spine
jacket

───────────────────────



戦鬼伝 番外編ー虹ー

鈴奈



───────────────────────




イラスト・キャラクターデザイン  さらまんだ
コンセプトアート         BUZZ
装丁               兎月ルナ

 目 次

 三月。冬の冷たいにおいが残る、晴れのよき日。
 梅の花が紅白に染まり、彼らの卒業を祝福していた。
 学校玄関の前では、涙を滝のように流す者、元気に肩を抱き合う者たちが、後輩や同輩との別れを惜しんでいた。
「影宮先輩!」
 名前を呼ばれ、後ろを振り向くと、部活の後輩たちが、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「影宮先輩! 本当にお世話になりました!」
「影宮先輩はレギュラーでもないし、そんなに強くもなかったけど、いじりがいがあって楽しかったです!」
「影宮先輩がいなくなったら、剣道部はいじられキャラがいなくなっちゃいます。どうしたらいいんですか?」
「影宮先輩は顔も成績も剣道も中の下でしたが、性格は中の上だったので好きでした!」
「姫先輩と別々の高校に行って、もし別れることになっても、強く生きてください!」
 さんざんな言葉の矢が降り注ぐ。陽は白目を剥いて一心に受けていた。
 最後に彼らは、小さな愛情を陽に差し出した。ピンクのハート模様の、トランプカードほどの、うすっぺらい紙包み。中を開けると、二枚のカラフルな紙きれが入っていた。
 ドリームワールド。通称「夢の世界」といわれる、下総しもふさ市にある超巨大テーマパーク。その、ペアチケットである。
「すげぇ! ありがとうな、姫と行くよ! 部員十三人、皆で力合わせて、これからも頑張れよ!」
「十二人です。先輩だけ留年するんですか?」
 笑顔で別れ、陽は、恋人の姿を探した。
 すると、見覚えのある顔が、女子生徒に囲まれているのが見えた。
 雫である。
 後輩だけでなく、同輩の女子まで、雫のところに行列をなしている。おそらく、ざっと六十組はいるだろう。ぼうっと見物していると、雫は、順番に写真を撮って、軽く握手をして、何か言葉をかけていた。笑顔を崩さず、次々と列を裁いていく。
 一緒に写真を撮った女子は、握手をすると、必ずと言っていいほど涙を流していた。写真を撮るだけで涙を流す女子もいた。
 無関心でいたけれど、雫はアイドル級の人気があったのだな、と思った。
 できれば記念に写真を撮りたいと思ってはいたが、とてもこの列に並ぶ気にはなれない。まあ、いつでも撮れるので、いいや。陽は再び、恋人を探した。
 玄関前を回ったが、どこにもいない。ぼんやり、もう一周しようかと思っていると、ワッと泣きながら走っていく二、三人の男子生徒とすれ違った。続いて、五、六人の男子生徒が青ざめた様子で走り去っていく。さらに、八人ほどの男子生徒が半べそをかいて逃げ帰っていった。
 皆、紅い梅の木の裏から来たようだった。
 目を移すと、竜と、姫と、彩が出てきた。
「あ、いた! 姫!」
 陽が手を振ると、姫はにっこり微笑み、手を振り返した。彩は、ハァとため息をついて、首を振った。
「陽くんさぁ、ぼうっとしすぎ。姫ちゃんがどんだけモテてるか、全然気付いてない。何週間か病気で休んでたのに、そういう鈍感さは全然治ってないじゃん。重症だよ、重症」
 彩が呆れて苦言を呈したことと、あの男子たちには深い関係があった。
 同じクラスの男子生徒一人が、今日が最後だからと姫に告白したのを皮切りに、姫に想いを寄せていた男子たちが次々と告白をしようと集まってきたのである。
 収拾がつかないところに、竜がやってきた。ひと睨みすると、男子生徒は全員一斉に顔面蒼白で逃げ出した。
 そうして、今に至るというわけだ。
 姫は竜に、「ありがとう、助かったわ」と笑いかけた。
 陽は、しょんぼりと肩を落とす。
「陽が気に病むことじゃないわ。皆、卒業式だからって、テンションが高くなっちゃっているのよ」
「まあ、そうだよな。今日で最後ってかんじするもんな。再来週、離任式でまた来るけど」
 姫はクスッと笑った。
「じゃ、帰ろう、姫」
 陽は姫の手を握ると、竜と彩に軽く手を挙げた。姫も、二人に手を振った。

