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二十歳の猫とカップに入れたコインで水が零れた時 中

垣根 新

垣根 新出版



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第三十章

 小さい主は、苦笑いを浮かべた。ケーキもプリンも嫌いではなく大好きだが、本当に空腹の限界であり。人前と言うか特に女性の前では緊張して味の感覚も感じないはず。その証明とは変だが、このコーヒーも味が感じられないのだ。それで、少しでも早く出たいと思っていたのに、来夢が勝手に承諾してしまったのだ。
「それでは、食べましょう」
 二個の箱を見せて、まず、一つ目の箱を開けて中を見せるのだった。中には、四個のケーキが入っていた。ショートケーキ二個とケーキ屋の特別な高級そうなシュークリームだった。恐らく、一押しはシュークリームだろう。
「美味しそうですね。あの、あのう。猫にも食べさせていいでしょうか?」
 来夢は、自分も食べられるだろうかと思うよりも、すでに、食べたくて興奮していることで声が震えていた。
「いいわよ。そうね。どっちにしましょうかね」
「シュ、シュ、シュークリームが良いと思います」
 来夢は、我慢が出来ずに、自分で食べたい物を指定したのだ。
「先に、猫ちゃんにあげましょうね。それでは、お皿とコーヒーも淹れなおしてくるわ。少し待っていて下さいね」
 小さい主は、少々怒りを込めたが、それでも、軽く、来夢の頭を握りこぶしで、コンコンと叩くのだった。しゅん、とするが、形だけの態度で女性が居る方から視線を逸らせなかった。その気持ちが伝わったからではないが、皿だけを持って現れた。直ぐに、シュークリームだけを皿に載せて、来夢の目の前に置いて、直ぐに台所に戻った。
「うま、うま、うまい」
「えっ?・・・・キャーすごい、人の言葉みたい。ねね、うまい。そう言ってない」
 台所から飛ぶように現れた。
「・・・・・・」
(来夢のやつぅ、食べるのに夢中で、今の状況を完全に忘れているな)
「もしかして、驚いています?。本当に、うまい。そう聞こえますよね」
「ゴッホ,ゴッボ、本当ですね。そう聞こえます」
 何とか、来夢の声色を真似ようとした。
「猫も美味しいって分かるのね。本当に、これ、美味しいのよ。でも、猫も味覚って人と同じなのね。驚いたわ。そうそう、ねね、ケーキ屋のお勧めの紅茶だけど、飲んでみる?」
「いいえ。コーヒーで十分です」
「そう、そうね。男の子って紅茶を飲む人って少ないわよね」
 コーヒーを入れていた途中だったからなのか、気付くと女性は後ろに居なかった。小さい主には、女性の部屋にいる。それと、この場の雰囲気の緊張に耐えられなく、助けを求めるように来夢に視線を向けるが食べるのに夢中だった。それも、普段なら生クリームだけ食べて皮を残すのだが、ガジガジと食べるのだから相当以上の美味しさなのだろう。
「どうぞ、先程の豆とは違うのよ。昔に人気があった。今では手に入りにくいマンダリンって豆なのよ。それで、何が食べたいですか?」
 小さい主が恥ずかしそうに、来夢の食べる姿を見るので、女性は直ぐに悟った。思春期の男性の気持ちを考えたのだ。
「・・・・」
「猫ちゃんが、興奮する程ですものね。シュークリーム、どうぞ」
 猫に視線を向けている間に、箱から取り出して皿の上に載せて、小さい主に勧めたのだ。女性は、プリンを食べだした。直ぐに、美味しい気持ちが我慢できなかったのか、プリンのうんちくを話だした。小さい主は、聞いているのか分からない様子だったが、女性は話し続けた。いつから話題が変わったのも分からないまま食べていたのだが、何度か、心配するような言葉を掛けていたのだろう。その何度目か分からないが、やっと、気付くのだった。それも、自分の手荷物のことを聞いているようだった。
「ごっほごっほ、祖母の手作り弁当です」
「そうなの。良いわね。中身は何だったの?」
「ごっほごっほ、まだ、食べていません」
「そうなの。それなら、近くに公園があるから一緒にお昼を食べない?」
「その・・・その・・・」
「わたくしもね。昼は公園で、わんちゃんと一緒に食べようと思って弁当なの。だからね。直ぐにでも、公園に行けるわ。駄目かな?」
「いいですよ」
 小さい主は、もう仕事の内容の話題にならない。そう思ったのだろう。普通に、いや違う、少々だが、男の友達と会話するより楽しそうに思える。そんな様子だと、来夢は思うのだった。でも、この女性は、依頼人の女性である。それも、他の男性と結ばれるようにする相手でもあったのだ。それは、小さい主も分かっているはずだが・・・。
「行きましょうか」
 ケーキとプリンと飲み物が美味しくて、じっくりと味わって食べたとしても、二十分も掛らない。それから、犬を連れて行く準備をするからと、女性から玄関の外で待っていてね。そう言われるのだ。
「お待たせ♪」
 女性は、犬を抱っこして現れた。そして、毎日ことだからなのだろう。犬を抱っこしながら器用に玄関の鍵を閉めてから振り返って謝罪をするのだ。
「いいえ」
「行きましょうか」
「あの・・・」
「何かしら?」
「猫を気にして犬を抱っこしているのなら気にしなくていいですよ」
「ありがとう。そうね。さっきまで一緒に散歩していたわね」
「はい」
 それでも、女性は、紐を短くして犬を歩かせた。小さい主は、公園の場所が分からないこともあるが、先ほどは髪を束ねていた髪を下しただけなのだが、先ほどとは別人と感じているのか、なぜか、心臓がドキドキして、その音が聞こえないようにする気持ちもあり。少し女性の後ろを歩くのだ。
「どうしたの?」
「道が・・分からないから・・・」
 ちいさい主は、女性と目を合わせられず俯くのだった。
「そう・・・年上だし背も高い女性だから気を使ってくれているのね・・・恥ずかしい?」
「そそっそんなことないよ。恥ずかしくないよ。それより、二人で並んで歩いていたら彼氏が見たら怒られるよ!」
「そうね。優しいのね。でも、お姉ちゃんは、まだ、彼氏は居ないわよ」
「そうなんだ」
「そうよ。だから、何も気を遣わなくていいわ。友達と話すように楽しい話をしましょう。私ね。猫を散歩しているのを初めて見てね。正直に言うと、驚きと言うか、嬉しくて興奮しているの!」
「公園までだけど、猫の散歩してみる。犬の方は、僕がするから」
「いいの?」
「いいよ」
「それなら・・・」
 小さい主は、左手に、来夢と繋がっている紐を持ち帰て、女性から犬の紐を手に取ってから左手を女性に差し出した。
「うぁあ!凄い。こんなにも猫って力が強いのね。犬より大人しいと思ったわ」
 女性は手に持って直ぐだった。自分の身体が持ってかれたのだ。
「そうかな?」
 女性は、おっとと、おっとと、でも言う感じで声を上げる感じで、来夢に引っ張られて一人で先に行ってしまうのだ。
「何をしているんだ。来夢は・・・喉でも乾いたのかな?」
 その後を犬の速度でゆっくりと、女性の後を付いて行くのだ。すると、一瞬だが視線から消えた。目的の公園なのだろう。突然に右側に入るので公園だと、そう感じたようだ。
「ワンワン」
 小さい主は驚いた。今回の依頼の件で、一度も犬の鳴き声を聞いたことがなかったのだ。だが、自分の女性の主が視線から消えたからだろう。悲しかったのか、女性の主を呼ぶように叫ぶのだ。それでも、無理やりに小さい主を引っ張ることはなく歩くのだ。
「ん・・あっ!」
 公園に入ってみると、木々に囲まれた芝生と数個の長椅子だけの公園だった。その長椅子に女性が座っているのを直ぐに見付けることができた。来夢はというと、入口の方を見ていたのは、小さい主が来るのを待っているのだろう。
「ごめんね。先に座って休んでいて、でも、猫ちゃんって力が強いのね。驚いたわ」
 小さい主は、ぺこりと頭を下げられて一瞬だが驚くが、女性は笑顔で頷くのだ。その姿を見てから隣に座るのだった。
「そうですよ。自分が行きたい方へ方へと進むからね。首が締まって苦しくないのかと思う時がありますよ」
「そうなのね」
「この犬は、大人しいね」
「ん・・・・いいのよ。飲みなさい」
 小さい主と話をしながら水筒から水を手に受けて犬に飲ませていた。来夢が飲みたそうに見ているので手を差し出した。
「く~ん」
「ごめん。紅茶しかないよ。それで、いいのか?」
「フ!」
 不満を表して、仕方がない。そう思ったのか、女性の手から水を飲むのだった。それでも、布の手提げから弁当を取りだして、その蓋を膝の上に置いて、弁当から適当に装うのだ。そして、地面の上に置いた。驚くことに、女性も同じ人の子として、犬に食べさせるのだ。
 あとは、殆どの会話は、女性が話をして、小さい主が聞いては頷くだけだったが、その中で、小さい主が記憶に残っているのは、女性が公園で食べる理由だった。
 それは、幼い頃、猫と公園で遊びたくて連れて行って、抱っこしているのが嫌だと感じて手を放したのだ。初めての外であり。外が広いと感じたのだろう。猫は喜んで駆け回り。その様子を見ていたが、突然に、公園の外に出て直ぐだった。車のブレーキの音が聞こえて、嫌な予感はして行ってみると、猫は車に引かれて死んでいたのだった。その悲しみから数年は何も飼わなかった。いや、悲しみを思い出したくないために全てを忘れていたのだ。父の転勤で母も共に行き、一人で暮らすようになってからだ。一人で暮らすのに耐えられずに、それでも、猫は飼えなかったが、犬を飼うようになった理由も切っ掛けも忘れたけど、確か、友達が、最近の貴女は笑わなくなった。でも、犬を抱っこしたら笑ったからだと、勝手な理由を言って無理矢理に犬を家に置いていったのだ。それも、でも、高額な犬だと気付いたのは、飼い始めて数か月後のこと郵送で血統書の証明書を見てから分かったのだ。それは、心の底から心配していた。それが、分かったのだ。
「そうなんだ」
 小さい主は、頷いたが、女性が、話し疲れたのか水筒の水を飲んだので、小さい主も紅茶を飲んで、女性の続きの話を待った。まだ、本題が聞いていないからだ。
「あのね。猫が死んだ公園って、この公園なの・・・」
 女性は、また、話し出した。初めての犬との散歩の時に、長椅子に座って犬と一緒に弁当を食べている時だった。今思えば、野良猫の鳴き声だと思うと、その時に、やっと、飼い猫のことを忘れていたが全て思い出した。それから、猫の鳴き声は聞こえないけど、公園で弁当を食べて昔の猫のことを思い出していれば、猫の供養になると思ったのだ。
「あの・・だからね。猫が犬のように散歩ができるなんて、あの時に、猫の散歩を見ていれば、猫に紐をつけて公園に行ったはず。それなら、交通事故なんてなかった。それでね。本当に、猫の散歩は驚きだったのよ。だから、猫の供養もあるけど、この公園にくれば子供達が居ると思って、自分と同じ気持ちの子がいると思って子供たちに見せたかったの。絶対に、猫の散歩は、人生を変えると思うわ」
「そんな、大袈裟だよ」
「いいえ。感謝しているわ。それと、いつも以上に、弁当が美味しく感じられたわ。本当に、ありがとうね」
「それは、僕も、そう感じたよ。なら、今日は帰るね。明日ですが、今日と同じ時間に来てもいいかな。少しでも早く、お守りを渡したいからね」
「いいわよ」
「弁当も持ってくる。一緒に食べよう」
 女性は、嬉しそうに頷いた。そして、手を振ってくれた。小さい主も大きく手を振りながら公園を出て帰宅するのだった。

第三十一章

 小さい主が勝手に決めてしまった。その約束のことで、祖母は帰宅して直ぐに作ってくれるかと、何て言うか理由を考えないとならない。それを無言で考えていた。
 その祖母は、来夢と小さい主の今日のことなど何も知らずに家にいた。それも、一人で家の中で泣いていたのだ。それは、来夢と小さい主が出かけて直ぐのことだった。
「狸ちゃんは、起きたかな?・・・・」
 まだ寝ていた。それも、母親の身体の上に、二匹は頭を載せて寝ているのだ。
「まだ、母が恋しいのね。もしかして、死んだってことが理解できないのかしら・・・」
 二匹の頭を撫でた。
「良いのね。気持ちが落ち着いたらでもいいわ。葬式をしましょうね・・・・ぐぅふ・・」
 祖母は、葬式と思うと、過去の悲しい思いと、狸の親子、特に狸の母の様子が重なった。
「ごめんね。ごめんね」
 祖母は、泣きながら謝罪をするが、狸の親子に対してではない。実の娘を思い出してのことだ。あの時は、孫も幼く、今後の生活費や仕事などのことで、遺体のない葬式をしたこともあり。一粒の涙を流さなかったことに謝罪をしていたのだ。まだまだ、当時と今の思いの全てが、まるで、湧水が湧くごとくにゆっくりだが思い出すことが止まらなかった。
「痛かったでしょう・・・苦しかったでしょう・・・寂しかったでしょう・・・心細しかったでしょう・・・悲しかったでしょう・・・息子にも会いたかったでしょう・・・息子が心配だったでしょう・・・母である私にも会いたかったでしょう・・・」
 嗚咽を吐きながらだったことで、誰に聞こえたとしても誰にも意味が分からない泣き叫ぶ様子だった。
「やっと、あなただけのだめに、娘のためにだけに、心底から泣き叫ぶ時間ができたの。今頃だけど、本当にごめんね。母を許してね。でも、あの時から今まで一度も忘れたことがないのよ」
 祖母は、少し気持ちが落ち着いたのか、涙は止まったが、だが、それでも、もっと泣きたかった。それが、供養だと思うからだ。いや、これ以上は泣けるか分からない。それでも、無理にでも泣いて、泣いてあげないと、娘が悲しむ。そう思ったのだ。
「わたしは、孫である。子育てと日々の生活の理由で、泣いてあげることも、生前の元気な時しか思い出さなかった。死に目の状態や事故の状況の娘の思いも、悲しみを感じることの思いだすこともしなかった。それはね。孫に良い思い出だけを残したかっただけなの。でも、でもね。あれ(狸の母の死に顔)を見て、今なら、あれを理由に泣き叫ぶことが出来る。そう思ったの。それでも、本当に、ごめんね。今頃になって、亡くなったことで泣くのは、ごめんね。遅いよね。本当にごめんね」 
 祖母は、狸の親子が持って来た物で、自分の娘の状況などが思い出された。前回に見た時は、周囲に人も狸の親子もいたことと違って、今は一人だったことで、娘の息遣いから苦痛から現れる顔の細かい表情の皴の一つ一つまで見えるようだった。それだけではなく、その場の気温なども全て感じ取れたのだ。
「ごめんね。何も出来なくて・・・」
 一つを感じるごとに、涙が瞳から零れる量は同じはずだが、その場面の状況などを一つ一つと感じるごとに流す涙が増えている。そう感じる程に涙は止まらなかった。勿論なのだが、嗚咽の叫びで窒息するのではないかと、そう思える程に苦しい嗚咽を吐き続けるのだった。もしかすると、一時的に窒息したのか、そのための幻覚なのか、それとも、本当に天国でも行ってしまったのか、突然に笑みを浮かべた。まるで、二度と会えない者と再会したような笑みなのだ。もしかすると、娘の言葉でも聞こえて、いや、会えて、願いを聞いたようなのだ。だが、願いを叶えれば、現世では二度と会えない決別の証になる。それは、娘の幽霊でも・・・様々な思案の結果で、自分は、天国か地獄か別だが、すでに、理想としては娘が居る天国に片足だけでなく両足の九割を踏みしめているのだ。それは実感していたから何も問題がない。そう感じたのだろう。それでも、もっと大事なことを忘れているようなのだ。死んだ者の願いを聞く。それは、自分も間もなく死ぬことであり。孫とは、二度と会えなくなる。それを忘れている。と言うよりも、神の意志なのか、その思考だけが抜けている。とも思えた。それで、何の願いなのか、と言うと、娘が希望する葬儀の願いだったのだ。もしかすると、今では忘れられている。ある民話なのだが、葬儀に来る者が多い程に、その人数によって、亡くなった者が、一つだけ願いが叶う。そう言う話なのだ。
「そうだわ。娘が好きだった。あの花を添えましょう。でも、狸も好きだといけど・・・」
 祖母は、娘の最後の願いを叶えたい喜びで心の中が一杯だと思える。そんな様子だったために家の中の様子など何も気にする気持ちもなかった 。
「これは、どう言うこと?。おばあちゃん?・・・」
 驚くのは当然だった。家の中に入ってみると、様々な花で満たされていた。祖母は、周りが見えないのか、まだ、足りないのか、花屋に電話をして注文していたのだ。
「娘が、花が見たいって!」
「大丈夫?・・・別の病院に行った方が良くない?」
 孫は、祖母が呆けたと思ったのだ。
「どういうこと?・・・呆けたとでも思ったの?」
「ん?」
 誰もが、家の中の様子を見て、祖母の電話をしている姿を見れば思うはずだ。そんな孫が、ある花が動いているのを見て視線を向けると、二匹の狸の子供が、クーンクーンと、鳴いている姿を見たのだ。直ぐに、その様子の意味を感じた。
「おばあちゃん。狸に、ご飯はあげたのか?」
「まだよ。さっき、あげようとしたけど寝ていたからね。だから、起きるのを待っていたわ。でも、起きたのね。なら、ご飯をあげましょうね」
 黒電話の受話器を手で覆ってから孫と話をしていた。それも、孫と話をしている途中でも、ちょっと、待っていてね。と受話器の相手に言うのだからだ。まだ、花を断る気持ちはなく、追加の注文をする気が満々だったことで・・・・。
「まだ、花屋に電話をするのですか?」
「そうよ。まだ、電話をしていない花屋があるからね!」
「何時か、いつか、言おう。言おうとしたけどね」
「何を?」
「これ・・・」
 孫が驚く様子を見ても首を傾げるだけなのだ。それも、孫が玄関から中に入らない。それは、なぜなのかと、首を傾げている。そんな感じにもとれた。だが、誰が見ても一歩も動けない、その立ち位置から部屋の様子見ても分かること、世界中の全ての花があるとでも思える程なのだ。そして、視線を上に向けても天井が見えない程の背丈の大きな花が有り。視線を下に向けても歩けるはずがない。まるで、未開のジャングルの中を歩く感じで花を掻き分けなければならない程なのだ。
「確かに、以前にあったわ。依頼のペットと思って間違って連れてきて、自然に帰そうと数日も我慢できずにストレスで亡くなった。あの時は可愛そう。と思ったから献花台を設置しても何も言わなかったけどね。でも、大袈裟かなって思っていたのだよ」
「そうだったのね」
「それに、今だから言うけど、こんな数の花の請求金額では、うちは破産するよ」
「あっ、それなら大丈夫よ。これ、この花は、献花台の花なのよ。請求なんて来ないわ」
「そうだとしても、ならなんで、花屋に電話するのかな?・・・変だよ」
「それはね。動物が好きだと言うこともあるけど、宣伝になるからよ。でも、今回のはね。わたしが、電話したら退院したと思って、私の退院祝いでもあるのよ。その勘違いが嬉しくて面白くてね。知り合いの花屋だけでなくて、電話帳に書いてある花屋に電話していたのよ」
「えっ!」
「やっぱり、うちに献花台を置くと宣伝になるらしいの。ペットの供養をうちのようにしたい。そう言われるのが多いらしいのね。だから、って、今まで付き合いはなかったけどね。機会があれば、ぜひ、置かせて下さいと、頼まれたのよ。だから、お金の事なんて何も気にしないでいいのよ」
「でも、置くのは、倉庫だけど駐車場としても使う。あそこだよね。全ての花なんて置けないよ。残りの花は、どうするのだよ?」
 この建物の裏に軽自動車が一台だけの駐車場がある。今風に言えばガレージと言う感じだが、時々、依頼者が使用するが、普段は使わない。いや、正確に言うのならば、駐車場で使用されるよりも、ペットの葬儀の場所として使われるのが多い。それも、献花台があるだけで、誰かに訪問して欲しいとかではない。ただの形だけなのだが、近所の人々には知られていることだった。
「誰かのペットが亡くなったのね」
「何で、それが分かるの?・・・・おかあさん?」
 小さい主も祖母も気付いていないが、外にも花が置いてあるので、通りすがりの親子が話題にしているのだった。そんな外のことなど気付かずにいたのは、それは、当然のことだ。小さい主と来夢が帰宅した時には、まだ、外に花が無かったからだ。だが、まだまだ驚きがあった。それは、時間が経つごとに花が増えていることだった。
「それなら大丈夫よ。献花台の花なら近所の人が自宅に持って行く人が多いの。それは罰当たりではないのよ。お花は、死者にとっては、あの世では提灯の代わりになるのね。その花を持って行くことは、提灯のおすそ分けになるの。だから、何も気にしなくていいわ。それにね。花屋の方でも、珍しい花などは、その花を持ってきて購入したい。と言う人も多くてね。お花屋さんも嬉しいと聞いたわよ」
「そうなのだね・・・・わかった」
 祖母の話しの途中だったことで気付かなかったが、もしかすると、かなり前の時間からだろう。玄関を叩く者がいたのだ。だが、殆どの者は花屋だったために数分間だけ待つと花を置いて帰っていたために訪問者には気付かなかったのだが、今でも玄関にいる者は呼び鈴を押す程の者だったので、祖母も孫もやっと、訪問客に気付くのだった。
「はい、はい。今すぐに出ますので待って下さい」
 多くの花を掻き分けて、外には聞こえないのだが話しながら玄関に向かうのだった。やっと、玄関を開けると、呼び鈴をけたましく押す者は献花台の花などを運んでくる運送業などの苦情かと思っていたが、玄関を開けて立って居たのは、しょんぼりとした老人が立っていたのだ。
「祖母殿が亡くなれたのか?」
「えっ・・・・いえ?・・・・なぜ?」
 小さい主は、意味が分からず。老人との対応に困っていた。
「外の花は、そう言う意味ではないのか?・・・・違うなら・・・会えるなら会いたいのだが、駄目だろうか?」
「誰?」
 祖母が、老人の声を聞いたことのある声色だったのだろう。孫に聞こえる程度で問い掛けた。孫が振り向いたことで・・・。
「俺だ。元気なのか?」
「五郎さんなの?」
「そうだ、そうだぞ。俺だ。外に出られないのか?元気なのか?大丈夫なのか?」
「元気ですよ。でも、どうしたの?」
 玄関にも歩けない程の花があり。この状況が見えないか、祖母は、首を傾げるのだった。
「どうしたのって・・この花を見ればな・・・・誰かが亡くなったのか?」
「まあ・・・はい・・・狸が・・・亡くなりました」
 やはり、今日の祖母は、天然でも呆けでもなかった。もしかすると女性は、花を見ると嬉しくて、夢見心地になるのか、それは、少女だけではなくて、女性の歳にも関係がないようだ。
「狸?・・・・って野生の・・・狸汁の・・・・あの狸なのか?」
「狸汁が、本当の料理としてあるのか知りませんが、野生の狸です」
「べつに食べたい。とかではないのだぞ。そうか、そうなのだな。野生の狸なのか」
「はい」
「あのな、今日、来たのはなぁ。入院していたと聞いて、無事に退院したと聞いたので様子を見に来たのだ。だが、この花だろう。それで、もう病気は治ったのか?」
「まだ、治ってはいないのです。一時の仮の退院なのです」
「そうなのか・・・・んぅ・・・皆を呼んでもいいか?」
「その・・・退院の祝いをされても・・・」
「そうではない。この花の山を片付けというか、その、見栄えの良い献花台にするのだよ。それを手伝いにくる。そう言うことなのだ。まあ、それが終わってからでも茶でも飲みながら話をしないか、と、言うことなのだが・・・駄目だろうか・・・」
「いいえ、いいえ、そう言うことなら喜んでお願いしたいです。直ぐにでも何人でも好きなだけ呼んで下さい」
 祖母が破顔すると、老人は、真っ赤な顔をしたのは、初恋の相手だったのかもしれない。

