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【無料】霊力使い小学四年生たちの畿域信仰 第三話 大和奈良 率川神社・伝香寺と笹百合

坪内琢正

瑞洛書店



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第三話 大和奈良 率川神社・伝香寺と笹百合

「お前たちはバカか! 看板は両方から見えるようにしないと意味がないだろ!」
 六月下旬の朝、奈良県奈良市率川神社(いさがわじんじゃ)前の県道五五号線の香取小学校前の交差点で、一人の警備員が、作業服を着ていた中年の男性たちに向かって怒鳴った。その瞬間、彼の胸の前に薄黒いもやが発生したが、彼はそれには気づかなかった。
「はあ……すいません」
「でも……『バカ』って……」
 作業服を着ていた奈良市役所の職員たちは警備員の男性の言葉に渋々頷きながら、交差点の門と平行になって置かれていた通行止めの看板を、二面から見えるように交差点に斜めに移動し始めた。

   *

 同じ頃、同県河合(かわい)町の空が突然曇り始め、黒い霧がその周辺を覆い始めた。
「これは……末鏡……? 封印が解けたというのか……なんと喜ばしい……」
そのとき、付近の広瀬大社境の上空から低い男性の声がした。
 それから程なくして霧は晴れていった。

   *

ブーッ!と珠洲のもっていた携帯電話が振動した。彼女は朝食を終えて自室で宿題をしていた。
「あ……新蘭さんだ……」
 珠洲はその電話に出た。
「はい……はい……、ええ、わかりました……これから宝心寺に行きます」
 彼女はそう言うと電話を切った。

   *

「あ、はい、どうぞ、お通りください」
 その少し後、警備員の男性は道路工事の現場で歩行者の誘導に当たっていた。
「あ……どうぞ、こちらですよ……」
「こんな小さな神社の境内でも鬼玉が発生したとは……よかろう、私がその鬼玉を貰い受ける」
 そのとき、率川神社の本殿の方から男性の声がした。
「へ……?」 
 警備員の男性はその声のした方を振り返った。そこに、萌黄色の狩衣を着た一人の男性がいた。彼はずんずんと男性の方に向かって歩いてきた。
「あなたは何を言って……」
 警備員の男性はその男性の仕草にたじろいだ。彼はそれを気にも留めずに警備員の男性の腕を掴むと、胸の前に出ていた黒い霧―鬼玉―を吸った。
「い……いたっ……痛い……! 何をする……!」 
 警備員の男性は苦痛を訴え彼から逃れようと暴れた。
「無駄だ……お主自身もそれは気付いていることではないのか……。正義の中身の真偽を取り違えていることに」
 狩衣の男性はそう言うとなおもやめることなく鬼玉を吸い続けた。
「う、うわあああ」
 男性はなおも叫んだ。
 その直後に、狩衣の男性の眼前をヒュンと薄い緑色の光線が飛んだ。
「な……?」
 仮衣の男性はその少年の肩を掴んだまま、光線が飛来してきた鳥居の方を向いた。そこに珠洲、美濃、耐、司、雲雀、唯と新蘭の七人がいた。
「あの……神霊さん、鬼玉を喰らうのはやめてください……!」
 珠洲がその男性に言った。
「あなたはどちらの神霊ですか……?」
 新蘭はその男性に問うた。
「うむ……」
 その男性は警備員の男性を手から離すと、新蘭を睨み付けた。警備員の男性はその場にしゃがみ込んだ。
「我はここ、率川神社の神霊である……、当社は飛鳥時代、推古天皇元年こと593年に大三輪君白堤(おおみわのきみしらつつみ)が勅命によって創建した奈良市内最古の神社である。祭神の媛蹈韛五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)は、初代神武天皇の皇后である。また当社は、大和国一宮大神(おおみわ)神社の摂社でもある」
 その男性は率川神社の神霊と名乗った。
「率川神社さんですか……。鬼玉を狙うために現世に現れたのは、やはり末鏡の影響のようですが……ここは幽世にお帰りください」
 新蘭は率川神社の神霊に告げた。
「天路の従者か……、断る、末鏡に惑わされた神霊の行いはお主らも知っておろう……!」
 率川神社の神霊はそう言うと右腕を前に出した。するとそこから淡いピンク色の花をつけ、一枚の葉をつけた笹百合が出現し、空中に浮かんだ。
「え……?」
 珠洲ら七人はそれを見て驚いた。
「それ……!」
 率川神社の神霊はその腕を上げた。すると、その笹百合は珠洲に向かって目に見える程度の速度で飛翔した。
「……!」
 珠洲はさっとそれを避けたが、葉が左腕を掠った。
「痛っ……?」
 掠った左腕に痛みが走った。珠洲は笹百合の行方を見てさらに驚いた。笹百合の葉は後方の地面に突き刺さっていた。
「珠洲ちゃん、腕……」
 美濃が珠洲に言った。
「え……あ……」
 笹百合が掠った左腕には五センチメートルほどの浅い切り傷ができていた。
「先日、当社では例祭である三枝祭(さいくさのまつり)を執り行った。笹百合は古名を「佐韋(さい)」といい、この祭りの名も三枝の花、すなわち(笹百合の花)を献上したこ  とに由る。当社の例祭は笹百合に関係しているが、私の神能であるその笹百合の葉は刀ほどの鋭利な切れ味を持っている」
 率川神社の神霊は淡々と語った。その次の瞬間、彼の周囲には二十本ほどの同じような笹百合の花が出現した。
「天路の従者よ、喰らうがいい……!」
 率川神社の神霊は珠洲に言うと、右手を上げた。すると、同時にそれらの笹百は彼女に向かって飛翔した。
「――」
 ところが、笹百合が珠洲に当たる前に、彼女の姿は薄い緑色の光に包まれ、そしてその光ごとその場から消失した。
「な……これは一体……どこだ……?」
 率川神社の神霊は驚いてきょろきょろと周囲を見渡した。
