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この本はタチヨミ版です。
人は死んだら生き還らない。
死んだ人とはもう逢えない。
死んだ人とはもう喋れない。
これは絶対だ。この世の理(ことわり)だ。
けれどそれを嘲笑して否定する女が1人。
「それは、いつのお話なんだい?」
それを唱える全ての者を、無知だと、時代遅れだと嘲笑う。
その女、赤い髪のツインテール、裸眼、色白、細身で高身長。年齢は見たところだいたい20代後半から30代くらい。少し派手に見える顔。パッと見かなり目立つ赤いハイヒール。そしてそれらに似合わない、医者のような白衣を着ている。
彼女は、笑顔を崩さなかった。
7月24日
まさか、まさかまさか。
本当に成功するとは思わなかった。実験用検体の[修正済み]の生態復元に成功した。
正直、成功までにはあと10回以上の検証が必要だと思っていたけど成功するなんて、今でも信じられない
でもまだ課題は残っている。生態復元された検体[修正済み]の筋肉や臓器に信号を送る機能や識字能力、言語中枢に異常は無かったが、重度の記憶喪失が見受けられる。どうやら[修正済み]の部分にまだ「ズレ」があるらしい。
引き続き検証を継続する。
その日は雨が降っていた。大雨だ。ゴウゴウと雨音が止まず、窓ガラスに水滴が絶え間なく、まるで機銃のように打ち付ける。こんな天気だ。きっと今ここで大声を出したとしてもかき消されてしまうだろう。けれど、この部屋で誰も大声を出すことはない。私も、目の前の彼も。
当然だ。だってこれは私たち2人の選択なのだから。
「ごめん、ごめんねユウくん」
「気にすんな、むしろユカナと一緒に逝けて嬉しい」
狭い四畳半の一室の畳。
薄緑の畳が少しずつ、ゆっくりと、徐々に赤く染まって行く。
横になる2人を中心にしてまあるくその「赤」が広がる。
赤はゆっくり畳の薄緑を侵略する。
その侵略の中心で向かい合って眠る男女。額を合わせ、手を握り、足を絡ませて対になる姿勢を維持している。
いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも。
それはシンメトリーを用いた現代美術か何かのような絵柄だった。
先に事切れたのは、男の方だろうか? もしくは女の方だろうか? それとも同時だろうか?
その答えは誰にも分からない。
その答えは誰も知らない。
そもそも、その答え自体に価値はない。
こうして若い2つの命は尽きた。
……いや、今の記述は間違いだ。申し訳ない。謝罪した上で訂正しよう。
若い「1つの」命はこうして尽きた。
そうだ。こっちが正しい。
もう片方の命には、もう少しだけ続きがあるのだから。
パチリ。
私が目を覚ますとそこはとにかく一面真っ白い部屋だった。
真っ白い壁、真っ白い天井。真っ白い布団。真っ白い枕。ちょっとだけ見える戸棚も同じように真っ白い。
どこもかしこも白、白、しろ、シロ。
違うのは私が着ているのは入院中の患者のような薄青の病衣と、私の皮膚の色だけだ。
どう考えても見知らぬ光景。まるで「清潔」を体現したような部屋。ほんの少し指先がどこかに触れただけで汚れてしまいそうな場所で私は寝ていた。
「ここ……は?」
私は何でこんなところにいるんだろうか?
もちろん自分自身で移動した覚えなどない。
ううむ、どういうことだ?
とりあえず体を起してみる。
少し身体が重い気がする。けれどそれを除けばおかしいところは一切見受けられない。至って普通、至って正常だと思う。
身体に異常がないと判断したところで、次に移ろう。私は今ここで目を覚ます直前まで何をしていたか、どんな状況だったかを思いだそうとする。
どうしてこうなったんだか……
…………待て「目を覚ます?」
ちょっと思い出して考えてみれば「目を覚ます」と言う事自体が根本的におかしいということに気付いた。
ならばなんで私は「目を覚ました」んだ?
そこからおかしい。それ自体が奇妙だ。
そもそも、そもそも私は死んだはずなのだ。
最愛の人と一緒になれないなら、ロクな将来が望めないなら、一生束縛された人生ならと私たちは命を絶ったはずなのだ。
カッターナイフでお互いの手首を深く、深く切り、そのまま眠るように失血死したはずだ。そのはずだ。そうだったはずだ。
それなのに目を覚ました。と言う事はつまり「死に損なった」ってことか?
私だけ生き延びてしまったのか?
それとも……これが俗に言う死後の世界と言うやつなのだろうか?
あの世というものがどういうところなのかは全く見当がつかないのだがもしかしてここがそうなのだろうか? 本当に死後の世界とはこんな場所なのか?
