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八月上旬の午後、新潟県上越市、北陸新幹線上越妙高駅前にある釜蓋遺跡公園内の一角で、四人の男女の中高生が一人の男子中学生を取り囲んでいた。
「俺はお前に、正義面しやがる先公にチクッたらわかってるよな、って言ったはずだよな?」
「そうだぞ……、先公も仕事でやってるだけだ。大人どもだって、俺たちと同じように、正しいことを言ううざい奴は次々と消していくんだ……それが俺たちの『社会』なんだよ、な、立派な言葉だろ、『社会』って」
二人の男女が取り囲まれた中学生をあざ笑ったり威嚇したりした。
「そ……そんな、待ってよ……、だって酷いよあんなの、人の所有物を勝手に……。そんな『社会』なんて、結局必ずすぐにみんな酷い目に遭うだけだよ……、みんな、自分は本当はどうしたいか考えてるの?」
取り囲まれた中学生が怯みながら言った。
「ああ?」
一人の男子が彼の顔の脇にさっと手を伸ばし、殴る仕草を見せた。
「自分の本心……? そんなもの考えたこともねぇよ! 私たちは大人になってもそうかもしれねえよ!」
「そうだぞまだ生意気を言うつもりか? 強権なら従うが、説教なんかに従うつもりはないね。ひとまず、先公にチクッた罰だ、俺たち四人の相手になってもらう……急性なんとかで死ぬかもな」
「ははは、そいつは面白いぜ、じゃ、まず俺から……」
男女の中学生たちはあざ笑いながら彼に言った。
「ひっ……」
それを見たその少年の顔が蒼くなった。
「お、おい……」
そのとき、彼らの一人がそれを制そうとした。
「ん、なんだ?」
他のメンバーが、彼を威嚇した。
「いや……、すまん、なんでもない……」
その中学生は俯いた。
(確かに俺も、こいつと冗談でふざけあっていた……。お互い冗談のつもりで……エスカレートしたらいけないってことは感じてた……なのに、いつの間にこんな連中が集まってきてたんだ……? 俺はこいつにいつの間にこんな接し方をするようになってたんだ……? これで自分を守れる、安心なんて思って……俺は一体何がしたいんだ……?)
彼は一人で自問した。
「これは……なかなかの鬼玉ではないか」
そのとき、彼らの背後から男性の声がした。
「……!」
男女らは慌てて振り返った。そこに一人の、黒の法衣に、紺色の畳袈裟を着た若い僧侶っがいた。
「ちっ……隠れてやるつもりだったのに……表向きは秩序を保っているように見せかけないといけないからな、めんどくせえ」
「おい、お前は黙ってろよ」
彼らの一人が、殴られそうになっていた少年を脅迫した。
「お坊さん、私たちに何か用ですか、私たちはここでただ仲良く遊んでいただけですよ」
男女らのうちの一人が言った。
「言い逃れをしても手遅れだ……お前たちからは鬼玉がたっぷりと戴けるようだ……覚悟してもらおう」
その僧侶はつかつかと男女らの方に寄ってきた。
「えっ……」
その勢いに男女らは怖気づき、じりじりと後退した。しかし僧侶もまた彼らに近づいた。
「逃げても無駄だ……、お主たちも気づいているのではないか、偽の正論をそうやって正論と言い張り逃げ続けてきていることに」
「え……」
男女らはさらに怯えた。
京都、西洞院松原の下京図書館の入り口の自動ドアから巫女服姿の新蘭が駆けて入っていった。そして中で読書をしていた珠洲と美濃の傍に行った。
「あ、新蘭さん……」
「また末鏡ですか……?」
二人は不安そうに尋ねた。
「はい……申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ」
美濃は彼女に答えた。
「それじゃ、宝心寺に行きましょう、みんなも呼ばないと……」
珠洲が小声で呼びかけた。
「うん」
「はい」
美濃と新蘭は答えた。
釜蓋遺跡の中で僧侶は少年の一人の胸ぐらを掴んだ。すぐに彼の胸から濃い紫色の煙が発生した。
「い……痛い! やめろ、やめてくれ!」
「あ……ああ、怖い」
