、ひとりで、鼻はなをかんでごらんなさい。」と、お母かあさんが、おっしゃいますと、正まさちゃんは、紙かみを持もってきてかみますが、かえって鼻水はなみずをほおになすりつけるのでした。こんなとき、もしお姉ねえさんが見みていらっしゃると、すぐに立たってきて、きれいにかみ直なおしてくださいました。
 ある日ひのこと、正まさちゃんは、大将たいしょうとなって、近所きんじょの小ちいさなヨシ子こさんや、三郎さぶろうさんたちといっしょに原はらっぱへじゅず玉だまを取とりにゆきました。そして、たくさんとってきて、材木ざいもくの積つみ重かさねてある、日ひのよく当あたるところで遊あそんだのです。
「白しろいのもあるし、紫色むらさきいろのもあるね。」
「これは、緑色みどりいろだろう。」
「そう、こんな黒くろいのもあったよ。」
 洋服ようふくのポケットや、前垂まえだれのポケットの中なかにいれて、チャラ、チャラと鳴ならしていましたが、いつのまにか、ヨシ子こさんの姿すがたが見みえなくなりました。
「ヨシ子さん、帰かえったの。」と、正まさちゃんが、ききました。
「お家うちへ糸いとを取とりにいったんだろう。」と、三郎さぶろうさんが答こたえました。
 あちらから、ヨシ子こさんが、かけてきました。見みると、糸いとと針はりを持もってきたのです。
「わたし、頸くびにかけるのだから、正まさちゃん、これを糸いとにとおしてね。」と、いって、小ちいさなヨシ子こさんが頼たのみました。
 ここにいる中なかで、正まさちゃんがいちばん大おおきかったのです。そして、あとのものは、みんなまだ学校がっこうへいっていません。だから、正まさちゃんは、大将たいしょうでした。大将たいしょうが、下したのものに頼たのまれて、できないということは、いえませんでした。
「ああ、とおしてあげる。」と、いって、正まさちゃんは、材木ざいもくの上こえに腰こしをかけながらヨシ子こさんの持もってきた、糸いとと針はりを、自分じぶんの太ふとくて、短みじかい指ゆびに受うけ取とりました。
「なんだ、まだ針はりに糸いとがとおしてないのか、はやく、これをとおしておくれよ。」と、いって正まさちゃんは、糸いとと針はりを、ヨシ子こさんに返かえしたのです。
 いちばん小ちいさなヨシ子こさんは、もとより針はりのみぞに糸いとをとおすことができませんでした。
「じゃ、わたし家うちへいって、とおしてもらってくるわ。」と、ヨシ子こさんは、またかけ出だしてゆきました。
「三さぶちゃん、針はりに糸いとをとおすことができる。」と、正まさちゃんが、ききました。
「できない、正まさちゃんは、じゅず玉だまをとおすことができるの。」と、三郎さぶろうさんが、ききました。
「ああ、できるよ、ここんとこを通とおせばいいんだろう。」と、正まさちゃんは、じゅず玉だまの頭あたまをいじっていました。
 そこへ、ヨシ子こさんが、針はりに糸いとをとおしてもらって、もどってきました。
 不器用ぶきような正まさちゃんが、これから、いくつも、いくつも、針はりでじゅず玉だまをとおさなければならないのです。鼻はなをぐすぐす鳴ならしながら、下したを向むいて、短みじかい、太ふとい指ゆびで、やっと三つ、四つとおしました。
「あ、いたい。」と、正まさちゃんは、叫さけびました。
「指ゆびをさしたの。」と、ヨシ子こさんがのぞきました。
「もう、あぶないから、およしよ。」と、三郎さぶろうさんが、いいました。
 けれど、正まさちゃんは、だまって下したを向むいて、じゅず玉だまを通とおしていました。
「正まさちゃん、横よこちょを通とおしてはいや、まんなかをとおしてね。」と、ヨシ子こさんが、じゅず玉だまのまんなかを通とおすように、注意ちゅういしましたけれど正まさちゃんは、きわめて不器用ぶきようでした。
 この間あいだに、あちらの往来おうらいをチンチン、ガンガンと鳴なり物ものをならして、ちんどん屋やがとおりました。三郎さぶろうさんも、ヨシ子こさんも、いってみたかったのだけれど、正まさちゃんが、いっしょうけんめいで、じゅず玉だまをとおしているのでゆくことができませんでした。
 そのつぎには、カチ、カチと拍子木ひょうしぎを鳴ならして紙芝居かみしばいが、原はらっぱへ屋台やたいをおろしたのです。
 たくさん子供こどもたちが、わいわいと集あつまってきました。ヨシ子こさんも、三郎さぶろうさんも、我慢がまんがしきれなくなって、とうとう、そっちへかけ出だしていってしまいました。
 しかるに、正まさちゃんだけは、そんなことも耳みみにはいらないように、じゅず玉だまをとおしていました。
 じゅず玉だまの輪わができ上あがると、正まさちゃんはよろこんで躍おどり上あがりました。
「できたよ、ヨシ子こさん、できたよ!」
 じゅず玉だまの輪わを頭あたまの上うえでふりまわしながら、みんなのいる方ほうへ、自分じぶんもかけてゆきましたが、ふと、なにを思ったか、正まさちゃんは、かけるのをやめて、立たち止どまりました。
「僕ぼく、これを、うちへ持もっていって、お母かあさんや、お姉ねえさんに、見みせてやろうかしらん。そして、あとで、ヨシ子こさんにやればいいのだ。」
 しかし、正まさちゃんには、もう、自分じぶんで美うつくしいじゅず玉だまの輪わが造つくれる自信じしんができました。
「もっと、もっと、きれいなのを造つくって、お姉ねえさんにあげるからいい。」と、また、かけ出だしました。
       *   *   *   *   *
 そこで、私わたしは、正まさちゃんのために、いいます。
「正まさちゃんは、小ちいさいヨシ子こさんに頼たのまれて、とうとう、美うつくしいじゅず玉だまの輪わを造つくったのです。このつぎのときには、もっと美うつくしくできるにちがいありません。これから、正まさちゃんを不器用ぶきようなどといって、笑わらってはいけませんよ。」

底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
   1977(昭和52)年8月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第6刷発行
※表題は底本では、「左ひだりぎっちょの正まさちゃん」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:仙酔ゑびす
2012年2月19日作成
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『文字文学 Ⅲ』type.center 編

「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆などをまとめた「文字文学」のシリーズ第3弾。収録作品は、「『の』の字の世界」佐藤春夫/「左ぎっちょの正ちゃん」小川未明/「みじかい木ペン」宮沢賢治/「筆」斎藤茂吉/「字餘りの和歌俳句」正岡子規/「人生・文章習練の書」恩地考四郎/「算盤が恋を語る話」江戸川乱歩/「鉛筆のシン」夢野久作/「僕の読書法」織田作之助/「触覚について」宮城道雄/「ぞなもし狩り」円城塔/「校正後に」芥川龍之介の12篇。解説は出宰漱太郎。



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左ぎっちょの正ちゃん

2018年9月1日 発行 初版

著  者:小川未明
発  行:type.center出版

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