仮にそうだとするならば、なんだか妙だ。
あたり一面真っ白という点に違和感、というかそれらしさはない訳ではないが、寝ている布団といいベッドと言い薄青の病衣といい……まるでこの世で使われているもののようだ。
あの世と言うにはやたらと「この世感」が強い。これは一体――
「おっはよぉぉぉう!!」
「う、うひゃああ!!」
突然視界の外にでもあったのだろうドアが勢いよく開く音。その後、間髪いれずに超ハイテンションな女性の声が警報のようにけたたましく響き渡った。
私の心臓がいきなりバクンと激しく動く。
驚きのあまり情けない叫び声を上げてベッドから転がり落ちてしまった。ドン、と鈍い音を立てて無様に地面にぶつかる。
「いっ!」
「お? おぉう! 大丈夫かい?」
幸い、一緒になってベッドから落ちた掛け布団がクッションになり、大した痛みは感じなかった。しかしそれより何より、ベッドから落ちた痛みなんかより今何が起きたのか理解できず、軽くパニックを起こす。
「あ、あなっ、あなっあなたっ! は!?」
あなたは誰? そう口にしようとするがなかなかどうして上手く言葉にならない。驚き過ぎて言葉を発する器官が機能しない。
「お、おうおう落ち着け落ち着けぇ……どうどうどう」
そんな私に対し、この一連のパニックを引き起こした張本人(?)はまるで部外者面でただひたすら落ち着くことを求めてきた。あなたのせいなのに。
「あ、あ、あなたは! 誰!?」
ようやく、やっと、なんとかまともな言葉が私の口から出た。これで会話が始まる……と、思いきや
「ん? あ、だーれだっ?」
張本人は自分を指さして回答を求める。
会話では無くクイズが始まった。
「知るか!?」
当然そう返す。
知る訳ないだろ。質問をクイズで返すな。
「まぁそうだろうね。知る訳ないよねぇ」
私と初対面のはずの女はへらへらと笑う。その表情はまるで「自分はあなたの全てを知っているよ」と言っているかのようだった。たった今、この女に対して私が抱いた正直な感想を述べる。
気味が悪い、気持ち悪い、気色悪い。
その女、赤い髪のツインテール、裸眼、色白、細身で高身長。年齢は見たところだいたい20代後半から30代くらい。少し派手に見える顔。パッと見かなり目立つ赤いハイヒール。そしてそれらに似合わない、医者のような白衣を着ている。
「思いのほか元気そうだね。アタシの仕事も上手く言ったってことかな? 良かった良かった」
うんうんと頷く女。動揺している私をシャットアウトし、独りで勝手に納得している
……あれ?
「仕事?」
今この女は「仕事」と言った。仕事とは何のことだ? 何の仕事だ? さっきの言葉を考えるとどうやらその仕事とやらに私は関係あるようだったが……
そう私が考えているとその女は隠し立てすることなく堂々と答えた。
「あぁ、キミを『復元する』仕事さ」
……「隠し立てすることなく」と言うさっきの一文は修正させて欲しい。
隠し立てしているのかどうかイマイチ分からないからだ。
そもそも今の回答自体、何を言っているのかさっぱり分からない。
どういうことだ? 復元?
復元と言うと、確かこう言う意味だったはずだ。
確か……
ふく‐げん【復元/復原】[名](スル)
もとの形態・位置に戻すこと・また、戻ること。
例文:壊れた遺跡を――する。
今この女は「君を「復元する」仕事」と言った。
君、これはすなわち私こと「大久保ユカナ」を指している言葉だろう。
復元、これは先に述べた通りだ。
つまりこういうことになる。
「私を復元した」
という事はつまり、
「大久保ユカナを復元した」
という事はつまり、
「大久保ユカナをもとの形態に戻した」
という事……うん、駄目だ。結局何を言っているのかさっぱり分からない。
意味不明だ。理解不能だ。ちんぷんかんぷんだ。
「キミ今、意味が分からないって思ってるだろう?」
私が思っている事をこの女が笑顔のまま口にした。バクン、とまた心臓が激しく動く。
くそ、なんだか本当にこの女に全てを見透かされているみたいだ。ニヤニヤと笑っているその笑顔がいっそう気味悪く思える。そして何より腹が立つ。
「ま、キミにも分かりやすく言うとだね、アタシは『一度死んだ君を生き還らせた』んだ」
さっきの言葉よりかはさらに分かりやすく答えてくれた。ありがとう。
今度は理解するのに苦労はしなかった。
なるほど、私を生き還らせたのか。そうかそうか……
「……はい?」
生き還らせた。つまり死んだ私はあの世には逝かずにこの女によってこの世に留められたと言う事。もしくはあの世から無理やりこの世に引き戻されたと言う事だ。
言っている事は分かった。けれど一切全く納得は出来なかった。
「嘘でしょ? そんなこと……出来るの?」
死者蘇生。まるでSFかおとぎ話のようだ。死んだ人間を生き返らせる。どう考えても非現実的、ありえないと言わざるを得ない。
けれど、
タチヨミ版はここまでとなります。
2018年10月15日 発行 初版
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白色黒蛇【はくしょく‐こくじゃ】[名] 爬虫類代表、電子書籍個人作家を指す。最近では文学フリマやテキストレボリューション等イベントに人間のコスプレでブース出展、出没している。 宜しくお願い致します。