 中学校生活、最後から二番目の下校デートである。

 戦いの後、透明の花に閉じ込められていた影宮神社の書庫は、鬼神の消滅によって、元通りになっていた。雫と姫が本を解読し、光がその情報をもとに、様々な封印解除の術を何度も試し、九月の下旬、ようやく陽は、人間の姿に戻れたのである。

 ――クリスマスに間に合った!

 そう歓喜したのも束の間。受験が迫ってきていた。陽は遅れてしまった勉強を取り返さねばならず、結局クリスマスを返上する羽目になった。そうしてなんとか、武蔵駅の隣駅の近くにある私立高校に進学が決まった。ちなみに光も、春から同じ高校に進学する予定である。高校が決まったのが二月下旬。それまで、姫も受験勉強を頑張っていたため、ここ二か月は連絡もままならなかった。
 陽は大きく息を吸い込んだ。一緒に並んで歩く幸せを、空間ごと、全部取り込んでしまいたかった。
「陽の高校は、四月六日が入学式?」
「うん。その前に宿泊オリエンテーションとか、教科書販売とか行かないといけないけど」
「そうなのね。こっちの高校は、四月三日に入学式で、そのあと二日間、宿泊オリエンテーションなの」
「二日もあるのか! 変な男子には気を付けろよ、一人になったりしないようにな。姫はもてるんだから」
「彩と同じこと言ってる」
 ご名答。陽は彩の真似をして言った。声を揃えて笑い合う。
「あ、じゃあ、二十二日空いてる? クリスマスもデートできなかったし、十か月記念日だし、二人で卒業旅行、行こう!」
「行きたい。どこがいいかしら」
「へへへ。ジャジャーン」
 陽は、さっきもらったペアチケットを取り出した。チケットを頬にくっつけて、そこに描かれた陽気なキャラクターの顔真似をする。
 姫はクスリと笑いながら、困った顔をした。
「ごめんね、一昨日メッセージ送ったんだけど……」
 陽は、「ん?」と姫からのメッセージボックスを開いた。一昨日の所までスクロールすると、『来週、彩と竜と、卒業旅行でドリームワールドへ行こうっていう話になっているんだけど、行ってもいい?』というメッセージがあった。陽は、それに対して、『オッケー!』と返信をしていた。このやりとりの後、いろいろと話が盛り上がったから、すっかり忘れてしまっていた。

 ――いや、待て。

 その前に、なぜ自分はこんなに気軽に「オッケー!」などと返信をしているのか。
 彩は良い。
 だが、竜は良くない。
 全然、「オッケー!」じゃない。
 しかし、一度「オッケー!」と言ってしまった手前、嫉妬を理由に行くなとは言えない。そもそも、もう準備が進んでいるだろう。
 スマホとにらめっこする陽に、姫は、「ごめんね」ともう一度謝った。
 本当は、彩と二人で行く予定だったらしい。しかし、姫の親経由で聞いたのだろうか、女子二人だと危ないからついていく、と竜が言い出したという。彩も、竜なら空気同然なので、二人で遊ぶようなものだし、たくさん写真を撮りたいから、カメラマン役としてついてくればいいということで、「オッケー!」を出したのだという。
 姫は、陽の気持ちを考え、幼馴染だからといって竜との距離が近くなりすぎないように気を使ってくれている。竜に関することはこまめに連絡して陽に許可をもらうなど、配慮をしてくれている。
 ただ、幼馴染だからこそ、孤独な彼の春休みを案じる気持ちもあったのだろう。

