───────────────────────
───────────────────────
エペソ6:9「 主人たちよ。あなたがたも、奴隷に対して同じようにふるまいなさい。おどすことはやめなさい。あなたがたは、彼らとあなたがたとの主が天におられ、主は人を差別されることがないことを知っているのですから。」
本文の 「主人たちよ」とは?
“最高の権威、(名詞として)統治者、含みのある意味では、「様」(尊敬される称号として)、神、主、先生、自分勝手にする者、君主、メシア”という意味が隠されている。
「恐喝」とは?
(言語的には)脅す、含みのある意味では(禁ずる)、脅迫する、厳しく脅す、(国語学的には)恐怖を感じるほど脅かす、うそを俗っぽく言うことば、(法律)財産上の不法の利益を得るため人を脅迫すること。
今のこの世は、恐喝(偽りの言葉)によって支配されている。全世界はもちろん神聖な言葉だけ伝えなければキリスト教さえ恐喝( 偽りの言葉 )のことが真のみことばになってしまったこの世代を何に喩えようか。。。泣き叫んでも願っても出来ない、真理に立ち返らないキリスト教界をどんな言葉をもって正すことが出来るのか?
キリスト教、いわゆる同じ家の用務だが、恥さらしでありながらも公にいわざるを得ないこの痛みを神だけがご存知なのでどんな悪口も甘受することに決めて言う。この文章を読んで、すべての人、特に、ノンクリスチャンに心からお願いする。クリスチャン同士の争いとして判断せずに、ただ見守ってもらいたいと心からお願いする。
クリスチャン同士の争いではなく、このようにされた理由は、創世以来、聖書に記録された神の国の奥義が隠されていたからである。同じクリスチャンたちには真心をもって精読してもらいたい、みことばに照らして自分のことを、またキリスト教を見て回って御言葉を悟って立ち返ることを心から願う。。
ノンクリスチャンよりも大きな問題はクリスチャンである。自分たちはすでに、聖書をすべて知っていると思って言う。私たちは、すでにすべて知っているからあなたたちがしっかりしなさいと〜、その上、なぜクリスチャンに伝道をするかとまで。だから「異端」呼ばわりされるのだと非難する。果たしてこれらの言葉は正しいのだろうか?
特に、キリスト教の中で、神聖な教会の講壇からむやみに言った恐喝を聖書どおり明かせば、愕然とする。過去10年余りを証明しても立ち返らないクリスチャンの霊的な状態は、全聖書に記録されている通り今、神の裁きだけが残っている。どれほどひどい状態だから。神は神の家から裁かれるとしたのだろう?
神が創造した全世界、すなわち、地球は終わらない。しかし、今、全世界は終末が近づいてきたと脅す。聖書を持って日々見たり聞いたり信じているとするクリスチャンたちは、より大騒ぎだ。しかし、聖書に記録された「終末」という言葉が実像になるのは創世以来、「悪人が支配する時代が終わる」という神の国の秘密が隠されている。
また、全聖書に記録されたすべての裁きの言葉は、実像となってこの地に成し遂げられる。しかし、地球は終わらない。全世界も地殻変動が起きて、今の世界地図とは変わってくる。創世以来それほど長い間「裁く、裁く」と言われたみことば通り、裁きのすべての言葉が今この時代にこの地に全て成就されます。
これらの裁きに該当する人は、死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げて行くのであるとされた黙示録の言葉のようになるだろう。今は生きるのが嫌なら自殺もできる(肉体は死んでも、人間の魂は死なず、永遠の永罰を受ける。)しかし、聖書に記録された裁きの言葉がこの地に実像となり成し遂げられる21世紀の今、この時代は生きるが苦しく死を願うが、死が彼らから逃げて行くのであり、飢饉により子を煮て食べる時が近づいている。また、創世以来なかった大患難は、私たちが暮らすこの時代に、聖書に記録されたすべての言葉通り実像となって悪人たちに尽く成就されるのである。
だから、必ず世界中の人々は、今こそ、神の言葉に立ち返るときである。創世記以来過去のすべての世代には、悪人がどんな行動をしても黙認(知らないふりをしてしようとするように放っておくことでそれとなく認めている、知っているのに放っておく)の神であられた。しかし、21世紀の今、この時代は、公議でさばかれる神であることを 実像として示す時である。
したがって、地球は終わりませんが、悪人が支配するこの世界が終わるとき、すなわち、悪人たちの終わりが今この時代である。創世以来それほど長い間成し遂げられなかった聖書に記録されたすべての裁きの言葉通り、この地で悪人にそのまま成し遂げられる。
だから、神の御子イエス・キリストが肉体を着てこの世に来られたときには、すでに預言された。「私の国は、この世ではない"〜つまり、罪があるこの世界は、イエス・キリストの国ではないと既にいわれたのである。
その証拠が創世記以来、今までクリスチャンの中の信仰が良い人は、すべて殉教してきたし、楽園に行っている人々は、乞食ラザロのように生きながら、肉体は死ぬしかなかった。さらに正確な証拠は今ISがクリスチャンを無惨に殺害をして、唯一クリスチャンだけ迫害しているのだ。平和を叫ぶ世界なのに、誰もこれについては抵抗も、毅然とした対応もしないこの時代がおかしくありませんか?人権だ自由だなんて言葉をいいながら、なぜISが唯一クリスチャンだけ迫害して公然と殺しても、何も言わないのだろうか?
