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女性は、朝の出来事を思い出していた。朝食を食べ終えて、息子はゆりかごで寝ていた。その隣で飼い猫が、尾っぽを動かしてガラガラのように動くので楽しんでいたが、息子は疲れて寝ていた。祖母は、稼業のペット何でも相談の資料の作成などで忙しかったが、夫は、会社の突然の理由で休みになって家に居たが新聞を読んでいた。祖父もお気に入りの本を読んでいた。そんな時だった。飼い猫が鳴いたのだ。子守りをしたから褒美が欲しい。それで鳴いているのだろう。それでも、朝食は食べさせたのだ。だが、お気に入りのおやつの乾燥のホタテが欲しいのだろう。
「少しだけよ。沢山、食べるとお腹の調子が悪くなるからね」
そう猫に言葉を掛けながら与えるのだった。猫に言っても分からないだろう。猫の方は夢中で食べていたが、女性が猫に話を掛けたことで、夫と祖父は、猫に興味を感じて猫の食べている様子を見るのだった。
「そう言えば、ねえ、お爺さん」
「何だ?」
「猫の名前の理由って何なの。少し変わった名前よね」
「ああっ、この本に出てくる猫の名前だ。その猫は、飼い主の恨みを晴らすために領主を倒すのだが飼い主は死んでしまうのだ。だが、恩義を返すために何度も転生しては、同じように転生した飼い主を助けるのだ。そんな、猫になって欲しくて名前を付けた」
「そうなのね。面白そうね」
「お前も読んでみるか?」
「そうね。少し読ませて」
この女性は、本でも新聞でも声に出して読むのが癖だった。
「現在の地球の科学技術では、いや、千年が過ぎて更に高等な化学技術が進んだとしても発見は出来ない。それが・・・。
遠い、遠い銀河から聖書に書かれているような宇宙を移動する箱舟が地球に飛来する。その箱舟が現在まで存在するのが月である。いや、正確には船ではなく移動する惑星だったが、天文学的な確立で偶然に地球の衛星になったのではなかった。当初の予定では地球と月の双子星にするはずだったが、年月が過ぎるごとに均等が崩れてしまい。月の表面にあった。海水と地表が地球に吸い込まれて現在の月のようになるが、地球の方でも恐竜などの様々な巨大な生物が闊歩していた時代だったが、地球の環境も激減したのだ。低重力から高重力になるだけでなく酸素濃度も低くなってしまったことで殆どの生物は絶滅するのだった。だが、月の動植物と住人は僅かだが人工的に作られた星(スペースコロニーであり。天界と言われていた。下界は地球である)に避難したが永住できるはずもなく、眼下の地球に移住するしかなかった。それでも、以前と違う地球の環境のために月と地球の動植物の遺伝子を調整や結合して地球の環境に適合させた。勿論だが、月の殆どの住人も移住するのだった。その中で少数だったが移住を拒否する者が天界と下界と区別することで諍いを起こすのだったが、最終的には勝者がないまま現代に至るのだが、天国や地獄などの様々な伝承や神や悪魔や天使などとして現代の神話に残る。その直系の子孫が、左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)があり。背中に蜉蝣のような羽(羽衣)を持つ者であり。遺伝子の組み換えされた動物の兵器(獣人)または、月人のペットとして作られたが幽霊であり。現代人であり。妖怪などとして存在する。または、他重世界(パラレルワールド)のことだった」
「ニャア」
飼い猫が、「ご馳走様」とでも言ったのか、猫が鳴いたので本を閉じた。
「お爺さん。猫の話が出て来ないのですよ」
「その本は、短い章と章の出来事が書いてあるからな。その章の出来事の年代もバラバラだから猫の話しも飛び飛びに書いてある。まあ、目次もないしな。古代の日本版のオーパーツ全集って感じの本だ」
「あっ!」
「どうしたの?」
夫が突然に大声を上げた。
「新聞に、オーパーツの事が書いてあった」
「本当かね?」
「はい。なんか、神社の修復のために必要な費用を集まるため本を作ったらしいです。それも、限定版で現代語に翻訳した本ですし、今までは未公開の古書らしいですよ。それを読んだ専門家が、最古の日本版のオーパーツの本だとかで話題になっているらしいです」
「読んで見たいな」
祖父は、独り言のように、ぼそぼそ、と呟いた。
「それなら、皆で行かない」
すると、祖母は、娘の話が聞こえたのだろう。殆ど、即答した。
「仕事の資料の作成で忙しいから孫と猫と留守番しているから皆で行って来なさい」
「そう・・・」
女性は、悩んでいた。すると、夫が席から立ち上がった。
「それなら、直ぐに行きましょう」
「・・・・」
(あっ、そうだった。夫の趣味は、御朱印を集める人だったわ。もしかしたら、まだ行ったことのない神社なのね。それで、話題にしたのね)
「本当に、お婆ちゃん。良いの?」
「良いわよ。って言うより、煩いから早く行きなさい!」
「は~い」
その返事を上げて、直ぐに、娘夫婦と祖父は神社に向かった。
「限定の本らしいから寄り道をしないで向かいますよ」
「あっああ、そうしてくれると、嬉しい」
「・・・・」
(地図も見ないで分かると言うことは、本当に、今日の新聞に載っていたのも怪しいわね)
この昭和には、車にナビの機械もなく携帯電話もない。電話はあるが、黒電話と言う電話であり。留守録の機能もないのだ。そのために女性は、地図も見ないで目的地に行くには、何日も前から調べていたと感じたのだ。やはり、女性の思っていた通りで、一度も迷わずに神社に着いたのだ。祖父の次いでと言いながら真っ先に神社に入り御朱印を買いに行った。その後を女性は、祖父の手を取りながら限定の本を買うために列に並ぶのだった。やっとの事で本を買って車に戻ると、夫は、嬉しそうに御朱印を見て満足している姿を見るのだ。
「嬉しそうね。でも、気持ちは落ち着かせて運転して下さいよ。帰りに事故なんて嫌ですからね。私の言っていること聞こえています?」
「分かっている。大丈夫だよ」
そう言うと、家に向かうために車は出発した。
「お爺さん。その本は本当の事が書いてあるの?」
「どうだろうか、本を読んでみないと、何も分からん。だが、本当だろうが、嘘だろうが、この本を手に取れて嬉しいぞ。ありがとうな!」
「いいえ。何か、私だけが・・・まあ、いいけど・・・」
「このように、本として神社の由来が残っているのだし、何か意味があり。本当の事かもしれない。そう思って読むと心がわくわくする。歳も若返りそうだ」
「嬉しいのは分かるけど、家に帰ってから読めばいいのに・・・」
「あっ!」
車内は笑いに包まれていた。そんな時・・・・。
女性は、泣くだけでは感情が収まらずに、それでも、身体が動かないのだが、心の苦しみを抑えようと、いや、身体を動かそうと両手で土や適当な草や木を掻き毟る感じで叫び続行けた。
「家に帰らなければならないわ!」
そんな人の感情を感じて、この周囲の全ての動物たちが集まり悲しみをあらわに人の様子を見続けるのだ。
特に事故の原因の動物は、血族の家族が亡くなった時の様な苦しみを感じた。まるで心が繋がったかのように会話をしている感じでもあった。それでも、全ての思いや考えなどの意志の疎通が出来ないからか、まるで、人と同じに動物でも神を信じるのか、虚空を見つめ神に祈っているようだった。すると・・・女性は、何かを感じたのだろう。
「ん・・・誰?・・・・助けてくれませんか?」
「もう・・・無理ですよ」
「そう・・・死ぬのね・・・・」
「そうなりますね」
「それで、あなたは誰ですの?・・・死神さんですか?」
もう女性は、痛みを感じていないのだろう。やや、普通に言葉にしているが・・・この場の周囲の動物たちにも理解が出来ているのだから人の言葉ではないのかもしれない。
「違います。何て言いましょうか・・・・この地上で初めて死んだ人です」
「それは、有名なことですから知っています。アダムであり。地獄の閻魔様ですね。そんな偉い人が、何でいるの?」
「挨拶に来ました」
「なんで?・・・意味が分かりません・・・理由があるのですか?・・・・あっ!」
「ありますよ・・・・ん?・・・・・どうしました?」
「あっ、確か、この地で初めって死んだってことは(!!!)ですよね」
「そうですよ」
「家(うち)の旦那は生きていますか?。お父さんは?」
「もう迎いの者が、先ほど連れて行きました」
「わたしの役目は果たせたのですか?」
「役目?」
「側室の一人として、転生を続けて、閻魔様の遺伝子を持つ者と結ばれて子を宿して未来に繋ぐ役目です」
「貴女の連れ合いには、一粒の遺伝子はありません。ですが・・・」
がっくりと、うなだれた為に最後まで話を聞いていなかった。それでも、何か覚悟を決めたかのように首を持ち上げた。
「そう・・・死ぬことの最後として聞いても良いですか?」
「良いですよ。何でしょう?」
「側室の中で・・・いや、あの都市(月)の中に好きな人が居る。そう聞きましたが、誰だったのです?・・・・教えてくれませんか?」
「それは、貴女ですよ」
「もう!、また、嘘を・・・でも・・本当に、優しい人ですね・・・閻魔様と結ばれたかった・・・あっ、そう言えば、今まで何度も転生したけど、閻魔様は現れなかった。それって・・」
「その問いかけは答えられませんが、貴女が思った通り。そうです。と言いましょう。それでも、もう、貴女の遺伝子も魂も擦り切れて転生はできません。それで、今までの感謝の気持ちで、一つですが、何か願いでもあれば叶えようと、現れたのです」
「役目を果たせなかったのに、感謝ですか?」
「貴女は、役目を果たせました。遺伝子の継続ではないですが、自分の魂の転生の者を生んで育ててくれました」
「それでしたら息子のため(・・・・)出来るでしょうか?」
「わかりました」
「本当で・・ですの?」
「これ程の証人がいては、嘘はつけない」
事故の原因が森の動物だとしても、全ての動物と思える程が集まるのは変だと思われるだろう。それ程までに、一人息子を残して死ぬことに、魂の悲鳴のような思いが響いたのだ。それを感じるだけではなく、人でも動物でも母性の本能として子のために何かしなければならない。と思える感情と、もし出来れば一目でも会いたいと、様々な思いが重なり合い。その必死な気持ちが、全ての動物たちに伝わったのだ。それに、この事故の原因を知る動物たちには、まだまだ、若い男女と老人の死を悲しむだけでなくて、人に対しての償いを誓っているようだ。それだけでは許されるはずがない。それでも、許して欲しい。と懇願する。そして、特に、残された子に対して、やり残した思いなどの悲鳴のような言葉を聞いた。この場の動物たちは、この女性の最後の遺言とでも思っているのだろう。その言葉を魂の誓いと思い。その言葉の通りにするから、だから、安心して旅立ってほしい。と、動物たちは済まなそうな表情を表しながら鳥は鳥らしく鳴き、他の動物も動物らしく歌を歌うように鳴いて見送るのだ。
「気にしなくてもいいのよ。森に棲む動物や鳥のおかげで証人にもなったし」
「・・・・」
「ありがとうございます」
「それと、役目を気にしていましたが、この地で暮らすのに、私の遺伝子と、この地の生物の遺伝子を組み合わせたのです。だから、その子を宿しただけでも十分に役目を果たしました。ご苦労様でした。ありがとうね。この世で一人だけ好きだった。私の愛しい人」
「その言葉を聞けて嬉しいです。まあ、あなた達も口に枯葉を咥えて、こんなに枯葉をありがとう。もしかして、三途の川を渡る時のお金の代わりなのね。それなら、私の家族に、これを・・あ・・り・・が・・・と・・・・ぅ・・・」
森の動物たちが集めた枯葉を女性の目の前に集めた。そして、やはり、肉体は既に死んでいたのだろう。それでも、生きている様に思えたのは、閻魔の力と死ねない覚悟で実感のある立体映像で死体と重なって見せていたのだ。それでも、力尽きて陽炎の幻のように消えた。
その時のことだ。この事故の原因でもある。狸は、女性から二枚の枯葉を遺言と同時に手渡された。女性は、既に、走馬灯でも見ていたのか、家族にでも思ったのか、それとも、動物の気持ちを悟り安心させたかったのかもしれない。
「それを貸してみろ・・・・チュ!」
閻魔は、枯葉に唇を当てた。それをまるでビックリ箱を渡すようにニコニコと笑みを浮かべながら狸たちに返した。
「・・・・・」
それは、運命の糸である。赤い感覚器官(赤い糸)の能力と背中に現れる蜻蛉のような羽(羽衣)のコピーだった。その枯葉で、同等のことが出来るのだった。それは、動物たちは知らない。それでも、大事そうに交互に喰えては運ぶのだった。だが、枯葉には、動物たちが誰に渡すか、何するのかの記憶が残されていた。それを動物の脳内に記憶させるために長編の映画のように見ているのだった。それでも、枯葉を持つ者が迷うことも止まることなく走り続けていた。その枯葉の内容とは・・・・・
第二幕(枯葉の記録であり。枯葉を渡す者の過去でもあった)
この世から二百年くらい昔のことだった。初夏の頃に上級武士の屋敷の廊下で一匹の子猫が昼寝を楽しんでいた。人でも昼寝がしたくなる程の心地良い日で、そよ風が身体に当たり心地良かったが、突然の突風で子猫は飛び上がって目を覚ますのだった。
「ニャギャ~ニャギャ!」
もしかすると、子猫は、怖い夢でも見ていたからなのか、我を忘れて屋敷の中を走り回るのだ。それでも、気持ちが収まらずに鳴き叫ぶのだが、驚くことに、鳴き声は屋敷中に響き渡る。もし地下に座敷牢があったとしてもはっきりと聞こえる程だった。
「どうしたの?」
女性の奉公人が、変な鳴き方の猫が心配で名前を呼びながら探すのだった。それなのに一人の女性の声しか聞こえないし、人と出会って問い掛ける者も叱る者にも会わない。それは、屋敷には、女性の他に誰一人として居ないのだろう。
「あっ!まさか!」
何かは分からないが、物が落ちて砕け散る音が聞こえたのだ。その音が聞こえた方に向かうが、ある部屋だけには居ないでと祈るのだった。すると、祈りが足りなかったのだろう。驚くことに、その部屋の扉が開いていたのだ。猫が自分だけで開けたのだろうか?。それは、まず、ありえないが、それでも、猫が通れる程度だけ開いていた。それを見て発狂しそうだった。いや、本当に気絶したかもしれない。自分は、それで、扉が開いている夢を見ているのだろう。それとも、猫が隠れる可能性の一つとして思い描いているだけならいい。本当なら思うだけでも恐ろしいのだが、もし部屋に居たら自分はショック死するだろう。そんな選択肢よりも、屋敷の奉公の初日のことが思い出された。使用人の筆頭の頭が念入りに規則を言われたこと、全てが憶えられない程あったのだが、一つだけは必ず守れと言われた。この屋敷には、屋敷の主しか入れない部屋があるのだと、もし扉が開いていても中を見てはならないし、何かの物音でも人の話しでも聞こえたとしても耳を塞いで急いで立ち去れと、厳しく、何度も念入りに言われたことを思い出したのだ・・・。
「ニャア~ニャア~」
猫が部屋の中から自分を呼んでいる。それも困っている。それとも、謝罪でもしているとも思える。そんな感じの悲しそうに感じる鳴き声がするのだ。大きな溜息の後、猫だけは外に出そうとして、少し扉を開けて、一歩だけ中に入った。すると、猫が、何かに悩んでいるかのように、首を左右に傾げるのだ。その目の前に、花瓶なのか壺なのか、茶道具なのかの判断は出来ないが、誰もが知る家紋であり。誰もが恐れる家紋が目に入ったのと同時だった。家紋でも見下ろしてはならないことに気付いたと言うよりも腰を抜かしたのだろう。恐ろしさのあまりに頭の中は真っ白になり。身体は固まって動けず。今が何時頃なのか、何分なのが、いや、何分?何時間が過ぎたのか、分からないが、他人の耳からでも聞いているのか、突然の風邪でも引いて熱でもあるかのような状態で、人の声が聞こえた。館の主が帰宅したことを知る。日常の屋敷の中の活気というか騒がしさが聞こえた。直ぐに、今までに聞いたことのない。人の罵声と殺気を感じる声が聞こえると、直ぐに身体に痛みを感じた。その後に刀でも切られたのか、何かで殴られたのか、死ぬほどの身体に痛みが走り・・・瞼が重くなるのを感じながらでも、猫が部屋から逃げて庭に出たのだけは見た。そして、あれから、どのくらいの時間が過ぎたのか分からないが、湿気とカビなどの匂いで目を覚ました。だが、真夜中で外にいる時でも、月夜の無い時でも目の前の物くらいは見えるのだが、全く見えない。それでも、段々と目が慣れてきて、畳敷きの牢屋に居ることが分かった。すると、猫が自分を心配しているのか、この状況の原因が自分であり。謝罪の気持ちなのだろう。無言で視線を向けていると感じて・・・・。
「気にしないで、もう大丈夫よ」
と、声を掛けながら猫の頭を何度も撫でたのだ。その肌触りで気持ちが落ち着きを取り戻したのだ。だが、それでも、たしか・・・・。
これは・・夢ね・・・でも、猫の夢・・・で、その中に出て来る・・一人の女性?。
(・・・・・・)
「ニャァ・・・・・・・」
確か、猫の可愛い声を響いていた。初夏の廊下で、猫は気持ちよさそうに寝ていたはずなのに、だが、今まで寝ていたのだから夢を見ていたのだ。それなら、まだ、夢の中なのかと悩むが、現実と夢の境が分からなかった。あまりにも鮮明で楽しい夢だったことなので、この状況に気付くのに時間がかかっていた。
そんな暗闇の中で、一人の女性が何かを探すように両手で目の前を探っているのだった。
「・・・・」
猫は、女性の姿を見て、いや、猫は直ぐに感じた。夢ではあるが、猫と人と心が重なり。両方の状況を感じているのだと・・・。
狸は、枯葉の意志のような映像を確認後、更に早く駆け出した。それと同じではないのだが、猫は、夢だが同じ内容を見ていた・・・・・。
今は、武器などを持ち歩く時代でもなく、猫でも虐待すると、人々の噂になり。その者は裁かれる。そんな時代なった頃だった。そんなことを猫は知らないが、ゆっくりと昼寝も楽しめない時代があったのは知っていたのだ。人の会話を聞いたことであり。それもあるが、これは、夢なのだ。だが、過去に本当にあった出来事と直感で分かるのだ。その一つの理由でもあること、馬車から自動車と言う乗り物に変化した時代で、様々な文明開化の音が聞こえ騒がしいのだが、特に、自動車の警笛が心臓に悪いと、人でも動物でも思う不快な音だ。それを聞いたことで目を覚ましたのではない。でも、直ぐに、昼寝の続きをするのではなく、大きく前後に身体を動かせて、人で例えるなら背伸びをした。その後、誰かを探しているのか、辺りをキョロキョロと、見回すのだ。
(寝てしまっていたのね・・・・またなのね。また、夢を見たのね。あの後、いつ地下の座敷牢から出たのか分からない。夢でも最後まで見られずに、その記憶もないのよ。でも、死なない程度の食事が出されて、その食事に喜んでいたのよね・・・でも、その食事は、人の食事で、猫の食事など出されるはずもない・・・・ことに・・・・子猫ではなく・・大人の猫になると・・・その頃は・・)
恐らく、猫も主の女性も死ぬまで地下牢から出られなかったはず。それでも、猫と人が死を感じることで、意識が重なったのか、一つの魂となったのか、それとも、猫と人だけで暗闇の座敷牢に居たために、寂しさからなのか、人が猫の言葉を憶えたのか、猫が人の言葉を憶えたのか、分からないことだが、死ぬまでの間のことだ。人の言葉なのか、猫の言葉なのか、確かに、会話をしていた。いや、狂っていたことでの幻想で、勝手な夢を見たのだろうか。確かに、様々な欲求はあっただろう。屋敷から地下牢から外に出たい。今まで食べた美味し物などを食べたい。だから、なのか・・・・だが、子猫であったから仕方がない。などと、簡単に済むことではないために魂に刻みついたのか、その償いのためだろう。猫は、何度か転生しては、女の主様を探し出して、昔の償いをしてきた。勿論、今回も・・・・。
猫(ライム)は、この家に住む女性の主のことだが、転生後は祖母様と言っている。その孫の寝具の上で寝ていた。寝たまま両耳をピクピクとさせて周囲の騒音の中から一番近くで聞こえる音であり。この家の玄関の方から扉の開け閉めの音の後に自転車の車輪の音が・・。
「ニャ・・・・」
(小さい主様(ちいさいあるじさま)も警笛などの音で目を覚ましたのですね。すると、急いで、自転車という乗り物に乗って家を出るとは、祖母様のお見舞いかな・・・なら・・・私も行かなくてはなりませんね。祖母様の病院までの途中で事故でも遭っては大変ですからね)
子供が乗る自転車でも追いつくのかと、そう思われるだろうが、猫には猫の通り道があるのだ。それも、目的の病院まで道など関係なく直線的に進む。それも、余裕で屋根などの上から自転車を見ては安否するのだ。そして、当然のことだが、無事に子供よりも早く病院に着き、子供が建物の中に入るのを見届けると、病棟の裏の庭に回るのだ。すると、人にも寄るが、猫の習性や様子に驚く者や恐れる者がいる。理由には、猫の習性なのだが、暗闇でも無音で近寄って獲物を捕まえることである。猫は同じことを人に無音で近寄って驚かせるのだ。猫から思えば遊びなのだが、邪な思いや罪を犯した者には暗闇の中を動き回る光る猫の目を見ると、罪の告白をしたくなるらしいのだ。それとは別に、人には、理想的な身体能力のために体術などの会得が出来るのなら欲しいと思う者は多いだろう。だが、猫は、例え以上に敏捷であり。しなやかな動きなのだ。器用に金網を登り、木や塀などをヒョヒョイと飛び乗っては、病院の建物の上へ、さらに上へと行くのだ。勿論のことなのだが、目的の場所は三階の個室にいる。祖母様に会うためだった。驚くことに、塀の上から個室の中の様子を見ると、小さい主は、まだ、部屋に着いていなかった。だが、個室の中で横になっている祖母様は、定期的な時間でも決められているかのように、入口の扉を開かれるのを待っているようだった。そんな来夢は、気まぐれと思われている通りに、違うことに興味を向いたようにキョロキョロと首を左右に動かしたが、個室の入口の扉が開くのと同時だった。もしかしたら、入口の扉から窓の塀にいる姿を見られるとでも思ったのだろう。ベランダと思える場所に飛び降りて、ガラス越しからだがカーテンの陰に隠れて部屋の中の会話の声が聞こえなくなるまで寝る気持ちなのだろう。
すると・・・・。
「孫は帰ったわよ。右端が少し開いているわ。だから、中に入っておいで・・・」
「・・・」
「ん?・・・もしかして寝ているの?」
「・・・・」
来夢(ライム)からの返事もなく動いた気配もなく・・・それでも、側で見守って居るような感じが・・・・そんな安堵の気持ちが心の中で広がり・・・・・。
「そう言えば、もう何年前になるのだろうねぇ・・・夫と娘と婿が交通事故で亡くなってから・・あの時は、本当に気が狂いそうに悩んでいる時だったのよ・・・死も考えたわ・・でも・・そんな時に驚きというより、悲しみを忘れるくらい大笑いしたわ。だって、来夢ちゃんが、インコを咥えて帰ってくるのですからね。それを見て一瞬で心の複雑な思いや悩みが消えたのよ。だって、噛み殺したのかと思ったけど、まるで、釈迦と動物の自己犠牲の精神の状況を思い浮かべたわ。それ程までにインコの表情が清々しい表情だった。それなのに、咥えている方の来夢ちゃんが、死の苦しみを感じているようだったからね。もう爆笑したわ。でもね、そのインコは、うちのペット何でも相談に捜索の依頼をされていたのよ。それも可なり珍しいインコのために高額の依頼費を頂いていたのよ。それで、依頼が解決して何とか当座だけど生活はできたけど、この先の生活のために介護を主体とした。何でも屋の閉業は考えていたのに、なぜか、定期的にペットの依頼だけがくるのよね。そして、驚くことに、偶然の結果なのか、来夢ちゃんが必ず解決してくれたわね。だから、ペット何でも相談と、社名を変えて、今まで何とか生活してきたけど・・・・ねえ・・それより・・・・わたしの死期が近いのは分かっているのよね・・・・だから・・そのね。わたしね。時々だけど、来夢ちゃんが、床下の墓石なのか分からないけど、誰かに報告するかのような感じの人の言葉で話すのを聞いたことがあるのよ・・・・誰のか知らないけど・・・だから・・もう隠す必要はないのよ」
「はい。いや、祖母様の死期が近いのは分かっています」
来夢は、姿を現さないが、カーテンが揺れたことで、祖母は視線を向けたが、驚くことなく、自分が思っていた通りに、人の言葉を話す猫だと確認ができた。それでも、少々だが興奮を表しながら何度も頷くのだ。
「猫ちゃんは、私が知る。来夢ちゃんなの?」
「そうですが・・・・」
「何か理由があるのですね」
「はい・・・・その・・・何て言いましょうか・・・その・・・ですね・・・」
「これ以上は、何を言われても驚かないわ。だから、何でも言って!」
「そうですか、でしたら、全てをお伝えします。まずは、人の話を理解が出来て人の話が出来るようになったのは、小さい主様が生まれて直ぐに赤ちゃんの言葉が理解することが出来たためですが、たぶん、赤ちゃん言葉は、命がある生物の全ての者の共通語なのかもしれません。それから、赤ちゃんと一緒に人の言葉を憶えたのです」
「そうだったのね。そうよね。赤ちゃん言葉は、全ての動物の共通の言葉だと言う人がいますしね。あっ、ごめんなさいね。途中で、話を中断させて、本当にごめんなさい」
「いいえ、構いません。それでは、続きですが・・・」
夢で見た内容だが、現実のことだと全て細やかに話を聞かせるのだった。
「えっ!あのインコも転生されていて、私ために自己犠牲の気持ちで・・・でもなんで?」
「やはり、転生前の事は憶えていないのですね。インコは、転生の前はスズメでした。それも大きな屋敷の地下牢での出会いでした。だけど、好んで現れたのではなくて、猫に追われて逃げ込んできたのです。あっ、ですが、その猫は、勿論ですが、私ではありません。そのインコは、仕方がなく逃げ込んで中に入ると、さらに恐怖を感じたのです。転生前の鈴と言う猫と人が居てね。もう自分は食べられる。もう助からないと思って身体が、恐怖のために膠着して動かなかったらしいのですが、女性の主様が、そうっと、手を差し伸べて、手の平の上で何度も撫でて膠着した身体を解してくれたと、それだけでなく、自分の茶碗と自分の頬に付いていた。貴重なご飯の粒を食べさせてくれた。そんな前世の記憶があると、教えてくれました。そのインコは、涙を流しながら何が何でもお助けしたい。そう言っていました」
「そう・・・なら、あの依頼は、あの時は、本当は、鳥籠から逃げたのだから帰りたくはなかったでしょうね・・・・可哀そうなことをしたわね」
「それは、違います。私は、インコの最後を看取りまでしまして、その時に最後の言葉を聞いたのです。するとですね。家人が居ない時に、窓の隙間から野良猫が入ってきて、外に出たくはなかったのですが、無我夢中で外に逃げたらしいのですが、勿論、直ぐに家に帰りたかったのですが、多くの猫が、家の周りをうろうろしていたために、帰りたくても帰れなかったのを祖母様の依頼と言う計画で家に帰れるようにしてくれた。また、助けてくれたと、もしもお会いする機会があれば、人にも動物にも優しい祖母様には、些細な事で忘れているでしょうけど、心底から感謝していると、そう伝えて欲しい。その心の思いを託されていました」
「そうなの・・・そのインコは、そう言って、亡くなったのね・・・そう言えば・・お前も、二十歳だし、おばあちゃんね。もしかしたら、わたしよりも猫の年齢だとしたら歳上なのかしらね・・・・」
「そうだと思います。それと、私には、まだ、お迎えの人は見えませんが、祖母様には・・その・・・」
「天国からの使いが、この部屋に居るの?」
「?・・・・天国なのか、猫の私には分かりませんが、お迎えの人だと思える人はいます」
「我は、誰にも話すな、と、そう申したはず!」
猫の視線の先は不明だが、この部屋には女性と猫しかいないはず。だが、突然に部屋の角の隅の辺りから男性の少々気持ちを抑えている感じの怒声らしき声が響くのだった。
「ゴホ!ゴホゴホ!」
老婆は、突然に激しい咳をした。もしかすると、男性の言葉が聞こえたからなのか、それとも、本当に死期が近いための発作なのか、だが、病的な不安を感じる咳ではなく、驚き、恥ずかしさなどからのような生命力を感じる、いや、一番近い感じは、突然の出来事である。肉体と精神の帳合いの均等が崩れて、微かに残る過去の魂を呼び覚ます感じの身体の驚きの反応に思えた。そして、過去の転生前の魂が現れた。その証拠とも思える。老婆とは思えない。若い女性の溜息が・・・・。
「あっあああ・・・嬉しいです。夢だと、そう思っていました。この地で、いや、この惑星で初めて亡くなった。我が愛しき閻魔(えんま)様。わたしは、六曜(組は六つある。先勝(さきがち)友引(ともびき)先負(さきまけ)仏滅(ぶつめつ)大安(たいあん)赤口(しゃっく)の組の一つの仏滅の班の亜希子(あきこ)です)
「仏滅の組とは、たしか、尼・・・その・・・」
「そうです。辱めを受けた者、運命の糸を信じられなかった者に、連れ合いからの体罰を受けた者達など、簡単に言うと、離婚をした者たちです」
「あっ、何て言っていいか、その・・済まない。嫌な昔を思い出させて・・・それにしても、仏滅とは、何も上手く行かない者達とは、酷いな・・・」
「いいのですよ。この現代なら別だけど、当時の過去では、そんな感じでしたのでね」
「それにしても、一つ聞くが、我と共に過ごした者のことや、全ての転生した者達の記憶があるのか?」
「いえ、何て言いましょうか、二人の別々の走馬灯の夢でも見ている感じで、その者達の大事な記憶と言うか、忘れられない程の思い出が魂に刻まれて、その断片を見ている感じです・・・」
「そうか、そうか・・・・ん?・・・どうした?・・・溜息など吐いて?」
老婆は、魂の入れ替わり的な感情が変わるごとに、表情が変わるのだった。その姿を見て、閻魔は、また、違う魂が現れたと感じたのだ。
老婆は、正気に戻ったと言うのは変だが、表情から判断すると、夢から覚めたかのようだ。だが、まだ、夢から覚めていない。目の前の状況は現実ではない。夢を見ている。そう、とも感じているようだった。
「ふっ・・・だって、これは夢でしょう。それにしても、来夢ちゃんと話が出来るだけではなくて、閻魔様なんて人と話をするなんて、夢としか思えませんよ。そうでしょう・・・」
「老婆の感情に戻ったのだな・・・・もういい。夢だと思っているのだな・・そうか、そうなのだな・・・疲れるだろう。我に気など使わずに、だから、良いから横になりなさい」
「ありがとうございます。確かに、少し疲れを感じていました。それでは、お言葉に甘えて横になりながら・・・・」
「まあ、そうだな。この場のことは夢だと、そう思って忘れなさい。元気に過ごせよ」
「ちょっと、待ちなさい。人が邪魔だと思って大人しく隠れて聞いていれば、何なのよ。それだけで終わりなの。何の為に現れたの!」
「いや・・その・・なぁ。現世の禁忌が破られたとでも言うか、まあ・・・その・・・」
空中に、突然に女性が現れて喧嘩を始めたのだ。恐らく、男の後ろにでも隠れて様子を見ていたのだろう。
「私が原因なら謝罪します。だから、喧嘩は止めて下さい。それに、私は、現世と言うべきなのでしょうか、祖母様と言われていますが、本名は秋裕子。と言います。前世では、仏滅の班の亜希子。と言う者らしいのです。詳しい関係までは知りません。でも、時間が過ぎれば思いだすかもしれません」
二人には、自分たちの喧嘩で何も聞こえないのだろう。それも、いつ終わるのか分からない程まで夢中で、二人だけの世界に居るようだった。それでも、老婆は、二人の喧嘩を止めさせようとして身体に触れようとしたのだ。すると・・・。
「・・・・・」
幽霊のような感じで実感はないために無理だったのだが、それでも・・。
「この出会いが、何を意味するのか、それを分かっているのでしょうか?」
「分かっている。まあ、だから、それで、お身舞に来たのだぞ」
老婆は、再度、試みようとしたが、途中でやめたのは、自分の話題が原因だと気付いたからだったのだ。
「それなら、閻魔様に言うことがあります。この女性が、側室の直系の遺伝子を受け継ぐ最後の女性であり。私たちの箱舟に乗っていた。百万の女性たちの最後の転生した女性でもあるのですよ。この女性が違うのでしたら箱舟の中で本当に好きな女性は居たのですか?」
「うっ・・まあ・・その・・・なぁ」
「それなのに、元気に過ごせよ。とは!何なのです。今までの百万の女性たちの気持ちを考えると、泣きたくなる気持ちです。それに、閻魔様の生まれ変わりの男達も、なぜに独身のまま死ぬのでしょう」
男の幽霊、いや、閻魔様は、問いかけられて、答えたくないのか、答えられないのか、だから、なのだろうか、故意に、問題を避ける感じで話題を変えたのだ。
「あっああ、まだ、香(かおり)に挨拶もなかったな。元気そうだな。もしかして箱舟に一人でいるのか?・・それなら・・今から会いに行ってもいいだろうか・・・それに、箱舟なら作業用の人工の人の身体があるだろう・・俺の身体を作ってくれないか・・・久しぶりに、共に踊りでも楽しまないか・・・・香は好きだっただろう・・・それよりも・・・・なぜに、転生しなかったのだ?」
「いくつかの問いの一つから答えます。主様である。閻魔様と、私では、生と死とで次元が違うのです。この場が三次元で、全ては二十四次元あり。四次元から高次元になります。そんな、二十四次元に居る高次元の閻魔様なら代理の魂の無い肉体でも機械の人形でも何も問題はないでしょう。それなのに、肉体を選ぶのですね。それに、箱舟である。月の所有者は、主様ですから訪問の拒否はできませ・・・踊りたいと言うのでしたら、それにたいしても、拒否はしませんが・・・ん・・・・。それよりも、もう一つですが、大事なことを忘れていませんか、あの子供の男性が、閻魔様の最後の魂を持って転生された者なのです。それが、何を意味するか分かりますか?」
「ああっ・・・全てが終わった。と言うことが理解できた・・・」
「・・・・・」
女性から禁句のことを言われたのか、男は、不機嫌そうな表情を表し、口調も他人と話す感じに温かみが感じられなかった。
「まあ、わしを弥勒菩薩と思う人々もいるが、それについては、良いのだ。我は、時代時代に名称が変わるのだからだ。だが、男女で二百万の箱舟の住人が、箱舟の自己再生が完了する時間を待つための手段として、遠い未来に遺伝子だけを残すことで、箱舟が完全な状態になった時に、元の人体を完全の人として再生する考えで遺伝子が必要だった。それが、我の遺伝子が途切れることは、箱舟を起動が出来ずに全てが無駄になるとは・・・・それも、最後なのだぞ。五十七億七千万年を一つとする。七度の転生と魂と遺伝子の洗浄をしてきた。その最後の一つまで未来へ未来へと、遺伝子を繋げ続けたのだぞ。それなのに・・・・皆に何て・・・だが・・俺だけが諦めれば・・・皆の身体だけなら・・・」
「確かに、言われた通りですが・・・遺伝子の状態ですから誰も苦情を言う者はいないでしょう。もしかすると、同族の同じ箱舟が到来するのを待つことも出来ますし、ごちゃ混ぜの現人類が神の復活などと考えて、我らを人工的に復活なんてあるかもしれません。ですが・・・一つ・・」
「何か策があるのか?」
「あると、言えば、ありますが・・・・その・・・」
「まあ、それでも、遠い遠い先の未来の世で完璧の転生は無理だと言うことだろう」
「はい。心と肉体の完全の生まれ変わりは無理になります。他の混じった遺伝子での生まれ変わりが出来ます。閻魔様と私は血の濃い王族です。恐らく、七分くらいの転生となり・・・・」
「そうなのか、それでは、その対策を実行・・それで、箱舟の起動だけでも出来れば、二百万の同胞だけでも完全の復活が出来るだろう。それで、我を置いて、母星に帰ることも別の新天地に赴くことが出来るはずだろう」
「ですが、もう一つ、時間も限られますし、成功の可能性も百の内の一分の可能性があるかもしれない程度ですが・・・・その・・・あ・・・のう・・・・」
香りは、恥ずかしそうに俯くのだ。その理由が分からず・・・言葉を続けられずに、香りの言葉を待った。
「・・・・・」
「それで、直ぐにでも、箱舟に戻られるのでしたら・・・作業用の人工体の用意を致します・・・その時に・・・純粋な王族の血を濃縮して人口の遺伝子を作って・・・その・・私の身体の中に・・・」
「時間が限られる。二つ目の方法を実行したい・・・七分の転生か・・・時期を決めなければならない・・」
「そうですか・・・・それでしたら・・・早く時期を決めて下さい・・・・わたしの身体も・・・それ程・・・長く持ちませんので・・今回・・と言うか今日を逃すと・・恐らく、可能性は低くなります。でも、自然出産でしたら・・あの・・・私の赤ちゃん製造工場に原料を入れてくれれば・・・そして・・体内に・・子が宿れば・・・・」
「・・・七分・・」
「私の話を聞いているのですか」
閻魔は、頷くだけで、女性は、遠回しでも、はっきりと分かる言葉を使ったが、それでも、顔の表情からも体全体でも恥ずかしさを表しているのだが・・・・。
「そうか、仮の肉体でも俺の魂が入り肉体を動かせば魂の再生が出来るはず。もしかすると、遺伝子が作れるかもしれない。それならば、肉体も出来る。百パーセントの遺伝子の再生でなくても、七割の遺伝子の再生が出来るのだな。そうだな。ゼロからの再生よりも良い考えだ。それしかないな、では、直ぐに行く。身体の用意をしてくれ・・・ん?」
「そうでは、ありません。理解が出来ていない感じですので、もう一度いいますが、男女の仮の肉体を作っての代理ではないのです。その・・・本人と本人が・・・・その・・・」
「聞いている。本当に理解している。だから、それで、本当に香が良いと言うのなら・・・人工体の用意・・・」
「まあ、本当ですの?・・・でも、好きな人がいたから独身を通した・・とか、噂を聞きましたが・・・わたしは、この地、この惑星に着いた時から転生もしていません。だから、遺伝子の採取での肉体を作ることも、箱舟の機能での若返りも限度がある。正直に言いますと、心である魂の劣化も肉体も遺伝子の劣化もありまして、長くても数十年で、完全に消滅します」
「本当なのか?」
「は・・・い。その・・・それで、今である・・この時だけなら・・・まだ、若い身体を見せることが・・・出来るのです・・・もう・・もう・・ん・・・・」
「・・・・」
閻魔は、敵意を感じる殺気を感じて、香から視線を逸らした。それが、香には拒否されたと判断したのだ。すると・・・。
「もうもう!知りません。年上のおばさんの身体なんて見たくもないのでしょうね。それでは、もう帰ります!」
「チョット、ちょっと、待てというのに・・・・」
二人の幽霊と思える者達は、突然に消えた。そして、香から視線を逸らせる程の殺気を放った正体は猫である来夢だった。
「祖母様が、苦しそうに痛みを我慢していると言うのに、喧嘩を始めるとは・・・」
少々怒りの声色で、どもりながらの人の言葉を話しながら現れた。それに、祖母は、驚くこともなく、まるで、孫に話し掛けられたようにニコニコとしていた。
「ありがとうね。私の身体を心配してくれて、本当に良い子ね。お姉ちゃんですものね。そう言えば思いだすわ。あの当時の来夢ちゃんのことをねえ、クスクス」
「なな、なになに」
「来夢ちゃんが、一歳にもならない頃、孫の子守をしていたでしょう。自分の尻尾を赤ちゃんの玩具のガラガラのようにして振り回しては、孫が喜んでいる姿をね。でも、時々、尻尾を掴まれて悲鳴を上げていたわ。でも、弟と思っていたからでしょう。だから、怒ることもせずに痛みを我慢する様子を見ていたのよ。まあ、それからも大変だったわよね。孫が、ハイハイが出来るようになると、走り回る後ろから危険を感じる場合は、身体を張って引き止めてくれたし、何かを口に入れる恐れがある時も止めてくれたのも見ていたのよ。本当に大変だったでしょう。でも、孫を安心して任せることができたわ。でも、楽しかった。本当に楽しい毎日だったわ。だからでしょうね。夫と娘夫婦が事故で亡くしてからも、悲しみを感じる暇もなかったし、ペット何でも相談として生活が出来たのも、定期的に、迷子の犬や猫が居間で寝ているだけでなくて、逃げた鳥が、家の中に飛び込んでくるのも、少し考えれば変よね。全て、来夢ちゃんがしてくれたことよね。だからなんだけど、できたら、孫のことをお願いしたいけど・・・・もう歳だし・・・もしかしたら、私よりも年上なのかもしれないわね・・・それは、無理な頼みよね」
「祖母様。それくらいのことで償いが出来るとは思えない・・・程のことを・・・わたしは・・」
「前世のことね。それは、仕方がないでしょう。赤ちゃんだったのだからね。それよりもね。私には、十分以上の償いはしてくれたわ。だって、地下牢で、猫ちゃんが居なければ狂って鬼にでもなっていたかもしれないわ。私は、記憶がないけど、最後を看取ってくれたのでしょう。そうでなければ、この今の様な幸福な生まれ変わりはできなかったわよ」
「はい、たしかに、最後を看取りました。ですが・・・」
(がりがりに、やせて、ミイラのようになった体を細かく刻んで、あいつらは、鱶の群れに投げ込みエサにしました。それも、館の主は笑って見ていたのです。でも、それは、言えない)
