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シナリオ作品集5

シナリオ・センター大阪校

シナリオ・センター大阪校



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 目 次
  愛のリストラ          河邊敦史
  バラバラ             松本和子
  災害列島2018        林日里

愛のリストラ          河邊 敦史

   人 物
 羽田 蘭子(43) 主婦
 羽田 楽 (45) 蘭子の夫
 羽田 頼花(14) 蘭子の娘

   スーツ姿の羽田楽(45)が靴を履く。
   弁当を持って来る羽田蘭子(43)。
蘭子「今日はトンカツね。ほら、仕事探しに
 トントン勝つってね」
楽「いらない」
蘭子「いらないって……仕事してる時からず
 っと持ってってたじゃない」
楽「仕事してないんだから、いらないって!」
   楽の勢いに弁当を落とす蘭子。
   出て行く楽。扉を見つめる蘭子。

○同・ダイニング(朝~夜)
   食卓の上には中身が歪んだ弁当。
   それを見つめて溜息を吐く蘭子。
   走って来る羽田頼花(14)。
頼花「遅刻、遅刻……ゲッ、何、それ?」
蘭子「パパに捨てられたの」
頼花「ママが捨てられたみたいな言い方……」
蘭子「15年間ずっと作ってきたのよ? 捨てら
 れたのよ、ママが」
頼花「うーん、でも、パパの気持ちも分かる」
蘭子「え?」
頼花「リストラされたのに、豪勢な弁当渡さ
 れるの、申し訳なくなるんだよ」
蘭子「……」
頼花「ママに苦労させてるなぁってさ……あ、
 ヤバ! 行ってきます!」
   出て行く頼花。
蘭子「何よ、私だって……」
   中身が歪んだ弁当箱。
    ×   ×   ×
   暗い室内。楽、入ってきて点灯。
   一人食卓に座っている蘭子。
楽「え? 何?」
蘭子「私、主婦業、リストラします」
楽「は?」
   オニギリだけを載せた皿を出す蘭子。
蘭子「食事・掃除・家事、全て今までの半分
 の労働力に削減します」
楽「いや、何で、急に……」
蘭子「残った労働力で、私も仕事探すわ」
楽「え?」
蘭子「リストラはあなただけの問題じゃない
 わよ。15年間、私も一緒に働いてきたつも
 りなんだから。夫婦でしょ、私達」
楽「蘭子……」
蘭子「という訳で、今日の風呂掃除よろしく」
楽「え? 今日から?」
   笑う蘭子と楽の顔。食卓にはオニギリ。
                 (了)

バラバラ          松本和子

 人 物
船越恵理(43)主婦
船越吾朗(46)恵理の夫

○廃墟となった民家・中
   震災の後、避難して数年を経た様子。
   家財道具が散乱し、荒れ果てている。
   船越恵理(43)と船越吾朗(46)が物
   探しをしている。
恵理「ねぇ、そのなんとかマンのフィギュア
 ってそんなに要る?」
吾朗「レア物なんだよ」
   恵理、辺りを見回し、
恵理「やっぱり、無理よ。ここはもう、私達
 が暮らしてた家じゃない。もうこのまま壊
 しましょう」
吾朗「せっかく避難指示解除されたのに、故
 郷(ふるさと)捨てるのかよ」
恵理「違う、私は守ろうとしてるのよ。これ
 までの生活とか大切にしてた物とか突然奪
 われて、これ以上何も失いたくないから!
 もう、六年よ。前を向いて生きていくしか
 ないじゃない。ここでの生活に囚われて、
 いつまでも新しい環境に順応出来ないあな
 たとは違うの!」
   吾朗、何かを見つけて手を止める。
恵理「近頃の私達、バラバラだよね」
   恵理、出ていく。