 一方、珠洲は彼の背後五十メートルほどのところにいた。すぐに彼女の持っている光筒から薄い緑色の光が出現し、そしてそれは率川神社の神霊に向かって飛翔した。
「な……後ろか……!」
 率川神社の神霊は両腕で顔を覆った。光筒の発した光は彼に衝突し、爆発し、周囲に煙が俟った。
「やった……?」
 司と耐が恐る恐るその煙の方を覗った。
「……」
 美濃と珠洲もその様子に注目した。
「いえ……まだです!」
 新蘭が叫んだ。その声と同時に、煙の中から美濃と珠洲目掛けて白い光が飛翔した。
「え……」
 その光線は珠洲の腹部に直撃した。彼女はその場に倒れ、服がじわじわと血に染まり始めた。
「珠洲ちゃん……!」
 美濃たちは慌てて彼の元に駆け寄り、珠洲の腹部に光筒を宛がおうとした。
「おっと……治癒は、させん」
 やがて煙の中から率川神社の神霊が右手を前に翳して現れた。彼は耐に狙いを定めていた。
「――」
 それを見た耐の表情が強張った。
「次は……貴様だ」
 率川神社の神霊がそう言うと、彼の右手は白く光った。そして、その光は時速一五〇キロメートル程度の速さで耐に向かって飛翔した。
「……!」
 耐は恐怖心から目を瞑った。同時に涙が毀れ出た。
「率川、待ちなさい!」
 そのとき、耐や新蘭の背後から若い男性の声がするとともに同じような白い光が出現し、率川神社の神霊が放った神幹に衝突した。二つの光はぶつかり合うとその場で爆発し、煙を出した。
「え……」
「これは……?」
 耐、珠洲、新蘭らは驚いて光が飛翔してきた背後を振り返った。その、境内の入り口に、緋色の法衣を着た若い男性がいた。
「え……?」
 彼の姿を見た耐たちは不思議そうな表情になった。
「あ……これは失礼しました、私はこの社に隣接する律宗の寺院、伝香寺の神霊です。鑑真和上の弟子、思託(したく)律師により宝亀二年こと七七一年に開創されたものです」
その男性は伝香寺の神霊と名乗り、珠洲たちに自己紹介をした。
「天正一三年こと一五八五年に戦国武将、筒井順慶の母、芳秀宗英尼が順慶の菩提を弔うために再興しました……。自己紹介はこれくらいにして……、今は……」
 伝香寺の神霊は率川神社の神霊の方に目をやった。
「伝香寺よ……、貴様も我とともに鬼玉を喰らい、時空間の破壊に勤しもうではないか」
 率川神社の神霊は伝香寺の神霊に呼びかけた。それを聞いた伝香寺の神霊はほくそ笑んだ。耐はそれを不思議に思った。
 伝香寺の神霊は右手を上げた。
「伝香寺……待て……!」
 そのとき、耐たちの背後から男性の声がした。そこに、麻で出来た褊衫に金属製の環がついた黒の如法衣を着用した男性が立っていた。
 そして彼は神幹を放った。それは美濃の脇を通過した。
「ひ……」
「あっ……しまっ……」
 美濃は驚いた。一方でその男性も焦っていた。
「天路の従者殿……どうやらあの者も末鏡に惑わされているようです、率川の神霊とともに鎮魂しましょう」
 伝香寺の神霊はそう言うと右手を上げた。すると上から直径五〇センチメートルほどの渦の大きさのある蝸牛が五匹ほど落ちてきた。
「え……?」
「蝸牛……?」
 それを見た耐たちは驚いた。そのうちの二匹が美濃と司に吸いついた。
「わっ……」
「は、離れない……!」
 司と美濃は慌てた。
「伝香寺さん……これはいったい……?」
 耐は驚いて伝香寺の神霊に尋ねた。
「ふ……実は私も、末鏡に惑わされているのでしてね」
 そう言うと伝香寺の神霊はにやりと笑った。
「そんな……」
 それを聞いた子どもたちは焦った。
「覚悟するがいい……天路の従者……」
 そのとき、率川神社の神霊が右手から神幹を発した。それは今度は雲雀に向かって飛翔した。
「――!」
 それを見た雲雀は憔悴した。
 その直後、黒の如法衣を着用した僧侶も神幹を発し、それは率川神社の神霊の放った神幹に激突した。二つの神幹はぶつかり合うと激しい音と煙を出した。
「な……」
「え……?」
 それを見た率川神社の神霊も、雲雀も驚かされた。
「あなたは……?」
 耐は僧侶に名を尋ねた。