「分かるは、身体の骨の状態が分かるくらいのがりがりに痩せていたのでしょうね。女性の最後としては恥ずかしくはなかった?」
「・・・最後の時まで、わたしを優しく接して気遣ってくれました。私の大好きな主様らしい最後でした。そんな主様が可哀そうで、それが、悔しくて、悔しくて、だから、嫌がらせをしましたよ。怖がらせようとして夜中には行燈の油を飲んでいる姿を見せるだけでなく、寝られないように盛りの時以上に鳴き叫び続けました。昼は昼でね。猫が嫌いだったのか知りませんが、猫仲間まで屋敷に呼んで嫌がらせをしました。ちょっと、やり過ぎて、気が狂ってしまって その結果ですが、家臣を惨殺の騒ぎで、一族を守るために病死と発表しましたが、家屋敷から出られずに、最後の最後には座敷牢に閉じ込められて狂い死にしましたよ。それでも、わたしは気持ちが収まらず。有名な家名だったのでしょうが、その苗字を使えない程まで貶めました。まあ、それで、親類縁者が祟りを恐れて墓を建てましたが、勿論、わたしのお骨はありませんが、首輪などの生前の私物を入れて供養していましたよ。今でも有名な猫神社です。元気になられましたら、お連れしますので一緒に参拝しましょう」
「まあ、嬉しい。楽しみね。でも、その館の主様が、ちょっと、可愛そうね。なんか、憎まれそう・・恨まれているでしょうね・・・怖いわね」
「安心して下さい。そんな奴らなら、わたしが退治してやります!」
「それよりもね。孫のことの方が心配でね。実の孫でなければ簡単に話題にして、無理矢理にでも聞くのだけど・・・あの子って、彼女でも居ればいいのだけど・・想い人でもいるのかな・・・女性の一人も連れてこないし・・まさか、男が好きってことはないわよね」
「まあ、居るか調べてみましょう。もし居なければ、何とかしましょう。胸が大きくて母乳の心配のない程にたくさん出そうな子で、お尻の大きい安産型の沢山の子供が生める女性ですね。それに、無口で臆病な所もあるから良く話す人で、良く笑い。そうそう、幽霊何て除霊できる女巫女!何て人だと理想でしょう。だから、任せて下さい」
「まあ、男の子だから・・・まあ・・そうなのでしょうね・・・そうね・・巫女様ね・・いいかもしれませんね・・・それよりも、調べるなんて出来るの?」
「出来ますよ。その証拠として仲間を紹介しましょう」
病室の外に出て、何かを呼ぶような鳴き声をすると・・・一羽のインコが直ぐに現れた。
「そのインコって・・たしか、家から脱走したとかで依頼された。確か、み~ちゃんよね。それも飼われているのが嫌で逃げたはずなのに、私の家の中に入って休んでいたわよね。まあ、簡単に捕まえられて楽だったけどね。その時のインコなのよね」
「はい。そのインコです。このインコは、私ほどに頭が良いのではないのです。と言うかですね。少し呆け気味とでもいうのか、元々から呆けていたとでも言うべきなのでしょうか、その証拠とでも言うか、今でも、その家の息子さんが幼稚園児と思っているらしくてね。あの時も逃げ出した理由を聞いてみると、主である息子さんが家にいないために心配で外まで探しに出たらしいです。それも、窓をぶち破って外に出たのですが・・・まあ、そんなことが出来たのは、猫に襲われて恐怖から火事場の馬鹿力、とでもいいましょうか・・でも、主以外の人の子供でもなくても、子供は好きなのよ。人でも動物でもね」
祖母は、まるで、面白い映画や本のあらすじでも聞いている感じで、真剣に聞いているために痛みを忘れている。それも、何度も頷いて「次は、どうしたの?」と問うのだった。
来夢は、簡単に説明だけで終わらせる考えだったが、祖母の予想以上の様子を見て少々大袈裟に、だが、嘘をつかずに講談のように伝えるのだった。
「やはり、鳥だからでしょうか、好き勝手に飛び回り、自分の主を探したが見つかるはずもなく、自宅に帰っていると思って家に帰ろうとしたのですが迷子になり。途方に暮れている所を我々に見付かった。まあ、幼稚園児ではなく、もう中学生ですからね。誰からも心配される理由はないのですよ。そして、気持ちを落ち着かせようとして、いろいろと話を聞いたのです。するとですね。インコの思いとでも、思考、いや、感情と言うのでしょうかね。まだ、幼い弟とも息子とも思っているらしくて、常に見える所にいないと心配らしいのです。それで、交渉したのです。こちらの条件である。主様の家に飛び込んで、その住人に捕まってくれたら家に帰れるし、誰も居ない昼間には自由に外に出られるようにする。そう交渉したのです」
「ほうほう、そうだったの・・・インコも長生きするのね。それよりも、人と同じ感情があるのね・・・・」
祖母は、心底から感心して頷くのだったが・・・・窓の外のベランダに、一匹、二匹と集まってくるのに驚くのだった。
「えっ・・・・何かインコの他にも、いろいろ集まってきたけど、お友達?・・・と言うか、もしかして、今までの依頼をされて家に帰したペット達なの?」
「そうですよ。ペット達は、本当に困っていましたのでね。その困りごとを解決させれば三食とおやつ付の昼寝まで出来る生活を捨てるペットはいませんよ。だから、逃げても野良になる気持ちはないのですからね」
「そう・・そうなのね・・・」
「それだから、何でも協力してくれます。まず、一つ目の困りごとは、小さい主様に彼女がいるか、と、理想の女性か、または、想い人がいるかですね。一週間もあれば、調べられます」
「まあ、来夢ちゃん。なら安心して任さられるのだけどね」
「私は、猫ですから駄目ですよ。それに、他の人には、今と同じことを絶対に言っては駄目ですからね。呆けたと思われますよ」
「そうよね・・・」
祖母は、心底から残念そうに俯いていると、別の猫の囁きが聞こえた。
「・・・・・・」
(まあ・・・そう言うけど、女の主様よりも、お孫さんの主様に夢中ですものね。今まで生きてきた人生の中で、最高の日は、お孫さんが、自分の昼飯を作る時に、同じ料理を共に一緒に食べた。そのお思い出が一番だと言っていましたね)
来夢と似たような毛並の猫が、来夢をからかうのだった。
「ギャン!!!ニャ!ギャニャア」
来夢が、突然に鳴き出したことで、祖母は、視線は向けたが、怒りを感じて何かを訴えていると感じる。二匹の猫の様子を見ている感じでは、もう一匹の猫が囁いた内容に怒りを感じているようだった。だが、何を言っているのか言葉の意味が分からない。気持ちを落ち着かせようとも、慰めようとも思うが、ペット達の様子を見ることしか出来なかった。それでも、来夢の様子を見ていると、何を思ってのことなのか、驚くことに・・・。
「何を言っているか、馬鹿やろうが!。そんなこと冗談で言っただけだ!!」
来夢は、自分でも気付かずに人の言葉で叫ぶのだ。
「どうしたの?。どうしたの?。何を話しているの?。面白そうね。何なの?」
「えっ・・・何でもありません。この馬鹿の盛りの時の話しです」
来夢は、人の言葉を使ったことに、気付いていない感じで、祖母の問いかけの意味が分からないままだが、祖母の問い掛けには、何とか誤魔化すのだった。
「そうなのね。でも、その話も聞けると、楽しそうね」
「そんな話を聞いたら耳が腐りますよ」
「そう・・・残念・・・ね・・・」
「その・・まあ・・・ですね・・・・なんだ!なんだ!なんだ。お前ら、まだ、居たのか!さっさと調べに行け!!」
祖母が心底から残念がる姿を見て、その話から逸らそうと、人の言葉で八つ当たりした。
「来夢ちゃんも行くの?」
「もう少しいますよ。それと、これから、インコと馬鹿猫を待機させますので、なにかあれば何でも言って下さい・・・・それよりも、眠いです。祖母様の膝の上で寝ていいですか?」
「いいわよ。おいで、膝の上でナデナデしてあげるわ。好きだったでしょう」
来夢を撫でていると、久しぶりの感覚で心地良かったが、少しの違和感から考え過ぎと思ったが、やはり、心配になって違和感の一つの理由を聞いてみた。
「なんか、痩せた感じがするけど、ちゃんと、ごはんは食べているの?」
「むにゃ・・・食べているよ。でも、あのおばさんが用意してくれるの・・にゃけど、カリカリだけだよ。ニャイ・・・むにゃやや・・・」
「あっああ、決まった時間の夕方にくるお手伝いさんね。そうだったの・・・他のご飯を与えるように指示をしておくわね」
「ニャムニャ・・・」
「寝言だったのね。そんなに、嫌だったの。でも、もう大丈夫だからね」
「コンコン」
看護婦が、夕飯の準備をするために病室の扉を叩かれて現れるまでの数時間のことだったが、来夢は、寝起きと同時の病室から逃げるかのように飛び出したが十分と感じる程の幸せの時間を過ごしたのだ。そのような状況でも、インコと馬鹿猫の二匹には指示を与えていた。
「ん・・・・一人ですよね・・・誰か居ましたか?」
「いいえ・・あっ、鳥と野良猫ちゃんが、ベランダに遊びに来ていたのです。それで、つい、話し掛けてしまったのです。まだ、居ますか?」
「そうでしたか・・・この高さまで珍しいですね。でも、あまり、ベランダには出ないで下さいね。危険ですからね。それと、病室の中には、絶対に入れないで下さいよ」
「はい。分かりました」
祖母は、自分がしたことの謝罪と注意されたことに承諾したのだが、長々と注意の意味を聞かされるのだ。だが、心の中では、また、来夢が遊びに来てくれるのを願った。もしかすると、祖母の内心の気持ちは来夢にも伝わっている。と期待するしかない・・・・。
そして、祖母が入院している病室で約束して別れた日から五日間が過ぎた。その朝・・。
(なぜに、誰も現れない)
今まで毎日の朝になると、欠かさずに続く日課があった。それも、興奮(天気の状況)と期待(朝の散歩)と安堵(主の清々しい寝起き顔)と戦い(蜘蛛などの害虫)だった。
この数日は、四つの感情よりも、仲間たちの事を考えてイライラとする日々で、人生で一番の幸福な時間である。小さい主との散歩の時でも、不機嫌と怒りの感情には悟られていないだろうけど、内心では怒りの感情しかなかったのだ。それでも、怒りの感情をあらわにするのは、一人の時だけで、小さい主に対してだけでなく、日課となった登校の警護の時や帰宅中での様々な人にも見せなかったのだ。もし帰宅中に仲間に出会っていたら怒りを爆発させたかもしれないが、誰とも会わなかったのだ。もし会おうと思えば、祖母の病室には二匹が待機して居るはずだから会えるはずだ。だが、向かわなかったのは、二匹に会えば、怒りの感情を我慢できるはずがないからだ。そんな様子を小さい主に祖母にも見せたくなかったこともあるが、自分の殺気を我慢する様子も、その感情を病人の身体に悪いと考えたのが一番の理由だった。そんな感情でも、祖母に安らぎを求めなかったのは、小さい主が、滅多にないことだが、猫専用の食後のおやつである。乾燥のカニかまぼこを用意してくれたからだ。その突然の理由は、五日前に、祖母に食事のことで苦情を言ったことであった。小さい主に、猫が苦情を感じていると思うから食事の改善をお手伝いさんに託を頼んだことだった。それで、小さい主は、猫の好物を思いだして買った物で、三日前に買ったのだが、直ぐに与えなかったのは切っ掛けがなかったらしい。今まで忘れていたことで、今でも食べるのかと、逆に怒らせるのではないかと、思っていたらしい。それか、今日の散歩の時に、何か普段と違う様子だと、小さい主が感じて、久しぶりに使う菓子専用の皿を戸棚から出して、帰宅すると直ぐに喉を潤すのは知っていたために水飲みのお椀の隣に置くことで直ぐに分かるようにしたのだ。
「うま!うま!」
やはり、小さい主の考えの通りに、来夢は帰宅すると、直ぐに水飲みのお椀が置いてある場所に向かった。一口の水で喉を潤すと、隣に置いてある菓子皿の中の大好物を頬張るのだった。それも、美味すぎて興奮が抑えられずに人の言葉が出てしまったのだ。その幸せの気持ちは普段ならば丸一日続くのだが、今回は、昼を過ぎる頃までだった。なぜかと言うと・・・。
「コンコン」
一羽の鴉が、猫専用の水飲みのお椀が置いてある。その小窓の硝子をくちばしで叩くのだった。普段なら食事を食べ終えると、小さい主の寝具の上で寝ているのだが、今日は特別だったのだ。久しぶりの幸せの気持ちからだろう。その場で寛いで寝てしまったのだ。何時頃から居たのかは分からないが、かなり長い間から口ばしで小窓を叩きながら室内を見ていた。必死に起こそうとしていたのだった。
「シャー」
と、眠りを邪魔されて怒りを表していた。それも、何度目か分からないが・・・・。
「やっと、起きたか、わしは、暇だと思うくらい時間はあるのだが、いつ記憶を忘れてしまうか分からん体質なのでな。無理矢理に起こさせてもらったのだ」
「まあ、鳥の頭だしな。たしかに、三歩、歩くと記憶が消える。そんな噂があるしな」
「わしに喧嘩を売っているのか?」
「まあ、少し言いすぎた。済まない。この謝罪で許してくれないか」
「分かった。許そう」
「それで、良い知らせなのだろう。早く言ってくれないか?」
「ああっ、皆が言っていたのは「分からない」と言うことらしい」
「あのなぁ。まさか、記憶を無くしたので「分からない」と言う意味ではないのか!」
「それは、違うぞ。皆の証言の記憶がある。その証拠として続きがある。隣町の猫が訪れるはずだから喧嘩をするな。と、託と証言のついでに伝えてくれ。そう言われたのだ。だから、今日の記憶はある。その証拠になるだろう?」
「それで、その猫は何の理由で訪れるのだ」
「それは、分からない。だが、この後も付き合わなければならない。だが、怒らせるな。と、言うことなのだ。では、全てを伝えたぞ。がんばれ!」
鴉は、言うことだけ伝えると、勝手に飛び立ち消えてしまった。
「何だと言うのだ。これでは、昼寝が出来ないだろう。それにしても、今日の何時に来るのだ?・・仕方がない。小さい主様のために、昼寝は諦めて起きているしかないか」
猫は、仲間と会ったこと。いや、会話の内容のことで不機嫌なのか、それとも、眠いのか、確かに、眠そうなのだが、猫の表情と目の輝きから判断すると、何かを探す気持ちなのだと感じられたのだ。だが、一つ言えることは、鳥の託の猫が訪れることなど忘れているようなのだ。それ程までに夢中で自宅の中をうろうろと、動き回っていた。猫の小幅でも直ぐにでも回れる広さの4DKの二階建ての家であり。祖母の趣味などの室内の様子を感じる内装だったが、ちらほら、と若い女性の好みの物があるのは、祖母の娘の物だろう。猫には、何の為に置かれているか、その理由も何の用途の物なのかも分からないことだ。恐らくだが、娘夫婦が住んでいた生前のままの家の内装であり家の室内の様子なのだった。などのことなど知らずに、一枚の写真に目が留まった。自分の子猫の時の写真が載っていることで驚いている感じだが、自分を抱っこしている女性が祖母の娘だと分かるが、人としては美人なのか分からないが、祖母の転生の前の姿に似ている。そう感じているようだった。暫く、空想の中の思い出を楽しんだ後のこと、何をするための行動なのかを思いだしたかのように二階に向かった。その部屋は小さい主の部屋だった。室内に入ると、驚く程の本と沢山の写真を見て驚くのだった。なぜに今頃、と思われるだろう。毎朝の窓からの様子を見るためだけでなく、小さい主の気持ち良い目覚めの役目もある。それに、暇があればベッドの上での昼寝などしていたし、幼い頃から家の中を駆け回って遊んだ家なのだが、それは、隠れて探してくれる場所を探すことと、家の外が見える場所を探すことの二点だけしか考えていなかったために内装のことなど見る気持ちも思考の片隅に残る考えもなかったのだ。
「写真と本の数が凄いわね。うぁあ~私の寝顔なんていつ撮影したのよ。それに、祖母様の写真が殆どね。それにしても、本と言えば思いだすわ。小さい主様が赤ちゃんの時に絵本を読んでと言われてページをめくるのは大変だったけど、絵を見ながら様子を身振り手振りで伝えたわ。内容の通りとは知らないけど、凄く喜んでいたわね。そんな本が大量にあるのね。まあ、芸能人の写真などがあると思っていたけど・・・それだと、理想の女性も好きな女性もいないの・・・なら・・そうね。沢山の絵本を同じように持っている。そんな女性を探せばいいのかも・・・う~ん」
などとしていると、三時を過ぎる頃になるのだった。正面の玄関の方から盛りの最中の時のような叫ぶ声が聞こえた。その猫を待っていたことを思いだして、同じような猫の声色で返事を返すのだ。
「フニャゴ!」(裏庭に来い。窓を開けてある。そこから家の中に入ってこい)
人の言葉なら長々な挨拶と指示だったが、素直に従った。初めての家だから時間が掛っているのか、家の中の猫は、窓を開けて、猫が現れるのを待っていた。
「ニャゴ」(遅くなって本当にすまない)
「フニャゴ」(何の問題もない。早く中に入れ)
隣町の猫が挨拶すると、直ぐに挨拶の返事を返すのだったが・・・・。
「お前が良い情報を持っていると噂を聞いた」
と、本題に入るのだが、試しに、人の言葉で話してみた。すると・・・。
「まあ、それらしき内容なら・・・だが、こちらの要件を叶えてくれないと困るぞ」
「ほうほう、人の言葉が話せるのだな。驚いたぞ。まあ、それは、安心しろ。大丈夫だ。だから、先に要件を言ってもいいぞ」
「それは感謝する。まあ、なら、恐らく、いや、必ず。人が飼い犬のことで依頼に来る。それを承諾して欲しいのだ。その理由も依頼の要件も後で伝える。だが、その前に何がなんでも依頼を受けると、確約が欲しいのだ。それを聞けば、直ぐにでも情報を伝えよう」
「ペット何でも相談だから依頼は必ず受ける。だが、人が考える依頼料は頂くぞ。それは、承知して言っているのだろう?」
「勿論だ。それでは、伝えよう。これは、人の言葉が分かるから知り得た情報なのだぞ」
猫である来夢が大きく何度も頷くのだ。その姿を見て安心したのだろう。ゆっくりと、ゆっくりと話し出すのだった。それは・・・。
その日は、人の子供たちが喜ぶ、夏休みと言う期間だった。その期間も終わりの頃に夏休みの宿題とやらを終わらせるためだった。何人かの友達が集まって勉強会と言う会合を開いた。その時に偶然にと言うのも変だが、猫であるが人の言葉が分かる自分だから知り得た情報だと、偉ぶるのだが、それは良いとして、だが、この前置きを聞いて、来夢はと言うか、一瞬だが怒りの表情を浮かべるが、仲間からの我慢をしろ。との託を思いだして気持ちを落ち着かせたのだ。それもあるが、特に、猫である来夢の主人の名前が出たことが最大の理由であり。一つの言葉も忘れないようにと、真剣に耳を傾けるのだ。
それは、男だけで集まれば必ずでる話題で、好きな芸能人はいるだろうが、想い人はいるか、と、そんな話題で、その中の一人が来夢の主人で、その時に言った言葉を伝えにきたと、言うのだった。だが、この勉強会とは、本当の理由は、来夢の主人が、最近何か理由は知らないが落ち込んでいると、仲間内で広がり。手助け出来る事なら協力する考えだったのだ。すると、自分は、好きな芸能人も、想い人もいないが、常に気に掛けている者がいると、それで、毎日が心配で眠れずに好きな本を読むこともできない。でも、自分で解決するから心配するな。そう言っていたと伝えるのだ。だが、人の友達の方も心配で誰の事なのかと聞いたが口は堅くて諦めた。恐らく、祖母のことだろう。と皆は納得する感じで、それ以上は、話題にできなかった。それでも、来夢が知りたかったことである。想い人である。恋人も恋焦がれる想い人はいないこと、その確認は出来たはず。それで全てだと、話が終わるのだ。だが、来夢のがっくりと落ち込んだ姿を見て、我らペットである動物から考えても、祖母のことで間違いないのではないか、それと、我らと違って人とは大人になるのには時間が掛る。まだ、子供で恋愛の感情がまだ芽生えてないのだろう。そう話を締めくくるのだ。
「そうだな。そうだな。だが、何も、解決しないままか・・・」
「それでも、こちらの要件の方は頼むぞ。本当に大丈夫だろうな」
「ああ、何も問題ではない。それよりも・・・・」
「何だ・・・・謝礼のことか・・・?」
来夢の内心では、小さい主に、彼女を紹介するしかない。そう考えてのことだろう。
「いや、それは、依頼者が最高額を提示して、こちらが、承諾するかのことだ。それよりも・・・なのだが・・・小さい主様に釣り合うような女性は、誰かいないだろうか?」
「やはり、そうなるか・・・まあ、こちらの町内の仲間にも伝えてみるが・・・自分の知る者には・・・若い独身の女性は・・・」
「そうか・・・そうだな・・・確かに・・幼子か、年配の者なら猫を溺愛するが、若い者は、自分の人生の夢だけに夢中だな」
その猫は、暫く考えていたが、首を横に振るのだ。そして、来夢に対して済まなそうな様子で、この家から出て行くのだった。その来夢の方は、納得したことでの返事なのか分からない。それでも、虚空を見つめて思案でもしているのか、猫が家から出て行くのに気付いていない感じだった。この状態が、いつ頃まで続くのか・・・・それは・・・。
すると、突然に窓を叩く音が聞こえて正気を取り戻して、音がする場所である。窓に向かうのだった。
「小さな主様が大変よ」
「なんだと!・・また、犬か!小さい主様を苛めたことで、この街の犬なら懲らしめたはず。ではない・・・のか・・なら、野良犬か、この街に私が居るのを知らずに、迷い込んだのか!直ぐに行く。だが、お前は、何としてでも、小さい主様に怪我をさせてはならないぞ。私が行くまで、なんとかしろ!」
「でも、一人で探せるかしら・・・場所を教えてもいないし・・・・近所ではないわよ」
「なら、案内しろ!!」
「いいわ。教えるから付いて来て」
(どこまで行くのだ。この馬鹿!鳥が、まさか、鳥の頭は三歩あるくと記憶が消えると噂だから、すでに、何をしているのか、すでに、全てを忘れたのではないだろうな)
だが、上空から来夢が視界から消えると、現れるまで上空で旋回して待つのだから記憶はあるようだ。それでも、どこまで行くのとか、来夢は、小さい主の死の危険があると感じているからだろう。家の屋根、塀の上と走りながら鳥が導く場所へと急いで駆け付けるのだ。その場所は、思い出のある場所であり。家から三つの町名が変わる場所でもあった。それも、沼地であり。釣り人には有名な場所で、特に河川よりも大きな岩魚が釣れると言われている。その話も半分ほど噂ではないかと思われていた。だが、それなりに大きな沼地ではあるが、恋する男女が景色などを見るような人工的な雰囲気もなく、景色が良いと言うことでもない。それでも、一人で訪れる者がいるのならば、見かけた人が居た場合は、その者の内心の気持ちを落ちつけるべきかと、そう思われても仕方がない場所と言える場所なのである。
「そう言えば思いだすわね。小さい主様は、テレビで何かの番組なのか知らないけど、探検隊の番組をみて、自分もすると言って、この沼まで来て体力が切れたのだったわ・・あっ、なら、あの石の壊れかけの彫刻が置いてある。あの場所に居るかもしれないわね」
やはり、思った通りであった。そして、後ろから近づき驚かさないように主が居る場所まで慎重に向かい、そして、小さい主は、昔のことでも思いだしているのか、心がここにあらずの状態で虚空を見ているようだった。
「何時まで、泣いているの。また、走って足でもくじいたの?・・・歩き疲れたの?」
来夢は、主が自殺か、それとも、猫では理解できないことで、緊急を要すると考えてなのか、いや、心配のあまりに何も考える余裕もなく、自然と言うべきか、人の言葉で話し掛けしまった。振り向かれた。その驚きの表情で、やっと、気付くのだった。
「えっ・・誰だ・・嘘・・・猫が・・・・・何で人の言葉を・・・」
「あっ、わたしのことで驚いているの?・・・なら・・悩みとか、気持ちが悪いとか、人に知られると苛められるとかでは・・・なかったのね。もう、最後に話した時から・・・だいぶ経つけど、忘れていたのね。確かに、あれは、幼稚園か・・忘れるわ・・・ね」
「俺を呪う・・・まさか、婆ちゃんの病気もお前が!」
「あのね・・・・」
「まあ・・・いいか・・・これで天涯孤独になる。この先を一人だけで一生の間を生きるより楽か・・・だから、好きなようにしていいよ。呪い殺してもね」
「何を言っているのか分からないけど、わたしは、あなたのお姉ちゃんよ。子守りの時には、よく尻尾を掴まれたけど、死ぬ程に痛かったのよ。男子の大事な所を蹴られた。それ以上の痛みを感じたの。もしかして、駄目な弟だから見捨てろ。そう言っているのかな・・あのね。見捨てるのなら、初めて尻尾を捕まれた。その時に、見捨てているわ」
「えっ?・・・」
「それに、心配しなくていいわ。一人なんてさせないからね。良い奥さんを探してあげるわ。胸が大きくて母乳がたくさん出る乳を持つ者で、赤ちゃんを何人でも生める健康な優しい人で、良く笑い(来夢の理想は遮光器土偶だった)。小さい主様だけを生涯唯一の奥さんになってくれる女の子を探すからね。でも、その前に、ペット何でも相談の依頼を一人でも出来るように勉強しなくてはね。これからが、いろいろと大変よ。でも、その前に、ご褒美と言うか・・・そうね。まあ、憶えていないでしょうけど、赤ちゃんの時に、大好きだった遊びをしましょう。あの時は、好きなことを三度までしてあげる。その対価として家の中で隠れる。私を探せたけど・・・・楽しかったわ。まあ、その後、祖母様の癇癪を聞いたけど、そうね。今回は大人になったのだし十回のお願いを聞いてあげるわね。だから、何でも言ってみなさい。お姉ちゃんが、何でもしてあげるわよ!!」
「何でもなんて無理を言うなよ。それに、一匹の猫になんて・・・なら・・それなら、一つ目を言うよ。そこの沼から魚を捕まえてよ。まあ・・本当に捕まえてきたら信じるよ」
ぶつぶつと独り言を呟いた。その後のことだった。八つ当たりの感情のまま無理だと分かることを言葉にするのだった。
「えっ!」
驚き、そして、少々悩んだ。その後、猫の表情は分かり辛いが笑みを浮かべたと感じられた。その様子に、小さい主は気付かず「馬鹿馬鹿しい」と口にして、この場から一人で立ち去ろうとした。
沼の周囲には、恐らく、いや、断定しても良いだろう。この者しか居ない。それなのに、誰かに問い掛けるようにも聞こえるし、自分の正気を保とうとしているのか・・・。
「猫が人の話しなどするはずがない。俺の頭は狂ったのか?」
と、やや怯える感じにも思える。もしかすると、想像も考えたくもない。一つの答えであること、幽霊の声だと思っているのだろう。だから、少々早歩きで、この場から逃げるように歩きだしているのか・・・すると、背中越しから・・・。
「猫を舐めるな!と言うか、姉と言うのは、弟が無茶なことを言ったとしても、どんなことを口にしたとしても、子守を託されたのだ。だから、弟のために言われたことは何でも叶えるし、何が起きても、誰が相手だろうが、必ず助ける。それが、姉なのよ!」
「えっ、幻覚でも幻想でもなく、本当に猫が話をしているのか?」
「そうだと、言っているの!」
「でも、本当だとしても、それでも、人の話しが出来たからって、魚を捕まえるなんて無理だよ。確か、猫は、水が怖いはず。だから、身体を洗う時は死ぬ気で逃げる。それなのに、沼に入るって、猫が泳げるはずもないし、無理、無理だ。絶対に無理だし、猫が叶えてくれる願いなんて、どうせ、ポストから手紙か新聞でも持ってくるくらいの。幼稚園の子供がする程度のことだろう」
恐らくだが、怖いのだろう。声が聞こえる方には身体も首も動かさずに歩き出そうとしたのだ。すると・・・・。
「そこまで馬鹿にされては、分かったわ。幻の魚とまで言われる。あの岩魚を捕まえてきましょう。それが、今日の夕飯です」
声色や言葉使いからは、怒りを表しているが・・・・。
(昔を思いだす・・・・また、赤ちゃんの時と同じような無理を言うのね。でも、猫も泳げるのは知らないようね・・・それよりも、一人で夕方の暗い沼に来るなんて、虫や暗い場所が死ぬ程までに嫌いで怖がりなのに、それを忘れる程に悩み続けていた。心優しい小さい主様は、一人で泣きたかったのだね)
主の心の中の感情を理解すると、ポロリと、涙を浮かべた。そして、少しでも喜んで貰おうと、沼の方に駆けだしたのだ。
「え!」
後ろの方から水の中に飛び込む音を聞くのだ。直ぐに振り向くが、周囲が暗くて何も状況が分からない。仕方がなく、音が聞こえた方を見続けるが、十分も経たないのに、猫が心配で名前を呼びながら泣き叫ぶのだ。だが、この小さい主が一歩でも動くと、一羽の鴉が、人の動きを遮るような行動をするのだ。それも、何度も同じことをされることで、「動くな。待て」と、そう伝えたいのだな。と悟るが、猫が心配で助けるために自由を得ようと、石などを投げ続けるが当たるはずもなく。それでも、何度も息が切れる程まで続けるが心身ともに疲れ果ててしまうが、視線だけは、沼の水面から離すことが出来なかった。
「一時間は過ぎたぞ。俺の声が聞こえているのか、鴉よ。お前のことだぞ。遅いと思わないか。まさか・・・・今度は、俺の邪魔をするなよ。その意味は分かるな!」
小さい主は、上空に向かって叫ぶが、鴉の方は、聞こえていないのか、グルグルと回り続ける。だが、数分後のことだ。もしかすると、鳥の頭で思考するには長い時間が掛るのか、それは、分からないことだが、それでも、思考したはずだ。その結果なのかは分からないが、さすがに、心配になったのだろう。小さい主の上空から移動して沼の水面を見るために向かったのだが、鳥の目だと言う理由もあるが、小さい主を守ることを命じられていたことを思いだして、再度、水面を探すのは諦めて、小さい主の護衛に戻るのだった。
「・・・・」
鴉は、沼の方に向かった時と同じ様子で戻って来るのだ。猫は無事なのかと、問いただすことも出来ないが、無事でない場合なら鴉の様子で判断が出来ると感じて、鴉が戻ってくるのを待っていた。だが、直ぐに戻って来ない。そして、気付くのだ。鳥は夜目が見えないことに、すると、段々と心配が膨らみ続け、飼い猫の名前を叫ぶだけでなく、自分が命令したことを取り消す。だから、直ぐに戻れと、何度も叫び続けたために喉がかれて泣き声になった。そのために声が出せなくなり、辺りの微かな草の擦れる音まで聞こえるのだ。その音が段々と鮮明に聞こえて来ると、恐怖が膨らみ何かが近寄って来ると、錯覚なのかと感じるのだが・・・・ガサガサと、気のせいではない。やはり、草が擦れる音が・・・。
「?・・・」
恐怖を感じた正体は、無事を願っていた猫が一匹の魚を咥えて現れたのだ。
「虫か獣でも出ましたか?・・・違う様子ですね・・・そんなに大声を上げて、どうしました?・・・まさか、私が驚かせましたの?」
「っはぁ・・・無事で良かった。もう・・・」
「もう少し待っていてね。これ小さいから・・・でも、二匹目が捕まえられなくてもね。この岩魚は、小さい主様のだからね」
一匹の岩魚を咥えて現れるが、その岩魚を地面に落としてから問いかけるのだ。小さい主は、無事だったことに安堵するが、濡れた毛並よりも本当に魚を釣ってきたことに、褒めるべきか、一匹だけで十分だとして再度の沼に入ることを止めるべきなのかと、悩んでいたのだが・・・・。
「だから、あの、その・・・」
毛並が濡れて本当に苦しくて泣きそうな姿を見ても、「もう十分だよ」と言う言葉が言えなかったのは、自分に向ける感情だった。絶対に小さい主は喜んでくれる。その表情には、まるで、初めて母からお手伝いをお願いされた子供のようで、母が喜ぶ姿を期待する様子を見てしまったからだ。それだけではなく、共に夕食を食べる喜びもあったはずだ。
「今度は大物狙いだから、お姉ちゃんを待っていてね。もう少しだからね。もう少し待っていてね」
小さい主の様子に気付かずに心の気持ちを伝え続けた。だが、小さい主の方でも必死の様子で猫に伝えたい気持ちがあった。そんなお互いの気持ちが分からないままに猫は沼地に戻るのだ。すると、驚くことに数分後のことである。小さい主は、先ほどは正気を失って泣き叫んでいたのが、今は、興奮を表していたのだ。それも、無事に戻って来た以上の喜びではなく、驚く物を咥えていたからの感情の表れだった。
「おお!おかえり!今度の岩魚は大きいね」
「でしょう。でしょう!!こんな大きな岩魚を見るのは初めてでしょう。凄く美味しいのですよ。お隣のおばさんにでも焼いてもらいましょうね」
「うんうん、そうだね。では、家に帰ろう。早く岩魚を焼いてもらって食べよう」
「うんうん」
小さい主は、水に濡れて寒いだろうと、猫を労わる気持ちから自分の懐に入れて、二匹の岩魚を手に持って自宅に帰るのだった。勿論とは変だが、鴉も上空から降りてはこないが、上空を飛びながら警護の気持ちもあるのだろう。小さい主と猫が帰宅するのを供に上空から付き合うのだった。
「そうそう、小さい主様」
「何だ。苦しかったか?」
自分が沼に来た理由も、先ほどの泣き叫んだ理由なども全てを忘れていた。ただ、急いで自宅に帰って濡れた毛並を乾かさないと死んでしまう。それしか考えていなかったのだ。そんな気持ちなど分からずに、いや、悲しそうな声色だったので、喜ばせようとしたのかもしれなかった。猫は、懐から顔だけだした。苦しかったのではなく、小さい主の喜ぶ表情が見たかったのだ。
「この岩魚のお願いはお試しだから、お願い(猫自身も気付いていないが、お願いとは、猫か叶えて欲しいことだった。それは、猫が出来る事であり。お願い叶える。と同義のことだった。招き猫などの噂が多いが、それも、猫が叶えて欲しいことを飼い主の願いに置き換えて叶えていただけだった)の数の加算には入らないからね。何でも好きなことを言って下さいね」
猫が言うことの意味が一瞬だが意味が分からなかった。だが、すごく誇らしく、嬉しそうな声色と微妙の表情の変化を感じて、少し無理な事でも考えて困らせたくなった。それでも、その言葉は言ってはならないことだったが・・・。
「それでは、お父さん。お母さんを生き返られて」
「それは、無理です。ごめんなさい」
「それなら、お婆ちゃんの病気を治して」
「それも・・・無理・・です」
「何でも叶えてくれる。その願いって、何も出来ないのだね」
「そう・・・ですね・・・何も・・・できません・・・ですね」
猫は、悲しそうに主の顔を見続けた。その見つめられる小さい主の方は、先程までの猫の表情では、喜んでいる顔、かな?。とか、自慢している顔、かな?。そうなのかなって自分が思うだけの表情だったが、今の猫の表情は、はっきりと、涙を浮かべて本当に悲しそうな表情を浮かべていると分かるのだった。
「ごめんなさい・・・悲しくて、寂しくて、泣きたい気持ちだったから一人で沼に来たのでしたね。そんな気持ちも分からなくて、変な事を提案して、もっともっと、悲しい思い出を思いださせて・・・一人で泣きたいですよね・・ごめんなさい。それでは、先に一人で帰っています。ですが、心配ですし、何かの用心のために、鴉ではなく梟を待機させてもいいですか?」
一人にさせたいけども、変な考えを起こすのではないかと、心配になったのだ。
「いや、沼に一人で戻る気持ちはない。直ぐに一緒に家に帰る。まあ、それと、今だな・・困っていることがある。だから、お試しとしてお願いを言いたい。虫などを見たくないから周囲の虫を駆除して欲しい。特に、直ぐに、目の前の蜘蛛をなんとかしてくれ!」
「ふっふふ、いいのですよ。お姉ちゃんが、弟の困ることは分かります。それは、お願いになりませんから願いの加算にはなりません。だから、願い事は十個のままでいいですよ」
やれやれ、と言葉にして服の中から這いだすが、次の思いの言葉は心の中に収めたのだ。「まだまだ、可愛い弟のままね」と、でも嬉しそうだった。
小さい主の胸から飛び跳ねて木に飛び移ると直ぐに蜘蛛の巣にめがけて飛び込んだ。巣を壊し蜘蛛を退治した。そして、地面に着地すると、虫など居るかなど関係なく走り周り飛び跳ねる。などと、虫が居る事を前提に周囲を荒らすのだった。もう十分だと、小さい主が思う状態になると、猫は、褒めて欲しいと、頭を撫でて欲しいと畏まるのだった。
「ありがとう」
「もう大丈夫ですね。家に帰りましょう」
猫の頭を何度も撫でると、何度目だろう。猫は満足すると、家までの道を案内するかのように歩き出すのだった。
小さい主と来夢が帰宅すると、家の電気が点くと直ぐのことだった。隣の老婆は、祖母と中学校からの同級生である。老婆と娘である奥方が心配していたのだろう。勝手に玄関を開けて、小さい主の名前を呼ぶのだった。
「心配させてすみません。沼で釣りをしていました」
「そうだったの。なら、良かったわ。本当に心配したのよ。でも、無事でよかった。それでもね。何か困ったことがあったら何でも言ってね。あなたの祖母から何かあれば助けてあげて。と言われているの。もしかして、誰も家に居ないからお手伝いさんは、何もしないで帰ったのではない?・・・夕食は、これから・・・なら・・」
「はい。ありがとう。それでしたら釣ってきた魚を焼いてもらってもいいですか?」
「いいわよ。何の魚?。何匹?」
「直ぐに持ってきます」
言葉の通りに岩魚を持って直ぐに現れた。その魚を見て良い魚だと褒めちぎりられて飼い猫に微笑を浮かべた。猫の様子を見たからなのか、直ぐに焼いて持って来ると自宅に帰るのだ。その間に、猫が嫌がるだろうが、それでも、寒いのだろう。と思い。身体が寒さで震える様子を見ては、少々強引に浴室に向かい身体に湯をかけたのだ。それでも、身体の震えは止まり温かくて気持ちが良いのだろう。少しの間だけだが大人しくしていたが直ぐに嫌がるのだった。仕方がなく、それ以上は止めてタオルとドライヤーで毛並を乾かしていると、玄関なら「魚を焼いてきたわ」と聞こえたのだ。一瞬だったが、手を休めると、猫は逃げ出して、自分で身体を舐めて水分を取るのだった。その事で猫を叱ることなく玄関に向かって焼きたての岩魚を猫に見せるのだった。
「もう良いだろう。岩魚を食べよう」
猫は聞こえないのか、真剣に体を舐め続けていた。仕方がなく、小さい岩魚を皿に乗せて目の前に置くのだ。その後は、自分のご飯とみそ汁だけをテーブルの上に用意していた。
「小さい主様、美味しそうでしょう」
猫は、小さい主が席に着くまで食べるのを待っていたのだ。
「そうだね。食べようか!」
小さい主と来夢は、「頂きます」の言葉で食べ始めるのだった。その後は、今日一日の疲れから食べた食器などの片付けよりも睡眠を取る方が優先で来夢は、小さい主が寝る寝具の布団の一番上であるが、それでも、気遣いからなのか足元の隅に蹲って寝るのだった。
日の光がまだ地上に広がる前だった。今の世では、もう聞きたくても聞こえない。鶏の声である。その鳴き声で目を覚ます者が過去の世には多くの者たちがいた。それが、普通であり。見慣れた。いや、聞きなれた。光景であったが、最近は、この町内ではと言い直すべきか、二階の窓から猫がキョロキョロと外の様子を見るのだ。その光景を見なければ一日が始まらない。そう思う人が多かった。だが、その猫の毎朝の日課には理由があったのだ。まず天気の様子と、仲間が何かの相談のために外で待っていないかを確認する。それから、夜食の残りを食べて少しだが空腹を満たすのだ。その後、毎日、夕方には、お手伝いの人が現れて、カリカリとトイレ掃除と、小さい主の夕食と朝食の用意して行くのだが、昨夜は、小さい主が、沼に行くために帰宅が遅くなるからと、昨晩の食事と朝食を断ったのだ。それで、思っていた通りの食事がカリカリであり。見てがっくりするのだ。だが、今日は、小さい主が、猫より早く起床しないために、自分が寝る前に猫の気持ちを考えて用意してくれた。それが、菓子と言うか、保存食のような食べ物なのだ。一般的にカリカリと言えば、誰もが知る猫などの食べ物だ。それも、夜食と朝食のために皿に盛りんこに入れてあるのだ。それでも、空腹であり。大好きな小さい主が用意してくれた物なので同じ物でも喜んで食べる。その後、家にある窓という窓から外を見る。小さい主が学校に行くのに良い天気なのか調べるためでもあるが、天気が良い時と、小さい主の気持ちの良い寝起きだと、たまに犬のように首に紐をつけて、近所と決まっているが、朝の散歩に連れてってくれるから念入りに外の様子を見るのだ。だが、日課は、まだまだ続きがある。小さい主に気持ちの良い精神的な状態にするために、家の中の隅々まで、蜘蛛、便所虫、ゴキブリ、と害虫と言われる生き物が特に嫌うために害虫の退治をしなければならなかったのだ。それで終わりではない。今度は、自分で窓を開けて外に出て、家から学校までの道順の様子を確かめる。その理由は、通学途中で飼われている犬たちから鋭い殺気を放たれ、小さい主に不快な気持ちや怖がらせることをするなと、頼むと言うよりも無理矢理の口調や態度で命令を承諾させていた。それだけでは、まだ、心配のために仲間の野良猫を所々に待機させて、小さい主の様子を報告させる役目をも命令するのだ。普段なら直ぐに帰宅するのだが、来夢は驚くことに、この家の経済状況も把握しているために、現金収入がないと困る頃になると、野良猫や鳥などの仲間に指示するのだ。特に、町内で飼われているペットたちに仮病や飼い主たちに困らせることをさせて、小さい主の祖母が経営している。「ペット何でも相談」の相談の依頼者になってもらう件を探させるのだった。全ての日課が終わり帰宅する頃には、小さい主が目覚まし時計を設定した時間の十五分前に着くのだった。そして、物音をたてずに寝顔を見てから良く手入れされている尻尾で、小さい主の顔を撫でるのだ。これで、小さい主のご機嫌が分かる。直ぐに起きてくれた場合は散歩が決まるのだが、前日に不機嫌な事があった場合や心身ともに疲れていれば場合の時だと、目覚まし時計が鳴るまで起きない。その時は残念だが散歩を諦めるしかないのだ。だが、最近は、祖母が入院してから一度の散歩もないのだが・・・。
