───────────────────────
───────────────────────
冬の陰鬱な雲が低く垂れこめていた。針葉樹林で囲まれたその峠にも帽子をかぶったように雪雲がかかっていた。峠にめぐらされたらせん状の道路を一台の小型乗用車がふもとから上っていた。やがて車は雲に飲み込まれるように消えていった。
信也との約束は午後七時だった。八時を過ぎても現れず、浩司は何度か携帯にかけてみたが通じなかった。ふたりが会うのは大学卒業以来、八年ぶりになる。山岳写真を撮るのを生業とする浩司は、仕事に専念するためにこの山小屋に引っ越した。最近は、月に一度買い物のためにふもとの町に行くときぐらいしか、人と会話していなかった。孤独は苦にならない方だったが、それでも人恋しさはつのっていた。信也が出張で近くまで来るついでに泊まりがけで寄りたい、と連絡をもらって、浩司は旧友に久しぶりに会えるのを心待ちにしていた。浩司と信也は学生時代にはワンダーフォーゲル部で同じ釜の飯を食った仲間である。浩司は険しい山道でこれ以上進めないとあきらめかけたところを何度か信也の励ましで助けられていた。信也は親友でありあきらめない心を教えてくれた恩人でもあった。信也は工場設計の仕事で全国各地を飛び回っているらしい。ふたりとも仕事に打ち込むあまり、いまだに気ままな独身である。
外は夕方ごろから吹雪いていた。浩司の家の周りにも、腰の高さほどに雪が積もっていた。浩司の家は峠の頂上に近い林の中にあり、二月のこの時期は毎日のように雪が降った。今日の降り方はここ数日の中でも一番だった。荒れ気味の天候を見て信也は来るのを断念したのかもしれない、と浩司は思った。それにしても連絡がないのは何故かといぶかりながら、浩司は用意した料理にラップをかけて片付け始めた。ちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に立つ信也の顔色は紙のように白かった。浩司はいいようのない胸騒ぎを感じた。
「大丈夫か? 車はどうした」
「雪が深くて近づけないから、離れたところに停めて歩いてきた」
信也の背後ではしんしんと雪が降っていた。
「早く入れ。まずは体を暖めろ」
巨大な木の年輪を活かした丸いテーブルに二人は向かい合って座った。信也は黄色いニット帽をかぶっていた。帽子の横に懐かしい大学のワンゲル部の記章バッジが取り付けてある。浩司もそのバッジを大事に持っていた。仕事で困難な状況に陥ったときに手に取り、立ち向かう勇気をもらっていた。
信也は帽子を脱いで、テーブルの上に置いた。信也の顔色は、暖房の良く効いた部屋に入っても青白いままだった。浩司はウィスキーのお湯割りを作って信也にすすめながら、
「なにかつまみがいるな」
と腰を浮かした。
「いや、その前にちょっと話を聞いてくれ」
信也は浩司を制し、思いつめたように話しはじめた。
「俺はふもとの町で借りたレンタカーで山道を登っていた。走りはじめは雪の降り方は穏やかだったが、日の暮れる頃には、前が見づらくなるほどの吹き降りだったよ。雪道を走るのには慣れているが、できるだけ慎重に車を走らせた。湖を望む展望台にさしかかったときに、雪の降り方はいっそう激しくなり、車が浮き上がるほど強い横風が吹いていた。例のカーブにさしかかった時、前方の視界はほとんど0になった」
浩司には信也のいう「例のカーブ」がどこを指しているのかよく分かった。この峠を登る道中で最大の難所なのだ。急なヘアピンカーブで道幅もそこだけ極端に狭い。天気が良くても最徐行で車どうしがすれ違うポイントだ。ちょうど一年前の大雪の時期に、山を越える路線バスがそのカーブで運転を誤り、ガードレールを突き破って湖に転落した。運転手と乗客、あわせて十三名が亡くなったと見られている。直前のバス停で運よく下車した乗客の証言によって、犠牲者の数は推定されたものの、木々に囲まれた深い湖からいまだにバスと遺体を引き上げることができていない。
「あのカーブで不思議なことが起きたんだ。安全に、と考えて山側に寄せてコース取りをしようとしたのに、何かの力が働いたように車が湖の方に引き寄せられていった。俺はパニックになり、思い切りハンドルを山側に切った。そうしたら……」
浩司は固唾を飲んで信也の次の言葉を待った。
「そうしたら、道路に張り出すように立っている大木に車はぶつかって止まった。エアバッグが作動して、その衝撃で俺は気を失った。どれくらいの時間が経ったのか、気がつくと車は大量の雪に覆われていた。枝に乗っていた雪が車の上に落ちてきたんだ。運転席側のドアは木に邪魔されて開かなかった。エアバッグを押しのけ、やっとの思いで助手席に移動した。助手席の窓も雪で覆われていたが、ドアは空きそうだった。ロックを外してドアを少しずつ押すと、窓の雪が落ちて外が見えた。信じられない光景だった」
信也はまばたきもせず、浩司の顔をじっと見ながら話していた。本当に彼は信也だろうか? 浩司の心に疑念がわき起こっていた。かつていっしょに山を登っていた頃の信也の目の輝きは感じられなかった。
「十人あまりの灰色の人影が吹雪の中をそれぞれ好き勝手な方向に歩いていた。雪のためによく見えなかったが、性別、年齢もさまざまなようだった。お互いがぶつかりそうになっても避けもせず、ぶつかった瞬間、相手の体をすり抜けて何もなかったように歩いていた。この世のものではない、と直感的に分かった。そのうちにさまざまな向きに歩いていた人影がしだいに向きを変え、車に近寄ってきたんだ。俺はドアを開けるのをやめ、ロックをかけた。灰色の人影のいくつかが、かわるがわる助手席の窓を覗き込んだ。奴らにはぼんやりした輪郭だけで顔はなく、目の位置にはふたつの黒い穴が開いていた。その虚無の洞穴のような何対かの目が、まるで獲物を狙っているようにこちらを見ていた。車のエンジンはかかったままだったから、しばらくは車内の温度は保たれていた。しかし、だんだんエアコンの効きが悪くなり、温度を最大の設定にしても、ぶるぶると体の震えが止まらなくなった。ふとルームミラーに目をやると、後部座席に奴らがいた。それはもはや人の形ではなく、人の頭の大きさぐらいの白い人魂のようだった。五、六個の尾をひいた人魂が、何かのダンスを踊るように絡み合って浮遊していた。奴らが踊るたび車内の温度が凍りつきそうなほど下がっていった」
浩司は話し続ける信也の顔をまじまじと見つめた。こころなしか、顔の輪郭が煙っているかのようにあいまいになっていた。声の調子も、井戸の底から聞こえる音のように、エコーがかかって妙に低くなっていた。
「約束を果たせてよかったよ。場所はさっき話したとおり、俺の体はそこにある」
信也の体全体がうすぼやけた灰色に変化し、眼は黒い洞穴のようになっていた。口の位置すらもはや定かではなかったが信也は話し続けた。
「木に衝突したとき、すでに俺は命を失っていたのだと思う。死んでから先もさまよいたくはない。頼むから救い出してくれ……」
そう言い残すと、灰色の人影はみるみるしぼんで、白い人魂となり、部屋の中を漂った末に壁に吸い込まれるように消えてしまった。浩司は思わず壁の方向に手を伸ばし、信也の名を呼んだが返事はなかった。静寂の中、浩司はしばらく呆然としていた。自分が幻覚を見たのかと疑い、部屋中を見回した。
テーブルの上には黄色いニット帽だけが残されていた。浩司は帽子を手に取った。屋外から運び込んだばかりのように手触りは冷たく、記章のすぐそばに雪の大きな結晶がひとつついていた。鮮やかな六角形ははかなく溶けて一粒の水滴になった。
終
築五年、二LDKの五十五平米、日当たり良好、システムキッチン完備、オートロック、駅歩五分。これで家賃五万円とは、願ってもない好条件だった。ただし、事故物件であることを除いては。
「――まあ、リフォームもされてるし、家賃も半額にさせてもらいますから。決して悪くないと思いますよ」
不動産屋の営業マンがにこやかに資料を広げて説明する。上の方には「シェリア高宮415号室」と書かれていた。確かに、室内写真はどれもモデルルームみたいで、事故物件でさえなければすぐにでも契約しているところだった。
「そうですね……」
私はしばらく写真に見入っていた。こんなところで人が死んだなんてとても信じられなかった。まあ、リフォームされているから、痕跡なんか残ってないのは当然なんだろうが。
「気にされる方もいらっしゃいますが、この条件でこの家賃はそうないですからね」
そりゃ、そうだ。この条件なら十万円くらいが相場だ。それを五万円で住むことができるのだ。月に五万も節約できるし、一年で考えれば、六十万円も浮かすことができるのだ。これはちょっとしたボーナスに相当する。これだけのお金があれば、家具を買い替えたり、高級エステに通ったり、旅行に行ったり、今までやりたくてもできなかったことだって好きなだけできる。しかも念願の二LDK。これなら寝室も仕事部屋も同時に手に入る。
お得でないわけがない。
だが、事故物件というのはどうなのだろう。それほど信心深い方ではないが、何か憑いてやしないかとつい思ってしまう。
「せっかくですから、お部屋もご案内しますよ」
「あ、じゃあ、お願いします」
とりあえず、百聞は一見に如かずだ。私は営業マンに部屋を案内してもらうことにした。
外観は近代的な造りのマンションといった雰囲気だった。正面の入口におしゃれな文字で「シェリア高宮」と表示されている。今住んでる築四十年のアパートに比べると、大分ハイソな感じがした。
部屋の中は白い壁とライトブラウンの床に統一されていた。窓からは陽光が差し込み、明るくて洗練された雰囲気は、長く住むのにもうってつけだった。
「いかがですか?」
営業マンが笑顔を向ける。
「いいですね」
私は部屋を見回した。頭の中は早くもこの部屋のレイアウトを考えていた。
「今ご契約いただくと、入居金五万円もプレゼントさせていただきます」
多分、これ以上、好条件の物件はないだろうと思いながら、私は二つ返事で契約を交わした。
引っ越しを終えて、荷物も片付けると、私は改めて部屋を見回した。
十四畳もあるLDKは、両手を広げてくるくる回っても十分な広さがあった。ベッドもテーブルもパソコンデスクも本棚もみな同じ空間にひしめき合うようにして置かれていた前のワンルームマンションと比べると夢のようだった。しかも、これで家賃が一万円しか変わらないのだ。バーゲンで思わぬ掘り出し物に出会ったときのような気分になり、私は思わずほくそ笑んだ。