他の少年少女たちもその光景に怯えた。
「鬼玉……ふふ……これでいい……市民社会に対する『本質的な意味での甘え』かどうかは知らぬが……我が待望の、善悪反転の世の到来……これで我が時空破壊の目論みもやがて……」
僧侶はほくそ笑みながら呟いた。
「そちらの神霊、お待ちください……!」
「……?」
そのとき彼の背後から新蘭の声がした。彼が振り返ると、そこに新蘭の他珠洲、美濃、耐、司、唯、雲雀の六人がいた。
「え……?」
中学生らも突然現れた彼らの姿に驚かされた。
「く……天路の従者か……こんなに早く……」
「あ、あの、あなたはどちらの神霊ですか。末鏡に惑わされているようなのですが」
新蘭が尋ねた。
「我は上越関川、袈裟掛松の神霊だ……寺院由来の神霊ではない」
「袈裟掛松……?」
僧侶に言われて彼女は戸惑った。
「そう……かつて、真宗開祖親鸞が戸隠神社に参拝したとき、その行く手をさえぎる大蛇がここ関川に現れ妨害した。彼は直江津の海岸で拾った小石に経文を書き大蛇に投げた。すると大蛇は退散した……。彼が休憩をとった付近の松を袈裟掛松と呼んでいる。この小石は現在、野尻の真光寺や関川の十善寺にて祀られている……」
僧侶は袈裟掛松の神霊と名乗った。
「真宗は本来そういう教えを否定するものです。京都の私にとってはそのような教えを真宗がという時点で驚きです。開祖も驚きますよそれは」
新蘭は彼の口上に対して答えた。
「無論承知だ……しかし、人々が京都を見捨て東京や名古屋のあのような思想が日本の基本思想を名乗りこの国を支配し始めた現代、我のような邪教のものの活動にはうってつけだ。よってお主たちは……」
一方僧侶は憤りを見せながらも右手を前に出した。
「神能で返り討ちにしてくれよう!」
彼は声を荒げた。同時に彼の手から二本の白い光が発光し珠洲と美濃の方に飛翔した。
「……!」
しかしその先に二人の姿はなかった。
「……?」
その様子を見たの神霊は驚いた。一方珠洲と美濃は光筒によりの神霊の数十メートルほど背後に移動していた。
「美濃くん……!」
「うん……!」
二人は呼応しあうと光筒を握りしめながらじっとの神霊を見つめ、そしてそこから薄い緑色の光が飛びだした。
「! あ、あれは光筒……あれを受ければ我とて……!」
袈裟掛松の神霊は眼前を腕で覆った。
その直後に二人の放った光筒が彼を直撃し、その衝撃で彼の周囲の土が俟い、その声が消えた。
「……?」
「……やった……?」
司、耐らが呟いた。
「! 司くん、後ろ!」
そのとき珠洲が叫んだ。
「え……、……!」
司は後方に目を向けた。そこにいつの間にか一匹の小さな蝮がいて彼を見つめていた。
「――」
司はそれに驚かされた。それとほぼ同時に、その蝮は徐々に巨大化し、直径二〇センチメートル程度になり、彼の左腕を一噛みした。
「あ……」
激痛が走り、彼は転倒した。
「司くん……!」
美濃、耐らが彼の元に向かおうとした。
「耐ちゃんも……!」
唯もすかさず叫んだ。
「……?」
続いてその蝮は耐の方に這い、彼女の足に噛み付いた。
「ああああ!」
耐も叫びその場に倒れた。
「我の由来に関わるのは大蛇だが……、お前たちには蝮の毒がよかろう」
袈裟掛松の神霊はほくそ笑みながら言った。
「……っ」
唯は慌てて光筒を手にし、蝮を凝視しようとした。
「おっと……、待て」
袈裟掛松の神霊は結衣に言った。
「……?」
振り向くと、彼はすでに右手を白く光らせ自分の方を向いていた。
「お前はこれだ」
袈裟掛松の神霊は言い放った。
「――」
唯はその姿を見て青ざめた。
「な……ああっ!」
その直後に、袈裟掛松の神霊は叫び声を上げてその場に倒れた。
「……?」
「これで少しは……」
唯が彼の背後を向くと、その先に、藍色で縫腋袍の束帯を着用した白髭の翁がいた。
「……あ、あの……」
唯はその老人に声をかけようとした。すると彼も唯と目を合わせて笑顔になった。