「おはよう。また、起こしてくれたのか、ありがとう。本当に賢い猫だなぁ」
小さい主からの感謝の気持ちとして、頭を撫でてくれるので、気持ちが和むだけではなく、小さい主の朝食(お手伝いの者が買い置きしてある数枚のパンと牛乳)の時に、猫用の食後のおやつが貰えるし、共に食事が出来ることで満足するのだった。その後、朝食の片付け、洗顔と支度が終わると、学校に登校するのだ。後を歩く来夢は、小さい主の護衛のような気持ちなのか、学校まで付いて行く。そして、学校の中に入るのを見届けると家に帰るのだ。
今日はというか、最近は、祖母の病院に向かうのだ。だが、小さい主の気持ちでは、最近は嬉しくはない。確かに、小学校の低学年の頃なら学校中の人気者になって嬉しかった。今では、もう大人だと自分では思っているのだ。だから、恥ずかしい。それに、近所では小さい主が噂になっている「かわいい、かわいい大きな子猫ちゃん」と思われているのを知っているのだ。だが、猫の裏の顔とでも言うのか、町内の様子を見回りするのだ。人には散歩している。そう思われているが、本当は、祖母が経営する仕事の依頼を探しているのだ。その依頼を頼む代償として、ペットの願いや相談を必ず解決していた。
「誰かを仮病にでもするか、それとも、家から脱走させて捜索の依頼か・・・」
猫の言葉で、詐欺みたいなことを呟きながら今は一匹で町内を歩くが、本当なら直ぐにでも祖母の見舞いに行きたい。だが、治療費などの出費のために仕方がないことだった。すると、上空から自分を呼ぶ声が聞こえた。何だろうかと上空を見た。ペットとして飼うには珍しい鳶だった。その鳶が、直ぐに、自分が案内する家に来い。と、その家に泥棒が入り。その家のペットが刺されて死にそうなのだ。と、上空から叫ぶ声が聞いた。来夢は一瞬も迷わず。その家に直ぐに向かい。目的の家に着くと、塀の上に乗る。すると、カーテンが開かれてあることで家の中の様子が見えた。座敷犬が血を流して倒れている。恐らくだが、助かりたい一心で大きな窓ガラスの所まで這いずってきたが力尽きたのだろう。それでも、薄目を開けて呼吸している様子が見えた。それでも、家の中の泥棒の様子は見えないが、一日の様子を外にいる雌の犬が全ての状況を見ていた。もしかすると、瀕死の雄の犬の彼女かもしれない。それで詳しい状況を伝えることができた。その話だが、突然に泥棒が家に押し入り物色しているところに、その家のペットの犬が叫んだことで泥棒に包丁で刺された。だが、雌の犬は何もしなかったのではない。その犬を助けるためと、泥棒が逃げないようにと、近所の猫や犬などを呼び寄せて家の周囲で騒ぎを起こした。当然のことで、泥棒は逃げることが出来ずに、家に立てこもる。それが狙いだった。周囲に住む人々に警察に通謀することを考えて騒動を起こしたのだ。それでも、もし警察が来る前に泥棒が逃げられないようにするために、対策として、ペット何でも相談の猫である。来夢が、床下に潜って周囲の人にも、泥棒にも正体がばれないように人の言葉で叫び続けるのだ。
「家の中で隠れている者に伝える。直ぐに凶器を捨てて出て来なさい。この周囲は完全に包囲された。速やかに出てくるのです」
微妙な声の調子が、外国人が日本語を話す感じにも思えるが、泥棒も周囲に住む者や野次馬にも警察が隠れて交渉している。そう感じる叫びだったが、泥棒は出たい思考があっても、猫、犬、鳥などの狂ったかのような鳴き声で外に出ることは出来ないのだ。それでも、来夢は、警察が来るまで人の言葉を話し続けた。勿論、動物たちも叫び続ける。その中の一匹の座敷犬の雌が、特に心配そうに・・・。
「死なないで、死なないで」
犬の言葉で必死になって元気づけていた。その言葉が聞こえるのだろう。その言葉に答えようとして目を開け視線だけで気持ちを伝えようとしていた。その様子を見て?・・・・
猫は、数日前に一人の女性がペットを連れて依頼の相談に訪れた雌の犬だと気付いた。確か、その依頼内容は、子供を作らせたいが雄を見ると逃げ回るために駄目だと、それでも、何とか子供を作らせる方法の相談だった。その時の祖母の答えは、もう一度だけ試して欲しい。こちらでも、対策は考えておきますので、失敗の場合は、再度、訪れて欲しいと言っていた。それが、あの雌の犬には愛する犬がいることが分かった。他の雄の子供を産みたくなかったために逃げ回っていた。そう悟るのだった。これで、雌の犬の理由が分かり。依頼の対処の方法も考え付いた。直ぐにでも祖母に教えに行きたい気持ちだが、家の中で刺されたままの雄の犬が心配だった。そんな状況の間に、警察の車両が一台、また、一台と現れるが、警察は不審を感じるのだ。この場に警察が居るかのような説得の声が聞こえるが、視線に入る周囲には多くのペット達しか見られない。本物の警察は交渉している者を探そうとして行動を始めると・・・。
「・・・・・」
その交渉の説得は突然に止むのだ。それでも、先ほどまでの交渉の内容で、家の中にはペットの犬以外は、誰一人として人質は居なく、泥棒も一人しかいない。と、全ての状況を把握することが出来た。直ぐにでも警察は突入しようとする時だった。ペット達は突然に鳴き止むのだ。
「たった!助てくれ!」
家の外の状況が変わったことで泥棒は包丁を投げ捨てて家から出て来たのだ。すると、罪などの反省などの言葉よりも、周囲に居る動物が怖いから助けてくれと、泣いてすがるのだ。警察は、泥棒が話す内容に理解ができないが、直ぐに泥棒を拘束すると、数人の警察官が家の中の状況を確認のために直ぐに入り出て来た。それも、怪我をしている犬を優しく抱えて現れて、仲間の警察官に指示を伝えて動物病院に向かわせたのだ。すると、驚くことに、全てのペット達は、犬の命が助かることを知ったからなのか、一匹もこの場には残らずに消えるのだった。その中の来夢は、少々興奮していたのだ。それは、祖母が入院している病院に向かい。全ての報告するためなのだが、先ほどから興奮する理由は理解ができる。猫の内心では、全てのことを伝えれば、祖母が優しく何度も頭を優しく撫でてくれる。そう思っているようだった。今までの通りに何度も塀なども飛び跳ねては病室まで向かい。そして、勿論だが無事に到着するのだが、猫が期待していた窓から中の様子には、嬉しそうに微笑む表情も見られなく、当然のことだが、祖母も居なかった。
「なぉおおお!なぉおおおお!」
祖母に、「病室では静かにしないと、怖い、怖い所に、保健所と言われる所に連れて行かれるから静かにするのよ」そう言われて約束をしたはず。それなのに、泣き叫び続けた。ネコ科の特有の感覚であり。特に、猫には、死を感じる感覚があると言われているのだ。もしかすると、祖母の死期を感じてはいたが、予想していた死期より早いために感情が我慢できなかったのかもしれない。猫語で、「私の愛しい祖母様は、どこに?」と言っているに違いない。何度目の叫びだろう。まさか、猫語が分かるのかと、そう思う女性が現れた。
「・・・・・・」
一人の看護婦だった。いつから居たのか、病室の扉を開けて、窓の外に居る猫に、右手の人差し指を一本だけ唇に当てて猫を見続けるのだ。その意味に気づいたからだろう。鳴き止んだ。すると、ゆっくりと猫に向かって歩き出した。そして、窓越しだが、目の前に着くと、ゆっくりと、人差し指を唇から放した。
「来夢ちゃんよね。お願いだから静かにして、そうでないと、保健所って所に連絡しないと駄目なのよ。その人達はね。凄く怖い人なのよ。だから、お願い」
「・・・・・」
こくり、と頷いた。
「やっぱり、頭の良い猫ね。本当に、人の話を理解が出来るって噂は本当のようね」
「・・・・・」
猫は、無言になったが、綺麗な宝石のような目が看護婦に問い掛けていた。
「秋裕子さんはね。今、お風呂なのよ。だから、病室に居ないの。でも、もう少しで帰ってくるわよ。でも、午後の一番に来るなんて初めてでしょう。そんなに、会いたかったのね。何かが会ったの?・・・・まあ、人の言葉が分かっても人の言葉が話せるわけがないわね」
「・・・」
「良い子で待つのよ」
この階の全ての部屋に伝わる程の激し鳴き叫びだったが、看護婦の一人だけで現れ何事もなく帰るのは変だと思うのは当然だ。この階の患者は重病の患者だけという理由もあるが、患者が心の安らぎを感じるために上司などには報告しないで欲しいと、長期入院している患者が看護婦に頼んでいたのだ。それも、限られた看護婦だけが知ることで、この階以外には騒ぎが広がらないように隠すために、この個室に一人の看護婦だけで様子を見に来たのだ。それも、鳥や動物たちの訪れる目的は、祖母だと噂が広がっていた。その訳にも理由があった。この祖母が一般的の部屋から個室の階に移動されてから鳥、猫と様々な動物が窓の外を歩くのを見るようになったからだ。日にちが過ぎるごとに、祖母を心配しているようで窓の外で気持ちを宥める心地良い鳴き声や心配なのか無言で見つめる。そんな様子を見たことで噂の原因だった。特に、長く入院している者から親しい看護婦にお願いをされたことで、病状も鳥の鳴き声などで安定していることで仕方なく許されている感じだったのだ。それでも、祖母は、末期的な病状ではないし、高額な個室の料金を払えるほどの裕福でもないのだが、急に男性の部屋が必要になり。臨時的に数人の女性患者が移動になったのだ。それで、この階に移動したついでと言うのも変だが、精密な検査を勧められたことで、検査などの理由で病室に居なかったのだった。まあ、猫も今まで訪れた時間帯でないことも理由の一つであったのだ。
「今日は、来ないと思ったけど、来てくれたのね。ありがとうね」
「にゃ~」
「ちょっと、待っていてね」
直ぐに、と行動に移すが、それは、老婆の動き方でのことだ。病室の扉を開けて廊下を見るのだ。左右を見た後に、猫に向き直って何度も頷くのだ。その理由が猫に伝わり。
「祖母様。三月くらい前のことを憶えていますか、まあ、その時の依頼の件なのです」
「む~あああっペットの犬ね。たしか・・・子供が欲しい・・・だったかな?」
「そうそう、その事です。その理由が判明しました」
「本当なの!」
「そんなに興奮しないで・・・落ち着いて下さい・・・でね。依頼人を連れて来ても良いでしょうか、その確認にきたのです」
来夢の言葉で、祖母は立ち上がると同時だった。悲鳴のような声を上げたのだ。来夢は驚くよりも、祖母の咳込みと、突然の立ち上がりで貧血のようなふらつきを見て、まず落ち着くのを見てから続きを話し出すのだった。
「この病室に犬を入れるのは無理だと思うわよ。それに、わたくしが依頼を承諾したとしても、相手の方も困ると思うわ。そうでしょう。病人に依頼するの?。それに・・・まあ・・・」
「そうではないのです。依頼の完結する理由の内容と他に二つほど伝えて欲しいことがあるのです。一つは、依頼の報酬などを決めること、もう一つが、一番の問題と言うべきでしょうね。肝心なことなのですが、お願いしたいことは、小さい主様に任せることを人の大人の言葉として、未成年だとしても完結できると、依頼人に信じられるように伝えて欲しいだけです。その後の全ては、自分が解決します」
祖母は、少々だが、寝具の上で背もたれもない座り方で話を聞くのに疲れたように感じられた。それでも、コクリ、と小さく頷くことで、ペットの犬を連れてこないで依頼人だけなら病室で交渉してもいいと、その内容を猫に言葉にしなくても、その仕草である。頷くことだけで来夢には全てを理解した。そして、嬉しそうに帰宅するのだった。
ある学校の校門の前では、女の子の集団が年頃の時の特有の感情を表していた。その中心に何があるか分からない程の集団で、当然の反応として、男の子の方は、興味があるが恥ずかしい気持ちから少々急いで、女の子の集団から避けて校門から離れるのだった。その人の波は、はっきりと、女の子は集団の数は増え続けて、逆に、男の子の方は逃げる足の速度は早くなる。その中の人波の中で当然の反応として、小さい主も興味があったが恥ずかしい気持ちから同じように逃げようとしていた。なのに・・・・。
「ニャーニャー」
猫が助けを求める声とも、いや、待ちに待った人が来たことで嬉しい気持ちのように鳴きだすのだった。「えっ、嘘だろう」と、小さい主は、心の中で想像もしたくない。嫌な感じを感じたのだ。そんな時に、猫は、女の子たちの足元をすり抜けて、小さい主の胸に飛び込んだ。すると、当然の反応として、女の子の集団が、小さい主に集まるのだが、年頃の男の子の反応として二通りある。女の子と話ができる絶好の機会と思う者と、恥ずかしくなり逃げる者の方が多い。勿論と言うのも変だが、小さい主は、来夢を抱えながら駆け出して逃げるのだった。それも、人が居ない方に居ない方にと走り続けた。すでに、人が周囲には居なくなり。なぜか、学校からも遠く、自宅とは反対の方に走り続けてた。そして、有る神社の境内にいた。
「・・・・・・」
来夢を抱えたままのことだった。この場に居ることに驚き、なぜ(自宅ではなく神社)なのかと思考していたのだが、勿論だが、何も答えが出るはずもなく、それでも、何かに誘われたかのように猫に視線を向けた。そして、前に本を読んだ時の内容が思い出されたのだ。確か・・・と、猫と犬の違いがあると、犬は飼い犬でも野良でも犬の場合なら、どんなに可愛い犬だとしても触ってみたいと、感情が膨らんでも、一歩を踏み出す前に、一瞬だが、必ずためらうと(噛みつかれる)そう思うのだ。だが、猫の場合は、まるで、何かに誘われるかのように何の恐れも、何の不審もなく、まるで、操られたかのように近づき、手を伸ばすが、猫が逃げた時に気付くのだ。それも、(自分が怖かったのかな)と、驚く言葉を言ってしまうのだ。それに、猫は何かを招くとも言われていることで、人を迷わすだけでなく、不思議な能力があると、猫の全てが解明されてないだけで、今後の研究に期待して欲しい。そう書かれてあったのだ。
「小さい主様。もう大丈夫です。地面に下して下さい」
先程の思考の内容は消えていただけでなく、素直に来夢の指示に従うが、直ぐに、洗脳が解けたかのように、過去の記憶が思い出された。その記憶から心で思った感情が言葉として出ていた。
「下校の時は来ないでくれ。そう、言ったはずだぞ」
「そうでした・・・それでも、祖母様の許可は得ました」
「まさか!」
「それは、ないです。考え過ぎです。特に、病状の変化はありません」
「そうか・・・良かった」
「小さい主様。元々は、この神社にお連れする考えでしたので、丁度良い機会なので理由をお話します。それは、以前に、依頼に来た。女性と犬のペットの雌のことですが、憶えていますか?」
「いや、分からない。それで・・・」
「その時の依頼は、飼い犬の子供が欲しい。その相談だったのです。そのために五度もペット屋に頼んだのですが、その雌の犬は逃げ回り続けるために交尾までの関係にならない。そう言われたのです。その時は、対策を考えますし、そちらも、再度、試して欲しいと伝えて終わったと思っていたのです。ですが、理由が分かったのです。人の考えではありえない。そう思うことですが、好きな雄犬がいたために、その雄の子しか産みたくなかったのですよ。それを最近になって分かったのです。ですから、もう一度、相談者の人と話をして頂きます。それも、依頼者は、二、三日の間に再度、訪れるはずです。もし訪れなくても、今日から五日でも過ぎた頃に、小さい主さまに、依頼者に電話してもらいます。ですが、会話などの全て、わたくしが、依頼の内容の確認と費用などの説明と、書類の手続きなどをするために、再度の事務所の訪問をして欲しい。そのような内容を全て、来夢が電話の対応で伝えます。まあ、電話なら猫だと分かるはずもないので、安心して全てをお任せ下さい」
「うぅ~・・・ん。分かった」
「それで、小さい主様が、することはですね。未成年とは知られないように堂々として大人らしく話すのです。もし未成年だと知られても大丈夫です。祖母様から依頼者に話は伝わっています。それで、その内容とは・・ですね・・・なぜ、雄の犬から逃げ回るのか。その理由を調べる。その件が依頼の内容ですね。それでしたら、依頼を受けます」
「・・・・」
「そう言って欲しいのです。そして、依頼者が書類の内容を確かめるために読んでいますので、その時です。その理由が分かれば子供が作れるでしょう。
と、そう言ってくれたら完璧です」
「そうか・・・出来るだろうか・・・」
来夢の方は、小さい主が思案している途中など関係なく勝手に話を続けた。
「まず、この場に、噂の二匹の犬がいますので会わせましょう」
「え!」
驚くのは当然だった。すでに、全てが終わっているのかと、なら、そんなに勿体ぶったことをするのかと、などなどと、問い掛け用とした。だが、すでに、次のことを考えているのか、何を始めるのだ。そんな思考のまま、チラチラと、周囲を見た後に、来夢が何かを呼ぶような鳴き声を上げると、直ぐに犬の鳴き声が聞こえた。その返事をしたのか、一声だけ鳴いた。恐らくだが、動物の共通語なのだろう。二匹の犬が現れたのだ。
「ほう・・ほうほう」
小さい主が驚くのは当然の反応だった。雌の犬は、毛並もつやつやで一本の毛の乱れもない綺麗な毛並で、最新と思える話題の毛並の切り揃えなのだと、もしかすると香水も使っているかもしれない程で、犬の姫様と思う感じなのだ。恐らく、犬だけを専門に扱う店であり。その対応する者も有名なのだろう。だが、相手の雄の犬の方は、雌と同じ犬種で血統証もあるはずの高級な犬だろう。それでも、まったく美には興味がないのだろう。自宅の風呂で飼い主と一緒に入って洗ってもらっているはずと思える。それでも、素人が毛並などを整えている感じで雄だが清潔感がある。そんな雄の犬と思える様子だった。だが、誰が見てもお似合いの雌と雄の連れ合いとは思えないのは確かなことだった。
「ニャゴーン。ニャゴーン。ニャ、ニャ!」
二匹の犬を小さい主が見続けたからなのか、雌の犬が文句でもあるのか、猫の鳴き声に似た感じで鳴き続けるのだった。それでも、意味が分からずとも、何か理由があって鳴いていることには気付くのだった。恐らく、動物界の標準語なのかもしれない。もしかすると、この地域の代表が来夢であるために、猫語とも思えた。
「この雌の犬が何を言っているのか、それを教えますね。その内容を飼い主に言うか、それは、お任せします」
「頼む。全てを聞いてから考える。それでも、いいのか・・・」
大きく頷くと、話を始めた。
「侮辱されたって、憤慨しているのですよ。それはですね。自分と同じ犬種なのだから姿かたちでは性別は分かりません。そう思われるのは当然なのですが、自分と同じ毛並の切り方だけでなく、身体に付けている香水まで同じなのです。まあ、人に飼われている。その飼い主の好みだから仕方がないですが、一番に怒りを感じるのは、同族の雄のことらしいのです。確かに、理由を知って、猫である自分でも分かります。本当に、正気を疑う言葉なのです。挨拶もなく、会って直ぐに「やらせろ」と叫びながら向かって来たらしいのです。それでも、盛りの時は別の人格みたいな状態になるので分かることは分かるのですが、あまりにも酷すぎるでしょう。そう訴えているのです」
「そうだったのか・・・う~む・・・・」
(そんな同族の姿を見て、それで、この雄が好きになった。と言うことなのだな)
「どうしました。小さい主様?・・・・」
「何と言うか・・・また、雌の犬を怒らせるかもしれないが、この雄の血統証を見ることができないか、その血統が良いのかを調べてから依頼主に見せるか、何も調べることもなく飼い主に血統証を直接に見せれば、まあ、良い結果になるかもしれない。どうだろうか?」
「二匹が愛し合っている様子を見せるよりも、そんな紙片が重要なのですか?」
「ああっ、そうだ。それが、一番可能性が高い」
「分かりました。それが、出来るか、出来ないか、数日の間にお知らせします」
「うん。分かった。それでいい・・・では・・・・・・どうしようか・・・・・」
「何が・・・ですか・・・・小さい主様?」
猫の癖なのか、本当に悩んでいるのか、それは、分からないことだが、コマ送りのような動きをする。首をゆっくりと左右に動かして傾ける。猫好きは、この瞬間の姿を見たいから猫を飼っているなどの噂を聞く程で、一度でも見た者なら一生の思い出にしたいと目に焼き付けようとするだろう。それ程までに、目の前の様子を見れば、老若男女の全ての者が猫を飼う理由も猫を好きになる理由も分かるはずだ。
「家に帰ろう。そう言いたかっただけだ」
「・・・・・う・・・ん・・・そう・・・そうですね。家に帰りましょう」
来夢は、仲間の動物たちが、人の言葉を聞いたからでも、仲間に視線を向けた理由が分かったのではない。ペットたちの仲間も都合と言う時間制限はあるのだ。日が暮れる前には、自宅に帰らなければならない。飼い主が心配するし、その他の家族の出迎えもあるからだ。そして、猫の仲間たちは、視線で帰る。と向けるだけで神社から消えるのだ。そして、最後の一匹が居なくなると、小さい主に、人の言葉で返事を返すのだった。
「うん。なら、抱っこしてあげるからおいで!」
「それでは、小さい主様を守れません。お姉ちゃんは大丈夫ですからね。だから、安心して下さい」
「・・うっ、はぁ・・」
小さい主の気持ちでは抱っこして歩きたかった。だが、するりと、両手からすり抜けると、先頭を歩きながら時々振り返るだけではなくて、立ち止まって、自分の後ろを無事に付いて来ているのかと、確認しているようなのだった。それを、小さい主は、可愛いと思ってしまうのだ。
「にゃーにゃにゃ」
無事に家に着き、玄関の前で扉を開けてと鳴くのだ。その姿を見て一瞬だが、思い出すのだ。いや、正確には思い出すのではなく、脳内の片隅に微かな記憶とでも言うか、今の目の前の猫と重なるのだ。幼稚園に入る前の頃に、思い出も記憶も残っていないはずの猫に守られていた。あの当時の頃、いや、本当に猫を姉だと思って頼っていたこと、そして当時もしていただろう。猫の頭を撫でると、嬉しそうな笑顔を見せる。その後に、抱っこしながら玄関の扉を開けて家の中に入るのだ。
「ふっ、う・・・」
猫は、小さいため息を吐いた。その視線の先は、廊下の隅に置いてある。カリカリ、猫の缶詰、水、が置いてあるのだ。昨夜に見た物とは違う物だ。夕方だけ来てくれる。お手伝いの人が用意した物だと分かったが、人から見ても食欲を感じる物ではない。
「俺と同じ物で良いのなら半分ずつ分けて食べようか?」
「本当ですの!!!」
「カレだったら、ごめんな。食べられないだろう」
「なななっんて、ことを言うのです。小さい主様と同じ物が食べられる。それも、同じ食卓でと言うなら何の食べ物でも愚痴なんていいませんよ」
「そうなのか・・・なら、居間に行こう。食事の用意がしてあるはず。一緒に食べよう」
(でも・・・確か、猫は・・・)
「はい。楽しみです」
小さい主は、内心で疑問に思うが、目を真ん丸に開けて、キラキラと輝きながら嬉しそうに喜ぶ姿と声色を感じて、共に喜ぶのだ。
「ちいさい主さまと同じ食べ物、♪、るんるん、♪。ちいさい主さまと、同じ食卓、♪♪るんるん、♪♪。ねね、小さい時に、シュークリームで喧嘩したのを憶えている?・・・それに、かつ丼を食べている時も喧嘩したわね」
「憶えていない。って言うか、猫って、そんなの食べるのか?」
「シュークリームは、クリームだけ、かつ丼は、ふわふわの卵だけね」
「ほうほう。それは、怒るのは当然だね。それで、誰が、残った物を食べたのだろう」
「それは、小さい主様ですよ。たぶん、私が食べないと思ったのでしょうかね。泣きながら残ったのを食べていましたよ」
「そうだろうな・・・・それは、泣くのは当然だろうな・・・あっ!」
小さい主は、猫と話をしながら夕飯は何だろうかと、冷蔵庫、電子レンジ、戸棚と扉を開けては期待を込めて探していた。それも、食事が用意されているとしての行動だったが、ある場所を探しつくすと、一番の予想されていた料理である台所に足を向けて、ガスレンジに視線を向けると、やはり、大きな鍋があるのに気付くのだが、猫に済まなそうに視線を向けるのだ。
小さい主は、ちらっと、ガスレンジの上の鍋を見た。それは、カレーライスを作る時の専用の鍋であり。それ以外の用途が限られていた。そのために、他になにか、猫が喜ぶような何か食べ物がないかと、周囲を探したが何もなく、仕方なく、正直に言うのだった。
「ごめん。カレーライスらしい」
「良いですよ。ん?・・・でも、匂いが・・・違う匂いがする・・・・昔々に嗅いだ感じがする。それに、心が痛いと言うか、でも、懐かしいような嬉しい感じもするよ・・・」
「あっ、ハヤシだ!」
小さい主は、鍋を開けると、直ぐに振り返って猫を見るのだ。すると、猫は驚いて意味を問い掛けるのだ。
「ハヤシ?・・・・あっ!」
来夢は、何かを思考して何かを思い出したかのような驚きを表した。それでも、口に出して良いことなのかと、小さい主に視線を向けながら悩むのだった。
「ん?・・・・どうした?」
「これは・・・その・・・この料理は微かに記憶があるのです。それも、他人の記憶のように感じるのは・・・恐らく、生まれ変わりの前の記憶で、余程の事で心に残ったはず。それが、何なのか分からない。美味しい味だったのか、嬉しいなにがあったことで転生しても残った・・あっああ、だんだんと、思い出されてきました。当時の主人様と食べた料理です。たしか、カレーライスの原型とも言われている料理で、文明開化の味がすると当時では話題の料理で、主人様と二人で食べた料理です。それも、猫にも食べさせたいために持ち帰りは無理だったのを親に食べさせたいと嘘まで言って持ち帰ってくれました。それも一人前だけの物を分けてくれて一緒に食べたのでした。もしかすると、その嬉しさと感動と美味しいかったことで、初めて人の言葉を話したような感じがします」
「そ、それ程の味だったのか!」
「そうだと、思います」
「それなら、食べない方がいいかもしれない。そんな、転生しても残る思い出の味が、普通の味以下の味と重なって全ての思い出が忘れるかもしれないぞ」
「そ、そんな!この世の小さい主様との思い出の方が大事です!」
「そうか、そうか、なら、食べようか、あっ、でも、俺の半分の量でいいのか?」
「はい。でも、足りない時は、お替りしてもいいのですか?」
「勿論だよ」
「ありがとうございます。それと、もう一つですがお願いがあります」
「何だ?」
「小さい主様の顔を見ながらゆっくりと食べたいので、食卓の上で食べるのを許してくれますか?」
「かまわないよ」
「きゃ!ありがとうございます」
小さい主は、ハヤシライスの皿を自分の手前に置くと、その手前に猫の皿を置いて装い終わると、ハヤシライスの皿を猫の目の前に置いた。すると、悲鳴のような感謝の言葉を何度も聞いた。なんか気持ち的に、普段から何度も食べていることで、初めは食欲がなかったのだが、猫の嬉しそうな様子を見てから自分も一口を食べたのだ。そして、猫がペロペロと食べながら感謝の気持ちなのか視線を向けるのだ。それも、目をキラキラと、綺麗で純真な瞳を見て・・・。
「おいしいか?」
驚くことに、問い掛けていた。
「う~ん・・・・とっね。思っていた通りの同じ味を感じます・・・でも、料理が熱いからなのか、香辛料がきついからなのか、なんか、舌が馬鹿になってしまったようなのです」
「そうなのか、なら、違う物でも作ってやろうか?」
「いいえ。お腹も心も幸せで一杯です。ですから、一生の思い出になりました」
「そうか、そうか、でも、一生の思い出とは大袈裟だよ」
「嬉しいですけど、でも、この場に祖母様も居てくれたら、もっと嬉しかったです」
「そうだな。明日にでも、婆ちゃんの病院に行くか最近は会ってないだろう。ハヤシライスを持参する気持ちだから、その袋の下にでも隠して連れて行けるぞ。どうする?」
「何を言っているのです。明日は、依頼者と会う約束なのですよ」
「あっ!」
「そんな状態では明日の計画も忘れているでしょうね。だから、もう一度いいますね」
来夢は、まずは、と始まり。依頼者が来る前に、隣室の固定の黒電話と事務所の電話を繋いでおくこと、そして、依頼者と面談する時に、自分は事務系なので全てを助手に任せているのです。と電話での対応をお願いするのです。だが、肝心なのは、直ぐに電話を掛けますので少々お待ち下さい。などと、適当な話をしながら依頼者が何も返事を返さないように適当な話題を話しながら電話を掛ける振りをするのです。そして、直ぐに電話が繋がりました。と依頼者に返事を言う暇も与えずに手渡してくださいね。その後は、お姉ちゃんが全てを説明する。その内容の中に、この会社と、小さい主の優秀なことを伝える。それで、一番の重要なことは、電話を切った後です。未成年なのを隠し、真面目に依頼を考えていることを示しながら必要経費の前金で十万円が必要だと伝えて欲しいだけでなくて、経費と報酬を承諾してもらうのです。そう言うと、小さい主が不安そうな表情を浮かべるので、微妙な表情の変化だが、猫としては満面の笑みを浮かべているのだろう。それはまるで、人なら胸を叩いて、任せろ。とでも言っているようだった。それでも、最後の確認と勇気づけるためなのだろう。途中で駄目だと思った時には、両腕を組んで、今回のことで思案をしているように、大人らしくどっしりと構えて下さい。そんな姿を見ると、大抵の人は、数日分の経費だけ机の上に置きながら「数日の間に何かの進展があれば、報酬などの話をしましょう」そのまま無言のままで構いません。恐らく、依頼者は帰ると思いますが、あとは、大丈夫ですから何も心配しないで、全てをお姉ちゃんに任せなさい。と、念を押す感じで、小さい主に指示をするのだった。
「分かった。もしもの時は、そのようにする」
「まあ、全ての計画が失敗したとしても、依頼者に承諾さえしていれば、最後の手段として運命の振り返りに期待するしかないでしょう。それで、犬が居る場所を教えて、成功報酬だけで、良し。としましょう」
「運命の振り向き?・・・それは、なんだ?」
「知らないのですか。それは、好き同士の出会いの瞬間ですよ。偶然に、通りを歩いていると、どんな人込みでも、何気なく振り返ると、愛しい人と出会う。そして、愛しい人が振り返って、視線が合えば、どんな困難でも結ばれる。と伝承が伝わっている。女性が愛しい人を諦めて違う男と結婚を決めるための最後の手段であり。希望を試す手段なのです」
「ほうほう。と言うことは、犬と犬の愛を確かめるのだな・・・だが、成功するかな?」
「小さい主様は、まだまだ、若いですから分からないでしょうね」
小さい主は、ムッとして、睨みつけた。
「もう、怒らないで下さい。冗談ですからね。でも、もしかしたら、作戦が失敗した場合は、依頼者の家に訪問する可能性もあるのですよ。そんな意味もふくまれた言葉の意味なのですからね」
「え!何をやらせるのだろう。凄く不安だ」
「まあ、二匹の飼い主の写真という物を見せ合うだけです。二人は、独身ですからね」
「ほう、それって、飼い犬同士だけでなく、飼い主の二人も結ばせるって意味かな」
「そうです。それが、考えられる一番の確実な方法でしょう」
「う~・・・ん。そんな簡単に恋人になれる・・・かな」
「確かに、そうね。小さい主様の言う通りに、私達のような犬や猫と違って、人って好きになってから結婚するまでの選択肢が多いからね」
「それなら、なぜ・・・?」
「それが、運命の振り返りなのですよ。小さい主様。クスクス」
小さい主は、馬鹿にされた感じを受けたが、愛、恋などの感情は、まだまだ、理解ができず。まさか、飼い猫に問い掛けることも出来ず。それでも、不愉快だと伝えるかのように視線を逸らすことで反撃するのだった。そんな、未成年の男の感情など手に取るほどに理解している、そんな猫だった。
「もう、だから、全ては、お姉さんに任せなさい」
「何をするのだろう?」
「それはね・・・・まあ、明日の依頼者の後に、祖母様に依頼料と結果の報告を伝える時にでも、だから、今日は、ここまでにして、皆が一緒の時に話し合いましょう」
「まあ、そうだね。そうしよう」
小さい主は、なに一つとして不満がないと、そう思うような満面の笑みを浮かべた。
「本当なら食事の片づけは、お姉ちゃんに任せて。と、あとは、ゆっくりと、お風呂に入って寝る支度をして下さい。そう言いたい気持ちなのですよ。でも、無理、台所の所に置いてお手伝いの人に任せるために置いておきましょう。だから、少しでも早く明日のためにもお休み下さい」
「あまり、子供のような扱いはするな。本気で言っているのなら怒るぞ」
来夢は、小さい主から言われたことで、しゅんとしてしまった。そんな姿を見ては、猫の飼い主としては、当然の反応として、当然の言葉を言うのだった。
「一緒に寝ようか!」
「はい。♪♪」
「直ぐに食事の片付けと、お風呂に入ってくるから先に部屋に行っていてくれないか」
「はい」
猫は、尻尾を太くさせて、何かの獲物でも捕らえる時のように狙いの構えをした後には返事と同時に、小さい主の部屋に向かって駆け出すのだった。その後・・・・。
「そうだと、思った」
一時間後くらい過ぎて自室に戻ると、来夢は、待つことが出来ずに寝具の上で寝ていた。
「おやすみ」
起こさないように優しく頭を撫でて囁くのだった。そして、普段の通りに猫を起こさないように、ごそごそ、と、微細な音も立てずに布団の中に入るのだった。勿論とは変だと思うが、猫は寝具の中心の上で、仰向けで手と足は伸び放題にして寝ているのだが、部屋の主は、布団の隅で手足を縮めて丸くなって寝るのだった。だが、数時間が過ぎると・・。
「この寝相の悪さは、何とかしないと、未来の奥さんが困るだろうな・・・・う~」
と、猫も普段の通りに、足で蹴られて起こされて、同じような言葉を呟きながら寝具の隅に移動して、再度、寝るのだったが、猫の方が早起きだったことで、小さい主は、猫が隅に移動して寝ていることにも、勿論だが、自分の寝相が悪いことも知ることもないのだった。そして、時間が過ぎて、そろそろ、日の出の時刻になろうとしていた。
「今日も天気が良いと♪、良いな♪」
猫の毎日の日課が始まった。それは、家にある全ての窓から外を見る。天気が良いと上機嫌で家の中の害虫退治などの見回りをするのだ。そして、最後に、小さい主の部屋に向かい。暫くの間だが寝顔を見て楽しんだ後に、それも、目覚まし時計が鳴る。その少し前に、毎回、起こす方法を考える。今日は両の前足で顔の頬やおでこなどを踏み踏みと、優しく起こすのだった。
「おはようございます」
「おはよう。今日も起こしてくれたのか、ありがとうなぁ」
「はい。そうですよ。今日も良い天気ですよ。だから、早く起きましょうね」
「でも、今日は、散歩は無理だよ」
「残念ですが、分かっていますよ。家に依頼者が来るのですからね。それも、学校にも連絡しなくては、風邪で休みます。そう言わなければね。でも、午後からなら外出しても大丈夫と思いますが、朝では、友達に会うかもしれません。ずる休みだと、そう思われては困ります。だから、何も気にしなくて良いのですよ。ただの日課で外を見ただけ・・・」
何度も、残念そうだと、長々と外を見ながら話すのだった。そんな様子を見ては、何て言っていいのかと、困り果てるのだった。
「今日、朝に・・・・お手伝いのおばさんが・・もう来てくれたみたいだな」
「そうですね」
「それだと、今日の朝食は、なんだろうなぁ。楽しみだなぁ。一緒に食べような!」
「はい。嬉しいです♪。朝食から小さい主様。と一緒に食べられるなんて♪!!!」
猫の微妙な表情からでも、嬉しいと分かる。笑みのような表情を見たことで安堵する気持ちと、猫好きなら当然の反応である。かわいい。かわいい。と思って抱きしめる気持ちを抑えるのだった。猫も気持ちが収まってきた。その証拠のように尾っぽを太くさせていたが小さくなっていた。
「それでは、急ぎましょう」
そう言うと、小さい主が寝具の布団を整えている時、その布団の上に登って両手、両足で、布団を踏み踏みと直そうとするのだった。幼い頃は、その様子を見て布団の整えの要領の参考になったし、一人では大変だったので猫でも嬉しくて褒めたが、今では、邪魔と感じて来た。それでも、今でも嬉しい気持ちがあり。動画のカメラがあれば直ぐにでも撮影しただろう。それと、最近になって祖母から聞いたことだが、その布団の整えは、猫も家の者も皆が出かけた後に、祖母がやり直したと聞いたのだった。
「おおっ終わった。終わったぞ。来夢。手伝ってくれて本当にありがとうなぁ」
「いいえ。小さい主様が幼い頃からしてきたことなのです。感謝の言葉は必要ないですよ。それに、私も布団の上で寝るのですし、これも、楽しいですしね」
「うっ・・・まあ・・なら、良いが、下に降りようか、朝食は何だと思う?」
「なんでしょうね♪。なんでしょうね♪」
それも、先に一人で駆け出すだけではなくて、何度も何度も歌を歌うように同じことを言いながら降りて行くのであった。もしかすると、猫は、階段の上り下りに手足をごつごつと骨のぶつかる音が聞こえるのだが、痛みよりも、嬉しい気持ちで痛みを感じないのかもしれないし、もしかすると、ゆっくりだと怖いのかもしれない。その様子を見ながら階段をゆっくりと下りて、台所に着いてからフライパンの蓋を取ってみると・・・。
「かつ丼だな。なら、豚の肉だけを衣からほぐして残りをご飯の上に盛ったら食べられたよな。それで、いいか?」
猫は、少しがっかり。と残念そうに頷くのだった。
普通の家なら猫がテーブルの上で食事をするのは、人としても猫の躾にも行儀作法には反しているが、子供の気持ち的には大人が居ない時にしたい。その一つに入っているだろう。それ程までに料理が作れない子供には、自分で料理を作った時の喜びのように美味しそうに食べる姿が見たいのだ。
「ごちそうさま。ん?・・・やっぱり、魚の方が良かったか?」
「いえ、そんなことは、ありませんよ。先程に毛づくろいをしたから、毛玉が喉に引っかかっている感じで吐きそうなのです」
「大丈夫か?」
「外に出て来ます。直ぐに戻りますが、その後に、自分で学校に電話をするのですからね」
「でも、病人が電話するのって、変だと思うけど・・・・」
猫のために常に、少しだけ開けてある硝子の扉から外に出ると、小さい主は呟くのだったが、一分も過ぎない頃に、姿を現すよりも言葉が返ってきたのだった。
「やれやれ、困った弟だ。目上に理由を伝えることも出来ないとは、本当に情けない」
「それとは、違う感じに思うけど・・・だって・・病気なら・・・」
小さい主は、猫の不満そうな声を聞いて全ての感情であり。心の思いを言えなかった。
「そうでしょうか、ですが、祖母様も言っていましたよ。最近の子供って、すでに成人男子なのに何かと困ると親に頼む。本当に情けない男が増えた。と、嘆き悲しんだ後ですが、なぜか、苦笑いを浮かべて何か分かりませんが、うんうんと、納得していましたよ」
「そうか・・・そんなことを・・・でも、納得したのは、たぶん、本当に熱が出ていたら起き上がることが出来ないからだと思う。それに、最近の先生は、電話が出来るのなら一度は学校に来て保険室の先生に診てもらえ。そう言うらしいよ」
「そうなのですか、それでは、仕方がありませんね。お姉ちゃんに全て任せて下さい。小さい主様が学校を休めるように言い含めます。でも、夕方で良いですから一度だけでも電話を掛けて下さいね。それと、九時には依頼者がきますからね。ん?・・・今は、何をしているのですか?・・・お姉ちゃんの話を聞いていますか?」
突然に、小さい主が無言になるために不満を感じていた。
「分かった。分かったから・・今は便所だよ。便所の時くらいゆっくりさせてくれよ」
「すみませんでした」
来夢は、答えるが、犬と違って猫は、待つと言う思考はない。だから、猫は、気まぐれと言われているが、その猫の行動などが猫好きの理由でもあった。だから、予測が出来ない行動をする。いや、もう先程の小さい主の言葉は忘れているかもしれないし。もしかすると、何かを感じたのかもしれないのだ。
「なっ何しているのだ?。そろそろ、依頼者が来るのだぞ」
小さい主は問い掛けた。
小さい主が驚くのは当然だった。便所から出てみると、部屋の中は、まるで、大きな地震でも起きたかのような散らかりようだった。そんな部屋の中心で、普通の猫ならゆっくりと首を左右に傾けて「何?」と問い掛けるようにした後、身支度を整えるために両手で顔を洗うのだ。それも、丁寧に、身体まで整えながら「何を怒っているのですか?」とでも言っているように可愛く鳴くだろう。だが、来夢は、人の言葉で、「外に友達が来ていたので、だから・・」と、嘘だと分かること言うのだ。だから、理由を聞かずに嘘を信じるしかなかった。でも、猫の内心の気持ちは、(ごめんなさい本当のことを言えないのですよ。本当の事を言えば、小さい主様が嫌いな。依頼者でも怖がる。驚きの生き物であり。黒光りの恐怖の生物である。あのゴキブリが出たのですよ。もし知ればショック死するかもしれません。でも、でも、安心して下さいね。何も問題なく退治しましたよ)