○福島県夜ノ森地区
   誰もいない道を歩く恵理。
   疲れ果てた様子でしゃがみ込む恵理。
   数枚の桜の花びらが落ちてくるのに気
   付いた恵理、見上げると視線の先に満
   開の桜のトンネルがある。
恵理「桜……」
   花に見とれる恵理。
吾朗の声「おい」
   恵理、振り返ると、大きな額を持った
   吾朗が居る。
吾朗「見つけたぞ」
恵理「なんとかマンのフィギュア?」
吾朗「それはまだだけど」
   吾朗、額を恵理に見せる。額には所々
   ピースの抜け落ちた並木道の写真のジ
   グソーパズル。
恵理「あ、一緒に完成させたやつ。懐かしい
 けど、バラバラになっちゃったね」
吾朗「また、やりなおせばいい。ピースは揃
 ってる」
   吾朗の広げた手の平にジグソーパズル
   のピースが数枚。その上に桜の花びら
   が落ちて来る。
   微笑み合う、恵理と吾朗。
                 (終)

★2018年12月 5枚シナリオコンクール
課題「愛し方改革」佳作

災害列島2018          林日里

 人 物
 田中良幸(20)(30)町役場職員
 田中美緒(17)その妹・高校生
 岡田恵理子(35)農業
 岡田タキ(85)その祖母
 課長
 職員A
 職員B
 町民A
 町民B
 町長(60代)
 防衛省担当者A
 防衛省担当者B
 その他

○(田中の見ている夢)田中家・居間
   田中良幸(20)がテレビを見ていると、
   激しい雨音が聞こえてくる。
田中のMO「今でも同じ夢を見る」
   田中、窓に駆け寄ると、雨水が道路に
   たまり、水位が上がっている。
田中「やばい……」
   田中、廊下に向かって、
田中「お父さん! お母さん! 美緒!」
   シーンとして誰からも返事がない。
田中「皆、早く逃げて! ウワッ!」
   突然、窓から水が勢いよく入ってくる。
田中のMO「十年前、実家が水害に遭ったあ
 の日、大学生だった俺は、一人暮らしをし
 ていて、実家にいなかった」
   田中、廊下に飛びだして行く。
田中のMO「でもなぜか、夢の中では逆の設
 定で、実家には俺ひとりしかいない」
   田中、振り返ると、目の前に水が迫っ
   ていて、恐怖のあまり固まってしまう。
田中のMO「そしていつも、もうだめだと思
 った瞬間、目が覚めてしまうんだ」

○現在の田中の住むマンション・和室(朝)
   布団に寝ていた田中(30)、ガバッと
   起き上がって、慌てて窓の外を見る。
   外は穏やかな晴れ空。

○同・洗面所(朝)
   田中美緒(17)が、歯を磨いていると、
   田中が入ってきて、指さし確認。
田中「よし! 生きてる」
   美緒、慣れている様子で、気にせず、
美緒「今日はお兄ちゃんがゴミ当番だからね」

○南椿町役場・中
   住民課のカウンターに座っている田中、
   何気なくロビーのテレビを見る。
ニュースの声「続いてのニュースです。今朝
 の閣議で、政府は、弾道ミサイルによる攻
 撃に備え、新型の地上配備型ミサイル迎撃
 システムの導入を決めました。5年後の運
 用開始を目指していて、政府関係者による
 と、配備候補地に、××県南椿町が有力視
 されているということです」
   田中、目を大きく見開く。
田中「南椿町って、うちじゃん!」
   田中の後ろにいる職員たち、驚いて、
職員A「どうしたの?」
田中「新型ミサイル迎撃システムがうちの町
 に配備されるって。聞いてないですよね?」
職員A「聞いてないよー」
   テレビ画面に、海外の軍の地上配備型
   ミサイル迎撃システムの写真。
職員B「これ町長も知らないんじゃないかな」
   田中やほかの職員たち、カウンターか
   ら出てきて、テレビの前に集まる。
   ロビーにいた町民たちも集まってきて、
町民A「ねえ、なんでこんな物騒なものが、
 この町にできるの?」
田中「分かりません。こういうのは、国が勝
 手に決めるんで」
   カウンター中にいる課長、怪訝な顔で、
課長「田中君、まだよく分かんないんだから、
 余計なこと言うんじゃないよ」
田中「課長、緊急の用事ができたので、午後
 から半休とっていいですか?」
課長「はぁ? ちょっと田中君!」
   田中、構わず外に出て行ってしまう。

