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詩童話編・夏がおわらない子ども

millchanbooks編

millchan books



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  この本はタチヨミ版です。

prologue.むねざわめく砂浜で

 夏の砂浜を男の子がひとり、歩いていた。
 
 砂浜と、空と海とが、ただどこまでも広がっている。
 
 かなたには雲がとどこおって、とりでのようだった。空は、とても高くて、とても遠くて、辿り着けそうもなかった。だれかが呼んでくれる声もしない。

 あたりを見渡してみても、砂浜に人のすがたはなかった。何も、動くものはない。
 
 海の上には影のひとつさえない。打ち寄せる波にも、男の子をさらってくれる気はないらしかった。

 男の子が砂浜に腰かけると、沖合いの海と空のあいまに、ぽっかりと四角い窓が口をあけた。
 窓の向こうはまっ黒だった。
 やがてその窓は映画館のスクリーンくらいのおおきさになって、こことは違う別の砂浜が映った。
 
 たくさんの人達が動いていた。パラソルがあった。ビーチサンダルがあった。ジュースやアイスキャンディーがあった。かにがいた。スイカがわれていた。そこにいる人は皆、楽しそうに笑っていた。
 
 皆、知らない顔ばかりだった。

1.かいのくに

 かいのなかのくににいた。
 
 すこし、はきそうになった。
 
 はきそうになりながら、なみだをながしてだれかにいのっていた。
 はきそうになったのは、しおのにおいがきつすぎたせいだとおとこのこはおもっただろう。
 
 いのるべきはなんのためか、いのるあいてはだれか、かいのなかのくうきはみなみへながれて。かいのみなみのさいはては、りゅうのすみかだった。
 
 いのるべきはおれぢゃない。いのるはひがし。ひがしだ。

 ひがしにはかいばしらがごうもんにかけられたあとがあった。もうだれもいなかった。
 
 いのるはにし。にしだ。
 
 にしで、たいようがふたつにわかれるのをみた。ひとつは、とちゅうでしんでしまった。いきのこったほうは、いのるはきた。きただといった。

 きたには、さっきいきのこったほうのたいようがいっしょにながれてきて、そらにのぼると、いのるはみなみ。みなみだといった。
 
 
 かいのなかにでぐちはなく、あんしんしておとこのこはすこし、はいた。

2.ゆめの女の子

 ゆめでずっといっしょだった女の子が、いつのまにかいなくなってしまったんだ……。あの子、はねがはえていたのに、とばないで、ずっとぼくといっしょに、あるいてくれていたの……。だのに、もうどこにもいない。
 
 むかし、いっしょにいよう、ずっといっしょにいようって言った仔猫が、おおきなすいそうのなかに落ちて、ふたがしまってひらかなくなったことがあった。ぼくはいくらすいそうをたたいても、たたいても、どうにもならない。仔猫はすいそうのいちばんしたにしずんで、うごかなくなった。
 
 赤や白や黄色のきんぎょが、しらん顔して泳いでいたっけ。きれいだった。ぼくはじっとじっとうごかずにいて、すいそうをながめていて、きんぎょはぼんやりと夜にうかぶあかりのようだったな。
 
 あのときからぼくはゆめをさまよっているような気がする。

 仔猫、たしかおすだったかめすだったか。ぼくにはわからない。ただいつしか、ゆめでぼくをはげましてくれる女の子がいるようになった。
 
 まわりには、いくつもあかりがともって、めまぐるしく色がかわってぼくをのみこもうとしたこともあった。
 
 女の子はいちどぼくにかぎをくれたことがあったけど、ぼくはその使いかたがおもいあたらないでいた。
 かぎのさきっぽはナイフの切っ先のようにするどくて、ぼくはそれで女の子を傷つけるべきかどうかまよった。ほんとうに使いかたがわからなかったのだもの。

 ゆめのなかはくらいけど、たしかにうっすらぴんくいろをしていた。
 
 ぼくはぴんくがしろくかげっている一点に、かぎをすててしまった。
 
 女の子はやさしくほほえんでいた。
 
 おおきなきんぎょの死骸がいっぴき、そらをながれていった。
 
 あめだまのにおいがした。
 
 それから、ゆめの女の子がいなくなった。



  タチヨミ版はここまでとなります。


詩童話編・夏がおわらない子ども

2019年8月31日 発行 初版

著  者:millchanbooks編
発  行:millchan books

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