「天路の従者殿とお見受け致します……、私はここから十里ほど離れた戸隠山中にある鞍池と申す神霊です。自分でもよくは覚えていませんが、手力雄命が岩戸を取り外そうとして力を込めた際にできた足跡が池になったとも言われております……。また、かつてとある七夕の日にここに馬が転落してしまい、翌年以降、七夕の日には、その馬の鞍が金色の光を帯びて水面近くに見えるとも言われている池でもあります。……む、それはそうと、天路の従者殿、今はあの袈裟掛松を……」
戸隠鞍池の神霊と名乗ったその翁は神妙な面持ちになった。
「え、あ……」
唯もそれに頷こうとした。
「鞍池、待て……!」
そのとき、鞍池の神霊のさらに背後から女性の声がした。
「……?」
唯がその方を振り向くと、そこに紺の法衣に白の帽子を首に巻き、緋の袈裟を着た尼がおり、またその手は神幹を光らせていた。
「――!」
その尼はすぐに無言でそのまま神幹を放った。それは鞍池の神霊、そしてさらにその奥にいた唯の脇を掠った。
「え……」
「あっ……」
唯はそれに怯えた。同時に、その尼もややたじろいだ。
「あれは……。ふむ、天路殿、あの者も末鏡に惑わされている者です。ここは先にあの者から鎮魂すべきと思われますが……」
鞍池の神霊は唯に言った。
「え……? 鞍……」
そのとき、新蘭が不思議そうな表情で彼に声をかけようとした。
「あ……、はい……」
一方、唯は鞍池の神霊の意見に同意し返事をした。
「では参りましょう……、私も神幹を用意します……!」
鞍池の神霊は唯に言った。
「はい……!」
唯はもう一度返事をすると、尼を凝視した。すぐに彼女の光筒が光り始めた。
「……」
一方鞍池の神霊は少し俯き、顔を隠した。
「あっ……」
尼僧は唯が光筒を手に自分の方を向いていることに気づき焦った。
「……っああっ!」
その直後に唯は悲鳴を上げてその場に倒れた。
「唯ちゃ……いああ!」
唯の光景に驚いた美濃もすぐに叫び声を上げて倒れた。
「へ……え……」
「――」
それを見た珠洲と雲雀も慄き、神幹の来た方を向いた。その先に鞍池の神霊がいた。
「鞍池殿、あなたは……」
新蘭が訝しげに尋ねた。
「ふふ、巫女殿もようやくお気づきでしたか……。お察しの通り……、私も、末鏡に惑わされている身です」
鞍池の神霊は薄笑いを浮かべながら言った。
「え……」
「なんと……、そうであったか……。ならば……!」
雲雀の驚きをよそ眼に、それを聞いた袈裟掛松の神霊もほくそ笑み、そしてすぐにその手を光らせた。
「ああgっ!」
すぐに珠洲も悲鳴を上げてその場に蹲った。
「……!」
雲雀が珠洲の方を向くと、彼女も袈裟掛松の神霊の神幹を受傷していた。
「す……、……!」
雲雀は慌てて鞍池の神霊の方を向いた。しかし彼はすでに自分の方を向き、その手を光らせていた。
「手遅れだ」
鞍池の神霊は雲雀に言い放った。
「あ……」
それを聞いた雲雀は硬直した。
「なあああ!」
すぐに鞍池の神霊はその場で転倒した。
「……?」
雲雀が驚きながら彼の方を見ると、その背後に先ほどの尼僧がいた。
「え……」
「すみません……」
彼女は雲雀と目を合わせると謝罪を口にした。
「……?」
「鞍池に外したどころか、天路殿にも当てかけてしまい……」
「あの、あなたは……」
「私はここからおよそ一五里……六〇キロ程度南に位置する善光寺の神霊です、末鏡の影響は受け 肝腫てはおりません……」
尼僧は善光寺の神霊と名乗った。
「確かに……あなたからは惑いの反応がないです……、善光寺さんでしたか……」
新蘭が言った。
「善光寺……?」
雲雀はそれを聞いてきょとんとした。
「はい……。古来より無宗派、現在でも単立の寺院です。天台宗の大勧進貫主と、浄土宗の大本願上人が共同で住職となっていて、うち浄土の方は尼寺でもあり、また事実上の摂家門跡でもあります……。本尊は秘仏ですが、七年に一度、分身が開帳されることになっています。由来不明で、仏教伝来初期まで遡る説もあります。かなりの頻度で戦乱に巻き込まれてきました。現在は極めて広範囲の県名に使用されている長野という地名も、ここ善光寺の門前町の村名が発祥です……、さて、それより……」