○マンション・田中家・ダイニング(夕)
   質素な2DK。
   田中が食卓に広げたノートパソコンで、
   アパートの物件を検索している。
田中「冗談じゃないよ。水害も山崩れも地震
 もないって言うから、この町に決めたのに」
   玄関のドアが開く音がして、高校から
   帰ってきた美緒が入ってきて、
美緒「あれ? お兄ちゃん、今日、早くない?」
田中「いいところに帰ってきた。近いうちに、
 隣の市に引越すことに決めたから」
美緒「は?」
   田中、パソコン画面で検索し、ミサイ
   ル迎撃システムの写真を表示させて、
田中「5年後に、この町に地上配備型ミサイ
 ル迎撃システムが配備されるかもしれない。
 ここはもう安全じゃないんだよ」
美緒「……よく分かんないんだけど、そうい
 うことで引越ししないといけないの?」
田中「配備が決まったら、あの国から攻撃さ
 れるかもしれない。美緒は来年、高校を卒
 業するまで、隣の市からバス通学だな」
美緒「お兄ちゃんの役場はどうするの?」
田中「しばらくは通うけど、ミサイル迎撃シ
 ステムが完成する頃には転職かなぁ」
美緒「今より条件のいい職場が見つかるとは
 思えないんだけど。次に引越した町で、ま
 た迎撃システムができたらどうするの?」
田中「そしたらまた引越す」
美緒「キリないじゃん」
田中「俺は後悔してるんだよ。あの時どうし
 て、親父とおふくろに逃げろって電話しな
 かったのか」
美緒「あんな水害になるなんて、誰も予測で
 きなかったじゃない」
田中「今回は違う。危ないってことは分かっ
 てるんだよ……けどまぁ、美緒は大学に行
 くんだから、どうせ町を出ていくのか……」
   田中、パソコンで「迎撃ミサイル 問
   題点」などと検索しながら考え込む。
   美緒は複雑な表情。
美緒「ねえ、お兄ちゃん……」
田中「何?」 
美緒「ううん、ちょっと図書館行ってくる」
田中「毎日ご苦労さん」
   美緒、鞄を抱えて出ていく。

○南椿町役場・ロビー(朝)
   始業時間前、町長(60代)から話を
   聞いている田中や職員たち。
町長「防衛省に問い合わせてみましたが、ミ
 サイル迎撃システムの配備候補地がどこか、
 現時点では答えられないとの回答でした」
   田中や職員たち、「やっぱりね」という
   風に顔を見合わせ、あきらめた表情。
町長「国から正式に何か言ってくるまでは、
 町民の皆様に落ち着いた対応をして下さい」
職員たち「はい」
   田中やほかの職員たち、それぞれ自分
   の席に戻っていく。
      ×   ×   ×
   カウンター中の職員たちが、受話器を
   手にして、電話の対応に追われている。
職員A「役場ではまだ何も分かりませんので」
職員B「ですから、ミサイル迎撃システムに
 ついては、現時点では分かりませんので」
   田中の座るカウンターの前に、岡田
   恵理子(35)が憤然としてやってきて、
恵理子「ねえ、地上配備型ミサイル迎撃シス
 テムって、本当にここにできるの?」
田中「正式に決まったわけじゃありません」
恵理子「でもニュースで、政府関係者による
 と南椿町が有力視されてるって」
田中「まあ、そういう情報があるってことは、
 決まったも同然なんでしょうねぇ」
   奥の席にいる課長、また怪訝な顔。
課長「また余計なことを言って」
恵理子「うちには足の悪いおばあちゃんがい
 るのよ。いざって時、どうやって逃げれば
 いいの?」
田中「それは……」
   田中、困った表情で黙り込む。
恵理子「自己責任って言いたいわけ?」
田中「(滅相もないという感じ)いやいやいや」
恵理子「あなた、よそ者よね?」
田中「……はい」
恵理子「おばあちゃんは、生まれた時からず
 っとこの町にいるの。私も農業やってるし、
 簡単に引越すわけにはいかないのよ」
田中「でも、足が悪いと逃げるのは大変ですし、
 引越すしかないかもしれません」
恵理子「それって自己責任って言ってるよう
 なもんじゃないの!」
   カウンター奥から、課長が駆け寄って、
課長「(恵理子に)すみません。本当にまだ、
 役場の方では何も分からないんですよ」
恵理子「分かんない分かんないって言って、
 ボーッとしてるうちに、本当にミサイル迎
 撃システムがここにできたらどうするの?」
課長「それは……われわれはなんとも……」
恵理子「もしここにミサイルが落ちて、あな
 たのお子さんが怪我したらどうしますか?」
   課長は黙り込むが、田中の闘志には火
   がついた様子。
田中「私だったら、大切な家族のために、今
 のうちに引越しでもなんでもやりますよ。
 なんなら私、あなたのおばあちゃんのため
 に隣町の物件、探しましょうか?」
課長「田中!」
   恵理子も驚いて田中を見ている。