すべてが好調に始まった新居生活のおかげで、仕事にも精が出るようになった。滞っていた原稿の執筆もサクサク進んだ。やはり環境の変化が与える影響というのは、大きいのだと改めて実感した。
一週間ほどたった夜、私はトイレに目が覚めた。寝室からトイレまでは廊下一つ隔てたところにある。私はベッドから起き上がるとトイレに向かった。
用を足して洗面所で手を洗い終えると、視界の端に何かを捕えた。鏡の端に映っているものを見た途端、私は恐怖のあまり目を見開いた。そこには血まみれの女の顔が映っていた。目を開けたままの女はうつろな視線を投げかけていた。
私は自分の見ているものが信じられなかった。一瞬、悪夢の中にいるのではないかと思った。
早く逃げなければならないのに、身体は金縛りにあったみたいに動かなかった。喉の筋肉も硬直して、悲鳴すら上げることができなかった。恐怖心に抗うように、どうにか首を後ろに向けると、そこには何もなかった。私はもう一度鏡を見た。女の顔は映っていなかった。
我に返ったように私は震えながら、寝室へ逃げ込んだ。わずか数歩の距離が途方もなく長く感じた。ベッドにもぐりこむと、頭から布団をかぶって体を丸めた。
何だったんだ、あれは。
幻覚でも見たのだと必死で言い聞かせたが、あまりにもリアルで忘れることができなかった。
結局その晩は、大して眠ることができなかった。
寝不足と後味の悪さを引きずったまま私はその日一日を過ごした。当分の間、夜中にトイレに起きるのが怖くて、その晩からは水分を控えた。
早く寝入ってしまえば恐怖を感じることもないのだと思ったが、こういう時に限って心地よい眠りは訪れてはくれないのだった。私はベッドの中でまんじりともせずにいた。
いったい今何時なのだろうかと、私は布団から首を出して壁の時計を見た。
その瞬間、暗闇にあの女の顔が浮かび上がっていた。
私は悲鳴を上げながら布団にもぐりこんだ。わずかな隙間からでも襲い掛かってこないように、私は布団の端をぎゅっと握りしめて、ダンゴムシのように体を丸くしていた。
「ちょっと、そんなに怖がらないでよ」
どこからともなく声が聞こえてきた。私は空耳だと思って、布団中で身じろぎもしなかった。
「私だって、好きでこんなていたらくになったわけじゃないのよ。でも、最期の姿がこの様だから仕方ないのよ」
声は一人でしゃべり続けていた。空耳にしてはやたらと長いような気がした。
「でも、よかったわ。この部屋、また新しい人が入ってくれて」
もしかすると幻聴なのか。私は精神を病んでしまったのだろうか。私は布団の中で自問自答していた。
「ちょっと、あなた、聞いてるの? さっきから布団かぶったまま震えてるけど」
私は自分のことを言われているとはみじんも思わず、相変わらず声の正体を自問自答し続けていた。
「もう、大丈夫だって。誰も襲い掛かったりしないから。人が話してんだから、せめて顔くらいは見せてよ」
さすがに布団の中にもぐりこんだままでいるのは息苦しくなってきた。私は布団の中の端を持ち上げて、少し頭を出し、外の新鮮な空気を吸い込んだ。
「やっと顔見せてくれたわね」
今度の声はさらにはっきり聞こえた。私は思わず辺りを見回した。あの女の顔がまだ空間にあった。私は再び恐怖に硬直し、布団にもぐり込もうとした。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと」
警察官が違法運転を追いかけるように、声は私を呼び止めた。「だから、そんなに怖がらないでよ。誰もあなたに襲い掛かったりしないから」
声はあの女から発せられているのだと私はようやく気付いた。
「な、な、な、何なの一体……」
私は思わず女に向かって言った。いくら怖がるなと言われても、あの顔に恐怖を感じないわけにはいかなかった。
私はすぐに目を閉じて布団で顔を覆った。
「私は、三橋ゆかり。この部屋の前の住人よ」
――この部屋の前の住人? ってことは――
「そう。一応、自殺したことになってるけど」
私の内心を察したように三橋ゆかりは言った。
――一応? 一応って何だ、一応って?
「でも、本当は自殺なんかじゃないの」
――じゃあ、一体――
「殺されたのよ」
――だ、誰に? ――
私は布団から顔を上げて、三橋ゆかりの方を見た。が、その瞬間、やはりぎょっとして目をつぶってしまった。あの顔を見ながら普通に会話をしろというのは至難の業だ。
「坂上和彦っていう男よ。元恋人」
「な、何でその男に殺されたの?」
私は目を閉じたまま彼女に聞いた。この状態なら、どうにか会話ができそうだった。
「逆恨みよ。別れてから、ずっとストーカーみたいに付きまとわれてたの」
「なるほどね……」
いわゆる痴情のもつれというやつか。私はようやく事情が呑み込めてきた。
「で、あなたに折り入ってお願いがあるのよ」
私が察するのを見越したように彼女は言った。
「何? お願いって」
「坂上和彦を捕まえて」
「え? 私が?」
私は驚きのあまり目を見開きそうになったが、慌てて閉じた。
「あなた、ミステリー作家でしょ。犯人を捕まえるのとか得意じゃない」
「ちょっと待ってよ、それとこれとは――」
そんな理由で頼まれるなんてたまったもんじゃない。ここは何としても逃げねばならないと私は思った。
「だって、こんな姿じゃ警察なんか行けないし。成仏だってできないじゃない」
「そうだけど……」
だからって、何でよりによって私に頼むんだ。ミステリー作家は警察の代役じゃないんだ。
「まあ、これもせっかくのご縁だから、一丁頼まれてちょうだいよ」
親しい仲間の肩を叩くような気やすさで彼女は言った。こんな出会い方でなければ、いい友達になれたかもしれない。私が考え込んでいると、彼女が言った。
「あなたの小説、なかなか面白かったわ」
「あ、ど、どうも……」
いきなり私の小説に話題が変わり、私は戸惑った。
「ね、上手く捕まえてくれた暁には、この題材小説にしていいから」
「そ、そう言われても……」
特に目新しい事件でもないし、第一、私に坂上和彦を捕まえられるという保証はどこにもないのだ。
「あなたもそろそろここらでベストセラー出したいじゃないよ」
「そ、そりゃ、まあ……」
「だったら、この事件を使わない手はないわ」
「いや、でも……」
「いい? これは取引よ。この事件を本当の意味で解決することで、私は晴れて成仏できるし、あなたもミステリー作家としてブレイクできる。どっちにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「そ、そりゃ、まあ……」
「じゃあ、これで決まりだわ」
彼女はそのまま手を叩きそうな勢いで言った。
かくして私は、前入居者の三橋ゆかりの事件の真相究明に着手することになったのだった。
終
『ブオーン』という鉄砲のような音を立てて桜島がモクモクと煙を立てて大噴火している。普段は静かな夜も灯りが多くついている。
川上正は布団に俯せで寝ている。『辞めろよ』『辞めろよ』と川上は魘されている。
川上の背中には何か人のような物体が張り付いている。『うわっ』川上は起き上がる。
「はあはあ、金縛りか…」
川上は汗を拭う。ガラスウインドウには多数の人形が川上を見つめる。外は桜島の煙がモクモクと見える。
川上正は布団に俯せで寝ている。『辞めろよ』『辞めろよ』と川上は魘されている。
川上の背中には子泣き爺のような明らかに重たい物体が張り付いている。『うわっうわっ』川上は大声を出して振り払うようにして起き上がる。川上の前には女性と男性の中性のような鬼のような足のないわけのわからない物体が現れる。
「お前を地獄に落としてやる」
はっきりとした口調で答え、物体は姿を消す。川上は心臓が止まったような感じで凍り付く。
『平成最後のクリスマス!』看板が多数見える。イタリアン・シナリオでは川上ら男女が合同コンパをしている。
「運命の人に出会う繫ぎに結婚しようかー」
合同コンパは盛り上がる。
「僕、10年くらい前、幽霊見たことあるのですよ!」
「えー!どんな、どんな」
「僕、霊感強いのかなと思っていたらそうでもなくて…大阪来たら見ないのです。多分、鹿児島特有のものなのかな」
イタリアン・シナリオは神妙な空気を放つ。
笹井はイタリアン・シナリオ檀上でキーボードを演奏し始める。とりとめのない音楽が流れる。笹井は演奏を止めてマイクを持つ。
「何か質問あればお聞きします。」
笹井は檀上で呼びかけるが誰も反応しない。
「質問なんかあるかよ。ただおちょぼ口のおじさん、クレーマーの森分にそっくりだな…」
川上は心の中で毒付く。
「こんにちわー以前、依頼のあったカタログをお持ちしましたー森分さん」
川上は作り笑顔で振る舞う。
「久々ですね、奥様。いろいろとお忙しかったみたいですね……」
川上は終始笑顔だ。
「川上さん、実はうちの主人、先月に亡くなったのよ」
「えっ」
川上は驚いて振り向く。川上は一人で佇んで彷徨する。
終
薄闇の中、軒を連ねた通りに玄関灯が一つ、また一つにぶく光っている。ぼんやりと湿ったように輝くその灯を頼りに歩いていくと、懐かしく重く暗い風景だった。離れて久しいこの町に、いつの間にか戻ってしまったようだった。少しも寒くはないのに雪が落ちてきた。
陽が落ちて影さえ溶け込んで見えない、闇を吸い込んだような道を進んでいった。昔から闇がずっとついてきているように思える。
雪が闇を埋めてくれればいいのに、そんなことを思いながら歩いていた。古い一軒家やアパートを過ぎて、信号に差しかかった。信号灯は音もなく赤から青に点灯した。
横断歩道を渡ると見覚えのある顔だったので、声を掛けたが気付かないのか振り向きもしない。もう一度声を掛けたが、あっちへ歩いていってしまった。
こちらの声が聞こえないはずがないのにと思いながら歩いていくと、いっそう濃い闇が広がっていた。しばらく行くとその先に俵形の提灯がぽつんと一つ、真白に灯っている。寺の提灯だった。
ああ、これは実家が檀家になっている寺だったなと思い、そっと覗くと奥へと続く細い道が見えた。今は身近な寺どころか、友人と呼べる者さえほとんどなかった。がむしゃらに走りすぎた代償なのだろう。
中に入ると道なりに椿が満開だった。どの椿も真っ赤に大きく口を開けたように咲いて、黄色い芯が眠そうに垂れていた。
