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N氏は、「あんた、うちでやるんだからうちの紙を使うのがスジってもんでしょうが!あんたは!」と、電話越しに声を荒げた。
「や、本当に申し訳ありません。本当に。」
機械のように無感情に、繰り返し何度も言っている自分は、今年38歳で子どもがいる。
「いいから黙って押しゃあいいんですよ!」
激しい怒号に賑やかだった店内は静まり返った。
「うるせぇ!あんたに何がわかる!あんたに!」
意外だった。
普段は温厚なA氏も声を荒げた。
その「押す」というのは、一体何を押すことなのか。
それを知っているのは同じテーブルにいるこの三人だけだ。
俺は、まだテーブルの上に残っているお通しをジッと見つめていた。
この加工所は半日待ちはざらだ。
それに、会えたとして押してもらえるかはわからない。
通う人の中には、「その日の天気次第だ」や、「社長が朝占っているらしい」「匠のご機嫌ひとつだ」などと言っている人もいるが、俺が思うに、なにもルールはないんじゃないかと思う。
しかしとにかく、今は耐えて待つしかない。
待つ間、12組のハトの求愛を見せられた。
遠くのものも数えると、50は超えている。
成立したカップルはゼロだ。
この公園には鳩が多い。
約束の時間から14時間過ぎた頃。
重く、錆びついた扉がこの世のものとは思えない音をたてて20センチほど開いた。
「お入りください」
どうやら今日は押してもらえそうだ。
俺はまずは肩をなでおろした。
一つ前の奴がぼろきれのようにされて追い返されていたのを見ていたから。
建物に入るとまずは千段くらいある急な階段を上る。
最初のうちは何段あるのか数えようと思い数えていたが、いつも途中で挫折する。
だから、千段というのも聞いた話でしかない。
その階段を上りきったところでA氏が出迎える。
匠のいる部屋に通された俺は、あいさつをしようと口を開く。
「こんにちは。よろし…」
「70本だな。」
匠がぼそりと言う。
その金額に異議を挟む余地はない。
まず俺は、自分の手首と手錠で繋いであるアタッシュケースを外す。
鍵は靴のかかとだ。
そして、アタッシュケースに暗証番号を3種類入力して、現金を取り出す。言われた額より、少なくとも二〜三百万多く出すのが暗黙のルールだ。
今回は大事な案件だから、俺は何も言わず80個の札束を机に積んだ。
「これで。」
そう言って匠に目をやると、匠は少し笑った。
N氏から電話があった。
どうやら西の方で派手にやるらしい。
そのための準備の電話だ。
「とにかく派手にやりたいから、ありったけのDMをよこして欲しい。」とのことだった。
俺は電話を切ると、すぐに印刷屋に電話した。
この印刷屋はえげつないことも平気でやる。
ということは、えげつないことをされる覚悟があるってことだ。
俺は「明日の正午までに五百万枚。両面4色でデータはまだだ。予算は5万だ。やれるよな?」と尋ねる。
尋ねてはいるが、相手に異論を挟む余地はない。
A氏は言った。
「安藤さん、ねぇ、でっかい花火あげましょうや。」
黙って聞いている俺を気にもとめず
「こっち(東京)からもみえるくらいのでっかいやつを!」と興奮気味に続けた。
A氏もN氏も紙や印刷加工の道を極め、道を外れた男たちだ。
だがそれでいい。
極道外道、大いに結構。
ゆうに三百人は超えているだろうか。
個展のオープニングで賑わう大阪の大会場が水を打ったように鎮まる。
ふと入口に目をやるとN氏がいた。
「Nや。」
「Nさん、今ごろ何しに。」
「N…」
「なんでや…」
まさか東京に行って10年になろうとするこのタイミングで、N氏が大阪に戻っているとはみんな夢にも思わない。
「Nめ。」
大阪の担当がもらした感情を俺は聞き逃さなかった。
半年ほどの会期も残す所あと僅かになった蒸し暑い日、O氏が会場にやって来た。
O氏は西の元締めみたいなもので、愛知あたりまではこの人の息がかかっている。
静岡を足がかりにして東を獲りに行くのは、高齢のためやめたという噂だ。通称Big O。
O氏にまつわる物騒な噂は今もなお後をたたない。
「営業が不審な事故に遭った」
「デザイナーのパソコンが燃えた」
「T社の紙が大量に山奥に廃棄してあった」
数え上げればきりがない。
O氏の到着の少し前から、明らかに雰囲気が違っていた。
いつもは温厚な大阪の担当もピリピリしているし、通りの方も人気がない。
こちらに来てから毎日11時半にはシャッターを開ける向かいの店も、今日は閉まったままだ。
真っ黒の大きい車が、会場の入り口にピタリと付く。
前後には2台ずつ同じような車が付き添っている。
まず、Jay-Zやカニエ、スヌープのようなガードマンが16人、無駄のない動きで降りてきて周囲を確認し、後部座席のドアを開けた。
俺はその様子から目を離すことができず、身動きも取れず、ただ立ち尽くす。
降りてきた。(あれが…Big O…)
O氏はゆっくりと俺に近づいてきた。
しばらく会話をしたのだがその時の記憶は断片的で、俺は返事をするのがやっとだったように思う。圧倒的な何かに潰されないようにするので必死だったのだ。
「みんなわしを神様みたいに言いよるんですわ」
「最近の若いもんは紙に興味ないですなぁ。もっと紙を知ってもらわんとええもんは作れまへんから。」
「あんたのこの溶かしとるこれ。おもろいわ。」
「あっちの黒い紙はあんたよりずっと年季入っとるで。」
後日、記憶を辿ると、O氏はこんなことを言っていた。
そして、去り際にこう言った。