○道(夕)
   田中と恵理子が並んで歩いている。
恵理子「さっきはよそ者って言ってごめんね」
   田中、スマホの地図を見ながら、
田中「いえ。引越しは無理でも、ご自宅から
 の避難経路を考えておくと、おばあちゃん
 も少しは安心できるかもしれません」
恵理子「おばあちゃんっていうより、私が心
 配症なだけなんだけどね」
田中「分かります。私も妹がいるので」
恵理子「田中さんってたしか、妹さんのため
 に、この町に引越してきたのよね?」
田中「なんで知ってるですか!」
恵理子「妹さん、うちでバイトしてるから」
田中「……バイト?」
恵理子「うちの農事組合法人で、手伝っても
 らってるのよ」
   と、近くの広大な田畑を指さす。
   田んぼで草むしりをする女性たちの中
に、ジャージ姿の美緒がいる。
田中「美緒!」
   美緒、顔を上げて、声の主が田中だと
気づくと、慌てて山の方に逃げていく。
恵理子「あれ? 逃げちゃった」
田中「あいつ、私には、毎日図書館で勉強し
 てるって、嘘ついてたんです」
恵理子「ええ!」
田中「ちょっと失礼します……美緒!」
   田中、美緒を追いかける。

○山のふもとの道(夕)
   田中、息を切らして美緒を追いかける。
田中「美緒! 待てって」
   美緒、急に立ち止まる。
   山の向こう側がピカッと光っている。
美緒「今、なんか光った」
   田中も立ち止まって山の向こうを見る。
田中「山の向こうに自衛隊の演習場があるん
 だよ。ミサイル迎撃システムができるのは
 あそこじゃないかな」
美緒「私、見に行ってくる」
田中「危ないからやめろって!」
   美緒、構わず、山の向こうへと走る。
   田中、また美緒を追いかけながら、
田中「図書館で勉強するって言って、なんで
 農業のバイトしてんだよ?」
美緒「学校で農業体験があった時、恵理子さ
 んたちの畑でいろいろ作業して。そしたら、
 農業に興味がわいたっていうか……」
田中「じゃあそう言えばいいのに」
美緒「だってお兄ちゃん、反対するでしょ?」
田中「まあねぇ、新規就農は茨の道だし。自
 分が何をやりたいか、大学に行ってから決
 めても遅くないんじゃないかな?」
美緒「私は今、農業をやりたいの。それで向
 いてなかったら、次の道を考える」
田中「そんな適当な……俺はハタチの時、災
 害のない町に住むって決めたけどね」
美緒「それってやりたいことに入るのかな?」
田中「俺がどんな思いでこの町に来たと思っ
 てんだよ!」
美緒「はいはい、私のためだよね」
   陸上自衛隊演習場近くの「立ち入り禁
   止」の看板が見えてくる。