「そんなに、不満を感じていたのか、ごめんな。散歩がしたかったのだな。ごめんな・・・でも、片付けが先だから・・・客が来るだろう・・・」
小さい主は、手を休みることなく、急いで家の中を特に居間と台所を片づけ始めたのだ。だが、猫が、何も言わずに見つめるので・・・。
「そうだ。先に、学校に電話する。風邪で苦しそうにしながら挨拶だけして、電話をかわるね。あとは、先生に良い言い訳を言ってね。おねえちゃん♪」
「うんうん。お姉さんに任せなさい!」
それから、直ぐに掃除の手を休めて学校に電話をするのだ。勿論、風邪で苦しそうに挨拶だけ言うと、激しく咳をして床に電話の受話器を置くのだ。その意味が分かり、直ぐに猫は、先生と話を始めるが、会話の内容が耳に届き、まったく、意味が分からない理由を言うことで、先生も理解しようとして三十分は話をしただろう。恐らく、次の日でも学校に行ったら先生に意味を聞かれるかもしれない。だが、今日の休むことは成功するのだが、許可の理由は、猫が話す内容が分からず。それでも、先生の方で解釈した結果は、自分の生徒の一人で、生徒の名前と自分は保護者だと、それだけは、分かったが、正気を失くすほどの重体だと思って、「今日は、学校を休んで、十分に体を休ませて下さい」
それだけを伝えて電話を切るのだった。
「小さい主様。今日のお休みの許可を頂きましたよ」
「お姉ちゃん。ありがとう」
感謝の言葉の後に、受話器を置いて、再度、電話を掛けるのだ。それも、隣室の固定電話に電話を掛けて、手に持つ受話器をテーブルに置いて、直ぐに、隣室の電話を出て直ぐに、先程と同じようにテーブルの上に受話器を置くのだった。
「計画の通りに電話をしたよ。後は、依頼者が帰るまで隣室から出ては駄目だからね」
「大丈夫だからお姉さんに任せなさい」
「うん」
「・・・・・」
依頼者の表情には、早い時間に来たことで、暫くの間、玄関の前で待っていたが、家の中が騒動しくて、呼び鈴を鳴らす勇気はなく待っていた。それでも、訪問の予定時間の九時、丁度になると呼び鈴を鳴らして待った。すると、女性は、直ぐに対応に現れた者を見た。不審と不満と信じられる者なのかと考えている表情を浮かべた。すでに、来夢は呼び鈴の音が聞こえると、直ぐに、隣室に駆け込んでいたのだ。その姿を確認すると、小さい主は、室内用のスリッパを差出しながら依頼者を招き入れた。女性は、間近で見ると、男に一瞬だけだが驚きの表情を浮かべる。未成年だと思ったのだろうが、有り得ない考えだと思い。気持ちを切り替えた。でも、失礼な事を考えた。その謝罪の気持ちからだろう。まるで、古風な良家の子女が謝罪の礼と出迎えてくれたことに礼を返したのだ。それは、完璧な姿なのである。もしかすると、現代でも貴族が存在しているのでは、としか思えない様子を見せるのだった。
「どっどうぞ。中にお入り下さい」
未成年の男性には刺激的で動揺するのは当然であり。どもってしまっただけではなく失礼な挨拶はしてないかなどの気持ちも、何を言ったのかも分からない状態だったが、やっとの思いでスリッパを渡すことができたのだが・・・。
「ありがとう」
「いいえ。依頼されるのは、その犬ですね」
女性は、犬を見せる気持ちだったのか、スリッパを履いたまま立っていた。もしかすると、小さい主から席を勧められるのを待っていたのだろう。それとも、子供が留守番をしているとでも思ったのか、それで、どんな態度をしていいか迷っている感じだった。
「どうぞ、お座り下さい」
「・・・・・あのう」
「あっ、依頼の件は伺っていますが、直接の対応する者は別にいます。その者は、計画を実行する計画のために外出していますので、電話での対応でも宜しいでしょうか?」
小さい主は、一目惚れでもしたかのように惚けて女性を見つめ続けた。女性は、一分以上は待っていただろう。だが、仕方がなく、自分から問い掛けた。
「あっ、うんうん。別の専門の人がいるのですね。それで、構いませんよ」
「それでは・・・」
この室は、一般的な事務所と応接間を兼用している椅子から立ち上がり。隅にある簡易的な机に座り直すのだった。そして、直ぐに受話器を手に持ち電話を掛ける仕草をしたのだが、勿論すでに電話は繋がっているので、電話本体を手に持ち、女性の前に置くと、受話器を手渡すのだった。
「今回の対応を任された。来夢といいます。宜しくお願いします」
猫は、「もしもし」と聞こえると、話を始めた。依頼者の女性は、驚きの一言と、頷くだけで答えた。その話も終わると、少々怒りの感情が含まれた言葉で、最低でも血統証のある犬で、勿論、同じ犬種であり。同じ毛並の犬なら依頼したい。そう言うのだった。
「それは、勿論です。御安心下さい。それでは、手続きと、最低限の前金の話を事務の担当の者の話を聞いて下さい」
「・・・・もしもし?」
「あっ、外回りの担当の者からの話が終わったのですね。それでは、受話器を受け取ります。それと、今の電話の話しで当方に依頼を致しますか?」
「はい。お願いしようと思いますが、一度、その犬に会うことは出来ますでしょうか?」
「そうですか・・・・それで、外回りの担当の者は、何と答えましたか?」
「雄の飼い主に聞かないと、返事ができません。そう言われたのですが・・・」
「そう言う対応の指示されたのでしたら、自分からは、その指示の通りの対応でお願いします。としか言うことしか、今は、それ以外は出来ません。その対応で構いませんか?」
「うぅ~ん」
「お悩みなら・・・今でなくても・・・」
「いいえ。お願いします」
小さい主は、頷くと、契約書を手渡して、依頼者は直ぐに読むと、決められた金額と印鑑と明記してあったことで、後で、郵送すると言って、深々と頭を下げて、依頼を頼むのだった。大人の女性だと言う訳もある。それに、初の仕事だと理由もあり。まるで、丁稚のようにペコペコと、依頼者が笑みを浮かべる程の態度だったが、逆に、真面目な対応をしてくれると、安心して帰るのだった。そして、玄関が閉まる音がすると、興奮しながら来夢が小さい主の腕の中に飛び込むのだった。
「だから、言ったでしょう。この後も、全てをお姉さんにお任せ下さいね」
「うん。お願いするね」
「お姉さんは、これから直ぐに、計画の通りに実行します」
そう言うと、小さい主に猫らしく可愛く鳴くと、小さい主は、玄関を少し開けて外に出すのだった。猫の行き先など心配せずに玄関を閉めて帰って来るのを事務所で待つのだった。そんな、小さい主の気持ちなど知らずに、まずは、依頼者の相手の犬の雄がいる家に向かった。家に着くと、家の主には気付かれないように外から猫の言葉で飼い主は居るかと問うのだった。家の中にいる犬が勿論だと答えたのだろう。すると・・・。
「嵐(あらし)と言う名の犬の飼い主は、御在宅か?」
数日前の警察の騒ぎの時のように姿が見えないが、人の言葉が聞こえるのだ。
「は~い」
と、玄関の扉を開けて外を見回すが、訪問客など居るはずもなく、居るのは、いつ家から出たのか自分の飼い犬だけだった。外に出ている犬の方が心配で、声の主を探すより家の中に戻すことに気持ちが向いていた。だが、声の主の話は聞きもらしてはいない。
「そのまま聞いて欲しいのだ。当方では、無許可の恋愛相談所の者だ。それも、今回は飼い犬の雌の相手探しの依頼と、飼い主の男性に、彼女が居ないか、調べる件の二つのことで、とある人の身分のために姿を見せることができない」
「・・・・」
「もし興味があるのならば、そのまま玄関を開けて立って聞いて欲しい」
「彼女は居ないが、俺には好きな人がいる・・が・・まあ、それも、良いとして、だが、ペットの方は、子供が欲しいと思っていた。だから、話を聞きたい。この場で聞けば良いのだな?」
男は偽りを言っている感じだったが、それでも、来夢は、人の言葉で話し出した。
来夢は、まず、飼い主に血統証の犬であり。証書はあるかと問い掛けた。勿論あると飼い主は答え。それなら問題はないが、子供を作るには費用が掛かるのは知っていたのか、そう、再度、問い掛けた。飼い主は、知っているが相場が分からない。あまり、高額だと払えない。そう言うが、少々険悪な声色で、来夢は、まあ、人の結婚相談所の相場なら想像が付くだろうか、それよりは、安い。それに、両方を兼ねた値段だと思って欲しい。どうだろうか、それに正直に言うと、犬の飼い主の女性は絶世の美女だぞ。それに、雄の飼い犬と雌の飼い犬は、外で遊ぶ仲間らしく人で言うところの恋愛関係だと、そんな二匹は噂の犬らしいのだが、と話を続けたが、飼い主が絶世の美女だと聞いた。その瞬間のことだった。飼い主の男は理想の女性を思い浮かべて話を聞いていない感じで惚けていた。
「ゴホン、ゴホン」
と、来夢は、咳払いして(彼女が居ると言うのは嘘だな。見栄で言っていた態度が剥がれたぞ)想定していた通りのことができる。それが分かると、正気に戻そうとしたのだ。
「そっそそ、そうなのですか・・・」
「ですが、女性は、会員でないので普通の出会いを希望している。だから、もし当人同士が一目惚れでもなった場合だけ恋人になれる、そんな、恋愛方法だけを方針している会員俱楽部なのだ。ですが、犬と犬は恋人同士なので費用を払って頂ければ子供は作れるのですが、どうだろうか?」
「わかった。費用は、なんとかする」
即答するのだった。
「はい。それでは、契約書などを郵送するので返事と費用の件は郵送でお願いする」
「最後に、一言だけ、本人は別としても仲介人と言うか、倶楽部の紹介人が姿を見せない。と言うことは、まさか、芸能人か有名な家の御令嬢と言うことではないだろうな?。一般の人でないなら断るかもしれないぞ」
「それはないですよ。もしかして、雄の犬に雌の猫を紹介される。そんな感じに思っていたのですか、勿論、普通の人ですよ。ですが、誰の目から見ても美人だと評判の人ですよ。だから、安心して下さい」
来夢は、微妙に勘違いしていたが、それでも、男は、一瞬だが首を傾げたが、自分の問いかけの答えにしては変わった返答だったが嬉しそうに頷くのだった。
「なら、よかった。手紙が届くのを楽しみしているぞ」
何も返事が聞こえないが、猫の鳴き声が響くのだ。それも、興奮を表している感じではあるが、盛りの時のような鳴き声でなくて、嬉しそうな、ゴロゴロと喉を鳴らしながら可愛らしい鳴き声が長く響くのは、この後に、雄の犬に報告した時に言われるだろう。感謝の言葉と、二人の飼い主に報告した後に、小さい主が成功の祝いとして頭をナデナデしてもらう。そんな自分の喜んでいる姿を想像しながら帰宅する。そんな、喜びを隠しきれない悲鳴のような声なのだった。
「来夢、お帰り」
事務所の玄関ではなく、自宅の玄関の方で鳴く声を聞いて、小さい主は玄関の扉を開けて、来夢を家の中に招き入れるのだった。
「どうだった。何か良いことがあったようだな!」
「はい。計画の七割は成功です」
おねだりするような座り方をして可愛く鳴くのだった。
飼い主はである。小さい主は、勿論、良くやった。と言いながら抱っこするだけではなく、来夢の考えていた通りに頭を何度も何度も撫でてくれるのだった。
「頑張ったな。良くやったぞ。それで、直ぐにでも話を聞かせてくれるのだろう」
「それは、ですね。もう少し待って下さい」
来夢は、首をゆっくりと、少しだけくりくりと動かして困っている風に装った。でも、少し思案した後に、今回のことの触りだけですよ。と、小さい主に説得していた。
「そうなのか、それだけなのか、残念だ」
「はい。でも、手紙が届くはずですので届いたら話をしますね。あっ、でも!」
「分かった」
「大事なことを忘れていました。こちらから、雄の犬の飼い主に手紙を送らないとならないのです・・・・確か、今、小さい主様が座っている机の引き出しの中にあると・・・あっ、でも、探さなくてもいいですよ。これからでも、祖母様のお見舞いに行きましょうね。報告と、事務に関係する全ての仕事の内容を聞きに行きましょうよ」
「そうだね。そうしようか!」
「はい。先に玄関で待っていますので、窓や玄関などの鍵は閉めるのを忘れないでね」
「うん。分かっている。でも、病院に行くのだから籠(ねこかご)に入ってくれよ」
「嫌です」
「はっ!あ~もういいよ。なら、行こうか、でも、病院に入る時は籠に入るのだよ」
「は~い」
来夢は嘘を言った。それでも、玄関の前で、猫らしい尾っぽを前に巻き付けて立ち座りするのだった。来夢は、小さい主の忠実な猫です。とでも装っている感じだった。鍵の閉める音がすると、病院まで案内するかのように先頭を歩き出して、時々、自分の後ろから着いてきていかと振り返るのだ。その仕草を何度しただろう。そして、振り返る度に、小さい主は、大きなため息を吐くのだった。何度目の振り向きか、小さい主は、一瞬だが視線をはずした。大きな病棟を見えたからだが、それでも、来夢に視線を戻そうとしたら、来夢の姿は消えていた。いつものことだった。先に病室に向かったことを分かっているので何事もなかったかのように自分も病院の自動ドアから中に入り祖母の病室に向かった。やはり、祖母の病室から話し声が聞こえることで消えた理由が証明されるのだった。
「病室の外にまで聞こえているよ」
病室の扉を叩くと、返事も聞かずに扉を開けた。
「本当・・・来夢ちゃん。気をつけようかぁ」
「はい。ごめんなさい」
「そう言えば、看護婦さんたちの話し声を聞いたのですが、命の危険な状態だったって・・・」
「そうだよ。来夢も心配したのだよ。本当に大丈夫なの?」
先に来夢が病室にいたことで憤慨はしたが、祖母の身体の方が心配だったのだろう。だが、祖母は、何か言い難そうに孫から視線を逸らした。
「チョット、ごめんね。外に出ていて女の子同士の話があるの!」
「女の子・・・?」
キョロキョロと、病室の中を見回して言葉の意味に気付くのと同時だった。
「馬鹿ね。来夢のことよ。それに、わたしも老婆だけど女の子なのだけどね」
「あっああ!。ごめんなさい」
小さい主は、顔を真っ赤にして病室から目的の場所もなく逃げるように出て行った。
「どうしましたの。祖母様?」
「確かに、死ぬかと思ったわよ。でね、来夢、あなたも同じように走馬灯をみたでしょう。わたしも見たわよ。でも、猫は、主や一緒に暮らす家族に死に目を見せないって聞くけど、その訳がね。なんとなくわかったの。自分が走馬灯を見たから感じたことよ。もしもだけど、来夢の走馬灯らしいのでは、わたしたち家族の対応や泣き顔も見たくないし、泣いても欲しくないのでしょう。それ以外にもいろいろな事もみたのでしょう。でも、なにがあっても、気にしないで好きにしてね。それでもね。カッコ悪い姿でも、わたしたちは、命が消える寸前まで一緒に居たいわ。それに、外で寒さに凍えながら死ぬのも、空腹で死ぬのも、そんな、想像も考えたくもないの。だから、お願いね」
「・・・・」
「やっぱり、見たのね。まあ、これ以上は聞かないけど、今、話をしたことは忘れないでね。それだけは、お願いね・・・なら、あなたの大事な小さい主様を呼んできなさい」
来夢の返事など聞かずに、命令をするかのように孫を呼びに行かせたのだ。だが、視線は扉から出て行く来夢から直ぐに、虚空に戻して何かを見ている感じだった。
「見えるのか、いや、見えていたのか!」
「はい。閻魔様ですよね。もしかしてお迎えですか?」
「そうではない。ただ、お前の様子を見に来ただけだ。それと、前にも言ったが、それを忘れたのか?。この世での考えられる閻魔大王とは違う。俺は、地獄と言う世界に人として初めて入り。初めての住人なのだ」
「そうでしたか、気を付けます。それと、お見舞いもありがとうございます」
(もしかして、あの方と、また、喧嘩でもして逃げてきたのかしら)
などの内心の気持ちは伝えずに、閻魔の言葉を待つのだった。
「まあ、何と言うか、見舞いに来た理由は・・・だな、やり残したことや願いごとなどあるか、だが、病気を治して欲しいとか、永遠の命、死んだ者を生きかえさせて・・・」
「はい。大丈夫です。そのような願いを言う気持ちはありません。そうですね。もし出来るのでしたら、孫の彼女が居るのなら会いたいです。彼女が居ないのなら切っ掛けでもと言うか、紹介の手伝いでもしてみたいですね」
「約束しよう。もし彼女が居なければ、孫に彼女が出来るように協力しよう。その手伝いも出来る限り自分でしたいのだったな。それなら、対策を考えておくが、お前がやりたいことを優先にする。それで良いだろう。だから、前世からの様々なことを許して欲しい」
「ありがとうございます。これで、落ち込むだけの入院生活にも楽しみができました」
「そうか、良かったな。なら、また来る。それと、もしかしたら、これから、面白い事が起きるかもしれないぞ。それに、良い返事が出来るように考えておくぞ」
「えっ?」
男は、突然に消えたと言うよりも、男が立って場所に本当に居たのかと、何度も振り返って記憶を確かめなくてはならない程までに存在感がない現れ方で消え方でもあった。
「ニャー」
来夢は、一言だけ鳴いた。恐らく、中に入っていい。とでも言ったのだろう。すると、一本の前足が通る隙間が開けられてあったことで、これは、偶然ではなく猫を飼っている家族なら分かることだった。常に、猫が通れる隙間か、自分で開けられる程度の隙間を開けておくのが常のことだった。勿論、この扉も器用に前足で扉を開けて中に入ってきた。
「一人だったのですか?・・・・何か話し声が聞こえたので入らなかったのですが・・・」
「そうだったの・・・・ごめんね」
「でも、なにか、嬉しいことでもありましたか、なんか、にやけ顔ですよ。ふっふふう」
「そう、そうなのね。まあ、そうかもね。孫に彼女を紹介したいなぁ。そんな、計画を考えていたの。あなたも一緒に考える?・・・・まあ、前にもお願いしたけど、どうなの?」
「正直に言うと、運命の振り返りに期待するしかないと思います」
「まあ、懐かしいわ。猫でも女の子なのね。まだ、わたしも少女だった時のことを思い出すわ。本当に楽しかったわ。もしかしら、今でも、運命の振り向きの出会いがあったりして、ふっふふう」
「そうなのですか?」
「そうなのよ。あの頃、私も友達も片目を瞑る練習とか、髪をかき上げる仕草とか、男の視線を止めるための様々な練習をしたわよ。それに、意味もなく街中をうろうろしたわね。男の子がね。自分たちの姿を見て振り返ってくれるかと、期待していたわ」
「そうなのですか?・・・・」
「でもね・・・」
(男の子が何度も振り向いてくれて。合図と言うか、好意を持っているわ。などの意味で片目を瞑ったり、髪をかき上げたりしたのに気付いてくれなかった。それが、大人になって理由に気付いたわ。と言うか、旦那を見て思ったわ。男って胸を見て大きいとか、胸が揺れた。胸が弾んだって振り向いたことにね。男って本当に馬鹿だと気付いたわ。でも、孫には、そんな感情があるのか本当に心配なのよ)
「なんでしょう?」
「男って馬鹿でエッチね。大人になって、そう思ったわ」
「あっああ、それは、確かに、そうですね」
「そう言えば、猫って、だるまさんが転んだ。上手そうね。子猫の時によくされたわ」
「そうですか」
「そうよ。猫の鳴き声がすると、ご飯の途中でも、家から出て行くし、仕方がないから外に出て名前を呼ぶと、立ち止まって見るけど、また、名前を呼びながら近づくと、走り出すし、また、振り向くと、知らない間に近くにいるし、それの繰り返しするから疲れたわ」
「そうでしたか、でも、人で言う、だるまさんが転んだ。あの遊びは猫族では、いざって時の勝負方法ですよ。振り返る殺気を感じて動きを止めて近づき、それを繰り返して最後は相手の身体に触ると、勝つことになるのです」
「面白いわね」
「でも、小さい主様も当時、幼い頃は、その、だるまさんが転んだ。あの遊びは大好きでしたね。それも、人の友達としては一度も勝ったことなくて、よく泣いていたのを知って一緒に遊んでいたのですがね。小さい主様とだと、振り向かれると、なぜか同族の猫と違って視線を逸らすだけでなくて首ごと動かせてしまって、今でも変だと思っています。それで、故意に負けていると、泣き出してしまいました。それからです。小さい主様と視線が合うと、直ぐに、お姉ちゃんに任せない。そう言うことが癖になりました。でも、なぜなのか不思議でした。同族での勝負には一度も負けたことがなかったのですよ」
「まあ、まあ、面白いわね。それは、あの子を本当に好き。好き過ぎて恥ずかしい。そう言うことなのよ」
(本当に、この子が人の女の子だったら良かったのに、本当に残念だわね)
「はい。大好きです。だから、どんなことでも必ずお守りします。安心して下さい」
「うん。子猫から今まで見ているのだから安心して任せていたわ。ふっふふはは!」
「もう、その笑い方だと、また、思い出しているのですね。小さい主様が、わたしの尾っぽを突然につかみ。わたしが泣いている場面ですよね」
「違うわよ。昔の楽しかった思い出よ」
「そう思っているのに決まっています。でも、少し悲しいですね。もう触ってくれないことにもですが、尾っぽを動かす仕草を見て、気持ち良さそうに寝てくれないことに・・・」
「そうね。小さい頃は、よく一緒に寝ていた様子は本当に可愛かったわ」
「そうですね。小さい頃の主様なら何を考えていたか、何をして欲しいのか、直ぐに分かったのですが、最近は、分からないことが多いです。お姉ちゃん。と言うより、もうお婆ちゃんですからね。もしかして、嫌われていなくても、邪魔なのか、迷惑と思っているのか、呆けてきたのかな?」
「それは、わたしも気持ちは同じよ」
「それにしても、小さい主様はどうしたのでしょう。戻って来るのが遅いですね」
「先程、探しに行ったのではないの?」
「この階しか探せませんので・・・・」
「そうだったわね。本当にもう~どこに行ったのかしら?」
「祖母様。それでは、今日の見舞いに来た理由でもある。今回の依頼の計画の内容を教えましょう」
「・・・・」
「まず!」
「それは、後でいいわ。まずは、孫に彼女を持たせるには、どうするか、それが先ね。それを一緒に考えましょう・・・ねね、猫の場合は、どうなの?・・・・やはり、さかり・・・」
祖母は、猫の様子を見るのだ。猫も習性のことを言われて恥ずかしそうに俯くのだった。
祖母は、来夢の気持ちが落ち着くのを楽しそうに待った。恥ずかしそうに俯く姿からチラチラと視線を向けると、直ぐに、首を横に振り向く。そんな姿を何度か見ると、時間が過ぎたからか、盛りの時の気持ちを思い出したのか・・・。
「それは、あまり、関係ないですよ。盛りになる前に、良い雄猫を決めるのです。そして、時期になると、雄の近くをうろうろとして、運命の振り向きを期待するだけでなくて色気を振り向けるのです。そして、期待していた通りに、振り向くと、愛の鳴き声、愛の匂いを嗅がせるのですよ」
「そうなの。面白いわね。あっ、なら、そうそう、孫も同じように街を散歩させて運命の振り向きでなくても、何気なく異性に視線を向けてしまう。そんな、女性の好みでも分かればよいのだけどね。でも、それは、無理なのでしょうかね?・・・そんな、簡単に一目ぼれする出会いなんてないわね」
「そうですね。それに、彼女どころか、一人の女性の友達も家に連れてきませんしね」
「そうなのね。だから、心配でね。これでは、わたしが居なくなったあと・・・・」
「それは、冗談でも言わないで下さい。本当に怒りますよ」
「でもね。なんかね。わたしの寿命が近い間に終わる。すると、孫が一人になるために神様が、猫であるのに人の言葉が話せるようにした。そんな、感じにも思えるのよね。でもまあ、また、怒るかもだけど、猫でもね。孫の側にいる。そう思うとね。正直に言うと安心していているのですよ」
「そこまで言われるのでしたら、何が何でも、彼女の一人くらい作らせます!」
「嬉しいけど、でも、来夢、猫の歳でいうと、わたしと同じ歳くらいの歳なのですよ。それでも、無理せずに一日でも長く孫をお願いしますね」
「何度言っても弱気ですね。本当に、そんなことを言わないで下さい。でも、気持ちは分かっています。でも、それでも、一日でも早く、小さい主様の性格を直さなければなりませんね。なぜか、女性に視線も向けられず、女性の視線からも逸らし、女性から逃げるのは直さないと・・・でも、もしかしたら女性が嫌いなのでしょうか・・・・・」
「それはないと、思うけど・・・・」
「でも、安心して下さい。雄の好みなんて分かります。小さい主様と散歩の時に、大勢の女性と運命の出会いをさせますので、その中の一人でも一目惚れでもするでしょう。それとですね。小さい主様には言ってないことですが、今回の依頼は、人と人の恋を取り持つのと犬と犬の恋を取り持つのです。だから、小さい主様も異性と出会う機会が多くなりますので、最低でも、女性の友達だけでも作くらさせますよ!!」
「それは、良いわね、楽しみにしているわ」
「あっ、そうそう、大事な事を忘れていました。二人の依頼者に契約書を送るために作成して欲しかったのです。もし、出来ればですが、小さい主様の今後のために、口頭で伝えても作成できる内容でしょうか?」
「そうね・・・・そうね・・・」
「それでしたら、今直ぐにでも、自宅に戻って用紙と筆記用具を持ってきましょうか?」
「まあ、でも、今回は、行動契約書でなくて、経費と報酬だけを書くのでしょう。それなら、口頭で伝えながらで、誰でも書けるわよ」
「そうでしたか、それでは、小さい主様が戻ってからでもお願いします」
「それにしても、遅いわね」
「そうですね・・・・・」
そんな、小さい主は、病院の外で、祖母のために八百屋にいた。なにか、果物でも買おうとしていたのだ。それも、何を選ぼうかと、考えていると、狸の親子は泥水で行水でもしたかのようでもあり。生まれてから一度も身体を洗ったことがない。そんな感じのタヌキの親子を見たのだ。それも、近くで確かめなければならない程のポメラニアンと勘違いするほどの狸だった。
「どうした?」
突然のこと、親の狸が足に当たると、その場で倒れたのだ。他の二匹は子供だと思うが心配そうに「ク~ン、ク~ン」(おかあさん、大丈夫)とでも鳴いているようだった。
「ん・・・・?」
小さい主は、狸の容体を診ようとして手を伸ばすと、偶然に動いたのか、尾っぽだけが動き、腕に触れた。すると、驚くように起き上った。だが、ヨロヨロと、この場から去ろうとしたのだ。恐らく、人に蹴られたりしたのだろう。人が居ない方、居ない方と親子は逃げて行った。その後ろ姿を目で追うが、何も出来ないが見えなくなるまで視線を動かせなかった。
「お客さん。もしかすると、今の犬(タヌキ)って知り合いの犬(タヌキ)だったのか?」
八百屋の親父が、狸の親子もだが、目の前に居る客が心配になり問い掛けたのだ。
「いや、知らない。見たこともない犬です。でも、なんか・・・」
「気持ちは分かる。だが、全ての野良を助けることはできない。それに、お見舞い用に果物を買いに来たのだろう。今の犬を触ったのなら裏に水道があるから手を洗ってから病院に行くのだぞ。変な病気でも持っていたら大変なことになるぞ」
「ありがとう。そうする、なら、二千円くらいで適当な物を包んで下さい」
「毎度!」
「その間、店の裏の水道を借りますね」
「あっ、好きにしろ。だがなぁ。石鹸で綺麗に洗うのだぞ」
「は~い」
手を洗い店に戻ってみると、小さい籠に果物が包まれていた。その見た目では二千円では足りないと思われる程の果物の籠だった。
「俺も犬が好きでな。さっきの野良だが何も出来ないが、客のお前にでも何かすると、犬にも気持ちが伝わる気持ちがしてな。だから、少しおまけしたからな」
「ありがとう。八百屋の親父さん。また、来るよ。本当にありがとう!」
もう先程の狸の親子のことなど忘れたのだろう。本当に嬉しそうに手を振りながら祖母がいる病院に向かうのだった。病院の中に入る前に、外から祖母の病室を見てみると、遠くからでは猫の判別はできないが、まず間違いなく自分の飼い猫だと感じた。
「小さい主様のお帰りです。今、病院の玄関にいますよ。こっちを見ていますよ」
「病院の外に何かを買いに行ったのね」
「小さい主様も、何かを買に行ったのなら行くって言ってくれたら、お願いがあったのにっ、もう!。手紙と筆記用具を頼みたかったのに、もう!」
「仕方がないわよ。でも、封筒と用紙もあるし、今直ぐにでも書けるわ。だから、そんなに怒らないで、でも、今回の依頼者なら住所がメモに書いてあるけど、雄の犬の飼い主の住所まで知りませんよ。どうするの?」
「雄の方の飼い主は、来夢が一人で行って家のポストに入れておきます。あっ、小さい主様が来たようです」
病棟内を駆けているのではないが、やや早歩きの足音が猫には聞こえたのだろう。それも、自分の飼い主の足音もはっきりと認識している感じだった。
「そう、病院の中で走っているのね。そんなに、慌ててなにしていたのかしらね」
愚痴を呟くと、人の耳でも分かる足音が聞こえてきたのだ。
「もう中に入っていいかな?」
「良いわよ。えっ!」
孫が、お見舞い用の果物の籠を持って現れたので驚くのだった。
「小さい主様。その手に持つ物を買に行っていたのですか?」
「そうだよ」
「ありがとう。後で食べるわね」
「うんうん。あっ、そうそう、あのね、八百屋で何を買うか迷っている時に野良の犬の親子を見たよ。凄く汚れていて、もしかしたら親の方は病気かもしれない。でもね。見たこともない犬種だったから血統証のある犬で、飼い主が探しているかも」
「親子だったの。そう、かわいそうね。でも、本当に、そんな、変わった犬なら絶対に飼い主がいるはずね」
「そうですね。なら、町の皆に後ででも聞いてみます」
「どうしたの。来夢ちゃん?」
「いいえ。また、小さい主様が飼いたいって駄駄をこねる。そう言うのではないか、と心配しただけです」
「幼子の時でないのですよ。もう大人ですから分別はつきます」
「そうね。縁日に行けば、アヒル、鶏のヒナに、釣りに行けば羽を怪我した鳥を持ってくるし、あれってカワセミだったわね。まあ、いろいろと懐かしい思い出ね」
「あの時もあの時も、いろいろと思いだします、その思い出の全てが大変なことでした」
「そうね。あれ、あれは憶えているかしら、来夢ちゃんが・・・ん?鴉が鳴いているわね」
病室の窓の外に転落防止のために格子があり。その鉄の棒にちょこんと、鴉が止まって鳴いているのだ。恐らく、室内の中の誰か、来夢にたいして鳴き続けているのだろう。
「ニャアーニャ」
(何だと言うのだ)
「カーカー」
(狸が、お前の名前と、元の両主人(亡くなった夫婦であり。小さい主の二親)と現主人(祖母)と小さい主の名前を言っているのだ。だから、直ぐに、俺と一緒に来い)
「ニャ?」
(狸?)
「カー」
(そうだ)
「ニャニャ」
(分かった。出来るだけ早く行く。だから、あの広場で待っていろ。その場所に、狸の親子を連れて来られるか?)
「カー」
(出来るだけ、早く来るのだな。分かった。それと、タヌキの親子は、あの広場にいるぞ)
鴉は、言うことだけ言うと、この場所から羽ばたいて飛んで行った。
「あっ飛んで行ってしまったわね。でも、お友達でしょう。何か用があるのなら直ぐにでも行っていいですよ。ゆっくりと、遊んできなさいね」
「そうだぞ。学校も休みをとっているし、どこにも寄らずに家に帰るから何も心配する必要はないぞ」
「分かりました。少し様子でも見て来ます。でも、要件が終わりしだい家に帰りますね」
「うん。分かった。ゆっくり行ってきなさいね」
「そうだぞ。俺は、もう少しいるから・・・」
「分かりました。祖母様。小さい主様。では、行ってきますね」
来夢は、少し開かれた窓から外に出ると、一目散に、二人には分からない場所である広場に向かった。人が考える遊戯などがある広場ではなく、森林保護区とも森林公園とも名目にはあるが森林があるだけの散歩コースだった。だが、広場と言われているのは、少し開かれて数個の椅子が置かれてあり。湧水が湧き出ているからだった。その近くで、小型犬くらいの大きさの狸なのか犬なのかが地面に倒れていた。その周りに、子供らしき二匹が元気づけようとしているのと、鴉、猫、犬と、自分の仲間が見守っていたのだ。
「もしかして、地面に横になっている。その狸が、わしに用事があるのだな?」
「はい。先程まで、名前を言い続けていました。今は、寝ているようですね」
「空腹なのか?まさか、病気なのか?」
「空腹だと思いますが、と言うよりも、高齢だからだと思われます。ですが、今直ぐの生死の境目ではないでしょう。それでも、命の危険かもしれませんが・・・」
「そうか、でも、何かを食べさせてやりたいな。わしの家に連れて来られるだろうか?」
「それは、無理でしょう。かなり衰弱しているのに歩かせるのは可哀そうですよ」
「可哀そうか・・・仕方がない。一度、家に戻り。小さい主様に来て頂こう。それが一番良いことだろう。そう思わないか?」
「・・・・・」
「そうですね」
皆が、同じように納得する返事を返していると、狸の親が起き上がろうとしていた。
「起きたか!大丈夫か?」
「あなたが、来夢おねえちゃんですか?」
「そうだ。だが、人以外に言われたのは初めてだぞ。誰からか聞いたのか?」
「はい。十年前に・・・その・・・」
「十年・・・だと!!。まさか!」
「恐らく、そうだと思います。その夫婦とお年寄りのことです。ごめんなさい。許して下さい。許して下さい」
親の狸は、まるで、人なら顔を真っ青にして命を代償にしますから許して欲しい。そんな様子を表しているようだった。
来夢は、怒りのために爪を限界まで出して、今直ぐにでも狸の貌を切り裂く寸前だった。
「何をした!!。お前が何かしたのか!!」
「全てを話す気持ちです。その前に形見をお渡しします。それと遺言を聞いているので先に聞いて下さい」
「それは後でいい。後でいいから、まずは、落ちつけ。わしも落ち着くから・・」
狸に対して怒りは収まらなかったが、狸のボロボロの姿で、自分の命よりも何か大事な使命でもある。そう感じて、自分の感情を落ちつかせようとしたのと、少しの感情だが狸の身体も心配したのだ。
「ふっう、はぁ、ふっう、はぁ、ふっう、はぁ」
狸の親は、息が荒くて熱でもありそうだった。それでも、探し人に会えて安堵しているようだった。
「寒いだろう。空腹だろう。だから、わしの家に来ないか?。来られないか?」
「それより・・はぁ・・話を・・・はぁ・・」
来夢は感じた。今、この場で話を聞いては心の支えがなくなる。それなら、直ぐに家に戻り。小さい主を連れて来る方が良い結果になると思ったのだ。
「主を連れてくる。だから、少しの間だが待っているのだぞ」
狸の返事も聞かずに駆け出したのだ。この広場から自宅まで自転車だと二十分くらいはかかるだろうが、猫の普段の通りなら十分間もあれば十分だった。問題は、小さい主が帰宅しているか、その方が心配だった。
「ニャニャ」
裏の庭に回り。窓ガラス越しから中を見たが、小さい主が居るか分からなかった。ちいさい主だけなら人の言葉を使っても良かったのだが、お手伝いさんや近所の人に聞かれては困るために、猫だが猫らしく「ただいま」と鳴くのだった。少し待ってみたが、あることに気付くのだ。自転車があるか、もし無ければ帰宅していないことに、直ぐに、玄関に回り確かめてみると、自転車が置いてないのが分かり玄関で待つことにしたのだ。猫は、気まぐれだと言われているが、大人しく猫すわりで待つのだった。それでも、内心では狸の親子が気になっていた。それでも、何分とかの時間の考えはない。猫の時間では、朝、昼、夕方、夜しか、時間を考える思考はなかった。それでも、大人しく待つのは、来夢が特別なのか、だが、鴉の方では鳥目だという理由もあるが、狸の親子の理由で昼から何も食べてないこともあるが、夕方になる前には要件を終わらせて食事と巣に戻りたかったことで、来夢には何も言わずに街の方に飛んで行き病院の方に戻って行った。鴉は、上空からの移動と早く飛んだこともあるが数分で街に入り探し人を見付けた。何の建物なのか分からないが建物から出て来たのだ。何で寄り道をしたのかと、少々怒りを感じる鳴き方をした。
「あっ、もう来夢が帰っているのか?」
鴉の言葉が分かるのではないが、自分に言われていると感じたというよりも、来夢のことを思い出して勝手に想像した結果だった。それでも、無我夢中に無茶な自転車の運転ではないが、鴉が、遅いと、急げと鳴くこともなく帰宅するのだった。
「ごめん、ごめん」
「ニャ」
「ごめんな。婆ちゃんに契約書を書いてもらったから病院の帰りに郵便局で出してきたのだよ。でも、普通の手紙で出すか、小包として出すか、とかの説明を聞いて遅くなったのだぞ。だから、来夢の事を忘れたのでも遊んでいたのでもないからな」
言い訳ではなく本当のことだが、来夢が怒っていると感じて黙っていることが出来ずに鍵を探しながら玄関を開けながら話し続けた。
「小さい主様。直ぐに出掛ける用意をして欲しいのです」
玄関が開かれて、素早く中に入り玄関が閉じられると、直ぐに人の言葉で話し掛けたのだ。もしかすると、少々の怒りと、帰宅が遅いと感じていたのかもしれなかった。
「どうした?」
「数枚のタオルと小皿とパック牛乳を準備して下さい。あっ猫缶も三個くらい欲しいですね。その用意が出来れば直ぐにでも家の外に出掛けたいのです」
「分かった。直ぐに用意する」
小さい主は、来夢に理由も聞かずに準備するのだった。もしかすると、帰宅時間が遅れた。その詫びの気持ちだったかもしれなかった。
「お前の友達でも怪我でもしたのか、それなら、前輪の籠には入らなかった場合を考えて段ボールも持って行く方がいいよな」
「そうですね。お願いします」
全ての用意が出来ると、来夢が案内するために普段の道順でない。自転車が通れる道を案内するのだった。そんな来夢は、多くの通行人や車などの障害物が多くて苛立ちを感じているのだが、それでも、内心の殆どの感情を狸の親子のことが占めていた。
「待てよ。どこ行くのだよ。それより、そんなに慌てるなよ」
「・・・・」
一瞬だけ振り向いたが、凄い殺気を感じた。何か、余程のことがあるのだと感じて必死に付いて行くのだ。そのまま進み続けると、恐らくだが、目的の場所の予想ができた。
「ん?・・・・えっ!」
やはり、目的の場所に着いて見ると思っていた場所だった。それでも、餌などが必要だと言われたことで、飼われている子猫が自宅に帰ろうとしたが迷子で空腹で倒れたか、それとも、捨て猫か犬が衰弱しているのだろう。そう思っていたが、まったくの想定外のことだった。だが、来夢の仲間が集まる。その中心を見ると、あの時に会った。あのポメラニアンの犬の親子ではないのか?。と、驚くのだった。
「怪我でもしたのか?」
今まで来夢と共に過ごしていたことで、当たり前のことのように人の言葉で問い掛けるのだった。勿論だが、他の仲間は人の言葉が理解できるか、出来ないかの判断はできないが、来夢以外の動物が返事を返すはずもなかった。それを誤魔化すためではないが、自転車の前の籠から一枚のタオルを取りだし、優しく親の狸の身体を拭くのだった。そして、地面にタオルを置いて、親の狸を優しく抱えてタオルの上に寝かせた。少しでも心地良い様にすると、落ち着いてきた感じがした。
「大丈夫か、少し待っていろよ」
人の言葉など分かるはずがないだろうが、そう言うと、籠の中にある小皿とパック牛乳を取りだして、口元の近くに小皿を置いてパック牛乳を注ぐのだ。すると、視線を向けられたと思い。それは、自分に問い掛けられたと思い。「飲んでいいよ」と答えていたが、直ぐに二匹の子供が現れて飲もうとしたので、視線の先は、二匹の子供だと思ったのだ。
「お前の分だよ。飲みなさい」
暫く、親も子供も小皿を見ていた。もしかすると、親も子供も譲り合っているのかもしれない。直ぐに別の小皿にパックの牛乳を注ぐと、三匹はガプガプと飲みだした。小皿の中身が無くなると、何度も注ぎ入れていた。
「来夢。これで、良かったのか?」
「はい。それと、出来れば家に連れ帰りたいのですが・・・その・・・」
「そうだな。血統証の犬だと思うし、飼い主も探しているかもしれないし。それに、病院にも連れて行ったほうがいいかもなぁ」
「ありがとうございます」
小さい主の話しの最後の語尾が喜びを感じている。そう思うと、来夢は狸だと言えなかった。もし言えば、気分が変わるだろうし、命の差別ではないが、自然の動物には手を出せないと、放置されると思ったのだ。親の狸の許可を求めたのではないが、簡単に一声だけ鳴いて、「牛乳をくれた人の家に来るか」と問い掛けた。その返事なのだろう。ゆっくりと頷くのだ。
「少しは元気になったようだな。なら、猫缶でも・・・あっ犬が猫缶を食べるだろうか?」
「食べると思いますよ」
来夢からの問いの答えを聞くと、食べる姿でも想像しているのか、無言で猫缶を開けて小皿に装った。すると親子は、暫く、小さい主と来夢を交互に見てから食べだした。だが、「うまい、うまい」とも、嬉し泣きなのか、それとも、謝罪なのか、「ごめんなさい、ごめんなさい」とも聞こえる。いや、勘違いかもしれないが、そんな微妙な鳴き声を上げながら爆食をするのだった。当然とは変だが、殆んど、一瞬と思える程で食べ終えてしまった。すると、先程よりは心身共に落ち着いた感じがした。それで・・・。
「ニャニャニャ」
(少しは満たされたか?)