「私はここより近い奈良町にある南都七大寺の一、元興寺の神霊です……蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺を前身とする、日本最古の仏教寺院です。この度末鏡が発動したので、それに惑わされた神霊が付近にいると知り、その鎮魂をしようと思い参上しました……」
 僧侶は元興寺の神霊と名乗った。
「え……元興寺さん……?」
「あの……、あなたは末鏡に惑わされていないのですか……?」
 新蘭は僧侶に尋ねた。
「はい……先ほどのは誤爆です、大変失礼いたしました……」
 そう言うと元興寺の神霊は頭を下げた。
「く……元興寺でしたか……しかし鬼玉を喰らうという私たちの目論見に変わりはあり ません……!」
 伝香寺の神霊はそう言うと元興寺の神霊に向かって神幹を放った。
「ぬ……!」
 元興寺の神霊もそれに呼応し神幹を放った。二つの神幹はまたも激しくぶつかり合った。
「元興寺……!」
 その直後に、率川神社の神霊も元興寺の神霊に向かって神幹を放った。
「な…しまっ……」
 元興寺の神霊はそれに気づくのが遅れ、その神幹の直撃を肩に受け、血を流してその場に倒れた。
「元興寺さん……!」
 子どもたちは慌てて元興寺の神霊の元に向かおうとした。
「おっと……次はあなたたちの番です……」
 伝香寺の神霊はそう言うとさらに右手を上げた。
「――」
 それを見た子どもたちは再び焦った。
「神霊さん、待って……!」
 そのとき、弘明の声がするとともに、一筋の光筒の光が伝香寺の神霊に向かって飛んでいった。
「な……?」
 伝香寺の神霊はさっとそれをかわした。
「弘くん……!」
「淡水ちゃん……!」
 そこに弘明と淡水の姿があった。二人の加勢に、残されていた、耐、雲雀、唯は喜びの声を上げた。
「く……天路の従者が増えたか……ちょこざいな……全員幽世送りにしてくれるわ……!」
 率川神社の神霊はそう言うと神幹を発した。
「……!」
 弘明はそれをさっとかわした。
「甘いです……!」
 続けて伝香寺の神霊も弘明と淡水に向けて神幹を発した。
「あっ……」
「え……
 二人はそれに気づくのが遅れた。
「二人とも……!」
 雲雀が叫んだ。弘明と淡水はその神幹とそれぞれ腰、足にぶつかり、そこから出血してその場に倒れた。
「弘くん……! 淡水ちゃん……!」
 耐、雲雀、唯の三人が二人の元に寄ろうとした。
「おっと……まだまだだ……!」
 続けて率川神社の神霊が神幹を発した。
「え……?」
 それは雲雀と唯に向かって飛んできた。二人は逃げる間もなくその神幹の直撃を受け、出血しその場に倒れた。
「ひば……! く……!」
 耐は率川神社の神霊と伝香寺の神霊の方を向き、光筒を持つ手を上げようとした。
「おっと……天路の従者で残されているのは貴様だけだ……貴様一人で何ができるというのだ……?」
 率川神社の神霊は耐に言い放った。
「え……?」
 耐は慌てて周囲を見渡した。元興寺の神霊と、自分以外の全ての子どもたちは倒れているか、蝸牛にとらわれていた。
「……! もしや……」
 そのとき新蘭ははっと気づくと袖に入れていた移板を取りだした。
「これで全て終わりだ……天路の従者……!」
 そう言うと率川神社の神霊は右手を上げた。
「あ…ああ……」
 耐は恐怖で動くことができず、またその目からは自然と涙がこぼれた。
「宝塚さん、みなさん……移板を使います……!」
 新蘭が叫んだ。同時に子どもたちと、子どもたちに粘着していた蝸牛と、警備員の男性と、元興寺の神霊の姿は白い光に包まれ、そしてその直後にその光ごとその場から消失した。
「な……」
「これは一体……?」
 取り残された二人の神霊はその様子を見て驚いた。
「心配することはない……」
 そのとき、二人の背後の上空に黒い霧が出現し、そこから低い男性の声がした。
「何奴……?」
「我は奈良広瀬大社の神霊……末鏡の意思と一体となったものだ……。天路の従者たちが使ったのは移板だ……しかし移板には霊気の跡が残る……、その跡をつけていけば、いずれまた彼らを追い詰めることができるであろう……」
 広瀬大社の神霊は二人の神霊に告げた。
「なるほど……」
 それを聞いた二人の神霊はニッと笑った。