○陸上自衛隊の演習場前の道(夕)
   狭い道の脇に、立ち入り禁止の看板。
   その奥に平地が広がっている。
   作業服を着た男たちが、写真を撮り、
   色々な機器を使って何か測っている。
   繁みに身を隠した田中と美緒が、その
   様子をじっと見ている。
田中「(小声)電磁波の調査かな?」
美緒「(小声)電磁波?」
田中「(小声)ネットで調べたら、ミサイル迎
 撃システムのレーダーからは強力な電磁波
 が出るって」
美緒「なにそれ怖っ!」
   男たち、田中と美緒に気づいて、
男A「そこで何やってるんだよ!」
   田中と美緒、慌てて逃げ出す。

○道(夜)
   田中と美緒、走ってきて振り返る。
田中「よかったー、誰も追いかけてこない」
美緒「考えてみたら、不審者は向こうなのに。
 なんで私たちが逃げないといけないの?」
田中「関わったら面倒なだけだって」
美緒「お兄ちゃんは町の職員なんだから、も
 っと町民のために戦ってよ」
田中「戦うようなものじゃないんだって!
 自然災害と同じ。逃げるしかないんだよ」
   言い合う田中と美緒を、誰かが写真に
   撮るシャッター音。
   無機質なパソコンのキーボードをたた
   く音が聞こえてくる。

○防衛省・企画部・誰か職員の机
   パソコンキーボードを叩く手。
   画面に文書の文字が並ぶ。
   「日本政府はこの度、地上配備型ミサ
   イル迎撃システムの配備先について、
   南椿町の自衛隊演習場が最適な候補地
   という結論に達しました。つきまして
   は、説明会を開催させていただきたく
   ……」
   無機質なFAXの発信音が鳴り響く。

