twitterで不定期断片掲載中の『カラスのかぁこは過去と泣く』の掲載終了分を、BCCKS用にまとめたものです。実際予定している装丁は、全く別のものになります。掲載の順番は、時間軸に沿ったものではありません。行ったり来たり、のらりくらり。お好きなところからお好きなようにお読みください。短編小説?いいえ、これは“断片”小説です。
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ぶどうを一つつまんで、皮ごと食べた。
種があるのはわかっていたが、気にせず全部バリバリ食べた。
それからトボトボ歩きながら、
一人でボソボソしゃべった。
「おめでとう、カール・イオ=トラーノ。今日からお前は立派な刑事だ」
厳しくもあたたかい、包み込むような眼で自分を見てくるこいつは誰だ。
知っているのに思い出せない。
カラスが鳴いて目が覚めた。
いつもの自分の部屋だ。
昨夜のぶどうもそこにある。
もうすぐ夜が明ける。
きつねの刑事はたばこを吸った。
わっかを吐き出そうとしたが、失敗した。
きつねの刑事は、急いで次の煙を吐き出した。
なぜか妙に、失敗したわっかを早く消したかった。
「周りの何でもいいのですよ?ほら、そこの砂粒でも。
何でもいいから毎日、毎日です。とにかく集めてきなさい。
そこの入口に置いて行けばいい」
さっきからあの外国人がちらちら見てくる。
(そんなに笑うとさ、口切れちゃうよ)
案の定その女子中学生たちの唇の端はきれていた。
まだ寒い三月。
バス停にはドブ子と二人の女子中学生。
雨。雨。雨。
五月の雨は気分がいい。
梅雨の雨とも違ってどこか爽やかなのだ。
ドブ子は部屋の明かりを消して、外を見ていた。
窓は少し開けてある。
どこからかジャスミンの匂いがした。
「いいですか。あなたのいるその細い枝から外れてごらんなさい。
あなたはそんな細い枝にしがみついている。
こんなにも世界は広いのになぜ?
さぁ、目を閉じて、全ての足を離すのです。」
ドブ子は帰り道に少し遠回りをした。
わざわざ遠回りをして、あの浮浪者の様子を見にいった。
しかし、いつもの場所に男はおらず、いつも持っていたカバンがあった。
全国各地で梅雨入りが発表されたその日、
ドブ子は狭いベランダにたまったビニール傘を燃やし、
キツネの刑事は灰皿のタバコを焦がし、
かぁこはかぁ吉への想いに胸を焦がした。
枯葉を踏みしめて、キツネの刑事は歩いていた。
なぜかぁ吉はあんなカーブで死んだのか。
そもそもかぁこは一体どこに行ったのか。
わからない。
疲れたかぁこは家に帰るとすぐに寝ようとしたが、
目が冴えて眠れなかった。
松の木までの競争を思い出して、かぁと鳴いた。
「あなたは至らないものでなければなりません。
あなたは完璧ではなりません。
不完全だから、その人生の主人公たりえるのです。
わかりますか?完璧ならば誰も助けてはくれない。
誰かの支えなどいらない。独りです。
世の中にたった一人で、何が主人公でしょう。」
我々いもむしの幸せと不幸せ。
あなた方カラスの幸せと不幸せ。
「愛し合おう、そして結婚しよう」
とバス停からの道で流暢な日本語で言われた。
そこでドブ子の気持ちは一気に冷めた。
いつだったか間違って届いた手紙の、
差出人の住所を、
何の気なしに訪ねてみた。
「全ての総和は無なのです。
ゼロです。
あらゆるものは、無いものと同じなのです。
だからそう、この世から消えるときまでに、あなたの中の幸せと不幸せは、
きれいさっぱり無くなるでしょう」
出て行った外国の男のことはすぐに忘れて、ドブ子はラジオをつけた。
いつもなら朝のうちはこの窓から風は入らない。
しかし、今朝は違った。
ドブ子はそのことに気付いてから、
町のあちこちで季節の変わり目を感じた。
「ピースプリーズ」
ドブ子は西日に呟いた。
巣に帰るであろうカラスが三羽、忙しそうに飛んでいた。
ゲタッテはナンダナに目くばせした。
ナンダナはレタッテに短く鳴いた。
鳴き終わるとすぐにレタッテは急降下していった。
眼下には鳩がいた。
今日は何やら町がざわついている。
人の数はいつもより少なそう。
そういえば飛んでくる途中、田んぼや河原、畑なんかも騒がしかった。
かぁこは何でだろうと考えたがわからない。
ひょいっと落としたフンがついた店の立て看板には
「8月15日(木)のおすすめランチ!ドライカレー サラダ・コーヒー付き 850円!」
と書いてあった。
「犠牲になった人たちのために。
それって思想とか宗教の話じゃないと思うの。
だからわたし、
今日はこうやってあの電信柱に祈ってるの。」
町を南北に流れる川。