善光寺の神霊と名乗った彼女は顔をきっと雲雀から鞍池の神霊の方に向け変えた。
「あ、はい……」
雲雀も返事をした。
「く……」
逆に鞍池の神霊はそれを見て狼狽えた。善光寺の神霊はそのまま自分の右手を光らせた。
「ああああ!」
その直後に彼女は叫びその場に倒れた。
「……?」
「……私を忘れてもらっては困るな」
雲雀はその声を聞いて驚かされた。袈裟掛松の神霊がいつの間にか善光寺の神霊の背後に回っていた。
「っ……、……!」
雲雀は慌てて鞍池の神霊の方を再度向き絶句した。鞍池の神霊も体勢を立て直し既にその手を光らせ自分の方を向いていた。
「天路……これで終わりだ!」
「あ……」
雲雀はそれを聞いて怯えた。
「gあっ!」
鞍池の神霊はすぐに叫び、また体勢を崩した。
「――」
その光景を雲雀は呆然としながら眺めていた。
「雲雀ちゃん……!」
そのすぐ後に弘明が彼女を呼ぶ声がした。
「……?」
「大丈夫……?」
続いて淡水の声がした。
「ひ……たn……」
雲雀は二人の姿を見て、目に涙を浮かべた。
「みんなが……治癒しないと……」
「うん……!」
駆け付けた弘明と淡水は珠洲や唯の倒れている方に向かおうとした。
「……珠洲ちゃん、珠洲ちゃん!」
すぐに弘明は珠洲の傍らで彼女に向かって呼びかけた。
「……あ……ひ……」
珠洲は彼の姿を見ると少し笑みを浮かべた。
「待って……すぐだから……」
弘明はそう言うと自分の光筒を取り出した。
「……えへへ、よろしく……」
「うん、いくよ……」
弘明の真剣な表情に珠洲はさらに安堵した。
「ううっ!」
「――」
そのすぐ後に弘明は蹲った。それを見た珠洲の瞳孔が縮んだ。その先に袈裟掛松の神霊が手を光らせて立っていた。
「まだ一人……!」
淡水は慌てて光筒を取り出そうとした。
「遅いわ!」
袈裟掛松の神霊はさっと右手を降ろし、神幹を淡水に向けて放った。
「あ……」
それは淡水に直撃した。
「え……あ……」
雲雀はその光景に絶句した。
「今度こそ……お前だけだ、天路の従者」
袈裟掛松の神霊は憤りながら彼女に言い放ち、さらに手を光らせた。
「これは……まだ……あ……いや……!」
新蘭は袖から移板を取り出しそれをチラリと見た。
「石橋さん、移板、満ちました、行きます!」
彼女は雲雀に向かって叫んだ。
「え……?」
すぐに雲雀と、彼女の他の天路の従者たち、上越の中学生たち、また善光寺の神霊が一気に薄い緑色の光に包まれ、そしてその光ごとその場所から消失した。
「な……」
「何が……?」
袈裟掛松の神霊と、やや大勢を持ち直した鞍池の神霊は目をきょろきょろさせた。
「奴らは……逃げたのか?」
「く……厄介なことになった……」
二人の神霊は頭を抱えた。
「……当惑しているようだな」
その時、背後から低い声がした。
「?」
「何奴……?」
不審を感じて振り返った彼らの背後の数メートル上空を中心に黒い霧ができていた。
「我は武蔵神田明神の神霊である……、この度発現の末鏡の意向に併せ、我が身をこれに委ねた者だ……」
神田明神と名乗ったその声は続けた。
「な……」
「神田明神殿……?」
「天路が用いたのは移板である。瞬時に遠方に遷移したようだ……」
「では……どうすれば……」
「心配はいらない……。移板にも欠点がある。移動した経路の霊気が残りやすい。それをたどればよい……」
「ふむ……」
「それは……」
神田明神の意見を聞いた二人の神霊は俯き、不敵に笑った。
数多くの杉が鬱蒼と茂る森の中の一か所に薄い緑色の光が出現した。すぐにその光は半径一〇メートル程度の大きさになった。そしてそれは一〇個ほどに分裂し、それぞれ人の形になった。そしてそれは雲雀たち八名の子どもたちと、新蘭と、上越の中学生たちと、善光寺の神霊の姿になった。すぐに、雲雀以外の子どもたちと、善光寺の神霊はその場に倒れた。
「え……ここは……」