○南椿町民センター・表
   「地上配備型ミサイル迎撃システム配
備計画の住民説明会」と立て看板。
恵理子の声「なんで南椿町なんですか!」

○同・中ホール
   壇上には、防衛省側の職員が十数名。
   客席には百数十名の町民。一番前の列
   に、マイクを握る恵理子。横に恵理子
   の祖母、岡田タキ(85)が座っている。
恵理子「そもそも、あの国のミサイルの脅威
 は、なくなったんじゃないんですか!」
   と、興奮気味だが、壇上の防衛省職
   員たちは、淡々とメモを取っている。
   防衛省担当者A、マイクを手に取り、
防衛省担当者A「南椿町の演習場が最適な候
 補地だという理由は、第一に国有地である
 こと。それと、西日本の日本海側に配備す
 るとバランスがいいからです」
町民A「バランスがいいってなんだよ!」
   ほかの町民たちも一様に不満そうな顔。
防衛省担当者A「あと、十分な広さがあって、
 平坦で山などの遮蔽物が少ないことも大き
 な理由です。依然として、あの国の核ミサ
 イル開発の脅威は変わらず、楽観視できな
 いと我々は考えております。地上配備型ミ
 サイル迎撃システムは、国を守るために必
 要だということを、どうかご理解ください」
恵理子「でもミサイル迎撃システムができた
 ら、この町が狙われるんじゃないですか?」
防衛省担当者A「いや、むしろ敵は攻撃して
 こなくなり、安全が保たれると思います」
町民C「本気でそう思ってんのかよ!」
恵理子「迎撃に失敗したら危ないですよね?」
   防衛省の職員たち、小声で何か相談す
   ると、次は担当者Bがマイクを握って、
防衛省担当者B「我々は日々、訓練をしてお
 りまして、迎撃の精度は上がっております。
 危険がないよう気を付けて運用しますので」
恵理子「安全って感じが全くしないんだけど」
   恵理子、傍で説明会スタッフとして待
   機している田中にマイクを返す。
   壁側には、進行役の役場の課長。
課長「では次に質問のある方は?」
町民B「はい!」
   田中、町民Bにマイクを渡す。
町民B「私は賛成です。自衛隊の若いファミ
 リーに移住していただいて、過疎化の解消。
 ついでに高速道路も通していただいて……」
町民C「誰の回し者だよ!」
町民B「反対したって無駄なんですよ! 見
 返りを期待して何が悪いんですか?」
町民A「お前はもう帰りやがれ!」
   と、町民Bに飛びかかろうとする。
   田中、慌てて止めに入って、
田中「落ち着いてください!」
   他の町民たちも騒ぎ出す。
   するとタキがおもむろに、孫の恵理子
   に支えられて立ち上がって、
タキ「町民が仲間割れをしたら、この人たち
 の思う壺ですよ!」
   町民たち、静まり返る。
タキ「私にもちょっと話をさせてください」
   田中、タキにマイクを手渡す。
タキ「私は60年近く農業をやってきました。
 足が悪くなったので引退しましたけど。戦
 前ここは、沼地だったんです。それを皆で
 掘り起こして。巨大な木の根っこがごろご
 ろ出て。やっとの思いで開拓したんです」
   タキ、恵理子の肩に手を置き、
タキ「孫の代に、農事組合法人を立ち上げて、
 ようやく軌道に乗ったと思ったら、ミサイ
 ルの施設が出来るって言うじゃないですか」
   タキ、防衛省職員たちに向かって、
タキ「あなたたちは、説明会の会場に来るま
 でに、私達の畑をご覧になりましたか?」
防衛省担当者A「いえ……まだ見てません」
タキ「畑は私達の人生なんです。人口が少な
 かろうが経済規模が小さかろうが、一生懸
 命働いて、税金を納めてるんです。なのに
 どうしてここを危険にさらすんですか!」
町民C「そうだ!」
   賛同して拍手する町民たち。
   美緒は、涙ぐんでいる。
防衛省担当者A「(なお淡々と)我々は皆様
 にご理解頂けるまで説明していきたいと……」
   田中、マイクを握りしめて、
田中「私も町民として聞いていいですか?」
防衛省担当者A「(怪訝)……え? あ、はい」
田中「さっきから、危険はない、安全だって
 仰ってますけど、レーダーから出る電磁波
 は大丈夫なんですか? 人体とか農作物と
 か、山の湧き水に影響はないのかなぁって」
   ざわめく会場。
課長「(小声)田中!」
   防衛省の職員たち、小声で相談すると、
防衛省担当者B「レーダーが発する電磁波に
 ついては、大丈夫です。安全を保てるよう、
 十分に気を付けて、運用して参りますので」
   町民達、ますます不安な表情。
田中「あと、ここから迎撃ミサイルを飛ばす
 と、下に付いてる補助ロケットが、町に落
 ちてきますよね? 被害は出ますよね?」
防衛省担当者A「被害が全く出ないとは言い
 切れませんが……我が国領域に弾道ミサイ
 ルが直撃することに比べれば、大した被害
 にはならないのではないかと……」
田中「国を守るためなら、田舎の人間は多少、
 犠牲になってもいいってことですか?」
   一層、ざわめく会場。
課長「皆さん! もう終わりの時間です」
   課長、田中に駆け寄って、頭を小突く。
課長「騒ぎを大きくしてんじゃねぇよ」
   防衛省の職員たち、田中を凝視。
防衛省担当者A「(小声)あの職員、誰?」
防衛省担当者B「(小声)この前の事前調査
 の時に、のぞき見をしていた男です」
防衛省担当者Aの声「(小声)これ以上、余
 計な事をさせないように監視していかない
 と」

○南椿町役場・カウンター中(深夜)
   誰もいない闇の中、カウンター中のフ
   ァックス機から、不穏な着信音。
   流れ出るA4のファックス用紙に、「ミ
   サイル避難訓練のお願い」と文字。
      ×   ×   ×
   朝日が差し込み、壁の時計は8時すぎ。
   課長が、ファックス用紙を手に取り、
課長「ミサイルの避難訓練をやるって!」
   出勤したばかりの田中と職員たちもや
   ってきて、ファックス用紙を覗き込む。
職員B「このタイミングで訓練なんて、町民
 が怒りますよ」
田中「一体、どういう神経してんでしょうね」
課長「お前が言うな」
職員A「避難訓練の担当者を指名してる。田
 中良幸って……田中のことか!」
田中「え! なんで私が?」
課長「知るかよ。はい、避難訓練マニュアル」
   課長、田中にファックスの束を渡す。

