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type.center編「文字文学Ⅲ」にも収録されている、恩地考四郎「人生・文章習練の書」は内田百間についての批評文。版画家でありむろん装丁家が説く、その装丁される文章についての論評は大変に興味深く、同じ青空文庫に収録されている装丁論『書籍の風俗』より俄然面白い。

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人生・文章習練の書

恩地考四郎



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 百間の随筆を褒めるといふことは現今の常識だ。今更ほめるまでもないことであるが、その褒める仲間に馳せ参ずることをむろん躊躇するものではない。一体僕は悪い癖があつて、人がほめたり、又本であれば売れるといふものを、ただそれだけの理由で蔑視して了ふのである。悪い癖だがどうもなほらない。そこで百間、出版界に随筆時代を到来させた百間なるものをむろん読まうとは思はなかつたのだつた。たとひ旧友室生犀星が口を極めて褒めやうとも、よまうとは思はなかつた。がある雑誌で、偶然よんで、成程と思はないわけにゆかなかつた。やはり世評といふものは、ろくでもないものにも感ずるが、いいものにも敏感なものだといふことを感じさせられたのである。
 百間氏の文章は、よけいなものをすつかりとつて了つた精髄的なものである。従来随筆といへば美文の標本みたいなものであることが慣はしであつたが、百間出でて之を更改して了つたといつていい。淡々として説き去るその文は併し凡庸の言ではない。つきすすめた心境にあつてのみ言はるべき際涯のものであることその文の虚飾を去つたるが如きである。まへに僕の「書窓」に百間お伽噺集「王様の背中」紹介辞に、虚無的肯定といふ変な字を用ひたが、之をいま改めやうとは思はない。謂ふ意味は、すべてを非定しつつ又新らしくそれを肯定するといふやうな捨身で積極的な心意である。百間随筆をよむと、どうしても僕はそうしたものを感ずる。人生の悲痛に徹した後の心であると思ふ。ほんとうの大人の文章であると思ふし、同時に「大人」に毒されない人間の素地の心だと思ふ。率直にしかも所謂淡々でなしに、淡々と語るこの文章の味は容易に出来るものではない。そしてこの様風は新らしい文章の指向を示し、又大勢を導いた。詩家によつて錬磨されつつある新らしい字句の使用法と共に、この簡明直截な文章法は将来発展してゆくに違ひない。此の百間随筆がいま私の尊敬する所の出版者によつて纏められるといふことは何よりの喜びだ。これは凡そ文章に心ある人、いやそればかりでなく人生習練の心をもつ人の誰もが読むべきものだと思ふのである。

底本:「囘想 内田百間」津輕書房
   1975(昭和50)年8月31日初版発行
※昭和1111月から12年4月まで版画荘から発行された「全輯百間随筆」の内容見本に掲載された推薦文です。
入力:磯貝まこと
校正:岡村和彦
2016年6月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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『文字文学』type.center 編

文字にまつわる小説・随筆など青空文庫に置かれているものを「文字文学」と名付けまとめた一冊。収録作品は「文字に対する敏感」久保田万太郎/「文字と速力と文学」坂口安吾/「カタカナニツイテ」伊丹万作/「ローマ字論者への質疑」萩原朔太郎/「北派の書論」内藤湖南/「拓本の話」會津八一/「料理芝居」北大路魯山人/「書について」高村光太郎/「私の書に就ての追憶」岡本かの子/「文字禍」中島敦 の10篇。解説は出宰漱太郎。

『文字文学 Ⅱ』type.center 編

「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆などをまとめた「文字文学」のシリーズ第2弾。収録作品は、「楽書」薄田泣菫/「余と万年筆」夏目漱石/「辞書」折口信夫/「黄山谷について」高村光太郎/「神神の微笑」芥川龍之介/「梔子」ナベタン・ヘッセ/「新作いろは歌留多」坂口安吾 の7篇。解説は出宰漱太郎。

『文字文学 Ⅲ』type.center 編

「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆などをまとめた「文字文学」のシリーズ第3弾。収録作品は、「『の』の字の世界」佐藤春夫/「左ぎっちょの正ちゃん」小川未明/「みじかい木ペン」宮沢賢治/「筆」斎藤茂吉/「字餘りの和歌俳句」正岡子規/「人生・文章習練の書」恩地考四郎/「算盤が恋を語る話」江戸川乱歩/「鉛筆のシン」夢野久作/「僕の読書法」織田作之助/「触覚について」宮城道雄/「ぞなもし狩り」円城塔/「校正後に」芥川龍之介の12篇。解説は出宰漱太郎。



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人生・文章習練の書

2018年9月1日 発行 初版

著  者:恩地考四郎
発  行:type.center出版

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