 ――大丈夫。自分は恋人。竜はたかが幼馴染。自分の方が、立場は上だ。大丈夫……。

 陽は、もやもやする心にそう言い聞かせて、笑いを作った。
「あーそうだった! チケット貰ったのが嬉しくて、ちょっと飛んじゃってた。じゃあ、一年記念日に行こっか、二人で」
「素敵。ありがとう」
 二人はその後、本屋に寄って、卒業旅行の目的地候補をいくつか挙げ、それぞれの家に帰って行った。

 木製の卓が――その上に並んでいたハンバーグとサラダ、味噌汁が、全てひっくり返された。
 秘技、ちゃぶ台返しである。秘技といっても、三日に一回は、陽が祖父を怒らせてひっくり返されるので、もう物珍しさはない。
 雫と光は、ごはんをもぐもぐしながら、陽の祖父が鬼と化した姿を見守っていた。慣れたもので、ごはん茶碗と箸だけは死守していた。
 今日の原因は、陽がずんとした顔で話した、姫たち三人の卒業旅行の件であった。
「だから、お前は甘いと言ってるんじゃい! なんで、俺も行くって言わない!」
「だって、姫の友達の彩って子が、姫と二人がいいって言ってるみたいだったし……」
「言ってもみないで、うじうじ逃げやがって! みっともない! その旅行で、竜くんが姫ちゃんに告白したらどうする! お前みたいな中の下となかなかイケメンの幼馴染だったら、そりゃ幼馴染とるだろうよ! わしだったら絶対そうする!」
 陽の祖父は「あぁ」と落胆の声を漏らし、手のひらで瞼をぎゅっと押した。
「陽、後生だ。わしに、姫ちゃんの花嫁姿を見せてくれ。白無垢とウエディングドレス、どっちも見たい。そうしないと死んでも死にきれない」
 陽は、「頑張ってはいるよ……」と消え入りそうな声で言った。
 光が、ごはんに塩をかけ、もぐもぐしながら、陽に耳打ちした。
「ところで、そのドリームワールドってなんすか? 遊園地?」
「ああ。遊園地だよ。こんなの」
 陽がスマホで画像を見せると、光と、ひょっこり画像を覗き込んだ雫が、きらきらと目を輝かせた。
「まさに、夢のような世界ですね……!」
「楽しそうだな……!」
「三十年前は、まだありませんでしたよね」
「そうだよなぁ。普通の遊園地はあったけど。ま、俺は遊園地すら行ったことねぇけどな」
「僕もありません。いいですね、一度、是非行ってみたいです」
「わっかるぅ。行ってみてぇなぁ」
 雫と光の眼差しが、陽に一点集中した。

 陽は、祖父、雫、光に見守られながら、姫に電話をかけた。
 自分もドリームワールドに一緒に行きたいこと、よければ、雫や光も一緒に行きたいことを伝える。
 姫は、『楽しそうね』と言って、彩に連絡を取ってくれた。
 すると、彩からグループ電話がかかってきた。彩、姫、陽の電話がつながる。雫と光は、陽のスマホを覗き込んだ。
『男女グループで行くの、めっちゃ面白そう! 雫くんがいれば、絶対写真も映えるし、皆にも羨ましがられるし、エスエヌエスの評価、うなぎ登り間違いなしだし、オッケーオッケー! あ、でも私と姫ちゃん、双子コーデするから、男子たちもリンクコーデね。っていうか、光くん? って誰?』
「あ、俺っす! どもども、こんちはぁ!」
『わ! こんばんは! 陽くんの電話でしゃべってるってことは、親戚か何か?』
「陽お坊ちゃんのおじいさんの弟子っす! 彩ちゃん、声カワイーね! 会えるの、楽しみぃ!」
 彩は、キャハハ、と笑った。
「彩さん、こんばんは。このたびはありがとうございます。楽しみにしています」
『えっ、今の声、雫くん? なんで、陽くんのところにいるの?』
「居候させていただいているんです」
『ひょえぇ! びっくり!』
 それから、彩からリンクコーデについての説明があり、雑談で盛り上がって、電話は終わった。
 祖父は、「あぁ、安心した」と胸を撫でおろし、ふらふらと寝室へ歩いていった。