   *

 耐は瞑っていた目を開けた。そこは森の中だったが、奥に小さな社が幾つかあるのが目に見えた。
「え……ここは……」
 耐の傍らに、美濃、司が蝸牛に捉われており、また他の子どもたちと元興寺の神霊が倒れていた。
「わ……蝸牛まで来ちゃった……」
 耐はそれを見て慌てた。そして、慌てて珠洲の元に行き、光筒を傷口に宛がい始めた。
「あの、耐ちゃん……」
 珠洲は朦朧としながらも耐の名を呼んだ。
「えっ……、珠洲ちゃん、ちょっと待って、今から治癒で……」
 耐は慌てて彼女を気遣った。
「ううん、そうじゃないの……。私の光筒、前に、大津から……筒爪がついてる……これ、使って……。役に立つかもしれないから……」
 珠洲は絞り出すように言った。
「う、うん」
 耐はそれを聞き、慌てて珠洲の光筒を取り出し、その筒爪を自分の光筒に付けた。
「そちらの男性の方もこちらに来てください……、今回の騒動は、あなたに原因があるのです……」
 新蘭はそう言ってきょとんとしていた警備員の男性を自分の元に呼んだ。
「天路の従者よ……我らから逃げ延びられたと思うなよ」
 そのとき、突然率川神社の神霊の声がした。
「――」
 彼の声を聞いた耐は硬直した。
「移板は霊気の跡が残る……、後をつけてくるのも容易いことだ」
 続いて、率川神社の神霊の背後にあった黒い霧の中から白峯の声がした。
「天路の従者よ、我の神幹で幽世の者となっていただきましょう……」
 続いて伝香寺の神霊が言った。
「お二方、なぜここがすぐに……?」
 新蘭が慌てた。
「あの方の助言もあったのでな」
「あの方……?」
「それは私のことかな……?」
 新蘭は訝しがりながら伝香寺の背後から聞こえた声の方を向いた。そこに黒い霧がかかっていた。
「あなたは……」
「私は広瀬大社の神霊だ……、末鏡の意思に合わせることとした」
 霧の中の声は広瀬大社の神霊と名乗った。
「広瀬さん……何故……」
「私のことを、明神中七社、名神、官幣大社と知るものがいる状況であると思うか昨今!」
 広瀬は声を上げた。
「――」
 それを聞いた新蘭は沈黙した。
「天路の従者よ、覚悟されよ……」
 それを見計らって、伝香寺の神霊は右腕を上げた。
「――!」
 珠洲たちはそれを見て憔悴した。
 彼の右手からは白い神幹が発せられていた。そして、彼は腕を一気に振り下ろした。すると、その神幹は耐に目がけて飛翔した。
「わ……」
 耐は恐怖心に駆られて強く目を閉じた。
「伝香寺……待たれよ!」
 そのとき、耐たちの背後から若い女性の声がするとともに、白い光が飛来してきた。その光は伝香寺の神霊が耐に向けて放った神幹を迎撃した。二つの光は衝突しあうと煙を発した。
「え……」
「この光は……」
 新蘭たちは背後を振り返った。その山中に、紅の小袿を着用し、その下に古代紫色の打袴を履いた二十代前後くらいに見える女性が立っていた。
「あの……あなたは……」
 珠洲が彼女に名前を問うた。
「あ……私はこの山域に鎮座する春日大社の神霊です。日本に八万あると言われている神社のうち、七つしかない明神上七社の第七位に列し、祭神は藤原氏の守護神とされる鹿島神こと武甕槌命(たけみかづちのかみ)他四柱を祭り、もって藤原氏の氏神とされています。女性の姿なのは、おそらく枚岡(ひらおか)神社から勧請した祭神の一人である天児屋根命比売神(あめのこやねのみことひめがみ)に由来しているものと思われます……。この山のすぐ上には、当社の摂社である、天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)を祭神とする若宮神社があるんですよ」
 その女性は春日大社の神霊と名乗り、悠々とした表情で自己紹介をした。
「え……そうなんですか……」
 耐は彼女の説明に聞き入った。
「天路の従者さん、光筒のお力をお貸し願えますか……? 私だけでは、末鏡によって惑わされた神霊たちを鎮魂するのは難しそうなのです」
春日大社の神霊は耐に言った。
「あ、はい……」
 耐は頷いた。
「春日の神霊が出てきたか……だがしかし、我々は鬼玉をいただく」
 率川神社の神霊は右手から神幹を出すと、それを春日大社の神霊に目がけて放った。伝香寺の神霊もそれに続いて神幹を春日大社の神霊に向けて放った。
「させません……!」
 春日大社の神霊もそれに向かって神幹を放ち迎撃した。三つの神幹がぶつかった場所は再び激しい煙が俟った。
「天路の従者さん、今です!」
 春日大社の神霊は耐に呼びかけた。
「え……はい!」
 耐はその呼びかけに答えると、率川神社の神霊と、伝香寺の神霊をじっと見つめた。