来夢は、狸の親子に問い掛けた。
「くう~くう」
(はい)
小さい主には、動物の言葉は理解が出来ないが、猫と狸の様子を見ていたのだが、親の狸だけが答えていたと感じたのだ。もしかすると、異種の動物同士の会話が出来るのは、様々な動物との経験が必要だと感じたのだ。なぜと思うだろうが、人から見ても、来夢の言葉に即答で狸の親は答えるが、二匹の狸の子供は、首を傾げ耳はぴくぴくと動かして会話の内容を考えている様子なのだった。そんな、猫と狸の会話は長くは続くことはなく終わったのかと思うと、小さい主に視線を向けたのだ。
「来夢。そろそろ、帰ろうか」
「・・・」
親の狸は、直ぐに、視線を地面に向けて二枚の枯葉を咥えた。それは、十年も前に託された。あの枯葉のはずだろう。だが、驚くことに、あの時のまま形が崩れていなかった。もしかすると、小さい主の話を聞く前に、親の狸が枯葉を咥えたのには決心があるようだった。それは、この場で別れるとしても家に行くとしても、来夢か小さい主に枯葉を渡すのが第一の目的だとしか思っていないようだった。
「小さい主様。狸・・いや、犬の親子を家に連れて行っていいのですか?」
「そのつもりで来たよ。でも、身体を洗うのだけは断らないでくれないか」
「勿論、そのつもりですよ・・・ねぇ」
「・・・・・」
来夢に視線を向けられて親の狸はゆっくりと頷くのだった。そして、二匹の子供に視線を向けた。子供たちは意味が分かっていないようだったが、もしかすると、親は経験があり嫌なのかと思われたが、何か内心で考えを巡らしているようだった。
「なら、分かった。親の方だけは心配だから自転車の籠に入れるが、子供の方は歩いてもらうが大丈夫か?」
「はい。お願いします」
小さい主は、頷くと、自転車の籠にある物を出して、地面の上に置いたタオルを手に取り籠の中に入れて自転車の揺れなどの衝撃から体を守ろうとした。準備を整うと、優しく抱え上げて籠に入れたのだ。先ほど籠から取り出したタオルなどと、缶詰の空き缶と小皿も狸が不快にならないように入れたのだった。
「準備はいいよ。来夢。家に帰ろうか」
小さい主が、振り向くと、来夢と狸の親子以外の動物の全てが消えていた。
「はい。家に帰りましょう」
来夢は、また、案内するかのように先頭を歩き出した。道順は来る時と同じで、特に何も問題がなく家に着くのだった。自宅の方ではなく、事務所の方には、ペットを飼い主が迎えに来るまでの預かる部屋があり。その一室に狸の親子を迎い入れた。直ぐに、常備されている数個の容器を用意して、水とカリカリと猫缶の中身を入れた。驚くことに、飲むことも食べることもなく、その場で直ぐに寝てしまった。それも、大きなイビキをかいて寝てしまった。心身ともに疲れていたのか、安心が出来る場所とでも思ったのか、使命と言うか約束が果たせる。そう全ての思いから安堵したのだろう。
「そっと、しておきましょう。身体を洗うのは明日にしましょう」
「そうだね」
「でも、少し心配だから今日は来夢も狸の親子と一緒に寝るね」
「うん、わかった。何かあれば起こして」
それでも、狸の親子が居る室ではないが、事務所の電気だけは日が昇っても消えることはなかった。それでも、ペットでなく野生だからなのか、来夢が普段の通りの日課のために起きると、来夢は気付かなかったが、寝息が突然に変わったのだ。それは、目を覚ましたことの証拠であり。狸寝入りをしたのだった。それも、家の主人である小さい主が、狸の親子が心配で様子を見にくるまで起きずに、狸寝入りは続くのだった。
「あっ、ごめん。ごめん。起こしてごめんね」
人の言葉など理解できないと分かっていたはずだが、それでも、自然と口から言葉が出ていた。すると、また、横になってしまった。だが、今は、食事よりも体が疲れていると感じているのだろう。それでも、空腹なのは確かのはず。だが、何を食べるのか分からないが、適当に、猫缶、カリカリと、適当に常備している物を適当に置くのだった。
今朝の来夢は、少々不満そうに家の中をうろうろと動き回っていた。勿論、日課だった全てを終わらせて、狸の親子の様子も見て、今は、カリカリを食べていたのだ。
「来夢。どうした?」
長年、猫と暮らしていると猫の気持ちが分かる。と言うのは大袈裟なのだが、不機嫌なことや不満があると、空腹ではないのだが、カリカリを爪で一個、また、一個と皿から出しては食べるのだ。それも、皿からだしては絨毯の上で食べるので、他の家の者なら褒めるのだろうか、それは、分からないことだが、祖母は汚いからやめなさい。と怒られていた。それを故意に怒られるようにして、自分を可愛がれとの意思表示だった。だが、今では、人の言葉を話せるのだから相当な不機嫌な状態だということも分かるのだった。恐らく、来夢の気持ちは、小さい主の寝顔を見ることも、起こすことも出来ず。天気がいいのだが、散歩も駄目だと感じているのだろう。だが、最大の不機嫌な理由は、自分に挨拶をされたのが、狸の親子の朝の挨拶だけでなく食事も先に用意した。その後だったことに不満を表していたのだ。そんな時に固定の電話が鳴るのだった。
「チッリリン。チッリリン」
「おっ俺が出るのか?」
「もう~電話も出られないのですか?」
「だって、固定の電話なんて、俺は、一度も出たことがないぞ」
確かに、来夢が怒りというか、情けないと思うのは、当然だが、小さい主にも理由はある。現代の携帯電話なら自分の専用はある。だから、知らない者からの電話などない。だが、固定の電話には祖母から注意されていた。固定の電話は相手の電話番号が出ないため誰からか分からない電話であり。子供が出ても仕事に支障が起きることがあるために電話には出ないで良いと、言われていたからだった。それでも、この先は・・・恐らく、小さい主と猫の来夢だけで暮らすことになるために、小さい主の将来が心配になったのだ。
「受話器を取って机の上に置いて下さい。来夢が出ますから、だから、切れてしまいます。早く、受話器を取って下さい!」
来夢が、机に飛び乗って机の上に置いてある受話器に声を掛けた。
「どちら様ですか?」
「あなたは、誰ですか?。その家には男の子の子供しかいないはずですよ!」
この家のお手伝いさん。その本人からの電話だった。それも、不審と言うよりも怒りしか感じられなかった。当然の反応だが、もしかしたら、自分が出勤してないための臨時的に雇った者か、知り合いなのかと、そう思う女性ではなかった。それでも、言葉使いや声色などから判断しても心底から心配していると感じるのだから悪い女性ではなかった。
「えっ、御主人様の遠い親戚です」
来夢は、適当な思い付きの嘘を言ったが、直ぐに返事が返らず・・・・・。
「そっそうでしたの?。でしたら、息子が熱を出ましたので、今日のお手伝いには行けないと伝えてくれませんか?」
「はい。伝えます」
そう返事をすると、電話は切れた。
「誰だった?」
「あの!お手伝いさんです。今日は、休むと言っていました」
「そうか・・・・なら、丁度いい。今日も学校を休むことにするよ。だから、学校に電話してくれないか」
「駄目と言いたいですが、あの親子と、後、何か、嫌なことが起きそうですね。だから、仕方がありませんね。学校が始まる時間になってからでも電話をしましょう」
「お姉ちゃん。ありがとう」
「もう~仕方がないわね!すべて、お姉ちゃんに任せなさい!」
朝からの不機嫌の理由は分からないが、何だがご機嫌のようだし、不機嫌な理由は忘れたようだった。
「うん。任せるよ。それより、朝食を食べないか?」
「そうですね」
「何か食べる物でもあるかな・・・・・まあ、俺は、即席の麺でもいいが・・・」
台所に向かい、真っ先に冷蔵庫を開けたが猫が食べられる物はなく、その後は、扉と言う扉を開けては意味不明なことを呟きながら食べ物を探すのだった。
「小さい主様。無いのなら普段の猫缶でも・・・一緒の食卓で食べられるのが一番の嬉しいことですので、あっ、でしたら、即席の麺とかいう物を食べてみたいですね」
「そうか、それにしよう。でも、作るが、無理して食べなくていいからな」
「は~い」
小さい主は、直ぐ鍋でお湯を沸かして作り始めた。だが、食べないと前提で、鍋の底に残る麺の切れた小さい麺とスープを小皿に盛るのだが、匂いを嗅ぐだけで直ぐに食べようとしないが、小さい主が、さっさと食べ終えた。その様子を見ていたからだろう。ガツガツと味は分からないだろう。そう思える食べ方で嬉しいのか、褒めて欲しいのか、小さい主を見つめていた。
「お替りが欲しいのか?」
「いや、もう十分です。それより、親子を風呂に入れる準備と学校に連絡しないとね」
「分かった」
来夢は、台所の流しの上に乗ると、食器の片付けと洗い方や片づけ方を指示するのだ。小さい主は、何か不満そうにしていたが、何も言わずに言われた通りにするのだ。その後は風呂の用意と風呂場に向かい。親子は汚れているから残り湯でいいから沸かしてと、そして、大小のタオルを五枚と大きな洗面器と櫛とドライヤーと細かく指示をしては、あれこれと、小さい主の後に付いて行っては指示するのだったが、我慢の限界だったのか?。
「学校に電話するから後はお願い!」
来夢が何かの指示をしているのを無視する形で抱っこすると、事務所の机の上の乗せると、電話を掛けて繋がるのを確認すると、受話器を机に置いて、強制的な指示する感じで後は風呂の準備の続きをするのだった。一瞬だが、事務所の机の方に視線を向けて様子を見てみたが「おねえちゃんに任せて」と言う通り、いや、それ以上に十分な対応をしてくれていたのだった。それでも、自分で電話を切れないために、恐らく、担任の先生だろうが質問攻めされていた。まあ、少し苛立ちの気持ちも癒えたことで、風呂の準備が終わっても電話が続くなら受話器を切ってあげようと思うのだった。
「それでは、今日も休ませますので、電話を切ります」
さすがに、全ての準備が終わり。浴槽にお湯を足してから温度設定をして沸くのを待ってから事務所に戻ると、驚くことに、まだ、通話をしていた。仕方がなく、電話を切ると仕草で伝えると、やっと電話が切れる。そんな安堵を見せるのだった。
「休んで良い。と許可をとりましたよ」
「ありがとう」
「ふぅ~では、これから、親子の風呂ですね。もしかしたら、相当、嫌がる場合がありますので、十分に注意して下さいね。それと、一緒に風呂に入ることになりますが、下着は着たままで、爪で引っかかれないように十分に注意して下さいね」
「ほう」
「参考に言いますが、小さい主様とお風呂の時は、記憶はないでしょうが、お母上様と一緒に格闘だったのですよ。恐らく、それが再現されるでしょうね。ふっふふふ」
「えっ!」
驚き、何も言えなかった。それでも、どんな対応が出来るように真剣な表情を浮かべて来夢の後に付いて行った。すでに、狸の親子は起きているかと思ったのだが、まだ、寝ていたが、先ほど用意した食べ物は全て食べられていた。
「風呂に行くわよ。さぁああ、起きなさい!」
「はい。どこでしょう」
「いいから後に付いて来なさい」
と、のそのそと、起き出して来夢の後を親子は付いて行くのだ。それでも、嫌がるような様子は感じられない。まるで、風呂に入ったことがある感じで浴室に入り、そして、大きな洗面器の中に、まずは親が一人だけ入り。お湯を掛けられるのを待っているのだった。すると、と言うのも変だが、来夢が指示を出すのだ。シャワーは駄目です。浴室から柄杓でお湯を取って見せる。これを身体に掛けるからね。そう言いながらゆっくりとかけた。次々と指示が言われるのだ。身体を洗う時は、固形の石鹸で匂いと物を見せて手で泡を立たせてから体を洗う。そして、一番肝心な場所。と、言おうとした時・・・。
「くうくう」
「えっ!」
狸の親から驚きの言葉を言われたのだ。
それは、本当なら頭だけをちょっことだけ洗うのだが、狸の話しでは頭からお湯を掛けていい。と、驚くことに、頭も顔も首も一気に石鹸で洗っていい。と言うのだ。勿論、その通りにしてお湯をかけた。
「くうくう」
「えっ!そこまでは・・・・」
「どうした?」
「それはですね。抱っこされながら浴槽に入りたい。そこで、綺麗に石鹸を落として欲しい。言うのですが、どうしますか?」
「えっ、今の短い鳴き声で、そこまで言ったのか、まあ、別にいいけど・・・」
狸の親に、抱っこするぞ。と、動作することに、細々と言葉を掛けながら浴室に中に入り。ゆっくりと、丁寧に、湯の中で身体の泡をすすぐのだった。
「今度は、子供だ。端の方で様子を見ていなさいね」
浴槽から出て手を放すと、子供たちに何かを言うと、浴室の端のほうで様子を見るのだった。勿論、親にしたことと全て同じことをして洗い。最後には、浴槽の中で同じように泡をすすぐのだった。そして、最後の子供が終わると・・・。
「くうくう」
「ほうほう」
「どうした?」
「タオルで拭いた後は、大人しくしているからドライヤーも良いって」
「へぇへぇ、来夢とは大違いだな」
「なんですって!」
「そうだろう。特にドライヤーの時は直ぐに逃げるだろう」
「毛をガシガシと搔きむしるし、熱い温風を長々とあてるし、あっ!」
「分かっているよ。それをしなければ、いいのだろう」
「そうですね」
「くうくう」
「寒いから早くして欲しい。だって」
「ごめんな。直ぐにする」
脱衣所の洗濯機の上が丁度良い高さと広さだったので、まず、親から載せる。子供の方は風邪などひいては困るので、大きいタオルで身体を撒いて、親の様子を見せながら待たせるのだった。先ほど、口喧嘩した内容は、注意しながら乾かすのだった。
「来夢の時も、そこまで丁寧にしてくれたら逃げたりしませんよ」
来夢は、かなり、嫉妬が混じった感情をぶつけた。
「くうくう」
「気持ちがいいって、子供たちにも同じようにして下さい。だってよ」
「そうか、そうか、そうするよ。どうする。来夢も入るなら洗ってやるぞ」
「今日は、三匹よ。もう無理でしょう」
「今度、そうしてやるからな」
「えっ」
一瞬、嫌そうな表情を浮かべたのは、はやり、洗われるのが嫌だと、感じたが、その一瞬の表情は、小さい主は、見逃すのだった。それ程まで真剣で夢中で、嫌な気分にならないように注意して乾かすのだった。そして、三匹目が終わる頃は、へとへとになるのだった。そして、先程まで寝ていた。あの一室に、親子は、勝手に戻るのだった。
「小さい主様。あとは、お姉ちゃんが、親子の面倒をみますので休んで下さいね」
「ああっ、ごめん。そうするよ。自室で少し横になるな」
来夢は、小さい主の話を最後まで聞いて、自室に向かうのを見送ってから狸の親子の後を追い駆けた。すると、一室の前で来夢を待っていた。姿を見ると、鳴くのだった。
「大事な話がある?・・・あっ、そうだったな。十年前の夫婦のことだったな」
「はい。それと、大事な物を預かりました。その者の形見を渡さなければならないのです」
「あっ、そうか、形見まで預かったのだな。それより、何があったかを詳しく話をしてくれないか」
狸の親は、ゆっくりと頷くことは、何もかも全てを話す。そう言う意味だった。
来夢は、一つだけ話を聞く前に、知りたいことがある。それを教えて欲しいと言うのだった。それは、狸とは、生涯を旅で過ごすのかと、問い掛けた。すると、即答で、旅などしませんし、生まれ育った地域からも出ることはないと・・・・俯いたままで、恐らく、来夢の話を聞かせてくれないか、その言葉を聞くまで首を上げることも口を開くこともしない。そんな、真剣な様子を感じられた。
「それは、十年の前の夫婦のことが原因なのだな?」
「・・・・」
首を上げずに、さらに、頷いて下を向くのだった。
「それでは、その話をしてくれないか、初めから最後までの全ての話しをしてくれよ」
「はい」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
二人の子供は、即座に謝罪した。そして、母から視線を向けられて、その視線の意味は形見の二枚の枯葉を持ってきなさい。そうだと感じて、絨毯の下に隠した。二枚の枯葉を咥えて現れたが、母が話し出そうとしていたので、そのまま渡すこともなく母の隣に立って、指示が出るまで咥えたまま俯くのだった。
「・・・・」
そして、ゆっくりと、狸の母親は口を開いた。
私たち親子は、ある山々の奥地で暮らしていました。と、始まり、本当なら奥地から人里の近くまで来る気持ちはなかったのです。でも、わたしは、人が作った動物を捕まえるための罠に掛って数か月だけ人里で人の家に住んだことあるのです。その時に治療のために温泉にも入り。人の食べ物や人の道具などを見たのです。その話を二人の子供に話してしまって、さすがに、人里まで下りる気持ちはなかったのですが、祖父が亡くなり泣き続けの毎日でしたので、気持ちを切り替えて欲しいために、温泉だけでも、と思って、人が車という乗り物の通り道まで下りてきたのです。それでも、温泉に行く時は注意して慎重に道を渡ったのですが、その帰りは、特に子供たちは、嬉しくて楽しくて興奮していました。それは、私も昔を思い出して興奮していましたので注意が足りませんでした。温泉に行く時と同じく、私が先頭に歩いて指示をしていれば、事故は起きなかったはず。でも、運が悪い事に、わたしの二人の子供が飛び出して上手く避けてくれたのですが、その時、共に行動していた。兎の親子も飛び出したことで、二度目は、上手く回避できずに、車は変な動きのままガードレール無いために車ごと谷の底に落ちてしまったのです。車に乗っていた夫様とお年寄りの方は即死で、奥様の方はまだ息がありました。人の時間で言うと、たぶん、二時間くらいは生きていたはずです。と、その時に、遺言と形見を預かりました。それが・・・二人の子供が咥えている二枚の枯葉です。
来夢は、親の話を遮った。
「その枯葉を小さい主様と祖母様に渡しに来たのだな。それも、十年も掛って!」
と、叫ぶように声に出していた。狸の親は、深々と頷いたが・・・。
それと、伝いたいことが、まだ、あるのです。兎の親子も共に旅に出たのですが、十年の間に、野犬や様々な天敵から逃げる時に、兎たちは、狸よりも寿命が短いので、一匹が犠牲になって私達を逃がしたのですが、また、二匹と、そして、三匹、四匹と、命を犠牲にしたのです。その時に、もし会えたら事故の原因を話す時に、直接に謝罪は出来ないが命を捧げます。そう伝えて下さい。
「そうか、そう・・そうか、そうなのか・・・」
「でも、まだ・・・」
狸の親は、まだ話の続きがあるようだった。
「ん?」
「形見を渡すのは、お姉ちゃんに、と言われました。恐らく、猫様の事だと思います」
「えっ?・・・わしに?・・・」
「はい。必ず必要になるからと・・・そして、息子をお願いします。それを最後に・・でも、嬉しそうな表情を浮かべて亡くなりました。まるで、未来の光景でも見ている様子でした。恐らく、人が良く言う。走馬灯で過去だけでなく未来も見ている感じでした」
来夢は、狸の話を聞いているのか分からないが、狸の方は、全てを伝えた。全ての使命を果たした。後は、もう何もない。と、安堵しているようだ。そして、話し疲れたのか、身体を横になり嬉しそうに、二人の息子に視線を向けた。
「もう十年間も人里で過ごしてきたわね。でも、見るだけで体験はなかった。それに、山で食べられる物や人里のゴミと違って、美味しい物も食べたでしょう。それに、山の温泉と違って凄く気持ちが良かったでしょう。だから、今日の思い出を忘れずに、でも、二度と人里に下りて来ては駄目よ。思い出を大事にして生きる糧にして、山の奥地で暮らしなさい。それだけは守りなさいね」
まるで、今度は、自分の子供たちに遺言のような話を始めた。
「・・・」
「それだけ、今直ぐに約束を守ります。と、言えないですか?・・・言ってくれませんか」
「・・・・」
二人の子供は、即答できずに、親の顔を見つめていた。
「待て。まるで、遺言のようだぞ」
来夢は、思案している時に、狸の親の会話から何かを感じ取ったようだった。
「そうですか・・・・それよりも、二人の子供から・・・二枚の枯葉を受け取って下さい。それで・・・終わりですし、もっと、いろいろ詳しいことが・・感じ取れるはずです」
二匹の子供たちは、二枚の咥えていた枯葉を来夢の目の前に置いた。
「十年なのだな・・・」
「はい。遅くなりましたが・・・」
「大丈夫なのか・・まさか、死期を感じている。なんて・・・」
「大丈夫です。子供が心配ですから・・・それよりも、枯葉を十年も守ってきた。その理由・・それが、何なのか知るまでは死ねません。だから、安心して受け取って下さい」
「そうだな。そんな、興奮する程の思いがあるのなら大丈夫そうだな。分かった。そうしよう。今直ぐに受け取るよ」
来夢には、親の狸は疲れ切って喋るのがやっとの状態に感じた。だから、これを受け取ると、心の支えが消えて死ぬのではないか、そう感じたのだが、両の目を見ると、まだ、生命力が溢れているとも、幼子の夢を語る時のように未来を信じているように思えて、死期なんて思い過ぎと感じるのだった。それで、気持ちを切り替えた。だが。それ程まで十年間も思い続けた。この二枚の枯葉の理由を知りたいのだろう。だから、今度は逆に自分の内心で少々の恐怖を感じてきたが、親の狸の気持ちを答えようとして、ゆっくりと、右の前足を伸ばして一枚の枯葉に触れようとした。恐る恐る一枚の枯葉に触れると・・・。
「き、れ、い・・・綺麗ですね。本当に綺麗・・・なんて凄いの!」
枯葉が,真ん丸と膨れたと感じると、直ぐに弾けて一瞬で閃光が室内に広がった。それと同時に風圧を感じると、窓や物が壊れる驚き目を開けたが、痛みもだが、光が眩しくて何も見えなかった。だが、目が慣れてくると、鈴の背中に例えようもない。無理に例えるのならば、室内が光の中だからだろうか、透明なのだが光が屈折を繰り返すことで虹色に輝く二枚の物があった。ショールのようであり反物のように長くてはためくのだが、たしかに窓が壊れているために風は入るだろうが、それ程度の風の力だけでは足りない。もしかすると、時の流の力あれば、いや、まだまだ、足りない。時の流の力、光、風の風圧の全てが重なったことで生きて動いているようだった。その艶やかな動きであり。神々しさ、噂に聞く程度の物である。それは、羽衣としか思えない。猫と狸では知らないが、人なら羽衣だと、これしか考えられない。そう感じるはずだった。これなら、空を舞うだけでなくて、時の流の未来でも過去でも異次元だろうが、飛ぶことが可能だろう。だが、来夢は、驚いているようだが、何の風圧も音も感じていないようだった。
「ありがとう。これ程の物を本当に、ありがとう」
「これが、お迎え。と言うのね」
親の狸は、何の悩みもない。そんな、表情を浮かべていた。来夢は、この世から消えるのではないかと、とっさに動き出して親の狸に近寄ろうとした、その動きは、空中を歩いている感じだった。まったく重力が感じられないのだった。
「待て、待て、変な誤解をするな。それに、まだ、一枚目だぞ。まだ、二枚目がある」
「えっ・・・あっ、そうでしたね。まだ、これ以上の驚きがあるのでしょうかね。それも早く見てみたいですね」
もしかすると、本当に、親の狸は天国の入口の門でもくぐったかもしれない。それを来夢が引き戻したかのように思うのだ。だが、生気が戻ってはいない。それは分かるが、少しだが戻ったように感じたのは、また、想像以上の何かを見られる、体験ができる。それを期待したからだろう。
「あっ!」
二枚目の枯葉に触れて一瞬でも痛みを感じたのだろう。驚きの声を上げた。だが、もう一つの驚きもあった。小さい主が事務所の室内の扉を開けて現れたからだ。それも驚きの表情を表して何かを叫ぼうとしていた。やはり、想像以上の衝撃の音が響かなくても、窓が壊れる程度の音だけは周囲に響いたようだった。それも、小さい主の部屋に届いていたために寝ていたのを起こしてしまった。そんな、驚きを表したのだ。
「うぉお!それ、カッコいい!スゲーなー!。それって、スカーフか、マフラーなのか?」
男性的な思考だからなのか、まるで、特撮のヒーローとしか思っていないようだった。
「小さい主様、起こしてすみませんでした」
「それよりも、スゲーな!」
「ん・・・?」
「どうした?」
「何か起きましたか・・・・二枚目の枯葉は消えたようですよ・・ね」
「ん・・・あっ!これ、これ、これがあるわ」
何気なく、癖なのか、左の前足で顔を擦ると、小指に赤い糸のような物が巻き付いていた。それも多くはなく、二回くらい巻く程度で気付かない程の物だった。それでも・・・。
「・・・・」
狸の親子も、小さい主も、意味が分からず。何かを見ようとして、来夢の前足を見るが何なのか理解が出来なかった。
「えっ?」
来夢は、不思議に思い。何度も前足を振るのだった。だが、何の反応も返してくれずにがっくりと、落ち込むのだった。それよりも、親の狸の方が、もう何も思い残すことがない。そう思っているのか、それとも、ただ、疲れただけなのか、前足、後ろ足が一瞬だが痙攣のような動きをした。それには、誰も気付かなかったが、腹を床に付けて休むのだった。
「どうした・・・大丈夫か?」
来夢は心配になり声を掛けた。それは、勿論のことだが、小さい主が分からない猫語であり。猫の身体の状態なども気付いてはいなかった。でも、同じ状況で、来夢だったのなら直ぐに駆け寄っただろう。まあ、どうでも良い訳ではないが、この場では、差年長である。来夢に全てを任せている感じだった。それは、狸の子供たちも同じ気持ちだったのだ。
「・・・」
「本当か?」
「は・・い」
「本当に大丈夫なのなら、明日でも、お前らが見送った。夫婦の親に会って欲しいのだが・・・無理なら仕方がないが・・・」
「いえ、まだ、全てが伝え終えていないと思っていました。二枚の枯葉が瑞々しいのでから・・でも、正直に言いますと、街を歩き回るのは苦痛を感じて、途中で歩けなくなるかもしれません。それが、心配です」
「そうか、それが、今の正直な気持ちなのだな?」
「はい」
「う~」
来夢は、親の狸と祖母を会わせる手段と方法に悩んでいた。
「婆ちゃんの着替えの鞄の中に入ってもらうか、でも、自転車では、振動があって居心地が最低だし最悪だよ。バスだと、倍以上の時間がかかるから苦痛だろうし・・・・」
「今回は大目に見ます。だから、タクシーに乗って下さい」
「確かに、早いし振動もないだろうけど、病院までの距離もあるし、往復で乗るとしたら高額の値段になるぞ。それでも、いいのか?」
「今回は、仕方がありません。タクシーに乗っていいですよ」
「わかった。そうする。でも、親子の三匹は、ちょっと、無理だよ」
小さい主は、来夢は、狸の親に視線を向けて問い掛けた。その後に、二匹の子供に何て答えていいのかと、悩むのだった。だが、狸の親子が人の言葉など分かるはずもなく。来夢が小さい主と問い合ったこと、その話を猫語で内容の全てを伝えるのだった。そして、狸の親は、二人の子に大人しくこの家で待つように言うが、納得などするはずもなく、猫である来夢と一緒に走って向かう。そう言うのだったが・・・・狸が街の中を走れるだろうか?。
小さい主の両親は、二人で同じ趣味なのか、だが、今の世では現存しているか分からない物である。母は息子のためなのか?、夫か自分用なのか?。二人で機織り機を動かして布地を織っていたのだ。それでも、機織り機を動かしているのだが練習中なのか織っている物が見えない。いや、時々光で何が反射するので織物はある様に見えた。例えるのなら蜘蛛の糸のようだった。いや、現代的の例えなら釣り糸のような透明な物に近い。それでも、父の方は、殆んど、透明な布の材料だろう。絹の糸でも作っている様子で、糸車を動かすが、あまりにも材料が遠くなので、先の根元が元の原料は何なのか分からない。何も疑問にも思わずにズルズルと引っ張りながら作るのだった、すると、今度は、二本の赤い細い糸と生物としては存在しているはずもない拳(こぶし)くらいの大きな蜘蛛から糸を引っ張りながら糸を作っていた。だが、赤い糸であるので妻の材料とは思えなかった。その様子を夢だろうと、祖母が見ていた。だが、これが夢だと直ぐに感じたのは、祖母である自身が祖母を見ているから感じたのだ。それでも、普通だと夢だと感じたら目覚めるはず。もしかすると、霊界と天国と現実の狭間のか・・・なら、夢ではない?・・・。などと、思案を初めて、答えが出るか、出ない頃のことだった。それでも、羽衣と赤い糸を作っている。そう感じていた。
「コンコン」
病室の巡回と言っても夜ではない。昼を食べ終えてから何か用事でもあるか聞くためと少しの会話でもして患者の気持ちを癒そうとしたのだ。そんな、看護婦が室内に居る者だけに聞こえるように強くも弱くもない扉を叩く音が響いた。少しの間だが返事を待っていたが何も聞こえず。まさか!と思ったのだ。普段から慣れているのだろう。大きな音を立てることもなく扉を開けて中の様子を見た。
「寝ているようね。でも、最近は、一日の殆ど寝ている時間が多いわね。これは、先生に報告した方がいいのかな・・・・でも、苦しみもない。楽しそうな夢を見ているような表情ね。なら、大丈夫かしらね・・・もう少し様子を見ましょう」
扉を開けて中には入らずに、穏やかで楽しそうな顔の表情が見えたので、少しだけ様子を見て思案したが、何事もなかったかのように扉を閉めて他の病室を見に行った。
その後、何度か起きては、病室の窓ガラスの外を見て・・・・。
「今日は、来ないのかしらね」
それを繰り返しては、また、寝るのだ。誰を待っているのか、それは、病室の扉ではなく窓ガラスの外を見ているのだから飼い猫の来夢としか思えなかった。それ程の理由は、恐らくだが、孫の彼女のことに違いない。
そんなにも思われている猫であるはずの来夢は、まだ、自宅に居た。勿論、原因は、来夢ではなく、狸の親子の挨拶が終わらないためだった。いつ終わるのかと思われる理由には、二匹の子供が、これが最後で死に目にも会えない。そう思っているからだった。確かに、来夢から見ても、人から見ても、生命力と思われる親の狸の様子は、初めて会ってからは生命力が減少している様子が感じられる。それでも、親子の三匹を連れて行けるかと考えてはいるが、病院まで連れて行けたとしても、狸はイヌ科なのだ。猫である来夢の様に高い所を登れるはずもなく、思案が停止していた。親が子供を説得する様子を見ることしか出来なかったのだ。
「もう時間がないのに~仕方がない。子供も連れて行こう!」
「そうだとしても、猫の頭では良い考えは出ません。どうするのですか?」
「俺が病院まで歩いて連れて行くしかないだろう。それも、首輪と紐を繋げて犬の散歩のようにすれば、狸だと思わないはずだ。それしか解決する方法はない」
「でも、それだと、かなりな距離を歩くことにもなりますし、時間も掛りますよ」
「くう~くう~」
狸の親子の会話だが、特に子供たちの鳴き声が喜びを感じるのだ。それは、人の会話が分かっているのか、それは、別だが、大人しく何かを待っているように、小さい主に顔を向けるのだった。もしかしたら、親だけは理解が出来ていて、子供たちに指示をしたのかもしれなかったのだ。
「おっ!。分かっているようだな。なら、今直ぐに持ってくる。だから、大人しくしていろよ」
小さい主は、ペットの預かり部屋の隅に様々なペット用の玩具などの入れ物があった。その箱から三本の散歩用の紐を取りだして狸の親子の首に付けるのだった。
「さあさあ、もういいわよね。直ぐに病院に向かいましょう。さあ、小さい主様。玄関を開けて出掛けましょう。勿論、玄関の鍵は忘れないで下さいね」
来夢は、玄関の前に行くと、言葉だけでは足りないと感じたのだろう。両の前足を振りながら叫ぶのだった。それも、何度も、自分の所に来るまで指示するのだった。まるで、この場の指揮官のようだった。そして、三本の紐を手に持つと、来夢の頭を撫でてから玄関を開けて鍵を閉めるのだった。その一つ一つの動作を確認した後に、サクサクと、軽やかに案内するかのように先頭を歩き出したが、やはり、猫の習性なのか、時々、後ろを振り向き後から付いて来ているか、確認しているようだった。普段なら遠回りだが自転車が走りやすい国道を通るのだが、今回は、猫でも安全で近道を優先するために街中の商店街を通っていた。それは、人目にはつくが、何も問題はないと思っていたのだろう。だが、意外と、想像以上に自分が有名人だと、今頃になって気付くのだった。小さい主と猫の散歩なら自分のペットのことと置き換えて楽しむ者や楽しい会話の話題の一つとしていたのだが、驚き、いや、悲しみ、怒りもあるかもしれない。猫よりも犬が好きになった。などのことを来夢に慰みの言葉を掛けるのだ。それでも、面倒だと思っているのだが、人には堂々と歩き、振り向いては、無事に付いて来ているかと、確認する姿は、人の親以上の情愛だと褒めるのだった。その逆に、小さい主には、犯罪者のようであり。二股、三股などする浮気者であるような破廉恥な男を見る冷たい視線を向けるのだった。そして、やっと一時間半も掛り病院に着くのだった。少し歩き疲れたことで、病院の玄関の外で疲れを癒していた。だが、仲の良い看護婦さん。との出勤時間と重なり。動物を院内に入れては駄目だと叱責を受ける。それでも、必死に理由を伝えた。
「仕事の依頼で預かっているのね・・・・・う~」
長々の説得で言葉が詰まり、あと一息で、ここまま続ければ良い言葉が言われるかも、と感じたのだった。
「家に誰かが居れば置いてきたのですよ。病院に動物を連れて来るのは常識的に考えれば悪いのは分かるのです。でも、誰も居ないのに置いて来て何かあれば・・・・うっううう」
言葉が詰まり、泣き真似まですると・・・・・。
「分かったわ。まず、病院の裏に別棟があるのは分かる?。あれは、痴呆症の方たちで癒しとかで、動物に触れると改善の兆候があるらしくて、動物を飼っているから・・・」
「はい」
「そこで、これから、婦長の許可を取りに行くのに少しの間だけでいいから庭に繋いでいていいですか?。と言うのよ」
「はい」
「それで、でね。婦長の部屋に行って許可を直ぐに取りなさい。それで、ちょっと、ねえ」
「はい、はい」
小さい主の耳に口を近づけて囁くのだった。
「これからが肝心な事なの。婦長が許可を出さない。と思うけど、駄目な時は、そのままおばあちゃんの病室に向かいなさいね。でも、何時ものように長居はしては駄目よ。まあ一時間が限度ね。だから、確り手を洗うことね。それと、花粉病の入院患者用と名目だけど、殆どの人が喫煙所の人が使う。温風の殺菌室があるから身体に動物の毛を吹き飛ばすことは忘れないでね。何か遭っては大変だからね」
「はい」
「本当に分かった。今回だけよ。もう出勤時間だから行くわね。本当に約束は守るのよ」
「はい。本当に、ありがとう」
「絶対に守るのよ。これで、最後だけど、殺菌所の中には最低でも五分は居なさいね」
「はい。五分以上は居るよ。本当にありがとう」
まるで、来夢みたいだと、一瞬だが思うのだ。本当に、その様子は、数歩進むと、振り返っては注意をするのだ。それは、建物の中に入るまで何度も続くのだからだ。そして、来夢はと、周囲を見ると、どこにも居なく、すでに、祖母の病室の硝子窓を叩いていた。
「今日は、遅かったわね。何か遭ったの?・・・・・それに、何それ?・・・綺麗よね?」
祖母には、光の屈折で何かを感じた。だが、羽衣だとしらないが、不審も感じた。
「ん?・・・見えるの?」
「それより、どうしたの?・・・おどおどして変よ。早く入ってきなさい」
来夢は、猫でも人でもない。何かに変わったと、この状態で、祖母と会ったら病気が悪化するのではと、様々なことを考えていたのだ。
「う・・ん・・・身体は何ともない・・・大丈夫?」
「そんなに、今日は顔色が悪い?・・・・何か感じるの・・・ボタンを押して先生を呼んで診てもらった方がいい・・・そう思うの?」
「そうではないです・・・あの・・・」
「もしかして、背中っていうか、肩っていうか、そのキラキラと光る物のこと?」
「はい・・・そうです」
来夢は、俯いたまま顔を上げられなかった。そんな姿を見て・・祖母は・・・。
「何かあったのね。もし話していいことなら教えてくれない?・・・それで、何か困っていることがあるなら一緒に考えましょう・・・ねえ、そうしましょう」
来夢の姿が、孫である小さい主と重なり。まるで、本当の孫のように慰めるのだった。
「はい」
心底から悲しくて苦しいのだろう。それでも、やっと、一言だけ口から出せたようだ。だが、祖母の耳には届かず。祖母は仕方がなく来夢の頭でも撫でて気持ちを慰めようとしたのだろう。やっと、寝具から起き出しては息を整えて、また、寝具の端で腰掛けては息を整えてから床に立つのだった。普段の来夢なら即座に止めていただろう。だが、俯いたままだった。気付いたのは、自分の目の前に立ち、頭を撫でられて気付くのだった。
「あっあ(ありがとう)・・・・えっ!」
祖母に感謝の言葉を言うつもりだったのだろう。驚くことに、祖母は、身体を傾けて頭を撫でていたことで、突然に、いや、来夢の安堵、いや、喜ぶ様子を感じられて安堵したのだろう。その時だった。カックリと、膝から力が抜けてしまい。来夢の身体の後ろの方に倒れてベランダの方に倒れた。必死に、右手を空中で何かを描くように何かを掴もうとしたのだが、このままでは、手すりから飛び越えて地面に落下してしまう。すると、まだ死ぬのに早いと神が思っているのか、突風とまで強くはないが、風が吹いて羽衣が風になびくことで祖母の右手に絡まるのだった。さすがの猫である来夢では一人の女性を引き起こせるはずもなく、すると、何の抵抗もなく来夢の身体から羽衣が離れて、祖母の身体に巻き付いた。すでに、来夢も祖母も目を瞑って死を覚悟した。痛みもなく、遠い過去であり。記憶もないはずなのに、母の胸に抱かれていると感じたことで、天国にでも行ったのかと、恐る恐る目を開けると・・・。
「まあ!」
祖母が歓喜の声を上げた。勿論とは変だが、空中に浮かんでいるからだ。それでも、クルクルと回って無重力の状態のようだった。直ぐに、来夢も飛べる、浮くなどの気持ちなど考える時間もなく祖母の胸に飛び込んでいた。
「来夢ちゃん。これは、なに!落ち込んでいた理由は、これだったの?」
「うっ・・その、他にも色々と・・・」
「まあ、後で、全てを聞かせてね。それより、上にでも下でもいいから動けないの?」
「どうでしょう?」
「来夢ちゃんは、空中で座っているわね」
「座りたいと思っているだけで・・・あっでも、猫泳ぎをしたら動けますわね」
「ほうほう、座ったり、泳いだり。そう思うと、動くのね」
恐らく、無重力体験をした者なら、俺も、私もと、まるで、同じことをしたぞ。と感想を口にするに違いない。だが、本当の宇宙や無重力では、素早く思った通りに動けないはずだった。それが、自由に出来るのなら体験したいと、誰もが思うはずだ。
「キャ!」
祖母は、一瞬だが悲鳴を上げたのは、多くのベランダに出ている者、室内から外を見ている者と目が合ったと感じたからだ。だが、誰も、祖母と猫が空中に居る姿を見ているはずだが、何の騒ぎにならないことに驚くだけでなく、不審にも思う。それでも、ゆっくりと、地面に降りて行くのだった。
「もしかして、中から外は見えても、外から中は光の屈折で見られないのかしらね」
「不思議ですね。あの・・ですね。それのことが、何も考えてもいないのに、何故なのか、羽衣と言う物らしいです。そうだと、分かるのです」
「ほうほう、これが、羽衣と言う物なのね」
「はい、そのはずです」
「他にも、いろいろとあるのでしょう。何があったのか、本当に話をしてね」
来夢は、頷いて返事を返した。まず、狸の親子と会って二枚の葉っぱを貰って、不思議なことが起きたことだけは伝えた。そして、左の前足を祖母の目の前で振ってみた。
「見えますか?」
左の前足のことを話したが、やはり、見えないと・・・。
羽衣が祖母の身体に巻き付いたままではなかった。それは、巻き付いたと感じたら何か認識でもしたかのような動きだった。今度は、身体から離れだすと、両の手を広げた程度の先に離れたと思うと、透明な卵があるかのような感じで巻き付くのだ。その透明な卵の中にいる感じで自由に体を動かしては、来夢と話をしているのだった。恐らく、会話が交わせるのは、来夢の身体の一部となった羽衣の効果のはずだ。
「あっ、祖母様。下を見て下さい。小さい主様ですよ」
「そうね」
「それと、あの三匹が狸の親子です」
「そうなのね。それよりも、このままだと、孫と狸は良いとしても、喫煙所の真ん中に降りるわよ。まずいわよね。どうしましょう?」
「それでしたら、椅子に座る感じを考えれば、降下が止まり。空中で座れると思います。それで、小さい主様と、狸の親子だけになったら地上に降りましょう」
「そうね。それがいいわね」
それでも、祖母は、来夢の指示に従うが、時々、上空にある自分が居た病室に視線を向けていた。やはり、病室に自分が居ないと、騒ぎになると思ってのことだろう。そんな心配など知らずに、来夢は、楽しそうにしていた。恐らくだが、子供の頃のことでも思い出して、その思いと、今の状況を重ねているに違いない。その思いは、段々と、年月が過ぎて行くのだ。そして、思い出したくもないこと、最後の玄関での別れを思い出すと・・・・。
「祖母様・・・あの・・・ですね」
「どうしたの?」
「もしかの可能性のことですが、奥様の・・・いや、小さい主様のご両親のことです」
「何が言いたいの?・・・もしかして何か遭ったのね。そうなのね。そんな、ふざけたことをする人なら言いなさい。こんな状態な私でも、いろいろな知人はいるのよ。もし人でなくても動物でも、例え、熊だとしても、来夢ちゃんに償いをさせてあげるわよ」
「ありがとう。でも、違うのです。それでも、ある意味では安心しました。そんな、強い意志があるのなら何も心配しません・・・なら、言います。可能性の一つですが、小さい主様のご両親の最後を見ることが出来るかもしれません」
「えっ・・・何を言っているの・・・です?・・・娘たちの最後・・・えっ本当なの!」
「来夢は見たのですから、もしかしたら、それで、突然に見たら心臓が止まってしまうのではないかなって、だから、心配になったのです」
「それが、狸の親子を連れて来た理由なのね?」
「はい」
「馬鹿ね。そんな面倒な事しなくても、一時外泊でも出来たのに・・・馬鹿ね」
祖母は、ポロポロと涙を流した。それは、嬉しいのでも、娘のことを思ったのでなくて自分の命が尽きるのを感じているのだと、医師や自分の考える以上に、猫が分かるのなら孫も、自分との別れ方を考えられていた。それが悲しかったのだ。それと、自分の命が尽きるまでの時間も考えていた以上に短いのだと思ったのだ。
「ありがとうね。でも、来夢も同じように短いかもしれないのよ」
「大丈夫ですよ。猫は死期が分かるのです。まだ、大丈夫ですよ。それに、来夢にとって一番の楽しみは、嬉しいことは、小さい主様と祖母様の笑顔を見ることですのでねぇ」
「そうね。そうね。でも、孫は、本当に好きな子がいないのかしらね。結婚式までは無理なのは分かるのだけど、彼女くらい紹介してくれないかしらね。それが、一番の嬉しいことで、もっとも安心することなのに・・・」
「もう少し待っていて下さい。まず、今回の件と、今実行中の依頼が完了すれば、本格的に彼女探しをします。ですから、もう少し・・・・」
「もう!私が死ぬ前には、孫の彼女を紹介してよね。ふっふふふわっははは!」
「冗談だと分かりますが、心臓が止まりそうになりますので、二度と言わないで下さい」
「それだけ、難しいことだと言うことよ。私と孫を笑顔にするのでしょう」
「はい。そうでした」
「それに、そろそろ降りても良い頃ではないの?」
「あっ!」
喫煙室では休憩時間が終わったのだろう。誰も居なくなったが、喫煙室の裏に繋いでいる狸の親子を見る一人だけが中々帰ろうとしなかった。初めだけは見ているだけだったのだが、何を思ったのか、突然に、狸の身体を触るだけではなく口を無理矢理に開けては何か容態を診ているようだった。そして、何を思っての行動だったのか、笑顔を浮かべると、狸の親子の頭を撫でた後に、小さい主に何かを話し掛けた。すると、小さい主は感謝の気持ちを表しているかのように深々と頭を下げると、その者は、病棟ではなく裏の別棟に向かうのだった。そんな場面を祖母と来夢が見ていたのだった。
「そうですね。下に降りましょう」
「よっと、よっと、とっとと!」