「うちの紙、なんぼでもタダでつこぅてください。紙とぎょぉさん遊んでください。Nにはそう言うて大丈夫や。」
これらのことは、芳名帳に記してあったO氏の名前を見て思い出したことで、それを見るまで俺はその時の記憶が飛んでいた。
N氏とO氏のつながりは血よりも濃い。
こんな話がある。
N氏は、赤ん坊の頃、O原橋の下に捨てられていた。
それをO氏が見つけて育てたらしい。
そんなことから、N氏は、かなり長い間「捨太郎」と呼ばれていた。
しかし、東京へ異動になった際に、O氏から餞別代わりに今の名前をもらったらしい。
O氏はいつも黒い手袋を左手にしているが、その手袋の下には「捨」の文字か入れ墨されているとの噂だ。
N氏の首の周りには、取り扱い用紙で構成された「O」の文字が大きくぐるりと入れ墨されている。
その話を、N氏から直接聞いた時のN氏の顔を俺は忘れない。
深い感謝と、強い憎しみが混じり合ったあの顔。
(絵に描きやすそうな顔だな)と思いながら見ていた。
「この入墨は首輪です。消えんのですわ。まぁ、消したいのか消したくないのか、それもわかりませんけどね。」
そう言って笑った。
後にも先にも、その話はその日だけだった。
俺も聞かない。
N氏も言わない。
個展の成功を祝い、ちょっとした会を開いた。世話になった加工所の人やA氏やN氏を労うためだ。
東京ドーム3個分の会場には特別にペットボトルキャップのシャンパンタワーを用意した。
大体高さ7メートルくらいだろうか。
A氏は、マライアキャリーみたいな女を20人くらいはべらせて会場の一角に陣取っていた。
声をかけようかとも思ったが、機嫌を損ねても面倒なのでそっとしておいた。
A氏の両手には、女ではなく、水鏡の瓶がしっかりと握られていた。
ワナビーの群にウンザリしていた俺は、会場で匠を見つけた。
俺はすぐに飛んで行って、匠に五百、手渡した。
これで次の対応が全然違ってくる。安いもんだ。
匠は笑いながらそれを受け取り「じゃあもう帰るから。」と言って背中を向けた。
匠はいつだってシンプルだ。
用事があるから来るし、それが終われば帰る。
そこにいるには、何か理由がある。
それさえわかっていれば、匠との関係で失敗することはまずない。
ただ、そこをわからないでいると、遠くない将来に目も当てられないことになる。
そんな奴を何人も見てきたし、聞いてきた。
去っていく匠が、ペットボトルのシャンパンタワーのそばを通った時、匠の手が動いた。
いや、正確には動いたような気がした。
俺は、とにかくひっきりなしにやってくるワナビーの群れを押しのけて、シャンパンタワーに駆け寄った。
キャップが一つあるべき場所には、オリジナルの治具が置いてあり、全体のバランスを保っていた。
誤差はコンマ3。
いや、コンマ2か。
(この正確さをあの速さで…?)
一気に酔いの醒めた俺は、パーティーをお開きにして家に帰って寝た。
「実際、Aさんのとこは、ゴミを高値で売りつけてますよね。ほんとにヤクザな商売ですよ。冷静になればわかるのに客も馬鹿だ。この世の終わりですよ。」
まただ。
この二人、どうしてこうもモメるんだ。
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、A氏はN氏の頭にジョッキグラス(特大)を叩きつける。
N氏はA氏の目をつぶそうと執拗に目を狙う。
俺は割れたグラスを無表情で拾う。
世話になった二人を個別でもてなしている時のことだ。
この二人の愛憎は深く激しい。
しかし、だからこそ生まれるものがあることも、二人はよくわかっている。
「札タヴァ積まれても変わらなそうですね〜。」
と言いながらA氏はどんどん札束を積んでいく。
A氏はなぜか「札タヴァ」と言う。
本当にネットミーティングでよかったと心の底から安堵した。
ディスプレイの向こうのイタリア人が銃をこちらに向けている。
来年の渡伊に向けての会議だ。
何度かメールのやりとりをした後、直接話す機会を設けた。
イタリア人が銃を取り出したのは、その会議を始めて5分もしない時のことだ。
約束の時間を30分ほど過ぎてもイタリアからの連絡はなかった。
仕方なくこちらから連絡をすると、イタリア人は「I’m sorry. I’m super busy.」と言って画面に現れた。
俺の妻は、普段はそう、まるで宝物の子猫ちゃんのぬいぐるみみたいな女だ。
しかし、約束を守らない奴にはそうはいかない。
荒れたゴリラになる。
妻は、英語とイタリア語と日本語の混じった独特な言葉とありったけのFワードでイタリア人をしゃくりあげた。
それで…
それで、イタリア人は、迷わず銃をこちらに向けたというわけだ。
どうして俺の周りの人間はこんなにもケンカっぱやいのか。
いや、そもそも約束の時間は守れ。
メールの返事は書け。
など色々と思いながら、「No problem.」「She is shy. you know?」「How are you today?」など適当に呼びかける。
その後、何とか聞きたいことを聞き、大体の日程や行程を話して、その日は終わった。
最後、イタリア人は「ティ・アーモ・タント!ティ・アーモ・タント!」と少し涙ぐみながら何度も言っていた。
意味は知らない。
渋谷の外れ。
バス通りから数本入った路地裏のストリップ劇場でイタリアに向けての作戦会議をしていた時のことだ。
ちょっとした雑談からN氏が荒れ始めた。
「弱い加工所をうまいこと騙して技術だけ巻き上げて自分らはボロ儲け。あの雑誌だけは許せないです!ヤクザです!ほんとどうにか潰してやりたいですよ!」