○マンション・田中家・ダイニング(朝)
   田中と美緒が、テレビのニュースを見
   ながら朝ごはんを食べていると、外か
   ら、防災行政無線が聞こえてくる。
防災行政無線の声「本日、ミサイル避難訓練
 を行います。皆様、ご参加ください」
美緒「私、やっぱり決めた。高校を卒業した
 ら、恵理子さんたちの畑で働きたい」
   田中、やれやれと首を振って、
田中「あのなぁ、俺は、お墓の前で親父とお
 袋に約束したんだよ。美緒のことを守りま
 すって。美緒だって、あんな怖い思いはも
 う嫌だって言ってたじゃないか」
美緒「あの日のことを忘れたわけじゃないけ
 ど。私にとっては、もうここが故郷だから」
田中「ここが故郷って……俺たちの故郷は、
水害に遭ったあの町なんだよ」
美緒「故郷を捨てたくせに」
田中「好きで捨てたわけじゃない!」
美緒「そんなの嘘だ! お兄ちゃんは大学に
 行く時、こんな田舎、二度と戻って来るか
 って言ったよね?」
田中「!」
美緒「今だって、この町になんの愛着もない
んでしょ? だから簡単に引越すって……」
田中「もういい!」
美緒「話はまだ終わってない!」
   田中、ショックで出て行ってしまう。
テレビのニュースの声「……日本政府による
   地上配備型ミサイル迎撃システムの導入が、
   周辺諸国に波紋を呼んでいます」
   美緒は一人で心細そうにテレビを見る。

○道(朝)
   通勤途中の田中、呆然と歩いている。
      ×   ×   ×
   (フラッシュ)
   夢の中、実家の居間で田中が窓を見る
   と、勢いよく水が入ってきて、田中、
   必死な形相で逃げる。
      ×   ×   ×
   田中、一点、空を見つめる。
田中のMO「あの夢は、自分だけが被災しな
かったという、うしろめたさ?」
   田中、ハッとした表情。
田中のMO「いや、俺は、災害と向き合うと
 いう現実から逃げていたんだ」
   田中、役場に入っていく。

○南椿町役場・中
   住民課カウンターの中に座る田中が、
   データ入力などの業務をこなしている
   と、Jアラートの音が鳴り響く。
防災行政無線の声「訓練! 訓練! ミサイ
 ルが発射された模様です。ただちに頑丈な
 建物や地下に避難してください」
   田中、仕事の手を止め、外に出ていく。

○中学校・体育館・表
   自転車に乗ってきた田中、体育館入口
   前に自転車を止めて、中に入っていく。

○同・同・中
   田中が入ってくると、町民たち十数名
   しか避難していない。
田中「え! こんだけ?」
   受付の机の前に、職員Aが立っている。
職員A「避難された方は、健康状態を確認し
 ますので、受付に集まってください」
   田中、腕時計を見て、焦った表情。
田中「Jアラートが鳴ってから5分以内に避
 難しないといけないのに」
   職員A、町民たちを誘導しながら、
職員A「ボイコットした人も多いと思うよ。
 それより今朝のニュース見た?」
田中「え?」
職員A「あの国が怒ってるって。新型ミサイ
 ル迎撃システム配備計画は宣戦布告だって」
田中「そういう事になるから嫌だったんだよ」
   行政無線から、再度Jアラートが鳴る。
田中「なんでまたJアラートが鳴るんだ?」
   その場にいた人たちの携帯やスマホに、
   けたたましいエリアメールの着信音。
   田中がスマホを見ると、「ミサイルが
   発射された模様です!」という文字。
職員A「これも訓練……だよな?」
田中「でも今度は、訓練って書いてない……
 まさか本当にミサイルが?」
   不安そうに顔を見合わせる町民たち。
   職員Aや町民たち、スマホでワンセグ
   テレビを見ようとするが、映らない。
職員A「電波がやられてテレビが映らない!」
田中「ちょっと俺、外に行ってくる」
職員A「やめたほうがいいって!」
田中「避難してない人がたくさんいるから。
 (町民達に)皆さん、外に出ないで下さい」
   田中、拡声器を持って飛び出していく。