そこの河原の大きな枯木に二羽、
仲の良い感じでカラスが寄り添っている。
大きな木のせいで、実際よりも余計にひっついて見えた。
狭いベランダでやけにカラスの声がすると思ってみてみると、
三羽のカラスが鳩を食べていた。
ドブ子は初めての光景に目を離すことが出来なかった。
またある日には、雀がカナブンを食べていた。
何かと食事の場に使われるベランダをドブ子は不思議に思ったが、
次の日からは雀のために米粒をまいておいた。
そうして数日もすると、
夕方にはベランダの手すりに雀が並んでいた。
ドブ子は、飴を置いて蟻を見ていた頃を思い出して愉快になって笑った。
毎日米をまくのが日課になった。
米粒を忘れていても、夕方になるとベランダが賑やかになって思い出した。
しかし雀が集まってから窓を開けると一斉に逃げてしまう。
ドブ子はそんな日は、自分を責めた。
ドブ子は疲れていつの間にか眠っていた。
目が覚めると電気もラジオもつけっぱなしだ。
窓の外から不意にカラスの声。
夜中なのに?カラス?
そう思いながらまた、そのまま眠りについた。
仲間内の集まりに行ってみたものの、
居心地が悪くタバコの数が増えるだけだった。
その帰り道…
わざわざ小雨の中、塀の上にじっとする猫がいた。
珍しいな、とドブ子は横目に見ながら急いだ。
ドブ子には、その猫の足元に一匹のイモムシがいたことは見えなかった。
「イジハでもイジパでもいいけど、なんで母ちゃんはいつもそうなのさ!」
猫も犬も飼わせてもらえなかった。
それでも諦めきれないので、道行く犬を眺めては触らしてもらい、
猫を見かけてはゆっくり後をつけた。
上空高く薄れゆく意識の中で、イモムシの教祖は眼下に多くの信者を見た。
そして、はっきりと確信した。
皆、次々にさなぎになっている。
少し予定と違ったが、無事に始まった。
イモムシの教祖は満足気に雀の胃袋に消えた。
ある日の朝、早く起きた人は、
見たことないくらいのたくさんの蛾が空を舞ってどこかに消えていくのを見て、
驚き、家族や同僚に伝えただろう。
「かなり大量のスサミンが出てるな」
キツネの刑事は被害者の調書を見ながら言った。
「で、なんでただの鳩がこんなにスサミンを?」
イモムシがしつこく話しかけてくる。
風の匂いを嗅いだり、遠くの音を聞いているというのに。
ついにミーちゃんは根負けした。
「それで、かぁこってのは何なのよ?」
「ホワイトブーツキャットのあなたにお願いがあります。」
それをカラス達は、
春の後ろから山が来た、と言う。
地鎮祭で作った小さな山に米粒があるのを、
二羽のカラスが食っていた。
二羽で交互にカァカァつつき合って、それは何だか仲良く見えた。
急いでいたけど、ドブ子は立ち止まりしばらく見つめた。
ツバメのジェン・Oは
このくらいの時期になるとかぁこたちのいる辺りにやってくる。
♬
死んだくろねこ雪降った
♩
死んだこねこも白くなる
♬
死んだこねこは黒いねこ
♫
ではあのしろねこは生きている?
♩
生きている?
かぁこたちは、暖かくなってくる頃になると、
ジェン・Oがいつ来るのかとみんなで話した。
ジェン・Oは、
冬の間にいたどこか遠くの場所の話をかぁこたちに聞かせてくれて、
それがかぁこたちにはとびきり面白かった。
地面のスレスレを鮮やかに飛ぶ姿にも、
かぁこたちはみんな憧れた。
真似をしてケガをする者もいたため、
大人たちからやめるように叱られたりもした。
かぁ吉のくちばしの端が少し欠けているのは、そのときのものだ。
「いろんなものを見たり聞いたりするのは、
ツバメとして当たり前なんじゃないかと思うけどね」
ジェン・Oは穏やかな口調で言った。
かつて、かぁこが遠くの山を越えようとしたりしたのは、
そんなジェン・Oの影響だ。
「まだ、いける?」
ジェン・Oは小さく自分につぶやいた。
「もう少しいける」
「まだ、だいじょうぶ」
ある年のある時期から、ジェン・Oはかぁこたちの所には来なくなった。
越冬地での事故が原因だったが、
そんなことを知る由もないかぁこたちは、
「きっと、新しい色んなところを飛び回っているんだろう」
と話していた。
♪
かなしい歌を歌わないでよ
こんな悲しい気持ちのときに
そこの子どもが立ったとか
どうでもいいこと歌ってよ
かなしい歌は聞きたくないの
いまは楽しい気分にさせて
お前の髪がきれいだとかの
甘い言葉が聞きたいの
♪
しばらくは話題にあがったジェン・Oも、
いつしかみんなの頭から忘れ去られて行った。
それでも、かぁことかぁ吉は、
二人でたまに話をした。
今はどこにいるんだろう。
前よりも低く飛ぶのかしら。
明日、来るかもしれないよ?
