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舞神光泰の短編4作品です。
居酒屋の紅一点を追った『フラッと』、異国人に囲まれた青年奇譚『イタ飯店』、一筋縄ではない恋愛モノ『ありえん(alien)ラブストーリー』、アイドルライブを描いた『meに恋して』。
いずれも「くだらない」が「たのしい」勢いにとんだ秀作です。最後までお楽しみください。

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舞神光泰のキッチンタイマー

舞神光泰

HAROU



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 目 次

フラッときたら

イタ飯店

ありえん(alien)ラブストーリー

meに恋して

あとがき

フラッときたら

 彼女はフラッと現れた。
 鰻の寝床のように細長くカウンターと厨房しかない店「わたらせ」は幾度の再開発から取り残され40年前の面影をそのままに残していた。
「空いてますか?」
 突然現れた若い客に店内はどよめいた。店主がちょいちょいと手を左右に振ると席が一つ出来る。
「どうぞ」
 細身の身体を壁に這わせて移動する。席に陣取るなり、バックハンガーを取り出し机にカバンを掛ける、かなり慣れた様子だ。店内をグルッと見渡すとすぐに注文に移る。
「ビールと水餃子とモヤシ炒め下さい」
よく通る声が店主に届く。
 パンツスーツにパンプス姿、町の立ち飲み屋にはいささか場違いのようにも見える。
 最近でこそ小綺麗な店が増え客層も若返ったが、まだこの店はオヤジたちのサンクチュアリだった。塩辛をあてに日本酒を飲んで、塩辛が無くなれば割り箸を舐って酒を飲むそういう人種の。
「若いね」
「この辺の子なの?」
 オヤジたちの視線を受けても彼女・田淵由希子は動じなかった。なぜなら彼女にとっての最重要項目は千円で酔って腹を満たす事なのだから。得意の営業スマイルと人当たりの良さで質問攻撃をかわすこと3分。
「ビールと水餃子ね、モヤシ炒めはちょっと待ってね」
店主に一礼をして、料理を受け取る。
 よく冷えたビールは厨房の熱気でグラスから汗を滴らせている。対して水餃子は油膜が張り、熱をどこにも逃さないようになっている。なんと気の効いた料理なのだろうかと由希子は思った。今日は少しイヤなことが多かった。口臭のキツい上司から新人の面倒を見るように頼まれた、取引先相手からしつこくデートに誘われた。イヤな事が少しあったから、飲み込むまでに時間がかかるから、今日はちょっと贅沢をしたかった。
 油膜を破ると、途端に熱気が溢れだす。水餃子の一つを摘まむ、一口サイズに作られた餃子はスープの旨味をたっぷりと吸っている、ヤケドをしない程度に冷まし、口の中へと運ぶ。モチモチとした皮の弾力、豚肉の旨味、ネギのシャキシャキ感、生姜の香りが鼻から抜ける。そしてそこにビールを一口。ビールの苦味と炭酸が口の中をリセットする。
「無限に食べ続けられる」そう思った由希子だったが、餃子の残りはあと1つ白湯スープに浮かんでいる。もう名残惜しというように由希子は水餃子を覗き込む。
 少し冷めた頃合いを見計らって、今度はレンゲでスープごと餃子を食べる。先ほどよりもより強い旨味が舌先に流れる。鶏ガラと野菜を丁寧に煮込んだ濃厚だが臭味のない至極の一品。十分に堪能し、ビールで洗い流す。
 由希子がそのままスープを飲み干していると、「あい、お待ち」モヤシ炒めが出てくる。ごま油とオイスターソースのほのかな魚介の香り、そして少しの挽き肉。
「ゼッタイ、美味いやつやん!」由希子は心の中の宮川大輔を抑えつつモヤシを口に運んだ。新鮮なモヤシはシャキシャキした食感の中にみずみずしさを残している。
 微量なニンニクが味にパンチ力を加えていて、そこに少しの挽き肉が味を支えている。
「ウンマッ!」
 手が止まらない、皿いっぱいに盛られたモヤシ炒めはあっというなくなっていた。
 ひと息つく暇もなく、ビールを流し込む。食べぷっりの良さと高揚した由希子の姿にオヤジたちは無言になって見守っていた。もう一杯だけ飲もうか、そう思って壁を向き直ると、足がフラついた。
「今日はここまでか」由希子は店主に勘定を頼んだ。
 全部で980円、上々の出来だった。飲みたくなる気持ちを押さえるためにヒールのある靴を履いてきたのだ。
 フラッと入って、フラッとなったら帰るこれが、立ち飲みOL田淵さんの日常なのだ。