第三十二章

 老人は、嬉しそうに頷くと、祖母に仕草と固定電話でも電話をする真似をしながら電話を借りたいと、言うのだった。三人に電話すると、祖母にありがとう。と言って、皆は直ぐに来る。そう伝えたのだ。その後は、玄関を適当に片付けて、祖母と老人は、その場で座って話を始めた。仕方がなく、小さい主は、子供の狸にご飯をあげてから来夢と自室に行くのだが、勿論、狸も連れて行こうとしたが、食べ終わると直ぐに、母狸の遺体がある場所に戻るのだった。その後のことは、小さい主は知らないが、当時の二クラス分の男女の同級生だけでなく、先輩と後輩も集まったと、後で聞くことになる。その中には、区役所に務めていた者と町内会長とで、家の周囲に献花台を置くことの申請もしてもらい。足りない献花台などの備品などは、いろいろな自営業の者が持ち寄り。立派な狸としては十分すぎる供養の用意が整ったのだ。
「ん・・・えっ!」
 小さい主は、何時の間にか寝ていたことに驚くのだが、驚きの理由が幾つかあったのだ。それは、来夢に起こされたこともあるが、窓の外が暗くなっていたこともある。それでも起こされた理由は、恐らく、来夢は、空腹だから起こしたのかもしれない。そう思うが、それにしては、なぜ、人の言葉で話さないのかと、首を傾げて来夢を見ていたが、直ぐに理由に気付いた。家の外と中で人の言葉が聞こえるのだ。そのために、猫が人の言葉を話すと知られるのを恐れたからだと思ったのだ。
「ニャー」
 小さい主には、違うと言っているのか、別の意味なのか分からない。それでも、階段の下を見ているので、何か理由があると思い。来夢と同じように階段の下を見るのだった。すると、人の声が聞こえない。客人は、帰ったのかと、ゆっくりと、階段を下りるのだ。一階に降り終わると、二階に上がる前とは違っていることに驚いた。ジャングルのようだった。家の中の様子が、一本の花もないので驚いたのだ。そして、祖母を探すのだった。
「・・・・」
 来夢も気付いたのだろう。一階に降りてきた。旧貴族の豪邸でもないので、一階の普段の生活の部屋と事務所だけであり。直ぐに探し終わり。祖母は、外に居るのではないかと思って玄関を開けようとした時だった。外では、祖母と誰かは分からないが、勿論、会話の内容も分からないが人が居ると感じて玄関を開けるのをやめた。そして、来夢は、どこに居るのかと、自分の周囲を見回すと、狸の母の遺体が見える所で二匹の子狸と一緒に何かを話して居るのを見るのだ。もしかすると、空腹だと感じて三匹に食事を与えていると・・。
「何しているの?」
 祖母が一人で玄関から入ってきた。すると、孫が床の上に座る後ろ姿を見たのだ。
「あっ、お帰り。もう用事は終わったの?」
「えっ?・・・用事?」
「外に花を飾っていたのでしょう」
「ああっ終わったわ。でも、用事なんて言うから驚くわよ。ってきり、依頼の件のことで出掛けていた。とでも、意味かと思ったわよ。それも、こんなに、日が暮れているのにね」
「ごめん、ごめん」
「もう良いわ。でも、あまり驚かせないで、心臓が止まるかと思ったわ」
「ごめんね。それでね。女性の方の依頼の件の方は、明日に行くって約束してきたよ」
「そう、それで、また、お守りを作って欲しい。明日まで出来るかな?」
「大丈夫よ」
「それより、要件って言う前にも驚いていたでしょう。何で、そんなに、驚いたのかな?」
「後ろ姿が、小さい頃の娘に思えたわ。それで、用事なんて言うから二度も驚いたわよ。本当に、娘が迎いにでも来たと思ったのわ。本当に死ぬかと思ったわよ」
「そうか、ごめん。本当に、ごめんね」
「もういいわ。それより、お腹が空いたのでしょう。何が食べたい?」
「チャーハンと餃子がいいな」
「いいわよ。それと、卵スープでしょう」
「うん。うん。それが、いい」
「いいわよ。なら、直ぐに作るわね。その間、お風呂に入ってきなさい」
「そうする」
 祖母に言われて、孫は、風呂場に行き浴槽にお湯を入れに行った。直ぐに出てきて着替えなどを用意すると、浴槽にお湯が満杯になる時間でもあったのだろう。風呂場から湯で身体を流す音が聞こえてきた。その音が聞こえたのだろう。祖母は、料理を作る速度が少し早くなっているようだった。孫が風呂場から出てきたら直ぐに食べられるようにする気持ちなのだろう。
「小さい主様が、お風呂場から出てきて着替えています」
 祖母に頼まれたのではないが、祖母が、風呂場を気にしながら調理しているので、猫の思考の判断でも分かり易い行動だった。そのために、小さい主の様子を伝えていたのだ。
「もう上がってきたの。早いわね!」
「どうしましょう」
「もう仕方がないわ。男って何で鴉の行水なのかしら。だから、いいわ。それに、来夢ちゃんもお腹が空いたでしょう。まあ、来夢ちゃんのために早く用意をするわね。でも、もう一品のおかずが欲しかったわね」
「嘘でも、そう言ってくれると、嬉しいです」
 猫だから複雑な表情は変わらない。それでも、嬉しくて声色が震えていた。
「上がったよ。まだ、時間が掛るでしょう。二階で時間を潰しているよ」
「大丈夫よ。そう言うと思っていたからね。食卓に並べるだけよ」
「それなら、手伝うよ」
「何もしなくていいわ。知らないと思うけど、病気だと思って何でもしてもらうと、病気は悪化するのよ。だから、来夢ちゃんと一緒に座って待っていなさい」
「はい」
「なあ、来夢。チャーハンと餃子だが、食べられるのか?」
「勿論です。小さい主様と同じ食卓で、同じ食べ物が食べられるだけでなくて、祖母様が作ってくれるのです。感激で叫びたくなります」
「そう言ってくれるなんて嬉しいわね。もし、口に合わない。と感じたら、猫缶でもあげるわ。だから、正直に言うのよ。あとで、お腹が痛いなんて言われるのは、困るからね。でも、本当に良いの?。来夢ちゃんのために、魚も焼いたのよ」
「えっ?」
 来夢は、一気に食べているので、祖母の言葉が聞こえなかった。
「本当に、人の言葉を話せるっていいわね。食べさせるかいがあるわ。まあ、魚は私が食べようかな?」
「ええっ、そんな、勿体無い。魚、魚食べます」
「分かったわ。でも、チャーハンも餃子も卵スープまで全て食べ終えたでしょう。だからね。わたしが食べたりしないから明日の朝に食べましょう」
 来夢が涙を流しながら悔しがるので、可愛そうだと思うが、それでも、人の言葉を話す前なら絶対に食べられるはずがない。祖母は思うのだ。味覚も何もかもが、人に近づいていると感じたのだ。もしかすると、考えるのも変だが、このまま人になるのではないのか?
・・と、一瞬だが、正気とは思えない考えが頭によぎるのだった。
「はい。明日の朝食を楽しみします」
「それがいいわね・・・・ん?・・・どうしたの?」
 来夢は、焼き魚のことは諦めたはずだが、まだ、何かの思いがあるかのような視線を祖母に向け続けるのだった。
「それが、その・・・明日までに、お守りを作って欲しいのです。また、明日に会うことになりました。その時に手渡すと、約束してしまったのです・・・ですので・・・その・・」
「そんなことで悩んでいたの?馬鹿ね。それは、孫から聞いたわ。直ぐにでも作ってあげるわ。だから、もう眠いのでしょう。気にしないで寝なさい」
「ありがとう。ございます」
 眠そうな顔して頷くが、それでも、猫には、時間によって寝る場所が違っていた。長く寝る夜の時は、小さい主の寝具の上の足元の方で寝るのだが、少しの休憩のような睡眠の場所は、家の中に複数あるのだが、今は、食卓の下で丸まって寝てしまった。
「ご馳走様。二階の部屋に行くね」
 祖母が台所から孫に言うのだ。食器などは食卓テーブルの上に置いたままでいいと、それと、時間的には、早いが、孫に「おやすみ」と言うのだ。孫も少し驚く感じで同じ言葉を返して階段を上がって行った。
「ふー」
 大きな溜息を吐いた。身体を動かしたから疲れたと言うよりも、入院の時から持っていた。歳相応の黒いバックから複数の薬の袋を取りだした。恐らく、溜息は十種類くらいの薬を飲まないとならないために精神的な苦痛からだろう。それと、孫にも飼い猫にも見せたくなかったからに違いない。それと、自分が食べる夕食が、病院食と代わらない食事だったためもあったのだろう。それなら、好きな食べ物を作ればいい。そう思うだろうが、身体が受けつけないのだろう。それでも、身体に良いためもあるだろうが、バナナの数本を見たことで溜息が収まるのだから好物だと思えた。
「確か、明日に渡す人は女性だったわね。それなら、小さくて可愛い物を作ろうかしらね。親指くらいの大きさなら目立たないし使ってくれるでしょう」
 食事を食べ終えて、薬も飲み終わると、バナナを食べながら思っていた。そして、材料などを用意していると、二匹の子供の狸に視線が向いた。べつに、忘れていたわけではないが、寝ていたのに気付かなかったのだ。
「そうね。あなたたちにも作ってあげるわ。親の毛を編み込んだ。首紐ね。それだと、野良だと思われて駆除されないわ」
「・・・・」
 子狸は、寝ているために返事をするはずもないのだが・・・。
「あっ、気持ち悪いなんて思わないでね。ちょっと、母親から一センチくらい小さく切ったのを入れるだけよ」
 祖母は、勝手に思い。勝手に判断して、勝手に納得するのだ。そして、まず、女性のお守りを作り始めるのだった。
「あっ、もう十一時なのね。早いわね」
 お守りを作る手を休めて、孫がいる二階に上がるのだ。一度は、降りてくると思っていたが、自室で本でも読みながら寝ていると、そう感じたのだ。それで、孫の様子を見に行くのだ。すでに、孫の様子は分かっていた。寝具の上で横になりながら本を読んでいたが寝てしまったのだろう。それも、布団も毛布もかけることなく、そのまま朝まで寝たら風邪を引く。そう思って身体に布団を掛けることと、室内の電気を消すのだ。
「あっ!」
 来夢は、祖母を驚かそうとしてではないが、小さい主の部屋に無音で入り、寝具の上に乗り寝具の足下の方で横になるのだった。
「ん・・・・?・・・・寝たの・・・そうそう、お守りは、もう少しで作り終わるわ。まあ、気持ち良さそうに寝ているのだから何も心配はしていないわね。それと、明日も孫のことを宜しくね・・・おやすみ、良い夢を見てね」
 暫く、猫の寝顔を見ていた。そして、つい、独り言を呟きながら頭をナデナデとするのだった。
「後は、子狸の首輪だけね。さあ、もう少し頑張ろうかな」
 大きな背伸びをして、気持ちと身体を切り返るために身体をほぐすのだった。
「ニャ」
 祖母は、驚くが、飼い主には、直ぐに分かることだった。何か嬉しい夢を見て寝言を呟いたのだ。と、だが、祖母には「病気なのですから程ほどにして下さいね」
 そう、言われた感じがしたので、何度も頷くことで「それは、分かっているわ」と、そんなことを伝えようと、そんな、笑みを浮かべたように感じられた。そして、孫と来夢を起こさないように静かに扉を閉めるが、来夢が出られそうに少し開けるのは忘れずに一階に戻るのだった。
「大事にしてくれるといいわね」
 願いを込めるようにお守り作りの続きを始めた。そして、作り終えると、何となく視線を向けた。その先には、子狸が寝ている姿が見えた。それも、母の身体に首をのせていた。
「まだ、寝ているのね」
 もしかすると、狸寝入りなのか、そんな思案はしなかったが、空腹ではないのかと、それなら、起こしてでも食べさせようと考えたが、直ぐに、違う方に視線を向けた。常に皿に入れてある。ドックフードと、猫用のカリカリが減っているのを見ると、少し安心するのだ。そして、減った分を補給して水も交換すると、自分の寝室に向かうのだが、大事なことを忘れていることを思い出して戻るのだ。それは、お守りであり。メモを書くことだった。(私が起きていなければ、お守りは作り終えてあるから好きな時間に出掛けなさい)
そんな、数行のメモを書くことだった。そして、食卓の上に置いた。

第三十三章

 昨日なら祖母が起きている時間だったが、今朝の一番の早起きは来夢だった。その理由は、来夢にしては、当然のことだった。毎朝の日課をすることだった。まずは、小さい主の部屋で起きて直ぐに、その部屋の窓から外を見ることだった。次々と日課を終わらせて最後の大事なこと、小さい主を起こすことだけ、なのだが、普段なら絶対にしないことなのだが、何か心が引かれて食卓の上に上がるのだった。
「ありがとう御座います」
 感涙の涙を流す程の感謝の気持ちのままに、お守りを咥えると、直ぐに、メモに気付くのだ。直ぐに読んで、さらに、感情が高まり本当に涙を流しそうだった。そして、器用にメモとお守りを咥えて、小さい主を起こすために部屋に戻るのだった。常に窓から外を見るために利用する台の上に、咥えている物を置いてから小さい主の寝顔を見に行ったのだ。暫く、寝顔を見ていて・・・目覚まし時計が鳴る頃・・・。
(かわいい。本当に、いつまでも、いつまでも、見ていても飽きないわ。もう・・あっ!)
「小さい主様。起きて下さい。朝ですよ」
 小さい主の顔に、右足の柔らかいプニプニの肉球で、何度も顔を踏み踏みとするのだった。初めは、本当に起こす気持ちがあるのか、やさしく。やさしくだったが、回数が増える程に本当に起こす気持ちになったのか、今度は、両足を使って力を入れるのだった。
「ファアアァ!~~おっ!」
 大きな欠伸をした後で、目を開けると、目の前に来夢が居たことで驚くのだった。
「起きてくれましたが、小さい主様。おはようございます」
「おはよう。あっ!外は晴れているか?」
「はい。良い天気です」
「そうか、そうか、なら、久しぶりに、散歩でも行こうか!」
「まあ!・・・・あっ、良いのですか?・・・・でも、学校は・・・」
 来夢は、最近では珍しいことを言われて、本当に嬉しそうに目をキラキラと輝かせるのだが、直ぐに、内心の気持ちを隠すためでもあるのだろう。目と目とを合わせるのも恥ずかしそうに首と目をキョロキョロと動かすのだ。これは、癖だと知っていた。内心の気持ちを誤魔化すために、幼い頃に、ちょくちょくと、自分が落ち込んでいると、猫用の毬を持ってきて、遊ぼう。と転がすのだ。それも、自分が遊びたいのだろう。そう言うと、首と視線をキョロキョロと動かして、お姉さんだから遊びにきたのです。だから、違いますよ。何て言っているような様子で部屋から出ようとするのだ。だが、今は、人の言葉を言えるために、内心では思ってもいないことを口から出して誤魔化そうとしていた。
「学校なら大丈夫だよ。祖母が一時退院しているので許してくれるよ。それよりも、出来れば、あのお姉さんも犬の散歩をしているといいのだけど・・・・」
「そう言うことですか、それでしたら、鴉の黒(くろ)に聞いてみましょう。上空からなら分かるでしょう?・・・小さい主様。お願いですから窓を開けてくれませんか」
「うん、わかった」
 依頼の件のついでの散歩だったが、それでも、来夢は、本当に嬉しそうだった。それは、窓から叫ぶ、鴉を呼ぶ鳴き声からでも、嬉しそうな興奮を表している鳴き声だった。それでも、鴉は現れず、仕方がないが、少しお頭が弱いのだが、屋根の上にいた。スズメに「伝言」託を頼むのだが、飛び立つまで見てから、小さい主に振り向くのだった。
「どうだった?」
「鴉は、近くにいないようです。ですが、スズメに頼みましたので、鴉を探してくれるでしょう。だから、小さい主様が出かける用意をしている間には、分かると思います」
「そうか、そうか、それなら分かった。そうしようか」
 一階に降りると、普段なら祖母が起きている時間なのだが、起きて朝食の用意しているのだが、祖母が居ないために何か不安を感じて寝室に様子を見に行った。すると、気持ち良さそうに寝ているが、もしかしてと感じて起こそうとしたのだ。そんな様子を見ていた来夢が、紙片を咥えながら自分の足をすりすりと、するので、紙片を手に取った。
「あっ!」
 直ぐに理解をしたのだ。お守りを作るのに遅くまで起きていたことに、それで、起こさないように静かに扉を閉めて居間に向かった。紙片の通りに食卓の上に置いてあった。来夢は、寝起きと同時に分かると思ったが、気付かなかったために、元の食卓に戻したのだった。そのお守りを手に取って仕上がりを確かめたのだ。勿論、不安などもなく、いや、驚きの方が大きかった。それは、見た目はお守りに見えなかったのだ。どうのように考えても猫のぬいぐるみとしか思えなかったのだ。
「来夢!」
 祖母を起こさないためだろう。大声ではないが、それでも、普段の声量とは違っていたほどに気を使ったのであった。
「驚かれたでしょう。少し見た目は違うけど、何も問題はないですよ。それに、女性が使うなら好んで使ってくれる。そう思いますよ」
「そうなのか」
「はい」
 小さい主は、来夢と散歩するために次の行動に移っていた。それは、会話をしながら歯ブラシを咥えていた。
「小さい主様。そんなに、慌てなくても大丈夫ですよ。まだまだ、時間はありますからね。それに、鴉から、まだ、連絡がありません」
 そんな会話をしている時だった。家の中だと言うのに、外から鴉の叫ぶ声が聞こえてきたのだが、その意味が分からなくても、なにやら、怒っているように思えた。
「この鴉か?」
「はい。そうです」
「なんだか、怒って居ないか?」
「はい。その通りです。朝食の邪魔をされて怒っているようです。最近の鴉は、食事の時間が決まっているらしいのです」
「えっ、まさか、ゴミの回収車が来る前に、ゴミを漁るのかな?」
「それもありますが、主に、胡桃などを集めては、車に踏ませて割る目的のようです。それも、適度な、交通渋滞の時が理想だと、そんなことを言っていました」
「それだと、丁度、今が理想的な朝の通勤時間の時なのか、なら、怒りを感じても変でないね。どうしたらいい、何か、お礼でもしたいけど、何がいいかな?」
「そうですね。まあ、後で、会った時でも聞いておきます」
「うん。分かった。余程の物以外なら大丈夫だからなぁ」
「ありがとうございます。嬉しくて涙を流すと思いますよ」
「そうなのか、そんな様子を見てみたいな。まあ、無理だろうけどね」
「そうですね」
「それで、鴉は、何と言っている」
「あっ散歩の件ですね。小さい主様の予想の通り、女性は、犬の散歩をしています。今直ぐに出られるなら散歩の途中で会えるはずです」
「そうなのか、なら、直ぐにでも出よう」
 そう言うと、簡単に歯磨きを終わらせて、祖母に、朝食は散歩に帰ってから食べるから作っていて。とメモに書いて食卓の上に紙を置くと、お守りを大事そうに胸のポケットに入れると、来夢に、散歩用の紐を見せてから玄関に向かった。勿論、大人しく散歩用の紐を付けてもらい。共に玄関の外に出るのだった。そして、驚くのだ。外には、数多くの花、花、全種類の花があるのではないか、そう思う程だった。だが、もう一つの驚きと言うべきか、もしもだが、家の中にある全ての花だけを外に並べたとしても、数的に足りない。そう思うのだが、花を扱う業者にでも売ったのか、と、一瞬だけ思案して散歩にでも行く気持ちだったのだが、偶然にも、一人の女性が花の匂いを嗅いだ後に、花を持って行く姿を見かけた。その女性も、こちらに気付いていないのか、それとも、何度か持ち帰っているからなのか、何も気にせずに花を持ちながら立ち去るのだった。そんな様子を見なかったことにしたかったのだろう。小さい主は、上空を見上げて空の天気でも確認している感じで上空を見るのだった。だが、上空を見上げたことで、何かを突然に思い出したかのようであり、何かを探すようでもあった。
「もう鴉は居ないか・・・・」
 来夢に聞こえる程度だが、返事を期待したのではなくて、独り言のように呟くのだった。その独り言と、女性など見なかったことを誤魔化すように太陽を見たからだろう。大きなくしゃみをするのだった。それが合図と思うのは考え過ぎだと思えるが、来夢が歩き出した。それも、小さい主を導くように少々強引に引っ張り続けるのだった。
「来夢。来夢!もう少しゆっくり!」
 小さい主は、不満をぶちまけるが、だが、来夢のことではない。逆に、来夢の喜んでいると感じることで、自分も嬉しかったが内心では不満があった。もしかしたら同級生と会って学校を休んでいる。その適当な言い訳を考えるのも理由を言うのも嫌だった。それでも、幼い子供たちが、犬のように猫を散歩していると、驚きの発見を母に知らせる。そんな言葉や小学生の低学年の個々の集団の喜びの声や猫を触りたい。そう近づいて来る。その対応に少し疲れるが、嫌ではなかった。だが、来夢の方では、恐怖と不快を感じているようだった。そして、助けを求める視線を向けられるが、我慢しろ。そう視線を返すのだが、まだ、登校する時間的には早いからだろう。それに、少し早くの登校する理由からなのか、その中の一人の子供が、もしかすると猫が嫌いなのか、それとも、何かの用事があり。その時間を気にしてのことか、早く学校に行こう。そう言われて皆は渋々と、来夢と別れて学校に向かう。そんな後ろ姿を見送るのだった。
「大丈夫か?」
 来夢に気遣いの言葉を掛けながら普段の散歩のコースから離れるが、女性の依頼人が通る犬との散歩のコースに近づくのだった。
「どうした?」
 来夢が、突然に止まり。匂いを嗅ぎながらキョロキョロと周囲を見ては歩く、その様子を何度も繰り返していた。小さい主も周囲を見回し見たが理由が分からない。それでも同じことを何度したか、すると、男の依頼者も散歩しているのを見かけたのだ。この男性と犬を探していたのかと思ったが、まったく関心を示さなかった。そのために、小さい主も気付かなかった振りをして、また直ぐに、小さい主を導くように歩き出すのだった。
「あっあああ!」
 と、声が聞こえた訳ではないが、そんな様子で手を振る女性と対面したのだ。その女性は、この散歩の目的の女性だった。さすがに、女性も小さい主も、直ぐに駈け寄りたかったかもしれないが、犬と猫の気持ちを考えて、その速度に合わせる感じでゆっくりと近寄るのだった。
「おはようございます」
「おはよう」
 小さい主と女性は、自分たちの声が届く範囲に近づくと、挨拶を交わすのだった。
「この辺りの地区にも、猫と一緒に散歩に来るの?」
「今日は特別です。祖母が、珍しく寝坊をしまして、朝食が出来るまで遠くに散歩でもする気持ちになったのです。それと、ついでに、これも・・・・」
「猫のぬいぐるみ?」
「いえ、約束していた。あのお守りです」
「もしかして、お守りを作るために、おばあちゃんが、無理をして作ったのですか?」
「いえ、違いますよ」
「そうなの・・・なら、いいけど・・・」
 女性は、暫くの間だが、小さい主の表情を見ていた。小さい主は、女性の視線を向けられて恥ずかしそうにしていたが、女性は、何かを判断する気持ちのようだった。そして、自分の判断で納得するのだった。
「あっ、あのう・・・ですね・・・お守りですが、外に出る時は必ず持ち歩いて下さいね」
「あっ、はい、はい。そうします。それで、これから、仕事がありますので、またの機会でも、ゆっくり聞きますので、今日は、これで、失礼します」
「明日にでも、また、散歩の時でも会いたいと思います」
「そうしましょう。それでは、失礼します」
「・・・・・」
 小さい主は、突然に豹変した。女性の慇懃無礼な態度に驚くのだ。そして、驚きのままに、暫く、立ち尽くしていた。それも、来夢が心配して胸に飛び付くまでだった。
「なんなの!」
 女性は、小さい主が自分の声が届かなくなる距離になると、内心の気持ちをぶちまけた。
「なんなの!。もう!まるで、わたしの恋人探しのようだけど、犬の相手なのよ!」
 女性は、帰宅するまで、犬の相手を探すことで自分のことではない。「それなら、相手の男性の、いや、犬の美容院に行った写真だけでも見せないの?」などと感情をぶちまけて歩いていた。

第三十四章

 女性は、カリカリと、イライラとしながら仕事に出掛けたのだが、ても、怒りの精神状態で一日を過ごすのだ。やっと、帰宅して、愛犬に会うと、少し気持ちが解れたようだった。そして、直ぐに、犬のトイレを掃除した後に、犬の食事を作って出す。だが、犬も猫も同じなのか、いや、微妙に違うかもしれないが、自分用に出された食事よりも、主である女性の姿を見ていた。着替え、食事を作る姿を見るのだった。そして・・・・。
「美味しい?・・・えっ、まだ食べてなかったの?」
 飼い主の女性が、一口食べると、飼い犬もガツガツと食べだすのだ。来夢とは違う気持ちだと思うが、飼い主と共に食べたかったのだろう。
「ねえ、明日なのだけど・・・」
「くぅ~ん」
 飼い主から話し掛らけれて、途中で食べるのを止めて、返事を返すが、恐らく、何でしょう。とでも言っているようだった。その返事に、飼い主は満足したのだろう。
「ほら、猫を散歩していた子よ。明日にでも会う感じだったけど、また、会ったらね。はっきりと言ってやるわ。あの子何か誤解している感じだけどね。私のことではなくて、犬の相手を探しているの。本当に私に男性を紹介する気持ちがあるのなら、相手の男性の写真だけでも見せるはず。って、そう言ってやるわ。だから、もう少し待っていてね」
「ワン!」
「わたしと同じ気持ちなのね。そうでしょう。そうでしょう」
 飼い犬は、飼い主が帰宅した時よりも、穏やかな表情と言うよりも、何かを楽しみにする様子なので安心した気持ちもあり。それと、空腹も満ちたので眠くなったのだろう。飼い主が、忙しく動いている様子を邪魔しないようにして、飼い主の部屋に向かい。その部屋にある寝具の上で横になるのだ。
「ここで寝ていたのね」
 食事の片付けから風呂も済ませて部屋に戻ってきたのだ。これで、一日が終わったことでの安堵というか、いや、やっと、犬の寝顔を見て一日の安らぎを得た。そんな笑みを浮かべたのだ。そして、寝顔を見ていると、犬の気持ちが伝わったのか、瞼の閉じる回数が増えて、自分も眠気を感じて、このままでは寝てしまうと感じたのだろう。電気を消して飼い犬を起こさないように布団の中に入るのだった。
「・・・・・・」
 猫と違って犬だからだろう。それとも、飼い主が女性だから布団の上で寝たら重いと分かっているからなのか、床に置いてある座布団の上で寝た。そして、何時から起きていたのか、枕の隣と言うよりも、飼い主の寝顔を見ているのか、起きるのを待っているのか、座ったまま微動だしないで見ているのだ。そんな時だった。目覚ましの音が鳴りだしたが、そのまま寝顔を見ていた。
「ん~ふぁ~」
 女性は、目をゆっくりと開くと同時に大きな欠伸をしながら目覚めるのだ。
「おっ!起きていたのね。おはよう」
「ワン!」
「お腹が空いた?・・・それとも、散歩かな?」
「ワン、ワン、ワン、ワン、ワン」
(ご飯もドックフードが皿に置いてあるし、散歩も毎日でなくていいのですよ。少しでも寝ていたい気持ちは分かるのですよ。だから、気にしないでください)
「分かった。分かったわ。散歩が先なのね。分かったわ。直ぐに行くからね」
 犬と人とは、会話も気持ちも伝わっていないが、それでも、相手を気遣う思いだけは伝わっているからの労りの言葉だった。即座に、動きやすい服に着替えて一階に降りるのだ。その後ろを犬は付いてくる。そして、飼い主が散歩の紐を手に持つと・・・・。
「ワンワンワン!」
「紐を付けるから大人しくしてね」
 嬉しい叫びを上げて足元をグルグルと回るのだ。そして、飼い主の言葉を素直に聞いて動かずに待つのだった。紐を付けてもらってからのことだ。飼い主は靴箱の上に置いてある。あのお守りを忘れずに手にしてから玄関の外に出るために歩くが、足元に紐が絡まないようにするのは、犬としては当然だと思っているのだろう。何も問題なく外に出るのだ。
「毎朝、散歩の時に言うけどね。土日は、少し遠くだけど、平日は、近場だからね」
「ワン」
「良い子ね。分かっているのね。本当に良い子ね」
 何度も、犬の頭を撫でてから歩き出すのだが、直ぐに、犬が先頭に歩き出して道を案内する感じだった。猫なら散歩中は歩き出して止まることはない。それでも、何でも興味を感じて草むらや車の下と何かを探すような感じだが、犬は電柱の柱ごとに止まって、自分の匂いを残す。特に、場所的に興味を感じていないようだったが、飼い主には、一つ気持ちだが分かるのがあった。飼い主も同じだが、橋を渡るのが好きだった。それも、電柱も無いのに、橋の中間で止まり、橋の下を見て川の流れを見るのと、その周囲の雰囲気を感じることだった。土日なら近くの公園まで行くのだが、朝は公園とは反対の街中を通って自宅に帰るのだ。時々、ちょっとした食材などが足りない時は、個人のスーパーに寄って買い物をする時がある。やはり、何時もの通りに、橋の中間で立ち止まった。
「やっぱりねぇ。前に会った時と同じようにあの商店街で、あの犬と出会うと思うわ」
 その場所は、犬と犬の運命の出会いの場所であった。だが、飼い主との運命と感じる所でもあった。女性は、スーパーの前で犬をガードレールに止めて買い物をするのだが、殆んど正面の店は、本屋で、男の犬の飼い主も定期的に散歩の時に、同じように、ガードレールに繋いで店に入るのだ。その飼い犬同士が時間つぶしに人のように会話とは出来ないが、運命的な出会いであり。一匹で外に遊びに行くと、頻繁に会うようになった。その切っ掛けでもあったのだ。それは、飼い主同士でも、運命的な何かを感じられる。そうとも思えたのだった。
「ワン」
 犬の方は、飼い主の返事とは思えないが、一声だけ鳴くが、恐らく、十分に景色を堪能しました。と言っているのか、もしかすると、想い人でもいうか、犬の好きな相手に早く会いたいとでも言っていると思えた。
「そうよね。行こうか」
 飼い主と犬は歩き出した。橋を渡り。街中の方に歩き出した。右側の方に歩くと、直ぐに四車線の広い道路に出るのだった。そんな時だった・・・・。
「ワン、ワン」
「どうしたの?」
 女性の飼い犬が、何かを見付けたかのような鳴き声を上げるのだった。飼い主は、何なのかと、周囲を見回すが、それらしき者や物を見付けることはできなかった。それは、当然のことだ。犬が何を探しているのか分からないのだ。視線に入っても分かるはずがないのだから・・・・なら、何に反応したかと言うと、匂いでは、まだ、視線にも入っていないが、小さい主と来夢であり。視線の中では愛しい犬の飼い主が、自分の方に向かってくるのだが、反対車線であり。恐らく、飼い主が本屋に向かっているのだろう。そんな四車線に、来夢と小さい主が、一歩を踏むと、来夢が小さい主の胸に飛び付いた。
「おっ!どうした?」
 小さい主は、慌てて、来夢を抱きとめたが、何が、どうしたのか、分からないことなのだが、来夢の視線には、男の依頼者と女の依頼者が、犬と散歩している姿が目に入ったのだ。そして、直ぐに、小さい主だけに聞こえる声で囁くのだった。
「この地点が丁度いいわね。運命の振り返りを開始するわ」
「運命の振り返り?・・・もしかして、一目惚れをさせる。そう言うことなのか?」
「まあ、そんな感じです。それよりも、後で詳しく教えますから。まずは、開始の始まりの第一段階の認知を認識させなければなりません。それも、初めは犬に想い人がいることを飼い主に分からせなければならないのです。それと、飼い主が異性の反応で、心の思い人が居た場合や好きな異性でない時は心も身体も拒否反応を示します」
「分かった。でも、何を始めるのだ」
「まず、周囲から手で抱えられるほどでいいですから、枯葉を集めて下さい」
 来夢をその場の地面に下して、周囲に視線を向けた。枯葉が落ちている数と場所を探したのだ。そして、複数の場所に決めて直ぐに駆け出したのだ。枯葉が有る場所に着くと、右手で掴めるだけ掴むと、枯葉を置くために胸に左手をつけて腕の上と身体で押さえながら枯葉を大事そうに載せては集めるのを繰り返すのだった。驚くことに、一枚もこぼれ落ちないのだ。それも、真剣に駆け出すのだが、その時でも、磁石のように一枚も落ちないのだ。そんな不思議なことにも気付かずに集め続けた。最後の場所から右手で掴むと、そのまま来夢の下に向かった。そして、偶然なのか、元々、そんな指示を伝えるつもりだったのだろうか、いや、もしかすると、来夢の意志の力なのか、小さい主は、来夢の身体の上に全ての枯葉をぶちまけるように転ぶのだった。
「あっ!ごめん!」
「もともと、この場所に枯葉をぶちまける予定だったから気にしないで下さい」
 小さい主は、来夢の無事を確認しようとして枯葉を退けようとすると、突然に、局所的な突風が発生して竜巻に変化した。それが、来夢と自分だけを包んだのだ。そして、上空に、枯葉を舞い上がったと思ったら一枚一枚に意志でも感じで、周囲に飛んで行くのだ。そんな一枚を偶然に掴むと関電したかのようなビリビリを感じた。と同時に何か分からないが目の前に陽炎の様な映像が見えた。何かの映画なのか、いや違うと、直感を感じたのだ。これは、人や動物などに強制的に映画と同じことをさせる。運命の神の指示書のような映像なのだと、そう感じたのだ。だが、一般の人や動物には、何も感じずに映像のように自然な行動をするはずだ。
「ワン!」
「ワン」
 来夢の視線の先には、周囲の人や枯葉が触れる者は、ある方向だけを見ないように一斉に身体を向いた。その理由は、様々あるだろうが、女性の依頼者と男性の依頼者の二人に視線が合わないようにしたようなのだ。その飼い主の二匹の犬が朝の挨拶の気持ちなのか吠えたのだ。その声に反応して、男性は立ち止まり犬をガードレールに紐を結ぶのだ。女性は、自分の飼い犬の吠えた先をみたのだ。そして、直ぐに、視線に飼い犬の主である上方には向けることなく直ぐに、自分の飼い犬に向けて共に喜ぶのだった。
「あっ!近所にも同じ犬が居るのね。もしかして、あんな子が好きなの?・・・でも、そうね。頼んでいる犬が美容院を行った後の写真を見て気に入らない時は、今の子を探してもらいましょう」
 時の流れが変わった。商店街の犬は犬種は分からなかったが、同じ犬種であり。犬の想っている犬だと認識したのだ。
「もしものことだけど、写真と同じ犬だといいわね」
「おはようございます」
 来夢は、小さい主を導くように、女性の依頼者の下に向かい。また、来夢が人の言葉を話したのだ。
「あっ!おはようございます。そうそう、お願いしたいことがあったのよ!」
「なんでしょう?」
「まず、依頼していた犬のことなのです。直接に会う前に犬の美容院と病院の診断した後に飼い犬が、もし写真を見て気に入らない場合というか、なんか、近所に想っている犬がいるみたいなのよ。だから、依頼を追加したいの」
「そうでしたか、構いませんよ。その犬の名前や飼い主の名前などは分かるのですか?」
「あっ!」
(あの枯葉は、女性の依頼者に、今の思いを作らせるだめだったのか!)
 小さい主は、今回の一連の関係の理由に気付いて思わず声を上げてしまったのだ。
「どうしましたの?・・・・」
 女性は、自分に対しての驚きの声を上げたと感じて問い掛けたのだ。
「何でもありませんよ」
 突然のことに慌てることなく、女性に答えた。
「それなら、まずは、近い間に写真を見せてもらって、その依頼を追加で、いいのですね?」
「承知しました」
「それでは、あまり時間がないの。これから、仕事に行きますので、失礼するわね」
 女性は、追加の依頼の件も、まるで、自分のことのように丁寧に何度も頭を下げて態度でも表すのだった。
「ねえ・・・」
 小さい主は、依頼者の女性が立ち去ると、直ぐに、来夢を抱えた。そして、依頼者に言葉が届かない距離まで離れると、来夢に問い掛けたのだ。
「小さい主様。どうしました?」
「あの枯葉を触ったら映画みたいのを見たのだけど・・・」
「ああっ!。あれはですね」
 来夢は、小さい主の問い掛け答えを話しだした。あれは、時の流の修正だと、話し出して、それならば、と分かり易く、例え話しをしましょう。そう言うのだった。
「はい」
 小さい主は、話が長くなると感じたのだろう。来夢を抱えたままで歩き出した。それは、やはり、長い話になりそうだった。