来夢と、祖母は下に降りようと苦労している感じだった。やっと、地面に着くと、小さい主に手を振るのだが気が付いてくれない。それでも、何度も様々ことをするが、何をしても気付いてくれなかった。だが、誰も気付いていないが、羽衣がゆっくり、スルスルと布が重力に逆らっていた状態から不思議な力が消えてきた感じの状態になると、光の屈折も解かれて、小さい主も、やっと気づくのだった。
「おっ、とっと突然に、どうなっている?・・・何時からいた?」
「小さい主様が、長細い箱の操作を悩んでいる姿を上から見ていました」
「それは、ここに来て直ぐでしょう!」
「その箱って何なの?・・・何か怯えていた感じだったけど、注射とか献血する所?」
「この歳で、注射などで怯えたりしません。それより、身体は大丈夫なのですか?」
「そうなのよね。何か~この透明の膜の中にいると、湯船の中で浮いている感じとでもいうのかな~居心地が良いのよ。まるで、夢物語のあれよ。若返りの泉のような感じね」
「まあ、体調が良いならいいですけど・・・」
「祖母様。長く病室を留守には出来ませんし、狸の親も体調が悪いのを我慢して来たのです。そろそろ、お会いして下さいませんか?」
「そうでしたね。わざわざ苦労してまで来て頂いたのですからね。これ以上はお待たせすることは出来ませんね。まずは、孫のことよりも、先に挨拶をしませんと駄目ですね」
ふわふわと飛び上がった。まるで、シャボン玉が空に上がるようだった。そして、正確に、親の狸の目の前に着地するのだった。すると、狸の親は、クウクウと、何かを伝えようとしているのか、謝罪でもしているのか、理解は出来ないが、それでも、真剣に何かを伝えたい気持ちは感じ取れた。それで、祖母は、今までの子供を育てた経験と様々な動物などを育てたことでの経験で同じようにするのだ。それは、相手の目を見ながら優しく頭を撫でるのだ。今までの経験では、自分から感情を伝えると、相手が何を考えているのかは、分かるとは大袈裟だが、この狸の親は、自分に心底からの謝罪をしている。そう感じるのだった。
「もう良いのよ。気持ちは伝わったわ。ありがとうね」
まるで、菩薩の笑顔を想像すると、今の祖母のようだと感じられた。それでも、二匹の子供が、二枚の枯葉を母の目に前に置く、その様子を祖母の視界に入った。
「これを手に取れ。そう言っているのね」
「くう~ん。くう~ん」
「もう~こんなこと昔にもあったわ。なんか楽しい気持ちになるわ。今みたいに娘は葉っぱを何かの料理を作ったって差し出すのよ。それも、本当に食べないと泣くの。あれには本当に困ったわ。だから、感謝の気持ちで受け取るわ。まあ、食べることは出来ないけど、そうね。本のしおり。として大事にするわね」
「くうくう」
「ありがとう・・・ね」
その枯葉を手に取ろうとして、指が枯葉に触れると、誤って針の先を刺してしまったかのような痛みを感じたのだ。だが、それから、菩薩のような笑みだったのが、表情が固まり、青くなり。赤くなったと思ったら人生で一度も表したことのない表情を表した。それを例えるのなら鬼の貌。今直ぐにでも鬼が怒りを爆発して暴れる寸前に思えた。だが、その怒りは、狸の親と言うより、二匹の狸の子供に向けていた。
「くうくう」
「あなたが、この映像を見せているのね。そのために私に会いに来たのね。それで、何時のことなのよ。娘たちは、最近まで生きていたのね。そうなのね。はっきりと言いなさい!」
「祖母様。少し落ち着いて下さい」
「来夢!同じ映像が見えるのね。なら、分かるわよね。わたしが怒りを感じている。その理由を知っていて、止めるの?」
「今は見えません。何を見ているのかも分かりません。ですが、何を見ているか分かっています。わたしも枯葉を触れた時に見ました。いや、感じました。ですが、落ち着いて下さい。その二匹は、子供ですよね。この場にいるのは、子供ではなく、大人でもなく、もっと、歳を取っていると感じませんか?」
「えっ?」
祖母は、来夢の言葉で、少しだが冷静とまで行かないが、映像の二匹の子供と、この場の二匹では、姿が違うことを確認できるだけの気持ちは落ち着いたようだった。
「そうですよね」
「そうね・・・・やはり、十年の前の事件の当時のことなのね。娘たちは死んでいたのね」
「そうです。一緒に遺体を確認しましたよね。葬式も・・・」
「そう、そうだったわね。わたしも憶えているわ。あの時から孫は、殆ど毎日、毎日、泣いていたわね。それを来夢ちゃんが世話をしてくれたのだったわね」
顔の表情は、まだ、鬼のような形相だが、猫を呼び捨てではなく、ちゃん。と付けることまで気持ちは落ち着いてきたようだった。
「・・・・」
「祖母様。何か、狸の親が言っているようです」
「ああっ、そう・・・みたいね」
「鳴いているのでなくて、人の言葉で何かを言っているようです」
「えっ」
来夢の話しで、もっと近寄り。本当なのかと、耳を寄せて理解しようとした。
「ご・・・ご・・・」
「本当ね。何かを言っているようね」
「祖母様。静かに、静かに」
「ご・・・ご・・・めん・・・なさ・・・い」
「ごめんなさい。そう言っているのね」
「ご・・・めんな・・・さ・・い」
「もう、そんなことを言われたら、もう怒れないでしょう」
「ごめ・・ん・・なさい」
「もう良いわ。もう良いわよ。もう十年間も頑張って謝罪の思いを人の言葉で伝えようとしたのね。でも、ごめんなさい。それだけを憶えたのね。でも、許してあげません」
「ご・・めん・・・なさ・・い」
「わたし、娘と婿と夫の顔を忘れそうだったの。だから、暫く家で暮らしなさい。それで私が飽きるまで、この映像を見せなさい。勿論、御馳走も食べさせてあげるけど、でもね。人の言葉の正しい発音で、ごめんなさい。と謝罪をしたら許してあげる。そうでなければ許しません!」
「怒ったり、叫んだり。と何を言っているのです。それだけでなくて、狸に人の言葉で話せ。なんて無理な事を言って、まさか、呆けたのですか?」
小さい主には、映像などが見られるはずもなく、何をしているか分からなかった。そんな、会話が届いたのか、上空から祖母を呼ぶ声が聞こえて来るのだ。
「もう無断でなにをしているの。それも、そんな所で、何をしているのです。早く戻ってきなさい!」
病室の窓から看護婦さんが叫んでいた。
「見つかりましたね。これでは、羽衣で飛んで戻るのは無理ですね。どうしましょうか?」
「車椅子を持って来て」
孫に頼むのだった。
「もう無茶なことをして~はいはい。分かりました。直ぐに持ってきますよ」
看護婦からの叫びの声から数秒で、小さい主は、直ぐに駆け出したが、その数分、いや、数秒後だった。
「直ぐに、そこに行きます。動かずに、待っているのですよ」
看護婦は、慌てて叫んでしまったが、今の叫びの間で、他の看護婦に指示を伝えていたのだ。だが、自分だけは、何が起きたとしても対処できるように、と、祖母の安否のために下を見続けた。
数人の看護婦たちは、緊急の連絡でも聞いたのだろうか、祖母の名前を言いながら慌てて現れた。それでも、担架と車椅子を持って現れたのだから理性だけはあるようだった。だが、心底からの心配を表していたが、同時に不審と怒りも表している感じでもあった。
「もう無茶ですよ。それで、何ともないのですか?」
恐らく、孫が車椅子を持ってくるよりも、先に看護婦が駆けつけるのが早かったのには院内の電話で一階に居る者に助けを頼んだとしか思えなかった。
「はい」
「では、まず、脈拍を測りますね・・・・・正常ね。良かったわ。本当に安心しました」
看護婦が診断できる範囲の全てを診るのだった。
「まあ、何ともなかったから良かったけど、でも、どのように病室から出たのです?」
「それは・・・・・・・・内緒ですわ」
長い沈黙、思考と言うべきか、最後は予想の通りに笑みで誤魔化したのだ。
「また、病室を逃げ出す。そう言うことですね」
「何なのですか、何を考えて二人で漫才などしているのです。早く病室に戻りましょう」
「はい。済みませんでした。主任、そうでした。直ぐに病室に戻ります」
もしかしたら、祖母の気持ちが分かるのだろう。恐らくだが、祖母の孫が戻るのを待っているとも思えるような二人の会話だった。そんなことなど知らずに、この場から祖母が車椅子に乗って移動してから五分後だった。すでに必要ではなくなった車椅子を持ってきて現れるのだった。勿論だと言うのも変だが、猫と狸の親子だけが出迎えたのだ。一瞬だったが、祖母が居ないことに慌てたが、来夢の話しで気持ちを落ち着けてから車椅子を返してから病室に向かうのだった。
「ごめんね。何も言わずに病室に戻って、本当にごめんね」
「いいよ。何ともないのでしょう?」
「うん。何も問題はないって、でね・・・・」
「何?」
「今回のことで、先生から注意されるらしいけど、今の身体の調子なら二、三日程度の外泊は、許されるかもしれない。そう言われたのね。だから、先生の用事が一時間くらいで終わるらしいから・・・あのね・・検査もするから・・」
「いいよ。一人でも病室で待っているよ。だから、気にしなくていいよ」
「ごめんね。たぶん、凄く長くなると思うわよ。でもね。先生の話しの内容しだいで、今日の診察の後、今日でも許しが出るかもしれないの」
「そうなんだ!」
「うん。そうね・・・なら、外で時間でも潰して、また、来てもいいわよ」
「どうしようかな・・・・」
「それか、狸の親子を連れて家に戻って、また、来る?」
「あっ!そうだね。そうするよ」
「そうするのね。それなら、今でも、後でもいいけど、看護婦さんに、一度、家に帰ってから、また、来ます。そう伝えてから行くのよ」
「いや、今、直ぐに伝えてくる」
「そう、それが、いいわね。もし戻って居なかったら検査だと思うから・・・」
「は~い」
「もう!」
祖母の話を最後まで聞かずに、部屋から出て行ってしまった。
「あっ先生!」
部屋から出ると直ぐに、廊下で、祖母の担当の先生と会った。簡単な会釈をすると・・・。
「直ぐに、戻って来ますか?三人で話したいことがあるのです」
「あっ、なら、先に先生の話を聞いてからにします」
「すみませんね」
「いいえ」
小さい主は、直ぐに部屋に戻った。すると、祖母は心配そうに問い掛けたのだ。
「どうしたの?」
「先生が三人で話をしましょう。だって、外泊のことかな?」
「そうね」
祖母と孫の二人で話をしていると、扉を叩く音が響いた。直ぐに、扉が開かれて、今まで話題にしていた。その先生が現れたのだ。
「すみませんね。良いですかな?」
「はい。良いです」
「先ほどは、すみませんでした」
二人の確認の言葉を聞くと、先生は、近くにある椅子を自分で用意して、祖母の寝具の近くに座るのだった。
「どうしたのですか、突然に病室を抜け出すなんて・・・・」
祖母に話を掛けているが、視線は、看護婦から手渡された。簡易な診断の結果が書かれた用紙を見ていた。
「その・・・仕事のことで・・・」
「犬の親子のこと・・・いや、あれは、狸ですね。その親子のことですね」
親子を遠目から見たのだろう。それでも、さすがに医師である。犬ではなく狸だと正体が分かっていた。
「はい」
「狸の親の方は、かなり高齢ですから心配だったのですか?」
「えっ先生には、それが分かるのですか?・・・もしかして・・・」
「いや、病気なのかは分かりませんが、高齢だと分かるだけです」
「そうですか」
「はい。それで、一日でも早く飼い主に帰したいのですね。それで、病室から逃げ出して飼い主に連絡を取ろうと・・・・でも、自分の身体も大事にしないと、駄目ですね」
「すみません」
「まあ、理由も分かりましたし、前から外泊もしたい。そう言っていましたので・・・」
「それでは、外泊してもいいのですか?」
「それは、これからですね。その検査をして結果しだいですね。まあ、お孫さんを待たせるのも・・・あれですから・・・そうですね。お孫さんには家に帰ってもらって、良い結果が出た時は電話をして、もう一度、病院に付き添いとして来てもらうのは、どうでしょう・・・・そうですね・・・明日の朝と言いたいけど早い方が良いでしょう。夕飯は自宅で食べられるようにしましょうかね。そうしましょうか?」
「はい。それが、いいです。そうしょう」
「そうね。そうします」
「それでは、診断の結果を見て、良くても悪くても看護婦に伝えます」
「はい」
「お大事に」
祖母と孫の二人は、嬉しそうに頷くのだった。そして、先生は、他にも予定があるのだろう。全ての要件を伝えると、外で控えていた看護婦を呼んで指示を伝えると、病室から出て行くのだった。
「それでは、検査に行きますよ」
「待って!」
孫が帰ろうとするので引きとめた。
「アジの開きが食べたいわ。たしか、狸の好物もアジの開きなのよ。皆で食べましょう」
「分かった。アジの開きを買ってから家に帰るよ。夕飯の時に皆で食べよう」
小さい主が、元気よく病室から出ると、看護婦は、クスクスと笑うのだ。その姿を見ると、祖母は、恥ずかしそうに俯くのだった。
「そんなに好きだったのね。知らなかったわ。あっそうそう、料理の個別リストに有ればの話しだけど、アジの開きを出すように言っておくわね」
祖母は、コクリと、頷くだけで、猫と狸の好物とは言えずに、ますます、恥ずかしくなり、さらに真っ赤な顔をするのだ。
「まあ、楽しそうな外泊になりそうね。では、身体の検査をしましょうか、早くすれば孫さんが来ても待たせなくすむわ。それに、身体の検査が終わらなければ、先生との診察もできません。でも、身体の調子が悪いなら、また、後から来ましょうか?」
「行きます!」
「待て待て。突然に起き上がったら駄目でしょう。もう、大丈夫なの?」
祖母は、突然に起き上がって床の上に立ち上がった。歳を感じさせない。いや違う。若者の様な感じで生き生きとしていた。その行動を見ると、看護婦は駈け寄り身体を支えた。直ぐに、体調を確かめたが、驚き、心配、怒り、そして、安堵するのだった。
「大丈夫みたいです」
「もう、心臓が止まるかと思ったわ。でも、こんな感情になるまで我慢していたの。そんなにも、外泊するのが嬉しいのね。分かったわ。わたしからも先生に頼んで見るわ。でもね、検査の結果しだいよ。嘘はつけないから正直に言うわ」
「分かりました。はい。はい」
祖母は、心配してくれる気持ちは分かるが、少し大袈裟だと感じてしまったのだ。
「それにしても、本当に大丈夫なの?」
確かに、看護婦が心配する気落ちは分かる。何の障害もなく起き上がり、寝具の横に立っていたるからだ。普段、いや、この年齢の者なら寝具からゆっくりと起き上がり、杖か車椅子に寄りかかりながら立ち上がるのが普通なのだ。それだから心配するのと、驚くのは当然ことだった。なのに、祖母が、けろりと、した態度だったのも不審なことの一つでもあったのだ。勿論だが、この後の祖母と看護婦と担当医の様子も想像がつくのだ。十歳は若返った感じの祖母に振り回されるはずだ。そして、医学的に考えても理解が出来ないと口では言えるはずもなく、何も言わずに悩み続けるのだが、ある考えが浮かんだ後に悪魔の様な笑みを浮かべた。何を考えたのかは分からないが、それでも、その笑みには共通する者達がいた。まるで、狂った科学者と呼ばれている者達で、人体実験など当然のことだと思考する者達なのだ。だが、担当医は普段からの行いが良いのだろう。祖母も看護婦も気付いてはいない。そして、全ての検査の終了後で、担当医の診察の時のことだった。
「外泊ですか認めましょう。ですが、症状が急変した場合のことを考えて、二十四時間の心電図の機械を身体に付けてもらいますよ」
「それを付けると、お風呂に入れませんよ・・・ね・・・・断ることは・・」
担当医は、ますます、笑みを歪めて、祖母の言葉を遮った。
「そんな心配していたのですか、今回の機械は防水機能付きのですから機械など気にせずに好きにして構いませんよ」
「本当ですか!!」
「それと、最後ですが、病院で出された食事や売店に置いてある物以外は食べたり飲んだりしましたか?・・・それか、虫や何かに噛まれたとか・・・・」
「いいえ」
「あっ!」
祖母は、先生が何を言いたいか理解と答えを知っていた。だが、本当のことを言えるはずもなく、もし言ったとしても信じてもらえるはずもなかった。それでも、看護婦の方では、何かと問われて、犬の親子と触れ合ったことか、と一瞬だが考えたが言えるはずもなかった。だが、自分の保身のためではなく、祖母が内緒にして欲しいと、視線で願われては言葉を飲み込むしかなかった。
「どうしました?」
「何でもありません・・・あっ、ですが、自宅に帰ると、仕事の関係でペットの犬以外などに触れ合うことになりますが、大丈夫ですか?」
看護婦は、祖母の願いでも、看護婦の使命からだろう。もしものために可能性の一つを問い掛けていた。
「まあ、特に問題はないでしょう」
「良かったですね」
「はい。楽しみです。ありがとうございます」
祖母は、看護婦の内心の気持ちに気付いて感謝の笑みを返すのだった。
「一週間の希望でしたが・・・・二日に一度・・・いや、私が、勤務の後に診察と機械の交換に行きましょう。それで、宜しいなら許しましょう」
「はい。わかりました」
「これで、診察は終わりです。後は、看護婦さんの指示に従って機械を付けて下さいね」
祖母は、深々と頭を下げると、看護婦と共の診察室から出て行くのだった。
その頃、孫である。小さい主は・・・・。
狸とポメラニアンは似ているのだろうか、地域で一番の総合病院から商店街までの人が行き来する一キロの道程であるが、誰一人としても狸だと見破る者はいなかった。時々、幼子が犬を触らせてと近寄るが、狸だと分からない程だった。それでも、鳴けば分かるかもしれないのだが、野生の狸の方でも、触られるのが嫌なのが分かる様子だったが、狸だと分かると困る状態になる。それが、分かっているようだったのだ。さすがに、犬が近づくと怖いのだろう。鳴きそうになるが、驚くことに、猫である来夢が、犬だろうが猫だろうが威嚇して追い払う姿を見て、飼い主は感心していた。だからだろうか、商店街でも、食品を扱う店が並ぶ所では連れて行くことが出来ず。狸の親子を電柱に繋いで来夢に任せるしかなかった。
「本当に、頭が良くて頼もしい猫ちゃんね」
「ありがとうございます」
小さい主は、電柱の目の前にある店屋の方に向かって、ぺこりと下げたのだ。その店で適当な物でも買いたかったが、老婆が商いする店屋は煙草屋であったことで、謝罪の気持ちから深々と頭を下げたのだ。すると、良い気持ちを感じてくれたのだろう。老婆は嬉しそうに言葉を掛けてくれた。だが、自分が幼稚園の前から知る者で、もしもだが、立ち止まって話を聞いてしまっては心身ともに疲れを感じるくらい長い話になるのだ。そのために挨拶したら直ぐに立ち去る気持ちだったが、三匹の紐を繋げる間の時間では、老婆が店から出て自分用の椅子に座るには十分の時間だったのだ。誰でもとは大袈裟だが、老婆が店から出て来られては、用事があるから、またの機会にと、言えるはずもなかった。
「あんたは、記憶がないかもしれないけどね。幼稚園に入る前の頃だったわね。家から逃げ出して、商店街を一人で、うろうろしていると、猫ちゃんが現れて連れ帰るのよ。それに、お母さんと買い物でも来たのでしょうけど、母とはぐれたのでしょうね。泣きながら歩いていると、猫ちゃんと会うと、直ぐに泣き止んでいたわね。もしかしたら、幼子の頃は、動物と話が出来たのかしらね」
小さい主は、際限なく話が続くと感じて・・・。
「そうそう、聞きたいことがあったのです。アジの開きは、どの店で売っていましたっけ?」
「そうね。魚屋より、乾物屋の方が種類はあるね」
なぜか、不機嫌そうな表情と声色で答えるのだ。もしかすると、魚屋か乾物屋の店主と遺恨があるのかもしれないが、言葉に出して問いかけはしなかった。それでも、良い切っ掛けと思い。老婆に深々と感謝の気持ちを伝えてから乾物屋に向かうのだった。その姿を見ることなく家の中に入るのだった。
「ん?」
乾物屋に向かっている時だった。たしかに、店を探すためにキョロキョロとしていたことで不審者とでも思われたのだろう。そんな兆候とでも言うのか、左右の目に光を当てるのだ。それも何度も感じたが無視していたのだが、段々と、チッカ、チッカと当てる時間の間隔も長くなるだけでなく、さっさと気付とも言いたいのか、そんな、苛立ちからか右目に左目と交互に光を当てるのだ。あまりにも酷い嫌がらせと感じて我慢ができなくなり。光の元を探そうと、立ち止まって周囲を見回すのだ。すると、一瞬だが、背中を向けている女性に目が留まるが、鏡が付いている化粧品で顔を整えていると感じて、直ぐに視線を逸らして他の者を探すが、光の角度から判断して、再度、女性に視線を向けたのだ。女性の方も気付いて光を当てるのは止めるのだが、鏡は自分に向けたまま見ている感じだった。その行為には理解が出来ずに見ていると、髪をかき上げる仕草をするのだ。この男には理解ができないが、まるで、自分を思い出して、いや違う、好意があるから言葉を掛けてくれませんか、と言っている感じに思えた。もし違っていたとしても、殆どの男性なら絶好の機会だと思って喜んで女性の所に向かうだろう。だが、急ぎの用事があるが、光を当てることの理解も出来ないが、何も無かったように立ち去ってしまうのだ。それでも・・・。
(何だったのだろう・・・でも、後ろ姿だったけど、スタイルが良くてドキドキする)
そんなことを心で思うのだった。そんな精神状態だったが・・・・。
「あっ、ここか!」
乾物屋を探しだせた。直ぐに店の中に入り探していると、店主が声を掛けてきた。
「何を探しですかな?」
「アジの開きを探しているのですが・・・・」
「それなら・・・」
店主は、何枚かの大小のアジの開きを見せてくれた。
「いろいろと、他にもありますが、産地によって値段が違うだけです」
「それでは、これの値段は・・・」
適度の大きさで三枚パックの物に視線が止まった。
「千円ですね」
店主の返事で一瞬だが考えるが、直ぐに、二袋を手に持って買いますと、言うのだった。
「これを付けてあげなさい」
陳列の整頓していた。店主の母親のような老婆が、会計していた物よりも小ぶりの三枚入りのアジの開きを手渡すのだった。
「あっ!ありがとうございます」
「良いですよ。また、来てくださいね」
「はい、はい、そうします。本当にありがとう。本当に、また、きます」
まるで、命の恩人のように深々と頭を下げながら店から来夢と狸の親子の所に向かう。その途中のことだ。先程の女性が居るかと、視線だけで探すのだった。それでも・・・。
「ごめん。ごめん。遅くなって」
来夢と狸の親子の姿を見ると、女性のことなど忘れて駆け出すのだ。
「なぉおお~ん」
来夢が、猫語で返事をするのだ。恐らく「遅い」とでも言っているのだろう。急いで、狸の親子の紐を電柱から解くのだった。
「いろいろ種類があっただろう」
「はい」
「それなら、欲しいのは買えたのだね。それは、よかった」
「ありがとう。お婆ちゃん」
「いいのよ。また、小さい頃のように駄菓子を買に来てくれればいいのよ」
「あっ・・・はい」
「たまにで、いいからね」
「はい。絶対に、また、買いにきます。菓子を食べにきます!」
何て答えて良いのかと、言葉に詰まったが、小さい頃の時だった。祖母に言えないことや、祖母に叱られた時に、老婆の笑顔が心の拠り所でもあったことを思い出して、小さい頃の時と同じように元気よく返事を返すのだった。
「良かったわ。また、笑顔が見られて、うんうん。楽しみにしているね」
商店街を通れば近道なのだが、一度、病院の方に戻って、バスの通りであるが、狸だとばれない用心のために遠回りになるが国道を通って帰宅するのだった。それでも、玄関の中に入るまでは、四匹の獣は一言も話さなかった。
「来夢。本当にご苦労様だったね。いろいろと疲れただろう。だから、後は、直ぐにでも寝てもいいからな」
「いや、まだです。病院まで向かいに行かなくてはなりません。小さい主様と一緒に行きます。それでも、歩きではなく、今度は、バスに乗って行きましょう」
「そうだね。でも、少し休んでからにしよう。来夢は疲れていないのか?俺は疲れたよ」
小さい主は、そんな会話をしながら狸の親子の首輪をはずすのだった。狸の方もはずされた意味が分かっているだろうか?・・・それとも、心身ともに疲れていたために朝まで居た。あの部屋なら休めると思ったのだろうか、直ぐに、何も言われてもいないのに部屋に向かって中に入ると横になるのだった。来夢は、いつも、カリカリと水が入っているが置かれてある場所に向かい。喉の渇きと、少々の空腹を満たすのだった。そして、狸が何か不満などがあった場合に聞きに行ったのだろうか、確かに、狸の親は何かを言ったのだが、動物の言葉だったために意味が分からなかった。それでも、直ぐに、同じように寝てしまったので、感謝か、眠い。どちらかを言ったに違いない。
「ふっ」
小さい主は、狸の様子を見た後は、買い物の袋を事務所の机に置くと、口にはしないが、やっと休めるとでも思った様な溜息を吐くと、簡易的な応接間の椅子に腰掛けて伸び伸びと背伸びをするのだった。
「ん・・・・・ん?・・・やれ、やれ、寝てしまわれたのですね」
目を瞑ると微かな寝息を感じ取ったのだ。などと言っている。そんな来夢も小さい主の膝の上に飛び乗ると、気持ち良さそうに身体を丸くするのだった。
「キン~コン、キン~コン」
仮眠のために時計のベルを設定したのではなく、外から夕方の五時に鳴る音が聞こえるのだった。それも、一日に三度だけ、朝の九時と正午と夕方の五時に設定されていたのだった。人気の店ではないし、小さい主も何の店なのか考えたこともないが、一日に三度だけは、鳴らさなければならなかった。客が開店する前から来る者や困り事や苦情など言う者が居るために、昼食と退社の時間でも知らせなければ、何時に終わるか分からないからだった。その音で、来夢と小さい主は目を覚ますのだった。
「五時か!」
目を開けるのと同時に叫び声を上げた。
「すみません。小さい主と共に居たのに、起きている覚悟だったのですが、あまりにも気持ち良さそうな寝顔を見ていて、つい、寝てしまいました。本当にすみません」
「そんな話なんて良いから!直ぐに病院に行くぞ」
「はい・・・・ん?・・・・小さい主様・・・何をしているのですか?」
「籠だ。猫の籠を探している。バスで行くのだろう・・・・だから、籠に入れなければバスには乗れないのだぞ」
小さい主が必死に探していると言うのに、来夢の方は不思議そうに首を傾げているだけで、動こうとはしないが、それでも、普段とは違う変な動きをするのだった。
「そうですか・・・・・これでは、どうでしょう?」
「あの~な~遊んでいる時間はないのだぞ!」
少しでも早く出かけたく、一秒でも時間が勿体無いと、そこまで、真剣に探している時に、来夢は、クスクスと笑いながら冗談のような話し方で言われたら、一言の怒りの言葉を投げたくなるのは当然の反応だろう。そして、我慢の限界を来た時に振り向くのだ。
「ん・・・?・・・・赤い籠・・・・?・・・・なんだ、それ?」
今まで一度も見たことのない物を見たのだ。何となく、想像すると、縦長の鳥籠のように思えるが、もっとも近い物ならスイカを持ちやすくするための網のような感じであり。スイカのような大きな物なら隙間から落ちないだろう。だが、猫が猫座りしている。今の状態だと、もし足をずらせば落ちそうなのである。それでも、その籠なのか網なのか、それには出入り口が無かったのだ。それが、一番の不思議でもあった。
「赤い糸の籠ですよ。小さい主様。でも、普通の人が見ても分かるように色を付けてみました。これならバスに乗れますよね」
来夢が持つ左手の小指の赤い感覚器官だが、赤い糸とも言うが、まるで、人が血液検査の注射する時に浮き出る血管のような色だった。もしかすると、猫の爪のように自在に出したり引っ込んだりする感じで、興奮すると自在に色と形が浮き出てくるのだろう。だが、微妙な表情を浮かべるには、何か、心の思いか、複雑な理由があるようでもあった。もしかすると、今回は特別と言うべきか、それとも、猫には対応が違うのか、それでも、噂の通りに、運命の人にしか見えない。それを感じ取っての喜びとも思える表情だったのだ。
簡易的な事務所を応接室と名称にしている部屋の中に硝子のテーブルが置かれてあるのだが。その上に縦長の鳥籠のような物を見て、小さい主は驚くのだ。それでも、直ぐに正気に戻ったのは、それ程までに時間が惜しいのだろう。
「まあ、大丈夫かもしれないが、何か目立ちそうで嫌だな」
「駄目ですか、小さい主様?」
「時間がないから、もう、それでいいよ」
「それでは、直ぐにでも、祖母様を迎いに行きましょう」
「それなら、狸の親子に伝えてくれないか、この家に必ず帰って来るから何の心配もしないで大人しく待っているように、そう言ってくれないか、俺は、ご飯を炊くから」
「そうですね。そうしなければ心配で行けませんね」
すると、来夢は、動物の言葉で狸の親子に伝えるのだった。
「伝えたのか?」
来夢が、小さい主に顔を向けると、小さい主は、何かを感じて問いかけたのだ。
「それと、夕食を一緒に食べようと・・・・」
「あっ、それは、伝えました。アジの開きのことですね。でも、空腹で我慢できない時は、カリカリと水を用意してあるから食べて良いよ。ってね」
「そうか、そうか、ありがとう。では、行こうか!」
「は~い。行きま~す。あっ!」
来夢は嬉しそうだった。まるで、人で例えると初デートに行くような少女のような感じだった。もしかすると、赤い感覚器官を誰にでも見せる。それには、血管を圧迫するためには、興奮しなければならなくて、そのために、人間の少女のように恋する人との接吻でも想像している。そう思えるのだった。
「えっ、どうした?」
「やっぱり、その・・・恥ずかしいですから・・・小さい主様のワイシャツでもかけて隠してくれませんか?」
「まあ、いいが、後ろだけ隠れて、前はボタンを閉じられないから開いたままだぞ」
「それでも良いので、お願い出来ますか?」
「そうか、なら、待っていろ」
小さい主は、時間もないし、面倒だと、断ろうとしたが、恥ずかしそうにモジモジするので、仕方なく自室に戻って、白のワイシャツを持ってきて籠の上からかけたのだ。
「ありがとうございます」
だが、直ぐに落ちそうだったので、長袖の両腕を籠の周囲に結ぶのだった。
「なら、良いな。行くぞ」
「は~い」
来夢は返事をするが、狸の親子は、人の言葉は分からないが、それでも、横になっているが、顔を起こして向けるが、先程の来夢の話を聞いて大人しく待つ気持ちなのだろう。
「まあ・・・出来るだけ早く帰ってくるからな」
小さい主は、狸の親子が顔を向けたことで、頷くだけで行こうとしたが、見続けているので、まあ、意味が分からないだろうが、挨拶程度のことを話し掛けたのだ。
「大丈夫でしょう。それよりも、籠を落とさないで下さいよ」
「心配するな。大丈夫だよ。それより、地面の下に置いてもいいだろう」
「はい」
などの会話をしながら玄関を開けて、一時的に籠を地面に置いて、玄関の鍵を閉めるのだった。それで、やっと、近くのバスの停留所に向かうのだった。
「ふぁふぁ!」
普段は聞いたことのない。それでも、怖いとか苦痛の鳴き声でなく、嬉しいのか興奮している感じに聞こえたことで、小さい主は、気にはしなかったのだが、やはり、何の動物の声なのかと、歩道を歩く人は、殆んどの人は視線を向けてから籠に視線を向ける。何かと想像をするが納得して通り過ぎるのだった。などの様子で歩き続けて目的の場所に着くのだった。すでに、五人の待ち人がいた。勿論、行き先は違うはずだが方向は同じなのだろう。すると、前に並んでいる女性が落ち着きがない様な何かを我慢している感じに思えた。それで、何も気付かず、何も知らない振りをしていると・・・・。
「その変わった鳴き方するのは、何の動物なのですの?」
「えっ・・・ほう・・・・」
女性に免疫はない。それもあるが、耳に心地よいと感じる声色で、女性らしい柔らかい高音で聞いていると朗らかになる高音の声を聞いて、小さい主は、顔も姿も見ていないのだが、一目惚れと似た感じの言葉にはないが、無理矢理に作るのだったら声惚れの状態だった。視線は女性に向けているが、夢の世界にでもいる感じで、誰かと想像している感じの状態だった。
「どうしたの?・・・・そんなに珍しい動物なの?」
「えっ・・・猫です・・・・あっ、バスが来たみたいですね。あっ、乗らなければ・・・」
夢遊病の患者のようにふらふらと、女性の順番を無視して、まるで、雲の上でも歩いているような感じでふわふわとバスに乗るのだった。これが、百戦連勝の色男なら女性の気持ちを極限まで高めて故意に無視をして電話番号を聞くか、適当な店屋にでも誘うのだろう。そんな感情も思考などもないが・・・・服で隠されて無い方を女性の目線まで上げて来夢を見せるのだった。
「猫ちゃんだったの!!可愛いわね!!」
そんな、女性の気持ちも小さい主の気持ちなど分かるはずもなく、運転手は、「扉が閉まらないので奥に進みください」そう言われて、小さい主は、一瞬で正気を取り戻すのだった。そして、適当な空席の椅子に腰掛けた。その女性は慌てて階段から離れて、適当な場所の手すりを掴むのだった。それでも・・・女性は・・・。
「本当に可愛いわね。それに、あの籠も素敵だわ。どこで売っているのかしら・・・」
女性は、心で思っているのだが、自分でも気付かずに心の思いが言葉として出ていた。
「そうね。あれ、猫の籠よね。でも、鳥籠のようね」
「あの猫ちゃん、好きでしているのかしら・・・立っている感じの座り方よね」
「もしかしたら、鳥籠に、無理矢理に押し込んだのかしら!!」
一人の女性の呟きから一人、二人、三人と、自分の思いを呟くのだが、女性たちは間違いなく、この場で初めて会った者達のはずだ。やはり、女性と言うべきなのか、個別的な立て思考の男性と違って、横の思考とも言われる。女性の精神の構成が、ある思考が共通することになると周囲の環境よりも、一つの共通の話題が優先するために、バスの中の全ての女性が鳥籠のことで沈黙の空間が、猫の籠なのか、鳥の籠なのかと、まるで、軍事作戦の会議のようになると、予想、思いなどの提案の投げ合いだった。
「ふぁふぁ!」
小さい主は、バスの車内の騒ぎで、やっと、正気に戻り。来夢の変な鳴き方にも気付いたようだった。だが、自分のことと来夢が入る籠の話題だと知るはずもなく、それでも、恐怖を感じて、バスが止まると、直ぐのことだった。目的地など関係なく二個も手前のバスの停留所で降りようとしていた。
「あっ、待って!」
「あっ!」
殆ど人たちが立って騒いでいる車内で、誰の声なのか分からないが、小さい主に言いかけていると感じて、振り向くが分かるはずもなく、それに、扉が開いたことで降りるのだった。だが、特に男性陣が命の危険があるとでも感じたのだろう。その人の波に押されてしまう。それでも、誰かに手を握られた感じはしたのだった。
「誰?」
バスから降りると、手の中に何かがあるのを感じて手を開いて確かめると、小さいメモ紙があったのだ。それも、電話番号が書かれてあった。直ぐに、ズボンのポケットに入れるのだった。以前に、化粧道具の鏡で合図された時のように忘れなければいいのだが・・。
「小さい主様。どうしたのですか?」
小さい主は、バスから降りたが動こうとしなかったことで、不審に思い問い掛けたのだ。それでも、走り出すバスを見ているだけで、来夢の問いかけは聞こえてないようだった。
「にゃにゃにゃ・・・・」
来夢は、もしかして、バスの乗客に想い人がいるのですね。と、呟くのだった。その後は自分が口から言葉が出ていたのを気付き、内心で、やはりと思うのだ。恐らく、先程のバスに、小さい主の理想の女性が乗っていた。その姿などを来夢は籠の中から見ていたのだ。そして、機会があれば、いや、絶対に仲間の力を使ってでも探す気持ちだった。だが、そこまでする必要もないのかと、思うのだった。その理由には、小さい主が握っている小さい紙に何かが書かれている。そう思うのだった。それだから・・・。
「小さい主様!」
バスが視界から見えなくなるまで待ち、そして、少し大きな声を上げたのだ。
「どうした?」
来夢の考えの通りに、まるで、魔法が解けたように正気に戻るのだった。
「その・・・ここから病院に向かうのですか?」
不思議そうに問い掛けるのは分かるのだった。バスだと、遠回りに道を走るために、変な所に降りて、病院まで歩くとかなり遠いからだった。
「えっ・・・・なぜ・・・ここに?・・・・あっ、今は何時・・・何だ?」
小さい主は、まったく、記憶がないようだった。それでも、今、何をするのか、何のための出掛けたのか思い出したが、まだ、完全に正気に戻ってない証拠が、猫に時間を聞いたことで証明されることだが、一瞬で猫に分かるはずがないと気付き、直ぐに、腕時計を見るのだった。
「急ぐぞ」
「にゃ!」
来夢の返事で、小さい主は、祖母が入院している病院に向かうのだった。病院前の停留所で降りていれば、二分もあれば着くのだが、二つ目の停留所では、最低でも三十分は必要な時間だった。必死に急いだことで、病院の玄関が見られる所まで来ると、体力の限界だったことで立ち止まって息を整えるのだった。そして、来夢が入っている籠を病院内に持ち込めるはずもなく裏の喫煙所に向かのだ。
「ここに居てくれな」
喫煙所には人が居ると思ったが夕方になり。もしかしたら、病院内は、夕食の時間が近くて患者の多くは病室で待っている時間なのかもしれなかった。そして、周囲に人が居ないのを確認すると、そっと、籠を地面に置くのだった。すると、まるで、落し物を黙って持ち帰り、罪を感じて元の場所に置いて帰る。そんな様子で喫煙所から離れて、病院の中に入り。祖母が待つ病室に向かうのだった。
「遅かったわね。何か遭ったの?」
「いや、何もなかったよ。ただ、自宅で少し寝てしまったから遅れただけ」
「そうなの・・・・ふ~ん・・・そうなのね。なら、いいけど・・・」
「それで、直ぐに帰れるのかな?」
「それは、許可を頂いたから好きな時に帰れるよ。でもね。看護婦さんに、一言だけでも言ってから帰りましょう」
「うん。いいよ。なら、何か持ち帰る物はある?」
「汚れた着替えだけでいいわ。そこにあるでしょう」
「これ?」
「そうそう、その手提げ袋に用意したから持って帰って」
「もう良いでしょう。看護婦さんに伝えて早く帰ろう」
「もう少ししたら看護婦さんが来るわよ・・・・えっ?」
「・・・」
(病院の外に来夢を待たせているから早く行こうよ)
祖母の耳元で囁くのだった。大きな溜息を吐きながら簡易的な寝具から体を起きだして立ち上がるのだった。
「お!。杖も車椅子も必要なくて歩いて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫よ」
それでも、ゆっくりの動作だったこともあるが、担当の看護婦が、外泊する挨拶に来るのが遅いとでも思ったのか、病室に現れたのだ。
「これから、外泊するのね。見た感じでは大丈夫そうね。良いわよ。先生には伝えておきます。でも、何かあれば内線の五番に連絡するのですよ」
「わかりました」
「では、気をつけてね」
後は、何度もペコペコと頭を下げながら病室を出てエレベーターがある方向の廊下を歩くのだった。特に問題もなく一階に降りて、来夢が待っている喫煙所に向かうのだった。
喫煙所なのだが、透明な強化プラスチックで周囲を覆われてあり。外から室内が見えるようになっており。驚くことに中と外には監視カメラも設置されている。それに、当然なのかもしれないが、少々大型の空気清浄器も設置されていた。そんな、大掛かりな施設なのだが名称なども書かれていないのだ。それに、人が集まる場所なのだが自動販売機の一つも置いてない。それでも、これは何だ?・・・と思う物が三台置かれてある。見た目には豪華な公衆電話と思う縦長の物なのだが、煙草の匂いに埃や花粉など強風で飛ばす用途の機器だった。
「来夢ちゃん?」
初めて見た者なら建物の中には、かなりの確率で入るのをためらうだろう。それだから、祖母は、建物の外から猫の名前を言うのだ。それも、建物の中に聞こえる程の大声ではなく、目の前に居れば聞こえる程度の声量だった。それでも・・・・。
「ニャニャニャ!」
来夢には聞こえていた。まるで、助けを求める感じにも、自分の居場所を教えている感じにも思える声量だった。祖母に鳴き声が届き室内に入ろうとするが扉を叩くのだ。勿論と言うのも変だが、周囲は透明で誰一人として居ないのは分かるはずなのだが、監視カメラがあるために扉を叩くと、許可のない人は入らないで下さい。などの音声が流れるとでも思っている様子だった。確認の気持ちなのか、再度、扉を叩いてから中に入るのだった。
「良い子ね。ちゃんと、待っていたのね。良い子、良い子ね。もう泣かなくても良いわよ」
祖母は、直ぐに、来夢に話を掛けるのだった。それでも、気持ちが落ち着かないのだろう。キョロキョロと、周囲を見回すために・・・。
「あの子なら病院前の国道でタクシーを探しに行ったわ。直ぐに戻ると思うわ」
「ニャニャニャ!」
鈴が、鳴き止まないために仕方なく籠を落ち上げて室内から出るしかなかった。
「仕方がないわね。確かに、この部屋は長居したくない所よね」
祖母は、片手に籠を持っているからではないだろう。まだ、身体の調子が健康ではないためだろう。少し体をふらつきながら扉を開けて外に出た。そして、病院の玄関に向かうのだった。だが、その途中で、孫が戻ってくるのだった。直ぐに、身体の気遣いの言葉を掛けてくれながら片手で持つ籠を孫に手渡すのだった。
「丁寧な人ね」
病院の裏から正面玄関の前には、一台のタクシーが止まって、運転手が後ろの席の扉を開けたままで年配の男性が立って待っていたのだ。恐らく、荷物などがあると思ったのか、高齢の人が乗ると思って手を貸そうとしたのだろうが、祖母も孫も手を貸す程ではないと思ったのだろう。軽く会釈するだけで見ているだけだった。運転手の方も長い時間を待つと感じるまでではなく、二人は、目の前に来るのだった。
「大丈夫ですよ」
祖母が、そう言うと、二人が車内の中に入るまで待つこともなく運転席に戻るのだった。
「どちらでしょうか」
「旧国鉄の倉庫の跡地」
「承知しました」
その場所は、住所を言わずにも分かる所だった。民営になる前に、国鉄の時に赤字を補填にするために住宅地として売り出された場所だったのだ。それも、病院からだと、特にタクシーや自家用者などの場合は近道があるために、二十分もあれば着く距離だった。
「あっ、ここで良いですよ」
住宅街の奥に入ることもなく、元の倉庫街だと入口辺りで止めていいと、小さい主が運転手に伝えるのだった。タクシーを降りると、直ぐに、ペット何でも相談の看板が目に入るのだが、タクシーが動き出してから自宅兼のペット何でも相談に向かい。自宅の扉を開けて中に入るのだった。
「久しぶり帰るわね。やっぱり、自宅が一番ね」
祖母は、家に入ると直ぐに、大きな背伸びと、大きな欠伸をしたあと、応接間の椅子に腰掛けるのだ。その正面に、小さい主も座り。来夢が入る鳥籠をテーブルの上に置くのだ。
「もう出て来てもいいわよ。でも、入口も出口もないけど出られるの?」
「大丈夫ですよ」
一本のリボンで包装された箱のように先端が動くと、するすると解けながら赤い糸が消えるのだ。それで、来夢は、褒めてと言っているように可愛い声で返事を返すのだ。
「凄いわね」
来夢の頭を撫でていると、狸の親子の声が聞こえてきた。
「狸のことを忘れていたわ。それに、わたしもお腹が空いたわ。直ぐに用意しましょう」
「わたしも、何かのお手伝いを・・・」
「そうね・・なら、狸の親子さんにただいまの挨拶と、嫌いな食べものがあるか聞いてね」
「俺は・・・?」
「ご飯を炊いてないでしょう。急いで焚いて!」
「それは、大丈夫だよ。家を出る時に焚いたから出来ているはずだよ」
「おおお、偉いわね。それなら、ご飯をかき混ぜてきて」
「まず、わたしは、台所に行って味噌汁を作らないとね。それと、冷蔵庫の中も料理の材料が用意されているのか、まずは確認しなくては、それから、一番の肝心なアジの開きを確かめなくてはね」
来夢は、狸の親子と話をしてから祖母の様子を見ていた。恐らく、邪魔をしたくなかったのだろう。
「来夢ちゃん。どうしたの?」
