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それぞれのキャラクターに訪れる
過去と未来の分岐点
キーワードになるのは
「カラーコンタクトレンズ」と
謎に満ちた「呪文」
SFとファンタジーの融合が
織り成す摩訶不思議な物語
キャラクターと物語設定に
心を奪われること間違いなし!

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魅惑のコンタクトレンズ

兼高 貴也

無色出版



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  この本はタチヨミ版です。

 目 次

それぞれの生活

葛藤

前進

この世からのサヨナラ

全てが戻るまで

あとがき

それぞれの生活

「まーた、タバコ吸って!」
「うるさいな! 自分の健康なんだから良いんだよ!」
 俺は口調を強くしてオカンに食らいつく。オカンは「はぁ」とため息をついてベランダに出て服を取り込む。
「ちょっと出てくるから」
 俺はオカンに言い残して、サンダルを履いて外に出る。
「ちょっと! 夕飯までには帰るのよ!」
 そんな言葉が微かに聞こえるのを確認しながら、俺はドアを開けて外の空気を大きく吸った。
 外に出た俺はもう一度、タバコに火を付ける。
「そろそろ電子タバコに変えるかな。銭が飛ぶよな」
 俺はコンビニに寄って、この際だからと少し高い電子タバコを購入する。これが続くかどうかは分からないが、少しは銭が節約できるならと、考えを巡らせる。
「ふー」
 買いたての電子タバコは、なぜか懐かしい味がした。俺、このタバコ吸ったことあったっけ? そんな感情を覚えながら、電子タバコを吹かした。

******

「ありがとうございました。またのおこしを」
 あたしは小さなコンビニの店員。こんな田舎のコンビニだからある程度は知った顔が並ぶ。
「あら、スズちゃん! シフト今週詰まってるのね。昨日も入ってなかった?」
「はい。今週、かっちゃんが大学のテスト期間に入ったので、その穴を埋めなくてはいけなくて」
「偉いわねー」
 近所に住んでいるジュンおばちゃんに「えへへ」と笑顔で返事をした。コンビニバイトを終えてからの帰り道、あたしは大学の友人である凛の元へ向かう。凛とは大学に入ってから同居している。
「遅いよー!」
 凛はお菓子のポテチを食べながら、横になってテレビを見ていた。これではまるで、ウチのお母さんみたいだ。
「ごめん、ごめん。バイト長引いちゃって。今、ご飯作るから」
「いいよー、無理にご飯作らなくても。私は適当にお菓子つついてるし」
 凛はそういうが、さすがに栄養が偏りそうだったから夕飯の準備に取りかかる。
「スズは本当に働き屋さんだねー」
「凛が動かないだけでしょ!」
 そんな言い合いをしながら、あたしはカレーを作り上げる。すると、スッと横から手が伸びてきてスプーンの上にカレーが乗ったまま口に運ばれていく。
「凛! もう食べるのにそんな行儀の悪いことしない!」
 あたしはパシッと凛の頭を叩いた。
「いったーい」
 頭を叩かれた凛はあたしの方をジトッとした視線で見つめる。あたしは静かにカレー皿を二つ用意して二人分のカレーをよそった。それをテーブルの上に並べると、凛は犬が「待て」を命じられているかのようににこやかな笑顔を見せる。全く、こういうところはお母さんというより愛らしい子どものように感じられる。子犬に「よし!」を言うように、いや、我が子に「食べて良いよ」と言い聞かせるかのごとく、あたしは声をかける。
「いいよ、食べて」
「ありがとー! やっぱりスズは命の恩人だ!」
 大袈裟な言い方を、と思ったが、実はこれは案外嘘でもなかったりする。凛を見かけたあの日からあたしはきっと命の恩人になってしまったのだろう。

******

「ポイントゲット!」
 僕は大きな声を上げて自分の陣地でガッツポーズを見せる。
「またやられたー」
 大地は僕にこの日何度目かの言葉を口にする。僕は自分のラケットのガットを持つとギシギシと音を言わせて調整し、大地の方に目を向ける。大地は夏本番のこのコートで大量の水を頭からかぶって、ぶるぶると頭を振る。僕は大地にラケットを向けて言葉をかける。
「まだまだだね!」
「おい、晴人。またあのマンガのパクりかよ。そろそろそのネタ古くね?」
「何言ってんだよ。僕と大地を結んだマンガに古いも新しいもないよ。それに原作まだ続いてるし。名作だよ、あのマンガは!」
 僕は大地に「まだこれから打ち合いするぞ」というかけ声をかけると、大地は再び水を頭からかぶって、ごくごくと水分補給した。それを見て僕も少しスポーツドリンクを口に含みゴクッと飲み込む。この炎天下の中だ。少しの脱水症状が命を左右すると言っても過言ではなかった。そのため、僕も大地も水分だけはしっかり補給する。再び二人でコートの半面ずつに足を動かし、ラリーを始める。僕はサーブを打ってから少し早めにネット際に詰め寄る。大地が打ったレシーブに対応するようにボレーで打ち返すと、大地は必死で自分がいた場所から離れたボールを拾いに行くため加速を付ける。
「この!」
 言葉と共に僕のボレー弾に追いつくと、ふわりとボールを浮かせた。
「サンキュー!」
 僕はすかさずスマッシュで球を大地のコートへ打ち抜いた。
「くっそー」
「食らいついたところまでは称賛に価するけど、そのあとまで考えなきゃね。もう一度言い残しておくよ」
 僕は大地の方へラケットを向けると、「まだまだだね!」と言い放った。その瞬間の大地の表情は日光の照り返しでよく見えなかった。