第三十五章

 時の流の修正とは、定められた時の流を修正するのです。それも、男と女が結ばれない時の流を結ばれるように時の流を作り変える。それが、出来るのが、左手の小指の赤い感覚器官とも。赤い糸とも言われる物です。それを持った者であり。先ほどの枯葉をばら撒くことで発動するのです。例えで言うならば、満水のコップに一枚のコインを入れることである。コインが、赤い感覚器官であり。枯葉のことなのです。すると、水はコップから零れる。その零れた水が修正する行動の理由であるのです。先程のことで言うのなら、枯葉で反応した者や動物などは、カップから水が毀れないようにした。今度は、カップから零れた水である。その水をカップに戻す。または、カップから水が毀れたが、零れたままでも問題が起きないようにする。それが、時の流の修正であり。赤い感覚器官の修正と言うのです。そして、枯葉が見せた映像とは、人や動物に行動させる台本みたいな物なのです。例で言うのならば、雲雀と狐で言うのならば、時の流を変える前、コップにコインを入れる前は、雲雀は、自分の巣に帰るために、天敵から巣を守るために、巣からかなり遠くに降りて巣まで歩くのです。勿論、何も問題なく巣に帰れるのですが、カップにコインを入れた時の流では、人や動物が枯れ木を踏んだ音、その音がコインであるのですが、その音で天敵である。狐に音が聞こえた方向を見た。その時に、雲雀が歩く姿を見られてしまうのです。その為に、巣にいるヒナも親鳥も狐に食べられてしまうのです。それだけではなくて、本当なら雲雀が居ない方向に歩いて、狐は、人の罠に掛り死ぬはずの命が、狐は生き残り。本当なら雲雀の親子は死ぬはずがない命が消える。時の流が百八十度まったく違う時の流に変わってしまったのです。だが、枯葉が見せる映像は、雲雀の親子を助けるための修正の映像であり。狐が罠に掛って死ぬための映像なのです。簡単なことなのです。狐に雲雀の方を見せないために、違う方向に大きな音を立てて、狐も雲雀も同じ方向を見せるだけで、狐は、罠の方向に進み、雲雀は、狐が近くにいたことを気付かせる。
「それを枯葉は、一瞬だけ触れただけで、誰に指示されたなど感じることなく無意識で行動する。それが、枯葉の働きなのです。ですが、コップにコインを入れた。その溢れた水は、何人なのか?何匹なのか、それは、誰も分かりません。ですが、この一連の全てのことを運命の振り返りとも言いますよ」
「そうなのか、分かった。これからも、今回のことを何度もするのだな」
「はい。そうです。小さい主様。だから、依頼の続きを頑張りましょう」
 それでも、赤い感覚器官を持つのは、猫である来夢。そして、小さい主が一番の原因の中心である。そのコインだと言うことを来夢と小さい主は気付いていないようだった。
「お前って、本当に頭がいいのだな。もしかして人より頭がいいのでないか」
「えへへ」
 来夢は、話しの途中だったが、小さい主に褒められて嬉しそうだった。だが、この内容は頭脳の記憶とは違っていた。赤い感覚器官が全てを脳内に伝達させていた。そのために自分の記憶と感じるのだが、それは違っていたのだ。
「婆ちゃんに、また、お願いしないと駄目だな」
「何をですか?」
「男の依頼者に、犬の美容院に行った後の写真が必要になったって言わないと駄目だろう?」
「そうです・・・・ね・・え・・・・う~ん・・・」
 来夢が、何かを考えているのか、静かになったことで、小さい主は歩く速度が速くなり。それも、そろそろ、家に着く頃だった。驚くことに、玄関から噂の男の依頼者が出てきたのだ。何が何だか分からないけど、直ぐに駆け出して男の所に向かった。
「はっ、はぁ、はぁ~はっぁ、はっぁ、どうしたのですか?」
 小さい主は、息も気持ちも落ち着くより、問い掛ける方に気持ちが向いていた。
「俺!病気かもしれない。でも、何の病気なのか分からないし、相談する人もいないし。それで、親に相談したら心配すると思うって、年配の人って言うと、そう思うと、ペット何でも相談の人しか思いつかなくて、それで、それで・・・・」
 男の様子では病気とは思えない。大きな声で早口で何を言っているか分からない。それでも、落ち着かせようと、家から出て来たのだが、それでも、もう一度、自分も理由を聞くからと、家の中に誘うのだった。
「それで、祖母は、何て?」
「若い時は、良くある事らしくて、酒でも飲んで寝なさい。そう言われたのだけど・・・」
「そう言われたのですか?・・・いや、まず、もう一度、家に入って下さい」
「う~はい。う~はい。はいはい」
 何を悩んでいるのか、一歩も動かないので、仕方なく、無理矢理のように家の中に入れたのだ。すると、孫が帰って来たと思ったのだろう。祖母が玄関まで現れたのだ。
「お帰りなさい・・・あら!」
 孫と依頼者が一緒だったので、少し驚いているようだった。
「まずは、椅子に座って待っていて下さい」
「・・・・」
 依頼者の男は、フラフラと、しているので、やはり、熱でもあるのか、身体を支えながら椅子に座らせた。そして、もう一度、祖母に様子を診てもらい。小さい主は、台所の方に駆け出した。
「おれ、体温計を持ってくるよ」
 直ぐに、体温計を持ってきて、男に手渡して、自分で脇に入れて測ってもらったのだ。
「ちょっと」
 小さい主は、祖母に声を掛けて、祖母に視線で台所の方に行こうと伝えた。その意味が直ぐに分かり。二人で向かったのだ。
「ねね、何があったの?」
「それは・・・ねぇ・・・」
 祖母は、男の依頼者が、十五分くらい前に訪れたと言うのだ。それも、犬の散歩の途中で、息苦しく、熱がある感じで・・・なんか、と本当に具合が悪そうだったから落ち着かせようと、家の中に入れたと、そして、詳しい話を聞いた。と・・・だが、何故か、祖母は憤慨していた。
「若い男の子にはよくある。一目惚れね。だから、綺麗なお姉さんのビデオでも見ながらお酒でも飲んで寝なさい。そう言ってあげただけよ」
「おねえさんの・・・ビデオ・・・酒って・・・」
「まあ、でもね。あれ程の一目惚れの症状って、まさか、噂の惚れ薬でも飲まされたのかしらね。殆ど病気と同じよ。もしかすると、病院に行った方がいいかもしれないわ」
「えっ、病院の薬でも飲んだら治るの?・・なら、何科・・・内科、外科?」
「そんな病気に、昔から薬なんてないわ。でも、熱冷ましと睡眠剤でも飲んで、ゆっくりと寝て気持ちを落ち着かせるしか方法はないわね。まあ、一般的な治療の方法なら新しい恋でもすれば解決するだろうけど、あれほどの症状ではね・・・・無理でしょうね」
 依頼者の男には、枯葉が張り付いているはず。その場所は人によって違うが、祖母が見ても分からないのなら、もしかすると、粉々に千切れて背中に千切れて張り付いているかもしれなかった。
「・・・・・」
 小さい主は、何も言えなかった。そんな状態に心配したのだろう。来夢が、二人の会話を邪魔するように現れた。
「小さい主様。大丈夫ですよ。先程の女性の依頼者と原因は同じはずです」
「え!。一目惚れの相手って、今回の依頼の女性なの?・・・そんなに、心が奪われる程の絶世の美女だったかしら・・・・私が若い頃の方がもっと・・・・」
「お婆ちゃんでも、冗談を言うのだね。驚いた」
「ごっほん!ごほごほ!」
 祖母は、冗談でなく本気だったはずだが、それでも、話題を逸らそうと必死だった。それでも、何て言葉を言うか、迷って、咳で誤魔化すしかなかったようだった。
「あっはははは!本当に子育てって楽しいわね。あははははは!」
「どうしたの?」
「来夢に何か良い考えがあるようね。あとは、来夢お姉ちゃんに任せなさい」
「はい。そうですよ。全てをお姉ちゃんに任せなさい!」
 来夢は、本当に何か完璧な解決策でもあるかのように自信満々に答えるのだった。そして、何かと会話でもしているかのように虚空を見つめるのだった。だが、小さい主も祖母も猫なら、幽霊なのか何かがいるかのように意味のない所を見る癖を知っていたことで何も気にすることはなかった。だが、本当に、誰かと話をしていた。いや、誰かと話しではなくて、心と心で会話をしている。そう来夢は思っていた。それは、心で思ったことが相手に届いていたからだ。だが、その者も詳しいことを来夢に言っても意味が分かるはずがない。それでも、自分のことが何となくでも分かるように・・・・。
「俺はなぁ。二十四次元の世界の住人であり。八百万の末席の一人であり。地獄の開祖でもある。閻魔大王と呼ばれている者だ」
「閻魔様でしたか、それは、お会いできて嬉しいですが、まだ、死にたくはありません。もう少し、お迎いを待ってくれませんか」
「まあ、褒めにきたのだ。だから、お前の迎いも、もう少し後にする気持ちだ」
「そうでしたか、あっありがとうございます」
「それにしても、猫の赤い糸と羽衣を託すのは心配していたが、まさか、あの男に恋心を抱かせるとは、すごいぞ。本当に、すごいぞ。あの男の遺伝子がある血族には、この先の時の流では必要なのだ。そのために三百年も転生させては、様々な美女と出会わせた。それなのに、運命の女性の出会いも逃げる。それならば、そう思って違う出会いも考えたのだ。それが一夜の結びだが、それからも逃げてきた。まあ、時代時代の戦などの理由もあったが、偶然なのか、のらりくらりと、逃げに逃げて、もう転生にも限度がある。どうし
たら良いのかと、藁にでもすがる気持ちで女性の願いを叶えたのだ。それが、あの男が発情したのだぞ。もう結婚でなくてもいい、子を残してくれればいい。これで、お前が分かる理由で言うなら、地獄で転生を待っている女性がいるのだ。その女性も転生として生まれることが出来るのだ・・・・」
 などなどと、話が続くのだが・・・・。
「はぁはぁはぁ」
 来夢は、恐らく、一つの言葉の意味も分からないのだろう。それでも、自分を褒めているのだと、それは感じ取れたので、返事だけは返すのだった。
「本当に、赤い糸と羽衣を託して良かったぞ。それで、それで、これから、何をするのだ?」
「それは、内緒です」
 そんな様子を祖母と小さい主は、共に見ていた。それも、世界が違う者との会話のためなのか、二人には、数十秒のことでもあったのだ。
「小さい頃は、何かがいるのかと、すごく怖がっていたけど、今は、平気なのね」
「幽霊とか地獄も天国もないのは、この歳になれば分かることだからね。まだ、他の次元が有る方が信じられるよ」
「そう・・・・そうね」
 祖母は、悲しそうな表情を浮かべた。
「でもね。墓などの供養とかは、忘れずにするよ」
「ありがとう」
「ちょっと、あの男の様子を見て来るよ」
 祖母を悲しませたことで、台所から出ようとすると、来夢が、胸に飛び込んできた。それは、恐らく、来夢は話が終わり。これからの対策のためか、来夢は、囁くのだった。
「男の飼い犬の写真が欲しいと、言って欲しいのです」
「分かった」
 来夢に返事を返すと、男の下に行って体温計を返してもらうのだった。
「少し熱が・・・ありそうですね。やっぱり、病院に・・・・」
「まままっさか、凄い病気の兆候なのでしょうか?」
「それは、ないと思いますが・・・・・でも、まあ、治す薬がない・・・・まあ、そう言われている病気だと思いますよ・・・・祖母の話しでは、ですが・・・・」
「俺の病気は治らないのです・・・・か・・・・」
 一般的な者ならば、それも、思考の初めが異性の関係ならば、死ぬなら好きな人に想いを伝えたいとか、または、性に繋がる者もいるだろうし、それに、この会話を聞けば、恥ずかしくて言えないために、遠回しに、誰でも理解が出来るだろう。と、医者の薬でも草津の湯でも治らない。ことを言っている。そう気付くはず。そして、自分が、と爆笑するのが普通の反応だと思えるのだが、この男は・・・・。
「親に、自分が死ぬことを伝えないとならないか、いや、それより、今日死ぬかもしれない。いや、一時間後・・・数分後か、なら、直ぐにでも、ペットに新しい飼い主を探さなくてはならないし・・・・部屋も片付けなくては・・・遺言状も必要か・・・でも!」
 ぶつぶつと、独り言を呟いていた。そして、顔を上げて、小さい主に真剣な表情を向けた。何か、大事なことでも伝える気持ちのようだったのだ。
「すまない。追加の料金でも払うが、今回の依頼の変更をお願いしたい!」
「はっあぁああ」
「この大事な犬を飼ってくれる者を探して欲しい!」
 小さい主は、この男の思考の結果を聞いて頭が狂いそうな程の頭痛を感じたのだ。

第三十六章

 小さい主は、男の依頼者に、意味が分かりません。と問い掛けた。それと、同時に紙とペンが欲しいと、言うので、直ぐに用意をして手渡した。直ぐに、男は書きだした。その文面を読んで、やっと、遺言状であり。先ほどの意味の分からない依頼など全てを理解したのだ。そして、何度が、自分の話を聞いて欲しいために声を掛けた。
「あのう・・・」
「・・・・」
 男は、やっと手を休めて、顔も上げてくれた。
「あのう・・ですね。知っていると思いますが、恋の病は、お医者様でも草津の湯でも治らない。そんな、話を聞いたことが有ります・・・・か?」
「そんなこと、分かりますよ。馬鹿にしているのですか!」
「あなたが、その病気だと、そう言っているのですよ」
「えっ?・・・俺?・・・・えっ、その女性は、誰です?」
「誰だか分かりませんが、何処かで、運命の出会いをした。それは、思考や視認などではなくて、心だけが感じた者と出会ったのかもしれません」
「う~ん」
「極端な例ではありますが、その感覚が、運命の振り向きだと思います」
「運命の振り向き?」
「はい。何も意識せずに、ある方を振り向くと言いますか、常に何かを探している感じとでも言いましょうかね。まあ、その女性と再度、出会えれば、気持ちなどの全てを理解が出来るかもしれません。ですが、病気と言うべきでしょうか、確実に病気は悪化します」
「初・・・恋?」
「それは、自分には分かりませんが・・・・初恋なのですか?」
「・・・・」
「まあ、詳しくは聞きませんが、一つお願いがあります」
「なっななんですか?」
「あなたの飼っている犬の写真が一枚欲しいのです」
「あっ、はい。なら・・・これでは、駄目でしょうか?」
 そう答えながら腰のポケットから財布を取りだして、その中に一枚の写真を取りだした。
「それでは、お借りしても宜しいですね。ですが、犬の美容院に行った時の写真と犬の診断書は送って下さい」
「勿論です」
「それと、病院に行くにをお勧めします。でも、あまり詳しく言うのでなく、身体がだるくて熱がある感じがするので、病院に来てみた。とでも言うと良いと思いますよ」
「分かりました。それなら、このまま病院に行きたいので、犬を預かってもらってもいいでしょうか、病院の帰りに必ず戻ってきますので・・・・駄目でしょうか?」
「構いませんよ」
「ありがとう」
「お気をつけて」
 小さい主と来夢は、依頼者の男を見送った。だが、男も小さい主も、先の未来のことなど分からない。男は、勧められた通りに病院に行くが、医者は、看護婦も受け付けの人も何科に案内して良いのかと、皆が悩み。すると、午後を過ぎても診察が受けられなかった。だが、やっと・・・やはり、身体が疲れているのでしょう。熱冷ましの薬を出します。ですが、ゆっくりと、身体を休めて寝ると良いでしょう。それでも、身体の症状が変わらない場合は、再度、病院に来て欲しい。そう言われるのだ。たしかに、と男も思い当る事もあり。早く家に帰って横になろうと思っていたのだ。だが、人に見られているようにも思えるし、何か自分でも理由が分からないが探し物でもしているかのように気持ち的に気になるだけではなく、身体がと言うべきか、視線と言うべきか、勝手に視線をキョロキョロと向いている。その後、理由も分からないのだが、何に対してのことなのか大きな溜息を吐いているのだ。などと、もしかしたら周りの人には、不審者などと思われているような様子で病院を出て薬局に向かった。
「これから、何かを作るのも面倒だな。弁当でも買って行くか・・なぁ・・」
 薬をもらい外に出ると日が暮れていた。そして、犬を引き取りに行こうとした。ペット何でも相談では、呼び鈴を鳴らすと、直ぐに祖母が犬を連れて出てきたのだが、一本のビールとビデオ屋に行くようにと強く勧められたのだ。適当に頷き玄関を閉めた。すると風が、風に意志でもあるのか、コロコロと風向きが変わるのだ。その変わるごとに、様々な料理の匂いが、男の鼻孔をくすぐるのだった。まるで、運命の出会いをさせるための寄り道をさせる。とでも思える。やはり、匂いに負けて。その匂いの食べ物が全て置いてある。全国にある有名なスーパーに向かうのだ。それなりの時間が過ぎて、一般的な多くの者が帰る時間対になっていた。弁当を買ってスーパーを出て五分も経たない頃だった。雨が降り出したのだ。普段なら少々の雨なら駆けて帰るのだが、身体の調子が悪いし熱があることなので仕方がなく、民家の軒下に入り。雨をしのぐことにしたのだが、時間が経つごとに雨の勢いは強くなるのだ。どうするかと考えていると、少し寒気も感じだし、犬も濡れて病気になることも心配だったことで、犬を抱っこして体を温めようとした。すると・・・。
「また、天気予報がはずれましたわね」
 一人の女性が雨やどりのために入ってきたのだ。
「・・・・」
 女性は、初めから返事を期待してはいなかった。その期待よりも上空から降る雨の方がきになるために、空を見ながらの独り言のような感じだったが、男の代わりに、犬が、ク~ン。と返事をするのだった。自分の飼い犬と同じ鳴き声だったので、驚いて振り向くのだった。
「あっ!可愛い子ですね」
「・・・」
 男の方も驚いて声も出なかった。それでも、女性の声を聞くと、男は何も気が付いていないが、熱も冷めた感じで、ため息も出なくなり。まるで、この女性との出会うためだけの身体の不調であり。様々な原因だったとしか思えなかった。
「・・・・・」
「触ってもいい?・・・?・・・もし、出来るのなら犬を抱っこさせてもらえませんか?」
「・・・・」
 女性の言葉は耳に入っていた。勿論、言葉の意味も分かるのだが、女性に返事を返そうにも、理解が出来ない程の心臓の高鳴りだけでなく。だんだんと呼吸も苦しくなってきたことで身体がふらつくのだ。その偶然の身体のふらつきで、女性の顔を一瞬だけ見た。すると、今度は、顔が熱くなり。恐らく、顔も真っ赤にもなっているのだろう。これは、風邪が悪化したのかと感じているようだ。それでも、言葉に出来ない代わりに、犬を女性の方に腕を指し出した。
「いいの?。あっありがとう」
 犬を受け取る時に、一瞬とは大袈裟だが、近くの病院の薬の袋が目に入ったのだ。
「・・・・」
「風邪でも引いているの?」
 男性は、息が荒れているだけでなく、顔も真っ赤にしていたことで、風邪だと感じるのだった。
「ふっはぁ。ふっはぁ。そうみたいですが、ふっはぁ~大丈夫ですよ」
「そうですか・・・・でも、この犬って本当に可愛いわね。うちにも、同じ種類の犬を飼っているのよ」
 女性は、男は直ぐにでも帰りたいが、まだ、雨が降り続けているために帰れない。そう感じて、少しでも気持ちと体調をほぐそうと、思い付く言葉を話し続けるのだった。
「そろそろ、雨が止みそうね。家は近くなの?。もし良ければだけど、家まで付き添いましょうか?・・・本当に、わたしのことなら何も気にしなくていいのよ」
「ありがとう。でも、家は近いから!。あっありがとう」
 雨が止むと、直ぐのことだ。自分の犬を奪うように受け取ると、足元がふらつきながら駆け出して、自宅ではない方向に向かうのだ。今までの様子と会話などで、女性は、不快には感じなかったが、それでも、男の態度などに驚くのだったが、そんな内心では・・・。
「まあ、でも、気持ち的には優しそうな方だったわね。それに、顔の作りも、好みに近かったわ。もう一度、会えるかしら・・・なら、ついでに、あのペット何でも相談の人に探してもらうかしら・・・もう、わたしったら、何を言っているのか、嘘、嘘よ。本当にっもう!」
 女性は、他人に自分の今の様子を見られるなど、まったく考えていないまま独り言を呟くのだった。そんな頃だった、男は、女性から逃げるように駆け出した。その行先は、自宅ではなくペット何でも相談の玄関の前に立っていた。その勢いのまま玄関を叩くのだった。
「すみません。すみません。すみません!」
「外にある花なら好きなだけ持って行っていいですよ」
 小さい主は、苛立ち気に答えた。それは当然の反応だったのだ。今日だけでも何度目の呼び鈴などや訪問の客だったからだ。
「違うのです。依頼の追加のことです」
「あっ!」
 玄関子機のスピーカから驚きのことが聞こえ。男は、再度、言葉を掛けると、同時に玄関を開けるのだった。
「女性の写真を見せて下さい」
 玄関子機に出た者と同じ人だと思ったのだろう。それもあるが、心の思いを伝えたい意味だけ伝えたことで、相手には、まったく理解が出来なかった。それも、祖母では、青年の男性の性知識が分かり過ぎる程に分かるので正直な気持ちを伝えたのだ。
「やっぱり、綺麗なお姉さんのビデオでも借りると良い。そう思うわよ・・・・もし借りるのが恥ずかしいなら借りてきてあげてもいいわよ。勿論、依頼料なんて取りません」
「違う!違う!違いますよ!」
「でも、孫に、その手の依頼は困ります」
「だから、違います!。もう~その手の話題は忘れて下さい。本当に違いますから!」
「そんなに興奮して、でも、追加の依頼は、女性の写真が見たいのでしょう?」
「詳しい内容を話しますから、まずは、コップ一杯の水と中に入れて下さい」
「まあ、はい、はい。どうぞ」
 男は、応接間の客側の席の真ん中に座って、まずは、水を一気飲みするのだった。そして、男は、祖母と小さい主に来夢までが、先程の雨宿りの件の話を聞くのだ。
「もしかしたら同じ女性かもしれません」
「う~ん。気持ちは分かるのだけどね。個人情報は・・・・でもね。確かに、共同の依頼だから見せられない程ではないのだけど。出来れば、もう一人の女性の依頼人に許可を求めてからでは駄目でしょうか?」
「祖母様。どうしても、写真を見せられないのですか?」
 来夢が、小さい主の声色で問い掛けたのだ。目の前の依頼人は気付いてないが、祖母と小さい主には分かる。でも、猫に人の世界の法律など説明など出来るはずもなく、仕方なく、祖母は、猫と依頼人に頷くのだった。その後、孫に視線を向けた。その意味が分かり。小さい主は、一枚の写真を手に持って現れて男の依頼人に手渡した。
「うぉおお~」
「美人でしょう」
 祖母には、写真を見せる前から男の反応は分かっていた。女性から見ても、勿論、男性から見ても、百人に見せて九十九人は、男の依頼人と同じ反応をする。それが、分かっていたのだ。それで、祖母は・・・。
「追加の依頼の件だけど、この女性と仲を取り持って欲しい。それは、無理ですよ」
「・・・・・」
 この場の空気など猫に分かるはずもなく・・・・。
「雨宿りした。その女性とペットの飼い主の写真とは、同一の人物でしたか?」
「間違いなく同じ女性です」
「キャー!!!!それは、間違いなく、お守りの効果ですよ!!!」
 来夢は、興奮を表した。祖母は、驚きを表し、小さい主は、来夢が自分の声色を使ったことで、依頼人の男性に、来夢のことを隠すことだけで、何の話題であり何に驚いているのかも分からないのだ。それ程までに、真剣に演技をするのだった。
「これの効果なのか!」
 懐からお守りを出して、隅々まで見回してから大事そうに懐に戻すのだ。
「そうです。ですから、何一つも悩むことなく、ほんの一瞬でも、何も躊躇わずに、感じた通りの行動をして下さい。それで、全てが良い方向に向かい。最終的に、自分で思っていた以上の最高な結末を迎えられます」
「まあ、その話は、そのくらいで終わりにして、先ほどは、綺麗なお姉さんのビデオのことを言ったけど、今日は、どこも寄り道をしないで大人しく家に帰って寝なさい」
「あっ、は・・・い。そうします」
 結末は願いが叶うらしいが、その途中の何かがある。そう思うと、段々と不安になるのだった。それでも、祖母の話しで納得したはずなのだが、男は、席を立つことなく、まだ何か言いたそうにしていたことで・・・・・。
「そのお守りは、わたしが縫った物です。それが、大事な物だと言うのが分かったはず。もし、まだ、グチグチと何が言うことがあるのでしたら、何があってもお守りの直しはしませんよ」
「あっ、ああ」
 祖母は、男の依頼人が何か言いたそうだったが無理矢理に追い出すのだった。