雲雀は周囲をきょろきょろと見渡した。
「すみません……本来であれば霊気の近くにつくはずなのですが……急ぎだったので、それとはあまり関係のない場所かもしれません……」
新蘭は雲雀に詫びた。
「あ、いえ、ひとまず逃げられたようなので……、あ……、みんなの治癒……!」
雲雀はそう言うと、慌てて、まずは一番手前にいた、淡水のもとに駆け寄った。
「う……ひb……」
「動かないで……淡水ちゃん……」
雲雀は彼女に呼びかけた。
「雲雀ちゃん……、筒爪……前に千代田で貰ったやつ……私の光筒にあるから……、もしものときのために、つけて……」
「あ……、うん、ありがとう……すぐに治癒するね……」
雲雀はそう言いながら淡水の光筒を手に取った。
「天路の従者……」
「――」
その時、袈裟掛松の神霊の声がした。雲雀の瞳孔が縮んだ。
「それで逃げたつもりか」
鞍池の神霊もそれに続けた。雲雀がはっと後ろを振り返ると、そこに二人の神霊がおり、さらにその背後の数メートルほど上空に黒い霧がかかっていた。
「まさか……その黒霧は……」
新蘭もそれを見て慄いた。
「久方ぶりだな、天路の巫女、そして従者……、神田明神だ」
神田明神の神霊が言い放った。
「ど、どうするよ……」
「逃げるんだ……」
一方、中学生たちはヒソヒソと話し合っていた。
「おい、お前も行くぞ」
「……嫌だ」
「え……?」
そのうち、いじめの加担に躊躇していた一人が拒否をした。
「おい、なんでだよ、怪奇が起きたら、リアルと違って、勝手に最強の主人公になれるとでも思ってんのか? あの大ケガを見ただろ、あれが実態だ、リアルと何も変わらないだろ」
「それも含めてだ……。もう僕は君たちといるのも断る。君たちといることで自分を守ってるつもりだったんだ……、でもちょっと視野を広げたら、そんなわけなかった……自分がされて困ることを友人にやってたら、自分に返ってくる……、あの神霊たちがその証拠だ……、あの、僕たちよりもさらに若い子どもたちをあんな目に遭わせたのも僕たちの傲慢のせいだ……、僕がすべきことは、君たちのグループを壊すこと、それと、あの子たちを救うことだ……! いじめに加担してごめんなさい……。リアルはマンガを追わないといけない……、本当に当たり前に教室に残って学びあうのはどっちで、本当に引きこもりにならないといけないのはどっちか、もう一度、ゼロから変えないといけないんだ……!」
そう言うと、その少年は、袈裟掛松の神霊に向かって足元にあった小石を投げつけ、彼に当てた。
「……!」
袈裟掛松の神霊は彼に気づき、睨んだ。
「――」
その少年は怯んだ。
「……待って!」
「ん……?」
直後に雲雀が叫ぶ声がした。袈裟掛松の神霊が振り向くと、彼女は自分を視て光筒を手にしていた。それを見た袈裟掛松の神霊は動揺した。
「天路よ、そんな余裕があるのかな?」
鞍池の神霊が不意に言った。雲雀が彼に気づくと、彼も自分に神幹を放とうとしていた。
「――!」
それを見た雲雀は硬直した。
「ああぐっ!」
すぐに鞍池の神霊を神幹が貫通し、彼は悲鳴を上げて蹲った。
「え……」
雲雀が驚いてその神幹の来た方を向くと、そこに薄い桃色の小袖を着た若い女性がいた。
「何奴……」
袈裟掛松の神霊が問い質した。
「私は戸隠神社九頭龍社の神霊です。天岩戸で知られる戸隠山は化身として九頭龍にも、また私のような山娘のような姿も持っていますので」
「え……戸隠……?」
雲雀が九頭龍社の神霊と名乗ったその女性に聞き返した。
「はい……。嘉祥二年こと八四九年の学問法師以降は、戸隠山勧修院顕光寺として、佛教の中でも神仏混交色の強い修験道の聖地とされてきました。各時代の有力者たちも、争いとなるたびに、善光寺さんと同様、いかに戸隠を自らの側につけるかに苦慮してきたようです。明治以降寺院から神社となりますが、戸隠は近世以前から寺院であるものの仏ではなく神を祀ってきたことも特筆されています。さて、それより今は……、天路の従者殿、私とともに……」
