spine
jacket





スラッと細い手



ゴツゴツした手



敏感な手



鈍感な手



固い手



柔らかい手



私の手はどんなだろう?

《#手 》


コンプレックスがもたらす新しい気づき
磯部 三恵


境界線
伊東 彩乃


プロの手
l i s a


今ならわかる、母の気持ち
兼松 明里

 コンプレックスがもたらす新しい気づき  磯部 三恵

 私にとって手は、十数年前まではコンプレックスの存在でした。
 手は握っていると小さく、一見可愛いようだけれど、パッ! と開くと指は短く丸太の棒。まるでミニグローブのような手。指先に向かってスラッと細く綺麗な指を、私はずっと羨ましく思っていました。
 そんな私に知人が、「ネイルをつけたらいいんじゃない?」と勧めてくれ、淡い優しい色のネイルを試すことにしました。
 すると、あら不思議! 何だか綺麗に見えるかも‼
 と気分がウキウキに(笑)。調子づいた私は、東京での打ち合わせ時に、張り切って今までより濃い色のネイルをつけて行きました。
 打ち合わせが終わり皆で談笑していた時のこと。私の手が目に入った上司がいきなり
 「おっ! 手に血豆があるみたいだぞ!」
 がぁ~ん。
 冗談のつもりだったようで、すぐに上司は苦笑しながら「ゴメン、ゴメン」と言ってくれましたが(まったくハラスメントですよね)、その後コンプレックスが再登場。ネイルは止め、爪はきっちり切り、以前のミニグローブの手に元通りに。
 そんなある日、知人との会話の中でネイルの話になり、そこで出張時のエピソードを半分笑い話にしつつ、実はコンプレックスになっていて気にしていることを伝えました。
 すると友人は、
 「えっ! そんなに気にしているの? 私はあなたの手振りや仕草は何てしなやかで綺麗なんだろうって思っているんだよ」
 と言ってくれました。
 予想外の言葉に驚きました。それ以上にお世辞でも、とても嬉しくなりました。

 こんなに嬉しく思うのはなぜだろう? 
 もちろん、気にしているミニグローブのような手を綺麗と言ってくれたから。
 いいえ、もっと深い。
 手という表面的部位を超えて私の仕草やふるまいを見ていてくれたこと。そして、自分が知人の目にはそんなふうに映っているのだと知ることができたからなのです。
 そっか、自分がコンプレックスと思っていることでも、人からは自分が思っていることとは違うように映っているかもしれない……。
 手を通して、そんな気づきを貰いました。知人に、そしてこのミニグローブの手に感謝です。
 これからも、この手をどんなふうに映していくのか、楽しみながらつきあっていこうと思います。

 境界線  伊東 彩乃

 銀行を出て、約束の時間まで四〇分程あった。通りかかった占い師さんの前で足が止まる。
 手相を見てもらうと、私は「太陽」なのだと言われた。
 あとで友人に話したら「太陽は影をつくる。私といると、相手は自身の陰を見ることになる」という。その話を聞いたとき、彼と破綻した理由がわかった気がした。

 端整な顔立ちの彼。両耳にはピアスみたいにほくろがあった。
 器用そうな長い指の、きれいな手をしていた。私はその手が好きだった。
 そんな彼とは出逢って四年が経った初夏の頃、間が進展する。

 ある出来事に私の心が弱ったとき、彼がくれた私へのエール。小林多喜二の小説の中の一節。
 『闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、本当に光のありがたさがわかるんだ』
 そして受け取ったノート。
 一ページ目に書かれていたのは彼のメッセージ。励ましの込められた世間話。
 ニページ目に続けて書かれるのは私のメッセージ。お礼の言葉。
 そしてまた彼の返事が書かれる。
 そうして交換日記がはじまった。
 ノートのやり取りは順調に進み、回を重ねるごとに「そのきれいな手に触れたい、触れられたい」と、私の想いは膨らんでいった。そして、ノート以外の形を求めはじめる。
 でも途中で気づく。彼が応じる気はないということに。