 朝七時。彼らは武蔵駅に集合した。
 ついさっきまで眠くて開かなった陽の目は、まんまるになって、もはや瞬きという機能そのものを忘れてしまっていた。
 高いところで結んだツインテール、大きめの桜色のスウェットに隠れて見えないくらい短い黒のショートパンツ。瞼がきらきらして、唇も、みずみずしく潤っている。いつもの大人しい姫とは、がらっと印象が違う。
 とんでもない可愛さに、陽は瞬きどころか、心臓の仕事さえ忘れてしまっていた。目を回して、ふらふら、ばたりと倒れ込んだ。
「陽! 大丈夫? ……やっぱり似合わないかしら。いつもと違うから、不安だわ」
「めっちゃめちゃ似合うよ! 陽くんはただのキュン死だよ。 はーい、本日四人目のキュン死、いただきましたぁ! はぁ、自分のセンスが怖いわぁ」
 彩は、姫と全く同じ服装で、姫に抱きつき、頬ずりをした。彩は姫より少し背が低く、髪も短いが、くっついていると本当に双子のように見えた。
 光は鼻の下を伸ばして、「いやぁ、俺もキュン死! 姫ちゃんにも、彩ちゃんにも、キュン死!」と甘い声で言った。
「私にキュン死したのは、本日二人目! 姫ちゃんの次ね! でも、雫くんも光くんも、超似合ってる! 雫くんは、なんかいつもと違うかんじだね」
 男子たちは、黒くゆるっとしたスウェットに、ジーパンで合わせていた。男子の服も女子の服も、「ドリーム」という白いロゴが大きく書かれていた。
 雫は、いつもとサイズ感の違う服を着て、戸惑っているようだった。襟のない首元をしきりに触って、そわそわしている。だが、線の細さが強調され、いつもより儚く、可愛らしく見えた。光は、ラフな格好がしっくりきていた。ごてごてにつける銀色のピアスやネックレスも、服に合っている。陽は思ったより自然、というか普通であった。竜もしっくりきてはいたが、この大人数グループに合わせて、同じ服を着てきたことが、なんだか可笑しかった。
 倒れたままの陽を引きずり、彼らは電車に乗り込んだ。
 がらがらの車内で、横一列に席を取る。陽は、何度か姫の可愛さに昇天しかけながら、彩に聞いた。
「てか、俺のキュン死が四人目って、前の三人誰だ?」
「一人目が私、二人目が姫ちゃんママ、三人目が竜くん」
 陽がじとりと竜を睨むと、竜もぎろりと睨み返した。
「俺は、お前みたいな下品で無様な反応はしていない。ズボンが短すぎると言っただけだ」
「割と変態発言だし、十秒ぐらい時間止まってたじゃん」
 彩が面白がって、陽の怒りの火を煽った。