第三十七章

 祖母は、男を追い出した後のことだった。小さい主もだが、来夢も、なぜ、突然に荷造りしているのか、その理由が分からなかった。それでも、祖母の様子を止めさせることなど出来ずに見続けるしかなかった。そして、全てが終われば理由を教えてくれるはず。そして、手を貸して。と頼まれるのも期待していた。
「来夢ちゃんに紐を付けて、それと、汚れても良いような服に着替えて、でも、外で夕食も食べる予定だから・・・・まあ、なんでもいいけど、それなりの服にね。分かったの?」
「はい」
 突然の外出の原因は、小さい主が、先ほど運命の修正の開始をした。開始とは、枯葉をばら撒く事が開始だが、その時に上空にばら撒いた無数にある枯葉の一枚の要因で、祖母に電話が掛かってきたことだった。それでも、まったくの予定外ではなかった。正直に言うと待っていたが、突然の今日だということで驚くことではあったのだ。
「婆ちゃん。この服でいいかな?」
 頬を膨らませて不機嫌そうに自分の姿を見せるのだった。
「まあ、それで、いいでしょう」
「それよりも、これから、どこに出掛けるのか、その理由くらい教えてよ」
「狸の葬儀をするのよ」
「え」
「葬儀屋も忙しいらしくてね。本当は、早くても一週間は過ぎるだろう。そう言っていたのだけどね。それがね。先ほど、突然に電話があって、今日の今からなら行けるから用意してくれって言われてね。何かね。家の中に枯葉の突風が舞って遺体の顔の上に一枚の枯葉が落ちたらしいの。すると、今の葬儀屋に不服があるからとかのキャンセルの騒ぎになったらしいのよ。それで、祖父の方のお寺ではなく、祖母の方の代々の墓のあるお寺の住職に任せるらしいわ。変だと思うでしょう。それが、面白いことに突風と同時に電話があったらしいのよ。それに、その祖母の子供が良い歳の子で家督を継いでいるのだけど、夢にも思わなかった凄い栄転の話が突然(祖母は知らないが、運命の修正の一部だった)にきてね。その地が祖母の生まれ育った所だったらしいから家督も次男に任せる。とかで、葬儀屋の方も、葬儀を断る電話で悲しいのか、嬉しいのか、訳の分からない電話だったらしくて、だから、分かりました。その一言で電話を切ったらしいわ」
「葬儀か・・・」
「それに、娘が亡くなった正確な場所も分かったことですし、お花と大好きな食べ物でも持っていきましょう」
「娘・・・・母のことですね」
「そうよ」
「それなら・・・煙草とお酒は必要ないのですか?」
「父や祖父は、あっ、母もですが、煙草とお酒は飲まない人だったのですか?」
「ん~う・・・ん・・そうね。三人でお酒を飲んでいたわ。それに、あなたの父は可なりの喫煙者だったわ。だから、お酒も煙草も持っていきましょうかね」
 酒と煙草の話題は、まだ、早いと思っているのか、それとも、父親の話題が嫌だったのか、何の理由が知らなかった時は、父親の運転事故だと思ってたために、今でも、娘を殺したと感じているのだろうか、だが、お供え物を許したこともあり。祖母は笑顔で返事を返したのだから何のわだかまりはないことは感じ取れた。
「え・・・・と・・・煙草の銘柄と・・・お酒は、なんだったかしらね・・・・」
「今、店に行って聞いて買ってこようか?・・・・店主に聞けば直ぐに分かるはずだよ」
「それは、だめ、そろそろ来るはずなの」
「そうか、なら、また、外に献花台を置かないと、駄目だろう。出してくるよ」
「待って、それは、いいの。今回は、娘たちの死んだ所を見に行くから・・それと、狸の方は、簡易的な埋葬だけだから・・・・」
「ふ~ん。そうなんだ。うん、分かったよ」
 小さい主は、祖母が用意している荷物を見ると、簡易的とは思えない程の荷物が有るのを見てのことなのだが、それ以上は、何も言わずに、頷くだけで答えた。
 小さい主は、特に何もすることがなくなりソファに座るのだ。祖母の方も喉が渇いたと言う訳でもないだろうが・・・・。
「コーヒーか紅茶でも作ろうか?」
「うっ・・・ん・・・なら、紅茶!」
「はい。私も紅茶にしようかしらね」
 台所に向かい、湯を沸かそうと、やかんに水を入れてコンロに乗せて火を付けた。すると、玄関の方から呼び鈴が鳴るのだった。
「あっ!」
 祖母は、直ぐにコンロの火を消してから玄関に向かった。二度目の呼び鈴が終わる頃には、玄関を開けて、客を出迎えるのだった。
「えっ、その・・ですね。この時間で今からでも本当に構わないのですね。現地に着く頃には夜になりますよ」
「はい」
「もし、その、提案があるのですが・・・・」
「なんでしょう?」
「あの、ですね。今日は、場所だけを確認して、掃除は明日にしませんか?。勿論、旅館の方は、こちらで、手配しますので、食事や温泉に入って、今日は、ゆっくりと泊まりませんか?。勿論、明日の夕方にでも迎いにきますよ。どうでしょう?」
「えっ!」
「費用の方は、今までの通りの簡易的な葬儀での値段で構いませんよ」
「そこまで言われるのでしたら・・・・」
「あっ、それとですね。息子と連絡が取れなくて、息子の家に寄るのだけは許して欲しいのです。それに、勿論ですが、葬儀の日程を変更するのにも、何も問題はないです」
「はい。その好意を喜んで受けますわ。でも、狸に猫なども一緒で本当にいいのね」
「勿論です」
「まあ!!何年ぶりの温泉ですわ。本当に楽しみです」
「それでは、私は狸の遺体をお棺に収めますので、その間に必要な物を車に入れて下さい」
 人の葬式と違って、家族以外が遺体を見ることは殆どないために、遺体を綺麗に整えることと、一般的に子供が飼い主の場合が多いために、お経を読むことは殆どの場合はない。その代わりに、常に見守ってくれるなどの物語を話すのが普通だった。それも今回は、野生の生き物であり。生まれ育った森に帰そうと考えての埋葬であり。注意する点は、全て土の中に埋めて土に帰る物を使用する。それだけだった。
「終わりましたが?」
 葬儀屋の人は、自分の後ろから視線を感じて振り返った。すると、祖母と小さい主が様子を見ていたので問い掛けたのだった。
「はい」
「それでは、二匹の狸も籠に入れてくれませんか・・・・それと、猫は・・・・」
「勿論、猫は家族ですからね。絶対に連れて行きますよ」
「それなら・・・」
「家の猫なら紐を付けますので大丈夫です。荷台に載せずに自分の膝の上に乗せます」
 小さい主は、狸と同じに籠に入れてくれとでも言われると思って、葬儀屋の人の言葉を遮って思いを伝えた。
「そうですか・・・・」
「何か問題でもありますか?」
「いえ、何でもないです。それでは、行きましょうか」
「はい」
 霊柩車には、荷台と言うのも変だが、子供の狸が入っている籠の二個と母の狸の遺体を載せてから葬儀の人は、祖母のために助手席の扉を開けて待っていた。
「ありがとう」
 祖母は、玄関を開けると、助手席の扉を開けて待っていたことで、感謝の言葉を伝えた。その直ぐあとに、小さい主が出てきたが、葬儀の人の様子を見たことで、祖母のことは任せられると判断をしたのだろう。来夢が出て来たことを確認すると、玄関の鍵を閉めてから後ろの席に、来夢と小さい主は乗るのだった。
「忘れ物はないですね」
「はい。お願いします」
 祖母の言葉を聞くと、ゆっくりと、静かで滑らかな車の動きで走りだした。普段から亡くなった者に敬意を感じて運転をしているのだろう。だが、なぜか、葬儀社の人は、謝罪の言葉を言うのだった。二度目の謝罪の言葉を言うと、何か、悩みと言うか、困った表情と溜息を吐くのだった。
「すみません。少し寄り道をしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「はい。構いませんよ。その約束ですからね」
 葬儀の人は、もし、断られても、何かの理由を作ってでも行く気持ちだと、声色から判断ができた。
「どうしたのですか?・・・・もしかして、今日の突然の電話の理由は、これから向かう理由が出来たからですね」
「そうです。息子と連絡がとれないのです。それで、息子が心配で、まあ、この近所でもあるので、息子の家に行って理由が分かれば問題はないのです。それに、先に娘が行っていますので既に問題は解決しているはずです」
 この時代には、まだ、現代の用途の携帯電話という便利な物はない。有るには有るが大きくて高価であり。軍用の物である。もしあれば、直ぐに、携帯に電話すれば直ぐに解決するはず。だが、携帯はない。その為に、息子の家に向かうのだ。
「それは、心配ですね。こんな時に、小説などの未来の世界に有る。と言われている。小型の持ち運びできる。携帯電話なんて、あれば、直ぐに解決するのですのにね」
「そうですね」
 祖母の冗談のようなことを言われて、葬儀の人は、そんな内容の本の愛読書があるのだろう。微笑を浮かべると、口が滑らかになって行った。
「昨日は、葬儀の関係で徹夜だったので、夕方からでもゆっくりと眠る気持ちだったのですがね。娘の電話の内容を聞いてから寝てられなくなって、突然のキャンセルがあったなどと、嘘を言ってしまいましたが、本当に済みませんでした」
「いいのですよ。そんな、嘘なんて気にしませんよ。本当なら直ぐにでも息子の家に行きたかったのでしょうに、逆に、感謝しています」
「そう言って頂けると、なんか、正直に言わないとなりませんね。他の葬儀屋は分かりませんが、家の葬儀社では、会社の一人一人の人件費から葬儀の備品などを一日の行動計画書で料金を決めていますので、私用での煙草や缶コーヒーを買う時間も明記して時給を計算して請求金額から削除しなければならないのです。それで、息子の様子を見るために抜け出したなど書けませんので、本当に失礼でしたが、狸の葬儀として利用させて頂いたのです。もし・・・」
「それは、分かっています。ペット探しでも一日の詳しい行動計画書が必要ですからね。それに、謝罪の気持ちなのでしょう。温泉の旅館の費用なんて、今回の葬儀依頼の値段では、赤字でしょう。逆に感謝していますよ。本当に久しぶりの温泉ですしね」
「そう言って頂くと、嬉しいです・・・あっ!息子の家に電気が点いています」
「息子さんの家に着いたのですね。私達は、車の中で待っていますので・・・」
「はい。すみません。少しの時間で帰ってきます。息子の様子を見てくるだけですから!」
 祖母の返事を返す感じの内容なのだが、葬儀屋の人は、祖母の言葉など耳に届いていない感じで、ただ、思っていることだけを声に出して、言い終わると、即座に、息子の家に駆けだしたのだ。すると、直ぐのことだ。窓を開けて叫んでいるが、車に乗っている。祖母や小さい主に言っているのではないのは分かる。恐らく、息子が家に居ないために名前を叫んでいるはずだ。
「父さん?」
「えっ!」
(確か・・・熱があったはず・・・もしかすると、病院に行ってきた。その帰りなのか?)
 小さい主が驚くのは当然だった。車の左側の窓から葬儀屋の人が叫ぶ姿が見える。だが、驚きの声が聞こえて振り向いた。すると、車の右側の窓には、今回の犬の件での男の依頼者が驚く様子が見えたのだ。恐らく、自分の家の窓から叫ぶ男を見て驚いている。そんな様子を見たのだ。祖母も気が付いて車の右側の窓をゆっくりと開けた。その間に、男の依頼人も何か話があるからだろう。車の右側の窓が開かれるのを待っていた。
「あら、あらあら、熱は引いたの?・・・でも、大人しく寝ている方がいいわよ」
「あっ!あああっ!ペット何でも相談の!すみませんが、父とは、どんな関係なのですか?」
「簡単に言うと、今は、大事なお得意さんですね。でも、昔から知っているわよ」
「えっ?」
 男の依頼者は、父の昔に何があったのだろう。などと様々なことを考えてしまったのだ。

第三十八章

 祖母の言葉の通りに、幼い頃の友達であり。小、中、高の同級生でもあり。同じ学校を卒業していた。社会人になっても、二人とも家の稼業を継ぐのだった。祖母は病気で入院することになってしまったが、長馴染みの男は、いまだに、現役の葬儀屋を続けていたのだ。だが、この依頼人の男は死体を見るのが嫌で一人暮らしをしていた。それでも、先程から息子を心配しているのには理由がある。一人暮らしでも定期的に会って息子を厳しく教育する。と妻を説得した。そして、歯ブラシ一本でも他では働かせずに家の稼業の手伝いだけで生活させて家の稼業をならす。正確には、死体になれるためだ。それで、一人暮らしが可能になったのだった。そんな訳で、男の依頼者は・・・・。
「父さん?。どうしたの!何かあったのですか!」
 手を振って、自分の場所を示した。
「そこに!いろ!!!!!!」
 父は、息子が、何事もなく平然としていたことで心配のあまりの感情を通り越して怒りの感情を芽生えた。その感情のまま怒りを爆発して叫んだのだ。
「父さん」
「どこに居た?!何をしていた!今!何時だと思っているのだ!!!!」
 息子の目の前に立つと、襟首を掴む程の勢いで問い掛けるのだが、走ってきたことで息を整えるために、襟を掴まなかったが、直ぐに息が整わないのは、恐らく、窓から離れると家の中からでも走って来たのだろう。
「あっあの・・熱があったから病院に行ってきました」
「そうだったか、大丈夫なのか?」
「はい。点滴をしてもらったら、だいぶ、良くなりました」
「薬はもらって来たのか?」
「はい」
「それにしては帰りが遅かったな・・・なにかあったのかと心配したのだぞ」
「すっすみませんでした」
「まあ、病院では・・仕方がない・・・・まあ、どうするかな?」
「なにが、どうなのですか?」
「娘も夕食もまだらしいし、お前もと思ったが、熱があるのなら薬を飲んで寝た方がいいだろうな。でも、温泉なら風邪にも効果があるのかも?・・・・どうする。行くか?」
「お腹もペコペコですし、温泉に行きたいです。久しぶりの温泉です。行きたいです」
「分かった。分かった。連れて行くから~」
「本当ですか!!」
「それなら、温泉に行く準備をしてこい。それに、寒いと、また、熱でも出されたら困るからな。もう一枚でも上に着るのも持ってくるといいぞ。それと、勿論のことだが犬も連れてきなさい。泊まることになるからな」
 男の依頼人は、父の返事などを聞かずに、自分の家に駆けだしていた。
「すみません。もう少しお待ち下さい」
 葬儀の人は、息子の様子を見て安堵したからだろう。やっと、とは変な言い方だが、祖母が乗る車に気付くのだった。
「構いませんよ。でも、あの子の熱は、たぶん、恋をしているのよ。女の子に欲情しているのかもしれないわね。まあ、若いから身体が火照っている。そう思うわ。だから、あまり、心配しなくてもいいと思うわよ」
「えっ!あいつ!恋をしているの。生意気!それも初恋なの!」
 驚くことに、車の後部席には、すでに、葬儀屋の娘が乗っていた。兄の家事を定期的に手伝いに来ていた。だが、今日は、連絡が取れなく兄も居ないために周囲を探していたが見付からず。イライラしていたが、父の車を見て後部座席に乗っていたのだ。そして、祖母の話を聞いて理解すると、その内容に驚きの声を上げていた。
「そうですか」
 父は、娘に鋭い視線を向けた。それは、娘に、これ以上は、口を開くな。話をするな。そう言っているようだった。娘の方も意味が分からないことだが、確かに、自分でも少し悪口の言い過ぎたと感じていた。だが、口に出さないがことだが、言いたい気持ちもある。毎日、食事を作って、また、母の料理を持ってきているのに、少しは女性の扱いをして欲しかった。そんなことを心の中で思う気持ちもあったのだ。
「もう少し待っていて下さいね」
 この葬儀屋の人の簡単な話しには、男の父であり。娘の父である。親としての謝罪の気持ちが込められていた。それは、言葉よりも、祖母に深々と頭を下げることで心底からの謝罪が感じられたのだ。
「いいのよ。娘を育てたこともあるから気持ちは分かるわ。それに、男の子ならはっきりと感情を表す子の方が、この先のこと考えるなら安心と思うわよ。うちの子は、一度も女の子を家に連れてこないから、もしかしたら、男が好きなのかと、変なことを考えてしまうわ。それくらいは安心させて欲しいわ」
「まあ、それは、大変ですね・・あっ・・やっと、来たようですね」
 祖母の話しは、話す程に、孫の愚痴のような話になり。何て答えて良いのかと困っている時に、息子が階段を下りて来る姿を見て安堵するのだった。
「本当に、遅れてすみません」
 犬を抱っこして現れた。
「それよりも、薬を飲んで来たの?少し熱があるのでしょう。大丈夫なの?」
 先程の悪態とは違って、優しい姉が弟を心配する様子を表した。娘の父は、先程の話しを聞いたことで、息子の世話が嫌だと感じて止めさせるかと感じていたのだが、今の話しの内容と声色で違う意味で心配になった。
「本当に、優しいお姉さんみたいね。これからは、もう、心配をかけさせないのよ」
「ごめんなさい・・・・」
「・・・・・」
 息子は、子供扱いにされて恥ずかしくなり。謝罪された娘も先程の悪態を知っている者ならの言葉なので、同じように恥ずかしくなり俯くのだった。そして、暫くの間のことだ。車内は無言になるのだ。それに耐えられなくなったことで・・・
「まあ、お前もなぁ。何時も来る時間が分かっているのだし、時間の通りに戻れないなら自宅に電話してくれたら騒ぎが起きなかったのだぞ」
「ごめんなさい・・・」
「父さん。そんなに、忙しくて、大変な時なのに、良かったの?」
 葬儀屋の人は言うのだ。突然の葬儀のキャンセルされたことを理由に使ったと、もし後から理由を調べられて、まだ、息子が帰宅しない。そんな娘からの電話が葬儀中の家に電話が掛かり、葬儀が中断だけではなく、キャンセルしますと言うだけで帰った。そんなことが妻に発覚したら倒産の可能性がある程のことだ。と発狂するはずだ。それに、この周辺の街で祖母のことを知らない者はいないし。それ程までに、家族以外に知られて困ることを様々な依頼されていたのだ。それに、息子も、今までに一度も夕食の時間に家に居ないことなどない。だから、娘も心配になったのだろう。だが、成人男性が帰宅してない。そんなこと携帯にでも電話すれば済むだろう。そう思うだろうが、この時代では、携帯もパソコンもない。そんな時代の固定の電話とは、それも仕事先に電話となれば正気を失う。それは、当時では当然のことだったのだ。そして、運転中だったから深々と頭を下げることはしなかったが、再度、言葉で謝罪をするのだった。
「そんなこと大丈夫よ。本当はペット専門なのだけど、他人に知られるのは困るとかで浮気調査なども解決して来たのよ。なにかあれば、適当に誤魔化せるわ。何か困れば、私の名前を出せばいいわ。だから、安心していいわよ。もう笑って終わりにしましょう」
「あっはははは、まあ、正直に言うと、娘、息子と言いましたが、本当は、二人の問題を解決しないと、妻は、酒どころか、食事も作ってくれませんのでね。酒が飲みたいだけなのですよ。本当の気持ちはね。あっはははは」
「それでしたら一緒に飲みましょう」
「うっ・・・・・」
「奥さん。今帰っても葬儀のキャンセルで怒っているのでない」
「そ、そそうですね。泊まって行こうかな」
「それでも、家に電話はしないと、駄目だからね。まあ、誤魔化すなら全てわたくしの所為にしていいわよ」
「そうですね。分かりました。旅館に着いたらすぐにでも電話をします」
 祖母は、大きく何度も頷くのだった。
「酒は駄目だよ。仮の退院なのだよ」
「少しね。少しだから付き合い程度よ。それに、なんか、不思議と身体が凄く調子がいいのよ。それに、少しなら酒も良い薬になる。そうとも言うでしょう」
「なら、いいけど・・・・でも、自分の身体なのだから分かるよね。本当に少しだけだよ」
「分かっているから大丈夫よ」
 小さい主は、祖母の病気は完治しない。それを知っているから好きにさせたい気持ちはあるが、もしかしたら病気が悪化するか、身体の痛みを我慢するために酒を飲むのかと様々なことを考えてしまうのだった。そんな、気持ちを感じたのか、突然に、葬儀屋の人が・・・。
「猫と壺と屋敷って本のタイトルを知っていますか?」
「有名だから知っていますよ。ある領主の館で女中の猫が、領主の壺を割ってしまい。その場で女中の理由も聞かずに首を刎ねた。そして、女中の飼い猫が復讐を考えたのだ。領主の精神が狂うように化け猫に変化して、朝も昼も夜も深夜も眠れないように叫び続けるだけでなく、家臣や姫などに化けては、脅し、暗殺、色気を誘うなどと様々なことをして恨み殺した。その話でしょう。でも、発祥地がこの村とは驚きです」
「そうそう、江戸時代の頃まで有名な歌舞伎だったらしいね。でも、新しい世の中に変わると敵討ちの話が禁止になり。その頃から発祥地のことも忘れられて、それと、同時に村からも人も他に移り、人も訪れることもなくなり。その話が伝説になり。噂が広がり。様々な諸説なるのだが、確証なのは、屋敷の地下にある真っ暗闇の座敷牢に閉じ込めて餓死させた。それが、事実らしい」
 突然に、変な感じで男の会話が途切れた。それは、来夢の驚きとも痛みとも思える。一言の鳴き声に驚いたのかと、いや、それは、違っていた。直ぐに、車内の者達は理解ができた。自動車のワイパーが動いたからだが、直ぐに車外に視線を向けた。それは、当然反応で、雨でも降ってきたのかと思ったのだが・・・・。
「枯葉ですね。何度も動かすよりも、車を止めて取った方が良いと思いますわ」
 祖母の提案で、後部席の者達も理解ができた。それで、枯葉のことで会話が始まった。これが、絶好の機会とでも思ったのか、来夢が、小さい主だけに聞こえるように・・・。
「気をつけて下さいね。今も、これから先も、何か感じました」
「あっああ」
 小さい主は、来夢の言葉の意味は、枯葉がフロントガラスの視界の邪魔をして運転に支障がある。そんな理由だと感じての返事を返したが、来夢の方は、枯葉が運命の修正の前兆だと感じての一言だったのだが、直ぐに車が止まったこともあり。車内の会話も止まったことで、問い掛けることも再度の注意の言葉を掛けることもなかった。小さい主は、もし来夢の話を勘違いしていなければ、この先のことだが、少しの心構えが出来る事で驚きの悲鳴を上げることもなかったはず。
「ちょっと、待って下さいね。あっ!」
 葬式屋の人は、運転席の扉を開けると、同時のことだった。走行中の風圧が無くなったことで枯葉は、フロントガラスからスルスルと、ゆっくりと動いて地面に落ちるのだった。そんな車内では、笑いごとと、大きな溜息と、安堵の声が響くが、来夢だけが、運命の修正の開始の合図だと感じたのだ。
「面白いわね」
「まあ、でも、イライラと運転するより。車を止めて良かった。そう思うわ。正直に言うと、娘達の事故の状況を思い描いたわ。本当の怖かったわ。でも、本当に安心したわ」
「そうでしたが、本当にすみませんでした。あっ、もしかすると落ち着いた気持ちで運転しないさい。そんなことを伝えようとしたのかもしれませんね」
「あははは!。それは、考え過ぎだと思いますわ。でも、嬉しい気遣いね。ありがとう」
「まあ、でも、急がずに、ゆっくりと行きますので安心して下さい」
「ありがとう」
 葬儀屋の人の気遣いとは違うが、誰も話をせずに、窓の外の景色を見ていた。もしかすると普段から見ている車内や家族や知人の顔を見るよりも、窓の外の景色を見ないと損がするとでも思っているかのように喜びだけでなく安らぎを感じているようだ。逆に葬儀屋の人の方は眠気を感じてきたのか、車内の者に問い掛けることもなく、小さい音量でラジオの電源を入れるのだった。そして、窓の外の景色にもラジオの低い音にも耳が鳴れて聞き取れる頃だった。
「ふん、ふん、ららら~ん」
 祖母の鼻歌なのか、囁きのような歌声が車内に響くのだ。
「その歌が好きなのですか?」
「えっ!聞こえていたの?まあ、恥ずかしいわ。そうよ。娘が好きな歌でした」
「旅館に着いてからでも、カラオケでもしてみますか?」
「私・・・カラオケって、一度もしたことがないの・・・ですよ・・・できる、かしら・・」
 祖母は、不安そうな言葉だが、声色にも表情にも凄い喜びが感じられた。

第三十九章

 過疎の旅館に向かう途中だった。その車内では、運転手を入れて男女五人と一匹の猫と一匹の犬が乗っていた。まだ、荷台にも狸二匹はいる。その途中のことだ。祖母は、窓越しから車外の景色を見ながら歌を聞いていると、楽しい気持ちになり。自分でも気付かないで歌を囁いたのだ。すると、運転手の男が、自分と同じ年代にしては、もう少し若い人が聞く歌なので驚くのだった。だが、孫は、その歌は聞いたことがある程度なのだ。だが、正直に言うのならアニメの歌しか聞かないために詳しく分からないでいた。それも、少々不安な気持ちは、歌を知る。知らない。そんな意味ではない。これから、目的地に着いたら、車内に居る全てでカラオケをする。それも、強制的に参加するためになるだろう。それで、不機嫌だったのだが、車内に居る。祖母以外に、もう一人の女性は、孫ほどの歳の開きはあるが、まるで、二人で一緒に歌えるのを選んでいるような笑顔だった。そんな車内で、人でなく猫だからだろうか、小さい主の膝の上で寝ている来夢だけが、何も考えずに気持ち良さそうに寝ているが、この地での伝承である。化け猫は、自分の生まれ変わる前である。転生でもある。その猫だとは思っても考えてもいないだろう。
「目的に着きましたよ。ここが、そうです」
 旅館の正面玄関の前に、車の正面のまま車を止めるのだ。そして、運転席から降りることもなく、指さすのだった。もしかしたら、嫌なら、車から降りることなく帰ることにしますか?。そんな、いい加減な対応だが、別な考え方なら自宅と同じ気持ちで気を遣わなくて良い。そうとも感じ取れた。
「ここなのね。そうなのね、なんか、古い建物だけど、久しぶりに戻ってきた実家のように思えるわね。そんな、雰囲気だから閉館になっても、ときどき、臨時の開館を頼まれるのね。なんか、その人達の気持ちが分かるわ・・・・でも・・・・」
「どうしました?」
「何か、古いからカラオケは・・・・置いてなさそうね」
「・・・」
(マジで、カラオケをする気持ちだったのか)
 車内の雰囲気は、皆が同じ内心の気持ちだったようだ。だが・・・・。
「あはははは!大丈夫ですよ。宴会用に置いてありますし、こんな、過疎の何もないような地域の雰囲気ですが飲み屋もあるのですよ」
「それは、スナックとか、バーとか言う店ですね」
「そうそう、なんだ、知っていたのですね。残念ですね。知らないなら連れて行こうとしたのですけどね。本当に残念です。驚かせたかったのですよ」
 そんな話の途中で、祖母は、一人で助手席の扉を開けて外に出た。
「どうしたのです?・・・・入らないのですか?」
 祖母は、誰も降りてこないので、不思議そうに車内にいる者に問い掛けた。
「ああ!腹が減った。早く入って食べようよ」
 小さい主は、祖母の言葉を聞いてから車内にいる。誰よりも先に来夢を抱えながら出て来た。だが、一番の不満を感じているはず。わざとらしいことを言いながらだが、その気落ちには、祖母だけが気付いていないようだった。祖母の手を取って歩き出すと、他の者達も車外に出るのだった。だが、葬式の屋の息子以外は、それなりの楽しみがあって笑みを浮かべていたように思えた。
「いらっしゃいませ」
 旅館の女将と、その娘だろう。玄関を開けると、出迎えてくれたのだ。
「えっ!」
 小さい主は、驚きの声を上げた。
(あっ・・・・幼児体型?)
 小さい主の驚きの表情を見て、来夢も知っている娘なのか?。そう悩んだ。だが、正確に言えば、来夢は、人の女性の判別は、幼児体型と遮光器土偶の二つしか認識が出来なかった。そんな、小さい主の驚きなど気付かずに、葬式屋の人と息子が一緒に入ってきたのだ。その後に、妹が付いてきた。
「亜希子ちゃん!」
「えっ!」
 男の依頼人は犬を落としてしまうほどに驚くのだ。それは、妹と学校が一緒であり。従妹だったためだ。小さい主は、直ぐに、恥ずかしそうに俯いた。そして、大人たちは、何かを話し合っていたが、女将から亜希子は、先に子供達を部屋に案内するように言われたのだろう。直ぐに、手の仕草で部屋に案内します。そう伝えながら歩き出した。その時、小さい主は、一瞬だけ、亜希子に顔を向けた。自分が知る女性なのかと、確かめたのだ。
「直ぐに、食事を御持ちしますので、少々お待ち下さい」
 亜希子は、祖母と小さい主以外は従妹なのに、他人のような接し方をするのだ。それに対しても、小さい主は不審に思うのだ。
「どうしたのだろう」
「そうね。いつもなら、久しぶり元気だった!くらいは言うのにね」
「そうだよな」
「いろいろと忙しくて、疲れていたのかもしれないわね」
「そうだな・・・あっ、そうだ。先に風呂に入らないか?」
「あっ、そうしなさいよ。猫ちゃんなら悪戯しないように預かってあげるわ。安心していいわよ。うち、犬も好きだけど、猫も好きだから大丈夫よ」
 無言とは変だか、小さい主と話しながら兄から犬を手渡されながら話すのだった。
「えっ!その・・・あの・・・」
「いいから!行くぞ!」
「あっ、待って!、待って!。浴衣と、タオルを忘れているわ!」
 来夢が逃げないようにするために襖を少し開けて首だけをちょこっとだけ出して叫ぶのだ。二人は、直ぐに部屋に戻り。言われた物を手に取ると、直ぐに出て行った。少し廊下を歩くと、先程の部屋には声が届かない。そう思ったのだろう。
「何か、突然にごめんな。妹と従妹が女性同士で何か話しでもある。そんな感じがしてな。まあ、考え過ぎならいいのだけど、だから、少しの時間だから付き合ってくれよ」
「いいですよ。それより、熱は下がりましたか?・・・それと・・・・」
「あっあああ、依頼の女性のことだよな。俺、年上、とか、年下とか関係なく、女性がいると、なんか、普通の態度ができないっていうか、だから、初恋でも違うにしても同じ態度かもしれない。それで、熱が出たのかも、許してくれな」
「まあ、気にしてないですよ。ただ、初恋だから・・とか、女性に付き合う方法とか、そんなことでも、聞かれるのかと、そう思っただけです」
「ない、ない。それはないよ」
「それでも、祖母に、それなりに、何て言うか、それとなく、聞いてみるのは、良い結果になるかもしれないよ」
「うん。ありがとう」
 男の依頼者は、なにか、悩んでいるような返事を返した。その後、温泉に向かう廊下でも、浴槽でも湯船の中でも、部屋に戻る時でも、会話らしい会話をしないまま部屋に戻るのだった。
「夕食の用意は出来ておりますので、ごゆっくりどうぞ」
 二人が部屋に入ると、亜希子は、少々驚く様子で慌てて出て行くのだった。
「何か話していたのか?・・・それも、女性特有の何て言うか・・相談というか・・・」
「ないわよ。でも、なんで!」
「なんでって、なんて言うか、今日は、何か変でないか?」
「女性特有の、あれ、だったのでないの?」
「そそ、そうか、そうか、そう言うことか、そうだな。うんうん、なんでもないよ」
「そんなことよりも、夕飯を食べずに戻って来るのを待っていたのよ。だから、早く食べましょうよ。もう、お腹がぺこぺこよ」
「そ、そうだな。ごめん。ごめんな。食べよう。食べよう」
 男の依頼者は、部屋に入らずに、廊下で歩き去る従妹と妹を交互に見ていたのだ。そんな会話など興味がないと、そう思っていたのか、小さい主は、夕食が用意されている御膳の前に座って待っている感じだった。
「そんなことより、さっさと座りなさいよ」
 男の依頼者が座ると、三人は、殆んど当時に頂きます。と挨拶を言って食べ始めた。
「あっ!」
 小さい主は、自分が食べだしてから猫のご飯の事を気付くのだが、部屋の中に居るはずだから視線で探すと、すでに食べていた。それも、驚くことに、カリカリ、缶詰などなどと自分のお膳の料理の数より多くて驚くのだった。
「どうしたの?・・・あっ、猫のご飯ね。凄いでしょう。この地域は、猫は神様みたいな感じなのね。だから、野良でも、お客の猫だろうが、この地域の猫でも普通のことなのよ」
「そそっそうなんだ」
「そんなに驚いて。そうね。いいわ。教えてあげる!」
「ありがとう」
「ねね、猫の髭を自分で抜くと、自分の寿命が縮むと同時に、願いが叶うって知っていた?」
「えっ!」
 小さい主は、声が出なかったのだろう。何度も、ブンブンと首を左右に振るのだった。
「本当に、猫の願いは叶うのよ。でも、命と同等に大事な髭だし、髭がないと歩くこともできない。そう言うでしょう。だから、絶対にしないわ。だって、何年間の寿命が縮むのかも分からないのだから願わないわよ。そうでしょう?」
「そうだね。よく聞くよね。猫の髭は、身体のバランスを取っているとも、距離感なども測っているとも言われる。猫が生きて行くため大事な必要な身体の一部分だしね」
「それがね。この地域の伝承では、本当に願った猫がいたのよ。それはね」
 自分の気持ちを落ち着かそうとしたのか、二口くらいお茶を飲むと話を始めた。
 その話とは、酷い領主だと言うのだ。年毎に年貢は上がり続けるだけでなく、何の為なのか分からない領地の見回りの時に綺麗な女性を見ると、言い掛かりみたいな事を言っては女性を連れて行くのだ。勿論のことだが、一人も家に帰って来る者はいるはずもなく。この世の全ての悪と言う悪を生き甲斐とでも思っているような領主だったのだ。もう一揆か住んでいても何時かは殺されるなら他の領地に逃げ出すかと、そんな末期の状態の頃だったのだ。また、女性が、領主の癇癪が原因で地下の座敷牢に入れられてしまった。そんな噂を聞くのだ。それだけでなく、女性は、歌を歌い続けている。と、そんな噂が流れている頃には、領地の民は応援する者が多くなるのだ。すると、様々な情報も広がり確信な噂も流れて、猫が、飼い主が座敷牢から出られないために、領主を呪い殺す手助けをしている。それを知ってから領地の民は、祭りなどの話題や噂を広めては、劇や様々な演目などで応援するのだった。
「そんな噂などで、化け猫の話しや伝承などの話しも・・・猫の髭のことも・・・」
「そうよ。そして、今では、カラオケ大会や人形劇に変わった形で現代まで続いているのね。子供の頃は大好きだったわ。地下の座敷牢から綺麗な歌が流れる。その歌に合わせて踊ったり、領主の精神を狂わせる時に、一本、一本と髭を抜いて化け猫になったり、色っぽい女性に変わったり、家臣に化けては襲ったり、今でも一番に思い出すのは、障子の影に二本足で立って踊る姿に、行燈の灯りを舐める姿は面白かったわ。それに、最後の展開では泣いたわ。だって、やっと、領主が狂って家臣を切り殺しまわって、そんな姿を見た家臣が領主を捕まえて地下の座敷牢に閉じ込めて全てが終わるの、その報告に飼い主に知らせに行くのだけど、既に、亡くなっているの。でも、最後の一本の髭を抜いて願うの。それも来世でも一緒に暮らしたいと願うの。もう髭がないから暗闇では普通に歩けないけど、何とか飼い主の身体に触れることが出来たと思うと、猫の命が尽きるのね。ここの場面で終わるのは子供に見せるだけ、文献や大人になって分かることは、史実とでも言うのかしらね。その女と猫の亡骸は、田畑に適当に捨てられるの。でも、村人は、自分たちの敵討ちしてくれたとして、供養の気落ちから祠を立てるの。それだけではなく、供養と言う形で歌と踊りが代々続いていたの。それが、月一度の縁日なのよ。でもね。今は、大会も縁日も何も催しはされていない。個人個人が集まってはカラオケをする程度なのよ」
「そんな神聖な会合に祖母が出てもいいのでしょうか?」
「それは、構いませんよ。私も出ようかと思っているわ。一緒に歌おうと思っているのよ。今から懐メロを歌えるのね。本当に楽しみだわ」
「やっぱり、食べていたのね。なら、良かったわ。あっ、来夢ちゃん。どうだった?すごく美味しかったでしょう」
 祖母と葬式屋の人が、部屋に入って来ると、直ぐに、来夢は、祖母の足元にすりよるのだった。そんなことよりも、祖母は、来夢の食事を見る前から、この地の猫の待遇のことを知っているようだった。
「まあ、美味しそうね。私達も食べましょうか」
「そうだな」
 やっと、全ての者が部屋に集まった。子供達は、そろそろ、食べ終わる頃だったが、大人の方は、お膳の料理を全て食べる気持ちはないようだ。恐らくだが、お酒を飲みながら食べるのだろう。もしかすると、女将とおつまみのことも話し合っていたのかもしれない。そんな頃のことだ。祖母は、孫に、葬式屋の人は、息子に話を掛けるのだ。息子は、直ぐに、お酒なら飲んでみたい。殆んど、即答するのだった。

第四十章

 小さい主は、この場の話を聞いて、自分だけが部屋に残ることになる。それを知るのだった。「そんなことにはなりませんよ」そんな意味なのか、来夢は、小さい主の膝の上に乗って甘えるのだったが・・・・。
「皆と一緒にカラオケはするのでしょう・・・・もしかして、歌を歌ったことがないの?」
 そう祖母が問い掛けたが・・・・。
「別に、そんな意味ではないよ。部屋にいる。時間つぶしに、何度か温泉に入るよ。だから、気にしないで・・・」
「にゃー」
「来夢ちゃんは、だめよ。あなたは、主役なのですからね」
「ニャ?」
 来夢は、意味が分からないのだろう。首をぎこちなく左右にゆっくり振るのだ。
「一人だけになるのよ。部屋に一人でいるの?・・・なら、どうしましょう・・・」
「あああっ、分かった。分かった。一緒に行くよ」
 小さい主は、嫌々と、本当に心底から仕方なく、しぶしぶと承諾するのだった。なんで、そこまで、嫌なのかは、恐らくだが、理由があるのだろう。
「それでは、そろそろ、行こうか」
「そうね」
 葬式屋の男が立ち上がると、祖母も、息子も娘も後を続き部屋を後にするのだ。その様子を見て、小さい主も大きな溜息を吐きながら立ち上がって、皆の後を付いって行った。温泉がある館の奥ではなく、玄関の方に向かうが、直ぐに、歌声が聞こえて来るので既に、始まっているようなのだ。祖母たちは、その歌声を辿るように歩くと、玄関の広間であったのだ。直ぐにでも数えられる程度の人数なのだが、女将も参加して大会と言うよりも親戚の集まりと思う雰囲気なのだった。祖母と小さい主だけが、この場の雰囲気に戸惑っている感じではいたが、祖母は、酒を飲んでいたこともあり。自分から進んで雰囲気に溶け込もうとしていた。だが、小さい主の方は、カラオケ大会には参加する気持ちがないのだろう。来夢を抱えて隅の方に座って様子を見る気持ちのようだった。
「・・・・」
 小さい主は、何度か溜息を吐いて様子を見ていたが、その溜息は、自分でも気付かず自分の意志とも関係なく、この場の雰囲気でもなく、ある女性を探してしまうのだ。そんな、視線に気付いたのか、目と目が合い。そして、こちらに、向かって来るのだ。
「ひっ・・・・」
 小さい主は、考えてもいないことが起きて、自分が、息もしていないことに気付かず程に驚いた。そんな様子などと、恐らく、知らない女性は近づくのだった。
「これですね」
 煙草の箱の大きさの紙片を一枚だけ手渡すのだ。
「えっ?」
「歌のタイトルと歌手名を書いて下さい。後ほど回収にきます」
 そっけなく、要件が済むと、また、ウロウロと、仕事らしいことをしている感じで歩き回るのだ。また、小さい主は、視線で追ってしまうが、その様子に来夢は、頭や身体を撫でるのも適当になったことで気分を壊したのだろう。広間から出て行ってしまった。それにも、気付かずに、視線を追い続けていたのだが・・・・・。
「来夢?・・・・ん?・・・・えっ、来夢は・・・どこ?」
 やっと、膝の上での猫の温かみがないのに気付いた。そして、猫の鳴き声が聞こえたことで、その鳴き声の方を振り向くが、来夢ではなくて、見たこともない。名前も何も知らない猫が鳴いていたのだ。それも、今やっと気付いたが、この広場には、一瞬では数えらない程の猫が、あちこちと、好き勝手に歩き回り、何かを食べている猫や誰かに抱っこされている猫などを見て驚くのだった。そして、思うのだ。もしかして、カラオケの歌声に引かれて集まっている。そんなことを思うのだ。
「あっ、そう言えば、狸の子供たちは?・・・・」
 祖母に聞こうとしたが、夢中で、次に歌うのを選ぶために本を見ていた。邪魔をするのも嫌だったので、一人で来夢を探しながら仕方がなく大広間から外に出るのだった。
「あっ!居た・・・えっ?・・・・」
 驚くのは、当然だったのだ。二匹の狸だと思ったのが、何匹の狸が、恐らく親子だろう。だが、それだけでなく、狐や兎などもいるのだ。もしかすると、森に棲む全てが集まってきている。そんな、多くの動物たちが居るのだった。
「自分のペットの狸を探しているのよね?。勿論、車内には居なかったでしょう」
「・・・・・」
 小さい主は、今までに聞いたことのない。女性の声を聞いて、ただ、耳を傾けていた。
「この地、いや、この村ではね。人の歌う声が響くとね。動物たちが集まってくるの。もしかすると、歌って弔いとでも思っているのかもしれないわ。だから、自分の好きな歌を歌ってあげなさい。狸にも気持ちが伝わるわ。それに、二匹の狸って亡くなった狸の子供でしょう。たぶん、あなたの歌を聞いたら戻って来ると思うわ」
「・・・・」
「この村に来たのは、狸の埋葬にきたのでしょう。もしかして、猫の伝承を知ってきたのよね。他の地や村は知らないけど、動物にも口伝がある。そう思うの。だから、多くの動物たちが集まってくるのだと思うわ」
「・・・・」
「何が言いたいかと言うとね。簡単に言うと、勝手に狸を逃がして、ごめんね」
「・・・・」
「許してくれないのね・・・まだ、仕事があるから行くわ。後で、用紙は取りにくるわね」
 小さい主が、無言で見つめてくるので、自分にたいしての怒りと感じて、その気持ちを解そうと思う全てを伝えようとしていた。だが、何も言ってくれず。これ以上は何も言うことがなくなり、諦めて仕事に戻るのだった。
「・・・・・」
「今、女性と話をしていたでしょう?。誰と話をしていたのです?」
「えっ!・・・・・うそ」
「後ろ姿で誰か分からないけど、女性の声色だったよ。それに、可なり長い話だったと思うけど・・・・違うの?」
「えええっ、なら、あの、耳に心地よく響く声は本当だったのだね。よく女性の声色を鳥の囀り。そう言うけど、あれは、それ以上だね。まるで、天女の声色と例えても良い程の音と言うか、手の平で鼓膜を柔らかく撫でられる感じだった。幻ではなく本当に人の声だったのだね。子守唄のように温かさを感じるだけでなく、オカリナの響きのように精神を落ち着かせるだけでなく、所々で、精神を高揚させてくれる。そんな声色でもあったよ」
「ほうほう、誰だかも分からずに聞いていたのね。でも、長い話しだったから怒っていたのかもね。謝った方がいいけど、もう一度でも会えれば分かるのかな?」
「どうだろう。分かると思うけど・・でも・・動物たちに囲まれたことでの異国的な別世界のような雰囲気も重なっていたし・・・・」
「でも、まだ、あの時、人の話が出来ない時に、なんども、来夢の鳴き声は心地良くて子守り歌のようだね。そう言ってくれたよね。そんなこと、もう忘れたのでしょうね」
「なんか、怒っている?」
「怒ってないですよ!」
「いや、怒っているでしょう」
「怒っていない。そう言っているでしょう。小さい主様。ちょっと、しつこいですよ」
 まるで、この様子を見た者が居れば、夫婦喧嘩でもしている。そう思って見ない振りをするだろう。いや、まだ若いことだし、恋人同士の夏の時期によく見られる。女性の嫉妬のようでもある。それは、他の女性の胸などを見てしまった。そんな、女性の気持ちの爆発のようでもあるが、猫には、盛りと言う感情があるために、人のような一年中盛りのような感情はないはず。それでも、猫と人とは思えない会話なのだ。もしかすると、来夢は、人の感情が芽生えてきたのかもしれない。
「なにか、気に障ることをしたのなら謝るから!」
「それより、その女性を探さなくていいの?。それに、二匹の子供の狸もいないですよ」
「そうそう、今まで狸を探していたのだった。どこに行ったのだろう」
「もう!小さい主様は!仕方がありませんね。一緒に探しましょう」
「ありがとう。なら、おいで、抱っこしてあげるよ」
「うん」
 来夢は、嬉しいのだろう。身体をくねりながら足下に近寄り。小さい主は、人の時のようにお姫様抱っこのように来夢のお腹を上にして優しくお腹をさすりながら抱えるのだった。本当に気持ちがいいのだろう。ゴロゴロと喉を鳴らすのだ。そして、普通なら言わないことも言うのだ。
「小さい主様」
「どうした?」
「猫もね。盛りの時だからって、誰でもいいのではないのですよ。先ほど、小さい主様が言ったように、耳に心地の良い響きを感じないと、運命の相手と思わないから雄も雌も逃げるのですよ」
「ほう、そうなんだ」
「そうですよ。もしかすると、先程の女性が、小さい主様の運命の人だったのかもしれませんね。もし、そうなら、また、会えるはずですよ。だから、安心していいですよ。恐らく、小さい主様の理想(来夢には遮光式土偶が理想と思っていた)の女性でしょう。でも、来夢には一目惚れする程の女性とは思えませんがね」
「そそっそんなの・・・それより、たった狸を探さないと!」
 小さい主は、恥ずかしいのか両耳を真っ赤にさせながら、夢中で、その感情を抑えるために狸を探す方に神経を集中させた。そんな様子を見て、まだ、子供ね。そんな視線を向けるが、直ぐ後に、大きな溜息を吐いた。恐らく、その溜息は、そんなに心を奪う女性は、どんな人なのか見たい。そんなことを思っている。そう感じられるのだ。
「なんか、狸を探すには、少し視線が高い。と思うのは気のせいなのかな?」
「変なのだよ。だんだんと、意識してないのに、上を向いてしまうのだよ」
「いいよ。そうだね。それでは、仕方がないね。別々に探そうか」
「でも、でも・・・」
「でも、でもね。その前に、ちょっと、用事をすませないと・・・」
 来夢は、小さい主のポケットから何か匂いを感じて、その物を取りだして・・・直ぐにしまうのだ。それから、小さい主の腕の中からピョンと飛んで地面に降りるのだった。
「お姉ちゃんに、全てを任せなさい。一緒に歌ってあげるね。猫語だけどね」
「うん。お願いするね・・・・・でも・・・歌うの?」
 小さい主は、全てを任せる気持ちだが、でも、意味が分からずに立ち尽くすのだった。
「ここに居たのですね。まだ、狸は見つかっていませんのですね。あっ、その紙を貰って行きますね」
「えっ・・・」
 女性は、返事も聞かずに、手を伸ばして紙を胸のポケットから抜き取って、その場で読むのだった。すると、幼子のような文字で、赤トンボって爪で引っ掻いたような文字が読めたのだ。少し驚くが、それでも、勝手に想像して、勝手に好意を感じて楽しむのだった。
(赤トンボ・・・・可愛い。授業以外で人前では初めて歌うのね・・・もう!一緒に歌ってあげようかな・・・・)
「カラオケの順番は、最後にしておくわね。だから、頑張ってね」
 庭のどこと言う訳ではないが、女性は、小さい主を探していたのだろう。それで、見付けると、話しながら近づき、まるで、天才のスリ師のように胸のポケットから紙片を抜き取ると、また、話し掛けながら広間の方に歩き去るのだった。
「・・・」
 小さい主には、女性が言う意味の分からないことだが、直ぐに、狸のことを思い出して、狸の母が安置してある車に行くために玄関の方に歩き出すのだ。玄関の前に着くと直ぐに車の下や周囲を探すが二匹の狸は居なかった・・・・。
「明日は埋葬するからな。本当に、ありがとうな。だから、もうゆっくり休んでくれな・・・」
 車の窓越しから狸の遺体を見ながら心の思いを呟くが、言葉が聞こえたのか、どこから現れたか分からないが、二匹の子狸が足下に絡みついてくるのだった。
「どこに行っていたのかな?・・・・・捜したのだよ」
 頭など撫でようとしたが、やはり、野生でもあるからだろうか、手からはすり抜けるように逃げるのだが、足元に絡みつくのは止めようとはしなかった。何となくだが・・・。
「来夢。来夢」
 今の状態が窮地と言うわけではない。それでも、この場に現れてくれると助かる。そう思って名前だけ読んでみた。

第四十一章

 多くの猫の鳴き声が周囲に響く、それでも、盛りの鳴き声ではない。猫同士が会話している感じにも思えるし、何かを知らせている感じにも思える。小さい主にも聞こえていた。偶然なのか、自分の飼い猫の名前を呼んだからなのかと思っているようだが、確かに、猫の名前を呼んでからなのだが・・・・。
「来夢!」
 どこに隠れていたのか、まるで、ネズミなどを狩る時みたいに夢中で駆け出して現れたのだ。すると、足元に来ると・・・。
「ここに居ましたか、祖母様が呼んでいます。なにか、小さい主様の順番だから探して連れてきて、と言われて探していたのですよ」
 周囲に聞こえない。小さい主にだけに聞こえる。囁き声のような声であり。人の言葉で伝えるのだ。
「順番?」
 もっと、来夢の話を聞こうとした訳でもないが、いつもの通りに、やさしく抱き抱えた。
「急ぎましょう」
「でもなぁ。狸を探すのが大変だし・・・」
「それは、大丈夫です。驚くことに、狸が生まれ育った所が、この地域らしいのです」
「えっ!」
「野生だからだと思うけど、小さい主には見えない所に隠れて、複数の狸たちがいるのですよ。その狸たちが、子狸たちの匂いで自分の名前で呼んだのだって、名前は人の言葉で発音は出来ないけど、久しぶりだね。元気だったのだね。おかえり。そう言ってくれて嬉しくて、仲間と遊んでいたのだって、でも、大丈夫だって、仲間には、まだ、最後の重大な事をするから別れたらしいですよ」
「そうなんだ」
「それだから、この車からは遠くに離れませんよ」
「うん。分かった」
 祖母がいる広間に行くために来夢を抱っこしながら歩き出した。
「もう!どこに行っていたのよ。もういいわ。早く、早く入って!」
 祖母に、背中を叩きながら早く広間に入らされる。そんなに急がせる理由は、カラオケの順番と言う意味もあるが、ある程度の時間が過ぎたことで、残りの歌う人や広場に残る者たちは酒飲みながらのカラオケを楽しむ者しか残っていないのだ。それで、小さい主が最後なのだ。だから、そろそろ、酒宴にしよう。と言う者が多いためだった。
「カラオケ大会は、これで、最後の人になります。タイトルは、赤いとんぼです。どうぞ!」
「・・・・」
 女将が、次の参加者を呼ぶのだが、何の返事もなく。なぜか、家族らしき者が庭に出て玄関の方に手を振っているのだ。まあ、司会から接客までしているのだから適当な話題で時間を潰すこともできるし、つまみや酒などの酌をする接客もある。それも、旅館の客や参加者も家族みたいな者たちなので、誰かが歌うまでの少々の時間を待つなど、誰一人として気にしている者はいなかった。
「今、孫が来ました。お願いします」
 祖母は、孫の背中を押しながらお立ち台に向かわせた。女将が、はい。そう言うと、曲が流れだした。それにしては、お立ち台に立っているのに、歌っているように口が開いているが、歌声が響かない。どんなに、上手くても下手でも歌声が流れた場合は、飲み食いや会話などに夢中で歌う本人など視線を向けないのだが、伴奏だけでは、何があったのかと、不審に思うのだ。それよりも、この場の者の全てと言って良いだろう。自分の目を疑うのだ。それは・・・。
「えっ・・・・猫だよな?」
 歌声は聞こえないが、そのお立ち台の前で、猫が・・猫って歌うのか?・・踊るのか?。と、まるで、人の家族で言うのならば、親や兄や姉の歌う姿を見て、幼子が適当に体を動かし、赤ちゃん言葉のような意味の分からない歌を一緒に歌っているようなのだ。もしかすると、猫は、上手く歌えるように応援しているのだろうか・・・・でも、皆が気付いた頃には、歌が終わってしまい。猫の踊りも終わっていた。お立ち台の男が歌い終わったからだろう。お立ち台から降りて祖母の方に向かうつもりで一歩を踏み出した時だった。
「うぁあああぁ~うぉおおおおお!」
 大喝采が、男に、いや、正確には猫にだが、アンコールと、何度も叫ぶのだった。
「・・・・」
 小さい主は、驚いて、一歩を踏み出したのに戻してしまった。それを合図と思ったのか、女将が、同じ曲を流すのだ。すると、来夢の踊りが始まった。キャー。と、この場の者たちが、悲鳴の声を上げそうになるのを両手で口を押させる者もいたが、なんとか、皆は、我慢しているようだった。それでも、誰もが知る歌だったので・・・・。
「夕やけ子やけの赤とんぼ~」
 皆が歌い出した。それでも、お立ち台の男の声が聞きたいための、囁くほどの小声で応援するようだった。女将も同じ気持ちだったのだろう。先ほどの音量よりも、今度は、マイクの歌声の方の音量を最大にするのだった。
「~~負われて見たのはいつの日か、山の畑の桑の実を~~」
 小さい主の歌声が聞こえてきたので、皆は、歌うのを止めて聞いていると言うよりも猫の踊りの方に夢中になるのだった。そして、また、囁きのような人の会話が・・・・。
「可愛いわね」
「そうね。この歌のように自信なさそうな小さい声だから、猫は、がんばれ、と応援していたのね。もしかすると童話の話しも、それ程までに、女性の主には、座敷牢でも頑張って生きて欲しくて、生きて欲しいための応援だったのかもしれませんね。
「そうですね。この猫を見ていると、もしかすると、伝承は、本当のことだったのですね」
「猫ちゃん。本当に楽しそうですね。もしかすると、呪いの踊りではなかったのですかね」
「そうですね。でも、本当に楽しそう。それに、地下から聞こえてきた歌も、呪うような声色ではなくて、たぶん、寂しそうな元気のない。直ぐにでも死にそうな歌声だったのかもしれませんね。だから、死んで欲しくないために真剣に踊って歌って、元気づけようとして夢中で踊ったり歌ったりしていたのが、領主様には、自分の罪の意識もあって、呪いの歌、呪いの踊りなど、そう思ったのでしょうね」
「これを見ては、どうしても、伝承を正しい伝承に修正しないとなりませんね。猫の呪いの伝承なんて可哀そうです。だって、今までは、忠臣の猫の敵討ちなんて、そんな感じに言われたって化け猫と思われ続けていたのですよ」
「そうですね。それでは、忠臣の猫の主の元気づけ。また、一緒に遊びましょう。なんて紙芝居や人形劇にお芝居など、これから、作りましょうか」
「それは、いいな。村おこしにもなるかもしれんぞ」
 女性たちの会話を聞いていたのだろう。突然に、年配の男が話しに入ってきたのだ。
「そうね。孫たちも遊びに来てくれるかもしれませんね」
 それでも、心配なのは、この場の者は、皆が酒を飲んでいる者だけ、もし憶えていたとしても、酒を飲んだことでの幻と思われてしまうのではないだろうか・・・。
「ご苦労様ね。疲れたでしょう。もういいわよ。部屋に戻って休みなさい」
 小さい主は、アンコールで、五度は歌っただろう。それでも、最後の方では、酒のつまみの話題とされて、猫の踊りや歌を聞いている者はいなくなっていた。そんな、広場の様子を見て、祖母は、孫が心配になり。言葉を掛けて、そっと、広場から逃がすのだった。
「良い歌が聞けて嬉しかったわ。それに、来夢ちゃんの踊りもね。でも、本当に、来夢ちゃんは、あなたの事が心配で心の底から大好きなのね」
「うん。そう思う」
「今日は、ありがとうね」
(心配なのは、来夢は、本当に弟として好きなのかしらね。人が好き過ぎて、でも、猫と人だからって諦めて、同じ猫と愛する人生は、考えてないのなら、それも、可哀そうね)
 祖母は、孫に言った言葉は、お休みの挨拶でもあったのだろう。それでも、本当に、嬉しそうに、孫に気持ちを伝えるのだった。それは、疲れ切って孫に抱っこされている。来夢の頭を撫でながら言うのだった。
「うん。でも、あまり飲まないでね」
 広間と玄関と客室に向かう。三つが交差する廊下で、祖母は、広間に、子供たちは部屋に向かい。その場で別れるのだ。そんな様子を一人の女性が見ていた。それも、一目惚れでもしたかのような女性の姿だった。多くの枯葉の働きの一つだろう。そして、時の流れの修正一つであろうか、この女性が、化粧道具の鏡を使って光を当て、バスでは電話番号のメモを渡したのも、この女性だった。もしかすると、その場、その場の時の流れの修正で全ての記憶がないかもしれないが、この女性がしたことだった。
「その猫って、本当に凄いな」
「そうね」
 依頼人の男と妹が、まるで、映画を見た後に、主演の人と出会った驚きのような感じで、部屋に向かう途中の廊下で褒めちぎる言葉しか出て来なかった。部屋に着いても話が止まらなかった。それが、不満だったのか、それとも、ただ、お帰りなさい。そう言いたかったのだろうか・・・。
「ワン、ワン」
 犬が、飼い主に向かって鳴いた。それも、何かを求めているかのようだった。
「ごめん、ごめん。良い子にしていたか?・・・お前を忘れていたのではないのだぞ」
 自分の愛犬を優しく抱き上げて、また、寝かせようとしているのか、犬が触れると嬉しがる所を何度も何度も撫でるのだ。普段なら気持ちやすそう寝るのだが・・・。
「もしかしたら、トイレかもしれない。ちょっと、この近くを散歩でもしてくるよ」
「もう外は暗いですよ」
「家に居る時も、ちょくちょく、夜の散歩はしていた。だから、それで、不満で寝られないのだろう。それに、犬でも、知らない所に来たのだし、外を歩き回りたいのかもな」
「そうですか、えっと、その・・なら・・・一緒に行ってもいいですか」
「えええ!。猫ちゃんを連れて行っちゃうの?」
 女性と二人になる。なんか、恥ずかしく落ち着かない気持ちだったので・・すると、男同士だからだろう。その気持ちが伝わったのか・・・。
「そんなに長い間ではないし、犬も人疲れしたかもしれない。俺一人だけと遊びたいかもしれない。そうだな。温泉でも入ってきたら、どうだ。その頃には戻ってくるよ」
「そうしなさいよ。猫ちゃんなら、わたしが遊んでいてあげるわ」
「分かりました。そうします」
 小さい主は、二人に気付かれないように、少々不満そうに溜息を吐くのだった。そんな、三人の様子など何も問題はない。これが、仕事だと、そんな様子で現れる者がいた。
「食器などを片付けに参りました。宜しいでしょうか?」
「あっ!」
「来夢!温泉に入ってくる。大人しくしているのだぞ」
「は~い。来夢ちゃんなら任せて!いっていらっしゃい!」
 男の依頼者は、驚きの言葉を吐いて、何かを言いたかったが、二人の女性の視線が、早く猫と遊びたい。早く仕事がしたいのですが・・などの視線に負けて、部屋から出て玄関に向かうのだった。勿論だが、殆んど同時に、小さい主は、逃げるように温泉に向かうのだった。
 女性だけになると・・。
「どうしたの?。こんなところでアルバイトなんて、どうしたのよ。本当に驚いたわよ」
「・・・」
「何か訳があるのでしょう。それを相談したい。だから、そんな、不快そうな自分の意志ではない。そんな、顔をしているのでしょう。違うの?」
「そう、好きでしている訳ではないわ・・・うっ・・う・・う」
 自分でも、どうしたら良いか、なんて言っていいのかと、ポロポロと涙を流すのだ。
「もう、きつい言葉でごめんね。でも、誰にも言わないから話してみなさい。なんとかするから・・・大丈夫だから・・・絶対に、なんとかするから・・・・ね・・・」
 そっと、胸元で顔を抱きしめた。それで、安心したのだろう。
「それがね。それがね・・・・・」
 自分の口では、詳しく伝えられないこともあるが、原因を見せた方がいいと感じたのだろう。自分の髪を束ねて右肩から胸に垂らしていた髪を解いてみせるのだ。だが、見せられた方も意味が分からない。それでも、もしかしてと、思うことは有った。髪留めがあるが、おしゃれ的ではない。枯葉の形と言うか、まるで、本物の枯葉を髪に付けている感じなのだ。それに、髪留めなら髪の束の中に隠すのも変だと感じて・・・・。
「この髪留めが、もしかして、原因なの?」
 髪を解いた女性は、まだ、何も解決していないのだが、安堵のような表情を浮かべながら、ゆっくり、と頷くのだった。
「どうしたのよ。嫌なら、取ったらいいのに、もしかして、髪にでも絡んだの?・・・それなら、わたしが取ってあげようか?」
 女性は、ポロポロと涙を流しながら頷くのだった。

第四十二章

 女性の涙を見ては、異性よりも同性の方が感情的になり。まるで、自分のことのように怒りを感じたのだ。それでも、感情を抑えてから問い掛けるのだ。もしかして、男が振られた仕返しに、女性にとって命の次に大事な髪に接着剤で枯葉を付けられたのね。そう言うが、女性は、違うと、首を振るのだった。その仕草を見て、どうしたの?。と再度、問い掛けた。そして、本当に、自分を心配してくれていると、そう思ったのだろう。
「それが、何時、髪に付いたか分からないの。それでも、友達の話しだと一週間は過ぎていないはずよ。でも、友達の話しでは、うちの学校だけでなくて、周囲の学校でも噂になっているらしいの。その噂も良い噂なのですよ。想い人から告白された。とか、死ぬかと思う程の事故から回避できた。それに、もう昔に落として諦めていた物が警察に届いた。何て話や抽選で落ちて諦めていた物が、普段なら絶対に入らない中古店の店に寄ってみたら置いてあった。そんな噂が広まっているの。なんかね。その枯葉が頭や身体に付くと何か理由もなく、ある方向に歩きたくなるとか、視線を向けたくなるらしいのね。勿論、良い事が起きるって、それが、終わると、枯葉は勝手に崩れて落ちるらしいの。だから、皆が欲しがる。幸運を呼ぶ枯葉。そんな噂があるのね。それで、枯葉を付いたままにしていたの。確かに、いろいろと思いだしてみると、良いことがあったように思うのだけど、枯葉は崩れ落ちてくれないし、時々、視線を感じるっていうか、いや、視線を向けたくなる。そんな感覚を感じるの。それを友達に話したら、そう言えばね。最近なんか変よね。時々、憂いな表情を浮かべているわ。そう言われたの。その子には、わたしが複数の男性から告白されて悩んでいる。そう思っていたって、でも、違うのなら呪われているのかもしれないわね。もしかしたら、あなたが振った男が、両想いになるように呪いをかけたとしか思えないわ。だから、枯葉が崩れないのよ。それで、恐ろしくなって、母に相談してみたの。それなら、旅館の手伝いをしてくれたら、話を聞いてあげるって」
「そう・・・そう・・呪いなのね・・・・」
(先程の惚けている様子や嬉しそうな表情を見たから、てっきり、恋と思ったけど、偽りだったのね。それも、呪いで無理矢理に好きになる。そんな、呪いなの・・・)
「どうしたの?」
 なにか、難しい表情を浮かべていたから信じてもらえないと思ったのだ。
「呪いを信じるか、信じないか、その話は別だけど、一つ聞くけど、出来れば、正直に答えて欲しいのね」
「なに?」
「あのね。何て言うか、そのね。詳しいことは言わなくていいけど、好きな人っている?」
「えっ・・・。!!!」
「そうなのね。想い人は居るのね。それなら、いいわ。それに、久しぶりにあって、呪いとは思えないけど、でも、学校の友達が、憂いな表情を浮かべている。そう言ったのなら呪いを信じるわ。でも、この旅館での様子を見るだけで判断するなら・・恋する乙女の顔だから・・・ここまで、呪いの効果は届いていない。そう思えるわ」
囁きの声だったが、はっきりと聞こえ、耳も顔も真っ赤にするだけではなく、言葉にも出来ない様子だった。そんな様子で身体が固まっていたから耳元で囁いた。すると、ますます恥ずかし気持ちを通り越して、口をパクパクと、新鮮な空気を吸い込むことで顔の熱と精神を落ち着かせようとしたのだ。
「パクパク・・・パクパク・・・パクパク」
「親戚なのだから信じなさい。本当に、誰にも言わないわよ」
「本当?・・・・」
「勿論よ。でも、ふふっふ、告白するなら協力するわよ。ふふっふふ」
「もう!一人で大丈夫よ。でも、どうしても、一人で出来ない場合は、お願いするわ」
 二人は、自分たちが知る普段からの様子に戻ったのを見て安心するのだった。
「・・・ちゃん」
「あっ、母さん。いや、女将さんが、呼んでいるわ。もう行かないと・・・」
「気にしないで行ってきな。それと、さっき、言ったことだけど、誰にも言わないからね」
「うん。ありがとう。仕事してくるわ!」
 葬儀屋の娘は、座ったままで手を振って見送るのだった。そして、一人になると、虚空を見て、何かを思案しているようだった。それを心配したのか、思案を止めようとしたのか、来夢が、遊んでと言っているかのように鳴くのだ。娘は、仕方がないとでも思ったのか、優しく抱き抱えるのだった。すると、来夢は・・・。
(あの子、枯葉の話をしていたわ。もしかしたら、何かの運命の修正の関わりがあるの?なんか、二つの心があるような・・・修正が一つなのに結果が二つあるような・・・変な気持ちを感じたわ・・・小さい主様には、伝えた方がいいのかな・・・)
 来夢は、何かを感じたことを思っていたが、それでも、何か問題を解決する頭脳がないのか、暫く悩んでいたが、思考に疲れたのだろうか、それとも、座布団の上が気持ち良い。と思ったのか、娘の両手から逃げて座布団の上で身体を丸めて寝てしまった。
「ああっ、疲れた。疲れたわ。でも、堪能したわ。もう一生分の歌を歌った感じだわ」
 祖母が、疲れた。と口にするが、満面の笑みで部屋の入口で現れた。葬式屋の娘も心配して立ち上がり心配して出迎えようとしたが、声色からも興奮を感じられたので、視線を向けるだけで、また、座り直したのだ。
「お帰りなさい」
「うん、ありがとうね。でも、本当は、もっと、歌いたかったのでないの?」
「いいえ。あれ以上、歌ったら喉が痛くなりますよ。十分に満足しましたよ」
 祖母は、ぺこりと、頭を下げた後に、本当に疲れているのだろう。片手でテーブルに手を付きながら女性とテーブルを挟んで対面するように座るのだった。
「大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫よ。本当に楽しかったわ」
「それでしたら、今度は、街のカラオケ屋にお誘いしますわ。そこにある機械では、歌うと、点数が出るのですよ」
「えっ!、そんなのが有るの?」
「ありますよ」
「それは、本当に楽しみね。ありがとうね・・・」
 祖母は、返事を返す時に顔色を変えたが、疲労からではなく、本当に、自宅に誘いの電話が掛かってきたとしても、恐らく、自宅には居ないし、自分が生きていたとしても病室から出ることも出来ない状態になっている。そう思ったのだ。
「顔が赤いけど大丈夫なのか?」 
 小さい主と男の依頼者が戻ってきた。直ぐ後に女将の娘も現れた。襖が開いていたので部屋に入ると、直ぐに、小さい主は、祖母の様子を気に掛けたのだ。
「お帰りなさい。温泉は、どうでしたか?」
「気持ちが良かったですよ。後からでも、もう一度入ろうかと、思っていますよ」
「そうでしたか、それと、カラオケは、歌は上手いのですね。それに、猫ちゃんって凄いですね。あんな、猫の踊りなんて初めてみましたよ。家でも、そうなのですか?」
「えっ・・・と・・・その・・・」
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、わたし、狸の時も勝手なことしたのに、また、困らせることをして、ごめんなさい。わたし、仕事に戻りますね」
 小さい主の困り顔を見て、自分が原因だと感じて、何度も何度も頭を下げては、謝罪をするのだった。そして、自分の恥ずかしさの限界を感じたのだろう。部屋から駆け出して広間の方に逃げ出すのだった。
「なにかをしたの?・・・狸?・・・それとも、なにかされたの?」
 祖母は、不思議に思って、孫に問い掛けるのだった。
「どうしたんだ?・・・何かあったのか?・・・・なにか、言っていたのか?」
「いえ、べつに・・・」
嘘をついた。
「普段は、あまり、表情と言うか、感情など表さないのに、なにか、恥ずかしそうな様子では、あれでは、まるで、恋をしている乙女の様だぞ。そう思わないか?」
「う~ん・・・・・」
「まあ、いいや。思い過ぎだろう。仕事にでも疲れていたの・・・・あっ、それより、何で、こんなところで仕事しているのだろう。その仕事は、何か聞いていたか?」
「うっううう・・・・・・うむ」
「女性トークとか言う。女性同士の約束と言う、あれか!」
「どうなのでしょうね。なにか、言われたような気はするけど・・・」
「そんな、いろいろと、無理矢理に聞かないの。女って秘密があればあるほど、良い女になるのだからね。だから、秘密があっていいのよ」
「そうだとしても、女の子なのだよ。何かが遭ってからでは・・・」
「もう男は、これだから、もう男の部屋は別なのよ。早く行きなさい。明日は、朝食を食べたら直ぐに出るわ。だから、早く寝なさい」
「でも、ちょっと、早くないか?」
「私達は、これから、温泉に入るのね。それに、女性には、いろいろと、することがあるの。もう起きていたいなら自分たちの部屋で起きているといいわ。だから、早く行きなさい!」
 二人の男は、それ以上は、何も言わずに、ゆっくりと、頷いて、自分たちの部屋に向かうのだった。
「温泉に入りに行きましょう」
 男達が居なくなると、理由を聞かれると、そう思ったのだろう。だが、真っ先に言われたのは、本当に、温泉に入りたかったのか、それ以上は何も言わずに、ニコニコと、先ほど自分が言ったように、やっと、一つの秘密が持てたのね。そんな事を思っているかのような笑みを浮かべながら返事を待っていた。
「はい」
 祖母は、嬉しそうに頷くと、温泉に入る準備を始めた。そして、直ぐに準備が終わるのだが、娘は、まるで、子供のように待ちきれないのだろう。ピョンピョンと、その場で飛び始めて、早く行きましょう。と、催促している様子なのだった。仕方がなく、なるべく、急いで用意してから二人で温泉に向かうのだった。もしかしたら、温泉の中でも、幼子のように無邪気な様子を現わすのかと、そう思ったが、大人しく温泉を堪能していた。温泉から出て部屋に向かう廊下を歩いている間でも、何も話をしないので、逆に、心配になって声を掛けてみるのだ。
「身体の体調でも崩しましたが?」
「いいえ。でも、もう大丈夫なのね」
「えっ・・?」
「もしもだけど、大人の女性になるために、大事な一つ目の秘密を守りたいのなら別だけど、もしもよ。困り事があるのなら話を聞くわよ・・・・ん!」
 祖母は、話が終わって最後に、満面の笑みを浮かべて、一言だけ言葉にして、お茶目な様子を現わして、首をちょこっと、傾げるのだった。その様子を見て、女性は、安心するのだ。そして、親にも相談できないことだが、この人なら相談でもしてみようかな。と少し気持ちが落ち着くのだ。
「ありがとう。もう少し考えてみます」
「いつでも、いいわよ」
 二人の女性は、部屋に戻ると、たわいのない会話を始めるのだが、祖母は、会話を誘導しながら、最新のカラオケの話を求めるのだった。そして、祖母が聞きたいことも、女性の知識の全てを伝えた訳ではないが、話し疲れたとでも言うのか、どちらかが言ったことではないが、布団に入るのだった。それなのに、女性は、寝られないのか・・・・。
「あのう。起きていますか?」
「起きていますよ。どうしたのですか?」
「その・・・秘密のことなのですが・・・」
「そうなの・・・何の話しだったのです?」
「女将さんの娘の事なの。髪に、本物の枯葉が絡まって、何もしても取れない。それで、困っていると、そのために、この村の猫の呪いに詳しいのなら、不思議なことも詳しいのかと、ここで、アルバイトして、その報酬で不思議な枯葉のことを相談するために実家である旅館にいるらしいのです」
「そうだったの・・・そう・・・そうなのね・・・そうよね・・・」
 祖母は、布団から起きずに、近くで寝ている来夢に視線を向けた。すると、こっちの方を見ていた。恐らく、二人の会話を聞いていたのだろう。
「・・・」
 妹は、祖母の返事を待っていた。
「この村の猫ではないけど、お願いしてみようか」
 祖母は、布団から起き上がり、妹と来夢に視線を向けた。妹は、冗談と思ったので直ぐには起きなかったが、祖母の様子を見て慌てて布団から起き上がった。そして、祖母と同じ様に、来夢に向かって願いを叶うように手を合わすのだった。

第四十三章

 猫は、眠そうな顔で首を上げないまま自分の前足を枕にしていた。やはり、面倒だと感じているのか、眠いのだろうか、直ぐに起き上がるのでもなく、前足から足を立て、痺れたのか、右前脚をブルブルと振ってから後ろ足を立てて起き上がるのだった。それでも、二人の女性に向ける視線には、鋭い、真剣で何かを覚悟した視線だった。部屋から出る時にも、年配の女性にだけ伝わるように頷くのだ。その意味は「お任せ下さい。必ずやり遂げます」と伝えると、部屋から出て行くのだった。
「まだ、寝ていないだろうなぁ。まずは、仕事をしているのか、見てみるかな・・・」
 広間に向かう途中の廊下を歩きながら呟くのだった。そして、娘をを探すために広間の様子を見るのだ。まだ、客は酒を飲んでいたが目的の娘は見当たらない。それでも、仕事が終わって従業員の部屋で休んでいるとは思えなかったので、次に探しに行く調理場に向かったのだ。すると、予想の通りに、食器などを洗っている姿を見たのだ。かなりの量があり。もしかしたら一時間以上は掛かるだろう。そう思って調理場から出ようとしたのだが、裏口の入口に視線を向けると、いつ祖母たちがいる部屋から出てきたのか、依頼主の犬が骨をガリガリと嬉しそうに食べていたのだ。その様子を見なかった。と言うのも変だが、声を掛けても何を話すことがないし、話題も用事もない。もし骨って美味しいか、そんなことを聞いたらなにか、恐ろしいことを言われそうで怖い。それで、時間を潰すために、小さい主の部屋に向かうことにしたのだ。その途中には、祖母たちが居る部屋の前を通ることになるが、見付かると状況を聞かれるために、無音で走り抜ける。目的の部屋は一度も行ったことはないが、ネズミなどの歩く音を聞き取れる耳があることで、他の猫は知らないが、小さい主様の小さい寝息でも聞き取れるのだから部屋を探すなど簡単なことだった。それなのに、何か迷っている。いや、躊躇っている感じで、それ以上は進まずに首をひねっていた。もしかすると、今まで歩いて来た廊下の方から歩いて来る者に理由があるのか、その足音は、祖母たちがいる部屋の前で止まるのだった。
「どうしたの?」
「仕事は終わったの?」
「女将さんから教えてあげてきなさい。そう・・・言われて・・・でも、部屋に帰ったのですね。なんか、教えることがなくなって、ホットしたような気持ちでもあるけど、やっぱり、男の人なのですね」
「何を言っているのですか?」
 女性は、突然に部屋に現れたと思ったら独り言のように呟くのだが、自分の感情で恥ずかしさや言い難いことを誤魔化す時に、首ごと動かして視線を動かすのが癖のようだ。その時に、ある方向の時だけ頬を赤めるのだが、その感情には、本人も気付いていないようだった。だが、その姿を見て、祖母が・・・・。
「何か変ね」
(何かに操られているようにも思うけど、でも、まるで、その方向に想い人が居る感じね。もしかして、そっちの部屋に行きたい。そう言うことなの?)
「分かるのですか?・・・・」
「その事で、先ほど相談されたのです」
 妹は、先ほど聞いた呪いの事を祖母の耳元で囁くのだった。
「えっ?・・・・呪い・・・・」
「まっ!教えたの。でも、まあ、良いですよ。そうですよ。呪いだと思います」
「ごめんね。でも、相談に来たのではないでしょう。どうしたの?」
「それが・・・女性の方はカラオケの話題で盛り上がっていると思うけど、男性の方は時間を持て余しているから・・・あれを教えてあげなさい。後は、そのまま休んで良いって・・・でも、部屋に戻ったってことは!、本当に!男性って!」
娘は、女将に言われたのだ。また、恥ずかしそうでもあるが、何か不快なのか嫌々な感じであるが、今度は、少し怒っている感じにも思う様子を現わしていた。
「さっきの相談の続きは聞くけど、それより、何を教えに来たの?」
「それは・・・・テレビを点けて、映像が映らないチャンネルで百円を入れると、映画が見られます。もう一枚を入れると、その・・・」
 娘には、言葉に出来ない言葉があるのか仕草で伝えるのだ。妹は、恐る恐ると、指示に従い。一枚入れては、見たい映画だったのだろう。喜びを表した。そして、もう一枚を入れると・・・・。
「キャ!!」
「ほう~」
 二枚のコインを入れると、裏版のアダルトのエッチな映像と声が流れたのだ。さすがに祖母は、予想が出来たのか、さほど驚かずに映像を見ていたが、若い女性には、精神的に耐えられず悲鳴を上げる程に驚きの声を上げたのだ。だが・・・・。
「・・・・・」
 三人の女性は、テレビから流れる映像を見て、男性の視点と女性の視点では、同じ映像なのだが、興奮する呟きが違っていた。それは、男性が聞いたら驚くが納得する呟きを漏らしながら真剣に見入るのだった。
「ワン!ワン!」
 先程まで座布団の上で寝ていたはず。それなのに、起き上り吠えたのには部屋の雰囲気が犬にも変だと感じたからだ。
「キャ!」
「うわぁ!」
「まあ~」
 三人は、犬の鳴き声で正気に戻ると、今まで自分は何を見ていたのかと、まるで、別人格の様であり、夢でも見ていたかのような驚きを感じていたが、真っ先に正気に戻った一人の女性が慌ててテレビを消したのだ。そして、暫くの間、若い二人の女性が惚けるのは分かるが、祖母も映像を見入っていた自分に驚いていたのだ。
「お茶でも飲みましょう」
 祖母は、二人の返事など待たずに茶を入れ始めるのだった。
「・・・・」
「あっ、そうそう、そうね。冷たいお茶の方がいいわね。ちょっと、氷を貰ってくるわ。少し待っていてね」
「・・・」
 本当に、突然に良い考えを思いだしたように声を掛ける。と言うよりも、独り言のように呟き席を立つと、部屋から出て行くのだった。そんな様子を二人の女性は、視線を向けるだけで何も言わずに、何か他のことでも考えているように返事を答えるのだ。
「お待たせ」
 アイスペール(氷と容器)と缶ビール二本を持ってきたのだ。そして、缶ビール二本をテーブルの中央に、まるで、先ほどの映像を忘れさせるためのように置くのだ。
(もしかして、初めて男の裸を見たの?・・・違うとしても外人のでは衝撃的かもね)
「冷たいわよ。どうぞ」
「ありがとう」
「いいえ。いいのよ」
 一口、二口と飲むと、冷たい飲み物で気持ちが少し落ち着いたのだろう。返事を返してくれた。その返事を聞きながら缶ビールを開けて、一口飲んで喉を潤すのだった。
「ん?・・・飲んでみる?」
 もしかすると、二人の女性は、気持ちが落ち着いたのではなく、別な興味を感じただけだったのだろうか、と思い。祖母は、不思議そうに問い掛けたのだ。
「いいの?」
「いいわよ。二本あるのだしね。構わないわよ。でも、コップがないわね」
「二人で交互に飲むから・・・いいわよね」
 枯葉が髪にからんでいる女性が、こくりと、頷くのを見ると、一口飲むのだった。
「美味しいわ」
 恐らく、初めて飲んだのだろうし、一口では味が分かるとも思えないが、それでも嬉しそうな言葉からで判断するのなら少し酔っていると感じる声色だった。
「そうなの。なら、わたしも飲んでみるわ」
 飲んだ感想を信じて、まるで、普段の牛乳を飲むように一気に、ごくり、ごく、と飲んでしまうのだ。その様子を見て、祖母は、止めようとしたが、既に、飲んでしまい。ゲップをするの見るのだ。
「大丈夫?」
「美味しいわ」
「それは、良かったけど・・・あら、大丈夫なの?」
 顔を真っ赤にして返事をするが、その場で骨が溶けたように崩れて寝てしまった。娘は直ぐに、缶ビールが毀れると思って取り返すのだった。
「もし、飲むのなら残りを飲んでいいわよ」
 祖母に言われると、頷くと同時だった。こくり、こくりと、ゆっくりと味わって飲むのだ。その様子を見て祖母は、こっちの女性は大丈夫と思ったのだろう。祖母も残りを飲みだしたが、祖母の方は少し早く飲み終えたので、娘を見てみると、かなり酔いが回っていると感じたが、その場で寝るとは思えなく、先に寝てしまった妹を布団に寝かせることにしたのだ。あまり時間が経たずに戻ってみると、娘はテーブルにうつ伏すように寝ていたのだ。仕方がなく、先ほどの妹と同じく布団に寝かせてくるのだった。
「疲れた・・・・もう一本、もらって来ようかな・・・」
 二人を寝かせてからのこと、疲れを癒すために、暫く、テーブルの前で座って、二人の女性の寝姿を見ていたが、もう一度、ビールを取りに行くのも面倒と思ったのだろうし、眠気も感じてきたのだろう。電気を消して、祖母も布団に入るのだった。
「そろそろ、頃合いかな?・・・いや、まだ、早いかな・・・なら・・・」
 祖母たちの寝息を感じたのか、来夢が、目を開けて呟くと、起き上るのだった。そして耳をピクピクと動かした。その耳が聞きたい方向は、小さい主が居る部屋の方であった。
「まだ、テレビは終わっていないか・・・・なら仕方が・・・もう・・大丈夫かな・・・」
 来夢の言葉と耳の向く方向とは別の方に歩き出した。それは、祖母が寝る部屋で、部屋の前に来ると、女性だけの部屋にしては不用心だった。来夢が戻って来ると思ってことだろう。来夢が通れる程度だけ開いていたのだ。そして、慎重に何かを探すつもりなのか、ゆっくりと無音で中に入るのだ。もしかすると、女性だけの部屋なので、犬が寝ずに警護でもしているとでも思ったのだろう。それでも、部屋の中に入ると、犬のことなど考えてなかったかのように隣の部屋の寝室に向かった。入口と同じように少し開いていたことで、中に入るのだが、今度は、部屋に入ると直ぐに、祖母と女性を探すのに視線を向けると、祖母の寝姿を見ると、まるで、何かの感謝のような表情を浮かべて、数度、頭を下げるのだった。恐らく、祖母の機転で枯葉が付いている女性を寝かせてくれた。そう思ったのだろう。この来夢の表情と様子を見ると、娘がお酒を持ってきたのも、酒を飲ませたのも、来夢の計画の支障にならないための枯葉の一つの行動だった。祖母は、恐らく、大人が一人で未成年が二人なのに二本のビールを持ってきたことで、来夢に願った結果だと感じたのかも知れない。さすが、人と猫だが親子と思える程の長い年月の生活だけでもなく目も見えないころから育てたことで阿吽の呼吸のようであった。
「あっふう、あっふう」
 来夢は、枯葉を持つ女性の枕元に近づくと、手首に甘噛みするのだ。だが、何度か甘噛みするが、目を覚まさないので、少し少し噛む力を入れていく、すると、眠そうにゆっくりと薄目を開けた。
「ひっ!」
 女性が驚くのは当然だった。来夢が、人のような仁王立ちで腕を組む姿からゆっくりと両手を解き、片腕だけ伸ばして口元に右手を添えた。
「し~」
「・・・・」
 その仕草の意味も分かるが、化け猫と思って驚きから声が出ないのだ。それでも、夢だと思っている気持ちもあるので飛び起きることもなく視線を固定して見続けた。そして、来夢は、ゆっくりと、話し出した。
「その枯葉の意味は、枯葉を持つ者だけの時の流が狂っているのだ。運命の相手と転生されて結ばれるかもと思われる人と複数の異性が絡み合った結果で、、枯葉がお前の命を繋げ止めている。もし、無理矢理にでも剥がそうとしたら複数の異性が居る場所に行くだろう。それは、複数の人数分に身体が裂けると言うことだ。それは、死を意味する。だから、枯葉が勝手に落ちるのを待つしかない。だが、悪いことではないのだ。神が運命の人である男を探しているからだ。分かったな」
「・・・・」
 そして、もう一度、伝えるのだ。枯葉の意味と枯葉は自然と落ちる理由と、最後には怖い例えを伝えると・・・・。
「信じなければ死ぬぞ!シャー」
 そう威嚇する声色と表情を見たくないが、見えるので仕方がなく見た。だが、余りの恐怖のために気絶してしまった。