 彼には何か秘密があった。
 結局何のか、最後までわからなかったけれど。当時、質問しておきながら、聞く勇気も持ち合わせていなかったのだけれど。気になって、知りたくて仕方なかった。
 でも、その秘密に光を当てようとすればするほど、遠ざかっていく理想。生まれる溝。
 四冊目のノートで、交換日記は終わりを告げる。

 それから二年経ったある日、部屋で探しものをしていて、このノートと思わぬ再会をした。
 恐る恐る開くと、すごい引力で当時に連れ戻された。あの頃の悩み、彼への感謝、感情の波が押し寄せてくる。少しだけ息が苦しい。
 一行おきに丁寧に並んだ彼の文字。指でなぞりながら読み返す。

 どうして気づかなかったのか。そこに確かに存在した、私への、彼の愛。
 それだけで充分だったはずなのに、ノートには彼を責めるような私の詰問が綴られてもいた。繊細な彼をどれだけ追い込んでいたのか、今ならわかる。
 彼の秘密なんてどうでもよくて、彼がくれた愛だけを信じていればよかったのね。
 守るべき距離を越えてしまった。
 近づき過ぎた太陽の後悔が、夜の闇に負ける。

 ノートを見つけてから二週間後、彼に会いに行った。要件は正当な理由で、だけど、私と会うことに応じてくれたことに少し驚いた。
 変わらない端整な顔立ちと、きれいな手は健在だったけれど、もう私の手には届かないことがはっきりとわかった。左手の薬指が教えてくれたわね。
 彼と話しながら、バックの中の交換日記を意識する。懐かしいでしょ、なんて笑い合える空気は少しもない。
 「さよなら」
 心の中で思ったけれど、手は振らない。

 プロの手  l i s a

 「手も腕もすべすべで、とってもきれいですね!」
 フェイシャルサロンに行って、スタッフさんに言われたこと。
 人前でピアノを弾くと手を凝視される。実際に「やっぱり手がきれいなんですね」とお客さんに言われたほど。さらに、取材を受ける時はばっちり撮られる。だからせめて演奏時にはきれいにしていようと、演奏の仕事をするようになって心掛けるようになった。そのことを話すと
 「プロですね!」
 まんざらでもない感じ笑
 「そう、わたしはプロなのよ」と、自分自身にも、みんなにも胸張って言いたかったのだ、と気づいた。

 手が乾燥したり凝り固まっていてはいい演奏はできないから、毎日手のケアとストレッチは欠かさない。
 指が動かないでは仕事にならないから、ほぼ毎日練習する。それが1時間と短時間だとしても、やらないよりはまし。
 体を整えるのも大事。凝り固まった体ではいい演奏はできない。「歌える体は演奏に最適」と思っていて、そのために朝晩のストレッチやボイトレを4年ぐらい続けている。
 そうやって積み重ねてきたものを土台に、わたしの演奏の仕事は成り立っている(他の人の場合はよくわからないから自論)。

 見合わない報酬、時にはノーギャラで代わりにご飯、という時がたまにある。
 え、ラーメン一杯が対価ですか?
 え、このディナーが対価ですか?
 え、ライブ相場伝えましたよね? これって半額以下ですよ??
 正直微妙な気持ち。
 なのにお客さんからは「とても楽しそうでしたね!」とか、「ライブ素敵でした」とか声をもらい、声をかけてくれたのは有難いけれど、(どこ見てそう言ってんの?)と内心悪態をついてしまう。お客さんは悪くないのに…
 主宰にどんなに「とても良かったです!ありがとうございます」と言われようと、言われる分腹立たしさが混ざる。だったらなぜこんだけなのか? と。