首ごと落ちた花弁が、ごろごろと短い参道をいっぱいに埋めていた。柔らかい花の道を踏みながら進んでいくと、やがて小さい本堂へ出た。白壁の小さな本堂の観音開きになった扉が開いていて、上り口には靴が並んでいた。
一足、二足と数えていくと、全部で十ほどある。そっと中に入り細い廊下を抜けて障子の前に出た。開けるとその向こうは広い座敷になっていたが、外から見るよりも古く、奥の方には仏が祀られていた。仏は穏やかな顔をしていて、思わずすがるような気持ちで足を踏み入れた。気心の知れていた仲の良かった友人が立っていて、すぐにそうだと分かった。いつの間にか会うこともなくなっていたが、ほっと気が緩んで声を掛けようとした。
けれども友人は目を見張って、しばらくこちらを見つめるだけだった。やがて哀しそうに座敷の奥を見て言った。
「よく見てくるといいよ。分かるだろうから」
中には見覚えのある顔がいくつかあった。茶を飲んだり互いに話をしている。久しぶりに見る顔ばかりで、昔の面影をたどるのに精一杯だった。
何の集まりだろうと思い、傍の人に声を掛けようとしたが、相手が席を立ってしまったり、別の人と話し始めたりで、思うように声が掛けられなかった。
だれとも話さず膝を折ってしばらく座っていると、ガラス窓の向こうでさっきの雪が大きなぼた雪になって一片、また一片落ちていた。風が強いのか綿のように舞っているのが見えた。がらんどうになった体の中に、雪が落ちていくようだった。風の音がびゅうびゅうと耳元をかすめるようで、思わず身をすくめて息を吐いた。
ふと顔を上げて見ると、そのずっと先には女がいた。いつだったか遠い昔に別れた女だった。何度もケンカをして心が折れ、互いの顔もまっすぐに見られないようになって別れたのだった。付き合った女は片手で十分数えられるくらいだった。けれども、どうしてこの女がここにいるのか分からなかった。
自分がさほど思っていなくても、相手はそうではなかったのかも知れない。またその逆も然りなのだなと妙に納得していた。
その女は仏の前に置かれた白木の箱を、じっと見つめていた。立ち上がってそっと傍にいくと、懐かしい香りがした。そばに立っても女は気づかないようだった。自分にはだれも気づかないのだ。
女の顔色は青ざめ、束ねた髪が二筋、三筋頬に落ちていた。膝の上できつく結んだ拳が真っ白になっている。何を見ているのだろうと覗き込んだ。
白木の箱には自分がいた。横たわり硬く口と目を結んで少しも動かなかった。自分は死んだのだと思った。気が動転して、ただ横たわる自分をしばらく見つめていた。
やがて女の頬につと涙が伝った。それを見て、がらんどうの心にさざ波が立った。さっき踏んできた椿の赤い花が、ぽつんと一つ胸の中に咲いたように思えた。
女がそっと手を合わせた。さっきの友人があとからやってきて、その隣で穏やかに手を合わせてくれていた。横たわる自分を前にして、少し胸の中が暖かいのが不思議だった。
雪が降っている。窓の外の景色がいつの間にか真っ白だった。
終
夜八時、私がマンションの鍵を開けると、玄関に母が立っていた。スマホを手にしている。私を見るとほっとしたように言った。
「真矢、よかった。今、電話しようと思ってたの」
「何、お母さん」
私が尋ねると、母は戸惑ったような口調で答えた。
「生駒の明和病院って病院から電話があった。お父さんが倒れて入院してるんだって。家族に来て欲しいんだって」
私が最初に思ったのは、面倒だなということだった。その日も投信を売るために一日中客の家を訪問していた。疲れて帰ってきて、晩ご飯を食べて風呂に入ってさっさと寝るつもりだった。母が言った。
「脳出血かなんかで意識がないそうだから、行かないとしかたないわよね。真矢も一緒に来てくれるわよね」
母と二人で暮らすマンションの中には父のものは何もなかった。とりあえずタオルなどを紙袋に入れて、車で病院に向かった。もう死んでいてくれないかとふと考えて、自分でもこれはひどいと思い、その思いを振り払うために何度か首を振った。
谷町四丁目の自宅から生駒までは一時間近くかかる。母がメモしていた病院の電話番号をナビに入れて夜の高速を走った。
奈良は大阪市内と違って、どこでも駐車場だけはたっぷりある。数台しか車が止まっていない広い駐車場に車を止めて通用口から病院に入った。
たちの悪い病院だなとすぐ思った。節電のためか照明が落とされていたが、整理整頓が十分されていないことはすぐわかった。通用口は警備員もいない。廊下に段ボールが乱雑においてある。ロビーに入ると台車が置きっ放しになっている。受付には誰もいないし、一階全体に人の気配がなかった。しかたないので母と二人、エレベーターに乗った。エレベーターの中の表示を見ると三階以上が病室になっているようだ。もっとも四階までしかないのだが。
三階で降りた。ナースステーションにはさすがに看護師が一人いた。
「田口の家族です。今日、入院したと電話をいただきました」
私が言うと、その若い看護師は無愛想に答えた。
「ああ、今日、入院した人ね。三〇一号室です」
それからその看護師は、「田口さんの家族が来ました」とどこかに電話したが、案内してくれる気はなさそうだったので、母と二人、三〇一号室に行ってみた。ナースステーションの隣だったのですぐ分かった。
殺風景な個室でベッドに父が寝ていた。体中にいろいろな機械がついている。心拍のモニターがあって、酸素吸入の装置があって、点滴や尿を入れる袋がついている。機械の音が聞こえる。その中で、父は口を開けて寝ていた。
数年ぶりの父は老いていた。髪はすっかり白くなり、数ミリ伸びた髭も白い。母と私はその部屋で呆然と立っていた。意識のない人に呼び掛けるのは無駄だし、やることもない。
開けっぱなしになっていたドアから医者が入って来た。夜勤をしても大丈夫かと思うような年取った男だった。背は高いが猫背気味だ。わずかな白髪が頭皮に貼り付いている。
「担当の田中です」
医者は自己紹介した。母と私は頭を下げた。医者は私たちの目を見ずに続けた。
「いつまで持ちますかな。回復するとは思わんとってください」
「ああ、そうですか」
とっさにその返事しか出てこなかった。それから、思いついて尋ねて見た。
「これがいわゆる脳死って状態ですか」
医者は何がおかしいのかわからないが、笑って答えた。
「ちゃいます。自分で息してますやろ。脳波も測定できますわ」
医者が出て行こうとしたので、私は慌てて尋ねた。
「明日、朝から仕事なんです。今晩、家に帰ってもいいですか」
「ああ、どうぞ。何かあったら連絡します。その時は必ず来てくださいよ」
私はほっとして、母と車で家に帰った。
それから二日間、いつ病院から連絡があるかとびくびくしながら仕事をしていた。家に帰っても、父の話を母とすることはなかった。母だって気になっているはずだが、触れたくなかったのだ。
土曜日になって、やはり病院に顔を出さないのは無責任だろうと思い、母を促して生駒に行った。生駒のスーパーで男物の下着やパジャマを買った。父の住んでいる家は病院から車で十分ほどだが、その家に入るのは嫌だった。だらしない父が十年も一人暮らしをしていて、どんな状態になっているのか怖くて入る気にならなかった。
病院に行って見ると、たった二日みない間に父はずいぶん痩せて小さくなっていた。肌全体が茶色くなって、乾燥している。
ロッカーの中を見ると、使った後のタオルや下着が放り込まれていたので、病院のコインランドリーで洗濯した。二日間でこんなに洗濯物がたまるようでは、来週はどうしたらいいだろうと考えた。仕事は休めないし、ここは遠くて仕事帰りに寄れるようなところではない。
特に理由があるわけではないのに、父とは疎遠になってしまった。もともとの原因は家かもしれない。父の趣味の家庭菜園のため、生駒の山の中の不便な所に家を買った。当初は母も自然の中の生活を楽しんでいたが、大阪市内で生まれ育った母はだんだん都会が恋しくなった。その上、膝を痛めて、坂の多い生駒の生活が嫌でたまらなくなっていた。そんな時、仕事が忙しくなった私が市内にマンションを借りて自立すると言ったから、母も付いてきてしまったのだ。
特に仲の悪い夫婦でもなかったが、離れてもお互いにちっとも困らないことがわかった。それどころか、相手がいない方が自由を満喫できることも知ってしまった。それ以来、父と母の距離はどんどん遠ざかった。そして、私にとっても、小学校の高学年になってからは、父は鬱陶しいだけの存在だった。
洗濯の問題はあっさり解決した。病院に相談すると、別料金で洗濯を引き受けてくれることが分かった。それで、母と私は週に一度だけ病院に父の様子を見に行くことになった。
すぐに終わると思っていた父の入院は一カ月を過ぎた。父の体はますます干涸らび、皮膚は木の幹のように茶色くかさかさになった。
病院の請求書を見て、私は驚いた。一カ月の入院費が四十万円を超えていた。個室に一日一万円かかるからだ。
私は父を四人部屋に移すように頼んだ。この病院はどうせ空きベッドばかりだ。責任者らしい中年の看護師が言った。
「今の田口さんの状態だと、他の患者さんや見舞いに来た人が不快感を覚えるので、困ります」
私は唖然とした。病室に戻って父を見ると確かにミイラのようでもある。私は担当の田中医師に尋ねた。
「こんなに体が干涸らびるなんて、点滴の水分が足りてないんじゃないですか」
医者は答えた。
「植物でも水を与えないと干涸らびますわな。人間の場合、愛情が注がれてない時も干涸らびるんですわ」
今更、父に愛情を注ぐなんて母にも私にも無理だった。父はますます干涸らび、入院費は私たちの家計を圧迫した。父はもはや自力で呼吸もしていなかった。それでも脳波が測定できるとか言って、田中医師は人工呼吸器を外さなかった。
田中医師に対する不審感が募った。父の頭には何の装置もついていないが、本当に脳波を調べているのか。他の医師の診断も求めたかったが、私たちが病院に行くのが週末のせいか、田中医師以外の医者を見かけたことがなかった。そもそもこの病院は極端に人が少ない。開け放された病室の入り口から、四人部屋に一人か二人、管につながれじっと横たわる老人が見えたが、見舞客は見たことがない。入院患者たちは皆、管から栄養補給しているせいか、配膳しているのも見かけない。
もしかしたら、何週間も前に死んでいるのではないかと古木の幹のような父の皮膚を見て考えた。心拍のモニターは規則正しく動いている。数字にまったく変化がないのも怪しい。