「指示された通りに聞いて来まして、狸の親子は嫌いな食べ物はないそうです。まあ、ついでに、アジの干物は好きかと聞いたところでは、大好物だ。そうです」
「本当なの!!!それは、良かったわ・・・・・ん?」
「小さい主様ですか?」
祖母が、何かを探している様子を見て、来夢は問い掛けたのだ。
「何をしているのかしら?」
「お風呂を沸かすそうで、掃除とお湯の入れ替えをする。そう言っていました」
「そうなのね・・・まあ、いいわ」
祖母の後ろから来夢は何が楽しいのか分からないが見ていた。そんなことなど気にせずに、祖母は夕食の準備を始めた。それも、嬉しそうに、まるで、初恋の人に初めての料理を作るようにでもあり。娘の大好物の料理を作るようでもあった。間違いなく、食べる時は満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに食べる姿を想像している感じなのだ。それを調理する音でも感じられたのだ。「ト、トントン、トントン、トン、トン」と、楽しく、美味しい調理をする音と匂いを感じられた。それを感じたのだろう。狸の親子も来夢の隣に立って、祖母の調理する姿を見るのだった。さすが、娘と孫を育ててきた者だから出来るのだろう。両手は野菜などの刻みをするのだが、視線は一度も手には向けないのだ。その視線の先は、鍋の湯立ち具合だけではなく魚の焼き加減を見ているのだった。まだまだ、驚きは続くのだ、頭の後ろに目でもあるとしか思えない。両手と二つの視線も塞がっているのに、自分の後ろの状況を判断して会話もするのだからだ。もしかすると、一般的な主婦と言われる者たちも、祖母の通りに簡単に出来るのが普通の主婦なのか、その確証を取れないが、さらに・・・・。
「あんた!親でしょう。子供がテーブルの上に登ろうとしているのを止めないの!!」
後ろに目がないと絶対に分かるはずもない。もしかすると、耳で、微かな音だけで、全ての状況が分かる。としか思えなかったのだ。
「うぅうう・・・・ごっほごっほ!」
来夢の猫パンチと狸の叱る鳴き声で、二匹の狸の子供は登るのを途中で止めた。だが、もしかしたら、親の咳き込む声が心配で親の所に戻ったとも思えた。
「来夢ちゃん。あなたも同じような歳でしょう。咳が出た時に対処はないの?」
「狸はイヌ科だからよく分かりません」
「そう・・・・なら・・仮置き場の部屋に何かなかったかしらね・・・」
「それでしたら、蜂蜜にレモンとマタタビを混ぜた物でも与えましょうか?」
「蜂蜜とレモンなら喉に良さそうね。でも、犬にマタタビは大丈夫なの・・・かな?」
「問題は、ないと思います」
「それなら、まあ~これから、夕飯なのだけど、せっかくのアジの開きが咳で喉が通らないと困るから少し与えてみて・・・ん?・・お願いしても大丈夫よね」
「あっ・・すみません。調理方法を憶えたくて・・・ですが、勿論、大丈夫ですので、お任せ下さい」
「なら、お願いね」
(何を言っているのかしら・・・料理を憶えても作れないでしょうに・・・・)
祖母は、来夢に返事を返すと、無言で調理の続きを始める。と・・・。
「何か呼んだ?」
小さい主が何かを感じたのだろう。台所に戻って来た。
「そうよ。そろそろ、料理が出来上がるから食器と、自分の味噌汁とご飯を装いなさい。それと、食器とか箸の用意と出来上がった料理もテーブルに用意して!」
「分かった!」
二人用の分け皿と箸を並べてから祖母に聞いてから考えて、狸の親子と来夢の皿は床下に置くのだ。その時に、狸の親子の様子を見るのだが、来夢が親の狸に与えている物を見て心配はするが、来夢が首を横に振るので安堵して食事の用意を続けた。まあ、メインのアジの開きは焼き上がっていないが、ご飯とみそ汁に豆腐と納豆を用意したのだ。来夢と狸の親子には、アジの開きとお粥なのだが、一般的には猫ままと言われる。みそ汁のぶっかけご飯であるのだった。
「いいよ。後は、アジの開きだけだよ」
「もう少し待って、おかずが足りないと思ってね。今、マーボーナスを炒めているの。大好きでしょう。だから、もう少し待っていてね」
「うん。なら、狸の親子の様子でも診てくるよ。さっきまで親の方が咳をしていたからね」
狸の親子の所に行くが、すでに、来夢が様子を診ていた。そんな親は、来夢に何か伝えようとしていた。だが、時々、祖母の言葉が分かるのか、ちらちら、と顔を向けるのだ。
「そうね。そうね。心配ね。心配だからお願いね」
小さい主も祖母の声を聞きながら狸の所に行った。
「来夢!。親の様子は大丈夫なのか?」
「咳の方は止まりました。たぶん、大丈夫だと思います。たぶん、久しぶりの好物が食べられると思って興奮しているみたいです」
「狸の親が、そう言ったのか?」
「はい。そうですよ」
「なになに、どうしたの?・・・まさか、喧嘩ではないでしょうね」
小さい主は、再度、問い掛けようとしたが、祖母が聞こえたことで口を閉じた。
「いいえ。祖母様。狸の容体を聞かれたのです」
「そうだったの。それなら良いけど、まあ、アジの開きが焼き上がったわ。食べましょう」
「本当ですか?」
「本当よ。今、持って行くわね」
祖母には見えないはずなのだが、小さい主と来夢は無言で頷くのだった。恐らく、来夢には、完璧な焼き上がりを鼻で感じ取って期待からの無言のはずだ。
「どうでしょうか?・・・・美味しそうでしょう」
孫に視線を向けているが、それでも、何度か視線を下に向けて膝の上で見ている来夢にも問い掛けるのだった。
「うん。美味しそうだね」
「はい、はい。匂いで想像していましたが、これは、想像以上の出来上がりですね。
祖母は、両手で持つ二つの皿をテーブルの上に置くのだった。すると、来夢は、小さい主の膝から降りるのだった。
「どうしたの?・・・何しているの?」
「猫ですから一緒のテーブルの上では食べることは出来ません」
「何を言っているのよ。共にテーブルの上で食べていることなんて分かっているのよ。そうでなければ、膝の上に乗って前足をテーブルの上で身体を支えるなんて、常にしていないと出来ないことでしょう。もう良いのよ。ふっふふ」
「なんで分かるのです。本当は、誰から聞いたのでしょう」
「そんなこと、来夢と孫の家の中での様子で直ぐに分かることよ。もう、そんな話よりも来夢ちゃん。早くテーブルの上に上がってきなさい。せっかくの焼きたてが冷めてしまうわ。だから、早く食べましょう」
「はい。直ぐに上がります」
小さい主は、来夢の頭を撫でると、身体を持ち上げて、テーブルの上に載せるのだった。
祖母は、先程の自分の言葉と違う様子だった。来夢がテーブルの角の端に座って、小さい主の様子をみていた。その様子を見ていたのだ。
「おおっ美味しいね」
「そうでしょう」
アジの開きを始めに食べたのは小さい主だった。その後に、来夢の前に置かれた。アジの開きの皿に自分の箸でアジの開きの骨、皮などを取っておくのだ。小さい主は本当に美味しい所だけを食べるのだ。だが、来夢の皿に小さい主が食べない部分だけを置いたが食べつらいと思ってのことだろう。皿の上部の方に骨や皮などを移動させて、身をほぐした物だけを皿の手前であり。皿の下部に並べるのだった。
「まるで、赤ちゃんのようね。ふっふふ♪」
祖母は、小さい主の様子を見ながら先に、食事を食べていたのだ。
「あっ、このお皿は、来夢の専用にするからね。今までも、来夢が使った皿などは、洗って分かるように置いてあるから絶対に混ぜて分からないことはないからね。絶対だから!」
「それは、分かっているわ。初め見た時は、壊れやヒビかと思って、段ボールの箱の中のいろいろな食器を確かめたから分かったわ。だって、まだ使える皿なのよ。何かの用途だと考えたら来夢ちゃん用としか思えないでしょう。だから、分かっているから大丈夫よ」
「いや、まあ、猫と同じ食器を使っていると思うと、嫌がるかと思ってね」
「それより、狸の親子の皿は、そのダンボールに入っている皿だから大丈夫よ。そのまま食べさせなさい」
「うん。そうする」
狸の親子は、人の会話は理解できないだろうが、大人しく二人と猫の様子を見ていたのだ。それは、躾をされたのではなく、長い経験で、特に子供の場合は、餌を与えようとして近づくのに、自分から近寄ると怖がって逃げるのが多いからなのだが、様々な経験で大人しく食べられる物が目の前まで置かれるのを待つことを憶えたのだ。
「いいのよ。食べなさい」
狸の親子は、小さい主が、三枚の皿を目の前に置いても食べずに、祖母を見ているので、祖母は、優しく言葉を掛けるのだった。すると、意味が分かったからだろう。アジの開きを食べだすのだが、よほどの好物なのだろうか、狸の言葉は分からないが、ウマイ、ウマイと、声を上げながら食べている感じに思えたのだ。
「すごいね。ウマイ、ウマイって聞こえない?」
「そうね。そう聞こえるわ。そうなの?。ねえ、来夢ちゃん」
「それは、内緒ってことでお願いします」
「なら、違うの?」
「正直に言うと、狸の方言みたいで意味は分かりません。でも、喜んではいるはずですよ」
「そうね。そうよね。そう言うことにしておきましょう」
「そうだね」
来夢の話を酒のつまみのように祖母と小さい主は笑いながら食事を楽しむのだった。孫たちの会話で夢中だと思われている時、チラチラと、孫と来夢が自分を喜ばそうとしているのが分かるために気付かれないように狸の親子にも視線を向けていた。すると、狸の親の方には気付かれて謝罪なのか頭をペコペコと下げているようだった。
「おお!今の聞いた!。聞いたよね」
狸の親子が、まるで、人の言葉を話す感じで「ウッマウッマ、マイマイ」美味いと言っている感じで聞こえるのだ。余程の空腹なのかガツガツと、口に入れては飲み込んでいる感じだが、その見た目では、本当に大好物を食べている。そう思う感じなのだ。
「本当ね。美味しいって、人の言葉を話す感じで聞こえるわね。凄いわね」
来夢とは違って、狸の親子は、頭と体の骨だけを綺麗に残して食べたのだが、空腹と気持ちが落ち着いたからだろうか、次に関心を向いたのは、お粥のような味噌汁のぶっかけの猫まんまを食べ始めた。
「来夢は、もう食べたのか?」
「はい。美味しかったです」
「これ、狸に食べさせていいのか?」
来夢は、人と暮らす理由でもあるが、人が、今回は、小さい主だが、まるで、幼い人の子に食べさせる感じで、骨も皮も解して、本当に大ざっぱに美味しい所だけを食べるために、その残りを狸に与えていいのかと、来夢に問い掛けたのだ。勿論、ほぐした残りは食べないのを知っての提案だったのだ。
「これ、食べるか?」
親子が、お粥を食べ終えてから言葉を掛けた。人の言葉は理解していると思うが、狸の親子は、小さい主を見つめるだけだった。恐らく、満腹だと思うと・・・。
「ク~ク~」
親が、子供たちに顔を向けると、直ぐに、子供たちは食べたいとでも言っているようだった。直ぐに、目の前に、アジの開きの食べ残しの皿を置くのだった。やはり、狸はアジの開きが好物と証明するかのように二匹は、先程と同じように頭と骨だけを綺麗に食べ
残するのだった。その食べる姿を小さい主と祖母と来夢が無言で気分を壊さないように見ていたのだ。狸の親も子供たちを見ていたが、人達が親子を見つめる理由が違う感じで伝わっている感じだった。まるで、食事を与えた。その代償を寄こせとでも感じているようで苦痛を感じているようであり。心の中に思っていることの謝罪している感じにも見えたのだ。
「ごめ・・・ん・・なさい」
「えっ・・・ん?」
「ごめんなさい」
「うん、うん。そうだぞ」
「ごめんなさい。うちの子供たちがしたことをゆるして下さい」
狸の親は、今までの十年に経験した。人の言葉を思い出して正しい言葉として繋げて心底からの謝罪を口にした。
「そう、そう、それが、正しい謝罪ね。だから、全てを許すわ」
「ク~ン。クク~ン」
先程以上の人の言葉で自分の全ての思いを続けることは出来なかった。それでも、理解してもらう気持ちで、枯葉を受け取って欲しいと、首を動かす仕草で伝えた。
「その枯葉で全てを見せてくれるのだね。それは、わたしだけではなく、孫にも来夢にも見せることが出来るのでしょう?」
「ク~ン。ク~ン」
鼻で枯葉を押し付けて動かして、祖母に受け取って欲しいと仕草をするのだった。
「そうなのだな。それなら、見せてくれないか」
「ク~ン」
「それなら、来夢のようにテーブルの上に上がりなさい。もう全てを許したのだから卑下する必要はないのですから同じ視線の高さで話しましょう・・・・でもね。孫が、怒りと恨みの感情を表したら素直に許して欲しいわ」
「えっ、怒り?・・・・恨み・・・何のこと?・・・・」
「それは、これから、狸が自分の命と長い時間など全てを費やした。それも、あの子の願いだけのために人生を費やした。この一瞬のことだけのためにね。その気持ちだけは分かってあげなさい。それに、わたしは全てを許しました。いや、ありがとう。と、言いたい程の感謝の気持ちの方が多いわね・・・・後は・・・見てから決めなさい」
祖母は、涙を流した。何を孫に見せるか分かっていることでもあるが、その反応も感情も理解できる。それに、この場に居ない者の感情も、この場に居る全ての感情も理解ができるために泣くことしかできなかった。
「・・・・」
「ク~ン」
「お願い見せて」
祖母だけには、狸の親が隠している。その感情を受け取って頭を下げて願うのだった。
「・・・・」
この場では、小さい主だけがまったく理解できないことで首を傾げる。そんな姿を見て、親の狸はテーブルの上に飛び乗り。そんな、簡単な動きでも苦痛を表しているが、それでも、小さい主の気持ちを慰めようとして、微妙な変化の表情だが笑みを表した。そして、人では頭を撫でると同じで、動物たちでは舌で鼻を舐めることだった。それを、小さい主にしたのだ。
「どうした?」
そして、小さい主には意味が分からないことだが一瞬の笑みを浮かべた。もしかしたら、くすぐったかっただけなのか、その感情の意味を理解するよりも、その笑みで、狸の親は今までの費やした時間の全ての安堵の気持ちを感じた。もう、その笑みで何も思い残す気持ちはないと思ったのだ。
「ク~ン」
来夢は、何も言わずに見守る気持ちだったが、二人が狸の言葉が理解が出来ないために狸の親の言葉を伝えるために・・・・。
「・・・・・・枯葉に触れって、そう言っているわ」
祖母と小さい主は、そっと、人差し指で枯葉に触れたのだ。すると、何かを見たのだろうか、驚きの声を上げたのだ。
「何だ。何だ」
それでも、祖母には一度だが体験したことなので声を上げることはなかった。
「何だと思う?」
祖母も同じ物を見ていた。それは、陽炎のような動く映像であった。詳しく言うのなら自分の目の前に、大画面の映画のような動く映像が見えるのだ。だが、手で払いのけようとしても映像の方には何の影響もない。
「おかあさん?」
小さい主が、驚くのは当然だった。だが、母の若い時の映像だったためであり。決して、目の前に見える映像ではなかった。直ぐに、理解したのだ。これは、空中に映像を投影する機械だ。間違いなく、科学で証明できる物だと、他にも様々な選択肢の結果の中から一つを選んだ。その答えは、孫が喜ぶだろうと、新発売された物を祖母が買ったはずだ。だが、これ以上は、勝手に解釈した結果だけで思案を止めないと、想像以上の有り得ない答えに行き着くが正気でいられなくなるからだ。それでも、この程度の精神的な不安定で済むのは現代人だからだ。これが、五百年も前なら神のお告げ、予言、提示などとして神の奇跡と思って驚くだけではなく、残りの生涯を伝承者となり人生が狂うだろう。
「そうよ。これは、初恋の時ね。女の子から女性の変化の証拠よ。それは、好き、大好き、初恋、恋と変化していくの。今、見ているのが恋の前の段階の様子ね」
「おとうさん?」
「そうよ。普通は、初恋は実らないのだけどね。あなたのお父さんは、祖父と同じで読書が好きでね。暇が有れば本を読んでいたわ。まあ、あの子は、行動派だったから何かと言うと、夫であるお父さんを外に連れ出していたわね。もしかしたら、ファーストキスも、あの子が、無理矢理に迫ったか、押し倒したかもしれないわね。でも・・・・」
「・・・・・」
祖母が話の途中で言葉につまったのは、空中に浮かぶ映像を見たからだ。二匹の子供の狸が、国道に突然に現れた。両側にある木々がある山道のために発見が遅れた。だが、これだけなら、そのままブレーキを踏み続けていれば、道路上で止まったはず。だが、さらに、もう二匹の子供の兎が現れて、左に急ハンドルを向けた。運が悪いことにガードレールはなく、視線の先には、空しか見えない。可なり深い谷だと感じた。その時だった。助手席の夫が驚く程に冷静に自分のシートベルトを外して妻を抱きしめたのだ。この時に嬉しそうに妻に何か呟く時間があるほど、まだ、空中だった。それ程までに深い谷だったのだ。エアーバックも装備している車だったが、夫は意味がない。そう悟った結果で、今の行動を実行したのだった。
「最後の場面を見たのね。そうよ。お父さんが、おかあさんを守ったの。でも・・・」
夫の想像の通りで、エアーバックなど意味はなかった。だが、妻だけが即死だけはせずに、前方を見た。前方のボディーは完全に潰れて先がなく、四方の窓ガラスも衝撃で砕け散り。エアーバックも萎み。直ぐに夫の様子を見て言葉を掛けるよりも、二人で外に出なければ、と、運転席の扉を開けて、シートベルトを外そうとしたが、驚くことに衝撃のために切れたか、留め具が壊れたのか、そんな判断などするよりも、二人は外に出た。少し這いずると、車がガソリンに引火して車内に祖父が居たまま爆発した。その衝撃に二人は飛ばされて、妻は木の根元に頭を打って朦朧とするのだ。夫の場所は分からない。それよりも、夢でも見ているのかと思ったのだろう。狸の親子が目の前で、謝罪でもする感じで悲しそうに泣き続けるのだった。その他にも、多くの鳥などの獣が見守るのだった。
「あなたの子供だったのね。二匹とも無事のようね。良かったわ。それよりも、夫を知らない?・・・・それに祖父・・・・誰かを呼んできてくれな・・・いかしら・・・ね」
すでに、狸に助けを求めるのだから正気ではなかったのだろう・・・意識を無くした。
女性は、ピクリとも動かないのだ。もしかすると、すでに死んでいたのか、それを確かめることは出来ないが、寂しく悲しい死を迎えるのではない。だが、目の前に居るのは動物と鳥が周りに居るだけ、それでも、動物たちは、女性の死を無言で待って食べる目的ではないのは、動物たちの鳴き声が、病気や怪我などを必死に治そうとも、少しでも癒そうとも感じる音色の鳴き声だったが、狸の親子だけが会話でもしている感じだったのだ。勿論、その相手は目の前に居る女性のことだ。だが、動かないが、狸の親子が会話のような様子と微かに口だけが動いている感じだったので生きていると感じられるのだ。それでも、本当の会話なのか疑問よりも動物と会話ができる。そう女性が思っているのは、必死に何かを伝えたいのか、すでに、死の間際で、狸を愛する人か家族と勘違いしての会話でなく、独り言のように呟いているだけなのか、もしかすると、動物とは会話ができない。そう思考と意識のために、本当は、人だけが動物や鳥と会話が出来ないと思っているだけで、人の言葉も理解が出来ているのかもしれない。
「お願い・・誰か助けを・・・お願い・・だから・・・呼んで来て」
「・・・・」
やはり、女性は死んでいるようだ。その証明とも思える者が上空に居た。それは、天使なのか、悪魔なのか、神なのか分からないが、雲のように浮かんで足下の様子を見ている者がいたのだ。だが。動物も鳥も誰一人として気付いていない。いや、この者の不思議な力で見えないようにしているのだろう。それだけではなく、何かを呟いているようなのだ。
「ここまでか・・・ん?」
何かを諦めた感じだったが、足下を見ていたが、笑みを浮かべるが、驚きも感じたのだ。
「まだ・・幼い子供が・・・家で待っているの・・・だから・・・」
すでに、命の火が消えようとしている。そう感じていたのだったが、狸の親子に向かって、ゆっくりと右手が動き最後の願いを託そうとしているのか、いや、右手が地面に着くと、今度は、左手を同じように動かして這いずる様に動き出すのだった。まるで、子供に会うためであり。最後の言葉だけでも伝えなければ死ねない。そう思っての必死な行動からは命の火が一気に燃え上がったようであり。最後の命の火の元である油を使い切る気持ちのようだった。この様子を見れば、人を騙して魂を取る悪魔でも心根が変わり涙を流して手助けしたくなるだろう。もしかすると、上空の者の驚きは心根が変わったためなのか・・・。
「何も心配するな。お前の思いを全て子供に伝えてやろう」
「誰です?・・・空に浮いている・・・天使か悪魔ですか・・・」
「我は、閻魔と申すが、確かに、天使とも悪魔と言われたことはある」
「閻魔大王!」
「そうだ。確かに、地獄に初めて入った者であり。人として初めて死んだ者だから、そう言う名で言われたこともあるが、この場にいるのは、時の流の不具合である。オーパーツを処分するために現れた」
「オッパイ!」
「違う。違う。胸の事ではない。それは、時の流に有ってはならない物だ。回収または、使用が出来ないように処分する」
「回収・・・処分・・・」
「まあ・・・」
この男が、また、何か意味の分からない言い訳でも言う考えだったのか、だが、さらに上空なのか、特定は出来ないが、女性の怒鳴り声で遮られた。
「何を言っているのよ。そんな建前はいいのよ。それは、あなたの上位に位置する者からの指示でしょう。それも、あなたが行動するのでなく誰かに指示をするだけで、もう指示を伝えられる者は、この子か、この子の子供の可能性があるだけで、すでに、オーパーツは無数にあるために不可能だと答えが出たはず。それなのに、あなたは、本当に馬鹿なのですか!これが最後なのですよ。この子は、何度も転生したために転生は無理で、あとは無に帰るだけ、だから、正直に言えば良いのよ、最後を看取りに来たと、それも、元側室の生まれ変わりで心配だから様子を見に来ただけでなく、心残りが有れば叶うようにする。そう言えばいいのでなくて?」
「まあ、願いに寄っては叶えてやろう・・かと・・・」
「何を言うのですか・・・もう・・・左手に有る物はなんです?・・・」
「なんのことだ?」
「その左の手にある物は、五十年後に、製造される千円硬貨ですよね。先程、あなたはオーパーツの回収、処分と言いましたが、その手にある物はなんですかね。恐らく、いや、確実にオーパーツとして、この時代に置いて時の流の不具合を起こさせるのですよね」
「ああ、そうだ。何が何でも、最後の心残りを叶えてやるつもりだ!。そのために、狸の子供の命も助けたのだ。それだけでなく、この周囲の命がある全てを証人として集めた」
女性は、泣き、怒りを繰り返したためだろう。男性は、ついに、少々怒りを感じる声色で正直に全てを告白したのだった。
「もう~そう初めから言えばいいのですよ。そのコインで時の流を狂わせ、神の奇跡のような事を起こすとね
「まあ、そうだったな」
「はい、はい。それなら、早く貨幣を置くといいのでなくて!」
「そうだな」
上空で浮いていた。その男は、ゆっくりと降りて来て、狸の親子と女性の中間に位置する場所に、一枚の貨幣を置いたのだ。すると、この場の周囲の二百メートル周囲に、柱時計の音が動く音が響いた。それは、時の流が狂う音である。その後に・・・・。
「二枚の枯葉を用意してくれ。恐らく、その枯葉は光輝いているはずだ」
誰に指示を下した訳ではないが、この場の原因の張本人のためだろうか、狸の子供が用意して、女性の目の前に二枚の枯葉を置いたのだ。
「うんうん。それで良い」
何をするのかと、この場に居る生き物は、見ていた。
「女性よ。願いを叶えよう。誰に伝えたいことを細かく思いながら枯葉に触るのだ。すると、全てが記憶される。そして、渡したい者が枯葉に手が触れると、思いの全てが伝わるのだ」
「・・・・・」
女性は。残りの全ての生命力を使い。自分の全ての思いを込めたのだ。そして、目の前の狸の親子に、手渡そうとしたが、途中で、手を動かす力が無くなったのだろう。パタリと地面に手が落ちた。それでも、最後の最後の力で手を広げて枯葉を見せたのだ。狸の親には理解が出来たのだろう。二匹の子に枯葉を受け取るように伝えて、ゆっくりと、二匹の狸の子が枯葉を咥えるのだった。その時に、何かを感じたのだろう。ぴくりと、身体に反応を感じたように体を震わせた。
「終わりなのか・・・・・・」
陽炎のような映像は終わった。
親の狸は、祖母に顔を向けて、何かを伝えようとしたのだった。
「それで、枯葉を持って、私達に渡す為の旅にでたのね。それで、これが、全てであり。これが、何が起きたのか、何も隠さずことなく全てなのね」
「クーン、クーン」
祖母の言葉に返事をするかのように鳴くのだったが、鳴き止まなく、だが、段々と鳴き方が小さくなって行く。そして、鳴き止むと、パタリと、首を地面に着けた。今度は、静かだった。狸の子供が泣き出すのだ。
「えっ・・・・ちょっと、どうしたの?・・・ねえ、起きてよ!」
祖母は、子供を親から離し、身体をさするのだった。
「・・・・・」
狸の親は、何の反応はしなかった。
「死んだとしても、反応がない感じだけど、何分かは、それぞれだけど、目で見ることは出来るはずです。最後の最後まで親に姿を見せ続けなさい」
祖母は、狸の子供に話を掛けながら手招くのだった。後は、狸だけに、二人の人と猫が、少し離れて、狸の親子の様子をしばらく見守るのだった。
「ク~ン、ク~ン」
二匹の狸の子供は泣き続けるのだった。そして、祖母は、来夢に、そっと呟くのだった。
「猫とか狸などの動物って死んだ時に何かするの?」
「狸は知りませんが、猫は、と言うか、野良の猫だと喉がかれるまで泣いて誰にも見えない場所に遺体を隠してから母のために狩りをするらしいです。自分は一人で生きて行けますので安心させる気持ちで、大きな獲物を捕って供えるらしいです。それと、親の最後の子供だった場合だと、生前の話しの話題によりますが、兄や姉の居る場所や話題を聞かされた場合だと、母の死を知らせに行くらしいですね」
「そう・・・・・暫くは、好きなだけ泣かせてあげましょう」
(泣き止まないと、何かしようとしても、何も出来ないのね)
参考になると、来夢の話を聞いたのだが、まったく、参考にならず。それでも、悩んだ後に、初めから考えていたことをすることにしたのだ。
「うん」
「まあ、でも、その倒れたままでは可哀そうね。新しいタオルの上にでも寝かせましょう」
「はい」
祖母は、孫に囁くのだった。その提案に喜んで頷くと、直ぐに、自室に駆け込みお気に入りの未使用のバスタオルを持ってきて、狸を抱えてから優しく寝かせるのだった。狸の子供が嫌がるかと思ったが、何をするのかと分かったのだろう。親の姿から視線は逸らせずに様子を見ているのだった。
「ク~ン、ク~ン」
「分かった。分かったから直ぐに下すからな」
狸の子は、下されるまで待てなかったのだろう。小さい主の足に縋り付くのだ。
「駄目よ。大きなお兄ちゃんが、あなたたちのお母さんを下せなくて困っているでしょう」
祖母は、孫の足に縋り付く狸の子を一匹ごと、抱っこしては下してと続けた。驚くことに、祖母が下して手を放すと、鳴き止むのだった。
「どうしの?。触られたから嫌な気持ちを感じたのかな?・・・・大丈夫?」
恐らくだが、狸の母と同じく子供を産み育てた匂いだろうか、祖母の手が身体に触られた時に、亡き母の感触と思い出を感じたようだった。そんな思いなど、祖母には分かるはずもなく頭を撫でるのだった、すると、気持ちのお返しなのか嬉しそうに足に身体をこするのだ。その様子を見て、祖母は、ポロリと涙を流すのだった。
「お母さんが、まだまだ、恋しいのね。そうよね。突然ですものね」
突然にとは変なことだが、娘が生まれた時のことを思い出していたのだ。その時の出産後である。初めて赤ちゃんを見てから母性本能が目覚めた時のことだった。
「ク~ン、クク~ン」
「今際の際の時だと言うのに、自分の子には何一言も残せずに、私達の謝罪のようだったわね。ごめんね。ごめんね。でも、その代わりに何かの償いはするわ。もしも、もしもね。一緒に住みたいと言うなら、どんな手段を使っても住めるようにするは、でも、その返事は直ぐでなくていいわ。今は、泣きたいだけ泣きなさい。あとで、来夢に、思いを伝えなさい。来夢なら私達に伝えることが出来るからね。だから、本当に許してね」
「ク~ン、ク~ン」
母親が死んだことに悲しいために、祖母の話を聞いていないのか、それも、耳に入るが理解が出来ないのか、それは、分からないが、祖母は、重大なことだけは、聞こえなくても理解できなくても、伝えないとならない。そう感じていた。
「あなたたちが、幼い時にした。あの事故のことは、もう、十分に償ったから安心しなさい。だから・・・・・許してね・・・・」
祖母は、最後の方の言葉は、自分の泣き声で嗚咽を吐きながらの言葉で何を言っているのか、自分でも分からなくなっていた。その苦しみから涙が瞳に溢れて涙目で微かに見える光景では、狸が泣き疲れて寝ている姿が見えたのだ。その寝顔から判断すると、もしかしてと思うのだ。今まで生きてきた中で一番楽しかったことを思い出して夢を見ているはず。そう思うと、内心の気持ちが収まると、涙が止まらないと思っていた溢れ続ける涙も止まるのだった。だが、今度は、幻聴なのかと思うのだ。
「何て言っているの?・・・ねえ、来夢ちゃん?」
子狸たちの寝言だった。それも、会話の様であり。何かを伝えたいのか、誰かに問い掛けているとも思えるのだった。すると、来夢が、翻訳でもしている。そんな、人の言葉で話し伝えるのだった。
「あなた達のお母さんが好きだった遊びは野球のボールでの遊びでしたね。どんな遊びなのか知りませんが、人が投げたボールを飛び上がって咥える。または、転がってくるボールを咥えて投げた人に持って行く。そんな遊びでしたよね」
「ボールを咥えて持って行くと、上手いぞ。成功したな。と褒められると同時に 四角いキャラメルが貰えたのですよね。。お母さん。どんな味覚なのか分かりませんが・・・・食べてみたいですね」
二匹が交互に言うと、驚くことに同じ夢でも見ているか続きの様なことを言うのだ。
母親が亡くなってから何時間だろう。子狸は、泣き続けていたが、もしかすると、生き返りを願う程の泣き方だった。そのために心身とも疲れて寝てしまった。だが、生き返りを諦めたのではないだろう。それでも、無理だと思う考えはあったかもしれないが、何時もの通りに母から離れたくないのだろう。もしかすると、母を挟むようにしないと寝られないのかもしれない。それも、今の様子を見るだけで生前が思い出せる。そんな、嬉しそうな表情だけではなく、母と居るだけで安心を感じている。安堵のような健やかな寝顔だった。見守るつもりだった人も猫もだが、不審に思うことがあった。
「ク~グニャラ」
「クンラ~ン」
寝言か寝苦しいのかと思ったが、祖母には、何かの会話と思えた。それも、口では言えない。悩みだと、それは、娘を育てるだけではなく、孫も育てた経験からの判断をしたのだ。それでも、人の言葉なら何と言っているのかと意味も分かるのだが、狸の言葉など分かるはずもなく、来夢に視線を向けて同じ気持ちなのかと確かめようとしたが、時に何も感じていないようだったので仕方がなく・・・。
「ねえ、来夢。ちょっと聞くけど、狸の言葉は分かるのかな?」
「分かると言えば分かりますが、狸の方言など微妙な内容までは分からない場合がありますが、何か伝えたいことでもありましたか?」
「そうではないのよ。ただ、寝言としては、変だと思って聞いてみたのね」
「ん・・・・そうですね。誰かと会話でもしている感じですね」
来夢は、口を閉じて息も止めている感じで、耳だけをパタパタと動かして狸の言葉を理解しようとした。
「やっぱり、そうなのね。何か心配とか困っているとかではないのなら良いのだけど・・」
「どうでしょう。それでしたら、出来るだけ何を言っているか、訳しましょうか?」
「そうね。聞いてみたいわね」
「わかりました。それでは・・・・母と遊んでいることを思い出している感じですね」
と話し出すのだった。その遊びの中で、母が好きだった遊びを何時か教えてくれるはずだった。と、人の玩具で小さくて柔らかい物らしくて、恐らく、小さいゴムのボールらしいですね。人が投げて、母が拾って口で咥えながら人の所まで持って行く遊びらしいです。その時に、ご褒美として、甘くて美味しい物が貰えて、二重の喜びを感じる遊びのようです。もしかすると、キャラメルではないでしょうか、と問い掛けのようだが、それが、答えだろうと、祖母は頷くのだったが・・・。
「もしかして、母親は、人のペットとして飼われていたのかな?」
「いや、そうではないです。母親が子供の頃に、森で罠に掛り一時的に保護された時の話しらしいです」
「そうだったのね」
「はい」
「・・・・・」
「続けますか?」
「いや、もういいわ。でも、起きたら伝えてくれないかな、何でも興味がある遊びがあるなら一緒に遊びましょうと、それと、何でも好きな食べ物があるなら好きなだけ食べさせるからね。それと一番の肝心なことだけど、森に帰りたいなら好きな時に帰りなさい。でも、もしも人の街で住みたいなら住めるようにするわ。と、そう伝えてくれないかな」
「分かりました」
「何か・・・言葉と言うよりも、泣いてない?」
「そうみたいですね。もしかして、母の温もりが欲しいのかな?・・・小さい主様の時のようですね」
「そうね。そうね。それなら、同じようにしてくれると、嬉しいわ」
「はい。そうします」
来夢は、狸の気持ちを解そうとして近くで寝てあげた。そして、尻尾をパタパタと、狸の身体に触れるのだった、まるで、人が赤子をあやすようであり。頭を撫でるようでもあった。その行為から気持ちが伝わったのだろうか、フラフラと、夢遊病なのか、母の温もりとでも思ったのだろうか、狸の子供は来夢の両脇で寝るのだった。
「もう可愛いわね。でも、来夢と同じような大きさでは可哀そう。たしか、十年は過ぎているわよね。狸としては、まだまだ、子供なのかな?」
(それとも、枯葉を渡すだけを考えたことで、母親が、子供に何一つとして教えることが出来なかったため・・・・)
最後の思いは、孫に伝えることを躊躇ことで心の中に収めた。だが、目を瞑っていたために、孫は違う解釈をした。
「疲れたのでない?・・・少し横になっていた方が良いのでないかな」
「そうね・・・そう・・・」
祖母は、何て言うかと悩んでいると・・。
「狸のためでもあるけど、コンビニに行くから何か食べたい物でもあるかな?」
「特にないわね。でも、自分で食べたい物がないなら適当に買ってきなさい。その中で美味しそうなら後で食べるわ」
「うん。わかった。そうする」
「気を付けて行って来なさいよ。それと、鍵は忘れずに閉めて行きなさいよ」
祖母の言葉で適当な返事をしながら玄関を開けて家の外に出るのだった。勿論のことだが、鍵を閉めることは忘れるはずがなかった。行き先は、歩いても十五分も掛らない所だが、自転車に乗り買い物に出かけたのだが、帰宅してみると、電気は点いていたのだが祖母も来夢も寝ていたのだ。
「来夢は起きていると、お帰り。と迎えてくれる。そう思ったけど、今日は、いろいろあったからな・・まあ、狸が寝ていたら起きるはずもないか・・・おやすみ」
小さい主は、帰宅すると、直ぐに、祖母が心配になり。祖母の寝室に行き、そっと扉を開けて様子を見てから事務所のペット預かり部屋と名付けている部屋に戻り来夢と狸の様子を見た後に、普段はしないのだが、来夢と母を重ねてしまい。何となく母のことを思い出して声に出ていたのだ。そして、自室に戻り。寝る前の眠気を感じるギリギリまで趣味である本を読むのだった。普段なら一度読むと時間を忘れるために本を読む時の専用の目覚まし時計を健康が保てる最低の睡眠時間である。深夜の二時に設定して読むのだが、やはり、小さい主も、今日は疲れているのだろう。数ページだけ読むと、眠気を感じて瞼が重くなったために、朝に起きるための時計を起動させて電気を消して寝具に入るのだった。恐らく、今日の様々な出来事を夢に見て、やっと、一日が終わるのだった。
「ビッビビー、ビビー」
今までは、目覚ましの設定はするが、鳴る音で目を覚ますことは一度もなかった。それは、祖母が起こしてもらっていたからではない。昨夜から祖母が居るから安心するのでもない。姉の様であり。母の様でもある。飼い猫の来夢が起こすからだ。もしかしたら、すでに起こしに来てくれたが、気付かずに起きなかったのか、と思い。窓の方を見るのだ。来夢は知らないと思うが、自分を起こすのがついでなのは分かっていた。この部屋に来る目的は、窓の外を見て、恐らく、仲間の猫でも遊びに来ているかの確認だろう。それが、分かるのは、来夢が窓から外を見る程度だけカーテンが開かれているので分かるのだった。
「ん・・・カーテンが開いていない・・・・ん?」
小さい主は、部屋の中を見回した。来夢が居ると思ったのだろう。だが、もしかして驚かす気持ちで隠れている感じでもなかった。
自室で着替えてから一階に降りるのだった。その途中で何年も過ぎているはずはないが心地の良い音を忘れていたことを思い出したのだ。それは、祖母が作る朝食の用意の音だった。そして、気付くのだった。来夢は、祖母から朝食を用意されて。恐らく、この家で真っ先に食べているのだろう。そう思うのだった。
「おはよう」
「おはよう。また、来夢に起こされたのね」
「えっ!」
「どうしたの?・・・それより、早く顔を洗ってきなさい。それが、終わってからでいいから朝食の食器の用意を忘れないでね。それと、来夢にも朝のご飯を忘れないでね」
祖母は、台所で料理を作っているために孫の方には振り向かずに話を掛けていたのだ。もし、孫の顔を見ながら話していれば、驚く表情を見ただろう。
「タオルが無いの?・・・・いつもの所の引き出しの中よ」
小さい主は無言だったが、足音と洗顔する水の音が聞こえたことで調理に集中するのだった。
「朝食の料理が出来たわ。食卓に並べて」
「・・・・・」
「・・・・ん・・・・・・居ないの?・・・・もう!」
グチグチと、呟くのだ。その呟きの意味は自分でも分かっていない。もしかしたら八つ当たりの気持ちが強くて、意味の無い言葉なのかもしれない。だが、料理などを運んでいると、孫の後ろ姿を見て驚くのだ。
「何をしているの?」
自宅とペット何でも相談の事務所などは同じ建物なのだが、二枚の扉で境にしていた。だが、トイレと台所は兼用だったことで、事務所にお客が訪れていない場合は開けたままの方が多かった。特に、猫には入れない部屋などを作りたくないために、全ての部屋の扉が開かれていたのだ。それなので、部屋と部屋に仕切りがない。一つの部屋とも思える。だから、普段なら隠れて部屋の様子を見なくても分かるのだ。それなのに、孫は、自宅とペット何でも相談の事務所などの境にある扉を開けたまま首だけをペット何でも相談の事務所などの方に入れて何か見ている様子なのだ。その理由が分からず、祖母は驚き、いや、不審を感じるのは当然だったかもしれないが・・・何かあるとしても、何かの対策をするとしても両手で料理を持っていては何も出来ないと考えたのだ、そのために、食卓に料理を置いてから孫の後ろに立つのだった。そして、小声で先ほどと同じことを問い掛けた。だが、何も返事もなく・・・もしかして・・・まさか・・。
「黒ちゃんなのね。それか、ピョンピョン虫なのね」
「・・・・」
祖母は、確実的な予想が浮かんだことで囁いた。それは、ゴキブリとカマドウマが出たのだ。それで、身体が膠着しているのだと、それとしか、考えられなかった。
「それにしては、変ね。普段なら来夢が騒ぐはずなのに・・・」
祖母は、音を立てずに台所の棚から撃退スプレーを手に持ち、今度は、孫の肩を叩いたのだ。それなのに、何の返事もなく、仕方がなく、孫の隣に立って視線の先を探すのだ。
「来夢と狸ね。大人しいと思ったら、まだ、寝ていたのね」
「あっ・・変だよね。今まで誰よりも先に起きていたのに・・・・」
「もうお婆ちゃんだからね。だんだんと、そうなるかもしれないね」
孫が、やっと、気付いたことで安堵するのだった。
「起こそうか?」
「寝かせてあげなさい」
「依頼の件で、何か予定でもあった場合は・・・」
「何も気にしなくていいわ。昨夜ね。買い物に出掛けていたでしょう。その時に、少し話しをしたの。あなたが寝てから話しましょうって、特に依頼の件などを話し合ったのよ」
「えっ」
「だから、まだ、眠いのかもしれないわね」
「なら・・・」
「わたしなら大丈夫よ。でも、午後から寝かせてもらうわ」
「いいけど、あの・・」
「それとね。弁当を作っておくから外で食べて、何か、来夢ちゃんが、外で何か用事があるみたいよ。だから、どこかで一緒に食べてね」
「まあ、良いけど、でも、家に誰も居なくて、もし何かあったら・・・・」
孫が何度も何度も同じことをしつこく言うために、つい、叫んでしまった。
「わたしでも一人になりたい時があるの!」
「うん。ごめん。分かった。分かったから好きにしていいよ」
「小さい主様。何を叫んでいるのです。それも祖母様に、何て言葉を使うのですか!。それに、病人なのですよ。何を考えているのです!」
近所の家の中まで聞こえる。大声の親子の喧嘩を初めては、寝ていた来夢も起きるのは当然だった。それなのに、狸の子供たちは寝たままだった。
「もういいから落ち着いて、そんなに叫んだら、狸ちゃんが起きちゃうわ」
「そうですね」
「さあ、朝食を食べるわよ。席に座ってね。あっあらら席ではなかったわね。自分が食べやすいテーブルの上に座りなさい」
祖母だけではないが、孫も来夢も空腹には勝てずに、祖母の言葉に従うのだった。
今日の祖母は、無理に明るく振舞っている感じで、孫も来夢も感じた。もしかしたらだが、痛みが感じて、その痛みを忘れるためか、自宅に帰れた喜びだと感じて気付かない振りをするのだった。
「猫でも女の子がいると、雰囲気も変わるわね。なんか会話が弾むわ。孫との二人だけだと殆ど、会社の業務連絡のような会話だったしね」
「そうだったかな・・・でも、俺が生まれる前から来夢はいたはず・・・・」
「そう言ってくれるのは嬉しいです」
「本当のことよ」
来夢は、会話をするが食卓に並べられている料理を見ては会話の中に入るのだが、小さい主の方は食べる方に気持ちが向いている感じなのだ。もし、これが、普段からの様子ならば、先程の祖母の話しも嘘ではないだろう。そんな祖母は、来夢が食べやすいように焼き魚の骨を取って残りを小さくほぐすのだった。それでも、自分の食事は食べながらだから器用と言えた。いや、来夢が幼い頃からなら慣れと言えるだろう。そんな、来夢も見ているだけではなく、先に、猫まんまが出されているので食べながら会話に入るのだった。
「そうそう、聞きたかったことがあったのだけど・・・」
「なになに?」
「それは、来夢ちゃんになのよ」
「えっ!何でしょう?」
「いつもご飯を食べる時、うっまい、うっまい。そう言っているように聞こえたけど、本当は何て言っていたの?」
「俺も知りたかった!」
「美味しいと言っていましたよ」
「そう・・・・でも、人の言葉を話すようになって、顔の表情は変わらなくなったわね。猫の言葉だけの時は、必死に表情や声色で思いを伝えようとしたのは感じていたわ。でも、あの時は、嘘と本当は見抜けた感じだったけど、今は、まったく分からないわ」
「そうだね。何か聞いた後にでも、嘘かな、本当かなって思っていたよ」
「小さい主様・・まで、そう思っていたのですか・・・・」
今までの信頼関係だけでなく、毎朝の全てのことを知らなくても心の繋がりだけはあると、信じていたのに、今の言葉で何もかもが信じられないと、泣き叫ぶ寸前だった。
「うっ・・・・まあ・・・・なんて言うか・・・そのなぁ」
「冗談は、これだけにして、来夢がする用事だけど、電話で済む話しなら電話でするわ」
「あははっはは、そうそう、冗談、冗談だよ」
祖母の言葉で泣き叫ぶ感情は収まったのだが、それでも・・・・。
「そうね・・・やっぱり、そうですよね。冗談ですよね・・・冗談だと、そう思っていましたよ・・・・でも、本当に、少し悲しかったのですよ」
「来夢。本当に、ごめんね。許してくれるよね」