罪の多いこの世は今、終末を迎え罪のない世界がもうすぐ到来するだろう。罪のない世界を置いて、神は「来る世」と言われた。来る世の主人公は悪人ではなく、義人つまり、神の子たちが主人公である。邪悪な霊たちは、自分たちが支配するこの世界が終わっていくことを知って暴れているのある。
すなわち創世以来、今まで悪人が世界の頭になって治めて極めて征服する世界はもう終わりが来た。これをめぐって、「終末、最後の、世界の終わり、終わりの日...等」と言われたのである。これは創世以来隠された御国の奥義であった。したがって、地球は終末せず、悪人が支配するとき(神がとこしえ前にあらかじめ定めたとき)の終わりであることをいう。
クリスチャンたち特に、時に従って食事を与えると自称する指導者たちがこのような恐喝をする。絶対苦難の前に携挙(ラプチャー)しない。今苦難の前に 携挙すると恐喝する彼らは、絶対に 携挙することができない。絶対誰でも 携挙するのではなく、しみも傷もない霊魂が清められ、聖書のとおり実像になっていることで、 携挙するからである。世界中のクリスチャンは、これらの恐喝(偽りの言葉)に騙されてはならない。
これらは、自分たちは 苦難の前に 携挙して空中で7年間婚宴をするとし、この地に残っているすべての人々は、苦難に投げられると恐喝する。彼らの言葉にだまされて想像の中にいるクリスチャンたちは、自分たちだけ 携挙すると勘違いをする。さらに、これらの中には、2017年8月21日、9月21日、9月23日、 携挙するといい、その日まで言ったが、いざその日、携挙するどころか何も起こらなかった。さらに自分たち同士でも 携挙する日付が合わず、恥も知らないまま恐喝を続けている。これらの恐喝に魅惑された自称クリスチャンたちは誰なのか?あなた方が持っている聖書の中に答えはすべて入っている。これらは頻繁に 携挙の日付を変更して、自分たちだけ 携挙すると恐喝する。これらの絶対多数は「欽定訳聖書」を使用する者である。韓国キリスト教界で正式に使用される改訳聖書を否定して、自分たちが使用している聖書のみが正しいと主張する。
これらこそ韓国のキリスト教130余年を否定する者であり、正統のキリスト教界が正式に使用する改訳聖書を否定しながら、まるで自分たちだけが正しい聖書を持って使用していると恐喝をする。全世界がイエス・キリストを認めようが認めまいが2018年を使用することは全世界を神が統治しておられることを証しするものであり、韓国キリスト教界が共同で使用してきた改訳聖書を通じてもいくらでも真理に立ち返られるのに、自分たちが使用している聖書だけが正しいと主張する彼らは果たして誰なのか?
自分たちは苦難と関係がないと、恐喝をするこれらに対して神の御言葉は何だろうか?創世記に記録された飢饉を準備するヨセフに対しての御言葉は、その時、その時代に終わった言葉なのか?もしヨセフの当時代に飢饉を実際に準備していなかったらヨセフとその家族は、大飢饉から救われることが出来ただろうか?
ノアがもし箱舟を実状に作らなかったら大洪水の中で、救われることができただろうか?全世界のすべてのクリスチャンに尋ねたい。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神であられる。この言葉の意味は何なのか考えて見よ!現在、全世界のすべてのクリスチャンの絶対多数は、ほら吹きである。立て板に水のようによくしゃべるが、行動はしない。これらのクリスチャンを神が喜ばれるだろうか?
