spine
jacket

「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆などをまとめたシリーズの第3弾「文字文学Ⅲ」から、芥川龍之介「校正後に」。そのタイトルが如く蛇足とも言い訳ともとれる文章が羅列されているが、人となりが伺えて実に面白い。

───────────────────────



校正後に

芥川龍之介



───────────────────────

○僕はこれからも今月のと同じような材料を使って創作するつもりである。あれを単なる歴史小説の仲間入をさせられてはたまらない。もちろん今のがたいしたものだとは思わないが。そのうちにもう少しどうにかできるだろう。(新思潮創刊号)
酒虫しゅちゅうは材料を聊斎志異りょうさいしいからとった。もとの話とほとんど変わったところはない。(新思潮第四号)
○酒虫は「しゅちゅう」で「さかむし」ではない。気になるから、書き加える。(新思潮第六号)
○僕は新小説の九月号に「芋粥いもがゆ」という小説を書いた。
○まだあき地があるそうだから、もう少し書く。松岡の手紙によると、新思潮は新潟にいがた県にまじめな読者をかなり持っているそうだ。そうしてその人たちの中には、創作に志している青年も多いそうだ。ひとり新思潮のためのみならず、日本のためにも、そういう人たちの多くなることを祈りたい。もし同人のうぬぼれが、単にうぬぼれにとどまらない以上は。
○僕の書くものを、小さくまとまりすぎていると言うて非難する人がある。しかし僕は、小さくとも完成品を作りたいと思っている。芸術の境に未成品はない。大いなる完成品に至るみちは、小なる完成品あるのみである。流行の大なる未成品のごときは、僕にとって、なんらの意味もない。(以上新思潮第七号)
○「煙草たばこ」の材料は、昔、高木さんの比較神話学を読んだ時に見た話を少し変えて使った。どこの伝説だか、その本にも書いてなかったように思う。
○新小説へ書いた「煙管きせる」の材料も、加州藩の古老に聞いた話を、やはり少し変えて使った。前に出した「しらみ」とこれと、来月出す「明君」とは皆、同じ人の集めてくれた材料である。
○同人は皆、非常に自信家のように思う人があるが、それは大ちがいだ。ほかの作家の書いたものに、帽子をとることも、ずいぶんある。なんでもしっかりつかまえて、書いてある人を見ると、書いていることはしばらく問題外に置いて、つかまえ方、書き方のうまいのには、敬意を表せずにはいられないことが多い。(そういう人は、自然派の作家の中にもいる)傾向ばかり見て感心するより、こういう感心のしかたのほうが、より合理的だと思っているから。
○ほめられれば作家が必ずよろこぶと思うのは少し虫がいい。
○批評家が作家に折紙をつけるばかりではない。作家も批評家へ折紙をつける。しかも作家のつける折紙のほうが、論理的な部分は、客観的にも、正否がきめられうるから。(以上新思潮第九号)
○夏目先生の逝去せいきょほど惜しいものはない。先生は過去において、十二分に仕事をされた人である。が、先生の逝去ほど惜しいものはない。先生は、このごろある転機の上に立っていられたようだから。すべての偉大な人のように、五十歳を期として、さらに大踏歩だいとうほを進められようとしていたから。
○僕一身から言うと、ほかの人にどんな悪口を言われても先生にほめられれば、それで満足だった。同時に先生を唯一の標準にすることの危険を、時々はおそれもした。
○それから僕はいろんな事情に妨げられて、この正月にはちっとも働けなかった。働いた範囲においても時間が足りないので、無理をしたのが多い。これは今考えても不快である。自分の良心の上からばかりでなく、ほかの雑誌の編輯者へんしゅうしゃに、さぞ迷惑をかけたろうと思うと、実際いい気はしない。
○これからは、作ができてから、つかうものなら遣ってもらうようにしたいと思う。とうからもそう思っていたが、このごろは特にその感が深い。
○そうして、ゆっくり腰をすえて、自分の力の許す範囲で、少しは大きなものにぶつかりたい。計画がないでもないが、どうも失敗しそうで、逡巡しゅんじゅんしたくなる。アミエルの言ったように、腕だめしに剣をってみるばかりで、一度もそれを実際に使わないようなことになっては、たいへんだと思う。
○絶えず必然に、底力強く進歩していかれた夏目先生を思うと、自分のいくじないのが恥かしい。心から恥かしい。
○文壇は来るべきなにものかに向かって動きつつある。ほろぶべき者が亡びるとともに、生まるべき者は必ず生まれそうに思われる。今年は必ず何かある。何かあらずにはいられない、僕らは皆小手しらべはすんだという気がしている。(以上新思潮第二年第一号)

(大正五年三月—大正六年一月)

底本:「羅生門・鼻・芋粥」角川文庫、角川書店
   1950(昭和25)年1020日初版発行
   1985(昭和60)年1110日改版38版発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月12日公開
2004年3月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

既刊案内

『文字文学』type.center 編

文字にまつわる小説・随筆など青空文庫に置かれているものを「文字文学」と名付けまとめた一冊。収録作品は「文字に対する敏感」久保田万太郎/「文字と速力と文学」坂口安吾/「カタカナニツイテ」伊丹万作/「ローマ字論者への質疑」萩原朔太郎/「北派の書論」内藤湖南/「拓本の話」會津八一/「料理芝居」北大路魯山人/「書について」高村光太郎/「私の書に就ての追憶」岡本かの子/「文字禍」中島敦 の10篇。解説は出宰漱太郎。

『文字文学 Ⅱ』type.center 編

「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆などをまとめた「文字文学」のシリーズ第2弾。収録作品は、「楽書」薄田泣菫/「余と万年筆」夏目漱石/「辞書」折口信夫/「黄山谷について」高村光太郎/「神神の微笑」芥川龍之介/「梔子」ナベタン・ヘッセ/「新作いろは歌留多」坂口安吾 の7篇。解説は出宰漱太郎。

『文字文学 Ⅲ』type.center 編

「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆などをまとめた「文字文学」のシリーズ第3弾。収録作品は、「『の』の字の世界」佐藤春夫/「左ぎっちょの正ちゃん」小川未明/「みじかい木ペン」宮沢賢治/「筆」斎藤茂吉/「字餘りの和歌俳句」正岡子規/「人生・文章習練の書」恩地考四郎/「算盤が恋を語る話」江戸川乱歩/「鉛筆のシン」夢野久作/「僕の読書法」織田作之助/「触覚について」宮城道雄/「ぞなもし狩り」円城塔/「校正後に」芥川龍之介の12篇。解説は出宰漱太郎。



電子書籍は各ストアにて、紙の本はBCCKSにてお求めください。

校正後に

2018年9月1日 発行 初版

著  者:芥川龍之介
発  行:type.center出版

bb_B_00155867
bcck: http://bccks.jp/bcck/00155867/info
user: http://bccks.jp/user/130701
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

type.center

● type.center は「文字による文字のための文字のサイト」です。今、そしてこれから「文字をつかう人」と「文字をつくる人」に向けて、ニュースやインタビュー記事、独自の連載など、盛り沢山・文字だくさんでお送りします。よろしくお願いします。 ● http://type.center

jacket