「勿論ですよ。小さい主様。もう何があったのか、全て忘れましたよ」
「ありがとう」
「わたしも謝るわね。来夢ちゃん。ごめんね」
「先ほどは何かありましたっけ、小さい主様。祖母様。えへへへ」
「来夢ちゃんは、本当に、やさしいお姉ちゃんね」
「ニャ~ン!」
「本当に、嬉しいと猫の言葉なのね。それで、先程の話しに戻るけど、何をすればよいのかしらね。何でもするわよ。何をして欲しいの?」
「それでしたら、小さい主様に、祖母様がしていたことや事務手続き?・・と言うのでしたよね。それを教えてあげてくれませんか」
「それで、いいの?」
「午後からでも、小さい主様には、依頼者と直接に会って話をしてもらいます」
「分かったわ。料理が冷めてしまうから食べましょう。食事を食べてから午後までの間に仕事をするから見てもらうわ。何か足りない事やして欲しい事は、その時に言ってね」
「分かった。分かった。だから、もう食事を食べるよ」
「もう~小さい主様は~」
「でも、孫の言う通りね。本当に食べましょう」
「はい」
二人と猫は、もくもくと食べ始めた。まるで、少しでも温かい間に食べようと、いや違う。猫だけは、時々猫のように鳴くのだ。先程の話題だから無理にではないだろう。だが、本当に、うまい、うまい。そう言っているように感じるのだった。そして、猫語を理解したのか、いや、うるさくて起きたのだろうか、それとも・・・・・。
「あら、狸ちゃん。いつから居たの?・・・まあ、あら、また、寝ているのね。食事が出されるまで待てなかったのね・・・でも、良かったわ。もう少し寝ていて、朝食を食べたら用意するわ」
子供の狸は、何度も声を掛けているが、何も返事が返らない。それでも、死の意味は分かっているのか?。何度も声を掛けても母が返事がない為に疲れて寝てしまったのだろう。だが、寝ても起きても寂しさは収まるはずもなく、時々来夢の声である。猫の鳴き声が聞こえたことで、母の言葉と勘違いして食卓の下でうずくまるのだった。もしかすると、ただ、温もりを感じたかったのかもしれない。その気持ちに気付いたのか、来夢は食事を食べ終えると、狸の子供たちに近寄って優しく体を舐めてあげるのだった。
「お腹を上にして寝ているね。来夢をお母さんと思っているのかな?」
やはり、小さい主の言う通りに、狸の子供たちは温もりを感じたかったようだった。
「俺が片付けるから婆ちゃんは、狸の子供にご飯を上げてよ」
「ありがとう。そうするわね」
狸の子供たちは目を覚ましてしまった。人の会話で起きたと言う感じよりも、食器の片付けの音で起きたと感じられた。それでも、空腹は感じてはいるが、空腹よりも食事が出されたら母親が起きてくれる。とでも思ったのだろう。
「もう、鳴いているよ。早くご飯を上げた方がいいよ」
「そうね。そうなのでしょう。ねえ、そうしましょうか、来夢ちゃん」
「そうですね。でも、お腹は空いているのですが、鳴いている理由は、母親を呼んでいますね。死んだとは思っていないのかも・・知れませんね・・・もしかすると、信じたくないのかも・・・当時の小さい主様みたいに・・・・」
「そうね・・そうね。私にも分かるわ。母親もそうなのよ・・・そんなに簡単に・・娘の死なんて・・・」
「何しているのだよ。早く上げてよ。欲しい、欲しいって鳴いているだろう」
小さい主は叫んだ。来夢と祖母の会話が聞こえていなかったのだ。だから、怒りを感じるのは当然だったのだ。それも、会話を邪魔だけでなく止めさせる程の怒声だった。それ程までの怒りは、狸の情けない様子と当時の自分との感情を置き換えてみて思ったからだ。
「もう少し待っていてね」
先に、犬用と猫用のカリカリと言われている食べ物を二つの皿に入れて、二匹の狸の子供に与えた。だが、虚空を見ては叫ぶだけで食べようとしない。その様子を見ながら声を掛けながら犬用の缶詰と猫用の缶詰を開けて皿に開けて目の前に置いた。今度は、食べ物だと判断したのだろうか、食卓の下から出て同じように鳴くのだった。
「まだ、叫んでいるよ。ご飯は上げたの?。それとも、食べないの?」
小さい主は、食器を洗いながら台所から叫ぶのだ。
「さあ、食べなさい。美味しいわよ」
「・・・・・」
孫の言葉が聞こえないのか、狸が動いて立ち止まると、また、缶詰を入れた皿を目の前に置いた。それを何度も、何度も繰り返すのだ。そして、孫が、食器を全て洗って食器棚に片付け終わると、祖母の言葉が聞こえる場所に向かった。すると、祖母が何をしているのかと、見て、何をしているのかと考えたが、何て言葉を掛けて良いのかと悩むのだった。
「シャーシャーシャー」
(お前ら、いい加減にしろよ。俺の大好きな缶詰だと言うのに、食べ残すのなら分かるが食べないで捨てることになったら殺すぞ)
人には、威嚇、怒号などに聞こえるが、人には分からないことだが、かなり、長々と来夢は自分の怒りの思いを狸の子供たちに黙って聞くまで何度も叫ぶのだった。
「くぅ~くぅ~」
(ごめんね。凄く美味しそうなのだけど空腹を感じないので、だから、許して下さい)
「来夢ちゃん。何て言っているの?」
「それが・・」
「もしね、お腹が空いてない。そう言っているのなら、牛乳だけでも飲んで欲しい。そう言ってくれないかな?」
「うぅ~うぅ~」
「鳴き方が違うけど・・・伝えてくれているのかな?・・・なら、牛乳を持ってくるわね」
来夢と狸の子供たちの会話を聞きながら台所に向かい。冷蔵庫から牛乳を取りだして少しだけ小さい鍋で温めるのだった。そして、一分間も温めることなく、小さい小皿に注ぐのだった。その頃になると、来夢が狸の子供が逃げないように立ちはだかるのだった。
「少しでも飲んでね」
狸の子供の目の前に小皿を置くのだった。すると、狸の子供は、来夢と小皿を交互に見て悩んでいるようだったが、祖母の気持ちと来夢の態度で観念したのか、一口、二口、三口と、やっと、それだけだが飲んでくれた。その姿を見て、祖母は、良い子、良い子ね。と、優しく頭を撫でるのであった。
「何なの。やっぱり、缶詰は残すのか!」
「でも、来夢ちゃん。昔を思い出さない」
「昔・・・・もしかして、小さい主様のことですか?」
「そうよ。当時の孫は、今と同じだったでしょう・・・あっ、いや、もっと悪かったわね。来夢ちゃんと、私で、話し掛けても答えてもくれなかった」
「そうでしたね。小さい主様は、一週間も口を聞いてもくれなかった」
「それでも、少しでも何かを食べて欲しくて、好物を買って来ては、無言のまま逃げるから追い駆けて目の前に置いて食べさせたわね」
「そうでした。そうでした。あの頃の小さい主様は、不満があると頬をパンパンに膨らせて本当に可愛かったです」
「そうね。そんな時もあったわね」
「でも、今は、寝顔が可愛いの」
「お前ら、人の目の前で悪口を言うのはいい加減にしろ」
「馬鹿ね。可愛いって褒めているのでしょう。それに、そんな汚い言葉は使わないの!」
「そうですよ。褒めているのですよ。今でも寝顔は可愛いって言いましたでしょう」
「男に可愛いは、褒め言葉ではないぞ」
「何を言っているのです。まだ、男でなくて、男の子でしょう。だから、褒め言葉ですよ」
「そうですよ。人から見ても猫から見ても可愛いは褒め言葉ですよ。ねえ、来夢ちゃん」
「勿論ですよ。あっ!」
来夢は、もっともだと、何度も頷くのだ。だが、ふっと、と言うべきか、何となくとでも言う感情だろうか、狸の子供のことが気になり、視線を周囲に向けて探した。
「それって、どう言う意味だよ」
「・・・・・・・・」
祖母も、来夢の気持ちが伝わったのだろう。口元に人差し指を当ててある意味を伝えたのだ。すると、孫は意味が伝わって、もっと、自分の思いをぶちまけようとしたが、祖母が、もう一つの腕である方向を示したのだ。それは、狸の子供たちが、母の遺体に寄り沿って寝ている様子を見たのだ。
「埋葬をどうしましょう。狸の子供たちの気持ちが落ち着くまでは・・・」
「それでいいけど、山にでも行って埋める?。庭に埋める?。それとも、ペット専用の火葬場にでも行く?」
「悲しくはないの?」
「可哀そう。とは思うけど・・・涙を流す程ではないかな・・・まあ、正直に言うと、何も感じないよ」
「そう・・・・そうね。変なことを聞いたわね。あっ、そうそう、このペット何でも相談の仕事の内容や事務などの作成方法など教えるわ。だから、今直ぐでもいい?」
「いいよ。先に事務所に行っていて、ミントの紅茶を作るってくるよ」
「ありがとう」
祖母は、涙も表情からも普段の様子だが、孫には、普段と違う声色を感じた。狸の死んだためとは思っていない様子だった。それでも、気持ちを落ち着かせようと、祖母が一番好きな飲み物を作って気持ちをほぐそうとしたのだ。
祖母は、孫が作ってくれたミントの紅茶を嬉しそうに受け取るのだ。まず、紅茶の匂いを楽しみ。そして、熱々なのでフーフーと息を吹きかけて一口だけ飲むと、幸せを感じる様子を表した。
「美味しい?」
「うん、うん。美味しいわ」
「それは、よかった。なら、そのまま飲んでいて、自分で考えて仕事に必要な準備するから、でね。もし足りない物などや分からない場合があったら教えて」
「そうだね。そうしましょう」
満面の笑みを浮かべ、先ほど気になっていた声色も普段の通りだと感じて安心するのだった。まず、仕事の依頼などを書かれてある。祖母から手渡された物で、祖母が長年の愛用してきた黒い革のカバーの手帳を取りだした。それは、入院する前に、困ったことがあったら読みなさいと言われた手帳だった。そして、手帳を開きながら器用にタイプライターで打ち込むのだった。
「えっと、依頼されたけど、まだ、未解決の依頼は、一件で・・・日付は・・」
祖母は、全てのことを手書きで書くのだが、孫の世代だからか、まだ、子供のような文字の書き方の癖で悪戯だと思われないようにするためもあるが、手書きだと面倒だと言う理由もあったのだ。そんな真剣な様子の後ろでは・・・・。
「来夢ちゃん。朝の散歩でもしてくる。それなら、窓を開けてあげるわよ」
「これから、小さい主様と出掛けますので、身体を休ませておきたいのです」
「そうだったわね」
「祖母様。すみませんが、休みますね」
「そうね。分かったわ。何も気にせずに、ゆっくりと、おやすみなさいね」
「にゃあ~」
来夢は返事を返すが、もう既に気持ち的には猫の鳴き声なので寝ているようだ。それでも、フラフラと二階に上がる階段の方に歩いているのは気持ちの良い寝床でも探しているに違いない。恐らく、小さい主の部屋で外が見える窓の小物入れの箪笥の上か、小さい主の寝具の上に向かったのだろう。
「わたしは、弁当の用意でもしようかしらね」
祖母は、孫の真剣な作業する後ろ姿を見ると、独り言を呟きながら台所に向かうのだった。それから、孫と来夢が食べる姿を楽しそうに思いながら弁当を作るのだが、作り終わる頃には孫の作業も終わるはずだった。
「お婆ちゃん。ねえ、お婆ちゃん!」
やはり、思っていた通りだった。だが、終わったことの喜びとも安堵でもなく、何かを問い掛けるようであり。助けを求めるような声色だったのだ。
「どうしたの?」
「ちょっと、来てよ!」
「仕方がないわね。何なの?」
「自分でやれるところで、今回の最低限に必要な準備はしたのだけど、でも、後は、分からないことや電話とか・・・・」
「分かったわ。間違いがないか確認してあげるわ。それと、電話は、わたしがするわ」
「うん。分かった」
祖母は、孫が悔しいような悲しい表情を見て、本当に、この仕事を引き継ぐと感じて少し嬉しかった。その表情を見たからだろうか、孫は、やっと、肩の力を抜くことができたような様子をするのだった。
「よっいしょ。と、どれどれ、どれ?・・・見せて」
祖母が後ろに来たのが分かると、祖母に椅子を譲った。その後に、机の上の物に指で示すのだった。契約書、見積書などでは不具合がなかった。と、孫の頭を撫でて良くできたと褒めるのだった。だが、今回は、と話が続くのだった。普段のペット捜索の依頼なら十分だったのだが、来夢から聞いた話しだと、飼い主と飼い主を結ばれるようにしなければならないために、結婚相談所などの案内状も書類を作らなければならなかったのだ。
「結婚相談所!」
「そうよ。でも、お金を取らないし、これから設立するための第一号と言うことにするから書類などの必要はないの。でも、会話術で適当に誤魔化せば良いのだけど、それは、無理だろうから、簡単な案内書を作っておくわね。それを依頼者に渡しなさいね」
「うん」
「まあ、この先に何か必要な時は、今までの全て使用した案内書や契約書などは、ファイルに入れてあるから金額と依頼者の名前を変更するだけで何も問題はないわ」
「うん。それを見て必要な書類は準備したけど・・・行動契約書?・・・捜索結果報告書・・備考欄などには、参照って・・・・」
「そうね。参照だけでは、それは、分からないわね。本当に日記みたいなのよ。本当のことを書いても誰も信じないからね。役所や依頼者などに渡す時には、参照とだけ書くのが多いわ。または、ペット何でも相談機密ファイル参照と書くのだけど、日記を読んで見る?」
「うん」
特に隠している訳でもなく机の引き出しの中から本当に日記帳としか思えない物である。分厚い一冊の本みたいな物を取りだして、孫に手渡すのだった。そして、パラパラとめくって赤文字で書かれてある箇所を見つけて読んでみた。
「神社の境内の枯れた木の根元?」
「そうなの。ペットの捜索に困ると、その木の根元を掘ると、何かが埋まっているのよ」
「なにか?」
「例えば、その鈴ね。その鈴を鳴らすと、来夢なのか、来夢の友達?現れて一緒に付いて行くと、探していたペットに会えたわ。時には、探していたペットが現れたこともあったのよ」
「でも、なんで、根元に埋まっているなんて、思ったの?」
「それは、発端は、来夢と散歩していたら、珍しいことに、外ではしないのだけど、オッシッコでなくて大きい方をしてしまってね。埋めるために偶然に掘ったのよ。そして、鈴が出てきて鳴らしたら猫や犬も鳥も集まってきてね。何か、来夢が会話している感じで、そのまま見ていたら集団から一匹の野良犬が現れて、直ぐに鈴を咥えたの。何か、付いて来いとでも言っている感じがして、来夢と一緒に追っかけたのよ。そしたら、依頼された猫と会えたのよ。他にも、いろいろあるけど、その不思議なことを記した日記帳なのよ」
「そう・・・でも、今なら分かるよ。人の言葉を話す来夢がいるしね」
「そうね。もし、この先のことだけど、来夢が人の言葉が話せなくなった時にでも参考にしなさいね」
「そんな可能性が、少しでもあるの?」
「だから、もしも、そんな時があった場合よ」
「うん。そんな場合なんて考えたくないけど、分かったよ」
「そうね。あと、足りない物を作成するから見ていなさい」
「うん」
祖母は、何年もしているからだろう。手慣れた作業で次々と、必要な資料の作成を始めた。それも、数分の時間で終わるのだった。そして、人差し指を口元に付ける姿をみた。その意味が分かり。頷くと、祖母も頷き、依頼者である。二人のペットの飼い主に電話を掛けるのだった。
「これで、全てが終わったわ。あとは、来夢ちゃんの作戦が楽しみね」
祖母は、本当に嬉しそうに孫に気持ちを伝えて、全ての資料を孫の鞄の中に入れるのだ。
「そうだね。何だろうね」
「それより、来夢ちゃんが起きるまで少し横になっては・・・大丈夫よ。何も心配しないで来夢ちゃんが起きたら起こすわよ」
「でも、直ぐに起きるかもしれないし・・・」
「心配しないで、数時間は起きないわ・・・あっ、知らないと思うけど、猫って一日の半分は寝ているのよ」
「え?」
孫は、二度の驚きの表情を浮かべた。その表情が面白くて笑ってしまうのだ。
「笑うなんて酷い。なら、起こしてね!」
もしかすると、祖母は、孫の性格を知っていたことで、故意に怒らせるために演技だったのかもしれなかった。そんな孫も本当なのか確認のためか、二階に上がり。自室に寝ているはずだと、静かに階段を上り、なるべく音が出ないように自室に入るのだ。やはり来夢は寝ていた。つい、今までしたことがなかったことで、足が縺れて倒れそうだったために近くにある物を支えにしようとして、音を立ててしまうのだった。
「ごめ・・・ん・・・・・」
来夢が起きると思ったが起きなかった。それでも、堂々と、手足を伸ばせるだけ伸ばして、それも、仰向けで寝具の真ん中で寝ているので、起こさないように寝具の隅で横になるのだった。そんな様子では、寝られないと思われるだろうが、横になりながら猫の寝顔を見ていると、眠気が移るのだろうか意外と早く寝てしまうのだった。
「凄く眠そうね。どうしたの?・・・・もしかして、また、蹴られたの?」
瞼が閉じていてピクピクと反応しているが、見えているのか疑問を感じる様子で現れた。
「うぅにゃう」
「眠そうね。いいのよ。まだ、寝ていなさい」
来夢は、何て言っているのか、猫の言葉で言うので分からないだけでなく、今どこに居るのかも、祖母の言葉が理解できているのかも分からないほどだった。そして、事務所の一つだけある外が見られる窓の手前にある本棚の上で寝てしまうのだった。
朝にする予定の家事が終わって、ほっとして、テレビを見るか本でも読むかと思っている時だった。それでも、孫と猫に狸を起こさないようにするなら本を読むだけと、そう思って考えた時だった。突然にけたたましい音が響くのだ。
「は~い、は~い!」
それは、電話の音だった。なぜか、電話機に返事をするのだ。祖母の癖だから仕方がない。まあ、それ程まで急いでいるのだろう。まあ、気持ち的には孫も猫も狸も起こしたくないためだから分かるが、祖母の声で起きるとは思ってもいないようだった。
「もしもし、ペット何でも相談です」
「すみませんが、今日の九時に伺いたいから家に居て欲しいと、それと、必ず犬の散歩も自分たちが伺うまで行かないで、そう言われたのですが、どうなっているのでしょうか?」
男性は、少々怒りを感じる声色で電話を掛けた。その理由を捲し立てた。さすが、年の功である。訪問の理由も分からないのに適当は言葉が浮かんだのだ。
「ああっ、すみませんでした。まだ、着きませんか、確か、ペットは犬でしたね。もしかしたら、犬と家の猫と一緒に散歩させるためにバスなどを使わずに、散歩をさせながら歩きで向かっているのでしょう。それだから、時間に遅れているのかもしれません。もう少しだと思います。もう少しお待ち下さい」
「えっ、猫を散歩ですか・・・・猫って犬みたいに散歩が出来るのですか?」
一般的に、謝罪から始まれば余計に怒らせる。それが、今まで生きてきた経験で分かるだけでなく、祖母の何かあると、猫の散歩と言えば、殆どの者が驚くことで怒りが収まると分かっていたのだ。
「はい。本当に出来ますよ。ですので、猫って気まぐれでしょう。だから、三十分か一時間は遅れると思いますが、待って頂けないでしょうか?」
「そっそそ、そうだね。猫ですからね。猫では仕方ないですね。分かりました」
「待って頂けるのですね」
「はい。では、待っています」
男は、驚きのような喜びのような複雑な声色で答えていた。それを聞いたことで、祖母は、安堵して電話を切ることができた。だが、急いで、孫と来夢を起こしに行ったのだ。勿論、真っ先に起こしに行ったのは、来夢だった。
「来夢。起きて!」
背中をポンポンと叩くと、フャと、半分怒っている感じで起きるのだ。
「今日の九時まで依頼者の家に行く予定だったのでしょう」
「そうでした。忘れていました」
前後に手足を伸ばして背伸びをしながら答えるのだった。
「まず、落ち着いて、何をするか、何が必要か、ゆっくり考えなさい。遅刻の理由も伝えたし、時間も十分に取ったから大丈夫よ。それも、一時間後にしたから間に合うわよね」
「大丈夫です。間に合います」
「なら、孫を起こしてくるわね」
数分後だった。階段から駆け下りる音が響いた。それも、やや慌てている音だった。
「九時に予定があったのだって!」
「うん。忘れていました。それより、祖母様は?」
「どうしたの?何を騒いでいるの?」
「お願いがあったのです。今からでも聞いてくれますか?」
来夢は、お願いですと、狂ったように何度も言うのだった。そんな祖母は困り果てた。
人としての感情がなくなったのか、ただ、猫に戻っただけなのか、何かを叫び何かを頼んでいるようだが、何も理解が出来なかったが、今の様子は見たことがあった。それはまるで、盛りになった猫のように鳴き続けるのに似ているのだった。
「何が言いたいの?。どうしたの?。まずは、落ち着いて」
「まさか、盛りでないよね・・・・そうだとしても・・・こんな突然になるかな?」
祖母の慌てようを見て、落ち着かせようとした考えだったが、口から出した後には、自分でも違うかな、とでも思っている様子を表して悩むのだった。
「お守り?・・・・そう言っているの?・・・・それが、どうしたの?」
祖母は、来夢と孫を交互に見た。お守り、そう言うが分かるのかと、問い掛けるように顔を見たのだ。すると、孫が何か思った。考えが閃いた。とでも思えるような顔が明るくなった様な思いを感じたのだ。
「ゴキブリが出た!。お姉ちゃん助けて!」
孫の言葉で、祖母は、悲鳴を上げて一メートルは飛んだだろう。そして、直ぐに逃げ出したのだが、孫は、来夢を見ていた。それは、一瞬で正気に戻り。殺気を周囲に放ち。直ぐにでも獲物を叩き伏せられる構えで待つのだった。
「ごめん。来夢。嘘だよ」
「シャー?・・・・ん?」
来夢は、戦いの構えから周囲を見回した後に正気を取り戻した。
「何を騒いでいたのかな?」
「それは、どうしたらいいか、考えても、考えても答えが出ません。もう時間が無いのです。でも、直ぐに出かけても、重要な物が、まだ、準備が出来てないので、もう頭がおかしくなります」
「何かを買う物なら直ぐに買ってくるよ。だから、それは、なんなんだよ」
「祖母様に、お守りを作って欲しかったのです」
「えっ・・・・・そんなことなら直ぐにでも作るわよ。まあ、物は知らないけど、五分もあれば作れるわ」
「本当ですか!」
「勿論よ」
来夢が、また、興奮を表すので、祖母は心配になった。だが、先程とは違う興奮だった。今度は、理解が出来るだけでなく、人の言葉で話すので意味が分かるのだった。それが、立て五センチで横が三センチの袋で幅は一センチで紐が十五センチで開き閉じることが出来るようにして欲しいと、その中に入れるのが、自分の数本の猫の毛と肝心な物をと言うと、来夢の赤い感覚器官で、祖母が持つ羽衣を削って糸くずのような物を入れたい。と、言うのだった。
「そう・・・ならね。猫の毛と羽衣の削り糸くずは、そうね・・・ちり紙で包んで袋に入れましょう」
「はい、それで、お願いします」
来夢は、自分の毛をむしり取って、祖母に渡した。その時に、再度の言い訳のようなお願いをするのだった。それが・・・。
祖母は、時間がないのが知っていたので、来夢の話を聞きながらお守りを作りながら聞くのだ。それで、理由はと聞いた後に、来夢は俯きながらで本当に済まなそうに再度のお願いをするのだ。「今は、一つでいいのです。最終的には二つのお守りが欲しいのです。今は、と言うか今日は、男性のお守りだけ欲しいのです。その・・・いろいろと面倒くさいことを言いますが、そのお守りには、祖母に渡した。先程の毛と羽衣の糸くずで、女性には、来夢の背中にある羽衣の糸くずをお守りの中に入れて欲しいのです。その理由ですが、羽衣と羽衣の引き寄せ効果で、運命の振り向きを強制的にさせる考えです」と、必死に懇願するのだった。まだ、話の途中だったが、すると・・・。
「終わったわよ。さあ、依頼者が待っているのでしょう。孫と一緒に行って来なさい」
「祖母様。ありがとうございます」
「俺なら何時でもいいぞ」
小さい主は、懐のポケットに一個のお守りを入れた。
「それでは、行きましょう」
来夢が大きく頷くと、小さい主の足下で、すりすりと擦ると、来夢に散歩用の紐を付けたことで全ての準備が整ったのだ。
「気をつけて行って来なさい。あっ、弁当を忘れているわ」
「あっ、はい。行ってきま~す」
孫と来夢が、祖母に挨拶をすると、玄関に向かい。本当に散歩でも行くかのように楽しそうに家から出るのだった。勿論のことだが、玄関から外に出ると、来夢は会話が出来ないことに少々悲しみを感じているようだが我慢しているようだ。それよりも、目的地は自分しか知らないのだから先頭を歩き道案内をするのだった。それも、やや、小さい主を急がせる気持ちなのか、不満の解消なのか、ただ、待ち合わせの時間が遅れているために急いでいるのだけなのか、小さい主は来夢の気持ちも理由が分からない。それでも、話を掛けるのだ。
「もう少しゆっくり歩こう。だから、ゆっくり歩こう!」
小さい主の指示など聞かずに、その指示の数ほど家から離れて行くのだ。それと、依頼者の家にも近づくのだが、その依頼者はというと・・・・。
「まさか、相手の女性も一緒に来るのだろうか?」
少々、興奮していた。そのためだろう。九時が過ぎても、そろそろ、九時半になろうとしても気にしてはいなかった。それよりも、玄関を開けて直ぐにでも犬と散歩に行ける準備なのか、それとも、来夢の指示なのか不明だが、驚くことに、玄関を開けたまま犬に向かって話を掛けているのだ。こんな状態の精神状況なら待ち合わせ時間の一時間、二時間などの遅れなど何とも思わないだろう。それでも、訪問予定の者には、玄関が開けられて犬の鳴き声が聞こえて、姿が見えれば直ぐに訪問する気持ちにはなれなかった。それは、当然だろう。苦情を言う気持ちが満々で待ち構えていると感じられるからだ。
「どうした?・・・・遅刻した謝罪の理由でも考えているのかな?」
一般的な住宅の歩道で男が立ち止まっていた。周囲の者や通り過ぎる者は普通なら不審者かと思われるが、猫を紐を付けて散歩しているのなら犬の叫び声を聞いて怖がっていると思われているのだろうが、そんなに、多くの人が通り過ぎるのではなかったために見続けることが出来た。
「仕方が、ありません。腹話術で対応しましょう」
「腹話術?」
「そうです。私が、小さい主様の後ろから人の言葉で話をしますので、それに合わせて会話している感じに口を動かせて欲しいのです」
「宜しいですね」
「それしかないなら仕方がないだろう」
「それでは、依頼者が、いらいらとしながら待っているでしょうから行きましょう」
「分かった。でも、まずは、謝罪から初めてくれよ。殴られるのは嫌だからな!」
小さい主の話を聞き終わると、承諾したとの意味なのか、小さい主を引っ張るように歩き出した。そして、一声と言うべきか、一鳴きと言うのか、来夢が鳴くと、訪問する家の犬は鳴き止むのだった。すると、訪問する家の主が、慌てて家から出て来るのだった。
その小さい主は、道路や周囲をキョロキョロと見回して、期待していた来客を探したが視線の中には、それらしい者が居ないと考えたのだろう。ガックリと首を下げて家の中に戻ろうとしていた。
「お待ち下さい」
自分を呼ぶ言葉だと思って振り向くのだ。だが、子供と猫だけしか居なく、何かの聞き違いと感じて振り戻って家の中に戻ろうとした。それでも、もう一度、同じ言葉を聞き振り向くが、子供がペコペコと何度も頭を下げ続けていた。恐らく、返事を返さなければ永遠に頭を下げ続ける。そんな様子だった。だが、大人の女性とも若い男性のようにも無理に標準語を使う感じとも思える声だった。それでも、目の前にいる頭を下げ続ける子供の声とは違う。そう感じるのだが他に人は居ない。それで、仕方がなく・・・。
「俺を呼んだのかな?」
「そうです。時間に遅れてすみません。この言葉で全ての謝罪として許して欲しい。それと、今回の件を子供に託したことを許して欲しい。そう祖母が言っていました。もし許されなければ、再度、数日後に祖母が伺うと・・・・」
「その様子を見ていると、疲れるので頭を下げるのをやめてくれませんかね」
「それでは・・・」
「そうです。まずは家の中に入って下さい。それから、ゆっくりと話を聞きますので、どうぞ」
男は、自分が家に入るよりも、先に家の中に入るように勧めた。
「この犬が、そうですね。良い犬ですね」
男は、ペットを飼ったことがあるから分かることかもしれない。ペットの足が汚れているので入れないのだろう。そう思ったのだ。それで・・・。
「まあ、目的は犬ですし、立ち話になりますが、小さい庭ですが庭で話しましょうか」
「そうですね。そうしましょう。それでは、まずは、これを渡しておきます」
木造で築五十年、一階四部屋、二階四部屋の外階段で行き来する。依頼者は、二階の右端の五号室だった。アパートの住人の兼用なのか、車が一台は余裕で入れる庭だった。鉢植えも何も植えてはいないが雑草だけは定期的に除草している感じだった。その庭に入る前に、手紙を渡すのだ。男が受け取ると、読み終わるまで適当に時間を潰す考えだったのだろう。適当に庭を見て時々犬の様子も見るのだ。だが、犬は可愛いが、男だからとか、一般的な愛犬としは良い感じに世話をしている感じだが、血統証を持つ一般の女性なら犬の美容院に通い。美しくするだろう。だが、この男が飼う犬は、恐らく、一度も美容院に行ったことがない感じだった。
「丁寧な謝罪の文でした。それに、内容も分かりました。共に散歩に行けば宜しいのですね。それでは、直ぐにでも行きますか?」
「そうですね。ですが、一言だけ宜しいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「一度だけでも、犬の美容院に行ってみませんか?」
「ん~・・・どうしても必要ですか?」
「何かと、良い方向に進むかもしれません・・・まあ、今直ぐとは言いませんが・・・」
「考えてみます。それで、これから、散歩に行くのですね」
「そうです。それと、このお守りをお渡しておきますね。外に出る時は必ず身に付けて欲しいのです。これだけは、絶対に忘れないで下さい。必ずですよ」
小さい主は、懐のポケットからお守りを取りだして手渡した。
「分かりました」
「あっ、今は何時でしょう?」
「十一時ですね。なにか?」
来夢は上空を見ていた。もしかすると、仲間の鴉でも飛んでいるとでも思ったのか、すると、来夢が上空を見るのが合図だったのか、それとも、今、飛んできたのか、その判断は出来ないが、丁度良い時間だと思ったのだろう。
「それでは、散歩に行きましょうか」
「はい。行きましょう」
男は、玄関に鍵を閉めてから飼い犬を繋いでいた紐を解いた。そして、散歩用の紐を付けた。今日の犬は騒がしいと思ったが、猫も居ることもあるが、毎日の散歩の予定の時間が遅れていることの不満とも思えたので、良く我慢したと言いながら気持ちが落ち着くまで身体や頭を撫でるのだった。
「気にしなくていいですよ。散歩の時間が遅れたのは、こちらが、悪いのですから」
「もう大丈夫です」
小さい主と男は歩き出した。正確には、男は、犬に案内されるような感じで、小さい主は、全てを来夢に任せて歩いていたのだ。十分間くらい歩いただろう。上空からカラスの鳴き声が響くのだった。その鳴き声に反応したのは、人達は聞きなれたことで気にしなかった。勿論、散歩している犬も近所の犬も猫も鳥も気にしないのだが、来夢だけは歩きながらだが上空を見たのだ。
「カァ~カァ~」
(予定の通り女性は家を出たよ)
鴉の鳴き声を聞いても来夢は上空を見なくなった。それは、承諾したと意味だろう。鴉も上空から他の方向に消えた。今度はと言うのは変だが、通り過ぎる人達や近所の人達は驚くと言うよりも少々興奮を含んだ叫びのような声を上げた。特に子供たちと話題にしたい母親たちだった。
「猫が散歩しているわよ。見てみなさい。可愛いわよ」
母親が娘や息子に教えるのだった。
「ママ。見てみて猫が犬みたいに紐を繋いで散歩しているよ」
子供たちが直ぐにでも駆け寄りたい気持ちで母に問い掛ける声だった。勿論とは変だが、一人で歩く通行人の男性も女性も声にはしないが視線を向けて、本当だと、歩きながら頷く者や立ち止まる者も居た。それ程まで関心を向けるが、誰も近寄らないのは、若い男と犬が一緒に散歩しているからだろう。
「なんか、誰とはではないけど、俺たち話題にされてないか?・・・そんな感じの視線を感じるのも・・・俺の気の所為かな?」
「たぶん、そうかもしれません。猫が犬のように散歩するのって珍しいですからね」
男は問い掛けた。来夢の返事で納得するが、なら、なぜ、共に散歩なのかと思った。
二人の男はペットを連れて散歩していた。その様子を近所の人や通行人も驚いて見るのだ。驚く人達は、猫は、人と散歩することも首に紐を付けられるのも嫌がる。そう思っていたから驚いているのだった。まあ、猫の散歩と一緒にいる。犬を連れての散歩する者は、好んで共にいるのではない。だが、嫌々ではないが、なぜ?・・・と思っていた。
「今から話すが驚かないで欲しい。それに、突然に視線を向けるのも止めて欲しい」
「わかった。それより、もう一時間は歩いたのではないか、どこかで休まないか?」
「まあ、考えておきます。だから、まずは話を続けます。向かい側の歩道を歩く女性がいるでしょう。それも、同じ犬を散歩している女性ですが、その女性が、今回の依頼主です」
「そうなんだ。ふぅ~ん。なんか、常に美容院に行っているのかな、毛並も整い。毛並も最新と思えるような綺麗なカットともされて、そんな風に思える犬だな」
「もっと、重要なことですが、紹介する女性は、その女性です」
「えっ!」
「だから!振り向くな!」
「すまない」
男が、大袈裟に振り向こうとしたので、やや大きな声で止めた。
「それより、疲れたのですよね。家に帰ることにしますか、それとも、適当なところで休みますか?」
「そうだな・・・確か、ペット同伴では入れるカフェが・・・」
「あっ!いやいや!そう言えば、通り過ぎたが公園があったぞ。そこで、休もう。なぁ!」
「まあ、いいけど・・・自販機で、コーヒーでも買うか」
「そうしましょう」
来夢が慌てるのは当然だった。店内で入れば、この男には気付かれる場合もあるし、もし気付かないとしても、周囲に座る客に悟られると考えたからだった。そんなことなど知らずに、直ぐに来た道を戻るので、男は不審に思うのだった。
「もういいのか、その・・・散歩だが・・・」
「ああっ、あの犬と女性を見せるだけで、だから、散歩と言う用事は済みました」
「そうか」
公園に向かう途中で自販機からコーヒーを買って、公園の中に入るのだった。すると普段から利用しているのだろう。直ぐに犬の鎖を取って放すのだったが、そんなに大きな公園ではない。公衆トイレと水飲み場があり。数個の長椅子が置いてあるが子供が遊ぶ遊具はなかった。もしかすると、元は何かの公共の施設があり。住人の説得で一画だけ残されたのかもしれない。そして、常に決めているのか、水飲み場の近くの長椅子に座った。その隣に、小さい主は座らずに来夢を隠すように立って男を見るのだった。
「それで、あの女性と付き合えるかは、まだまだ分からないですが、そのまま話を進めても良いのでしょうか?」
「お願いします」
「それと、重要なことなのですが、女性から付き合いが断られたとしても、犬の子作りは許すのですね。そう答えてもいいのですね」
「勿論ですよ。自分のことと、犬のことは別だから何も気にしないで下さい。そう伝えて下さい。もし会うのも嫌なら代理の人でも構いません」
「そう伝えます。それと、犬の散歩の時間だけは、今までの通りの時間して下さい」
「わかりました」
「それでは、この場で別れましょう。もう一度聞きますが、何もなければ家に帰ります」
「はい。構いません。宜しくお願いします」
「一週間以内にもう一度ですが訪問します。その時に、何らかの状況を知らせに来ます。それと、考え過ぎだと思いますが、偶然に会ったとしても、勝手に、女性には話し掛けないで下さいね。勿論ですが、女性を探しても駄目です」
「はい。分かりました」
小さい主と来夢は、この公園から依頼人と別れた。やっと、帰宅できると、小さい主は大きな安堵の溜息を吐いた。それでも、自分の家とは違う方に向かうので問い掛けたかったが、周囲には人が多くて話し掛けずに、来夢が進む方に無言で付いて行くのだった。
「小さい主様。今度は、女性の依頼人の家に向かいますよ」
「ええっ、もう~歩き疲れたよ」
「そう言わずに、もう少しですからね。頑張って下さい」
「そう言うなら・・・なら、昼を食べる時でも、何が何なのか分からない。全ての理由を教えてくれるのか、それなら、頑張る」
「いいでしょう。全てを教えます。だから、頑張って下さいね」
「うん。わかった」
来夢の言葉で、小さい主は、不平を言わずに歩き出した。だが、それも、溜息の数も増えて、一歩踏みだすごとに溜息を吐きだす頃だった。さすがに、小さい主の限界かと感じて、「仕方がありませんね。少し休みましょう」と言う寸前だった。
「ペット相談の方ですか?」
「はい。でも、なぜ、そう思われたのですか?・・・あっ、ごほごほ!」
小さい主は、突然に声を掛けられた驚きもあるが、振り向くと、視線の高さのやや下に女性の胸が目に入ることで動揺したのだ。それと当時に、心の準備もなく心地の良い女性の言葉が聞こえて即座に答えてしまったのだ。だが、自分が話している途中で、来夢の鳴き声を聞いて正気に戻るのだったが、今度は、正気に戻ったために、驚きの一声だけを上げて声が出なくなってしまった。それに、気付いた来夢は、人の言葉よりも難しいが咳の真似をするのだった。それだけでなく、来夢は、小さい主の顔が赤いことに、もしかしてなのかと、驚きを感じるのだった。
(背は高いし胸も小さい女性だが、まさか、いや、女性に免疫がないから恥ずかしいのね)
来夢は、人の女性の理想とする姿は、恐らく、遮光器土偶が理想なのだろう。
「どうしましたの?」
「何でもないですよ。でも、なぜ、歩道に立っているのです?」
「うちの家は、道路沿いでないから家を探しているのかとね。外で待っていたのよ。それより、立ち話も、あれだし、家の中に入りません。ケーキとプリンを買ってあるのよ。一緒に食べましょう」
「はい、はい」
「えっ?」
「どうしました?」
小さい主と来夢は、同時に返事をしてしまった。女性は驚くが、即座に、来夢が答えるので、女性は、自分の聞き間違いと思ったようだ。絶対に、猫が話すはずがないからだ。
「猫ちゃん。偉いわね。うちの家を知っているの・・・・まさかね。でも、この辺りも猫ちゃんの縄張りなのかな?・・・それとね。家の中には犬が居るの。でもね。すごく臆病な犬だから気にしないでね。だから、怖がらないでね」
「ニャン」
「えらいわね。人の言葉が分かるのね・・・・・ん?」
「・・・・・」
「ねね、本当に人の言葉が分かるの?・・・この猫ちゃん?」
女性は、突然に、小さい主に問い掛けるので、来夢は返事が出来ず。でも、小さい主は、大きく頷くのだった。
「そうなのね。家のワンちゃんも人の言葉が分かるのですよ」
来夢は、段々と、女性の話を聞くのが、煩わしくなってきた。それで、駆け出して家に早く着こうとしたが、女性は、突然に話題を変えた。
「やっぱり、猫ちゃんが可哀そうだから家のワンちゃんに紐をつけてくるね。後からきてね。もう見えるから分かると思うわ」
女性は、駆け出して家に向かうのだった。
「えっ、まあ、良い所もあるようね。でも、あのような女性のがたいでは、一人を生むのがやっとでしょう。だから、あのような女性はやめた方がいいですよ」
「その・・がたいって、女性の身体のことだよね。そそっんなこと考えていないよ」
「それに依頼の女性なのですよ。恋しても駄目ですよ」
「そんなの分かっているよ」
小さい主は、顔だけでなく耳も真っ赤にして恥ずかしそうにするのだった。そんな漫才のようなことをしている間に、女性は、犬に紐をつけ終えただろう。手を振って自分の家だと教えるのと、家に来るのが遅いと急かしているようだった。
その家は、二階建ての一軒家だった。恐らく、昭和のバブルの時に建てられたのだろう。家の周囲に庭などに特に必要のない物が置いてあることで、そう思われた。その二階のベランダから手を振っていたのだ。小さい主と来夢が、手を振っていることに気が付くと右手で下だと示すのだ。すると、ベランダから消えたが玄関に向かったのだろう。
女性は、先程から急がしそうに動いていたはずだが、髪形も様子からも乱れてはいない。それに、小さい主が気付くには、もう少し歳を取らないと分からないだろう。
「どうぞ、家の中にお入りください」
猫が居るからと断るつもりだったが、女性の指先で玄関に水入れの桶と布巾が置いてあったので、猫の足を洗ってと言う意味なのだろう。これでは、断る方が失礼だと感じて素直に猫の足を洗って家の中に入るのだった。やはり、思っていた通りにバブルの時に売られた調度品が置かれていたことで予想の通りだった。
「犬なら隣の部屋にいるわ」
小さい主が、部屋の様子を見るが、調度品などを見ても価値は分からないだろう。やはり、女性が思う通りに犬を探しているのだろう。女性は、そう感じたのだ。
「座って」
居間のようすは女性らしい物で、自分で購入したのは、小物などは別としてソファだけだろう。勧められた通りに座って手にある弁当はテーブルの上に置いた。女性は、対面に座った。来夢は、小さい主の膝の上に座るのだ。
「紅茶かコーヒーか好きな方を飲んでね」
小さい主が、コーヒーと取ると・・・。
「わたくしは、紅茶を頂くわね」
二人は無言で、一口、二口、三口を飲むと、来夢から話が始まった。一瞬、小さい主は驚くが、口をパクパクと開けたり、閉じたりと腹話術を始めた。
「それでは、書類は見てくれましたが?」
「見たわよ。書面上と写真では問題はありません。ですが、失礼だと思いますが、男性が飼っているのと、写真から見ると、美容院には一度も行ったことがないようですね。別に毛並のカットとか不潔と思ってはいないわ。でも、美容院でも簡単な目視や体を障るだけでも健康状態は分かるらしいのね。だから、失礼だと思うけど、犬猫病院で簡単な健康診断してもらえないからしらね」
「それは、言われると思っていたので、雄の飼い主も承諾すると思います。それ以外は何もないのですね」
「そうね。血統証を見て驚いたわ。何度も優勝している。あの犬の子供だとは思わなかったわ。だから、喜んでお願いしたいと思いますわ」
「そうですか、それでは、お願いしたいことが一つあります」
「なんでしょう」
小さい主は、来夢が何を言うか理解して、頷きと同時に懐からお守りを取りだして、テーブルの上に置いた。
「このお守りを常に身に付けて欲しいのです」
女性は、はい、と返事をした後に手に取り、そのお守りを不思議そうに見るのだ。たぶん、どこの神社の物か何のお守りなのかと調べる考えなのだろう。
「運命の出会い。運命の振り向き。もしかして、犬のお守り?」
「ペットだけでなく、人にも効果がありますよ」
「確か、彼氏を募集中でしたよね」
「そうですが・・・そんな、お守りや神頼みしてまで男性を探しているなんて、そんな恥ずかしいですわ。運命の出会いを信じると言うか、自然と、誰かを好きな人が出来ればいいかなって意味ですよ」
「分かりました。それでは、そのお守りをお返し下さい。これは、自分のですから・・・」
小さい主は、右手の平を上にして女性に向けるが・・・。
「あっ、でも、要らない。そう言う意味ではないですよ」
「それは、分かっています。本当に自分の専用の物なのです。それに、母の形見でもあるのです。このお守りは、その人に合うように作るので時間が掛るのです。ただ、聞いたのは、本当に必要なくて捨てられるならお守りが可哀そうなので、なんか、気持ちを試したような感じで、すみません」
「いいえ。そうよね。お守りに神様が宿っているかもしれないし。なら、正直に言います。そのお守りが欲しいです。私に合う専用のお守りを作って下さい」
「わかりました。そうですね。それでしたら、今日中に作り、明日にでも持ってきます」
「分かりました。楽しみしています・・・それでは、これで話が終わりですね。それでしたら、ケーキとプリンを食べませんか、これ凄く美味しいと評判なのですよ」
来夢は、大好きです。食べたいです。と即答するのだった。
2018年2月月13日 発行 初版
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羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。