イタ飯店

 15時を過ぎてしまった。休みに家で何もせずにこのくらいになると妙な焦りが生まれる。昨日の夕食を残りを朝に食べたきり口に何も入れていないせいか、やる気がなにも起きない。このまま1日を無駄にするのももったいないので無理やり外に出ることにした。
 外の空気はまだ冷たくマフラーをしてこなかったのを後悔する。家に戻ればいいのだが戻ったらさいご、また重力場に捕らわれて抜け出す事が出来なくなってしまう。コンビニでテキトーにすませてしまうという手もあったが、それでは外出の意味がなくなってしまう。ファストフード店、ファミレス、牛丼屋、日高屋どこも人で溢れていて独り者に入る余地は残されていない。どこもかしこも暇人でごった返している。近くに飢えた成人男性がいるなんて事はお構いなしで、家族やカップルたちが提供された食事を楽しんでいる。安くて、しょっぱくて、過不足無いサービスで胃を満たしたくて仕方なかった。
 10分も歩いていないはずなのにやたらと疲れる。俺の記憶が正しければこの道の先にラーメン屋があったばすなのだが、俺の記憶は正しくなかった。
 居抜きらしく外観はほぼ同じなのだが見慣れない看板が目に入る。

「意大利」―本格イタリヤンの店―
 ラーメン屋はつぶれ代わりにイタリア料理店になっている。店内の人影はまばらだが、ちゃんとした料理を食べるような口にはなっていなかったので別の店を探そうとしたとき、あるものが目に入った。
 食券販売機、これがあるだけで店の敷居は1m下がる。それに店頭のポスターにもパスタ類500円~830円(大盛り無料)と書いてある。財布的にも優しいし、もう歩くのも疲れたのでここに入ることに決めた。
「イラシャイマセー」
 聞き覚えのある声だったので、顔を見ると前のラーメン屋で働いていた中国っぽい顔立ちのお兄さんだった。別の店になってもそのまま雇われる事はあるのだろうか? オーナーが一緒だからか?外国人労働者の方が真面目という話も聞いた事があるし経験者は引く手あまたなのだろう。
 とりあえずナポリタン大盛りの食券を購入し彼に渡した。
「イーバァリィ、ナポ! ダァ!」
 厨房から元気よく「アイヤー!」と返事がある。
 そして明らかに中華鍋を振るうガコガコという音と油がジュとはじける音が聞こえてくる。
 今から食べるのはナポリタンなのかがだんだんと怪しくなってきた。
 2分後俺の前に出てきたのは立派なナポリタンだった。ケチャップで真っ赤な麺に薄切りのタマネギに青々しいピーマン、少し肉厚なベーコン。休日のちょっとした外食には十分すぎるほどのメニューだ。フォークがないらしく、箸でナポリタンをすする。
 うまい。
 正直なところ期待をしていなかったので、落差が激しい。
家庭では出せない味の深み、そしてこの少し肉厚なベーコンがまた嬉しい。ただ大盛りは味が単調になってしまうのがよくない。
 半分をほど食べ終えた所で、私は店員を呼んだ。
「すいません、チーズありますか?」
「ツィーズ? アー、 ニュウロ ナイデス」
「え? あの粉チーズ、容器に入ってるふりかけるやつ」
 ジェスチャー付きで聞いてみたが、店員は厨房となにやら大声で話し始めた。怒鳴りあいのような応酬が続き、くるりとコチラを向き「ナイデス」と答えパタパタと走っていった。
 若干の呆気にとられたが、店内の視線が集まっているので、また下を向いてもくもくとナポリタンをすする。うまいが量が多すぎた、もう学生ではなのだからそんなに必死に食べるようもないのに。
 次に来たなら、大盛りはやめておこうと思う。
 店を出て、ベダつく口をどうにかしたくてコンビニへ入った。レジでは中国系っぽいお姉さんと、インド系っぽいお兄さんがせっせと働いている。
 飲み物とスナック菓子をカゴにいれる、ボーッと棚を見ていると横目がなにかをとらえた。緑の細長い筒にクリーム色の蓋、あの粉チーズだ。コンビニにはあるのにイタリア料理屋にはない。手にとって眺めていると俺のせいで後ろを通れなかったお婆さんが咳払いをする。
 慌ててカゴに入れて会計を済ませると1000円を超えていた。粉チーズが高かったのだ。そうか粉チーズって高いもんねと妙に納得しながら、ベタつく口の中に残る味を思い出した。
 腹が満腹になるとようやく他の事に気が向きに始める。
 すれ違う親子づれのにこやかな笑顔、よりそうカップル。その全てが他の国の言葉だった。
 顔を上げれば看板には当たりまえのように英語、中国語、ハングルが並んでいる。こうやってだんだんと当たり前も変わっていってしまうのだろう。
 アパートのお隣さんのモハメドに「コンバンハ」と挨拶された。もう俺のほうが外国人なのだろう。