実際にはもっとFワードをたくさん混ぜて、大きな声で怒鳴っていた。
気づけば俺たちの周りには誰もいなくなっていた。
そりゃそうだ、俺でも席を替える。
N氏はその雑誌の創刊の次の号から、その「この世の中で一番嫌いな雑誌」とやらを会社の経費で購入して、隅から隅まで熟読した後、1ページずつカッターで切り取り、1ページずつ封筒にして、毎日編集部に手紙を書いて送っている。
「今日も帰りに出すんですよ。」という手紙を読ませてもらった。
「宇宙から来たので、文字が読めないのでつまらない」、
「こんな加工は私の星では何の意味もない」など、
完全にヤバいものだったので、紙の反りの話などにそれとなく話題を変えた。
さて、その日のN氏は、(いつものことだが)それでは終わらなかった。
「そういえばよく考えたら、いや、よく考えなくてもAさんとこもヤクザですよね。」
よせばいいのになぜかA氏にまでふっかける。
A氏は、迷うことなくその挑発に乗る。
その日は、A氏のiPadが砂鉄くらいに粉々になったし、N氏のネクタイが縦に八つに裂けた。
2人をなだめて帰路に着いた時、その八つに裂けたネクタイがたまらなくおもしろくて三人でガハハと笑った。
M女史が入ってきた。
今日の打合せに同席したいとのことで、俺はOKした。
知っている顔だが名刺が完成したとのことで、名刺を交換した。
「よろしくお願いします。」
そう言って差し出された名刺を受け取って俺は驚いた。
外見は平静を装っていたが。
M女史の名刺は、厚さ20ミリ程の鉄板の両面に合紙してあり、文字情報が箔押しされていた。
そして、すべての余白には、ドクロが整然と押されている。
M女史イチオシのシルキー系の箔で一〇八回。見ればわかる。一〇八回だ。
ご丁寧に、四辺はノコギリのような処理がしてあり、迂闊に触ると血が出る。
この加工所が、何をもってして業界での地位を確立してきたのかがよくわかる加工だ。
ふと裏を触ってみると、表の文字情報がうっすらとだが指先で感じ取れた。
一体どれほどのパワーで押したのか。
この女…
もうひとつ驚いたのは、M女史は名刺入れに10枚程度持って歩いていたということだ。
故郷岡山では力自慢の俺でも、一枚受け取ってやっとだというのに。
帰り道、俺はその超重量級凶器名刺の情報を携帯に入力し、本体は近くのセブンイレブンのゴミ箱に迷わず捨てた。
重すぎる名刺はゴミだ。
そして、バイトがゴミ袋を交換するときに驚く姿を想像しながら、軽やかにSUICAをタッチした。
茅場町にある、紙屋のそばを流れる川の土手には、デザイナーらしき人間がいつも数人いる。
一心不乱に苗木を植えたり、少し伸びてきた枝を剪定したり、水や肥料をやったりしている。
デザイナーにそんなことをさせるのは、無論、N氏だ。
以前そのことで尋ねたら、少しニヤつきながら、
「いやまずね安藤さん、あの人たちは今の命で紙から勉強して、次かその次くらいでデザインしたほうが良さそうじゃないですか?」と言っていた。
彼らがデザインに取り掛かるのは来世かその次だろう。
俺が思うのは、無事に木が育つといいこと、いい紙ができるといいこと。
そして、N氏のことだ。
どうかしてる。
浮間舟渡にある大きい公園には、いつも数人のデザイナーがほぼ身ぐるみをはがされた状態でいる。
すぐ近所にある箔押し屋にやられたのだ。
箔を押した代償に身ぐるみ剥がされたのならまだラッキーだ。
中には、箔押し屋のチャイムを押した時点で身ぐるみ剥がされたアンラッキーな奴もいる。
ちなみに、この箔押し屋のチャイムは、押すと、麻酔の仕込んだ針が少し飛び出る仕様なので注意が必要だ。
最初の頃ここに来ると、いつも気がつくと部屋に座っていて、前にはA氏が微笑んでいるのが不思議だったものだ。
年が明けてN氏と川沿いの店で会った。
N氏はこの年末年始、1日たりとも欠かさずに走り、筋トレをしていたらしい。
なるほど、この年末に会ってから今日までに、明らかに階級が上がった感じだ。
髪も髭もぼーぼーだ。
N氏の会社は、基本的に入社以降、過酷なトレーニングが義務付けられている。
特にN氏の部署は仕事柄、色々な人に会う。
中にはとんでもない悪党も混ざっている。
そんな奴らと対等にやりあうために、体を鍛えておくことは会社的に必須になっている。
会社のドアや電話の受話器は異常に重いし、蛇口や電気のスイッチも異常に硬い。
紙の入っている棚など、一般の人間には開けられないくらいに重い。
もちろん、N氏の上司も、信じられないくらいの大男で怪力だ。
入社してすぐに直属の上司を倒して今の地位を手に入れた。
だが涙もろく情に厚い。
そして、金の匂いに敏感だ。
ちなみにだが、N氏の持ち歩いている薄いビジネスバッグには、紙はもちろんだが、鉄板も入っている。
この鉄板が何度もN氏を助けたらしい。
A氏はいつも添削している。
今夜もA氏は、赤ペンを片手に添削をする。
家族の寝静まった後に。
書斎の鍵をかけて。
その添削は、社内の人間の提出したあいうえお作文だ。
あの加工所は、開所当時から続く伝統としてのあいうえお作文がある。
持ち回りで全員がやる。
社長も匠も例外なくみんな。
殿堂入りのひとつはこんな感じだ。
「コろすまでは押すな・スぐ押せ・モうやめてくれと頼まれても押せ・テっ底的に押せ・ツよく押せ・クるしみが快感に変わるまで押せ」
もうひとつはこう。
「コどものように無邪気に・スべり台の上から手を振る・モし今、世界が終わっても・テは離さない・ツよく抱きしめるからと言って・クすりと笑ったあの子の八重歯のように押せ」