「……、はいっ!」
雲雀は、自らに接近した九頭龍社の神霊に返事をすると、光筒を取り出した。
「ぬ、いかん、鞍池殿、ここは我らも合わせて……」
「うむ……!」
袈裟掛松の神霊と鞍池の神霊は、神幹を合わせようと慌てて互いに駆け寄りあった。
「参ります、従者殿、私に合わせて……」
「はい……!」
九頭龍社の神霊は雲雀に呼びかけるとすぐに、合流していた二人の神霊に向かって神幹を放った。また雲雀も二人を凝視し光筒の光を放った。
「……っ!」
「しまっ……!」
二人が揃っていたことで、雲雀の光筒と九頭龍社の神霊の神幹は立て続けに二人に貫通し、光筒の衝撃による煙が舞い、二人の姿はその中に消えた。そして再び煙が消えたとき、二人の姿も消えていた。
「やった……、今度こそ……?」
雲雀が恐る恐る言った。
「はい……あの二人の霊気は消えています……」
新蘭が彼女に告げた。
「え……えへへ……あれ……?」
雲雀は震えながら、あらためて光筒を眺めた。
「筒爪の部分が消えてる……、もしかして、淡水ちゃんが前に貰った分がなかったら、危なかったのかな」
雲雀は苦笑し、すぐにはっと淡水らの方を見た。
「あっ……、治癒……!」
そして雲雀はすぐに彼女らの方に駆けていった
「く……ここは分が悪い……」
一方、神田明神の神霊の黒霧はそう呟くとゆっくりと消失していった。
「一安心ですか……」
それを見た九頭龍社の神霊は呟いた。
「はい……」
新蘭も相槌を打った。
「あ、あの、巫女さん……」
その時、新蘭を呼ぶ声がした。彼女が振り向くと、そこに一緒に連れてきた中学生たちがいた。
「このことって、原因は僕たちなんでしょうか……」
「それは……はい……」
彼らはお互いに俯いた。
「ああいうことはもうしません……」
「それと……できれば、僕たちも、あなた方に協力したいのですが……」
中学生たちが言った。
「それは……ありがたいのですが、今は限られていると思います……」
新蘭は彼らに言った。
「え……?」
中学生たちはきょとんとした顔つきになった。
子どもたちと善光寺の神霊の全員が回復してから、新蘭が雲雀の方を向いた。
「石橋さん、すみません、それでは……」
「はい……」
雲雀は自分の光筒を取り出した。
「どなたか、これを握る彼女の手をさらに握ってあげてください……、そして願ってください……、こういったことが起こっても、皆さんが無事でいられるようにと……」
「え……、はい……」
新蘭に言われた中学生たちのうちの一人が前に進み出て雲雀の手を自分の手で覆い、軽く目を閉じた。するとすぐに光筒の先端が爪のように少し伸びた。
「あ……」
それを見た中学生たちは驚いた。
「あ、あの、他には何か……」
「いえ……現状では……」
新蘭は苦渋の表情を浮かべた。
「本当にすみません……」
中学生たちは一様に項垂れた。
「あ、いえ……」
その時、雲雀が声を発した。
「……?」
彼は再び顔を上げた。
「さっき助けてくださったとき、本当にうれしかったです。そしてこの筒爪も……、ありがとうございますっ」
雲雀はうれしそうな笑顔を浮かべて中学生たちに礼を述べた。
「着いた……」
「うん……」
子どもたちは全員、一旦下京図書館に戻ってきた。
「えっと、僕たちはまたここに入るけど、みんなはどうする……?」
美濃が珠洲以外の子どもたちに言った。
「あ、私も入ろうかな……」
「僕も……」
唯や弘明が言った。そして結局、八人の子どもたち全員が図書館の中に入ろうとした。
「あれ、たあくん……?」
「え……珠洲ちゃん……?」
そのとき彼らは、出てくる正の姿を見つけた。
「今来たんだ……、というか、八人そろって……」
「あ、実はまた、末鏡に惑わされた神霊が出てて、さっきまで鎮魂してたので……」
「えっ、それは……大丈夫だった?」
「はい……みんな無事です」
珠洲が笑顔で答えた。
「でも、今回もまたどうして……、会えてちょうどよかった、たあくんだったら、わからないかな……」
耐が聞いた。