ありえん(alien)ラブストーリー

「オーロラを見たい」
 僕にわがままなんか言ったことがない彼女の最後の願いだった。
「分かるのもうすぐだって」
 普段と変わらぬ様子でポツリと呟いた姿が頭から消えない。医者へ相談しようと言ったが彼女に止められた。掴まれた指先から伝わるその力のなさが僕に決心をさせた。
 チケットを取りすぐさま飛び立つ。機内への人影はまばらで僕らの周りの座席には誰もいなかった。
「なんでオーロラなの?」
「分からないけど、綺麗なものを見ていたいの」
窓の外を懸命覗き込み全てを目に焼き付けているようだった。僕を振り返る事なく話続ける。
「おとぎ話で読んだ、みなしごの女の子がオーロラのベールを空から貰ってダンスする話が忘れられないの」
 いつもの饒舌な彼女の姿だった。
「あなたは太陽のプラズマと地球の磁力による自然現象だとか有り得ないっていうだろうけど、私はこのお話が好きなの」
「言わないよそんなこと、それで女の子は最後どうなるの?」
「・・・・・・最後はオーロラになるの、みんなに見られて誰にも忘れられない綺麗なオーロラに」
 そういうと彼女は黙った。息を深くして涙を抑えていた。彼女の癖だ、涙を必死にこらえる時にいつもこうしている。
 彼女のスラッと伸びた後頭部に触れた。そうすると41ある目玉から涙がこぼれ落ちる。
「泣かないって決めてたのに」
 震える彼女を抱き寄せ、触角同士を合わせる。彼女の感情が僕にも流れ込んでくる。

 機内へアナウンスが流れる。
「まもなく第3惑星上空へ到着致します。カメラでの撮影、鑑賞をお望みの方は展望席へお移り下さい」
 僕も彼女も全ての目で泣きはらしひどい顔をしていた。
「ひどい顔」
「そっちだって」
お互いに笑い合い、僕は彼女を支え立ち上がらせる。展望席は球面体の強硬度アクリルで中にはソファが数台置かれているだけだった。
「貸し切りだね」
 真ん中のソファに座り手を重ねた。地球が見えてくる。暗い空に青く光る辺境の星。
「見て、キレイ」
 眼下に広がる景色は奇跡だった。青い地球を覆う光のベール、何色にも輝いて揺らめいて儚く消える。回転する帯状の光。映像で何度も見ているはずなのに、僕は泣いていた。
「綺麗だね」
「今度は赤い紫色の光があっちから見えるよ」
「ほんと? 赤なの?」
彼女の言葉を悟った。
「うん、凄い綺麗だよ」
彼女の目にはもうなにも映っていないんだ。
通り過ぎる時間に僕はないも出来ない。
「泣かないで」
彼女が6本の腕で僕をギュッと抱きしめた。
「大丈夫、次に産まれる私もワタシだから」
 単性生殖のングリタヴ星人は命を繰り返す種族だ、寿命という概念はなく病気や遺伝的劣勢を見つけると細胞が自死を選択し、より強い生命を身体の中に作り上げる。
「じゃあ、またね」
 死と出産が始まる。彼女はうずくまると身体を折りたたんで卵のような姿になる。彼女の内部が光り始める。幾度となく僕たちは別れ、出会い、結ばれてきた。
 この営みに意味があるのか、それが分からずに自殺した同朋も多い。僕は生きていたい。
 無意味なのかもしれないそれでも僕は、僕らは愛し続ける。

meに恋して

 説明しよう。
 うぃ~ん☆ガッちゃんは5体組美造形ロボットアイドルユニット。
みんなのリーダー赤い翼、レッドファルコン
お姉さん系美麗プロポーション、ブルードルフィン
妹系ロリッポプキューティー、イエローライオン
敵か味方か、本当はファルコンの色違い、ブラックレイヴン
高出力、高耐久、高性能のグリーンコンバイン