人々は教会の中のほら吹き共が 立て板に水のようによくしゃべる話しだけを聞いて、その言葉が恐喝なのか?真実なのか、疑いもせずにづいて行く。だから詐欺師が横行する世界である。このような世の中を神は放って置くのだろうか?
韓国キリスト教界はもちろん、現在の全世界のキリスト教は、この恐喝にだまされてきた。騙されたという証明された事実が「イエスの御名によって悪霊よ立ち去れ」を最も多く使って金持ちになった教会が霊的に言えば悪霊の住処だったのが、まさにその証である。その教会は、悪霊の専門家は、大家という名声として全世界に数多くの教会を建て、信徒たちは悪霊が追い出されることだろうと思って熱狂し、それによって金持ちになった教会だが、数十年が経った今では下克上が起き、これまで担任牧師が犯したあらゆる醜悪の恥と腐敗が天下に明らかになり、彼がこれまでイエスの御名を使ってどれほど恐喝をしたのか明らかになった。
また、「イエスの御名によって悪霊よ立ち去れ」と言って悪霊が立ち去ったならば、特に韓国クリスチャンたちはすべて清くなって全世界にすでに光になっていただろう。断言しますが「イエスの御名によって悪霊よ立ち去れ」と言って悪霊は絶対立ち去らない。かえって悪霊の遊び場になる。韓国キリスト教界は130年以上この恐喝にだまされた。いや全世界のキリスト教界は、この恐喝に今も騙されている。
今この時間にも証して見せなさい「イエスの御名によって悪霊よ立ち去れ」と祈れば下克上を起こした牧師の中の悪霊が立ち去ってあなたの前に屈服してこそあなたが力のある牧師、最高の霊性を持った牧師になることがありますから〜過ぎた日は、イエスの御名を使って力が現れたと自慢してきた。あれだけ大金持ちになったが、なぜ今は、その力が現れないのだろうか?あなたもあなたの中にある悪霊にだまされたからである。
今からでも遅くはない。悟って立ち返ればいい。悪霊が立ち去る方法はもちろんであり、これらの結果を生んだ原因も全て神の御言葉の中に隠されている。真理通りに悟って立ち返らなければ、あなたの教会の問題は絶対に解決することができない。今でも真理に立ち返らなければ、時間が経てば経つほど全世界に恥さらしになり、これまでかき集めたすべての財産もなくなるだろう。さらに今の状態のままであれば、あなたとあなたの教会のすべての信者は、霊魂の救いとは全く関係がない。逆に、聖書に記録されたすべての裁きの言葉通り、裁きを受ける対象となるだけである。
この恐喝でどれほど多くの人々、特に怠け者クリスチャンたちをだましてきたのか?この恐喝のゆえに講壇に立った指導者は、偶像になり、さらには祝福権がある牧師として崇められ、聖書とは対照的に、貧しい指導者は力のないつまり、祝福権がない指導者に転落してしまった。純真な信者たちは、恐喝に騙されたことも知らず、放送に出てきて、自分たちが仕える牧師の霊性が最高と自慢する言葉に、同じクリスチャンとして、全世界の人々に恥ずかしくて顔を挙げることが出来なかった。実を見れば分かるとされた神の御言葉は捨てて、自分勝手に思って勘違いする信者たち〜彼らに果たして今この言葉が受け入れられるだろうか?