しかし、人工呼吸器をはじめ、様々な機械につながれている父を他の病院に移動する手段もなかったし、転院先のあてもなかった。
半年後、父はどこから見ても枯れ木になった。長さ一メートルあまり、直径三十センチほどの枯れ木がベッドに置かれているとしか見えなかった。枯れ木に目鼻がつき、動くことのない手足はまるで枝のようだ。そしてもはや皮膚を傷つけても一滴の血も出なくなった。田中医師はようやく父の死を認め、死亡診断書を書いた。
私たちは父の葬儀をしなかった。ただ、葬儀社を呼び、納棺して火葬場に運んだ。実際にはライターで火をつけたら燃えてしまうに違いなかったが、それでは犯罪になりそうな気がした。料金を払って火葬したが、一片の骨も拾うことができなかった。
終
薄墨色の鮫小紋のあわせしか纏っていないので、こんな夜は骨の芯まで冷えこみます。阿倍野のラブホテルのドレッサーで、とにもかくにもと急いて梳った鬢のほつれに指をからめるでもなくからめ、わたしは車窓の闇を視つめていました。
夜半の路面電車の車窓からは、丸木のふたり掛けのベンチがたたずむ三叉路がのぞめ、太くて背のひくい椰子の木が、ひからびた葉粉を舞いちらしています。茣蓙にならべた骨董市や古枝に吊るした古着のきものが、泥繪の具のような色彩でなつしかしくスローモーションで流れてゆきます。
あれは秋鬱につつまれた、十月も半ばをすぎたころの昼下がりでした。枯葉つもるキャンパスの楡の木陰をゆくと、背後から助教授がきて、
「やぁ、たまにどう?」
と声をかけられました。
「母の具合いが……またお声かけいただけましたら」
といつものように無難に断り、校門前の停留所へすすみ、バスから電車へ乗りつぎました。当時、臥せることの多くなった老母の具合いが日ましに芳しくなくなっていたのは事実でしたが、そう云えばそれいじょう誘われることもなかろうとはからったのです。呑み会への誘いには一向に気がすすみませんでした。
「先生の奥さんはグレース王妃にそっくりですなぁ」
などと上の者をおだてながら、三駅先の旧市場のすみの、曰く隠れ家の小汚いおでん屋にひそんで吞むのが教授たちのすごしかたでした。けれど興味の湧かない人の妻、いやそれより近しい女性へのおだてを拒めば出世の妨げになることくらい、わたしにとてわかりますが、踏み繪を踏みたくはありませんでした。とは云え断りきれずに一度きり赴いたことがあるのですが、
「いやぁ、グレース・ケリーと云うより、エリザベス・テーラーですよ。あのゆたかなデコルテにブルーのダイヤモンドを飾っておられるお姿は……」
そのようなご託をならべむらむらと女子大生の誘惑に悩まされそうなのを遠まわしに揶揄しあっているこの手の会話にわたしは生理的嫌悪感をいだき、とにもかくにもと避けてきていたのです。ただし明確にしておきたいのは、わたしが嫌悪感をいだく理由です。上の者への機嫌取りが当然と云った社会構造への嫌悪ではなく、わたしは女性そのものへ、みじんも関心をもちあわせていないと云うことなのです。このことは、わたしの理由です。彼らにしってもらうべく理由ではありません。そうやって断るごとに、「あいつは演劇美学を専攻にしようとするとは陰気だ」などと一笑されているのはしっていました。しかしいざと云うときには父の遺してくれたわずかな財産で、無理にしいられる踏み繪を避けて生きてゆけると思っていました。
当時は母とふたり暮らしをしていました。家政婦に出入りしてもらっていましたので、わたしが家を留守にしたとてと、その場凌ぎの安心を得てはいたものの、母の躰が日々おとろえてゆくことは、将来へのねぶかい不安のもとではありました。しかし反対にそのおしよせる不安に最期の最期まで逆らってみせたい欲求がくすぶり、火が熾ろうとしていたのかもしれません。
ギリシャ劇、シェイクスピアのバロック演劇から、ラシーヌ、モリエール、イプセン、チェーホフ、そしてブレヒトやベケットの現代演劇、また我が国に於いては四世鶴屋南北、近松門左衛門、竹田出雲、近松半二と云った、面々がからかう処の演劇美学をわたしが研究していたのは、しずかに芝居的世界観にひたり、生きてゆきたかったのが本当の理由でした。芝居には秘め事や哀しみが渦巻き、幼少期に可愛がってくれた祖母とかよった田舎の芝居小屋への郷愁が、わたしの奥ふかい精神の芯の部分を落ちつかせてくれたのです。立見席に埋もれ、蝋燭の揺れる炎がとぼしだす忘れられない当たり狂言心中もの、それはのちに祖母にたずねれば『曾根崎心中』でした。三っつにもなっていないわたしを負ぶって舞台をみせてくれた祖母の、ぬいていないきものの襟もとの白髪をひくく小さく結った髷を、幼いわたしはみおろしていました。繰りひろげられた秘密めき狂おしげな男女の情念に頬の紅潮した祖母と、夜風にうたれ帰途の田舎路を手をつなぎそぞろ歩いたその刹那、幼いわたしですら祖母の息遣いから女くさい湿りを盗み感じたものでした。小さな髷の祖母の、たわわな黒髪を乱し息絶えてゆく女の情念への憧れと彷彿感が、なんとも云えぬわたしへの包容と化し、つないだ指と指から伝わってきました。演劇はくりひろげられる舞台そのものよりも実は観劇者の魂にこそ情念劇が無限にひろがる、そのことにわたしは憑かれ、自己表現や連帯創作にうちこむ演劇活動家が多いなかで、わたしは彼らとはまったく異なりました。レトロな喫茶店のアルコールランプの炎のもとで、しずかに人の謎めいた淫靡さを感じさせる手垢と黴まみれの演劇原書を繰っているといにしえの人々の情念に覆いつつまれ、いだかれて、わたしの精神は芯のところで孤独のさざ波をおさめてゆくのでした。
はじまりは古着屋の更衣室でした。
世の中がバブリーと呼ばれる兆しをただよわせていたそのころ、心斎橋から大丸そごうを北へあがった鰻谷あたりに、ふくろ小路の小狭い路地がありました。当時ようやく非常勤講師の口がまわりきはじめていたわたしは三限目の講義後のまだ陽のたかいうちに、誘いを避けてはこの鰻谷界隈へ古本洋書屋あさりをしにきたり、喫茶店で濃厚なコーヒーをすすりながら原書の読書をしたりと、漫然と散策をして過ごしていたのですが、その路地は気にもとめず素通りをしていました。しかしその日にかぎり、ふと路地をみやったのでした。
路地の入口から古着屋の扉へとつづく壁一面には、水平線上に広がる白い砂浜が塗られており、砂浜の真ん中には白いふたり掛けの小さなベンチが描かれていました。その小さなベンチには、眼を懲らさなければわからないほど小さな、オールドファッションの太ももなかあたりまでの水着をつけた、ふたりの白人の老婆が無表情にならんで腰かけていました。彼女らがこの世の虚しさを訴えているかのようで、わたしは足をとめ、壁画にしばし魅入りました。そして心の奥底を彼女らにつかまれたかのように、気がつけばわたしは鉄とガラスでできた扉をごく自然にスウッとあけていました。
扉をあけるとすぐさま階段があり地下へおりると、そこは七坪ほどの狭い店でした。カフェバーと古着のコーナーがほぼ半分ずつをしきり、戦後にはやったモダン柄の銘仙や、亀甲柄の大島紬といった古着のなかに、緋色の襦袢がちらほら二枚、からむように舞いながら吊るされていました。その儚くて鮮やかな緋色の絹はさざ波のように揺れながら、ずぅっとそなたをここでお待ち申していたんすえぇ、と時代劇めいて囁いてきました。わたしは緋の絹へ人差し指と中指をからめてのばしました。指と指がツレツレツレッと弦楽器のトレモロのようにふるえます。そしてまっすぐ店の更衣室と称した洗面所へむかい、運命を拒むことなく緋の絹をはおったのでした。思わず吐息が漏れたあの一瞬の戦慄が、その後のわたしの人生を導いてくれるとは! 全身の毛穴から冷や汗が泉のごとく湧きいでました。皮膚も内蔵も筋肉も脳も、わたしの全てが痙攣を超越し、激しく鼓舞したのです。
更衣室のひらき戸は蝶番の修繕をだらしなく怠っているのか、常に三、四センチほどゆるくゆらゆら隙間をつくっており、その隙間からは店の女がわたしを見てはいけないもののように見過ごそうとしていました。二十七、八ほどの中肉中背の女だったでしょうか。緋にちかい赤いセルロイドのフレームのサングラスをかけ、そのころはやったソバージュを太い三つ編みに結い、白いつなぎを着ていました。鼻の下には大きな三日月型のほくろがありました。せいぜいと云う風体でつっぱっていたので、女の先行きのあいまいな不幸がわたしに鑑みえたのを覚えています。なぜならそのころのわたしはどうみても冴えない陰気な、そう若くはないサラリーマンと云った印象で、顔色は青白く、骨ばっているのに見た目はひょろひょろと痩せほそった躰に、どんより沈んだ輝きの失せた眸。やたら濃い髭剃りあとにやたら大きな喉ぼとけ。どこにでもある鼠色のフラノのジャケットにズボン、黒いくたびれた革靴、使いふるしたすりきれた黒い事務かばん、そのようないでたちのわたしが、襦袢を手元に、「更衣室、どこですか?」とたずねたのです。女は最初、おそらくカフェへ暇つぶしにコーヒーでもすすりにきたと思ったのでしょう。どうせすぐに出ていくだろうとたかをくくっていたものの、その男が襦袢を纏いたいと更衣室をたずねてきたのです。なんらかの驚きもしくは戸惑い、それとも侮蔑があってしかるべきなのに、女はつっぱりたい性癖に矛盾して、商売的なそして変態男に対する優越感から、三日月型のほくろもろともに口角をニッとあげて、わたしの嫌悪する女の媚びをしなづくったのです。この女はきっとあいまいに生きる。恋も夢も芸術も、人と自分は異なると思ってはみても意気地のなさから極められない、極められない隙をつっこんで、そこが可愛いだの、やさしいだのと次々と男が近寄り、女はあの人だけが受け入れてくれたと、その都度言い訳をみつけようとしていることにも意識がなく、恋でもない、その場凌ぎの無意味なものに酔いしれる、そのような浅はかであいまいな根性が終生この女を支配する、きっと老婆になったこの女は店への壁画のオールドファッションの水着の老婆のように、虚しい表情をしているか、いや、あの老婆の虚しさより質が劣っているにちがいない、あの老婆の虚しさの質にはわたしの方が近い、そのように感じさせる浅はかなあいまいさに充ちた女でした。かく云うわたしもあのときは三十半ばくらいだったのでしょうか。若年にしてそのような分析をしては、女性への嫌悪を再認識し、ホッと胸を撫でおろし安堵していたのでした。ひらき戸の幅は六十センチほどで、太ももから足元への下半身がのぞめました。鼠色のズボンの裾からすこしのぞく濃いスネ毛、ぷつぷつ埃の毛玉のできたはきふるした靴下から、いまだ靴墨を塗ったこともない黒いふるびた革靴へ緋の絹のからまる下半身を、あいまいに生きる女はいくども通り見過ごそうとしては見過ごせず、見てはいけないものと思いこんでいたのです。