 鉄面皮の言葉そのままに、一見するとただの鋼鉄の皮膚なのだが
文楽の人形のように陰や仕草で表情を変えて見せる。いまや性差を超えて誰からも愛される次世代型スーパーユニット。「生メカしい」という造語も彼女たちから生まれた。

――

 レッドファルコンが翼を広げると会場からは歓声が上がった。
「今日は私たちのライブに来てくれてありがとう!」
ブルードルフィンがその肌に帯びた結露を拭き取るとファンは喉を鳴らした。
イエロ―ライオンがのびをするとTシャツから覗くラジエーターに目を奪われる。その絡みつくような視線を察知してTシャツをすぐに直すブラックレイヴンの優しさにときめく。黙々と舞台横にある畑から収穫を続けるグリーンコンバイン。
 彼女たち5体の姿にファンは釘付けだった。声援を押さえるように、ファルコンがマイクを取り、少し微笑み沈黙を作る。
「えー本日は私たちの大先輩に当たるあのお方の誕生日でもあります!」
歓声が怒号のごとく押し寄せる。
「だれー?」
「早く教えてー!」
「今日も生メカしいよぉーー!」
「もう、みんな元気よすぎー、この後ちゃんと登場するから」
イエローがツッコミともとれないようなツッコミにファンは笑顔を隠しきれない。
「今日お越し下さっている偉大なる先輩を思って作りました。聞いて下さい『meに恋して』」
 照明が暗くなりバラード調の曲が流れ始める。

「おねがい 今日だけは 私の言うこと聞いてよね
とくべつな日じゃないけど あなたのお願いも聞くから
L・O・V・E ラブラブ 愛してるから~
L・O・B・O ロボロボ ゆうこときいてよ~
私だけに~ 恋してよもっと
前頭葉をガツンとロボットミー♪」

 2200年人間の大半は体を機械化しているため、脳こそが人間であるという考えを持つのが一般的である。その脳の一部である前頭葉を傷つける行為は蛮行の歴史を表す侮蔑すべき行為であるのと同時に、若者の間では「私の全てをあなたに捧げる」という言葉に変化していた。
 扇情的な歌詞にファンたちのボルテージは最高潮に達した。
「神曲確定!」
「俺、脳のストレージに直でダウンロードするよ!」
 歌い終わりファンは一種の恍惚に捕らわれていた。
「あんな美造形たちからあんな言葉が聞けるだなんて……」
タブーに触れる妙な高揚と隠し事を共有した時のような甘い痛みにファンは結束を堅くした。
 サプライズはまだ続いた。
「さぁ、ここで特別ゲストの登場です!」
 キャスターに乗せられて運ばれてきた一台のパソコンとブラウン管。
歴史的な重厚感を讃えるその姿に会場は息を呑んだ。
「まっ、まさか……」
ファルコンはマイクを持ち咳払いの真似をした。
「製造から200年の時を得て、今日の為に足を運んで頂きました!
 皆さんお待ちかね! 我々の大先輩Windows MEの登場です!」
会場は再び興奮の最頂点へと昇った。

 しかしブラウン管にはまだ何も映っていない。
 体に存在しない汗を拭う一同。
 その時ブラウン管がゆっくり、ん――と、低い声でうなり始めた。
 ゆっくりと立ち上がるME。
 ブラウン管にブルースクリーンが映り表示されるテキスト。

―――システムがビジー状態です――

 盛り上がる会場。
「やっぱりブルースクリーンだよ!」
「ただ起動させただけじゃないか!」
「ドジっ娘萌えー!」
「これが愛……」
 生誕200年後もMEはずっと愛されていた。

あとがき

舞神光泰の短編4作品です。
本作品はWEBサイト「monogatary.com」のお題にあわせて作成・公開したものです。
居酒屋の紅一点を追った『フラッと』<お題>立ち呑みOLの田淵さん
異国人に囲まれた青年奇譚『イタ飯店』<お題>チーズのないイタリアン
一筋縄ではない恋愛モノ『ありえん(alien)ラブストーリー』<お題>オーロラを見に
アイドルライブを描いた『meに恋して』<お題>2200年のアイドルグループ
いずれも「くだらない」が「たのしい」勢いにとんだ秀作です
最後までお楽しみいただきありがとうございました。

舞神光泰のキッチンタイマー

2019年6月17日 発行 初版

著  者:舞神光泰
発  行:HAROU

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舞神光泰

千葉県生まれ。東京在住。趣味は料理。ディズニー作品やカートゥンを愛してやまない。

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