******

「そういやさ、過去に戻ることって可能だと思う?」
 京香はそう言いながら私の顔も見ず、座り込んで砂いじりを始める。
「え?」
「ほら、未来は何もしなくてもやってくるじゃん? だったら、反対はどうなんだろうって。ふと、思ったんだ」
 私は考えてみたこともなかった。未来と過去。その間にいる私は一体何をしているのだろうか? そんな感情さえ覚えた。
「京香は戻ってみたいの? 私は現実の方が気になるけど」
「現実?」
 京香はしゃがんでいた状態から立ち上がって、ようやく私の方へ顔を向ける。
「そう。今が一番気になるよ」
 私はそう言うと、ランドセルを再度背負い込んで、コクリと頷いた。
「ふーん、歩美って不思議だね」
 私からすれば、過去と未来を気にする京香の方が不思議で仕方なかった。過去か。でも、私たちはまだか弱い小学生だよ? か弱いとは言い過ぎか。自分で言うのも痛々しいね。過去とか未来とかいうのはまだ早すぎないかな? 私たちが大人になる頃にはそういう装置が出来てるのかな、今じゃ考えつかないけど。京香の話も意外と夢じゃないかも。そんな風に思いながら京香とじゃんけんをして帰ることにする。
「グリコ」
「パイナップル!」
 二人でじゃんけんだから勝ち負けはすぐについてしまうんだけど、こうして帰るのが私と京香の決まり事だった。
「てかさー、パイナップルはせこくない?」
「これも戦術だよー!」
 私の微笑みに京香もクスクスと笑い合っていた。いつかまたこんな過去の話を笑って話せるように今を大事にすることを私は選んだのだ。

******

 電子タバコを吹かしていると、横からトントンと肩を叩かれた。
「よ! 珍しいな」
「あ?」
 不意に話しかけてきた男に俺は身に覚えがあった。祐介だ。
「それ」
 そう言って祐介は俺がくわえていた物を指さした。
「電子タバコだろ? それ」
「あ、あぁ。ちょっとでも銭ケチらねーとな」
 俺がそう言い返すと祐介はパッと空を見上げた。
「雨でも降るんじゃね?」
 夏の空を一面に覆った白い雲。雨雲なんて全くなくて雨が降るなんてことは考えにくかった。俺は祐介の頭をパカーンと叩いて「降るかよ!」と一言返した。
「いってーな。柄にもなく珍しいことするから言っただけだろ」
 祐介は俺の方をギロリと睨んで挑発的な態度をとる。俺は再び祐介の頭を叩く。
「柄にもなくとかいうな。健康にも気をつかってるんだよ」
「だから、痛いってば」
 あれ? 俺、健康に気をつかってなんか無かったのに……。どうして……。ふと、我に返って、祐介を見るとまたこちらを睨みつけていた。
「わりー。俺帰るわ」
「ちょっ。叩かれ損かよ!」
 俺は「ハハハ」と笑ってその場を後にした。急いで帰路に就いたのは、オカンのことが気になったのだ。健康を気にしてたのも自分だけだと思っていたが、オカンの夕飯前には帰るようにという言葉がやけに記憶に残っていた。
「ただいま」
 俺は帰宅すると同時にオカンに声をかける。オカンは夕飯前に帰ってきた俺に少し驚きながら「おかえりなさい」と返した。よく見ると、オカンの目は少し赤く染まり、潤っていた。まさか、泣いていたのか……。俺のことが心配で? もういい歳の人間を心配なんかするか普通? 俺には全く理解できなかった。オカンのその目は何かを伝えたかったのかもしれなかった。でも、今の俺にはそれが何かを察することは出来なかった。

******

「あらー、凛ちゃん! スズちゃんが心配してたわよ。最近、家に帰ってないんだって?」
 あたしの顔を見るなり、犬の散歩をしていたジュンおばさんはスズの話をし始めた。
「なによ。みんなスズのことばかり」
 あたしの出来が悪いのはあたしのせいじゃない。全部あたしより出来がすごく良いスズのせい。いつも比べられて甲乙付けられる。あたしだってそれなりに出来るはずなのに。スズがいるからまるで何もできない人に見られる。いつだってあたしはスズの踏み切り板。あたしにも光の差す場所を与えてよ。神様はどうしてこんなに不平等に人生を明け渡すのよ。あたしにだって自分の良さはあるのに。スズがいるだけであたしは自分の価値を放り投げるしかなくなっているじゃない。こんなに辛いのにみんなの視線はスズに集中する。スズは何でも出来る。違う、あたしがスズに光を与える陰の役者になっているだけ。もっと日の当たる場所にあたしを置いてよ! あたしはこんなところでくすぶってる人間じゃないのよ!
「ジュンおばさん、コンビニでスズに会うよね?」
「えぇ、まぁね」
 あたしの問いにジュンおばさんは戸惑いながら曖昧な言葉を口にする。スズが働くのはこんな田舎の小さなコンビニだ。知ってる顔は絶対に訪れる。それがジュンおばさんだということも自然で、何もおかしいところなんてなかった。
「スズに会ったら、もうあたしは当分帰らないって伝えておいて!」
 あたしはジュンおばさんの飼い犬であるレノンの頭を軽くなでてやると、レノンは「くーん」と小さくないた。レノンはまるで全てを見切ったかのように「ワン、ワン」とあたしをその場に留まらせようとしたが、あたしの思いは強く、そして、堅い気持ちに変わりはなかった。
「じゃあね」
 あたしはレノンに小さく呟くように言い残して、押していた自転車にまたがり前に進むためこぎ始める。そんなあたしに対して、ジュンおばさんの「ちょっと! 凛ちゃん!」と引き留める声が聞こえた。だけれど、あたしは振り向くこともなくただただ前に進んでいくのだった。
「ワオーン!」
 遠のいていくあたしにレノンはサヨナラを言うかのように大きく遠吠えをし続けた。あたしはなぜか目に涙を浮かべて、ぼやける視界の先に映るのは堤防沿いの長く続く河川敷の風景だった。
「スズなんていなければ……。あれ? なんであたし泣いているんだろう。おっかしいな」
 不思議と溢れる涙とスズとの思い出にあたしは変な笑みがこぼれていた。これからはスズのいない場所であたしは独り立ちする。もう頼らない。あたしにはあたしにしか出来ない新たな舞台へ上がるのだ。今、そのスタートを切ったのだから。

******

 俺はオカンの顔をマジマジと見る。
「ぷっ、ハハハ」
「あんたの負けやね」
「オカン、顔おもろすぎ! 負けるに決まってんじゃんか!」
 俺はオカンの秀逸すぎる顔に笑いがこみ上げる。いつものオカン。ウチにはいつも笑い声が響いていた。決して裕福な家庭ではなくて、オヤジは俺が物心ついた時にはもういなかった。オカンにそれを聞くのは酷だと思って、オヤジの話は全くしたことがない。でも、毎年やってくる父の日には限ってオカンは泣いていた。家の奥に置かれた仏壇。じいちゃんとばぁちゃんの隣には俺とそっくりな顔をした人の遺影。それはオヤジが死んでしまっていたことを意味していた。遺影を見るからにオヤジはまだ若くして亡くなったようだった。そんな家庭環境で育ったのに俺は歳を重ねる毎にオカンに刃向かっていくようになった。それは、オヤジがいない自分の境遇を認めたくなかったからだ。オヤジがいないのは誰のせいでもなくて、もちろん、オカンのせいでもない。それは分かっていた。でも、どうしてもそれが自分に対してマイナスでしかなかったし、何より周りの視線が思春期ってヤツで痛いほど突き刺さってきてたんだ。その視線に打ち勝つことが出来ず、俺はオカンに当たってしまった。自分に力が無いのが本当の原因だったのに、思春期の俺には耐えることが出来なかった。オカンは俺に文句を言うこともなく、ただただ「うんうん」と頷くだけだった。でも、いつの間にか思春期が過ぎてオカンもただ頷くだけではダメだと思ったのか俺を振り切ること、つまり、俺の言葉に正面から対立することもなく、かわすことを覚えた。



  タチヨミ版はここまでとなります。


魅惑のコンタクトレンズ

2019年10月19日 発行 初版

著  者:兼高 貴也
発  行:無色出版
公式ウェブサイト:
https://takaya-kanetaka-novels.jimdofree.com/

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兼高貴也

兼高 貴也

関西外国語大学スペイン語学科を卒業。大学一年時、著書である長編小説『突然変異~mutation~』を執筆。同時期において精神疾患である「双極性障害Ⅱ型」を発病。大学卒業後、自宅療養の傍ら作品を数多く執筆。インターネットを介して作品を公表し続け、連載時には小説サイトのランキング上位を獲得するなどの経歴を持つ。その他、小説のみならずボイスドラマの脚本・監督・マンガ原案の作成・ボーカロイド曲の作詞など様々な分野でマルチに活動。闘病生活を送りながら、執筆をし続けることで同じように苦しむ読者に「勇気」と「希望」を与えることを目標にしながら、「出来ないことはない」と語り続けることが最大の夢である。

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