「うーん……それは長くなりそうな……、ちょっと場所を変える……?」
正が提案した。
数分後、子どもたちと新蘭と正は付近の五条天神社の境内にいた。
「うーん、中学生たちが……、それは確かによくないね……。まず、やっぱり、中学生の教室の停学とかの処分が緩すぎるってこともあると思うよ……。でも、それだけじゃない……」
「え……?」
珠洲が首を傾げた。
「大人たちも、格差があるよね。でも、それはそういう風潮とか、あるいは国が悪いんじゃない。悪いのは、格差ができるほどにお店をいっぱい作りすぎて、楽をしている僕たち自身なんだよ」
正が言った。
「なるほど……」
司が頷いた。
「全部のお仕事が必ずしもみんなの生活にとって欠かせない、というわけじゃないから、低賃金のアルバイト自体はあってもおかしくないと思うよ。でも、これはちょっとおかしいよね。専業主士がいる家の多額の給料のある仕事は安定してるけど、それのいない家の低賃金は不安定で、そもそも家が続かないよ」
「うん……」
耐と美濃も頷いた。
「スーパーの周囲にいっぱいコンビニを作ってスーパーをなくして、でもそのコンビニで働いている人とかがそうだよね。どうしてかっていうと、正社員には定期昇給制度があるから、それと組み合わせて、女性を初めから寿退社目的で雇って、安い賃金にしてるからだよ。本当に男女共同参画を目指すなら、新規採用女性が減るとしても寿退社にはペナルティがいるだろうし、技能で会社を渡り歩くことの障壁になって、各会社内でいじめを発生しやすくしていることしか意味のない定期昇給も汚い制度なんだよね。これだと、自分の技能が本当は下手なのを隠すためにやたらと仲間の失敗を叱責、攻撃ばかりをし合い、本当にできる仲間たちを次々と追い出していく、危険なサイコ上司が現れてしまう。本当に一緒に仕事のしたい仲間は、お金じゃないところに出現するものだよ」
正は淡々と説明した。
「そうだね……たあくんの言う通り、いつの間にか、子どもだけじゃなくて、大人も尊敬のできない人が現れやすくなってる……。そして、それは実は、私たちがコンビニエンスを求めすぎたからだ……でも、東京とか、人の多いところでは、それに気づくこともできない……」
珠洲も正に続き、そしてきっとした瞳で夏空を仰ぎ見た。
「そういえば……、私も、前の京都での唯ちゃんみたいに、自分の光筒にお願いをしてみようかな……、今、たあくんが言ったようなこと……」
「え……?」
唯がそれを聞いて少し恥ずかしそうな表情になった。
「うん……」
「それ、いいかも……」
珠洲と耐も頷いた。
「確かに……私個人だけのことじゃないし、本当に幽世の力で叶っちゃったら、かえってっ困ることなんだけど……それは光筒の範疇外で、普通のお祈りと一緒なんだよね」
唯が言った。
「うん……『祈念とは記念である』、なんだよね。それは私たち天路の従者でも変わらない……でも、とくに私たちが光筒の効力以外のことで、何かお祈りをするのは、法詞奏で(のりとかなで)って言うんだっけ」
雲雀はそういいながら、光筒を両手で握り、軽く目を閉じた。
「みんなが、消費のことだけを考えるんじゃなくって、そこでは、お仕事をしている人がいて、 その範囲は、次の子どもたちのためになるところまでになりますように……え……たあくん……?」
正も、その雲雀の両手の甲に、自分の両手のひらをそっと被せた。すると、雲雀は少し驚いて目を開け、また、少し照れた。
同時に、光筒は薄い緑色の光を一時だけ放った。それを見た正は穏やかな表情で雲雀の手化から自分の手を離した。
雲雀も光筒を持つ手を両手から片手に変えた。ただ、しばらくの間、彼女はぼうっとその光筒を眺めていた。
2019年8月12日 発行 初版
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※ アイコンの上半分の拾い物のイラストはつばさちゃんっぽいですが、小説の珠洲ちゃんの外見イメージにも近いです。