 たわいもない話題で盛り上がり、電車に揺られること、一時間。
 ドリームワールドに到着した。

 雫と光は、駅から出るなり広がっている、甘いお菓子のにおい、オレンジ色のアスファルト、ロマンティックな音楽、異国の巨大な城郭など、五感で感じる全てに感動した。目がキラキラと輝いて、唇から感嘆の声が漏れる。
「こ、このドキドキは、いったい……!」
「分っかんねぇ……! 心臓がもげそうだな……」
 立ち尽くす雫と光を手招いて、彼らは、夢の国に足を踏み入れた。
 中世イギリスにタイムスリップしたかのようなショッピング街を通り、彩の先導で、まずは「クローズショップ」と書かれた店に入った。店内には、洋服や、土産によさそうなハンカチ、ネクタイが並んでいるが、中でも一際目を引いたのは、キャラクターになりきれるカチューシャであった。
「はい、まずはカチューシャ選ぶよ!」
 彩の号令で、雫と光は陽を引っ張って、ワクワクといろいろなカチューシャを試しだした。
「これは、犬……でしょうか。どうですか?」
「おっ、いいじゃん! これは? 猿」
「坊ちゃんは絶対猫でいきましょう! あ、動物だけじゃなくてエイリアンもあるじゃん。イエーイ! 俺、エイリアーン!」
「いいですね、僕もエイリアンにします。色の違う方……どうでしょうか?」
 彩と姫は目星をつけていたのか、すぐに決めていた。赤いリボンのついた、白いうさぎの耳である。
 陽はキュンに耐えきれず、涙をこぼした。
「陽、どうしたの? 猫がいやなのかしら。しっくりきているのだけれど……」
 姫は、涙が止まらない陽に、犬やら、しまうまやら、なんだかよく分からないトサカのようなものやらをつけて試してやったが、やはり猫以上にしっくりくるものはなかった。
「斎王くんは、どれにするんですか?」
「竜はいつも、これなのよね」
 二人は、幼い時に家族ぐるみで何度か一緒に来たという。姫が迷わず手に取ると、竜は体をかがめた。姫が竜につけたのは、白い熊の耳だった。一瞬もやりとしたが、竜のカチューシャ姿を見たら、そんな気持ちは一気に吹き飛んだ。
 彼らは、一斉に笑った。いつもむっすりして、ひと睨みで相手をすくみあがらせる男が、かわいい熊さんになってしまった。
 光は腹を抱えて笑いながら、こっそり、ささっと、カチューシャを付け替えた。茶色い犬の耳である。
「ヒャーッ! 最高! 次、これつけてほしい!」
「うわ、ぜってぇ面白れぇわコレ! オッケー!」
 彩が、フリルのついたピンクの猫耳を光に渡す。光が付け替えようと伸ばした手を、竜は全力で薙ぎ払った。しばらく、攻防が続いた。
 大爆笑のカチューシャ選びが終わり、白うさぎ二匹、黒猫一匹、白熊一匹、エイリアン二体は、一つ目のフォトスポットに向かった。
 パリの噴水広場のような場所に、何体もの着ぐるみと、それらに集まる人々がいた。雫と光は、またもや目を輝かせた。
「ああ、なんてことでしょう! 僕たちがつけている、このエイリアンたちもいますよ! 様々な色の動物とエイリアンが共存する世界……興味深い!」
「くーっ! もう、我慢できねぇ! 行こうぜ!」
 走り出す二人に引きずられ、陽は四体のエイリアンの集合写真をスマホにおさめた。
 姫と彩も、白いうさぎの着ぐるみに駆け寄った。
 最後に、噴水の前で集合写真を撮って、彼らはいよいよ、アトラクションの方へ向かった。
 歩きながら、雫と光は、興奮が止まらなかった。歩けば歩くほど、目に入る世界は変わる。耐えない音楽、甘いだけじゃない、スパイシーないいにおい……。とても、五感が追い付かない。
「ああ、本当に……生きているって素晴らしい!」
「ほんっとにな!」
 両手を組んで天を仰ぐ二体のエイリアンを、彩は、「大袈裟だなぁ」と笑った。