(じっと見つめて……!)
 すると彼女が持っている光筒の柄が薄い緑色に光り始め、『Ht』という文字が浮かび上がった。そして、その光は特に狙いを定めなくとも率川神社の神霊と伝香寺の神霊に向かって飛翔した。
「な……しまった……!」
「これ以上は神霊としての身が持たぬ……!」
 率川神社の神霊と伝香寺の神霊は憔悴した。そして、それらの光筒の光が二人に衝突すると、二人の姿は消失した。
「やった……?」
「はい……」
 耐の問いかけに新蘭が頷いた。
(……?)
 そのとき耐は自分の光筒が少し軽くなっていることに気づきそれを見た。そこから珠洲から貰った筒爪が消えていた。
(……もしかして、筒爪がなかったら、また危なかったのかも……)
 耐は苦笑した。
「く……天路の従者……しかしこれでは終わらぬ……」
 一方、神霊らの背後にあった黒い霧の中から広瀬大社の声がするとともに、その霧は晴れていった。
「あ、そうだ……みんなの治癒をしないと……!」
 耐は慌てて再び珠洲たちのもとに駆けていった。
「新蘭さん……! この蝸牛はどうすれば……」
「あ……それでしたら、光筒を宛がえば消えると思われます……」
 新蘭は耐に答えた。
「それから……そちらの男性もこちらに来てください。あなたが発生させた鬼玉を除去しなければなりません……」
「え……」
 警備員の男性は新蘭に言われるままに彼女の元に行った。
「あの……今回の騒動の原因は、俺にあるとさっき行っておられましたが……」
「ええ、鬼玉が発生しているのがその証拠、六道を輪廻するあなたの心から出た行いが今回の騒動の原因です」
 新蘭は彼に言った。
「そうでした……、私は仕事中に、仕事を言い訳にして部下にきつく当たっていて……、あげく罵倒していました……」
 その男性は項垂れた。
「え……それだったら……」
 男性の話を聞いた耐が俯きながら言った。
「『バカ』って言葉は確かによくないけど……そのくらいだと、私なんかも使っちゃうかもしれないです……」
「え、ああ」
 新蘭は耐の様子を見ると少し思案した。
「確証がないのが申し訳ないのですが……以前にも申しましたように、末鏡は『解脱なき者を狙う』と伝わっています……。その解脱、とは何なのかははっきりとはわかっていないのですが……宝塚さんは……、私には、大丈夫なように見えますよ」
「え……バカって言うっていう……同じ行為をしたとしても、末鏡の狙う人とそうでない人とがいるってことですか?」
 耐は驚いた様子で聞き返した。
「はい」
 新蘭は頷いた。
「そうなんですか……あの、ありがとうございます、少し安心しました……、でも、私も気をつけます……」
 耐は新蘭に言った。
「あ、あの……」
 一方男性も新蘭に言葉を掛けようとした。
「……?」
「皆さんは、これからも、このような危険な目に遭うのかもしれないのでしょうか……」
 彼は恐る恐る尋ねた。
「それは……。はい……」
 新蘭はやや俯いた。
「そんな……。僕にも何かできることはないでしょうか」
「ええと……、それは……。あの、宝塚さん……」
「えっ……、あ、筒爪でしょうか」
「はい……」
 新蘭が頷くのを見て耐は自分の光筒を掌に載せた。
「これに手を軽く触れて祈っていただけますでしょうか……。もし、自分と同じような目に遭いそうな人がいた場合に、その人がどうか無事でいられますように、と……。ただ願うだけでいいのです」
 新蘭は男性に説明した。
「え……、は、はい」
 彼は言われるままに耐の光筒に触れた。するとその直後に、光筒の頭部が光り数センチほど伸びた。
「……え?」
 男性はその様子に驚きの声を上げた。
「これで……彼女の光筒の威力が、少しだけ上がりました……」
 新蘭が彼に説明した。
「そ、そうなのですか……。あ、あの、他にも、何か、できることがあれば……」
「それは……。……今は、あなたの周囲で、同じような目に遭いそうな方に注意を促していただくくらいしか……」
「そんな……」
 男性の表情が曇った。
「あっ、いえ……」
 そのとき、耐が彼に声を掛けた。
「……?」
 彼はきょとんとしながらも再び顔を上げた。
「祈っていただいてありがとうございます! うれしいです……!」
 耐は彼に笑顔で礼を述べた。

【無料】霊力使い小学四年生たちの畿域信仰 第三話 大和奈良 率川神社・伝香寺と笹百合

2019年3月22日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

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