まもなくのこと、母の躰は急激におとろえてゆきました。ガーゼの浴衣を纏い日がな一日安眠している母の姿は菩薩のごとく、赤子のごとく、わたしにはだれよりも美しくみえました。母の全てを両の掌で掬いつくそうとしました。そして別れの日がおとずれたのでした。母が逝ったのち、わたしはかろうじて大学へ向かいはしましたもののほぼ毎日、灯りもともさず家にとじこもっていました。
それから三年ほどしたころ鰻谷から南へくだり西成の路上市を散策していると、銘仙や紬、襦袢の古着が吊るされており、やはりのこと、ふれてみたくなる我が手をとめられませんでした。いく度か市をおとずれたころ、下駄や草履を茣蓙にならべた、洗髪していないアフロヘヤ―が埃にもつれからまった出っ歯の小男がヒヒッと笑みを泛べながら、「監督」とわたしをみあげ、黄ばんだ名刺をさしだしました。監督と云うのは、この市でわたしに勝手につけられた仇名であり、襦袢やきものを映画の撮影で遣うと揶揄され、密かに嗤いのタネにされていたからです。いつもきては、こむずかしい顔をして歴史風俗の研究者のような風体をくずさないわたしを、彼らは偉そうにした邪魔者とばかりに疎ましく思っていたのでしょう。どこかで拾ってきたのか、それとも廻りまわってきたのかと思える破れて皺になったその名刺には、『ママの更衣室』とありました。
「監督、ここ行ったら、ええのんおまっせ」
と小男は糸きり歯の欠けたメッキを光らせ勧めました。他の茣蓙で額縁や花瓶などの我楽多を物売りする老爺老婆たちが、ヒヒヒヒヒとギリシャ劇の合唱隊、コロスのようにひびき嗤いました。それに反応せず風体をくずさずにいると、
「ええ人、みつけや、監督!」
と不意を突いておいうちをかけるようにきものを着流した濃い化粧の女装の老爺が、背後からわたしの尻をポンッと叩きますと、コロスたちは大嗤いの大合唱になりました。インテリをさも蔑んでやったと彼らは思ったのでしょうが、嗤われることは既にわたしの悦びでした。店は西中島の南方にありました。
人生は出会いです。それからわたしの華がひらいたのです。むかしの阪急京都線の各駅停車の一巡。あのころのわたしは輝いていたと心は潤みつつ思いだしていると云うのに、阿倍野界隈
をゆく路面ちんちん電車の車窓のわたしの顔はゾンビのように血の気が失せています。泪という液体はあとをのこしはするものの、つたってさえもくれません。
『ママの更衣室』は阪急南方駅から歩いて七分ほどの雑居ビルにありました。一階のエントランスでは管理人とおぼしき初老の男が、アメリカの警備官のようなおもくるしい上下に大きなアザラシのしっぽがついた毛皮の帽子をかぶっており、このビルでは管理人までがコスプレ―ヤ―なのかと、ビルへの不思議な印象をいだきました。テナントにはカイロプラクティクの治療院やウォーターベッドのカタログ販売店、アニメの声優塾からテレビ番組のプロダクション、スーパーで販売する卵の産卵日を刻印する機械を商標登録した会社、アダルトビデオのもぐり通販会社、果てはマントル嬢斡旋業など、てんでバラバラ雑々と、高度成長の大阪もいよいよエンドマークとばかりに事務所が犇めき入居していました。五階でエレベーターをおりて廊下を角にまがった突き当りに『ママの更衣室』はありました。飾りもなく、なにげないマンションの一室のような鉄の扉のチャイムを押すと、ギィッと扉がひらかれ、そして同時に我が青春の扉もひらかれたのです。小指をたてて小石の光る老眼鏡を上下し、わたしをじーっと視つめ、やがてニッコリわたしの眸の奥の奥を視つめてくれたママに一目惚れしたことは云うまでもありません。しかし入会金や会費はかなり高額でしたが、そのぶん秘密厳守へのセキュリティシステムがゆき届いていたことは、わたしがたいへんここに惹かれた理由です。
コスプレーヤーかと思えた管理人は、麻薬中毒患者のように異常に熱心に警備をしはじめたかと思えば、まっぴるまから酔いつぶれていて全身が酒臭く、夕暮れどきには既に十三あたりのカラオケスナックへいった帰りか、ななめに黒百合の刺繍が大胆にほどこされた歌手のようなペラペラのきものを着流し、大声で演歌を熱唱しながら御堂筋を闊歩していました。路上でシュミーズドレスが夕日に染まるわたしに、「ヨッ、別嬪さん!」と着流しの彼が声をかけてくれたときには、やはり誉め言葉、嬉しさをかくせませんでした。あのころは御堂筋の踏みあらされた銀杏も、妙な中毒症に感染しそうなほどの臭気を大阪にまきちらしていたものです。
そう、あのころ、阪急京都線の各駅停車で、カルシウムに充ち充ちた膝の上に小さくてチャーミングなハンドバックをのせ、小刻みに手がふるえる悦びから感涙の冷や汗が滲みでた遅まきの我が青春。ハンドバックにはイミテーションルビーが散りばめられていました。ステキ! ピンクのルージュを塗ったばかしのギトギトシワシワの唇で「ステキ」の「ス」をミラァに囁くとき、ママだけがその悦びを人間のふかいところで共有してくれたものでした。あのママの時代はおわってしまいました。ママはパリジェンヌそれともモンローのようにポエムにあふれた
セミロングのブロンド内巻きカーリー。マシュマロのような肌理のこまかい白い肌にブルーアイ。西中島南方の雑居ビルにあったママの会員制更衣室には物語をせおった映画のシーンのようなロマンティックなドレスがいっぱいありました。
演劇美学の研究に没頭すること、それはわたしの隠れ蓑でした。わたしはそのことに気づいたのでした。研究よりも大衆メロドラマの女でいる方が希ましい。そうすれば無垢な少女のわたしにもどれたように、ここちよくなる。港に男が待っている。男はジャン・ギャバン。胸板があつい。いかなくちゃ、しかし男はギャングに追われている! いかなくちゃ、そう、わたしはあなたのためならステキなシュミーズドレスの頸からのびる鎖骨の溝に、泪のしずくを秘密の泉のように溜めてあげる! せつなくも哀しい恋のドレス! たしかママは池田の不動産屋さんの次男って云っていたわ。若いころにはパリへサルバドール・ダリのようなシュールレアリズムの繪画を学ぶために留学をしてたって。ママ、生きてる? ママ、ステキな人生だった? 詳しい人生の説明なんていらない。それだけを教えて。
『ママの更衣室』のあった雑居ビルのエレベーターでは、ちがうテナントの女の子から見てはいけないものとみなされました。わたしのシュミーズドレスのデコルテへとガッシリのびる太い骨の頸に、ぶつぶつと立体的な小さな富士山のような点になり泛びあがる髭剃りあとから喉ぼとけを経て脂汗の筋がながれ、それがリキッドファンデーションの油とまじり濁り、ゆっくりしたたるのを、いかにも見まいとされたのです。ですが、ちがうのです! わたしの悦びはけっして見まいとされることではありません。いまわしく、いまわしく、侮蔑してほしかったのです。
会員のなかには雑居ビル一階の共同トイレの、わざと女子トイレを択んで入り、居あわせた女子事務員からキャーと叫ばれては、「男よ。わかる?」と囁いたときの相手の反応を愉しみとしていた人もいました。また、近くにできた近代的なビルの前へキャリアウーマン風のスーツ姿で挑み、小走りに三脚を立てにいってはストレートのロングヘアを風にたなびかせ、「デキル女」として自撮りするのを愉しみとする人もいました。
自撮りもこのところはよく見かけますが、味気ないったらありません。てっとり早い、面倒くさくない、旅行中や馬鹿が使うガラス板のようなものへの投稿がスムースにはかどるのかもしれませんが、わたしたちの自撮りは、なんと云うか、スピリットの質と云うか、人生の愉しみ方の質がちがいました。自撮りする人と云うものは崇高なナルシストであるべきですし、そしてわたしたちは、撮る側は男のわたし、被写体は女のわたし、と自己の相矛盾する二面性をふるえるような芸術的悦楽感に充たされ、高揚を愉しんだあげくに一瞬にしてシャッターを決めるのです。その瞬間のアンビバレンスにふかいエクスタシーを見いだすのです。
どの世界もそうですがカテゴリーは細部にわかれています。しかしわたしたちは互いの愉しみに意見したり、真似たり、一律でなければいけないなどと議論しようと思ったりはしませんでした。それはママの広くて自由な心のおかげだったように思います。せまい心の人は商売をしてはいけません。卑しい心で商ってはいけません。他人をおとしめます。ギトギトシワシワのルージュで全てをわかちあえたママと出会い、会員になり、そうしてわたしは何年も、この小さなハンドバックを握る手が滲み湧きでる冷や汗とともにふるえると云う、躰が火になると云う、秘密の悦楽を各駅停車で愉しんだのでした。でも思いおこせば、あのころには既にその域に到達していたわ。
わたしには更衣室でのひとつのルールがありました。スカートは必ず膝のすこし上の丈。そうすれば膝のお皿の骨から脛のラインが強調され、座ったところで骨の形成からして自ずと蟹股になるのはぬぐえず、それを車内の客たちの或る者はおぞましく眉間に皺をよせ、また或る者は哂いをこらえ……、しかしもしわたしがなんらかの対立的な反応を示したなら関わりあいたくないクズの狂人と察しているので、更に客たちはおぞましくもあり可笑しくもあり耐えている、その緊張した空気のなかでわたしはますます冷や汗が湧きいでるのです! 嗚呼……! これがハラスメントですって? あなたは馬鹿ですか? 馬鹿ほど勉強もしていないのに英語を使うものです。
この悦楽を追求した理由? ありていなら職場での裏切り、理解不可能な家人からの逃避? そんな点と点とのあいだの矢印しか泛ばない人も腐るほどいるわね。わたしも苦労したんです。やっと、やっとのこと、到達して手に入れたのです。シンプルに、侮蔑される戦慄。これが我が人生の真の悦びなのです。