○道
   自転車を漕いでいる田中、止まって、
   ポケットから「避難訓練マニュアル」
   を取り出し、ページをめくる。
田中「Jアラートが2回鳴るなんて書いてな
 い……ミサイルは落ちてくるんだ!」
   スマホを取り出し、「美緒」と書かれ
   た番号に電話をするがつながらない。
   焦る田中、スマホの時計を見て、
田中「あと4分しかない」
   田中、自転車を漕ぎ、拡声器で、
田中「皆さん、早く避難してください! 本
 当にミサイルが落ちてくるんです!」
   と、呼びかけるが、人影はなく、車が
   何台かむなしく通り過ぎていく。
   向かい側から、タキを背負った恵理子
   がやってくる。
田中「恵理子さんもタキさんも、早く逃げて!」
タキ「避難訓練なんていいって言ったのに」
田中「本当にミサイルが落ちてくるんです!」
恵理子・タキ「ええ!」
田中「タキさん、うしろに乗ってください」
タキ「私はいい。恵理ちゃんを乗せてあげて」
恵理子「何言ってんのよ……あ! 光った」
   遠い空の向こうに、閃光が走る。
   顔面蒼白の田中、腕時計を見て、
田中「ミサイル落下まで、3分切った」
タキ「田中さん、私達のことはいいから、早
 く逃げて」
   田中、大きくかぶりを振って、
田中「私の仕事は町民を助けることです!」
タキ「あなただって大事な町民じゃないの」
田中「タキさん……」
   恵理子、近くの倉庫を指さして、
恵理子「あそこに、私たちは避難するから。
 田中さんは、美緒ちゃんを助けてあげて」
田中「でも……」
恵理子「早く!」
   田中、頭を下げて、自転車を漕ぎだす。

○高校・前の道
   田中、呼びかけながら、自転車を漕く。
田中「ミサイルが落ちてきます! 逃げて!」
   家の前にいた住民達、慌てて中に入る。
   田中、自転車を降りて校庭に向かう。

○同・校庭
   田中、拡声器で、校舎に向かって叫ぶ。
田中「ミサイルは本当に落ちてくるんです! 
 皆、絶対に外に出ないで下さい! 美緒、
 聞いてるか? 天災も人災も戦争もない安
 住の地なんて、本当はどこにもないのに。
 美緒をこの町に連れてきたのは、俺の自己
 満足だったんだよ。本当に大切なのは、ど
 こに住めばいいかってことじゃなくて……」
   体育館から、美緒が出てくる。
美緒「お兄ちゃん!」
田中「美緒! 来るなー!」
   美緒、構わず走ってくる。
美緒「ミサイルになんか負けたくない! 私
 たちは何もしてないのに。国同士の駆け引
 きとかメンツとかで、見えない悪意がどん
 どん大きくなって……なんで見えない悪意
 に怯えないといけないの? やりたいこと
 を我慢しなきゃならないの?」
   美緒、泣いている。
田中「ごめん……」
美緒「お兄ちゃんのせいじゃないって」
田中「これからは、俺が全部受け止めるから。
 災害のこともミサイルも、美緒の気持ちも
 ……だから……お願いだから生きてくれ!」
   美緒、震えながら頷く。
   田中、美緒の肩を抱いて、体育館の中
   に駆け込む。
   爆音が鳴り、空が真っ赤に染まる。
                 (終)

シナリオ作品集5

2019年1月10日 発行 初版

著  者:シナリオ・センター大阪校
発  行:シナリオ・センター大阪校

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シナリオ・センター大阪校

シナリオ・センター大阪校は、創立42年目の、シナリオ作家や小説家を育成するための学校です!

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