第四十四章

 二人の女性が寝ている寝室から一匹の猫が出て来た。なんか、ホットしたような嬉しそうな表情であった。いや、飼い主が見たら、何かを成し遂げたから褒美を貰える。そんな興奮を現わしている感じだった。それでも、直ぐに貰えないことを知っているために、テーブルが有る部屋の座布団の上で丸くなるのだ。時々、首だけを起こして何かを探るようにしていた。
「もういいかな・・・まだ・・・見ているのですね」
 何度も、首だけを起こしては、同じことを呟く、その仕草を何度したか、段々と首を起こすのがゆっくりになる程に眠気を催し始めて、そして、寝てしまうのだ。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ」
 来夢は、楽しい夢でも見ているのだろう。嬉しそうに喉を鳴らすのだ。それなのに、女性達の大声で、楽しい夢が途中で弾けて少々苛立ちを感じて目を覚ますのだった。それでも、女性達は、来夢が起きたことに気付かないでいた。
「本当なのです。猫が仁王立ちで私の目の前に立って指示をされたのです」
「それが、来夢ちゃん、だと、そう言うのね」
「それは、来夢ちゃん。なのか、それは、分かりませんけど・・・見てみて、左手の手首に薄らと噛んだ痕があるでしょう」
「そう言えば、そう見えるけど・・・・」
 祖母が、女性の手首を手に持って確かめる。だが、困るのだ。祖母の内心では、昨夜に来夢が原因なのは分かっているが、正直に告白は出来ないために何て言って誤魔化すかと、本当に、困っていた。そんな、娘の会話と言うか、悲鳴と言うか、それを、朝の六時に無理矢理に起こされて数時間が過ぎていたのだ。
「もういい加減にして、それが、本当にあったとしても、それが、夢だったとしても、一番の問題は、枯葉の件は、これで、全てが解決したのでしょう」
「それは・・・そう・・・なんだけど・・・・ねえ・・でも・・・ねえ・・・」
「その不思議な枯葉のために、ここに、アルバイトしにきたのよね。それで、枯葉の件は解決したのよね」
「はい。運命の相手である。その男性と出会えば、自然と枯葉が落ちるらしいわ」
「そうでしょう。それなら、夢だろうが、本当に仁王立ちした猫が居たとしても、人の話をしたとしても、もう関係ないわよね。うちは、絶対に夢だと思うけど、だから、もういい加減にしてよ。それよりも、別な事を考えてみては、運命の相手のことを考えるといいわよ。それに、言いたくなかったけど、最近っていうか、久しぶりに会ってから変よ。時々だけど、惚ける姿を見るの。もしかして、初恋の人でも思い出しているのでしょう。それも、告白が出来ずに、悩んでいるのでなくて!!」
「ごめん、ごめんね。もう言わないから怒らないでよ。もう落ち着いてよ」
 先程まで、自分が騒ぎの中心だったのが、宥めてくれていた者が怒りを感じて、立場が逆になってしまったのだ。
「はっはぁ~はっはぁ~分かったわ。それなら、早く朝食の用意をしてよ!」
 怒りを落ち着かせようと、何度も深呼吸するのだった。
「うんうん。ごめんね。直ぐに用意をするわ。もう出来ていると思うの。わたしが、持って来るだけだと思うわ。だから、もう少しだから待っていてね」
 娘は、恐らく、厨房に行ったのだろう。それも、部屋から逃げるように駆け出したのだ。勿論と言うべきか、厨房で待っているのは、この従妹よりも恐ろしい。寝坊だと思っていての怒りを爆発寸前の状態でもニコニコと笑顔で客の接待している女将が待っているのだ。
「ん?・・・来夢ちゃん。どこに行くの?」
「にゃあ~」
(いつもの日課ですよ。祖母様)
 部屋が静かになるのを待っていたのか、それとも、娘が出て行くのを待っていたのだろうか、来夢は、部屋を出ようとする時に、祖母から声を掛けられた。
「孫を起こしてきてね」
「にゃあ、にゃああ」
(祖母様。その為に行くのですよ。安心して下さい)
 返事はするが、振り向かずに、ゆっくりと部屋を出て行くのだ。もしかすると、数秒でも数分でも寝かせてあげようと考えているのだろうか、いや違うだろう。自分が寝た後でも、恐らく、朝方まで起きてエッチなテレビを見ていたのだろう。そう思っている感じの少し呆れている足取りだった。
「にゃあ~」
 二人が居る部屋に入る前に、起きていますか、とでも言う感じで鳴くのだ。すぐに、呆れてしまったのだろう。先ほど考えていた通り。いや、それ以上の状態だった。それは、テレビの前で寝ている姿だったのだ。朝方ではなく、もしかすると、先程まで起きていたかもしれない。そんな状態の部屋の様子なのだ。普段なら寝顔を見るのが楽しみのはずだが、猫でも女だからだろうか、ただ、そう感じるだけなのか、それとも、エッチなテレビの続きを夢で見ている。来夢には、そう感じているようだった。だからか、人の女性のように自分の身体以外で、喜んでいる顔を見たくなかったのだろう。怒りを感じているように強めの猫ビンタをするのだ。もしかすると、少しくらいは爪が出ていたかもしれない。
「痛い!」
 一度の猫ビンタで起きた。小さい主だけなら人の言葉で小言でも言っていただろう。ただ、室内の大きな時計を見ていた。
「え?・・・嘘だろう!こんな時間なのか!」
 小さい主は、直ぐに起き上がると、隣で寝ている葬式屋の息子を起こすのだ。
「うっうう。な・・なん・・だ?」
 小さい主は、身体をゆするが、口は開いたが、目を開けてくれはしなかった。それでも何度かゆすると、やっと、起きたのだが、直ぐに、周りを見回してから寝室の方にも視線を向けて、襖が開かれてあることで、三組の布団が用意されていたのが見えたのだ。それも、三組の布団が綺麗に整った状態であった。
「父さんは、帰って来なかったのかな?」
「それより、早く行かないと!時計を見てみて」
「えっ!」
 葬式の息子は、時計を見ると、小さい主と来夢など一瞬で忘れて、一人で部屋から出て行ったが、行き先は分かっているので、何を急いでいるのか理由は分かっていた。恐らくだが、叔父に小言を言われるはずだ。小さい主も祖母から小言を言われるのは覚悟して部屋に向かうのだ。
「どうしました?」
 小さい主は、風邪でも引いたかのように顔が蒼く体が震えている感じだった。
「何か、胸がドキドキする」
「それは、そうでしょうね。これから、怒られるのですからね。本当に、もう~両親と祖父に会いに行くのですよ。何を考えているのでしょうかね。もう、男の子だからなのでしょうかね。それか、人と猫での違いなのでしょうかね。猫は、盛りの時だけなのですがね。祖母様から何を言われても、何も言わずに、うんうん。と、頷くだけで、大人しく一言も口を開かずに終わるのを待つのですよ」
 来夢は、話し続けた。もしかすると、長い時間、人の言葉を話せなかった。その苦痛を吐きだすように人が湯水を使う時のように話は止まる感じはなかった。それでも、祖母が居る部屋の声が届く範囲に来ると、ピタリと、口を閉じたのだ。
「ん?・・・あっ、そうだな」
(猫が人の話が出来るのは、俺ら以外には知られてはまずいか)
 それでも、小さい主は止まらずに進み続けた。すると、人の言葉が聞こえてきたが意味は分からない。それでも、祖母と誰かの言葉だと感じられたのだ。
「おはよう」
 祖母は、何もなかったかのように満面の笑みで、小さい主に挨拶をするのだった。
「おはようございます・・・・何の話をしていたのですか?」
「特に、話題なんてないわ。でも、どうして?」
「・・・・あの、葬式屋のおじさんは?」
 小さい主は、部屋に居るはずの者を確認するように視線を向けた。
「あっ、そうそう、だからね。もう少し朝食は待っていてね」
「それは、いいけど・・・」
「まあ・・いろいろと言いたいことはあるけど、皆に迷惑を掛けるから、もう少し早くに起きないと駄目ね」
「ごめんなさい」
「そう素直に、まずは、その言葉ね。なら、分かったようね。許しますから座りなさい」
 祖母は、孫の素直に謝罪する姿を見て、それ以上は注意することなく許すのだった。
「叔父さん。ちょっと、遅すぎますね。わたくし様子を見てきます」
 枯葉をつけている。あの女性が、そわそわとしていたことに、特に、小さい主は、気付いていない。恐らく、女性達の話題は、この娘だったのだろう。その話題が出るのを恐れていたに違いない。それで、この場の頃合いを見て出て行った。確かに、男性には、気付かれたくないことでもある。自分の恥ずかしい。意味の分からないドキドキと心臓の鼓動を落ち着かせるには、この部屋から出て行かなければ治らない。そう感じる気持ちもあったのだ。
(もしかして、わたくしは、あの子のことを恋しているの?)
 先程の部屋から急いで出たが、思案が始まったからなのか、厨房に近づく程に歩く速度が段々と落ちるのだ。それでも・・・・。
「どうしたの?・・・一緒に食べていいのよ。何か、足りない物でもあったの?」
「いえ、叔父さんが、部屋で待っていても来なくて、それで、迎いに来たのです」
「そうだったの・・・・あっ、広間の長椅子で寝ているのかも」
「それなら、見てきます」
「あっ、待って」
「何です?」
「ほら、相談の事よ。でも、何か吹っ切れたような気がするけど、もう良いの?」
「はい。相談の事は、もう解決しました。だから、もう良いですよ」
「なら、良かったけど、でもね。心配だから何があって、どう解決したのか教えてくれる?」
「勿論よ。でも、今は、叔父さんの様子を見てきますね」
「そうね。あっ、朝食も一緒に食べて来なさいね」
「は~い」
 娘は、そのドキドキを恋とか悩みなどと感じるよりも、まだ少女だから恋をしらない。だから、未来の本当の恋する人が会えた。その時の為の練習に、いや、そこまでも考えていないだろう。ただ、何が起きるか分からない。その自分の感情や思考や行動の未知から来る。そのドキドキや深く悩んでいた全てが、夢から覚めてから楽しみ変わっていた。だから、もう悩みは解決したのだ。
「叔父さん」
 やはり、女将の言う通りに長椅子で寝ていた。
「叔父さん。起きて、起きて」
「う~あっ、今は、何時だ?」
「もう皆はね。朝食を一緒に食べようと、部屋で待っていますよ」
「ごめん。俺は食べない。出発の準備をしなければ、だから、お前らだけで朝食を食べてくれ。そして、部屋で待っていてくれ。そう伝えてくれないか」
「はい。そう伝えればいいのですね。たぶん、後で、皆から怒られると、思いますよ」
「だから、ごめん。そう伝えてくれよ」
「はい、はい。もうお腹が空いているから行きますね。でも、言いますけど知りませんよ」
「ああっ、ごめんな」
 叔父の謝罪のような話を最後まで聞かずに部屋に戻るのだ。置いていかれた。その叔父も、先ほどは準備と言っていたが、温泉の浴場に向かっていた。恐らく、これから、運転をするために、眠気を取ろうとしての考えだろう。だが、また、温泉から出て来ると・・。
「温泉に入っていたの!。本当に、何を考えているのよ。出発の準備と言うから朝食を食べて直ぐにきたのに、馬鹿でないの!」
 娘は父に憤慨する言葉で朝の挨拶をされたのだ。その返事も聞かずに、さっさと、娘は、兄と小さい主と祖母を連れて車に乗ってしまった。それでも、すでに、父の準備は何なのか知らないが、自分たちの準備だけは全て終わっていたので、ただ、父がするのを見ているだけだった。それでも、数個の箱を車に持ち込むだけで旅館から出発するのだ。その時には、誰にも見送る者はいないが、それは、父が温泉に入っている時に、すでに、旅館で過ごした。いろいろの感謝の言葉などは終えていたのだろう。それは、娘の言葉で全てが込められていた。

第四十五章

 小さい主と祖母と葬式屋の家族が、旅館から居なくなる。その頃には、広場で騒いでいた者や家族も、誰も旅館から居なくなっていた。その者たちを見送った後に、女将は、コーヒーでも飲みましょうか、そう娘に言うのだ。その時に全ての悩みと夢のことを伝えるのだ。それは、勿論、茶菓子はあるが、その一つの茶菓子と同じ楽しい会話の一つでもあった。そんな、会話を盛り上がっている頃に・・・。
「本当に、森の山道の入口でいいのですか?」
 そろそろ、祖母の夫と娘夫婦が亡くなった。事故の現場に向かう。山道の入口に着く頃だった。その道は、正確に言うのなら人が通る道というよりも、森に道路が出来たことで、自然に棲む動物だちが事故を回避するための道であったが、あまり、人が考えた通りには利用はされていなかった。それでも、並行して道があり。今でもバスは通るのだった。
「はい」
 祖母は、問い掛けられた言葉に一言だけで返事を返した。暫く車内は静かになり。何分くらいだろう。時間が過ぎた頃に、静かに車は止まるのだ。そこは、今は当時よりは走ってないが、一日二度だけ走るバスの回転場所でもあった。
「荷物と狸の遺体は下しておきます。その間でも近くの様子を見るといいですよ。それで気持ちが変わったのなら目的地の場所まで荷物を運んでもいいですよ」
「ありがとう」
 車内に残っていた者は全てが外に出た。だが、荷物を下す事を手伝うことはなく、背伸びをして身体をほぐすと、周囲の景色を見ていた。それ程には荷物がないので直ぐに終わるのだ。
「この場所からでは見えないでしょう。やはり、現場まで持っていきますよ」
「いえ、本当に、その気遣いは良いですよ」
「そうですか、それでは、私達は、行きます。もし帰りに困った場合なら明日の朝なら近くを通る予定がありますので、ここで少し待っていますよ」
「ありがとう。もし帰りに困った場合には宜しくお願いします。今日は本当にありがとう」
「いいえ。でも、携帯電話と言う物があれば、楽になるのでしょうけどね」
「携帯電話?」
「そうです。テレビドラマで見たのですがね。手帳くらいの大きさで外でも好きな時に電話を掛けられる。そんな、夢のような機械です。あれば、とね。そう思ったのです」
「そうですね。生きている間に、その夢のような機械を見てみたいですね」
「そんな機械がないのです。もし何かあれば発煙筒を使って下さい。それと、この場からは遠いですが、国道まで行ければ定期的にバスが走っていますが数は少ないです。それでも、山の入り口ですからね。登山の方々のためにバス停には無線がありますので助けを呼べますよ」
「ありがとう。何かあれば、そうするわ」
 大きな溜息を吐いてから内心で思っている言葉を吐くことなく別れの挨拶をするのだ。
(本当に、頑固ですね)
「それでは、行きますよ」
「お気をつけて」
 葬儀屋の人は、自分の車の運転席に戻ると、車が走り出した。それを見届けてから・・。
「祖母様。猫の八本の髭の願い。この昔話は聞いたことがありますか」
「確か、髭を抜くと、麻酔効果があり。マッチ売り少女のように夢を見ながら死ぬのよね」
 来夢は、人の言葉を話しても大丈夫と思ったのだろう。祖母に問い掛けた。だが、あまりにも有名な俗説だったので不思議に思うと同時に、まさか、と感じたのだ。
「死期が近いのね?」
「いいえ」
「それなら、良かったけど、無理はしないでよね」
「それよりも、夢を本当にしたいのです」
「えっ?・・・えっええ!」
「正確に言うと、小さい主様のためです。小さい主様が、運命の人と結ばれる為に必要なことです。それは、運命の時の流の修正と言うらしいのです。それが、出来るのは、左手の小指に赤い感覚器官を持つ人や猫だけが出来ることです。その器官は、小さい主様のお母さんから託されました。その思いと、わたしの思いも同じなのです。その思いが、小さい主様に、運命の人と結ばれて欲しい。それが、わたしの夢です」
「俺、結婚しなくてもいいよ」
「何を言うのです。馬鹿ですか!」
 祖母と来夢が、同時に叫ぶのだ。
「ブー」
 何も言い返せず。ただ、頬を膨らませて不満を表すのだ。
「それで、修正って何をするの。なにか、手伝いは出来るの?」
「簡単なことです。両手で持てるくらいの枯葉を集めて、その場で両手を使って上空にばら撒くだけです」
「それだけなの?」
「そうです。ばら撒く時に、願いを心の中で祈って下さいね」
「直ぐに、すませましょう」
「そうですね。勿論、小さい主様も一緒にするのですよ」
「はい、はい。嫌だと言っても無理矢理にさせるのでしょう。集めればいいのでしょう」
「何か、言いましたか?」
 また、祖母と来夢は同時に問い掛けと言う怒気を放ったのだった。それでも、小さい主は一瞬の間が恐怖を感じたようだが、何も無かったかのように枯葉を探すために周囲に視線を向けた。すでに、一度だが経験していたことで、指示が無くても意味も分量も分かっていたので、夢中で枯葉を集め続けた。それでも、枯葉を必要な分を集めたと感じたのだ。だが、止められることも、修正の指示もないので、少し不審に思い。来夢が居るだろう。方向に振り向いたのだ。すると、祖母は、まだ、集めているのだが・・・・。
「ここに、集めて下さいね」
 来夢は、二本足で立って、自分の足元に集めて欲しいと仕草をするのだった。小さい主は、特に何も言われなかったために両手で抱えられる程を集めてから来夢の目の前に置くのだ。それでも、もう十分に必要な分が集まった。そう言われると思ったが、二本足で立ち続けて同じような言葉を言い続けるために、今度は、祖母が集めた所に行き、祖母が集めた全ての枯葉を二人で抱えて来夢の指示するところに置いた。
「はい。これで、十分です」
「これで、何をするの?」
 祖母は、不思議そうに問い掛けた。
「この集めた全ての枯葉を上空にばら撒くのですが、必ず両手を使って上空に投げるのです。すると、驚きを感じることが見られます」
「そうなのね!」
「はい。それで、一から十まで数えますので、十と言ったら、同時に二人で上空に投げて下さい。それでは、始めますよ。一、二、三~」
 来夢が、十と言うと、ちいさい主と祖母は同時に、両手を使っては集めて上空に投げるのだ。それを何度か繰り返すと、全ての枯葉を投げ終えた。
「えっ」
来夢とちいさい主は、何が起きるのか知っているためだろう。無言で見ているが、祖母だけが、驚きの光景を見て声を漏らすのだ。それは、風も吹いていないのに、まるで、意志があり。飛ぶ力があるかのように周囲に、ヒラヒラと飛んで行くのだ。全ての枯葉が見えなくなると・・。
「はい。無事に終了しました。それでも、行きましょうか」
 来夢は、獣道のような山道を四本足で歩き出した。その後を小さい主は、祖母に先に歩くように勧めて歩き出すのだが、祖母は、先ほどの光景を見たからだろうか、また、何か、不思議なことでも起きるのだろう。そう思う様子で周囲をキョロキョロと見回しながら歩くのだった。その数分後のことだった。
「何をしているのです。もう少し早く歩きなさい」
 祖母は、孫に催促するのだ。それでも、昔を思い出すのだ。それは、確か・・お年寄りの方には、獣道を歩くのは無理だと、そう言われたはず。それなのに、孫の方が苦痛を感じる歩き方だが、自分は汗も息が上がることもなく、苦痛も疲れも感じていない。それに、驚くのだった。
「それは、小さい主様が可哀そうですよ。小さい主様だけが、羽衣が無いのですからね。羽衣があると、歩いている感じですが、浮いているのですよ。それに、小さい主様は、狸の遺体も持っているのですからね」
「あああっ、やっぱり、そうだったのね。だから、疲れを感じないのですね」
「はい」
「もしかして、枯葉を集めて、上空にばら撒いたことも、何かあるのね」
「そうです。枯葉を上空にばら撒くと・・・」
 来夢は、理由と効果を話し出すのだ。それは、例えばですが・・・・と・・・・。
 左手の小指に有る赤い感覚器官は、運命の相手が居る方向を示し、二人が結ばれる世界であり。それは、時の流を修正することだと、羽衣は、背中に蜻蛉(かげろう)のような羽があり。様々な障害などから運命の相手を守るためにある。そのために、片方の羽衣を渡すのだ。そして、修正とは、時の流の中では、すでに、滅亡した一族でもあるために存在するだけで、時の流の不具合を起こしている。さらに、運命の人と結ばれるためには不具合を解消するのです。例えばですが、カップに満水の水があるとして、そのままなら水は零れません。ですが、不具合と考える物が、一枚のコインだとします。勿論ですが、満水のカップの中に、コインを入れると、水は零れます。その零れた水が不具合なのです。もしかすると、人や獣の命かもしれません。命を救う場合もあれば、熊などを倒さないとならない場合もあります。そのカップの水の水面に波紋であり波も起きます。その波紋はコインの大きさの波紋から始まりますが、時間が過ぎると、波は大きく広がっていきます。それも複数の波で、その一つ一つの波が不具合であり。修正しなければ際限なく広がって行きます。それが、修正する理由なのですが、カップから落ちた水も修正の一つです。水を元に戻すこと、それが、雲雀の命だとします。雲雀は、巣に戻る時は、巣から遠くの地に降りて、巣まで歩くのです。正常な時の流であり。二人が結ばれる世界では、雲雀は無事に巣に戻るはずだったのが、小さい主様が、この森に入った為に枯葉を踏みしめる音で狐は枯葉の音を聞いて振り向いてしまうと、雲雀が歩く姿を見付けて、捕食してしまうのです。本当なら狐は、人の罠に掛って死ぬはず。雲雀は、無事に巣に戻る。それが、二人が結ばれる世界。だが、枯葉をばら撒くことで、森の中に響く人の足音も消すこと、狐が雲雀を捕食しないようにすること、狐が罠の有る方向に進ませて、罠にかかって死ぬようにする。その全てのことを枯葉が、時の流の自動の修正する力と同調して時の流を修正する。と、話し終えるのだった。
「そうなの・・・・大変ね・・・・なにか、手伝うことが出来ればいいのだけど・・・」
「祖母様は、十分にしていますよ。小さい主様を育て、大人になるための十二分に必要な経験を積ませています。それだけで、十分なことです」
「ありがとう」
「それに、小さい主様だけだと、この地にも来なかったでしょう。いや、この地には来られなかったでしょう。ただ、時々思い出しては、自室で寂しいと泣くだけでしょう」
「そうかもしれないわね」
「それ・・だから・・・・悲しいことは・・・もう言わないで下さい」
「分かったわ。ごめんね」
「それと、時の流の修正の準備が完了しましたので、この地の自然環境や動物や虫などを殺したとしても、小さい主様の運命の導きの障害にはなりません。それも、猟銃を撃ったとしても、爆弾を破裂させたとしても、、この森を燃やしたとしても、時の流の自動修正が働きます。それですので、何も気遣う必要はなくなりました。もし、先の事が起きたとしても、その時は、小さい主様の婚期が伸びる。時の流の修正が増えるだけですので・・・」
「そんなこと、誰がするのです?」
「小さい主様が、両親の亡くなった理由を知り・・・我を忘れて・・・それと、ありえないと思いますが、もし・・・祖母様が娘の復讐ために天国で寂しくないようにと、この地で生きる全ての命を・・・」
「ありえないわ!。確かにね。娘達の現場などを見て、わたしの気持ちが抑えらなくなったとしても、涙が枯れる程に泣き叫ぶくらいで済みます」
「祖母様なら、そうですね」
「ねえ。普段の来夢とは思えないのだけど、雰囲気と言うのか、感情とでも言うのか、本当に、わたしの知る来夢なの?」
「そうです。ですが、もしかすると、時の流の意志が、心に感染しているのかも・・・」
「間違いなく、そうね。そんな難しいことを言う訳ないし、元の来夢に戻るのですよね」
「別の猫とは思えません。でも、う~ん・・・・ん・・・」
「もし、戻ってない。そう思った時は、家から追い出すからね」
 来夢は、驚きの言葉を聞いて、謝罪なのか、自分の証明を伝えようとしているのか、気持ちは分かるが、人の言葉を忘れたのか、猫語で泣き叫ぶので何を言っているのか、もしかすると、来夢も分かっていないようだった。だが、祖母が、クスリと笑った。その笑みは、孫と一緒に育ててきたのだから自分が知る来夢だと、そう感じているようだった。

第四十六章

 祖母は、来夢の興奮する鳴き声を聞きながら孫の様子を見るのだ。孫には、猫の躾をしている。そう感じているのかもしれない。そんな時は、話の内容が聞こえない程まで離れて様子を見るのが昔からの来夢と孫の約束のようだった。それは、逆の場合もあった。特に、孫がオネショした時は、来夢は知らないふりをした。だが、今は、孫の昔を思い出しているようだが違っていた。孫の面影から娘の子供の頃を思い出していたのだ。それも娘の初恋の頃を思い出していた。それも、幼稚園の頃、突然に、「恋って何?」と聞かれて何て答えたか思い出そうとしていた。
(あの時、何かで調べたのよね。でも、それを答えたのではなく、娘の様子を教えたはずだったわ。それはねえ・・・)
 娘の好奇心一杯のキラキラと光る瞳を見ながら・・・そんな時を思い出していた。
(恋って、ある人、ある子の名前を聞いただけで恥ずかしくて顔が赤くなるの。それも両耳まで真っ赤になるのよ。それと、声色が同じ人や別人の芸能人だと分かっているのに同じ名前だってことで耳まで塞ぎたくなるわね。それだけではなく、テレビの映像だと言うのに、視線も向けられなくなるわ。もうそうなると、名前や声色で似ているだけで歌も声優の声だとしても、トーク番組だろうが、恥ずかしくて見ることも聞くことも出来なくなって死ぬかもしれない。それが恋ですよ)
 娘は、期待というか、夢と思っていたことと違うことを言われて驚いているようだった。そして、この世を絶望したように初恋の人とは結婚出来ないの?。そんなことを言われて、そうね。と続きを話すのだ。
(初恋ってね。殆どの人が、一番の敏感の時期の年頃になる病気みたいなのよ。そうだとね。バスや電車、建物の中でも恋とは気付かずに恥ずかしくて、男性は女性から逃げてしまう。女性は男性を見ると、立ち止まって、夢を観るように男性が現れるのを待ってしまうのだ。だから、一般的には、初恋は結ばれない。そう言われているわね)
 娘が泣きそうだったので・・・。
(でもね。結ばれる場合もあるのよ。男性が、逃げて、逃げて、逃げ回って、逆に、戻って来る場合があるからね。だから、女性が待っていても結ばれる場合もあるわね)
 娘は、「本当」って言うと、ニコニコと笑みを浮かべていた、
(だから、女性は、恋占いで、西の方角に良いことある。占いが出た場合は、西に行けばいいの。男性が逃げた方向だからね。それに、色も小道具もよ。女性が並んでも欲しい。食べ物などの店なんて男性は特に近寄らないからね。身に着けると言うよりも、店に行くのが大吉の意味になるわね。なぜかと言うと、店の周りから逃げ回るのだから買い物をした帰りに出会うことが多い事になるからよ。それは、男性の心理の逆をする。恋占いは意外と本当のことを言っていると思うわ。でも、女性の心理は、受け身であるから内心のドキドキを楽しむ。トキメキとも言うわね。その感情を楽しみたい。それで、満足というか諦めてしまうの。もし、恋占いで偶然に出会えたとしても、未成熟な男性では逃げてしまう。女性は、運命の出会いだと喜んでしまう。心の中の思いと目で見える喜びと、思いの声を出して行動したい。その心の中での葛藤で立ち尽くしてしまう。それでも、満足してしまうのが女性です。だから、男性でも女性でも、初恋は実らない。そう言われているの)
(恋占いで大吉がでても・・・・告白なんてできない・・・と思います)
(でもね。女性には、運命の出会いが出来れば、男性の気持ちを変える裏技があるのよ)
(え!)
(それは、女性らしい仕草よ。まだ、分からないと思うけど、そうね。色っぽい。とかも分からないわよね)
(聞いたこともあるし、知っているよ)
(裏技でもある。それを教えてあげようか!)
(本当!)
 祖母は、本当に娘が可愛い。そう思うのだ。そして、だんだんと思考がはっきりと、これは、過ぎ去った過去だと思い出してくる。その原因は、来夢の猫の鳴き声だった。
「祖母様。どうしたのです。なぜ、涙を流しているのです」
 来夢は、自分に気付いて欲しいと、鳴き続けていたが、自分に視線を向けたくれたことで、安心したのだろう。人の言葉で問い掛けたのだ。
「なんでもないの。なんか、この森の雰囲気を感じて・・・昔を思い出しただけ・・・」
「そうでしたか」
「あの子って、初恋が実ったのだから幸せだったってことなのかな」
「いつも笑っていました。だから、幸せだったと思います。それに、沢山、遊んでくれた思い出もあります」
「そうね。ぷっはは!」
「どうしたのです?」
「また、思い出したのよ。何度も思い出しても笑えるわ」
「あれですね。小さい主様の子守で、私の尻尾をガラガラに真似てあやしてた時に強く握られた時のことですね」
「そうよ」
「なになに、どうしたの?」
 祖母と来夢が内緒の話をしていると感じて離れた場所にいたが、笑い声と自分の名前を言われて二人に近寄ってきたのだ。
「あなたの赤ちゃんの時の話しよ」
「もう~またなのか!。いい加減にしてくれよ!」
 そんな、小さい主を慰めようとしているのか、二匹の狸の一匹が、猫のように、すりすりと、小さい主の足に身体を擦り付けるのだ。もう一匹の方は、一メートルくらい先で礼儀正しい座り方で招くように鳴いたと思うと、目の前に近寄り、また、一メートル離れて鳴くを繰り返していた。
「どうした?。どうした?お腹でも空いたか?」
「早く帰りたいのよ」
「どこに?」
「もしかしたら狸の父が待っているかもしれないわね。それとも、生まれ育った巣が懐かしいのかもしれない。勿論、巣って言っても、地面を掘っただけの穴なのか、木々を集めた巣なのか、それは、狸の習性は分からないわ。けど、その巣に母親を連れて行きたい。そんな意味の鳴き方や様子だと思うわね」
「父?」
「あなたは、狸の母親の遺体を持って、子供たちと先に行きなさい」
「はい」
 孫の後ろ姿を何時までも見ることなく、様々な物資が置いてある所に戻ったが・・。
「祖母様?・・・何をしているのですか?」
「全ては持って行けなくても、お線香と少しの食べ物でも持って行くかとね。狸たちとの最後のお別れ会でもしたいわ。もう、これで最後かもしれないしね」
「何て言っていいか、その・・・ですね。何も持って行かないで欲しいのです。小さい主様の修正とかの意味ではなくて、これからの狸たちの生活に影響しますので・・・」
「なんで?」
 祖母は、問い掛けと言うより、不満から怒りを投げかけた。
「そうですね。もし、祖母様の家の玄関に、甘くて美味しい菓子が玄関に置いてあったらどうします。それに、大量のお線香が焚かれていたら迷惑ではないでしょうか?」
「そうね。狸の家って想像が出来ないけど、家の中に、蟻さんやネズミが来たら生活が出来ないわね。分かったわ。なら、これだけ、持って行くわ。いいでしょう」
「はい。狸たちも喜ぶと思います」
 来夢は、答えと違うが訂正はしなかった。
「うん。なら、行きましょう」
 祖母は、横笛だけを手に持って、来夢の案内の通りに後ろを付いって行った。
「歩くのも面倒ですね。祖母様。飛んで行きましょう!」
「えっ?」
「もう忘れたのですか?・・・・病院で入院していた時のことですよ」
「ああっそうだったわね。浮き上がったり下りたりしたわね。でも、今度は、空中を移動できるかしらね」
「大丈夫ですよ」
「・・・・・」
 祖母は、とぼとぼと躊躇いながら歩いて思案をしていたのだが、心の思いが決まったのだろう。突然に立ち止まって瞑想するのだ。すると、うんうんと頷き何かを感じ取ったのだろう。一気に上空に飛び上がったのだ。
「うんうん。出来ましたね。目を開けて見て下さい。綺麗な景色ですよ」
 来夢は、安心して目を開けてもらうために、綺麗な景色だと伝えて、高度上からの恐怖を消そうとした。
「あっ、本当ね」
「もし気持ち的にも精神的にも大丈夫でしたら下を見て下さい」
 祖母は、高さに恐怖を感じていないのか、いや、すでに遠くまでの景色を観たことで可なりの上空だと感じていたのだろう。
「うぁあ!。やっぱり、想像していたよりも高いわね」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「それでは・・・・居ました。祖母様も見えますか?」
 来夢は、祖母の隣で下を見回して、小さい主を探すのだった。そして、祖母の頷きを確認すると、ゆっくりと、高度を下げて目的の場所に向かうのだ。まるで、透明の階段でもある感じて歩いて階段を下りて行った。
「・・・・」
 来夢と祖母は、無音で降りて行くのだ。それなのに、殺気とは思えないが何かを感じたのだろう。小さい主は、上空を見ながら招くように両の手を振るのだった。
「スゲースゲーなぁ。俺も飛びたい」
 小さい主は、病院の時のことを忘れているのではない。飛ぶと言う速度の感覚を感じているのではなく、風に服や髪がなびく感じが、もし存在するのならまるで、天空から下りて来る王妃のような優美さを感じたからだ。そんな気持ちは一瞬で消え・・・・。
「大丈夫?」
「ん?」
 地面に降り立つ寸前に、祖母の身体を支えようとしたのだ。それは、祖母が死んで天国に行くための最後の別れの挨拶に現れた。そう思ってしまったのだ。
「大丈夫よ。ありがとうね」
 祖母は、孫の変な様子に気になったが、自分の身体のことを心配してくれていると、そう感じて、素直に感謝するのだった。
「あれが、そうなの?」
 周囲を見回して、不自然な枯れ木が詰まれてあり。その隙間から穴が見えたのだ。それが、狸の巣穴だと感じて、孫に問い掛けた。孫が頷くのを見るよりも穴の中から三匹の狸だと思える鳴き声が聞こえて来たのだ。恐らく、悲しみなのか、弔いの鳴き声のような声が聞こえてきた。それも、狸でも人でも同じように幼子が母を呼ぶ声に思えた。
「見送られる方も、これでは、心配で戻って来てしまうわね」
 祖母も母から聞かされた。代々の子守唄を横笛で奏でるのだった。すると、鳴き声は止んだ。そして、三匹の鳴き声だと思ったが二匹だったのか、子狸の二匹が穴から出てきた。
「もう泣いては駄目よ。確かに、お父さんに会せたら何とかしてくれる。そう思ったのでしょうけど、死んだら生き返らないの。もう無理なのよ。でもね。お空に登って何時も見ているから安心しなさいね。でも、気持ちは分かるのよ。なんで何時までも泣いては駄目なのか、言うのはね。お母さんは安心して空に登れないの。空に登れないとね。あなたたちが死んで空に登っても再会は出来ないのよ。だから、お母さんが空で安心して待っていられるようにしなさいね」
 子供の狸たちは話の途中で泣き止んだが、祖母の言葉の意味が分からないのか、首を横に傾げて悩んでいるようだったが、それでも、祖母が見上げた空を同じように見て、一言だけ泣くのだった。もしかしたら、狸の母も祖母と同じことを死に際に言ったのだろう。まるで「再会を楽しみしているね」今度は、そんな鳴き方に思えたのだ。その言葉を聞いたからだろうか?。
「ヒッ!」
 祖母と小さい主は、殺気を感じて振り返るが、誰も居ないことに不審を感じるが、もしかと、狸の巣である。穴からの殺気だと感じだと思うのだ。その殺気は、子供の狸たちの父親が子供を心配して暗い穴から外を見ている。そう思うのだった。