もっぱら今のわたしはママの代替わりのあとお店のドレスもきものも小物も好みにあわず、そしてなにより秘密のたいせつさが伝わらなくなった味気ない世の中に絶望し、いっそのこと自前の更衣室をと、西中島となり町の東中島にある、今にも倒壊しそうなふるいマンションの一室をレンタルしています。いいえ、そんな贅を尽くした部屋ではありません。古道具屋でみつくろってきた時代めいたわずかな調度品と、これだけは贅沢したかった、わたしを映す大きなミラァを置いているだけの部屋です。もちろん独り身を心配する親戚になかば強制的に見合い結婚させられた家人には、秘密にしています。子どもはおりません。家人には申し訳ないとは思っておりません。いえ、わたしの秘密についてです。土地家屋とわずかばかりの財産をのちに後継させ、生活を保証している契約関係にすぎないからです。彼女も彼女でまた、愉しく人生をすごしているようです。彼女にとってなにが愉しいのかと云うことにわたしは関心もなく、わたしの悦びになど、むろん彼女の関心が及ぶはずもありません。齢七十を超えた今だからこそ、この貫いてきた悦楽を棄てる気持ちはいっさいありません。なかったのです……
しかしそのことを、家人のことを考えると、わたしの眉間の皺は一層にふかく刻まれるのです。わたしが絶望しているのは味気ない世の中ではなく、この世で果てしなくつづく孤独な苦しみであることを…… 目の前に在るものとわかりあえない、虜にならない、美ではない、ならばこの苦しみから去るには、土の中に眠るしかない、だがまだわたしにはときがのこされている……
美学科の卒論制作を相談しにきたアキラ君のうしろからの頸の骨はギリシャ彫刻にまごうべく神々しくて、やがて後れ毛を梳ってあげたいと云う衝動をおさえこむのがわたしの心の密室の蜜月の悦楽になってゆきました。その刹那の倒錯と瞑想はまさに頂点を迎えようとしていました。
そのころ京都宝ヶ池での学会に出席したときのこと、帰りの宴で、さも京都ならわたしのコスチュームの開拓の価値もあることだろうと、へしゃげた舞妓にためしに、
「君たちはどこへよく、買い物にいくのかね」
とたずねてみました。すると舞妓は膝を寄せてきて、
「やぁ、先生、奥さまへの京土産どすかぁ? おやさしいこと。黄楊の櫛なんかはどないどすやろぅ。遣いこめば遣いこむほど黄楊に髪の油ぶんがしゅみこんで、黄楊の黄色もふかみを増し髪の艶も増すのんですってぇ。櫛にしゅんだ椿油が頭の肌にしゅみわたって、梳けば梳くほど髪の艶が増すのんですってぇ。遣い勝手のええ椿油もお店においたぁりますえぇ」
と教えてくれました。ミラァの前で緋色の襦袢をはだけて櫛を梳くおのが貌に彷彿とまどろみそうになりましたが、他の教授連の手前もありその場はうんうん、とうなずき愛妻家の好々爺を演じ、日をかえてわたしは八坂神社の近くの櫛店へでむかいました。
店には、頭皮への刺激のためにバサバサ梳くとき用の粗い櫛目のものから、でかけ先で人しれず鬢の乱れをスッスッと手早く梳く、長い柄にななめ切りに櫛目のついたもの、乱れそのものを整える粗目と、油をしゅませて表面を整える細目が上下にくみあわされている櫛など、さまざまな櫛がならべられていました。珊瑚や鼈甲、真珠をあしらった簪もチロチロ揺れて女心をくすぐるよう陳列されておりましたが、それではどうにもわたしに妄想はひろがりません。女心をくすぐると云うことは、それをながめやる男心をくすぐるための小道具であり、しかしそのような気分とはわたしにとってはまったく低能の阿呆でしかなく、乗っかれません。そしてそもそもキンピカの新品にわたしの物語はひろがらないのです。どうにも京都も風情に欠けるとそのようなことを独り合点に悶悶と思いめぐらせつつ、わたしが舞妓や妾に櫛を買う旦那衆にうつるはずもなく、さしずめ歴史風俗研究家のような風体で店のなかをめぐっていますと、ふと、面白い繪がわたしのなかでひろがってきました。あのアキラ君をわたしが梳(くしけず)ればどうだろう…… とひらめくや、わたしはアキラ君のためにごく定番的な櫛をひとつ択び購入していました。
あの艶やかで若々しい和毛の髪を梳れたら…… そう思うだけで八坂の櫛店でさまざまに反芻したのちに購入を果たした到達感は充たされると云うのに、自宅にもどり書斎で包みをほどき櫛をみつめると、この櫛で実際にアキラ君を梳らんとする場面が泛びます。いざ梳らんとするそのとき、わたしは妄想のなかでアキラ君とすりかわり、黄楊の櫛は鋭い刃でできた櫛にすりかわり、わたしはアキラ君に梳られ、醜く脂汗と血のまじり濁った液体の小川が肩から背中へながれ、もだえ苦しみ、その貌をアキラ君が嘲う。
「なんて醜いんだ、この野郎! 血にまみれてもだえてやがる! こんな醜い姿を見せられてる俺もたまらないとは云えども、よおくそのざまを拝んでやろうじゃないか! おい、恥ずかしいだろう! お前を奴隷と呼んでやろう、そうすりゃ、お前は本望だろう?」
紐で縛られ足蹴られ、ののしられ、へなへなの躰に馬乗りされ、ヒィーとわたしは悲鳴をあげ…… 妄想は群青色から暗雲へうつろぎかげり、やむことをしりません。
昨年の桜の季節、Y大学の五年先輩で学科の先輩でもあるK教授からアキラ君の卒論の担当をゆだねたいと相談されました。K教授は専門が西洋映像美学で、ゼミに在籍するアキラ君が日本画家の雪乃下麗涙を卒論で執筆したいと相談してきたとのことでした。雪乃下麗涙と云えば娼婦や芸妓の翳りを描く大正デカダンス走りの日本画家。娼婦や芸妓の華やかな表舞台ではなく、楽屋裏でのリアリティある情感を描いたことが特徴とは、わたしも研究したことがありましたけれども、そこでわたしはハッとしたのです。麗涙の繪に緋色の襦袢を纏い、せつなげに寝そべっているステキな娼婦の繪画の一連があったことに…… いや、あの受賞作の宴の一件かもしれない。古着収集熱が昂じて、わたしは同性愛の哀憐と孤独を綴ったフェデリコ・ガルシーア・ロルカをはじめとしたジプシーの詩作劇作に接点をみいだし、書き溜めた小論文を編集し、『ジプシー芸術に於ける演劇観』という題目の学術小論集を出版したことがありました。その書物はのちに或る小さな賞を受けました。出版受賞記念祝いの宴をとK先生から提案されたとき、そのような宴を好まないわたしは体よくお断りしたのです。
受賞後の学会の反応はフンッと小鼻で哂いとばすような技量のせまい妬みにしか延長しませんでした。小さな賞と云えども人の妬みはふかく、また受賞者のなかには自身が過剰に驕り昂ぶり、受賞後も延々と天才を気どる成りすましから逃れられず、気づけば自己を喪失してゆく者もいました。そこでわたしはと云えば、認証されたにふさわしくあるべしとやはり使命を感じ、西洋東洋問わず演劇美学の文献が棚に床にと書斎を埋め尽くし、なお一層に研究に勤しんでは純粋に喜びも感じていました。多くの学者が扱っていない独自の題材とそれにむけた視点をと願えば願うほどマニアックな研究に没頭し、いやこれでは理解者を得ないと調整してはをくりかえし、原稿の執筆を済ませたのちには冷めやらず、甘美で淫靡な妄想がふくらみ眠れず、またしても果てしなく広がる妄想をとどめられずにいました。ただ凡人ならずとも芸術を生きぬくために闘いはぬぐえず、まして凡人のわたしなどは、とどのつまりどうなることでしょう。そうです、培ってきたこの秘密の悦楽がなければ、闘いの歪さにおしつぶされていたのかもしれないと及べばゾッとし、わたしはその場凌ぎに胸を撫でおろしていたのです。
しかしK先生はわたしが出版記念の宴をお断わりしたことを未だ根にもっておられるのだろうか。重々に礼を尽くしてお断わりはしたのだが、いや、単にジプシーから大正デカダンスの風俗、そして雪乃下麗涙ならわたしへとK先生は思われたのだろう、しかし、いや待て、もしかするとK先生はわたしの女装趣味の秘密を、それも淫靡な女装を好む秘密があることをしっていて、この話をもちかけたのかもしれない、なんらかのわたしを脅かし陥れる要因があるのかもしれない、美学学会の教授相関図でわたしをおいつめるべくなんらかの事情が生じているのかもしれない、それともわたしの秘密をネタになんらかの働きやくすぐりを愉しみたいのだろうかとめぐらせていますと、K先生は可笑し気にわたしをみつめ、昂らかに笑い、
「いやぁ、どうもわたしは日本の、どう云うか……淫靡な世界観と云うものがうけつけられなくてなぁ……はははは……」
なおのこと淫靡と云うことばにビクンと自分の秘密を探りあてられたように不安のアンテナが微動し、こちらも探りをいれてみようと、
「いやぁ、ご謙遜を……、東西問わずお極めの先生ではありませんか」
と平然とうかがってみようとしました。
「とにかく……いやぁ困ったなぁ、実は麗涙と、わたしの家内が同郷でねぇ、家内の父親と云うのが……そのぉ……つまりわたしにはさっぱり……」
K先生の義父は山口県の出身で、大阪へ出て専門学校経営で大成功をおさめた方とうかがっていました。おそらく大成功の影にはさまざまなことが周辺に渦巻いていたとしても不思議ではありません。しかし私生活にかかわることを理由に持ちだされたいじょうはねのけるわけにはいきません。相手の環境を崇高なものへと崇められたものがこの世界での勝利者となり、不条理さから理想郷へと世の中が進化を遂げることはありません。秘密がばれているかどうかと云ったわたしの探りも敢えなく休し、アキラ君の卒論制作を担当することをわたしは快諾しました。
その夜、しなびた人参のような家人との無味乾燥な晩食をおえたあと、わたしは書斎で雪乃下麗涙のステキな赤い襦袢の繪を視つめました。K先生にはもったいぶったものの、既にわたしはイソイソワクワク、はやる気持ちをおさえられなくなっていました。その繪を床にのべ、アルコールランプの炎を点し、おまけにこっそりスポットライトを当てました。そしてクローゼットの奥の奥にしまっておいたわたしの襦袢をはおってみたのです。なんだかとても嬉しかった! この世にひとりぽっちじゃなかった! そのような感涙にぬれそぼったのです。この娼婦はわたし! 来ぬ人を待ちつつ寝そべり、ぬれそぼる瞑想にふけるわたし! あの人は今宵、どのようにわたしを……いじめてはむなしくさせて、それでもつつみ……あの人は今日も生きてきてたくさんの人を哀しませざるをえなかった。その哀しみを怒りにかえてわたしにぶつける。わたしはそれに反応して、反応して、ふるえてうけいれる。そう、西中島のママの時代以来の物語的な興奮をおぼえました。そうよ、この興奮のためならば、前向きにこの青年に逢ってみましょう。わたしはあらためてそう決めたのでした。そうすれば、日本文化の裏世界の淫靡の研究と称して、密かなところへアキラ君といっしょにいける、いえ、研究材料として緋の襦袢を見せることもできる。もちろんわたしが襦袢を纏い、いえ、そこまでゆければシュミーズドレスも目じゃないわ、アキラ君に侮蔑してもらえるかもしれない、けれども、その境界線を越えまいと耐えるスリリングな悦びがステキ…… そうだわ、雪乃下麗涙にはひとときマゾヒスト小説を描いた文豪、五味川蜘蛛哉とのあいだで秘島で美少年をとりあいした秘話があったわ。その淫靡な秘話をわたしは緋の襦袢を纏いベッドで寝そべり青年に物語れるかもしれないわ…… わたしは黴まみれになります。わたしは死をも恐れません。愛しく、秘密を愛でて…… なんと云う状況なのでしょう! わたしの夢は妖しい夜蝶のごとく錯乱してゆきました。それから一年あまり妄想の秘薬に鼓舞しながらもアンビバレンスを整えて、わたしはアキラ君の卒論の相談に応じてきたのでした。