 お金の話をしなかったのは自分だ、代わりにこうしてほしいと上手く伝えられていないのは自分だ、相手もギリギリ予算だったのだろう、お客さんが喜んでくれたんだから…、機会をくれただけで満足するべき・・・
 そう考えて自分を納得させるけれど、やっぱり嫌なものは嫌なのだ。
 何が嫌なの?
 自分は半端もの扱いされた、と感じてしまうからだ。築き上げてきた自尊心、プライドがくちゃくちゃにされたと感じるからだ。
 誠意や感謝は、実は言う側の満足なんじゃないか? 言われる側は、やっぱり、見合った報酬、賞賛、次のチャンスも欲しいんじゃないか?
 そう思ってしまう。

 「わたしはちゃんと対価も、報酬も欲しい」
 それが本音だったんだ。
 でもそれを悪いことのように感じてしまっていて、だから言い出せないし、結果、相手にイライラしちゃったのかもしれない。

 音楽の原価は、楽器やレッスン代など一人前になるために支払ってきたものだと思う。でももっとも払ってきたのは"時間"だと思う。今も、依頼される演奏ができるようになるために行う練習・作曲以外にも、先のように体のケアも大事な準備時間として、毎日時間を払っている。
4歳からピアノをはじめて、途中やらなかった期間を差し引いても、音楽をやってきた期間は25年ぐらいになる。有限の時間をどれだけ割いてきたんだ…と思うから、割り切れないのかもしれない。
 そんなものに囚われているから悪態をついてしまうのだ、趣味でやってきた時間なんて含めるべきじゃない、と思われるかもだけど、そんなものこそが人前で演奏するわたしを支えているから、かけてきた時間そのものを侮ってはいけない。

 プロ・アマ関係なく、人前に出すということは、みんな時間をかけてきたということ。
 プロ・アマ関係なく、自分と同じようにフリーランス、自営業、クリエイター、アーティストで仕事する人ならそんなのわかっているだろう、だからちゃんと報酬をくれるだろうと思っていたけれど、世の中それでは回らない。なんだかんだで、やっぱり出せる限度はあるし、職種が違えば価値観も原価への感覚も異なる。過去、自分だってそうだった。
 理解できるから苦しい。
 でも、理解できるからといって共感はしなくてもいいんだったね。

 どうしたらいい?
 自分で状況を選択すること。
 ちゃんと言葉にして伝えること。
 それはきっと、自分の自尊心を守ること、褒めてあげることと同じ線上のものだと思う。
 できていると思っていたけれど、実は全然できていないこと。
 これからは「見合わない報酬(だと感じる)ものはやらない」し、「代わりにこうしてほしいと伝え」られるようにしよう。

 そして一番大事なのは、
 「わたしはちゃんと対価も、報酬も欲しい」
 本当の気持ち、望みを無視しないこと。


 ※2017年と今では感じていることが変わったので、エッセイを書き直しました。

 今ならわかる、母の気持ち  兼松 明里

 私は自分の手が嫌い。ごつごつしていて、なんだか黒くて、爪も丸くてどんぐりみたいで……男の人の手みたい。しかも夫より大きい。
 友達の白くてすべすべで、爪の形も楕円形の手にすごく憧れていた。
 でも、社会人になって気づいた。私の手は母の手にそっくりだった。

 長年陶芸をやっていた母の手は、車の運転による日焼けと土いじりで、私より色黒でごつごつしていた。
 爪の間には土がとりきれずに残っていて、でも唯一、それを隠すかのように肌色のネイルをかかさなかったことを思い出した。

 母は基本的に料理をしているか陶芸をしていた。大きくて分厚くてたくましい手で。
 友達のお母さんの手みたいに綺麗じゃなかったけれど、母の手は魔法の手だった。
 美味しい料理も作れる、器も作れる。私や妹がおなかが痛い、頭が痛いと言えば、「いたいのいたいの飛んでいけー!」ってしてくれて、本当に痛くなくなるから驚きだった。
 力強い大きなあたたかい手が、家族のためにフル回転で働いていた。

