spine
jacket

この度、月刊誌「無色」を発刊することになりました。内容は2000文字程度の作品を六篇収録したものです。毎月その月の出来事やキーワードを設定しております。
タイトルを「無色」にしたのは「無色出版」から出版することと共に、読者の方がこの作品を読み終えた後に今号は「こんな色だったな」と感じてもらえるようにするためです。
新作を書き下ろした作品を収録しています。さらにサラッと読めるように各話ショートショートで綴っています。
毎月発刊することが決定しておりますので、お楽しみにしていただければと思います。
それでは、月刊誌「無色」をお楽しみください。

───────────────────────



月刊「無色」 6月号

兼高 貴也

無色出版



───────────────────────




  この本はタチヨミ版です。

 目 次

梅雨

衣替え

父の日

ジューンブライド

ノー祝日

ストロベリームーン

梅雨

「どしゃぶりね」
「ああ」
 外の大雨の音と下の階から聞こえるボソボソとした話し声。その音で僕は目を覚ました。
「あなた、あの子もうすぐ例の時期じゃない?」
「ああ」
 なんだろう? 僕の話かな? 僕はそっと聞き耳を立てる。
「これだけ雨が降ってるんだ。もうじきやってくるはずだ。例の大事な儀式の時間が」
 大事な儀式? 全然わからなかった。お父さんの言葉はハッキリ聞こえたから間違いじゃなかった。
 次の日、お母さんは僕を起こしに来てくれた。
「起きなさい。もう時間よ」
「え? 今日は休みの日だよ?」
「行くところがあるのよ。早く支度して下りてらっしゃい」
 僕はせっかくの休みが潰されてイライラしながら、服を着替えて顔を洗った。下に行くとお父さんとお母さんはなんだか礼儀正しい服を着て、玄関で待っていた。
「行くぞ」
 お父さんは一言そう残すと、車へ向かった。車に揺られて田舎の方まで連れて行かれる。雨はシトシトと降り続いていた。車のワイパーが左右に揺れている。フロントガラスの一定の動きが僕を甘い眠りに誘われる。何時間経ったのだろうか。僕は昨日と同じように強くなった雨の音で目を覚ます。
「ほら、着いたわよ」
 そこは森の奥だったけど、少し雨をしのげる場所だった。
「どこ、ここ」
「大事な儀式が行なわれる場所だ」
 お父さんの言葉に困惑を隠せない。そんな僕をよそに、その場所の奥までひたすら突き進む。雨の音は次第に聞こえなくなっていく。
「ここまで来たら……」
「そうだな」
 お母さんの声を遮るようにお父さんは呟く。そして、奥にある葉っぱについていた一粒の雫がその下に溜まった水たまりに落ちて、「ぴちゃん」と音を立てる。よく見れば、それ以外の葉っぱにはカタツムリやカエルなどが生息していた。
「氏神様。私たちの子どもである健作もとうとうここまで大きくなりました」
 お父さんは誰もいない場所で言葉を紡ぐ。洞穴の奥にはお酒と何十個ものてるてる坊主がつるされていた。どことなく不気味な感覚を覚えると、突然葉っぱが大きく揺れる。揺れると共に大きなうなり声がうまれる。
「よく来たな。健作といったかな? おぬしもとうとうその手に力を宿すときが来たようだ。ここに来た以上、安心して今後過ごすことができよう。さあ、自分の手で吊して力を手に入れよ」
 どこからともなく老人のような声がして、話が終わると同時にひとひらの紙が落ちてきた。
「一体どこから? 今の声は誰?」
「いいから、言われたとおりにするんだ」
 僕の問いに返事はなく、お父さんが声を上げる。
「何をしたら良いの?」
 この紙が何を意味するのかも分からなかった。そんな僕に先ほどの老人の声が響く。
「紙を手にすれば自ずとわかるだろう」
 僕は紙を手に取ると、勝手に手が動いた。出来上がったものは「てるてる坊主」だった。そのまま吊されている場所にそれを吊した。
「ありがとうございました。これからもご加護を」
「うむ。健作、その力を存分に使うのだぞ」
 お父さんのお礼に老人の声は僕に一言残した。僕は「力」の意味がわからなかった。そんな状態のままお父さんに頭を下げさせられて、お辞儀をして帰ることになった。帰り道の途中、シトシトと降っていた雨がさらに曇天になり、どしゃぶりに変わっていく。僕はまた車の一定運動を確認しながら、天を見上げていた。
「空が怒ってる」
 僕はなぜかそんな気持ちに陥った。その言葉にお母さんが少し言葉をこぼす。
「早いわね」
「ああ」
 お父さんの返答に二人は何かを感じ取っていた。
「ジメジメしてるけど、カタツムリやカエルは元気そうだ。空ももうすぐ機嫌を取り戻すかな?」
 僕はそんな心境を抱いてたまらなくなる。帰り道はそんな状態のまま家に向かった。自宅に戻ると、雨はシトシトに戻っていた。
「空も優しくなり始めたみたいだね」
「ああ」
 僕は言葉を残すと、お父さんは流れで返事をする。そのまま自室に戻ると、僕は疲れを取るためベッドに横になった。気がつくと時間が経って、雨の音とお母さんに起こされる。
「早く、起きなさい。支度して出かけるわよ」
 僕はまた休みの日にと思って仕方なかった。
「どこ行くの?」
「大事な場所よ」
 お母さんの言葉にさっきの意識が戻ってくる。
「もしかして、またあの場所へ行くの?」
 僕はお母さんに尋ねる。すると、お母さんはきょとんとした顔で僕を見る。
「何言ってるの? 明日、大雨みたいだから雨具しっかりしているの買いに行くって言ったでしょ?」
 僕はシトシト降る雨を見ながら、空の感情がわからないことに気づく。
「あれ? 空……」
「どうしたの? 早く行くわよ」
「あ、うん」
 空の感情が分からないままさっきのことが夢だったのかと思わされた。でも、鮮明に覚えている。洞穴と神が祭られた祭壇となによりあのたくさんの「てるてる坊主」を。僕は雨具を買って帰ってくるとてるてる坊主を作って、ベランダにかけた。
「明日のどしゃぶりはてるてる坊主じゃ対処できないってば」
 お母さんは笑いながら、僕に言い放つのだった。
―完―

衣替え

 この時期になると、夏へと変わる一定の季節に入る。
「じめじめするし、暑いのか寒いのか分からないよね」
 遙佳は由美に声をかける。由美は扇風機で風を送りながら、「あー」と声を出しながら遊んでいる。遙佳はそんな彼女の態度に「はぁー」とため息をついた。
「にしても、雨はイヤだね」
 遙佳のため息に由美が今度は言葉で遊ぶ。
「梅雨だからね。仕方ない」
「出来れば、梅雨とかない場所に住みたかったな」
 遙佳の言葉に由美はボソッと言葉を吐く。その言葉を聞き逃さないのが遙佳のすごいところだった。
「梅雨のない地域って言うとオーストラリアとか?」
「あー、だめだめ。あそこはあそこで暑すぎると思うし」
 そんな言葉に遙佳は紅茶をいれるために席を立つ。
「ふぅ」
 今度は遙佳が軽く息を吐き、キッチンへ向かう。マグカップを二人分用意して、紅茶を注ぐ。
「じゃあ、カナダとか?」
「あそこは寒すぎ! 絶対耐えられない!」
「なるほどね……」
 少し遙佳は最後の言葉を濁す。由美はその言葉の最後が気になった。
「なによー?」
「いや、あんた注文多いなと思って」
 遙佳は由美にまたしてもボソッと呟く。
「遙佳が極端なところばかり言うからでしょ!」
 遙佳は紅茶をすすりながら「あちっ」っと声を出す。その手に持っていたマグカップを由美の方へ渡す。
「ありがと」
 由美は紅茶に少量の砂糖を入れる。
「相変わらず甘党ね。そのくらいの砂糖の量なら入れても入れなくても一緒じゃないの?」
 遙佳は由美のいつも通りの行動に口を出す。
「気持ちの問題」
「気持ちの問題ならなおさら、入れなくても……」
 遙佳の言葉を聞き終える前に由美は言葉を返す。
「話逸れてる!」
「やっぱり梅雨はあった方がいいってことね?」
 由美の言葉に遙佳は梅雨の話に話題を戻す。
「イヤだよ。じめじめするんだってば」
「じめじめするのも日本の気候。四季折々あるのが日本の良いところじゃない?」
 遙佳は紅茶を再度すすって飲む。それを見て由美も紅茶を口に含む。
「まぁ、遙佳の紅茶も飲めなくなるしね」
「砂糖入れなきゃあたしの注いだ紅茶だけどね」
 遙佳は少し皮肉交じりに言葉を紡ぐ。
「砂糖入れなきゃ飲めないもん。濃すぎて」
「文句言うな!」
 由美の言葉に遙佳はすかさずツッコミをいれる。由美は「ははは」と笑いながら、遙佳との出会いを語り始める。
「そういえば、由美と出会ったのもこの時期だったかな?」
「忘れたの? あたし達の出会いを」
 遙佳の言葉に由美はすかさずチェックを入れる。
「いや、覚えてるけど……。そこまで細かくは……」
 由美はそんな遙佳の言葉に「はぁ」とため息をつく。
「かーさー!」
 そう、遙佳と由美の出会いは三年前の梅雨の季節だった。

――三年前、六月
「あの、傘持ってます?」
 遙佳はバス停で立っていた一人の女性に声をかけた。
「え、あ、残念ながら私持ってないんです。バスも来る気配ないですし」
 その女性こそが由美だった。
「走りましょうか!」
「え、あ、はい!」
 遙佳の言葉に由美も乗っかる。二人は近くの駅まで走ることにしたのだ。二人の共通の持ち物は大きなキャンバスだった。それで頭を隠して、全速力で駅まで走る。そうして、駅に着く頃には二人は「ぜーぜー」と息を切らしていた。
「なんとか終電間に合ったね!」
「そうですね! あなたも美大ですか?」
 由美は終電に間に合ったことより遙佳も同じ大学なのかを確認した。
「うん! おんなじ美大だよ。二回生」
「偶然! あたしも二回生」
 由美は遙佳と同じ大学で同じ学年だったことに親近感を抱く。電車の中で話をしていくと二人は同じように一人暮らしをしていてバイトもままならないくらい美大の授業に一心不乱で通っていたのだった。そんな中、遙佳は由美にある提案をした。



  タチヨミ版はここまでとなります。


月刊「無色」 6月号

2019年6月2日 発行 初版

著  者:兼高 貴也
発  行:無色出版

bb_B_00159805
bcck: http://bccks.jp/bcck/00159805/info
user: http://bccks.jp/user/141249
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

兼高 貴也

1988年12月14日大阪府門真市生まれ。高校時代にケータイ小説ブームの中、執筆活動を開始。
関西外国語大学スペイン語学科を卒業。大学一年時、著書である長編小説『突然変異~mutation~』を執筆。同時期において精神疾患である「双極性障害Ⅱ型」を発病。大学卒業後、自宅療養の傍ら作品を数多く執筆。インターネットを介して作品を公表し続け、連載時には小説サイトのランキング上位を獲得するなどの経歴を持つ。その他、小説のみならずボイスドラマの脚本・監督・マンガ原案の作成・ボーカロイド曲の作詞など様々な分野でマルチに活動。闘病生活を送りながら、執筆をし続けることで同じように苦しむ読者に「勇気」と「希望」を与えることを目標にしながら、「出来ないことはない」と語り続けることが最大の夢である。

jacket