でも二宮金次郎のようにまじめだったアキラ君と、門柱に二宮金次郎像の建つラブホテルで離別のときを迎えることになろうとは…… でも絶望とはひらき戸の隙間から見過ごされることなどではなく、見てはいけないものの振りをすることなどではなく…… そう、今夜もアキラ君は二宮金次郎のように大学ノートと参考文献でつまったリュックサックを背負っていました。
グェッ、グェッ、と車両のすみから女のひくい吐息がひびいてきました。みやると、すみに襤褸布を纏うた女がうずくまり、吐息を漏らしつづけていました。
暗い小路をゆきました。
墨色のあわせに白杖をついた老婆が歩きにくそうに歩いてきました。どぶ板、白壁、民家の葦簀そこいらに、トテットテットテットテッとあたる杖の音。わたしは路をゆずりつつも老婆の曲がった背をいぶかしみました。
すると靄のなかから冬というのに涼しげな鴇色の小地谷ちぢみの絽を纏ぅた少年が白絣の鼻緒の下駄を鳴らしてやってきました。青剃りをのこした背中の産毛の渦巻きまでもがのぞいてみえるほど襟をぬいたこの少年にも路をゆずろうとしますと、少年はお地蔵さまのたたずむどぶ川の小橋のたもとへわたしを手招き、脇の路地へといざないました。抗えようもなくすすめば、そこは闇。闇のなかにうっすら泛ぶ少年のえら骨のとがった輪郭はつかめるようでつかみづらく、やがてふやけた豆腐のように角をおとして、みるみる青ざめてゆきました。 髪はといえば煤けた木綿のしつけ糸のような鼠色の髪をびっしりひっつめて低いシニョンに結っています。その眼は極細の繪筆ですぅっと線をひいたような、ほそいながい眼をしています。
「ちょっ、ちょっ」
と聴こえるか聴こえないような舌打ちを鳴らし少年はわたしを路地の奥へ青ざめた手で招きます。もはやわたしはいわれるままに奥へすすみました。奥へゆけばゆくほど闇はふかまり、やがて唐突にゆきどまった少年は背をむけたまま、
「お逢いでけへんように思いましたんで」
と消えいりそうなその声は根太い浄瑠璃の謳いのように闇にひびきわたりました。やがてひびいてきた横笛の音につつまれ、かしらに纏ぅたうすい鴇色の絹をぬぎさりつつ少年はぬうっと振りかえって、ほそいながい眼をまばたきもせず、
「お逢いでけへんように」
少年の眼はわたしの眼を刺し殺すかのように視つめいりました。
「もうふたたびお逢いでけへんお方と存じましたんで、あなたさまには……この世でもう二度と……」
と、眼が無数の眼へ、そして星型の手裏剣へ! わたしは交わし、路地を駈けぬけました。けれど、ゆけどもゆけども路地はぬけず。どこ、どこへゆけば路地はぬけられる、振りかえったらあかん、振りかえったらあかんえ、振りかえったら死ぬるぅ、曲がりしなに振りかえってしもぅたとき、少年の眼がわたしを視つめ、視つめ殺そうとし、その途端、鴇色の人魂がひゅぅっと追うてきました。人魂からはなんぼんもの青い手がのび、舞うようにひゅぅぅひゅるぅと追うてきて、迷いすれちがいざまの辻行燈から、大凶、魔物、呪詛の墨文字が追ぅてきて……
グェッ、グェッ、と襤褸布の女の吐息がしました。長い髪の翳りを頬につたわせた女の横顔が霞のなかでよぎります。冷や汗がわたしの乱れた鬢に頸にじっとり纏わりついてゆきました。櫛を、櫛を、神々しいギリシャ彫刻の頸に這うおくれ毛を梳ってあげたい衝動をとどめた、あの櫛をさがせども…… 神々しいと思いこんできた……
そう、あんたが悪いんや、醜い物体に変化したあんたが!
「先生、秘密についてなのですが……」
悪寒がはしりました。わたしの真の悦びのカテゴリーについてはアキラ君へうちあけかねていたからです。気づかれるか、うちあけるか、うちあけまいか、その天秤のような心の揺れこそが密かな愉しみでした。阪急京都線各駅停車の乗客の揺れ。変態が乗車していることを哂っていいのか、表だててはいけない、と不均衡に揺れる乗客の揺れ。その揺れの共有。しかしわたしのカテゴリーは気づかれてしまったのかもしれない、それならそれで、スリリングな悦楽が何倍にも倍増する期待がこれからもてるではないのかしらん、と咄嗟に命綱にすがるかのように思いめぐらせつつもわたしは余裕のある笑みをたたえ、
「秘密の研究?」
と応じました。
「いえ、先生に秘密にしていたのですが……」
そのあたりでげんなりしかけたのですが、
「先日、東京へ行ったのです」
もはやそんなことはどうでもいいと思いました。
「参加しに……デモに……」
アキラ君はためらったあと、
「SNSでの呼びかけに、居ても立ってもおられず」
むろん齢七十年、大学で職務を全うし、現在までさまざまな時代の若者とその都度、接してきたわたしは、世の中でこの手の話が行きかっていることはしってはいるが、断じて拒絶する。つまらない話をもちだされる前に帰ればよかった。わたしの反応をみじんも察知するでもなくキッパリ整然と、馬鹿な、このつまらんことばを声に発する物体は、うすぺったい軽薄な物体の唇はなにかに似ている、そうだ、小河童だ。馬鹿な小河童のように、
「先生、来月、僕はニューヨークのデモパレードに参加することを決めました。このような意識にまで昂めていただき、ありがとうございます。両親にも理解を求め、ニューヨーク行きも心から理解してもらいました。先駆者である先生のおかげです」
待ってください秘密の神さま! めきめきめきめきと音をたててくずれた! 行きたい者は行けばいい。しかしわたしの人生への関わりは拒絶する。なぜならわたしの人生はわたしの人生だからだ。他者は他者。わたしはわたし。淫靡な路地、秘密のお小姓との蜜月、月明かりにかられまじわう、げにはかなげなこの世の悦楽。二宮金次郎のように大きなリュックサックに大学ノートと参考文献をつめこんで、うすっぺらいガラス板にヌルヌル指をはわすような醜悪でのびしろのない小河童。一生生きたところでのびしろは既に鑑みえる。若者諸君! 浅はかな小河童になってはいけない! ぴょこぴょこボタンを押すことしか能のない小河童はこの世を破壊する! ボタンを押すのをやめろ! ヌルヌルスッスとガラス板の画面に指をすべらせるのをやめろ! 指とは戦慄をおぼえる緋の絹へ這わすためにあるのだ、みんな狂うぞ、本当に狂うぞ! そんな小河童は全員わしづかみにして、いけにえにしてやる! 頸をしめて頸を斬って両手両足斬り刻み煮えたぎる血の海に放りこんでやる! 逆らうな、云うことをきけ、そむかうな! いいえ、待ってください秘密の神さま、このような絶望的な小河童に、いや物体に、二宮金次郎像が門柱に建つラブホテルで裏切られた、それがわたしの人生への答? ちょっと待って! ちょっと待ってくださいな! 苦しい…… 絶望…… もんどりうつこの苦しみはなに、なのでしょう…… 女の衣装を纏い化粧をほどこした男が明るく満面の笑みをつくり、まわりも満面の笑みで彼をとりかこみ、しかしそれは一体なににむかっての笑みなのでしょう? わたしにはわかりません。これが理想的な世界なのでしょうか? ポエムもない女装をした男たちが徒党を組み行進する、そのことは話題にとりあげられることだけでも富を生み世の中を潤すかもしれない。しかしそれは、それっきりのことです。なんの責任感もない河童たちのしわざです。河童はキュウリ喰ってろ! 牛耳られて生きる、それが理想的なのですか? 富と云う名の元には、この世で犬でもない猫でもない河童はむろん、人だけが有する秘密の悦楽を多勢に無勢と奪われなければならないのですか? ならばわたしはどこへ、どこへゆけばいいのですか? ふるい、おわった、そうみなされ、くちはててゆくだけなのですか? わたしの人生がおわる、おわる ―――――
霞のなかに襤褸布を纏ぅた女があらわれました。女は襤褸布をはらはらはだけ、霞がはれるとはらはらすがたがあらわれひるがえり、ガーゼの浴衣へさまがわり、ようやくそれがわたしをいつくしみ視つめてくれている母のすがたとわかりました。死化粧にわたしがさした紅を透けて淡く遺しています。みるみる母は赤子へさまがわり、いだかれようとわたしの胸にすりよります。よしよし、お納めと、わたしは母をいだき熾りをさめやらそうとあやしました。あなたにゆだねることしかできなかったわたしが、ゆらゆらあなたをあやし揺らせています。わたしは、わたしらしく生きたのでしょうか、あなたに問いたくとも、声のない世界のわたしとあなたは、問いあえません。今、あなたをあやしているわたしのように、わたしはあなたの老いと死を不安がらず、なおゆだねず、まごうことなき愛でうけとめればよかったのでしょうか。髪を梳き、洗髪し、湿りをおさえたあとのタオルにのこったあなたの髪の一本一本にわたしは感謝しました。生きてくれているあなたに…… なのだからこそ、わたしはわたしらしく生きたいのです……