 そんな母の手は孫を抱くことは叶わなかったけれど、その手は私に引き継がれて、今日も子どものために一生懸命働いている。
 そして私も今、ネイルを欠かさずにしている。自分でやるのでそんなにきれいではないけれど、気分が少し明るくなる。

 相変わらず、自分の手は好きにはなれない。
 でも、普段オシャレはできないけれど、手もごつごつだけれど、爪くらいは綺麗にしていたいという母の気持ちが、子どもができた今ならなんとなくわかる。



ライター紹介

兼松 明里
(かねまつ あかり)

引き出物プランナー、贈り物コーディネーター


学生時代は畜産を学び、卒業後は製薬会社の研究所で技術職として勤務。その後特許ライセンス業務に就き、妊娠出産を経て現在はまた研究技術職に復帰。趣味の、旅や食べ歩き・お取り寄せをキッカケに自身の結婚式でカタログギフトを自作。その後【引き出物プランナー】【贈り物コーディネーター】として開業。ヒト・モノ・コトとの出会いを求め、家族を巻き添えにし、休みの度に車で走り回っている。

Message
世の中すべてのモノやコトは理由さえあれば
“ギフト”になる可能性をもっている

ブログ
http://ameblo.jp/kokoro-no-tsumeawase/

Instagram
@hikidemonoplanner

伊東 彩乃
(いとう あやの)

中小企業診断士事務所スタッフ


静岡に生まれ、静岡の学校を卒業し、静岡でOLなどを経て、現在は中小企業診断士の事務所に勤務。広報を担当。静岡市七間町を中心に、静岡おまちのイベント・お店・商品・人をブログで紹介する日々。


Message
「自分なんて…」と思うからこそ自分自身を開きたい。
変われることを伝えられる人になりたい。



事務所スタッフブログ

http://ouendan.eshizuoka.jp/

磯部 三恵
(いそべ みえ)

「therapy mirakul 」
女性専用カウンセリング、メンタルケアセラピスト


私は昔、インナーチャイルドに捉われていました。抵抗していくことで、現在の自分、ライフスタイルを獲得しています。女性が自分らしく充実して生きていく、そのために私ができるお手伝いがある! その思いから「ミラクル」をはじめました。


Message
自己の過去から『現在』『未来』は変えられる。
意識づけが変化を生み充実したWoman lifeに繋がる。


ホームページ

http://www.therapymirakul.com

l i s a


ピアノ弾き、音楽クリエイター、図書館司書


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わたしはわたし
ひとはひと
みんなそれぞれの人生をちゃんといきている
だからおもしろい✨
を心にとめて


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@lisa_anone_nohi

Her stories #手

2017年7月9日 初版 2020年3月 第2版 発行 

著  者:
発  行:スタジオ 木の中庭

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"私らしさというのを持ちながら、今ここを生きようと変化し続ける女性はとってもハンサム! そのために必要なのは……? たくさんの考え方にふれて自分を知ること、だと思う。"
Her storiesは「多様な考え方とスタイルを知ることこそ自分らしく生きるコツ」をコンセプトに、ライフスタイルも仕事も考え方も異なる女性たちのお話を配信するエッセイマガジンです。ライターが執筆を通して自身の振り返りと発見をし、自分の言葉で伝えていきます。そして、「より自分らしく生きたい」と願う読者に向けて、ハンサムに生きるためのヒント「たくさんの考え方やスタイルを知る」機会を提供することを目的としています。
毎号「言葉」を決めて、そこから連想されることを各自書いていくのですが、同じ言葉なのに思い出したり考えたり感じたりすることはバラバラ。文調も使われる言葉も人それぞれ。それは、考え方の違い、これまで生きてきた背景の違い、感性やセンスの違い‥‥‥その人らしさが出ているからだと思います。それってとっても面白い! と思いませんか?
読んでくださる皆さんが「自分だったらどうだろう?」と想像をめぐらせる、自分を見つめる機会になったならうれしく思います。
自分らしく生きたい人のヒントになることを願って。

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