 彼らは、一番人気のジェットコースターに並んだ。一二〇分待ちの表示に、陽と光は、「うへぇ」と変な声を出した。
「実は俺もはじめてだったんだけど、本当にこんなに並ぶんだなぁ……」
「陽、はじめてだったのね。今日は平日だからあまり混んでいなくて、土日は、三時間や四時間待ちになることもあるのよ」
 陽はまた、「うへぇ」と渋い顔をした。
 しかし、六人でいると、二時間はあっという間だった。いろんな組み合わせでツーショットを撮ったり、動画を撮ったり、彩のエスエヌエスを見たり、使い方を習ったり……。
 彩が、撮ったばかりのツーショットたちを、『この中で、正しいカップルの組み合わせはどれでしょう?』と投稿すると、コメントがぞろぞろと押し寄せてきた。
「クラスの奴からか?」
「うん、ほとんどそうだけど、知らない人たちからもコメント来たりするよ。コメントだけじゃなくて、いい投稿を評価したり、拡散したりもできるんだけど……。えっ、やばい! 好評価、もう一〇〇〇いっちゃった!」
「さすが彩ね。彩は、このエスエヌエスの有名人なのよ」
「いやぁ、半分以上姫ちゃんのおかげだよ」
 竜が腕を組んで、彩のスマホを上から睨んだ。
「あまりむやみに上げるな。変な奴らが来たらどうする」
「もう。ほんっと竜くんって、いっつも、何もかもに警戒してるよね。さっきもさ……ね!」
 彩がクックッと笑いをこらえて、姫の顔を覗き込んだ。姫も、クスッと笑う。
「フィッフィちゃんと撮る時、べたべたしすぎだ! って、引き剥がしに来てさ……! ぎゅーするくらい普通じゃんね!」
「着ぐるみの中身は基本的に男だ。あんなにべたべたするなんて、変な男に違いないだろう」
 雫と光は目を丸くして、顔を見合わせた。
 自分たちが抱き合ったのは、エイリアンではなくって、変な男……?

 いよいよ、ジェットコースターに乗り込んだ。彼らは六人だったので、一つの乗り物を貸し切った。
 陽が姫と一緒に乗りたい、と言うと、光がすかさず彩を誘い、一番後ろに雫と竜が乗り込んだ。
「落ちる時に写真撮られるから、いい顔してね」
「落ちるのですか? ジェットコースター……小説で何度か登場していましたが、一体どういう乗り物なのでしょう」
「ま、何が来ても余裕っしょ!」

 三十度の角度から落下した彼らの絶叫が、ドリームワールド中にこだました。

 雫と光は放心し、しばらくの間、ベンチでうなだれたまま、動けなかった。
「なぜ……なぜ鬼人の力は、夜しか使えないのですか……」
「分かる……。俺の風の力あったら、助かっただろ、絶対……」
 竜は、壁に寄りかかって、水を一口ごくりと飲んだ。
 姫は、陽の顔を覗き込んだ。
「陽は、大丈夫? はじめてだったんでしょう?」
「ああ、大丈夫……。姫は?」
「陽が隣にいたから心強かったわ」
 心がぎゅっとする。思わず、顔をぎゅっとすぼめた。本当は少し吐き気がしていたのだが、姫の一言で、一気に治った。
 彩がケタケタ笑いながら、落下中の写真を買ってきた。全員顔が崩れているが、竜だけ無表情だった。平気という様子ではなく、必死に耐えている様子が伝わって来て、またも彼らのつぼに入った。

 園内を散策していると、「ドリームファン」という雑誌のスタッフに声をかけられたり、「コーデ特集」の取材を頼まれたり、雫が見ず知らずの女性たちに写真を求められたりした。陽は、卒業式の、雫ファンクラブの行列を思い出し、もし雫がじっとしていたら、どのくらいの列ができるのだろう、と妄想していた。

 買い食いをして、二つ目のフォトスポットで写真を撮って、ゲームセンターに行って、アトラクションに乗って――。

 いつのまにか、日は沈みかけていた。園内の壁に、紫色のラインが灯った。どこにも守護符が貼っていないと思っていたが、壁の中にびっちりと埋め込まれていたようだ。
 園のシンボルであるドリーム城でショーが始まるということで、彼らは展望台の立見席をとった。ショーが始まるまで、あと二十分ある。彩と雫はポップコーンを買いに行った。陽は光に連れられ、トイレに行くことになってしまった。姫と竜を二人で残して行くのは、後ろ髪が引かれる思いだ。すぐに戻ってこようと心に決め、陽は光を引っ張って、走った。