さぁ、今日はどのドレスを纏いましょう。それとも、きもの? その前にボディをせっせと磨きましょうと湯あがりに、ボルドゥ色したお手製の花梨酒を薩摩切篭のびぃどろグラスにロックにし、鏡台にむかいます。此処はわたしのお城です。わたしだけの秘密の更衣室です。孤独の砦を犯されたら、すべてが粉々になってゆきそうで、だれも此処へとおしたことはありません。云わば此処はわたしの神聖なる、ひとりぽっちの館なのです。女のわたしが此処で妄想の男にいだかれたら、もののみごと粉々に砕ける、ヒステリックに哭いて暮らす日々がやってくる、過去の妄想の男とのつみかさねの年季から掴みとり編みだした、わたしひとりのわたしのための生きる知です。慟哭がやみません。妄想のあのひとと電車に乗っているとき、車両のなかで周囲のひとの視線もなげやり、わけもなく泪と洟水まみれにしゃくりあげて哭くことがしばしばありました。まっしろなヒステリィの蜃気楼。ただ泪、洟の液体がわたしの軆からしとどに溢れでるのです。わけもないのですからいっしょにいる妄想のあのひとはたまりません。けれどあのひとはわたしをただだまってみつめています。……しかしわたしはどうしたのでしょう? カッと頭に血がのぼり…… 江戸の末期のわたしの先祖に、ヒステリィ症の女がいたと聴いています。なみはずれた晩婚で米屋に嫁ぎ、離縁され、発狂して死んだと…… 山里の小高く盛りあがった土葬のそのひとのお墓が斜めに凹み、字も読めなくなったふるいちいさな墓石のもとの、枯葉まみれの肥えた土さえ朽ち果てていた光景が、幼いわたしの瞼に灼きついたもの哀しい記憶があります。女として倖せとは云いがたい閉ざされた生涯をおくった祖母がわたしにその因縁話をしてくれたのですが、語りおえ、「かわいそうにぃ」と呟いた、遠い山々をみつめる祖母の眸も瞼に灼きつきはなれません。わたしのヒステリィは遺伝の病かもしれません。みしらぬ青年がわたしに、先生もいっしょにデモに参加しましょうとつげたあと、あれからわたしはどうしたのでしょう? 両親にも先生とのことを……、くらくらと頭がわれそうになりました。ふり乱し、ざんばら髪になったわたしは櫛を、櫛をとさがしましたが、みつかりません。鏡台にむかい火照る肌を寄せました。鏡台はバゥハウス調の全身が映せる大きな大きなミラァです。さぁ、ボディのお手いれをしましょう。バスタオルをはらりと妄想の乳房あらわに床へおとし、両の掌に絲瓜水を溢れるほどうけ、顔へ頚へ胸もとへ、たっぷり撫でつけました。指がふるえ、哭いています。わたしは香水は遣いますが香料のはいった化粧品は遣いません。高価な化粧品をしみったれて遣うより天然の絲瓜水を滝の清水のごとく大胆に遣うのが、わたし流です。吝嗇から安手の絲瓜と云うのではありません。オンス万のつくコロンであろうと、両の掌になみなみ掬て、絲瓜とおなじく滝の清水のごとく遣います。しみったれた根性は女にあらず、よもや恋の物語の女であるものか。煤けた下着つけたり踵の汚れたヒィル履いたり、電線のはしったストッキング履いたりしての逢瀬、そんな惨めな命なら恋などせぬほうがまし…… 絲瓜水を肌に撫でつけしゅみとおしたあとは、顔、頚、胸へと、皮膚が真っ赫になるまで、ばっしばっしと大きい音たてて叩きます。つぎは絲瓜水を脛にしゅみこませ、踝から股のつけ根へむかい五指を縦にたてて斜めに添わせ、指先の骨の力で赫い血のあとができるくらい、ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっと刺激を与え血を遡らせ、マッサァジします。こうすると高いヒィルで歩いた疲れもひいて、浮腫みのない脛がたもてます。軆虐めて窶してこそ女は綺麗、女のべた靴すがたは醜悪です。ボディがすむと髪のお手いれをします。愛用の珊瑚鼈甲の髪留めをはずし、ふっさふっさふっさと不思議な音をたてて頚の後ろを大きく左右に振りつづけると、妄想の腰の高さまである黒髪が床へ散り、命づき、波畝ってゆきます。いく度も筋だてて小分けにし、すぅっ、すぅっと腰へむかい、粗目の黄楊の櫛で梳ります。すぅっ、すぅっ、すぅっ、すぅっと云う音が床へゆくほどひくくなり、耳へちかづくほどまどろむように気持ちよく、嗚呼、気持ちえぇと眼をほそめミラァをみやると筋間にのぞくホルモンのような油をたっぷりふくんだ蒼い毛穴が、妄想でいだかれてきた夜の証であることに気づき豊饒と充たされます。閏房ののこり香吐息が生え際から毛先までへと空気を孕み、髪を重くふくらませます。女でいたいと思います。ぎりぎりのところまで、女でいたいと思います。恨まれようと、ひとさま哭かそうと、いけにえ生もうと、何処までも妄想の好きな男に可愛がられる女でいたいと思います。けっして媚びは売らずとも、それでいて媚び売るおんなのいく百倍すら男に可愛がられる女で、命がけ、いてみせましょうと、臍まがりの意地があります。「あのひとは鼻っぱしらが強いけど、存外淋しがり屋で可愛いとこもある」などと安手の評価は忌み嫌い、孤独にも粋さが肝要、同情などは露も不要、実のある男の愛だけ、などと云々…… わたしは時代劇や新派の舞台にでてくるべくしてでてくる、どこやら臭みのある年増芸妓の域に達しています…… わたしこそがさもありなんと櫛の手をとめふたたびミラァをみやると、おぞ気だつ役どこの歌舞伎役者の鬘のように逆毛だった前髪のなかの、絲瓜水の強烈パッキングに真っ赫になったおのが貌に思わず吹きだし、ウッグ、グググと花梨酒ののこりを呑みほしました。櫛をなぞり、とりのぞいた抜け毛を掌でくるくるっと珠に丸め、フゥっと仇っぽぅてんごうに天へ吹いた瞬間、みやれば好きで飾っている淨瑠璃繪。たわわなる曾根崎心中のお初人形の黒髪。場は天満屋の段。威風堂堂たる淨き遊女のこころ意気、なが煙管かた手に、廓の檀那、よね、朋輩、客人相手に見栄をきり、かたや縁のしたにひそむ徳兵衛に恋情せまりて「死ぬる覚悟がききたい」と、白肌の脛を愛撫させ、心中の合意を掻きくどく場面。「アゝうれし」と死にゆく身を悦びつ、櫛と簪にむっくと波うつ、これほどに女の命なる黒髪のたわわなるを、なぜ死にゆかねば、なぜ命すてねばならぬのか…… 呑みほした花梨酒の澄んで鮮やかなボルドゥ色がわたしの天然の赫い血へ成りをひそませどろどろと、しゅみわたってゆきます。ドクッドクッドクッドクッ血がまわります。わたしはよこたわり眸をとじました。しゅみわたります。めぐります。お初の哀しみ、情念…… ドクッドクッドクッドクッ血がまわります。動悸がはやい…… お初が此方をみています…… 息絶えるその一秒の間ぎわまで、男替われど煩悶しつづけてるのではあるまいか、現世は地獄繪…… なおも妄想も地獄繪…… いっそぅ黒髪のたわわなるうちにお初のように潔く、命断ってしもぅたほうが美しい、淨瑠璃繪のお初が此方をみてる、哭いてるよぅ…… お初が鮫小紋のわたしにだぶるぅ…… 手招くわたし…… そのわたしの人生そのものをみしらぬ青年が嘲う…… わたしの更衣室へおまえはこないでおくれ…… みえるのは白い砂浜…… みえるのは広がる水平線…… おわる! ――――― おわる! ――――― わたしはあいまいであってはいけない! ――――― いけないのだ! ――――― へなへなとくずおれたわたしの信念が立ちあがらんとしています! わたしは今まで発見したことのない新しい門出を迎えたことにとまどっていたのです! ――――― 人生そのものへの辱め! 人生そのものが哂われるに価する! 哂われる?! 嘲って!! 嘲って!! 嘲って!! 果てしない闇と静寂のなか、とまどいつつも忍びおとずれたこの歓喜!
冬涸れた或る未明、踏まれへしおれた煙草の吸殻や枯葉と塵の吹きあれちらかる路地裏で、掃除婦の老婆が脇の蛇口にたたずみ、バケツに水を汲めていました。老婆は擦りきれた数枚の襤褸雑巾をしぼり、「おぉっ、冷たぁ」とたれてきそうな洟水をかじかむ人差し指でぬぐいました。老婆の鼻の下には大きな三日月型のほくろがありました。むかし鰻谷の古着屋でニッと口角をあげてしなづくった彼女も今は拠る年波、ふかく刻まれたほうれい線もろともにヘンッと口角をさげました。いつものように老婆は裏口から煉瓦造りのラブホテルへはいり、水をこぼさぬよう気をつけてバケツをたずさえぺちゃんこの臙脂色の絨毯の階段をあがり、客室の掃除にむかいました。ぴちゃぴちゃと階段にバケツのしぶきはこぼれそうで、老婆はそのつど、ちっちっと舌打ちします。と云うのはここいらのホテルでは泊り客はほぼおらず、夜勤の流れで未明に掃除するのが常だったからです。客室の蛇口を遣うと朝まだきよりいそしむ、もしやの泊り客にクレームをうけたり、一時間でさえ延長料金を取りそこなうので裏路地の蛇口を遣うよう、老婆は口うるさくホテルの社長から命じられていたのでした。「難儀なこっちゃ」と或る部屋へ入室すると、ベッドによこたわる青年の遺体をみつけたのでした。遺体は赫い腰紐で首を絞められており、老婆は血に染まる腰紐と命果てた青年を凝視し、道路で突然、車のヘッドライトをうけたイタチのようにへなへなへなと腰をぬかし、ようやくのことわなわなふるえて叫び声をあげました。
落ち武者のようなあばら骨に鼠色のきものをかろうじて肌けて纏ったお爺さんが、広場のすみに臥せていました。よよと斜め臥せて息絶えたそのお爺さんは、青鶯色の皮膚にぶしょう髭を毛ぶかく遺し、ぶしょう髭はコンクリートの砂塵と大国からくる黄砂にまみれてゆきます。お爺さんの枯葉のような薄い唇には、かすかにベージュのルージュが遺されていました。けれどお爺さんの眼球は大きく大きくひらかれ、歓喜していたのです。新年号をむかえたこどもたちが、コンクリートの砂塵と黄砂にうもれたお爺さんの小山を哂いながらまたいで駈けてゆきます。
丸木のふたり掛けのベンチがたたずむ三叉路には、太くて背のひくい椰子の木が、ひからびた葉粉を舞いちらしています。茣蓙にならべた骨董市や古枝に吊るした古着のきものが、泥繪の具のような色彩でなつしかしくスローモーションで流れてゆきます。そのノスタルジックで埃と糞尿の匂いにまみれた甘美で秘密的で生物的なスローモーションの瞑想が、或るものにより犯され壊されゆこうとしています。闇をつつむ大空から、さらにふかく、とてつもなく大きななにものかの闇へとあたりいっぺんが覆われてゆきました。そのあらたな闇は翼のかたちを成してゆきます。やがて輪郭をあらわにすると、ブリキでできた異国の飛行機の影です。その影は瞑想をなきものへと破壊し、やがて着陸したブリキの飛行機の搭乗口から数千数万もの小人のデモの大群がおりてきて行進の歩を進め、小人は一律の馬面の巨人へと化し、人の悦楽を秘密を奪ってゆくのでした。
おわり
2019年2月8日 発行 初版
bb_B_00158280
bcck: http://bccks.jp/bcck/00158280/info
user: http://bccks.jp/user/140213
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
シナリオ・センター大阪校は、創立42年目の、シナリオ作家や小説家を育成するための学校です!