今度あれを見せてあげようよ!
この季節は匂いがあふれている。
道の途中、雀が茂みでちちくりあっていた。
近くを通りかかると気まずそうに慌てて飛び去って行った。
キツネの刑事は機嫌がいい。
なるほど、確かにそうかもしれない。
自分たちは大体決まった範囲でしか生活していないなと、
カラスたちは黙って聞いていた。
かぁ吉は眠らない夜が続いていた。
覇気のない顔つきで夜中ぶらぶらし、以前みたいに踊ることはもうない。
たまに独り言のように
「俺もあいつも、大体同じ…」
と呟いていた。
みんなが寝静まったあとの山、
かぁこは一人かぁ吉のことを思って泣いた。
松の木は遠く、東の空は暗い。
かぁことかぁ吉、そして百蔵で雨宿りをした。
雨はしばらくすればやみそうだったが、
かぁ吉は「待ってらんねぇや!」とばかりに飛び立った。
残ったかぁこと百蔵は、黙って雨がやむのを待っていた。
その目はガラス玉のようで、
およそ生きているカラスとは思えなかった。
何となく笑った。
今出て行った外国人を思い出すと、何だか一人でおもしろくなってしまった。
「何て言ってたんだろう」
ため息と一緒につぶやくドブ子は、
もう泣いていた。
黒いこの体を、世界に存在するように照らしていて欲しい。
少しでも長く留まっていて欲しい。
どうか明日も昇って来て欲しい。
そんなような気持ちから、いつしか太陽、
とりわけ夕陽を信仰するカラスが増えた。
闇夜の電信柱にカラスが一羽、こちらをジッと見て動かない。
はじめはわからなかったが、
何か気配がしてふと光る目玉に気がつき、
そうすればすぐに全身が見えた。
闇夜のカラスは少し青かった。
夜中の雷雨で、少し窓を開けていた所から雨が降り込み、
窓際に並べてあったレコードがびしょ濡れになった。
乾かす為に円盤の真ん中にヒモを通してダンゴを作り、
それを繰り返して出来た塊を天井から吊るした。
なかなかの大きさで部屋が暗くなった。
(盤はいいとしてケースはもうダメだな…)
ドブ子は、これから一体どうやって保管しようか考えたが、
すぐにはいい考えが浮かんではこない。
ドブ子は小さく刺青をいれた。
実際彫るとなると、何をいれたらいいのかわからなかったので、
ちょうどいい文句を彫り師の外人に任せた。
ただいれてみたいだけで、内容などはどうでもよかった。
ただ、
あくまで小さく、かわいくいれて欲しいと、それだけはしっかりと伝えた。
幸いなことに日本語の上手な男で、ドブ子は安心した。
刺青をいれたのは、
トゥモローという名のバスに乗って町を出た日から、
2、3日してからのことだった。
「いっそ枝を切ってくれないかな。こっちじゃ自由に伸ばせやしないんだ。」
街路樹のケヤキはそう言った。
カラスに切れるわけがない。
なぜ自分にそんなことを言うのかよくわからなかったが、
言わずにはいられなかったケヤキのことを思った。
「根っこだってさ。」
悲しそうにケヤキはつけ足した。
「ねぇ、ここ。何て書いてある?あたし英語わかんないんだ。」
「When you peep through fishcake tube, the world looks generally the same.」
雨にうたれながらかぁ吉はじっとしていた。
昔、みんなで遊んだことを思い出して、クチバシをカッカと鳴らした。
松の木までの競争なんて思い出すだけで楽しかった。
あの時のかぁこの笑顔。
西日。
山の方にある焼けた雲。
2019年12月5日 発行 3版
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