N氏と共にそこを訪ねたのは、俺のインフルエンザの高熱が収まってすぐのことだ。
そこに着いてすぐ後悔した。
どう考えても早過ぎた。
薄暗い工場内、異常な金属音、油の匂い、ベタベタした床、時おり聞こえる気がする何か悲鳴のような叫び声。
頻繁にK氏に耳打ちしにくる紙を肌に貼り付けた屈強な男たち。
(ここがあの…)
K氏が率いるこの加工所の紙象嵌は、その昔は囚人たちの体へ罰として施されていたらしい。
今はもうやっていないとのことだが、男達や工場の様子に対してギャップのありすぎるK氏の笑みを見ていると逆に怪しいものだ。
そもそも、なぜこの男達はK氏に従っているのか。
そう考えれば、この笑顔の下にあるものも自ずと見えてくる。
N氏は、工場内に入るとすぐに「Kさんどうも。じゃあこれで。」と言って帰ろうとした。
当然、俺は気が気じゃない。
考えるより先にN氏のネクタイを掴んで締め上げる。
こんなところに一人でいたらどうなるかわかったもんじゃない。
しかし、N氏は数多の修羅場をかいくぐってきた男だ。
ママボーイの俺なんかとは訳が違う。
即座にカバンから刃先が30度のカッターを取り出し、自分のネクタイを切ってそのまま走り去った。
情けない俺の手には、紙を漉くおじさんが小さくモノグラムに並んだネクタイの先が20センチほど残っただけだ。
おじさんのうち一人だけがこちらを見ている。
柄そのものよりも、そういう小ネタが鬱陶しいネクタイだ。
N氏が逃げ去ったあと、なんとか俺はK氏と話した。
来た以上、そうしなれば意味がない。
やるしかない。
その間中、屈強な男たちがひっきりなしに来て、K氏に耳打ちし、大きな声で笑い、こちらをみてニヤニヤ笑う。
永遠のような一時間だ。
結局、K氏は「今回は乗りません。」と言った。
「でも、その代わりに…」
K氏の的確なアドバイスにより、清々しい気持ちで加工所を後にした。
最後まで気を抜かずに。
噂に聞いてきた残虐なK氏と、今日の的確なアドバイスをくれた温厚なK氏、本当に同一人物なのだろうか。
まあどちらでもいい。
(すぐにA氏とN氏に連絡しないと)
そう思い、帰り道で俺は、先日新しくしたばかりの携帯を取り出した。
久しぶりに会ったA氏は、「まあどうにでもできますんで。」と言った。
相変わらず頼りになる。
「何にでも押すし、なんぼでも押します。」
そう付け加えた。
そういえば。
我が家では、浮間舟渡と茅場町に向けて朝と晩二回、家族三人で祈る。
もうすぐ5歳になる娘は、幼いながらに何かを感じているのだろう。
この時ばかりは神妙な顔つきで真剣に祈っている。
「押すもののリストをください。イタリア人、ふふ、箔だらけだ。」
そう言って、手土産に持っていった『きのこの山』と『たけのこの里』を、同時に口に入れた。
「モうやめてくれと頼まれても押せ、か。」
帰り道俺は一人で、あのあいうえお作文を思い出して口に出した。
近くにある大きい公園の池には、今年も渡り鳥がたくさん来ている。
数人いた半裸のデザイナーなどと合わせたら、なかなかの賑わいだ。
夜明け近く、N氏から電話があった。
K氏のところから逃げたことの謝罪かと思ったらそうではなかった。
「いやこんな時間にすいません、宇宙人がね…」
話を聞き、後日会う約束をして電話を切り再び眠ろうとしたが、目が冴えて結局一睡もできなかった。
「これ、なんですけどね。」
そう言ってN氏は、10センチ四方の紙の塊を取り出した。
厚みは3〜4センチだろうか。
(OK。一回みたことはある。大丈夫だ。気持ちを強くもて。)
そう自分に言い聞かせて、留めてある輪ゴムを外した。
どう考えても正気じゃない。
結局、俺は言葉を失った。
戸惑う俺を尻目に、N氏はカバンの中から、まるで紙見本を取り出すみたいに、テーブルの上に札束を重ね出した。
「とりあえず今回はこんくらいで。」
N氏は言った。
異様に汚れている札束が15。
冷めたコーヒーと一緒にテーブルの上に並んでいる。
追加で頼んだランチのパスタが運ばれてきたが、ウエイターはこちらの様子を察してか、一度厨房の方へ下がっていった。
奥の席のノマド的な物欲しそうな奴がこっちをチラチラ見ている。
俺はゆっくりと中指を立て、声を出さず、相手にもわかるようにゆっくりと口を動かした。
「ファック・ユー。」
印刷加工愚連隊。
デザイン業界でその名前を知らない奴はモグリだ。
S氏はその隊を統率する男で、製本のプロだ。
そんなS氏も自分の工場がある。
その一帯は、畏れをもって『怒りのバインディングロード』と呼ばれていた。
このロードも、例によってボロボロになったデザイナーや営業が倒れている。
他と違うのは、そのままそこに住み着いた奴らもいて、定期的に市も立つ。
S氏は、住み着いた奴らを集めて、自分の工場にFUCKTORY4Fという場所、通称4Fを作っている。
名前の通りの場所だと思ってもらって構わない。
そんな4Fで、俺はN氏と共に、S氏に久しぶりに会った。
この日も大収穫だった。
拷問に使っていたという糊と、その糊に血を混ぜて赤くしたというのを見せてもらった。
「血を混ぜると固まるんです。固まらないようにするその分量が、企業秘密なんですよ。うちしかできない。」
そう話すS氏になんとなく耳を傾けながら、その清潔感とハキハキとした口調、屈託のない笑顔に、逆に底知れぬ恐怖を感じていた。
なんせ悪名高き愚連隊の隊長だ。
そういえば、N氏は前日にかなりの量の血を吐いたらしく、見るからに体調の悪そうな様子だった。
聞けば、打合せ先のデザイナーに毒を盛られたらしい。
帰り道に、手作りガトーショコラを路上のデザイナーから二つ買って、ひとつをN氏に渡したが、警戒して食べなかった。
俺は気にせず食べたが、その晩吐いた。
やはり、あの界隈は油断ならない。
「今日送りました。」
N氏からのメールだ。
A-12。
あの事件以来、この先ずっと作られない紙見本帳の番号。
俺がこの話を聞いたのは、恵比寿にある、今どき貴重な、タバコの吸える喫茶店だった。
サンスベリアもザッと百本以上置かれていたが、すべて腐った白菜みたいになっていた。
N氏はタバコの煙にむせながら重い口を開いた。
「安藤さんご存知ですか?うちの見本帳のA-12がない理由…」
聞くも耐え難い、あまりにも凄惨な事件。
少しでもここに書くことを躊躇させる。
外の陽気とのコントラストが余計に俺を落ち込ませた。
「まあ、僕も全部O氏から聞いた話です。こんなことほんとかどうか…」
そう言ったN氏の表情が全てだろう。
「今呼びますね。」
そう言ってA氏は内線番号37564を押した。
少しして入ってきたのはM女史だ。
右腕から、かなりの血を流しているが、平然としている。
小さい絆創膏を貼っているが、そのサイズと出血量が見合っていない。
何なんだこの人は。
ひと通りの打合せを終えて最後に、A氏は「じゃあ紙千種類、箔千種類で。」とM女史に言った。
俺も「じゃあそれでよろしくです。」と言った。
M女史は、ただ「はい。」と言った。
少し違う印象にしたくて、紙色や箔色をカラフルにしたいと考えたからだ。
流石に遠慮して俺からは言わなかった。
しかし、A氏は当然のように「千種類」と言った。
それも、紙と箔それぞれだ。
「禁断症状がでてまして。」
A氏は電話口で笑った。
「何でもいいから押させてください。」
A氏の口ぶりは本気だ。
禁断症状が出てるのはA氏なのかM女史なのかはわからないが、「わかりました。すぐにデータを送ります。」と言っておいた。
この言葉で、少なくとも一日はもつはずだ。
データは今から作る。
数日して、A氏から画像が送られてきた。
あの紙千種類、箔千種類の画像だ。
画像で見る限り、問題なく素晴らしい仕上がりだった。
数枚送られてきた画像の最後の一枚は、まだ右腕から血を流しているM女史がガッツポーズをしている。
その画像には「S女史」とキャプションが付いていた。
A氏一流のジョークだ。
「thisが、this」
N氏は言った。
そして、「same. paper.」と付け足してじっと俺をみた。
自信有り気だ。
俺は、「なるほど、わかります。」と言った。
心の中で(お前、英検何級だ?)と思いながら。
A氏から着信があった。
数時間後に気がついて、留守電を聞くと、そこにはA氏のむせび泣く声のみが残っていた。
今年のTABFF(Tokyo Art Book Fuck Fair)には俺もA氏も落選したのだ。
留守電の最後の方には、A氏が誰に言うともなく独り言のように、「押してやる…押してやる…」と言う呻き声が残されていた。
俺はその電話に返すことなく、急いで留守電を消した。
打ち合わせを終えてから、A氏は言った。
「これからはM女史が、うちの現場をまとめます。」
そうか、もしかしてこの前の右腕は、その代償だったのだろうか。
長いこの加工所の歴史の中で、初めての女頭領の誕生だ。
「素晴らしいことですね。」
と、俺は言った。
M女史は、この前頼んだ『紙千箔千』の時に知覚の扉が開いたらしい。
そこからのこの頭領になる流れだ。
現場としても自然な成り行きだろう。
匠は現役から身を引いた。
「押すということは、押さないということだ。」
以前、匠はそう言っていた。
匠はとうとう、自らその境地に入ったのだ。
現場から退いた以上、俺が匠に会うことはもうないだろう。
匠に札束を積んだ日が懐かしい。
また会いたいものだと思いながら、今はA氏とM女史に札束を積む。
札束はカルマだ。
俺はカルマを積んでいる。
イタリアとのビデオチャットは突然中止になった。
前日にわざわざ時間も決めたのに、いざ当日のその時間になると「ごめん、いまスイスなんだ。こっちは冬だよ。ミーティングは明後日にしてもいい?ごめんね。」
とメールが来た。
俺は、無表情に「OK。問題ないよ。じゃあまた明後日に。」とメールを返し、「パーフェクト」と返事をもらった。
それから歯を磨いて、寝た。
N氏と話していた時のことだ。
「ちょっとしたことで、二百年分の紙があるんですよ。信じられますか?」
耳を疑ったが、すぐにN氏は
「生きてる間にはなくならない紙が。」と続けた。
その紙というのは、もちろん『溶ける紙・水』のことだ。
ちょっとしたことというのは、完全にちょっとしたことじゃない。
ちょっとしたことでそんなに紙が余らない。
つまりこういうことだった。
どこかのバカが『溶ける紙・水』を使ってかなりの、ギネス級の部数の本を作ろうとした。
そして、実際に発注がありN氏の会社は動いた。
しかし、いざ印刷の段階になると、そのバカは
「よく考えたら、溶ける紙なんて使ってたら、買った人がアホみたいに流して配管がつまってクレームがきたらうちがヤバいじゃないか。作るのをやめます。」
と言ったらしい。
N氏の会社のある部署は、すぐにそいつと、そいつの三つ先の親戚までを捕まえて…
あとは想像に任せる。
そいつの会社は不審火によって全焼した。
そして、今は発注された紙だけが二百年分、N氏の会社の倉庫に眠っている。
それをどうにかしたいということだった。
「うちは死すとも溶ける紙は死せず、ですよ。」
そう言ってN氏は笑った。
俺は、紙の単位で年数を使うのは新しいなと思って聞いていた。
もうひとつ、A5の紙見本についてしつこく聞き回っていたデザイナー数人が、まとめていなくなった。
N氏は、「しつこすぎたんでしょう。」と笑っていた。
以前、うちの紙見本にA5がないことに気がついてN氏にひとつ送ってくれないかと頼んだことがある。
そのときN氏は、「安藤さん、A5はもういいでしょう。そもそも見本帳なんかいらんでしょう。」と言った。
数日後、再度頼んでみたのだが、「もうそれくらいにしといてください。」と短く言われ、何か感じた俺はおとなしく引き下がった。
だから、うちにはA5の紙見本はない。
多分、誰のところにも。
早朝、まだ薄暗い時間にA氏から電話があった。
何かトラブルかと思い焦って電話に出てみると、
「誕生日ですか?」A氏はあいさつもなしにそう言った。
確かにその日は俺の誕生日だった。
しかし、いくらなんでも早過ぎる。
まだ4時を回ったばかりだ。
A氏はそのままイタリアの準備は順調か質問してきた。
まだだと応えると、
「何かしらの武器は必ず持って行った方がいい。」
「スリ対策にはダミー財布に毒を塗ればいい。」
などまくしたてた。
N氏は、「まあ、別に一緒に出してあげられないことはないですけどね。」とゆっくり喋りだした。
TABFFに出展しようとみんなでエントリーしたのだが、N氏以外落選してしまったのだ。
そこで、間借りできないかと相談したのだ。
「なんか偉そうですねぇ〜!」
そう言うが早いかA氏が殴りかかる。
いつものことだ。
俺は少し離れて動向を見守る。
まあそんな話や、俺のイタリア行きの話をするためにA氏とN氏と久しぶりに集まったのだ。
そこにはM女史も同席していた。
隙あらばN氏のグラスに毒を入れようとするM女史だが、常にA氏に止められている。
「まだ早い」
「焦るな」
A氏は視線をN氏から外さずに小声でM女史を制していた。
N氏が憎くて仕方ないって感じのM女史だ。
その時に聞いた話だが、N氏は昔、今よりもっと荒れていた。
誰彼構わず紙見本を持って会いに行き、自ら紙見本を持って行っておいて適当に難癖つけてキレて持ち帰る。
そんなことを毎日のように繰り返していたらしい。
N氏に電話して『溶ける紙・水』を追加で発注した。
後日N氏は、「これ以上は負けませんよ。」と言いながら請求書を破り捨て、「会社には適当に言っときます。」と言って笑った。
これがBig Oの遺伝子か。なんと気っ風の良い男だろうかと感心した。
みんなの推測通りだ。
A氏の影武者は俺の知る限り三人いる。
当初は五人いたらしいが、色々とあったらしい。
一人はわかりやすい。
いつも以上に金の話をする時があるとしたら、それは影武者だ。
もう一人はあいさつの時に右手をサッとあげる。
最後の一人はほぼ完璧なA氏だが、目を合わせることを嫌がる傾向がある。
俺の知る限りは以上だが、もちろん今、俺の目の前にいるA氏が本物である保証はどこにもない。
「こんにちは」
改札の手前で後ろから声をかけられた気がした。
瞬間、俺の首元には刃先30度のカッターが当てられていた。
N氏だ。
さっきまで誰もいなかったはず。
後ろなら何度も確認した。
「油断し過ぎですよ。」とカッターの刃をしまい、俺を見ながら、「気をつけてください。」と真顔で言った。
「さぁ、行きましょう。」
そうだ、今日はFUCKTORY 4Fで打合せだった。
背中を嫌な汗が流れ落ちた。
FUCKTORYのスタッフたちが明らかにガリガリになってげっそりしている。
いま頼んでいる案件がN氏のものなので、全員かなりストレスを抱えての作業だったようだ。
打合せ後にS氏が、「おもしろいのがあるよ。」とある束見本を見せてくれた。
PURだ。
でも血を混ぜたN氏のものとは何か違う。
何だ?何か妙だ。
「これが混ぜてあるんですよ。」そう言って取り出したのは、白く、サラサラした粉だった。
「これ混ぜるだけで全然違うから。」
そう言ってS氏は爽やかに笑った。
「これ、A氏のとこのだよ。」と聞いて納得した。
あそこならこのくらいのことは平気でやるだろう。
K氏は孔を開けたくて仕方ない感じだった。
N氏と工場を訪れた俺たちは、今回は「孔あけは不要」で意見は一致していた。
しかし、ついうっかり(このうっかりがまさかあんなことになるとは)口を滑らしてしまった。
「どうせ開けるならむちゃくちゃに開けましょうか。」
この言葉を聞いてK氏の目つきが変わった。
我々がいくら「まあ今回は開けない感じでいきましょうか。」など言ってももう聞こえていない。
K氏はひとり、「むちゃくちゃにあけるとA氏困っちゃうよな〜」とうれしそうにブツブツ言っていた。
突然N氏が「話を聞け!」とK氏に殴りかかった。
瞬間、K氏のボディガードが三人、N氏を取り押さえる。
俺には銃口が向いている。
「いい加減にしろ!このドチンピラ!!」N氏は叫び倒している。
俺はN氏に目配せして落ち着けと合図を送る。
落ち着きを取り戻したN氏は、謝罪ののちこう続けた。
「わかりました。孔あけに関しては箔押しの後になるだろうし、いくつかを限定版などにして開けるのもいいですね。」
その場はその一言でおさまった。
帰り道、「とりあえずああ言っとけば、しばらくしたらK氏も忘れますから。」と言ってN氏は笑っていた。
「安藤さん、日本嫌でしょう?」
「もう、ほんと嫌んなるでしょう?」
と執拗に言ってくるのでさすがに参った。紙の相談で電話したのに、ずっと言ってくる。
『宇宙人』と『結界』と『深海魚』でTABFFに参加した。
ブースの幅は150cm。
そこに大人が五人と子供が一人。
ぎゅうぎゅうで、さながら奴隷船の船底か何かだ。
N氏はわざと隣のブースの商品を何度も落とした。
A氏とM女史は後ろの出展者に何度も肘や踵をぶつけていた。
明らかに周囲のブースは険悪なムードになっていたが、それはN氏やA氏の望むところだった。
隣のブースに至っては、会期終了を待たずに引き上げた。
去り際の彼らの目は忘れられない。
そして、彼らを見る、俺のブースの面々の顔も。
TABFF会期終了後、参加者や来場者に妙な咳や喉の痛みが流行った。
それは後に、N型ウイルスと呼ばれることになる新種のウイルスを使ったバイオテロだということが判明した。
もちろんやったのは、N氏だ。
N氏は会期の二日目、自らそのウイルスに感染して会場にまいたのだ。
TABFFには、ウッドストックの来場者数に迫る38万人が訪れたらしい。
TABFFから二年ほどは、日本も、諸外国も、そのN型ウイルスの対応に追われていた。
アジア圏、特に中国ではN型ウイルスの猛威は東京の次のオリンピック辺りまで続いていた。
TABFF後、N氏に会ったのは、梅雨が明けたかと思われる七月の終わり頃の鴨居駅だった。
まだN氏は咳をしていて「安藤さん、長いですよ。何かおかしいです。」と言っていた。
その日は、以前N氏の会社にいたUという男の工場見学だ。
駅で迎えを待っていると、ばかでかい装甲車のような社用車でU氏は迎えに来た。
駅のロータリー内でずっとクラクションを鳴らしながらバス停に停めた。
広大な敷地には塔が二つ立っている。
一方は空調がなく凄まじい労働環境だ。
塔内は灼熱で、その日38℃あった外が涼しく感じた。
もう一方の塔には空調があり、ずいぶん快適だ。
まあ、こっちの塔はこっちの塔で、作業がかなり神経にくるらしい。
そんな過酷な労働環境に俺も、N氏も驚きを隠せなかった。
U氏は空調のない灼熱の塔を「刑務所」と呼んでいた。
作業塔の違う者同士のいざこざも絶えないらしいが、これでは無理もない。
あまりにも違う。
U氏にたてついた者は、ひとまずその刑務所に送られる。
「まあ新しく入ってきても、大体は夏で逃げるか死ぬかですね。」
U氏は当たり前のように言った。
「あとは場内の不慮の事故か…」
帰り道、駅まで送ってもらう車内に流れるBUMP OF CHIKENが妙に耳にこびりついた。
U氏の言っていた不慮の事故のことを考えていたら、いつの間にか駅に着いていた。
そういえば、場内にはバカでかいダンボール紙のロールがあり、数十メートルの高さにそびえ立つエリアがあった。
立ち並ぶダンボールロールの柱の上で、社員たちは戦う。
決闘を申し込む場合もあるし、ただ権力者の退屈しのぎに望まない戦いを強いられる者もいる。
なんて工場だ。
そんな工場で作られた箱は、今日も世の中に出て行く。
その箱に触れる人々は、どのようにしてのりしろにのりがつけられているかなんて知らないし、そんな理不尽な決闘を日々行なっている人間たちがその箱を作っていることももちろん知らない。(し、興味もないだろう。)
俺の名刺の立会いで浮間舟渡へ行った時の話だ。
A氏が「M女史がやばい」と教えてくれた。
そして、後でぜひ見てもらいたいものがあるとも。
M女史は自ら課した箔13回押しの作業に身も心もぼろぼろになったらしい。
「13」。もちろん忌み数だ。
A氏との打合せ後に俺は、あまり何も考えないで、その「見せたいもの」を見にM女史のいる現場へ降りていった。
A氏が「これこれ、これです。」と言いながら嬉しそうに大きな紙のロールを持ってきた。
そこには…
そこには、M女史がこれまでに倒してきた奴らから刈り取った髪の毛を漉き込んだ越前和紙があった。
M女史も、この紙を漉いた職人もイカれてる。
いや、職人はやらされただけかもしれないが。
しかもだ、仕上がりがM女史のイメージとは違ったらしく、完全に所在ない感じに放置されていた。
どうかしてる…。
ここにいたらヤバい。
そう感じた俺は無言でA氏を押しのけ現場のドアから走り逃げた。
今回初めて知ったのだが、A氏は色々な理由から、いくつかの偽名を使っている。
まあ、あれだけの悪事に手を染め続けていれば仕方ないのだろう。
珍しく銀座でN氏と会った。
台風のせいなのか何のせいなのかはわからないが、道路に面したガラスはほぼ割れていて、ショーウィンドウの中は空っぽだった。
「最近ね、嫉妬心が強くなってきてるんですよ。」
俺のおすすめの店で、ハンバーグを食べながらN氏は言った。
宇宙人を発表して以来、世の中の作家たちに激しい嫉妬をしているらしい。
ああ、お門違いとはこのことだと思いながら俺は促した。
「つまり?」
ついこの前も嫉妬心から、銀座の文房具屋で開催されていた著名なイラストレーターの個展にわざわざ顔を出して、「お前の時代は終わってるのに、いつまで人気者気取りだ?」と言って警察沙汰になったらしい。
打合せなどで作家の売上や集客が好調な話を聞くと、冷静を装っているが内心は気が気じゃないくらい嫉妬する。
そして、その作家や関係者などに対して、あらゆる手を尽くして嫌がらせをする。
「A氏とM女史の深海魚が売行好調とか聞こえてくると、もうダメですね。何かに当たらないと。」
N氏は恥ずかしそうに笑った。
「あそこは何も知らないバカ共にゴミ売って荒稼ぎしてますからね。ヤクザですよヤクザ。」
あの日のN氏の言葉が蘇った。
「安藤さん、これ。」そう言ってA氏は一枚の紙を俺に手渡した。
押された所がうっすら透けている。
OKフロート?タック加工?
違う。そういうラベル用紙があったらしい。
聞いてみれば、ある日数々のトラップをくぐり抜けてラベル屋の営業が持って来たらしい。
A氏はすぐにピンと来て、その用紙の権利をいとも簡単に奪い取った。
そして『コスモタック』と命名した。
その日以来姿を消した営業マンは、数年後、記憶を失くした状態で地方の釣り堀で働いている所を発見・保護された。
N氏の会社のショールームが改装を終えた。
贅の限りを尽くした時代錯誤のそのショールームは、オープン前から「国道沿いの豪華なラブホ」と言われていた。
ばかでかいシャンデリア、過度に施されたいつの時代を意識したのかわからない装飾、けばけばしい色彩、ボディコンシャスな受付嬢、謎の書、謎の彫刻、謎の甲冑など。
インクジェットで厚盛りした2メートルほどのドンペリのダイカットには、さらに箔押しが施され、顔をはめる穴もある。
ブリタニカのような本の中身はデジタルで、社員旅行の写真が見られる。
あげていけばキリがない。
N氏から聞いたが、オープンしてすぐT社の襲撃があったらしい。
両社に多数の死傷者が出たが、ネットにもテレビにも週刊誌にも出ていなかった。
俺が行った時には何事もなかったかのように営業していた。
その襲撃が原因なのかは知らないが、N氏の後輩がしばらく入院していた。
だが彼も、俺が行った時には普通に出社していた。
A氏の所で、新しい名刺を作った。
今回はオリジナルの毒箔を使う。毒の箔。名前の通りだ。
俺は数多ある毒箔の中から4種類選んで、M女史に「こんな箔だ。せめて優しく押してくれ。」と依頼した。
一つは焼けただれる。
一つは壊死する。
一つは麻痺する。
そして、裏側に押した最後の一つは、うっかり直視すれば視力を失う。
M女史が、実際どんな気持ちで押したのか、俺は知らない。
しかし、とても美しい仕上がりだった。
A氏のところから納品された後、念のため別の加工所で、四方に別の毒を塗っておいた。
その作業中に、職人が一人、視力を失った。
申し訳ないとは思うが、俺は注意するように言っておいたのだから知ったこっちゃない。
「安藤さん、見ててください。クソ会社のクソからクソが出てくると思いますよ。」
N氏、この男、今日も絶好調だ。
その日、日本中の箔が剥がれ落ちた。
強い風が吹き、落ちた箔は天高く舞った。
2019年11月2日。
匠が鬼籍に入った。
「急にワラワラと湧いてきよるんですよ。」
N氏は吐き捨てるように言った。
「そんな奴らにやらしてやると思います?全部適当に断ってます。」
N氏からメールだ。
いつもその時の気候や天気の話題から本題に入る。
今回は、続く長雨の話からだった。
本題は、結界の展示のことだった。
『溶ける紙・水』を溶かし、その煮こごりで紙を漉く。
それを乾かしてから、印刷する。
そしてまた、その紙を溶かし、紙を漉き印刷する。
それを百八回繰り返す。
何のカルマだ。と俺は思う。
しかし、冬の日差しに輝く漉きたての紙は、美しかった。
それだけで少しは救われた。
M女史は「その頃から色彩がなくなっていったんです。」と生の中ジョッキを見つめながら言った。
今も彼女は、モノクロの世界を生きている。
N氏は「やっぱり出てきたのはクソでした。でもですね安藤さん、めちゃくちゃ綺麗なクソなんです。」と言った。
A氏はしきりにBig OのことやN氏の大阪時代のことをを聞き出そうとしていたが、N氏はのらりくらりとかわしていた。
イタリアからMがやって来た。
ペーパーボイスという名前にいたく感動したMと、紙の声ってのは一体どんなものなのか、膝を突き合わせて話し合った。
結論としては、全紙から名刺サイズへとなるにつれて、声は高くなる。
それは間違いないってことだった。
真に心が通じ合った瞬間だ。
後日、Mから「Now i can hear PAPER VOICE in my head.」というメールが来た。
俺は「Super nice.」と返事をした。
2020年5月1日 発行 初版
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