第四十七章

 子供の狸たちは、祖母の話を理解したのだろう。それで、巣にいる母は抜け殻なのだ。だから、すでに、母親は上空の空にいる。常に自分たちを見ている。それで、空に向かって母と最期の別れをした。そんな言葉が聞こえたからではないだろう。父は、人の匂いは危険と感じて子供たちが心配になって迎いに出たのだ。それでも、危険ではないことに気付くが巣の穴からは出て来ない。だが、狸の子供たちは父の視線に気付くと同時に振り向くとゆっくりと歩き出して巣に中に戻るのだった。
(さよなら・・・元気でね・・それと、あなたたちの御蔭で娘と本当の最後のお別れが出来るわ。これから、娘が死んだ地に行くわ。いや、行くことが出来るのよ。本当にありがとうね。それと、わたし、長くは生きられないの。あたなたちは狸だけど、自分の子と思って空からだけど見守るからね。それとね。あなたの母を探して一緒に暮らしたいと思っているわ。だから、寂しくはないと思うの。でも、あなたちは、何も心配しないで、ゆっくろと長生きして母のところに来るのですよ。そうしなさいね)
 祖母は、心の中で長々と思い。その思いを横笛の響きに込める感じで奏でた。
「なんか、聞いたことがある」
「それは当然ですよ。小さい主様は、何が不満だったのか、わたしの尻尾を放さないまま泣き叫ぶのです。わたしも尻尾が痛くて一緒に泣いていると、祖母様は、この子守歌を奏でるのです。すると、大人しく寝てくれるのです。でも、尻尾は放してくれませんでしたね。それでも、大人しく寝てくれたので手を放すまで痛みを我慢していたのですよ」
「♪~♪~♪・・・・」
 祖母は、全ての思いを込めた曲を奏で終えたのだろう。それは、横笛の響きが止むことと同義だった。
「お疲れ様。良い曲だったよ」
「ありがとう」
「それでは、小さい主様。おじいさん。おかあさん。おとうさんの所に行きましょう」
「そうね。わたしも直ぐに行きたいけど、身体が疲れたわ。少し休みたいわね」
「それは、大丈夫です。小さい主様に押してもらいましょう」
「押す?・・・おんぶでなくて?」
「はい。そうです」
 小さい主は、来夢が言葉の使い方を間違ったのか、聞き違いなのかと、答えを求めるように祖母と来夢を交互に不思議そうに見たのだ。
「それでは行きましょうか」
 祖母と小さい主に言うと、祖母の左足の踵に付くと、直ぐに尻尾を祖母の太腿に撫でるように当てた。驚くことに、祖母は立ったままなのだが、風船でも押す感じで動くのだった。そして、小さい主だけが、驚きと同時に、先ほど言われたことの意味を理解した。
「これでは、風でも吹いたら大変だね」
「それは、大丈夫ですよ。羽衣の片方を持つ者の思考にしか対応しません。それでも、もし、祖母様が危険を感じた場合には、祖母様が、もしも、人体に危険と感じて無意識に動いたとしても、いや、人の条件反射よりも早く羽衣が勝手に反応します」
「そうなのか?」
「はい。それと、祖母様」
「なんです?」
「目を瞑って下さい。そして、椅子に座る感じを思って下さい」
 来夢の指示の通りにしてみると・・・・・。
「おっ!お~」
「どうしたの?」
 孫の驚きの声を聞いて目を開けようとしたが、目を開ける恐怖もあるが、来夢の指示を優先にしたのだ。そして、来夢と小さい主は、祖母が立っている姿から本当に椅子に座る様子を見るのだ。だが、先程と同じく浮遊して移動していた。
「目を開けても良いですよ」
「うぁあ!。何の感触もないのに、何かに座っているようね」
「苦痛も疲れも感じませんよね」
「うんうん」
 祖母も小さい主も驚きを感じて、来夢にいろいろと問い掛けるのだ。そして、目的の場所までは一キロくらいはあっただろうが、祖母は疲れなど感じることなく進み続けたのだ。だが、何かが近寄り。そして、通り過ぎる。そのことも気付くことはなかった。
「事故の現場は、ここだと思うよ」
 その場所は、十数メートルもある崖の前だった。暫く上方を見ていたが、首が疲れたのだろう。自分の周囲を見るが、木々や草などがあるだけで事故の現場らしき状態も何かの人工物もない。それでも、もう一度上空を見た。
「あっ!」
 小さい主は、上空に微かに何かを見た。それは、ガードレールを見たのだ。
「上の方には、道路があるみたいだね」
「・・・」
 祖母は眼鏡をかける程まで目は悪くはない。だが、孫の言っている何かの人工物を見ることも、道路なども見えなかった。
「わっ!わっ!わっ!」
 祖母は無意識に浮かび上がりたい。そんなことを思ったのだろう。祖母と手を繋いでいたことで、小さい主と一緒に、上に上とゆっくりゆっくり上がっていた。それでも、祖母は、孫の言葉が聞こえない程に夢中だった。もしかすると、幽霊の娘が手招きしているのか、いや、勝手に現場の様子を思い描いて娘を助けようとしている感じに思えた。
「小さい主様。安心して下さい。わたしが、足の裏に居ますので、何があっても落下はしませんので落ち着いて下さいね」
「う・・うん」
 小さい主は、それ以上は何も言えなかった。恐怖もあったが、段々と、周囲や上空や下などの景色に心が奪われていた。
「これが、そうなのね」
 目的のガードレールが目の前に見える高さまで来た。そして、二枚だけ周囲の物よりも新しいことに気付いて判断したのだ。山道には珍しくもない左右の一車線の道路だった。
「これでは、どこからでも狸などが出て来ても変ではないわね・・・うっうう・・・」
「祖母様。どうしました?」
「これでは・・・うっううう・・狸は悪くないわ・・・・でも・・・娘は・・・」
 祖母は、泣きながら嗚咽を漏らしながら何かを伝えようとしたが、もう何を言っているのか、自分でも分からないのだろう。ポロポロと涙を流し続けた。その様子を見て、来夢は、道路に居ては危険だと感じたのだろう。尻尾で、ゆっくり、ゆっくりと歩きながら尻尾で祖母を崖の方に移動させて、今度は崖の下に、ゆっくりと降りて行った。
「小さい主様。下に降りましょう」
「うん」
 来夢は、祖母の気持ちが伝染したのか、小さい主の胸に飛び込んだ。もしかすると、気持ちを落ち着かせようとしたのだろう。そして、下に降りてみると、狸がいた。
「・・・・」
祖母は、深々と頭を下げた。ごめんね。動物たちの住処を奪って勝手に道路など作って、本当に、ごめんね」
 狸は、泣いた。何度も泣いた。狸も様々な思いと気持ちはあったのだろう。何て言っているのか分からない。だが、これが、最初で最後だが人が動物たちに謝罪したのだ。もしかすると、他の動物たちに伝えたのかもしれない。人が初めて謝罪したぞ。そんな鳴き方だと思えた。それを証明するように、鳥、様々な動物が一匹、二匹、一羽、二羽と現れたのだ。まるで、お悔やみでも言っているのか、一言だけ鳴くのだ。でも、驚くことに消えることなく、だんだんと増えて来るのだ。その代表のように・・・。
「亡くなった場所に案内しよう」
 一匹の狸が来夢に向かって、何かを伝えたように思えた。
「ん?」
 祖母と小さい主は、来夢に問い掛けるように視線を向けた。
「この狸が、亡くなった場所に案内するようです」
「もしかして、この狸は・・・」
「そうです。あの子狸たちの父親です。心配になって巣から付いて来たらしいのです」
「そうだったの。やっと再会したのでしょう。それなのに、自分たちのことよりも、私たちのことを心配してくれたの。ありがとう。ありがとうね」
 祖母は、その場で蹲って両手で顔を覆いながら泣き叫ぶのだった。
「くぅ~ん。くぅ~ん」
 父親の狸は、祖母を慰めようとしたのか、祖母の身体にすり寄るのだった。
「わたしは、慰めてもらえるような人ではないのよ。事故って聞いた時からも、さっき現場を見ても、娘が死んだ原因は、あなたたちで、今でも心の隅から消えないのよ。この場の動物に恨みを晴らしたい。その気持ちがあるの・・・だから・・だから・・・ふぁわあ!」
「祖母様。今の言葉が本当か嘘か分かりません。ですが、羽衣の用途の一つに、人体に危険なガスや毒だけでなく、自分が敵や拒絶したい物などは羽衣の輪には触れることもできません。それなのに、狸の父親に触れられるのなら、それは、恨みなど思ってない。そう言うことだと思います。それは、狸の父親も感じているのですよ」
「それに、狸の父親は、感謝しています」
「えっ?・・・なんで?」
「妻の遺体を綺麗にしてくれたって、それも、ノミが一匹もいないなんて大変だったでしょう。ってね。でも、謝罪もしたいらしいわ。それで、祖母の後を付いて来たって」
「なんで、謝罪なの?・・・分からないわ。考えても、考えても分からないわ」
「それはですね。祖母様の娘さん。小さい主様のおかあさん。わたしの母とも思っているけど、狸の父親の気持ちでは、若い女性なのに、遺体を綺麗にすることも、一輪の花も、心穏やかに死なせてもあげられなかった。だから、だから・・・」
 今度は、来夢が泣き出してしまった。小さい主は、男だからと感じていたのか、それとも、祖母と来夢が泣く姿を見て、自分は、幼い頃から最近まで泣きたい時に泣いていたことで恥ずかしい。そう思ったのだろう。だから、これからは、母のことでは、もう二度と泣かない。もし泣きたいとしても、来夢と祖母の前では泣かない。そう思っている様子で、来夢の頭を何度も撫でるのだった。
「・・・・」
 狸の父親は、祖母から離れて勝手に歩き出した。だが、数メートル歩くと、立ち止まって、また、歩いて、と繰り返すのだ。その様子を見て、小さい主は思うのだ。自分に付いて来い。そう言っていると・・・・。
「うん」
 来夢を抱えながら歩き出すが、祖母の事が気になり。振り返って見ると、泣き止んでいたが、それでも、俯いている。それでも、フワフワと浮いて付いて来ているのは、来夢が考えているためか、祖母の思いなのか、そこまで、小さい主は、思っていないようなのだが、安心したのだろう。狸の父親の後ろを付いて行くのだ。今度は、それ程まで歩くこともなく、不自然な空き地に着いた。
「いろいろ、準備したのに、何も持って来なかったわね」
 祖母は、ぶつぶつと、独り言を呟いた。でも、愚痴でも後悔でもなく、孫の苦労に対して謝罪している感じだった。
「いいよ。この場に、こられただけで、もしかすると、父さんも母さんもおじいさんも喜んでいるかも、誰も話題にしないからね。だから、もしもだけど、盛大にしたら嫉妬して、化けて出て来るかもよ。そんな思いはして欲しくない。でも、お化けでも会いたいかもね。あっ、いや、怖いかも!」
「実の娘だからではないのよ。娘のことを思っているのではないの。お父さんはね。崖に落ちる前に、苦しまずに亡くなったらしいわ。でも、おかあさんは、数時間は生きていたらしいの。それも、相当の激痛を感じながら・・・・」
「そうなんだ。だから、それで・・・」
「・・・・」
 人の会話など興味がないのだろう。不自然な空き地の中を歩き回りながら匂いを嗅ぐのだ。やや中心から離れた場所で横になった。小さい主は、もしかして、思うのだ。その場所は、母が車から出て来て力尽きて倒れた場所なのだと、そんな、心の思いが届いたのか、狸の父親は、そうだと、言う感じで鳴いた。

第四十八章

 小さい主は、狸の父親のところに近づいて身体を撫でるのだ。感謝の気持ちもあるが何となくの気持ちだろう。その狸の身体に、母と父や祖父が乗り移っている。いや、そこまでは大袈裟かもしれないが、狸の毛並に触ると、三人に触れられる。そう思ったのだろう。
「あっ」
 ライターで火を点ける音が聞こえた。それは、祖母が、懐から煙草を出して一本を取りだして火を付けて吸うのだった。
「何しているのだよ。煙草は吸っては駄目だよ」
「確かに、そうね。でも、この煙草は、あなたのお父さんのよ。だから、お供えしなさい。そうね。小石でも集めて、その上に煙草を置くといいわね。わたしは、お祖父さんに、同じようにお供えするわ」
 それが合図だったかのように、周囲に居た鳥や獣たちが、鳴きだした。まるで、悲しい歌のようだが、すると、様々な鳥も獣たちが集まり始めるのだ。それは、この森に棲む全てと思う程の数が集まった。それでも、まるで、長い期間でも練習したかのような完璧に調和された完成された素晴らしい歌と思えるものなのだった。
「弔いの歌を歌ってくれているのね」
 直ぐに終わって欲しい訳ではないが、鳥の弔いの歌が終わる。そう思うと、今度は狼の歌が流れて、また、終わろうとすると、鷲に、梟、熊と、交互に歌いだすのだから何時ごろに終わるのかと、予想も出来なかったのだ。だが、歌が止まって欲しいのではない。許されるなら永遠に終わって欲しくなかった。それ程までに心休まる響きだった。
「キャ~!」
 祖母は、全ての鳥や動物に虫などを見られないが、見ようとしていると、一匹の鳥の様子が変だと思ったのだろう。恐らく、雀と思えるが、すると、フラフラと身体が震えるのを見た。自分の体力と反射神経では駄目だと、それでも、視線を逸らせるのが出来るはずがなかった。だが、枝から雀が落ちるのを見た。もう駄目と思ったのが、驚くことに、コマ送りの映像を見ている様に感じられたのだ。目が普通になれたと思った時には雀が、祖母の両手の中で無事なのを確認したのだ。
「もう十分よ。あなたは、初めに弔いの歌を歌ってくれた頃から鳴いていたのを知っているわ。だから、もう巣にお帰り」
 自然に出来た空き地には見えない。その周囲の一番手前に有る木々に止まっていたことで判断したのだ。そんな、人の言葉が分からないのか、鳥の癖なのか、首を何度も傾げる姿を見せた。人の言葉の意味がわからない。そんな様子にも見えるし、弔いの歌が終わっていないのに、鳴くのを止めなさい。そんな意味にも思えた。それでも、鳥は問い掛けの意味を伝えようとしたのか、だが、鳥の目は夜には見えない。それは、正しいはずだが、暫くの間だが上空を見上げて、何かを伝えようとしているとも思えた。
「どうしたの?」
 雀は驚くことに、掌の上から上空に飛んで行くのだ。祖母の目でも直ぐに確認が出来ない程に暗いのに、そして、祖母は、ふっと、思うのだ。弔いの歌かもしれないが、先ほど子供の狸に教えたこと、死んだら上空の星になる。その会話を聞こえたのか、狸が仲間などに教えたのか、それで、生まれて直ぐに死んだ子達や捕食された。その命たちの弔いの歌なのかもしれない。だから、雀は首を傾げたのかもしれない。それでも、この場に集まっているのだから感情の何割かは、祖母の娘の弔いの歌とも思えたのだ。
「すごいね」
「何のこと?」
 祖母は、何も気付いていなかった。数メートルを一瞬で移動したことだ。
「それ、羽衣の力でしょう」
「そっ、そうね。そうだと思うわ」
 祖母は、やっと気づいた。それと、元々、弔いの歌が終わる予定だったのか、鳥、動物や虫などの鳴き声が終わった。真っ先に、鳥が飛び立った。
「驚かしてしまったかな?」
「そうかもしれないわね・・・・でも、凄い弔いの歌だったわね」
「うんうん」
「ありがとうね」
 孫の感想を聞いた後に、すでに、多くの鳥や動物たちが巣に戻って居なくなっていたのだが、弔いの歌の感謝として深々と何度も何度もお辞儀をしたのだ。
「お母さんも、お父さんも、お祖父さんも喜んでいるよね」
「そうね。三人は間違いなく喜んでいるはずよ」
「なら・・・良かった」
「家に帰ろうか・・・でも・・・お供え物・・・・」
「うん?・・・でも、せっかく、御供物とかを用意したのに無駄になるね」
「そうね・・・そうね・・・・う~ぅ・・・」
「今から献花台だけでも用意する?」
 荷物がある場所は、今では使われていない。バスの回転場所であった。そこから、持ちだして用意することだった。距離的に遠いし、だから、祖母が悩んでいると、小さい主は思うのだった。
「それより、これから、帰る方法ね。でも、ここで朝まで居たいのでしょう?」
「えっ?。あの旅館に歩いて戻りながら通る車を待つのでなかったの?・・ですか?」
「えっ!!。ここに朝までいるつもりだったの?・・・テントなんて持ってきたっけ?」
「羽衣があるからテントなんて必要ないよ」
 来夢は、何かの遊びのような喜びのような別の楽しみのような感じで喜んでいた。
「えっ、でも、二枚しかないよね」
「また、幼い頃のように丸まって一緒に寝ればいいわ。ねえ、小さい主様」
「それだと、風邪でも引きそうだね」
「えっ!・・・え?・・・」
「来夢ちゃん。羽衣のこと説明していないから分からないのかもよ」
「あっ、なら、前足を握って下さい。祖母様と同じ状態は無理ですが・・・それでも・・・」
 来夢は、前足を前に出す時に、小さい主に触ると同時に、羽衣の機能が伝わるように念じるのだ。それは、言葉で話すよりも、直ぐに羽衣の力が伝わるように意識を集中した。
「おっ!浮いている!。おっ!上がる!上がる!これが、空中の椅子か!風は感じるが冷たくない。なんなのだ!羽衣の機能の理解も何が何だか、何も理解も想像もできない!」
 小さい主は、羽衣の状態を何度も見ていたが、やはり、直接に羽衣を体験すると、想像以上の驚きで声が出てしまうことに、自分でも驚いていた。それは、無意識で、状態を口にするのだった。
「でも、この羽衣の中でなら、家で自分用の寝具で寝るよりも気持ちがいいでしょう」
「そうだな。泊まったことも寝たことはないけど、もしかすると、羽毛の枕や寝具というか、最高級のホテルの最上階のスィートの部屋よりも寝心地がいいかもしれないね」
「羽毛ではないけど、猫のだけど、猫の毛なら楽しめると思いますよ。駄目ですか・・・」
(何なのだろう。悲しいね。幼い頃は、私のことを枕にしたり、抱き枕のように抱き付いてきたり、ガラガラのように尻尾を放さないで、気持ち良さそうに寝ていたのに、羽毛の方が良いなんって悲しいわね)
「まあ・・何て言うか・・・」
「猫の毛並の寝具では、駄目でしょうか?」
 まるで、見合いの場所で、初めて出会い。その日に同時に結婚式をして、その結婚初夜の女性のような気持ちに思える恥ずかしさと、自分の身体に不満がある。そんな、夫に気持ちを伝えようとしている。そんな女性を見ている様子だった。
「良いとか、悪いとかではなくて・・・その・・・もしかすると・・・」
「それなら、問題はないですよね」
「まあ、その、あの、ああっ・・・・」
「もう話しは終わったのね。それなら・・・そうそう、簡易的な機具で火を熾してみたいでしょう。あっ!。キャンプ用品もあったわね。何か適当な料理を作るから、その間に森の中を散策してきなさい。その時にでも、鳥さん。狸さんとか、森に棲む動物たちに弔いの歌のお礼に適当な食べ物を置いてくると良いわね。でも、包み紙などのゴミは持ち帰るのよ」
「そんな、いいですけど、でも、祖母様を一人にさせるなんて!。それに、料理を作らせるなんて!」
「それくらい良いでしょう。来夢ちゃん」
「それに、もしかしたら、私一人でいたら、娘もお化けとして出て来るかもしれない。それに、最近まで家事の全てはしていたのよ。何を馬鹿なことを言っているのよ。だから、さっさと行ってきなさい。わたしは、娘の幽霊が出るのを楽しみしているのだから、来夢も馬鹿なことを言っていないで、邪魔、邪魔よ」
「小さい主様。もし食べ物などの持ち物の心配なら羽衣の中に入れることは出来ますよ・・・それとも、祖母様と同じく、お母さんやお父さんの幽霊に会いたいならお邪魔はしませんけど・・・・それとも、蜘蛛とか虫が怖いなら・・・」
「家の中では怖いけど、外では、それ程まで、虫が怖くないの知っているだろう」
「それなら、何を悩んでいるのでしょうか?」
まるで、普段の散歩の道順みたいに獣道を歩き出した。
「いや、別に、悩んでいるのでは・・けど・・・ただ・・・明日・・」
「それなら、問題はないのですね」
「そうだね・・・」
(朝のことが予想できる・・・感じだよ)
「・・・ん?。何か言いましたか?」
 来夢は、安堵して歩き出したが、何か言われた感じで振り返ったのだ。
「婆ちゃんの言う通りに森の皆に、何か食べ物を食べさせよう。弔いの歌のお礼をしようか」
「はい。そうですね。では、直ぐにでもご飯を取りに行きましょう」
「そうだね」
「森の散歩ですね。楽しみですね。勿論、先頭を歩いて、蜘蛛などの退治はしますからね」
「もう~だから~!何度も言うけど、まあ、いいや。お願いしますね。お姉さん」
「そうよ。うんうん。いいわよ。何でもお姉ちゃんに、任せない」
(まあ、来夢が喜ぶなら、まあ、いいけどね)
 小さい主は、幼い頃は、魔法でも使っているのかと驚く程に、心底らか来夢に願いを頼んだが、最近は、頼まなくなった。それでも、時々言うのは、来夢の笑顔を見るだけで気持ちが安らぐからだった。
「森の中を歩くって、確かに、気持ちが良いね。やっぱり、空気が違うのかな・・・」
「小さい主様も、やっと、大人になった感じですね。人で言うと酒の味が分かる。それと同じ感じですかね。木々や森の中では、命の元と言うか、空気と言うか、木々が、私たちが生きて行くのに大事な物をいろいろと出してくれるのですよ。それも、森の奥の森の中では、木々から出て直ぐの新鮮な物を吸える。だから、気持ちが良いのですよ」
「何か、どこかで聞いたような・・・気がする・・・」
「何か言いましたが?」
 来夢は、幼い頃を思い出していた。幼い頃は、あれなに、これなに、と困る程に質問し続けていたことをだった。多くは人から聞いたことで、あまり信頼が出来ない情報だったのだが、森の事だけは自信満々に偉そうに教えるのだ。そして、最後には、この森の空気の味は、大人でないと分からない。そう最後は言うのだ。そして、小さい主は、へぇ~へぇ~ふ~ん。ふ~ん。お姉ちゃん凄いね。僕も早く大人になって味を感じたい。無邪気に言うのだ。そんな様子を思い出しているはず。来夢は、先頭を歩きながら嬉しそうにうんちくの話しが止まることがなかった。
「ねえ。来夢・・・」
「なんでしょうか?・・・小さい主様?」
「いや、なんでもない・・・」
(幼い頃って、今みたいに、猫と話をして言ったっけ・・猫語を話したのかな?・・・)
 来夢の満面の笑顔を見ては、何も言えずに、心の底に言葉を押し込めた。そんな、人も猫も昔を思い出しながら歩いていたが、路線バスの回転場である空き地に着こうとしていた。すると、どうしたのだろうか、尻尾を大きく膨らませて突然に立ち止まったのだ。
「熊が居るようですね」
「えっ!。熊!なっなんで!」
「しっ・・・」
 来夢は、前足を唇の前に持ってきた。小さい主には、黙って欲しい。そう伝えた。
「・・・・」
 来夢は、小さい主の胸に飛び跳ね優しく抱きとめてもらえた。
「熊の方も気付いたようです。あっ!。こっちに、向かってくるようです」
来夢は、小さい主にだけ聞こえるように囁いた。当然の反応のように驚くと同時に恐怖を感じるのだ。そして、幼児後退でもしたかのように、お姉ちゃん。と助けを求めた。

二十歳の猫とカップに入れたコインで水が零れた時 中

2019年1月21日 発行 初版

著  者:垣根 新
発  行:垣根 新出版

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垣根 新

羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。

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