「寒くないか」
 竜が、鞄から黒いマフラーを差し出した。ふわ、と竜のにおいがした。
「……大丈夫。いつも、ありがとう」
 まぶしそうに瞬きをして、姫は笑った。
 無数の幸福な声に、溶けてしまいそうになった。
 姫は、石塀から観客席を見下ろした。穏やかに微笑む姫と、紺に飲まれかかる夕焼けの背景が一枚の絵のように美しく、竜は写真におさめた。シャッター音に気付き、姫は、竜のスマホを覗き込んだ。
「竜って写真上手よね。今日は、撮ってくれてありがとう」
 竜は今日、ずっと写真を撮る側だったので、ツーショットにすら写っていなかった。
 皆が帰ってくる前に一枚撮ろうと、姫がスマホを取り出した。姫が角度を調整しても、背の高い竜は、なかなか画面におさまらない。竜は姫のスマホを取って、角度を確かめながら、体をかがめ、姫を少し引き寄せて、写真を撮った。背景にちょうど良く、ドリーム城が写った。
 体が離れると、姫は、はぁと息を吐いた。無意識に、息が止まってしまっていた。
 だけど、まだ苦しい。心臓の振動で揺れる頬を手のひらで包み、もう一度、ゆっくり息を吐く。
「幸せ……」
「そんなに楽しかったのか。なら、よかった」
「……ええ。でも、それだけじゃなくって……。なんだか、あの戦いのことを思い出して、しみじみと幸せだなって思ったの」

 神宮団、四鬼、そして、鬼神の最期を思い出す。

 神宮団員たちは、いつのまにかシグレに喰われてしまっていた。世界の滅亡のために命を捧げた彼らは、鬼人として生きて、そのような終わりを迎えて、幸せだったのだろうか。
 金鬼も、火鬼も、母である鬼神の存在を求めて、五〇〇年生きていた。母に喰われてもいい。それでも、尽くしたい、会いたい。そんな気持ちで。だが、やっと会えたと思った日には、儚くも、消滅してしまった。

 シグレは、恐ろしい存在だった。未だにあの仮面やムスクのにおいを思い出すと、悪寒がする。
 だが、今は――彼には、それしかなかったのだと思う。授業で、先生が言っていた。苦しみの中で救いを求める人が、信仰の道へ行くのだと。彼は鬼神の思想と理想を、生きていくための心の支え――救いのようなものにして、生きていたのかもしれない。彼が自らの存在と人生を費やした理想は、果たされなかったけれど。

 そして、鬼神は、救いようがなかった。姫が言った言葉は、彼女自身もよく分かっていたのだろう。愛しているからこそ、憎まないと、壊れた心を保っていられなかったのだろう。だが、鬼神は愛する人と、もう二度と会うことができない。言葉を交わして、どうしてあんなことをしたのか、どんな気持ちだったのか。伝えて、受け止めて、受け入れられて――そんな風にわだかまりが少しでも解けたなら、彼女は幸せに消えていけただろうに。

「思いを遂げられずに、絶望したまま、命を終えていく。それを哀しいと思うのは、自分勝手な悲観かもしれない。でも、私たちも、あの戦いで……そうじゃない時も、絶望してきたわ。それでも、今、幸せに生きている。絶望の後には必ず、信じられないくらい大きな幸せがある。だから、頑張って生きなくっちゃ。これから先、何があっても」
 姫は、石塀に組んだ腕を乗せ、頬を乗っけた。
 微笑んで、竜の顔を見上げる。

「竜は今、幸せ?」

 竜は、姫と同じように、石塀に組んだ腕を乗せて、姫の瞳をまっすぐ見つめた。

「俺は――姫が幸せなら、幸せだ」

 ショーのはじまりを告げるライトが、二人を、七色に照らした。

戦鬼伝 番外編ー虹ー

2020年4月10日 発行 初版

著者・発行:鈴奈
イラスト・キャラクターデザイン:さらまんだ
コンセプトアート:BUZZ
装丁:兎月ルナ

bb_B_00163090
bcck: http://bccks.jp/bcck/00163090/info
user: http://bccks.jp/user/147698
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

jacket