このように無知な指導者と信者たちの気を取り戻すときは、肉体が死んでからである。それもまた、少し気を取り戻した結果、自分が行ったところが御国ではなく、「よみ」という事実を認識するだろう。しかし、その時はすでに遅かった。永罰と永遠の命は、肉体が生きている時決着がつけられるのである。
「イエスの御名によって祝福を受けなさい」という言葉は、邪悪な霊(サタン、悪魔、悪霊)が、自分勝手に神の御名、イエス・キリストの御名を使って金儲けの手段として用いているという事実を知ってクリスチャンが驚愕、唖然とするのに~~~くれぐれも肉体が生きている時に霊的な深い眠りから目を覚まして善悪を分別しなければならない。
聖書のどこにもない恐喝だ。人が水と御霊によって生まれなければ、神の国を見ることができないと言われた。だからといって、教会に通わなくても天国に行けるという言葉ではない。必ず教会に出ることで御言葉を聞くことができ、神の御言葉によって生まれ変われば、神の国を見ることができる。水と御霊によって生まれ変わる方法も御言葉の中に隠されている。
牧師が手を置いて按手すれば、聖霊を受けるという言葉は恐喝であり、山に行って祈ると、聖霊を受けるという話も恐喝である。世界の国のうち、韓国のキリスト教のように祈りを叫んで、祈祷院(山)に行って祈りをたくさんする国がどこにあるのだろうか。そうして、聖霊を受けるならばキリスト教界がこんなに腐敗していないだろう。加えて、この世界もこのように腐敗してはならなかったのであろう。。
御霊は真理だ。だから真理の御霊と言われた。真理の御霊はすべての真理に導くと言われ、真理は絶対変わらない。
祈りさえすればすべてくださるという言葉は、聖書のどこにもない恐喝だ。神は絶対そのように仰せられなかった。かえって逆に「彼がさばかれるとき、彼は罪ある者とされ、その祈りが罪となりますように。」と言われたし、「耳をそむけて教えを聞かない者は、その者の祈りさえ忌みきらわれる。」と言われた。また、「エッサイの子ダビデの祈りは終わった。」と言われたダビデの祈りと「シギヨノテに合わせて、預言者ハバククの祈り。」という祈りは、今、全世界のすべてのクリスチャンたちには生きておられる神の御言葉である。これはどのように考えるのか?
しかし、祈祷院では、これらのフレーズをよく見る。「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を超えた大いなる事を、あなたに告げよう。」という言葉をモットーして魅惑する。ですから祈祷院で祈って答えを受けて幻想を見たとの人をよく目にする。
今この国は風前の灯のような状態である。これらの国を心配するクリスチャンたちはすべての祈り、祈り、祈るべきだと言う。祈りがたりないからこの国がこの形になったのだろうか?
神は次のように、既におおせられた。「主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。あなたがたの咎が、あなたがたと、とあなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。実に、あなたがたの手は血で汚れ、指は咎で汚れ、あなたがたの唇は偽りを語り、舌は、不正をつぶやく。」(イザヤ59:1〜3)と言われた。
これらの神の戒めはすべて捨てて異口同音に「祈り、祈り、祈り」だけにしようとする。やかましいどらのように~~~私たちが神に助けを求めて叫ぶ前に答えられる神であり、私たちの話を終わらす前に、神は聞いておられると言われたことばはなぜ信じないのか?神は人間に要求されるのは、「信仰」であるのに、また、真の信仰は必ず行動が伴う.
風前の灯のようなこの国の問題も、クリスチャンだけでも真理に立ち返れば、神は守ってくださるはずなのに、真理に耳を傾けない。その理由は、自分たちはすべて知っていると勘違いをするからである。口だけただ祈りさえすれば、助けてくださる神ナなのだろうか?大苦難があると言われているのに準備もせず、口だけ祈りをしてれば、魔法使いのように神が
助けてくださるのか?苦しくて切なくて号泣したくなる。
古代バビロン(シリア、イラク...等)で残忍なISによって殺されるクリスチャンたちは、祈りが足りないから神は救わないで死に引き渡されたのでしょうか?孤児とやもめを哀れむ神は乳児を、妊婦を残酷に殺しているにも関わらず、殺人者を裁かないで知らん振りをする神でしょうか?
神の望む祈りは何だろうか?このすべての答えは、すでに聖書の中に隠して置かれた。だから「真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」と仰せられたのではないか?。
ノンクリスチャンと他の宗教の人々は、真理が何であるのか分からなくてといっても、誰よりもクリスチャンは問題と解答を聖書から見つけなければならない
危機に瀕している韓国の問題も同じだ。クリスチャンだけでも真理を真理の通り悟って立ち返ればいいのである。口だけの祈りが足りないから、この国は、この有様だろうか?鏡(神の言葉)に照らして、胸を裂いて悔い改める悔い改めはどんな形状にとして示されるだろうか?クリスチャンならかならず悩むべきである。
私たちの父は絶対に口だけの神ではない。なぜ万物の霊長である人間がこのように神の戒めとは関係のない行動をしながら「下さい」というだろうか?「蛭には二人の娘がいて、くれろ、くれろ。」という御言葉は、これほど適した言葉であろう~~世界クリスチャンたちよ、くれぐれも耳を振り返って、神の御言葉である真理に立ち返りましょう。
2020年1月12日 発行 初版
bb_B_00162535
bcck: http://bccks.jp/bcck/00162535/info
user: http://bccks.jp/user/120037
format:#002y
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp